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「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」

作者  園島義船



□ 番外編 「帰還者」


417話 ー 423話




417話 「ネビュエル・ゴース〈死滅の御手〉の足音 前編」


 ブロロロ

 おっぱいの妖精が小百合と楽しんでいた夜、一台のクルマが荒野を走っていた。

 そのクルマは、このあたりでは非常に珍しいタイプのものである。


 なぜならば、それには【タイヤ】が付いているからだ。


 起伏の激しい場所を通るたびに、ガコンガコンと大きくクルマが揺れる姿は、間違いなくタイヤによって地面を走っている証拠であろう。

 形としてはジープに近いが、サイズが大きいので地球人が見たら工事用の巨大トラクターに見えるかもしれない。

 通常クルマといえば風のジュエルを使った浮遊型を指す一方、前にも述べたように接地型がないわけではない。

 この世界には地球から転生した者たちによって、さまざまな技術が伝わっている。その中にはタイヤもある。

 最初は浮遊型を楽しんでいても、やはりタイヤの感触も欲しくなるのだ。

 魂が欲すると言うべきだろうか。魂に刻まれた傾向性はなかなか消えないものだ。

 そういったタイヤ愛好者たちによって、ごくごく一部の流通ルートではあるが、しっかりとタイヤは生産されているのである。


「ふんふーん♪」


 運転席では真っ黒なライダースーツを身にまとった男が、ご機嫌で運転していた。

 髪の毛は少し縮れたアッシュブラウンの長髪で、口元には無精ヒゲがいくつも見られる。

 やや垂れ目だがキレのある鋭い目、スーツの上からでも鍛えられているとわかる肉体。

 容姿に手入れなどまったくしていないとすぐにわかるラフな様子と、鍛えるべきところはしっかりと鍛えるという洗練されている様子がうかがえる微妙なバランス感覚を持っている。

 それらの風貌全体から【無頼者《ぶらいしゃ》】の雰囲気が漂っており、これでもかといわんばかりに荒野が似合う男である。


 口に安っぽいタバコを咥える。

 ボッ

 特に何もせずに火が付いた。手はハンドルを握っているので、ライターや火付け石を使った様子はない。

 おそらく火気を操って付けたのだろうが、タバコは焼け焦げることなく静かに火を灯していた。

 優れた武人が一目見れば、これが相当な技術によってなされたことがわかるだろう。

 火属性はとても「暴れやすい」性質を持っているので、未熟な人間が使えば爆発すらしかねないものだ。

 ソイドビッグがこれを真似したら暴発して、自身の顔に間抜けな焼け跡が残ってしまうに違いない。もちろんタバコは粉々だ。


「ふんふーん♪ 景気良くいくかー」


 男はカーオーディオのスイッチをオンにする。

 この機材一つ見ても、東側の技術では滅多にお目にかかれないものだ。このクルマも西側の技術を使って造られたことがわかる。

 チャララーーンッ チャンチャンチャンッ

 そして、車内に軽快なロック―――ではなく、しんみりとしたバラードが流れる。

 雰囲気としては、演歌とシャンソンが混じったような独特の雰囲気を持った曲だ。


「愛する人を〜〜〜探してぇえ〜〜〜今日も荒野を歩く旅人〜〜♪」


 男はさらにご機嫌になって熱唱を始める。

 好きな曲なのか、出だしからノリノリである。

 これが上手ければよいのだが、お世辞にもそうとは言えないのが困ったところだ。

 しかし、歌っている当人は口内で音が響くために「案外そこそこ上手い」と思ってしまうものである。


「あなたが望むなら〜〜〜空すら飛んでみせましょう〜〜〜オアシスに咲く花を捧げましょう〜〜〜♪」


 ガコンガコンッ バコンッ

 ガタンゴトンッ バコンッ


 熱唱が続く中、クルマが大きく揺れるたびに後部座席で何かがぶつかる音が鳴る。


「………」

「………」


 言い忘れていたが、このクルマに乗っているのは一人ではない。


 後部座席には【二人の人物】が座っていた。


 一人は黒と灰色の斑模様のフードを着た大きな身体の人物。

 顔は見えないので年齢はわからない。身体もすっぽりと覆われているので情報は少ないが、男であることは雰囲気から伝わってくる。

 運転手の男より二回りは大きいだろうか。地球の車と比べればかなり広い車内であっても、頭が天井に届きそうだ。

 そんな状態なのだから、クルマが上下に揺れるたびに頭を頻繁に天井にぶつけている。

 もう何度ぶつけているだろうか。いつしか天井のほうがボコボコにへこんでしまっていた。


 もう一人の男は、黒い鎧を着ている若い男性だ。

 ただし、鎧と呼ぶには膨らみが少ないように思える。

 鎧というよりは、コールタールが身体にべっとりと付着した、と言うべきか。

 その無表情で平べったいものが彼の左半身、腕から肩、胸、左脇腹にかけてを覆って鎧のように見せているわけだ。

 正直、これが何だかよくわからない。

 誤って黒いペンキが左半身にぶちまけられた、と形容したほうがいいのかもしれないほど不思議なものだ。

 その反面、顔はまともだ。この異様な雰囲気の鎧を除けば、おおむねイケメンと呼べる範囲に収まっているだろう。

 枯れた草色の長い髪の毛が腰まで伸び、紫の瞳が印象的な男だ。


 だが、それ以上に―――冷たい目の光が印象に残る。


 その目に見つめられたら多くの者が萎縮してしまうだろう。

 他人を近づけさせないような圧力がひしひしと感じられる。



「あぁああ! あなたを失った痛みをぉおお〜〜〜〜! どこで癒せばいいのでしょう〜〜〜〜!」


 ガコンガコンッ バコンッ

 ガタンゴトンッ バコンッ


 クルマは荒野を進む。北へ北へと進む。


 ガコンガコンッ バコンッ

 ガタンゴトンッ バコンッ


 その間もクルマは揺れ続け、大きなフードの男の頭が天井に打ち付けられ続ける。

 ダカールラリーを観ればわかるが、ここは本当に過酷な環境にある。車の揺れ方も半端ない。

 進めば進むほど揺れは激しくなり、男が頭を打ち付ける音も加速していく。(若い男は手で防いでいるので頭は打ちつけていない)


 ガコンガコンッ バコンッ

 ガタンゴトンッ バコンッ


「………」

「愛にはぐれた旅人は〜〜〜〜! どこで愛を探せばいいのでしょうぉおおおお〜〜〜〜!」

「おい、やめろ」

「おお、オアシスよーー! 男と女は〜〜〜! いつだって心に愛を秘めて〜〜〜〜!」

「おい、やめろ」


 ガコンガコンッ バコンッ

 ガタンゴトンッ バコンッ


「再びオアシスで〜〜〜あなたと出会う日までぇえええーーーー! 愛は、愛はぁ〜〜〜〜〜!」

「…やめろと言っている」


 シュッ バゴンッ ジジジジッ

 フードの男の腕から何かが飛び出ると、それがぶつかってカーオーディオを破壊する。

 ピタッ

 音楽が止まった。


「永遠のカナリア〜〜〜……って、何をしやがる! 一番気持ちいいところだろうが!!」


 最後の締めが歌えずに、ライダースーツの男は不機嫌そうな声を出す。

 だが、フードの男も負けないくらい不機嫌そうな声で反論する。


「熱唱するな。うるさい」

「オレの勝手だろうが。これはオレのクルマだ」

「同席しているのだ。それくらいわきまえろ。それになんだ、その歌は。聴いているほうが頭がおかしくなりそうだ」

「んだと? こんな綺麗な夜に聴くなら、オンバーン姐さんの『愛する男女のオアシスサンバ』だろうが!」

「どこのどいつだ。そんなマイナーな歌は知らん」

「なんでオンバーン姐さんを知らねえんだよ! 東大陸で大人気の歌手だろうが!」

「そんな話は聞いたことがない。でっち上げるな」

「一ヶ月前の東方自治区売り上げランキング五位だぞ!! 普通は知ってるだろうが!!」

「ほぅ、五位か」

「ああ、そうだ! どうだ! どこから見ても有名だろう!!」

「では、翌週は何位だ?」

「あ?」

「その五位になった翌週は、何位になったのだ?」

「…そりゃ……いろいろあったからよ…調子が悪いときだってあるさ。なぁ、お前にだってあるだろう? 運悪くそうなっちまう時がさ。それと一緒だ」

「御託はいい。だから何位だ?」

「……八百九十七位」

「素直にランク外と言え。おおかたお前がCJを買い漁ったのだろう。それで無理やり引き上げたな?」

「な、なぜそれを知っている!!」

「やはりな。お前のやりそうなことだ」


 アイドルグループと一緒で、同じ客が大量のCDを買い漁ることで売り上げを伸ばす手法だ。

 といってもオンバーンに投資しているのはライダースーツの男だけなので、買える額にも限界がある。

 翌週になれば、あっという間にランク外に飛んでしまうのだ。逆に言えば、それが通常の順位でもある。

 ちなみに「CJ」とは、コピージュエルを意味する。記録型ジュエルの一つで、音楽等を録音して売り出すために使われるものだ。

 当然ながら大容量のものほど高くなり、東大陸ではまだまだ流通が整っていないものの一つである。


「ちっ、どうしてこの良さがわからねえんだ。お前らの耳は節穴か!」

「それを言うなら耳ではなく『目』だろうが。耳なら籠耳《かごみみ》か笊耳《ざるみみ》だ。どちらにしても無意味な議論だし、この環境にもうんざりだ。そもそもなんだ、このクルマは。揺れすぎだ」

「カァー、これがいいんだよ。これがな! わかるか? この揺れがあるから『車』なんだ!」

「クルマはクルマだろうが」

「それが違うんだなぁ。サスペンションが軋む感じが最高だぜ! ひゃっほー!」


 ガタンッガタンッ ギィイイイッ


 ライダースーツの男は、クルマが大きく揺れる感覚を楽しんでいた。

 どうやらわざとこの状態にしてあるようだ。


「ふざけるな。お前の道楽に付き合っていられるか。こんなクズクルマには、もう乗っていられん」

「あっ、オレのローラちゃんを馬鹿にしやがったな!!! いくらしたと思ってんだ!! そこらの武装商船の数倍の値段だぞ!」

「完全に金銭感覚が狂っている。これだからマニアは…」

「けっ、てめぇみたいな不感症に良さがわかってたまるか。なあ、兄さんよ。あんたならわかるよなぁ? この良さがよ」

「歌ですか? クルマですか?」

「両方だよ」

「悪くはないと思います。これも新しい刺激でしょう」

「カカカッ! だってよ!!」

「ふん、新入りの意見にどれだけの意味がある」

「新入りたって、もうけっこう経つじゃねえか」

「まだ認めてはいない」

「リーダーが連れてきたんだ。実力は問題ないだろう?」

「それだけでは駄目だ。我々の【理念】を理解しなくては同志ではない」

「カー! てめぇは見た目のわりに細けぇんだよ。強ければいいのさ、強ければな。あー、いいね、荒野は。何にもなくて、だだっぴろいだけでさ。これだよこれ。これが荒野のいいところさ」



 ガタンッ―――バンッ!!


 ガタガタガタガタッ!!


 その瞬間、明らかに今までと違う音がしてクルマの挙動がおかしくなった。

 揺れも激しくなり、速度も急激に落ちる。


「ああ!? なんだぁあ! どうなった!?」

「何か踏みませんでしたか? 音が違いましたね」

「ちくしょうっ!! 調べる!!」



 ライダースーツの男がクルマを止めて、フロントタイヤを調べる。

 直後、男の叫び声が聴こえてきた。


「あーーーーー! ローラちゃんがああああああ! タイヤがバーストしたぁあああああ!」


 調べるまでもない。見た瞬間にわかるほどタイヤが完全に破裂していた。

 荒野には何もないように見えて、いろいろなものが落ちている。

 魔獣の牙や骨、棘やらが転がっていることもあるので何かに引っかかったのだろう。


「なるほど。これが荒野の良さか。私には理解できんな」


 フードの男も降りてきて、現状を把握する。


「ちげーよ! うおおお! ふざけんな、あの便利屋!! こんなすぐバーストするタイヤを売りつけやがって!! 質が悪すぎるんだよ!!!」

「それを見破れなかったお前の目が悪い。そもそもタイヤなどというものを使うほうが悪い」

「うるせえ!! ロマンがわからないやつは黙ってろ!!」

「ロマンで立ち往生していれば世話がないな。こんな何もない荒野でどうするつもりだ?」

「直すから待ってろ!!」

「予備はないのか?」

「ない!!」

「…そうか。ないのか」

「おう! だから待ってろ!! オレは絶対にローラちゃんを見捨てないぜ!!」


 ライダースーツの男は後部にある大きなトランクを開けて、いろいろな工具を持ち出してきた。


 その様子を見つめながら、フードの男がそっと場を離れる。

 そこにクルマを降りた若い男が近寄ってくる。


「直りそうですか?」

「クロスライルのことなど当てにはできん。予備を買っていない段階で計画性が皆無だ」

「なるほど、たしかに…」

「地図を見る限りでは、グラス・ギースという都市までは五百五十キロ…といったところか。走ったほうが早そうだ。時速二百キロで走れば三時間もかかるまい」

「そう簡単にいくでしょうか?」

「なんだ新入り? 異論があるのか?」

「ここは通常の交通ルートからだいぶ離れた場所です。クロスライルがルートを外れて北上した結果、『警戒区域』と呼ばれているエリアに入っています」

「だからどうした?」

「南部出身のあなた方には実感が湧かないでしょうが、北部では魔獣が生態系の頂点にいます。地図上で見れば五百キロですが、実際にはその三倍以上はあると思ったほうが無難です」


 グラス・ギースがある東大陸の最北部は、火怨山がすべての中心になっている。

 そのレベルがどれだけ高いかは周知の事実であろう。北に行けば行くほど魔獣が強くなっていくのだ。

 だからこそ人々は魔獣に遭うことを最大の危機と考え、安全な交通ルートを使う。

 それでも絶対に安全とは言いがたい。時折強力な魔獣が出没し、商船を軽々と沈めることもある。

 しかもルートの途中には山や崖なども普通に存在する。

 よく中国で見かけるような切り立った山々が点在するのだ。まさに秘境、あるいは魔境と呼んで差し支えない。


 そんな場所で、移動手段を失う。


 普通の人間ならば、その瞬間に心臓が止まった気分を味わうだろう。

 もはや絶望。死に至る道しかないと嘆く。ここはそれだけ厳しい場所なのだ。




418話 「ネビュエル・ゴース〈死滅の御手〉の足音 中編」


 周囲は真っ暗闇だ。

 こんな場所に取り残されたら常人では発狂してしまうに違いない。

 しかしながら、この男たちは普通ではなかった。


「…魔獣か。たかが魔獣を怖れるとは、やはりお前は腰抜けだ。だから認められないのだ」

「魔獣を甘く見れば死にますよ」

「それが脆弱だと言っている」

「無知は罪ではありません。しかし、現実は変わりません。ここにはあなたよりも強い魔獣が山ほどいます。私はそれを知っていて、あなたは知らないだけです」

「言ってくれるな、新入り。『ネイジア〈救済者〉』のお気に入りだからと図に乗っているようだ」

「そんなつもりはありません。彼…いや、彼女とは少しばかり縁があったにすぎません。それだけのことです」

「その態度が気に入らん。【我らが国】には、統一された【思想】が必要なのだ。すべてが正しく強い者によって維持されねばならないという絶対の思想がな。お前はそれを理解する必要がある。これは義務だ」

「あなたのおっしゃることはわかります。私もいくら努力しようが絶対に届かない存在がいることを知っています。すべてはその存在によって統治されるべきです」

「そうだ。それがネイジアだ」

「はたしてそうでしょうか?」

「なんだと?」

「あなたにとっては、それが【神】なのでしょう。ですが、それもまた絶対ではありません」

「救済者を愚弄するのか?」

「いいえ、それ以上のものが存在することを知っているだけです。…彼女の思想は好ましいとは思いますが、それが実現できるとは思えません」

「なぜだ?」

「単純なことです。力が足りないからです」

「それこそが無知よ。まさに神の如き力を持つネイジアは無欠だ。我らが崇める存在だ」

「この世には神すら殺せる存在がいます。彼女も無敵ではないのです」

「…いい度胸だ。私の前でネイジアをこき下ろすとはな。温厚な私もさすがに怒りを隠しきれん。ここで殺されても文句は言わせんぞ」

「あなたに私は殺せませんよ」

「『メイジャ〈救徒《きゅうと》〉』同士での戦いは禁止されている。しかし、思想を持たぬ者を同士とは呼ばぬ。お前を殺しても罪には問われない。ただ異物を排除したにすぎん」

「そういう意味ではありません。JB・ゴーン、あなたの【実力】では私は殺せません」

「………」


 ズルルッ


 空気が―――変わった。


 フードの男、JBから非常に生温い殺気が放たれたのだ。

 凍てつくような鋭いものではなく、じわじわと迫って絡みつくような妙な気配だ。

 それが首やら手足に巻きついて絞め殺そうとしてくる。常人ならば息苦しくなって窒息死してしまうほどの圧力だ。

 しかし、そんな殺気に襲われても若い男は平然としている。

 「やりたいのならば、どうぞ?」といった挑発的な態度だ。それがまたJBの癇に障る。


 二人が自然と戦闘態勢に入る。


 若い男は腰の剣に手を伸ばす。

 それに対し、掌を向けて牽制するJB。

 互いにまだ動かない。レベルの高い武人同士では一瞬で勝負が決まることもあるので、勝負を急がないのだ。


「不純物を消し去る。それも私の役目だ」

「より強い者が生き残る。それもまた自然の摂理でしょう」

「そして、弱い者が死ぬ。お前が死ぬのだ」

「いいえ、私は死にません。死ぬのはあなたのほうです」

「小童《こわっぱ》が…! 救済者への冒涜を痛みとして思い知れ!」


 場慣れしていない素人は、仲間同士で争うなんて愚かな連中だ、と思うかもしれないが、これが荒野での日常である。

 この大地にいくつ無駄な血が流れてきたことか。多くの者がこうして散っていった。

 されど、それはすべて弱い者の血である。

 彼らの血肉を吸って大地は栄養を得て、再び芽吹く。それが自然の摂理であり循環というものだろう。




 JBの腕から何かが出ようとした瞬間―――





「あのよ、ちょっといいか?」




 ライダースーツの男、クロスライルが制止する。


「クロスライル、止めるな」

「いやー、そうじゃなくてよ」

「タイヤが直らないのは知っている」

「んだと、てめぇ! そんなふうに思ってやがったのか!! って、そうじゃねえよ!」

「では、何だ? こちらは忙しい。邪魔をするな」

「あー、オレが邪魔をするわけじゃねえよ。だがな、ちとお客さんが来たみたいだぜ」

「客? このような荒野でか?」

「オレの可愛いローラちゃんの処女をぶち破った、ふてぇやつらのお出ましだ」

「………」


 JBが若い男を牽制しながら波動円を広げる。

 自分の周囲から一気に百メートルまで広がり、そこからゴムのように二百メートルまで伸びる。

 この範囲内においては、自分を脅かす存在は二つしか確認できない。

 それはクロスライルと若い男のことなので、すでにわかっていることである。


 次に視線を少し外し、クロスライルのほうに向く。

 夜が更けて空には『海』が輝く時分だ。

 周囲に灯りがあるわけもないので、この状態だと常人では五メートル先も見通すことはできない。

 しかし、JBの目は闇夜を突き通し、その奥に光るかすかな光源を見つける。


 ギラギラ ギラギラ


 月明かりを反射したいくつもの光が、こちらをじっと見つめていた。


 それは―――【目】


 意識ある者が発する輝きである。

 当然、この荒野に人間がたくさんいることも珍しいので、これは【魔獣】のものだ。


「魔獣?」

「囲まれていますね。どうやらこのあたりは彼らの縄張りだったようです」


 若い男が剣から手を離し、周囲を見回す。

 すでに人間同士で争っている余裕はないと判断したのだ。

 この若い男は、魔獣がいかに怖ろしいかを肌身をもって知っているからだ。


「あれを知っているのか?」

「魔獣の知識にはそれなりに自信があります。あれは『レクタウニードス〈重磁大|海象《せいうち》〉』でしょう。ですが、これだけの数を見るのは初めてです」


 夜に光る双眸の輝きは、まさに無数。

 星々が落ちたのではないかと思うほど至る所で輝いている。

 彼らが二つの瞳を持つとして、その総数はどれくらいになるだろうか。おそらく五十頭は下らないだろう。

 地球でもアマゾンのような場所となると、何もないように見える水辺に大量のワニが潜んでいることも珍しくない。

 それと同じように闇の中に数多くの魔獣が潜んでいた。


「これだけの数がいつの間に…」

「これが魔獣の怖さです。人間とは気配そのものが違います。常に厳しい環境にいるので姿の隠し方も人間の比ではありません。知らずのうちに囲まれるなど、この荒野では往々にしてあることです。だからこそ細心の注意を払って慎重に少しずつ進むのです」


 JBは波動円を二百メートルは伸ばせる男だ。

 伸ばせるからといって強いとは限らないが、並の武人でないことはすぐにわかるだろう。

 ガンプドルフが三百メートル伸ばしたことからも、彼の実力が相当高いことをうかがわせる。

 それが夜とはいえ接近に気付かなかったのだ。少なからずショックを受けて当然だろう。

 これは魔獣側が気配を殺すことに優れていたことと、波動円にもいろいろな種類があること、最後にJBが魔獣戦に不慣れであることが挙げられる。

 JBは対人戦闘のプロフェッショナルだが、南部を拠点に活動しているので、どうしても強力な魔獣との戦闘経験が少ないのだ。


「逆にクルマが止まってよかったのかもしれません。彼らの群れの中に入ったら、もう取り返しがつきませんでした。ですが幸いにも、彼らにこちらを攻撃する意思はなさそうです」

「だが、友達ってわけでもなさそうだぜ? 見ろよ、あんなに真っ直ぐな目をしてやがる。いい目だ。あれは平気でオレたちを殺せる目だぜ。クールだねぇ」

「魔獣とはそういうものです。存在そのものが人間とは違うのです。だから平然と相手を殺せます」

「なるほど。オレらが虫を踏み潰すみたいなもんか」


 彼らはとても静かだ。音もまったく立てないで、じっと見ているだけだ。

 といっても、それは好意的な視線ではない。

 観察…いや、監視をするような視線だ。こちらが敵かどうかを見定めようとしているものである。


「レクタウニードスは、そこまで好戦的な魔獣ではありません。しばらくじっとしていて敵意がないことを示してから、徒歩でゆっくりと移動しましょう」

「オレのローラちゃんはどうするんだ?」

「ここでクルマを使うのは得策ではありません。あとで回収すればよいのではないでしょうか?」

「誰かに盗まれたらどうするんだよ!」

「ふん、こんなクルマを誰が盗む。魔獣も欲しがらないだろうな」

「うるせえ! 乗せてもらったくせに偉そうな口を叩きやがって!! オレはローラちゃんを見捨てないからな!!」

「勝手にしろ。だが、そんな心配をする必要もない」


 何を思ったか、スタスタとJBが歩き始める。


「JB、まだ早いです。もう少し止まっていたほうがいい」

「勘違いをするな。逃げるつもりはない」

「では、どうするのですか?」

「愚問だな。メイジャ〈救徒〉ともあろうものが、この程度の魔獣に怖れを抱いてどうする。殲滅すればいいだけのことだ」

「ここで戦う理由がありません。勇気と蛮勇は違います」

「腰抜けが。だからお前は新入りという扱いから格上げされないのだ」

「あなたはまだ魔獣の怖ろしさを知らない。彼らが自然の体現者であることを知らないのです。我々は自然と共に生きねばなりません。今現在、北部が魔獣の聖地となっていることには理由があるのです」

「その理由も臆病者が生み出したものであろう。かまわん。お前はそこで見ていればいい」

「JB…!」

「無駄さ。あいつは堅物で神経質なのに好戦的だからな。意味がわからねえよ」

「クロスライル、あなたも止めてください。私よりも付き合いが長いはずです」

「あいつがやりたいっていうなら、べつにいいんじゃねえの? 死んだらそれまでのことさ。オレたちはお友達ってわけでもねえからな」

「ネイジア・ファルネシオが語る『国』とは、人々が共に生きることではないのですか?」

「まあ、救済っていう、ご大層な名前が付いているくらいだからな。当人たちはそのつもりなんだろうよ。中央の組織にはJBみたいな崇拝者も多いぜ。ハハハ、笑わせるな」

「あなたは違うと?」

「さてね。オレにとっちゃどうでもいい話さ。この世界の発展に興味があるわけでもないし、期待もしていない。どこもつまらん世界さ。それならせめて楽しく生きたほうがいいだろう? 世界を変えるんじゃない。自分で自分を楽しくするのさ。見ていて楽しいなら、迷いなくそっちを選ぶぜ」

「組織に入ったのも楽しいからですか?」

「ファルネシオが強いのは間違いない事実だ。そこには興味があった。ただ、そろそろ飽きたかな。なんとなく足りないものがあるって感じている。…って、こんなことをJBに言うなよ。絡まれると面倒だからな。まっ、ここであいつが死ねばそんな心配もないがな。カカカッ!!」

「………」


(クロスライル、不思議な男です。彼からは『あの人』に似た空気を感じる。どこか達観したような、何かを見てきたような深みがある)


 付き合いがあるというほど長い月日を一緒に過ごしていないが、この男には独特の気配や雰囲気がある。

 まるで、あの日見た『英雄』の如く。

 まったく違う存在であるか、どこか彷彿とさせるものがあった。


「おっと、そろそろやるみたいだぜ」


 クロスライルが、面白そうな視線を前方に向ける。

 そこにはレクタウニードスに接近しているJBの姿があった。




 JBが近寄る。

 ずるる ずるる

 それに反応して一匹のレクタウニードスが巨体を引きずりながら近寄ってきた。

 レクタウニードスは巨大なセイウチのような外見をしており、左右の口から飛び出ている大きな牙が特徴的な魔獣だ。

 陸上で活動しているため、鰭脚《ききゃく》(ヒレの部分)はしっかりとした足になっており、移動するための爪も生えている。

 大きさは最大級ともなれば八メートルには達するが、地上のものよりやや大きめの五メートル前後が一般的である。

 人間としては巨躯のJBから見ても、彼らは大きな存在であった。

 それでもまったく臆することはない。堂々と正面から向かい合う。


 すっ

 JBが手を伸ばした。

 レクタウニードスは、ヒゲを震わせながら顔を手に近づける。

 猫が初めて見るものに鼻を近づけて匂いを確認するのと同じく、目の前の人間がどのような存在なのかを見定めるためだ。

 この段階で、この魔獣が比較的温厚であることがわかるだろう。

 ヤドイガニのような獰猛な肉食魔獣ならば問答無用で襲ってくるものだが、こうして相手を確認するのだから知性ある生物であるといえる。

 しかし、JBにはまったく共生の意思はない。



 敵は―――殲滅するのみ。



 ずしゃっーーー! ブスッ


 JBの腕から何かが飛び出し、レクタウニードスの顔面に突き刺さった。


「ゴォオオオオオオオン!」


 突然のことに驚き、まるで鐘を叩いた音に似た鳴き声を発しながら、レクタウニードスが顔を背けようとする。

 だが、そんな隙も与えずにJBは次の行動に移っていた。


 シャシャシャシャシャッ ブスブスブスッ!!


 飛び出したものは一つや二つではない。

 さらに無数の縄のようなものが服の裾から飛び出て、次々と顔に刺さっていく。


「ゴオオンッ!! ゴオオオオオオオ!」


 レクタウニードスは首を大きく回して振りほどこうとするも、がっしりと食いついているので離れない。

 その大きな巨体を見れば、かなりの膂力があることは容易にわかる。

 が、JBは片腕一本で動きを完全に押さえ込んでいた。


 ズズズズズズッ ドバッ!!


 そのまま顔から体内に入った縄が移動して、脳を破壊。


「魔獣のくせに油断が過ぎるな。その代償は―――死だ」


 ぐぐぐっ

 縄を出した腕を引っ張り、すでにビクビクと痙攣しているレクタウニードスの顔を固定する。

 そこに―――膝蹴り。


 真下から放たれた強力な一撃が―――


 ボンッ!!


 鈍い破裂音を響かせながら、レクタウニードスの頭が吹っ飛んだ。

 わざわざ脳を破壊する必要もなかったと言いたくなるほどに、頭部そのものが消失してしまった。




419話 「ネビュエル・ゴース〈死滅の御手〉の足音 後編」


「心臓も潰しておくか。どこだ?」


 ズブブブブブッ ザクザクザクッ

 内部に入り込んだ縄が、頭部を失って痙攣している魔獣の中を蠢く。

 さまざまな臓器を破壊しながら、腹のあたりに心臓と思わしきものを発見。


 ぎゅるぎゅるぎゅるっ ぐしゃっ!!


 縄が絡みつき、破砕。

 心臓を粉々に破壊する。


「―――!!」


 バタンッ

 レクタウニードスは、電池が切れた玩具のように突然動きが止まって倒れた。


「魔獣も人間と同じだな。脳と心臓を破壊すれば機能を停止する」


 JBは生物を滅することに長けた武人である。人間が専門ではあるが、魔獣も同じ生物であることには違いない。

 こうしてしっかりととどめを刺そうとするのは、殺し屋の本能だろうか。

 逆に言えば心臓を破壊するまで動いていたので、やはり油断はできないということでもある。


 じゅぼぼぼっ

 縄が再び裾の中に戻っていった。

 魔獣の血肉に塗れた縄をそのまましまってもいいのかと疑問が湧くが、縄から何やら粘膜のようなものが出て、血などを綺麗に洗い流している。

 この様子からただの縄ではないことがわかるし、レクタウニードスの身体の大半は分厚い脂肪が凝縮したもので構成されているので、非常に強固である。

 仮に剣で刺しても、そのままでは臓器に達することはないだろう。それ以前に並大抵の剣士の一撃ならば、途中で止まってしまうかもしれない。

 それをいともたやすく貫いたのだ。恐るべき攻撃力を有した武器であるといえる。



 こうしてJBは、楽々と一頭を殺した。

 否。

 殺してしまった、というべきか。




「「「 フォオオオオオンッ!! フォオオオオオオオンッ!! 」」」




 ドンドンドンドンッ ドンドンドンドンッ!!

 ドンドンドンドンッ ドンドンドンドンッ!!

 ドンドンドンドンッ ドンドンドンドンッ!!


 他のレクタウニードスたちが金切り声を発しながら、大地を強く叩き始めた。

 具体的に何を言っているのかは理解できない。人間に魔獣の言葉は簡単に理解できない。


 しかし、『感情』ならば理解できる。


 集団で生活する魔獣の中には二つのタイプがある。

 一つは草食動物に見られるような、誰かが犠牲になっている間に逃げることで、群れ全体の生存率を上げるという手法だ。

 もう一つはエジルジャガーに見られるような、強固な絆によって群れ全体で一つの個体として活動しているパターンである。


 レクタウニードスは、後者だ。


 彼らは仲間意識が強く、誰かが攻撃されていたら群れ全体で助けにいく。

 スズメバチがミツバチの巣に侵入してきたら、彼らは自分の命をも顧みず、敵対者に対して攻撃を仕掛けるだろう。

 レクタウニードスは、仲間を殺した相手を絶対に許さない。

 その目と声に明らかな憎悪と敵意を宿しながら、五十頭以上いる個体が同じ行動をしていた。



 この瞬間―――【JBたち】は完全なる外敵になった。



 こうして大地を踏み鳴らす行為は、群れ全体で意識を高める作業である。

 戦場に向かう前の戦士が気持ちを高めるように、全体で同じ行動をすることで闘争本能を高めているのだ。

 これから先、彼らはどんな犠牲を払ってもこちらを殺しにくるだろう。



 この声は、少し離れていた場所で見ていたクロスライルたちにも伝わっていた。

 周囲は完全に魔獣によって囲まれている。聴こえないわけがないだろう。

 だが、クロスライルは呑気に笑っていた。


「ハハハ、あいつらの鳴き声ってさ、『ゴーンッ』って言っている気がしねえ? JBの名前もゴーンだからよ、笑っちまうよな」

「笑い事ではありません。我々も敵だと思われています」

「だろうねぇ。でも、オレが始めた喧嘩じゃないしな」

「相手にそんなことはわかりません。見境なく襲ってきますよ」


 レクタウニードスに最低限の知能はあれど、やはり魔獣である。

 細かい事情など察してくれるわけがない。JBもクロスライルも若い男も、全部同じように見えるはずだ。

 そして、これは極めて危険な状況である。


「彼らがもし人間に対してまだ危害を加えていないグループだとすれば、今後人間に対して無差別に襲いかかる可能性が出てきます。そして最初の対応を見る限り、その可能性が極めて高いといえるでしょう」

「へー、そうなのか?」

「はい。彼らも学習します。このまま放置しておけば人間に害なす存在となるでしょう。また北部で犠牲者が増えます」


 こうなってしまえば、種と種の戦いである。

 一度人間を敵と認識した以上、その種全体を敵とみなすはずだ。

 熊が人間の味を覚えると登山者ばかりを襲うようになるのと同じく、またもやこの土地が魔獣の脅威にさらされることになる。

 ただし、これはJBの行動によって引き起こされた『人災』である。

 すべての魔獣が人間に敵対しているわけではない。純粋に静かに暮らしたい種族もいる。

 レクタウニードスは人間を餌としては認識していなかった。そのままならば共存は無理でも、互いに不干渉を貫くこともできた。

 だからこそ悔やまれる。


「攻撃しなければ、こんなことにはならなかったのですが…愚かなことを」

「カカカ、そりゃ仕方ねえ。オレたちは何かを殺すために生きている集団だ。ちゃんと名前にもあるだろう? 『ネビュエル・ゴース〈死滅の御手〉』ってよ。敵を死滅させるのが仕事だ。あいつはそれに従ったまでさ」



―――対武人殲滅集団 『ネビュエル・ゴース〈死滅の御手《みて》〉』



 南部を活動の拠点にしている暗殺組織の名前である。

 JBもクロスライルも若い男も、そこに所属している。


 ネビュエル・ゴースの構成員は11名。

 その構成員は『メイジャ〈救徒〉』と呼ばれ、厳選されているので誰もが一定以上の実力を持っている猛者たちである。

 能力にそれぞれ違いはあれど、どんな非戦闘系スキルの所持者でも最低でも第七階級以上の実力を持っていないと入ることは許されない。

 わかりやすく言えば、全員がマキやファテロナと【同等以上】だと思えばいい。

 そんな者が11人以上いるのだ。強いに決まっている。


 ただし、この組織は末端組織にすぎない。

 組織は全部で七つあり、全員で77人の構成員が存在するといわれている。


 その頂点に君臨するのが、二人の人物。



 「ネイジア・ファルネシオ」と「ネイジア・エルネシア」という双子である。



 最初は二人で始めた組織作りだったが、彼らがさまざまな『奇跡』を起こし、次第に力を伸ばしていった経緯がある。

 中には奇跡によって力を与えられたり、家族を癒してもらったりしたことをきっかけに組織に入った者もいる。

 そのせいか構成員全員ではないが、JBのように彼らを神聖視する向きがあり、ある種の宗教組織に近い雰囲気を感じさせる怪しい連中でもある。


 また、メイジャ〈救徒〉とは、ネイジア〈救済者〉によって助けられた者を意味する。


 そして今度は救済者の力になるために、その身も心もすべて捧げるために生まれた存在だ。

 JBを見れば、彼らがどんな者たちかがすぐにわかるだろう。

 ネイジアを絶対神聖視し、彼らのためならば相手を滅することも厭わない。仲間さえも思想を理解しないのならば排除するという徹底振りだ。

 その中で戦闘に特化したネビュエル・ゴース〈死滅の御手〉は、特に好戦的で危険な集団といえるだろう。

 よって、この結果は妥当でしかない。



「こうなれば殺《や》るか殺《や》られるかってことだ。まあ、いつものことさ。お前さんだってよく知っているだろう?」

「…ええ。もうやるしかありません。誠に残念ですが、彼らを排除するしかないようです。放っておけば一般人にも被害が出ます」

「カカカ、そうそう。それでいいのさ」

「しかし、このような傲慢な行為が人を衰退させているのも事実です。だから東大陸に文明が根付かないのです」

「博学だねぇ、兄さん。でもよ、この殺伐した世界でそれを言うかい? 自然の摂理のように、どうしても変えられないものってのがあるんじゃねえのか? それに対してはあがいたって無駄さ。受け入れるしかねえ」

「あなたも受け入れてきたのですか?」

「おうおう、当然だ。無駄なことは嫌いでね。受け入れちまったほうが楽さ」

「そうですか…」

「兄さんはファルネシオと同じ理想主義者かい? お勧めはしないねぇ。疲れちまうぜ」

「理想とまで呼べるものではありません。私はただ…強くならねばならないだけです。それが私の【宿命】なのです。『あの日』から私の人生は大きく変わってしまったのですから…」

「カカカ!! 宿命ね! そりゃしょうがねえな! 受け入れるしかない。好きだぜ。宿命ってやつはさ。なるほどなるほど、だからか。兄さんがファルネシオたちに好かれている理由がわかったよ! カカカカカッ!!」

「そんなに笑わないでください。恥ずかしくなります」

「いいや、立派だよ。あんたは立派だ。見習いたいものさ。いやほんと」


 ドスドスドスドスッ!

 レクタウニードスたちが動き出した。本格的に攻撃を仕掛けるつもりのようだ。

 それを見た若い男が動く。


「加勢に行きます」

「は? あいつのか?」

「ええ。この数ですから大変でしょう」

「やめとけやめとけ。勝手に手を出したら『噛み付かれる』ぜ。触らぬ神に祟りなし、さ。つーかお前ら、さっき殺《や》り合おうとしていたじゃねえか。助ける理由があるのか?」

「まだ死なれては困りますから」

「カカカ! それ、あいつに言わないほうがいいぜ。マジで殺されるぞ」

「そうですか? 本当のことを言っているだけなのですが…」

「あんたも天然だねぇ。JBとそりが合わないわけだ。まあ、好きにしな」

「あなたはどうするのですか?」

「べつに何もしないさ。する理由も義理もない。金をもらったわけじゃないし、ここで見てるわ」

「わかりました。ですが、お気をつけて」

「なあ、オレが言うのもなんだがJBのやつは強いぜ。あいつは生真面目なやつだからよ、修行も相当やり込んでやがる。なんつーかな、RPGだとレベルを99まで上げるようなやつなのさ」

「RPG…ですか?」

「そういうものがあるのさ。ともかく、あいつは限界まで自分を鍛えている。そのうえでさらに強くなろうとしている。どんな手を使っても、な。救徒ってのは本当にクレイジーな集団さ。強さこそがすべてなのは同感だが、あそこまでやる気力はオレにはねえな」


 クロスライルも戦闘力には自信がある。

 だが、JBと正面からやろうとは思わない。単純にレベルが高いこともあり、非常にやりにくい相手だ。

 たしかに目の前の魔獣は手ごわい部類に入るのだろうが、それでもJBが苦戦する姿が想像できないのだ。


「それには同感です。彼は強い。だからこそ私も救済者たちの中に入ったのです。他の方々も怖ろしく強い者ばかりだ。あなたを含めてね」


 若い男がこの組織に入った理由は、とてもシンプルだ。

 ネイジア・ファルネシオが率いる集団が、すべて強い武人で構成されているからである。

 彼らの思想は極めて単純だ。


 力によって―――【国】を作る。


 ただそれだけだ。


 東大陸の西半分は荒野が広がる未開の大地である。そこには明確な国家は存在しない。

 したとしても、すぐに潰れるような脆弱なものばかりだ。そんなものならば、あってもなくても変わらない。

 ならば、それを上回る強国を作ればいい。力によってこそ国の礎は生み出され、力によってこそ人という種は存続することができる。

 これもまた荒野に生きる者たちの真実の姿であろう。

 現に目の前には大量の魔獣がいて交戦状態に入っている。今回はたまたま分別が多少ある存在だったが、そうでないもののほうが多いのだ。


「ですがこれだけ長い間、国家が生まれなかったことには意味があります。特にこの北部では魔獣を侮らないほうがいいでしょう」

「元ハンターとしての忠告かい?」

「そうです」

「ああ、わかったよ。オレは自分であれこれ決め付けるのは嫌いでね。元ハンターのお前さんが言うなら従っておくさ。そのほうが楽だからな。カカカッ」

「ありがとうございます。では、行きます」


 淡々とした受け答えを終え、若い男は行ってしまった。

 クロスライルが加勢しないことに対して何も思わないのは、彼が【独り】であるからである。

 彼は何も頼っていない。仲間に助けてもらおうとか何かをもらおうなどと、まったく考えていないのだ。

 それは自分の力に対する自負であり、何よりも力をもっとも信奉しているからにほかならない。


 その後ろ姿を見ながら、クロスライルは奇妙な感情を覚えていた。


(あの若いあんちゃん、どんどん変わっていくな。入った頃はまだまだガキ臭さが残っていたが、いい目をするようになってきた。だが、あの雰囲気…何かヤバイ感じがするぜ。髪や目の色も変わってきたし…何か薬でもやってんのか? って、救徒はそんなやつらばかりか)


「さて、オレは愛しのローラちゃんを直すとするかね」


 我関せずと、クロスライルはクルマの修理を続けるのであった。

 が、魔獣に囲まれた状態でこんなことができる者が、いったいどれだけいるだろう。

 そこには武に対する絶対の自信がうかがえた。

 JBも若い男もクロスライルも、こんな殺し合いは日常茶飯事である。いちいち慌てる必要がないのだ。

 これがネビュエル・ゴース〈死滅の御手〉に所属する武人たちである。




420話 「死滅の担い手 前編」


「フォオオオオオオンッ!」


 ドスドスドスドスッ!!

 三頭のレクタウニードスが、JBを囲むように三方からそれぞれ迫ってくる。

 その動きにはまったく迷いがない。非常に統制がとれている。

 彼らの狩りは集団で行われるので、一体の敵を攻撃するのにも慣れているようだ。

 JBは何もせず、それを待ち構える。

 身動きも取らず、ただ黙って仁王立ちしている。


 ブンッ!!


 正面から来たレクタウニードスが間合いに入ると、首を振って大きな牙を振り下ろしてきた。

 牙の大きさは長さ二メートル、幅六十センチはあるので、まるで人間の大人がそのまま口から生えているかのようだ。

 彼らの太い牙は、土を掘ったり岩を削ったりと生活全般で使われるが、やはり一番の目的は攻撃にある。狩り及び外敵を排除するためにあるのだ。

 よくよく見ると銛《もり》のように尖端には鋭い『反り』と『返し』があり、刺されば簡単に抜けないことがわかる。

 彼らは集団でハブスモーキーを狩る姿も確認されている。

 体表を粘膜で覆われたイカを貫くのにも適した構造となっているのだろう。

 食物連鎖においてハブスモーキーはエジルジャガーの上にいるが、今度は自分たちがレクタウニードスに食べられることになる。

 同じ第四階級の根絶級魔獣であっても、数の力で彼らは大きな一匹を狩ることができるのだ。


 レクタウニードスの牙が突き刺されば、相手が絶命するまで抜けない!!


 それをJBは―――


 ガシッィイイイッ!! ズズズズッ


―――受け止める


 上から襲いかかってきた牙を避け、片腕で抱えるように掴んだのだ。

 重さで足が地面に数センチほど埋まったが、起こった変化はそれだけだ。

 掴んだ際に牙の返しで服が破れるかと思いきや、それさえも戦気で防いでいる。


「これがお前たちの自慢の武器らしいな。どれくらい強いか試してやろう」


 ぐぐうっ ぐぐぐぐぐぐっ

 ミシミシミシッ パキパキパキ

 JBが腕に力を込めると、それだけで牙に亀裂が入った。

 岩を削る用途にも使えるのだから、岩よりも硬いのは道理であろう。

 それがメキメキと割れていく様子は、とても奇妙に見えてくる。

 さらに力を加えていくと―――


 バキィイイイインッ!!



―――へし折れる



「ゴォオオオオオオオオッンッ!」

「なんだ。こんなものか。随分と柔らかいな」

「オオオオンッ! オオオンッ!」

「逃がしはしない」


 自慢の牙を折られたレクタウニードスは、怯んで数歩後退。

 JBは追い討ち。胴体に拳を放つ。

 ドニュンッ!!

 手にはタイヤを殴った時のような、柔らかさと硬さが混じった不思議な感触が残る。

 すでに述べたように、彼らの身体は凝縮脂肪で出来ているので、衝撃を吸収する仕組みになっている。

 何もしなくても強固な防御術を持っているのと同じだ。銃弾でも貫通することはないだろう。


(この感触、物理耐性があるようだな。だが、すでにそれは理解している。問題はない)


 メキョォオオッ ボンッ

 拳はそこで止まらず強く振り抜かれ、胸から右前足にかけてが弾け飛んだ。

 抉り込むように打ち出された拳の威力が強すぎて、彼らの胴体では受け止めきることができなかったのだ。

 JBが最初に縄を使ったことには理由がある。

 あれを体内に入れることで内部構造を調べていたのだ。

 特に臓器の位置と筋肉の構造を探っていた。それによって得た情報から、攻撃の質を絶妙にコントロールしたのだ。

 そして、拳で対応できると判断。

 いくら魔獣相手とはいえ無理に自分の武器を見せることはない。手の内を見せないで済むのならば、そのほうがいいという考えからだ。

 このあたりからも戦闘経験値の高さがうかがえる。


「ブフォォオオオオンッ!」


 だが、敵は一頭ではない。

 その間に二頭がJBの背後に回り、牙を突き立てようとしていた。

 一目見てわかるように、彼らの群れの数は多い。なぜ数が多いかといえば、彼らの戦術が【集団戦術】によって成り立つからだ。

 彼ら単体ではハブスモーキーには勝てずとも、集団で襲いかかることで種としての強さとしている。


 だから最初に一頭が様子見をして【意図的に殺された】。


 得体の知れない相手の様子を見に行くということは、当然ながら死ぬ可能性も高くなることを意味する。

 それを承知の上で、その個体は自ら犠牲を買って出たのだ。

 一頭が全体のために進んで死ぬ。厳しい現実だが、これが群れで生きるということである。その分だけ他の仲間が生きることにつながるのだ。

 今回も同様に、手始めに一頭が攻撃して隙を作らせた。大きな手傷を負ってしまったが、その効果はあった。

 さすがのJBも複数が同時に動いていれば回避することは難しい。


 背後から牙が―――当たる。


 ガキイイインッ

 直撃。

 JBの背中と肩に、二本の牙が激突。

 しかしながら、血が噴き出したり肉が削がれるようなことはなかった。


「当たれば倒せるとでも思ったのか? 浅はかなものだな」


 振り向きもせず、JBが嘲笑する。

 見れば、二頭の攻撃を受けても服すら破れていない。防御の戦気によってすべて防いでしまっている。

 避けなかったのではない。無理に避ける必要性を感じなかったのだ。

 もしこれが危険な一撃だったならば、間に合わないとわかっていても飛び退いていたはずだ。

 そうしなかったのは、恐るるに足らないものであったにすぎない。


 JBが言っていた言葉に嘘は一つもなかった。


 まさに「この程度の魔獣」であり、実力差は歴然としている。

 彼単独であっても群れを殲滅することはたやすいだろう。それだけ場慣れしている武人なのだ。


「我らが道を阻むものは、何人たりも生きてはいられぬと知れ!」


 JBは振り向くと同時に回し蹴りを放つ。

 バキバキバィッ ぼんっ

 牙を破壊し、そのままの勢いで下顎を吹き飛ばす。


「ぬんっ」


 相手が下がる余裕も与えない。拳の連打で追撃。

 その巨体に似合わぬ素早い動きで、一瞬で六発の拳を腹と首に叩き込む。


―――破砕


 拳圧と同時に放たれた振動波が、首を破砕し、胴体を滅茶苦茶に爆散させた。

 どこぞの巨大魔獣に頭からかじられたかのように、その部分だけが荒々しく抉り取られてしまったのだ。

 覇王技、六震圧硝《ろくしんあっしょう》。

 アンシュラオンがギロードに使った技だ。

 打撃に耐性がある相手でも、追撃の衝撃波によって追加ダメージを与えることができるので、こういう相手には有効だろう。

 しかも明らかに使い慣れている様子が見て取れる。因子レベル3の技を無理して使っているわけではない。

 これが日常の光景なのだ。彼の技量が極めて高いことがうかがえた。


「お前は切り刻んでやろう」


 もう一頭に対しては、戦刃を使って首を切り裂く。

 ズバッ!!


「ゴッッッッ―――」


 肉を切り裂かれ、刃が喉まで達したために声を発することもできなくなる。

 そこに追撃。戦刃の嵐が襲う。

 ズバッ! ズバッ! ズバッ! ズバッ!

 ボトボトボトボトッ!!

 まるで削ぐかのように刃を振るい、少しずつ、それでいて一気にレクタウニードスが痩せ細っていく。

 皮はもちろん、身体の脂肪をすべて削ぎ落としているのだ。


 結果―――『何か』になる。


 真ん丸と太っていた身体が、見るも無残な細い肉の塊になってしまった。

 その姿は、ゲームで出てくる肉が削げ落ちて骨が見えているゾンビ系の動物に似ている。かなりグロテスクな姿だ。


「ボユッ―――! ヒューーーー!!」


 かすれた声を出しながらレクタウニードスは悶え苦しむ。

 この苦しみと痛みは想像を絶するだろう。人間だって軽く皮が剥けただけで痛いのだ。痛覚があれば魔獣も痛いに決まっている。

 むしろ高い生命力のせいでなかなか死ねないという地獄を味わっている。

 JBはそれにとどめを刺さない。

 すでに戦闘能力を失って悶えているだけの存在を、そのまま放置しておく。

 もちろん長く痛みを味わわせるためである。


「ククク、苦しいのか? だが、それが罰だ。我らの前に立ち塞がった罪は、その痛みで受け取るがよい」


 クロスライルは彼のことを「好戦的」とも評していたが、もう一つ付け加えたほうがいいだろう。

 彼は痛みを与えることを好むタイプの人間、いわゆる「サディスト」である。

 これが最初ではない。彼の敵になった者が辿る末路は大抵の場合、極めて悲惨である。




 その後もJBは危なげなく敵を圧倒。


 格闘だけでレクタウニードスを蹴散らしていく。


「脆い。弱い。これで魔獣とは笑わせる」

「フォオオオオオンッ」

「どうした、来ないのか? 私はここだぞ」


 すでに十頭近くがJBによって殺されている。(半死状態も含む)

 そのことで群れが警戒レベルをさらに引き上げ、迂闊に近寄らなくなってきた。

 ズルズル ズルズルッ

 彼らは様子を見ながら、群れ全体が後ろに後ろにと下がっていく。

 かといって逃げるわけでもなく、一定の距離を保っている。



「「「 「フォーーーーンッ! フォーーーーンッ!!」 」」」



 バンバンバンッ バンバンバンッ!!

 バンバンバンッ バンバンバンッ!!

 バンバンバンッ バンバンバンッ!!


 再びレクタウニードスたちが叫びながら、大地に足を叩きつけ始めた。

 狂ったように何度も何度も叩きつけている。


「何をやっている? 悔しいのか? それとも、それがお前たちの命乞いの方法か?」

「フォーーーーンッ! フォーーーーンッ!」

「だが、残念だな。我らは敵を赦しはしない。思想は統一されねばならない。不純物は排除されるべきだ。大地の安寧のために滅びろ」


「フォーーーーンッ! フォーーーーンッ!」


「フォーーーーンッ! フォーーーーンッ! フォーーーーンッ! フォーーーーンッ!」


「フォーーーーンッ! フォーーーーンッ! フォーーーーンッ! フォーーーーンッ! フォーーーーンッ! フォーーーーンッ!」



 声が強くなる。

 いくつもの声が重なって、どんどん大きくなっていく。

 これは何をしているのだろうか? JBが言うように命乞いだろうか?

 否。

 彼らはけっして命乞いなどはしない。仲間を殺されて黙ってなどいない。


 だからこれは、攻撃のための【準備】である。


 もしJBが彼らに対して少しでも警戒をしていれば、この行動を許すこともなかっただろう。

 最初から侮っているため、彼らが何をしているのか想像できないのだ。

 これは油断。強いがゆえの慢心でもある。





「「「「 「フォ――――――ンッ!」 」」」」





 そして、準備が整った四十頭あまりの声が、一斉に重なった。


 その瞬間―――


「ぬっ…!!」


 ズンッ ズズズズッ!!

 突如、JBの身体が大地に沈む。

 足首が埋まったというレベルではない。泥沼にはまってしまったように、身体半分がずっぷりと埋まってしまっている。


「ふんっ!!」


 ボオオオオッ ぼごんっ!!

 JBは戦気を放出して大地を破砕。周囲に穴を生み出して簡単に脱出する。

 しかし―――



「「「「 「フォ――――――ンッ!」 」」」」



 ジジジジッ ズンッ

 再び異変が起きて、身体が急激に重くなる。

 上から下に対して強い力で押し付けられている気分である。


(これは…地面に引っ張られている? それとも上から押しているのか? 何をした? ふん、ただ咆えているだけではなさそうだな)


 ズンズンッ ズンズンッ!!

 重力が増したように、どんどん強い負荷が襲いかかってくる。

 再び身体が地面に埋まってきたので、戦気を放出して周囲を破壊する。

 が、それに合わせて押さえつける力も強くなるので、また埋まる。

 そしてまた戦気を使って脱出する、を繰り返すも、さらに強くなる。


 結果、JBを中心に大きなクレーターが生まれてしまった。


 すり鉢上の大地の中心にJBがいる形だ。


「小細工をする。だが、こんなものが何になる」


 これ自体がJBにダメージを与えることはない。

 ただ押さえつけられているだけであり、全力で脱出しようと思えば、いつでもできる程度のものだ。

 ここに至っても彼は動じていない。それだけ実力に自信があるのだろう。実際強いのだから当然である。

 そんなJBがクレーターの上部を見つめると、周囲には牙をこちらに向けているレクタウニードスたちが見えた。


 何をするのかと思って見ていると―――


 ジジジジッ ドンッ!!


 大きな牙が、『放射』された。

 どういう仕組みかまったく謎だが、文字通りに牙が抜けて、こちらに向かって突っ込んできた。

 しかも速い。弾丸とまではいかないが、数百キロの速度で向かってきた。

 とはいえこの大きな牙である。当たれば岩にも突き刺さる威力があるだろう。


「奇妙な真似をする。こんなものが通じるか」


 JBは射線を見極め、迎撃の準備をする。

 発射するところを見ていたため初速も確認済みだ。それを基準にして待ち構える。


 ギュンッ!


 が―――加速。


 その牙が特定の場所を通過した瞬間に、一気に速度を上げて向かってきた。


「むっ!」


 ぶんっ! バギンッ

 それでもJBは反応し、迎撃に成功する。殴りつけて牙を粉々に砕く。

 いきなり速度が変わっても対応できるのはさすがである。

 ただ、この現象には首を傾げる。


(なんだ今のは? なぜ加速した?)


 牙を放射することだけでも奇妙だが、それがなぜか加速することにも驚きだ。

 しかし、驚いてる暇はない。

 ドンドンドンッ!! ドンドンドンッ!!

 今度は四方八方から牙が放射される。周りを囲む群れが、中央にいるJBに向かって容赦なく撃ち込んでくるのだ。


「ちっ! 雑魚どもが」


 JBは迎撃。

 身体が重いにもかかわらず、的確に牙を破壊していく。

 だが、これだけの数に一斉に攻撃されると、どうしても対応できなくなる。

 ズバッ ズバッ

 いくつか身体を掠めるようになってきた。

 速度が上がったせいなのか威力も向上し、JBのフードを切り裂くようにもなっている。


(威力はいい。これくらいは問題はない。だが、なんだこの精密性は? 魔獣にこんな命中精度があるのか?)


 これくらいの威力ならば対応は可能だ。それより問題なのが命中率である。

 さきほどまでの雑な攻撃とは一転、すべての牙が確実にJBに向かってきているのだ。

 たとえばマシンガンを撃った場合、全弾がすべて命中することはありえないだろう。

 もし仮にすべてが当たるのならば相当な威力を与えることになるはずだ。

 今回もそれと同じである。一発一発は耐えられるものだが、すべてが当たれば危険なのだ。


 ガタガタッ ガキンッ


 その時である。

 弾いて大地に突き刺さったはずの牙が、ガクガクと動き出したと思ったらJBの身体に引っ付く。

 それは攻撃というものではなく【引き寄せられて転がってきた】という形容が正しいかもしれない。

 この瞬間、JBは魔獣の性質に気付いた。




421話 「死滅の担い手 中編」


(もしや、こいつらの能力は…)


 JBがそのことに気付いた時には、もう遅い。

 ズズズッ ビシビシビシッ

 レクタウニードスたちが地面に口を付け、放射して失われた牙が再生を始めると、あっという間に元のサイズの大きさにまで回復した。


「フォオーーーーーーーンッ!!」


 牙を補充した彼らが、再び一斉放射。


 ドンドンドンッ!! ドンドンドンッ!!

 ドンドンドンッ!! ドンドンドンッ!!

 ドンドンドンッ!! ドンドンドンッ!!

 ドンドンドンッ!! ドンドンドンッ!!

 ドンドンドンッ!! ドンドンドンッ!!

 ドンドンドンッ!! ドンドンドンッ!!


 およそ四十頭から八十発に及ぶ牙が襲ってくる。

 速度も今までの倍を超えるもので、もはや砲弾と同等のレベルになっていた。


「ぬんっ!」


 ドガドガドガドガッ! バキバキバキバキッ!!!

 JBはそれを高速の打撃で何度も何度も壊していく。

 このあたりの体捌きは実に見事である。巨体にもかかわらず細かく体重移動を行い、小さな連打を積み重ねていく。

 すべての魔獣が同時に攻撃を仕掛けているわけではない。0.1秒にも満たないタイムラグを利用して、的確に迎撃していく。

 だが、これだけの数だ。限界はある。


 いつかは捌ききれなくなり―――


 ドゴンッ!!


 一発が当たる。

 戦気の防御で防いだので刺さりはしなかった。

 出来立ての牙ということもあってか、当たった瞬間に爆砕する感覚である。

 だが、衝撃はかなりのものだ。

 身体はまだ重く、上から常に押し付ける力が働いているため飛ばされないものの、一般人の感覚では交通事故に匹敵する衝撃だろう。

 思わずJBの身体がバランスを崩す。



 そこに―――集中砲火。



 ドゴンッ!! ドゴンッ!! ドゴンッ!!

 ドゴンッ!! ドゴンッ!! ドゴンッ!!

 ドゴンッ!! ドゴンッ!! ドゴンッ!!

 ドゴンッ!! ドゴンッ!! ドゴンッ!!


 一度バランスを崩したが最後、迎撃する時間を与えてはくれない。

 半数が攻撃している間に半数が牙を補充し、途切れることなく次々と牙を放射してくる。

 彼が奇妙に思っていたように、すべての牙が百発百中の精度で襲ってくるので避けようもない。



―――命中



 ドゴンッ!! ドゴンッ!! ドゴンッ!!


 揺れる、揺れる、揺れる。

 ヤジロベエのように右に左に揺れていく。

 こうしてしばらくは完全に魔獣側が主導権を得ることになる。



―――――――――――――――――――――――
名前 :レクタウニードス〈重磁大海象〉

レベル:38/45
HP :820/820
BP :230/230

統率:B   体力: D
知力:D   精神: E
魔力:D   攻撃: D
魅力:E   防御: D
工作:E   命中: E
隠密:D   回避: F

☆総合: 第四級 根絶級魔獣

異名:磁界を制し、牙穿つもの
種族:魔獣
属性:磁、土、岩
異能:集団統率、磁界操作、鉄分吸収剛化、牙発射、物理耐性、家族想い、復讐心
―――――――――――――――――――――――


 これが彼らのデータである。

 こうして見ると素の肉体能力も優れており、そもそもが耐久性に長けた魔獣といえる。

 それが集団で襲ってくると考えただけで相当な脅威だろう。群れになれば扱いは第三階級の討滅級魔獣にもなる。

 仮にこの数がグラス・ギースを襲った場合、篭城しない限り追い払うのは困難を極めるに違いない。

 シーバンたち『ライアジンズ』が、チームならば討滅級魔獣にも対応できると言われているが、それが魔獣にも当てはまるわけだ。


 そして、最大の能力は『磁界操作』というスキルだ。


 JBを押さえつけている力も、磁場あるいは磁界と呼ばれる力を使っているからだ。

 磁石を想像するとわかりやすいだろうか。

 といっても文房具で見かける小さなものではなく、自動車を持ち上げるような強力なものだ。

 その力によって地面と同じ磁気を対象に与えつつ、反対の磁場を生み出してさらに押さえつけている。

 当然、簡単にできることではないので、群れ全体が協力しなければ不可能だ。

 最初に接触した三頭は、JBに磁気を与える役割を果たしてもいた。そのための特攻部隊でもあったのだ。

 地面をバンバン叩いていたことも、その一つ。すべてが彼らの戦術によるものだった。


 それに加え、牙に対象と同じ性質を与えることで、自然とホーミングがかかるようにしてある。それが優れた命中精度の正体だ。

 上のデータは磁界を展開していない状態のものなので、スキルを発動させた場合の命中の値は「AA]となる。

 このレベル帯の魔獣にすれば極めて高い数字といえるだろう。

 また、彼らの牙は普通の動物のようなものと違い【鉄分】によって構成されている。

 牙が黒っぽい色をしているものが多い理由は、けっして不衛生なものではなく、そもそもが大地の中にある鉄分等を吸収凝固することで生み出されたものだからだ。

 それが長い年月をかけて磨かれることで、徐々に白味が増えていくだけのことである。

 ただ、こうして牙を連続して再生させることは、彼らにとっても多大なる負担だ。

 中には力を使いすぎて、二度と牙を生み出せなくなる個体さえいる。それでも『復讐心』があるので戦うことをやめない。

 相手を最大の脅威とみなした時だけ、こうして犠牲を覚悟して戦うのだ。


 これはレクタウニードスの【最終手段】。


 JBが危険な存在と認められたからこその決死の攻撃である。



 ドゴンッ!! ドゴンッ!! ドゴンッ!!

 ドゴンッ!! ドゴンッ!! ドゴンッ!!

 ドゴンッ!! ドゴンッ!! ドゴンッ!!

 ドゴンッ!! ドゴンッ!! ドゴンッ!!


 絶え間ない攻撃がJBを襲う。

 前から後ろから、右から左から、砲弾に匹敵する威力の牙が当たっては爆散していく。

 服が擦り切れ、破れていく。防御の戦気を貫いている。

 これだけの衝撃である。肉体にもかなりのダメージが入っているはずだ。

 むしろこの攻撃を受けて大きく破損しないほうが不思議にさえ思えるほど、滅多打ちにされている。


 では、実際に彼はどういう状態なのだろうか?


 痛みに悶えて苦しんでいるのだろうか?

 ピンチに焦っているのだろうか?

 あるいは後悔しているのだろうか?



―――否





(【不快】―――だ)





 彼の中にあった感情は、ただただ『不快』の二文字。

 身体に当たる少しザラザラした感触が極めて不快なのだ。右に左に揺られることも同様に不快である。

 当然気持ちいいはずがないが、彼が今、心からそう思っていることは事実だ。

 それ以外の感情はない。



 JBは―――痛みを感じていない。



 クロスライルがJBのことを『不感症』と称したが、それはまったくもって真実だ。

 彼は痛覚を感じない。感じられるものは『触覚』だけにすぎない。

 度重なる肉体強化によって、もうその段階にまで到達してしまっている。

 だからこうして薄汚い魔獣に攻撃されて感じる触覚は、極めて不快。


 不快不快不快


 不快不快不快 不快不快不快


 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快



 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快 不快不快不快!!



 人の感覚の中では痛覚が一番嫌われているものであるが、気色悪い感触もまた同様に嫌悪の対象だろう。

 たとえば女性が痴漢に遭うのはもちろん、男もゲイに撫で回される等々、精神的苦痛を伴う感覚があるものだ。

 今JBが感じているのが、それ。

 これは触覚しかない彼にとっては最大限の屈辱である。


 ブツンッ


 その不快の中で、ついに―――キレる!



「魔獣どもが…!!! この私に触れるとは!!! 穢れたものが触れるとは!!! なんという罪よ!!」



 ボオオオオオオオオッ!!! ゴゴゴゴッ!!


 JBから凄まじい戦気が放出される。

 襲ってくる牙が途中で爆散するほど巨大な戦気だ。

 戦気の色には個人の性質が大きく影響するという話は、すでに何度も聞いているだろう。


 その彼の戦気は―――白く輝いている。


 穢れなく純粋で、アンシュラオンに似た白い雰囲気を宿している。

 その中に黄色い要素が加わって、なんとも神秘的で神々しい輝きをまとっているではないか。

 これだけ好戦的でサディストならば、戦罪者のように赤黒いものをイメージするのだが、実際は正反対なのだ。


 なぜならば―――【穢れなき信仰心】があるから。


 この輝く戦気は信仰を持つ者に多く見受けられる気質である。

 特に本気で心の奥底から信じている者ほど、こうした色合いを持つことがある。

 アンシュラオンは魔人という特殊な性質なことも影響しているが、自分自身が常に正しいと思っているので白く輝くのである。


 ズルルルッ ズルルルルルウッ!!


 JBのボロボロになった服の中から、いくつもの縄が出てきた。

 裾から出した時とは異なり、二本や三本といったものではない。

 全方位に対して百本以上の縄が出てきたのだ。

 縄の色がそれぞれ違うため、海洋生物のように色鮮やかではあるのだが、ここまで色とりどりともなると、かえって不気味である。



 そして、その波動はクルマの修理を行っていたクロスライルにも届く。


「なっ…! この戦気は…あいつ、キレやがったな!!」


 最初は笑いながら見ていたクロスライルだが、今は焦ったような顔つきになっていた。

 これから何が起こるかを知っているからだ。


「ふざけるなよ! ローラちゃんごと粉々になるだろうが!! おい、やめろ!! そこまでの相手じゃないだろう! 落ち着け!!」


 大声で叫ぶが、JBが聞くわけもない。そもそも聴こえていない。

 彼は今、不快という悪感情のさなかにあり、そこから脱却するために周囲全部を【死滅】させようとしているのだ。

 それ以外のことは何も気にしないだろう。


「ちくしょう!! こりゃ逃げるしかねえ! 巻き込まれたら最悪だ!」


 クロスライルはクルマを引っ張って移動させながら、必死に逃げる。

 この大きなクルマを軽々と動かせるのだから、見た目以上にかなりの腕力がある証拠だ。

 だが、この切羽詰った状態では、さすがに牽引しながら逃げるのは大変だ。この速度では間に合わないだろう。

 愛しのローラを守るか、それとも逃げるかで激しい葛藤に晒される。


「しょうがねえ…すまねえ、ローラちゃん。オレは恋多き男でな。ここで死ぬわけにはいかねえんだ。バラバラになってもまた直してやるからな! でも、買い換えたらごめんな!!」


 結局、最終的に逃げることを優先。

 大切なものさえ、生きるためには見捨てねばならないこともある。

 これもまた荒野に生きる人間の掟であり、彼が無頼者であることを示してもいた。

 サナもそうだったが、この判断ができないと荒野では生きてはいけないのだ。

 クロスライルは全力で場から離れていった。




 JBの戦気がさらに増大していく。

 すでに磁場の影響などまったく感じさせず、自身の戦気のみで宙に浮いている状態だ。

 引き付ける力も押し付ける力も含めて、それを凌駕する力を発揮しているにすぎない。

 全力モードになった彼に、そんなものは何の意味もないということだ。


「私に触れてよいのは、ネイジア〈救済者〉のみ! その思想のみ!! 穢れた者は死滅せよ!!」


 ドヒュンッ! ブスブスブスッ!!
 ドヒュンッ! ブスブスブスッ!!
 ドヒュンッ! ブスブスブスッ!!
 ドヒュンッ! ブスブスブスッ!!
 ドヒュンッ! ブスブスブスッ!!
 ドヒュンッ! ブスブスブスッ!!


 JBの身体から飛び出た縄がクレーターの内側の縁に突き刺さっていく。

 どこか片側ではなく、ワイヤーのように全方位に張り巡らされる。

 ドクンドクンッ ドクンドクンッ

 その縄を通じてJBの戦気が送り込まれ、尖端に溜まっていく。

 ポタッ

 少しばかり溢れた戦気が、大地に突き刺さった尖端からわずかにこぼれた。

 次の瞬間―――


 ドオオオオオオオオオンッ!!


 激しい爆発を起こし、近くにいたレクタウニードスが吹っ飛ぶ。


「ゴォオオ……オンッ……」


 ふらふら バタン

 爆発に巻き込まれた個体が、身体を大きく損傷させながら死亡する。

 ここで重要なことは、これは攻撃でもなんでもない、ということだ。

 ただ集めた力が少しだけこぼれてしまっただけだ。

 JBは全部で百もの縄を制御している。その中の一つの制御が多少甘くなり、力がほんのわずかだけ流出しただけである。

 まるでニトログリセリンだ。たった一滴でさえ、ほんの軽い衝撃で爆発する危険なものである。


 そのうえ―――威力も桁違い。


 一匹では根絶級魔獣に該当するとはいえ、レクタウニードスを一撃で殺す力がある。

 そんな危険な代物が百という数、今起きた爆発の何十倍もの規模で集められ、展開されているのである。

 クロスライルが逃げるのも当然だ。

 これが同時に起爆したら、このあたり一帯は消し飛んでしまう。魔獣だけではなく、クルマも仲間も含めてだ。


 なぜ彼らが殲滅部隊と呼ばれているのかが、これでわかるだろう。


 JBは【広域破壊型の武人】なのである。




422話 「死滅の担い手 後編」


 武人には大きく分けて、戦士、剣士、術士の三つの因子が存在する。

 その中でそれぞれ単体攻撃が得意な者、複数の敵を攻撃する広域攻撃が得意な者がいる。


 JBは後者の広域型を特意とする武人である。


 ただし、複数に攻撃を仕掛けるといったチャチなものではない。

 集めた戦気を全方位に爆発展開させることで、周囲一帯を木っ端微塵に吹き飛ばすという荒業を得意とする【超広域型】の武人だ。

 実際に使う戦気量にもよるが、その有効射程距離は一キロから二キロ。

 その距離内にいれば武人であっても粉々になってしまうだろう。

 一般人ならば衝撃で飛んできた石だけでも危険なので、五キロ離れていても何かしらの損害を被るかもしれない。

  不快の感情に汚染されたJBは、その力を解き放とうとしていた。


「ネイジアより与えられし力、存分に使わせてもらう! それが私の祈りであり、敬愛の念の示し方だ!」


 JBはこの能力を得るまでは、そこまで傑出した武人ではなかった。

 格闘能力は優れているが、それを超える武人は数多くいる。

 攻撃力ではマキに及ばないし、防御力ではソイドダディーにも負けるだろう。素早さや技でもファテロナには敵わない。

 放出系の技が苦手なのも相まって、二流以下に落ち込んでいたものだ。


 それがネイジアと出会ったことで人生が変わった。


 彼の奇跡によって力を与えられ、特化型の武人に生まれ変わったのだ。

 多くの者が望んでも手に入れられない強い力を得て、一流の領域にまで到達した。


「ああ、思想に満たされる! すべてが愛によって包まれる! それによってのみ、この苦悩は消える!」


 彼が持つ思想はアンシュラオンによく似ていた。

 不快な相手がいれば殺せばいい。滅してしまえば楽になる。とてもシンプルで清々しいものだ。

 狂信者とは怖ろしいものである。怖すぎる。絶対に友達になりたくはない。

 これが地球ならばとんでもない発想なので、即座に鎮圧されそうなものだが、彼らには【力】があった。


 荒野では、力ある者が正義!!


 あらがう力がない者が、悪である!!


 これは地球でも同じことだ。国は軍隊や警察機構を持つから権力を持つ!!

 逆らう者は拘束排除される! 力こそが絶対の権威なのである!


「消えろ!!」



 JBが力を解放して、周囲を吹き飛ばそうとした時―――



「ゴオオオーーーーンッ!!」

「オオオオオーーーーンッ!」


 レクタウニードスたちに異変が起きた。

 彼らが次々とクレーターの周囲から逃げ出そうとしている。

 これはJBに恐れをなしたわけではない。むしろ彼らは死の恐怖によって動けなくなってしまっていたのだ。

 よくパニックに陥った猫や犬が、車が来ているのに立ち止まる現象があるだろう。

 動物や魔獣にはそういった傾向があり、レクタウニードスも例外ではなかったのだ。


 それを打ち破ったのは―――


 ズバズバッ!! ズバズバッ!!

 ボトボトボトボトッ!!


 クレーターの周囲を疾風が舞い踊り、レクタウニードスたちの牙を切り裂いていく。

 再生したばかりとはいえ、かなりの強度がある牙である。一般人ならば大きなハンマーでぶっ叩いても、ビクともしない硬さだ。

 それがいとも簡単に切り落とされ、地面に落ちていく。

 そのショックでレクタウニードスは我に返り、慌てて逃げ出したというわけだ。

 そして、それをやった者は誰かといえば、それができる人間が一人だけ残っている。


「人間は危険な生き物だ!! 散れ! 二度と関わるな!!」


 クロスライルと一緒にいた若い男が、剣を振り上げて大声で怒鳴る。

 彼のイケメン風の見た目に反し、その声には強い力が宿っていた。


 何よりも冷たい目が―――射抜く。


 ビクンッ

 彼の目に睨まれたレクタウニードスが、一瞬硬直。



 ドタッ ドタタッ

 ドタドタドタドタドタッ!!

 ドタドタドタドタドタッ!! ドタドタドタドタドタッ!!



 そして、突如として逃げ出す。

 脇目も振らず一目散に走っていく。


「フォオーーーンッ!!」

「フォーーーーーンッ!」


 逃げながら泣き叫ぶその姿は、まるで自分よりも遙かに強大な魔獣と遭遇した時のようであった。

 彼らは仲間を殺した相手をけっして許さないが、それが【天敵】だった場合は異なる。

 仮に運悪く四大悪獣に出会って仲間が殺されても、彼らは立ち向かうことをしないだろう。

 絶対に勝てないとわかっている相手に出す犠牲は、仲間を逃がすために使われるべきである。


 この現象には見覚えがある。


 アンシュラオンがエジルジャガーを殺した時に起こったものと同じだ。

 相手に対して絶対恐怖を感じた時にだけ、魔獣はこういった態度を見せるのだ。



(あの男、まだあのような場所にいたのか。魔獣を逃がすなど無意味なことをする。だが…ククク、それならば好都合。このまま消し去ってくれよう。ネイジアは優しすぎるのだ。不純物まで組織に組み入れようとする。だが、一つでも腐ったものが侵入すれば、いかに巨木でも倒れてしまう。今のうちに排除すべきだ)


 JBを見ていると、二人のネイジアも危ないやつだと思うが、必ずしもそうではない。

 本当に駄目なカルト集団ならば仕方ないが、通常は指導者の理想を弟子が誤って受け取ってしまうことが多い。

 独自に解釈をして歪めてしまうことが、あまりに多いのだ。

 JBも例に漏れず、ネイジアの理想を自分の理想に置き換えてしまう癖がある。一途で信仰心が強いからこそ起こる現象だ。


 ただし今回の一件に限っては、彼は正しかったと断言できるだろう。


 歴史を見れば、この【不純物】を加えたことで彼らの運命が大きく変わったことが証明されている。

 それもまた、あらがうことのできない【宿命の螺旋】であった。


 ぶくぶくぶくぶくっ!!


 縄の尖端に集まった戦気が、沸騰したように泡立ち始める。

 爆発まであと数秒。

 全方位に向けて壊滅的な破壊が起こる。


「………」


 自分を巻き込もうという意思を感じ取ったのだろう。

 若い男は、一瞬だけJBに視線を向ける。


(気に入らない目だ)


 改めてJBは、その男のことが嫌いになった。

 あの目。

 レクタウニードスたちを恐怖させた冷たい目。

 あの中にネイジア〈救済者〉はいない。あの男は違うものを見ている。

 そんなものは不要だ。この世界に必要はない。




「ネイジアの浄化の光で、消えされ!!」




 ボトッ

 一滴。

 地面に一滴落ちた戦気の雫がすべてのきっかけとなった。



 直後―――







 ―――水平線に光が見えた。







 十キロ先でたまたま荒野を通りがかったクルマがいた。

 ダビアのように交通ルートを越えて移動する商人のものだ。


「ん? 何か光ったか?」


 商人は右前方の地平を見つめる。

 深い闇の中、その光は徐々に大きくなり、まるで炎のように揺らめいていた。


「珍しいことがあるもんだな。まあ、荒野だから何が起こっても―――」


 ヒュンッ バリンッ!!

 ものすごい勢いで拳大の破片が飛んでくると、クルマの強化ガラスをぶち破り―――


 顔面に直撃。



「おぶっ!! ばばばばっ…べはっ」


 ぶしゃーーー ごとん

 それを顔面に受けた商人の前歯が全部へし折れ、血を吐き出しながら倒れこんで気絶。

 相当重傷であるが、これだけ離れていたから死なずに済んだのだのだ。間違いなく幸運である。


 これは当然、JBが生み出した戦気の爆発によるものだ。


 爆発がレクタウニードスの牙の一部を吹き飛ばし、この距離まで飛ばしてきた。

 クルマの強化ガラスは、魔獣が軽く体当たりしても一撃くらいは耐えられるように造られている。

 それが割れて中にまで飛び込んでくるのだ。いかに強い衝撃が発生したかが容易にうかがえる。


 爆発は周囲に多大な影響を及ぼしていた。


 では、その中心部はどうなっているのだろう。




 荒野にぽっかりと穴があいている。



 しかし、ただの穴ではない。

 よくよく見れば、その穴の周囲はすべて抉り取られており、中心部にあいた穴の周囲だけが、まるでコップ状に残っている。

 JBを中心としてその周囲一帯が、クレーターよりも深く抉られているのだ。


 これこそが彼の最大の持ち味。


 アンシュラオンが使った覇王流星掌ほどの威力はもちろんないが、範囲だけでいえば上回る超大技である。

 この技を使えば、一つの町を壊滅状態にすることも可能だ。

 城壁があっても、中で使えば逆に被害は広がるだろう。そのためにJBは【造られた】のだ。


「はぁああ…愛しい……なんと素晴らしい力だろうか…感動を禁じえない!」


 JBは達成感によって恍惚とした表情を浮かべていた。

 ボロボロになったフードの一部から口元だけが見えるので、にやけているのがよくわかる。

 ここで驚くべきことが判明した。


 これだけの破壊をした直後に感じる感情は、なんと【快感】であった。


 たとえば震災で、目を疑うほどの人間や物が流される光景を見て、多くの人々は恐怖し、嘆き哀しむだろう。

 それが普通の人間の感情だ。異論はないと思われる。

 しかし一方で、それに快感を感じる者たちがいる。

 人が作ったものが簡単に壊れていくさまに感動するのだ。あるいはそれができる強い力に憧憬の念を感じる。

 ましてや自分がその力をもって、神の如く「罰を与える」とすれば、これほどの快感はないだろう。

 JBにとって、ネイジアの思想以外のものは【悪】なのだ。

 悪人が罰せられたら「そりゃ当然だ」「もっと苦しめ」等々、誰でもスカッとするだろう。

 それと同じなのだ。

 ただ価値観が違うにすぎない。


「これこそが…救いの光。ククク、ハハハハハハハ!!! ネイジアによって大地は統一される!! 単一の光に染まるのだ!!」


 JBは夢を見る。

 世界がすべてネイジアの、否、自分だけの世界に染まることを。

 彼の前には何もない。何もないから逆らう者はいない。

 ある種、見境のなくなったアンシュラオンに酷似した怖さがある。

 もしあの男が女性にも興味がなく、頭の悪い宗教にはまったらこうなると思うと、身の毛がよだつ恐怖を覚えるものだ。


 しかし、しかしながら。


 JBとアンシュラオンには絶対的に違う点があった。



 ごそごそ ボロボロッ ずざざっ



「…っ」


 純粋なまでに単一に染まった世界において、唯一動く者がいた。

 その者は地面の中から這い出てくる。


「………」


 そして、自分を見る。

 あの冷たい目で、こちらをじっと見つめていた。

 そう、爆発の直前まで近くにいた若い男である。

 彼はこの爆発でも生きていたのだ。


(やつめ…!! 生きていたか!!)


 単一の世界を穢されたJBの中に、再び不快感が満ちてくるのがわかった。

 この美しい世界を穢す存在に対する憎悪だ。

 せっかく快感に浸っていたのだ。そこに不意の悪感情が襲ってくれば、何倍もの不快感となるだろう。



 ドサッ

 身体を縄で支えていたJBが、平坦になった大地に舞い降りる。


「生きていたのか。死に損ないが!!」

「随分と酷い言葉ですね。それが巻き込んだ仲間に対する弁明ですか?」

「弁明などする必要はない」

「では、わざとですか」

「お前がどう思おうと関係はない。あれで死なないのならば、改めて排除するだけだ」

「あなたには無理ですよ。今のが最大の技だったのでしょう? それで私は死ななかったのですから」

「ふん、甘く見られたものだな。あれは広域破壊用の技にすぎん。すべてを出したわけではない」

「そうですか」

「改めて…死ね!!」

「あなたに私は殺せません」


 シュルルッ

 JBから縄が飛び出ると男に急接近。


 尖端に戦気が集まり―――爆発炎上。


 ボオオオオンッ!!

 ピンポイントで爆発を起こし、若い男を包み込む。


(さきほどは広域用という『粗さ』があった。だが、これは確実に命中したぞ)


 集めていた途中で戦気が一滴落ちたように、広域型ともなると扱いが極めて難しくなる。

 爆発にもムラがあるので、場合によっては技が命中しないこともあるのだ。

 現に近くにはレクタウニードスの肉塊が残っているところもあった。

 本来なら完全に塵と化すところだが、破壊が不完全で終わってしまったのだ。


 だが、今回はしっかりと命中させた。


 誤差が生まれたり隙間が発生することは、ありえない。


 しかし―――



「本当にあなたは好戦的ですね。ですが、だからこそ価値がある」



 若い男は生きていた。




423話 「その男、帰還者なり」


(あれを受けて…無傷だと?)


 今の攻撃はたしかに範囲こそ狭かったが、直撃すれば武人であっても消し炭になるくらいの力はあったはずだ。

 だが、若い男は自分の攻撃を受けても立っている。

 しかも平然とこちらを見つめている。相変わらず冷たい目で見ている。


「気に入らん。気に入らんな!」


 ずわわわっ ズシャーーーッ

 コートの下から十二本の縄が出てきて、若い男に攻撃を仕掛ける。

 さすがに数が増えたせいか、若い男は棒立ちではなかった。


 素早く剣を抜くと迎撃態勢に入る。


 彼が持っている剣は、黒い剣。

 左半身にまとわりついた鎧と同じ素材で出来ているのか、どんな光を受けても反射しない、のっぺりとした漆黒色をしている。

 刀身もとりわけ太いわけではないし、細いわけでもない。一般的なロングソードと大差はない造りだろう。


 男は大きく後ろに跳躍すると、黒い剣を振り抜く。


 剣先から一つの大きな剣衝が放たれ、それが途中で分離。六つもの刃となって迎撃する。

 その剣衝には風の属性が宿されているのか、非常に速い。


 一瞬で縄に到達すると―――切り裂く。


 ザクザクッ スパンッ

 風衝によって六つの縄が切り裂かれ、大地にぼとぼとと落ちる。

 しかし、残り六つは依然として動いている。

 男を追尾するように縄は伸び続け、さきほどと同じように爆炎を生み出す。


 ボオオオオッ ボンボンボンッ


 激しい爆発が起こる中、若い男は素早い動きで大地を駆け抜けて回避。

 そして回避しながら再び風衝を放ち、迫ってきた六つの縄を切り裂く。


「いくら斬っても無駄だ。私の中に【思想】がある限り、けっして力が尽きることはない!」


 ズルルルウッ

 再びJBから大量の縄が生まれてきた。

 ただし、今度は色が違う。

 斬られたものが赤だったのに対して、今回は青い色合いをしている。


 そこから―――大量の水が放出。


 当然、ただの水ではない。超高圧に圧縮された水の刃だ。

 水の刃は広範囲を横薙ぎに攻撃し、若い男の逃げ場所をすべて潰しながら囲い込んでいく。

 かなり良い動きをしていたが、男は次第に追い詰められていった。


「そのように逃げ回ってばかりの戦い方にも、うんざりしていたのだ。ネイジアの理想を体現するメイジャ〈救徒〉に相応しくはない」


 若い男はネビュエル・ゴース〈死滅の御手〉に入ってから、いくつかの作戦に帯同してきた。

 その戦い方がどんなものかといえば、間合いを広げて中距離からちまちまと攻撃するというものだ。

 今やっているように安全な場所から小さな攻撃を続けて、相手をじわじわと削って倒していく戦い方である。

 定められた戦果は挙げてきたが、それがJBには気に入らないようだ。

 しかし、若い男は批判されても平然と相手を見つめ返す。


「人にはそれぞれ戦い方というものがあります。あなたの意見だけを押し付けないでいただきたいものです。だから魔獣相手に不覚を取ったのです。もうお忘れですか?」

「あのようなもの、いくら受けたところでどうというものではない」

「それが救徒に相応しい戦いなのですか?」

「お前よりはな」

「あなたの傲慢で狭量な姿勢が、ネイジア・ファルネシオの理念を歪ませているとは思わないのですか?」

「思わぬな。私こそがネイジアの意思を体現する者だ」

「…そこまでブレないというのはさすがですね。ですが、あなたは『あの人』にはまったく及びません。あなたは『英雄』にはなれない」

「英雄…? 何の話をしている」

「あなたの力が英雄には遠く及ばないということです。あの程度の紛い物の力では、この大地にいる本物の魔獣に返り討ちになるだけです。今のうちに逃げることをお勧めいたします」

「っ!!」

「あなたが負けてしまえば、ネイジアの名も堕ちる。逃げることこそが、ネイジア・ファルネシオの意に沿う行動ではないでしょうか」

「…貴様…!!! きさまぁああ!! そこまで愚弄するか!!」


 ぞわわわわっ

 明らかに今までと違う殺気が周囲を包み込む。

 ドクンドクンドクンッ ドクンドクンドクンッ

 JBの身体の中を凄まじい【思念】が循環していく。それを力に換えていく。

 今度は、ズルルッと黒い縄が出てきた。


「ただでは殺さぬ! 痛みを与えて殺してくれる!」

「痛みがないから、あなたは痛みを求める。哀れなものです」

「ほざくな!」


 ズシャーーーーッ ボゴンッ!!

 超高速で放たれた縄が、まるで鞭のようにしなって襲いかかってきた。

 若い男は回避するが、立っていた場所が跡形もなく吹き飛んでいる。相当な威力をもった攻撃といえるだろう。

 ただ、それをかわした若い男も見事だが、これまた一本や二本ではない。

 何十という数の縄が同時に大量に襲いかかってきた。


 バチンッ ボゴンッ!

 バチンッ ボゴンッ!

 バチンッ ボゴンッ!

 バチンッ ボゴンッ!


 次々と周囲に大きな穴が生まれていく。

 若い男は迫り来る縄を上手く切り払いながら間合いを取っていく。


「相変わらず、ちょこまかと。だが、これは避けられまい!」


 ボゴンッ

 突如、地面の中から黄色い縄が出現。

 この縄はJBの足元からひっそりと地中に入り込み、若い男が回避する場所を予測して配置されたものだ。

 なぜJBがこんなコートを着ているのかといえば、縄の軌道を隠すためでもあるわけだ。


 黄色い縄の尖端から―――雷撃が迸る。


「っ!」


 黒い縄の対処だけでも精一杯だ。これにはさすがの若い男も対応できない。



―――直撃。



 バチィイイイイイイインッ


 魔獣でも一撃で黒焦げになりそうな大きな雷が迸った。

 しかも彼は風属性を身にまとうことで身体能力を強化していたため、雷との相性はすこぶる悪い。

 直撃すれば相当なダメージを負ってしまうだろう。


「………」


 若い男は、その場に立ち尽くす。

 身体からはブスブスと焼け焦げたような煙が舞い上がっている。間違いなく直撃した証であろう。


「ククク、このままなぶり殺しにしてやろう!」


 黒い縄が若い男に向かっていく。

 認めていないとはいえ、相手も同じ救徒である。JBもこれで男が死ぬとは思っていない。

 動きを封じられただけで十分と考え、決定打を与えるために追撃の態勢に入る。


 そうして黒い縄が若い男に近づいた時である。



「―――!」



 カッと若い男の目が見開かれ、猛烈な速度で剣を振るう。


 ズバズバズバッ ぶわわわっ!!


 その何十という剣圧によって、その場に竜巻が発生。

 黒い縄を切り裂き、切られた部分が空高く舞い上がっていく。

 剣王技、風雲刃《ふううんじん》。

 因子レベル3で使える技で、風をまとわせた剣圧を螺旋上に発生させて周囲を切り刻む技である。

 こうやって自分の周りに発生させることもできるし、熟練者になれば離れた場所に生み出すこともできる。

 さらに一流になれば二つ同時に発生させるという技も使えるようになり、集団戦闘においては非常に役立つ技となるだろう。


 この技は、問題ない。


 彼ほどの武人ならば扱えても当然だろう。

 しかし、解せない。


(直撃したはずだ。まだ動けるのか!)


 雷撃は若い男を貫いていたはずだ。身体にもその証拠が残っている。

 普通ならば感電して動きが鈍るはずであるが、男は平然と技を放っていた。

 だが、それに驚いている暇はない。


 直後―――


 ドドドドドドンッ


「むっ!!」


 JBに向かって竜巻から何かが飛んできた。

 黒い小さな塊のようなものが銃弾のように襲いかかってくる。

 縄を切り裂かれていたJBは被弾。マシンガンの銃撃を受けたように身体が揺れる。


「このようなもので…動じるか!」


 JBは再び縄を生み出して迎撃。黒い塊を弾き飛ばす。


 シュウウゥウウンッ


 竜巻が消えると、視界がクリアになって若い男の様子がよく見えた。

 男はいつも通り、冷たい目をして立っている。

 だが、今までとは異なる大きな変化があった。


 左手が―――膨れている。


 まるでアームガンのように左手の部位が大きく膨れて『丸い筒状』になり、その中心に穴があいている。

 そこから―――発射。


 ドドドドドドドドンッ


「ふんっ!」


 迫り来る弾丸のようなものを鞭で迎撃。

 高速で動く無数の鞭によってJBの周囲に防御の結界が生まれる。

 それによって銃撃をすべて防いでいく。痛みはないが不快であるし、肉体は損耗するので防いだほうがいいだろう。


 それを続けること、五秒。


 弾切れを起こしたのか射撃が止まる。そこにすかさずJBの反撃。


 ヒュンッ ボゴンッ!


 若い男がいた場所を大きく抉り取る。

 だが、男はすでに後ろに下がっており、左手を地面に付けていた。

 ずずずずずずっ ぼごんぼごんっ

 手を付けた地面の周囲が陥没していく。

 そして再び銃口を向けると―――発射。


 ドドドドドドドドンッ バシバシバシバシッ


 JBは鞭の結界を生み出して迎撃するも、そこに強い既視感を抱く。


(この弾丸のようなものは地面から吸い取っているのか? だが、あの男にこんな能力があったのか? こんなものは初めて……いや、これはまるで…)


 脳裏に浮かぶのは、さきほどまで戦っていた魔獣の姿である。

 彼らも地面に口を付けて鉄分を吸収し、牙にしていた。

 使い方はやや異なるが、若い男がやっていることもそれに似ているように思える。

 この考えを抱いたのは、彼が雷撃を防いだからだ。

 ペンダントやイヤホンを付けていると落雷が逸れるように、大地の力で雷を逃がす道を生み出せば防ぐことは不可能ではない。


 そんな疑念を抱きながら、戦いは膠着状態に陥る。


 JBも優れた武人だ。相手の能力が不明な以上、迂闊には近寄れない。

 若い男もJBの実力を知っているので簡単には踏み込めない。



 そこに―――



 パンパンパンッ



 乾いた音が響いた。

 若い男の銃撃とは異なる音、本物の火薬が炸裂する音だ。

 二人が軽く視線を向けると、そこには銃を持ったクロスライルがいた。

 彼の持つ銃は少し特殊だ。リボルバーに【銃剣】が付いた【ガンソード】と呼ばれる武器である。

 そのガンソードを空に向けながら、こちらに歩いてきた。


「そこまでだ。もう十分だろう。そこで終わっておけ。今なら軽いじゃれ合いってことで済ましてやるよ」

「クロスライルか。貴様、逃げたのではないのか?」

「ああ、逃げたよ。お前らみたいな馬鹿とは違うからな。つーか、オレのローラちゃんを粉々にしやがって! 弁償してもらうからな!!」

「壊れるほうが悪い」

「壊れるに決まっているだろうが!! それより、お遊びはそこまでだ。金にもならないことをするもんじゃねえよ」

「金…か。私はお前の思想にも常々問題があると考えていた。悔い改めろ」

「悔い改めるのはおめーだ! このタコ坊主が! 触手だか縄だかよくわからねーもんを身体から出しやがって。気持ち悪いにも程があるぞ!」

「これは偉大なるネイジアから頂戴した名誉ある…」

「あー、うぜぇ。んな話は聞きたくねえんだよ。いいから終わりだ。それにお前は力の使いすぎだろうが。明らかにパワーダウンしてやがるじゃねえか。あーあ、調子に乗りやがって。ただでさえ何もない荒野が、さらにまっ平らになっちまったよ。無駄なことしやがってよ」


 JBの出力は相当落ち込んでいた。縄の攻撃速度も爆炎にも迫力がなかった。

 あれだけの爆発を起こしたのだから当然である。

 そもそも彼は広域破壊で力を発揮するタイプなので、単体で戦場に赴くタイプではない。


「これ以上やるなら、お前のガードはしてやらねえからな」

「…ふん。偉そうにするものだ」

「この点に関しては偉いんだよ。だから従っておけ。お前の大好きなネイジアの命令だぜ」

「………」


 シュルルルッ

 その言葉にJBは縄を引っ込める。

 JBがあの力を使うためには、必ず単体戦闘力に優れたパートナーが必要となる。

 もし目的地に着く前に戦闘に巻き込まれて消耗すれば、本来の目的を達成できなくなるので護衛が必要なのだ。

 それがクロスライル。

 組織内ではしっかりとした役割分担が与えられている。

 これ以上はNGとクロスライルが判断すれば、そこで止める権限があるのだ。


「そっちもいいな?」

「…ええ」


 ずずずずっ

 若い男の手が、再び黒い漆黒の色と形に戻っていく。

 どうしてこのような現象が起きるのかはまったくわからないが、左手は思い通りに操れるようだ。

 クロスライルは、そこには触れない。

 武人にはそれぞれ秘密があるものだ。それが強さに直結するのだから詮索はしないほうがいいだろう。


 諍いが収まり、クロスライルが息を吐く。


「ったく、お前らは騒動を起こしすぎだ。少しはオレを見習えよな」

「断る。むしろお前にはやる気が足りない」

「真面目に働いて過労死だけは勘弁だぜ。つーか、仕事で来ていることを忘れるなよな。どうせ疲れるなら仕事で疲れろよ。…で、まだ距離はあるんだろう? 代わりの足を見つけるぞ」

「走ればいい」

「だから、またこんなことが起きたら面倒なんだよ。通常のルートで行くぞ」

「ルートからはみ出したのはお前だ」

「お前はもう黙ってろ!!」


 JBをあしらったクロスライルは、若い男に振り返る。


「グラス・ギースって都市は、お前さんの古巣だったな? ここからはお前に案内を任せる。まあ、最初からそのために連れてきたんだけどな」

「わかりました」

「ところでそのグラス・ギースってのは、どんな街なんだ?」

「『英雄』がいる場所です」

「英雄…ね。なんだかお前さんもヤバそうなやつだな。頭は大丈夫か?」

「ええ、おかげさまですっきりしました。あの雷は目覚めにいいですね」

「くく…クハハハ! JBとやりあっていながら、まだそんな涼しい顔ができるのかよ! いいね。あんた、いいよ。そのすべてを見下した目が最高だ」



 ポンッ


 そう言ってクロスライルは、若い男の肩を叩く。






―――「案内、よろしくな。ラブヘイアの兄さんよ」






 三人はその後、十キロ先で停まっていたクルマを発見。

 飛んできた石で気絶した商人が乗っていたものだ。商人はさっさと放り投げて、クルマだけ頂戴する。

 今回はおとなしく交通ルートを通り、グラス・ギースに向かうのであった。


 その道中、若い男、エンヴィス・ラブヘイアは外を見つめながら感慨に耽っていた。


(グラス・ギース…とても長い時間離れていた気分です。私も大きく変わりました。しかし、ああ、胸のときめきは変わらない。あの日、あの人に出会った時から…ずっと)


 ラブヘイアという帰還者によって、あの『白き英雄』にも一つの変化がもたらされるだろう。

 安穏とグラス・ギースで遊んでいる間に、世界は少しずつ動き始めていると気付く日がやってくる。

 その日こそが【覇王伝】の始まりであるとは、まだ彼は知らない。




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