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「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」

作者  園島義船



□ 第三章 「裏社会抗争」 編 第一幕 『始動』


154話 ー 163話




154話 「マキさんと結婚の確約」


「サリータ、オレはこれからサナの実戦訓練のために外で魔獣を狩る。雑魚を相手にする予定だから、お前でも大丈夫だろう。一緒に来い」

「はい! 師匠!」

「やっぱり師匠は…やめないか? せめて呼び方だけでも」

「では、教官!!」

「それは駄目だ!!」


 世の中には「教官プレイ」というものもあり、そっちが好きな人もいるが、アンシュラオンはまったく萌えない。むしろ萎える。


(完全に羞恥プレイだよな。よく師匠は耐えていたな。あれも人生経験なんだろうか。師匠は何百年も生きているって話だしな…)


 武人の血が強いと身体の劣化が遅くなるので、陽禅公は三百年くらいは普通に生きているらしい。

 それだけの人生経験があれば「師匠」と呼ばれても耐えられるのだろうか。


「わかった。師匠でいいよ。変に名前で呼ばれるよりいいし…受け入れるよ」

「はい、師匠!」


 サリータの性格上、アンシュラオンとホワイトの区別ができないおそれがあったため、下手に名前で呼ばせないほうがよいと判断。

 結局、師匠で落ち着くことになる。



(なんだか変なものを拾ってしまったなぁ…。人生ってのはままならないもんだよ…)


 こうしてサリータは、白き魔人とともに人生を歩むことになる。

 これも宿命。すべては螺旋に囚われたものである。




「…ぐいぐい」

「あっ、サナ様…お待ちください」

「…ぐいぐい」

「はい。今行きますから!」


 サナに引っ張られてサリータが歩いている。

 シャイナを散歩するときとは違い、強引に引っ張るというよりは、しっかりと行きたい方向を示してついてこさせる感じだ。

 サナは師匠であるアンシュラオンの妹であり、同じく絶対服従の相手でもあるため、サリータもそれにおとなしく付き合う。

 その姿は下手をすると母親と娘なのだが、サリータの恐縮した雰囲気からすれば「姫とお付きの従者」である。

 イタ嬢とファテロナの本来の姿、といえばわかりやすいだろうか。こちらは向こうと違って、なかなか微笑ましい。


(うーん、妙に気に入ったな。サナの好みの基準がいまいちわからないが、自分で選んだのならば見守るのも兄の役目か。…ちょっと寂しいけど、いつまでも一緒におててつないでじゃ成長しないもんな。こういうのも悪くはないかな)


 基本的に外に出る際は、サナと手をつないでいた。そのほうが安全であるし、可愛く柔らかい手に触れているのが心地よかったからだ。

 しかしながら、ずっとそれでは片手が塞がれるので不便なことも多い。このほうが楽なのは間違いない。

 よほどの手練れでもない限りは遅れを取らないので、視界の範囲内にいればサナの安全は確保できる。

 どのみち今回の戦闘訓練では、サナが単独で動くシーンも増える。今のうちに慣らしたほうがいいだろう。

 ちょっと寂しい…いや、かなり寂しいが、ぐっと我慢である。



 そして再び、ハローワークの受付にまでやってきた。


「小百合さん、サリータをパーティーに入れたいんだけど」

「まあ! いきなり呼び捨てですか!? いったいこの短期間に何があったのですか!!!」

「こ、これにはいろいろと事情が…」

「それで、契約条件はまとまったのですか?」

「それがその…傭兵として雇うんじゃなくて、なんとなく身内になる感じなんだけど…」

「アンシュラオン様の手が早すぎる! 私の時はもっと遅かったのに! 酷いです!!」

「ち、違うんだ! これは何かの間違いなんだよ! ほんと彼女の気の迷いなんだ…」

「むっーー!」


(まずい。小百合さんの機嫌が悪くなっちゃったかな? 面倒にならないといいけど…)


 女性同士とは怖いものである。女性間に友達などは存在しない。絶対にない。野生丸出しの獣同士だと思ったほうがいい。

 そして、両者が出会った時、それが特にオスを取り合うものの場合、壮絶な闘いが繰り広げられるのだ。

 その証拠に、小百合がサリータを睨んでいる。


「サリータさん!」

「は、はい!」


 小百合が先に仕掛ける。

 まずい。このままでは死闘が始まってしまう。こんな場所で騒がれるのは最悪だ。確実に噂になる。


「待って、小百合さん! これはオレが悪いんだ! オレはどっちも嫌いじゃないんだよ! 仲良くして!!」


 アンシュラオンが思わず、二股をかけていた男のような発言をするが、小百合はすでに動いていた。


 某拳法のように両手を水鳥のように広げ、サリータに向かい―――







「可愛い!!」







―――抱きしめた。






「ええーーーーーー!?」



 ズシャーーーー ゴンッ


「ぎゃーーっ!」


 止めようとしたアンシュラオンがズッコケて床を滑り、十メートル移動した果てに、たまたまロビーを歩いていた男に衝突。

 男は吹っ飛び、壁に頭を強打して泡を吹いて気絶した。

 が、そんなことにかまっている暇はないので、即座に戻る。


「あの…だ、大丈夫なの?」

「はい! サリータさんもアンシュラオン様の身内になったのですよね?」

「うん、仕方なくだけど…サナが気に入ったから」

「それならば問題ありません。私たちは家族のようなものです。ところで彼女の扱いはどのようなものなのですか?」

「一応…弟子って感じみたい。とても不本意だけど…これもしょうがなく…」

「私は妻の一人ですから、それこそ問題ありません! 仲良くしましょうね! サリータさん!」

「は、はい! よろしくお願いします! 小百合先輩!」

「うはっ! せ、先輩って、いい響きですね! なんか、こそばゆいです!」

「小百合さんも後輩くらいはいるんじゃないの?」

「新規で雇わないので、あまりいないんですよ。私は下のほうですね」

「そうなんだ。ところサリータは何歳なの?」

「二十六歳です」

「ならば、私の一つ下です! 問題ありません! 私は先輩です!!」


 ということで、特に問題なく話は進んだ。

 サリータが体育会系であることに加え、小百合の性格の明るさのおかげである。


(問題はマキさんのほうかな? 真面目そうだしな…。だが、秘策はある。得意の話術で説得しよう)


 詐欺師的な発想である。


 それからサリータをメンバー登録する。ちなみに彼女はサナと同じく「ノンカラーハンター」であった。

 アンシュラオンがホワイトハンターなので、総合パーティー数値は三人で520であり、平均値は173(小数点は切り捨て)である。

 これによってパーティーの扱いは、100〜199未満のブルーハンターということになる。

 他人に伝える際は、「『白の27』はブルーハンター級傭兵団」と説明するわけだ。


「申し訳ありません。自分のせいで師匠の名に傷が!!」

「べつに関係ないって。オレ一人いれば問題ないし、階級なんて飾りと一緒だよ」

「さすが師匠…深いです!」


 現在のリングを外したアンシュラオンの場合、軽くゴールドハンターを超えるので、何人ノンカラーがいようとまったく問題がない。

 他人からの評価などもまったく気にしないので、アンシュラオンは今日もわが道を行くのである。






 それから東門に到着。

 サリータは市民証を持っていないため、アンシュラオンも一緒に持っていないほうの入り口に移動する。


 そこには、マキがいた。


「マキさん!!」

「アンシュラオン君!? 久しぶりじゃない!!」

「会いたかった!」

「私もよっ!」


 マキさんの胸に飛び込み、胸を堪能する。


(あー、やっぱりマキさんが一番だな。この胸は素晴らしい。一番姉ちゃんに近いよ。シャイナはまだまだ青いってのがよくわかるな)


 シャイナは生乳モンスターだが、それだけではマキに勝てない。柔らかいだけでは駄目なのだ。

 大きさ、形、弾力、モチっと感等々、審査項目は山ほどある。特に顔を埋めた時の感触が重要である。

 姉が100点なのは致し方ないが、マキは80点は超えているだろう。60点が及第点だとすれば、実に素晴らしい数値である。


「本当に久しぶりねー。今までどうしていたの? 寂しかったわ」

「ずっと上級街のホテルにいたんだよ」

「あら、そうなの? やっぱりすごいお金持ちなのね」

「そうなんだ。それでね、今日はマキさんにお話があるんだ」

「お話って?」


 マキが興味深そうに顔を見つめてくる。

 赤い髪の毛に山吹色の瞳が実によく映える。


「マキさん、この戦いが終わったら結婚しようね!」

「えっ!? …ほ、本気なの?」

「前に言ったじゃないか。マキさんはオレのもんだって。だからね、その約束を果たそうと思うんだ」

「そ、そんな…でも…いきなり言われても心の準備が…。ああ、そんな! 私…ついに君のものになっちゃうのね!!」


 顔を赤らめて、くねくねする。

 普段は凛とした女性なので、その様子が珍しいのか、周りの衛士たちが奇妙な面持ちで様子をうかがっている。


「でもね、マキさん以外にも結婚する人がいるんだ。ううん、オレはもっといろいろな人と結婚しないといけないんだ」

「えっ!? そ、そうなの…それはその…なんというか……」

「マキさん!!!」

「ひゃっ! な、なに?」

「そろそろオレの正体を明かすよ。オレは実はね…【王子】なんだ!」

「え!? ど、どういうこと!? 王子様!??」

「この大陸じゃないんだけど、極東のほうに小さな島国があってさ。オレはそこの王子だったんだ。だから妹のサナは王女なんだ。ほら、どことなく気品とかあるでしょ?」

「う、うん。初めて会ったときからずっと思っていたわ。君は何か違うって。たしかに妹さんも不思議な魅力があるわ」

「でも、違う国から攻められて王都は陥落。父さんも母さんも殺されたんだ。姉さんが囮になってくれて命からがら逃げたんだけど、そのショックでサナは声が出なくなって…感情も乏しくなってさ。今じゃ、にこりとも笑えなくなって…」

「そ、そんな事情があったなんて!! うう、なんてかわいそうに…ぎゅっ!!」


 マキは涙を流しながら二人を抱きしめる。


「大丈夫。希望はまだあるんだ。ほら、あそこに女の人がいるでしょう?」

「ええ、私も気になっていたわ。彼女は誰なの?」

「彼女はオレの国の騎士の生き残りで、ついさっきようやく合流できたんだ。今は傭兵のふりをして素性も偽っているから、オレのことを『師匠』とか呼んだりするけど、演技だから気にしないであげてね」

「…そうだったの。わかったわ。彼女も審査なしで普通に通れるようにしておくわね」

「ありがとう、マキさん!!」

「いいのよ。当然のことよ」


(マキさんは、いい人だな。話が早くて助かるよ)


 騙していることへの罪悪感は、まるでない。

 納得してくれるのならば問題はないのだ。



 それより本題である。


「それでね、うちの国では一夫多妻制が普通なんだ。これは昔からの慣習だから絶対なんだ」

「ああ、なるほど。そういう国もあるっていうわね」

「だからマキさんもその一人になってほしいんだ。マキさんが【第一后】としてね!!」

「ええーーー! 私が一番なの!?」

「そうだよ! マキさんが一番なんだよ! それでいいかな? 納得してくれる?」

「そ、それは…嬉しいけど……私に務まるかしら?」

「大丈夫だよ。うちは女性が主力になる国だから、なんならマキさんが后でありながら騎士団長になってもいいんだし」

「そうなのね。そのほうが向いているかもしれないわ。でも、どちらにしても務まるかしら?」

「大丈夫、大丈夫。問題ないって。国の再興とかはすぐに考えていないし…もっと気楽に考えてよ」

「わかったわ。がんばってみるわね」

「うん、ありがとう!! それとね…オレってスレイブしか信用できないんだ。マキさんもスレイブになってくれる?」

「え? スレイブ…? ど、どうして?」

「酷い目に遭って国を追われて、人間を信じられなくなっちゃったんだ。だから、またいつ裏切られるか怖くて…自分を絶対に裏切らない女の人としか結婚できないんだ」

「そっか…そうよね。私がいくら信じてって言っても、そんな簡単に信じられないわよね。心に傷があるんだものね…。わかったわ! 私、君のスレイブになるわ!!」

「いいの? 本当に?」

「ええ、それで君が人を信じられるようになるなら…私は本望よ」

「ありがとう、マキさん!! 大好き!」

「私もよ!」


 こうしてマキへの説得も成功。アンシュラオンの妻になる確約を取り付けたのであった。


(ギアスは付けるけど、スレイブって結局のところ【同意】みたいなものだし、妻にするお姉さんに対してはあまり気にしないでいいかな)


 ロゼ姉妹やサリータのように、明らかに自分の下に位置する者たちにはスレイブという立場を強く意識させるが、マキや小百合に対しては魅了効果もあるので、そこまで強調する必要はないと考えていた。

 どのみちマキは、アンシュラオンには逆らえないのだ。

 その証拠が、これ。


「マキさん、もしかしたら領主軍と揉めるかもしれないんだけど…その場合、オレの味方になってくれる?」

「ええ!? どういう状況なの?」

「詳しくは言えないけど…マキさんはオレと領主、どっちを取る?」

「もちろん、アンシュラオン君よ!!!」

「領主はいいの?」

「あんなオヤジなんてどうでもいいわ! 夫である君のほうが大切だもの!」


 この前までは領主様とか言っていた気がしたが、今やオヤジ呼ばわりである。


「うん、安心したよ。マキさんさえ大丈夫なら、本当に安心だ」

「私、いつでも軍を辞める覚悟はできているわ!」

「ああ、まだ大丈夫だよ。マキさんはここにいてくれると助かるんだ。オレのために働いてくれる?」

「もちろんよ。いつでも何でも言ってちょうだいね」

「ありがとう、マキさん!!!」


(マキさんとさえ敵にならなければ、領主軍と揉めようがどうでもいい。うむ、これでまた一つ懸念材料が減ったな。実に順調だ。素晴らしい!)


 マキは軍部、小百合は行政、モヒカンは裏組織。それにリンダやビッグ、ソブカを加えれば、着々と街に対する【白の支配力】が増してきている。

 あとは、すでに既得権益を得ている者たちを排除していけばいい。順調すぎて楽しくてしょうがない。




155話 「サナとサリータの強化訓練 前編」


 護衛のサリータもいるので、マキは快く送り出してくれた。

 名残惜しかったのか、最後のほうは「私も行く」とか言い出したが、街の治安のためだと言って制止した。

 マキが東門にいる意味は相当大きい。門番なので誰が出入りしたかもわかるし、場合によっては要人の足止めや拘束も可能である。

 小百合同様、ぜひそのままでいてもらいたいものだ。


(しかし、最初は『街を守らないといけないから、一緒に行けなくてごめんね』とか言っていた気がしたが…これも魅了効果なのかな? 女性の心変わりは早いとはいうけど…恐ろしいものだ)


 なぜかマキの領主軍への忠誠度が相当低くなっているようだ。単純に魅了かもしれないし、領主と何かあったのかもしれない。

 どちらにせよ敵対してくれるのならば、ありがたい限りである。




 そこから高速馬車で一気に南門にまで到着し、外に出る。

 その頃には日はだいぶ落ちてきて、薄闇が広がりつつある時分であった。

 本来ならば人々は夜の移動は避けるが、アンシュラオンにはまったく関係ない。むしろ目立たない夜のほうがいいのだ。

 そして、都市がうっすらと見えなくなるくらいに離れた時から、本格的に鍛練が始まる。


「ここからは走るぞ」

「はい、師匠!」

「サナも少しずつ走ろうな。大丈夫。お兄ちゃんに任せておけ。まずはこれを使おう」


 アンシュラオンが取り出したのは『韋駄天の術符』。

 符をサナに向けて起動の念を送ると、術符が粉々になり術式が展開。サナの足に組み込まれていく。


「これで脚力が向上するはずだ。ジャンプしてみな」

「…こくり」


 ぴょーーーんっ


 サナがジャンプ。

 思えばサナのジャンプを見るのは初めてだが、その高さはアンシュラオンの頭を軽々超えるほどであった。


「おお、いいぞ! すごいパワーアップだ! さすが一枚十万円だな」


 効果時間はおよそ三十分から一時間程度、一回十万円の高級符である。これくらいの効果はあってしかるべきだろう。

 地球でも助走をすれば二メートル近くジャンプできる人間はいたが、助走なしの垂直飛びでこの高さは、サナの身体能力を考えれば驚異的なパワーアップである。


「サリータ、今度はお前が跳んでみろ」

「はい!」


 ぴょーーーーーんっ


 今度はサリータが跳んだ。

 その高さはさすがにサナを超えるが、二メートル半といったところ。


「ど、どうでしょう?」

「うむ、こんなもんだろう。想定の範囲内だな。だが、これでは話にならない。もっと強くなってもらうぞ」

「は、はい! がんばります!」


 女性であっても弟子である以上、厳しくしなければならない。

 なにせ彼女には護衛という大切な任務があるのだ。それを遂行できるくらいに強くなってもらう必要がある。遠慮は不要だ。

 ちなみにアンシュラオンの垂直飛びは、おそらくは五十メートルを軽々超えるに違いない。城壁を一足で登るのだ。それくらいはできて当然である。



 準備ができたところで移動を開始。


「サナ、できるだけ速く走ってごらん」

「…こくり」


 トットット トットット トットット
 トットット トットット トットット


 サナが走りだし、徐々にスピードを上げる。

 それは十キロ、二十キロと上がり、時速二十五キロ程度にまで到達。

 これは一般の自転車で、そこそこの強度で走る速度くらいだ。百メートルを14秒ちょいで走るといえばわかりやすいか。


「サリータもついてこい。まずはサナの足に合わせる」

「はい!」


 トットット トットット トットット
 トットット トットット トットット
 トットット トットット トットット

 トットット トットット トットット
 トットット トットット トットット
 トットット トットット トットット



「…ふぅふぅ」



 そうして十キロほど走った時だろうか、サナの呼吸が乱れ始めた。


「サナ、疲れたか?」

「…ふるふる」


 本当は疲れているのだろうが、こうしたところは案外強情である。


(脚力を強化してこれくらいか。一般人の子供だと思えば十分かな)


 この年齢にしては、これだけの速度でこの距離を走れれば十分であろうか。

 ただ、他の地域はわからないが、少なくともグラス・ギースに住んでいる人間は地球人と比べて、総じて体力が高い傾向にある。

 前にシャイナを尾行した時も、かなりの距離を歩いていた。しかも現代人からすれば、相当な早足に近い速度だ。

 普段から歩き慣れているので足腰が鍛えられているのだ。劣悪な環境でこそ肉体が強化されるよい見本だろうか。

 また、この星の規模を考えても、人間そのものの身体能力が地球人よりも高いようである。そうでなければ、銃弾を軽々よけられる武人などは存在できないだろう。


 サナはがんばっている。

 が、満足はできない。

 これで終わっていてはアンシュラオンに到底追いつけるわけがないからだ。


 そこで、これを使う。


 アンシュラオンが命気を展開し、サナを覆って肉体を癒していく。それと同時に【賦気(ふき)】を行う。


 戦気術、賦気。


 名前の通り【気】を与える術で、自分の生体磁気を分け与えることで相手の肉体を活性化させるものだ。

 アンシュラオンから赤白い光がサナに降り注ぐ。それをサリータが珍しそうに見ていた。


「師匠、それは何をしているのですか?」

「賦気だ。知らないか?」

「はい。知りません」

「言ってしまえば【ドーピング】だな。オレの生体磁気を分け与えることで、一時的に肉体を強化しているんだ」


 賦気にはレベルが何段階かあり、一番強いのが戦気などを直接送り込む方法である。

 だが、戦気は人それぞれ違うので合う合わないの相性もあるし、いきなり子供に強い力を与えるのは、それだけで死んでしまうリスクがある。

 今やっているのは、一番弱いエネルギーである化合前の生体磁気を分け与える作業だ。

 これならば副作用が少ないし、比較的誰でも受け入れることができる。

 これまでの生活でサナは常時アンシュラオンと触れていたので、お互いのオーラもだいぶ馴染んできている。吸収率もよく、どんどん吸い込んでいるのがわかった。


 そして、サナの身体の表面に白い膜のようなものが生まれた。


 活性化した生体磁気が溢れ出ているのだ。


「これによってサナは【強化状態】になって、普段以上の力が出る。腕力も体力も何倍にもなるだろうから、大人相手でも問題なく倒せるくらいにはなるはずだ。一番重要なのは、その状態に慣れれば、それが普通の力として出せるようになることだ。もちろんデメリットがないわけじゃないけど…一番手っ取り早い強化方法だろう」

「そ、そのようなことができるのですね! 初めて知りました! さすが師匠です!」

「こんなことで驚かれてもな。修行でよくやらないか? 負荷を与えて強化するのは短期的な修行ではよく使われる方法だし、こうでもしないと常人の壁は破れない。サナにはもっと強くなってもらわないといけないんだ」


 アンシュラオンは、サナを本気で鍛えるつもりである。

 当然それはサナに負担をかけない方法でやるつもりだが、こと修行に関しては意外と真面目で厳しい男だ。

 サナに対しても強くなるためには心を鬼にする覚悟であった。なぜならば、力を持つ意味をよく知っているからである。


(サナには力を持ってもらいたい。セノアたちに負けてもらっては困る。圧倒してもらわないとな)


 彼女たちは術士の因子であるが、ロゼ姉妹は才能がある。それを見て急にサナを鍛えたくなったのだ。

 言葉は悪いが「あんな、ぽっと出の子供には負けられない!」という対抗心である。

 ロゼ姉妹も可愛いスレイブであるが、サナはアンシュラオンのすべてを継ぐ【女帝】になる予定だ。

 そこでもっとも重要なのが力。武力。軍事力。その最強の力を少しでも与えたいと願ってのことである。


「…むくり」


 サナが再び立ち上がる。


「サナ、いけるか?」

「…こくり」

「よし、行こう。また全力で走るんだぞ。苦しいだろうけど我慢だ! その積み重ねで強くなるんだからな」

「…こくり。ぐい」


 サナが拳を握り締めて、まだがんばるのポーズを決める。当人はやる気だ。



 トットット トットット トットット



 最初はさっきと同じ速度で走り出し―――



 ドドドッ ドドドッ ドドドッ



 徐々にスピードが上がっていき―――



 ドドドドドドッ ドドドドドドッ ドドドドドドッ
 ドドドドドドッ ドドドドドドッ ドドドドドドッ



 時速四十キロ程度になる。



 それから三十分。サナはこの速度で走り続けた。

 これは地球で言うところの百メートルを九秒台で走る速度である。

 ただし、彼らは常時その速度で走っているわけではないので、サナのほうが結果的には地球最速の男よりも速く走っていることになる。

 途中で韋駄天の符の効果が切れたが、サナはその速度を維持する。アンシュラオンの生体磁気を受けたので、まだ多少はがんばれるのだ。



 さらに三十分ほど走り続けると―――突如サナが倒れる。



 しかも、バタッと突然エネルギーが切れたように倒れた。

 与えた生体磁気が切れ、体力の限界がやってきたのだ。足がガクガク痙攣している。

 相変わらず「0か100」みたいな白黒はっきりした性格なので、サナは限界まで力を出し切るのだ。


「サナ、大丈夫か!? すぐにお兄ちゃんが治してやるからな!!」


 慌ててアンシュラオンが駆け寄り、サナを抱きとめる。

 再び命気で身体を癒し、賦気でエネルギーを補充。サナの身体を思いやって数分の時間をかけて、ゆっくりと力を与えてあげる。


 そうして回復してやると―――むくりと起き上がった。


「…じー」


 可愛い目をぱっちりさせてアンシュラオンを見る。

 その目には、まだ力があった。


(賦気はやりすぎると危険だ。副作用もあるし、続行するかどうかの判断が難しいが…大丈夫そうだな。やはり毎日一緒にいたことが奏功しているようだ)


 当然ドーピングの一種なので賦気には副作用がある。加減を誤ると筋肉断裂などは良いほうで、場合によっては廃人になることもある。

 しかし、戦気術の扱いが達人を超えて仙人クラスの陽禅公に鍛えられたアンシュラオンならば、その加減を見誤ることはない。

 サナの様子を観察するが、まだ大丈夫そうだ。ただ一応、当人の気持ちを確認しておくことにする。


「まだ大丈夫か?」

「…こくり」

「おー、サナはがんばり屋さんだなぁ。本当にすごいぞ! それに比べ…なんだ、そのざまは!! 子供のサナがこんなにがんばっているのに…なさけない!」

「は、はいっ!! 申し訳ありません! はぁはぁ! ぜーぜー!」


 なぜかサリータがへばっていた。

 たしかに彼女は背中に大盾を背負っているが、それでも言い訳にはならない。

 大人であり、一応は戦闘要員なのだ。サナと同等に比べるわけにはいかない。


「サリータ、出会ったばかりだが師となった以上、オレは手加減はできんぞ!」

「ありがたいことです!」

「それが甘えだと言っている。とんっ」

「あうっ!」


 バタンッ

 軽くつついただけで倒れた。彼女も足をガクガクさせている。


「なんだその体力の無さは! 変態だって時速百キロで走っても大丈夫だったんだぞ。この程度の距離も走れんのか?」

「申し訳ありません!」

「言い訳はいらん! しっかりついてこい!」

「はい!! はーはー、ぜーぜー!」


 スパルタである。サナには大甘だが、弟子となったサリータには厳しい。

 これには当然、理由がある。


(多少心は痛むが…しょうがない。彼女も普通にやっていたら強くはなれないからな)


 正直、サリータは才能があまりないので、それこそ普通にやっていたら強くなどなれないだろう。

 しかし、諦めなければ強くなれる。人間の可能性は無限なのだ。

 そしてその見返りは、実に素晴らしいものになるだろう。強さがあれば、この世界では何でも思い通りになるのだから。




156話 「サナとサリータの強化訓練 後編」


 サリータを鍛えてあげると決意する。それが師匠の役目である。

 ただし、アンシュラオンと陽禅公が唯一違う点が、これ。


「サリータ、オレは心を鬼にする。これからお前がついてこれない場合、胸と股間を触ることにする!! 覚悟はいいな!!」

「は、はい! トラウマを克服するためですね!」

「そうだ。オレだってつらい。だが、こうでもしなければお前は強くなれない! わかってくれるな!」

「し、師匠!! それほどまでに自分のことを思って…! あ、ありがとうございます!! 嬉しいです!」


(うむ、こうして考えると弟子もいいかもしれん。どんな理不尽な要求でも押し付けることができるしな。ほぼスレイブと変わらないじゃないか)


 師匠の言うことは絶対なのだ。それはアンシュラオンも経験済みである。

 思えば陽禅公もセクハラをしたかったのかもしれないが、相手がパミエルキなので無理だったのだろう。

 そんなことをした日には、最強の覇王が処刑される世にも珍しい光景が見られるに違いない。




「ところで戦いの際、戦気を使っていなかったようだが、あれは何か理由があるのか?」


 ついでに一つ、気になっていたことを訊ねてみる。

 模擬戦でもそうだし、最初にソブカの館で出会ったときから感じていた疑問である。

 だが、その疑問に対してサリータは不思議そうな顔をする。


「?? 戦気とは何でしょう?」

「…え? 知らないの?」

「無知ですみません! 自分で自分が恥ずかしいです!」

「い、いや…そうなのか。知らないのか。豚君でも使えたのに…」


 ビッグを見たときはラブヘイアを比較対象にしていたが、サリータはさらに下のビッグを比較対象にしないといけないようだ。

 なんとも哀しい話である。ちょっと泣きそうになった。


「戦気、出せないか?」

「どのようにやるのでしょうか?」

「普通に、こんな感じで」


 アンシュラオンが軽く意識を集中させると、身体の周囲に戦気が燃え上がる。

 弱いと見えないこともあるが、自分のものは常人でも見えるほどに強大だ。

 しかし、これでも軽く出しているだけなので、全力の1%程度にも満たない。


「こ、これは…なんと…! 生命力に溢れているような…神々しい姿です!」

「見たこともないのか?」

「今までの仕事では見たことはありませんでした」

「仕事はいろいろと経験しているんだよな?」

「はい。チンピラや盗賊程度とならば交戦経験はありますが、そういったものは見たことがありません」

「…ずいぶんと幸運だったな。武人と出会っていたら死んでいたぞ」


(本当に戦気を知らないのか? 戦気は武人にとって必須の強化手段だ。これが出せないと話にならない。出せなければピッチャーのボールを素手で打つようなものだ。大前提であり最強の攻防手段でもある。使えると使えないとでは天地の差だぞ)


 ぶっちゃけ一般人のレベルでも戦気が出せれば、賦気で強化されたサナのように、子供でも大人に勝つことができるだろう。それだけの差がある。

 サリータがもし戦気を使える武人と出会っていたら、間違いなく負けていたはずだ。彼女が無事であったことが奇跡に思えてくる。

 逆に戦気を使えないからこそ、今まで仕事が上手くいかなかったのかもしれない。


(おかしいと思ったんだよな。サナと同じノンカラーだしさ。戦気が使えないから生体磁気が活性化されていないんだよ)


 サリータがノンカラー認定されているのを見て、少し疑問に感じていたのだ。さすがにサナと一緒というのは問題だろう、と。

 その原因が、おそらく戦気の有無である。

 戦気を扱えるようになると生体磁気自体が活性化されるので、普通にしていても身体に力が満ちるようになる。

 人間の老化は、身体の生体磁気が回復量よりも消費されることで発生するので、戦気を扱えるようになれば老化を防ぐことも可能となる。

 ただ当然、それ以上に使えば老化が発生するので、凄まじい戦気量があっても老化する者も大勢いる。そこは使うか使わないか、である。


 ともかく戦気が使えないことは非常にまずい。


(ううむ、大問題だな。このままじゃ護衛は務まらない。まずは戦気を教えるか)


 このままではソイドファミリーの中級構成員程度の敵がやってきたら、その段階でゲームオーバーだ。

 彼らはレッドハンタークラスであり、お世辞にも上質とはいえないが、一応は戦気も使えていた。

 酒場で軽く捻じ伏せたのはアンシュラオンだからこそであり、彼女だったら負けていた可能性が高い。

 一対一かつ護衛対象者が逃げるまでの防衛戦だった場合は、粘ることは可能かもしれないが、相手が二人いたら間違いなく終わりだ。

 術具などで強化するにせよ、戦気に対抗するには、まずは戦気の扱いを覚えるのが一番である。



「いいか、戦気とは…」



 それからサリータに戦気の簡単な説明をして、まずは出せるかどうかを確認してみることにした。



「ほら、やってみなさい」

「はあああ!」

「力が入りすぎだ。バシーン」

「あはんっ!!」

「なんだその可愛い声は! 乙女か!」

「いえその、急に叩かれたので…びっくりして! すみません!」

「マッスルするんじゃない。筋力じゃなくて【意思】の力だ。意念の力を集中させるんだ。身体はその媒体にすぎない。手でも足でもいいから、一番意識が向く場所に集中してみろ」

「意識が向く場所…手でしょうか?」


 サリータが自分の左手を見る。いつも盾を持つ腕だ。


「もしかして左利きか?」

「はい。一番力が出ます」

「ならば、そこでいい。左手に集中してみろ」

「腕に集中。体内の生体磁気を…集めて……粒子と化合する…。集まれ…集まれ」

「無駄に力を入れるな。小学生が『かめはめ波』を撃つんじゃないんだ。手の筋肉を使っても意味がないぞ」


 小学生くらいならば誰もがそれを試した経験があるだろうか。

 当然出せないので、手の筋肉を一生懸命動かして終わることになる。まさに黒歴史だ。


「意思の力で、そうなるようにイメージするんだ。具現化能力ともいうな。うーん、そうだな…絵描きが絵を描く時にはすでに頭の中でイメージが固まっているが、あれに近い感覚だ」


 経験が浅い時は、頭の中ではボヤっとしたイメージしか浮かばないが、何年も何十年も続けていくと、すでに頭の中で明確なイメージが生まれてくる。

 絵を描くという行為は、それを実際に出力する行為にすぎず、実体はすでにイメージ力の中にあるわけである。

 戦気もそれと同じで、すでに自分がイメージしたものを実際の肉体を使って表現することに近い。

 センスがある者というのは、それが最初からできる人間のことだ。魂の経験値が高い、あるいは才能値が高いので、比較的早い段階からイメージ力が身についているというわけだ。


「ほら、もう一回だ」

「はぁあ!!」

「まだまだ固いぞ」

「は、はい―――うひゃっ!」


 むんずと胸を触る。


「力が入るたびに胸を揉むからな。嫌だったら力を抜け」

「ふっふーーふっーーー」

「気のせいか…逆に力を入れてないか?」

「い、いえ! そ、そんなことは!!」

「じゃあ、こうしよう。ぎゅうう」

「あふうううう!」


 お尻をつねる。柔らかかった。


「戦気は本能的なものでもある。いわゆる闘争本能だな。「戦う気」と書くのだから、攻撃のためにあるのは間違いない。ほら、目の前に敵がいると思ってやってみろ」

「ううう…うおおおおお!」

「怒りや敵意といったものも立派なきっかけになる。憎いものはないのか? 怒っているものでもいいが」

「憎いもの…ですか?」

「解雇されて悔しかったんだろう? それを力に変えてみろ」

「は、はい! うううう! 朝焼けのバカヤローーーー!!」


 サリータは必死に感情を奮い立たせようとするが―――失敗。


 生体磁気に多少の変化はあるようだが、まったく戦気の形にはならなかった。


「う〜ん、戦気のレベルには達していないな」

「申し訳ありません…」

「サリータが悪いわけじゃない。知らないならしょうがないさ」


 サリータは落ち込むが、何の知識もないのだから仕方ないことだ。


(師匠の修行は、いきなり戦気を操ることから始まったもんだが…。出すんじゃない。操ることからだ。こんなの、意識を集中すれば普通に出るのに…)


 アンシュラオンはパミエルキに言われて、自我がそこそこ芽生えた三歳の頃には使えていた。

 「ほら、出してごらん?」と言われてすぐに出せたので、「これは面白い!」ということで遊び道具になっていたくらいだ。

 だがそれはアンシュラオンの場合。

 生まれ持った肉体の質と、今までの人生経験によって培った集中力、そして魂に刻まれた闘争本能があるからだ。


(サリータは、あまり闘争心を出すタイプじゃないのかな? 『熱血』スキルがあるから期待してみたが…どうやらそう簡単にはいかないようだ)


 彼女は真面目なのだろう。怒りや憎しみといったものを敵ではなく自分に向けてしまうようだ。

 それならそれで燃えてくれればいいのだが、どうにも生来の不器用であるらしい。


 つまりは【センスがない】のである。


 センスがあれば一瞬で出せるものなのだが、それもまた個人差、才能の問題であろう。


(そういえばハローワークには、女性の武人はほとんどいないようだ。理由がないわけないよな。やっぱり女性には不向きなのか? そりゃ戦いは男の仕事ってイメージはあるけどさ…姉ちゃんがいるんだ。女性だって強くなれるはずだぞ)


 そんな才能がないサリータであっても、アンシュラオンは見捨てるつもりはなかった。一度自分のものになった者は誰であろうと見捨てることはない。

 パミエルキは例外かもしれないが、女性でも強くなれるはずなのだ。そこを諦めたくはなかった。


「そんなに落ち込むな。逆に伸びしろがあるということでいいじゃないか。今まで師がいなかったんだ。これから覚えさせてやる」

「はい! ありがとうございます!」


 戦気は程度の差はあれど、基本的には誰でも出せるはずである。

 どんなに絵が下手な人間でも、何十年もやっていれば少しは上手くなるし、何かのきっかけでいきなり目覚めることもある。

 大切なことは継続することだ。そこが重要である。


(逆に考えよう。知っていたら教える楽しみがない。これでいいんだ。そしてこのノウハウは、今後新しい女性を増やしたときに有効のはずだ。使えるのが普通だと思っていたからな…。サリータがいなかったら知らないところだったよ)


 思えば大剣の女性も戦気を使っていなかった。ビッグが今まで常勝とかほざいていたが、その理由が少しばかりわかった気がする。

 そこそこ経験がある傭兵でも、こうして戦気を使えないことがあるのだ。勝てて当然であろう。

 だが、差はそれだけにすぎない。自分が教えればいいことだ。


(それにオレも師匠としては素人であり駆け出しだ。教え方が悪いのかもしれん。『人を見て法を説け』とは至言だ。たしかに才能はないのかもしれないが、サリータに合った方法で教えていないのに、今すぐ駄目だと判断するのは早計だ。まだオレは彼女のことをよく知らないし、じっくりと構えるべきだろう。誰かに教えることで自分も学べるしな。これもいい機会だったのかもしれない)


 上手くいくこともあれば、いかないこともある。

 人にはそれぞれ得意分野があり、性格もそれぞれ違う。彼女には彼女の成長の仕方があるだろう。

 サナの兄になったことも初めての経験だったが、誰かの師匠になることも初めてだ。ならば、その初めての体験を楽しめばいい。

 失敗もまた楽しみの一つだ。生きていれば何度でもやり直せるものである。


「ひとまず戦気はいい。それ以外での強化方法を考えるから安心しろ」

「はい、ありがとうございます!」

「それじゃ、また走るぞ。サナもいけるな?」

「…こくり」



(そのうち道場でも作るか)


 そんなことを思いつつさらに走った時、ようやく【獲物】を発見するに至る。




157話 「サナの初実戦 前編」


 しばらく走っていると、ワイルダーインパスの群れを発見した。

 群れの数は十五頭。

 雑魚ではあるが、数が増えると厄介になる『集団突撃』のスキルを持っている。

 ラブヘイアの実力テストにも使った魔獣なので、サナの初実戦には悪くない相手だ。


「サリータ、魔獣との戦闘経験はあるか?」

「本格的な狩りのやり方は知りません。ただ、あの魔獣とは一度だけ交戦したことがあります」

「ふむ、交戦経験があるなら問題ないか。ちょうどノンカラーでも対応できる相手らしいからな」


 ワイルダーインパスも単体ならば駆除級に該当する魔獣である。ノンカラーのサリータでもなんとかなるだろう。


「武器はメイスだけか?」

「はい」

「人間相手にはいいが、魔獣相手では威力が弱いな」


 サリータの経験値は主に対人戦闘で培ったものである。しかも殺すのではなく制圧したり無力化させることが目的なので、殺傷力が高い武器は持っていない。

 彼女が持っているメイスでは、魔獣相手では少々分が悪いと判断する。


「扱えるかどうかわからないが、ハンマーと斧はくれてやろう」


 アンシュラオンが『鉄のハンマー』と『ペーグの斧』を取り出す。二つとも大きいので、魔獣相手でもかなり有用な武器だろう。

 最近はまったく使わないので忘れていたくらいだ。どうせ使わないのだからサリータにあげてもいいだろう。


「これは…立派なものですね」

「武器は武器だ。遠慮なく使え。斧は片手で使うには柄がちょっと長いかな? 長さはあとで調整してやるが、ひとまずこれくらいは軽々と振り回せるようになってもらうぞ」

「はい、師匠!」


 サリータの基本戦術は、盾を使って相手の攻撃をしのぐことにある。突進攻撃もあるが、ひっくり返されたら終わりなので基本は防御であろう。

 問題は、その後だ。

 彼女には防いだ後の攻撃手段が少ない。メイスで攻撃するにも、相手が強ければ弾かれてしまう。

 理想としては盾で相手の動きを止めたところに、斧かハンマーの強烈な一撃を加えることだ。

 優れた剣技が使えれば別だが、不器用そうな彼女には剣よりも打撃系の武器のほうが有用だろう。

 最低でも昏倒させるか、一旦敵を吹き飛ばすくらいの力は身につけてもらいたい。それができれば護衛としても使えるようになるだろう。


 そして、一番重要なサナに振り向く。


「サナ、これから何をしに行くか理解できるか?」

「…こくり。しゅっ、しゅっ」


 サナがダガーを持って、しゅっしゅっと動かす。彼女はその意味をすべて知っている。

 その仕草にアンシュラオンは満面の笑みを浮かべる。


「そうだ。これからやるのは実戦だ。殺すか殺されるかの素晴らしい世界がお前を待っているぞ。お兄ちゃんがずっと教えてきた世界だ。どうだ、ドキドキするか?」

「…こくり」


 サナも少しばかり興奮したように頷く。

 ホテル暮らしをしている間、アンシュラオンはサナに戦いの話をしてきた。

 武人のこと、魔獣のこと、技のこと、武器のこと、防具のこと、術のこと、簡単な説明ながら知っていることは全部教えている。


 結局のところ、アンシュラオンの人生は闘争の中にあった。


 この世界に生まれてからずっと戦う技術だけを教え込まれていたので、彼を構成している要素はすべて「戦闘」という言葉に凝縮される。

 ガンプドルフが彼を見て「戦闘マシーン」であると感じたのは、まさに真実。彼の本質をそこで垣間見たのだ。

 たしかに地球で培った平和な話題をしようと思えばできるが、この世界においてそんなものは何の役にも立たないし、女の子が喜びそうな話題など何も知らない。

 パミエルキがアンシュラオンにそうしたように、アンシュラオンはサナに自分が書いた戦闘の本を与えた。

 絵本を読み聞かせるように戦闘の話をする。

 すると子供はそれに興味を抱き、もっと知ろうとする。それが嬉しくてさらに教えていく。

 教えられるのは知識だけだったが、サナはちゃんと「殺す」という意味を知っているのである。


「大丈夫。オレは常にサナを守る。危険なことはない。ただ、それだけじゃ戦いの本当の意味と価値を知ることはできない。この空気を実際に肌で感じなくてはいけない。この空気を自然に感じられるようにならないといけない。痛みや苦しみも、すべてお前のものとして受け入れねばならないんだ」


 血と土が混じったような独特の臭いがする荒野が広がっている。

 闘争と殺戮の中に一瞬の生命を見いだす者たちが放つ空気。一つの判断ミスで死が訪れる、とても厳しくとてもリアルな世界。

 この現実感のない世界において、唯一生きていることを実感できる最低で最悪の場所。

 サナは今、そんな場所にいるのだ。


「ここでは自由だ。すべてが自由だ。何をしてもいい。誰にも文句は言われない。だが、唯一の掟がある。それこそが力の流儀、絶対強者のルールだ。サナ、強くなれ。強くなろう。お兄ちゃんが強くしてやる。まずは自らの手を血に染めろ。その感触を教えてやる」


 自分の手を血に染めることで、それを自然なものにしていく。

 最初は何事も緊張するし、特別なものに感じられるだろう。慣れてしまえばなんてことはないものだが、最初はいつだってドキドキするものだ。

 その新鮮な感動をサナに与えてあげたいと心から願っている。

 それがあんな雑魚であることに多少の不満はあるが、最初の獲物はいつだって小さなものだ。


「サナはクロスボウだ。まずは相手に当てることを目標にしよう」

「…こくり」

「サリータは、一匹でもいいから敵の動きを止めて、サナが狙いやすいようにしろ」

「はい! わかりました!」


(サリータは細かいことをぐだぐだ言わないな。そこは好感が持てるが、一応いつでも動かせるように忍ばせておくか)


 シャイナと違ってサリータはアンシュラオンに意見しない。そもそも弟子なので、自分の立場をわきまえているのかもしれない。

 ただし、サリータをまだ完全に信用したわけではないので、いつでも対応できるようにサナの背中に命気を忍ばせておく。

 遠隔操作で自在に操れるため、いざとなれば命気を水気にして攻撃することも可能だ。またはサナが攻撃された際には防御膜の役割を果たす。


(他人を信じられないのは不幸なことか? いや、慎重なのはよいことだ。失敗してからでは遅い。オレは二度と失敗はしない)


 不用意に他人を信じて裏切られることは往々にしてよくあることだ。

 ただし、それは自分が悪い。慎重さと準備が足りなかったのだ。すべての責任は自分にある。

 相手を簡単に信用する甘さも弱さの一つ。弱みを見せれば、誰かにつけ込まれるのが世の中の常識である。

 他人というものは基本的に信用すべきではない。これは人間不信ではなく、人間は常に未成熟な存在だということだ。未熟なので、その相手すら予期せぬことを相手自身がやってしまうことがある。

 それによって被害を受けることは、人生において珍しいことではない。そして、多くの人間は自尊心の拡充を図り、自己の未熟性という事実を受け入れずに自己保身と自己弁護に走るのだ。

 それはいい。人間とはそういうものだ。だが、失ったものは戻らない。損失は被ったままである。

 だからアンシュラオンは、絶対に失敗しないように常に準備を整えておく。

 まず頼れるのは自分自身であり、その強さである。

 起こってから後悔しても遅いのだ。大切なものは自分で守らねばならない。それが自衛というものだ。




「では、いくぞ。オレが追い込むから、お前たちは準備を整えて待ち伏せだ」

「師匠、どうやってあの群れを誘導するのですか? あれだけの数です。普通のやり方では…」

「本能で動く魔獣を操作するのは簡単だ。まあ、見ていろ」



―――ボンッ



 それは何かの破裂音のようであった。

 音がしたので横を見たら、すでに大地が陥没していたのだ。蹴った衝撃で大地が崩れた痕跡である。


「消え…た?」


 サリータには、まさに消えたように映っただろう。

 隣にいたにもかかわらず、アンシュラオンが動いたことがわからなかった。しかも遅れて音が届いたので、それに気がついたのは、すでに彼が移動を終えてからである。

 いったい何メートルあるのだろう。

 まだ群れとの距離は二百メートル以上はあるはずなのに、それをひと蹴り、一瞬で詰めたのだ。



 アンシュラオンはすでに群れの前方に移動していた。

 ワイルダーインパスも、まだ状況を理解していないようだ。まったく勢いを落とさずに突っ込んでくる。

 暴れ牛の群れの前に人間が立つなど、まさに自殺行為である。普通ならば簡単に潰されるだろう。

 が、当然ながら、この男はまったく動じない。


「数が多いな。少し減らすか」


 掌を突き出し、戦気を放出。

 放射状に放出された戦気の波が、ワイルダーインパスの群れを襲った。


 覇王技、烈迫断掌(れっぱくだんしょう)。


 掌から放射状に凝縮した戦気を展開する因子レベル4の放出技である。

 因子レベルが高いのは、戦気波動のように普通に戦気を放出するのではなく、戦気を細かい粒子に分け、それを断続的に放出するからである。

 ガンプドルフが使った張針円を、さらに攻撃特化させたような技だろうか。ただし粒子は刺突性のものではなく、一つ一つが爆散する性質を持っているので、細かい粒子に一つでも当たれば誘爆して周囲を破壊し尽す強力な技である。

 範囲は自分で指定できるが、小さくまとめればまとめるほど威力は大きくなる。

 今回放たれたのは、やや広域。

 周囲五十メートルを巻き込む巨大なもので、普通の武人が使ったのならば威力はかなり分散されるが、アンシュラオンが放てば手加減していても強烈な攻撃となる。


 大地が吹き飛び、ワイルダーインパスが―――消失。


 それはダメージを受けるというレベルではない。触れた瞬間に爆散し、存在そのものが掻き消えるといった凶悪なものだ。

 たとえるならば、まるでロボットアニメの拡散ビーム砲である。彼らに逃げ場などあるはずがない。

 扇状に大地が消失するほどの威力によって、ワイルダーインパスの十頭が消失。二頭が修復不可能なダメージを受け、無事なのは最後尾あたりにいた三頭だけであった。


「こいつら、こんなに弱かったか? かすっただけで致命傷じゃないか。少し強すぎたな」


 もっと残そうと思っていたが、余波を受けた二頭も瀕死の状態になってしまった。これだから弱い魔獣は嫌いである。


「ほら、どうした。来ないのか? 来ないのならば逃げろよ」

「ブルルッ!!?」

「おっ、ちゃんと逃げるな。エジルジャガーより、よほど頭がいいじゃないか。ほらほら、逃げろ」


 ワイルダーインパスは、即座に撤退を選択。

 動物的本能が、ほぼ反射で戦うことを拒否したのだ。実に賢い選択である。



 そのまま軽く追いながら、待ち伏せていたサリータとサナに指示を出す。


「サリータ!!! 逃がすな!! お前が頭を押さえておけ! サナはその間に射撃だ!」

「は、はい! わかりました!」


 アンシュラオンの声は、よく通る。これほど離れていてもまったく衰えない。

 そのうえ声を聴いただけで、逆らうという気が起きなくなるのだ。


(師匠に見られているのだ。がんばらねば!)


 サリータは走って、逃げるワイルダーインパスの前に立ち塞がる。


 彼らはまっすぐ直進を選択。ぶつかる気だ。


 比較的凶暴な性格の彼らだからこそ、さして違和感のない行動に映るだろうが、今のワイルダーインパスは正気を失っている。

 人間が極度のパニックに陥ると、他人を踏み台にしてまで逃げようとするように、今の彼らも周囲が見えていない。


 見えているのは―――悪夢だけ。


 さきほど立ち塞がった恐るべき存在だけ。それと比べれば、人間の女など石ころ一つにしか感じない。


 ワイルダーインパスの三頭が襲いかかり、サリータは盾を使って受け止めた。


 来ることがわかっているので、彼女も全力で突進し―――激突。



「ぐっ―――!!!」




―――が、重い。




 足が地面から離れる感覚が襲い、身体が浮き上がっていく。

 それにサリータが驚愕。


(なんだ…これは!!? これがワイルダーインパスの突進なのか!? 魔獣の本気の突進なのか!! 以前に受けたものとは…まるで違う!!)


 サリータは、護衛する商隊に襲いかかる魔獣を相手にしたことがある。その時、ワイルダーインパスとも戦った経験があった。

 たまたま彼らの通り道であり、こちらを襲うという意思はなく、軽い小競り合いが起こったというものだ。

 その際は彼らの突進も受け止められたため、今回もできると思っていた。


 されど今回の一撃は―――桁が違う。


 あまりにも必死。

 魔獣が人間を襲うのは、食糧以外には単純に邪魔だという認識だからだ。縄張りに入った外敵を排除しようとするからだ。

 だが、それよりもっと力を発揮するのが、逃げる時。全力で天敵から逃げる時こそ、彼らは真なる実力を発揮するものである。

 たかがワイルダーインパスと侮ることなかれ。本気で逃げる魔獣の力は人間の想像を超える。


 浮いた足が摩擦を完全に失い―――吹っ飛ばされる。


 人間が牛に簡単に跳ね上げられるように、盾ごと宙に投げ出された。




158話 「サナの初実戦 後編」


 そのまま地面に激突。


 頭から落ちそうだったので、受身を取るだけで精一杯であった。


「ぐっ、しまった…!」


 幸いながらダメージ自体は大きくはない。真上に衝撃が逃げたことと、元から持っている『物理耐性』スキルがダメージを半減させてくれたからだ。

 慌てて盾を拾って防御態勢に移るが、追撃はない。

 振り向くと、そこには逃げていくワイルダーインパスの後姿があった。完全にサリータなど眼中にないという走りである。


(自分は魔獣一匹の足止めすらできないのか…!!)


 悔しさが満ちる。なんとなさけないことか。だから自分は駄目なのだ、と。

 しかし、戦場では悠長に悔やんでいる暇などはない。



 それを証明するように、ワイルダーインパスに矢が突き刺さる。



 狙われたのは、最初のアンシュラオンの攻撃でダメージを受けて、動きが鈍っている個体だ。

 彼らの足は鈍く、明らかに最初の三頭から遅れている。そこを狙ったのだ。

 ただし矢はやや遠めから発射されたこともあり、大気の影響を受けて狙いが逸れ、ワイルダーインパスの尻の部分に命中。

 なんとか突き刺さったが、先っぽだけがかろうじて、という状況である。

 ワイルダーインパスは、矢が刺さったまま逃げようとする。まだまだ致命傷には程遠い一撃であった。


 撃ったのは―――サナ。


 背を低くしてクロスボウを構えた黒髪の少女が、じっと逃げていく魔獣を見つめていた。


(今のはサナ様か…? しかし、なんだこの雰囲気は…)


 サリータはサナから不思議な波動を感じた。

 今こうして佇んでいる姿からも感じるし、先ほどの矢の軌跡からも感じられたものだ。


 彼女は―――まったく躊躇しなかった。


 サリータが吹っ飛ばされたことにも動じず、淡々と狙いをつけて撃ったのだ。距離があったので外れたが、それは重要ではない。

 特筆すべきは【精神力】。

 物事を行う際に恐れや不安をまったく感じない。だから手が震えない。迷いもしない。

 的が来たから撃った。ただそれだけだ。

 それは生と死の狭間にある血生臭い荒野においては、特に異質なものに感じられた。



「サナ、当たったな」

「…こくり」


 またもや一瞬で移動したアンシュラオンが、サナの隣にいた。サリータからすれば、まるで手品だ。


「だが、致命傷ではなかった。動いているものを狙うのは難しいだろう?」

「…こくり」

「まだやるか?」

「…こくり」


 サナは今撃ったクロスボウを投げ捨て、ポケット倉庫から次のクロスボウを取り出す。やる気満々である。


「いいか、狙うのは心臓と脳だ。これは人間が相手でも同じだ。必ず両方を潰すことを心がけるんだぞ。心臓を潰したくらいじゃ、魔獣も武人も簡単には死なないからな」

「…こくり」

「あの魔獣の場合は頭でいいだろう。心臓は狙いにくいからな。また追い込んでやるから、次は頭を狙うんだぞ」

「…こくり」


 ワイルダーインパスの平均HPは約180。今の矢では5しか与えていない。

 当然ながらダメージも当たった部位によって変化するので、頭に直撃すれば一気に何十ものHPを減らすことが可能だろう。



 戦いはさらに継続。仕切り直しである。



「サリータ! 何を呆けている! 次もいくぞ!」

「は、はい! で、ですが師匠、自分では…」

「泣き言など聞きたくはない。盾で受け止められないのならば、さっき渡した斧かハンマーでぶっ叩け!! お前の役目は動きを止めることだ!! 死んでも止めろ! わかったな!!」

「はい、師匠!!」


 その言葉に身体が熱くなっていくのを感じる。

 今まで自己流で戦ってきた自分にできた初めての師。まだ彼のことをよく知らない。どんな性格でどんな考えを持っており、何のためにここにいるのかも何も知らない。

 しかし、強い。

 実際に戦った時もそうだが、今こうして魔獣を簡単に屠っている姿は雄々しく、見た目からは想像もできないほどに重厚だ。


(自分の選択は間違っていなかった。この御方ならば、きっと自分を強くしてくれる!! この心を鍛えてくれる! なればこそ応える! この身が砕けても!)


 明確な指示と命令を受けて、迷いが消えていく。


(もう油断はしない! 油断ができるほど強くはない!! 命じられたことを死ぬ気でやるだけだ!)


 サリータは盾を捨てて両手で斧を構える。

 男性の戦士用なので大きく、いわゆるウォーアックスやバトルアックスと呼ばれるものだ。

 盾は自分の最大の武器。持っていないと不安になるが、アンシュラオンが言うように受けられないのならば意味がない。

 そこに悔しさはあっても、まず第一に相手を見なくてはならない。それが師の最初の教えである。

 決死のワイルダーインパスに一番有効なのは攻撃だ。

 相手の攻撃を受ける前に、こちらの攻撃を当てる。その後のことは知ったことではない。当てればいいのだ。



「行ったぞ、サリータ!!」


 再びアンシュラオンが追い込み、魔獣がこちらに向かって駆けてくる。

 その目は必死。生き残るために全力だ。


「うおおおおおおおおおおおお!!」


 その気迫に負けないように、サリータは叫ぶ。

 全身から力を振り絞るように、恐怖に負けないように叫びながら駆ける。

 アンシュラオンと比べれば、遥かに遥かに弱い人間の女性が斧を振りかぶり―――


 激突する寸前に、一番先頭のワイルダーインパスの頭に―――叩きつける!!


 斧はツノに当たり、少しだけ威力を弱めながらも頭蓋に激突。ミシミシと金属の刃が食い込むのがわかった。

 だが、戦気を使っていない腕力だけで攻撃しているため、一撃で倒すことはできない。


「グオオオオッ!」

「っ―――!」


 頭から血を流しながらワイルダーインパスが、サリータを吹っ飛ばす。

 それから宙に浮き上がり、落下とともに他のワイルダーインパスにも激突され、もみくちゃにされる。


「がはっ! ごはっ!!」


 ドス バキッ ボキッ グシャッ


 踏まれ、叩きつけられ、肋骨と鎖骨が折れ、足も折れる。

 身体が丈夫かつ、物理耐性があるからこそ死こそ免れたが、かなりのダメージを負ってしまった。


(これが…魔獣との戦いなのか!? なんの躊躇もない!!)


 魔獣と人間、どちらが怖いか。この問いの答えは難しい。

 人間は狡猾で残酷であるが、魔獣はまったく躊躇わない。人間のように迷ったりしない。生きるために相手を殺すことに躊躇しない。

 言葉や文化、考えが通じないとは、これほどまでに恐ろしいものなのか。そもそも相手には、それを理解する知能もないのだ。


 それはサリータが受けた、初めてのショック。


 大自然において、自分がいかにちっぽけな存在であるかを改めて知った。もし数が多かったのならば、これで確実に死んでいるだろう。

 その事実が彼女に恐怖を与えた。痛みと混乱で思考が止まりそうになる。


 しかし直後、そんな恐怖を貫くように矢が飛んできた。


 まず一発目の矢が、サリータが攻撃したワイルダーインパスの肩に当たる。

 それで動きがさらに鈍ったところに、間髪入れずに二発目の矢が―――目に突き刺さる。


「ブルルッ!」


 いきなりの痛みと衝撃に暴れるが、その動きは機敏ではない。

 どうやらさきほどのサリータの一撃で、ワイルダーインパスは軽い脳震盪を起こしていたようだ。今にも倒れそうにフラフラしている。

 そこに三発、四発と矢が撃ち込まれ、五発目が頭に突き刺さる。

 見ると、サナがかなり近くまで接近していた。命中率を上げるために近づいてきたのだ。


「サナ様…! まさか私を助けに…?」

「…じー」

「っ!」


 サナはサリータの背後を見ていた。

 慌てて振り返ると、残りのワイルダーインパスが突っ込んできていた。再びアンシュラオンが追い込んだものだ。

 サリータがこんな状況でも、まったく容赦はしない。アンシュラオンはひたすら追い込むだけに徹する。


(師匠はなぜそこまで…サナ様まで危険に晒されるのではないのか!? それともこれが実戦だということなのか…?)


 このような状況に陥るのは人生で初めてのこと。つまりは命の危機に瀕しているのだ。

 そこに至っても彼は手助けしようとはしない。それに対して一瞬、迷いが生まれる。


「っ!!」



―――視線を感じた。



 それは、自分をじっと観察するようなもの。自分がどう動くかを、つぶさに見ている者の視線だ。


 アンシュラオンが見ている。こちらを見ている。


 その赤い目が、サリータをじっと見つめていた。人間のものとは思えないような、静かで冷徹で、それでいて燃えるような輝きをまといながら。

 その意思が、その明らかな強い力が、サリータを射抜く。


 そこで思い出す。


(私の役割は何だ!? そうだ、足止めをすることだ! 同時にサナ様をお守りすることだ!! 何を迷っている! 自分のすべてを捧げると決めたのではないのか!! いくじなしめ! だから弱いのだ!)


 サリータの身体から力が湧き上がる。守る時こそ、彼女の力は最大限に発揮されるのだ。


「痛いからと、それがなんだというのだ。折れたからと、それがなんだというのだ。関係ない―――死んでも戦え!!! 師はそうおっしゃった!!」


 自己を叱咤し、『熱血』スキルによって体力が増した肉体が、折れた足に立ち上がる力を与える。

 起き上がり、自らの肉体をただがむしゃらに【盾】とする。



「うおおおおおおお!! 来い!! 死んでも止める!!」



 ワイルダーインパスが突っ込んできて―――吹っ飛ぶ。


 巨大な重い物体が渾身の力でぶつかってくる。その衝撃はトラックにぶつかった人間の如し。

 サリータの身体が後方に吹き飛ばされる。無様に転がっていく。

 わかっていた事実。当然の結果。


 だが、それは実る。


 その間にサナは六発目と七発目の矢を頭に撃ち込んでおり、その最後の一発が脳を完全に破壊するに至った。

 そして獲物は、数歩ばかりよたつき―――


 ドスンッ


 完全に大地に横になって倒れた。


 サナが初めて魔獣を狩った瞬間。何かを殺した記念すべき瞬間である。



 トトト

 サナが大地に這いつくばっているサリータに近寄る。


「サナ…様……お見事…です」

「…こくり。ぐいぐい」

「うっ…申し訳ありません……もう足が……」


 サナが引っ張って動かそうとするが、サリータはもう動けない状態であった。

 ワイルダーインパスの突進は、一般人なら一撃で死ぬレベルである。それを何度もくらったのだ。今度のダメージはかなり大きい。


 だが、それこそがリアル。


 砂埃で汚れる身体。口に感じる鉄の味。痛いを通り越して麻痺している腹の中。そのどれもが自分の【生】を実感させてくれた。

 これが、生きるということ。戦うということ。

 人間同士の戦いではなかなか味わえない、自然の中で生き抜くというエネルギーである。

 生命力に満ち、流転し躍動する世界の中に生まれた唯一のパワー。

 それをもっとも感じさせる者が、目の前にいる。


 アンシュラオンがワイルダーインパスの前に立っていた。


「サナもクロスボウを撃ち尽くしたようだし、もういいだろう」


 サナはすでに十三発の矢を撃ち尽くしており、用がなくなったクロスボウの本体がそこら中に投げ捨ててある。

 大きいものは自分では装填できないので、ああやって放り投げるしかないのだ。それはそれで問題があるが、ひとまず実験は成功である。


「役に立ってくれてありがとうよ。褒美に一瞬で殺してやろう」


 アンシュラオンは水流波動で、尻に何発か矢が突き刺さった個体たちを瞬殺する。

 今度の水は小さく鋭く放射され、ワイルダーインパスの頭部を一瞬で破砕した。完全に即死であろう。

 わざわざこうしたのは、矢を回収するためである。




 回収が終わり、アンシュラオンが戻ってきた。そこには笑みがある。


「最初にしては上出来だ。初めて仕留めた獲物だぞ」

「…こくり、こくり」


 サナは矢が頭部に突き刺さったワイルダーインパスを見ながら、何度も頷く。

 かなり興奮しているようで、浅黒い肌が真っ赤である。


「やっぱり最初に仕留めた獲物は嬉しいよな。たっぷり味わうといいぞ」


 アンシュラオンが最初に殺した魔獣は何だったか。たしか獣型の討滅級魔獣だと記憶しているが、その直後に大量の魔獣と交戦したので詳細までは覚えていない。

 それと比べると遥かに小物だが、サナにとっては初めての獲物であり、初めての【殺し】である。

 それが何であれ、初体験は非常にドキドキワクワクするものだ。今も興奮して倒した獲物をじっと観察している。


(サナが楽しんでくれたようで何よりだ)


 その感動をサナに与えられたことに満足する。

 それから倒れているサリータに向かう。


「サリータ、よくやった。お前は逃げなかったし、最後までサナを守ろうとした。合格だよ」

「し、師匠……」

「オレは疑り深い男でな。まだお前を信じてはいなかった。これも一つのテストだ。悪く思うなよ」


 アンシュラオンがサナを危険に晒したのは、サリータの資質を見極めるためでもある。

 人間の言葉など簡単に信じるものではない。その行動こそ信じるべきだ。特に命の危機に瀕したとき、咄嗟に何をするかが重要だ。

 そして彼女は、身をもって役割を果たそうとした。身を投げ出してサナを守ろうとした。命令に従おうとした。

 実力はともかく、アンシュラオンが欲しいのはそういった献身性である。彼女はそれを身をもって証明したのだ。


 よって、合格。


 ここで初めてサリータは、アンシュラオンの本当の弟子となった。




159話 「サナとサリータと三人でお風呂」


「どうした? 嫌になったか? 今からでも師弟関係をなくしてもいいんだぞ。そのほうが幸せかもしれないしな」

「…いいえ。むしろ…感激しています。あなたこそ…自分の求めていたものです」

「こんな目に遭ってもか?」

「だからこそ…です。厳しさを教えてくれます。自分は…もっと熱く生きたいのです。何か自分が生きている証が欲しいのです」

「なるほど。軽い戦闘狂のオレが言うことではないのかもしれないけど、君もある意味で狂っているのかもしれないな。どんなに傷つこうとも、生きていることを実感できる戦いの快楽からは逃れられない。それも立派な武人の資質だよ」


 アンシュラオンも戦っている時にだけ生命を実感できる。それが武人の宿命なのだ。

 サリータもまた同じように生命が輝く瞬間を求めているのだろう。

 言い換えれば、生き甲斐を欲している。

 人は誰もが自分がもっとも輝ける居場所を探すものである。サリータにとっては、それがアンシュラオンが与える場所なのかもしれない。

 しかし、もし本当に彼女が共に生きることを望むのならば、絶対に守ってもらわねばならないことがある。


「オレについてくるというのならば、命をかけてもらうぞ。誓え。サナのために―――死ぬと」


 赤い目がサリータを射抜く。

 その言葉に偽りはないだろう。いざとなったらアンシュラオンはサリータを見捨てる。彼女よりサナを優先する。それは当然の選択だ。


「お前はサナのために死ぬんだ。サナを助けるために自分の命を軽んじろ。この世界でもっとも重要なことは、サナが生き残ることだ。それ以上の生き甲斐はない。…それを誓えるか?」

「はい…誓います。もし自分が…死んでも、サナ様だけは絶対に…お守りいたします。そこに…生きるための…炎があるのならば…証があるのならば…」


 それは誓約。スレイブが主と交わす契約にも等しいものであった。

 この時この瞬間、サリータ・ケサセリアはアンシュラオンのスレイブとなったのだ。まだギアスはないが、この誓いこそが証である。


 誓いを確認したアンシュラオンは、今までとは違う、少しだけ優しい目でサリータを見た。


「そうか…。そう望むのならば、オレも全力でお前を手助けしよう。オレたちは一緒に生きる存在となったのだからな」


 それを何と呼ぶのかは、まだわからない。

 身内、家族、集団、組織、団体、なんと呼んでも中身は変わらないだろう。

 少なくともアンシュラオンは、それを見捨てるようなことはしないに違いない。自分のものは大切にするのだ。


「怪我を治してやる。じっとしていろ。…それにしても弱いな」

「申し訳…ありません」

「しょうがない。それが実力だ。大事なことは常に全力で挑むこと。それがお前の中から力を引き出してくれるだろう。この痛みも糧になる」


 武人の資質が彼女にはある。それを引き出すためには闘争を繰り返すしかない。

 しかも、血反吐を吐くような厳しい戦いを続けるのだ。その狂気に満ちた競争の先に進化が待っている。

 だからこれは始まりにすぎないのだ。


(改めて弱いやつらのことがわかったよ。こんな雑魚魔獣でも普通の人間には脅威なんだ。いろいろと勉強になったな)


 自身が強すぎるので、弱い人間のことはなかなか理解できないものだ。

 ただ、こうしてデータを集めることで少しばかり感覚が掴めてきた。サナを育成するうえでも貴重な参考材料になるだろう。


「しかし…ずいぶんと汚れたな。サナはまだしもサリータが酷い。ついでだ、風呂に入ろうか」

「え!? お、お風呂ですか? このような場所で…?」


 多少の岩場はあるが、周囲は完全に荒野である。

 しかも、いつ魔獣と遭遇するかわからない危険な場所でもあるのだ。普通ならば風呂に入っている余裕はない。そもそも風呂など、ここにはない。

 だが、アンシュラオンにとっては風呂の用意など、どこでも朝飯前である。


「ふむ、あの岩でいいかな」


 包丁を取り出して剣硬気で間合いを伸ばし、適当な岩をずばっと四角いブロック状に切り出した。

 ちょうど縦横三メートル程度。一般的な家にある浴槽の四倍くらいの大きさである。


「えええ!? い、岩を…斬ったのですか!?」

「こんなことくらいで驚くな。職人はここからこだわるんだ」


 こともなげにそう言うと、内部をくり抜き、さらに水気を放出して角ばったところを綺麗に削っていく。


(姉ちゃんによく作らされたからな。腕は錆付いていないようだ)


 火怨山で遠出をする際は、こうしてパミエルキのために岩風呂を用意したものだ。

 今はただの四角い浴槽だが、姉のために用意するものは意匠を凝らしたものでないといけないので、製作に数時間はかかっていたものである。

 ただ、最初は面倒だと思っていたものの、娯楽が少ない火怨山では貴重な遊びの一つとなり、途中からは熱中できる楽しい作業に成り代わっていた。

 最高傑作は亀型魔獣を模した丸型のもので、どこぞの王城にでもありそうな巨大浴槽以上の逸品となっている。

 今でも火怨山の奥地に残っているはずなので、見つけた人間がいたらぜひ入ってもらいたいものである。


「簡素だが…こんなもんでいいだろう。ここに命気水を入れて…温めてと」

「…じー」


 風呂の支度をしている間、サナがじっと見つめていた。彼女が大好きな命気風呂である。


「よし、できたぞ。と、サリータはまだ脱いでいないのか。ああ、怪我がまだ治ってなかったか。しょうがないな。脱がしてやろう」

「あっ、し、師匠…ちょっ……」

「遠慮するな。オレたちはもう身内だ」

「あっ、あーーーれーーー!」


 あっさりと身包みを剥がされて素っ裸になる。

 治療が途中だったので、まだ身体には痛々しい傷痕、主に打撲痕が残っている。足もまだ完全に治っていないので少し曲がっているだろうか。

 だが、安心してほしい。この命気風呂ならば、そんな怪我も治ってしまうのだ。



 アンシュラオンがサリータを掴み―――放り投げる。



 ドッボーンッ


「つ、冷たっ…じゃなくて、熱っ!!」


 サリータが浴槽に入った瞬間、バタバタと暴れ出した。


「ん? そんなに熱かったか? けっこうぬるめなんだけどな」

「あっ、いえ…その、温かいの…ですね」

「もしかして、温かい風呂にはあまり入らないのか?」

「はい。普通は水風呂が多いです」

「へー、そうなんだ。小百合さんのところも温かい風呂だったし、ホテルでも普通にこうしていたからな…知らなかったよ。あれは西側の風習なのであって、東側は違うのかな?」


 今まで見た風呂は、すべて日本で入っていたような温かい湯だったが、それは特別な部類に入るようだ。

 普通は水で身体を洗ったり、そのまま水風呂に入るのが一般的だという。

 火を出すジュエル機器が高級品であるし、水そのものが有料の場所である。そんな余裕はないのだろう。

 たしかにすべての国で温かい風呂に入るわけではない。前にテレビでやっていたが、アフリカの人々に温かい風呂を提供したら驚いていた、というものがあった。

 シャイナもあの時に初めて温かい風呂に入ったのだが、それ以前にいろいろとパニックだったので、そこにつっこむ余裕がなかったと思われる。


「温かい風呂もいいだろう?」

「…はい。初めて入りましたが…いいですね。身体が…ぽかぽかします」

「汚れも取れて怪我も治る。まさに完璧だ。じゃあ、サナも入ろうな」

「…こくり」


 サナの服も脱がしてあげる。今は色々と装備があるので多少手間だが、脱がしてあげる行為は好きなので、なかなか楽しい作業である。

 それから自分も脱ぐ。


「うぇっ!? し、師匠も…入るのですか!?」

「当然だ。嫌なのか?」

「い、嫌なわけはありません! むしろその……うう」

「師弟で風呂に入ることくらい珍しくはないだろう」

「そ、そうですね…。これはそういうものですよね」

「うむ、そうだ。ぽろん」

「うひっ!!」


 相手の承諾も出たので、遠慮なくゾウさんを出す。

 周囲はすでに闇が広がっているが、目はすでに慣れているのではっきりと見えた。

 サリータの顔が真っ赤になる。


「どうした? やっぱり熱いか?」

「い、いえ、大丈夫です!」

「そうか。うーん、暗闇ってのもあれだな。ちょっとライトアップしようか」


 ボボボッ

 火気を生み出して周囲を覆うと、岩風呂がライトアップされる。

 荒野に突如現れた輝く謎の風呂の完成である。魔獣も不思議がって近寄らないに違いない。

 仮に近寄っても即座に焼かれて終わりだろうが。




 そして、三人で仲良く風呂に入る。


「…ぶくぶくぶくー」


 サナは相変わらず顔を埋めるのが好きなので、ぶくぶくさせて遊んでいる。

 いつもと変わらないように見えるが、やはりどこか興奮が冷めやらぬ様子である。

 たまに水面をばしゃばしゃ叩いているので、いまだ獲物を仕留めたことが嬉しいのかもしれない。


「はは、サナは嬉しそうだな。いい経験をさせてあげられてよかったよ」

「サナ様は…お強いのですね。…精神的には…自分より遥かに…」

「たしかにな。だが、それもまだ本当の力じゃない」


 サナは攻撃に迷いがない。相手を殺すことにも躊躇しない。それは一見すれば強いのかもしれない。

 だが、それだけが人間の真なる力ではないのだ。


「恐怖や迷いはマイナスの感情だが、それをプラスに転換できるのが人間だ。だから強くなれる。いざというとき、本当に危険なときにこそ、そうした振り幅がないと底力が出ないものだ。サリータ、さっきの踏ん張りは悪くなかったよ。君は恐怖を乗り越えて力を出したのだから」

「師匠…」


(師匠は、しっかりと自分を見ていてくれた。なんだろう、この気持ちは。温かいような…包まれるような…とても心強くて…優しい感じだ。こんなことを感じるのは、いつ以来だろう…)


 アンシュラオンは修行には厳しいが、しっかりと自分のことを見ていてくれる。

 ただの使い捨てではなく、自分の中から力を引き出そうとしてくれている。

 まだ出会ったばかりだが、目の前の少年に対して妙に惹き付けられる自分を感じていた。


「あっ、そうだ。せっかく弟子ができたんだ。身体を洗ってもらおう」

「はい! 喜んで! あっ、ですがその…タオルはまだ洗っておらず…」

「そうか。じゃあ、サリータの身体で洗ってもらおうかな。それならタオルはいらないし」

「か、身体で…ですか!?」

「うむ、ほかに道具もあるまい。サリータの身体をオレの身体に密着させて、ごしごししてもらおうか。喜んでやってくれるんだよね? 師匠に尽くすのは弟子の役目だもんね」

「…は、はい…! も、もちろんです!」


 セクハラの開始である。


(体育会系って、そういうイメージがあるよな。それに弟子が師匠の身体を洗うのは当然のことだ。うむうむ、問題ないな)


 アンシュラオンの脳裏にあるのは、弟子が師匠の背中を流す光景。よくギャルゲーであるようなシチュエーションだ。

 サナはまだ幼いので、お世話をして楽しむだけだが、せっかくサリータという新しい要素が手に入ったのだ。たまには自分がしてもらう側でもいいだろう。


(シャイナは…やってくれないだろうな。あいつは素直じゃないしな。だが、サリータならばやってくれるだろう)


「で、では、洗わせていただきます!」


 思った通り、彼女は逆らうことなく言うことを聞く。

 そこに若干の快感を覚えた。素直な女性はいつだって可愛いものである。


 しかし、サリータがアンシュラオンの背中に近寄ろうとした時―――


「違う違う。前だ」

「ま、前といいますと…」

「前は前だ。ほら、遠慮なく抱きつきなさい」

「うひっ!」


 ゾウさんが丸見えの前を突き出す。


 そう、前である。


 前と前を合わせて、ごしごしするのだ。これが師弟の通常のスタイルとなる。


「ほら、早く。師匠はお待ちかねだぞ」

「は、はい! し、失礼します」


 ぷにゅんっ、とサリータの身体がアンシュラオンと触れ合う。

 鍛えていても女性である。しなやかで柔らかい。

 彼女のほうが背が高いので若干被さるようになるが、それもまた新鮮でいい感じだ。


「身体を動かして。胸を押し付けるように!!」

「はい、師匠! うっ…うはっ…ううっ…」

「股もこすりつけるように!」

「は、はひぃっ!」

「弱い! もっと強くだ!」

「はぃっ!!」


 ごしごし ぬるぬる

 ローションのような粘度なので、実に滑らかに身体が擦り合わさっていく。

 ごしごし ぬるぬる
 ごしごし ぬるぬる
 ごしごし ぬるぬる


「はぁはぁ…はぁはぁ」

「どうした? もしかして感じているのか?」

「か、感じるなどと…そのような!」

「ここは感じていい場面だぞ。いつも緊張していたら、いざというときに力が出なくなる」

「そ、そうです…ね。ですが、その…は、恥ずかしくて…」


 顔を真っ赤にしつつ、ついでに身体も真っ赤になっていく。

 アンシュラオンほどではないが、もともと色白の肌なので桜色に染まるとすぐにわかってしまう。


「オレに従う者には快楽もプレゼントする。それもまた師匠の役目だ」

「あっ、し、師匠! そこは…」


 アンシュラオンが、サリータの両胸を掴み、さらに下腹部も押し付ける。


 そこからの―――命気振動。



 ブルブルブルブルッ ブルブルブルブルッ

 ブルブルブルブルッ ブルブルブルブルッ

 ブルブルブルブルッ ブルブルブルブルッ



「あっ、あっ、ああああああ!!!! ふ、ふひぃっ!! し、師匠、あっ! あああ!!」

「師匠プレイじゃ盛り上がらないな。こういうときだけは名前で呼んでくれ」

「はああぁぁいいいっ…あ、アンシュラオン……様ぁあああああ! あっ、あはぁあああ!! じ、自分は…もう…あっ!! うううう、あああああああ!」


 ガクガクガクッ


 あっという間にサリータも達してしまった。

 びくびくと身体を痙攣させながら、ぐたっ〜〜とアンシュラオンにもたれかかる。


「サリータも簡単にイッちゃったな。まあ、楽しいからいいけどね」

「…ぶくぶくー、つんつん」


 サナが痙攣しているサリータをつついて遊んでいる。

 だが、口からよだれを出して快楽に打ち震えているので、しばらくは動けないに違いない。



「あー、いい湯だなぁー。こうして遊べるなら弟子も悪くないかな」



 こうして親睦を深める三人であった。

 今日も空の海が綺麗だ。




160話 「『おっぱいの妖精』と出会った傭兵の災難」


「いい湯だなぁー」


 その後、二時間あまり風呂に入っていた。

 サナも余韻に浸っていたため、ゆっくりと浸かっていたのだ。

 命気風呂は常時適温を維持するので、のぼせることもなく快適な時間を与えてくれる。


(外は広くていいな。ホテルのプールとはまた違う良さがある。まさに大自然の中にある露天風呂ってやつだな。街の中のごたごたが嘘のように綺麗だ)


 グラス・ギースでは人間同士の醜い争いが起こっているが、ここは純粋なまでにシンプルな世界だ。

 強い者が生き残り、弱い者が死ぬ。だからこそ澄み切っており、空もあんなに輝いて見える。


(あの都市に少しこだわりすぎているか? …いや、どちらにせよ金は必要だ。気が滅入ったら、こうして外でリフレッシュすればいいし、気楽にやるとするかな)


 一般人からすれば、一歩足を踏み入れるだけでも怖い夜の荒野だが、アンシュラオンにとっては綺麗な世界にさえ思える。

 飽きたり嫌になったら、いつでも外に出ればいい。こうした逃げ道は重要である。

 人間、一つのことだけに思い詰めると袋小路に陥って、理性的な判断ができなくなる。これもまた前の人生経験で得た知識である。


 と、そんな時―――探知に引っかかる。


 半径千メートルに伸ばしていた波動円に、五つの反応があった。


「…誰か入ってきたな」

「え!? て、敵ですか!?」


 まだ快楽の余韻に浸っていたサリータが、少し赤い顔で訊ねる。

 どうやらよいリフレッシュになったようで、彼女の中から無駄な硬さが消えていた。それは身体的なものでもあるし、精神的なものでもある。

 知らない街に来て、初めての仕事で失敗したショックが尾を引いていたが、こうしてアンシュラオンの身内になれたことで自分の居場所ができたと思えたのだろう。

 最初の気負いが少しだけ和らぎ、表情もより女性らしくなった気がする。やはり快楽は女性が美しくあるために必須の要素なのだ。

 が、ここは荒野だ。油断はするべきではない。


「サリータ、いつ何時も油断はするなよ。敵が魔獣だけとは限らないからな」

「もしや…人間ですか?」


 アンシュラオンは、「誰か」と言った。ならばそれは魔獣ではなく人間である。


「五人だ。この感じだと…全員男か?」

「サナ様をお守りしないと! 早く着替えねば!」

「ああ、そのままでいいよ」

「へっ!? …そのままと言いますと…裸…ですか?」

「そう。たいした相手でもないようだ。すでに捕らえたよ」


 この男が無防備でいるわけがない。

 波動円と一緒に周囲にはトラップが仕掛けられており、何かが侵入すると捕らえるようにセットしてある。


「ほら、あっちだ」

「よく見えませんが…」

「強くなりたければ目も鍛えることだ。これくらいの距離は見られるようになれ」

「は、はい!」


 アンシュラオンが示したのは、およそ一キロ先であり、しかも周囲はもう真っ暗なので普通の視力では見ることはできないだろう。

 が、以前に五キロ以上離れた先にある戦艦を見つけたように、優れた武人は目もよいのだ。


(さて、どうするか。やつらが盗賊の可能性もある。その場合、身包みを剥いだほうがいいよな。それに男か…男はいらないな。まあ、暇潰しの余興程度にはなるか)


「サリータ、こっちに来なさい」

「はい、師匠」

「背中を向けなさい」

「はい、師匠」

「そのまま動くなよ。もにゅっ」

「うひっ!!」

「こら、動くな」

「は、はい! そ、その…これは…うはっ……」

「いいから、このままで」


 サリータの背後に移動し、胸を揉む。

 姉に鍛えられた滑らかな手付きで、ほぐすように優しく揉んでいく。


「はぁっーー! はっーー!!」

「うむ、いい声が出るようになったな」

「あ、ありがと…うひっ…あっ…ご、ございま…すうう」


(サリータの胸は大きくはないからな。シャイナやマキさんのように揉み応えはないが、これもなかなかいいものだ。それでは呼び寄せるか)


 胸を揉みながら、さきほど捕まえた五人の男を遠隔操作で引っ張ってくる

 遠くから球体状の水の塊がやってきた。ラーバンサーにもやった水泥牢である。

 ただ、そのままにしておくと簡単に死んでしまうので、膜を作って閉じ込める形にしてある。


 そして、到着。


 目の前に水に捕らわれた五人の男が姿を見せる。半分溺れたような無様な姿で。


「ご、ごぼごぼっ…、た、助け…ごぼごぼっ……」

「お前たちは何者だ?」


 サリータの胸を揉みながら、男たちに問いかける。


「ぼごっ!?!? な、何者…!?」

「質問に答えろ」

「ごぼっ!?! は、裸の…女性!? な、何が起こっているんだ!?」


 男たちの前には、火に囲まれた謎の浴槽がある。

 その中には大人の裸の女性、しかもなぜか胸を揉まれている女性が顔を真っ赤にして入っていた。

 アンシュラオンはサリータの背後にいるので、体格差もあって腕以外は見えない状態である。

 いきなり水に襲われて、何も知らずに連れてこられたら、裸の女性が胸を揉まれているという謎のシーンに遭遇する。パニックに陥るのが自然な反応だろう。

 ちなみにサナの裸を見せるなどという選択肢はまったくないので、命気を凝固し、不透明にして見えないようにしてある。


「わが神聖なる儀式の間に入り込むとは…どこの魔族だ」

「神聖なる儀式!? 魔族!?」

「そうだ。これが見えんのか」

「うううっ…」


 サリータが胸を揉まれて悶えている姿。


「それが…儀式? な、なんと言えばいいのか…ずいぶんと破廉恥な儀式だな…」

「何か文句があるのか?」

「そ、そんなことはないが…ごぼっ!」

「わが聖域に入り込んだ異物め。敵ならば殺す」

「ま、待ってくれ!! 俺らは敵じゃない! い、いや、そもそもあんたのことなんて知らない!! どうか許してくれ!!」

「話せ。お前たちは何者だ」

「た、ただの傭兵だよ! グラス・ギースって都市から来たハンターだ!!」

「ハンター? 盗賊ではないのか?」

「か、勘弁してくれ! ほ、ほら! これがハンター証だ!!」

「うむ、見せてもらおう」


 水の一部が動き出し、ハンター証をこちらにまで移動させる。


「…読め。モミモミ」

「…あはっ! は、はい…」


 胸を揉んで、サリータに促す。


「シーバンというブルーハンターのようです」

「ほぉ、ブルーハンターか」


 レッドハンターはよく見るが、ブルーハンターと出会うのはラブヘイア以来である。


「ラブヘイアという男を知っているか? たしかやつもブルーハンターだと聞いた」

「あ、ああ。知っている。それが…何か?」

「あの男には苦労をさせられた。だからブルーハンターに恨みを抱いている。お前たちも仲間ならば…」

「ち、違う! あんな変態と一緒にしないでくれ!! 俺らは普通のハンターだ!」

「あいつとお前、どっちが強い?」

「…ラブヘイアのほうだ。俺はそこまで強くはない」

「だが、同じブルーハンターなのだろう?」

「同じランクでも、それぞれ力は違う。俺はどっちかといえばサポート系だからな」


 男の姿は見えないので情報公開は使えないが、波動円の雰囲気からは軽装であることがわかる。鎧を着たガチガチの戦士、というわけでもないようだ。


「お前たちはパーティーなのか?」

「そうだ。『ライアジンズ』という傭兵団で活動している」

「ここに来た目的は何だ? わが儀式の邪魔ではなかろうな?」

「か、狩りに来たんだ。最近、魔獣が増えたから…ほ、本当だ! それだけなんだ! あんたの領域を荒そうとなんて思っていないんだよ!」


 シーバンは必死に無実を訴える。その声に嘘はなさそうだ。


(なるほど、グラス・ギースのハンターか。小百合さんが言っていた情報とも合致するな)


 どうやら周辺の治安を維持するために、ハローワークから依頼を受けている傭兵団のようだ。

 思えばラブヘイアとサリータ、それと金をあげた傭兵団以外のメンバーと出会うのは初めてである。

 あまり出会う機会もないが、彼らもちゃんとハンターとしての仕事をしているらしい。


「いいだろう。信じてやる」

「ほっ、た、助かった…」

「だが、わが聖域に入った罪は重い。そして、わが生贄の裸を見たことも罪である」

「そ、それは…。でも、裸のことは俺らの責任じゃ…」

「ええい、うるさい!」


 ドバーーーー ギュルルルルッ

 水泥牢が洗濯機のように回転する。


「うわあああああ! ごぼぼぼっ!! し、死ぬっ! た、助けて!!」

「わが力を思い知ったか!」

「わかった、わかったよ!! 何でもするから助けてくれぇええええ! ゴボボッ!」

「うむ、実力差がわかったようで何よりだ。では、持ち物をすべて置いていけ」

「ええ!? こ、こんな荒野でか!?」

「何か文句があるのか?」

「ごぼぼぼっ!! わ、わかった! わかったから…!」

「われも鬼ではない。メインで使っている武器は見逃してやろう。それ以外は置いておけ」

「わかった!! 全部渡す!!!」


 シーバンがそう言うと、水泥牢が解ける。

 ドバッーーーっと水が流れるのと一緒に、男たちが流れてくる。

 水気で多少服が焼けていたが軽症のようだ。手加減はしているが、さすがブルーハンターといったところだろうか。


「ううっ…酷い目に遭った……」

「さあ、よこせ」

「わかった。ここに置いていく。くうう、大切な荷物だが…しょうがない」


 シーバンたちは、大きめのリュックを人数分置いていく。

 この荒野で荷物を失うことは命にかかわる。彼らにとっては死活問題なのだろうが、命には代えられない。


「うむ、二度とここに近寄るな」

「あんたは…何者なんだ?」

「おっぱいの妖精だ」

「おっぱいの妖精!!?」

「見てわかるだろう? それ以外に見えるのか?」

「そりゃ…そう言われると…そうとしか見えないが…。うん、たしかにそれ以上の適切な言葉が見当たらないな…」


 どう見ても、おっぱいの妖精。


「それともお前らは、敵対する『厚い胸板の魔族』の崇拝者なのか?」

「厚い胸板の魔族!? 何だそれ!?」

「筋肉モリモリの胸板を愛でる恐ろしい連中だ。ハードゲイとも言う。我々おっぱいの妖精の宿敵だ」

「…そ、それはたしかに…恐ろしいな。絶対に遭いたくない」

「おっぱいの妖精は、荒野にたまに出現する存在だ。出会えば、それ相応の供物がなければ殺されると知れ。荒野に出る際は、必ずお供え物を持参するようにと他の者にも伝えておくがいい」

「く、供物は何がいいんだ? やっぱりその…おっぱいなのか? つまりは女性ってことだが…」

「それもいいが、百万円以上の金か珍しいアイテムなどでもいい。価値基準は人間の世界と同じだ。いいか、忘れるなよ。供物がなければどうなるか…わかるな?」

「わ、わかった。そ、それじゃ…もう行っていいか?」

「うむ、男はさっさと消えろ」

「今日は散々だ…昼間も誰かにぶつかられて気を失ったし……」


 そうしてシーバンたちは闇に消えていった。

 荷物を取られた悔しさよりも、常識を疑うような光景に現実感がなく、狐に化かされたような様子であったのが印象的だ。



 相手が範囲外から去ったのを確認し、ようやく手を離す。


「はぁはぁ…」

「うむ、よく耐えたな」

「やはり修行でしたか!」

「そうだ。だが、快楽を受け入れるのも修行の一部だ。今度からは喘ぎ声を出すように」

「は、はい! 奥深いものです。ところで今の出来事はいったい…何の意味があったのですか?」

「サリータ、人生には遊び心が必要だ。余興を楽しむことができなければ生きているとは言えない。それでは強くはなれないぞ。おっぱいの妖精がいてこそ世界が正しく回っているのだからな」

「な、なるほど! さらに奥深いです!」


 何を言っているのか意味がよくわからないが、師がそう言うのならばそうなのだろう。

 サリータ、知力に問題あり、である。



 ともかく、荷物をゲットである。




161話 「弱肉強食の世界」


 荒野での夜間戦闘はまだサリータたちには危険なので、日が昇るまでは休むことにした。

 サナはポケット倉庫から取り出した簡易ベッドで寝ているが、サリータだけはそうはいかない。

 怪我が治った以上、修行である。


「サリータは朝が来るまで瞑想だ」

「瞑想…ですか?」

「戦気を覚えるための修行だな。身体の力を抜いて、周囲の環境と自己を一体化させる修練だ。言ったように世界には常に『神の粒子』が満ちている。それを感じ取る修行でもある」


 普遍的流動体。あらゆるエネルギーの元になるものだ。世界や宇宙のあらゆる物質は、これが姿を変えたものである。

 この粒子の真髄は、意思の力によって変化する性質を持つことだ。意思の力によってあらゆるものが生まれ、形態が与えられているのである。

 人間の身体もそうだし、石や火や電気もそうである。この大地や星も、それらの集合体によって生まれている。

 そして言ってしまえば、宇宙は絶対神の意思によって作られている、ということになる。

 そうした無限のエネルギーを強力な意思の力で操作して、宇宙のあらゆるものを生み出す。それだけのことができるのは、やはり絶対神しかいないわけだ。

 人間もまた、規模としては相当小さいが同じ力を使うことができる。意思を持つ霊とは、神の意思力を模したものであるからだ。

 この世界の人間も女神の子供であり、分霊である。彼女の無限の可能性を宿しているので、修練次第で神の粒子を操ることができるようになる。


「オレたちは神じゃないし女神でもない。世界を創る必要はないから、扱う粒子は自分自身と身の回りにあるものだけでいい。まずは身体の周囲にある粒子を感じ取り、自己の生体磁気と結びつけることを学ぶんだ。これができれば、少なくとも戦気を出すことくらいはできるようになる」

「は、はい!! よくわからないですが、がんばります!!」

「そうか…よくわからないか…。うん、まあ…がんばってくれ。やればそのうちわかってくるだろう」


(サリータの場合、理屈じゃなくて身体に染み込ませるほうがいいのかもな…)


 人それぞれ、向き不向きがある。

 アンシュラオンは知力に優れた水の属性なので、理屈や理論によって物事がすぐに理解できるが、彼女は違うのだろう。

 熱血体育会系を貫くのならば、理屈よりも身体で覚えるほうがいいのかもしれない。それにもともと女性は男性よりも感性が鋭いので、理論よりも感覚で学ぶほうが得意なのだ。

 それならば、ひたすら実践しかないだろう。



 あとは彼女自身に任せて、アンシュラオンは荷物を調べてみることにした。


「ろくなものがないな。あいつら、こんなんで生きていけるのか?」


 シーバンというハンターたちから手に入れたリュックを漁るが、ろくなものが入っていなかった。

 あるのは予備の道具類。救急箱やロープやナイフ、軽斧など、一般の冒険者ならば役立つが自分には無意味なものばかりが目立つ。

 毛布類も男が使っていたと思うだけで悪寒が走る。触りたくもないので、焚き火の薪代わりにしかならないだろう。

 使えそうなものは、せいぜい保存食と煙玉くらいなもの。

 煙玉は前に領主城でも手に入れたが、文字通りに煙幕として使う。煙に刺激臭が付与されたものもあるので、魔獣から逃げる際の目潰し、鼻潰しにも役立つはずだ。


「ん? この術符は…何だ?」


 それと術符が一枚だけあった。表面には『無限盾』という表示がある。


「コッペパンにあったかな? シールド付与の術式だったような…」


 耐力壁の符は『物理耐性』を与えるものだが、これは物理的に『擬似シールド』を作り出す術式である。

 与えられた魔力に応じて耐久力が変わるもので、それが尽きるまでは盾代わりになる便利なものだ。物理でも銃弾でも対応できる。

 が、シールド破壊系の技は多いので、すぐに壊れてしまうのが欠点だ。アンシュラオンの空点衝にも『シールド貫通』能力があるので防ぐことはできず、万能とは言いがたい。

 ただ、使って損になるものではない。ありがたくもらっておくことにする。


 その後はやることもなくなったので、サナと一緒に横になっていた。


「サナ、よかったな」

「…すー、すー」


 かなり満足したようで、その寝顔は変わらずとも、幸せ一杯である雰囲気が伝わってくるだけでも感動ものだ。サナの幸せこそアンシュラオンの幸せである。

 たまにサリータから寝息が聴こえると胸を揉むなどの制裁は加えたが、起こったことはそれくらいなものだ。

 魔獣は一匹も来なかった。シーバンたちの活躍のおかげなのか、このあたりに魔獣はあまりいないようである。




 夜が明け、さらに実戦経験を積むために行動を再開。

 再びサナを賦気で強化しつつ、三十キロほど移動した場所で、第六級の駆除級魔獣であるヘビーポンプと遭遇した。

 ラブヘイアから聞いていたようにポンプの付いた蛇であり、大きさは三メートルほどの雑魚魔獣である。

 雑魚とはいっても一般人には脅威なので、ノンカラーハンターならば油断しないほうがいいだろう。

 この魔獣にもサリータを盾にして吐き出す炎を防ぎながら、サナがクロスボウで撃ち抜くという戦術で対応する。

 ポンプに命中した矢がその中身をぶちまけ、自ら放った火で炎上という形になり、あっけなく撃破できた。

 むしろ近接戦闘のほうが危険なタイプの魔獣であっただろうか。剣ならば、近くで炎上されると面倒ではある。


「うーん、矢は燃えたから再利用はできないか。矢尻だけ回収しておこう。ただ、これくらいなら矢は自作できそうだな」


 クロスボウの利点は、矢を自作できることだろう。金属質の魔獣がいれば、その素材からより強い矢が作れそうだ。

 本体も強い弦になる素材を手に入れれば、もっと強力なものにすることもできる。自分で改造を楽しめるので、なかなか味わい深い武器である。


(サナもクロスボウの扱いには慣れてきたようだな。だいぶ命中率が上がってきた)


 やはり使えば慣れるもの。

 まだ離れると難しいが、五メートル以内ならば、敵の急所にかなりの確率で当たるようになってきた。

 的が動いていることと、サナが子供であることを思えば十分な命中率である。

 それもこれもサリータが盾になっているおかげだ。彼女が身体を張って盾になりながら相手の注意を引き付けるので、サナはゆっくりと的を狙えるのである。


「サリータ、そっちは無事か?」

「はい。盾はちょっと焦げましたが、身体は問題ありません」

「形式上でもオレのスレイブになったんだ。そのうちもっと良い武具を与えてやる。大切なのは勝つこと、生き残ることだ。命を軽んじろとは言ったが、それは本当にどうしようもない場合だ。それが回避可能ならば盾を捨ててでも生き延びろよ」

「はい! わかりました!! やっぱり師匠は…はぁはぁ、じー」


(なんだか、ますます目が熱っぽくなってきた気がするが…大丈夫だろうか?)


 サリータがアンシュラオンを見る目が、だんだんホロロに似てきた気がする。熱を帯びており、若干の崇拝臭がする。

 昨晩の風呂でリラックスしたせいか、一気に忠誠度が上がった気がした。

 やはり風呂と快楽の効果は絶大だ。もはやホロロに匹敵する信頼度をサリータから感じる。

 そのホロロと対面させる時が少々不安だが、貴重な盾要因であることはたしかだ。受け入れてはくれるだろう。


「クロスボウは、だいたい扱えるようになったな。あとは数をこなせばいい。よって、次は術符を使った実戦を行う。やることは同じだ。サリータが引き付け、サナが術符を使う。あとは威力と範囲を確認すること。わかったか?」

「…こくり」

「はい、師匠!」

「術を使うのならば雑魚は勿体ない。もう少しまともな魔獣に使おう。移動していれば何かと出会うだろう」


 術符一枚で十万円以上するのだ。種類によっては百万以上もする。

 そもそも素材を回収していないのでハンターとしての収益はない。最低でもエジルジャガー以上の魔獣でないと勿体ないだろう。




 アンシュラオンたちは先に進む。

 ちなみに向かっているのは、今回は【北東】である。

 どうせなら違う場所を見たいと思って移動しているのだが、実際のところは荒野が続くばかりだ。


(結局、このあたりは何もないんだな。発展しないわけだ。ただ、資源というのは意外なところにあるものだ。たとえば【地中】とかに)


 地球だって大昔の人は、まさか海底にあれほどの資源が眠っているとは思わなかっただろう。

 魔獣が多いうえに技術もないので満足に調べられないが、未開だからこそ眠った資源はあると思われる。いわば手付かずの財宝である。


(ここは可能性の塊だ。しばらく都市にいたから忘れていたが、何の束縛もないフロンティアなんだ。この自由の風が最高に心地よいな)


 荒野を吹く風は自由である。あらゆる束縛がなく、ただ強い者だけが生き残る単純な世界を創出している。

 久々に外に出て身体も心も活性化していくのを感じる。実に心地よいものだ。



 そんな風を感じていた頃、前方に異変を発見。



「おっ、誰か戦っているぞ」

「師匠、見えるのですか?」

「ああ。ここから五キロくらい先で誰かが交戦しているな。相当劣勢で、逃げながら交戦しているようだが…ハンターかな?」


 馬車や積荷がないので商隊といった雰囲気ではない。

 そもそも通行ルートを大きく外れているので、普通の商人が通るような場所ではないだろう。

 そんな場所で、五人ほどの人間が三体の魔獣と戦っているようだ。


「五人いるな。たぶんだが、全員男だ」

「五人…ですか? もしかして昨晩の傭兵でしょうか?」

「数は同じだが…違うっぽいな。あのシーバンという男はいない。おそらく違うパーティーだろう」


 昨晩、おっぱいの妖精に出会ったシーバンという男ではないようだ。

 シーバンたちの顔ははっきりとは見ていないが、波動円でだいたいの服装や顔の形はわかるので、あれは違うパーティーで間違いない。


 そして、一人やられた。


 吹き飛ばされ、上から押し潰されている。とどめの一撃も入ったので、たぶん死んだだろう。

 そうしている間にも二人目も倒れた。このやられっぷりからすると今すぐにも全滅しそうだ。


(魔獣はヤドカリ…か? ハブスモーキーといい、この世界は陸上に海の生き物が普通にいるんだな。なかなか面白い光景だ)


 見た目としてはカニ型の魔獣である。大きな岩を背負っているので、ヤドカリ型魔獣と呼んだほうがいいだろうか。


―――――――――――――――――――――――
名前:ヤドイガニ 〈岩寄猟蟹〉

レベル:30/35
HP :500/500
BP :130/130

統率:F   体力: E
知力:F   精神: E
魔力:F   攻撃: E
魅力:F   防御: B
工作:F   命中: E
隠密:E   回避: E

☆総合: 第四級 根絶級魔獣

異名:岩に寄する狩蟹
種族:魔獣
属性:岩
異能:岩石防御、拘束
―――――――――――――――――――――――


(ヤドイガニ、能力は総じて低いが、唯一防御がBか。どうやら防御型の魔獣のようだな)


 総合的な能力は低いのかもしれないが、防御が突出してBという数値になっている。

 傭兵風の男が振るう剣がまったく通じていない。ヤドイガニのスキルに『岩石防御』があるので、まさに岩を斬っているような気分だろう。

 その男も戦気を使っていないので、腕力だけで簡単に岩は斬れない。


(かなり硬そうだな。大口径の銃弾でも弾きそうだ。しかし、こんな魔獣のことはラブヘイアからは聞いていないな。生態系が崩れたからか? だが、ここは都市の東側だから魔獣の狩場は関係ないはずだが…)


 生態系が崩れたというのは、あくまで都市の西側のはずだ。現在いるのは東側なので該当しないはずである。

 ただ、根絶級クラスならば珍しくもないので、単にこのあたりに生息している魔獣なのかもしれない。


 そして、また一人やられた。


 その後、四人目が捕まって、最後の五人目が助けようとしているが苦戦しているようだ。


「あっ、四人目が死んだな。五人目も…死にそうだ」

「師匠、助けないのですか?」

「なんで?」

「え? いえ、その…特に理由はありませんが…」

「ならばオレも助ける理由はないな。男だし。それにこの距離では助けられないだろう?」


 より正確に述べれば、「自分が全力で走れば間に合うが、あくまでこの速度で走れば間に合わない」である。

 要するに、やる気がないだけだ。


「いいかサリータ、男はオレ一人いればいい。それ以外の男は、よほどオレが気に入った相手以外は無視してかまわない。女性は子供を産めるが、男は産めない。つまりは男の代わりは、女性がいればいくらでも作れるってことだ。そして、お前が優先して考えることはサナの安全だけだ。他の男のことなど心配する必要はない。わかったか?」

「はい! わかりました!」


 わかってしまったようである。さすが師匠の言葉は重い。


 そうしている間に五人目が死亡。全滅である。

 どうやら魔獣は肉食のようで死体を食べ出した。餌にするつもりだったようだ。


「いい標的が見つかったな。あいつは防御が固い。術を使うのによい相手だ。術は防御を抜けるからな」


 術の最大の特徴は【防御を貫通】する点。これが戦闘術式の最大の長所であった。

 格好の獲物を見つけて、アンシュラオンは満足げに笑った。




162話 「戦闘計算式」


 今起こった戦闘を見て、アンシュラオンの中で一つの決心が固まる。


 それは―――【データの検証】。


 情報公開で示されるデータ、特にアルファベットについての詳細な情報のことだ。


(今まではデータのことはあまり気にしなかったが、それは苦戦しなかったからだ。オレは問題ない。だが、サナが戦いに参加し、成長していくうえでは正確な情報が必要となる。だいたいデータも集まってきたし、そろそろまとめておこうか)


 こう思ったのは、サナが戦闘に参加したことが大きなきっかけであった。

 ただでさえ戦闘は危険だ。多少慣れているハンターでも、ああやって不意に死んでしまうことがある。

 サナをそんな危険な目に遭わせるわけにはいかない。されど、危険に直面しなければ成長することもない。

 そのためにはギリギリのところの見極めが必要となる。せっかく情報公開を持っているのに、あやふやなままでは勿体ないという思いもあった。

 火怨山から出てそこそこ経ったので、まとめるにはよい時期かもしれない。


 あくまで自分が勝手に設定したものだが、情報公開で得られるアルファベット数値について、ある程度の考察ができるようになってきた。

 戦闘力に関してはこうした基準を設けている。


――――――――――――――――――――――
SSS ――― 2000〜
 SS ――― 1500〜
  S ――― 1200〜
 AA ――― 900〜
  A ――― 700〜
  B ――― 500〜
  C ――― 300〜
  D ――― 200〜
  E ――― 100〜
  F ――― 1〜99
――――――――――――――――――――――


 今まで見た魔獣や人間の戦闘データを統合すると、このような数値になると思われる。

 最近は弱い人間や魔獣と戦う機会も増え、ようやく下位のデータの収集ができるようになったので、こうした数値化が可能になったのだ。

 当然あくまで目安だし、攻撃の種類もあるので一概には言えないが、参考にするくらいはいいだろう。


 今回の場合、ヤドイガニの防御はB、単純な数値上は500以上700未満である。


 本来ならば魔力等の数値も関わってくるのだが、仮に防御が500ぴったりと考える。これに武具を装備した攻撃の合計値が500の人間が攻撃しても、単純計算でダメージは0になる。

 0なので、実質的にダメージはない。相手の防具、ヤドイガニの場合は岩だが、せいぜい岩の耐久値を減らす(磨耗させる)だけだろう。

 おそらく死んだハンターの攻撃力は、武具を含めてB未満だったはずだ。その場合、どんなに攻撃してもダメージを与えることはできない。

 全滅という結果も当然である。


 ただし、ここに【技】が加わることに注意が必要だ。


 攻撃力500の人間が、攻撃補正1.5倍の技を使用した場合は750になり、相手の防御をオーバーするので、その差分がダメージとして入る。

 もちろん当たった部位、相手の防御技やスキル、戦気の有無等々、補正要素はたくさんあり、非常に複雑な計算となるだろうが、RPGであるような単純計算では250のダメージとなる。

 受けたダメージはHPから引かれ、0になれば死亡する。

 0にならずとも気を失ってしまえば、ほぼ戦闘では死亡確定だろう。HPが低くなると、こうした状態異常にもなりやすくなる。


 だから技を覚えられる覚醒因子が重要なのである。


 もし攻撃補正3倍の技を覚えられれば、攻撃がD、200程度の者とて防御が500の相手に勝てる可能性が生まれるのだ。

 技は習得しておいて損はない。溜め時間やBP消費などの代償はあっても、一発逆転にもつながる大事な要素である。


 話を術に戻すと、術式攻撃はこの【防御の値を無視】する。


 術士が重宝されるのは、こうした防御特化の相手にも有効なダメージを与えられるからだ。

 どんなに重装甲の相手でも、術ならば防御力を貫通して直接ダメージを与える。これはとても便利である。

 もちろん防ぐ方法もある。

 術に対しては術で対抗するのが一番だ。対術専用の魔力結界や、グラス・ギースに張ってある防護結界のようなものがあれば相殺が可能だ。

 術が使えなくても防ぐことはできる。【対術三倍防御の法則】というものがあり、術に対して威力が三倍の戦気があれば理論上は相殺が可能である。

 もし相手が200の術式攻撃を行った場合、これを防ぐためには戦気で強化した防御数値が600必要となる、というわけだ。

 または、戦気をまとった攻撃数値600の攻撃を当てれば相殺が可能だ。これを見ても戦気の重要性は極めて高い。


 ただし、技や術には各種属性や付属効果が存在する。


 『防御スキル破壊』やら『貫通』やらがあれば、それを防ぐには単純に回避しかないだろう。

 属性同士の相性によっては、さらに1.5倍以上の戦気が必要になることもあるので、術とは厄介で怖れるべきものなのである。

 これが術士が重宝される理由である。彼らがいるだけで勝率は跳ね上がるのだ。

 もしさきほどのパーティーに術士がいれば、勝ち目もあったかもしれない。勝てずともダメージを与え、逃げ切れたかもしれない。それだけの違いが生まれるのは大きい。

 しかし術士は体力が低い傾向にあるので、前線に出ると簡単に死んでしまう。サリータではないが、ワイルダーインパスの突進一発で致命傷になるかもしれない。

 後衛にいても真っ先に狙われる存在でもあるため、前衛や中衛が彼らを守る必要が生まれる。


 だが、術を使うにはもう一つ方法がある。それが術符だ。


 金がかかる使いきりであることが最大の弱点であるが、誰でも扱えることは素晴らしい長所である。

 逆に術符があるからこそ、術士も危険を冒さずに生計が立てられるのだ。

 強い術式を付与するには当人の技能やレベルはもちろん、特殊な紙やインクが必要なこともあるので、売られているのは低位の術式だが、それでも使えると使えないとではまったく戦況が変わってくる。


(術符はこれからも大きな力になってくれるだろう。扱い方に慣れるにはちょうどいい相手だな。ただ、ワイルダーインパスと比べると相手がかなり強い。一匹だけ残して術と数値の実験台にしよう)


「サリータは相手の一匹を引き付けて、サナが術を使う的にしろ。オレは他の二匹を排除する」

「わ、わかりました」

「なんだ? びびっているのか?」

「さきほどの魔獣より強そうに見えたもので! 申し訳ありません!」

「実際に強いぞ。あれと比べるとワイルダーインパスやヘビーポンプは雑魚だな」


 ダメージを受けなければ死ぬことはない。その意味では何十倍も厄介な相手だろう。


「それにしても、ちゃんと相手を見ているようだな。いい傾向だ」

「あ、ありがとうございます! 自分で大丈夫でしょうか?」

「防御は堅固だが攻撃力は高くない。お前でもガードをしていれば耐えられるはずだ。だが、牽制以外では迂闊に攻撃を仕掛けるなよ。仕掛けるときは部位や状況を確認してからだ。特に岩の部分は避けろ。あそこにはお前のどんな攻撃も効かない。狙うなら頭だ。人間と同じく、まずは頭を狙うのが基本だ」

「はい! わかりました!」

「サナ、安全のために耐力壁と分身を使っておこう。使ってごらん」

「…こくり」


 サナがポケット倉庫から耐力壁の符と分身の符を取り出す。今後のことも考え、彼女自身に使ってもらうことにする。

 呼吸を整え、耐力壁の符を発動。符を発動させる場合は特に大きなアクションは必要ない。ただ念じればいい。それだけで術は発動する。

 符がバラバラになると同時に、サナの周囲に赤っぽいフィールドが展開される。

 常人には見えないだろうが、術士の因子があるアンシュラオンにはしっかりと見える。


 次に分身符を発動。


 使うと―――サナが増えた。


「おおおお!! 可愛い!! 増えた!!」


 まさにサナが二人に増えた。完全に姿を写し取っているので、防具もそのままである。


「サナ、動かせるのか?」

「…こくり」


 サナの一人である分身体が動いた。どうやら思うだけで動かせるようだ。


「ちょっとオレもやってみようかな」


 気になったので自分も使ってみた。すると同じように分身体が一つ生まれた。サナがやったようにアンシュラオンの思う通りに動く。

 ただ、欠点がないわけではない。

 ファテロナの分身がそうだったように、おそらく攻撃されれば霧散してしまうに違いない。かといって攻撃を仕掛けなければ怪しいだけだ。

 使う場合は、囮に限定されるだろう。

 また、一番の欠点は【思考】にある。


(分身体を操りながら戦うのは素人には無理だな。気を取られている間に死ぬかもしれん。思えば師匠は実分身を五体くらい同時に操っていたが…どんだけ頭を使っているんだ。だからハゲたのか?)


 分身を操るだけでも、戦いに慣れていない素人は頭が一杯になってしまうだろう。戦い慣れているアンシュラオンでさえ分身を操るのは大変そうだ。

 ただし特に何も考えなければ、分身は自分の動きをトレースするらしい。まるで鏡に映った幻のようについてくる。

 多少距離を離して放っておけば囮に。近くに置いておけば、相手を惑わす効果が期待できる。自分や味方が戸惑わなければデメリットはなさそうだ。


「サナ、分身のことはオマケだと思っていい。まずは確実に術を当てることを考えるんだぞ」

「…こくり」

「では、作戦開始だ」




 こうして戦術は決まり、二手に分かれる。

 サナには再び命気を忍ばせてあるので、万一のことがあっても対応可能にしてある。

 が、まだ不安。


(心配だな…大丈夫かな。相手が相手だしな。しかし、ここで我慢してこそ価値がある。価値があるんだ。うう、サナが近くにいないと不安だ)


 こうして少しでも離れることができるのは、サリータがいるおかげである。彼女がもっと強ければさらに安心できるのだが、それを望んでも仕方がない。

 ならば、さっさと敵を排除して戻るのが一番だ。


 アンシュラオンが先行して、死体を漁っている三匹の間に入り込むと、まずは二匹を蹴り出す。


 ドガドガッ ドヒューーン


 漫画だったら、きっとこんな擬音が表現されるだろう様相で、吹っ飛んでいく。

 軽く蹴ったのでダメージはそこまでではない。吹っ飛ばすことを主眼としたからだ。

 しかし、攻撃がAAのアンシュラオンの攻撃力が仮に900以上(おそらく1000は超えている)だとすると、軽い蹴りでも彼らにとっては大きな威力となる。


 彼らの自慢の岩に―――亀裂が入った。


 吹っ飛ばされたヤドイガニは、明らかにダメージを受けた様子で動けない状態になっていた。岩が割れ、中から何かの液体がゴボゴボ吹き出している。

 いきなりの攻撃にショックを受けすぎて硬直しているようだ。一種のパニック状態である。

 このようにHPが0にならずとも動けなくなることは多い。こうなれば、ただの的である。


「サナが心配なんだ。さっさと死ね」


 アンシュラオンが、一体のヤドイガニの岩に手を置き、発気。


 次の瞬間、ヤドイガニが―――内部から爆発。


 その爆発の威力は凄まじく、中にいた本体はもちろん、背負っていた岩ごとバラバラになってしまった。

 覇王技、水覇(すいは)・波紋掌(はもんしょう)。雷神掌と同じく発勁の一つで、力を敵の内部に浸透させて攻撃する技である。

 因子レベル3で使える技で、水気を振動させて相手を内部から破壊するため、これも術同様【防御無効】の技である。

 ついでに『物理耐性』や『自己修復』スキルも貫通破壊するので、攻撃を受けた相手はしばらくの間、防御スキルが無効化されることになる。

 因子レベルは低い技だが、水覇系の技は水属性を持っていないと扱えないことが多く、希少で効率的な技が揃っている優秀な修得派生ルートである。

 ただ、相手に密着する必要があるのでリスクがある。よほど体術に自信がないと難しいだろう。何事も強い技には危険が伴うものなのだ。


 この技の場合、攻撃力が1.5倍されながら防御無視であり、相手のHPに1500以上のダメージは入る計算になる。

 ヤドイガニが何の強化も受けていない素の状態の場合、HPは500のままなので即死決定だ。

 水属性の技なので、仮に水耐性があればダメージは半分になるものの、このHPではまず死亡であろう。

 事実、粉々である。


 もう一つ重要なのが、戦気の質である。


 情報公開で示される数値は【戦気を使っていない無強化状態】で表示されるので、それはあくまで素の能力値にすぎない。

 アンシュラオンの戦気は段階的に引き上げることができるので、彼がもし本気の戦気で打ち込めば、この一撃も3000やら4000といったものになるだろう。

 こうなると姉のパミエルキがいかに恐ろしいかを知ることになる。彼女は戦気なしでもオールSSSなのだ。

 通常攻撃がアンシュラオンの戦気有りの攻撃に匹敵する。まさに本物の魔人である。



「たまには戦闘で包丁を使うか」


 アンシュラオンは包丁を取り出し、剣気を発動させる。


 剣硬気を三十メートルほど伸ばし―――両断。


 まったく何の抵抗感もなく、もう一匹のヤドイガニは岩ごと真っ二つである。

 剣気と戦気の最大の違いは、媒体にする武器の伝導率によって剣気が自動的に強化されるので、倍率1.5倍の武器ならば、それこそ技を使って強化するに等しい攻撃力を得ることができる。

 その段階でさらに技を使って強化するのだから、剣士がいかに攻撃力特化しているかがうかがえるだろう。

 仮に剣自体にまとわせて攻撃すれば、剣の攻撃力もプラスされて、実に恐ろしいことになる。

 ただ、剣士は戦士に比べて身体能力に劣る傾向にあるので、どちらが良い、強いとは言えない。

 ラブヘイアのように間合いを広げて距離を取って戦うか、ガンプドルフのように高い攻撃力で一気に打ち倒すのが基本戦術となる。パーティーに壁役がいれば、中衛から攻撃に徹するのが一番安全で効果的だろうか。

 アンシュラオンは全因子を持っているので、普通の相手は生身で、防御が固い相手には剣で戦うのがベストかもしれない。



 こうして二匹は即死。相手は何もすることができずに料理完了である。




163話 「サナの術符戦闘」


「さて、あっちはどうなっているかな」


 アンシュラオンが二人の様子を見ると、サリータが必死に攻撃を防いでいた。

 盾を上手く扱い、ハサミの攻撃を防御している。相手の攻撃力が低いので、ガードしているサリータの防御を破れないようだ。


「案外いい感じじゃないか。防御に徹すれば彼女もそこそこ硬いからな。何かのアイテムでHPさえ上げれば悪くないかもしれないぞ」


 HPが低いのが難点なので、防御無視攻撃をくらったら致命傷になりかねない。

 一応、サナのために買った身代わり人形を一つ渡しているので即死はないのだが、連続攻撃を受けたら死ぬ可能性もある。

 ヤドイガニがそういった攻撃を持っていたら危険だが、今の様子を見る限りは心配いらないようだ。


(今回も手は出さないほうがいいだろう。本当に最悪の時だけ助けるようにしないと成長しないしな)


 アンシュラオンは今回も手助けはしないつもりでいる。

 この距離ならば何かあれば一瞬で救助もできるので、その意味でもまだ安全である。



「ぬんっ! はぁ!!」


 ブンッ バゴンッ
 ブンッ バゴンッ
 ブンッ バゴンッ


 ヤドイガニのハサミが振り回されるたびに、サリータが気迫のこもった声を発し、盾で防ぐ。

 サリータは素直だし、命令したことは忠実にこなす。言われた通り、自分から攻撃は仕掛けずに盾で耐えているようだ。

 『低級盾技術』は、使っている盾の防御力にプラス補正が付き、サリータの防御値がEであっても、さらに強固な壁になることができる。

 ガードの行動自体もダメージを半減させるので、計算式上でも、体力の低下や防具の破損以外に防御が破られることはないだろう。


 しかし、戦闘とは難しいものである。


 数値上はそうでも、ちょっとしたことから状況が一気に変わることがある。

 これはゲームではないのだ。人間と生物、リアルとリアルの戦いなのである。

 いつも必ず方程式通りになるとは限らない。


 グイッ


「来い!」


 ヤドイガニがハサミを振り上げると同時に、サリータが構える。

 それはいつもの攻撃。簡単にガードができる。


 そう思って盾を突き出すと―――ハサミが大きく広がった。


 それも当然のこと。ハサミとは本来、相手を切ったり、掴んだりするための器官である。


 ハサミが―――サリータを拘束。


「うわっ!! なんだ、これは!」


 ヤドイガニはどちらか片方のハサミが大きいタイプのカニなので、それを全開まで広げれば、盾を持った人間一人くらいは軽々と挟み込むことができる。

 突然の変化にまったく対応できず、サリータが捕まってしまった。


(ああ、やっぱり捕まったか。スキルに『拘束』ってあったからな。うむ、サリータはまだ予想外の動きには対応できないか)


 サリータには、あえてその情報は伝えなかった。自らの判断でどう対応するか見たかったからだ。

 結果、見事に拘束された。

 これは意地悪をしたわけではない。相手をよく見れば、その可能性に気づけたはずなのだ。

 あれだけ大きなハサミで、しかもカニである。挟まないほうがおかしい。「見ればわかるだろう」と言いたいくらいだ。


(戦う前は大丈夫でも戦闘中に相手を見る余裕はないらしいな。盾で視界が塞がれるから、そこも考慮しないといけないんだが…。透明の盾とかあるといいのかもしれないが、単純に経験と技量不足だな。まあ、サナの囮にはなったか)


 サナの姿はサリータの後方にあり、様子をうかがっている。

 がしかし、これはダミー。分身体である。


「………」


 トトト

 本物のサナは分身体を操作して囮にしつつ、サリータが捕まっている間に相手の背後に移動していた。

 相手が一匹で他の敵を気にする必要はないので、分身体を使うことにしたのだろう。

 分身体が派手に動き回る姿をヤドイガニがギョロギョロと目で見ている。どうやら魔獣相手にも分身は有効なようで、相手は区別がつかないようだ。

 こうなれば回り込むのは容易。

 小さな岩に隠れていた本物のサナは、こそこそと背後に回ったのである。なかなかの頭脳プレーだ。


 そして、水刃砲の符を取り出す。


(状況判断が的確だな。そうだ。それが正解だ)


 サナには術式の内容だけは説明してある。実際に使わなくても、どんな効果が発生するかをレクチャーしたのだ。

 そこで選んだのが水刃砲の符。これは実に的確な判断だ。

 仮に風鎌牙の場合、風属性の技には命中補正が付いているので当たりやすいが、範囲も少し広めなので直撃した対象以外にもダメージを与える可能性がある。

 現在はサリータが捕まっているので、攻撃範囲が広いと彼女も巻き込む可能性があるわけだ。

 一方、水刃砲は狙った部位を的確に貫く術である。二つしか術がなければ、水刃砲を選ぶのが正解だ。


 アンシュラオンがわざと言葉だけで説明したのは、サナの判断力を試すためである。

 実際に見れば、どんな効果があるのかは簡単にわかる。だが、それではテストの答えを先に見るようなものだ。

 それはそれで悪くはないが、流転する戦場の中で自分で考えることは大切だ。時に戦場は、アンシュラオンやパミエルキの横暴さ以上に理不尽なのであるから。

 これによって、サナには知識しか与えていないが、それをすべて理解していることが判明する。


(あの子は理解力というか【吸収力】が半端ないんだ。教えたことはすべて理解しているし、自分で考えることもできる。子供はすごいな。…違う。サナが天才なんだ!! そうだよ! サリータがあんな感じなのに、サナはどうだ!? 自分で考えて動いている!! て、天才だ! ほんまもんの天才やで!!)


 という兄馬鹿発言は置いておき、サナが符を発動。

 符がバラバラになると同時に眼前に水が生まれ、ウォーターカッターのように鋭い刃になってヤドイガニに向かっていく。


 ズシャーーー ザクッ ボトッ


 それが脚に激突し―――切り落とした。


 ヤドイガニの本体からは、ハサミの脚を除く三対六本の脚が出ている。

 その右側の一本を切り落とし、二本目は半壊させるにとどまる。


(術の威力は魔力に比例する。サナの魔力はFだから、そのままのダメージしかないかな?)


 術のダメージは基本、魔力値依存である。

 サナの魔力がFで99以下、仮に90だとすれば、水刃砲は魔力補正がないので、そのままのダメージが入るはずだ。

 単純に考えて相手が何の防衛策もない場合、500から90が減り、残りHPは410ということになる。

 ただ、これも部位によって防御力や耐久値が異なるので一概には言えない。戦闘とは理論だけでは上手くいかないものだ。

 しかし、ハンターたちが何もできずに負けたことを考えれば、非力なサナでもダメージを与えられることは、術符がいかに優れているかを証明している。


「くっ!! 放せ!!」


 バランスが崩れたヤドイガニの不意をつき、サリータが脱出。

 脚を狙ったのは彼女の判断だった。ダメージは中途半端だが、これが狙いだったとすればサナには戦いのセンスがある。


「…ごそごそ」


 サナが二枚目の符、風鎌牙の術符を取り出す。

 サリータが離れたのを見ると、すかさず発動。風が集まり、カマイタチとなって放出された。


 その風の牙は回転しながら対象者に向かっていき―――岩に激突。


 ガリガリと削っていき、それでも回転は止まらず、岩を破損させながら切り裂いていく。まるで大型魔獣の牙で噛み裂かれたように、岩がざっくりと切れていた。

 さらに風が周囲にまで広がったので、ハサミにもダメージが入ったようだ。これで体力だけではなく攻撃力を下げることにも成功。

 確実に、徐々に、間違いなくヤドイガニの戦力が低下していく。


(サナ様…なんと冷静な。これは負けてはいられない! 自分もお役に立たねば!!)


 ヤドイガニはダメージを受けて動きが急激に鈍っている。ハサミの速度も鈍くなっていた。

 サリータが盾を捨ててハンマーを掴むと、勢いよく相手に向かう。


「はぁああ!!」


 ブゥウーーンッ ドッゴーーンッ


 大きく振りかぶり、ヤドイガニの頭の眼と眼の間に、全体重をかけて叩きつけた。


(おっ、自分から攻撃したぞ。チャンスだと思ったんだな。いいぞ、いいぞ!! 相手は弱っているからな。悪くない)


 見ていたアンシュラオンも、思わず手に汗握る展開だ。

 最悪、一発くらい攻撃をもらっても大丈夫だと踏んだのだろう。しかもハンマーを選ぶのがよかった。

 こうした相手には、衝撃が伝わる打撃系が有効だとゲームでも相場は決まっている。仮に斧だったら弾かれていたかもしれない。

 ワイルダーインパス戦での経験が生きているのだ。彼女も着実に成長している。


 グラグラ ガタン ブクブク


 完全に不意打ちだったのか、ヤドイガニがぐらりと傾き、泡を出しながら動きが止まった。気絶したのかもしれない。


「…ごそごそ」


 そこにサナが容赦なく術を浴びせていく。


 水刃砲―――ハサミを落とす。

 風鎌牙、風鎌牙―――完全に岩を破壊。脚も切り落とす。

 さらにとどめの水刃砲で―――頭を破壊。


 術の連続攻撃で完全に息の根を止めた。


 使った術符は、三枚ずつの計六枚。

 値段にすると六十万だが、命の値段と考えれば安いものだろう。生身のサナとサリータだったら、まず勝機はなかったはずだ。

 最後に念のため、サリータがハンマーで思いきり頭を叩く。グチャッとさらに潰れる音がしたが、それでヤドイガニが動くことはなかった。

 討伐完了である。




 トットット


「…ぎゅっ」


 サナが頬を紅潮させながらアンシュラオンのもとに走ってきて、服を掴んだ。


「おお、嬉しかったのか! よかったな!! ナデナデ」

「…こくり、ふー、ふー」


 サナはずいぶんと嬉しかったようで、表情はそのままに鼻息だけが荒かった。

 まるで猫が小さな鼻でフーフーと一生懸命に呼吸している姿に似ていて可愛い。


 それから相手の様子をうかがっていたサリータも戻ってきた。その顔は笑顔というより、まだ強張っている様相である。


「サリータもよくやった。機転が利くようになったな」

「はぁはぁ…いえ、必死で…何も考えていませんでした。もう死んだ…のですか?」

「ああ、問題ない。サナの最後の一撃で死んでいたが、確認するのは良いことだぞ」

「は、はい! ありがとうございます!」


 サリータはサナの安全のためにも、相手が死んでいることを確認した。

 これは素晴らしい判断である。けっして無駄ではない。


「それにお前の咄嗟の判断で状況が有利になった。結果が重要だ。お前たちは生き残ったんだ。ほれ、あれを見ろ」

「あっ…」


 ヤドイガニの残骸の周囲には、さきほどやられた五人の男たちの死骸があった。

 その中の三人は一部が喰われ、食べやすいように切断されている者もいる。


 これが―――末路。


 弱い者が辿る道だ。


「いいか、よく見ておけ。弱いやつは死ぬ。オレが助けた助けないは関係ない。どうせいつか死んでいた。この荒野には倫理感も正義感も必要ない。必要なのは力だ。自分を守る力であり、相手を倒す力だ。もし自分の主張を通したいのならば強くなれ。すべてはそこからだ」


 自然の中で育てば、その意味がよくわかるようになる。魔獣は人間のように悪巧みはしないが、代わりに手加減をしない。

 殺す際に躊躇わないし、力を弱めない。その力の前では普通の人間なんてこんなものだ。

 ここは安全な日本ではない。魔獣や悪人が跋扈するフロンティアなのだ。


「こいつらも、そこそこ自信はあったのだろう。だから遠出した。しかし一瞬の判断ミスでこうなる。ありがとうな、お前ら。妹たちのいい教訓になったよ。お礼として身分証くらいは届けてやる」


 身分証を探すと、ハンター証を持っている者がいた。

 ランクは、レッドハンター。

 残念ながら根絶級はブルーハンター以上でないと狩れないので、当然の結果が訪れただけといえるだろう。


 そこでサリータが何かに気がつき、はっとアンシュラオンを見つめる。


「師匠…もしや昨晩のことは、こういった事態を憂慮してのことでしょうか?」

「ん? 何がだ?」

「昨晩出会ったハンターたちのことです。彼らの実力と装備では、こういった相手は難しかったのではないかと…。彼らはきっと都市に戻ったでしょうし、もし進んでいたらこの魔獣と遭遇していたかもしれません。師匠は彼らを助けたのですか?」

「さぁな。オレもここにこんな魔獣がいるとは知らなかった。結果的にそうなったのならば、たまたまだ。だが、たまたま生き残ったのならば、あいつらには運があるってことだろう。意識して助けたわけじゃないさ」

「さすが師匠です!!」

「いや、あの…今の話を聞いてた?」

「はい! さすが師匠です!!」


(サリータには『腐った耳』スキルでもあるんじゃないだろうか? たまに意思疎通ができないときがあるが…仕様なのか? ちょっと怖いな)


 サリータのおかげで、昨晩の余興略奪がいい話になってしまった。

 悪ぶる気はないが、なんだか調子が狂うものだ。


(まあ、それもサリータの個性だな。こういう旅も悪くはない。それにこのレベルの相手だと、誰かの戦いを見ているほうが楽しいな。サナが成長していくのも楽しいし)


 戦いとは、やはり両者の力が拮抗しているほうが面白いものだ。攻略していく甲斐がある。

 サナとサリータの戦いは、レベルが低いながら見応えがあり、思った以上に楽しめた。これが最大の収穫かもしれない。

 これによってアンシュラオンは師としての道も歩み出すことになる。教えること、導くこと、鍛えることを楽しめるようになっていくのである。




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