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「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」

作者  園島義船



□ 第三章 「裏社会抗争」 編 第一幕 『始動』


144話 ー 153話




144話 「ソブカという男 後編」


「あなたが私をラングラスにしてくれるのですか?」

「望むのならば、な。ただし、偽りの名前は与えられない。オレが与えられるのは嘘偽りのない本物の力だけだ。中身だ。飾りじゃない」


 対外的なラングラスという名前ではなく、その【実権】。

 実際に物事を動かし、利益を得るための力である。


「オレはソイドファミリーを潰す。正確には傀儡にして裏側から操る。その過程でツーバとは接触をしなくてはいけない。ただ、それが成功しても、ラングラス一派が認めなければ大金は動かない。ルートを切られるからね」

「その取りまとめを私にやれと?」

「そう、あんたがラングラス一派を仕切ればいい。それならば話は簡単だ。序列を覆せるし、今までの何倍も力を得られるだろう。なにせラングラスの力が一つにまとまるんだからさ。どうだ? おいしい話だろう?」

「他のグラス・マンサーはどうします? 認めると思いますか?」

「マングラスはオレから見ても邪魔でね。少し叩いておきたいんだ。他の勢力に恨みはないけど…逆に言えば、どうなってもかまわない」

「なるほど、力で押し切りますか」

「そのために力を欲しているんだろう?」

「そうなると命をかけないといけませんねぇ…身内を裏切り、最低でも数名以上の血縁者を殺す必要がありますから」

「力を得るってのは、元来そういうもんだろう? 強い者が勝つんだ。逆に弱いやつらに任せておいてはいけない。放っておけば他の勢力に喰われるだけだからな」


 アンシュラオンが言っていることは、言ってしまえば【クーデター】である。一緒になってラングラスを乗っ取ろうと誘っているようなもの。

 それが成功すればいいが、失敗すれば命はない。

 また、成功したとしても、地球時代の多く歴史が物語っているように、周囲からの賛同が得られずに崩壊する可能性がある。

 しかし、ここは城塞都市であり、フロンティア。

 多くの住人は、顔も名前もよく知らない領主のことを考えて生きているわけではない。自分を守ってくれる強い存在を求めているのだ。

 生活が安定して豊かになれば、彼らは何も言わないどころか、その人物を褒め称えるだろう。

 むしろ弱いことは危険である。今は大丈夫だが、いつ他の都市から攻撃を受けるかわからないのだ。ハピ・クジュネが落ちたら、次はここなのだから。

 よって、すべての住民は強い領主を求める。求めるしかなくなる。


「人間を動かすのは簡単だ。メリットを与えればいい。あんたに自信があるなら、それくらいはできるだろう?」

「できますかねぇ、私に」

「意外と隠すのは苦手なんだなぁ。今の顔…血に飢えた武人に似てるよ」


 ソブカは―――笑っていた。


 それは闘争本能を満たすために血を求める武人と同じ。抑えようとしても抑えきれない激情が駆け巡っているのだ。


 ソブカは、飢えている。喰い散らかしたくてしょうがない。自分を束縛しているものを壊したいのだ。


 それを知っているアンシュラオンは、その一点だけを正確に狙い撃った。


「あなたはいいのですか? 私が上の立場にいても」

「オレはこの街の住人じゃない。ホワイトハンターとして市民権は持っているが、そこまで愛着があるわけじゃない。さっきも言ったが、欲しいのは金であってリスクじゃない。楽して儲けたいんだよ。わかるだろう? あとは人材に関して多少好きにできればいい。可愛い子やお姉さんを好き勝手できるくらいの権力があればいいんだ」

「…不思議な人だ。欲があるのかないのか…わかりませんねぇ。くふふ」

「最終結論を訊こうか、ソブカ・キブカラン。オレと手を組むか?」


 アンシュラオンは、ここで初めてワインを手に取った。

 毒など入っていないが、その意思を確認するまで酒を酌み交わすつもりはなかった。


「…もぐもぐ。ごくごく」


 横で豪快に食べているサナは例外として。



「いつ死ぬかわからないこの世界。この直後、死ぬかもしれない。明日、死ぬかもしれない。ならば、迷うことはありませんねぇ」


 突き出されたグラスに―――グラスを重ねる。


 ソブカは即断。

 ホワイトと手を組むと決めた瞬間である。


「決断は即決。良いリーダーの証拠だね。豚君に見習わせたいくらいだ」


 散々手間取らせたビッグと比べ、ソブカは即決した。

 その段階で二人の器の差が如実に表れる。


「私は、ビッグのことは嫌いではありませんよ」

「そうなの? あんたのほうが優秀なのに?」

「…優秀な人間だからといって誰もがついてくるわけではありません。それに、私の決断一つで破滅に付き合わせることになる」

「オレと手を組む限り、マイナスにはさせないよ」

「そうでしょうね。そのことに心配はしていません。しているとすれば…自分自身でしょうか。歯止めが利かないことがよくある。抑えられない怒りというものがあるのです」

「それは…理解できるかな」


 たとえばサナに何かあれば、アンシュラオンは再び魔人になるかもしれない。そのことを心配することはある。


 何より―――サナを忘れることを。


 一度自分が狂ったら、自分の大切なものを破壊しても気がつかないに違いない。それだけ感情が強いのだ。言い換えれば意思が強すぎる。だから暴走する。

 ソブカもまた心の中に大きな怒りを抱えているのだろう。それが暴走することを怖れている。


「普段はこんなことは言わないんですがね…。あなたの魅力でしょうか。ついつい余計なことまで語ってしまいますね」

「いいんじゃないの? オレは正直、他人にそこまで興味があるわけじゃないし、他言なんてしないよ。する相手もいないし」

「ふふ、そんなところまで共感できますよ。あなたが信頼できる人でよかった」

「オレが信頼できる? そう言われることは少ないな」


 少ないどころか初めてである。


「今までの言動からでも、どんな人物かわかりますよ。面と向かって言われるのは嫌かもしれませんがね。少なくともあなたは、自分から世界を破壊するようなことはしないでしょう。そう、終末的な人物ではないのです」

「まあ、する理由もないしね」


 アンシュラオンは相手を害することを厭わないが、自分から殴りかかることはあまりしない。

 今までのことも、相手から仕掛けてきたカウンターアクションとして反撃をしているにすぎず、ソイドファミリーが仕掛けてこなかったら、ここまでやっていたかは疑問符が付く。

 なにせ面倒がり屋である。特に困っていなければ、あえて何かをしようとは思わないのだ。


 だが、ソブカは違う。


 自ら何かを成し遂げようとする男だ。キブカ商会も、彼が代を継いでからさらに業績を伸ばしてる。

 すべては彼が持つ【破壊の力】があってこそである。

 既存の仕組みを破壊しなければ、新しい利益は生まれないのだ。逆に言えば、利益を求める欲求があるからこそ破壊を厭わない。


「ということは、あんたは破壊的な人間だってことだ」

「かもしれませんねぇ。時々壊したくなることがありますよ。全部…全部…ね。そうしたらスッキリするのでしょうか。それとも…後悔するのか」

「くだらないことで悩むね。そう思うってことは、やりたいってことだろう。なら、やれるところまでやればいい」

「リスクは怖れないのですか?」

「危なくなったら逃げればいいんだよ。オレだって逃げてここまでやってきた。危ない魔獣がいたら逃げるだろう? 勝ち目がないなら逃げる。それと一緒だ。もし失敗したら違う都市に行けばいい。なんならマフィアなんてやめて堅気の商人になればいい。豚君みたいに不器用じゃないんだ。あんたならどこでも成功するさ」

「シンプルですねぇ」

「いろいろと経験して学んだことだよ。人間、長く住むとそこしかないと思うけど、自分が思っているより世界は広いぞ」

「なるほど。真理だ。あなたはまるで【風】のような人ですね」


 風は流れるままに吹いていく。一つのところに留まることはなく、自分の気ままに生きていく。

 それは停滞しているグラス・ギースという都市に吹く風。誰もが渇望していた新しい活力なのかもしれない。


「では、血判状を用意いたしましょう」

「証拠が残ると面倒だ。べつにいらないよ。約束は守るから安心しな」

「そうですか。わかりました。ならばこれを盃にしましょう」

「ああ」


 お互いにワインを飲み干す。

 これで両者は【兄弟】となった。どちらが兄とか上とかは関係ない。一蓮托生になったということだ。

 ただ、アンシュラオンにとっては愛着がない場所ゆえに、ソブカのほうがリスクは高い。

 だから一つだけ心に誓う。


(オレは約束を違えない。こいつをラングラスの長にする。自分のためであり、相手のためでもある。WIN-WINの関係だ)


 両者が得をする関係。それが一番良いに決まっているのだ。

 その代わり他者は予期しないマイナスを被るが、それは仕方のないことである。

 弱ければ死ぬだけの世界なのだから、弱いほうが一方的に悪い。



 そして、両者が手を結んだことを確認し、次の話題に入る。

 アンシュラオンは、今後の大まかな流れを話す。ソブカはそれを黙って聞いていた。


「オレの計画をどう思う?」

「良いと思います。とてもユニークで面白い。普通そんなことは考えませんし実行もしないでしょうから、バレることはないでしょう」

「ただ、完全ではない。そこをあんたに埋めてもらいたい。豚君では頭を使うのは苦手だからね」

「わかりました。内部の情報操作はこちらがやりましょう。いきなりソイド商会が頭を使い出したら、それこそ周囲は警戒するでしょうからね。私なら『いつものこと』で済みます」


 ソブカは他人から合理主義者と思われているので、策を弄しても怪しまれない。また何か企んでいるのか、くらいにしか思わないだろう。

 どうせ嫌われ者である。いまさら失うものはない。


「ホワイトさん自らが動かれますと目立ちますから、細々とした事務的なことはお任せください。必要なものはこちらがご用意いたします」

「そうか。助かるよ」

「こちらの要望は、連絡役と一緒に後日また送りましょう」


 話は実にスムーズに進んでいく。ビッグの時とは大違いである。

 ビッグやリンダのようなリーダータイプではない人間は、こちらが命令を下さないと自分で判断して動けない。

 武力で脅すのは非常に有効だが、常に裏切りのリスクを抱えることになるのもネックである。

 しかし、互いに利用しあう関係は、メリットがなくなるまで続く。合理的で打算的だからこそ信頼できる。


(あまり認めたくないが、この男はオレに似ている。どうやらオレは、自分と似た闇を持つ人間と出会う運命にあるらしい。イタ嬢の時もそうだったしな)


 イタ嬢も、かつて自分が経験した闇を持った人間だった。

 当然ながら好きではないが、その奥底の痛みや苦しみには共感できるものがあるのは事実。

 そして、ソブカの闇もまた同じ。


 だからこその―――忠告。


「ソブカ。オレから一つだけ忠告がある。老婆心かもしれないが、一つだけ言わせてくれ」

「それは興味深いですねぇ。どのようなことでしょう?」

「満足することを目的にするな。勝つことを目的にしろ。…それだけだ」

「………」


 ソブカは、顎に手を当ててしばし思案する。

 何秒くらいそうしていただろうか。

 それからゆっくり顔を上げ、少しだけ儚い光を帯びた目で白い少年を見据えた。


「ご忠告、痛み入ります。気をつけるといたしましょう」

「すまないね。あまり他人のことに口を出したくはないんだけど…オレのためにもあんたが必要だからさ。死なれると困る」

「あなたがいれば大丈夫なのでしょう?」

「目の前にいれば助けられるが、いつも一緒にいるわけじゃない。それに関係を知られるわけにはいかないから、実権を握るまでは助けられないかもしれない。人間、いつ死ぬかわからないしな」

「たしかにそうですねぇ。肝に銘じますよ」




 それから二人の会話はしばらく続いた。

 最初は嫌に感じた笑い方も、慣れればそれほど気になるものではなかった。

 そして、別れ際になってもう一度だけ彼を見た。


 彼の―――情報を。


―――――――――――――――――――――――
名前 :ソブカ・キブカラン

レベル:32/50
HP :730/730
BP :460/460

統率:A   体力: F
知力:B   精神: B
魔力:E   攻撃: E
魅力:B   防御: E
工作:B   命中: E
隠密:E   回避: F

【覚醒値】
戦士:0/0 剣士:1/1 術士:0/0

☆総合:第九階級 中鳴(ちゅうめい)級 剣士

異名:キブカ商会の組長、束縛された停滞を憎みし獣
種族:人間
属性:火、炎、滅
異能:カリスマ、集団統率、野心家、上級商人、中級使役強化、中級交渉術、見果てぬ夢
―――――――――――――――――――――――


(統率がA…か。ここに来てからAは初めてかもな。それ以外も非常に優れた男だ。能力はどちらかといえば実務系。そうでありながら剣士としてもそれなりに鍛えている。こいつは才能がある努力家だ)


 レベルは戦うだけで上がるわけではない。経験値なので、普段の仕事を一所懸命こなすことでも上がっていく。

 ソブカの本業は商人なので、彼が実務系に特化していることは不思議ではない。その努力の跡もしっかりと情報に載っている。

 ただ、危うさは残っている。

 最後の一文が頭に残って離れない。ソブカという名前を聞くだけで、きっとそれを思い出すほどに。


(『見果てぬ夢』…か。お前が夢に潰されないことを祈るだけだよ。だが、そんなやつでもない限り、オレの話には乗らなかっただろうな。この男と出会ったのは運がいいのか悪いのか…)


 ソブカは交渉相手なので、真っ先に情報公開を使用していた。野心家であることもわかったので、話に乗ることを前提で進めていた面はある。

 その計画は上手くいったが一抹の不安は残っていた。だが、それを考えていても仕方がない。


 すでに賽は投げられたのだ。


 サナを抱っこしながら窓から飛び降りたアンシュラオンは、笑っていた。


(少しワクワクしてきたな。オレも結局、同じ穴のムジナということか。ソブカ、オレとサナを楽しませてくれよ。この街を燃やしてでもな)




145話 「武器屋バランバランで、サナの装備を買おう 前編」


 ソブカとの接触から二日間、アンシュラオンとサナはスレイブ館で過ごしていた。

 影武者のセノアとラノアがホテルにいるので、今は戻るわけにはいかない。戻る場合は、馬車を再びスレイブ館に呼び寄せ、入れ替わるようにするべきだろう。


(影武者は正解だったな。かなり自由に動ける)


 最初は不安だったが、目立たない格好をしていれば街を歩くこともできる。

 特に不審がられることもないし、何かあればアンシュラオン本来の中級市民として振る舞えばいい。

 逆にアンシュラオンの存在が確認されれば、ホワイトとは別物という印象を与えることができる。

 ソブカのような知力の高い人間には通じないので、できれば目立たないようにするべきではあるものの、久々にホワイトから解放されて気分は悪くない。


(偽名を使うほうが疲れるってのは想定していなかったな。当然かもしれないけれど、素の自分のままのほうが気楽だよ)


 医者ではない武闘者としての自分のほうがすっきりする。これこそ火怨山で慣れ親しんだ、いつもの自分なのだ。

 ただ、住む場所が変われば役割も変わる。この街では武も大事だが金も大事だ。

 ハンターのアンシュラオンよりも医者のホワイトのほうが儲かるのは間違いない。楽して儲ける、という意味でだが。


(モヒカンの話では、近日中には裏スレイブが集まるらしい。多少時間がかかっているようだが、これは逆に好都合だ。いきなり動くと混乱も大きいし準備が整わないからな。ソブカの要望も聞かないといけないし)


 ソブカも現在、アンシュラオンの計画に呼応して詳細を詰めているところだ。いくら有能とはいえ焦らせるのはよくないだろう。

 こうして黙っていても、ソイドファミリーからは金が振り込まれ続けている。必要最低限の小銭でしかないが、マイナスにならないだけでも気分がよい。焦る必要はないのだ。

 そして、この空白の時間にやっておかねばならないことがある。


 自分の準備はもちろん―――サナの準備だ。


(今回はサナもステージに上げる。最低限の準備はしておかないとな)


 アンシュラオンは、基本的にサナと一瞬たりとも離れるつもりはない。

 前のように目を離して誰かに奪われるのを避けるためである。あれは若干トラウマになっているので、二度と離れるつもりはなかった。

 この世で一番安全な場所はアンシュラオンの傍。これに間違いはないだろう。

 自分に匹敵するような相手はほとんどいないし、サナを守りながら戦うことは問題ない。ガンプドルフとの戦いのように戦気壁でガードすればよいのだ。

 ただ、ずっとそれでは問題があるし、彼女の成長につながらない。


(せっかくの騒動なんだ。何もしないのは勿体ない。主役じゃないが、それでも経験を積ませるいいチャンスだ)


 すべてはサナのためにある。サナが楽しむための劇なのだ。

 しかし、ただ見ているだけもつまらないだろう。特にサナには刺激が必要である。傍観だけではリアリティーが少ない。

 さすがに主役は無理なので、子役として劇に登場させてやりたいと思っていた。まずは簡単な動きだけでもいいので、舞台に慣れさせたいのだ。


 それすなわち―――【サナにも戦わせる】という意味である。


「サナ、お前も強くなりたいか?」


 膝に乗せて抱っこしているサナに問いかける。


「…こくり」

「戦ってみたいか?」

「…こくり」

「そうだよな。見ているだけじゃ、つまらないもんな」


 その意思をどこまで鵜呑みにすればいいのかわからないが、当人が頷いているのならば、兄として協力してあげるべきだろう。


 ただし、サナは―――弱い。


 正直、ステータス上は一般人の中でも最弱に近いだろう。子供なのだから当然のことだ。

 それを強くするのは、なかなかに大変である。


(だが、サナが弱いからといって何もしなければ、一生弱いままだ。なればこそ、オレががんばらねばならない)


 才能がないとはいえ、知識や技術を教えることはできる。幼い頃から学べば熟練度も高くなり、基礎的な能力が向上するのは間違いないだろう。

 それに、漠然とした【予感】もある。

 それはやはり、あの時に見たイメージ映像だ。


(あれがオレの夢か願望かは知らないが、実際に試してみるのが一番早い。何事も実戦で学ぶんだ)


 契約時のあの映像を見た日から、サナを強くしてあげることも目的の一つとなっている。

 ただの可愛い妹でも十分満足であるものの、兄妹で一緒に戦えたらもっと楽しいに決まっている。

 そして、アンシュラオンも楽になる。

 ずっと抱っこして戦うのは危険だ。大丈夫という自信があっても、何が起こるかわからないのが現実というものだ。それはラーバンサーと戦った時に強く感じたことである。


(あの覆面男のように、敵がレアなスキルを持っていないとも限らない。戦気を無効化したり貫通したりするスキルだった場合、サナの安全は絶対ではない。即死の場合は助けられるかわからないしな…)


 シルバーコードが切れていなければ間に合うとは思うが、賭けに近いものだ。そんな危険な目に遭わせるわけにはいかない。


(自衛だ。自衛力が必要だ。これを怠ってはいけない。あいつらみたいに危ない橋は渡らないぞ)


 マフィアと接するようになって、彼らの自衛力の甘さばかりが目につく。

 アンシュラオンの警戒心が強いだけかもしれないが、それによって不安が増す日々である。大事な妹に何かあってからでは遅いのだ。

 今回の劇の一つのテーマが【自衛】。

 ロゼ姉妹などの現状では自己防衛力がまったくない子供が増えた以上、このテーマから目を逸らすわけにはいかなくなった。

 これからますます戦いは激化するのだ。意識的に強化していくべきだろう。


「よし。まずは武器だ! お兄ちゃんと一緒に武器を見に行こうな!」

「…こくり」


 何はともあれ攻撃力がないといけない。一般人でも銃があれば心強いように、相手を打ち倒すための力は人を安心させるものだ。



 裏店を出て表の店に行くとモヒカンがいたので、一応声をかけておくことにした。


「モヒカン、これから武器を買いに行ってくる」

「ひぃっ!」

「なんで驚く?」

「試し撃ちは勘弁してくださいっすよーー!! もう壊れるのは嫌っす!」


 表の店はまだ修理中で、モヒカンが合間を見ては補修を行っている音がたまに聴こえる。

 それ以外にも、恐怖におののいた顔でいきなり後ろを振り返ったりと挙動不審な行動が増えたので、どうやらこの前の討ち入り訪問がトラウマになっているようだ。


「修理費をケチりやがって。業者に頼めばいいだろう」

「綺麗にしても、また壊されるっす」

「ちぇっ、信用がないな。次は大丈夫だって」


 どの口で言うのだろう。信用などあるわけがない。


「まあいい。裏スレイブは頼んだぞ」

「了解っす。たぶん、明後日くらいにはなんとかなると思うっす」

「そうか。ちょうどいい。もしかしたら外で武器を試すかもしれないから、何日か戻らないかもしれない。一応伝えておくぞ」

「ほっ、よかったっす。これで安全が確保されるっす」

「うれしそうにするな。バシッ」

「いたっ!」

「オレがいたほうが安全だろうが。どういう意味だ?」

「だって、旦那がいるから騒動が生まれるっす」

「相手が仕掛けてくるんだからしょうがない。正当防衛だ。やり返すのは慰謝料の請求みたいなもんだろうが」

「結果は同じっす。なぜか旦那は騒動を引き起こすっす」

「人を疫病神みたいに言うな。オレだって本当はこんな場所に泊まりたくないんだ。我慢してやっているだけでも感謝しろ」

「うう…こっちも頼んでないっす…」

「何か言ったか?」

「何でもないっす! お気をつけて行ってらっしゃいっす!」

「全部聴こえているぞ。このモヒカンが!!」

「いたっ!」


 石を投げてやった。いい気味だ。


(しかし、モヒカンの言うことも間違ってはいないな。オレは何をやっても目立つってことか…気をつけないとな)


 もはや歩く災害になりつつある。半分は自分で招いていることであるが。






 アンシュラオンが訪れたのは、一般街のメインストリートから一本裏側に入った道。

 大通りほど人はいないが、商店街の一部であるため、それなりに人通りはある場所だ。

 途中まで馬車で移動し、そこから徒歩で移動すること数分、目的の場所が見えてきた。

 視界の先には、一軒の店。


 武具屋「バランバラン」。


 スーパーのように道路にまで商品をはみ出して置いてある店舗型の店である。

 大きさは、まさに小さめのスーパーマーケットほど。何もなければそれなりに広く思えるのだろうが、店内には所狭しと武器防具が置いてあるので、実際に入ってみるとごちゃごちゃしていて非常に歩きにくい。


(オレが知っている武器屋ってここしかないんだよな。しかし、今日も人がいないな…経営は大丈夫なのか?)


 一通り見て回ったが、武器屋はここ以外に発見できなかった。裏には危ない店があるのかもしれないが、表の世界にはここしかないようである。

 されど、そんな貴重な武器屋だというのに、ぱっと見る限りでは客がほとんどいない。

 たまに数人出入りがあるくらいで、ローカル電車しか停まらない駅のメガネ屋みたいな印象を受ける。客が入っているのか思わず心配になったりするものだ。


 事実、一般人に武器は必須ではない。


 外にまで出かける人間でない限り、この都市では衛士たちがいるので自衛をする必要性がないのだ。

 少なくとも善良な人々は、そう思っている。裏社会に関わったり傭兵やハンターをやったりしなければ、静かに暮らす分には武器はいらない。

 それだけグラス・ギースの治安が良い証拠であり、逆に言えばグラス・マンサーたちが力を握っていることを示している。

 もしどこかの店で騒げば、衛士よりも先に管轄のマフィアがやってくる可能性のほうが高いだろう。

 しかも抗争が少なく、裏側の勢力同士が完全に結託しているので、そこに歪みが生まれようがないのだ。

 すでに既得権益は完全に埋まっている状態であり、新規の組織が入り込む余地がないわけだ。良い意味では安定とも呼ぶが、悪く言えば成長の兆しがない街である。

 そんな街では武器を持つ必要性がない。偽りの平和であっても、人々が平穏な暮らしを求めるのは自然な現象であるから、その点に関して疑問に思わないようにしているのだろう。

 アンシュラオンから言わせれば危機意識がない不安な街だが、弱い人間にはこれが精一杯なのだ。


(ここに入るのも久しぶりだな…。あの時以来かな)


 アンシュラオンとサナは、扉を開けて店内に入る。

 ここに初めて寄ったのはサナと契約した翌日、ホテル街に行く前に仮面こと鎧の頭部を買った時である。

 そう、この店こそ、あの変な仮面が生まれた伝説の場所なのである。


「あっ、いたいた。やっ、おっちゃん。久しぶり」


 アンシュラオンは、カウンターにいたおっさんに声をかける。

 つるぴかな頭に筋肉質の身体と、まるでボディビルダーを彷彿させる男であるが、れっきとした武具屋の店主である。

 店主はアンシュラオンを見て、すぐさま誰かを思い出す。その顔は忘れようにも忘れられない。


「あっ! 『この鎧、大丈夫? バラバラになるんじゃないの?』とか言った失礼な小僧だ!!」

「よく覚えているね。だって、店の名前がヤバかったからさ。こんな名前をしていたら普通は不安になるじゃないか。改名しなよ」

「ヤバイとか言うなよ! 由緒正しき名前だぞ! 俺のじいさんのじいさんの名前だ」

「バランバランっていう名前なの? 言いにくいな」

「相変わらず口の減らない小僧だな」

「何も買わない無口なやつよりいいでしょう? オレは金があるぞ! 金持ちの客だぞ!」

「あー、はいはい。お辞儀でもしてやろうか?」

「そんなハゲ頭を見ても何も嬉しくないよ」

「その性格は、まったく変わってねーな」


 初対面の時からこんな感じである。忘れるわけがない。


「で、今日は何が欲しい? またバラ売りは勘弁してくれよ」

「でも、あの頭部は大人気なんだよ。被るだけで女の子にキャーキャー言われるよ」

「嘘だろう!? ただの兜だぞ!」

「ほんとほんと。今や知らない人がいないくらい有名になっているよ。『モテ防具』としてレプリカを作ったら高値で売れること間違いなしだね」

「時代の流れについていけねぇよ…。世の中、何がヒットするかわからねぇもんだな。今度作ってみるかな。被ったら女の子にモテるんだよな? 俺でもモテるか?」

「ついでにマフィアからもギャーギャー言われるけどね」

「そっちにはモテたくねぇよ!! 世の中どうなってんだ!?」

「おっちゃんの知らない世界がたくさんあるってことだよ」


 まさか店主も自分が用意した鎧の頭部が、あの噂のホワイトの仮面とは夢にも思わないだろう。知らぬが仏である。




146話 「武器屋バランバランで、サナの装備を買おう 後編」


「そうそう、あれの胴体の部分ってまだある?」

「おっ、引き取ってくれるのか? もちろんあるぞ」


 アンシュラオンが使っている仮面の胴体部分である。頭とセットで売られていたのだが、ごねて頭部だけ売ってもらったのだ。

 客自体が少ないので、どうやら残っているようである。


「この子に装備させたいんだけど…大丈夫かな?」

「あー、ちっこいな。入るかな?」


 鎧は大人用なので、サイズ的にかなり大きい。サナだとブカブカだろう。


「…じー。ぎゅっ」


 が、サナが店主のズボンを握る。これは甘えているのではなく抗議の意を示したものだ。

 やはりサナは周囲の状況を理解しているようで、最近はこうして自ら意思表示をすることが増えてきた。


(劇の影響もありそうだな。うむうむ、いい傾向だ)


 サナは劇を通じて人間を学ぶ。


 この前の劇のテーマは―――【怒り】


 ビッグも激怒したし、アンシュラオンも怒り狂った。自分の激怒は予想外だったが、結果的に怒りがテーマになってしまった。

 それを見ていたサナは、怒るという感情をほんの一部だけでも獲得したのかもしれない。

 表情は相変わらず変わらないが、抗議をするくらいの怒りは彼女の中に蓄積されたのだろう。実によい傾向だ。


「妹が怒ってるよ。小さいって言ったからっぽいね」

「あー、そりゃすまないな。べつに小さいのは悪いことじゃないんだ。ただ、こいつはちょっと大きさがな…」

「…ぎゅっ」

「いや、だからな…サイズが……」

「…ぎゅっ」

「って、頑固だな、この子!?」

「オレの妹だからね。ワガママなんだ」


 サナは案外、頑固である。

 一度飲まないと決めると普通の水は絶対に飲まない。アンシュラオンが命気水を与えるまで我慢する。

 よく言えば自分の意思を貫いているのだが、ワガママであるともいえる。まさにアンシュラオンそっくりである。

 やはりすでにアンシュラオンの影響が出ているのかもしれない。


(でも、おっちゃんの言うことも確かだ。このままじゃサイズが合わない。何かないかな…?)


 アンシュラオンが店内を見回すと、魔獣の革で作った鎧を見つけた。

 よく傭兵が着ている一般的な革鎧で、斬撃にはあまり強くはないが衝撃にはそこそこ強いものだ。

 とりあえず着ていれば交通事故に遭っても致命傷は避けられるくらいの防御力はある。


「ねえ、あそこの革鎧ってさ、サイズを小さくできる?」

「あれか? そうだな…邪魔な部分を切ればなんとかなるかな」


 斬撃に強くないということは、切れるということだ。それを利用すればサイズの調整ができる。


「あれにこの鎧のパーツを引っ付けて強化すれば、そこそこの防御力にはなるんじゃないの?」

「ふむ、それは可能だな。ただ、鎧も革鎧も半端が出るぞ?」

「それはしょうがないね。予備のパーツとして買い取るよ。それならいいでしょう?」

「ったく、今回も変なことを言い出したな。うちは改造屋じゃなくて武器屋なんだが…」

「名は体を表すって言うじゃん。この店はバラバラで売る宿命なんだよ」

「人の宿命を勝手に決めるなって」


 そうこう言いながらも革鎧を持ってくる。気の好いおっちゃんである。


「サイズを測るから動くなよ」

「どさくさに紛れて胸とか尻を触るなよ!」

「俺はロリコンじゃねーよ!!」


 この時、遠くで馬車に揺られていたブシル村にいた元祖ロリコンは、誰かに呼ばれた気がして振り向いたという。




 サナがサイズを測っている間、周囲の武器を見て回る。


(サナに使えそうな武器か…。とりあえずダガーは必需品だな。このあたりがよさそうだ)


 ダガーは魔獣の牙を削って作られており、そこらの金属のものよりも硬くて鋭いのでよく切れそうだ。

 サナの体躯を考えると相手をこれで殺傷するのは難しいが、持っていて損にはならないだろう。


(あとはどうしようかな。重いものは無理だよな)


 他に使えそうな武器を探すが、どれも重そうなものばかりだ。

 武器とは本来、重いものだ。その質量自体が破壊力になるので、至って自然なことである。

 その中で子供が使えるものは限られる。

 そこで一つ、目に入ったものがある。


「このダガーと、あそこの【クロスボウ】もちょうだい」

「あいよ。勝手に取っていいぞ」


 アンシュラオンが発見したのは―――クロスボウ。


 同じような飛び道具に弓矢があるが、人類の叡智は弦を固定するクロスボウを開発した。

 連射性能としては弓に劣るものの、一度セットしてしまえば子供だろうが同じ威力で発射することができる優れものだ。

 このクロスボウは木製のセルフコッキング式のもので、レバーを引けばテコの原理で比較的楽にセットできるのも好印象である。


「おっちゃん、これの有効射程距離ってどれくらい?」

「そうだな…百メートル以上は飛ぶが、実質的には三十メートルってところかな。ただ、皮膚が硬い魔獣なら十メートル以内じゃないと満足に刺さらないと思うぞ」


(つまりは鎧を着込んだ人間も同じってことか。もともと急所に当てないと致命傷にはならないものだしな。しかし、戦闘力を削ぐことはできるはずだ)


 とりあえず当たれば相手は怯む。武人ならば難しいが、相手が一般人の範疇に入る場合はかなり有効だ。

 キブカ商会の一般構成員や、そこらの衛士くらいには十分使える武器である。

 サナの計測が終わったようなので、実際に見せてみる。


「サナ、これはクロスボウっていうんだぞ。遠くから矢で攻撃するんだ。これが矢で、この尖端から突き刺さるんだ」

「…じー」

「ちょっとやってみな。ここを引くんだ」

「…こくり。ぐいぐいっ…ぐい」

「おっ、サナでもなんとかできるかな。弦を引っ張ったら、ここに矢をセットするんだ」

「…こくり。かちゃ」


 一生懸命ぐいぐい引っ張り、矢尻を魔獣の素材で強化した木製矢を装填することができた。


「おっちゃん、試射していい?」

「おう、いいぞ。あっちでやりな」


 店の入り口と反対側の壁はくり抜かれており、そこから庭のスペースに向かって試射ができるように的が用意されていた。

 よくアーチェリーで見るような丸い的である。


「ほら、あそこに撃ってごらん。真ん中の色が付いているところを狙うんだぞ」

「…こくり」


 サナが構え、撃つ。

 バシュッ ドス

 試射用の的に十メートルの距離から撃たせてみると、ちょっと中心部からは外れたが的には当たった。

 あれを大人の胴体だと思えば、しっかりと脇腹には命中している。まずは当たることが重要なのだ。

 その結果にアンシュラオンは手を叩いて大喜びである。


「おお、意外といいぞ! 胴体を狙えば当たるな! すごいぞ、サナ!」

「…こくり」


 サナも褒められて、まんざらでもない様子だ。

 無表情でわかりにくいが、少し誇らしい表情をしていることが自分にはわかる。


「だが、これではパワーが足りないな。もっと大きいのにするか。あれはサナに持てるかな?」


 店には、さらに大きなクロスボウがある。これはアンシュラオンが持っても大きく感じるもので、サナの場合は持つというより抱えるに近い。

 実際に持たせてみると、動かずに固定すれば撃てることが判明する。


「弦はお兄ちゃんが引いてやるな。ほら、撃ってごらん」

「…こくり」


 バシュッ ドガッ!

 さきほどよりも強い音が響き、矢が勢いよく突き刺さる。

 大きくなれば威力も上がるので、これならば相手が武装していても十分使える。皮膚が薄いエジルジャガーなどの獣系魔獣にも効果的だろう。

 しかも命中率はさきほどより上がった。持ちながら動けないという致命的な弱点はあるが、固定すると割り切ればそこそこ使えそうだ。


「大丈夫そうかな? じゃあ、大きいのも買っておこう」

「おいおい、お嬢ちゃんが使うのかよ?」

「そうだよ。これなら遠くから楽に殺せるからね」

「物騒な世の中だねぇ」

「自衛は大切でしょう?」

「そりゃまあ、そうだな。うちの店はそのためにあるからな」

「女の子なら特に大切だよ。ここの都市は危機意識が足りないようだけどね」


 シャイナを見ていると、危なっかしくてヒヤヒヤするくらいだ。いつ襲われてもおかしくはない。これからは女性も武装するべきだと思う。


「それだけ平和ってことさ」

「それがいつまでも続くわけじゃない。もしかしたら明日、表通りでドンパチが始まるかもしれないじゃん。壁が破られて魔獣が入り込んだらどうするの?」

「そんなことは滅多にないけどな…。そこまでいったら末期だぞ」

「末期になってから気がついたんじゃ遅いよ。それじゃ、クロスボウは小さいのと大きいのを両方もらうね。ああ、全部ね」

「全部って…矢をか?」

「いや、本体を全部。あそこに飾ってあるのと他に在庫があれば、それも全部ちょうだい」

「全部…え? クロスボウを…全部か?」

「うん、全部」


 全部と言ったら全部。


「そんなにどうするんだ? 仲間がいるのか?」

「ううん、この子が全部使うだけ。クロスボウって連射できないのが弱点でしょう? それを解決するために全部買うんだ」

「もしかして、セットしておいたクロスボウを撃って回るのか?」

「まあ、似たようなものだね。それとも連射式のクロスボウってある?」

「じいさんが開発していたみたいだが、結局完成しなかったな。その前に銃が出てきちまったよ」


 地球の歴史上にも「連弩」という連続して発射できるクロスボウがあるが、威力があまりないのが弱点である。あと、微妙に格好悪い。

 ならばすでに装填したクロスボウをいくつも用意しておき、必要な際に撃つという手がある。

 ただし、これには大きな欠点があった。当然、持って歩くには邪魔だという点だ。

 しかし、それを解決する秘策がアンシュラオンにはある。


「ちょっと実験させてね。この大小のクロスボウに装填して…【ポケット倉庫】にしまって…と。もう一度出す」


 ポケット倉庫からクロスボウが出てくる。予想通り、装填されたままである。

 それを発射。ドスッと的に突き刺さる。

 それからクロスボウを投げ捨て、再びポケット倉庫からクロスボウが出てきた。こちらも装填済みである。

 発射。

 ヒュー ドスッ 命中。


「取り出すのに約一秒ってところか。余計なものを入れておかなければ、もっと縮められるかもしれないな」


 ポケット倉庫は入れたものの順番でリストが生成されるので、最後に入れたものが最初に表示される仕組みとなっている。

 直近にクロスボウだけを入れておけば、まず取り出しに失敗することはないだろう。

 ご丁寧に入れた時の向きで出てくるので、それも含めて工夫すれば時間はさらに短縮できそうだ。


「ほらね? すごいだろう? 天才的発想だと思わない?」

「すごいというかなんというか…豪快だな」

「金持ちだからね。こんなものは使い捨ての道具だよ」

「はっきり言うもんだ。だが、嫌いじゃないぜ。武器を武器だと割り切っているやつは好きだね。これが剣士だと面倒くさいんだよなぁ。『剣は命!』とか言って、愛着が半端ないしな」

「うーん、仕方ないよね。剣がないと剣気が出せないし…死活問題になるからね。オレはこだわりがないから、こうして使い捨てにしちゃうけど」


 これぞ百円ショップに慣れた日本人的発想だろうか。

 今のアンシュラオンにとってみれば、クロスボウなどは百円ショップで売っている玩具の武器に等しいものだ。

 あとで拾って回収という罰ゲームは残るやり方だが、最悪は使い捨てにしてもかまわないと思えば気が楽だ。

 何より装填している間に攻撃されては、サナでは身がもたない。積極的に使い捨てにするべきだろう。


「そういえば、ここに銃はあるの?」

「あるぞ。商会証明書があれば売れるな」

「ふーん、銃のほうがいいかな?」

「どうかな。正直、今のやり方ならクロスボウのほうがいいかもな。銃を使い捨てにするのは勿体ないし、どうせ効果もあまり変わらないさ」

「そうなんだ。初めてだし最初はこれでいいや。じゃ、とりあえず全部ね」

「おうよ、ちょっと在庫を見てくるわ」


 店にあったクロスボウの在庫は、全部で十三。大きいほうが七、小さいのが六であった。


「矢はサービスしてやる。好きなだけ持っていきな」

「おっ、サンキュー。気前がいいね」

「お前さんのほうが気前がいいからな。それと小さいほうのクロスボウのために矢筒も作ってやる。これもサービスでいい」

「助かるよ。鎧はいつ出来そう?」

「夕方までには仕上げといてやるよ」

「了解。それまで外をブラブラしてくるね」




 アンシュラオンとサナは、一度外に出る。


(案外すぐにサナを武装させることになったな。今はこれでいいけど、そのうち本格的に装備を整えてあげよう)


 今はまだ普通の武器で間に合うが、そのうちジュエルで強化した武具をそろえてあげないといけないだろう。

 そのためにデアンカ・ギースのジュエルも残してあるのだ。サナのためなら惜しむ理由はない。




147話 「コッペパン、再び」


 サナの装備が完成する時間を利用して次に赴いたのは、もっとも重要なお店である術具屋コッペパン。


(力のない人間が強くなるにはどうするか。その答えが、ここだ)


 手っ取り早く強くなりたいのならば優秀な道具を集めることだ。良い武器や良い防具、特殊なアイテムである。

 この世界においては、それは術具を指す。術ならば肉体能力に左右されずに使うことができるからだ。

 もともと術士の大半は身体的には常人と大差ない。レベルを上げればHPも上がるが戦士には到底及ばないだろう。

 もし彼らが前線に立てば、ものの数秒で死んでしまうに違いない。それは仕方のないことである。


 だが、そんなデメリットが気にならなくなるほど術は有用だ。


 後衛から術を使うだけで彼らは十分役立つ。それだけの威力が見込めるからだ。特に術具は素養がなくても扱えるので便利である。

 鎧の強化もあるので、ここにはぜひとも立ち寄らねばならないだろう。



 カラン カラン


 扉を開けて店に入る。


「いらっしゃいませー。あっ、あの時のお客さん!」


 店に入ると、前と同じ女の子が出てきた。やはり彼女が店主をやっているようである。


「覚えていてくれたんだ」

「もちろんです! お金持ちは忘れませんよ!」


 店をやっている以上、たくさん買ってくれる客を忘れるわけがない。金の力は偉大だ。


「あれから何か売れた?」

「いえ、あまり……」

「そう。じゃあ、今日は期待していいよ。そこそこ買う予定だから」

「本当ですか!! やったー、大儲けだーー!」


 相変わらず心の声が表に出る少女であるが、隠すよりは遥かに好意的だ。


「常連になるかもしれないから名乗っておくよ。オレはアンシュラオン。この子はサナ。君の名前は?」


 すでに一度会っているので偽名を使う必要はないだろう。逆に堂々としているほうが不自然にならない。


「あっ、申し遅れました。術具屋コッペパン店主代理のメーリッサ・コッパっていいます!」

「コッパは苗字?」

「はい、そうです。店の名前のコッペパンもここから来ているんですよ。って、おじいちゃんが勝手にそう名付けちゃったんですけどね…。何回もパン屋に間違われたし…」

「それは大変だね…この名前じゃ仕方ないけど」

「それで一回、お母さんが本当にパン屋も始めちゃったんですけど、いざそうなると客って来ないんですよね」

「ああ、それはよくあるね。そういえば店長代理なんだね。店長はお父さん?」

「いえ、お父さんとお母さんは仕入れに携わってますね。掘り出し物を探す旅に出ていて、たまに戻ってきます。うーん、前に会ったのはいつだろう? 一年くらい会ってないかもです」

「寂しくない? 心配でしょ?」

「大丈夫です。たまに弟か妹が増えて戻ってきますし…あはは」

「なるほど、それなら心配いらないね。まあ、これからは術具の時代が来るから、もっと儲かると思うよ。少なくともオレは使うしね」

「それは嬉しいです!! ぜひともご贔屓にどうぞ!」


 術具は立派な武器である。むしろ凶悪な兵器とも呼べる。

 一流の武人や傭兵ともなれば、術具を持っているのが当然であるほど普通に使われるものだ。

 アンシュラオンは強すぎるので安い術具では効果は薄いが、サナにとってみれば大きな力になってくれるだろう。


「それで今日は何をお求めですか?」

「核剛金と原常環の符を一枚ずつと…まずは防御系かな。リストはある?」

「はい。こちらになります」


 メーリッサが持ってきたリストを見ながら、まずは防御系の術具を決める。

 まず大切なのが防御だ。ダメージを負わなければ死ぬことはない。死ななければ逃げることもできるので、すべてはそこから始まる。

 これはアンシュラオンの戦いにおける基本的な考え方である。


(姉ちゃんと戦っていたら、そりゃそうなるよ。まず生き延びることが大切ってことを思い知る)


 あの姉と修行していたのだ。下手をすれば、うっかり殺されても仕方のない攻撃が飛んでくる。

 それを防いできたからこそ今の自由がある。だから防御を最優先である。


「耐力壁(たいりきへき)の符と、耐銃壁(たいじゅうへき)の符、韋駄天の符。分身符は一枚あるけど…追加で買っておこう。符は三枚ずつちょうだい。それと身代わり人形を三つ」


 耐力壁は、物理耐性のある障壁を発生させるものだ。スキルの『物理耐性』を一時的に付与するといえばわかりやすいだろう。

 これはアンシュラオンも持っているスキルで、単純に通常の物理ダメージや衝撃を半減させるという実に便利なものだ。

 特殊な技でなければ武器の攻撃も含めて適用されるので、おそらく一番需要がありそうな術符である。

 耐銃壁は銃弾などを防ぐ障壁を生み出す。どうやら銃弾、砲撃などは別の扱いになっているようなので、こちらも銃が使用される対人戦闘では重要なものとなる。


 分身符は領主城でも手に入れたものだが、使うとファテロナのように分身を生み出すことができる。どれだけ操れるかは要実験だろうか。

 韋駄天の符は、使うと脚力増強効果のある補助術式がかかる。文字通りに足の速度が上がるので、サナにとってはありがたいものだろう。

 身代わり人形は藁人形のような形をした術具で、一度だけ即死を回避してくれるものだ。即死攻撃を完全に身代わりしてくれるので、HPの減りもないという便利アイテムである。

 使う際は、自身の身体の一部を埋め込むだけでいいので、髪の毛一本でも効果を発揮する。呪いの藁人形の良い効果バージョンであろうか。


(術具はいろいろとあるけど…また買い足せばいいし、まずは符で術に慣らしておこうかな)


 変な術具を買っても仕方ないので、使い捨てで便利な符をメインに選んでいくことにした。


「次は攻撃の符だね。火と雷は強すぎるから…ここは水刃砲(すいじんほう)の符、風鎌牙(ふうれんが)の符を五枚かな」


 火と雷のほうが攻撃力が高い術式が多いが、火力が高い分だけ広範囲で危険が伴う。慣れない人間が扱うと味方も吹っ飛ばすリスクがある。

 加えて目立つというデメリットもあった。大々的にやるのならばよいが、隠密で動く場合には使わないほうがいいだろう。あと屋内でも使わないほうがいい。

 一方、水や風は威力に劣るものの静かで命中精度が高いものが多い。的確に部位を狙ってダメージを与えるのに適している。

 水刃砲は水流を使ったウォーターカッターのような術。風鎌牙はカマイタチのように風を飛ばして敵を切り刻む術である。

 どちらも因子レベル1で使えるようになる術式だが、術の熟練者でも基本技として愛用する人間は多いので、入門編としては最適であろう。


「ところで爆破系はあるかな? 記憶によれば【複合術式】に爆破があったはずだけど…」


 通常の基本属性は、火、水、風、雷であるが、同時に使うことで強力な術式を生み出すことができる。

 爆破は火と風の複合術式であり、圧縮した炎を風で一気に周囲に撒き散らすことで、爆弾のような効果を生み出すものだ。火災現場で発生するバックドラフトに近い現象だろうか。

 火や、その上位属性である炎単体でも爆破に近い効果が得られるが、複合術式になると半分の労力で同等以上の力を発揮できるらしい。同じ労力ともなれば、その威力は三倍にもなるという。

 修行時代にパミエルキが使った時は、魔獣ごと周囲が完全に吹っ飛んでいたので、「これはヤバイ」と思ったものである。

 しかし、使う側になれば、これほど心強いものもないだろう。


「符はないですけど術具ならあります。これですね」


 メーリッサが持ってきたのは「大納魔射津(ダイナマイツ)」と呼ばれる術具であり、赤い筒が六本くっついたような不思議なデザインをしている。


「大納魔射津? 怪しい名前だね」

「ですよねー、私も文字で書くときはいつも間違えます。でも、昔からある優秀な術具なんですよ」


(というか、思いきりそのまんまのネーミングだな…)


 筒の見た目もダイナマイトに似ている。が、似て非なるもののようだ。

 このことから、前から薄々考えていたことが脳裏をよぎる。


(転生者って、意外と大勢いるのかもしれないな)


 どう考えてもアンシュラオン一人であるはずがない。

 今までの日本人の名前にしても文化にしても、明らかに地球の文化が入り込んでいる。


 これはつまり―――他にもいるということ。


 こうした文化をこの星に持ち込んだ人間がいるのだ。それは今の時代であるとは限らない。もっと大昔にいたのかもしれない。

 この大納魔射津もまた、そうした人間によって作られたと思ったほうが合理的である。

 もともと劣った星を発展させるために女神が魂を【誘致】しているので、これ自体はさほど不思議なことではない。

 地球の霊性レベルと同格の星も一億個以上は軽くあるという。その中で行き来するのも珍しいことではないのだろう。

 むしろまったく違う生態系の星に再生すると、勝手が違いすぎてびっくりするに違いない。星の状況によっては身体がアメーバ状の人間もいるのだ。四肢持ちから軟体動物になるには難易度が高すぎる。

 そこは神霊や指導霊の配慮というもの。なるべく似た星を探すのだ。


(まあ、オレには関係ないことだな。使えるものは使うことにしよう)


「それで、どう使うの?」

「えと、たしか…」

「…おじいちゃんに訊いてくる?」

「大丈夫です! 今回はがんばります!」


 ガラガラ

 奥の戸が開くと、おじいちゃんが顔を出して―――


「大変じゃ。わしの肛門が爆発したぞい」

「どういうことなの!? そんなこと普通は起きないよ!」


 おじいちゃんのほうから来た。

 しかも掴みはバッチリだ。ぐいぐい引き付けてくる。


「トイレの紙にヤスリが仕込まれておった。狙われとる」

「誰もおじいちゃんのお尻は狙わないよ! 紙が硬かっただけでしょ! おじいちゃんは戻ってよ! ここは大丈夫だから!」

「じゃが、わしの肛門が…」

「いいから、今忙しいから!!」


 おじいちゃん、強制撤去。


「すごく気になるけど…大丈夫?」

「はぁはぁ、大丈夫です。たまに言うんですよ」

「言うの? たまに?」


 それはそれで問題だ。


「じゃあ、説明を続けますね。この六つの穴に無付与の空のジュエルを入れるとですね、爆破系の術式が付与される仕組みになっています。付与させるには多少時間がかかるので、事前に入れて充填しておく必要があります。各々の筒で十回の付与が可能です。…たぶん」


 たぶんと言ったのは聞かなかったことにしよう。


「ジュエルはそのまま投げるの?」

「このカプセルに入れるんです。カプセルのボタンを押して投げれば五秒後に爆発します」

「ほぉ、便利だね。最大六十発は作れるってことか。威力は?」

「駆除級魔獣なら木っ端微塵ですね」

「駆除級というと…前にラブヘイアに殺させたワイルダーインパスとかか。あれが一発なら普通の人間も一発ってことだ。いいね。けっこう凶悪だ。その空のジュエルは売ってる?」

「付属で二十個付いていますけど、街のジュエル屋さんにも売っていますね。他の用途にも使われるんで、カプセルも売っていると思います」

「なるほど。足りなくなったら見に行ってみるよ。それにしても前と違って今回はちゃんと説明できたね」

「攻撃系の術具は得意分野なんです! みなさん、もっと買ってくれると嬉しいんですけどね…」

「それは同感だな。今はこんなもんでいいかな。お会計よろしく」

「合計で1020万円ですー」

「はい、どうぞ。相変わらず安いね」

「ひゃっほー、ありがとうございまーす! やっぱり金持ちは最高だ!」


 術具にはそれだけの価値がある。金があれば、こうして力を得ることもできるのだ。




 少し喫茶店で時間を潰し、夕方になってから「バランバラン」に立ち寄ると、サナの鎧が完成していた。

 革鎧をベースにして、胸や肩、腰、膝など、大切な部分を鎧の部品で補強したものだ。

 正直、見た目は無骨だ。お世辞にも可愛いとは言えない。

 だが、可愛さよりも性能が重要だ。身を守るために必要な要素は足りている。これで仮面を被れば、さらに完全武装とも呼べるだろう。


「サナ、お前の鎧だぞ!」

「…こくり、こくり!」

「興奮しているのか? そうだぞ。これはサナのだからな!」


 サナが興奮している。表情は変わらずとも頬が少し赤い。

 こんな鎧など生まれて初めて着るのだろう。初めてのことに対してサナは興味を示すのだ。


「ほら、着てみよう!」


 服の上から鎧を着せてみる。サイズは若干の余裕があるように作られているので、服があっても大丈夫だ。

 鎧の裏には綿のような緩衝材があり、薄着で着ていても痛くはないようになっている。

 細かいところに気遣いがある。さすが本職の仕事ぶりだ。


 サナが着終わると、アンシュラオンが嘆息。


「あぁ…可愛いぃ。鎧が可愛くないのが逆に可愛い! サナの可愛さを引き立てるなぁ」


 結局何を着ても可愛いと言うので、ただの兄馬鹿発言であるが。


「クロスボウのほうも調整しておいたぞ」

「サンキュー、おっちゃん。今後も利用するからよろしくね」

「おう、こっちも助かるぜ」

「あと、本当にドンパチが始まったら巻き込まれないように逃げてね」

「うちは武器屋だぜ。そういうやつらにこそ売ってやるさ」

「商魂逞しいなぁ。それだけの覚悟があるならいいけどさ。死なないようにね」

「おうよ。小僧とお嬢ちゃんもな」


 その後、サナの鎧を術で強化して完成。

 こうして準備は着々と進む。




148話 「久々に小百合と再会の巻」


「やはり試し撃ちは必要だな」


 アンシュラオンがぼそっと呟く。

 さきほども店で試し撃ちはしたが、あんな的に当ててもまったく意味がない。実戦で撃つからこそ意味がある。


(戦いとは常に実戦で学ぶものだ。殺した数で決まる。訓練では駄目だ)


 訓練で慣らすと身体が訓練用になってしまう。

 反射とは怖いものである。寸止めに慣れると反射的に力を弱めてしまい、咄嗟に反撃されて負けることがある。


 訓練ならば負けてもいいが、実戦での負けは―――死。


 一度でも負けたら終わりの世界である。その感覚を養うためにも、できれば実戦で鍛えるのが一番いいに決まっている。


(幸い外は魔獣だらけだ。実戦相手には事欠かない。人間をやる前に魔獣で試しておきたいな)


 こうして何度か戦ってみてわかったが、人間と魔獣はだいぶ違う。戦いの感覚そのものが違うので、同じように戦っていては上手くいかないことも多いだろう。

 魔獣を倒せたからといって人間に勝てるとは限らない。その逆もしかりだ。

 されど正直に言えば、現状では魔獣のほうが強い状況にある。

 魔獣で鍛えられたアンシュラオンに対して、この都市の武人たちが手も足も出ないことが証拠だ。彼らでは、どうあがいてもデアンカ・ギースは倒せないだろう。

 しかも魔獣は攻撃を躊躇しない。全力で殺しに来る。魔獣に慣れれば、単純な圧力という意味では人間なんて怖くなくなるのだ。

 サナに恐怖という感情があるのかは不明だが、魔獣ならばいくら殺しても問題ないどころか感謝されるくらいだし、他人にも見られないので都合がよいだろう。


「よし、外で試し撃ちだ」

「…こくり」

「どうせ魔獣を狩るならハローワークに行ったほうがいいよな。サナ、お前もハンターになりたいか?」

「…こくりこくり」

「おっ、なりたいって顔だな。そうだな。小百合さんとも久しく会っていないし、行ってみようか。まだこの時間ならいるよな?」


 まだ夕方なのでハローワークは開いているはずだ。小百合もいるに違いない。

 どうせなら彼女にハンター登録を任せたいものである。

 そして、ハローワークに寄る目的はそれだけではない。もう一つ重要な用事があるのだ。


(ロゼ姉妹は今のところ無事でやっているようだが、ホロロさんに任せているとはいえ…不安だ。防衛力が皆無だからな…襲われたら一瞬で終わりだ)


 自分の目が届かない場所、特にホテルの様子が気になってしょうがないのだ。

 まるで自宅の鍵をかけたかどうかで不安になり、出先で目の前のことに集中できない状態に似ている。

 暴力を純粋な力として扱うことを知っているアンシュラオンにとって、武力こそが最大の拠り所である。だからこそ「女子供」が心配で仕方ない。

 ただでさえ身代わり要員にしてしまったのだ。狙われる可能性もゼロではない。そうなれば今の彼女たちに抵抗する術はない。

 術具屋に寄ったのはサナのためでもあるが、彼女たちに何か渡せないかも考えていたのだ。


(あの子たちにも武器や術具を渡すか? いや、それだけでは足りないな。どんな武器でも使えなければ意味がない。咄嗟に使うには実戦での訓練が必要だ)


 素人に武器を持たせても本職には及ばないだろう。ホロロはともかく、あの二人にはまだ無理である。


(…となれば、やはり護衛できる人間を雇うのが一番だ。だが、これが難しいんだよな…)


 ロゼ姉妹とホロロには護衛を付けるべきだろう。

 しかし、影武者の身辺警護をやらせるとなると、こちらの内情を知ることになってしまう。

 思えば「ホワイト = アンシュラオン」の構図がバレてもまったく困らないのだが、今はまだおおっぴらにしたくはない。


(そこそこ強くて、護衛ができて、女性で、こちらの内情を知っても問題ないような人物…か。まったく思い浮かばないな。せいぜいマキさんくらいだが…ああ、駄目だ。毎回候補に挙がるが状況がそれを許さない。もどかしいもんだ)


 マキが適任者だが、彼女には彼女の役割があるので、まだ駄目だ。


(女の戦闘用スレイブが手に入れば一番だが、こちらの準備が整っていない以上、違うリスクが伴うことになる。ファテロナさんがいい例だ。ギアスをかけられないと自由に振る舞えることになってしまうからな…腕はいいんだが…あれではな)


 ファテロナは能力的には護衛に最適であるが、今度は性格に問題がある。

 いざとなればちゃんとやるだろうが、自分が領主の立場だったらかなり心配になるほどのフリーダムさである。

 押し問答になるが、それでも任せているのは腕がいいからである。

 今のところ親衛隊ではファテロナが最強なので、仕方なく任せているのだろう。苦肉の策である。


「しょうがない。とりあえずハローワークで誰かいないか調べてもらおう。もしかしたら誰かいるかもしれないしな」


 あまり期待はしていないが、もし護衛に適任の人材が発見できれば、それに越したことはないのだ。

 その用事もあるので一度はハローワークには行っておきたかったのである。






「ここに来るのも久々だな」


 久々にハローワークに来て懐かしい気持ちになる。

 最後に来たのはデアンカ・ギースの素材を回収した時であったか。数回しか足を運んでいないのに、何度も来ているような錯覚に陥る。

 それはやはり小百合のおかげだろう。彼女を思い出すたびにハローワークもセットで思い出すのだ。


「小百合さん、元気かな?」

「ハロー、ハロー」

「ああ、ミスター・ハローも久しぶりだなぁ」

「…じー」


 ミスター・ハローに挨拶を返す。サナも相変わらず、じっと見つめていた。

 彼はいつだって休まない。まさに労働者の鑑である。


「サナ、もう渡し方はわかるだろう?」

「…こくり。ごそごそ。ぐいっ」

「ハロー、ハロー」


 サナが飴をポケットから出し、そっとミスター・ハローに手渡す。彼も満面の笑顔で受け取ってくれた。

 今度は投げることなく飴を渡せたので、サナもしっかりと成長しているようだ。


「じゃあな、ミスター・ハロー。オレが尊敬できる唯一の男よ。今日も眩しいぜ」


 労働で流す汗は美しい。自分にはできないからこそ、彼が眩しく映るのである。




 ガチャッ

 扉を開けてロビーに入り、いつものように周囲を見回す。


(人が少ない…かな?)


 ロビーには、人はほとんどいなかった。

 歩いている人間が数人、左側の待合室にいるのが七人程度。前に来た時の半分にも満たない閑散とした状況である。


(今まで数回しか来ていないし、時間帯も同じじゃなかった。これがハローワークの日常なのかな? さて、小百合さんはいるかな?)


 いつもの窓口を見ると、そこには見慣れた顔―――小百合がいた。


 相変わらず黒い制服がとても似合う可愛い系の美人である。ホワイトになってからは会っていなかったので、こうして見るのも久々だ。

 『万年笑顔』スキルを持っている彼女なので、いつも通りの笑顔だが、その表情はどことなく営業スマイルを作っているように見えた。

 仕事に疲れたOLみたいな雰囲気である。毎日仕事でがんばっているので、それも仕方がないだろう。


(オレより立派だよな。毎日通勤して働いているんだもんな…)


 毎日ホテルでぐーたらしていたアンシュラオンには、ミスター・ハロー同様、なんだか眩しい姿である。

 その若干の負い目を「オレは金があるからいいんだ。勝ち組だ」という強いメンタルで克服し、改めて歩み出そうとして―――止まる。

 突然、なんだか気恥ずかしくなってしまったからだ。


(うーん、久々に会うと思うと変な感じだな。緊張している? 柄にもないけど…そうかもな)


 そこまで自分に魅力があるとは思っていないので、女性の気持ちをとどめておける自信がないのも事実。

 そのためにギアスが欲しいのだが、それに頼るのもなさけない気もする。

 自分と関係ない人間ならばさして気にしないことだが、小百合のように自分を好いてくれる女性ならば、おのずと嫌われたくないという感情が芽生えるものである。

 しばらく会っていないので、そのことを彼女がどう思っているのか。柄にもなく、ふとそんなことを考えてみたりした。

 まだ自分にそういった感情が残っていることを嬉しく思いつつ、少しばかり気恥ずかしくなったというわけだ。


(利用したいときだけ会っていたら人の気持ちは離れる…か。だが、こういう生き方しかできないしな。ここは気にせずいくとしよう)


 人を操る術は身につけているが、それに対して面倒だと思っているアンシュラオンには、わざわざへりくだった生き方などできない。

 ならば、わが道を往くのみだ。



 そう思って歩き出そうとした瞬間―――





「あーーーーー! アンシュラオン様だーーーー!!」





 大声が響いた。


 その声を発したのは、当然ながら窓口にいた小百合。

 まだ距離があり、しかもあまり目立ちたくないので、二人とも帽子を深めに被って顔を隠しているが、なぜかバレているようだ。

 周囲の視線が集まったので、慌てて小走りで窓口に向かう。


「小百合さん、しー。今はお忍びだからさ!」

「お忍びも何もありませんよ、もうっ! 全然来てくれないじゃないですかー! 小百合、寂しかったーー! 寂しい、寂しい!! 本当に寂しかったーー!」


 アンシュラオンは必死に抑えるが、一度爆発した感情は止まらない。

 バンバン机を叩いて、寂しかったアピールをしてくる。


「小百合さんって、そんな性格だったっけ?」

「これが本当の私なんです! 今までのは偽物です!!」

「いや、偽者って…」

「これ以上、会えないなら…職場を辞めます!! それで一生アンシュラオン様の傍にいます!! 部長!! 本日付けで辞めます!! 辞表はここに…」

「待って、落ち着こう!! 嬉しいけど、焦っちゃいけない!!」


 これは微妙な問題になってきた。

 「結婚するから仕事を辞める」のならばまだよいが、「好きな男と一緒にいたいから辞める」は駄目なパターンだ。その先はぐだぐだになる。

 もちろんアンシュラオンは勝ち組なので問題ないが、小百合にはハローワークにいてもらわないと困る。


「小百合さんにはここにいてほしいんだよ。いてくれないと困るからさ」

「むー、それならもっと私を利用してください!! ゴミクズのように、ボロ雑巾のように利用してください! やりたいだけやって捨ててください!」

「なんだか誤解を招きそうな発言だよ! 捨てるつもりなんてないよ!」

「利用されないよりましなんです。もっとアンシュラオン様に利用されたいんです! 小百合、利用されたい! もっとご利用されたいーー!」


 まるで駄々っ子のように、いや、婚期を逃した女性のように暴れる。

 周囲の同僚が誰も止めに入らないのがすごい。


(完全に駄目な発想だ…。でも、なんだか嬉しいな。小百合さんは変わっていない)


 小百合はまったく変わっていなかった。イタ嬢が変わっていないように、人間なんてそう簡単に変わるものではない。

 だが、ここまでいつも通りかつ、親しみを持ってくれるのは嬉しい限りだ。最近は荒んだ業界にいたので、久々に心が温かくなるのを感じる。


「それで、今日はどのようなご用件でしたか?」

「小百合さんに会いに来たんだ」

「キターーーーーーー!! 今日は早引けします! ずっと抱き合って過ごしましょう!!」

「また誤解されそうな発言だよ! って、その…ちょっと違う用事もあるけど」

「むー、アンシュラオン様…!!!」

「ご、ごめん。でも、小百合さんに会いに来たのは本当なんだよ」

「アンシュラオン様、好き!! 部長、やっぱり辞めます!!!」

「待って!! 落ち着いて!」


 やたらテンションの高い小百合をなだめるのに、二十分くらいかかった。

 かなりストレスが溜まっていたらしい。




149話 「サナのハンター登録とパーティー編成」


「さきほどは失礼いたしました」


 小百合が謝る。これも以前、どこかで見たような光景である。


「大丈夫だよ。嬉しかったし」

「アンシュラオン様が見えたので興奮してしまって…最近、自分でも抑えられないんです。はぁはぁ、アンシュラオン様と接していないと…はぁはぁ……に、匂いを…どうか匂いを…」

「ど、どうぞ」

「すーはー、すーーーはーーー」


 小百合がアンシュラオンの髪に顔を埋め、匂いを嗅ぐ。

 男にやられると最低の行為でも、女性ならばまったく気にならないのが不思議だ。


「ふー、楽になりました。ありがとうございます!」


(なんかオレ自身が麻薬みたいになってるな…。魅了って怖い)


 小百合は完全にアンシュラオン中毒のようだ。パミエルキも同じ症状だったので、改めて魅了効果の怖ろしさを痛感する。

 ちなみにアンシュラオンもサナ中毒なので、彼女がいないと発狂してしまうかもしれない。一日平均五回は吸わないと満足できない身体になってしまった。

 なんだか最近、周囲が変態だらけになってきた気がしないでもない。


(そろそろ責任を取らないといけないな。ホロロさんをスレイブにする前に、小百合さんにも筋を通すべきだろう)


 小百合の貢献度はかなり高い。自分のことをこうして待っていてくれたことからも信頼度はマックスである。

 ならば、今が決断の時であろう。


「小百合さん、この戦いが終わったら結婚しよう」

「キターーーーーーーーー!! します、します! ぜひします! 不束者ですが、よろしくお願いいたします! 職場辞めます!! 寿退社します!」

「ま、待って! まだ早いから!? さっきも言ったけど、結婚後も小百合さんにはハローワークにいてほしいんだよ」

「わかりました。この身分を利用して横領でも何でもします!」

「いやまあ、単純に勤めていてくれるだけでいいんだ。便宜を図ってほしいのは本音だけどさ…金はあるから横領の必要もないし」

「そうですか? そんなことでいいなら問題ないですが…アンシュラオン様と会えないことが一番つらいです」

「でもさ、結婚すれば一緒に住めるわけだからさ。それで我慢してよ」

「我慢します!!」


 椅子の上で正座した。相当嬉しいようだ。


(せっかく組織の内部に入り込んでいるんだ。そのまま使ったほうが便利だもんな)


 ハローワークは簡単に入れる組織ではない。清掃要員とかならともかく、職員でいられるのは西側出身の小百合だからこそだ。

 その証拠にハローワークは職員の募集をしていない。機密情報だらけなので、職員の選定も内密に行われているのだろう。

 そんな組織に入っているだけでステータスである。小百合には、ぜひこのまま勤めていてもらいたい。


「でも、オレ…スレイブしか信用できないんだ。小百合さん、オレのスレイブになってくれる? もちろん妻としてだけど」

「もちろんです!」


 即答だった。正直に言うほうも問題だが、即答するほうも問題だ。

 小百合は大丈夫そうに見えていたが、ホロロ同様に病んでいる可能性がある。もう末期かもしれない。


「スレイブになっても勤められるの?」

「規定には駄目とは書いていません。何か言われたら部長の弱味を握って脅します」

「さすが小百合さんだ。そういうところは大好きだよ。まあ、オレのスレイブは普通じゃないから大丈夫だろうけどね。ギアスも目立たないようにするし」

「アンシュラオン様に支配されるのならば、それはもうご褒美ですよ! つ、ついに私の夢が叶います! 年下の美少年に支配されるなんて、さ、小百合はもう!! うひー! 飛びそうー!」


 喜んでくれているのならば何よりである。




 小百合との確約も済んだことだし、本題に移る。


「そうそう、サナもハンター登録したいんだけど…大丈夫?」

「はい、問題ございません。以前も申し上げたように年齢制限はありませんから」

「そっか、それなら安心だ」

「もしやサナ様も、アンシュラオン様のように強大な力をお持ちなのですか?」

「いやいや、そんなことはないよ。見た目通りかな? 精神的には相当タフだと思うけど、肉体的には普通の子供くらいだね」

「しかし、聡明なサナ様のことです。ぜひとも立派なハンターになられるでしょうね」

「そう? やっぱりそう思う? 小百合さんはわかってるなー」

「妻ですからね!」


 サナを褒められてご機嫌である。小百合は、さりげなくこういう気遣いができるので好きだ。


「では、こちらにお名前をどうぞ」

「サナ、ここに名前を書くんだぞ。文字は教えただろう?」

「…こくり」


 身長が少し足りないサナを持ち上げ、ペンを渡してあげる。


「…かきかき」


 すると迷いなく書き始めた。初めてでも動じない精神力はさすがである。


「おっ、ちゃんと書けたな! すごいぞ、サナ!」

「…こくり」


 多少形が崩れているが、「サナ・パム」という文字がしっかりと書かれていた。

 サナには自分の名前を書けるように文字を教えてある。医者の仕事がない時は、最低限の教育をしていたのだ。


 その姿はまるで―――教育熱心な父親。


 サナが文字を書くたびに「この子は天才だ!」と叫び、喜びで転がり回る姿は完全なる親馬鹿である。恥ずかしくて目も当てられない。

 しかし、おかげで文字は書けるようになったのだ。一応、努力の成果は出ている。


「それではパッチテストを行いますね」

「ああ、そうだったね。これって一番下だった場合はどうなるの? 無足(むそく)級狩人になるの?」

「一定量以下の場合は、パッチにバツ印が出るんですよ。それだとノンカラーにもならなくて、普段は登録をお断りしています。危ないですからね」


 ハンターの最下層は、無足(むそく)級狩人。通称ノンカラーハンターである。

 しかし最下層だからといって馬鹿にしてはいけない。相手が魔獣である以上、それでも一般人よりは優れた人材であることを示している。

 本当に一般人の場合は赤いバツ印が浮き出て、よほど装備などが良くなければ「死ぬ可能性が高いから登録は無理です」と断っているのだ。

 どうしてもという場合は自己責任で認めているが、あまり歓迎はされないらしい。


「サナはそうなる可能性が高いよね……大丈夫かな?」

「ホワイトハンターのアンシュラオン様がおられるのならば大丈夫です。パーティーを組めば解決できます」

「あっ、そうか。パーティーがあるんだ」

「はい。パーティーはリーダーのランクが重要視されますので、ホワイトハンターがリーダーの場合、何人かバツ印がいても大丈夫です」


 パーティーにも【総合ランク】があり、それぞれのハンターランクに割り当てられたポイントの合計によって決まる仕組みになっている。

 ホワイトハンターのポイントは一人で500あるので、仮にサナが0であってもパーティー平均は250になる。

 全体でノンカラーの10を割らない限り、ハンターとしての活動は普通にできるというわけである。

 ただこれは最低値なので、できれば30〜50以上が望ましいとされている。


「サナ様、チクってしますよ。我慢してくださいね」

「…こくり、じー」


 小百合がサナにパッチを押し込む。

 子供は注射を嫌がる子もいるが、サナは表情一つ変えずに見ていた。


(泣き叫ぶ子をあやす体験もしたかったけど…これはこれで楽でいいかな。面倒なのは嫌いだしね。それは違う子でやればいいや。ラノアは泣くかな?)


 サナは実にアンシュラオンに向いている子だと、つくづく思う。これほど自分好みの子がいるだろうかと思うほどにだ。



(さて、サナは何色かな? やっぱりバツかな?)


 「どうせバツなんだろうなー」という気分で覗いてみる。もともと期待はしていないので気楽だ。


 サナのパッチをじっと見つめる。



 血が吸われ、その色が―――変わらない。



 赤にも白にもならず、そのまま無色のまま時間が経過していく。ほんの少し赤みが差したが、やはり無色のままだ。


「あれ? これってどうなの? 駄目ってこと?」

「いえ、サナ様は無足(むそく)級狩人だということです。ノンカラーは、その名の通りに色がないのです」


 サナは、ノンカラーであることが判明。

 一番下の階級であるが、ハンターとして認められるだけの資質があるということだ。


「ふーん、そんなもんなんだ。ノンカラーか。バツじゃないならよかったよ。サナ、お前はノンカラーハンターだってさ。ブラックだったらオレのホワイトと合ってよかったけど…こればかりはしょうがないよな」

「…こくり」

「お兄ちゃんがいれば大丈夫だからな。安心するんだぞ」

「…こくり」


 そのことに対して、アンシュラオンの反応は薄かった。

 もともとランクに固執していたわけでもないし、一緒に動けるのならば問題ないと思っていたからだ。

 サナは一般人なので、バツかノンカラーのどちらかと算段をつけていたこともあり、特に驚くこともなかった。

 だからこそ、彼はまだ気がついていない。


 サナに起こりつつある【異変】について。


「では、ハンター証をご用意いたしますね。サナ様はご一緒のパーティーでよろしいですか?」

「そうしてくれると助かるよ」

「パーティー名はいかがいたしましょう?」

「そんなの決められるの?」

「はい。ご自由に決めることができますよ」

「うーん、名前ねぇ…苦手だな。適当にアンシュラオン団…」


 言いかけて、やめる。


(いや、駄目だ。姉ちゃんのことを忘れていた。あまり目立つ名前は困るぞ。それにホワイトはもう使っているから駄目だ。くそっ…何も浮かばない)


 安易にアンシュラオン団とか名付けてしまうと、姉に見つかる可能性が高くなる。

 しかし、名前を付けるのが苦手な男である。ネーミングセンスにはまったく自信がない。

 ホワイトを使った以上、もうボキャブラリーは枯渇していた。


「うーん、うーん、…うーん。やっぱり保留で。そのうち付けるよ」

「はい。では、仮の番号を付けておきますね。お好きな数字はありますか? 何桁でもかまいませんよ」

「27かな。なんとなく」


 地球時代の誕生日、二月七日を指定してみる。覚えやすいという以外に意味はない数字だ。


「『白の27』で登録しておきました。白はホワイトハンターという意味ですね」

「おっ、案外いい感じだね。ホワイトトゥエンティーセブン。コードネームか何かでありそうだ。まあ、区別がつけばなんでもいいや」


 この時は何気なくつけた数字であるが、いずれ『白の27番隊』が最強の部隊を示す名になることをアンシュラオンは知らない。



 サナをハンターにするという用事は終わった。あとはもう一つの用事である。


「あっ、それとさ、護衛役の傭兵っているかな?」

「護衛…ですか? サナ様のですか?」

「そっちじゃないんだけど…うーん、なんて言えばいいのか難しいな…。裏の案件でも受けてくれる口の堅い人…とか? いや、内容は普通の護衛なんだけど、そういう勢力に狙われる可能性があるというか…」

「護衛でしたら、そういうことも普通にあるのでは? そのための護衛ですし」

「ああ、そういえばそうだね。誰かから狙われるから護衛を頼むんだもんね。ただ、案件が案件だから信頼できる女性がいればいいんだけど」


 女性であることは確定している。

 これはアンシュラオンの趣味でもあるし、ロゼ姉妹のことを考えれば当然の措置でもある。いきなり知らない男に守られたら怖いだろう。

 姉のセノアは若干、スレイブになったことに抵抗感があるようだし、できるだけストレスは与えたくないものだ。

 そのうち周囲の状況が理解できる年頃になれば、自分がいかに恵まれているかがわかるだろう。そういった変化も楽しみの一つである。

 そのためにはまず安全の確保が重要だ。


「子供の女の子と大人の女性の護衛をさせたいんだ。そういうのに適した人はいるかな? ボディーガードってやつ?」

「はい。探してみますね」

「うん、頼むよ」




150話 「盾のお姉さんと再会」


 小百合が候補を探している間、椅子に座りながら、ぼけっと考える。


(うーん、護衛役だとするとホテルに滞在してもらうから、口が堅いのは絶対として…あまり癖が強いのも困るな。ホロロさんの負担も増えるし…。本当はマキさんが一番いいんだけど……と、マキさんにも会っておこう。ちゃんと結婚の意思を伝えないとね)


 小百合にも伝えたのだから、マキにも伝えておく予定だ。

 これは思いつきで言ったのではない。今回の騒動が終わったら本格的にスレイブを増やしていく予定なのだ。

 どうやらロゼ姉妹を手に入れたことで、自分の中で腹が決まったようである。


(ちゃんとスレイブにして管理しよう。オレだけの女の子の世界を創るんだ)


 それは当初からの【夢】でもあった。

 スレイブを増やして楽しいイチャラブ生活を過ごすことこそ、アンシュラオンの望み。現段階でも少しは叶っているが、まだまだ足りない。

 考えれば考えるほどやりたいことは浮かぶし、新しい子を手に入れるたびに楽しみは増えていく。


(オレの夢のために金が必要だ。女を養うには金がかかるからね。やつらの資金を丸々ぶんどらないと)


 働いて稼ぐという発想は、まるでない。

 サナを筆頭として、数多くの女性スレイブを手に入れて幸せに過ごすために、他者(主に悪党)には犠牲になってもらう必要があるのだ。


(くくく、最高だな、この世界は。悪党は山ほどいるし、そいつらが勝手に金を集めてくれる。オレはそれを丸ごと奪う。まるで蜂さんが一生懸命集めたハチミツを人間が搾取するのと同じだ。これは実に素晴らしいよ。いやー、悪党が好きになってきたな)


 最近、悪党を見ると楽しい気持ちになる。それが自分の糧になるからだ。

 しかも彼らはサナを強くするために役立ってくれる。彼女もハンターになったことだし、ますます楽しみになってきた。




「アンシュラオン様、一名だけいらっしゃいました」


 小百合がリストを持ってくる。


「一名か…。選択の余地がないね」

「はい。現在は立て込んでいますので…」

「何かあったの? そういえば、人の出入りが少ないみたいだけど…」

「ここ最近、周辺に魔獣が増えたみたいなんです。それでハンターが総出で狩りに出ているのです」

「へー、そんなことになっていたんだね。全然知らなかったよ」


 どうやら人が少ないのはいつものことではなく、そうした事情があったためであるようだ。

 しかし、その原因に関しては、この男にも責任があった。


「実はデアンカ・ギースがいなくなったことで、魔獣の生態系が変わったという噂があるんですよ。魔獣の狩場にいた魔獣がいなくなったこともあって、かなりの変化が起こっているようです」

「ああ、たしかに…酷い有様だったような…」


(あの時はサナのことしか考えていなかったからな…。思えば全滅していたような気がする)


 草原にいた草食魔獣、岩石地帯の肉食魔獣、砂地の大型魔獣。そのすべてがほぼ全滅し、生き残りも散り散りになって逃げたのだ。その空白地帯が及ぼす影響は大きい。

 何より大きな縄張りを持っていたデアンカ・ギースが移動し、さらに討伐されたことで生態系そのものが変わりつつある。

 言ってしまえば、あれは【エリアボス】である。その一帯を支配していた強大な魔獣なのだ。魔獣の狩場以上の影響力を持っているのは自然なことだろう。

 それによってグラス・ギース周辺にも、いつも以上に魔獣が出るようになり、ハンターが総出となっているらしい。

 ここ最近はずっと壁の中にいたので外のことはまるで無関心であったが、意外と大きな出来事が起こっていたようだ。


「噂ってことは調査は進んでないの?」

「はい。もともとあそこは強い魔獣も多かったですし、出向けるハンターも限られています」

「ところでラブヘイアは? あいつなら行けそうじゃない?」

「あの変態…彼は、あれから来ていませんね。少なくとも私が担当している範囲では、ですけど。報酬だけは口座に振り込みましたが、それっきり音沙汰がありません」

「え? そうなの? あいつは何をやっているんだ? まだ入院しているってことはないだろうけど…」


 見た目よりもタフな男なので、十数本やそこらの骨折ならば一週間もあれば治るはずである。

 普通に考えればすでに復帰しているはずだが、消息は不明とのこと。

 それはそれで平和で何よりだが、こういうときにいないと困る。むしろ、こういうときにいないと何の価値もない男である。


「使えないやつだな…。それじゃ、ほとんどろくなやつが残っていないんじゃないの? 大丈夫?」

「今のところは何とか…。アンシュラオン様の後にやってきたブラックハンターの方がお一人いまして、現在は彼の傭兵団が中心となって調査を行っています」

「へぇ、そんなやつがいたんだね。ブラックか。そこそこ強いのかな?」

「アンシュラオン様ほどではありません。特に大きな仕事もしていませんし…」

「そっか。優秀ならもっと調査も進んでいるはずだもんね。なんだ、ただのニートじゃん。はははは」


 自分だってニートに近いのだが、そこには触れない。

 ちなみにブラックハンターはガンプドルフのことである。もともと魔獣の狩場を調べていたので、他人の邪魔が入らないように率先して引き受けたにすぎない。

 彼には彼の目的があるため、意図的に情報を操作して西部に人を近づけないようにしていたりする。


「傭兵が少ない原因はもう一つありますね。食料や物資の補充がギリギリなので、そちらの護衛を優先してもらっています」

「え? まだ続いていたの?」

「はい。外からの人の流入も増えているので、食糧事情はギリギリらしいです」


 アンシュラオンがばら撒いた金によって、市場が混乱に陥った件だ。

 現在も完全には戻っておらず、食料品も一時的に高騰しており、下級街ではギリギリでやりくりしているという話である。


「それって領主たちの仕事じゃないの? あいつらが護衛すればいいじゃん」

「領主軍は外のことまで関わりませんからね…。各商会が独自に対応している状況なのです」


(食糧というと…ジングラスか。そっちの商会が別途傭兵を雇っているのかもしれないな。しかし、対応が遅い。この程度で供給不足になるって、どんだけ基盤が脆いんだよ。他のグラス・マンサーのところも末期なのかもしれないな)


 領主軍が動ければ楽なのだろうが、都市の防衛が最優先なので動けない事情もある。

 しかし、対応が遅すぎる。距離や魔獣の問題もあるので簡単にはいかないのは理解できるが、こんなノロノロでは何かあったら間に合わないに違いない。

 改めて都市の脆弱さが浮き彫りになった気がする。


(ソブカが不満に思うのも当然だな。まあ、ジングラスの利権はソブカも狙っているようなことを言っていたから、あいつが代わりに管理すればいいんだ。こういったことは優秀な人間に任せるのが一番だよ)


 ソブカの視野は広く、彼が見ている世界はラングラスだけではない。この都市のすべてを憂いている。

 現状で上手くいっていないのならば、さっさと代えてしまったほうがいいだろう。

 ただし、それはこちらの視点。相手から見れば簡単に渡すわけがないので、そこは力づくで奪い取らねばならない。

 ジングラスのことは念頭になかったので、そっちはソブカの計画待ちである。あの男のことだ。都市機能を維持したまま利権を奪う作戦を練ってくるだろう。それはそれで楽しみである。


「それはそうと、オレの気まぐれで迷惑をかけたみたいだね。ごめんね」

「経済が回るのはよいことですよ! 傭兵だって仕事がないと生きていけませんから、逆に感謝しているくらいです。アンシュラオン様のおかげで街も活気付いています。小さな都市では、なかなかこういった盛り上がりはありませんから」

「そういえば、お祭りってないの?」

「秋の感謝祭と、それとは別に冬に『金玉(きんぎょく)祭』というものがあります」

「二つ目は…ちょっと名前が問題じゃないかな? その卑猥な名前のやつは何の祭りなの?」

「こちらは、ベルロアナ・ディングラス様の誕生日です」

「はっ!? あのイタ嬢の?」

「はい。生まれた年に新しい祭として認定されました」

「どんだけ親馬鹿だよ。しかも金玉…。もうちょっと何かなかったのか」


 玉には、宝石、価値あるもの、美しいものという意味がある。

 金髪であるし、そこから取ったのだろうが、実に困った名称だ。人前では絶対に漢字で書けない。

 ただ、祭り自体は非常に綺麗なもので、金色の胞子を出すキノコを街中に飾って、一面が金世界になるという素晴らしいものだ。

 だが、これを聞けばきっとアンシュラオンはこう言うだろう。「玉とキノコなんて、どんだけ卑猥なんだ! イタ嬢らしい破廉恥な祭りだぜ!」と。


「事情はわかったよ。で、話は戻るけど、護衛の人は女の人なんだよね?」

「はい。もちろんです」

「ヤキモチ妬かない?」

「私はアンシュラオン様の妻になりますから、そんな小さなことは言いません」


 ↑ さっき散々喚いていた女性の発言。


「それならよかった。じゃあ、呼んできてもらえる?」

「はい。待合室におりますので、すぐに来られるはずです。少々お待ちください」


 小百合は女性を呼びに行く。


(どんな女性だろうな。美人だといいんだけど…女性であるだけで御の字かな。男だったら任せられないしね)


 できれば美人がいいが、あくまで目的はロゼ姉妹とホロロの護衛である。最低限の実力があれば我慢しようと思っていた。




 そして、その女性がやってくる。


「失礼します。アンシュラオン様…ですか?」

「うん、そうだよ」



 様付けして呼ぶ女性に悪い人間はいないと、笑顔で後ろを振り返ると―――



「…え?」

「…あっ」


 アンシュラオンと女性の目が合う。

 真っ赤な瞳と赤紫の瞳が、両者を見つめ合う。


 そして、一言。




「あっ、あの時の【盾のお姉さん】だ」




 やってきた傭兵は、ソブカの護衛をやっていた盾使いの女性であった。まさかの出来事である。


「え? あれ? どういうこと?」

「あっ…あぁっ!!」


 予想外のことに相手も驚いているようだ。というか、すごく驚いている。


(そりゃそうだよな。キブカ商会に殴り込みをかけるようなやつだ。危ないやつだと思われていそうだな。それに顔も見られていたようだし、その点は不覚だったかな。ともかく少し探りを入れてみようか)


「えーっと、傭兵…だよね?」

「は、はい! 申し遅れました! サリータ・ケサセリアと申します!」

「この前、会ったよね?」

「は、はい。その節はどうも…お世話になりました」


(サリータ…間違いない。大剣のお姉さんが去り際に言っていた名前と同じだ。オレも名前を知られちゃったから、もう隠してもしょうがないな)


「まあ、座りなよ」

「失礼いたします」


 出会ってしまったものは仕方ない。割り切って話すしかないようだ。


「ソブカは元気?」

「ソブカ…キブカランさんのことでしょうか?」

「そう、あいつ。元気にしてる?」

「わかりません…」

「え? どうして? つい先日、護衛していたじゃん。まだ護衛は続けているんでしょう?」

「いえ、それが……契約は…満了になりました」

「えええええ!?」


 その言葉には、さすがのアンシュラオンもびっくりである。


「あいつの護衛は…終わったってこと?」

「はい…そうなんです…」


 サリータもがっくりと肩を落とす。


「じゃあ、今はフリーなの?」

「はい。現在は、どことも契約はしておりません」

「え、えと…辞めるときに何か言われた?」

「ご苦労様…と」

「それ以外は?」

「特には」

「そ、そうなんだ。それはなんというか…お疲れ様」

「はい…疲れていれば…まだよかったのですが……」


 はっきり言えば解雇なので、「ご苦労様」か「お疲れ様」しか言えない状態である。

 だが、ソブカの「ご苦労様」には何かしらの意図があるように思えた。


(…おかしい。何かが引っかかる。このお姉さんを解雇した理由があるはずだ。もう少し訊いてみるか)


「お姉さん以外に解雇された人っていた?」

「解雇…!!」

「あっ、いや…契約満了した人っていた?」

「わかりません。明け方には通告されましたので…あの時に見た朝焼けは心に染みました…悪い意味で」

「そ、そう。ところで契約に守秘義務ってある? その案件に関しては、辞めてからも口外しないとかいうやつなんだけど…。あるよね? 普通はあるでしょ? そのへん、大丈夫だよね?」

「え? ああ…そういえば…今回は特には言われておりません。普通はあるのですが…」

「えええええ!? なにやってんの、あいつ!?」


(ソブカのやつ、危ない真似をしやがって! オレの顔を知っているやつを簡単に野放しにするなよ! 普通は脅すとかして一蓮托生に持っていくだろうが!)


 傭兵である以上、いろいろなところに雇われるだろう。敵対勢力に雇われる可能性もあるのだ。守秘義務はあってしかるべきだ。

 それ以前に、日雇いのように一回限りというのが問題だ。この件に関わった以上、最低でも事が終わるまでは簡単に放してはいけないはずである。


 それをあっさりと放出。完全に野放しである。


 アンシュラオンならば絶対にそんな危険な真似はしない。だが、そこにこそ自分とソブカの違いがあるのだ。


(何かしらの計画があると思いたいが、デメリットしか感じないぞ。となると…あいつが【遊んでいる】可能性がある。危ないやつだと思ってはいたが、ここまで遊ぶとはな…危険なやつめ。大丈夫か、あいつは?)


 おそらくソブカは遊んでいる。


 それは―――【火遊び】


 自分で自分の運を試すような遊びだ。運がなければ不利になるし最悪は死ぬかもしれないが、運があればすべてが上手くいくという、スリリングで最高に楽しく、それでいて実に危険な綱渡りである。

 よほど鬱屈した人生を送っていたに違いない。今回のことで思いきり楽しむ気である。

 同時に、ソブカが命をかけることを承諾した、という意味でもあるので、皮肉なことに逆に信用できることを示している。

 それはかまわないし、そういう人間だからこそ選んだのだが、あまりにも無用心である。

 当然、このままにしてはおけない。




151話 「サリータと模擬戦」


「そ、そうだ。大剣のお姉さんは? あのワイルドな人は?」

「彼女はまだ雇われていると思います」

「え? そうなの? じゃあ、なんでお姉さんだけ…」

「くっ…!! それは…」


 サリータは拳を握り締め、悔しそうに歯を食いしばる。その顔はあの時も見せていたものだ。

 アンシュラオンが困惑の表情で見つめていると、突然こんなことを言い出した。


「アンシュラオン様、あれからずっとお会いしたいと思っておりました! ぜひとも今一度、自分と戦ってください!!」

「何言ってんのーー!? そんな場合じゃないんだけど…!」

「お、お願いします!! どうか、どうか!! お情けを!!」

「土下座はやめて!! どういうことなの!? 全然ついていけない!」


 珍しくアンシュラオンが狼狽している。

 さらにサリータが土下座をしているので、人が少ないとはいえ周囲の視線が降り注いでいる。

 自分が命令して這いつくばらせるのは楽しいが、勝手に這いつくばるのは迷惑なのでやめてほしい。


「ちょっと、顔を上げてよ。今はあまり目立ちたくないからさ。ねっ、ねっ?」

「戦っていただけるまでは上げません!!」

「なにこの強情さ!?」


 一瞬、力づくで持ち上げてしまおうかとも思ったが、どうせ納得するまで同じことを繰り返すだろうから、やめておく。


「わかった、わかったよ。わかったからさ! 戦えばいいんでしょ? その代わり、戦いが終わったらオレとちゃんと話をしてもらうよ。いろいろと口止めも必要だしさ…」

「うう、ありがとうございます! ありがとうございます! うう…うう……」

「今度は泣かれちゃったけど! 早く、早くあっちに行こう!」






 ひとまず人がいない場所にまで引きずっていく。

 ハローワークの裏に訓練場があるので、そこまで連れてきた。


「やれやれ…ここなら人がいないかな。ほとんどのハンターが出払っていて助かったよ」


 アンシュラオンがいるとわかれば、おごってほしい連中がたかってくるかもしれない。本名は本名で、ホワイトとは違う意味で有名なのだ。

 それから盾のお姉さん、サリータを見る。


(いろいろと訊きたいことがあるんだけど…なぜかやる気満々なんだよな)


「ふんっ、ふんっ!」


 サリータは一生懸命、準備運動をしている。

 本当なら「準備運動をするなんてスポーツマンじゃのぉ」と言いたいところだが、それをぐっと抑えて様子をうかがう。

 嘘を見分けるのは得意ではないが、騙そうとする人間は雰囲気や態度でわかるものである。

 じっと観察してみたが、彼女が嘘を言っているようには見えないし、演技をしているようにも思えない。

 生物が発しているオーラには肉体的なものと精神的なもの、それに霊的なものがあるが、心が濁っていると精神以上のオーラが汚れてくるものである。

 嘘つきや落伍者、犯罪者などはこれが真っ黒になっていることが多いので、邪な相手は案外簡単に見分けることができる。

 自分より上は見抜けないが、自分の下にいる存在に対してはそれがわかる。これはそういうルール、自然法則があるからだ。


 サリータはやや銀色をまとった、とても綺麗なオーラの色をしている。


 むしろ綺麗すぎるというか、今まで見たオーラだとラノアに近い印象を受ける。つまりは邪気がないという意味で、無邪気だということだ。

 そんなオーラの持ち主が他人を騙すために演技をするとは思えない。


(ソブカに雇われていたのは一日だけだと? たしかにオレのために用意したみたいなことを言っていたけど…大剣のお姉さんは引き続き雇っているようだし…真意が読めないな)


 ソブカの考えがわからない。

 最悪のパターンはサリータが密命を受けていて、こちらの情報を流すために接触したというもの。

 ただ、すでにアンシュラオンとサナのことはソブカも知っているので、いまさら新しい情報を得られる可能性は少ないだろう。

 裏切ったところで痛い目に遭うのはソブカのほうである。わざわざ信頼を損ねるようなことをするとも思えない。


(それと、この人の考えもわからないな。なんで戦いたがる? 実力差なんて、もうわかっているだろうに)


 改めてサリータ・ケサセリアを品定めする。

 シルバーグレイの髪の毛にチリアンパープルの瞳を持ち、整った顔立ちはやや中性的で、美麗と呼ぶのが相応しい美人だ。

 身長は百八十センチ近くはあるだろうか。女性としては十分高く、小百合はもちろん、マキより高い。

 身体つきは背が高いものの骨格は普通なので、全体的には少しほっそりした印象を受ける。ただ、大きな盾を扱っていることから筋力はそれなりにあるだろう。

 女性として見れば、とても魅力的だ。

 見た目からしても、今まであまり関わったことがないタイプなので、そういった物珍しさもプラスポイントだ。


(うーん、綺麗な人だから悪くはないけど…なんかまだ読めないな。それなら一度ぶつかってみるのもいいかな。肌と肌をぶつけ合えば、男女は仲良くなれるって言うしね)


 やや卑猥な表現であるが、武人同士は戦えばお互いのことがわかるという意味である。

 どうせ戦うしかないので、まずはぶつかってみるのも一興だろうか。そこから見えてくるものもあるだろう。


「サナはここで見ていな。見ることも勉強だぞ」

「…こくり」

「それじゃサリータさん、やろうか」

「は、はい!」


 アンシュラオンは準備運動などしない。達人の名言ではないが、実際に準備運動などしたことはない。

 武人である以上、常に臨戦態勢なのだ。寝ている時でさえ警戒を解かないくらいだ。それくらいでないと生き残れなかったというだけの話である。

 それを見て、サリータは思った。


(まったく強さがわからない…)


 武人は雰囲気や戦気からだいたいの強さを把握できるものだが、アンシュラオンを見てもまったく強さが計測できなかった。

 まるで一般人と変わらないようにさえ見えるのだ。それこそが圧倒的な実力の差を示している。


「もちろん模擬戦でいいんだよね? 気絶か戦闘不能、何かしらで動けなくなった時点で終わりね」

「はい、よろしくお願いいたします!」

「こっちはいつでもいいよ。好きなタイミングで始めなよ」




 両者が訓練場の中心に向かい、仕合が始まる。




 両者の佇まいは対照的。棒立ちのアンシュラオンに対し、サリータは盾を構えて防御の態勢。

 盾の表面には大剣がぶつかった跡がくっきりと残っていた。やはりあの時の女性で間違いはない。


(盾か。この人は防御型の剣士かな? それとも戦士か?)


 盾を使うタイプとの戦闘経験は少ないが、師匠の家にはいろいろな武具があったので、盾を使った戦いも経験している。

 盾は武具に相当するので扱うには剣士の因子が必要だ。なくても使えるが、強い盾技は使えない。

 ただ、防御型の剣士だからといって誰もが盾を使うわけではないし、一方で戦士タイプの人間が武具を扱うことも多いと師匠からは聞いている。

 肉体が強い戦士とはいえ、銃弾の雨でも平然としていられるレベルの武人は、そう多くはない。戦士でも防御が苦手な人間は、盾を使って耐久力を高めるものだ。

 強くなるためには何でもするのが武人の正しい生き方である。自分の長所を伸ばすためか、あるいは短所を補うためか、どちらにせよ必要ならば武具を使うことは正しい。


 数ある武装の中で彼女は盾を選んだ。


 その理由がどこかにあるはずである。


「今回は向かってこないの?」

「………」


 サリータは動かない。前にやられた記憶が残っているのだろう。

 全力の突進でもびくともしない相手だ。たしかに向かっていくのは自殺行為である。


「べつにいいけどね。ただ、わざわざ殴りにいくほど、お人好しじゃないよ」


 アンシュラオンが掌を向けると、消防車のホースの何倍も強い水流が生まれる。

 水流波動。自分の十八番ともいうべき技だ。

 というよりは、ここの人間が弱すぎるために十八番に「なってしまった」という技であろう。

 この程度の技、火怨山ではまったく通じない。火山に水をかけても消えないのと同じく、最初から全力でいかねば殺される世界だ。

 ただ、人間相手には手加減することも多いので、様子見として使うのに最適だし、完全に牽制技として定着した感はある。


 ドバーー


 水流が―――激突。


「―――っ!!」


 水流が盾に当たった。

 それは受けたというより、やはり「当たった」と形容するのが正しい表現であった。あまりの速度に、彼女が水だと認識する前に盾に衝突していたのだ。

 サリータはアンシュラオンが水を扱うことを知らない。いきなりの水撃に、さぞや驚いたことだろう。

 だが、盾を扱い慣れているおかげで、突然の衝撃に対しても反射的に踏ん張ることができた。

 必死に盾を握って踏ん張る。


 踏ん張る。踏ん張る。踏ん張る。
 踏ん張る。踏ん張る。踏ん張る。
 踏ん張る。踏ん張る。踏ん張る。



 そして―――吹っ飛んだ。



 吹っ飛んで石床に激突し、ごろごろ転がって動かなくなる。


「うう…ううっ!」

「…あれ? なんで飛んだ…んだ?」


 予想外の展開にアンシュラオンも驚く。

 耐えて何かをやってくるかと思ったが、そのまま簡単に吹っ飛ばされて転がっている。

 これも何かの演技かと見つめていたが、サリータはそこそこのダメージを受けているようだ。

 だが、しばらくすると立ち上がってきた。


「まだまだぁ…!!」


 水流で少し形が変わってしまった盾を持ち、再び構える。


(これは…撃っていいのかな?)


 何か試されているような気がしないでもないが、とりあえず再び水流波動を発射。

 アンシュラオンの体長以上もある大きな水流がまっすぐに向かっていき、盾と衝突。


 ドバーーー


「ぐぐぐっ!! うおおおおおおお!!」


 バゴンッ


 サリータは大声を出して気合を入れて―――吹っ飛ぶ。


 ごろごろごろっ どがっ


 床を転がり、備品の木剣やら木盾やらを散らかしながら、最後は石柱に頭をぶつけた。実に痛そうである。


「う…うう……」


(これは…どうリアクションすればいいんだ? このまま続けてもいいのか? 倒れているところに追撃すれば間違いなく終わるけど…それをやったら駄目だよな。やっぱり)


 アンシュラオンが観察している中、しばらくすると再び立ち上がる。


「はぁはぁ! まだまだぁ!!」

「いや、あのさ…大丈夫?」

「大丈夫です! どうぞお気遣いなく!!」


(お気遣いなくって…頭から血を流していたら気遣っちゃうよなぁ。男だったらどうでもいいけど、女の人だしさ)


 サリータは頭から血を流していた。おそらく今ぶつかった石柱によるものだろう。


「ええと…続けていいのかな?」

「もちろんです! まだ終わりではありません!!」

「じゃあ出すけど…無理しないでね」



 ブシャーーー (水が出る音)
 バッゴンッ (盾で防ぎきれずに吹っ飛ぶ音)
 ごろごろごろっ どがっ (転がって頭をぶつける音)

 ブシャーーー
 バッゴンッ
 ごろごろごろっ どがっ

 ブシャーーー
 バッゴンッ
 ごろごろごろっ どがっ

 ブシャーーー
 バッゴンッ
 ごろごろごろっ どがっ



「がっ…はぁはぁ!! ま、まだ…まだぁ…!!」

「あのさ…これって何のプレイ?」

「まだ勝負は…ついて…ない!!」


 台詞は格好いいが、実際のところ何も起こっていない。

 アンシュラオンが水を出し、耐え切れないサリータが吹っ飛ぶという謎の光景が繰り返されるだけだ。

 当人は真面目のようだが、ある種のコントのようである。いや、真面目だからこそシュールに映る。


「じゃあ、次いくよ」

「は、はい!」


(そろそろ終わらせるか。もう飽きたしね)


 アンシュラオンが水流波動を発射。水はまっすぐ向かっていく。


「くっ!!」


 サリータは耐えるために力を入れる。なぜそんなことをするのか理解できないが、また防ごうとしているのだろう。


 しかし、盾に衝突する瞬間―――軌道を変えた。


 水は遠隔操作で直前で九十度に曲がると、さらに角度を変え、盾を避けて直接サリータの身体に向かった。


 そのいきなりの変化にまったく反応できず―――激突。


「ぐあぁああああ!」


 ドッゴーーンッ


 水に押されてサリータが訓練場の壁に叩きつけられる。

 ミシミシと骨が軋む音がしたが、加減をしたので折れるまでには至っていない。

 だが、衝撃はかなりのもので、ダメージが身体の芯にまで響いているだろう。


 そのまま―――吐血。


「がはっ、ごほっ…」

「大丈夫? あまり普通の女性を苛めるのは好きじゃないんだけど…」

「じ、自分は…! こんなところで…」

「意気込みは買うけどさ。お姉さんって―――【弱い】ね」

「ぐはっ!!」


 その言葉が一番ショックだったのか、サリータが崩れ落ちる。まさに心の弱いところにクリーンヒットである。

 しかしながら、アンシュラオンは事実を述べたまでだ。


(うーん、弱い。こう言っちゃ悪いけど、ビッグより弱いと思う。どうしてこの街の武人はこんなに弱いんだ?)


 弱すぎて基準がわからなくなる。

 これは裏スレイブを見る時にも気をつけねばならないだろう。弱いと思っても、この世界ではそこそこ強いのかもしれないのだから。


 こうして何事もなく模擬戦は終わった。

 言葉の通り、何一つ収穫らしいものがない無意味な戦いであった。




152話 「サリータは体育会系だ!」


「はい、じっとしててね」


 模擬戦が終わったのでサリータを治してあげる。

 じっとしていろとは言ったもののすでに動けない状態なので、倒れたサリータに一方的に命気を放出する。

 欠損部分もないので治療はあっという間に終わった。


「こ、これは…? 怪我が治った…? 痛くない…」

「そう。命気って言うんだ。便利でしょ?」

「このようなものがあるとは…世の中は不思議が一杯です」


 サリータは怪我が治って驚愕している。

 その様子から察するに命気のことは知らないようだ。伝説の最上位属性なので、知っているガンプドルフのほうがレアな存在なのかもしれない。


「気は済んだ? もうわかったと思うけど、オレには絶対に勝てないよ」

「そう…ですね。わかって…いました。うう…やはり自分は…弱い!! だからいつもクビになるのです!! 今回のことだって…ううう」

「自分で言うのもなんだけど、今回は相手が悪かったと思うよ。それで、ソブカのところをクビになったのって、本当に実力がなかったからなの?」

「そうです。自分はそう思っています…。きっと一番弱かったんです。だから解雇に…」

「うーん、どうかな。あの大剣のお姉さんと比べても、そんなに差はなかったと思うけど…サリータさんだけってのが腑に落ちないな」

「でも、契約を解除されたのですから、自分に至らぬところがあったということです!」

「うん、たしかに弱いけどね」

「ガーーーンッ!!!」


 がっくりと、うな垂れてしまった。

 少しかわいそうだが、事実なのでしょうがない。


(こういうときに変に慰めてもしょうがないよな。それで勘違いして身の丈に合っていない場所に行っても、呆気なく死んじゃうだけだし…。綺麗なお姉さんだから、さすがに死んでもいいとは思わないし…)


 ソブカとの関係性を知っている人間なので、口封じという意味では死んでもらったほうが楽だ。

 だが、相手が美人のお姉さんならば話はまったくの別になる。



 相手の気も済んだようなので、さらに情報を引き出すことにする。


「それで、これはどういうことなの? この戦いに何の意味があったのか教えてもらえる?」

「…はい。あの時、あなたに負けて…悔しかったのです。だからもう一度戦いたいと思っていました。このままでは悔しくて夜も眠れず…」

「それだけ? ソブカから何か言われたとか?」

「??? いえ…特には…」


(本当にそれだけなのか? 嘘を言っているようにも見えないし…なんだ、心配して損をしたな。それならそれで模擬戦にも意味があったのかもしれない。あくまでこの人の気持ちの整理として、という意味でだけど)


 アンシュラオンにとってはまったく無意味だったが、サリータには価値があったのだろう。

 それならそれでOKである。


「それで、どうだった? 何か悟れた?」

「自分が弱いことがわかりました…」

「うん、そうだね」

「ガーーーンッ!!!」


 べつに傷を抉るつもりはまったくない。

 相手を肯定してあげただけだが、事実とは一番残酷なものである。


「うう、やはり自分は…駄目な女なんです…。もう傭兵なんて辞めたほうがいいのかもしれません…」

「いや、オレにそういうことを言っちゃうと危ないよ? 本当に罵っちゃうし」


 相手が自虐的になると自分の中の嗜虐心が刺激されて、もっと苛めたくなるのは人間の性だろうか。

 構ってアピールをしてくるやつを踏みにじるのは特に最高である。


 が、これもまたお姉さんなので躊躇していると、思ってもみないことを言い出した。


「いいんです…なじってください!! こんな自分なんて…なじってください!」

「…へ?」

「弱い自分がなさけない…! 自分なんて、もっと傷つくべきなんです!! だからなじってください!」

「…何言ってるの? まさかそういう趣味の人?」


 世の中には、そういった趣味を持つ人がいる。

 いわゆるMの人だが、あまりに度がいきすぎると、ただの変態になる。

 まさか今回も変態が出現したのかと疑うアンシュラオンに対し、サリータはただただ涙を流して訴える。


 それに困惑。


(…いったいどうしてほしいんだ? なじったほうがいいのか? たしかにMのお姉さんも嫌いではないが…いやいや、それはいかん。泥沼にはまるだけだ。事情がまったくわからないからな。…仕方ない。今回は慰める方向でいこう)


 もし本当にMの人だった場合にそなえて、柔らかく対応することにした。

 いきなり罵って、それが相手の「どストライク」だった場合、危険なことになると判断したからだ。

 よって、慰めつつ戦闘指南という方向に話を流すことに決定。

 話題や論点をずらして相手の関心を誘導する手法だ。頭が良いようには見えないので、この方法でも通じるだろう。


「お姉さんが弱いわけじゃないと思うんだ。相当手加減はしたけど、オレの水撃を受けても耐えられたわけだからね。耐久力は並以上だと思うよ」

「そんなことは…単に盾の扱いに慣れているだけで…むしろ盾しか使えないんです。耐えることしかできませんでした」

「耐えてどうするつもりだったの? あのあと何か打開策があったの?」

「…いえ、特には」


(えー、なかったの!? すごい問題発言だよ。それって単なる自殺行為と同じだもんな。この人、危ないって。ちょっと本気で指南しないと駄目かも)


「最初に会った時は、あんなに思いきりのいい突撃をしたわけだよね。あれはどういうこと?」

「敵だと思ったので、自分の全力をぶつけようと思いました」

「なるほどね。それは悪いことじゃないし、正しい時もあるけど…問題もあるな。お姉さんは自分のことばかりで周りを見ていないんだ。敵のことをよく観察していないでしょ?」

「…え?」

「オレと戦ったやつは、まず最初にオレの強さを怖れるよ。あるいは見た目に騙されて侮るか。結果は正反対だけど、一応相手を見ていることには変わらない。普通は自分が誰と戦っているのかを見て、どんな状況かを判断するんだ。それって当たり前のことでしょ? 自分の状態と相手の状態を確認しないと、何を基準に動いていいのかわからないからね」


 アンシュラオンと対峙すれば、多くの敵が「こいつは危険だ」と思うだろう。ガンプドルフが良い例で、あれだけの武人でも戦いを避けようとするほどだ。

 このように、よほど戦闘中毒でもない限り、普通は相手を見て行動を決めるに違いない。

 だが、サリータは自分が全力を出すことばかり考えている。それを基準に考えている。

 それは悪いことではないが、一時期の日本代表サッカーで流行った「自分の戦い」に集中しすぎて、相手をまったく考慮していない状態に似ている。


「戦いは相手があってこそだよ。自分がどうこうってのはわかるけど、相手に合わせて戦術だって変わる。自分と相性が悪ければ戦わないという選択肢だってあるはずだからね。まずは相手を見る。そこから始めないと戦いには勝てない」

「………」


 サリータは、まじまじとアンシュラオンを見つめる。

 どうやら本当に気がついていなかったようだ。


(この人、今までどうやって生きてきたんだ? ああ、こうやって生きてきたのか…。きっと耐えて生きてきたんだな。悪いことじゃないよ。悪いことじゃないけど…【不器用】だなぁ。それが性癖でなければ、だけどね)


 アンシュラオンは、昔から要領がいいと言われてきた。

 学校のテストで百点を取るときも、当然教科書を丸々一冊暗記するが、まずは教師の人間性や行動パターンを把握してから挑む。

 相手の性格を知っていれば出る問題の傾向がわかるので、満点を取るのは難しいことではない。

 よほどいやらしい性格の相手でなければ、九十点以上は普通に取れるだろう。

 だがきっとこの女性は、こつこつと黙々と勉強を続けるタイプなのだろう。おそらく、1ページ目から順番に。

 それは素晴らしいことだが、仮に出題範囲が広い場合、ある程度的を絞らないと効率よく点数は取れない。


 これは戦いでも同じである。


 相手を見て戦い方を変えるのは戦闘の基本だ。

 皮膚の分厚い魔獣に普通の打撃ダメージは入らない。硬いやつに斬撃は効かない。水の中に暮らす魔獣に水は効かない。

 極めて当たり前の理屈である。それを見極めたうえで動くのだ。

 あくまで印象だが、サリータはそうした見極めが苦手なのだろう。ガードが得意なのかもしれないが、ラーバンサーのように特異なスキルがなければ単なる的である。

 戦闘能力以前に戦い方そのものがなっていない。まったく計画性がないともいえる。


「はっきり言えば、お姉さんは戦いのセンスがないね。何も考えていないし。いや、いいんだよ。それに見合う実力があれば許されるからね。でも、弱いんだったら、ちゃんと考えないとすぐに死んじゃうよ」

「っ!! うう…」

「ところで護衛の話なんだけど…やる気はあるの?」

「は、はい! やる気は…やる気だけは…あります!」

「そうか…どうしようかな…。やる気があるのはいいんだけど、お姉さんに任せるのは心配だなぁ。大切な子たちだからな…」

「うううっ…!!」


 さらに心を抉られるサリータを観察しながら、アンシュラオンは思案する。


(今のところ変な様子はないな。ラブヘイアのようにいきなり豹変することもないし…ファテロナさんのように快感に身悶えることもない)


 多少いじってみるが、それによって彼女が興奮している様子はない。

 うな垂れて泣きそうな顔をしているだけだ。

 だが、まだ油断はできない。耐えるのが好きなM属性の可能性もあるのだ。


(と、いろいろと考える前に情報を見るか。これも立派な能力だしね。さっさと使おう)


―――――――――――――――――――――――
名前 :サリータ・ケサセリア

レベル:18/50
HP :250/250
BP :90/90

統率:E   体力: F
知力:E   精神: E
魔力:F   攻撃: F
魅力:E   防御: E
工作:E   命中: F
隠密:E   回避: F

【覚醒値】
戦士:0/1 剣士:0/1 術士:0/0

☆総合:第十階級 下扇級 戦士

異名:今日も耐え抜く体育会系の盾女
種族:人間
属性:
異能:熱血、護衛、低級盾技術、物理耐性、体育会系
―――――――――――――――――――――――


(…どうしよう。弱すぎてわからない)


 はっきり言って弱い。何がそう思わせるかといえば、特徴がなさすぎる。

 レベルのわりにHPも低く、能力値も伸びているわけではない。ビッグのようにHPや体力に期待が持てるならばともかく、そちらの伸びも悪い。

 かといって覚醒限界は戦士と剣士が1あるので、武人としての伸びしろはまだある。


(スキルは面白いな。『護衛』と『低級盾技術』、『物理耐性』は優秀な防御スキルだ。これはプラス材料だな。が、『熱血』? 『体育会系』? なにやら暑苦しいものを持っているようだけど…それ以外に怪しいスキルはないか)


 『護衛』は、護衛対象者のHPと防御を上昇させるスキルであるので、非常に有用なスキルだ。これはファテロナも持っていたものである。

 『低級盾技術』と『物理耐性』は、単純に防御に関して有用なので、これがあったからこそ少ないHPでも今まで耐えてこられたのだろう。

 アンシュラオンが疑問に思った『熱血』は、ダメージを受けると体力が上昇していくスキルであるが、知力が落ちて行動が単調になるという欠点もある。もともと頭脳的な戦いをしない彼女にはプラスかもしれないが。


 そして、最後の『体育会系』が気になる。


(体育会系…か。普通に考えれば、あの暑苦しい感じのやつだよな。オレの中のイメージは体罰だが…上下関係がやたら強いイメージもある。まあ、おそらくは後者だろうな。マインドコントロールの手法にもあるが、体罰によって上下関係をしっかり植え付けるのが体育会系の目的だ。愛情という意味もあるんだろうが…。ともかく上下関係というのが一つのヒントだろう)


 『体育会系』スキルは、上下関係に影響するスキルだと思われる。

 上には従順、下には高圧的というのが一般的なイメージだ。ただ、仮にこれが戦闘に影響してしまう場合は問題だ。相手が格上であると萎縮してしまう可能性がある。

 彼女の戦い方がやたら消極的なのが気になっていたのだ。一回目はあんなに積極的だったのに、二回目は何もせずに終わってしまった。

 最初に駄目だと次の動きが急に悪くなるわけだ。スポーツでもよく見られるが、格上との試合で雰囲気に呑まれてしまい、実力が発揮できずに負けるパターンである。

 ここにこそサリータの本質が眠っているように思われた。


(仮にオレのスキル考察が正しいとしてだ、彼女の場合は弱いから常に相手から威圧効果を受けているんじゃないのか? それだと完全にマイナススキル化しちゃうな。それが常態化すると自信もなくなるだろうし…さっきのはマゾじゃなくて、やはり単純に落ち込んで自暴自棄になっていただけか? これは演技ではないのか? 特に裏はないのか?)


 リンダのような密偵などの怪しい相手の場合、それに見合ったスキルを持っているものである。捕えた他の四人の密偵も似たようなものだった。

 それを考えれば、ここに怪しいスキルが表示されていないのは、単にそういう人間の可能性が高い。

 つまりは落ち込んでいるだけ、というもの。


(もしそうだったら…普通にかわいそうかな。弱い人間に弱いって言っても何も変わらないしね。しかし、せっかく相手が威圧されていて受身なんだ。これを利用して上手く操れないかな?)


 どのみち口止めは必要である。現状を利用して上手く扱ったほうが得策だろう。




153話 「サリータさん、それは気の迷いだ!」


(まずは口止めからだな。他言しないように釘を刺そう)


「サリータさん、お願いがあるんだけど、いいかな? 君のお願いを聞いたんだから、こっちのお願いも聞いてくれると嬉しいな」

「は、はい。何でしょう?」

「オレとソブカが出会ったことは内密にしてほしいんだ。そもそもあそこに行ったことも見なかったことにしてほしい」

「…? はぁ、わかりまし…た?」

「普通の雇用契約と同じように守秘義務を徹底してくれればいいから。お願いってのはそれだけなんだ。どう? 大丈夫?」

「はい。問題ありません。もともと仕事内容は誰にも漏らさないようにしていますから」

「口が堅いようで結構なことだね。素晴らしいよ」

「あ、ありがとうございます!」


 事情はよくわからないようだが納得してくれて何よりである。

 まず最初の難関をクリアできて、アンシュラオンもほっとする。


(こちらに対して敬意のようなものが感じられるな。模擬戦で勝ったことで上下関係が明確になったようだ。ついでに素性も訊いておこう)


「もしよかったらでいいんだけど、仕事を請け負った経緯を含めて、そのあたりを詳しく話してもらえるかな? ああ、護衛の仕事を頼むかどうかの判断基準にするから正直に答えてほしいな」

「は、はい! わかりました!」

「それで、仕事はどこで請け負ったの?」

「この街に来るのは初めてでしたので、とりあえずハローワークに登録をしたのですが、その直後に依頼がありまして…それがキブカ商会の会長さんの護衛でした」

「ということは、この街には来たばかり?」

「はい。いきなり仕事が入ったので、これは幸先が良いと思っていたのですが…」

「そりゃたしかに組長の護衛なら儲かりそうだもんね。じゃあ、裏側の仕事にも慣れているのかな?」


(組長の護衛を受けるくらいだ。マフィアの抗争に巻き込まれてもいい、という覚悟の上で受けたに違いない。そういった仕事に慣れているのならば、一応条件としてはクリアかな。あとはもう少し裏を洗って…)


 と、アンシュラオンが考えていたのだが―――何やら視線を感じる。


 サリータがこちらをじっと見ていたのだ。


「…どうしたの?」

「あの…少し気になったのですが、訊いてもよろしいでしょうか?」


 ぴんと背筋を伸ばして直立不動の姿になる。

 手は後ろに回しているので上官に指示を仰ぐ軍人にも見えるが、これも体育会系のノリなのだろうと思って受け入れる。


「うん、いいけど…何?」

「ありがとうございます! ところで…組長とは何でしょう?」

「組長は組長だけど…組で一番偉いやつだよ。それ以外に言いようがないな」

「組合とかそういったものでしょうか?」

「組合? 何を言っているのかよくわからないけど…だってあいつ、組長でしょう? マフィアだもん」

「マフィア?」

「キブカ商会はラングラス一派のマフィアだよ。ソブカは組長でしょ?」

「…え?」

「…え?」


 アンシュラオンとサリータが、互いに困惑の表情を浮かべる。

 何やら会話が成り立っていない。サリータとはさきほどからずっとそうだ。


「もしかして…知らなかったの?」

「は、はい。初耳です…」

「ちょ、ちょっと待って! 相手の素性を聞いてないの? 自分の依頼相手だよね?」

「詳細は…知りません。普通に契約して、ついていっただけですので…」

「相手のことくらい調べないの?」

「仕事の依頼でしたから…問題ないかと。…何か変ですか?」

「ぶ、無用心すぎる。美人なんだから、そんなことじゃ駄目だよぉおおおおおおおおおお!!」

「ひゃっ!! は、はい」


 バシーンッ グラグラ

 アンシュラオンが思わず手を石柱に叩きつけると、その衝撃で訓練場が揺れた。

 それにびっくりするサリータであったが、アンシュラオンの説教は止まらない。


「ちょっとそこに座りなさい!」

「は、はい!」


 正座するサリータ。


「いい? もし相手が悪党だったらどうするの!! お姉さんを騙して、あんなことやこんなことをされていたかもしれないんだよ!!! いや、実際に悪党だったけどさ!! あいつにそんな趣味がなかっただけで、運がよかっただけだよ! わかってるの!!!」

「は、はい!!! 申し訳ありません!」

「マフィアだってことを知らないのが一番問題だよ! 危ないに決まっているじゃないか! 依頼を受けるときは事前に調べないと駄目だよ! そんなの当然でしょ!! 自分のことは自分で守らなきゃ!!」

「お、おっしゃる通りです…」

「ほんと、近頃の娘っ子はどうなっているんだ! 知らないやつにホイホイついていって!! なんて尻軽だ!!! 破廉恥な! 恥を知りなさい!!」

「す、すみません!」

「言い訳はいらないよ! 男はどうなってもいいけど、一度でも失敗したら女性は取り返しがつかないんだよ!! そこを理解してもらわないとね!! 重々反省するように!!」

「は、はい!!」

「かー、けしからん!! いいかい、女の人はもっと自衛をだね…ん?」

「は、はぁはぁ…」

「…どうしたの?」

「い、いえ。…じー」

「???」


 なにやらサリータがこちらを見ている。しかもやや熱っぽく。


(なんだか…すごく見つめられているような気がするけど…。この人はマゾじゃないんだよね? だったらそれで萌えるとかないと思うけど…不安だ。なんだろう。すごく不安だ。心がざわつく)


 何か嫌な予感がしてきたので、一歩だけ後ろに距離を取った。


 すると、サリータも一歩近寄ってきた。


 とても嫌な予感がする。



「じゃあ、そういうことで…オレは忙しいから、続きはまたの機会に…」





「お待ちください―――【師匠】!!」





「違う方向に来たーーーー!!?」



 予想と違う方向から攻めてきた。しかも、もっと困る方向からだ。


(何を言っているんだ、この人は!? ちょっと展開がおかしいぞ!)


「落ち着こう、サリータさん! 君は今、動転しているんだ!! これは気の迷いだ!」

「サリータさんなどと…サリータと呼び捨てにしてください!! あなたに負けた弱くて薄汚れた女です!」

「駄目だ! オレは知っている!! それを言ったら後戻りできなくなる!!」

「師匠のおかげで目が覚めました!! どうか【弟子】にしてください!」

「無理無理無理!! 絶対に無理! その方向は無理があるって! 何があなたをそうさせたの!!!」

「自分は間違っていました。こうして見ると…師匠は…なんて美しく…お強いのでしょう。おっしゃる通りです。自分の目が腐っていたのです! なぜあなたを見ていなかったのでしょうか!! もっとよく見るべきでした!! じーーーー!!」

「見なくていいから! いやぁあ! 見ないで!!」


(まずい。これはまずいよ! お姉さんは大好きだけど、こっちはまずいって!!)


 お姉さんに見つめられて困ったのは、最初の日に襲われて以来だ。

 それ以後は何事もなくやってきたのに、ここにきてしくじってしまった。


(何が悪かった? 何が原因だ? そうだ…ソブカだ!! あいつめ、わざとやったんじゃないだろうな!! 絶対に確信犯だ!!)


 ソブカほどの頭の切れる男が、サリータのことに気がつかないはずがない。

 もともとアンシュラオンが年上好きだと知って、あの日のために用意したような口ぶりだった。

 戦いの後のサリータの様子を知り、面白そうだからと契約満了したに違いない。

 その証拠に、大剣のお姉さんとは契約を続けている。わざわざ彼女だけを解雇にする理由がないのだ。

 もちろんアンシュラオンがサリータと接触する可能性は高くはないだろうが、まったくないとは言えない。女性の傭兵自体が少ないので、それなりに期待できるだろう。

 ならば、これも遊びの一環の可能性は高い。


(なんてやつだ! 覚えていろ! 絶対仕返ししてやるからな! …だが、しかしだ。オレにこんな挑発まがいの遊びを仕掛けてくるとはな。意地の悪いところまで似てやがるか)


 思えば領主しかり、ビッグしかり、アンシュラオンに単純な敵意を向ける輩は多かったが、ソブカのように遊びを仕掛けてくるようなやつはいなかった。

 他の人間の頭が悪かったせいもあるのだろうが、そういう意味では初めて対等に(悪知恵という)頭脳の面で渡り合える相手である。

 それはそれで貴重なような気がしたのも事実だ。


「師匠!!」

「忘れたかったのに!!」


 現実逃避をしてもサリータは消えない。相変わらず熱っぽい視線で見つめてくる。姉魅了効果が悪い方向に出たパターンだ。



 こうなったら向き合うしかない。当然、断る方向でだ。


「サリータさん、あのね、オレは師匠なんて柄じゃないし、そもそも人間としても最悪だよ? 弱いやつを弄ぶのが大好きで、金になるならなんだってやる男だ。関わらないほうがいいって」

「師匠、自分を鍛えてください!」

「ここにきて、また目が腐ってるよ!! 耳まで腐ってるじゃん! ちゃんと人の話は聞こうよ! どういうことなのさ!?」

「このままでは生きていけません。どうか、お傍に置いてください! いくらでも命令してくださって結構です! こき使ってください!」

「お姉さんは大好きだけど…なんか違うな。そ、そうだ。オレはスレイブにしか興味がないんだ。セクハラだってするし、種付けだってしちゃうからね。ほらね、もう人間として終わってるよ」


 自分で言うのはちょっとつらい。


「せ、セクハラ…ですか?」


(おっ、反応したぞ。もしかしてセクハラ被害に遭ったことがあるのかな? くくく、これは好都合だ)


「そうだ。こんなふうにね」

「あっ!! そこはっ!」


 乳を触る。


「ほらほら、たくさん触っちゃうぞ。さわさわ、もみもみ。うむ、胸は…普通かな? 筋肉は引き締まっているけど、ちょっと硬いな。これはいかん。戦士だろうが女性は柔らかくなければな。モミモミ」

「くっ…うっ……ううう」


 嫌がらせをして諦めてもらう作戦であるが、セクハラは趣味なので、ついつい熱が入る。


「ほら、もうやめておいたほうがいいよ。ね?」

「…耐えるものです」

「へ?」

「トラウマは克服しなくてはいけません!」

「何…言ってるの?」

「自分はたしかに…以前にセクハラを受けて…トラウマになっています。ですが、トラウマとは克服するものです!! 逃げるわけにはいきません! 師匠、鍛えてくださってありがとうございます!!」

「逆効果になっちゃったーーー!? なんで燃えるのよ!!」



 萌えではなく―――【燃え】


 そちらのほうが世界観には相応しいのかもしれないが、またもや違う方向にいってしまった。

 この女性とはすべてが噛み合わない。やることなすこと、すべて裏目に出てしまうタイプだ。


 そこで一つのことに気がつく。


(ああ、そうか。この人の頭の中って『体育会系』なんだよ。しかも昔のタイプだ。才能がないのを努力と根性でなんとかするという感じっぽい。昔の体育会系ってのは今と違って、ひたすら怒られて育った時代だったしな…。さっきの説教が逆効果だったのか? このスキル、ヤバすぎるだろうが…)


 最近の軟弱な思想ではなく、昔ながらの精神論を重視したもののようだ。

 実際、精神が具現化しやすい世界なので精神論も間違ってはいない。間違っているのはサリータの思考回路のほうだ。


「どうしても諦めないつもり?」

「はい! どうか弟子にしてください!!」

「そっか…もう駄目なんだね……」


 うっかり叱ってしまったのが運の尽き。ここまでくると、もう抜け出せないような気がしてきた。

 唯一の救いは、彼女が美人のお姉さんである点と悪人ではない点だろうか。

 それと体育会系ならば上からの命令には絶対服従なので、扱いやすそうではある。


(しょうがない。覚悟を決めるか。完全に予想外のことだけど、放っておいたら何をするかわからない。なまじ情報を知っている人だからな…。いっそのこと身内にしてしまったほうが楽かもしれん)


「サリータ、質問するぞ。これからする質問の答えで、君が弟子になれるかが決まる。しっかりと嘘偽りなく答えるように」

「は、はい!」

「では、質問だ。君は処女かね?」

「はい! ずっと修練に励んできたので、男性とのお付き合いの経験はありません!!」

「そんな大声で言わなくてもいいけど…。なんで嬉しそうなの?」

「呼び捨てにしてくださったので!」

「ああ、うん。そう…なんだ。そっか…処女か。さっきも言ったけど、オレはスレイブしか信用しない。スレイブでなければ弟子にはなれない」

「ぜひ、よろしくお願いいたします!」

「まったく怯まないよ!?」


 処女の人はスレイブになることに抵抗がないのだろうか。実に怖ろしい世界に来てしまったものだ。



「なんか疲れちゃったな…。サナ、どうする?」


 ぐったりとしたアンシュラオンは、サナに丸投げをする。

 まったく何気ない行動であったが、それだけ心が疲れていたのだろう。


 だが、サナがここで予想外のことを始めた。


「…とことこ、ぎゅっ」

「え? サナ?」


 今まで黙って見ていたサナが、サリータのところに歩いていき―――引っ張った。

 服の袖の部分を引っ張っている。


「サナ? どういう意味だ?」

「…ぐいぐい」

「あっ、その…サナ…様?」

「…ぐいぐい」

「もしかして気に入ったのか?」

「…こくり」


 サナは相変わらず無表情だが、サリータを引っ張りながらこちらを見ている。


 それは、気に入った証。


 何か欲しいものがあると、こうしてねだるのだ。

 サナには彼女なりの好みがある。何が気に入ったのかはわからないが、大切な妹がサリータを気に入ったのならば仕方がない。

 女性を集めるのは自分のためでもあるが、半分はサナのためだ。自分が一番愛する妹のためになるのならば、相手が誰であろうと受け入れるしかない。


(サナは時々、こういった姿勢を見せるな。シャイナの時もそうだったし。…もしかして男より女のほうが好きとかじゃないだろうな? まあ、オレ以外の男に興味を持つのも困る。そっちのほうがいいか)



 そして、決断。



「サナが気に入ったのならしょうがないな。裏側の組織とは無関係みたいだし、君は今日からオレの弟子だ」

「あ、ありがとうございます!」

「ただし、さっきも言ったけど、オレは自分のスレイブしか信用しない。君にはスレイブになってもらうし、ギアスもかけさせてもらう。オレとサナに対しては絶対服従すること。わかったか?」

「はい! わかりました!」

「あと、師匠と名乗るからには遠慮はしない。オレの師匠は修行には本当に厳しかったし、相手が女性でも同じように振る舞うつもりだ。それでもいいか?」

「望むところです!!」


(何でも頷くけど…本当にわかっているのだろうか? サナが選んだのならば安全だと思うけど…若干不安だなぁ。ただ、護衛が欲しかったのも事実だ。実力は気になるが、一般人よりは数段以上強い。鍛えてやればなんとかなるかな)


 ギアスをかける以前に思考回路が一般と少し違うので、不安になる。

 とはいえ売人のシャイナよりは安全性が高いことは間違いないし、スキルや資質を見ても武人として一人前になれる可能性があるので、育成する楽しみがあるといえばある。

 すでに完成されているマキに比べれば、遥かに育成し甲斐があるというものだろう。




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