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「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」

作者  園島義船



□ 第六章 「収監砦」 編


405話 ー 416話




405話 「レイオンからの挑戦状 前編」


「うおおおおお!! やったぞおおおおおお!」

「すげぇえええええ!! 最後なんて格闘も入れていたぞ!!」

「剣士が殴るのかよ! って、もともと戦士なのか!? でも、剣も使っていたぞ!」

「つーか、蹴りだろうが! って、んなことはどうだっていい! これで大儲けだぜ!!! ひゃっほーーー!」

「ちくしょぉおおおおおお!! スッちまったぁあああああ!! かあちゃんに殺されるぅうううううう!」

「…しょうがねえ。負けるのも賭けの醍醐味さ。こんな試合が見られたんだから、それだけで幸運だと思おうぜ」

「本当だな! すげぇ戦いだったぜ!!!」




―――ウォオオオオオオオオオオオ!!




 サナに賭けた観客たちから大きな歓声が上がる。

 賭けに負けた者たちも、試合そのものを十二分に楽しんだようだ。拍手と歓声を惜しまない。


 このあたりから少しずつ観客に変化が訪れ始める。

 無手の試合では刺激の強さに驚いていたが、今ではリングで敗者が血塗れになっていても、まったく気にした様子はない。

 人間には、慣れというものがある。

 唐辛子を使い始めると、どんどん辛味に強くなって大量に摂取するようになるのと同じく、どんなに刺激的なことでもいつかは慣れてしまうのだ。

 観客たちも本物の戦いがどういうものかを思い出したことだろう。

 それはサナが、この闘技場に本当の武人のエッセンスを注入したからだ。

 いや、アンシュラオンがそうさせたからだ。


(なかなかいい空気になってきたな。弛んでいたものが少しずつ引き締まっていくようだ。生温い雰囲気は社会にとって最大の害悪だ。さっさと除外するに限るな)


 詰め込みすぎは社会の閉塞感を呼ぶが、自由にさせすぎても堕落する。

 日本でも「ゆとり世代」という言葉が生まれたように、緩みすぎると馬鹿をやる若者が増えるようになるのだ。(子供に勤労させないせいもあるが)

 これを防ぐためには適度な緊張感と刺激が必要になる。焼け付くような、ヒリつくような、命の危険をかすかに感じる厳しい環境が不可欠だ。

 貧乏の家庭で育った子供がしっかり育つように、そういった中でこそ優れた人間が生まれる。

 武人ならば、なおさら顕著だ。サナもこうした厳しい戦いを続けることで強くなるだろう。

 今回の試合でも大きな進歩が見受けられたはずだ。限界にまで追い詰められたからこそ偉大因子共鳴が起こったのだ。

 当然、こんなことが起きるとは想定外だったが、これこそアンシュラオンが求めていた「嬉しい誤算」である。

 環境を整えてあげれば、それに相応しいものが自然と訪れる。それが摂理というものだろう。


(今は長居するつもりはないが、そのうち落ち着いたら本格的に闘技場を整備してもいいかもな。サリータやルアンたちの鍛練にも使えるだろう。あいつらも強くしてやらないといけないからな)


 最初は試合に懐疑的だったが、逆に外では一騎討ちをする機会があまりないことを考えれば、これはこれで役立つものだと判明する。

 自分の長所や短所を改めて見直す機会になるし、命を失わずに強くなることができる。

 才能があまりないサリータやルアンは、サナ以上に数多くの実戦が必要になるだろう。その鍛練に最適である。




 アンシュラオンとサナは、歓声が鳴り止まない試合会場を離れ、控え室に戻る。

 そこで再びサナの身体をチェックする。まずは腕だ。


「腕は痛いか?」

「…ふるふる」

「お兄ちゃんの手は握れるか?」

「…こくり」


 きゅうう

 サナの手が自分の指を握るが、ほとんど握力を感じない。

 手の表面も皮が剥けて痛々しい様相になっている。


(靭帯と腱が損傷している。やはり限界だったか。あれだけ振り回せば当然だな。感覚は身についても身体が慣れていない。それで大きな負荷がかかったんだ)


 サナはまだ痛みを痛みとして感じていない。だからこそ無理ができた。

 ただ、痛みを感じなくても肉体は損傷する。その身体には、しっかりと無理をした痕跡が残っていた。

 今回の試合で相当追い詰められていたことがわかる。彼女も一杯一杯だったのだ。


(サナがあの戦い方を選んだのは、それしかできなかったからだ。流れるような攻撃は見栄えがよく、観客も楽しんでいたようだが…そうすることでしか刀が振れなかったんだ)


 彼女の小さな身体にとって、日本刀は重い武器である。

 しかもこの世界の刀は、重量が地球のものよりも数倍重く出来ている。

 ファンタジーで出てくるような巨大な魔獣が普通にいる世界だ。そんな連中を倒すためには普通の重さでは対応できない。

 それに伴って武人そのものの腕力も強いのだが、まだまだ子供のサナにはさぞや重かったことだろう。

 それゆえに止まれなかったのだ。止まったら、また走り始めるまでに時間がかかり、唯一の勝機を失ってしまうからだ。


(ふむ、正直に言えば、あれは剣士のオッサンの戦い方に近いな。今回はそれを真似たという感じか。だが、この結果を見ると、このやり方は短期決戦用だな。勝負を決めるときにだけ使うものと割り切ったほうがいい。もし一度でも止められていたら反撃を受けて負けていただろう)


 この連続攻撃だが、ガンプドルフがやっていた息もつかせぬ連撃を彷彿させる。

 彼がやっていたものほど高度ではないにせよ、サナはそれをコピーしたのだろう。

 しかし、あれは剣士の中でも屈強なガンプドルフだからこそ可能なことであり、防御に難があるサナにとっては非常に危険な行為だ。

 サナの剣の人生は始まったばかりである。これを糧にしていろいろと経験するといいだろう。



「すぐに治すからな」


 ごぽぽっ

 命気によって損傷した靭帯や腱が急速に治っていく。

 普通ならば最低でも三日間の安静が必要な怪我だが、自分がいれば今すぐにでも戦うことができるようになる。

 ちなみにニットローだが、ハングラス所属ということもあって応急処置だけはしておいた。

 万全になるには時間がかかるだろうが、死んではいない。殺すほど嫌なやつではなかったことも大きな要因であるが。


「今回も勝ったぞ。お前だけの力で勝ったんだ。嬉しいだろう?」

「…こくり、ぐっ」


 サナは嬉しそうに刀を握る。

 因子の共鳴があったにせよ、今回も自力だけで勝ったのだ。少しずつ自信をつけてきただろう。


「おっ、そうそう。その刀はサナの専用武器ってことで持って帰っていいそうだぞ。それだけ受けがよかったんだな」


 戻り際に刀の件で問い合わせたところ、運営側から刀の所有権をもらった。

 どのみち捨て置かれていた武器だ。こうして使う者など他にはいないし、今回の売り上げが相当なものだったことから特別に許可が下りたのだ。

 ただ、試合ではしゃいでいた姿を思い出し、これだけは伝えておくことにする。


「大事にするのはいいけど、一番大切なことは自分の身体だからな。最悪は捨てる覚悟でいるんだぞ」

「…こくり」

「また新しく作ってやるからな。それは間に合わせだと思うんだぞ。わかったね?」

「…こくり」


 地球でも、線路に落ちた携帯や杖を拾いに行こうとして事故に遭う人がいる。

 誰かにもらったものだと大事したい気持ちはわかるが、それで死んでしまっては意味がない。

 道具は道具。使い捨てだと割り切ったほうが身のためだ。





 こうしてサナは剣の試合でも勝つことができた。

 極めて順調だ。

 むしろグランド・リズリーン〈偉大因子共鳴〉まで起きたので、順調すぎるといえるだろう。


 そして、さらに順調なことが起きる。


 二人が会場から出ようとした時である。

 出口に続く通路の途中で、『とある人物』と出会った。


「………」


 その男は大きな身体で通路を塞ぐように立ち、無言でこちらを見つめている。

 いや、そこに友好的な感情は見られないので、睨んでいるというべきか。
 
 どちらにせよ自分たちに用事があることは明白だ。

 アンシュラオンは意外に思いつつも話しかける。


「よぉ、こんなところで会うとは奇遇だな。だが、ここは武器の試合会場だ。通路を間違えているんじゃないのか?」


 目の前の男がここにいることには違和感がある。

 なぜならば彼は、一度たりとも武器の試合に出場したことはないからだ。


「間違えるものか。お前よりもここには詳しい」

「それもそうだったな。では、こんなところで何をしているんだ?」

「…お前たちが出てくるのを待っていた」

「へぇ、妹の出待ちか? 案外ミーハーだな。せっかくだ。サインの一枚くらい書いてやるか」

「…こくり」

「そんなものはいらん」

「なんだと! オレの愛らしい妹のサインがいらないだと! このやろう!!」


 ビューーンッ ドガッ!!


「どわっ!! いきなり石を投げるな!!」


 凄まじい勢いで石が飛んでいき、壁にぶつかって破砕する。

 相手が相手なので遠慮はしない。頭をかち割るつもりで投げたので、さすがのこの男もよけるしかなかった。


「…まったく、なんて男だ。お前のせいで滅茶苦茶だ」


 その男、レイオンは、頭を掻きむしりながら強い不快感を示す。

 なぜか非常に苛立っているようだ。不機嫌な様子がありありと伝わってくる。



(レイオン…か。試合会場にいることは知っていたが、自分からこんな場所に来るとはな。どうやら本当にオレたちを待っていたようだな)



 そこにいたのは―――レイオン。



 初日の夜に会ったきりだったので随分と久々に感じるものだ。

 普段は無手の試合にしか出ない彼なので、特に用事でもなければ武器の会場にやってくることはない。

 待っていたという言葉は本当だろう。


「そっちから用事があるとは意外だね。いいよ、先に聞いてやろう。言ってみな」

「なんでそんなに偉そうなのかわからんが…まあいい。それより、これはいったいどういうつもりだ?」

「何のことだ?」

「言わなくてもわかるだろう。お前の妹の試合だ。なぜあんな戦いをする?」

「不思議なことを訊くもんだな。闘技場は戦いの場のはずだ。普通に戦っているだけだろう?」

「明らかに殺すつもりだっただろう。相手はすでに負けを認めていた。あそこまでやる必要があったのか?」

「ロックアルフのことか?」

「さっきの試合もだ。ニットローは攻撃を避けられない状態だった。斬り抜く必要まではなかった」

「そういえば、お前も見ていたな」

「共鳴が起こって興奮していた可能性もあるが…どうせ止めるつもりはなかったのだろう?」


 サナの偉大因子共鳴に気付いた三人目の人物が、このレイオンだ。

 彼は無手の試合会場に続き、武器の試合も観ていた。特に触れなかったが、アンシュラオンはしっかりとその存在に気付いている。

 これだけ目立つ男である。気付かないほうがおかしいだろう。


「どうだ? オレの妹の成長力はすごいだろう! 一戦ごとに着実に強くなっている。ここに来てよかったよ」

「それがお前の目的か?」

「目的の一つ、かな。この子を強くするのはオレの義務だからね」

「ここにはここのルールがある。あんな真似はもうやめろ! こっちはいい迷惑だ!」

「またもや意外な人物から意外な言葉を聞いたよ。これは驚きだ。それはお前が一番嫌っていることのはずだぞ」

「あれは…」

「言い訳はするなって。戦いを見ていればわかるさ。お前が求めているのは、あんな生温い試合じゃない。本物の『仕合い』だ。妹がやっているような戦いを求めている」


 初めてレイオンを見た時、それはすぐにわかった。

 ギラついた目は激しい闘争を欲している。武人である以上、嘘はつけないのだ。


「だからこそわからないな。なぜ甘ちゃんの試合に付き合う? 茶番をやっていて楽しいか?」

「…俺の勝手だ。お前にとやかく言われる筋合いはない」

「そうだな。お前がどうしようが自由だ。ただ、ミャンメイまで巻き込むな。もし負けたら相手に奪われることになるからな」

「そんなことはさせないし、負けるつもりはない」

「では、オレが挑戦すると言ったらどうする? オレに勝てるのか?」

「………」

「冗談だよ。そんなに硬くなるな。たしかにミャンメイは手に入れるが、オレが試合に出たらつまらなくなる。一瞬で勝てる相手に手加減するのも疲れるしな」

「ふん、妹はやらん」

「お前の所有物ではないんだろう? それを決めるのは彼女自身のはずだ」

「訂正する。お前にはやらん」

「やれやれ、これだからシスコンは困るな。いつまでも兄貴がべったりじゃ、妹はいい迷惑だぞ」


 レイオンもアンシュラオンには言われたくないと思う。

 極めて遺憾だ!!



「で、話はそれだけか? そんなことを言うためだけに待っているとは暇な男だ」

「こちらにとっては重要なことだ。これ以上、試合を荒らすな。目立つ真似をするな」

「…ふーん、その言い方からするに、お前は目立ちたくないようだな。その理由は何だ? どうして目立ちたくない? オレからすれば、お前が設定した試合形式のほうが目立ちまくっていると思うがな」

「理由が必要なのか?」

「物事には必ず理由があるものだろう? 『お願い』するんだったら、それなりに納得させてもらわないとな」

「…静かに暮らしたいからだ。妹の安全を確保する必要がある。それだけだ」

「もっともらしいことを言っているようだが、本心だけは隠せないものだな。お前の中には燃え滾る激情が眠っている。後半は本当かもしれないが、少なくとも前半は嘘だな」


 同じ武人である以上、心の中に眠る炎を隠すことはできない。

 そもそもあれだけギラついていながら、静かに暮らしたいというのはおかしな話だ。

 それが試合のシナリオであり、演技ならばともかく、レイオンから発せられる感情はそんなものではない。

 何か心の中に秘めているものを感じさせる。




406話 「レイオンからの挑戦状 後編」


「お前は何のためにここにやってきた?」

「言っただろう。妹の鍛練のためだ。というよりは、オレは逮捕、拘束されてここに連れてこられたんだ。自分の意思でやってくる理由はないな」

「それは嘘だ」

「なぜ、そう思う? 根拠でもあるのか?」

「仮面の医者、ホワイト。お前のことは調べさせてもらった。それだけの実力があれば衛士隊に従う必要などはあるまい。本当の目的は何だ?」


 レイオンがアンシュラオンを見る目が厳しくなる。

 すでに実力差は明白なので勝てないことは理解しているだろうが、そこには譲れない強い意思を感じる。


(ふーん、しばらく姿が見えなかったのは、オレのことを探っていたからかな。べつに隠しているわけでもないし、調べようと思えば普通に調べられるな。ただ、ハングラスほど力がある勢力じゃないから、時間がかかったって感じかな)


 レイオンは長らく地下におり、もともと他の都市にいた期間も長いため、上とのつながりもさほど強くないと思われる。

 数日だが地下にいて感じたことは、ラングラスは地下に関して積極的ではない、ということだ。

 つながっているのは、せいぜい奥にいたグリモフスキーくらいだろう。

 しかし、たかだか麻薬の売人程度が一番上の地位にいたことを考えれば、どれだけ興味がないかがうかがい知れるというものだ。

 となればコネクションは地下に限られることになる。地下は派閥間がかなり厳格に分かれているので、情報屋との接触もなかなか大変だろう。

 レイオンが自分について調べることに、これだけ時間がかかったことは頷ける話だ。


 そして、実力を知っているからこそ警戒している。

 これはレイオンに限ったことではない。ホワイトの悪名を知っている他の人間も、注意深くこちらを観察している様子がうかがえる。


(こいつに言う必要性はないが…一応はミャンメイの兄貴だ。下手に嘘をついて彼女の心証を悪くすることもないか。どうせこいつには関係のない話だしな)


「いいだろう。教えてやろう。オレの目的は、『とある男』を捜しに来ただけだ」

「っ! それは誰のことだ!」

「…? 元麻薬の売人だ。オレが保護した女の父親だよ」

「売人? 父親?」

「オレが奥で騒動を起こしたことは、もう知っているんだろう?」

「…ああ」

「その時にいぶり出したのさ。そいつはもう見つけたよ。思った以上のクズではあったがな」

「………」

「以上だ。満足したか?」

「それだけ…なのか?」

「ははは、そうだな。誰が聞いても可笑しな話さ。だが、オレにとっては重要な問題だ。お前がさっき言った言葉と一緒だな」


 他人から見れば、わざわざ一人の女のために地下に来るなど、物珍しい行いに映るだろう。

 それを思えばレイオンの反応は至って普通だ。

 ただし、気になることもある。


「では、今度はこちらが問うとしよう。…なぜ反応した?」

「…あ?」

「オレは今、『とある男』と言った。そこで反応する意味がわからないのさ。『とある【女】』ならば、ミャンメイのことかもしれないから警戒する理由はわかるが、なぜ男で反応する? 男を捜しに来たらまずい理由でもあるのか?」

「………」

「オレは真実を述べたぞ。自分で言うのもなんだが、珍しく嘘偽りのない話だ。もちろん、こっちのほうが都合が良かったにすぎないからだが、捕まって入ったのも本当の話だ。ならば、次はお前が本当のことを話す番だろう?」

「………」

「男とは誰のことだ? お前の知り合いか?」

「………」

「地下にいるってことは犯罪者だろう。それを思えば、たしかに誰であれ捜されるのを嫌うだろうが…お前がそこまで警戒する理由がわからないな。何を隠している?」

「………」

「自分のときだけだんまりは卑怯だな。逆に言えば、それだけ重要なことってことだろうが…」


 アンシュラオンがさらっと自分の真実を述べたのは、「どうでもいいこと」だからだ。

 仮にシャイナの父親が死んでいてもアンシュラオンにとっては、さして痛いものではない。

 闘技場に関しても、あくまでたまたまあったから利用しているだけで、なければないでサナの鍛練の場は山ほどある。

 それとは逆にレイオンが安易に話さないのは、それだけ重要で危ない案件であることを示唆している。

 些細なことをもったいぶって言う者もいるが、レイオンがそういうタイプの人物とも思えない。

 このあたりに何か事情がありそうである。


「そうそう、ミャンメイから少しだけ話を聞いたよ。ここに入る前は、かなり痛めつけられたようだな。お前の中に眠る激情の原因は、それか?」

「話す必要はない」

「今より強くなりたいんじゃないのか? だが、やっていることはあべこべだな。こんな場所で戦っている限り、強くなることは永遠にないぞ」

「関係ないと言っている」

「話さないのは自由だが、そうやって事情を隠してるとミャンメイも苦しむことになる。関係ないとか言うなよ? オレはあの子を手に入れる。そのための障害は取り除かねばならないんだ。彼女が気持ちよくオレのものになるためにはな」

「これ以上、こちらに関わるな」

「今となっては、そういうわけにはいかないな。ミャンメイの『特殊な能力』には価値がある。あれはオレがもらう」

「っ! 貴様!! どうしてそれを…!」


(こいつも嘘がつけないタイプだな。思いきり顔に出ているぞ。もしカマをかけていたらどうするんだ。危ないやつめ)


 レイオンの様子から、彼もミャンメイの不思議な力には気付いているようだ。

 身近な人間かつ武人なのだから、気付いても不思議ではないだろう。


「お前の事情に興味はないが、お前自身の強さとミャンメイは使える存在だ。いまさら逃げることなんてできないぞ。それは諦めろ。まあ、最悪はミャンメイだけ手に入れれば問題はないけどな」

「ふざけるな! お前にはやらん!」

「レイオン、これ以上の押し問答をするつもりはない。自分の意見を通したいのならば力で示すことだな。オレの妹と試合をしろ。スペシャルマッチのことは伝わっているはずだ」

「………」

「どうした? 怖気づいたわけではないだろう。戦うのは、この子だぞ」

「…こくり、ぐっ」


 サナもやる気だ。拳を突き出して挑発する。

 このあたりもアンシュラオンの悪い影響を受けているようだ。

 サッカー場でブーイングを真似てしまうように、良くも悪くも子供は周囲の大人の行動を手本にする。

 子供は純真だ。悪いのはいつも大人である。


「その子はなぜ戦う? なぜお前は妹を危険に晒す?」


 レイオンも自分に妹がいるので他人事ではないのだろう。

 そんなサナの様子を苦々しく見つめる。


「強さを得ることが危険を回避することにつながるからだ」

「それ自体が危険だろう」

「それ以上の脅威から身を守るためだ。ミャンメイを守っているお前ならば理解できるはずだ」

「…因子の共鳴が起こったとはいえ、その子自身が強くなったわけではない。俺に勝てる可能性はない」


 偉大因子共鳴は、一時的に感覚や経験を借り受けるものにすぎない。

 その期間が終わってしまえば元通りだ。

 たとえば運転が苦手な者が、助手席から操作した熟練者の運転を体感するようなものだ。

 あるいは、憧れた絵をトレースして、上手く描けたような気分になるだけだ。

 その感覚は残っているが、いきなり上達はしないし、それを再現することも非常に難しい。

 これは一つのきっかけにすぎない。真の達人になるためには努力が不可欠なのだ。

 当然、それはアンシュラオンも知っている。


「可能性はあるさ。天地がひっくり返っても埋まらない差ってのは世の中にはあるが、この子とお前ならば万一のこともある」

「見くびられたものだな」

「逆だよ。評価しているのさ。ロックアルフやニットロー程度ならば、わざわざこちらから用意する必要はないからな。だが、お前のレベルとなると簡単には用意できない。褒め言葉さ」

「それが俺にこだわる理由か?」

「そうだな。強い武人で、ミャンメイの兄。それがお前に対する評価のすべてだ」

「…そうか。それだけか」


 レイオンはあからさまに安堵した表情を浮かべる。

 普通はこういう言われ方をすれば嫌がるものだが、彼の場合はまったくの逆だ。

 それこそが何かしらの事情を抱えていることを物語るのだが、これ以上問い詰めたところで語ることはないだろう。


(こいつの事情に関わるとすれば、あくまでミャンメイのためだ。だが、それも必須というわけではない。兄妹が離れて暮らしたって問題はないはずだ。あとはその大義名分があれば十分だ)


「スペシャルマッチの内容は知っているな? こちらは金を出す。今まで観客が賭けていた額の数倍は出そう。その代わり、この子が勝ったらミャンメイはもらうぞ。お前がやっているいつもの賭け試合と同じだ」

「こちらからも要求がある。その戦いで俺が勝ったら、これ以上の騒動を起こすな。おとなしくしていろ。もしくは上に戻れ。地下には干渉するな」

「こっちは金を出すんだぞ。対価は支払っている。新しい要求を加えるのならば、追加でそれなりのものを提供するのが筋ってもんじゃないのか?」

「がめついやつめ…! 何が望みだ?」

「オレの望みは伝えている通りだ。この子が勝ったら、そろそろ妹離れしてもらうぞ。嘘でもいいから、自立する時が来たとか言って彼女を説得してもらう。オレは気分よく迎え入れたいからな。どちらにせよ負けたら手放すことになるんだ。それくらいはやってもらうぞ。お前だって妹の幸せを願っているのだろう?」

「お前のところに行くのが幸せか?」

「当然だ。これ以上の幸福はない」

「…その自信だけはたいしたもんだ」

「事実だからな。少なくともオレのところに来れば、誰かに奪われる心配はない。そんな連中がいたらオレが殺すからな」

「…そう…か。たしかに…この男ならば…」


 レイオンはしばし思案する。

 アンシュラオンのことは気に入らなくても、間違いなく自分より強いことはわかる。

 その意味ではミャンメイの安全も確保されるだろう。勝っても負けても彼女は守られることになる。


 そういった状況をじっくりと数分かけて考え、ようやくレイオンは決断した。


「いいだろう。受けて立つ。約束は守れ」

「わかった。お前のことには関わらないさ」


(ミャンメイに関わらないとは言っていないからな。問題はないだろう)


 あくまで地下の事情、レイオンの事情に関わらないのであって、仮にサナが負けてもミャンメイに関わらないとは言っていない。

 このあたりも予定通りである。


「試合はいつやる? こっちは明日でもいいぞ」

「あんな動きをしていて身体は問題ないのか?」

「ああ、もう治った」

「…こくり、ぎゅっ!」

「そうか。お前には癒しの力があったか。…明日…か」


 レイオンは、ぐっと何度か拳を握り締める。力が出るかを確認しているようだ。

 それにアンシュラオンが違和感を感じる。


「まさかダメージが回復していない、なんてことはないよな? 試合があったのは一昨日だ。試合中もそこまで殴られたわけじゃない。お前のレベルならば、あの程度はすぐに治るはずだぞ」

「俺は何も言っていないぞ。勝手に決め付けるな」

「強がるなよ。それくらい見破れないと思うのか? 万全でなくては意味がない。明後日でもいいぞ」

「お前の妹に負けるつもりはない。明日でかまわん。明日の夜、メインの試合で迎え撃つ。俺は絶対に負けない。ミャンメイも守るし、お前の好きにはさせない。わかったな!」



 そう言って、レイオンは出口に歩いていってしまった。

 その弱々しい歩き方からしても、彼がベストコンディションでないことは明白だ。

 アンシュラオンには、どうしてもそこが気になる。


(戦士が全員、肉体能力に優れているわけではないだろう。中には回復力が遅いタイプもいるかもしれない。ただ、あんな試合形式の戦いでダメージが残るとは思えないな)


 ブローザーは、けっして弱いわけではなかった。

 ただ、最初のレイオンの不意打ちでダメージを負っていたので、それからの攻撃にはまったく迫力がなかった。

 シナリオが決まっていたこともあり、致命打というものは一発も入っていないはずだ。

 それにもかかわらず、レイオンの調子は相当悪そうだ。


(あの男が二日間いなかったのは、体調の回復を優先していた可能性が高い。そうなると、あの不意打ちの意味も変わってきそうだ)


 レイオンが何かしらの肉体的問題を抱えている可能性がある。

 その場合、試合を早く終わらせるために不意打ちを敢行したとも考えられるわけだ。

 観客の様子から、レイオンが日常的に卑怯な真似をしていることは間違いない。

 それが体調面から来る問題に起因しているのならば納得もできる。


(それでもまだ回復していないところをみると、何かしらの病気か? なるほど、だから『医者』か。例の医者とつながる理由の一つは、なんとなくわかったな。病気の相談とか治療で関わっているのかもしれない。まあ、それでもいいだろう。ベストコンディションでなくても、あいつが強いことには変わらない。サナの鍛練には十分合格だ)


 こうしてレイオンとの勝負が決まる。

 今までの相手とはレベルが違うので、サナの本当の力が試される場となるだろう。




407話 「レイオンと医者 前編」


「…はぁ…はぁ…」


 レイオンが試合会場からラングラスエリアに戻る。

 その間の足取りも重く、若干引きずるように歩いていく。


(身体が重い。力が入らない…くそっ! 明日は試合だというのに、これではまずいな…。あの男が余計なことをしなければ代表戦まで休めたんだが…決まってしまったことは仕方がない。そこに合わせるしかない)


 ふらつく足に強引に力を入れて、せめて佇まいだけでも普通に見せる。

 ラングラスエリアでは自分がキングなのである。最上位の存在としての威厳を見せねばならない。


 そして、いつもの顔つきに戻り、入り口の門に到着。


「あっ、お疲れ様です」


 門番のピアスの男が出迎える。

 アンシュラオンにボコボコにされた哀れな男だが、とりあえず顎にはピアスが見受けられる。

 一時はいなくなった息子が戻ってきて、さぞや幸せなことだろう。

 が、そのせいで顎の骨が変形して少し「しゃくれてしまった」ことは、ここでは触れないでおこう。

 あだ名が「アゴ」になってしまう。


「異常は?」

「ありません!」

「奥の連中はどうしている?」

「珍しく何人か外に出たと思ったら、いろいろと買い込んで戻ってきました。盗んではいないとは思いますが…どこで金を手に入れたんですかね?」


 ピアスは気絶していたので、金貨争奪戦のことは知らない。

 他の連中も分け前を与えたくないため「何もなかった」という扱いになっている。

 ある意味、知らないほうが巻き込まれないで済むので、それはそれで幸せであろうか。


「外からは誰か来たか?」

「いえ、特には…あっ、運営のほうから連絡があって、医者の先生にいろいろと助けてもらいたいという話です。どうやら怪我人が増えてきたようで、運営側の医療スタッフだけじゃ手が足りないとかで」

「ちっ、ここでもあいつの影響が出ているな…」


 サナが激しい試合をしたことで観客の目が肥えてしまった。

 今までの「プロレスごっこ」では満足できなくなり、徐々に売り上げが減っていったのだ。

 それをなんとかしようと他の試合でも激しい戦いをするようになった。子供があれだけやった手前、大人も黙ってはいられない。

 しかし、客は盛り上がって賭け金が増える一方、誰もがサナのようにすぐに回復できるわけではない。

 怪我人も増加し、試合数も全体的に減っていくという矛盾を抱えることになっている。

 あの男が来てから、たったの二日。それでこれだけの変化が起こったのだ。


(試合会場だけじゃない。地下全体が暴力的になってきている。他の派閥では争い事も増えたというし…危険な兆候だな)


 我々は目に見えない『影響力』というものを軽視してしまう傾向にあるが、強い力は必ず周囲を感化してしまう。伝播してしまう。

 暴力的で血が飛び散るような試合に慣れると、気付かないうちに自分もそういう人間になっていくものだ。

 国の指導者に資質が問われる最大の理由が、この影響力である。

 危険な排除思想を持つ人物が扇動者となると、大人のみならず子供に著しい悪影響を与える。

 今までは温和だったのに、物事の解決に暴力的手段をもちいる、あるいは考えるようになってしまうのだ。


 これが地下でも起こっている。


 他の派閥では、珍しく殴り合いの喧嘩が起こったという話も聞いた。

 【暴力厳禁】という誓約があるにもかかわらず、ついヒートアップしてしまったのだ。

 すぐに周りの人間に止められたらしいが、次第にレイオンが怖れていたことが現実に起こりつつあるようだ。

 これもすべてはアンシュラオンのせいである。


「先生は忙しい。外に出られないと伝えておけ」

「でも、せっかくのチャンスでは? うちらラングラスの活躍の場なんて、そんなところしかないですし…」

「二度も言わせるな。先生は外には出ない。どうしても治療が必要な人間だけ運び入れろ。それ以外は断れ。わかったな?」

「は、はい!」

「わかったなら、さっさと扉を開けろ」

「はい!」


 ウィーーンッ ゴロゴロゴロッ

 ピアスが扉を開ける。

 こうしてわざわざ門番に開けさせることは、上下関係を意識させるためにも有用である。

 ただ、レイオンにはもう一つの理由もあるのだが、今は触れないでおこう。




 レイオンは、アンシュラオンがロボットに襲われた部屋に入る。

 そのまま立ち去るかと思いきや、そこでしばらく何もせずに立っていた。


「…変化はない…か」


 周囲を見回すが、何も起こらない。

 試しに壁を叩いたり、床を蹴ってみるが、相変わらず変化はない。


(ホワイトが『診断者』に引っかかったのは事実だ。何がそうさせた? 一定以上の力を持った人間だけに反応するのか?)


 レイオンとミャンメイがここにやってきたときも『診断者』からのチェックを受けた。

 結果はトットたちと同じ。そのまま素通りであった。

 つまりは【彼ら】からすれば「価値のない者」であり、脅威とはみなされなかったことを意味する。

 だが、ホワイトという外から来た医者には、なぜか反応した。

 そして、あまつさえ交戦して勝利しているという。

 勝利しなければ生きてはいないので当然だが、実に恐るべきことである。

 その証拠に、床や壁には生々しい戦闘の痕跡が残っていた。この遺跡の自己修復術式でも直しきれない損害を与えたのだ。


(これ以上、人々の暴力衝動が高まると危険だな。何が起こるかわからない。この遺跡のことも完全にはわかっていないんだ。ミャンメイもいる。安全は確保しないといけないんだ。このままあいつの好きにさせるわけには……いや、オレにはもうそんなことを考える余裕もなくなってきたか。いつまで身体が動くか…)


 コンディションが最低なことは自分でもわかっている。

 これは普通の病気でもないし、簡単に治るようなものではない。受け入れるしかない『事実』でしかない。

 だが、まだ諦めるわけにはいかない。




 レイオンはその先の通路でキノコをいくつか採取して、南側の扉を通る。

 しばらく歩くと、「奥」に続く道と真っ直ぐの道の分岐路に到着。

 そこに複数の人影を発見した。


「グリモフスキー、そこで何をやっている」

「ちっ、てめぇか」


 そこにいたのは、レイオンが来る前までラングラスのトップだったグリモフスキーであった。お供の二人も一緒だ。

 彼はレイオンを見つけると、あからさまに敵意がこもった視線を向ける。

 お供の二人は視線を逸らしたので、それだけでもグリモフスキーの肝が据わっていることがわかる。あるいは元リーダーとしての虚勢か。

 どちらにせよ、レイオンを前にしても動じないのはたいしたものだ。


「何をしていた?」

「お前にわざわざ報告する義理はねえな」

「義理はなくても義務がある。それ以前に通路に生ゴミを捨てるな」


 グリモフスキーたちの足元を見ると、なにやら「生ゴミ」が転がっている。

 いや、訂正しよう。シャイナの父親が転がっていた。

 相変わらずボロボロで酷い有様なので、生ゴミと呼ばれても違和感がないのが哀しいものである。


「リンチか? お前たちらしいな」

「裏切り者に対する制裁ってやつさ。こいつは盗みもやった。文句はねえな?」

「好きにしろ。お前たちが一般人に悪さをしなければ、それでいい。だが、殺すなよ。これは命令だ。従わなかったらどうなるかは嫌というほど知っているな? また鼻をへし折るぞ」

「ちっ…」


 グリモフスキーは、思わず鼻を手で触る。

 鼻を骨折すると独特の痕跡が残るので、すぐにわかる。

 アンシュラオンのような特殊な治癒能力がなければ、グラス・ギースの医療技術では傷痕を治すことは難しい。この地下ならば、なおさらだろう。

 グリモフスキーは忌々しげに自分の鼻を折った男、レイオンを睨みつける。


「けっ、お山の大将でいられるのも、これまでだぜ。あの仮面の男が来たんだ。今度はてめぇが転落する番だ」


 どうやらグリモフスキーもアンシュラオンの情報を掴んだようである。

 上と連絡すればわかることだし、断片的とはいえシャイナの父親から情報を引き出すこともできるだろう。


「ふん…もとよりこんな場所に興味はない。好きでやっているわけではないからな。欲しいのならばくれてやるさ」

「ふざけんなよ! 俺を蹴落としておいて、このままで済むと思ってんのか!」

「くだらん。ドブネズミたちの権力闘争に付き合っている暇はない。勝手にやっていろ」

「てめぇ…!! どこまでなめた口を叩きやがる!! 覚えていやがれ! いつかてめぇにも痛みを味わってもらうぞ!」

「…痛みか。俺だって普通の痛みを感じられるようになりたいさ」

「あ? 何言ってやがる?」

「お前には関係ない」

「くっ! レイオン!! 何度も何度もてめぇは、いつだってそうだ!! 俺様をコケにしたことを絶対に後悔させてやるからな!!」

「ふん」


 野犬をあしらうように手を払い、レイオンは先に進む。

 後ろからまだグリモフスキーの罵声が聴こえるが、今はあんな小物にかまっている余裕はないのだ。



 レイオンが向かったのは、真っ直ぐの道。


 その先も破壊された扉や部屋が並ぶ長い通路になっている。

 すでに三十分ほど歩いているが、まだ目的地には着かない。


(これで遺跡の一部とはな。やはりグラス・ギースの地下には巨大な遺跡が眠っているのだろう。これが動いていた時代のことを考えると、ぞっとしないな)


 遺跡全部が稼動状態だったならば、いったいどのようになっていたのだろう。

 あんな機械兵たちがぞろぞろと動いていたとすれば、これまた怖ろしいことである。

 それだけの文明が存在したこともそうだが、それが滅びてしまったことが一番怖い。



 それから再び三十分ほど歩き、いくつもの部屋と通路を越えて、ようやく目的地に到着する。

 ここはラングラスエリア内でも最奥に位置する場所だ。


「…ふー、ふー」


 たったこの程度で息切れしてしまう自分を嘆きながら、レイオンは扉を開ける。

 この扉は腕輪では開かないので、懐から取り出したジュエルを扉にはめ込む。


 ガタガタガタガタッ


 錆び付いたシャッターのような音を立てて、大きな扉が開いていく。

 次の瞬間、むわっとしたアルコール臭が室内から流れ出てきた。

 その臭いはすでに嗅ぎ慣れたものなので気にしないが、一般人だったらあまりの激臭に鼻をつまんでしまうことだろう。


 レイオンが部屋に入り、いくつもの薬品が乱雑に詰められた木箱や袋の山を越えると、部屋の奥に一人の人物がいた。

 その人物は、伸びるままに伸ばしたボサボサの長髪と髭によって顔の大半が隠れていた。

 また、羽織っている黒いローブも相まって、どこぞの仙人か魔術師と呼んでも差し支えない容姿をしている。

 唯一かすかに見える肌のシワによって、かなり高齢だということはわかる。


「…まるで手負いの猪じゃな」


 その老人は作業の手を止めてレイオンを一瞥すると、そう称する。


「せめて獅子と言ってくれ」

「ぬしのような者を獅子とは言わん。獅子でない者は、獅子にならぬほうが身のためであろう」

「先生は厳しいな…」

「焦っておるようじゃな。何かあったか?」

「…お見通しか」

「ぬしは顔に感情が出る。わかりやすい男だ」


 老人の目が、レイオンの感情を見抜く。

 この人物はいつだって冷静に物事を判断することができる。医者だから当然だが、よく他人を観察している。

 そして、アンシュラオンとは違って、そこに自己の欲求がほとんどないので相手を苛立たせることもない。

 それによってレイオンの感情も少しずつ落ち着いてくる。これもまた影響力だろう。


「表がいろいろと騒がしくなってきている。外からやってきた男が原因だ」

「…例の男か?」

「ああ、そうだ。情報を仕入れてきたが、思った以上に危ないかもしれない。あいつのせいで暴力性が加速している。危険な兆候だ」

「遺跡の『抗体』が出てきたことも、その予兆の一つか。しかもそれを逆に排除してしまうとは…その男、気になるな」

「あいつの暴挙は俺が止める。その代わり、明日までに動ける身体にしてくれ」

「その状態でか?」

「試合が決まったんだ。やるしかない」

「無理をするな。死ぬぞ。…否。【すでに死んでいる】か。失言であったな」

「勝手に殺さないでくれ。俺は生きている。まだ生きているんだ。妹のためにもまだ死ねない」

「その責はわしにもある。いまさらやめろとは言えん。が、これ以上関わることもない。妹を連れて逃げるのも手じゃぞ」

「逃げる? 逃げる…か。それは何度も考えた。あんなやつらを相手にして、俺と先生だけで太刀打ちできるかも怪しいところだ。だが、逃げてどうする。俺は長くはない。どうせいつか死ぬ。ならば、その前に借りたものは返さないといけない。【あいつ】は俺が殺す。そして、妹が安心して暮らせる場所を作る。今はそれだけのために生きているんだ。頼むよ、先生」

「…そうか。ならば、やれることはやろう。まずはコシノシンを摂取せよ。いつも以上に大量にな」

「ああ」


 レイオンは、ツボに詰められたコシノシンを無造作に手ですくうと、そのまま口から大量に摂取する。

 一回や二回ではない。何度も口の中に放り込み、水で強引に押し流す。

 これと比べるとイタ嬢が摂取した量など、たいしたものではないことがわかるだろう。明らかに異常な量だ。


「しかし…味がないってのも嫌なもんだ。気持ち悪い」

「そりゃ、ぬしの味覚がもう無いからじゃ」

「そうか。少し甘いんだったな…。しばらくミャンメイの料理も食べていないが…食べても味がわからないなら意味がない…か」

「感覚はどうじゃ? 痛みはあるか?」

「…少しは落ち着いてきたよ。だが、弱いな。もっと強い薬はないのか?」

「現状ではこれが精一杯よ。これでも常人ならば死んでおる量じゃぞ」


 レイオンが武人ということを差し引いても、この量は身体に大きな負担をかけるだろう。

 がしかし、今の彼の状態からすれば、これでもちょっとした鎮痛剤や安定剤にしかならない。

 本番はこれからだ。




408話 「レイオンと医者 後編」


 レイオンがコシノシンを大量に摂取する。

 これは本来の目的である鎮静剤の意味合いが強い行為だ。これをやらないと次の段階に進むことが難しくなる。

 それから部屋の中央にあった台の上に横になる。


「アレは持ってきたか?」

「ああ」


 レイオンが来る途中に採取したキノコを取り出す。

 老人はそれを受け取ると、水が一杯に入った大きめの瓶の中に漬け込む。

 これはしばらく浸けておかねばならないので、新しいものはストック用として奥の棚にしまわれる。

 その作業が終わると、すでに長時間水に浸けてあったキノコを持ってきた。

 赤地だったキノコの色が青に変色しているので、これはこれで不気味なものに見える。


「では、切開するぞ。肉体の質を落として血液を一時的に止めろ」


 老人はメスを取り出すと、迷いなくレイオンの胸に突き刺した。

 武人の肉体は常人よりも遙かに強固で、戦士因子が覚醒していると普通のメス程度ならば弾いてしまう硬度になる。

 ただ、自分が意識して肉体操作で質を落とすことにより、常人並みの弱さにすることも可能である。


 ブスッ ツツツッ

 手慣れた手付きで切開を開始し、胸を開く。

 肉体操作を行っているのでメスを入れても出血はない。その部分だけ血を止めているからだ。

 これができるのもレイオンが優れた武人だからである。

 当然麻酔もしていない。まったくもって武人とは便利な生き物だ。


 老人は次々と肉を切り裂いていき、器具で固定して開胸状態にする。手術でよく見られる光景だ。


 レイオンの『胸の中心』が露わになった。


 ドクンドクンと動いているが、その動きは非常に遅い。


「ふむ、だいぶ弱っておるな。やはり【交換】の時期だったようじゃ」


 本来ならばそこには心臓があるはずだ。

 もちろんレイオンにも心臓がある。心臓がなければ人は生きていけないし、血液の循環も止まってしまう。


 ただし、彼の心臓には―――キノコ。


 黒くしなびたキノコが心臓に張り付いていた。

 そうでありながらも心臓はしっかり鼓動しており、全身に血液を巡らせている。

 なんとも奇妙でSFじみた光景である。初めて見たら誰もが驚愕するだろう。

 しかしながら、このキノコこそがレイオンにとっては命綱なのだ。


「交換を行う。少しの間、心臓が止まるぞ」

「ああ、問題ない。やってくれ」


 老人はメスを使って器用にしなびたキノコを取り除く。

 心臓を傷つけないようにしながらも、できるだけ綺麗に外していった。

 肉を切ったときもそうだが、非常に手慣れた手付きだ。経験豊富なようで、とても落ち着いていた。

 これだけの手術をするのだ。明らかにグラス・ギースの医療技術の水準を遙かに逸脱している。おそらくはスラウキンよりも優れた医者だろう。

 スラウキンは学者肌の研究者タイプなので、実際の手術よりも実験を好み、新しい知識の探求や蓄積に長けている。

 だからこそアンシュラオンの命気にも拒絶反応が少なかったのだ。

 その彼と比べると、老人は生粋の医者であることがうかがえた。



 ドクンドクンッ とくん…とくん



―――ピタッ



 キノコを除去するとレイオンの心臓が完全に止まる。

 それと同時に顔色が徐々に青白くなっていく。血液の流れが止まったのだ。

 それでも武人だから生きている。首がなくなっても数分くらいは軽く生きられる者たちだ。心臓が止まったくらいでは簡単には死なない。


 ちゃぷんっ

 今度は老人が水に使った青いキノコを取り出す。

 キノコの柄《え》(キノコの円筒状の部分)の下方には、エチゼンクラゲの触手のように非常に細い【足】が無数に付いている。

 それを慎重に心臓にあてがうと、ずれないように一部を心臓に縫い付けて固定する。


「…ふぅ、歳を取ると見えにくくてたまらん」


 老人は流れる汗を自分で拭う。

 ここは地下であり光量にも限りがある。このような大きな手術ならば、もっと清潔で明るい場所でやるものだ。

 その中で手元が狂うことなく正確に医療器具を扱う技術は、実に見事といえるだろう。


「あとは…こいつか」


 老人がもう一つの瓶を開ける。

 それも水が一杯に入れられたものだが、中にあるのはキノコではない。

 とてもとても小さな【緑色の宝石】が、そこにはあった。

 米粒大とでも言おうか。うっかり落としてしまったら見つけるのが困難になるほど小さなものだ。

 それをピンセットを使って取り出す。


 ぴくっ ブルブルッ


 その時だけ老人の手が震えた。


「…はぁはぁ……」


 胸を切開しても、心臓にキノコを縫いつけても動じなかった老人が、初めて緊張している。

 老人の心臓が鼓動を早め、目が見開き、手が震える。

 何かを怖がるような、触れることが禁忌であるような、そんな恐怖と畏怖に似た感情が垣間見える。

 しかし、それもわずかな時間だけであった。

 何度か深呼吸をして再び医者の顔に戻ると、作業を続行する。

 キノコの傘の中央を切り開き、そのジュエルをしっかりと植え込む。


「生命よ、螺旋の如く廻れ」


 ピカッ ピカピカッ

 老人のその言葉に反応して、ジュエルが数回明滅を繰り返す。

 すると、ゆっくりとキノコの傘が【再生】を始め、ジュエルを内部に包み込む。

 ブスブスブスッ

 同時にキノコ全体が活性化し、足が次々と【自発的に】心臓に突き刺さっていく。



―――ドクンッ!!



「うっ!!」


 キノコの動きと重なるように、レイオンの心臓が鼓動を始める。

 触手は心臓にとどまらず、さらに広がっていき、血管内にも根を張っていく。

 それに伴って腕、足、頭に血が流れ込む。


「うううっ…ぐうっ!!」


 意識が覚醒したレイオンに鈍い痛みと違和感が走る。

 武人は肉体操作で痛みを消すことができるが、このキノコは神経そのものに張り付いているので、今の状態ではどうしても痛みが残るのだ。

 それを防ぐためのコシノシンであるが、あれだけ大量に摂取していてもこれだけ痛いのである。

 常人ならばショック死していてもおかしくはない。



 こうして手術は終わった。



 老人は胸を閉じ、軽く縫合して手を洗う。


「終わったぞ」

「………」


 レイオンは何も答えず、自分の身体に意識を集中させていた。

 まだ指一本すら動かせない。まったく力が入らない。

 だが、これが普通の状態なのだ。本当のレイオンの姿である。


「いつやっても慣れないな。俺の身体が、あんなキノコによって動かされているとは…」


 今、レイオンの身体の中では、キノコが【侵略】を開始している。

 心臓はもとより身体全体に根を張り巡らせているのだ。


 といっても、キノコが【宿主】を殺すことはない。


 【寄生生物】は、宿主がいなくては生きてはいけない。むしろ宿主を生かそうと最大限の努力をしてくれるだろう。


 そう、あのキノコは寄生型のものなのだ。


 実際に虫などに寄生する『冬虫夏草《とうちゅうかそう》』というものがある。土中の蛾の幼虫等に菌が感染することで、それを養分として成長する菌類の一種だ。

 レイオンの身体に埋め込まれたものも似たようなもので、人間などの動物に寄生するキノコであり、扱い方を間違えれば非常に危険なものとなる。

 が、こうして上手く使えば人間の延命に利用することもできる。

 それが人間の知恵であり、医学というものであろう。


「それもまだ実験途上のものじゃ。本物の『ラングラスの秘宝』ならば、もっと運用も楽なのだが…さすがに本家のものは真似できん。それで我慢せい」

「十分だよ。動けばいい。俺にとっちゃ、いないと困るパートナーだからな。今じゃ、こいつがないと指一本動かせない。まったく…難儀なもんだ」

「仕方あるまい。ぬしはすでに死んでおる。肉体は一度生命活動をほぼ終えているのだ。それを寄生菌類によって強引に動かしているにすぎん。逆に驚きではある。武人という存在は、肉体が死んでいても精神で動けるのだからな」

「…そう…だな」


 レイオンの身体は、一度死んでいる。

 あの時、あの男と出会った時に潰えている。


(今でも忘れない。あの男の…目は。あれは人間のものじゃない)


 あの頃の自分は、それなりに腕に自信があった。

 ゴウマ・ヴィーレでも上級兵士になり、騎士にならないかとも誘われたくらいだし、旅路で遭遇した魔獣も退けることができた。

 だから慢心していたのだろう。驕りがあったのだ。

 あの男は、いともたやすく自分の自信を打ち砕いた。

 それどころか本当に殺されてしまったのだから目も当てられない。


(しかも無様に逃げ惑って…背中を斬られて……ちくしょう。武人が背中を見せるなんて…俺は…自分が許せない!!)


 今はもうキノコなどの影響で消えているが、レイオンの背中にはいくつもの深い傷があった。

 背中を攻撃されることは、戦いを宿命付けられた武人にとっては恥でしかない。

 相手の技量が上で仕方なく背後を取られるのならばまだしも、逃げ惑ってなぶり殺されるなど、恥の上塗りも甚だしい。こんな不名誉はない。


 その怒りが、レイオンを突き動かす。


 誰だって好き好んで、こんな身体になりたいわけではない。

 それを甘んじて受け入れられるのは、守らねばならない妹の存在と、この怒りのおかげだ。



「助かったよ、先生。これでなんとかなる…」

「明日の試合は何時からじゃ?」

「メインの試合だから少しは遅い」

「ギリギリ…かの。新しい媒体が定着するまでには時間がかかる。それまでは動かぬことじゃ」

「…わかっている」

「それと…悪い知らせがある。【命の石】がそろそろ切れる」


 老人が、ぼそっと呟く。

 普段感情をあまり表に出さない老人が、これだけ申し訳なさそうに言うのだから、これが意味することは大きい。

 石がなくなるということは、レイオンの身体も維持できなくなることを意味するからだ。

 あのキノコは一つの触媒にすぎない。それを活性化させる石がなければ、ここまでの力は発揮できないのだ。


「わしが集めた数は、最初からそう多くはない。なんとか自力で作れればよいのじゃが…いまだに製造方法がわからん」


 老人は、ここでさまざまな実験と研究を行っている。

 その目的の大半は、【命の石】と呼ばれるものを生み出すことにある。

 誰かが名付けたわけではない。その効果を知った老人が自ら付けた名前だ。


「遺跡の一部から流れる『特殊な水』と関連があることまではわかった。この水は、生命を生き永らえさせる力がある」


 老人はキノコが入っていた瓶を見つめる。

 キノコはキノコで、宿り木から外すとすぐにしぼんで死んでしまう。

 また、そのまま利用しようとしても力が足りない。ラングラスの秘宝の【種】とはランクが違う代用品にすぎないからだ。

 それを解決させたのが、遺跡の一部から取れる水である。

 これはすでにアンシュラオンも見ているものだ。マザーが買った花が五年間も維持されているのは、すべてこの水に寄るところが大きい。

 ただ、この水を飲んだからといって、それだけで人間の寿命が延びたりはしない。

 そのあたりも複雑な条件が存在すると思われる。


「水をそのまま固めればよい、というわけではないようじゃ。そのほかにも文献を漁って試してはおるが…まったく再現できぬ。そもそも、これがどんなものなのかすらわからぬ。術式なのか石単体の性質なのか、本当にこれが石なのかすら理解できぬ。この類のものとなると錬金術士のほうが専門分野じゃろうな。医学とは別物じゃ」


 何をやっても復元はできなかった。真似もできない。

 そうして時間だけが過ぎていき、ストックも底を尽こうとしていた。


「すまぬ。次が最後じゃ。代わりを探してみるが…あまり期待をするな」

「そうか。それもいいさ。どのみち先生がいなければ、俺はあの場で死んでいた。ここまでもっただけ幸運だ」

「巻き込んだぬしらには、すまぬと思っておる。わしと出会わなければ…」

「いいや、あいつらはミャンメイを狙っていた。あの子に不思議な力があることをどこかで知ったんだ。俺からすれば、たったあれだけのことでどうして躍起になるのかは不思議だが、間違いなくミャンメイは狙われていた」


 ミャンメイは、ただガラの悪い連中に絡まれただけだと思っている。

 そう思っていたほうがいいだろう。もし自分が原因でこうなったと知ったら、さらに重いものを背負わせることになる。

 だが、悪いのは狙うほうであって狙われるほうではない。ミャンメイには何の罪もないのだ。


「俺が死んだままだったら、今頃は捕まっていただろう。どんな目に遭っていたかわからないんだ。先生には感謝している。…俺たちは運命共同体だ。そこを忘れないようにしてくれ」

「…そうじゃったな」

「上では思った以上の変化が起こっているようだ。勢力図も変わる可能性がある。そうなれば、またやつらも動き出すだろう。俺の命が残りわずかならば早めに勝負を決めなくてはならない。俺がやらないと…俺が…」

「焦るな、レイオン。やつらはもう何百年もこの都市を支配している者たちよ。焦ったら負ける。いや、そもそも勝ち目などないのかもしれんがな…」

「それでも…やるしかない。俺の代わりはいても先生の代わりはいない。十分に注意してくれ。やつらが狙うとすれば、まずは先生だからな。秘密を知った人間を生かしてはおかないだろう。すでに監視されていると思ったほうがいい」

「心得ておるよ」

「それじゃ、少し…眠る」


 レイオンの目が閉じると、すぐに寝息が聴こえてきた。

 この状態で会話できること自体が、すごい精神力である。それだけ彼も期するものがあるのだろう。



 老人は一人、部屋の中を見回す。

 薄暗く、何もない場所だ。今までの生活とはまったく違う別世界だ。


「地下に来て三年を超えたか。人生とは、まったくわからぬものよな…」


 逃げるように地下にやってきて、はや三年。

 それまでの自分は何も知らなかったのだと思い知る。

 かつては誇りに感じていた【医師連合のトップ】という肩書きなど、何の価値もなかったのだと何度も思い知った。

 この三年は、それを噛み締めるための時間だったのかもしれない。

 そして、絶望を感じ続けるための三年だったのかもしれない。

 敵は、あまりに強大だ。


「傀儡士《くぐつし》…やつの正体を掴むまで、あとわずか。そのためにここを調べてきたのだ。だが、足りぬ。おそらくこのままでは……」


 老人は、力なくうな垂れた。




409話 「外へ」


(…思ったより複雑な事情がありそうだな)


 アンシュラオンが扉の前で思案する。

 この扉とは、レイオンが入った部屋のものだ。

 つまりは目と鼻の先にレイオンと医者がいる。


(この程度の追跡にも気付かないとはな。中で手術のようなことをやっていたようだし、身体が弱っているのは間違いないか)


 実はあの後、アンシュラオンはレイオンを尾行していた。

 先に行かせて油断させておき、それからしれっと後ろをついていったのだ。

 さすがにサナは尾行の技術が未熟なので、ミャンメイたちのグループに通じる前の扉で別れた。

 彼女自身も強くなっているし、命気も再度補充したので問題はないだろう。念のためにモグマウスも付けたので安心である。


 そして目論見通り、この部屋まで案内させたのだ。


 背後に注意は払っていたようだが、弱ったレイオンはまったく気付かなかったようだ。あの体調ならば仕方がない。

 もともと隠密の値が高いアンシュラオンであるから、万全であっても気づいたかは怪しいものであるが。


(この扉は他のものとはタイプが多少違うな。遠隔認証式ではないようだ。造りとしては普通の割符結界と同じかな?)


 この地下遺跡の扉を開くための腕輪には、一つだけ可動条件がある。


 それは、装着した人間が生きていること、である。


 術式も万能ではない。どこかでエネルギーが必要だ。

 この装置は生体磁気を動力源にしているので、生きている人間でないと効力を発揮しないのだ。

 よく映画でもネタにされるが、人間そのものを電池として使っていると思っていいだろう。

 しかし、レイオンの身体は極めて死人に近い。生きているのが不思議なくらい、活動している肉体機能は限定的だ。

 キノコが活性化している間はいいが、弱ってくると扉が開けにくくなる。

 電池が切れかかったリモコンのように、使えなくはないが反応が鈍くなる。何度も振ってようやく反応する感じだろうか。

 奥に続く扉は自力で開けたが、入り口の扉でもたつくわけにはいかない。門番のピアスも不審に思うだろう。

 だからあの時はピアスに扉を開けさせたのだ。あれならば不自然ではない。


 レイオンは力によってラングラスエリアをまとめている。

 こうしたタイプのリーダーの場合、力の翳《かげ》りを見せるといらぬ不安を煽り、統制力が弱くなって治安が乱れることになる。

 それゆえに彼は必死に取り繕っていたのだ。今にも死にそう…いや、すでに死んでいながらも。

 こうした事情もあり、医者の老人(名をバイラルという)は、はめ込み型の割符結界があるこの部屋を根城にしていた。

 レイオンがここを訪れる際は、大半が交換の時期で弱っているからだ。


(ここも少し壊れているな。だからこそ『糸』が通ったんだが…ノイズが酷い。やはりこの遺跡の壁自体に戦気を封じる力があるようだ)


 アンシュラオンの手の指からは細い『戦糸』が伸びており、扉の中に続いていた。

 レイオンが入る時に一緒に入り込ませたものだ。

 普通ならば完全に閉まってしまうと戦糸も切れるのだが、老朽化が影響なのかはわからないが、扉にはほんのわずかな隙間があり、糸は完全には切れなかった。

 それを媒介にして糸電話の要領で音声を振動として受け取っていた。

 それによって内部の会話も多少ながら聴くことができたのだが、断裂が酷くて細部が聴き取れない。

 せいぜいレイオンが手術をしていることや、二人が地上時代からの付き合いであること、ミャンメイが意図的に狙われていたことなどしかわからなかった。

 とはいえ、貴重な情報を得たことも事実である。


(レイオンは明日までに体調が戻るのならば問題はない。サナの鍛練には使えるだろう。…あとは医者か。医療技術を狙われてやってきた、という線もあるが…何か訳ありなのは間違いないな。まあ、これ以上は踏み込むこともない。明日の試合で勝てばミャンメイの所有権はもらえるからな。今のレイオンの体調面を考えれば、本当に勝ってしまうかもしれないな)


 互いが万全の状態ならば、まず間違いなくレイオンが勝つだろう。

 サナが刀を使ってもいいのならば多少勝ち目は出てくるが、無手同士では明らかに劣勢だ。

 そもそもが剣士と戦士なので肉体性能の相性は悪い。圧倒的に不利だ。

 が、最悪のコンディションのレイオンとならば、万一にも勝ってしまうかもしれない。そうすればミャンメイは労せず手に入る。

 いろいろと事情があるのだろうが、それはシャイナと同じく手元に置いてから考えればいいことだ。




 情報を入手して満足したアンシュラオンが、グループに戻ろうとしていた時である。


「うう…」

「そういえば、お前もいたな」


 帰り道にボコボコにされたシャイナの父親を発見した。

 レイオンを尾行していたので、彼がリンチされたことも知っている。

 グリモフスキーに金貨の盗みがバレた時もボコられたし、さらに今日になってからも暴行を受けたようだ。新しい傷がいくつも見受けられる。

 特に理由はないが、試しにアンシュラオンも踏んでみた。

 ぎゅうっ

 丸まっていたカスオに足を乗せて、遠慮なく体重をかける。


「ぎゃぅ…うう…!」

「不思議だな。まったく心が痛まない。さすがだ」


 ここまでボロボロの人間を見れば、多少の憐憫が湧くかと思ったが、そういうことはまったくなかった。

 この男に対しては何があっても心が動かないようだ。逆の意味でたいしたものである。


「おい、生きているか? 生きているな? 生きていればいい。じゃあ、またな」

「あおお…おおっ…ま、待って……お待ちを…」

「なんだよ、キング・オブ・クズ。気安く話しかけるな。クズが移るだろう。げしっ」


 ボキンッ


「ぎゃーー! 指がー」

「もともと折れているんだ。これ以上折れても気にするな」


 なにやら足に手を伸ばしてきたので、蹴ってやった。実に穢らわしい。

 すでに折れていた指がさらに折れるという災難が訪れるが、それに対しても情は湧かない。

 だが、カスオはまだ食い下がる。


「た、助けて…たすけてくださいぃいい」

「どうしてオレがお前を助ける必要がある? 自業自得だろう」

「お、おねがい…します。このままじゃ…げふっ……しぬ…しんで……」

「そのほうが人類のためになるとは思うがな。ぎゅうっ」

「ぎゃああああ! 腕がーー!」

「そうやって叫べるうちは元気な証拠だよ。本当に死にそうなら声も出ないしな」

「おねがい…します…おねがい…しますぅぅ! なんでも…しますから……」

「女に言われるならば最高の台詞だが、クズに言われると気持ち悪いだけだな。まあ、たしかにこのままだと死ぬ可能性も否定はできないか」


 こうした閉鎖空間では一度目を付けられると、不満の捌け口として延々と利用され続けるものだ。

 裏切りが露見した以上、シャイナの父親に平穏は二度とやってこないだろう。

 そうなれば、レイオンがいくら注意喚起をしても事故で死んでしまう可能性もある。

 彼はあくまで他のグループの者たちと関わるなと命じているだけであり、奥の連中同士で争いあっても何も言わないのだ。


「こんな臭い場所にまでやってきたんだ。死なれたら意味がない。いいだろう。拾ってやる」

「…あ、ありがとう…ありがとう…ございますぅ…」

「何でもやると言ったな? 二言はないか?」

「…はい! はい! 何でもしますぅう!」

「そうか。わかった。…だが、忘れるなよ。変な気を起こしたら、お前が想像する以上の苦しみが訪れることになる。それは肝に銘じておけ」

「はい! はいぃいい! わかりました…!」

「本当だな? 忠告はしたぞ」

「はい、はいはい!!」


 「はい」を何度も言う段階でちゃんと聞いていない証拠なのだが、それはそれでいいだろう。

 こうしてシャイナの父親であるカスオを保護することになった。





 彼を連れて一度グループに戻ると、マザーが出迎えてくれた。

 彼女も突然現れた不審な男に視線を向ける。


「あら? そちらは?」

「クズっていうんだ」

「クズ? クズって名前かしら?」

「カスオだったっけ? まあ、クズでもカスでもどっちでもいいや。ぜひとも労働力になりたいって言うから、奴隷のように使役してやってよ」

「そうなの。わかったわ」


 マザーもマザーで、このあたりはさすがである。

 こんな不審で汚い男がいきなりやってきても平然と受け入れる。信仰の力は偉大だ。

 あるいは単に天然なのだろうか、という疑惑も多少浮かぶが、余計な説明の手間がなくて楽ではある。


「ほら、カス。挨拶しろ」

「へ、へへ…カスオと申します。しばらくお世話になります…」


 ひょこひょこと足を引きずりながら、カスオが挨拶をする。

 悪さができないように治す箇所は最低限にしてある。足の骨も半分ヒビが入ったままなので歩くこともやっとだろう。

 が、当然ながら信用したわけではない。


「へへ…へへへ」

「おい」

「ひぐっ! な、なんでしょう…いたたた! み、耳がちぎれるぅうう!」

「マザーたちに何かしようとしたら耳だけじゃ済まないぞ。わかっているな?」

「いたたたた! 切れる切れる! 切れますぅうう! わかっておりますぅうう!」


(信用はできないが…この男にはまだ地下でやってもらうことがある。それまではここに置いておくか)


 実はカスオを見た時から、あるアイデアが浮かんでいた。

 それを実現するまでは、いましばらくこの気持ち悪い男と一緒にいる必要がある。



「妹は?」

「台所にいるわ」

「ありがとう」


 そうしてカスオを投げ捨てたあと、サナを捜す。

 やはりというべきか、彼女はミャンメイと一緒にいた。

 どうやら食事の準備中のようで、台所で食材の仕込みの手伝いをしているようだ。すでに手慣れた手付きで芋の皮を剥いていた。

 まるで姉妹のようにミャンメイに寄り添い、べったりと引っ付いている光景は、なんとも素晴らしい眺めである。


(これこそが姉妹って感じだよな。いいなぁ…見ているだけで気分が良くなる)


 他のスレイブの女性にはない柔らかさが、ミャンメイにはある。

 サナもそれに惹かれているのか、甘えているようにさえ見えた。

 若干の嫉妬も感じたが、サナはこちらに気付くと、トトトと走り寄ってきてくれた。

 どうやらミャンメイよりも自分のほうが上らしい。嬉しい。感動だ。やっぱりサナは可愛い。


 そんな熱い気持ちを胸にしまい、彼女に用件を伝える。


「黒姫、オレは一度外に出てくるが…お前はどうする?」

「…ぎゅっ」


 サナは拳を握り締める。彼女なりの意思表示の仕方だ。


「そうか。ミャンメイを守るか」

「…こくり」

「わかった。その意思を尊重しよう。カスオ…シャイナの父親をここに連れてきたから、あいつが馬鹿なことをしないように見張ってくれ。ミャンメイやマザーたちをお前が守るんだぞ。頼むぞ」

「…こくり!」


 一段と強く頷き、ぎゅっと刀を握る。

 蛇双等、他にも武器は持っているが、こうして常時握り締めていることは珍しい。

 よほど日本刀が気に入ったのだろう。そうしていると安心するのかもしれない。


(力を得ると使いたくなるものだ。サナも自分を役立たせようとがんばっている。ならば、その気持ちを受け入れてやらないとな。なんでもかんでもオレが面倒を見ていては成長はしないだろう。…が、現状だと逆に相手を殺すかもしれないほうが問題か。…まあ、それもいいか。最優先はサナの安全だし)


 何か役割を与えてあげると子供は嬉しくて一生懸命がんばるものだ。

 サナもミャンメイを守るという使命感を感じているのだろう。これもまた良い経験になるはずだ。



「ああ、そうだ。ミャンメイ、明日の話は聞いた? この子に紙を持たせたと思ったけど…見たかな?」

「あっ、はい。兄さんとサナちゃんが試合をするって…。あの…その…」

「レイオンが心配かな?」

「…はい。兄さん、最近は調子が悪そうですし…無理をしているようで。日に日に顔が険しくなっていました。でも、何も言ってくれなくて」

「しょうがない。それが男ってもんだからね。兄ならば、なおさらさ。でも、それを負担に思うことはないんだ。なぜならば、それが生きる力になることもある。目的になることがある。オレがこの子を愛するように、人生に華を添えることになるんだ」


 アンシュラオンもサナがいなければ、たいした生き甲斐を見い出せなかっただろう。

 愛する妹がいるからこそ、今という一瞬に輝きが生まれるのだ。明日を生きたいと思うようになる。

 レイオンだって同じ気持ちだろう。そうでなければ、あのような手術をしてまで生きたいとは願わないはずだ。


「あいつが何を怖れているのかはまだわからないけど、心配はいらない。武人って生き物は、そんなにやわじゃないんだ。それを明日、教えてあげるよ」

「…あっ…はい」

「何も心配するな、とは言わない。物事に絶対はないし、予想外のことはいつでも起こるものだ。それでも君が納得できる何かを見せられるとは思う。その意味で心配はいらないってことさ」

「…はい。わかりました。兄をよろしくお願いいたします」

「兄や姉ってやつは、なかなか思う通りにならないものだからね。苦労は察するよ…いや、ほんと」


 そう言ってアンシュラオンは笑う。姉に苦労した実感がこもった、ひどく疲れた笑みだ。

 しかしミャンメイには、それが違うものに映ったようだ。


(身体は小さいのに、兄さんよりも小柄なのに…とても大きく感じる。…不思議な人)


 最初はアンシュラオンの魅力に思考が停止するような痺れを覚えた。

 それもまた魅力だろうが、スキルによる魔性の力に近いものがある。

 しかし今感じるものは、大きくて温かくて安心するものだ。

 まるで温かい湯に身体を浸してリラックスしているように、不安や恐怖から解放されて自由になった気持ちになる。

 それはアンシュラオンという人間の奥底、霊から発せられる巨大な力が源泉なのだろう。

 彼に任せておけば大丈夫。確証はないが、そんな確信を得た感覚であった。


「それじゃ、外に行ってくるね。ちょっと所用もあるし」

「外って…他のエリアですか?」

「地上だよ。正しく言えば、城壁内かな?」

「え? あの…簡単に出られるんですか?」

「出ることはそんなに難しくないよ。オレは顔パスだし」

「は、はぁ…?」


 長年地下にいるミャンメイには、まるで実感が湧かない言葉だ。

 思わずぽかーんとしてしまう。


「じゃあ、またね」

「は、はい。あっ、夕食はどういたしましょう?」

「君のを食べたいけど、今日は外で食べてくるよ」

「はい。わかりました。いってらっしゃいませ」


 その様子はメイドというより、やはり若奥様を彷彿させる。

 結婚にも憧れていた自分にはなかなか新鮮である。


(いいね、ちょっとゾクっとする。手に入れたら、ぜひとも裸エプロンで楽しもうじゃないか)


 卑猥な妄想をしながらアンシュラオンは意気揚々と外に出るのであった。




410話 「第三次(大惨事)おっぱいの妖精 前編」


 アンシュラオンは最初に地下にやってきた道を反対に辿り、そのまま収監砦の地上部に戻る。

 地下に続く門の衛士も、特に何も言わずに通してくれた。

 仮に通してくれなくても門を破壊するだけなので、このあたりはまったく問題はない。

 世間一般では簡単に出入りできないといわれる地下も、このように自分に限っては顔パスである。

 むしろ領主城よりも遙かに入りやすいし歓迎もされるという、非常に居心地の良い場所でもあった。




 アンシュラオンは収監砦の一階から普通に外に出て、そのまま第二城壁にまで走る。

 すでに外は暗くなっていた。時間的には夜七時過ぎといったところだろうか。

 この時間となると誰とも遭遇することはない。せいぜい見回りの衛士くらいだろうが、彼らもさしてやる気もないので捕捉される可能性は皆無であろう。

 サナもいないし、自由気ままに外の散歩を楽しむ。


(外の空気はいいなー。マザーたちも早く外に出してやりたいもんだよ。五年も地下で暮らすのは、さすがに厳しいよな)


 身体が丈夫な自分ならばまったく問題はないものの、女性や病弱な人間に地下は厳しい環境だろう。

 一般人はこうして気軽に外に出られない以上、やはり収監砦は牢獄なのだと思い知る。

 そんなことを考えていたら、ふと焼け焦げた森林が目に付いた。


(すっかり忘れていたが、ここに入るときにサナがいろいろやっていたな。その痕跡か)


 サナの潜入訓練のために犠牲になった馬車や積荷、森林を今になって思い出す。

 炎はかなり延焼したようで、馬車どころか森がかなり焼けてしまっていた。緑が少ないグラス・ギースでは相当な損害だろう。

 自分にとっては「そんなこともあったな」という程度の認識なのだが、これが他の人間の人生を大きく狂わせていることを、もうすぐ知ることになる。




 アンシュラオンは城壁を駆け上り、一般街へと出る。

 そのままハローワークの近くを真っ直ぐ通り、第一城壁に行こうとした時である。


「君たちは馬車の管理も満足にできんのか!!」

「すみません!」

「どうして馬車が五台も燃えるんだ!! おかしいだろう!」

「申し訳ありません!!」


(ん? 何か怒られている連中がいるぞ。ははは、こんな道端で怒られるなんて笑えるな。大人になってから怒られるって珍しいし、見世物としては最高だよな)


 自分が怒られると最悪だが、他人が怒られている姿を見るのは楽しいものだ。

 特に大人になってから怒られるというのも稀なので、そういう場面に出くわすとついつい観察したくなる。

 特に急いでいるわけでもないので、建物の屋根の上に潜んで様子をうかがってみた。


 怒っているのは恰幅のいい成人男性で、怒られているのは五人組の男たちである。

 恰幅のいい男は商人風の服を着ていて、金を持っていそうな雰囲気が漂っている。

 一方の五人組は、安物ではないが着ている物は平凡だ。少し冒険者風の恰好にも見えるだろうか。

 どうやら商人風の男が雇い主であり、仕事の不始末について男たちに激怒しているらしい。

 その怒りっぷりは、なかなかのものだ。


「延焼で大事な森林も燃えてしまった。積荷も全部おしゃかだ。おかげで私の信用も台無しだよ! どれだけ苦労してここまでやってきたか、わかるかね? 君たちにわかるのかね!!」

「大変申し訳なく…残念でなりません」

「そういう態度が他人事に聴こえるのだ!! こんな不始末をしでかしておいて、君たちに仕事へのプライドはないのか!」

「プライドは…あります!」

「あるのならば、どうしてこうなったのだ!」

「それは…その…不測の事態と申しますか…、ちょっと目を離した隙になぜかこんなことに…」

「何分くらい目を離したのかね?」

「昼飯に出た時間なので…一時間弱だったのではないかと…」

「一時間!! 君たちは一時間も大切な馬車から目を離したのかね!!」

「い、いえ!! 五十分…いえ、四十分だったかもしれません!!」

「そんなことはどうだっていい!! そもそも弁当を持参しない段階で危機管理が乏しかったとしか言いようがない! そうじゃないのかね!?」

「それは…はい。その通りです…」

「ああ、なんてことだ。たった弁当数個でこの被害だ。とんだ大損だよ」

「すみません!」

「謝って済む問題かね! どうしてくれるんだ! 五人もいて、交代で見張りをするという考えも浮かばないのか!!」

「申し訳ありません!! しかし、あそこは滅多に人も来ず、比較的安全な場所で…」

「安全なら、どうしてこうなったのだ!! その認識自体がおかしいのではないのかね!!」

「そ、それは…! はい! すみません!!」


(堂々巡りだな。ああいう、くどくどしたやつっているよな。ははは、見ている分には楽しいけどさ)


 結局のところ不満をぶちまけたいだけなので、何をどう弁解しても文句を言われるのだ。

 電車が遅れて遅刻したと言い訳をすれば、なぜバスを使わなかったのかと罵られ、それも駄目だと伝えると、なぜ前日に近くのホテルに泊まらなかったのかと怒られる。

 まったくもって理不尽である。怒りが収まるまで何も受け付けないのだ。

 と、こうしてアンシュラオンは笑っているが、この出来事のすべてはこの男から始まっているのだ。

 それはこの次の会話で明かされる。


「まったく、ブルーハンターだから信頼できると思ったら、とんだ詐欺だったな。どうせそのランクも金で買ったかコネで手に入れたのだろう」

「っ! …お言葉ですが、私たちはハンターとして日々精進してまいりました。けっして実力で劣っているとは思っておりません。ましてや買ったなどと…そこまで落ちぶれてはおりません」

「ほほぉ、馬車の管理もできない人間が一丁前に反論するものだ。では訊くが、どうしてブルーハンターがこんな仕事を請け負っているのかね? ハンターならば外で魔獣でも狩ればいいのではないか?」

「そ、それは…!! それには深い事情がありまして…」

「事情とは何かね?」

「とても…信じてもらえるとは……」

「いいから話してみなさい。そうしないと収まりがつかないだろう」

「…わかりました。ですが、信じてください。これから話すことはけっして嘘ではないのです」

「わかった、わかった。早く話してくれ」

「ではお話しいたしますが…荒野には【妖精】がいるのです」

「…ん? 妖精?」

「はい。その妖精の存在こそが、外に出ない…いや、出られない大きな原因なのです」

「ふむ、妖精か。…噂には聞いたことがある。私の叔父がそっちの方面に明るくてね。妖精が自然界で大きな役割を果たしているということは知っている。しかし、妖精に出会うとは幸運だ。この荒れ果てた大地では、なかなか妖精と出会うのは難しいと聞くからね。で、どんな妖精だね?」

「…は?」

「だから、どんな妖精と出会ったのかね? 火かね? 水かね? もしかしたら木や花の妖精ということも考えられるが…いやぁ、うらやましいね」

「そ、それは…はい。その…花的なものといいますか…」

「花的な? 花かね?」

「ああ、いえ…花ではないのですが…それに近いと申しますか…雰囲気的に似ていると申しますか…」

「濁した言い方だね。もっとはっきり言ってくれ」

「…はぁ…信じてもらえるか……」

「そんなにすごい妖精と出会ったのかね! これはいい! 叔父に土産話ができる! ぜひ聞かせてくれ!!」

「あっ、いえ! そんなたいそうなものでは…」

「いやいや、もし新しい妖精が発見されたなら、これは相当なものだよ。話だけでも金になるかもしれない! ぜひとも教えてくれ! 珍しいものだったら、今回の損害はチャラにしようじゃないか!」

「ほ、本当ですか! ありがとうございます! 珍しさに関しては自信があります!」

「ほほぉ、いいね。楽しみだ。それで、どんな妖精かね?」


 怒られていた男は、損害がチャラになると知って喜んでいる。

 だからだろうか。ついついうっかりと【本当のこと】を言ってしまった。




「はい! 実は―――『おっぱいの妖精』です!!」




「おお、それはすご……おっぱい?」

「おっぱいです!!」

「………」

「おっぱいです!!」

「…いや、聴こえている。二度言わなくてもいいよ。…で、おっぱいとは…何だね?」

「それは当然、『あのおっぱい』です!」

「あのおっぱいとは…女性の胸のことかね?」


 怒っていた男が、ちらりと通行人の女性の胸に視線を向ける。

 多少の性欲が残っている男性ならば、ついつい見てしまうという魔性の存在だ。

 けっして責めてはいけない。なぜならばそこは楽園の入り口、愛の国ガンダーラに続く道なのだから。

 ちなみにアンシュラオンが地球時代、同僚がガンダーラという「おっパブ」に通っていたので、ついつい思い出したにすぎない。

 特に意味はないので、あしからず。


「はい! あのおっぱいです! そんな妖精と出会えるなんてすごいでしょう!!」

「………」

「おっぱいですよ! あのおっぱいです! あれに妖精がいたんです!! 大発見です!!」

「………」


 ざわざわ

 一般街なので人通りもそこそこあり、遅めの夕食に出かける親子もいる時間帯だ。

 そんなさなか、多少離れているとはいえ道端で「おっぱい」を連呼する男がいる。

 周囲の視線が冷たい。子供を連れた母親が、男児の耳を塞ぐシーンも見受けられる。完全に危ない人と思われたらしい。


 が、商人の男の視線は―――もっと冷たい。


「私はね…ここまで真面目に生きてきた。そりゃおっぱいに埋もれたいと思ったこともあったよ。男の夢だからね。しかし、そんな願望を我慢してまで努力してきた」

「そうですか。それはがんばりましたね。だから今の成功があるのですね!」

「…だが、ここでそんな言葉を聞くことになるとは、なんという運命だろうか。君もそう思わないかね?」

「ええ、実に運命的です」

「君は本当に…おっぱいの妖精と出会ったのかね? そう断言できるのか? ブルーハンターの誇りにかけて言えるのか?」

「はい! 間違いなくおっぱいの妖精です!! 私とて長年ハンターとして生きてきたのです。自信があります!」

「…訂正はないかね? 今ならば間に合うかもしれない」

「いえいえ、訂正なんてありません! おっぱいの妖精でした!」

「そうか。…こんな……こんな……」



 そして、ついに堪忍袋の緒が切れる。





「こんな冒涜は初めてだ!!!」





「ええええええええ!?」

「ふざけるな!! なにがおっぱいだ!! そんなに私を馬鹿にしたいのかね!!」

「ちちちっ! ちがっ…!」

「なにぃいい! 乳がだとおおおおおお! どこまで馬鹿にするんだ!」

「いえいえいえいえ! ちちっ! ちが、ちがっ…違うんです!!」

「何が違うのかね!! 君は職務怠慢で私に損害を与えたうえ、さらにたばかろうとまでした!! こんな嘘で!! おっぱいの妖精などという戯言で!! これは許しがたい冒涜だ! 商人にとって嘘がどれだけ罪深いかわかっているのかね!!」

「う、嘘じゃないんです! 本当に荒野には妖精がいるんです!!」

「妖精はいるだろう。が、おっぱいの妖精などはいない!!!」

「わかります、その気持ち。自分たちだって信じられませんでした。あれは夢じゃないかと思いました。ですが、本当にいたんです! 女性のおっぱいを揉みながら儀式を行っている妖精が!!」

「…どんな顔をしていたのかね?」

「へ?」

「見たというのならば、顔も見たのだろう? どんな顔だね。言ってみたまえ!」

「か、顔は…その……おっぱいを揉んでいたので…見えなくて……」

「それで見えなかったと?」

「はい。だって、おっぱいの妖精ですからね」

「くううううううっ! うううううう! おっぱいおっぱいおっぱいと!! 君はなんて破廉恥で不真面目な男だ!! もう許せん!! 金輪際、君たちに仕事は頼まん! いいや、それだけでは済まさんぞ! ハローワークに苦情を出して、他の者が誤って君たちに依頼を出さないように働きかけるからな!!」

「ええええええええええええええ!? そ、それでは自分たちの働き口がなくなります!」

「当然だ!! おっぱいとでも戯れていればよかろう!!! そんなにおっぱいが好きなのならばな!! ふんっ! 二度と顔を見せるな!!」


 激怒した商人は、怒り心頭といった様相で歩いていってしまった。

 その間も「なにがおっぱいだ!」を連呼していたので、彼もまた親子連れから避けられていたのが哀しい。


 そして、残された男たちは呆然とうな垂れる。


「…破滅だ。ここまで信用を失ったら…もう仕事なんてない……。全部おっぱいのせいだ…! おっぱいの妖精に出会ったせいだ…。あれがトラウマになって外の仕事を請け負えなくて…こんなしょぼい仕事にまで手を出したってのに…」

「シーバン、これからどうすんだよ。…俺ら、もうハンターとして生きていけないのか? こんなことで終わっちまうのか? なぁ!! 俺はおっぱいで終わるために生きてきたわけじゃねえぞ!!」

「そんなこと…わからねぇよ……うおおお!! おっぱいの馬鹿野郎ぉおおおお!」


 男は叫ぶ。公衆の面前で叫び続ける。

 よほど悔しかったのだろう。すべておっぱいが悪いのだと嘆く。


 その嘆きが―――アンシュラオンの記憶を刺激した。


(どこかで聞いたフレーズだと思ったら、あれか! そうそう、会ったよ。会った! サナとサリータの特訓中に荒野で出会ったよ! あれがシーバンか。あの時は顔を見なかったからな。わからなかったよ)


 あの時、アンシュラオンはサリータの胸を揉んでいたので、シーバンの顔は見ていない。

 男の声なども記憶しない主義なので、こうして再び出会っても誰かすらもわからなかった。

 もし「ブルーハンター」や「おっぱいの妖精」等の単語が出なかったら、そのままスルーしていただろう。

 ここで出会うとは、なんとも奇妙な縁である。


(しかし、ブルーハンターがあんな仕事をするなんて随分と落ちぶれたな。まあ、長い人生ではそういうこともある。がんばってほしいものだ)


 すべての元凶であるアンシュラオンは、そっとその場を離れるのであった。




411話 「第三次(大惨事)おっぱいの妖精 中編」


 シーバンたちの災難を見届けたアンシュラオンは、第一城壁に到着。

 ここもさっさと駆け上り、あっという間に通り過ぎる。


(いつも思うけど、この城壁って大丈夫なのかな? まったく壁の意味がないぞ。結界もボロボロだしな…)


 すでに何度も述べているが、城壁の上には防護結界が張られており、通常ならば誰も通れないようになっている。

 上部が半球体のドーム状に都市を覆っているので、鳥一匹入れないように設計されているのだ。

 しかも第一、第二城壁と二重の結界によって厳重にガードしている。

 プライリーラが言っていた四大悪獣の一体であるラメナン・ギース〈雪海悪獣の豹蜻蛉《ヒョウトンボ》〉は空を飛ぶので、対空防御も非常に重要となるわけだ。

 それ以外にも翼を持つ強い魔獣は多く、ただでさえ空を飛べない人間には非常に危険な存在となっている。

 三百年前は出来たばかりなので、しっかりと結界は機能していたはずだ。だからこそグラス・ギースはここまで生き延びているのである。

 ただ、今となってはスカスカで穴だらけだ。これでは意味がないに等しい。

 さらにアンシュラオンが通るたびに新しい穴が増えていくので、ますます都市の防衛力は低下していくのであった。




 第一城壁を降り、ホテル街に到着。

 当然ここに来た目的は、ホテル・グラスハイランド〈都市で一番高い場所〉の様子を見るためだ。

 アンシュラオンはホテルの入り口からは入らず、裏手の壁をすいすいとよじ登り、あっという間に屋上までたどり着く。

 屋上には自分が借り切っているプールやバーがある。


 そこに―――ホロロがいた。


 意図的に音を出して近づくと、彼女もこちらに気付く。



「やあ、待たせたね」

「時間通りです。さすがでございます」


 ホロロは自分の姿を確認すると、とたんに表情をほころばせる。

 セノアたちからすればいつもクールに見える彼女だが、心から信頼する相手を前にすれば、こうした甘い顔を見せてくれるのだ。

 これも主人だけの特権である。


「昨日は来れなくてごめんね。無駄に時間を使わせちゃったね」


 特に記述はしていないが、収監砦に入ってからもホロロとは定期的に会っている。

 収監砦の地上部にいた頃からも、あんなに自由に出入りしていたのだ。来ない理由はない。

 一応は監視されていることを踏まえて、夜になった今頃の時間に会うことにしていた。

 ただ、昨日はサナの初試合もあったし、彼女の勝利は自分もとても嬉しかったので、できるだけ傍にいたかったのだ。

 ホロロには「十数分待って来なければ戻っていい」とも伝えてあるので、「今日はいいか」と思っていたわけだが―――


「その時間も私にとっては尊いものです。昨日は二時間以上もここにおりましたが、一度も飽いたことはありません。その間はずっと心がときめいておりました」


 【真性のスレイブ】を侮ってはいけない。

 ホロロはギアス無しで心からの敬愛と忠誠を誓っている女性だ。

 すべてはアンシュラオンのためにある。身も心も、自分の服や持ち物も、果ては世界や空間、時間さえもアンシュラオンのものなのだ。

 そういう意味で、この【伝記上】もっともスレイブらしい存在は、間違いなく彼女であると断言できる。

 その彼女にしてみれば、主人を待つ時間も尊いものである。


「ああ、でも、実際に会えると…こんなに心が弾むのですね。本当に心よりお待ちしておりました」

「そう言ってくれると嬉しいな。褒めてあげよう。なでなで。君の全部はオレのものだよ」

「はぁ…はい。私はあなた様のものです」


 ホロロは身体から力を抜き、アンシュラオンに身をすべて任せる。


 その姿に―――打ち震える。


(か、可愛いなぁ。やっぱりスレイブが一番だ!!! 従順な女性は最高に可愛いぞ!)


 スレイブを集める作業も嫌いではない。今はミャンメイという新しいスレイブ候補を見つけてワクワクしている。

 が、集めたスレイブを愛でることも最高に幸せだ。

 改めて自分がやってきたことが正しいと感じられる。このために生きていると実感できるのだ。


「いやぁ、いいなぁ。最高だな。もみもみもみ」

「はぁはぁっ…! あっ!! ホワイト様…っ!」

「おっ、やたら感度がいいね」

「は、はい…あれからずっと…しておりませんので」

「ああ、そうだった。オナニー禁止してたんだ。ずっと守ってたの? サリータたちも?」

「もちろんです。あなた様の言葉は絶対ですから…はぁはぁ、守らせております」

「そっか。それじゃ溜まるのも仕方ないね」


 お風呂場での一件で何気なく放った一言のことだ。

 自分のお世話欲求を満たすために、彼女たちには『自慰禁止令』を出している。

 プライリーラとの戦いからそのまま収監砦に入ったので、それなりの時間が経っていた。


 その間、ホロロたちは―――していない。


 ホロロは当然、サリータやロゼ姉妹を含めてしていないのだろう。

 ラノアは年齢的に積極的にするとは思えないが、サリータも三日に一度くらいはしていたと言っていたので、大人の女性にとってはかなりつらい時間だったかもしれない。

 その場の気分で言ったことでも健気に守る。まさにスレイブの鑑だ。感動を禁じえない。


(オレの言うことを全部そのまま聞いてくれるなんて、やっぱりスレイブは最高だ。ただ、サナと離れていることもあるし、お風呂場で今から馬鹿騒ぎをする気分でもないな。他の子には申し訳ないけど、しばらくお預けだな)


「でも、ちょっとくらいはいいか。ホロロさんには特別にしてあげよう。ほら、服を脱いで。いや、脱がそう!」

「あっ!」

「うむ、女性の股のラインは何度見ても飽きないな。さわさわ」

「あっ、あふっ!! んんんっ!」


 ホロロのメイド服のスカートをまくり上げて、股の感触を堪能する。

 パンチラにはまったく興味がないが、ここは下着ありのほうが魅力的だ。このラインだけはぐっとくるものがある。

 そこに遠慮なく手を突っ込み、無造作に撫でる。


「ふー、ふーーー! はぁはぁ」

「興奮してる?」

「は、はい! あぁあ! 久しぶりで…あっ!」


 この無造作に触るのがいいのだ。多少乱暴なくらいが女性を刺激することができる。

 こうすることで女性は、これから起こることへの期待感で興奮するわけだ。

 吐息に甘いものが混じり、目もうっとりとしてくる。

 ホロロは特に艶っぽいので、その表情はとても魅力的だ。


 こうして十分に股のラインを堪能したあと、ゆっくりと服を脱がしながら身体全体を触って楽しむ。

 そのたびにホロロが激しく反応するので飽きない。


「せっかくだから、ここでお風呂に入ろう」


 ドババババッ ジュオオオ

 プールに命気を注ぎ、温めて即席の風呂を作る。

 気分を出すためにプールの床には火気で炎を生み出し、よくリゾートホテルにありそうなナイトプールの照明と同じような演出をしてみた。

 夜の闇にじんわりと浮かび上がるプール。これでますます気分も盛り上がるだろう。

 こうした配慮も女性に性的興奮を与える一つの手段なので手を抜かない。

 そのためならば、監視されているかもしれない、などということはまったく気にしないのだ。

 好きなときに好きなことをする。それが一番である。

 それに、もしこちらを監視する視線を感じた瞬間に、水気が一瞬でその者を射抜くだろう。



 こうして命気プールが完成。

 ホロロと一緒に入り、背中にまわってゆっくりと胸を揉む。

 もみもみ もみもみ


「はぁあっ! ああっ…んっ!」

「あー、幸せだなー。風呂に入りながら好きなだけ揉むのは、男のロマンだよ」

「はぁ、はぁ…あーー。んんっ…ご、ご主人様ぁ……し、下も…」

「こらこら、がっついたら駄目だよ。ここはじっくりと楽しむのがいいんだから。我慢我慢」

「は、はぃ」


 ホロロの下腹部は、すでに相当濡れている状態だが、ここはあえて我慢させる。

 おっぱいの妖精たるもの、胸には敬意を払ってじっくりと儀式を行わねばならないのだ!


「もーみもーみ、しゅるりしゅるり、下から横にー、横から下にー」

「ふーー、ふぅんっ」


 乳首だけが感じるポイントではない。回すように全体、特に下から横にかけて慣らしていくことも重要だ。

 ホロロの弱い場所はすでに熟知しているので、そこを少しずつ刺激していく。


「と思わせてからの―――すりすりっ」

「そ、そこはぁっ……ああー!! あぁああああ!」


 と言いつつ、乳首を優しく撫でてあげる。

 ここは実にデリケートな部分である。いきなり強めが好きな女性もいるが、基本はリズミカルに強弱をつけて攻めるべきだ。

 すりすり ぎゅうう

 優しく優しく、じわりじわりと押し込んであげる。


「ふーーふーーー!」


 その刺激だけでホロロは、ビクンビクンと身体を震わせて快感に打ちひしがれる。

 顔は紅潮し、視線も虚ろだ。

 感度もいつも以上である。やはり相当溜まっていたようだ。


「からの―――ぎゅっ」

「ひぅうっっ!!! くっうううっ…ああああ! いくうううううう!」


 上に意識を向けておいて、不意打ちの下腹部への攻撃。


 お豆を優しくつまんであげると―――達する。


「はぁああっ! はっ、はっ!! はっーーー!」

「いい顔をするね。オレも久々だから興奮してきちゃうな!」


 よだれを垂らしながら、だらしない顔をするホロロは、とてもいやらしい。

 この顔は若いメスではできない表情だ。それなりに熟れた女性でないと醸し出せない魅力がある。

 プライリーラやシャイナでは、まだまだ足りない。最低でもホロロくらいでないと駄目だ。

 それに思わず興奮してしまったので、そのまま如意棒を押し当てる。


「っ―――! ふっ、ふっーーー!」


 ちょっと押し当てただけで、ホロロの身体が期待で震える。

 すでに体験しているので、これを入れればどうなるかわかるのだ。今よりも何倍もの快感と幸福感を得られると知っている。

 だが、そんな彼女の腰をぎゅっと抱きしめて、阻止。


「はやく…はやくっ……あーーー! ご主人様ぁああ! はやくっ!」

「こらこら、興奮しちゃ駄目だよ。ここもじっくりいくからね。そうそう、ついでに報告もしてもらおうかな」

「…はー、はーーっ! んんっ…は、はいっ!」

「何か変わったことはあった?」

「しゃ、シャイナが…ホテルに来ました。ホテル内で…保護しています」

「ん? シャイナが? あいつって捕まってるんじゃなかったっけ? マキさんが助けたのかな?」

「い、いえっ…んっ! どうやら…工場から逃げ出したようで……捕まったのは別人のようです…」

「んー?? どうなってんだ? まあ、戻ってきたならいいけど、すっかり忘れていたな」


 工場の一件はモヒカンを通じてホロロにも伝わっており、そこから自分にも情報が来ていたので知っている。

 自分が留守の間は、モヒカンが裏方としていろいろと動いているのだ。

 ホロロにも気があるので、なかなかどうしてがんばってくれているようだ。

 さらにソブカ側からの情報提供もあるため、彼女からもたらされる情報の信憑性はかなり高い。


 で、シャイナの件である。

 父親を捜しに行ったのはいいのだが、肝心のシャイナ自身のことを忘れていた。

 ミエルアイブの言葉を鵜呑みにしたわけではないものの、アンシュラオンもてっきり捕まっているとばかり思っていたものだ。

 よく事情はわからないが、生きていれば問題はない。そのうち当人に訊けばいい。


「それと…はぁはぁ…どうやらラングラス一派が、ホワイト商会を潰そうと動いているようです…」

「ソイドダディーが動いているの?」

「そ、それが…はぁはぁ、ソイドビッグのほうが動いている…という話でして…んんっ! あーーー、入る、入るぅううう!」


 こうして話している間も、少しずつ入れていく。

 本当にじっくりと焦らすように入れながらも、腰はがっしりと掴んでいるので、さらにホロロの下腹部は熟れていく。


(へー、豚君か。予定通りに動いてくれたな。舞台を用意すれば役者は踊る。あいつは生粋の俳優だな)


 これもすべて予定通りである。そのための準備もしてある。

 ただ、次の情報は少し気になるものだった。


「それに伴って…南部から……傭兵がやってくるようです」

「傭兵? どんなやつら?」

「詳細は不明ですが…キブカ商会からの情報ですと、武人専門の殺し屋集団という話です」

「南部から…か」


(南部の情報は、現段階ではほとんどない。それどころかグラス・ギース以外の戦力については無知に等しい。ダビアたちから聞いた情報を考えると、南部のほうが発展している感じだよな。となれば、やってくるやつらも強いかもしれないな)


 南部には道場もあると聞くし、西側の入植地も存在している。

 グラス・ギースは、あくまで辺境の都市にすぎない。その中にもプライリーラやアーブスラットという強い力を持つ者たちがいるのだから、南部ならばなおさらだ。

 仮にもホワイト商会を潰しにやってくるのだ。それなりの相手を用意するだろう。


(こうなるとホテル防衛に『テコ入れ』が必要かもしれないな。誰か手頃なやつはいないか…)


「はーー! も、もう駄目です! はぁーーー! お、奥に…奥にください…! お願い…しますぅうう!」


 ホロロが腰をくねらせて、おねだりをしてきた。

 さすがにもう限界のようだ。

 主人たるもの、ここまで求められたらご褒美をあげねばなるまい!


「ホロロさん、ありがとう。たっぷり気持ちよくなってね」

「あっ、はいる…入る入る入るぅううう!! あはああああーーーーー!!」

「はい、パンパンッ!」

「ひ、ひぃいいいっ! またいくっ!! い、イきますうううううう!!」


 ビクンビクンッ ガクンガクンッ


 こうして主人に尽くしたメイドに、たっぷりと快楽を与えるのであった。

 その後ホロロは、八回以上連続して達して気絶してしまった。

 プライリーラのように長く楽しめるわけではないが、自分の所有物が快楽を味わっている姿は、見ているだけで心地よいものであった。




412話 「第三次(大惨事)おっぱいの妖精 後編」


 ホテルでホロロから情報を得たアンシュラオンは、城壁を歩きながら今後について考えていた。


(オレが収監砦に入ったこともあって、周囲がかなり慌しくなってきたな。ただ、地下がサナの修練に使えるとわかった以上、まだ上に出るわけにはいかない。となれば、もう少しホテルの防衛力を上げておきたいものだな。さすがにサリータだけでは無理だろう。レベルが違う)


 現状、ホテルの防衛はサリータと身代わり人形|(ルアン)という戦力しか置いていない。

 いろいろと迎撃準備はしているが、はっきり言って心もとないのが実情だ。

 相手が殲滅専用の武人を用意しているとなれば、完全に紙装甲と言って差し支えないだろう。あってないようなものだ。

 予定というのは、いつだって狂っていくものである。

 思い通りにいくことのほうが少ないので、ここは保険をいくつかかけておいたほうがいいだろう。


(といっても、その人材がいないから困っているんだよな。実力以前に、今のオレは全派閥と抗争状態にあるといっていい。そんなやつに喜んで味方できる者のほうが少ないだろう。信頼できないと意味がない。あるいは詳しい事情を知らなくても命をかけられるやつがいればいいが…傭兵でもそうはいないよな)


 傭兵も訳もわからずに命をかけるのは難しいだろう。

 ソブカのように完全に外部から連れてくるのならば問題はないが、グラス・ギース内で集めるのは極めて難しい。

 なにせラングラス一派が敵に回った今、全派閥が敵なのだ。

 アンシュラオンに味方するということは、彼らも同じ道を歩むことを意味する。


(ふーむ、サリータたちの実戦テストを兼ねるから、できればオレが関わらないほうがいいんだよな。誰かいないものか……ん? あそこの連中は…さっきのやつらか)


 暗闇に紛れながら城壁の縁を歩いていたところ、かなり離れたところ、二キロ半先に見覚えのある顔を見つけた。

 それは奇遇にも、さきほど依頼主に怒られて干されてしまった、ブルーハンターのシーバンたちである。

 かなり離れているが、自分の視力は五キロ先に隠れたものでも見つけられるので、彼らで間違いないだろう。

 シーバンたちは酒場から出ると、また違う酒場に入っていった。

 どうやら「やけ酒」をして居酒屋をハシゴしているようだ。


(あいつら…終わったな。このまま酒に逃げて転落する人生を送るんだろうな。それもまた自分が選ぶ人生だ。仕方ないよな)


 彼らの未来が見える。

 ハンターをやれない以上、このまま酒に溺れ、酒代を稼ぐために細々と仕事をするのだが、それでも金が足りなくなって危ない仕事に手を出すだろう。

 結果、そのまま転落だ。

 彼らに残された道は、他の都市に行って新しい人生を探すか、名前を変えて裏社会で生きて汚れ仕事をするか、自堕落に無為なる人生を過ごすかである。

 どちらにせよ明るい未来はない。

 もともと仕事の少ない都市だ。がんばっても何もしなくても、最後は緩慢な腐敗が彼らに襲いかかるだろう。


(まあ、ブルーハンターという肩書きがあれば、それなりに……ん? 待てよ。ブルーハンターか。たしかブルーハンターってのはそこそこ強いよな? 傭兵団の名前は『ライアジンズ』だっけか?)


 ブルーハンターは、アンシュラオンとガンプドルフが来るまでは、この都市で最上位に位置していたランクである。

 その一角であるシーバンが弱いとは思えない。弱かったら困る。


 ならば―――使えるのではないのか?


 ふと、そんな考えが浮かんだ。


(あいつらの人生は、もう終わりだ。あらがうにしても、どうせリスクの高い仕事を請け負うしかない。それならばオレの仕事でもいいわけだ。…発想はいい。あいつらが死んでも問題はないし、捨て駒として使えればいいんだからな。ただ、やつらの実力がやや不安だ。情報公開だけでは測れないものがあるからな。できればもっと詳細な実績を知りたい。ハンターってことはハローワークにならば情報が…って、あの女性はまさか…)


 シーバンたちの実力を知りたいと思いながら周囲を見回すと、ちょうどハローワークから一人の女性が出てくるところを目撃した。

 その人物は、小百合。


(なんというご都合主義と言いたいところだが、今は仕事終わりの時間帯だ。いても不思議ではないな。小百合さんならば、あいつらのことも詳しいだろう。ちょっと訊いてみるか)



 アンシュラオンは素早く移動を開始。

 屋根を伝いながら忍者のように駆け抜け、あっという間にハローワークにまで到着する。

 そして跳躍し、裏手でバイクを出そうとしていた小百合の前に―――



「やっ、小百合さん!」

「ひゃっ!」


 着地!


 膝ですべての衝撃を吸収しつつ、足裏を命気で保護したので音がまったくしなかった。

 音もなく目の前に突然現れる。これは誰でも驚くだろう。

 小百合は数秒硬直していたが、アンシュラオンだとわかると、ほっと胸を撫で下ろす。


「あ、アンシュラオン様でしたか! び、びっくりしました!!」

「ごめんごめん。久しぶりだね。元気だった?」

「もー、全然来てくれないんですから、小百合寂しかったーー! 最低でも二日に一回は来てください!」

「いやー、いろいろと忙しくて…ごめんね。ところで、今から暇?」

「暇です! 超絶に暇です!! こんな都市に未来なんてありません! 約束なんてあろうはずがありません! 課長のバカヤローーーー!」

「不満が溜まってそうだね…」

「はい! 溜まっております! 早く寿退社したいです! よろしくお願いいたします!」

「う、うん。がんばるよ」


(OLの不満エネルギーってすごいな。世の女性たちは大変だ)


 女性が外で働くのは、男が思っているより遙かに大変だ。

 日本でも男尊女卑がまだ蔓延《はびこ》っているのに、グラス・ギースならばなおさらしんどいだろう。

 シャイナやニャンプルを見てもわかるように、基本的には裏側の仕事しかない。

 小百合のような勝ち組でも、女性であるだけでいろいろと差別もあるはずだ。言葉でのセクハラも多いと聞く。

 日々営業スマイルを振り撒く彼女は、それが天職だとわかっていてもストレスが溜まるのだろう。

 毎日お疲れ様としか言いようがないが、ここで会ったのも縁である。


(小百合さんもガス抜きが必要だよな。ホロロさんにもしてあげたんだから、彼女にもしてあげないと不公平だ。なにせオレの妻の一人だからね。ぜひ労わってあげよう)


「オレに協力してくれたら、いいことをしてあげるよ」

「いいこと!? それは絶対にハッピーなことだと小百合センサーが反応しています!! しますします!! どうぞ私を好きに使ってください!!」


 どうやら小百合には、幸せを計測する「小百合センサー」なるものが搭載されているようだ。

 それがビンビンに反応しているので、すぐに食いついてくれた。

 相変わらず話の早い女性である。


「それじゃ、遠慮なく教えてもらおうかな。『ライアジンズ』って傭兵団は知ってる? シーバンというブルーハンターが在籍しているところなんだけど…」

「はい。知っております」

「即答したってことは、けっこう有名なの?」

「グラス・ギース内ではトップクラスの傭兵団ですね。一人ひとりはそこまでの凄腕ハンターではないですが、パーティーでならば討滅級魔獣を追い払うくらいはできると思います」

「へー、討滅級を倒せるのがブラックハンターだから、それに匹敵するくらいの力は出せるってことか。そう考えると優秀だね」

「はい。ですが、最近はあまりハローワーク内で見かけない気がします。少し前に一度依頼を受けたのですが、それに失敗してからは来ていないですね。噂によるとイップスか何かという話もあるんですけど…詳しいことはわからないです」


 シーバンたちはあの後、一度魔獣狩りの仕事を引き受けているという。

 が、おっぱいの妖精に出会ったトラウマからか、荒野で夜になると幻覚症状が見られるようになり、正直仕事をするどころではなくなっていたそうだ。

 そのせいで依頼に失敗。評価も落ちてしまった。

 その後のことは知っての通りだ。

 ハンターとは思えない安っぽい仕事を引き受けて失敗。大損害を与えて干されることになるのである。

 思えばすべてはアンシュラオンという男によって引き起こされたことだ。出会ったこと自体が災難でしかない。

 しかもアンシュラオンがサリータと出会ったときに、ふっとばされて気絶したせいで、おっぱいの妖精と遭遇することになったのだから、完全にこの男が元凶である。

 そして今、さらに目を付けられることになろうとは、彼らも生粋の不幸体質である。


「実力は問題ないんでしょ? 対人戦はどうなの?」

「そのあたりまではわかりませんが、商隊警護の依頼も受けていたことがありますから、苦手ではないと思います」

「そっか。とりあえず使ってみてマイナスではなさそうだね。それじゃ、さっそく行こうか」

「『いいこと』の時間ですね!! やったーーー!」

「うんうん、たっぷり楽しんでね」





 一時間後。

 酔っ払ったシーバンたちは、ふらふらと第二城壁側の森にまで来ていた。

 もうやることもない。あてもなく歩いていたら、いつの間にかこんな場所にまでやってきてしまったのだ。


「へへ…緑はいいな。安らぐぜ」


 どうやら心が平穏を求めて緑を欲したようだ。

 緑はいい。植物の色は人間が一番落ち着く色をしている。心を穏やかにしてくれる。

 しかし、そんな一瞬の現実逃避も、次の仲間たちの言葉によって打ち消される。


「俺たち…もう無職なんだよな」

「やめろ!!!!」

「信用を失っちまったから仕事も来ないだろうし…これからどうするんだよ」

「言うな! 聞きたくない!!!」

「彼女がさ…おめでたでさ。腹の中に子供がいるんだ」

「おめでとう!!!」

「親子三人で路頭に迷うのか…」

「心が痛い!!!」


 周囲からの嘆きの言葉がシーバンの胸に突き刺さる。

 すべて事実なので何も言えない。言えないのだが、ここで黙っているわけにもいかない。

 必死になって盛り上げようとする。


「お前ら! そんなネガティブなことばかり言ってどうする! 俺たちにはまだ未来がある!!」

「どんな未来だ?」

「…そりゃ、働いて…金を稼げばいい」

「何をして?」

「ど、土木工事とか…日雇いでがんばればいい」

「今までハンターだったのに、いまさら俺らが労働者か? 無理無理。どうせ耐えられやしないさ」

「そんなことはない。やればできる!」

「それなりに名前も知れ渡っているし、『あいつ、落ちぶれたな』とか言われてカッとなって、殴り合いをしてクビさ。そんな未来しか浮かばないな」

「そこは我慢しろよ! 俺たちはもうハンターではやっていけないんだからよ! 家族を養うためだろう!!」

「でもよ、本当にハンターを続けられないのか? もう一回試してみればいいじゃないか」

「うっ、それは……考えるだけで体調が……おっぱいが見える…! 吐き気がする!」

「ちっ、それもこれもお前が出発の時間を遅らせたからだろうが」

「しょうがないだろう! 誰かにぶつかられて気絶していたんだからよ!」

「おいおい、それでもリーダーなのかよ。そもそもお前がリーダーってのがどうなんだ?」

「あ? 今それを言うのか!? それこそいまさらだろうが! 俺がどれだけ苦労してこのチームを作ったと思っているんだ! リーダーは裏で苦労してんだよ! 依頼だって俺が必死になって探してんだからさ! わかれよ、なあ!」

「二人ともいいかげんにしろ。言い争いをしても仕方ないだろう。俺はこれでよかったと思うぜ。いつまでもハンターは続けられない。外に出たら命がけだ。いつ死ぬかもわからないと思うと心がしんどいしな。よかったんだよ、これでな」

「じゃあ、金はどうする? どうやって生きていく?」

「いっそのこと他の都市にでも行くか?」

「それこそコネと伝手がないとつらいだろう。何もないところから出発じゃ、どうせ労働者しか道がないぜ」

「ちくしょう。何のためにハンターとして腕を磨いてきたんだよ。おっぱいのためか!? おっぱいのために生きてきたわけじゃねえよ!!」

「…そう言うな。おっぱいはいいぞ。そこにこそ幸せはある」

「うっせえな! 今は金の話をしてんだよ!! おっぱいも金があってこそだろうが!」

「…じゃあ、裏の仕事でもするか?」

「あ?」

「これだけはやるまいと思っていたが、こうなったら仕方ない。裏の業界ならば仕事は山ほどあるはずだ」

「何を言ってやがる。裏っていえば…汚れ仕事だろう。誇り高いハンターがそんなことができるかよ」

「そういうプライドがあるから駄目なんだろうが! 何でもやるんだよ! 金が欲しいんだろう! 選べる立場か!」

「お前こそ、偉そうに言える立場かよ!!」


 五人の意見はなかなかまとまらない。

 ハンターとして生きてきた彼らが、いきなり違う仕事などできるわけがないのだ。

 それでもいつかは慣れていく。過去の栄光として消えていくのだ。



 本来ならばそうなるはずなのだが―――



 ごぽぽぽっ!!



「え…? え? これは…?」



 シーバンたちの足元から水が噴き出し―――



 ジュバオオオオオオオオオ!!





「ぎゃーーーーーーーーーー!!」





 一気に彼ら五人を閉じ込める水の球体が生まれた。


「ごぼぼぼぼおっ! ブボボボボッ!!」


 一度こうなれば簡単に出られるわけがない。

 なすすべもなく強制的に連れられて、どんどん森の奥に入っていく。


 しばらく進むと、薄暗く簡単には見通せないはずの森の中に【光】が見えた。


 その光は近づくにつれて大きくなり、やがて彼らを照らす強い光源が出現する。


「っ!!!」


 水に囚われながら、シーバンは見た。


 いくつもの炎に囲まれた七色の【風呂】の中にいる裸の若い女。


 そして―――



「やあ、また会ったな」



 その女性の胸を揉んでいる【妖精】を。

 彼らの悪夢は終わらない。いや、始まったばかりなのだ。




413話 「おっぱいの契約 前編」


 アンシュラオンは、グラス・ギースの森の中に『おっぱい儀式の間』を設置していた。

 飾りつけは前回と同じだが、風呂は命気水晶風呂に格上げされている。

 それが周囲の火気の光源と混じり合って七色に光ることで、さらに幻想的な空間が生まれていた。

 おっぱいの妖精は進化を続けるのだ。けっして立ち止まらない。それがおっぱいの宿命だ。


 そして、こうして上手くシーバンを拉致することに成功。

 仮に森に来なければ適当なところで拉致すればいいので、どのみち彼らに選択権はないのであった。


「愚かで不潔な人間よ、久しいな」


 アンシュラオンことおっぱいの妖精は、小百合の胸を揉みながらシーバンに話しかける。


「ボボボオッ!! ぶごおおおっ!!」

「何を言っているかわからん。ひとまず解放してやろう」


 ボシャッーーーー! ズザザザッ


 水の牢が破裂すると、流れるように五人が外に放り出される。

 前回同様、水気で閉じ込められたために着ている服がボロボロになる。

 男の半裸など見ても何も楽しくない。むしろこっちが不幸である。


「げほげほっ!! おおえええ! ななななっ!! あーー! ひーーー!」

「解放しても何を言っているかわからないじゃないか、おいっ!」


 バシンッ


「ぎゃっーー!」


 水気を凝固させて作った手で張り手打ちをお見舞いする。

 その衝撃で転がるように吹っ飛んでいく。


「ひーーー! ひーーー! おぱおぱおぱっ!! おぱーーー!」


 それでもシーバンは発狂したように謎の言葉を叫び続けていた。

 これが噂の幻覚発狂症状のようだ。

 本当にかなり危ない人に見えるので、仕事が失敗することも頷ける。


「おい、そいつを早くどうにかしろ。これでは話にならん。おっぱいの妖精の言うことを聞かないとどうなるか、知らないわけではあるまい?」

「わ、わかったよ!! もうあれはやめてくれ! お、おい、シーバン!! やばいぞ! 早く戻れって! ほら、薬だ!!」

「うひー、く、くす、くすりぃいーー! うぐっ!! げほげほっ! ごくん」


 シーバンの仲間の一人が、慌てて薬を飲ませる。


「ひーーー! ひーーー! ふーーーー! ひーーひーーふーーー! ふー、ふーーー、はぁあ……はぁはぁ…ふーー…ふー」


 しばらくは苦しそうだったが次第に呼吸が安定してきた。薬の効果が出たようだ。


「はぁはぁ…た、助かった。死ぬかと思った…」


 まだ目は虚ろなものの、しゃべられるまでには回復したらしい。

 ちなみにこの薬は、単なる栄養剤である。それを仲間が薬だと信じ込ませて飲ませているにすぎない。

 よく医者が「これは〜の治療薬です」と偽ってビタミン剤を飲ませ、それを信じきった患者の症状が治った話を聞くだろう。

 これは聖痕のところでも話に出た精神の作用の一つだ。

 心がそう思い込むことで肉体に良い影響を与える現象を利用したものである。


 そもそも精神的なトラウマによる幻覚症状に特効薬など存在しない。

 せいぜいがドーパミンを抑制調整するものであり、精神科医などが処方する向精神薬もこれに該当する。

 しかし本当に治したいのならば、原因となったものと向かい合わねばならない。

 立ち向かい、それ以上の心の強さを身につけねば、真の意味で治ったとは言えないのだ。



「落ち着いたようだな。ならば、話をしようじゃないか」

「あああ、あん、あんたは…!!」

「わが名を忘れたのか? んん? オレの名を言ってみろ。もみもみ」

「んっ!! んはっ! はぁあ! す、すごいーーー!」


 アンシュラオンが小百合の乳を揉む。

 サリータに引き続き、今回の贄《にえ》に選ばれたのは彼女である。


「はーー! んんっ! し、幸せーー!」

「小百合さん、声が大きいって」

「だってぇ、すごく楽しいんです! 普段のストレスが吹っ飛びます! ありがとうございます!」

「うん、楽しんでくれているならいいんだけど…」


 小声で小百合と話すが、彼女はとても喜んでいた。

 もともとアンシュラオンの妻になる予定だったので、この話を聞いた時から喜び勇んで裸になったものである。

 おっぱいを揉んで喜ばれる。やはりこの世界は素晴らしい。

 だが、その光景はシーバンにとって恐怖でしかなかった。頭の中で「おっぱい」がこだまする。


「わ、忘れもしない…! あんたはおおおお、おっぱいの妖精だ!!」

「そうだ。わが名は、おっぱいの妖精だ。覚えていたようだな。感心感心」

「ま、待ってくれ!! どうしてここにいるんだ! なぜなんだ! 訳がわからない!! あんたは荒野にしかいないはずだろう! ここはどこだ!? 俺たちはいつの間に外に迷い込んだんだ!! なんでここに!!」

「たしかに荒野に現れると言った。だが、荒野以外に現れないとは言っていない」

「っ!!! そ、そんな…ことが……」

「間違っているか?」

「ま、間違っては…いない」


 いわゆる「言ってない詐欺」である。

 言っていないだけなので仕方がない。事実は事実として受け入れるしかない。

 が、まだシーバンは混乱のさなかにあり、現実を受け止めきれないようだ。


「し、しかし、ここは城塞都市だ! 城壁が守っているはずだ!? まさか門から普通に入ってきたのか!? 衛士は何をしていたんだ!」

「おっぱいの妖精を侮っているようだな。我の力は偉大だ。お前たちが万全だと思っている城壁など簡単に乗り越えられる」

「嘘だろう!? こんなに高いうえに結界だってあるんだぞ!」

「結界? ほぉ、あのオンボロの網か。あんなものでわが歩みを防げると本当に思っていたのか? 人間はおめでたい生き物だな」

「っ…!! そ、そんな…! 鉄壁のグラス・ギースが…」

「くくく、甘いな。この都市は我が半分乗っ取っている。わが影響力はすでに都市内部にも及んでいるのだぞ」

「な、なんだと!!」

「お前たちは収監砦の近くの森で馬車五台を焼失させ、雇い主の怒りを買った。そのうえ圧力をかけられて干されようとしている。違うか?」

「っ!! なぜそれを知っているんだ!」

「我に知らないことはない。お前たちは常にわが手の中にあると知れ」

「う、嘘だろう…そんな! 俺に…俺たちに逃げ場なんてないのか…! おっぱいの妖精からは…逃げられないのか…」

「お、おい、シーバン! どうなってんだよ!? 訳がわからねえ!」

「俺だってわからねええよ!!! おっぱいなんだよ!! おっぱいがおっぱいで、おっぱいなんだよ!!」


 ここが森の中でよかった。

 本当に危ない人たちの集団かと思われてしまう。



「ひとまず理解したようだな。ならば、そろそろ本題に入るぞ」

「ほ、本題…?」

「当然だ。用があるから呼んだのだ」

「そ、それはそうだが…そ、それで……用件とはなんだ? い、今は金はないぞ! 物もない!」

「そんなものはいらん。今日からお前たちは、わが下僕となるのだ。我のために働け」

「ええええええ!? そんなぁあ!! もっと酷いじゃないか! それだけは無理だ!!」

「なぜだ? もみもみっ」

「はっはぁあん! きもちいいっ…」

「おっぱいの妖精の下僕になるということは、この世で最大の幸福だ。この女のようにな。まあ、男は幸せにはなれないが…」

「やっぱり幸せになれないじゃないか!」

「幸せにはなれんかもしれん。だが、利益がないわけではない。お前たち、これからどうするつもりだ?」

「ど、どうするって…おっぱいの妖精のいない場所を探す!!」

「哀れだな。おっぱいの妖精がいない場所など、無い!!!」

「無いのっ!?」

「そうだ。おっぱいの妖精はどこにでもいる。美味いおっぱいのある場所ならば、どこにでもな」


 『美味いおっぱい』という表現を生まれて初めて聞いたが、女性がいる場所には必ずおっぱいがある。

 大きくても小さくても、形がどんなものでも、妖精からすれば至高の存在だ。

 ある意味で乳房があれば魔獣でもおっぱいがあることになる。となれば、どこにでも妖精はいるのだ!!


「見るがいい。このおっぱいの素晴らしさを。きめ細やかで張りがあり、もっちりと手に張り付いてくる。大きさだけがすべてではない。手に収まる感覚も大切だ。お前たち人間は、おっぱいとの対話が足りぬ」

「くそおお! どこにも逃げ場なんてないのかよ!! 俺は、俺はどうすれば…」


注:ここで会話に若干のズレがある。

 シーバンの精神状態が思わしくないため、アンシュラオンの言葉をスルーしてしまったということだろう。

※『異世界覇王のおっぱい見聞録』P228より抜粋。



「お、おい、シーバン。あの人…ハローワークのミナミノさんじゃないのか?」

「…え? ミナミノ?」

「そうだ…やっぱりそうだよ! 見間違えるわけがない! だって俺、ファンだもん!」

「…本当だ。たしかに…受付の人だ。だが、どうしてここに…?」

「今頃気付いたのか。当然だ。わが力はハローワークにも及んでいる」

「っ! ば、馬鹿な! ありえない! だってあそこは中立の組織だぞ! 全世界に支部がある超巨大組織で…」

「そうらしいな。しかし、大きいからこそ隙はある。少なくともグラス・ギースのハローワークは我が奪い取った。その証拠がこの女だ。もみもみ」

「はぁはぁ…もっと、もっとしてください!! 小百合の胸を揉んでーーー!」




「「「「「 ―――っ!!!!! 」」」」」




 上半身とはいえ、本当は小百合の身体を見せるのはもったいないが、自分の力を示すのには最適であろう。

 普段からハンターと接している彼女がいるからこそ、この嘘の話にも信憑性が出てくる。

 事実、その効果は絶大だ。

 まさかハローワークにまで魔の手が伸びているとは思わなかったのだろう。シーバンたちは驚愕の眼差しを向けている。


「どうだ? わが力を思い知ったか?」

「…ああ、すげぇ。すげぇよ。おっぱいの妖精はすごいんだな…」

「そうだ。それがわかればいい。それで、お前たちはどうするつもりだ? この先の未来に希望はあるのか? 職に当てはあるのか?」

「ひ、日雇いの仕事で…」

「愚かだな。お前たちにそんな真似ができるわけがない。せっかくの技能を無駄にするつもりか? 何のためにハンターとしてやってきた?」

「う、裏の仕事だって…探せば…」

「それで何を得る? マフィアの構成員になるか? それで誰かに喜ばれるというのか? もみもみ」

「あはーん、ありがとうございます!!」

「っ!!」


(な、なんだ、なんなんだ! これはいったいなんだ! どうしてあの女性は、あんなに楽しそうなんだ!! あんなことで喜びを与えられるというのか!)


 先がない自分たちに比べ、なぜかおっぱいを揉むだけで感謝を言われる妖精。

 妖精に良いイメージを持ってはいないが、その姿は明らかに輝いている。(周りの炎が水晶に反射して光っているだけであるが)


「我に従え。さすればお前たちは再び光の道を歩むだろう。今後ともハローワークで仕事を請け負いたいのではないのか? 従えばその道が残るだろう」

「そ、そんなことが可能なのか!?」

「うむ。可能だ。そうだな? もみもみ」

「は、はい! 私が上手く…やります! はぁはぁ、こ、これすごい! 病み付きになりますううう!」

「だ、そうだぞ?」

「本当…なのか…もしそうならば、もう一度……」

「シーバン、胡散臭いぜ! 信じていいのかよ!」

「だ、だが、妖精がああ言っているし…」

「上手い話には裏があるってもんだ。それは何度だって味わってきたはずだ」


 シーバンに対してたびたび衝突していたニヒルな男、マークパロスが警戒を強める。

 なかなか頭の良い男だ。たしかにこんな胡散臭い話はない。

 そもそも、おっぱいの妖精自体が胡散臭いのだ。すべてが怪しい。


 だが、彼らには【決定的な弱点】が存在する。


「前金だ。くれてやろう」


 ドサドサドサッ

 上空から落ちてきた札束が、シーバンたちの前に降り積もる。


「っ!! こ、こりゃ! すごい金だ!!」

「五百万ある。成功したら一千万上乗せしてやろう」

「か、金だ…金だぞ、みんな!! これで日雇いをしなくて済む!!」

「ま、待て! これだけの金だ! どんなヤバイ仕事かわからないぞ! 俺たちは誇り高いハンターだぜ! 金のために汚い仕事で名を穢せるかよ!」

「そ、そうだな。その通りだ。すまん。情緒不安定になっていたようだ。マークの言う通りだ」

「妖精さんよ、俺らは汚い仕事はやらねえぞ!」


 本当に金がなくなって切羽詰れば、そんなことは言えないだろうが、まだその実感がない彼らには小さな誇りが残っているようだ。

 だが、それも簡単に操作することができる。


「安心しろ。お前たちがやることは【警護】だ」

「け、警護? 守るってことか?」

「そうだ。どうやら我の供物に手を出そうとする輩が潜んでいるようでな。その女たちの警護を任せる」

「く、供物って、それ自体がヤバイじゃないか!」

「お前たちはまだ妖精について誤解しているようだな。おっぱいの妖精は女に喜びを与える者。世界を愛で満たす高貴で偉大なる存在である。敵は厚い胸板の魔族と、わが崇高な行いを邪魔しようとする者たちだけだ。供物はかよわき女たち。この都市に暮らす市民だ。それを悪辣の輩から守ることは名誉ではないのか?」

「それは…そうだ。悪いことじゃない。女性を守るのは素晴らしい仕事だ!」

「そうだろう、そうだろう。これは素晴らしい仕事なのだ」


 こうしてシーバンたちは見事に誘導されていく。

 なにせ仕事がないのは事実なのだ。心の奥底では将来への不安が渦巻いている。

 そこをおっぱいの妖精に狙われる。




414話 「おっぱいの契約 中編」


「か、確認させてくれ。俺たちはまたハンターとして仕事ができるってこと…でいいのか? まっとうな仕事でってことだが…」

「お前たちが望むのならばな。マフィアの構成員や日雇い労働者にはなりたくあるまい?」

「もちろんだ! そっちに行ったら、二度と戻ってはこられないだろう。一生日陰者の人生を送ることになる。俺は…俺たちは、そんな人生を送りたいわけじゃない!!」

「でもよ、おっぱいの妖精がボスになるんだろう? それって名誉なのか? ちょっと人前で言えないぜ」

「マーク!! 刺激するな!」


 マークパロスの言葉も事実である。


 「俺今度、おっぱいの妖精のために働くんだ」
 「え? おっぱいの要請?」
 「いやいや、おっぱいの妖精だって」
 「おっぱいから要請されたの? え? どういうこと!?」
 「いやいや、だからおっぱいの妖精なんだってば!」
 「は? …お前、そういうやつだったんだな」


 「妖精」であれ「要請」であれ、どちらも地獄だ。

 まず、おっぱいという単語自体がまずい。

 人間は見栄を張りたがる生き物である。職業に貴賎無しとはいえ、できれば聞こえの良い職業に就きたいものだ。

 たとえば声優がアダルト作品に出るときに名前を変えるのも、これを思えば致し方がないことである。

 どれほどの大金を儲けていても、それが人前で自慢できないと意味がないのだ。


「我の名前を出す必要はない。どのみち表の世界では知られていない名だからな。言ったところで恥ずかしい思いをするだけだろう。それにこれはハローワークを通じて出す依頼という扱いにしておく。つまりは守秘義務付きの警護依頼だ」

「そ、それならば…うん、問題はないな。普通の依頼ってことだもんな」

「金も出る。悪くはないな…」

「たしかに…」


 他の面子もようやく状況に慣れてきたのか、話が呑み込めてきたようだ。

 ハローワークを通じての依頼ならば、依頼者の名前は守秘義務で秘匿されるため、無理におっぱいの妖精という名を出す必要はない。(依頼側でそう伝えれば守秘義務は付随する)


 何よりも金払いがいい。


 たしかに名誉は必要だ。やる気につながる。

 だが、やはり請負である以上は金が一番重要だ。

 どんなに気に入らないやつでも、金払いがいいクライアントは喜ばれるものだ。

 ソブカの傭兵が貴重な武具をもらって恩義を感じるように、これだけの額を軽く出す妖精に対して、少しずつシーバンたちも信頼を抱き始めているようだ。


「依頼内容は、警護でいいんだな?」

「ああ、そうだ。女を守ってもらう」

「一つ質問がある。それだけの力がありながら、どうして自分で動かないんだ? あんたなら楽勝だろう?」

「妖精は表の世界には出ないのが鉄則だ。陰からひっそりと見守ることが最大の美徳とされている。我は静かに儀式ができればいいのだ」

「ずっと気になっていたんだが、その儀式は何か意味があるのか?」

「いい質問だ。この儀式を行えば、女性のストレスを発散させることができる」

「…それだけ?」

「それだけだ」

「えと…もっとすごい目的があるわけでは…ないのか?」

「重要だとは思わないか? もしすべての女性が常時ストレス状態になれば、人間社会など一ヶ月も経たずに崩壊するぞ。殴り、暴言を吐き、酒と麻薬に溺れる女たちと一緒にいたいと思うか? 仕事で疲れて家に帰っても鬼嫁しかいない世界は地獄だ。店に行っても鬼ホステスしかいなかったら世界は終わりだろう? 我々が女性に求めるのは癒しのはずだ。違うか?」

「な、なるほど。それはとても大切だ!!」

「わかってくれて嬉しい限りだ。我は女性の味方、すなわち人間社会の味方なのだ」


 正直、納得するかどうかは微妙に個人差がある内容ではあるが、女性を守るという一点ではブレがない。

 シーバンたちも男だ。その思想には賛同するしかない。


「わかった。依頼を受けよう。どうせこれしか道はないんだ。そうだ…こうすればいいんだ。こうすれば…心は平穏になる。これだけが唯一の解決方法なんだ」


 この時、シーバンは悟った。

 怖れる存在がいるのならば、自分がそちらの側に組すれば恐怖はなくなる、ということを。

 彼は妖精を激しく怖れている。だが、味方側になれば、これだけ心強いものもいないだろう。



「英断だと言っておこう。お前たちは正しい選択をしたのだ。一応訊いておくが、命をかけることになるかもしれない。そのあたりはどうだ?」

「ハンターだって命がけだ。よほど無茶な相手以外は大丈夫だ」

「いい心がけだな。では、お前たちの戦力を確認しておきたい。軽く自己紹介をしてくれ」

「ああ、そうだな。俺たちライアジンズのパーティー編成は―――」


 この後、シーバンからメンバーについての紹介が行われた。

 それを聞きながら、事前に集めておいたデータと照合する。




〇シーバン

 ライアジンズのリーダー。

 サポートを得意とする剣士タイプの武人で、主に中衛で戦線を支える役割を果たす。

 術符を扱いながら戦うので、第一警備商隊のグランハムに近いタイプの武人といえるだろう。

 現在は情緒不安定だが、基本的には仲間想いで気の好い男である。

―――――――――――――――――――――――
名前 :シーバン

レベル:32/50
HP :550/550
BP :180/180

統率:D   体力: D
知力:E   精神: E
魔力:E   攻撃: E
魅力:E   防御: D
工作:D   命中: E
隠密:E   回避: E

【覚醒値】
戦士:0/0 剣士:1/1 術士:1/1

☆総合:第九階級 中鳴《ちゅうめい》級 戦士

異名:おっぱいの妖精の下僕 NO.1
種族:人間
属性:
異能:中級戦闘指揮、チームワーク、術耐性、情緒不安定、不運
―――――――――――――――――――――――



〇マークパロス

 ライアジンズの攻撃の要。

 典型的な剣士タイプで、防御よりも攻撃に特化した武人。

 彼の攻撃が通るかどうかで戦局が大きく変わる。元傭兵なので対人戦にも強い。

 性格は皮肉屋だが、リーダーに物が言えなくなったら終わりなので、それも自分の役割だと思っているらしい。

―――――――――――――――――――――――
名前 :マークパロス

レベル:30/50
HP :420/420
BP :230/230

統率:F   体力: E
知力:F   精神: E
魔力:D   攻撃: C
魅力:F   防御: F
工作:E   命中: E
隠密:F   回避: F

【覚醒値】
戦士:0/0 剣士:2/2 術士:0/0

☆総合:第九階級 中鳴《ちゅうめい》級 剣士

異名:おっぱいの妖精の下僕 NO.2
種族:人間
属性:火
異能:単体剣術強化、対人戦巧手、皮肉屋
―――――――――――――――――――――――



〇ビギニンズ

 ライアジンズの防御の要。

 防御型の戦士タイプで、彼が囮や壁役をこなすことで、シーバンやマークパロスが動きやすくなる。

 大盾を使うためサリータにスタイルが似ているが、攻撃に使うことは滅多にない。

 性格は温厚。チーム一番の良識人だろう。

―――――――――――――――――――――――
名前 :ビギニンズ

レベル:35/50
HP :720/720
BP :150/150

統率:F   体力: C
知力:D   精神: D
魔力:E   攻撃: E
魅力:E   防御: D
工作:F   命中: E
隠密:F   回避: F

【覚醒値】
戦士:1/1 剣士:0/0 術士:0/0

☆総合:第九階級 中鳴《ちゅうめい》級 戦士

異名:おっぱいの妖精の下僕 NO.3
種族:人間
属性:
異能:身代わり、低級盾技術、根性
―――――――――――――――――――――――



〇レッパーソン

 一応戦士タイプだが、身体は小柄でほっそりしているので近接戦闘には向かない。

 彼は主に後方からパーティー全体を見回し、銃や弓矢で援護したり、負傷した仲間を回復をする役割を負う。

 罠にも精通しており、待ち伏せする際は彼の技能が魔獣狩りに大いに役立っている。

 性格は陽気。彼女が妊娠しているので必死。

―――――――――――――――――――――――
名前 :レッパーソン

レベル:28/50
HP :380/380
BP :190/190

統率:F   体力: F
知力:F   精神: F
魔力:E   攻撃: E
魅力:F   防御: F
工作:C   命中: D
隠密:D   回避: D

【覚醒値】
戦士:1/1 剣士:0/0 術士:0/0

☆総合:第九階級 中鳴《ちゅうめい》級 戦士

異名:おっぱいの妖精の下僕 NO.4
種族:人間
属性:風
異能:下級罠技術、後方支援
―――――――――――――――――――――――



〇クワディ・ヤオ

 暗殺者タイプで、パーティー内での役割は主に遊撃を担当する。

 屋内戦闘が得意なので対魔獣戦での出番は限られるが、人間同士の諍いになった場合は頼りになる男である。

 性格は無口で冷静。趣味は盗撮。

―――――――――――――――――――――――
名前 :クワディ・ヤオ

レベル:30/50
HP :280/280
BP :150/150

統率:F   体力: E
知力:D   精神: F
魔力:F   攻撃: E
魅力:F   防御: F
工作:D   命中: E
隠密:C   回避: D

【覚醒値】
戦士:0/1 剣士:1/1 術士:0/0

☆総合:第九階級 中鳴《ちゅうめい》級 暗殺者

異名:おっぱいの妖精の下僕 NO.5
種族:人間
属性:
異能:暗殺、低級投擲術、屋内戦闘巧手
―――――――――――――――――――――――



 以上、五名である。



(ふむ、全員が第九階級の中鳴級か。といっても、単体で見ればラブヘイアより数段劣るな。各人に特色があるから、やはりチームで真価を発揮する連中なのだろう)


 シーバン自らが言っていたように、単体ならばラブヘイアのほうが上だろう。

 能力値ではさほど引けは取っていないように見えるが、よほど上手く立ち回らない限り、いざ戦闘になればあっさりと負ける可能性が高い。


 だが、チームとしての完成度は悪くはない。


 まずはビギニンズが前衛に立って防御を引き受ける。このパーティーの中でもっとも耐久力の高い彼がいることで長時間戦線を維持できるようになる。

 その盾を上手く使いながら、アタッカーであるマークパロスが攻撃を仕掛けてダメージを与えていく。

 前衛二人をレッパーソンが援護しつつ、隙があればクワディ・ヤオが横や背後から強襲を仕掛けるといったところだろう。

 それを支えるのがリーダーであるシーバンの役割だ。

 攻守に渡り中盤でバランスを取る重要なポジションである。

 サッカーでいえば、まさにボランチの位置でタクトを振るう司令塔なので、彼の出来次第で勝敗が決するはずだ。

 彼ら全員合わせてブルーハンターレベルと考えたほうがいい。個ではなくチームで戦う集団だ。


(未知数なところはあるが、戦力が増えることは悪くはない。こいつらが現状ではベストの選択肢だろう。これ以上のパーティーをいきなり集めるのは無理だしな)



「それで、誰を守ればいいんだ?」

「ホテル街にグラスハイランドというホテルがある。そこを守れ」

「ホテルの誰をだ?」

「女性全員だ」

「全員!? 全員って…何人くらいいるんだ?」

「さて、どれくらいだろうな。従業員も含めると数十人はいるんじゃないのか?」

「誰か特定の相手とかじゃなくてか?」

「そうだ。ホテルにいる客を含めたすべての女を守れ。それがお前たちの役目だ」

「つまりは、ホテル自体を守ればいいってことなのか?」

「頭は悪くないようだな。そうだ。ホテルに危害を加えようとする者がいたら、そのすべてがお前たちの敵だ。殺すなり拘束するなり、好きにすればいい。ここで重要なのは、『相手が誰であれ遠慮するな』という点だ」

「誰であれ? 引っかかる言い方だな」

「そのままの意味で受け取ってかまわん。相手が衛士であっても遠慮するな、ということだ」

「え、衛士!? ど、どういうことだ!? 衛士は都市の味方じゃないのか? どうしてホテルを…」

「領主のことは知っているな?」

「あ、ああ、俺たちもそこそこ長くグラス・ギースにいるから、それなりにはな」

「領主の妻が病気であることはどうだ?」

「そうなのか? そういえば、まったく見ていないな。病気だったのか…」

「その領主が、ハーレムを作ろうとしているのだ」

「な、なにぃいいい!」

「領主の娘がスレイブの少女を集めているのは知っているな?」

「あ、ああ。イタ嬢のことか。たしかにそういう話は聞くな」

「なぜ、少女ばかりだと思う? 不自然に思ったことはないか?」

「…え? …ま、まさか……」

「そうだ。お前の想像通りだ。妻が病気で性欲を持て余した領主が、いたいけな少女を…くっ、これ以上はさすがの妖精でも言えないな。あまりの悪行だ。さらに娘を隠れ蓑にしている点が悪質だといえよう」

「な、なんてこった! とんでもない悪党じゃないか!!」

「そうだ。だから衛士も敵なのだ。理解したか?」

「だが…どうしてホテルを狙うんだ? そんな目立つことをしなくてもいいだろう?」

「ホテル事業は誰が始めたものだ? 領主だろう? では、何のためにホテルを作った? 男がホテルに女を連れ込んでやることは何だ?」

「っ!!」

「あのホテルは、そういう場所だということだ。だが、勇気ある女性たちは果敢にも抵抗し、スレイブ商を通じて我に助けを求めてきた。だから妖精が動いているのだ」

「な、なんてことだ…そんなことが行われていたなんて! 顔のわりにがんばっていると思っていたが、本当に人相通りの悪人じゃないか!!」


 酷い言われようである。

 誰がどう聞いても完全なるでっち上げなのだが、ハローワークを掌握している妖精が言うと説得力がある。

 さらに普段から感じている領主への疑念が加わり、それもあるかもしれない、という思いが渦巻いているのだ。




415話 「おっぱいの契約 後編」


「周囲で騒ぎがあるときは気をつけろ。それにかこつけて、ホテルに近寄ろうとするかもしれない。ホテルに入る者、入ろうとする者すべてを注視せよ。妖精の目を信じるのだ。妖精、嘘つかない。きっと、絶対、たぶん。信じる者、救われる。もみもみ」

「あっ、あはん!」


 風呂に入りながら乳を揉んでいる輩の何を信じろというのか。

 これが普通の状態だったならば、一部のおっぱい星人を除いて誰も信じないだろう。

 だが、今のシーバンたちはそうではない。


「…わかった。俺もこの都市に暮らす人間として、そんな悪行を許してはおけない! 婦女子を守るために尽力すると誓おう!」


 将来への不安が一気に解消されるかどうかの瀬戸際である。

 哀しいかな、結局のところ金がなければ生きてはいけない。最初の五百万でかなり心が動いていたのが本音だろう。

 ただ、そこに若干の負い目や危険な臭いを感じていたので、心のどこかに迷いがあった。


 それを払拭させる最大の方法が―――【大義名分】を与えてやること。


 狂信者しかり、自分が「神のため、人類の平和のため」と思い込めば、どんな酷いことだって平然とやってしまう。

 それと同じく「弱い女性のため」という大義を与えることで、彼らの中には「他人のために」という強い心が生まれるのだ。

 高額の報酬をもらったという負い目が、それによってすっかりと裏側に隠れてしまう。

 「目的は女性の保護だが、お金をくれるのならば準備費用としてもらっておこう」と割り切ってしまう。

 なんとも虫のいい話である。だが、それが人間というものだ。


(思い込みは強い力だ。この男がトラウマを抱えていたように、それが反転すれば頼もしい力になる。これでこいつらは命をかけられるだろう。だが、まだ少し弱いか。あと一押ししておく必要がある)


 トラウマに苦しんでいたシーバンが、こうして一気に反転するさまは、なかなかにして面白いものだ。人間が持つ可能性を感じさせてくれる。

 が、彼らには本気で命を張ってもらわねばならない。

 そのために『もう一つの要素』を与えることにした。


「よい心がけだな。ならば、もう一つの真実を教えてやろう」

「真実?」

「ああ、とても重要な真実だ。しかし、はたして信じられるかどうか…。聞かなくても今回の依頼には影響はないが…お前たちにとっては重要ではある。どうする? 聞きたいか?」

「そんなことを言われたら気になるじゃないか。どんな話だ?」

「本当に聞きたいのか? 後悔しないか?」

「どうしてそんなに引っ張るんだ?」

「我もこの真実には驚いているのだ。まさかそこまで進んでいようとは思わなかったからな。まさかお前たちがそんなことになっているとは…油断していたな」

「き、気になるじゃないか! いったい何の話だ!?」

「話してもいいのか?」

「ぜひ聞かせてくれ! ここまで来たら全部聞いておくぞ!」


 もったいぶる手法に思いきりシーバンが引っかかる。

 すでに彼らはアンシュラオンの手の内にあるので、面白いように転がっていく。

 これを見ている側とすれば「おいおい、なんでそんなのに引っかかるんだ?」と思うものだが、実際にその立場になってみると、案外誰でも詐欺に引っかかる可能性があるものだ。



「…わかった。後悔しないな。では、教えてやるが―――」






「実は、馬車を燃やしたのは【領主】だ」






 とんでもない発言が飛び出した。

 この段階で領主の冤罪が確定である。なぜこんなにも軽々と嘘がつけるのかと感心したくなる。

 領主が馬車を燃やす理由など、まったくない。森も都市の資源なので燃やす理由はない。


 しかし、この突拍子もない言葉に―――



「「「「 「なっ―――!!! どどど、どういうことだ!?」 」」」」



 シーバンたちは驚愕。

 あまりの驚きに口を大きくあんぐりと開けている。


「正確には指示を受けた衛士だ。しかもお前たちにあの依頼をした商人も、領主経由で命令が送られてきていたようだな。最初から全部が仕組まれていたのだ」


 さきほどの商人も交え、さらに冤罪は増えていく。

 アンシュラオンが語れば語るほど被害者が増える。まさに歩く災厄である。


「なぜだ! どうして!! 訳がわからない! 俺たちは何もやってないぞ! 税金だって納めているじゃないか! ハンターをして都市に貢献だってしている! 都市を守っている! こんな善良な市民をどうして…!」

「それだよ」

「…え?」

「お前たちが税金を払って、女性を守りたがるような【善良で優秀な人間】だからだ!!!」



「っ―――!! な、なんだってえぇえええええええええ!」



 たしかに税金を払わないアンシュラオンからすれば、税を払うだけで善良に見えるのかもしれない。

 唯一「優秀」のところは嘘だが、それはご愛嬌というものだ。


「あいつは都市を自分のものにしようとしている。最近起こっている派閥間の争いも、その一つの計画なのだ。現にラングラスを潰そうとしたではないか。工場が強制査察を受けた件は知っているか?」

「そ、そうだ。そういう話もあったぞ! どうしてそうなったのか、ずっと疑問だったんだよ。普通はありえないしな!」

「これは秘密の情報だが、ジングラスの戦獣乙女も毒牙にかかって都市を離れてしまっている。薬を飲まされて眠らされ…あの豊満で柔らかい餅のような胸と、最高に絡みつくアレを……くっ!! これ以上は妖精でも言えぬ! やつは女性の敵なのだ!!」


 なぜ妖精は、プライリーラの胸が柔らかく、アレが絶妙に絡みつくことを知っているのだろうか。

 語るに落ちるとは、まさにこのことだ。だいたいの場合、こういうことを言うやつが犯人である。

 しかし、そんな冷静なツッコミがここで起こるわけもなく、シーバンたちはますます混乱していく。


「そ、そんなところまで…!! 嘘だろう!? あ、ありえない! この都市のアイドルが…まさか!」

「ファンクラブにも入っているのに!! 嘘だと言ってくれ!! 俺のプライリーラ様が!!!」

「マーク、お前! いつの間に!!」

「やめろ! それ以上は言わないでくれ!! 何も聞きたくない!! 俺はプライリーラ様だけいればよかったのに!! 毎日の癒しだったのに!」

「…お前、店にも行かないと思ったら…純真なやつだったんだな」


 マークはプライリーラのプロマイドを抱きしめながら塞ぎ込む。

 さすがアイドルだ。一般人はもとより、武人であるハンターからも慕われている。

 ちなみにこの写真だが、クワディ・ヤオが副業で盗撮したものを業者に売ったものである。

 その視線に気付いたアーブスラットが半分映っているが、これだけでもお宝写真であろう。

 さらにどうでもいい情報を提供するのならば、その際にアーブスラットから反撃を受けてクワディ・ヤオは「玉」を一つ失っていたりする。本当にどうでもいい話だが。



「し、しかし、あまりに大きな話だ。ほ、本当なのか!?」

「妖精を信じられないのか? ハローワークすら手中に収めている我が! これを見ろ、もみもみ」

「ううっ…はあー! きもちーーー!」

「うっ…!」


 小百合の乳を揉むと、しっかりと叫んでくれる。

 多少演技も交じっているのかもしれないが、どちらにせよノリのよい女性である。

 彼女が手元にいる効果は絶大だ。信じるしかない。


「嘘だろう…もう生きていけない……」


 中学生や高校生くらいの時分は、好きなアイドルに恋をするものであろう。

 もしそのアイドルが結婚すると知ったら、ショックで何日も呆然としてしまうかもしれない。

 しかも、それが「穢された」ともなれば、なおさら衝撃は大きい。


「ま、待ってくれ! その話はわかった。だが、それでどうして俺たちが狙われるんだ?」

「言っただろう? お前たちが優秀で善良なハンターだからだ。仮にお前たちが領主の悪行を知ったらどうする?」

「それは…不快感を抱く」

「それだけでは済まないな。優秀で善良な!! お前たちは!! きっと都市のために動こうとするだろう。違うか!? 勇者シーバンよ!!」

「っ!!」

「お前たちが弱者の嘆きを聞きつければ、助けようとするはずだ。その心に正義の炎があるからだ」

「正義……たしかに。たしかにそうだ! 見捨ててはおけない! 俺たちは誇りあるハンターだからだ!! 尊敬されるような行動を進んで行わねばならない!」


 突然の勇者発言である。

 この世界にRPGのような勇者などはいないが、なんとなく意味は伝わったようだ。


「うむ、そうだろう。お前たちほどの勇者はいないだろうが、多くのハンターは派閥とは関係ない独立した存在だ。やつにとっては一番危険な相手になる。だから今後邪魔になりそうな優秀なハンターを排除しようとしているのだ」

「だが、そんなことをしたら都市の防衛が成り立たないじゃないか! 魔獣だっているのに!」

「そこは従順な傭兵たちでまかなえばいい。領主はマングラスともつながっているからな。外から人材を集めればいいだろう。このように計画は最終段階に入りつつある。非常に危険な状況だ。どうだ、理解したか?」

「な、なんてことだ…! すべて計画されていたことなのか!? 俺たちを潰すために…!」

「うむ。だからこの戦いは、お前たち自身の運命をかけた戦いなのだ。けっして他人事ではないと知れ。お前たちの【未来】と【愛】と【勇気】と【金】と【正義】をかけた戦いであるとな!!! すべては【宿命】なのだ!!」



「―――っ!!!」



 ガラガラバッシャーーーーーンッ!!



 シーバンたちに雷が落ちた。

 実際に落ちたわけではなく、心に響いたということだ。

 今までのすべてのことがつながり、激しいショックを受けている状態である。

 やはり男(中二病)たるもの、愛と正義と宿命に弱いのだ。心に響きまくっている。響きすぎている。

 ここでのポイントは、「彼らにとって重要な話題である馬車」を絡ませたことである。

 馬車の話など他人にとってはただの世間話にすぎないが、彼らにとっては一大事である。

 テレビで起こる事件に嘆くことは誰にでもできるが、実際に事件に遭った人間の嘆きには及ばない。



 そして、しばらく空っぽになっていた心の中に、急激に【炎】が満ちる。




 それは―――怒り!!!




「ちくしょう! 領主たちがグルになって全部仕組んでやがったのか!! どうりで上手くいかないわけだ!」

「では、酒を買ったら半分水で薄められていた件も嫌がらせだったのか!?」

「まてまてまて! 俺が彼女に買った指輪が盗まれたのも、まさか…!」

「むぅ、風俗に行ったら姉貴がいたのは、もしや…」

「甥っ子がニートなんだよな」

「見張りの時、うんこ漏らしたのも」

「足が臭いのもまさか」


 そう思えば、すべてのことが陰謀に感じられる。


「ゆ、許さねええええ! 絶対に仕返ししてやるぞ!!!」

「ハンターなめんなよ!!」

「ぬう、さすがに許せん!!!」


 怒りの矛先が自分たちを貶めた領主たちに向いていく。それに関わる者すべてに向いていく。

 明らかに最初とはやる気が違う。これはもう単なる依頼ではないのだ。自分自身の復讐を兼ねた崇高なる【聖戦】となったのだ。

 こうしてアンシュラオンの策謀は、見事成功する。


(よしよし、これでこいつらにも戦う理由ができたな。人間なんて生き物は、簡単に他人のためには生きられないもんだ。自分自身に関係がないと本気は出せないからな。というかこの連中、ろくな生活していないな)


 全部上手くいかないのは彼ら自身のせいだ。

 酒が薄められていた件も単に騙されただけだし、指輪が盗まれたのも単なる空き巣に遭っただけだろう。

 一番最悪なケースは、彼女が売った場合だ。そうなるとお腹の子供自体が、別の男との間に出来た子の可能性もある。これは実に悲惨だ。

 また、風俗に行ったら姉がいたのはむしろご褒美ではないかとも思うが、普通の感覚では最悪なのだろう。

 と、このように人は自分の不幸を他人のせいにしやすいのである。自分は正しいと常に思いたいからだ。


「妖精さん! 俺らはやるぜ!! 絶対にぶちのめしてやる!!」

「素晴らしい心がけだ。君たちは女神に祝福されるだろう。だが、焦るなよ。相手は強大だ。お前たちの役目は、あくまでホテルにいる女の警護ということを忘れないようにな。それが依頼の最優先事項だ」

「ああ、任せておけ!」

「しっかりと準備はしておけよ」

「長年ハンターをやっているんだ。そこは信頼してくれ!」

「うむ、頼もしいものだ。では、最後にこれに触れるといいだろう」


 ぶくぶくぶくっ ぶわわっ

 命気が放出され、【二つの見覚えのある形】が生まれた。


 それは―――おっぱい。


 シーバンたちの前に、巨大なおっぱいの形をした命気が生まれたのだ。


「こ、これは何だ?」

「おっぱいだ」

「お、おう! な、なるほど!」

「それに一人ずつ触れ。それで契約が完了する」

「そ、そうか。まあ、おっぱいの妖精だしな…おっぱいでもいいんだろうな」


 その考え方はおかしい。

 シーバンたちがすっかりと慣れてしまっているのが怖い。


「じゃ、じゃあ、触るぞ…あっ、や、柔らかい! というかこれ…すごっ!」

「特別だ。オレが今まで味わった中で最高のおっぱいを再現している。むろん、あの至高の頂には及ばないが…気持ちだけでも味わってくれ」

「ああ、ちょっ…これまずい…! あっ!!」

「喘ぎ声はやめろ」

「だってこれ…あっ!!」


 男の喘ぎ声は最悪だ。聴いている側が死にたくなる。

 だが、それも仕方ない。なにせこれはパミエルキの乳を再現したものである。

 あの豊満かつすべての要素を併せ持った完全なる乳だ。触れただけで極上の快感を味わうことになるだろう。

 だが当然、男の喘ぎ声を聴くためにやっているわけではない。


(こいつらを完全に信用しているわけじゃない。一応保険をかけさせてもらうか)


 万一にそなえて彼らの体内に命気を忍ばせておくのだ。

 もし彼らが裏切るような行動を取ったら、具体的にはホロロやサリータたちに「興奮状態で触れた」場合、体内で爆発するようにセッティングしておく。

 これも停滞反応発動を使った最高難度のトラップである。


 そしてトラップを付け終わると、義憤と復讐に燃える彼らは旅立っていった。

 おっぱいの契約、完了である。




416話 「小百合のぷにぷに宇宙旅行」


 上手くライアジンズのメンバーを「復讐の徒」に仕立て上げることに成功する。

 これによってホテルの防衛力は数段上昇しただろう。


(あいつらに過度の期待をする必要はない。それ以外にも保険はかけておくから、多少使えればいい。ホロロさんには後日伝えておくけど、なんとなく察しそうだよな。頭がいいし)


 ホロロには事前にいろいろなパターンを伝えているので、変な五人組がいればなんとなくは察してくれるだろう。

 彼女はとても聡明で、アンシュラオンにとっては最高のメイドである。シャイナのような馬鹿犬とは大違いだ。


 そして、今回の一件に協力してくれた小百合にも礼を述べる。


「小百合さん、ありがとう。助かったよ。もみもみ」

「ふぅんっ…はぁ…これくらいお安い御用です!」

「ハローワークのほうは大丈夫かな?」

「だ、大丈夫です。たしかに苦情が溜まると優先順位が下がりますが、最終的には依頼者が決めることです。ハローワークは…んふっ、仲介役にすぎません」


 連続して依頼に失敗したり、明らかな犯罪行為が見受けられた場合は除名もありうるが、依頼者には相手を選ぶ権利がある。

 ハローワークはあくまで斡旋業務なので、最終的には両者間の問題に帰結する。

 ただ、馬車の一件で評判が落ちることは間違いない事実だ。どのみち依頼は減ることになるだろう。

 少ない金で細々と生きることはできるかもしれないが、今回のような大金を稼ぐには、おっぱいの妖精に従うしかないのだ。


(異名も『おっぱいの妖精の下僕』になっていたしな。せいぜい使い潰してやろうじゃないか。さて、これからどうしようかな…)


 予定らしい予定は終わった。


 あるとすればモヒカンとの接触くらいだが―――


「はぁはぁ…あ、あの…これで終わり…ですか?」


 後ろを向いた小百合と目が合うと、潤んだ目で見つめてくる。


「ちょっとごめんね、ざぶんと」

「あっ!」


 小百合を軽く持ち上げて風呂の縁に腰掛けさせる。

 それによって下腹部が丸見えになった。


 そこは―――濡れ濡れ。


 命気による濡れだけではない。

 【発情】したことによる【準備】が始まっている。


「なんだ、小百合さん。すごいことになってるじゃん」

「あー、見られてるー! アンシュラオン様に見られてるーー! はぁはぁ!」

「どれどれ、触ってもみよう。ぐにぐに」

「ふぁあっ!! さ、触られてるーーー! はぁあっ、はっ!」


 遠慮なく小百合の股間を触る。やはりヌルヌルだ。

 途中はシーバンたちとの会話が多くなったので、揉むペースは落ち込んでいたが、それでもアンシュラオンに触れられているだけで激しく感じてしまう。

 常時身体が小刻みに震えているので、軽くイッている状態が続いているようだ。

 魔人因子と魅力効果が存分に発揮されているのだろう。

 小百合の綺麗な肌が桃色に染まって、とても魅惑的な色合いになっている。


「我慢できない?」

「で、できないです! このままでは再び不満全開の小百合に戻ってしまいます!」

「たしかに中途半端は駄目だね。なら、最後までしちゃっていいの?」

「もちろんです! お、お願いします!」

「そんな可愛いことを言われたら、やるしかないよね! だって男だもん!」

「ありがとうございます!! やったー! これで女になれるー!」


 小百合も、もう二十七歳だ。そろそろ人生を決めねばならない頃である。

 そこでアンシュラオンを選んだのは、さすがの選定眼としか言いようがない。


(うーむ、第一妻候補のマキさんが最後になっちゃったけど、これは仕方ないかな。その場の状況や展開ってものがあるしね。その代わり、マキさんはたっぷりと時間をかけてしてあげよう)


 小百合には世話になりっぱなしだ。何かお礼をしないと悪いだろう。

 とはいえ男がしてあげられることといえば、女性に奉仕することだけだ。ならば、このまま彼女の望みを叶えてあげればいい。


「じゃあ、改めてっと。さわさわ、もみもみ」

「うひゅっ…ふっ…ああっ! さ、触り方が…変わりました!」

「うん。さっきまでのは身体をほぐすためのもので、これからが本番だからね」

「さっきのが!? あれでですか!」

「そうそう。軽く達しているようだけど、これはほんの準備にすぎないよ」

「…ごくり。これ以上が…あるのですね!」


 想像した小百合が思わず喉を鳴らす。

 こうしたところで自分の欲求を変に隠さないのが、彼女の一番良いところである。


 さわーり さわーり もーみ もーみ


 アンシュラオンの手付きが少しずつ変わっていく。

 さきほどまでやっていたのは、軽いマッサージだ。あくまで小百合の肌と自分の手の感触を合わせる行為にすぎない。

 今やっているのは、ようやく馴染んできた肌を通じて、彼女の【肉】をほぐす行為である。

 身体の内部に浸透させるように全身を揉んでいく。


「ふっっ…ふぅううっ…熱い……身体が熱くて…」


 小百合の身体の熱量が増し、まるでサウナにいるような大量の汗が噴き出す。


 それを―――


「ぺろんっ」

「あふっ」


 舐める。


「うん。やっぱり疲れが溜まっているね。オレは生体磁気のレベルで小百合さんを見ているから、それがよくわかるんだ。もうちょっとほぐそう。疲れも取れるよ」


 優しい手付きながらも自分の力を送り込みつつ、ぎゅっぎゅっと絞るように彼女の中から悪い要素を外に出している。

 命気そのものにも力があるし、常人でも問題がないレベルの少量の生体磁気を送り込んでいるので、身体の芯からクリーニングしているような状態にある。

 こうして汗を流すごとに彼女は心も含めて綺麗になっていくのだ。


 愛撫には【愛】が必要だ。


 女性の身体に触れる際は、男は最大限の愛情と敬意をもって接しねばならない。

 まるで女神がそこにいるのだと思って、誠心誠意、真心を込めて、相手を想いながら撫でるのだ。

 それはしっかりと相手にも伝わる。


「はぁはぁ…こんなに…や、優しい…のに…あああ! 身体がすごく…あっ! ふうううっ! イッてるのに…と、止まらない…あ、あの…ま、まだやるのですか?」

「まだだよ。いつもなら、このあたりから激しくしちゃってるかな?」

「は、はい。じ、自分でやるときは…うはっ! そ、そうして…います」

「疲れているとどうしても早く終わらせたくなっちゃうけど、それじゃ中途半端になって余計にストレスが溜まっちゃうからね。せっかくだ。今日は小百合さんを完全にリフレッシュさせるからね」


 男以上に女性の身体には入念な準備が必要である。

 「ちょっと待って」「まだ駄目」と言われるように、相手の準備が整っていないのに焦るから失敗する。何事も準備は大切なのだ。

 また、女性自身もそれを理解していないことがある。

 自分では「もう大丈夫」だと思っていても、身体はまだ覚醒途上のことが多いのだ。

 特に小百合のように外で働いている女性は、身体が硬い。サリータ同様、長く処女でいたために内部が悪い意味で締まってしまっている。


 それを―――押す。


「うひゃんっ!」


 ぴゅぴゅっ

 小百合の恥丘を少し圧をかけて押すと、中から汁が出てきた。

 これも『悪いもの』だ。

 こうしたものを取り除き、小百合をまっさらな状態にしてから、改めて自分の力を注ぐべきなのだ。

 ホロロに対しても初期の段階でこれをやっている。自分の妻になるべき女性にはしっかりとメンテナンスが必要なのだ。(シャイナにはやっていない)



「はーー、はぁああ…あー」


 小百合の目が、うっとりとしてきた。

 じんわりとした熱気が身体中に満ち、それに身を委ねることで緩やかな快感が断続的に続いている。

 その熱気も、今までとは違った。

 今までは梅雨のような蒸し暑いものだったが、こうして循環が進むたびに真夏のビーチで寝転がるような、からっとした陽気なものへと変化していく。

 解放的な熱量の中で、小百合は絶頂を迎えているのだ。気持ちよくて当然だろう。


「そろそろいいかな? 次の段階にいこう。よいしょっと」

「あひっ! そ、それは…前の!」


 ぐちゃっ にゅるるっ

 アンシュラオンが手に大量の命気を絡ませたまま、小百合の股間に押し当てる。

 小百合はその感触に驚き、思わず夢見心地から覚醒する。


「こ、この感触は…はー、はー! ま、まさか…あの時のですか!?」

「ああ、命気振動のこと? そういえば、最初はこれで失神しちゃったんだっけ?」


 サナが意識を失った(寝ていた)ので、慌てて小百合の家に駆け込んだ時の話である。

 面倒を見てもらったお礼として、命気振動でイカせてあげたのだ。

 処女かつ普段はこんな快感を味わえない彼女の身体は、自然とその味を覚えてしまったのだろう。

 脳は強い快楽を覚えて、またそれを味わいたいと思うものだ。


「はぁはぁ…はーはー」


 呼吸が荒い。相当興奮しているようだ。

 振動を感じた小百合の身体から一気に蜜が溢れ出る。これでもかと溢れ出る。

 それは紛れもなく「おねだり」の合図である。


「おお! すごくいい感じになってきたよ。ほらほら、これが欲しいのかなー? ぷるぷるぷるー」

「はーー! だ、駄目です! そんなに焦らしたら…ふーーふぅうん! 触られていないのに…身体が反応して…はぁはぁ!」


 触れるか触れないかのギリギリのラインで命気を振動させ、さらに興奮させる。

 その間も片方の手で太ももなどを刺激しているので、身体の中に命気が染み渡って感度を上げていく。


「ふーー、ふーー! あ、アンシュラオン…様!! は、早く…早く…し、してくださいぃいい!」

「えー、どうしようかなー」

「お、お願い、おねが―――ふひっ!!」

「はい。イッていいよ」


 小百合のおねだりに応え、手を押し当て―――振動。


 ブルブルブルブルブルッ
 ブルブルブルブルブルッ
 ブルブルブルブルブルッ

 ブルブルブルブルブルッ
 ブルブルブルブルブルッ
 ブルブルブルブルブルッ
 

 これをどう表現したらいいのだろうか。

 スライムよりも遙かに柔らかく、かといってどんなに強くしても破裂しない粘ついた水の塊が、優しくその部分をマッサージしている。

 張り付いたら離れず、それでいてしつこくない。上質なローションでもこれは再現できない。

 そんなものが女性器の形に沿って完全に密着して振動している。小百合が感じる場所をすべて網羅している。

 何よりもアンシュラオンのエネルギーが宿っている。エキスが入っている。力の一部が入っている。



 そんなものが普通の女性に打ち込まれれば―――




「ふひぃいいい! ひくううっ! い、いくいくぅううううっ!! あはあああああああああああああああああ!」




 ガクガクガクッ ガクガクガクッ

 ぶしゃーーーーーっ!


 小百合が激しく痙攣して達する。

 段階をいくつもふっ飛ばして、強烈な快楽が津波のように彼女を襲っている。

 がしっ

 そんな彼女の腰をしっかりと抱きしめる。


「はーーはーー! あ、アンシュラ…オン……さま?」

「小百合さんに、もっと素敵な世界を見せてあげるよ」

「ふううんっ! え? えええっ! ま、まさか…ふううっ! そ、そんな…わ、私…もうイッて……イッてぇええ…」

「それが限界じゃないんだ。自分だけでやるとそこで止めちゃうけど、オレが与える快楽ってのは、もっともっと上にあるんだよ」

「はあーー! あ、当たる…当たって……!」


 アンシュラオンのマイボーイが、小百合にあてがわれる。

 彼女にとって、今現在の状態だけでも最高の快楽である。そうだと思っている。

 しかし、魔人に愛される女性が得る快感は、それを遙かに凌駕するだろう。

 なぜならば、それがアンシュラオンに味方した者が得る最大の褒美なのだ。

 彼を選んだ彼女には、人間を超えた極限の世界を味わう資格がある。



「いくよー」



 ツプツプッ

 ボーイの尖端がゆっくりと中に入っていく。

 これだけ準備をしたのだ。完璧な状態になっているので不快な抵抗はない。

 感じるとすれば、小百合が持っている素晴らしい感触だけだ。


(小百合さんの中は、あったかいなぁ。処女だから多少固めだけど、なんとなく安心するな。彼女が持っている生来の気質がよく表れているよ)


 それぞれに個性がある。どれも素晴らしい。

 その中で小百合のものは、しっかりと締まりがありながらも、とても優しく自分を受け入れてくれた。


(小百合さんと初めて会った時が懐かしいな。名前からして日本人みたいだし、一番親近感を覚えたもんだよ。それがこうして正式にオレのものになるとは…いやぁ、感慨深いねぇ)


 思い起こせば、この都市に来てから最初に優しくしてくれたのが彼女である。(マキもそうだったが)

 初めての都市でまだまだ緊張していた自分を、彼女は受け入れてくれたのだ。

 かなり雑に扱っていながらも、これだけ慕って求めてくれる女性は珍しい。

 だから大切に大切に、労わるように愛情を送る。


 優しく優しく―――


 ずるんっ


「あはぁっ!! おほっ!! あああ、意外とするする…入って……ひくっ!!」


 ぷちゅんと処女膜を破る。

 命気で保護しているので痛みはないはずだ。

 それどころかさらに命気が浸透して、彼女の性感帯を微妙に刺激していくだろう。


「くふううっ! ふぅうんっ! ふーーー、ふーーーっ!」


 びくんびくんっ がくがくっ

 それでまた小百合が達する。

 限界を一つ超えた先にある未知の快感域に突入する。


「はーー、はーーーー! はあああ!」

「よかった。いっぱい感じてくれているね。うれしいよ。もみもみ」


 震える身体を抱きしめ包みながら、ついでに胸も揉んでおく。

 胸も度重なる絶頂によってだいぶほぐされ、ねっとりと手に絡みつくようになってきた。

 手に収まるサイズは揉むのに手頃で、ついつい転がすように触ってしまう。

 本格的に査定したいところだが、やはりメインは下だ。


 むくっ むくむくむくっ


「ああああっ!! な、何か大きく!!」

「小百合さんのサイズに調整しているんだよ」

「ちょ、調整です…か!? そ、そんなことが…できるの…あはっ! ですね!!」

「普通の男はできないんだけど、オレならば簡単なんだ。うん、こんな感じかな」

「んふっ…ふはっ!」


 ここでも肉体操作を使って、マイボーイを小百合のものにアジャストさせる。

 自分が持つ技能の中でも、女性が一番感じるポイントを素早く探す技術は秀逸という自負がある。

 なにせ姉のパミエルキの中といったら、常に変幻自在に形を変えてくるのだ。

 圧力も柔らかさもその時々で違う。これはアンシュラオンと同じく膣内部を操作して、男性器が一番感じるポイントを攻めているからだ。

 それによって何度イカされてしまったことか。

 それに負けじと鍛練を積んだこの男を侮ってはいけない。性技においても魔人の領域である。


 そんなものが動けば―――





「あっ…あっ!! ぴ、ぴったりはまったものが…あああ! 入る…はいるうううううう!! 小百合の奥に……ふうううううううううううんっ!! ああああああ!! い、いくうううううっ!!」




 ガクガクガクガクッ

 ビクビクビクビクッ



―――達する



 アンシュラオンに触れられるだけでも達してしまうのに、ボーイを入れられたら仕方ないだろう。

 しかし、そんな状態でも快楽は止まらない。


「んんっ!! す、すごっ……いっ! 全然…おさまら……なっい! ひくううっ! あはーーー! 小百合、おかしくなっちゃうううううううう!」


 痙攣が止まらない。そうにもかかわらず快感も止まらない。

 際限なく上昇し、上昇し続け、それに伴って意識も覚醒していく。

 頭の中が温かい湯で満たされたような快楽と、冷たい水で肌を刺激されたような相反するものが同時に感じられ、ストッパーが発動することを許してくれない。

 快感が限界をさらに突破したのだ。

 すでに『一般の人間』が知覚できる領域の限界に近い。


「どう? いい?」

「ああああああ! あはーーーーーーっ!! イ、イイイイッ! さ、さいこう……ですうう!! うひっ!! と、止まらないぃいいい…!!」

「感度もいいね。サリータよりもいいかな?」


 サリータも感度はなかなかよかったが、おそらく小百合のほうが上だろう。

 名前や容姿も相まって日本人らしさもあるので、改めて上質な素材であることを認識する。

 だから、彼女が絶対的に自分のものであるという『マーキング』をしておかねばならない。


「奥に―――こつん」



「っ―――!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 小百合が声にならない声を出して、言葉にならない超絶な快楽の波に呑まれていく。


「はひーーはひーーーー!」

「初めてだから、これくらいにしておこうか。このままだと壊れちゃうしね。じゃあ、出すよ」

「は、はひーーーーー!」


 ドプッ ドブドブドブドブドブッ

 すでに感覚が焼き切れそうなほど感じているので、ここでも手加減をして白くてどろっとしたものを放出する。

 それがゆっくりゆっくりと小百合の中に入っていき―――満タン。




「はーーーっーーーーーーー!!!! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――――――――――――――――――――――!!!!」




 腹の中がすべて満たされている感覚。

 自分よりも遙かに強大なものに支配されているという【安心感】。

 シーバンと同じく、彼女は庇護されることを望んだ。

 だからこそ得られる強大な力の片鱗を、彼女は今感じているのだ。



―――ブツン



 ここで小百合の意識が途切れた。

 一般人で感じられる限界を超えてしまったのだ。


(しょうがない。小百合さんは武人じゃないからね。マキさんならプライリーラほどじゃなくても耐えられるだろうから、ちょっと激しい感じのは彼女でやろう)


 こうしてアンシュラオンは小百合を自分のものにした。

 残す妻はマキだけだ。彼女も実に楽しみな素材であろう。



 後日、小百合にこの時の感覚を訊いて見たところ、「空の海を漂っている感じ」だったそうだ。

 どうやら宇宙にまで達してしまったようである。

 瞑想で得ることができる、人間が得られるであろう究極のエクスタシーを感じていたようだ。

 さらにお互いが望んで結ばれる円満な行為でもあった。それが一番大切である。




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