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「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」

作者  園島義船



□ 第七章 「収監砦」 編 第二幕


474話 ー 483話




474話 「水と油 前編」


 何度も視界が遮られては映りを繰り返し、前後に揺れる。

 ぐわんぐわんと頭の中で何かの音が響くたびに、自分という存在がわからなくなる。

 自分は自分であるのに、それを思い出すのに何秒もかかるとは、実に不可思議な話である。

 しかし、残念ながら自分をやめることはできない。

 自分は自分であり続けるしかない。

 揺れる世界が収束するごとに、自分が自分であることを嫌でも思い出すしかないのだ。

 仮に自分が「ネズミ」に等しい存在であっても、死ぬまで生き続ける「誇り」を持ったネズミとして。


「…うううっ」


 グリモフスキーが、まだはっきりしない頭のまま起き上がる。


 きょろきょろ。


 呆然としながら周囲を見回す。完全に寝起きの状態である。


(俺は…どうしたんだ。ううっ…気持ち悪ぃな)


 目覚めた瞬間から、強烈な胸焼けのような不快感が襲いかかってきた。

 船酔いのように気分は最低だ。

 だが、逆にその不快感が自身を現実に引き戻してくれる。


(…そうか。また飛ばされたのか。くそっ、無防備な姿を晒しちまった。もし敵がいたら殺されちまうぞ!)


 長い間独りで暮らしてきた彼にとって、警戒を怠ることは死と同義だった。

 地下で生活している間も油断はしていない。裏切りにそなえて気を張っている。

 今回のような状況は不可抗力とはいえ、死も同様に不可抗力でやってくる。こちらの言い分など聞いてはくれないのだ。

 慌てて立ち上がり、状況を確認する。


「なんだ…こりゃ?」


 目の前には、巨大な女神像が存在していた。

 今までのものと比べると何倍も大きく、全長五メートルくらいはあるだろうか。

 その左右にも一体ずつ、半分程度の大きさの女神像が並んでいる。

 ここまではいい。ここまでならば普通の『神殿』といった様相だろう。

 しかし、ここにあるのはそれだけではない。



 周囲に―――【人】



 無数の人影が見えたのだ。


(っ!!! やべぇっ! 囲まれているのか!?)


 咄嗟に警戒態勢、いや、すでに戦闘態勢に入る。

 まさかここまで囲まれても気付かず、ぼけっと寝ていたとは、なんと呑気なものだろうか。

 思わず後悔の念が襲いかかるが、いまさら悔やんでも意味はない。


「来るならこいやぁあああ!!」


 まだ身体には完全に力が入らないものの、気合を入れて構える。

 こういうときは最初が肝心だ。

 相手の素性は不明だが、喧嘩でも縄張り争いでも、最初に上下関係をはっきりさせねばいけない。そうしないとずっとなめられる。

 グリモフスキーが生きてきた世界は、そういった闘争の世界である。

 彼の生き方はどこにいても変わらない。もう変えられない。

 どんなときも自分自身の力で戦わねばならないのだ。



「………」

「………」

「………」



―――シーン



 されど、その場で動くものは誰一人として、何一ついなかった。

 グリモフスキーも動かなければ、他の者たちも動かない。


「…こりゃぁ…もしかして……」


 ようやくにして様子がおかしいことに気付くグリモフスキー。

 警戒しながらも、ゆっくりと人影に目を凝らすと―――



「これは……人形…か?」



 動かないのは当然だ。



 なにせそれは―――【人形】



 『ヒトをかたちづくった』ものだからだ。

 女神像の周囲には、壁に沿っていくつもの人形が置かれていた。

 極めて精巧で今にも動き出しそうなほどの力作であり、かなり近づいても人形だと気付くのには結構な時間がかかったものだ。

 人形の種類も多数で多様。老若男女、さまざまな人形があった。

 よくよく見れば、それはすべて女神像の方向を向いている。


(こいつらは…祈っているのか?)


 どうやら人形たちは、女神に祈りを捧げているようだ。

 部屋は薄暗いが、女神像自体が輝いているので、なんとも神聖で神秘的な空間を生み出していた。

 この光景は、まさに人の可能性を示すものでもあった。

 闇の女神の中に光の女神の種子(生命)が宿された、無限の可能性を持つ存在。それが人間だ。

 物質という闇の中に霊という光を宿し、無限に成長していくことを示唆している。


(ふん、くだらねぇな。祈って何かが得られるかよ)


 グリモフスキーには、女神像にすがる人形たちが弱々しく見えた。

 何かに頼って生きていくのは彼の流儀に反することだからだ。


「ちっ、馬鹿らしい。人形に付き合っていられるか―――」




「わあぁああああああああああ!」




 その瞬間、背後から叫び声がした。

 悲鳴というよりは、叫び声だ。大きな声といったほうが正確か。


「………」

「わーーーー! わーーーー!」

「………」

「わーーーー! わーーーー!」

「………」


 グリモフスキーは、その声に呆れながら後ろを振り向くと、冷たい眼差しを声の主に向ける。


「…なにしてんだ?」

「わーーー! …あれ? どうして驚かないんですか!?」

「驚くかよ。声の段階で、てめぇだってわかるだろうが」

「そんな! 起きた時はびっくりしていたのに…」

「あぁん? ずっと見てやがったのか!? 暇なやつだな!」


 視線の先には、ミャンメイがいた。

 なにやらグリモフスキーを驚かそうと機をうかがっていたらしい。

 だが、最初に警戒状態に入ってしまったので、これくらいの叫び声で驚くほど彼はウブではない。

 必死になって喚く謎のミャンメイの姿があるだけだ。


「何やってんだ、てめぇはよ。今までどこにいやがった?」

「グリモフスキーさんを驚かそうと、人形に交じって静かに隠れていました」

「そっちのほうが怖いだろうが!」

「あっ、そうかもしれませんね」

「ったく、てめぇはいつ目覚めたんだよ」

「えーと、ちょっと前です」

「…で、周囲は調べたのか? 他の部屋とかは?」

「いいえ。ずっとここに隠れていました」

「ああ!? なにやってんだ!」

「だって、グリモフスキーさんを放っておくわけにはいかないですし、驚かせるチャンスだったので…前の時にやられたから、今度はやり返そうと思って…」

「あれはべつにてめぇを驚かすつもりじゃなかったが…はぁ、なんでそんなに能天気なんだかな」


 ミャンメイが目覚めた瞬間に感じたことは「これはチャンスだ」であった。

 最初に神殿から飛ばされた時、盛大に驚かされた(勝手に驚いた)ので、やり返そうと思ったらしい。

 こんな状況にもかかわらず、考えることがあまりに子供っぽい。

 だが、それにも慣れた。

 むしろ、そうあってこそのミャンメイだと思える。


「ははは…てめぇはよ。本当に…馬鹿だな」

「えー! ひどいです」

「褒めてるのさ」

「なら、もっと違う言葉にしてほしかったです。あれ? 今笑いました?」

「あ? 笑ってねぇよ」

「笑いましたよー!」

「笑ってねぇよ」

「笑った、笑いましたー!」


 ミャンメイが、ぷんぷんと怒りながらグリモフスキーの周囲を跳ね回る。

 恋人同士のイチャつきにも見えるが、もちろんそんなつもりはない。

 極限状態のダンジョンを共に移動したことで、グリモフスキーも心を許し始めたのだろう。ただそれだけだ。

 吊り橋効果で恋人になる、なんてオチはないので安心してほしい。

 互いに奇妙な関係にあるがゆえに、たまたま近づいているだけにすぎない。



「で、ここはどこだ? …って訊いても、わかるわけねぇよな」

「はい。ただ、女神像があるので神殿ではないかと思います」

「そうだな。かなり趣は違うが、似ているっちゃ似ているな」

「最初は普通の部屋に飛びましたよね? それが今度は祭壇から神殿に飛びました。この違いって何でしょうか?」

「んなことわかるわけ……ん? そういや、最初は何か声が聴こえた気がしたな」

「あっ、そうですね。何か聴こえたような…『避難』でしたっけ?」

「だが、今回はそういったもんじゃなかった。…上手く言葉にはできねぇが、そこに違いがありそうだな」

「そういえばさっき、何かやったんですか? グリモフスキーさんが呟いた瞬間に移動した気がしますけど…」

「…あれが…原因なのか? だとしても単なる呪文だったはずだぜ。それに、この遺跡とはまったく関係ない場所のもんだ。それがどうして一致する? わからねぇな…」

「それって何の呪文ですか?」

「俺も詳しくは知らねぇよ。何かお宝のヒントだってことはわかるが…」

「そうですか…。あの…ずっと気になっていたんですけど、もしかしてこの雰囲気からすると…もっと奥まで進んじゃいましたかね?」

「…かもしれねぇな」


 部屋の雰囲気がさらに古くなり、神聖さを帯びてきている気がする。

 神聖さとは、人の手が入らない場所に宿りやすいもので、一種の「触れにくいもの」に対して抱く感情の一つだ。

 昔から大切にされて飾られている物などには、なんとなく触りにくいだろう。それだけ人のオーラが付着していないことを示している。

 つまりは、ここに『ひと気』が存在しないのだ。

 誰からも忘れられて久しい場所。そうでいながら多くの人々の祈りに似た何かを感じる場所。

 簡単に穢せないし、侵せないと思わせる空間がここにあった。


 どう考えても、さらに奥に入ったようだ。


 仮に地下だと想定すれば、さらに地下深くという表現が正しいだろう。

 空気もひんやりとしており、どこか重苦しさもある。やはり地下の可能性は高い。

 人生とは、ままならないものだ。

 上に戻りたいという彼らの希望を完全に無視して、どんどんと「中枢」に近付いていく。



 その後、しばらく女神像を調べたり、「あの言葉」を唱えたりしたが、特に変化はなかった。


(神殿同士が繋がっているのは間違いないな。何かがキーワードになって移動できる装置なんだろうよ)


 ミャンメイとも話し合った結果、神殿は転移装置(二人からすれば移動装置)という結論に至った。

 二回も飛ばされれば、その結論に達するのは容易である。

 また、グリモフスキーも頭は良くはないが、それはあくまで会話や一般生活におけるものであって、ダンジョンや遺跡の仕掛けに対しては感受性が高い。

 子供の頃から父親と一緒に遺跡に入っていたので、感覚として理解することができるのだ。

 そして、最初の転移との違いにも気付き始めていた。


(もし神殿から神殿に移動するのが通常のパターンだとすれば、最初のものはイレギュラーってことになる。家が火事になったら、助かるために窓からだって逃げるもんだ。そこがどこだってかまわない。生きるために必死に逃げるだけだ。…あれもそういうもんだってことだな。ランダムに移動した可能性がある)


 最初の転移は、おそらく『緊急避難』という言葉の通り、座標を指定しないランダム転移だった可能性がある。

 いくつかの安全な候補を事前に登録しておけば、それも可能だろう。その一つが、あの物置だったのかもしれない。


(だが、今回は普通の移動だ。つーことは、もし俺が言ったあの呪文で発動したなら……ここがその場所だってことなのか?)



 感性が、妙に強く訴えかけてくる。




―――ここに重要なものがある




 と。


 それは神殿のことではない。女神像や人形でもない。

 もっと奥にそれがあるような気がする。かといって、そんなに遠くもない気がする。



「この人形って、何のためにあるんですかね?」


 一方のミャンメイは人形に興味を持ったのか、じっと見て回っていた。

 等身大の人形というのも、なかなか珍しいものである。


「さぁな。んなことは知らねぇが…こういうのは昔からあるみたいだぜ。なぜか人間ってやつは、自分を模したものを造りたがるからな」

「そうですね。私も昔はお人形で遊んだ気がします」

「親父が言っていたが、人形にはいろいろな意味があるらしい。てめぇが遊んだように玩具にもなるし、あの女神像みたいに象徴にもなる。それ以外にも、身代わりにも使われたりするな。実際、術具に身代わり人形ってのがあるしな」

「身代わり…ですか。これはあまりに精巧すぎて…怖いですね」

「もしかしたら、本当にここに住んでいたやつらを模したものなのかもしれねぇな。どっちにしても気味が悪いぜ」

「人形…か。気になりますね…」

「そうか?」

「何の意味もなく存在することはないと思うんですけど…」

「学者じゃねえんだ。これ以上考えても時間の無駄だ。畑に戻れなくなった以上、早く何かしらを見つけないと、また餓死に怯えることになるぜ」

「あっ、そうでした! 早く食べ物を見つけないと! 保存食のストックも少なくなりましたし…早く行きましょう!」

「ったく、てめぇは食うことばかりだな。…そのほうが、らしいがな」


 ミャンメイの扱い方が段々とわかってきた。

 とりあえず食べ物で釣る。こうすると素直に言うことを聞くらしい。

 花より団子と言っては失礼だが、ある意味で一番リアリストなのかもしれない。




475話 「水と油 中編」


 自分の意思で神殿の機能を動かせない二人は、移動を選択。

 出口である扉は自動で開いたので、そのまま通路を歩いていた。


 歩くこと数十分。


 通路は延々と続く。これでもかと続く。

 まったくひと気がないこともあり、徐々に不安が募ってきたのか、ミャンメイが愚痴を吐く。


「なんだか戻れる気がしなくなってきました…。本当にここに食べ物があるんですかね?」

「うるせぇな。んなこたぁ知るかよ。黙って歩け」

「でも、どんどん奥に行っていますし…圧迫感みたいなものも感じません?」


 歩けば歩くほど、足取りは重くなる。

 その理由は疲労でもあるし、先行きが見えない不安のせいもある。

 が、もう一つの理由に、何やら奥から感じる妙な『圧迫感』があるのだ。


 まるでそう、「ダンジョンのボス部屋」が近づいてきているかのように。


 ダンジョンは何のためにあるのか?

 その単純な問いの答えも極めて単純だ。

 その奥に大切なものがあるから、人に知られたくないものがあるから、である。

 あるいは、そこにたどり着くこと自体が試練であり、資格を得た者に何かを渡す目的もあるだろう。

 そのためにダンジョンには仕掛けがあり、モンスターがおり、侵入者を頑なに阻むのである。

 この遺跡もダンジョンの一部であるのならば、その奥には何かしら重要なものがあってしかるべきだ。

 そして、お宝の前には「ボス」がいるのが常識である。


(こいつの言う通り、圧迫感は出てきたな。上の比じゃねえ。…だがこの感じ、悪くはねぇな)


 グリモフスキーも、ミャンメイの言う圧力は感じていた。

 だが、彼にとってそれは「期待」と呼んでもよい感情であった。

 胸の高鳴りと緊張感が入り混じったような複雑な感情だ。遠足前の期待感に似ているだろうか。

 そんな自分に思わず笑ってしまう。


(腐ってもイクターってことか。血は隠せねぇな。だがよ、こいつを巻き込むわけにもいかねぇな。こいつだけは帰してやらねぇと…)


 自分の期待感とミャンメイの安全は別問題だ。

 たしかに彼女にも遺跡の謎を知る権利はあるのだろうが、それで死んでは意味がない。


「じゃあ、ここで暮らすのか? あの人形どもとよ。その歳で人形遊びってなると、随分と意味が変わってくるがな」

「?? 意味が変わるって…どういう意味ですか?」

「それがどんな意味かわからないようじゃ、まだまだてめぇはお子様ってことさ。やっぱり人形遊びがお似合いだぜ」

「えー、なんですかそれ。馬鹿にしてません?」

「馬鹿にするもなにも、食い物がなければお前だって、近いうちにあれの仲間入り確定だぜ。それでもいいのか?」

「それは…絶対に嫌です」

「俺だって嫌だ。だから歩くんだよ。歩いて行き着くしかねぇ。人間ってのはな、歩みを止めたら死ぬんだ。歩けなくなっても歩け。今はそうするしかねぇ」

「…もしかして、励ましてくれてます?」

「んなわけあるか。てめぇがうだうだ愚痴を吐くからだろうが」

「愚痴くらい吐いてもいいじゃないですか。私とグリモフスキーさんの仲なんですから」

「ああ? いつからそんな仲良くなったんだよ」

「もうなってますよ。お友達です」

「へっ、出会った時から誰でもお友達か? 気楽でいいなぁ、てめぇは。この世界に友達なんて存在しねぇよ」

「ひねくれすぎですよ。だから怖がられるんです。もっと心を開かないと」

「開いて金になるのか?」

「もうっ、すぐそうやって悪ぶるんですから」


 不思議だ。まるでアンシュラオンがそこにいるかのような発言だ。

 もしかしたら、あの男とは極めて気が合うのかもしれない。

 ちなみにアンシュラオンの場合は悪ぶっているのではなく、本気でそう思っているからこそ、なおさらたちが悪いのだが。

 あの男の人間不信も相当なものである。


「そうよね。歩かなきゃ。私はこんなところで死ねないんだから…」


 この会話があったせいか、ミャンメイも少しはやる気を取り戻す。

 たったこれだけで元気が出るのだから、人間とは改めて不思議なものだと感心する。




 そうして歩き続けると、徐々に通路は大きくなっていき、目の前に巨大な両開きの扉が姿を見せた。


 地下闘技場にあるものよりも数倍大きく、高さ三十メートルはあるだろうか。

 グラス・ギースの城門にも匹敵する大きさなので、こうして見上げると迫力があった。


「えーと、思ったより場違いなところに来ちゃった気がするんですが…」

「だとしても、ここしか道はねぇんだ。行くぞ」

「開きますかね?」

「開かなくても開けるしか―――」




 ギギギギッ ギィイイイイ



 とグリモフスキーが言いかけた瞬間には、扉は開いていた。

 拒否されているような感覚はまったくない。

 むしろ歓迎されているような開放的なものにさえ感じられた。


「開いちゃい…ましたね。腕輪を使ったんですか?」

「いや、これは違うな。少なくともこちら側からは何のアクションもしてねぇ。たぶんだが、勝手に開くようになっていたんだろうよ」

「こんなに大きな扉なのにですか?」

「うーむ、もしかしたら…そういうことなのか? さっきのあの場所といい、まさかな……」

「…え? 何がですか?」

「いや、開いたんだからいいだろうが。さっさと行くぞ」

「あっ、待ってくださいよ」


 目の前に道が示された以上、先に進む選択肢しかない。


 二人は緊張しながらも部屋に入る。


 次に入った部屋、それはもう『空間』と呼んだほうがいい大きさだろうが、そこもなかなかにして壮大で荘厳な場所であった。

 入った瞬間にまず見えたのが、全長四メートルはある大きな【ロボット】である。

 否。

 ここはやはり【機械人形】と呼ぶのが、より正しい表現だろう。

 まず何より、今まで見たカブトムシや調査用のロボットとは、見た目が相当異なる。


 そのロボットは【四肢】を持っていた。


 まだまだ無骨さは残るが、ゴリラのような太い体躯と腕を持ちつつ、しっかりと両足で立っている『人型』であった。

 人を模した何かの物体。だからこそ『人形』という言葉が似合うのだ。

 そうした人型の機械人形が、これまた壁に沿って並べられている。

 しかも造ったプラモデルを観賞用に並べたかのように見事に整列しているのだ。明らかに意図的な配置だ。


(なんだこりゃ…こいつは、やべぇな)


 見た瞬間から、グリモフスキーはこれが危険なものだと理解できた。

 武人である彼にはわかるのだ。

 これはきっと【戦闘用の機械人形】であると。

 カブトムシが一般兵だとすれば、こちらは『部将(部隊長)』と呼ぶべきか。

 そんな特別な威圧感を持った、今までとは違う存在である。


 だが、驚くにはまだ早い。


 その先には、さらに大きな全長六メートルほどもある機械人形がそびえていた。


 その姿、外殻は、やはり機械と呼べる体《てい》をしているが、精巧さという意味合いで他のロボットを凌駕している。

 見た目は、どことなく仏像を彷彿させ、今見た部将を数段超える威圧感と神々しさを宿している。

 その光景に圧倒され、しばしグリモフスキーは言葉を失う。



(落ち着け。動いているわけじゃねえ。こっちに攻撃を仕掛けてこないなら本当に人形と同じだ。焦るな。問題はない)


 数十秒後、徐々にゆっくりと思考が戻ってくる。

 人形はあくまで人形。

 動かす者がいなければ置物でしかないので、無駄に怖れることはない。

 少し余裕が出てきたので、じっくりと観察してみる。


(地下闘技場の前にも石像があるが、あれに似ているな。あれはおそらく噂に聞く『神機』を模したものだろう。大きさも近い。ここにあるやつも似ているが…ちと雰囲気が違うな。同じ技術で造ったもんだろうが…目的が違うのか?)


 アンシュラオンのように実際に戦うという馬鹿なことをする者は極めて少ないが、神機の存在自体は半ば伝説の形で各地に残っているので、知っている者も多い。

 それが古代遺跡を追うイクターであれば、なおさらのことだ。

 グリモフスキーも父親からいろいろな話を聞かされ、幼少時代は心躍ったものである。

 ただ、神機の大きさや形状はさまざまであれど、どれもが最低でも十メートル以上の大きなものだ。

 竜界出身のものともなれば、全長は百メートルは優に超えるし、最上位の存在は三百メートルから五百メートル近くにおよぶ超巨大ロボットである。(伸びた場合の全長)

 それと比べると、ここにあるものは若干小ぶりだ。

 このようなものは記憶にないし、伝承の類でもあまり見られないものであった。


「すごい…ですね」


 後ろでは、ミャンメイも機械人形に驚いているようだ。

 これはグリモフスキーのような危機感ではなく、単純にすごい技術で造られているなーという程度の驚きだ。

 知らないということは幸せだ。知ったところで無駄に恐怖するだけなので、そのほうがいいに決まっている。


(この遺跡にこんなもんがあるなんてな…。大発見と喜びたいところだが、知らないほうがよかったかもしれねぇな。これが争いの種になるかもしれねぇ)


 不思議なことに、グリモフスキーに感動や興奮はなかった。

 ここにある代物は、彼が子供の頃感じたドキドキ感とは、また違うものだったのだ。


(中には戦闘に役立つものを発見して喜ぶやつらもいるが、親父は違った。もっと人のためになるような…純粋な喜びになるようなものを探していた。それは少なくとも人を傷つけるもんじゃなかったはずだ。俺が欲しいのも、そういうもんかもしれねぇな)


 これを売れば、金にはなるだろう。

 怖ろしいまでの大金を手に入れられるかもしれない。

 だが、満たされない。自分の中の欲求が満たされることはないのだ。


(ここのことは見なかったことにするさ。必要ないからな。墓場まで俺が持っていけばいい)


「おい、さっさと行くぞ」

「え? もう行っちゃうんですか?」

「こいつらを食うのか?」

「食べないですって。というか、食べ物じゃないですよ」

「だったら価値はねぇ。俺たちが探しているのは食いもんであり、出口だ。それ以外は無視しろ」

「すごい発見のような気がしますけど…いいんですか?」

「必要ねぇよ。人間ってのは不必要なものを持つべきじゃねえ。どうせ余らせてゴミになるだけさ」

「あまりに凄すぎて、グリモフスキーさんのお宝の概念には該当しないってことですか?」

「微妙に鋭いところを突いてきやがるな! まあ、そういうことだ。加工用の石を探しにきて大きなダイヤを見つけても、あまりに想定が違いすぎて興醒めするってもんだぜ」

「はぁ、そんなものなんですね。意外と欲がないというか慎ましいというか…」

「てめぇだって食い物以外に興味がないだろうに。わかったなら、行くぞ」

「はい」


 ミャンメイもそれ以上の興味はないのか、素直に付いてきた。

 それでいい。そのほうが彼女にとっては幸せである。



 うぃいいいいんっ ごろごろっ



 そんなことを考えながら、次の扉を開いた瞬間である。



「…あ?」



 グリモフスキーの眼球がゆっくりと定まるにつれて、一つの輪郭を映し出す。

 それが最初、何かわからなかった。

 この何時間かは、骸骨戦士さんやら人形やら、あるいは今見たような機械人形やらを見てきたので、今回もそれと同じだと思ってしまった。

 だが、それは確実に今までとは違うものであった。




 目の前に―――【人】




 見間違いでも人形でもなく、本物の人間だったのだ。



 その人物と―――視線がかち合う。



 きっとグリモフスキーは、目を見開いて驚いていたことだろう。


「…っ!!」


 しかし相手もまた、同じように驚愕の表情でこちらを見ていた。

 こうした感情表現ができること自体が、相手が間違いなく人間であることを証明している。

 そして、もしこれが互いに知らない人間同士ならば、しばらく様子をうかがっていただろう。

 だが、ここでさらに奇妙な縁によって、二人が巡りあう。



「て、てめぇ…! なんでここに…!!」


「な、なぜ…お前が…」



 そこには、グリモフスキーが思ってもみない人物がいた。



 それは―――



「…え? 【兄さん】?」



 後ろから付いてきたミャンメイも、その人物、【レイオン】を視認する。

 自分の兄だ。見間違えるわけがない。

 特徴的な同じ青い髪の毛に加え、筋骨隆々の身体。

 まだ身体には包帯が巻かれているので、サナの雷爪で切り裂かれた箇所を治療したものだと思われる。

 何度見ても間違いない。



 彼は―――キング・レイオン!!



「兄さん、なんで兄さんが―――」



 と、ミャンメイが問いかける間もなく―――



「てめぇ! レイオォオオオオオオンッ!」


「グリモフスキィイイイイイイー! 貴様!!」



 両者が突然走り出し、間合いに入った瞬間に拳を打ち合う。

 先に届いたのは、意外にもグリモフスキーの拳だった。


 ゴンッ!!


 本気で殴りつけた拳打が、レイオンの顔面に当たる。

 が、すでに戦闘態勢に入っていたレイオンは、あえてそれを受けたのだ。

 頑強な骨と首の筋肉で衝撃をいなし、そのまま反撃の拳。

 鋭いボディーブローがグリモフスキーの腹を抉る。


 ドゴンッ!!!


 巨躯から放たれた拳は重い。

 衝撃が身体を突き抜け、一瞬意識を失いそうになる。




476話 「水と油 後編」


 レイオンのボディーブローが炸裂。

 悶絶級の一撃だ。これは厳しい。


「ごふっ…! なろおおおお! そうくるのはわかってんだよ!!」


 が、グリモフスキーは、その一撃に耐えた。

 彼もまたレイオンが腹を狙うのがわかっていた。

 何度も闘技場での戦いを見ているので、レイオンがボディブローを好むことを知っていたからだ。

 防御の戦気を腹に集中させてダメージを半減させることに成功。


 ぐぐぐっ


 それによって足腰はまだ生きている。

 身体全体で反動をつけて、体勢が低くなったレイオンに頭突き。


 ゴンッ! メキッ!


「ぐっ!!」


 ちょうどボディーブローを放って無防備になっていたところに、頭突きが炸裂。

 目の下、頬の当たりにくらってしまって、レイオンが一瞬怯む。

 ヤキチが使っていたが(あれはヘルメット付き)、この頭突きというのも強力な攻撃方法の一つである。

 上手く相手の顔面等に当てることができれば、鼻をへし折ったり頬骨を砕いたりすることができる。

 昏倒させる力もあるので、一撃で相手をノックアウト、ということもあるだろう。

 一応、覇王技には頭突き技もあるにはあるが、顔を相手に向けること自体が危ないので、こうした超接近戦の限定的な攻撃手段と捉えたほうが賢明である。


「ちぃっ! どけっ!」


 だが、レイオンもこの程度でやられはしない。

 復活した身体は、打撃に対して極めて強い耐性を持っている。

 面の皮が厚いというわけではないが、この頭突きの一撃にも耐え、グリモフスキーを突き飛ばして間合いを作る。

 そこから豪腕のラッシュ。


 ドガドガドガドガドガッ ミシミシミシィッ


 この巨躯の太い腕から繰り出される攻撃は、やはり脅威だ。

 防ぐグリモフスキーの腕が、一発殴られるごとに軋んでいく。

 このままではサンドバッグのように殴られ続け、あっという間にボロボロにされるに違いない。


「いつまでも好き勝手殴れると思うなよ! ここはリングじゃねえぜ!!」


 グリモフスキーは、倒れ込むようにしながら背後に跳躍。

 それによって拳撃のラッシュから逃れる。

 レイオンは追撃を仕掛けるが、広い空間のために逃げる場所はいくらでもあるので、グリモフスキーはさらに背後に逃げ続ける。


 そう、ここはリングではない。


 ギラリ

 グリモフスキーが懐からナイフを取り出す。


「くらえっ!」


 そして、離れた場所からナイフを投擲。

 骸骨戦士さんには通じないのであえて使わなかったが、カスオからミャンメイを助けた時に使ったナイフは持っていたのだ。

 ここは狭い無手の試合会場ではないし、道具にも特に制約があるわけではない。ナイフを使ってもなんら問題はないのだ。

 正確に放たれたナイフがレイオンに襲いかかる。


「こんなものが効くか!!」


 レイオンは首のひねりで、ナイフを一本かわす。

 二本目、三本目は、拳で迎撃して叩き落した。

 ナイフにも戦気が宿されているが、『集中維持』の戦気術はなかなか高度なため、遠くに投げれば投げるほど威力が軽減される。

 カスオ程度にならば脅威となる投擲ナイフであっても、レイオンほどになれば、これくらいはかわすまでもない。簡単に弾く。

 だが、それによってわずかに体勢が崩れたのは事実だ。

 そこに再び向かってきたグリモフスキーが迫る。


「このやろおおおおお!」


 どんっ!!

 そのまま全体重をかけたタックルをかます。


「ちっ!」


 迎撃の打ち終わりに体当たりをくらったので、レイオンの体勢がさらに崩れる。

 レイオンの巨躯ばかりが目立つが、グリモフスキーも良い身体をしている。

 レイオンがプロレスラーだとすれば、グリモフスキーは空手家のような体付きといえばわかりやすいか。

 どちらも屈強な体躯をしているが、グリモフスキーの間合いはレイオンより若干長い。


「やられたことはやり返すぜ!! おらおらおらおら!!」


 さっきのラッシュのお返しとばかりに、グリモフスキーはレイオンの射程外から高速のジャブを繰り出す。

 腕をしならせて放つ拳で、いわゆるフリッカージャブというものに近いだろうか。

 グリモフスキーはやや腕が長いので、通常よりもわずかに長い間合いで攻撃できるのだ。


 シュバンッ シュパンッ


 ムチのような攻撃がレイオンに当たる。


「相変わらず逃げるような戦い方をする! だからお前は臆病者なのだ!」

「うるせえ! てめぇと真正面からやれるか!! この筋肉ダルマが!!」


 ガードしているため、ジャブはたいして効いていない。

 しかし、レイオンが追おうとするとグリモフスキーもまた下がるため、なかなか捕まえることができない。

 そのため徐々に相手を苛立たせる効果が期待できる。


「こいつ!!」


 挑発じみたジャブをくらい、苛立ったレイオンが修殺《しゅさつ》の構えに入った。

 正直、覇王技には中遠距離攻撃が少ないのが泣き所だ。

 すでに述べたように『集中維持』の戦気術は難しいし、武器を使って放つ剣王技と比べると出力が弱い傾向にあるので、それならば術符を使うほうが効果的だろう。

 アンシュラオンの覇王流星掌のような規格外の技を、誰もが使えるわけがない。

 あれは技を極めた超一流の武人だけに許された領域なのだ。それと一般の武人を比べるほうがかわいそうだ。

 ただしその中で修殺は、戦士の基本的な中距離攻撃手段として一定の地位を獲得している。

 一撃一撃はさほど重くないものの、連発したり回転させて周囲を巻き込んだりと、さまざまなバリエーションを持つため、あらゆる状況に対応できる利点がある。

 ここでレイオンが修殺を選択したのも当然のことだ。


 が、これはグリモフスキーの思惑通りだった。


「おおおおお!」


 修殺の構えに入った瞬間に、グリモフスキーが突っ込む。

 この瞬間だけはレイオンのガードが完全に下がっている。

 技は一定の動作を行わないと発動しないので、どうしても隙が生まれてしまうのだ。

 技の出が早い修殺とはいえ、この近距離では時間的にかなりのロスとなるだろう。

 グリモフスキーは、そこを狙ったのである。


「かまわん! そのまま吹き飛べ!」


 レイオンはそれにもかまわず、修殺を放つ。

 反動ダメージを受け入れて技をキャンセルする選択肢もあったが、ギリギリ間に合うと判断して押し通したのだ。

 当たれば一発ノックアウトは間違いない。

 相手が少しでもおののいてのけぞれば、当てるのも容易となる。



 それに対してグリモフスキーは―――




「うおおおおお!」




―――加速



 目の前で技が発動しようとしているのに、まったく怖れることなく突っ込む。

 レイオンの技が完成。

 修殺が放たれる。


 ブオンッ!!


 豪腕から放たれる一撃は、修殺になっても凶悪だ。

 周囲の大気を巻き込んだ砲弾のような一撃が迫る。


 グリモフスキーはスピードを落とさず、スライディング。


 すぐ真上を凄まじい圧力が通り過ぎていき、巻き込まれた髪の毛が弾け飛ぶ。

 もともとバリアートで髪の毛が刈り込まれていたが、そこにさらに新しい溝が刻まれることになった。

 だが、それだけで済んだことは見事だ。

 少しでも勢いを緩めていたら完全にロックオンされ、技を当てられていただろう。

 ここは彼の勇気を褒めるべきだ。


「このやろう!! よくも俺の髪の毛を!!」


 素早く体勢を整えたグリモフスキーが、跳ね上がると同時にアッパーカットを放つ。

 どーーーんっ!!

 身体ごとぶつかる強烈な一撃だ。

 普通ならば首の骨が折れてしまうほどの衝撃を受けるだろう。


「ぬぐぐっ!! ふんっ!」


 が、こちらも普通の人間ではない。

 ギシギシと筋肉が引き絞られ、骨をしっかりとガードする。


「貴様の髪など、最初からあってないようなものだろうが!!」


 どごんっ

 反撃のボディーブロー。


「ぐふっ…! 腹ばっかり狙うんじゃねえよ!!」


 ゴンッ!!

 反撃のアッパーカット。


「お前も首ばかり狙いやがって!!」


 バッゴーンッ!

 反撃のフック。


「ぐはっ!! いてぇ…な!!」


 ドン!!!

 反撃の前蹴り。




 その後も、両者は殴り合う。



 ひたすら殴り合う。

 ここでまず疑問に思うことがあるだろう。


 どうしてグリモフスキーが、レイオンと互角に殴り合えるのか


 である。

 一瞬でボコボコにされたように、本来の両者の実力差はかなりあるだろう。

 しかし、レイオンはサナとの試合で全力を出し尽くしているし、常人ならば死ぬほどの大怪我まで負っている。

 強靭な戦士の回復力をもってしても簡単に治るものではない。そこでハンデが生まれる。

 また、グリモフスキーもレイオンの戦い方を研究していた。

 彼が嫌々ながらも試合を観に行っていたのは、そのためだ。

 いつかレイオンに勝つために、さまざまなシミュレートを行っていたのである。


 この両者の特殊な事情があり、現在では攻防が拮抗することになる。



 しかし、である。



 それ以前の問題として―――




「え? …え? なんで?」



 完全に置いてけぼりにされているミャンメイを忘れてはならない。

 なぜかいきなり殴り合う両者を唖然として見ている。


(なんで兄さんがここに? グリモフスキーさんも、なんで殴り合ってるの? 意味がわからないわ!!)


 現在彼女は、困惑のさなかに取り残されていた。

 だが、唯一わかることは、これが【不毛】だということだ。

 二人が争う意味はない。特にこの場では。

 よって、当然の結論として止めに入る。


「ちょ、ちょっと! 二人とも! やめて!! どうして戦っているのよ!」

「死ね、レイオン!!」

「お前が死ね!!」


 ドン バキ ドガ グシャ

 ミャンメイが叫ぶが、二人はまったく聞き入れようとしない。

 戦いに夢中になっているのだ。聴こえるわけがない。


「やめて! やめてったら! ここで戦う意味なんてないわ! 落ち着いてよ!」

「てめぇだけは許さねえぞ!」

「逆恨みを! このクズが!!」

「んだとおおおおお! てめぇだってクズだろうが!!」

「一緒にするな!! 気持ち悪い!!」


 ドン バキ ドガ グシャ

 ドン バキ ドガ グシャ

 ドン バキ ドガ グシャ


 男同士の戦いに、女の声が届くわけもない。

 いつだって戦いで犠牲になるのは女だ。

 これはどちらかが倒れるまで終わらない戦いなのだ。

 女は涙を流しながら、それを見守るしかない。



「うううっ…うううっ!!!」



 などと、誰が決めたのか。


 ミャンメイのこの呻き声は、けっして弱々しい感情から来るものではない。

 今この場にいる彼女は、体内に白い力を宿した【強い女性】である。

 たしかに男性に泣かされる女性もいるだろう。

 しかしながら歴史を振り返れば、女性に泣かされた男のほうが圧倒的に多いのだ。



 ミャンメイが―――叫ぶ。




「こらぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」




「やめなさあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああいいいいいいいいいい!!!」





 身体の奥底、芯から発せられた言葉は―――




「っ!!」


「うっ!」



 骨の髄にまで響く。

 ミャンメイの言葉によって、男二人の動きが止まった。

 これで一件落着。ここから話し合いだ。


 なんてことにはならない。



「そんなに戦いたいなら、私が相手になります!!」



 何を思ったのか、ミャンメイが二人に向かって走り出す。

 しかも無手ではない。

 包丁を握りしめて突撃する。


「なっ!!」


 それに虚をつかれたのか、グリモフスキーはまったく対応できなかった。


 身体に―――刺さる。


 ズブッ!


「いてぇえ!」


 ミャンメイが、まったく躊躇せずに包丁を突き刺した。

 正直、怖い。

 いや、相当怖い光景である。

 これが包丁であることが、妙なリアリティを与えているのだろう。実際の家庭でも起こりえる光景に思えて恐怖が増大する。


「みゃ、ミャンメイ! そうか! 俺のために…」


 レイオンは一瞬、自分を助けるためにグリモフスキーを刺したのだと思った。

 仲の良い兄妹なのだ。そう思うのが自然だろう。


「このおおおおおおおおおおお!」

「え?」


 が、包丁を引き抜いたミャンメイは、実の兄のレイオンに対しても突っかかる。

 そして、これまた躊躇せずに、包丁を突き刺した。

 ズブッ!!


「うぐっ!」


 普通にやったら刺さらないと思ったのか、反射的にサナに抉られた傷痕を狙って突き刺すという冷静さを見せる。

 当人は知らずとも包丁にはアンシュラオンの命気が宿っているので、それが切れ味をさらに上げることになり、レイオンの肉体すら簡単に貫くのだ。

 もっとも、妹に刺されるとは思ってもいなかったので、最初から防御の戦気を展開していなかったことも大きな要因であるが。



 こうして【喧嘩両成敗】と相成った。




477話 「レイオンの秘密 前編」


「いてて…てめぇ、よくもやりやがったな!」

「グリモフスキーさんが、人の話を聞かないからですよ」

「人の話を聞かないからって、いきなり刺すやつがいるか!?」

「おかげで話を聞けるようになったじゃないですか。ちゃんと重要な臓器は避けて刺しましたから大丈夫ですよ」

「相変わらず怖ぇな、てめぇは! どんだけ冷静だ!」

「二回目ですし、慣れました」


 ミャンメイに刺された脇腹を治療するグリモフスキー。

 容赦なく突き刺さったが、幸いにも致命傷にはならなかった。

 なっていたら、こんなに呑気に話せてもいなかったので、それだけは本当に幸運だろう。

 ミャンメイもミャンメイで、人を刺すのがカスオに続いて二回目だったせいか、極めて冷静に狙う箇所を選んでいたらしい。

 慣れとは怖ろしいものだ。


「ミャンメイ…お前、実の兄を刺すなんて……」


 そして、刺された者はもう一人いる。

 兄のレイオンである。

 こちらは実の妹に刺されたショックからか、いまだに呆然と立ち尽くしていた。


「こんな…お前は……お前は……」

「へっ、妹にまで見限られるとは、いい気味だぜ!」


 ショックを受けているレイオンの姿は、なかなか面白い。

 そう思って冷やかすグリモフスキーであったが、この男の脳みそが常人とは少し違うことを忘れていた。


「ミャンメイ!! 俺は嬉しいぞ!!」

「はぁああああ!??」

「こんなにも全力でぶつかってきてくれるなんて…俺は…俺は……嬉しい!! お前の気持ちは、しっかりと伝わったからな!!」

「てめぇ…何言ってんだ?(震え声)」


 何やら突然、喜び出した。

 どうやら打ち震えていたのは、感動と喜びからくるものだったことが判明。

 ここ三年、妹と微妙な距離感だったせいか、スキンシップというものがまったくなかった。

 それがこの数日で一気に縮まり、元の仲睦まじい兄妹に戻ったことが嬉しいのだろう。

 しかし、妹に腹を刺されて喜ぶとは、発想が完全に脳筋である。

 思わずグリモフスキーも震え声になるほど、「こいつ、やべぇ」感を醸し出している。


「おい、レイオンの野郎がおかしいぞ!」

「昔はいつもこんな感じでしたよ」

「いつも!?」


 これが通常仕様です。



 ともかく、これで会話ができる態勢が整った。

 ようやく核心に触れることができる。



「兄さん、どうしてここいるの?」



 そう、それが一番の疑問点だ。

 なぜレイオンがここにいるのかが最大の謎であろう。


「世の中には三人、自分と酷似した人間がいるって話だが…」

「兄さんは本物です」

「だよなぁ。妹に刺されて喜ぶような変態なんて、そうそういないよな」


 アンシュラオンならば、サナに刺されても喜びそうだが、一般の概念ではそうだろう。


「失礼なやつだな。というか、それはこちらも同じだ。どうしてここにいる? しかもそんなクズと一緒に」

「あぁん! 人様のことをクズ呼ばわりしやがって、てめぇは何様のつもりだ!」

「クズをクズと言って何が悪い! このクズが!」

「上等だ、このやろう!! またぶっ潰してやるからな!」

「まただと? お前に負けたことなど一度もない! 身の程を思い知らせてやる!」

「ああ、こいやぁああ! 相手になって―――」

「えーーい!」


 ブスッ


「ぎゃっ!!」


 グリモフスキーを刺すミャンメイ。

 もうかなり手慣れている。怖い。


「て、てめぇ! また刺しやがったな!」

「喧嘩するからですよ。喧嘩両成敗です」

「それならあいつも刺せよ!」

「…いえ、刺すと喜ぶので…やめておきます」

「さぁ、ミャンメイ! いつでもこい!」

「…なるほど」


 満面の笑みで待ち受ける兄。その笑顔は、とてもキモい。

 思わずグリモフスキーが「なるほど」と言ってしまうほど、ヤバイ笑顔だ。

※「なるほど」の使い方は、218話参照



「話が進まないから、まずは私たちのことから話すわ」

「ああ、聞かせてくれ」


 まずはミャンメイが、今までのことを話すことにする。



 かくかくしかじか



「!」

「っ!?」

「!!」


 というように、レイオンにとっても意外な話だったのか、かなり驚いていたようだ。

 カスオの下りもそうだし、グリモフスキーが助けた話にもしかめ面をしていたものである。




「これが私たちに起こったすべてよ」

「それでお前は、こいつを信じたのか?」


 ひと通り話を聞き終えたレイオンが、グリモフスキーを睨む。

 話は受け入れたものの、まだ信じきれていないようだ。

 今までのことを思えば、それも当然だろう。


「信じるもなにも、一緒でなかったら生き残れなかったわよ」

「この男が、カスオというやつをそそのかした可能性もあるだろう」

「兄さん! 色眼鏡で見るのはやめてよ! グリモフスキーさんはクズじゃないわ! 思ったより立派なクズなのよ!」

「…それ、褒めてんのか?」


 若干言い方は気になるが、ミャンメイ的には褒めているらしい。


「な、なんだ。どうしてこいつの肩を持つ! ま、まさかお前たち…」

「変な誤解はしないで。本当に普通に過ごしていただけよ」

「グリモフスキー、妹に変な真似はしていないだろうな!」

「あ!? んなわけねぇだろうが!」

「お前のようなクズが一緒にいて、妹に欲情しないわけがないだろう! 白状しろ!」

「あああああ!? 俺にも好みってもんがあるんだよ! どうしてこんな女を―――」

「えーい!」


 ブスッ


「いてっ!!」

「二人とも、どうしてすぐに喧嘩するの!! 子供じゃないんだから、やめてください!!」

「なんで俺だけ刺すんだよ!!」


 二人が喧嘩をすると、なぜかグリモフスキーだけが刺されるシステムが構築されつつあるらしい。

 まったくもって世の中は理不尽なものである。



「私たちのことはいいのよ。こうして生きていることだけでも十分だもの。それで、兄さんはどうしてここにいるの? 私たちからすれば、そっちのほうが気になるわ」

「………」

「おいおい、俺たちの事情は話したぜ。てめぇだけ、だんまりかよ」

「………」

「普通に考えて、おかしいよな。なんでてめぇがここにいるんだ。ここに来るまで俺たちは相当苦労したぜ。それこそ死ぬかもしれない状況にまで陥った。そんな場所に簡単に来られるわけがねぇ」

「…たしかにそうですね。かなり長い道のりでしたし」

「ああ、そうだ。それにもかかわらず、こいつは最初からこの部屋にいた。これはどういうことだ? 俺たちが使った神殿には、他の人間の痕跡はなかった。つーことはだ、こいつは違う場所からここにやってきたってことさ」

「そういうことに…なりますね」


 この遺跡は特殊な術式がかけられているので、あまり汚れていない。

 しかし、埃(塵)を完全に除去する機能はないため、そこから痕跡を調べることが可能だ。

 人形たちがいた神殿にあった埃から察するに、あそこは長らく使われていなかったことは間違いない。

 あのルートを使ったのは、グリモフスキーとミャンメイだけである。

 ならばレイオンはどこから来たのか、という疑問が生じる。


「レイオン、俺はてめぇを信用してねぇ。それだけは、はっきりと言っておくぜ。てめぇは何か知っていて隠していやがる」

「え? そうなんですか?」

「妹なんだから、それくらいは気付けよ!!」

「そりゃ私だって少しは気付いていましたけど…この遺跡に関係しているとは思っていませんでした」

「こいつはな、ずっと前からコソコソと何かやっていやがったんだ。俺の目は誤魔化せねえぜ! ホワイトが壊したロボットを回収したのもてめぇだったな。俺を蹴落としたのも、このエリアで自由に動くためだろう! 違うか! あぁん!?」

「………」


 グリモフスキーは、ずっと疑問を抱いていた。

 なぜレイオンは、このラングラスエリアのキングになったのだろうか。

 もちろんクズたちが嫌いだった、という理由もあるだろうが、そのわりにはエリアへの無関心や不干渉といったものが目立った。

 ミャンメイを景品にしている等、その行動には怪しい点がかなりある。

 だからグリモフスキーもレイオンを目の仇にしていたのである。

 そしてついには遺跡の奥底で出会うのだ。疑うのも無理はない。


「兄さん、どういうことなの? 何か知っているのなら教えてよ」

「うむ……だが……」

「いいか、レイオン! てめぇが何かを秘密にしていたって、こうやって妹が狙われるんだぜ! それはてめぇの責任だ! いいかげん、責任ってやつを果たしたらどうだ!! それが筋ってもんだろうが!」

「ちっ、貴様に何がわかる」

「てめぇこそ、何がわかるってんだ!! 自分を過大評価してんじゃねえよ! ホワイトの野郎にも勝てないやつがよ、粋がるんじゃねえ!」

「くっ…」

「グリモフスキーさんは少し言いすぎだと思うけど、こんな目に遭ったら、さすがに私も黙ってはいられないわ。お願い、兄さん。知っていることがあったら全部教えて!!」

「………」


 レイオンは、しばし沈黙。

 もともとは感覚派で感情を表に出すタイプなので、こうした仕草をすること自体が珍しい。

 逆に言えば、それだけ言うのが憚られる内容だということだろう。

 しかし、ミャンメイがこうして狙われた以上、彼もいつまでも黙っているわけにはいかない。

 ようやくにして重い口を開くのであった。


「…わかった。知っていることは言う」

「最初からそうすりゃいいんだよ。もったいぶりやがって!」

「だが、すべての情報を得ているいるわけじゃない。俺が知っているのは断片的な内容だけだ」

「ああん? そりゃねぇだろうが! まだ隠すつもりか!?」

「だから違うと言っているだろう。俺はこういう性格だからな。万一のことを考えて『先生』も多くは伝えていないんだろう。まあ、巻き込みたくないという感情もあったのは理解できるが…」

「先生だと? てめぇが先生っていうと…あの【医者】か?」

「ああ、すべてが先生を助けたことから始まった。先生…バイラル・コースターとの出会いでな」

「バイラル・コースター…? それがあの医者の名前か?」

「ああ、そうだ。いまさら隠しても仕方ない」

「おい、待てよ。バイラルっていやぁ、まさか…。だが、医者でバイラルっていえば…やつしかいねぇよな」

「グリモフスキーさん、知っているんですか?」

「おい、レイオン! そのバイラルってやつは、もしかして医師連合の代表理事だったやつじゃねえのか!?」

「えっ!?」

「バイラル…そうだ。間違いない。そいつは【医師連合の代表者】の名前だぜ。どうりで腕がいいはずだ。グラス・ギースで一番腕の立つ医者だからな」


 グリモフスキーも長い間、グラス・ギースにいた男だ。

 しかも医療関係のラングラスにいたのだから、医師連合の代表が誰かくらいは知っている。

 ある意味で常識だろう。知らなければ、もぐりだ。


「ああ、そうだ。俺は詳しくは知らないが、医師連合という組織で何十年も代表理事を務めていた人だ。今は違う人間が代表をやっているそうだがな」

「そりゃそうだ。だってよ、そのバイラルってやつぁ、三年以上も前に行方不明になっているからな。そんときゃ医師連合でもかなり揉めたらしいぜ。…って、三年…? 三年前っていやぁ、てめぇらが地下に来た頃か!」

「だからそう言っているだろうが。頭の悪いやつだ」

「てめぇだけには言われたくねぇ!!」

「こら!! すぐに言い争わないの! 兄さん、そこのところ詳しく教えてもらえる?」

「…こうなっては仕方ないな」



 レイオンにとっては苦々しい思い出でもあるが、渋々といった様相で話し始める。



「俺たちは祖母の体調が悪いという報せを受けて、東の都市からやってきた。それが三年と何ヶ月か前の話だ。そこで祖母の治療をしていたのが、先生だった」


 レイオンの祖母は、珍しい病気にかかっていたらしく、普通の医者ではなく医師連合の代表自らが関わっていた。

 その人物こそが、バイラル・コースターだ。

 それが初めての出会いである。




478話 「レイオンの秘密 中編」


「代表理事が一般人の治療をするのか? まず聞かねぇ話だな」

「そうなんですか?」

「ああ、医者にかかること自体、グラス・ギースではそう多くねぇはずだ。金もかかるしな。代表理事クラスにもなれば、上級市民くらいしか会うことはできねぇはずだぜ」

「でも、おばあちゃんは下級市民ですけど…」

「なら、ますますありえねぇな」


 ホワイト診察所に大量の患者が駆けつけたのは、病気になっても医者にかかれないからである。

 医療技術が発展していないこの都市では、薬も希少でかなり高価だ。

 生活するだけで精一杯の下級市民以下の人間は、よほどのことがない限り医者を呼ばない。

 しかも医師連合のトップともなれば、基本は上級市民しか相手をせず、領主やグラス・マンサーのお抱えになるのが普通である。

 現在の代表であるスラウキンも、基本的には上級市民しか診察をしていない。

 それも医師連合の理事会掌握のために嫌々やっていることであり、彼にとっては研究こそが一番重要なのだ。

 だが、バイラルは生粋の医者ということもあり、その慣習に囚われない男だったという。


「先生は医療を多くの人のために役立てるべきだと考えていた。だから下級市民だろうが誰だろうが、求める人がいれば駆けつけていたらしい。もちろん上の目もあるから、重篤な患者に限っていたそうだがな」

「それだけてめぇのばあちゃんの病気が珍しかったってことか?」

「そういうことだ」

「どんな病気だ?」

「筋肉が弱って動けなくなる病気だ。半分寝たきりだな」

「老衰とは違うのか?」

「急激に弱ったんだ。病気だろうな。これは世間では秘密だが、領主の妻も同じ病にかかっているそうだ。だから先生も興味を持ったし、他の理事からも文句は出なかったようだ」


 その病の症状はベルロアナの母親、キャロアニーセの症状と酷似していた。

 そのためバイラルが下級市民の治療に赴くことに異論は出なかったという。


「領主の妻…キャロアニーセ様が? そいつは…意外だな。つーか心配だな…」

「あっ! グリモフスキーさんが『様付け』してる!」

「ああ!? それがなんだ」

「だって、人のことを絶対に様付けしなさそうでしたし…、しかも心配しています」

「俺をなんだと思ってやがる! 俺だってな、尊敬できる人には様付けくらいはするさ。あの人は出来た人さ。いまだに市民が領主を見限らないのは、あの人のおかげだからな」

「グリモフスキーさんからも慕われるなんて、すごい人なんですね」

「てめぇはいちいち言い方に棘がありやがるな! つーか、なんでてめぇがバイラルのことを知らねぇんだよ! ばあちゃんが世話になっていれば、すぐにわかるだろうが!」

「会ったことはありますけど…そのあたりは兄さんに任せていましたし、詳しい素性は知りませんでした。とても人の好さそうなおじいちゃんでしたよ。でも、地下で見たお医者様は、そんな雰囲気じゃなくて…まったく結びつきませんでした」

「…たしかにな。あの医者は無愛想というか近寄りがたいというか…俺らが元筋者だからそういう態度だと思っていたが…てめぇにもそうだったのか」

「はい。ちらっと見えた顔も、前に見た先生とはかなり違っていた気がします。あれはわかりませんよ」


 ミャンメイも、祖母を治療していたバイラルと会っている。

 その時は穏やかな笑顔の好々爺、といった様子の人物だったらしい。

 それが地下で会ったときは、まるで別人。

 他人を寄せ付けない強い拒絶のオーラを放っていたので、それがどうしても前に見たバイラルとは結びつかないのだ。


「そのあたりにも事情があるんだ。そこも含めて話をしないとな」



 レイオンは話を続ける。


「先生はさまざまな革新的な医療方法を試していたから、その中の一つが幸運にも効果を発揮して、祖母の病状は少し改善した。それでも寝たきりではなくなった程度だが、今までのことを思えば十分な成果だっただろう」

「それってよ、人体実験じゃねえのか?」

「言葉が悪い。臨床試験と言え」

「同じだろうが。要するにキャロアニーセ様に使えるかどうか、てめぇのばあちゃんで実験したんだろう?」

「…それは否定しない。そういう名目がなければ、一般人の治療は行えなかったんだ。仕方ないし、結果が出たのだから文句はないさ」

「へっ、物は言いようだな。で、それからどうなった? そのままめでたしめでたし、ってわけじゃねえんだろう?」

「…ああ、残念ながらな。その後の二ヶ月程度は問題なく生活していたが、ある日、夜中に外に出ていた俺は、隠れるように移動している先生を見つけた。どうやら誰かに追われているらしく、かなり必死だった」


 レイオンは、フードを着て夜の闇の中を逃げるバイラルを発見した。

 本当にたまたま偶然のことだが、ただ事ではないことはすぐにわかり、バイラルの後を追うことにした。


「俺は先生の後を追って…」

「夜中に外に出て、兄さんは何をしていたの?」

「…え?」


 レイオンも話を盛り上げようと気持ちを込めて話そうとした矢先、ここでミャンメイの素朴かつ強烈なカウンターが炸裂する。


「夜中に外に出る理由が思いつかなくて…何をしていたのかなって」

「………」

「………」

「………」


 その問いに、言葉を失う兄。

 まさかその角度から攻められるとは思わなかったのだろう。目がきょとんとして絶句している。

 すぐに答えられない段階で、やましいことがあるのは確実なのだが、それを理解していない妹の追撃は続く。


「夜、外で何をしようとしていたの?」

「そ、それは…なんというか…見回りというか…」

「なんで兄さんが見回りするの?」

「な、なんで!? う、うむ、世の中の役に立とうと思ってな」

「見回りは衛士隊の人がいるよね? 兄さんは衛士じゃないし…どうして?」

「うっ!」


 言葉に詰まる兄。

 なぜ人間というものは嘘をつこうとすると、しどろもどろになるのだろう。

 心が清い人間ならばそもそも嘘をつかないので、こんなところで口ごもらないはずだ。

 レイオン、意外なところでピンチである。


「いやそりゃ…てめぇ……いろいろあるんだよ! 男には夜限定で、やらなきゃいけねぇことがよ!」

「ぐ、グリモフスキー! お、お前…」


 見かねたのか、ここでまさかのグリモフスキーのフォローが入った。

 同じ男として黙ってはいられない場面と察したのだろう。


「いいか、ミャンメイ! 男にはいろいろあるんだ! 言えねぇことあるんだよ!」

「どうして言えないんですか?」

「男は、そういう生き物だからだ!! それで理解しとけ! なっ! そのほうが幸せだ!」

「…よくわかりませんが…そうなんですね」

「そうだ! これ以上は言ってやるな! てめぇの兄貴のライフがゼロになるからな!!」


(くっ、グリモフスキー! 感謝はせんぞ! だが…痛み入る!)


 敵にも情けをかけねばならない時があるのだ!!

 括り方、分け方が違えば、敵も味方になるという一例であろう。



「そ、それよりだ。今問題なのはそこじゃない。真面目な話、俺が夜に周囲を見回っていたのは、ミャンメイに付きまとう連中が多くなったからなんだ。最初はただのナンパだと思っていたが…どうやら違うことに気付いた。付きまとうやつらの気配が明らかに普通と違ったからな。最初は話しかけるくらいだったが、だんだんと追いかけられるくらいにまで悪化していった」

「なんだぁ? 前から狙われていたんじゃねえか。しかも、けっこうやべぇレベルだな」

「そういうことになるな。仕方ないから、その都度『説得』して帰ってもらっていたが、一向に付きまといが減る気配がない。衛士隊にも相談したんだが、具体的な対応は特になかった。だから俺は自衛策として、ミャンメイを一時的に遠ざけて隠すことにした。追われている先生を見つけたのは、その時でもあったんだ」

「まあ、衛士隊なんざ、クソの役にも立たねぇ連中だからな。期待するほうが悪いぜ」

「都市に来たばかりだから、そういうこともわからなかったのさ。今思えば、お前の言う通りだ。そもそも衛士隊はマフィアの行動には干渉しないからな」

「…その言い方、てめぇの妹に絡んできたのは筋者ってことか?」

「筋者…か。結果的にそういうことにはなっているが……」

「あぁん? 煮えきらねぇ言い方だな、おい」

「ううむ…どこまで話せばいいか…」

「兄さん、全部話してちょうだい。隠すことはないわ。どうして私が狙われるのか、もう知っているんでしょ? 知っているなら教えて」

「…はぁ、わかった。お前には知る権利があるだろう。このことはホワイトにも伝わってしまっているからな。いまさら隠す意味はないか。…ミャンメイ、お前に『特別な能力』があることは知っているか?」

「え? 特別な…能力? 何のこと?」

「そうか…自分では自覚がないか。グリモフスキーがいる前で言いたくはないが、お前が作る料理には『特別な作用』があるみたいなんだ。食べた相手が元気になるというか…能力以上の力を与える要素がある。その作用なのか、味も良くなるみたいなんだ」

「っ!! だからか!! あんな葉っぱがやたら美味かったのは、そのせいか!!」

「…どうやらお前も知っているようだな」

「ええ!? そうなの!? 私は普通に料理を作っているだけよ?」

「無意識のうちに力を使っているのだろう。長く一緒にいた俺は昔から気付いていたが、それほどたいしたものではないと思っていた。これも身内の油断というやつかもしれんな」


 アンシュラオンも知っているミャンメイのスキル『愛情料理でアップアップ』および『料理活性化』スキルである。

 当人は単に、美味しく料理を食べてもらっていると思っているようだが、実際の効果はかなりのものだ。

 良質な食材を自由に使わせ、さらにミャンメイのレベルが上がれば、効果は倍増する可能性がある。

 これだけでも誰もが欲しがる貴重な能力であろう。


「おばあさんが良くなったのは、お前の力も影響しているんだ」

「え!?」

「お前も料理を作って介護していただろう? 先生が言うには、それが生命力を与えることに繋がったそうだ。新しい治療方法はかなり独創的だからな。普通の状態では成功しなかったと聞いている」

「じゃあ、もしかして…その能力のせいで狙われたの?」

「…俺もそうだと思っていた。ただ、実際はもう少し事情が複雑だったんだ」

「複雑?」

「たしかにお前の能力は極めて珍しく、なおかつ貴重だ。それ単体でも十分価値があるだろう。ただ、これは最近になってわかったことだが、お前にはもう一つの『素養』があるらしいんだ。もしかしたら、能力の源泉もそこなのかもしれない」

「どういうこと?」

「ややこしくなるから順番に話そう。俺は自衛策としてミャンメイを逃がしたが、まだ安心できずに何日か周囲を見回っていた。そこで夜の裏路地で追われている先生を発見した。いいか、けっして他の目的があったわけじゃないぞ! 誤解するなよ!」

「そこはもういいだろう! さっさと次にいけよ!」

「あ、ああ、そうだな。それで当然気になったから、そのまま先生の尾行をした。だが、やはり先生は一般人だ。すぐに追いつかれて捕まりそうになっていたから、俺が助けたんだ。かなり手荒な真似をしたが、そこは仕方なかった」

「兄さんなら、そうするわね。正義感が強いもの。先生が悪いことをするとは思えないし、助けるのは正しいことだと思うわ」

「正義感…か。ホワイトならば、力のない正義に意味などはない、と言いそうだな。…それは事実だろう。俺は先生を助けるには助けた。先生は『逃げろ、関わるな』と言ったが、どこかで自分の力に慢心していたんだ。そして俺は、【あいつ】に出会った」


 レイオンはバイラルに迫ってきた連中を倒した。

 その者たちもかなりの手練れだったが、レイオンでも対処ができるレベルだった。

 レイオンは強い。

 第八階級の上堵級の戦士に該当するので、かつてのラブヘイアと同等レベルの強さを誇っていた。

 それはこの都市では、マキやファテロナといった各派閥の最強の武人に次ぐ実力者であることを示している。

 簡単にたとえてしまえば、ヤキチやマサゴロウと同等以上にあると思えばいいだろう。

 彼ならば裏スレイブと戦っても勝つことができるはずだ。一騎討ちならば、まず負けないに違いない。

 当人もそれなりに腕に自信があった。だから忠告を無視して追っ手に立ち向かっていった。



 が、その自信は脆くも崩れ去る。



 【その男】が―――桁違いに強かったからだ。



「あいつには手も足も出なかった。追い詰められ、少しずつなぶり殺しにされたほどだ。今でも背中に傷が残っている」

「相手は独りか?」

「…ああ、そうだ」

「それで背中に傷…か。そりゃ屈辱だな」

「どうしてですか?」

「そりゃおめぇ、こいつが無様に逃げ惑ったってことだからな。背中に付けられる傷は武人にとっちゃ一番の恥だ。もちろん集団戦で背後を取られることは往々にしてあるがよ、相手が独りなら実力で圧倒的に負けていることを示す。屈辱だぜ」

「で、でも、それは…バイラル先生を庇いながら戦ったからでしょ!?」

「いや、あいつは先生を追わなかった。俺が引き付けて距離を作ったこともあるかもしれないが…おそらく逃がす方向に切り替えたのだろう。意図的なものに感じられたな」

「なんでそんなことを…追っていたのでしょう?」

「…わからん。放っておいたほうがメリットになると思ったのかもしれない。何かしら考えがあったのは間違いないが…あんなやつが考えることだ。どうせろくなことではないだろう」

「てめぇがそれだけ怖れる相手ってことか。どこのどいつだよ?」

「暗くてはっきりと顔は見えなかったが…ある程度調べはついている。やつの名は―――」






―――「セイリュウ」





―――「『マングラスの双龍』の一人だ」






479話 「レイオンの秘密 後編」


「セイリュウ…だと?」

「グリモフスキーさん、その人のことを知っているんですか?」

「知っている…というか、この都市では有名人だ。悪い意味でのな。最近では外で見かけなくなって久しいから、半ば都市伝説になっているくらいだ。…そうか。まだ生きているのか…」

「すごい汗ですよ。なんだか気分が悪いみたい…。大丈夫ですか?」

「…ああ、大丈夫だ…」


 グリモフスキーにいつもの迫力がない。

 ただ名前を聞いただけなのに、じっとりと汗まで滲んできている。


「やつはやべぇ。本当にやべぇやつだ。なるほどな。てめぇが負けるのも仕方ねぇ。医者の言う通り、関わるべきじゃなかったな」

「いったい何者なんですか?」

「今こいつが言ったように『マングラスの双龍』の片割れだ。マングラス最強の武人の一人だぜ」

「そんなに強い人なんですね…兄さんよりも」

「あいつはそんなレベルじゃねえ!!」

「えっ…!?」

「…はぁはぁ、いや、すまねぇ。思い出しただけで気分が悪くなる。…俺がこの都市に来た頃は、まだ派閥間の争いもかなり酷かった。闇討ちなんてもんも当たり前にあった時代だ。そりゃ俺らもマフィアだからよ。ひでぇことはするさ。だが、あいつは…やべぇんだ」


 当時のことを知る者は、誰もがセイリュウの【怖さ】を知っている。

 アーブスラットも若かりし頃にセイリュウを目撃して、アンシュラオン以上の激しい警戒感を抱いたと聞けば、どれほどのものかはすぐにわかるだろう。

 その怖さは、【非人間性】にある。


「やつは平然と人を殺すが、それだけじゃねえ。愉しみながら人を殺せるやつなんだ。聞いた話じゃ、ホワイトもそういった人種かもしれねぇが、もっとこう…違う感じなんだ。人を人と思わねぇっつーか、イカれているやつってのは本当にいるもんだぜ。あれこそまさにクレイジーだ」


 セイリュウに殺された者の死体は、ほとんどが惨殺といってよい姿になる。

 人型が残っていれば、まだいいほうだろうか。

 モザート協会の会長であるジャグ・モザートが見た、蛆が湧いた半分腐った頭部などは、セイリュウにとっては普通の所業なのだ。

 恐怖で人を支配する手法は効果的とはいえ、セイリュウのやり方はグラス・ギースにおいて、もっとも残忍といえるだろう。

 そこに人の温もりや優しさがまったく存在しないのだ。


「その話は俺も仕入れた。セイリュウはマングラスの粛清を担当しているそうだからな。過度に痛めつけることを好むのは当然だろう。そして、イカれているやつって意見にも賛成だ。あれは楽しんで人を殺せる男だ。実際にやられた身としては賛同するしかないな」

「そんな危険な人が都市にいるのね…怖いわ」

「ただ、無差別に人間を殺して回っているわけじゃない。それだけでもましと思うしかないな。どちらにしても、やつらの好きにさせるわけにはいかないが」

「ちょっと待て。ってことは、てめぇらの敵はマングラスってことか? 最大勢力じゃねえか!!」

「マングラスって…三位じゃなかったですか?」

「馬鹿言うな! そいつは地下での話さ。上じゃ文句なしの最大派閥だぜ。それを敵に回したってんなら、マジでやべぇ」


 マングラスという存在について、今まであまり述べられてはこなかった。

 その漠然とした大きさだけが語られてきたと思うのだが、都市全体の人の動きを把握しているマングラスは、紛れもなく四大市民の中で最強だ。

 そんな連中を敵に回すとなれば、負け戦もいいところである。

 グリモフスキーがビビるのも仕方がないだろう。


 しかし、レイオンは首を横に振る。



「いや、敵はマングラスではない」

「セイリュウの異名は『マングラスの双龍』だろう? なら、マングラスが敵だろうが」

「それが複雑でややこしいところなんだ。それを理解するまで俺も混乱したものだ」

「…どういうことだ? 訳がわからねぇぞ。医者が追われていたなら、マングラスに目を付けられたってことだろうが」

「…ふむ、何をもってマングラスとするかが問題だな」

「…あ? 何言ってんだ?」

「俺たちが知っているマングラス…いや、派閥というものは何を指すのか、ということだ。ラングラスという派閥も、どこまでが派閥なのかという話をしている」

「そりゃ…末端組織までだろうが。所属するなら最下層のチンピラも含めるだろうな」

「そういう意味ならば、やはり敵はマングラスではない」

「…ああ? だから何言ってんだ!? もっとはっきり言えや!!」

「俺だってはっきり言いたいが、わからないことが多いんだ!! 今は黙って聞け!」

「あぁん! 聞いてるだろうが! ちゃんと説明しないてめぇが悪い!」

「しているだろうが! 理解できないお前が悪い!!」

「なんだと!!」

「ちょっと二人とも、声を荒げないの!!!」

「ちっ…」


 ミャンメイが包丁をちらつかせて、二人を黙らせる。

 包丁を見せると若干兄が喜ぶのが不快ではあるが。



「兄さんが言いたいのは、そのセイリュウって人が独断で動いているってこと? 組織とは関係なく?」

「そのあたりはわからない。ただ、セイリュウという男は、主人のグマシカ・マングラスに絶対服従らしい。それなりの権限は持っているだろうが、やつが独断で動くとは思えん。その裏にはグマシカという男がいるのだろう」

「なら、マングラスじゃねえか」

「お前が言うマングラスは、やつらにとって何の価値もない」

「…あ?」

「そうなんだ。あいつらにとって重要なのは、グマシカ・マングラスだけなんだ。あるいはその意思というべきか…。それ以外はどうでもいいのさ。お前が言った末端組織なんてものは、駒にすらならないと思っているだろうな。事実、マングラスという組織にグマシカの意思は宿っていない。それぞれが自由に活動しているだけだ」

「言っている意味がわからねぇ…。組織ってのは数が重要だろうが。特にマングラスは数で勢力を拡大してきた連中だ。数こそが命のはずだぜ」

「そうだ。だが、それには組織は関係ないんだ」

「こんがらがってきちゃったわ…。ねえ、兄さん。先生はどうして追われていたの? そこは知っているのでしょう?」

「ああ、知っている。先生が追われていたのは、この『都市の秘密』に気付いてしまったからだ」

「秘密?」

「埋蔵金でも眠ってるのか?」

「ここを見る限り、それもあながち嘘ではないな。しかし、今回の場合は経緯が少し違う。この都市の『権力の構図』と、『その者が引き起こす害悪』についてが問題だ。いろいろと仮定や推測も交じるが…この都市は、たった【一人の人間によって支配】されている」

「一人? 領主…じゃねえな。あれはそんな器じゃねえし…ほかに考えられるとすりゃ、単純にグマシカ・マングラスって話にならねぇか?」


 グマシカの名前は、都市にある程度精通している人間ならば誰でも知っている。


 一番の権力者は誰か?


 その問いに、多くの者がグマシカの名を挙げるだろう。

 彼の指示があれば衛士隊だって動かせるのだ。もはや立場は領主よりも上である。

 しかし、レイオンが言っている人物は、それを超えた存在であるという。


「グマシカは支配者ではない。その裏には他の人間の思惑があるんだ」

「ああ!? 本気で言ってんのか!?」

「信じられないのも無理はないが、それが俺たちがたどり着いた結論だ。一つ訊くが、お前はグマシカを見たことがあるか?」

「あるわけねぇだろうが。話に聞けば、よれよれの爺さんだってのは聞いたことがあるけどな」

「多くの者がそうだろうな。そもそもセイリュウたちの存在についてすら、ここの都市の人間は知らない者もいる。グマシカがどこにいて、その中でどういう位置にいるのか、正確に把握しているやつはいない」

「それを言い出したらキリがねぇだろうが。そんなの誰にもわかりゃしねえ」

「…そうだな。問題はそこではないのかもしれん。重要なことは、セイリュウたちが都市の中枢を握っており、暗躍しているという事実だ。先生はそれに巻き込まれた…いや、悪行を暴いてしまったんだ」

「秘密を知ったから狙われた。妥当な理由だな。で、何を知ったんだ?」

「先生は医師連合のトップという立場から、いろいろな難病や奇病に出会うことが多かった。領主の妻もそうだし、実はツーバ・ラングラスも不思議な病にかかっているので、その診察もしていた」

「オヤジが? たしかに病気だとは聞いているが…」

「実際に先生が診察をしたんだ。間違いない。そして、その奇病は…【若返る】というものだ」

「はぁぁ!? 若返る!? からかってんのか!? 与太話じゃねえだろうな!?」

「ここまできて嘘をつくものか。グリモフスキー、お前も武人ならば知っているだろう。武人の血が濃い人間の中には、いつまでも若々しい身体を保っている者がいることを」

「そりゃ知ってはいるが…あくまで老化が遅いってだけだろう? 若返るわけじゃねえ」

「あっ、でも、兄さんが試合会場で蘇ったように、身体を造りかえるような現象もあるんじゃないですか?」

「あれは相当珍しい例だとは思うがな。だが、なくはないか…」

「ツーバ・ラングラスは強い武人ではないらしい。肉体能力は、ほとんど一般人と同じだろう。そんな人間が自力で若返るとは思えん。そして、この病と同じ症状に陥った人物がもう一人いる。元ジングラス当主のログラス・ジングラスだ」

「んだと!? 二大派閥の当主が、同じ奇病にかかったっていうのかよ!!」

「彼の担当も先生だったんだ。それも間違いない」


 馬車の中でプライリーラがソブカに語っていた内容と同じことから、その信憑性は高いといえるだろう。

 彼女が言っていた、父親を診察していた医師連合の代表とは、このバイラル・コースターのことである。


「四つしかない派閥の当主のうち二人が、この奇病にかかった。不思議や偶然だけで済ませられる問題ではないだろう」

「そうね。明らかにおかしいわ」

「先生はその病気について調べていた。同時に、筋肉が萎縮する病気についても調べていた。そしてついに、その両方に関連性があることがわかったんだ」

「…おいおい、話がさらにやばくなってきたぜ。その筋肉の病気ってやつぁ、つまりはキャロアニーセ様のことだろう? もし関連があれば…」

「そうだ。領主の家を含めた【五英雄の家系】にだけ起きているんだ。まあ、キャロアニーセという女性は外からやってきたから、厳密に言えば直系ではないんだが…家単位で見れば同じことだ」

「てめぇのばあちゃんはどうなんだ?」

「言うまでもないが、うちは一般人だ」

「じゃあ、たまたまってこともあるだろう」

「いいや、違う。先生が担当した患者は、うちの祖母だけじゃない。ほかにもこうした病になっている人が都市にはいたんだ。病状としては当主たちより軽いが、その多くが難民やら下級市民だった。話題にもならずに死んでいく者も多かったそうだ」

「兄さんは、その病気が【人為的なもの】だって言いたいの? その裏で操っている人が、そうさせたってこと?」

「そうだ」

「そんな…何のために!?」

「最終的な目的は掴めていない。先生なら知っている可能性もあるが、少なくとも俺は知らない」

「それならよ、どうして断定できるんだ。その関連性ってのは何を根拠にしているんだ?」

「…先生が実験した結果、わかったことだ」

「あぁん!? そりゃなんだ? また誰かを実験台にしたってことか? これじゃどっちが悪者だかわからねぇぞ!」

「先生のやり方の是非を問うても仕方ない。毒を制するには同じ毒をもちいるしかないんだ。なにせやつらは、俺の祖母を実験台にしたんだからな」

「…え? どういうこと?」

「筋肉の衰弱が起こるのは、若返り現象の副作用であることがわかった。簡単に言えば『失敗』した場合、その症状が起こるんだ」

「そ、そんな…え!? それって…まさか……」

「文字通り、実験台ってことかよ!! 金のない連中が病気になったところで、誰も気にすることもねぇからな! それが本当ならよ、マジで胸糞悪い話だ!!」

「当主たちに試す前に実験したか、何かしらのデータを取っていた可能性はある。マングラスの力を使えば、人を選ぶのも楽だろうからな。だが、何度も言うが、マングラスが敵ではない。マングラスの組織は、あくまで利用されているにすぎない。上から命令が来るから、淡々と仕事をこなしているだけの存在だ。詳細は何も知るまい」

「酷い…どうしてそんなことを…」

「バイラルの野郎は、それを知ったから狙われたのか? かなりの大事だ。たしかに知ったらやばそうだ」

「いや、それを知った段階では、先生はまだ安全だった。追われてもいない」

「おかしいだろう! なんでだよ! 秘密を知ったから狙われたって言ってたじゃねえか!」

「お前がそう思うのも無理はない。なぜならば、俺たちとあいつらの認識に大きな違いがあるんだ。俺たちからすれば『陰謀』なんだが、向こう側からすれば『日常』なんだ。日常の行為を知られたからといって、べつに恥ずかしがるほどウブではないだろう」

「…そんなことをしていても? 普通、人を傷つけただけでも怖くなるのに…信じられないわ」

「そうだ。だから危ない連中なんだ。俺たちとは価値観が…人道観念がまるで異なる存在だ。あいつらは他人のことを『家畜』程度にしか思っていないのさ」


 アンシュラオンは、プライリーラに言った。

 グマシカたちは、悪だと。生粋の悪だと。

 そして、正義では悪に勝てない、と。

 なぜならば正義から見れば、悪の価値観はまるで理解できないからだ。

 マッドサイエンティストが人体実験を平然とするのは、それが彼らにとって普通のことだからだ。

 むしろ彼らにとって、それは【正義】でもある。

 一方で、その行動に対抗する正義の味方は、彼らからすれば【悪】とみなされる。

 そこを根底から理解していないプライリーラでは、彼らに対抗などできないことをソブカが証明している。


「ねえ、一つ訊いていい?」

「なんだ?」

「気になっていたのだけれど…兄さんはさっき【殺された】って言ったわよね。なんか変な言い方じゃないかしら?」

「そういや…言ったな。『なぶり殺しにされた』ってよ。生きているんだから、半殺しにされたでいいじゃねえか。盛りやがって」

「ああ、そのことか。吹かしても盛ってもいない。事実、俺は死んだからな」

「あぁ? 生きているじゃねぇか」

「今はな。だが、セイリュウに殺されたのは間違いない。心臓が止まっていたのは先生も確認しているし、その時の記憶はまるでない。それでもこうして生きられたのは、三つの幸運があったからだ。一つは、セイリュウが俺を『バラさなかった』こと。もしバラバラにされていれば、さすがにどうしようもなかっただろうが、そうはしなかった」


 セイリュウは見せしめのために、基本的には相手の身体を分解する。

 だが、この時は急いでいたのか、あえてそうしたのかは不明だが、死んだレイオンをそのまま放置して立ち去ったのだ。


「二つ目は、先生が戻ってきてくれたことだ。他の追っ手は俺が倒したから、セイリュウがいなくなったことで先生も動けるようになった。そこで死んで間もない俺を発見してくれたことだ。だから助かった」

「じゃあ、バイラル先生が兄さんを治してくれたの?」

「いくら医者でも、死人を治せるわけがねぇ。仮死状態だったんだろうぜ」

「いいや、死んでいた。ただ、それを一時的に動かすための【道具】を先生が持っていたんだ。それが…ある意味においてすべての原因となっている―――」







―――「【生命の石】という存在だ」






480話 「レイオンの目的」


「生命《せいめい》の…石……だと?」


 その言葉を聞いたグリモフスキーが、目を見開いて硬直する。

 まったく予想していないところから「例の言葉」を聞いたのだ。

 この反応も無理もないだろう。


「ああ、その生命の石が今回の…」

「どうして知っている!!」

「え…?」

「レイオン! どうしてその石のことを知っていやがる!!」

「な、なんだいきなり!」


 グリモフスキーがレイオンに掴みかかる。

 そこにあったのはいつもの敵意ではなく、何かを求めるような激しい感情、激情を宿した顔であった。

 当然レイオンがグリモフスキーの過去など知らないので、その迫力と勢いに思わず呑まれる。


「あの石は…親父が! 親父がずっと探していたものだ!! なぜてめぇが知っている!! どういうことだ!!」

「落ち着け!! 何を言っているのか理解できんぞ!」

「グリモフスキーさん! 落ち着いてください! どうしたんですか!?」

「ちぃいっ…あれは…!! 親父の……ちくしょう!」


 ミャンメイに抱きつかれるように制止され、ようやく離れるグリモフスキー。

 だが、まだ興奮は続いているようで、身体は動いていなくても仕草が非常に慌しい。

 もともと落ち着きがある男ではないが、これはさすがに異常である。


「もしかしてグリモフスキーさんのお父さんも、それを探していたんですか?」

「………」

「そうなんですね」


 グリモフスキーは何も答えないが、ミャンメイはそれを肯定と受け止めて頷く。

 その様子からレイオンも事情を察した。


「…どうやらお前も知っているようだな。だが、もしかしたら別物の可能性もある。生命の石なんて名前は、付けようと思えば誰でも付けられるからな。だからまずはこちらの事情を話そう。それでいいな?」

「…ああ、わかった」

「すでに話したが、俺はセイリュウに殺された。それでも生きているのは『生命の石』があったからだ。そして、それこそがすべての元凶でもあるんだ。先生はその石を見つけてしまったから追われることになったのさ」

「石って…ジュエルのこと?」

「見た目はな。中身がジュエルなのかどうかは、よくわからん。しかし、それを使えば俺のような死んだ人間を動かすこともできるんだ。何かしらの力は宿しているのだろう」

「嫌な言い方ね。兄さんは生きているのでしょう?」

「…そうだな。意思があるということは、生きているのだろうな」

「で、バイラルのやつは、その石をどこで手に入れた?」

「………」

「イクターだった俺の親父は、それを手に入れようとして死んだ。簡単に手に入るもんじゃねえ。どこで手に入れた? まさか誰かから盗んだんじゃねえだろうな? たとえば、イクターからとかよ」

「グリモフスキーさん、それって…」

「いいから答えろよ」


 グリモフスキーの言葉には、今までにない強さが宿っていた。

 本気の本気で訊いている。

 だからこそ、レイオンも嘘偽りなく答える。


「【人体の中】だ」

「…あ?」

「この石は、人の身体の中から発見された」

「…てめぇ、マジで言ってのか? 俺が本気で訊いていて、それに対してその答えをマジで言ってんのか?」

「…そうだ。事実は曲げられない。先生は石を奇病で死んだ人間の体内から発見したんだ。お前が勘ぐるような、誰かから盗んだものではないと断言できる」

「マジ…なのか?」

「嘘は言わない」

「なんだってんだ…訳がわからねぇ…。なんでそんなところから…」

「俺も同じ気持ちだ。普通は信じられないだろうな。それにもちろん、すべての患者から発見できたわけではない。せいぜい五十人に一人くらいからだ。大きさもまちまちだし、発見される箇所もすべて異なる。だから石は極めて貴重なんだ。正直全部で十個あったかどうかだ」


 レイオンが五十人から一個という計算をしていることを考えれば、最低でも五百人は犠牲になったことになる。

 その十個あった石も、レイオンの延命でほとんど使ってしまったので、もはや無いに等しい。

 延命に使えそうもないほど小さなものは、バイラルが研究用として使っているが、こちらはこちらで出力が小さく死人を動かすほどの力はないという。


「それって…身体の中で造られたってことなの?」

「その疑問も、もっともだな。魔獣の心臓が結晶化する事例も確認されている以上、人間でもそれが起こらないとは言いきれん。ただ、今回の場合は、身体に石を入れられたと考えるべきだ。その作用によって病気が起きたのだろう」

「それじゃ、おばあさんも…?」

「そうだろうな。当人に訊いても自覚はなかったから、おそらく何かの食材に混ざっていたとか、誰かが薬と偽って飲ませたのかもしれん。拉致して移植などをすれば、さすがに覚えているだろうし、目立つだろう。相手がそこまでのリスクを負うとは思えん」

「てめぇの話を聞く限り、生命の石の効果は『若返り』なのか? で、それが失敗すると萎縮っつーのか? 筋肉が弱るんだな?」

「…今のところは、そう考えるしかない」

「だがよ、当主の連中は死んだんだろう? オヤジはまだ生きているようだが、ログラスは死んだはずだ」

「ああ、そうだ。死んだことは間違いない」

「その違いってのは何だ? オヤジとログラスは何が違う? それとも石自体に種類があるのか?」

「そこまではわからん。何かが影響していることは間違いないが…」

「一番気になっていたのがよ、若返らせるなら、それは【良いこと】じゃねえのか?」

「…なっ」

「やつらの肩を持つつもりはねぇぜ。人体実験をするような連中を好きになれるわけがねぇ。だが、もし若返らせるだけが目的だったらよ、そいつは悪いことじゃねえはずだ。特に今の本家は血筋が多いわけじゃねえ。いつ途絶えてもおかしくはない。当主には長生きしてほしいと誰もが思っているはずだぜ」

「だ、だが…やつらは多くの者たちを…」

「てめぇはいつも色眼鏡で物を見る悪癖があるな。たしかにてめぇにとっちゃ自分自身の仇敵だからな。そう思うのも仕方ねぇ。だが、四大市民の直系となれば、それくらいの犠牲があっても釣り合うし、それでも足りないくらい価値がある存在だぜ。少なくともグラス・ギースではな」

「………」


 ここでグリモフスキーが、また違った角度から意見を発した。

 これも長年グラス・ギースで暮らしているからこその「感性」である。

 外から見れば不可思議でも、中からすれば妥当で当然に思えるのだ。

 レイオンの中では、セイリュウたちは「敵」であり「害悪」である。

 自分を殺した者なのだから憎まないわけがない。

 が、彼らがやっていることを冷静に見ると、その一点に関しては別の意味合いを持つことになるのだ。


「ではお前は、やつらの目的は当主の延命だというのか?」

「やっていることだけを見ればな。だが、実験で芳しくない結果が出たものを当主に使う段階で、かなり危険性が高いもんだってのは間違いない。ラングラスにもジングラスにも跡継ぎがいたことを考えりゃ、最悪は失敗してもいいと思ったのかもしれねぇが…分の悪い賭けに思えるな」


 ラングラスにはソイドファミリーという本家筋がいるし、ジングラスにはプライリーラがいた。

 また、キャロアニーセにしてもベルロアナという跡継ぎがいる。

 一応は失敗しても大丈夫なように保険をかけてはいたのだ。そういった面を周到に考えているからこそ、よりあくどいともいえるが。



「やつらが危険な連中なのは間違いない」


 ただやはり、レイオンにとっては害悪にしか思えない。

 それもまた外部から見た妥当な印象であろう。


「それには同意だ。ただ、上が誰になろうが変わらないってのも、この都市に住む人間の本音だろうぜ。一般人に興味があるのは、安定するかしないかってだけの話さ。で、それはいいとしてだ、【てめぇの目的】は何だ?」

「俺の…目的?」

「医者とてめぇが追われているのはわかった。その石はやつらにとっちゃ、一つのボーダーラインだったんだろうな。そこまでは踏み込んじゃならなかった。そのうえで、てめぇはなんでここにいる? どうして都市を出なかった?」

「俺の命は、つい昨日まで潰える寸前だった。先生の近くにいる必要があったんだ。仕方ないだろう」

「なるほどな。頭の悪いてめぇにしちゃ、それなりに説得力がある言葉だ」

「…何が言いたい?」

「どんなに言い繕ってもよ、てめぇはやつらに【復讐】したいだけなんだ。違うか?」

「それは当然だろう。このまま逃げるわけにはいかん」

「だよなぁ。それは俺にも理解できるぜ。やられた借りは返さねぇとな。だがよ、妹を巻き込む権利はてめぇにはないぜ」

「なに?」

「追われているご身分でよ、てめぇは妹を賞品にして闘技場で戦い続けた。そうやって無理にでも試合をして、身体を活性化する必要があったんだろうが、てめぇはてめぇの復讐に妹を巻き込んだ。それに変わりはねぇ」

「先生を匿う必要があったんだ。注意を逸らす目的もあった。そのためにあんな真似を…」

「ははは!! とことん嘘がつけない野郎だな! てめぇは自分の命が短いことを知っていた。だから妹を【餌】にして、やつらをおびき出そうとしていた。どうせ勝てやしねぇのによ! 自爆も満足にできねぇやつが、他人の命を気安く背負ってんじゃねえよ! だからてめぇは無責任なんだよ!!」


 ミャンメイも狙われている以上、いくら地下であれ、彼女を表に出すことは危険だ。

 本来ならばバイラルと一緒に、奥に隠すべきである。

 それをしなかったのは、残りの寿命が少ないことをレイオンが知っていたからだ。

 バイラルとの会話からわかるように、残りの生命の石の数は極めて少なかった。

 あれはあくまで「サンプル」であり、レイオンを蘇生させた時も半ば実験的要素が強かったのだ。

 レイオンが強靭な肉体と精神力の持ち主だからこそ、かろうじて命を取り留めたと言っても過言ではないだろう。

 そんな彼が思うことは、たった一つ。

 やつらへの借りを返したいという【復讐心】だけだ。



 そう、レイオンは―――ミャンメイを【餌】にした。



 それでセイリュウに勝てるのならばいいが、勝ち目などまったくないだろう。

 それどころかミャンメイを危険に晒すことにつながる。


「貴様…! 言わせておけば!! 俺がミャンメイを犠牲にするわけがないだろう!!」

「妹だけ逃がすこともできたはずだぜ。やつらも他の都市までは追ってこないだろう」

「………」

「どうした? ほかに言い訳はねぇのか?」

「グリモフスキーさん! もういいです! これ以上、兄さんを責めないで!」

「よくはねぇだろう。てめぇがよくても、それに巻き込まれるやつもいるんだぜ」

「無理にお前が関わる必要はない。話を聞いたら、おとなしく逃げ帰ればいい。やつらもお前には興味がないだろう。そのほうが身のためだ」

「はっ、やっぱりな。だからてめぇは、自分を過大評価してるって言われるんだよ」

「言っているのはお前だけだろうが!」

「ホワイトのやつだって同じように言うはずだぜ。結局、てめぇは守れなかった。俺がいなければ妹は死んでいたかもしれねぇ。そういう状況だっただろうが。まずはそれを認めろよ。そうしないと…今度は【手遅れ】になるぜ」

「………」


 グリモフスキーの言葉が突き刺さったのか、しばしレイオンは黙る。

 今までは身体が死んでいたことで、半ば自暴自棄な感情があった。

 しかし、こうして普通の身体に戻ってみれば、かなり危ういことをしていたことに気付く。


(そうか…俺は……間違っていたのかもしれないな。自分一人で全部背負ったつもりでいたが、それこそが無責任だったのだろう。力がなければミャンメイどころか、自分自身を守れもしないのだからな)


 アンシュラオンやサナとの出会いによって、それを痛感した。

 本物の力がなければ、あの連中に対抗することなどできないのだ。


「ねえ、ということは…クズオさんの背後にいるのって、その人たちってことなのかしら? その人たちが私に何かさせようとしたの?」


 ここでミャンメイが兄を想ってか、少しだけ話題を変える。

 といっても、これもかなり重要な問題といえるので、濁したままではいられないだろう。




481話 「遺跡について 前編」


「そうだな。そのカスオという男も気になる。そいつについて何か知っていることはあるか?」

「あいつは単なるカスだぜ。人間のクズのお手本みたいなやつだ。そんなやつにコネがあるとは思えねえし、ましてや駒として使うなんて、よほどの物好きだな。俺だったら危なくて使えねえよ」

「使い捨ての道具という意味では、存外扱いやすい男だったのかもしれないな。金で動くのならば安いと考えたのかもしれん。だが、やつらがこういう手段で接近してきたのは初めてだ。それも油断と言われれば申し開きもないが…」


 レイオンは、けっして注意を怠っていたわけではない。

 それでも今回のことを防げなかったのは、相手が初めてこうした手口を使ってきたからだ。


「犯罪を犯すのに末端の連中を使うのは、よくある手だ。麻薬の売買もそんな感じだしな。俺らからすれば普通だが、セイリュウたちがそれを使っていなかったのは意外だぜ」

「それだけやつらが中枢にいるということだ。人を増やせば秘密が漏れやすくなるからな」

「今になってカスを使う理由か。人手不足…ってわけじゃねえよな」

「もしかしてクズオさんに取引を持ちかけた人は、別の人だったのかしら?」

「可能性がないとは言わないが…どちらにしても遺跡に詳しい人物だろうな。ほかに手がかりはないのか?」

「うーん…そういえばクズオさん、『人形の腕』を見つけたとか言っていたわよね。それに腕輪がついていたって。あれって何か意味があったのかしら?」

「それが原因ってか? たしかに珍しい話ではあるがよ、たったそれだけで…」

「人形? 何のことだ?」

「あら、聞いていなかった? クズオさんは、新しく開いた扉の先で人形の腕を発見したのよ。それでまた違う扉を開いて〜って話だったわよね」

「そういえば…さっき言っていたな」


 レイオンも混乱していたせいか、すべての情報が頭に入らなかったようだ。

 カスオの下りも、ミャンメイが襲われたということで頭が一杯で、素通りしていたらしい。

 だがここは、たしかに気になる点である。


「人形…か。人型なのか?」

「聞いた感じだと、そうみたいね」

「ふむ…不思議だな」

「そんなに人形が気になるなら、あっちにたくさんあるぜ。まあ、その前にもっとヤバイお人形を見ることになるがな」

「何のことだ?」

「隣の部屋に大きなロボットがあるのよ。すごく強そうな」

「…まさか…それは…!! ど、どこだ!」

「私たちが入ってきた扉よ」

「開けるのか!?」

「たぶん―――」

「いや、もう開かないだろうな」

「え?」


 簡単に開くと思っていたミャンメイを、グリモフスキーの言葉が遮る。


「言葉で言うより、実際に見せたほうが早いな」


 困惑しているミャンメイをよそに、グリモフスキーは扉に近寄って腕輪をかざす。


 シーン


 腕輪をかざしても扉は反応しない。

 うんともすんとも言わなかった。


「え? どうして…!?」

「そりゃ、俺たちが入ってきた場所が【出口側】だったからさ」

「…出口? どういうことですか?」

「どうしてあんなに簡単に扉が開いたと思う? 中にすごいお宝があるのによ。普通に考えておかしいだろう」

「言われてみれば…そうですね。もっと防犯意識があってもいいような…」

「なんてことはねぇ。簡単な話さ。今俺たちがいる『こっち側が通常のルート』なんだろうよ。本来ならよ、この扉を開けるためには何かの条件が必要だったのさ。だからレイオンの野郎も、ここで立ち往生していたんだろうな」

「…その通りだ。俺もこの扉が開かないか調べていた。そのときにお前たちがやってきたから本当に驚いた」

「だが、俺たちは出口側から来た。反対方向からは簡単に開く仕組みになっていたんだ。遺跡の仕掛けではよくあるもんだぜ」

「す、すごい! 最初からそれを知っていたんですか?」

「あの神殿の様子を見た時に、そういう印象は受けたな。あまりに寂れていて使用された気配がなかったからよ。次の扉が簡単に開いた時には、そうだろうと確信したぜ」


 玄関に鍵がかかっているのは、無断で他人が入らないようにだ。

 だが一般的に、内部から鍵をかけることはそうそうありえないし、簡単に開かないと不便である。

 よって、あの神殿は「出口側」あるいは、「内側のルート」だったと想定するべきだろう。


「そのことからもわかるが、ここに来るルートはいくつかあるんだろうよ。レイオンの野郎がここにいるのは、違うルートから来たってことだ。そうだな?」

「…そのようだな」

「どうして私たちはあそこに出たんでしょう?」

「さぁな。女神様のきまぐれかもしれねぇな」

「そんな無責任な…」

「俺が造ったわけじゃねえから知らねぇよ。カスの一件もそうだが、この遺跡も気になるぜ。結局よ、あのカスを操っていたやつは遺跡に詳しいやつなんだろう? だったらよ、この遺跡が何かを知れば相手の正体にも近づくってわけさ」

「ああ、なるほど! そうですね!」

「感心してる場合じゃねえぞ。今のところ一番怪しいのが、てめぇの兄貴だからな」

「ええええええ!? どうしてそうなるんですか!? 兄さんがそんなことをするはずがありません!」

「…その根拠は何だ?」

「てめぇがやたら遺跡に詳しいからさ。さっきの反応を見ると、あの機械人形についても何か知っているみたいだな。カスが見つけた人形のことも知っているのか?」

「いや、そっちは初耳だ」

「そっちは…か。どっちにしてもよ、てめぇは何かまだ隠してやがる。それを話さない限り、信用するわけにはいかねぇな」

「…兄さん」

「そんな困った目で見るな。大丈夫だ」

「…うん。説明してくれる?」

「わかっている。まったく、説明は苦手なんだが…しょうがない」


 カスオの一件については、裏に誰がいるのかは話しても所詮は推論にしかならない。

 それは実際に当人に訊かなければわからないことだろう。

 ただ、それと関連して、レイオンに対してもう一つの疑問点がある。


 それは、なぜロボットについて詳しいか、だ。



「じゃあ、訊くぜ。てめぇはなんで機械人形について知っている」

「知っているのはそれだけじゃない。ホワイトが壊したものについても知っている」

「なぜだ?」

「先生がこの遺跡について調べていたからだ。俺の情報源はそこだ。ホワイトが壊したものも先生のところに運んだんだ」

「医者が? 修理でもするのかよ?」

「さすがに先生でも、それは不可能だろう。専門はあくまで人間だ。だが、この遺跡について知るには、そういう知識も必要になる。俺たちがここに避難したのは偶然ではないんだ。むろん、俺はあとから知ったことだがな」

「そうだったの? あの時は混乱していてよく覚えていなかったけれど…」

「そのあたりも説明しろや」

「わかっている。…先生はやつらに追われる少し前から、この遺跡に隠れることを考えていた。狙われていることに薄々気付いていたこともあるし、この遺跡にこそ謎が隠されていると思ったかららしい。実際にここの遺跡にあるものは、俺でも貴重だとわかるからな」

「たしかにな。あんな物騒なものが平然と置いてあるなんて、それだけでも身震いするぜ」

「この遺跡に関しては、グラス・マンサーたちも把握はしているだろう。領主に至っては、ダンジョンへの入り口も管理しているんだ。知らないわけがない。にもかかわらず、グラス・ギースの人間は遺跡に対して無関心だと思わないか?」

「それは…その通りだわ。どうして誰も興味を抱かないのかしら? これだけの遺跡なら、他の都市からも研究する人がやってきてもおかしくないもの」

「そうだな。イクターの連中にとっても、こんなお宝の山ならば放ってはおかねぇだろうよ。まあ、四大市民が管理しているから簡単には入れないんだろうが…」


 遺跡は都市の地下に広がっており、その一部は収監砦を見てもわかるように、都市機能の一つとして利用されている。

 しかしながら、これだけの遺跡だ。

 仮にグラス・ギースの人間が無関心でも、他人からすれば宝の山だろう。

 過去の遺物である戦闘用の機械人形など、その価値は計り知れない。

 それだけでグラス・ギースは、大都市にすら昇格できるほどの可能性を秘めている。


「そうだ。この遺跡は【公然の秘密】なんだ。少なくとも五英雄の本家筋だけが保有する貴重な情報でもある」

「知っていながら放置する理由ってのは何だ? 経費でもかかるのか?」

「そうかもしれないが…それ以前の問題がある。どうやら月日が経つにつれて、この遺跡の情報が子孫に伝わらなくなったらしいんだ。【ある時期】を境にぶっつりと途切れている」

「ある時期…? いつのことだ?」

「すべて先生の受け売りだが、おそらくは…【大災厄】の時だろう」

「大災厄…三百年も前か。だが…そうか。それくらいの混乱があったなら仕方ねぇな。生き残るだけでも精一杯だったろうしな」


 大災厄の被害は、全世界に及んでいる。

 特に火怨山が噴火し、強力な魔獣が周囲に広がった東大陸の北部では、その被害も甚大だった。

 緑溢れる大地が、七日間で砂漠になってしまうほどの怖ろしい災厄が訪れたのだ。その前では人間など無力に等しい。

 五英雄の本家筋が少ない理由も、そのあたりが原因だと思われる。

 そこで血族の多くが死に絶えた結果、今の少数の血筋だけが生き残ったと考えられるからだ。


 そして、そのあたりを境にして遺跡の情報がぶっつりと途切れている。


 プライリーラが遺跡について、ほぼ無知だったのはそのためだ。

 ログラスも、四大会議場以外のことはほとんど知らなかったに違いない。


「俺たちが産まれていない頃の話だ。詳細はわからない。ただ、その混乱時に遺跡の情報が【意図的に隠蔽された】ことは間違いない」

「…あ? どういうことだ?」

「今では領主さえも知らない遺跡の内情だが、唯一この遺跡の情報を受け継いでいる者がいる。それがマングラスの本家筋だ」

「なっ…てめぇ、そりゃ……何を言っているのか…わかってんのか?」

「ああ、わかっている。これも事実だから仕方ないだろう」

「え? グリモフスキーさん、なんでそんなに驚いているんですか?」

「てめぇ…わからねぇのか?」

「はい?」

「…どうやら本当にわからねぇみたいだな。…ったくよ、どうしてお前らはこんなに無防備なんだよ…」

「なんでそこに俺が含まれる」

「てめぇだって似たようなもんだろうが! 少しは考えて動けよ!」

「お前に言われる筋合いはないぞ!」

「グリモフスキーさん、どういうことなんですか?」

「ああ、説明してやるよ。できれば、てめぇ自身で気付いてほしかったがな…」


 グリモフスキーは、思わず天を仰ぐ。

 ミャンメイは相変わらず絶好調だ。天然ボケもここまで来ると平和である。


「いいか、こいつの話が本当なら、この遺跡は『マングラスの支配下』にあるってことだ。俺たちは、敵の中枢に迷い込んだってことなんだよ」

「ええええええ!? そ、そうなんですか!? た、大変!」

「今頃慌てても仕方ねえ。なにせ相手はこの遺跡について、俺たちよりも何百倍も詳しいってことになる。地の利が完全に相手にあれば、どうあがいても勝てやしねぇぜ。つーか、よくそんな場所に逃げようと思ったな、おい。自殺行為だろうが」

「お前の言う通りだ。相手の懐に逃げ込むようなものだからな。圧倒的に不利なのは事実だろう。ただ、話にはまだ続きがあるんだ」

「続きだぁ? これ以上、不利な情報じゃねえだろうな」

「逆だ。俺たちがここに逃げ込んだことには、しっかりとした理由がある。まあ、先生がそれだけ用心深かったということでもあるんだが…ここは相手の管理下にはないエリアなんだ」

「そうなのか?」

「大災厄の混乱に乗じてマングラスの本家筋は、この遺跡の情報を隠匿した。その理由はわからない。単純に権力を独占したかったのか、そうするしかなかったのか、当時の状況を知らない俺たちにはわからないことだ。しかし、いくらマングラスが情報を独占したとて、すべてを完全に支配下に置くことはできない。この遺跡が巨大かつ複雑なことは、お前たちもすでにわかっただろう?」

「…そうか。ここが手付かずで残っているってこたぁ…」

「そういうことだ。まだやつらの手が及んでいない証拠だ」


 情報を独占することと、そこを支配下に置くことは別物だ。

 情報は重要なので極めて優位には立てるが、それだけで力を得たわけではない。

 この巨大な遺跡は、いまだに未踏破状態なのだ。


「外部からの調査隊などが来ないのは、マングラスが…おそらくはグマシカたちが防いでいるからだろう。セイリュウもそういった外敵を排除する役割を担っている。やつが惨殺を好むのは、そうした理由もあるはずだ」

「なるほどな。理解したぜ。だが、医者のやつはどうやってそれを突き止めた? かなりの秘密だぜ。いくら医師連合の元トップとはいえ、簡単にわかるとは思えねぇな」

「俺にもわからん。どうやら【協力者】がいるようだが、それはさすがに俺にも話してはくれん」

「はっ、たしかにてめぇに話すのは危険すぎるな」

「なんだと…?」

「自覚くらいあるだろう? いつも危ない真似ばかりしやがってよ。てめぇが余計な正義感を振り回して医者に関わらなければ、そもそもここにいねぇだろうが」

「…ふん、大きなお世話だ。正義感がないお前よりはましだろう」

「へっ、てめぇみたいな偽善者になるよりはましだぜ」

「あら、グリモフスキーさんは意外と真面目よ」

「てめぇは少し黙ってろ!」

「酷い! せっかく褒めているのに。ねっ? こういう人なのよ」

「おい、グリモフスキー。あまり妹に近寄るな」

「お前ら、マイペースすぎるだろう!!?」


 なんだか二人の保護者になった気分になり、ますます気が滅入るグリモフスキーであった。




482話 「遺跡について 後編」


「ねえ、ロボットについては? 兄さんはあれが何か知っているの?」

「ロボット…か。知っていることは知っているが、どれだけ理解しているかはわからない、というのが現状だな」

「回りくどい言い方しやがって。知っていることは全部吐け」

「べつに隠すつもりはない。知ったところで、どうにかなる問題でもないしな。ただ余計な混乱が起きないように黙っていただけだ」

「同じだろうが。ったくよ、偉そうにしやがって。てめぇだけ特別だなんて思うんじゃねえぞ」

「いちいち突っかかる男だな。程度が知れるぞ」

「てめぇほどじゃねえ!!」

「グリモフスキーさん、しっ!」

「ああん!? なんだそりゃ!?」

「黙ってくださいって意味です」

「犬じゃねえんだぞ、こら!」

「そうやってすぐ吠えるのは、弱い犬の証拠ですよ」

「んだと…!! ちっ!」

「ほら兄さん、続きを教えて」

「…やれやれ、仲良くしすぎな気がするがな」


 そうやって軽口を叩けるのも距離感が近いからなので、若干心配になる兄であった。


 改めてレイオンが、あの機械についての説明を始める。


「あれについても先生は調べていた。マングラスを調べることは、結果的に遺跡を調べることにも繋がるからな。先生が入手した文献…おそらくは日記によって、ラングラスの入り口で接触したロボットは『診断者』と呼ばれるものであることがわかった」

「診断者…? 何かを診断するのが目的ってこと?」

「ああ、そのようだな。その日記の持ち主は、ここの遺跡で実際に暮らしていた人間が書いたものらしく、当時の状況が少しだけ描かれていたんだ」

「そいつぁ…すげぇ代物だな。前文明の記録ってのは、ほとんど出てきちゃいない。貴重なお宝だぜ」

「そうなんですか?」

「一万年以上昔にあったといわれる前文明だが、詳しいことはわかってねぇんだ。こうやって遺跡や遺物は見つかるが、肝心の詳細がまるでわからねぇのさ。そんな状況なら日記であっても、学者連中にとっちゃ相当なお宝だろうな。イクターが見つけたとしても、かなりの高値で売れるからお宝になる」


 前文明の遺産は、現在でも残っている。

 たとえば神機もそうだし、魔剣や聖剣、さまざまな術具、呪具といったものもそうだ。

 だが、そうした明らかに人間が関わった形跡があるにもかかわらず、どんな生活をしていたか等の情報が完全に失われている。

 学者が頻繁にイクターを雇って遺跡を調査するのは、それだけ学術的価値が高いからだ。

 いまだ発見されていない『生活習慣』や『価値観』等々を示す文献は、彼らにとっては喉から手が出るほど欲しいものだろう。

 ちょっとした日記であっても軽く数百万の値がつくに違いない。


「俺も実物は見せてもらったことはないから、どの程度のものかはわからない。ただ、どうやらその文字は『大陸語』で書かれていたらしい」

「ああ!? 大陸語だ!? おめぇ、そりゃ大丈夫なのか? 偽物じゃねえだろうな!?」

「え? どういうことですか?」

「今俺たちが使っている大陸語ってのは、【大陸王】が作ったもんだ。だいたい七千年くらい前の話さ。となると、おかしい話になる」

「えと…それくらい前ってことは……古いんですね」

「どういう捉え方してんだ、てめぇは! いいか、もし本当に前文明の文献なら、【文字が違う】んだよ。大陸語で書かれているわけがねぇだろう」

「あっ…なるほど! そういうことですか! 昔は文字って違ったんですか?」

「文字どころか言葉も違うさ。正直、文字と発音の研究だけで数百年以上もかかっているらしいぜ。俺の親父と一緒に遺跡を探索した学者連中の話だと、最近になってようやく発音の意味がわかってきたってくらいだからな」

「へぇ、歴史があるんですね」

「おい、レイオン。その日記ってのは本物なのか? けっこう怪しいぜ」

「ふむ、お前がそこまで博学とは知らなかったな」

「うるせぇな。てめぇは無警戒すぎるんだよ。医者の言葉を鵜呑みにして、いいように使われているだけじゃねえだろうな?」

「その疑念も、もっともだな。俺も先生に言われるまでわからなかったからな」

「んだぁ? 知ってやがったのか?」

「ああ。大陸語で書かれているということは、お前の指摘通り、たしかに現文明が確立してから書かれたものだ。それは先生も言っていた」

「…医者もそれには気付いているってことか。ってことはその日記は、この遺跡を研究した現代人が残したものだってのか?」

「そのあたりが理解を複雑にしているところでもあるんだ。この遺跡だが、どうやらそれぞれの時代でいろいろな用途に使われていたようなんだ。今もグラス・ギースが収監砦の一部として使っているのと同じだな」

「なんだそりゃ? 居抜きかぁ?」


 居抜きとは、たとえばラーメン屋が潰れたあとに、そのまま違うラーメン屋が入るようなことを指す。

 そのほうが設備をそのまま使えて初期費用を抑えることができるのでお得だ。

 似たような店が何度も生まれては消えていくことを繰り返す傾向にあるのは、こういった事情が影響しているといえるだろう。

 この遺跡も同じで、施設をそのままにして異なる者たちが、それぞれの時代ごとにそれぞれの目的で使用していた形跡があるのだ。

 遺跡があるからといって、単一の民族や人種だけが使っていたとは限らない。

 冷静に考えてみればありうる話だが、遺跡という言葉に踊らされると気付かないであろう、ちょっとした盲点でもある。


「じゃあ、その日記も、そのどれかの時代のもんだってのか?」

「そのようだな。お前たちの話に少し出てきたが、神殿の女神像が発した言葉は『大陸語』だったそうだな」

「あっ!!! そうだわ! たしかに…あれは私たちの言葉だったわ!」

「ちっ、そうか…! うっかりしていたぜ。聞き取れたってことたぁ、そういうことだ」


 カスオと戦った場所にあった女神像は、『大陸語』を話していた。

 そうでなければ「避難」という言葉を聞き取ることができなかっただろうし、その意味も理解することはできなかったはずだ。

 一方で、ダンジョン内で見つけた祭壇では、大陸語はまったく通じなかった。

 もともとあの女神像に音声機能が付与されていなかったこともあるが、グリモフスキーが発した「過去の言葉」だからこそ反応したのだ。


 そういった事情を考慮すれば―――



「このあたりのエリアは、大陸暦が生まれてから『増築』あるいは『改築』された可能性がある。だから大陸語が通じるんだ」



 という結論になる。

 アンシュラオンが感じていた違和感も、このあたりにあるのだろう。

 前文明の遺跡とは明らかに違った他文明の事情を色濃く映しているから、アンバランスさが際立ったのだ。


「そうなると、私が連れていかれた場所は…比較的新しいエリアってことね」

「そのようだな。そして、そのあたりにいるロボットも、その時代に造られたものである可能性が高い。思い起こしてみれば、彼らも大陸語のような音声を発していたはずだ」

「そうね…たしかに」

「で、その『診断者』ってのは、いったい何を診断してやがるんだ?」

「詳細はわからん。だが、危険な者かどうかをチェックしているのは間違いない」

「おいおい、随分と漠然としてやがるな。人間の善悪がわかるってかぁ?」

「じゃあ、そこに引っかからなかったグリモフスキーさんは、善人ってことですね」

「ああ!? そう言われると気持ち悪ぃな!!」

「素直に嬉しいって言えばいいのに…」

「ふん、あれだけのクズがここに入れられているんだ。善悪という判断をしているとは思えないな」

「てめぇがそれを言う資格はねぇだろうが!! あっ!? 喧嘩売ってんのか、こら!」

「あー、はいはい。二人とも、おとなしく話し合ってくださいね。それで兄さん、続きは?」

「…ああ。彼らが判断するのは、そういった『小さな善悪』ではないようなんだ。もっと大きな害悪となるものを判断しているらしい」

「もっと大きな害悪…わかりにくいわね」

「この遺跡が暴力を禁止しているのは、なぜかわかるか?」

「治安が悪化するから?」

「俺たちから見ればな。だが、彼らの観点からすれば異なった見方になるはずだ。日記によれば、ここでは人間の『闘争本能を鎮める』実験が行われていたようだ」

「どういうこと? ちょっとよくわからないわ」

「だろうな。俺もまだよく理解はしていない。しかし今日…もう昨日になるが、ホワイトの妹と戦って、それがよくわかった気がしたよ。『本物の暴力』の怖ろしさをな」


 黒雷狼の怖さは、今まで感じた人間の暴力性とは比べ物にならなかった。

 すべてを破壊し尽す獣。

 あれこそ最大の暴力が具現化した姿である。あれと比べれば、普通の人間が抱く憎悪や攻撃本能など微々たるものであろう。


「あの『診断者』は、そういった本当の暴力が出現しないか、常に監視する役割があったんだ。すでに気付いている者もいるだろうが、この遺跡の壁や扉には『戦気を遮断』する術式がかけられている。それは人の闘争心を抑えるためだ」

「闘争心を抑えるだと? んなことができるもんかよ。俺たちは争いあって生きてきたんだ。人間がよ、そんな綺麗に生きられるもんか」

「俺に言われても困る。当時の遺跡を造った人間が、そう考えたのだから仕方ない」

「でも、もし争いのない世界ができたら、それはそれで素敵なことね」

「はっ、所詮はおままごとだぜ。人間ってもんは、そんなに甘くねぇ。そもそも武人ってやつは、戦うために存在しているんだぜ。生まれ持っての闘争心を捨てられるもんかよ。そいつは人間が愛を忘れるようなもんさ」

「意外です。グリモフスキーさんも愛なんて言うんですね」

「だから一言多いんだよ、てめぇは! 自分で自分を愛することもできねぇやつが、何かを成せるわけもねぇ。完全に過《あやま》った考えってやつだぜ」

「俺も武人である以上、グリモフスキーの意見に賛同するしかない。俺たちは戦うことで可能性を示してきたつもりだ。それを否定されることは、存在そのものを否定されることに近いからな」

「女の私からすれば、あまり賛同はしにくいけれど…戦うことが必要な時があることは理解したわ。負けてはいけない時があるもの」

「そうだな。それもまた闘いだ。人生ってやつは闘うことで道を拓《ひら》くものだからな」


 カスオに対して立ち向かった強い心。

 それもまた闘争心の一つの形だろうし、それを失ってはもはや人間とはいえない。

 人間はある種、戦いを義務付けられた存在なのだ。

 戦いを怖れることは、生きることを怖れるのと同じである。

 だがしかし、当時の人々はそれを抑えようとした。それもまた一つの解答ではある。

 それが上手くできれば、だが。


「その実験は上手くいったのかしら?」

「結果的にこの土地に文明が残らなかったことを思えば、失敗したのだろう。なにせ彼らも『暴力』をもちいていたんだ。人間の中に『危険な兆候』が現れた者がいれば…処分されることもあった。それを担当していたのが、ホワイトが破壊した『猟犬』だ」

「猟犬? なんだか物騒な名前ね」

「狩るのが目的だからな。妥当な名前だろう」

「へっ、自分たちの意に沿わないやつは排除か。やっていることは今と変わらねぇな」

「そうだな…。だが、俺も日誌で存在は知っていたが、実物を見たのは初めてだ。あれに狙われたら俺でもどうなるかわからないな」

「で、ホワイトの何に対して、そいつは反応したんだ?」

「…わからん。あいつの中に眠っている何か怖ろしいものに反応した、としか言いようがないだろう。つまりあの男は、遺跡に狙われるだけの何かを持っているんだ。だから俺も忠告に行ったんだが…結局は防ぐことはできなかった。いろいろと動き出したことを思えば、むしろそのほうが良かったのかもしれないがな」

「ふん、俺たちは何も知らずに殺されるかもしれなかった、ってことかよ。その意味じゃ、ホワイトのやつに感謝したいくらいだな。で、あの機械人形のほうは何だ? あれは相当ヤバイやつだぜ」

「それも詳しくはわかっていないが、その文明とは違う前文明とやらの遺物らしい。猟犬たちも、その機械人形というものを参考にして造ったと書かれている」

「つまりは、隣にあるやつは正真正銘の遺跡の遺物ってことか」

「そうなるな。それについては彼らもよくは知らなかったらしい。はっきり言ってしまえば、彼らもたまたま居ついた場所に遺跡があった、という感じかもしれん。想定はしていなかったのだろう」

「それってグラス・ギースの祖先ってことかしら?」

「それはねぇな。今のグラス・ギースは、五英雄たちの子孫をベースにしている。そいつらが滅びた後に、改めて五英雄たちがこの場所に都市を作ったんだろうぜ」

「先生もそう結論付けていたな。そのあたりも遺跡をややこしくしている原因だろう。結局彼らは消えてしまった。理由はわからない。遺跡について俺が知っていることは、これくらいだ。これ以上訊かれても俺は何も知らないからな。期待するなよ」

「ってことは、このあたりについては、てめぇらもよくわかってねぇってことか?」

「そうだ。未知のエリアだ。少なくとも俺は、今日初めて知った」

「まだてめぇは肝心なことを話してねぇな。なんでここにいやがる? どうやってここに来た?」

「むっ、そうだったな。それについても話しておこう」




483話 「過去との遭遇 前編」


 なぜレイオンがここにいるのか。

 その最大の謎が、まだ解き明かされていない。

 しかし、当人もまた事情をよく理解していない面があるのも事実だ。


「俺はミャンメイと別れた後、先生のところに向かった。しかし、先生は自室にはいなかったんだ」

「珍しいこともあるもんだな。いつもは引き篭もっていやがるくせによ」

「そうだ。先生は追われている立場でもあるからな。基本的には外に出ない。どうしても医療の力が必要な場合だけ、途中の部屋まで運び込んで治療するくらいだ。だから俺も何かあったのかと慌てて捜したのさ」

「それで、バイラル先生は見つかったの?」

「…うむ。ちょっとした場所でな。お前たちは事情をあらかた知っているから、もう言ってもいいだろう。実は俺たちも遺跡については日々調べていた。俺はあんな体調だったし、最低限のことしかできなかったが、先生もお前たちの言う『神殿』を見つけていたんだ」

「神殿!? あの神殿がほかにもあるの!?」

「先生の部屋には扉があり、その先にもずっと遺跡は続いているんだ。その最奥に神殿があったのさ。見つけたのはだいぶ前だがな。しかし、そちらの話を聞くまでは単なる祈りの場だと思っていたから、さして注意を払っていなかったんだ」


 バイラルとレイオンは、グマシカたちに対抗するために地下遺跡を調べていた。

 とはいえ、レイオンは常時瀕死だったし、生命の石の研究も困難を極めていた。

 そのような状況で満足に調査もできずにいたが、神殿への道だけは早期に発見していたという。

 当然、それが転移装置であることなど知る由もない。

 単なる宗教的な場だと思って重要視はしていなかったらしい。


「そんな場所が残っていたのね。よく入れたわね」

「先生の部屋の扉も特殊なジュエルによって開く仕組みだ。鍵さえ見つけてしまえば開けるのは難しくはない。その意味では、カスオというやつが拾ったものに近いかもしれない」

「先生はどこで鍵を見つけたの?」

「最初から持っていたようだな。その石を持っていたからこそ、遺跡に身を隠そうと思ったのかもしれん」

「不思議ね。どこで手に入れたのかしら? 外で拾ってもそうだとはわからないだろうし…その『協力者』って人がくれたのかしら?」

「直接訊いたわけではないが、その可能性はあるだろうな。最初からあそこを根城にするつもりだったようだからな」

「協力者…か。そいつも、かなりうさん臭ぇな。信用できるのか?」

「できるもなにも、するしかないだろう。ほかに伝手はないんだ。それに、強大な権力を持っているグマシカたちを危険視している人間が、ほかにいてもおかしくはないはずだ」

「…なるほどな。他派閥の人間にとっちゃ、マングラスの存在は厄介で危険だ。少しでも力を削ぎたいと思うのが自然か。現在の状況だと『一強状態』だしな」

「そういうことだ。上の事情だけを見れば、他派閥が手を組めば対抗できるように見えるが、実際は違う。マングラスは文句なしに最強だ。普通にやって手に負える相手じゃない」

「バイラル先生の目的って、何なのかしら?」

「ん? どういう意味だ?」

「先生の目的も兄さんと同じ…【復讐】なのかしら? 言葉は悪いけれど、自分を蹴落とした人に恨みを抱いているとか?」

「…うむ。俺としては正しいことのために…というのを期待しているが…これも直接訊いたわけではないからな」

「はっ、てめぇも妹と同じく頭の中がお花畑かぁ? 馬鹿なこと抜かすんじゃねえよ。いいかぁ、権力者を追い落としたいやつってのは、どいつもこいつも自分が成り代わりてぇだけさ。どんな建前があろうとも、考えているこたぁ誰もが同じだぜ。医者もその協力者ってやつも、グマシカたちの代わりに権力が欲しいのさ。それでてめぇらを利用しているだけだぜ」

「誰もがグリモフスキーさんみたいに、ひねくれていないと思いますけど…。もしかしたら都市のためを思って抵抗しているのかもしれませんし…」

「ったく、本当にてめえは世の中を知らねぇな。ガキならそんな夢を抱いたっていいが、ガキだっていつかは大人になるんだ。大人になりゃ、嫌でも世の中の常識ってやつを知るようになる。そんな甘い世界じゃねえよ」

「うーん、夢がないですね」

「…残念だが、グリモフスキーの言う通りだろう。世の中は思い通りにいかないものだからな。ただ、俺は自分を助けてくれた先生を信じているし、その協力者がどんな思惑を持っていようが、結局は頼るしかないのだろう。俺たちは弱者だからな」

「ふん、敵の敵は味方…か。使えるもんは使うしかねぇな」

「そういうことだ。話を続けるが、その後、俺は神殿にいた先生と合流したんだ」

「医者は神殿で何をやっていたんだ?」

「そこまではわからない。祈っていたのかもしれないが…」

「医者がお祈り…ねぇ。俺にはそうは思えねぇな。医者の野郎は、そこが移動装置だと知っていたんじゃねえのか?」

「それは…わからん。仮にそうだとしても独りで移動することは危険なはずだ。先生は武人ではない一般人だ。自衛力に乏しいからな」

「ダンジョン区画でなければ安全だと思うがな。まぁいいぜ、続きを話せよ」

「…ああ。そこで俺は簡単な応急処置だけを受けて、一緒に部屋に戻ろうとしたんだ。しかし、その時だった。大きな『揺れ』が起きた。あんな揺れは今まで感じたこともなかったから驚いたものだ」

「あっ、それって私たちと同じだわ! まさか兄さんもその時に…!」

「そうみたいだな。それで俺たちも飛ばされる羽目になった。完全に想定外だったよ」

「医者も飛ばされたのか?」

「…たぶんな」

「たぶん? 先生は一緒じゃなかったの? あっ、そういえば兄さんは独りだわ! ということは…」

「…そうだ。気付いたら独りで見知らぬ場所にいた。それから大変だったんだ。俺も今まで遺跡をさまよっていたのさ」


 彼らは神殿が転移装置とは思ってもいなかった。知らなければわかるはずもないだろう。

 そして地震が発生し、ミャンメイたちと同じく『緊急避難』によってランダム転移が起きてしまったというわけだ。


「てめぇはどこに飛ばされたんだ?」

「お前たちほど過酷ではなかったな。見知らぬ場所ではあったが、遺跡と呼べる範疇だった」

「なんだか不公平ね。どうして私たちだけ、あんなに苦労したのかしら…」

「俺に言われても困る。それこそ女神様に訊いてくれ」


 独りで未探索エリアに飛ばされたレイオンであったが、転移した場所が平穏であったことと、彼が武人であったことが幸いし、特段危険らしい危険には遭遇していないらしい。

 扉も特にロックはされておらず、基本的には淡々と遺跡を進んできたという。

 ただ、ミャンメイたちと同じ時間さまよっていたのだから、かなりの距離を移動したし、いくら武人であっても怪我をしているので疲労も溜まったことだろう。

 彼は彼で、なかなかハードな旅をしてきたのだ。



 その後、ここに到着。



 とりわけ大きな扉があったので調べていたところ、突然現れたグリモフスキーを発見するに至る。

 これがレイオン側(視点)の出来事というわけだ。



「ねぇ、これも疑問だったのだけれど…どうしていきなり殴り合ったの?」


 ミャンメイにとって、いまだに納得のいく答えが出ない疑問があった。


 なぜか出会った瞬間に、二人が殴り合ったことである。


 ほかにも気になることはあるが、これもまた、まったくもって理解できなかったのだ。

 だが、その答えは思った以上にシンプルだった。


「そりゃてめぇ、レイオンを見たからに決まってんだろう」

「え? それだけですか?」

「こんな場所に飛ばされて、むしゃくしゃもしていたしな。そんな時にこいつがいたら、殴りかかるのも当然だぜ」

「それって、当然じゃない気もしますけど…」

「ふん、俺はもっとちゃんとした理由があるぞ。こいつの後ろにミャンメイが見えたからな。てっきり何かされたのかと思って、殴りかかったんだ」

「いや、それも普通じゃないからね。普通は事情を訊くじゃない」

「こんなクズが、こんな場所でミャンメイを連れている。これはもう殴るしかないだろう」


 二人の意見は、ここでも奇妙な一致を見せる。



―――そこにそいつがいたから殴った。



 であった。




(…駄目だわ。まったくわからないわ…)




 結論―――よくわかりませんでした




 理由を聞いてもわからない。

 世の中にはそういうこともある。深く考えてはいけない。

 この二人は正直、馬鹿なのだ。頭が悪い。

 殴り合うこと以外考えていないのである。理解しようとするほうが馬鹿らしいのだ。




「でも、心配ね。先生はどこに飛ばされたのかしら?」

「もしかしたら先生は、まだあの場所に残っている可能性もある。たまたま俺だけ移動したのかもしれない」

「そうだといいけれど…かなりのお歳だし、変な場所に飛ばされたら危ないわ」

「いねぇやつのことを心配してもしょうがねぇ。死ぬときゃ死ぬさ。どうせ俺たちには何もできねぇんだからよ」

「…そうです…ね」

「口惜しいが、今は何もできない。先生に何かあったら困るから早く戻りたいところだが…まずは自分自身の心配をする必要がありそうだ。これからどうするかも重要な問題だ」

「戻るしかなさそうだけど…ずっとそう思っていたはずなのに、なぜかどんどん先に進んじゃったのよね。本当に戻れるのかしら?」

「一番最悪なことが、遺跡で野垂れ死にだな。グリモフスキーと一緒に死ぬのだけは勘弁だ」

「あぁ? そりゃこっちの台詞だぜ。こんなところで死ぬわけにはいかねぇよ。俺はてめぇを犠牲にしても戻るからな」

「お前がそういう態度なら、こちらも気楽でいいさ。仲良くするつもりはないから安心しろ」

「もうっ、二人とも! 今はそんなことを言っている場合じゃないでしょ! 協力して脱出しないといけないのよ!」

「ミャンメイ、油断するなよ。こいつのことはまだ信用していないからな」

「何度も言ってるが、てめぇがそれを言うんじゃねえよ! こんな重要なことを黙っていやがって!」

「お前には関係ないだろうが」

「勝手に巻き込んだようなもんだろうが!」

「もうっ! 喧嘩しないの! わかりました! なら、これからの方針は私が決めます!」

「なんでてめぇが…!」

「私が決めます! いいですね!」


 シュッ ギラリ


「包丁を取り出すなよ! 癖になってんぞ!」


 人を脅す…説得する時は包丁を見せると効果的です。






 ということでミャンメイが仕切ることになり、三人は遺跡からの脱出を目標にすることにした。

 まずは戻らねば話にならない。

 すべてはそれから、という一点については協力し合えると思ったからだ。

 が、探索の途中で言い争ったり、場合によってはまた殴り合いになる等、相変わらずの仲の悪さが目立っていた。



※このあたりの探索の様子も長くなるので割愛



(はぁ、仲が悪いってことは、逆に良くなることもあると思うんだけど…やっぱり難しいのかしら。せっかくグリモフスキーさんとは良い雰囲気だったのにな…)


 レイオンにとっては、ミャンメイがグリモフスキーの肩を持つことが面白くないし、グリモフスキーにとっても改めてレイオンが嫌いであることを思い出させることになる。

 憎しみがひっくり返れば愛になる、というのはやはり理想論だろうか。

 結局のところ相性が悪い者同士は、いがみ合うことになるものだ。そりが合わないのだから、こればかりはどうしようもない。

 しかし、平常時ならばまだいいが、この緊急事態ではあまり好ましくない状況だろう。



 微妙で気まずい雰囲気の中、三人は遺跡を進む。



 遺跡自体の造りは、そう今までと大差はない。

 モンスターと出会わないところを見ると、このあたりはダンジョン区画ではないのだろう。

 特に何かの敵性勢力と出会うこともなく、外面上は平和に突き進んでいた。

 ただ、遺跡を進めば進むほど、圧迫感のようなものも感じられて気分が良いとは言えない。



(この感覚、なんなのかしら? やっぱりこの先に進まないほうがいいんじゃ―――)



 ウィーンッ ごろごろごろごろ



 遺跡の扉は、相変わらず自動で開いていく。

 まるでミャンメイを迎え入れるかのように、スムーズに進んでいった。

 しかし、次に彼女が目を開けた瞬間、まったく想像もしていない光景が広がったのであった。




 そこにいたのは―――何人もの【人間】



 と



 それと戦う―――機械人形たち



 であった。




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