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「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」

作者  園島義船



□ 第三章 「裏社会抗争」 編 第一幕 『始動』


124話 ー 133話




124話 「サナ吸いとホロロの調教」


 あれから一週間が経過。

 なんとなく一週間単位で行動してしまうのは、地球時代の名残というものだろうか。

 その間、アンシュラオンが何をしていたかといえば―――


「すーーはーー、すーーはーー」


 これは深呼吸でも危ない粉を吸っているシーンでもない。


 彼が吸っているのは―――サナ。


 相も変わらずベッドでサナを抱きしめながら、その香りを楽しんでいたのだ。


「いやー、やめられないなぁ! これは最高だよ! すーーはーー、すーーはーー! き、効くー!」

「………」


 猫吸いならぬサナ吸いは、アンシュラオンにとって元気の源である。

 もはやこれなくして生きてはいけないほど依存しているので、ある意味においては麻薬以上に危険なのかもしれない。

 一方のサナは、それに対して何らリアクションを取らないため、なかなかシュールな光景でもある。


「あー、可愛い、可愛いー、ごろごろごろー」


 サナを抱っこして、ベッドの上をゴロゴロする。

 正直、美形少年だからこそ許されるが、オッサンだったら即座にアウトの光景だ。


 一週間、アンシュラオンはほぼホテル内にいた。


 グラス・ギースには連絡馬車というバイク便に似たシステムが存在するので、用事を伝えるだけならばそれで十分なのだ。

 普通の手紙くらいならば早馬で届けられるので、そのあたりは意外と不便はない。むしろ待つ楽しみも増えたので、昔ながらの手紙文化も悪くないと考えているくらいだ。


 コンコン

 そんな時、ノックの音がする。


「いいよー。入ってきて」

「失礼いたします」


 入ってきたのは、当然ながらホロロ。

 この階全部を常時波動円で監視しており、その接近にも気がついていたため驚きは皆無だ。


「それで、どうだった?」


 サナをベッドで抱っこしながら報告を聞く。


「しっかりと入金されておりました」

「額は?」

「一千万円です。これで一週間分とのことです」

「うむ、結構、結構。ホテル暮らしって案外便利だよね」


 海外からの客が多い高級ホテルは、ハローワークと同じく金融機関での出入金が可能となっている。

 正確に言えば、ハローワークと提携しているので、ここでも同じ機能が使えるというわけである。

 ホロロに頼んだ用件は、入金の確認。

 ソイド商会名義で、まずは一週間分の金が振り込まれた。ホロロが言ったように、額は一千万だ。

 契約では一日百万なので、十日分の金ということになるが、三百万は相手からの心付けということだろう。

 増えた残高を見て、アンシュラオンはニンマリと笑う。


(これだけの額が勝手に入ってくれば、何もしないで遊んで暮らせる。やっぱりこのままでもいいんじゃないか? …って、そうだった。それだとシャイナの件が解決しないんだ。はぁ、犬を助けるために年金を捨てる気分だな。いや、これも投資だ。後で何倍にもなって返ってくるはずだ)


 一瞬、安易な安金に目が眩みそうになるが、麻薬組織の利権を奪えばもっと儲かるので、面倒くささに目を瞑ってがんばることにした。

 若干忘れそうになるが、これはシャイナのため、ひいてはサナの情操教育のためである。子供には犬が必要なのだ。

 そのついでにごっそりと大量の資金を得ようとしているにすぎない。あくまでついでだ。本当に。たぶん。きっとそうだ。


「それにしても、豚君は上手くやっているようだね」

「彼はソイドファミリーのナンバー3ですので、組織内ではかなりの発言力があると思われます。しかも次期組長候補ですから、よいところに目を付けられました。さすがホワイト様です」

「たまたまだよ。リンダ…じゃなくて、ミチルがあいつと婚約者ってことまでは知らなかったからね」

「それでも屈服させたのはホワイト様のお力です。感服いたしました」

「そう素直に言われると嬉しいもんだね。やっぱりホロロさんみたいな人が傍にいると落ち着くな」


 反発するシャイナもいいが、やはり従順なほうがいいに決まっている。

 改めてホロロの良さを知った気分だ。


「ミチルの様子はどう?」

「業務に問題はありません。基本的には調理の下ごしらえやゴミ出し、下層階の客室のベッドメイキングなどが仕事ですので、他者と接触する機会があまりありません」

「コシノシンは?」

「継続的に使用しています。日に三回は打っているようです」

「なんだか意図せずに中毒者にしちゃったな」

「あれがないと精神が不安定になりますので、業務にも必須かと思われます。もともとは自分が関与していた組織のものです。同情の余地はないでしょう」

「まあ、そうだね。因果応報、か」


 ミチルは、そのままホテルで従業員をして働いている。

 彼女はあくまでソイドファミリーから送られてきた密偵であり、いまだに正体はバレていないことになっている。

 そして、密偵の役目は監視。

 ホワイトの行動が逐一ビッグに届くようになっている。これは予定通りであるし、そうすれば組織側も安心するだろう。

 また、当然ながら人質としてホテル内に閉じ込める意味合いもある。

 報告時に逃げ出すことも可能だが、彼女はそんなことはしないだろう。アンシュラオンに逆らうことは破滅を意味する。

 骨の髄、魂の奥底にまで恐怖を植え付けたので、ビッグともども逆らうことはないと考えて大丈夫だろう。


(仮に豚君が反抗したら、その場合は組織もろとも消して終わりにすればいい。もしシャイナを人質に取っても、オレが見捨てればいい話だ。そもそもシャイナは、まだオレのスレイブじゃない。優先順位は間違えないようにしないとな)


 アンシュラオンが助けるのは、自分の所有物のみである。

 まずはサナの安全。これに勝るものはない。次にシャイナの救済だが、サナとは天秤にかけられない。

 ラングラス一派への破壊活動を開始した以上は、より多くの危険が待ち受けるだろう。その過程でどうしてもシャイナにも危険が及ぶ可能性がある。

 サナはアンシュラオンが守るとしても、遠くに住んでいるシャイナまで守るのは難しい。


(ソイドファミリーと手を結んでいると思わせている間は、まだなんとかなるだろう。ただ、それ以後のことはわからないな。…かといってホテルに移動させるのも危険か。あいつにはまだ売人の仕事をやってもらわないといけないし、地理的にもあっちのほうが便利だ。借金を肩代わりして返してやるという手もあるが…それだと逆に人質にできるってことを教えるようなもんだし…やはり現状維持かな)


 シャイナが離れているのが一番のネックだが、現状では近くに置くことはできないと判断。

 結局、現状維持である。



「まったく、あのワンコロはいつも微妙なところにいるな。さっさとオレのスレイブになれば話は早いんだけど…」

「ホワイト様、あの女をスレイブにするおつもりなのですか?」

「うん? まあ、そのつもりだよ。でも、ただの犬だからね。ホロロさんとは違うさ」

「…それならば私を先にスレイブにしてくださいませんか?」


 たまりかねたように顔を紅潮させて、アンシュラオンをじっと見つめる。


(うーん、この前の一件から、さらに崇拝の具合が激しくなった気がするな。慕われるのはいいんだけどさ)


 ロリコン妻を見てもわかるように東大陸の女性の結婚適齢期は早いらしいので、ホロロの歳ともなれば自分の将来を早く固めたいと思うのは自然な感情なのだろう。

 それが結婚にせよスレイブにせよ、何かしら落ち着きたいのだ。

 ただ、こちらにも事情がある。


「ホロロさんが望むなら、もちろん先にやるけど……もうちょっと待ってもらおうかな。まだ何も整っていないんだ」

「私はいつでもかまいません。どうかすべてを奪ってくださいませ!」

「うーん、魅力的な提案だけどね。まずは今の案件を処理するほうが先かな。シャイナもそうだけど、今の段階ではいつも傍にいるわけじゃないから、守りきれるかわからないしね。まだそこまでいかないほうがいいよ」

「いつ死んでも大丈夫です!」

「いやいや、それは勿体ないって。ホロロさんみたいな女性は貴重だよ? もうちょっとの辛抱だからさ。それにジュエルの問題もあるしね…」


 自分のスレイブに普通のジュエルは使いたくない。サナほどとはいかなくても、それなりのジュエルを用意する必要があるだろう。

 今回の騒動は、だらけていた時に発生した予定外のことなので、まだスレイブを本格的に養うだけの準備が整っていなかった。

 だが、ホロロの目はさらに潤んでいく。


「はぁはぁ、想像するだけで身体が疼いて…。こんな私があなた様のものになるなんて…最高で……はぁはぁ。これ以上我慢できるかどうか…」

「もう、しょうがないなー。それじゃ仕事に支障が出ちゃうでしょう?」

「も、申し訳ありません」

「ほら、こっち来て。ちょっと鎮めてあげるから」

「は、はい! 失礼いたします!」

「ベッドに四つん這いになって」

「はぁはぁ…はい」

「よっと!」

「あっ!」


 四つん這いにさせて、その上から覆いかぶさる。

 そして、ホロロの両手を自分の両手でがっしり掴んで逃げられないようにしてから―――首筋に噛み付く。


「あはぁあっ!!!」

「がぷがぷっ! がぷがぷっ!! うん、ホロロさんの首筋は美味しいな。はむはむっ! はぶっ!!」

「あっ、あああ―――!!」


 まるで吸血鬼のように首筋に噛み付き、がぷがぷと吸い付く。

 多少強めに噛んだことで、しっかりと歯型が首筋に残った。


「はっ、はっ…はぁ!!」

「どう?」

「いい…いいです! 支配されている感じが…ああっ!!」

「じゃあ、今度はこっちだね」


 今度は胸を強めに揉みながら、股間に手を回す。

 それからお得意の振動で刺激を加えると―――


「はぁはぁ…ああああああああ!!」


 身体をビクビクさせて―――軽く達する。


「くはっ…はっ!! はっ! いい、いいです!! もっと強く! もっと…もっとなぶってください!」

「はいはい。ぎゅっ、ぎゅっ」

「ああああっ、あはあぁあああああ〜〜〜〜〜〜〜ん!!」


 さらに強めに胸と股間をいじると、ガクガクと痙攣させて完全に力が抜けた。

 そこをさらに体重をかけて上から押し付けてやる。

 ぎゅっ ぎゅっ ぎゅ〜〜〜〜〜


「ふーー、ふーーーー!」


 ホロロは涙を流しながら、荒い呼吸でベッドに這いつくばる。

 その顔は激しく紅潮しており、羞恥や快楽などなど、さまざまな感情が入り混じった複雑なものだ。

 うん、エロい。

 もともと艶のある美人なので、実に素晴らしいイキ顔である。


(ホロロさんって、もしかしたらマゾッ気があるのかもしれないな。うん、支配されたい願望っていいよね。スレイブにしたらそれなりに可愛がってあげよう)


「今日はここまで。続きをしてほしければ、これからもオレと妹に尽くすように」

「は……はい…! あはっ! もちろん……です! ふー、ふーーー! 喜んで……ご奉仕いたします!」


(うむ、これこそメイドだな。素晴らしい)


 ホロロの従順な姿勢に支配欲が少し満たされる。

 これだ。これが欲しかったのだ。こういう女性を集めることに意味がある。

 あとはバリエーションを増やして彩を加えていくだけだ。そのことを考えるだけで再びスレイブへの情熱が湧いてくるので、楽しくてたまらない。



 それから三十分ほど、ホロロが回復するまで待つ。


「…じー」


 その間、サナがじっとホロロを見ていたりする。


「サナも興味があるか?」

「…こくり」

「そうか。でもな、うーん…まだ早いかな」


(サナにはまだ早いな。というかオレは、サナの年頃にはもうとっくに姉ちゃんとやっていたけど…。あれは駄目だ。人を駄目にする。まだ早い)


 過去の経験から、あまりに早すぎる経験は危険であることも知っていた。

 特に姉との絡みは人生を駄目にさせる。アンシュラオンの人格が大きく変化したのは、あの永遠の快楽の中でなのだ。

 あの甘美な快楽と洗脳効果によって、本当にしばらくは何も考えられない状態になっていたものだ。

 もし前世の経験がない弱い魂ならば、あっという間に虜になり、命令だけを聞く人形になっていたことだろう。


(サナは大事に育てよう。焦ったら全部が駄目になる。そういった快楽系はあとだ。そもそもサナは感情表現が希薄だから、あまり反応がなさそうだし…。それより、まずは【自衛】を学ばせようかな)


 今回のシャイナの一件で、まず強く思ったのが自衛の大切さである。

 自分はともかく、こうして他人との関わりが増えていくと、それに付随して各人の自衛の重要さも増してくる。


(サナも自分で、ある程度動けるようにならないといけない。今回はそれを試すよい実験になりそうだな。くくく、裏側の人間ならいくら死んでもいいからな。楽しみだ)




 それからアンシュラオンとサナは一度お風呂に入り、着替える。


「お出かけですか?」


 風呂を出ると、部屋の入り口では、もうすっかり回復したホロロが待っていた。

 当人は何も言わないが、風呂に入っている間に下着は取り替えたようだ。波動円の感覚が違うからわかる。


「うん、やることがいろいろあってね。あっ、そうだ。ホロロさんも一緒においでよ」

「私もですか? しかし、ホテルの仕事が…」

「オレが命令したって言えばいいんだよ。札束で支配人の頬を叩けば大丈夫でしょ?」

「かしこまりました。では、ご一緒いたします」


 そう言うホロロは嬉しそうだ。アンシュラオンと一緒なのが幸せなのだろう。

 まだギアスこそ付けていないが、すでにスレイブの鑑のような女性である。




125話 「ホロロとシャイナ」


 ホテル街には専用の馬車乗り場があるので、宿泊客にはいつでも優先的に馬車が乗れる特典がある。

 御者たちはホテルと契約しており、仮に客が一人も乗らなくても毎月の収益が得られる。

 同時に、客が乗れば別途運賃がもらえるので、ホテル街だけで営業をしている者たちもいるくらいだ。

 近年はホテル業界の不振から馬車の数も減っていたが、ここ一ヶ月あたりはアンシュラオンのおかげもあってか多少回復傾向にあるらしい。


「それじゃ、今日もよろしくね」

「はい、ホワイト様。よろしくお願いいたします!」


 御者の女性が、明るい声を出して出迎える。

 女性は三十代半ば。栗色の髪の毛をしており、肌もそこそこ日に焼けている労働者である。

 アンシュラオンが乗るのはいつも使っている馬車で、観光用の大型馬車だ。

 ふらふらと気ままに出歩く彼のためにホテル側が用意した、ホワイト専用馬車である。

 清潔感のある白い外観がやたら目立つので、これを使うだけで「ホワイトが乗っている」と一目でわかるのも特徴だ。

 外部に意図的に行動を示すにはちょうどよく、公に出かける際はちょくちょく利用している。


 ちなみに御者が女性なのは、アンシュラオンの要望である。

 残念ながら女性の御者自体の数が少なかったので好きなようには選べず、御者の女性は既婚だ。

 といっても特に顔や身体が好みというわけではないので、単純に明るい性格が気に入っているにすぎない。

 そして、気に入っている相手には、こういうこともする。


「これ、チップね。取っといて」

「うわー、こんなにですか!?」

「子供さんの誕生日が近いとか言っていたでしょう。何か買ってあげなよ」

「ありがとうございます!」


 ぽんと三万を手渡すと、女性は狂喜乱舞である。


(ちょっとだけシャイナに似てるな…犬っぽいところとか)


 三十路を超えていながら感情を素直に表現するところは、まるでご褒美の骨に喜ぶ犬のようである。

 まったく外見は違うが、そんなところがシャイナを彷彿とさせる。


「それじゃ、商業街までよろしく。詳しい行き先は、近くになったら言うよ」

「はい! わかりました!」


 アンシュラオンとサナ、ホロロを乗せて馬車は出発。






 それから通常の速度で商業街に向かう。

 その途中、アンシュラオンが何かを発見。


「あっ、一旦停めてもらえる?」

「はい。停めてください」


 ホロロが御者に伝えて馬車を停止させる。


「どうされました?」

「うん、ちょっと拾い物をしていくから待ってて」


 そう言うと、サナと一緒に外に出て行く。

 石畳を外れて野原のほうに向かっていくと、そこには一軒のボロ家がある。


(しかしまあ、相変わらずボロボロだな。…自分の作品だから諦めもつくけどさ)


 そこにあったのは、ボロ屋。もう少し詳細を述べれば「ホワイト診察所」である。

 素人の自分が建てたので出来が悪いのは仕方ない。そこは受け入れるしかないだろう。

 しかし、用件はそれではない。べつにいまさら自分の診察所を眺めても意味はない。


 停まったのは―――【飼い犬】がいたから。


「おい、何をしているんだ?」

「あっ、先生!!」


 そこにいたのは、かの有名なゴールデン・シャイーナ。この世に一匹しかいない希少な犬である。

 特徴は金髪であること。メスであること。一見すると尻尾はないが、心が清い人には見えること。

 性格は、怒りっぽくて神経質で他人のことばかりにうるさくて自分に甘いという最低なものだが、胸はそれなりに立派であるので、愛玩犬くらいにはなれるだろう。


「よって、これをゴールデン・シャイーナと名付けた人物は、あまりに偉大で天才で…」

「なんですか、その説明!?」

「あっ、声に出てた」


 今までの説明が全部声に出ていた。


「オレは偉大だ」

「しかもいきなり自画自賛!? って、何しているんですか! あっ、もしかして診察ですか!?」

「違う」

「即答された!」

「お前こそ、こんなところで何をしているんだ?」

「それはこっちの台詞ですよ。あれから全然音沙汰ないじゃないですか。どうなっているんですか? 大丈夫だったんですか!?」

「あっ、そっちの説明も忘れてた」

「酷すぎる!? 私は毎日、ここに来ていたのに…」

「うむ、健気に待っていたのか。犬としては立派に職責を果たしているな。じゃあな」

「って、置いていかないでくださいよーーー!!」

「まだ何か用か?」

「いや、あの…。診察しないんですか? みんなも待ってますよ」

「ん? ああ、あの無料で治療してほしそうな顔で見ているクズどもか。ふん、犬にも劣るやつらめ」

「もうっ、相変わらず口が悪いんですから!」


 診察所の近くには、今日も人々が集まっている。

 べつに診察日を決めているわけではないので、いつ開くかわからないのだが、それでも希望を求めて人々は集まるのだ。


「見てください。あの人なんて昨日も一昨日もいましたよ。みんな、先生を待っているんです」

「今日も無意味に並ぶ羽目になるとは、運が悪いやつだ」

「やる気が全然ないじゃないですか。何か理由があるんですか?」

「お涙頂戴は嫌いだし、オレは今、金儲けで忙しい」

「予想以上に最低の理由だった!?」

「医者はもともと金儲けのためにやっていたからな。もっと儲かることができたんだ。無理にやる必要はない」

「そりゃ、先生がそういう人だってのは知っていますけれど…。たまにはいいんじゃないですか? ねっ? ほら、可愛い助手だっていますよ。ほらほら」

「媚の売り方が違うぞ。ズボンを半分下ろして、股間をいじりながら指を舐めつつ、『あふ〜ん、先生ぇ〜、お願いしますぅ〜、ぺろぺろ〜』だろう?」

「どんな助手ですか!?」

「だって、犬なんだろう?」


 謎の犬の概念。


「真面目な話、オレは治療行為を控えねばならない。その理由はわかるな?」

「もしかして…あいつらと手を組んだからですか?」

「話が早いな。その通りだ。それがやつらとの取引だからな」

「む〜〜〜!」

「そんなに不機嫌な顔をしても何も変わらないぞ。むしろ感謝しろよ? そのおかげでお前もしばらくは安全だ。しばらくは、だがな。その間はソイドファミリーがお前を守ってくれるだろう」


 ビッグには特に何も言っていないが、わざわざシャイナに手を出す理由もないだろう。

 少なくともアンシュラオンが大きく動かない限り、彼女の安全も確保されることになる。


「それは…わかりますけど…、うう〜〜〜」

「納得する必要はない。が、そうだな。若い女が、真昼間からこんな場所にいても仕方ないだろう。一緒に来い」

「真昼間からって…普通の人は働いていると思うんですけど」

「お前は普通じゃないだろう。この売人犬め! さっさと来い」

「人が気にしていることを!? あうう、引っ張らないでくださいよぉ〜〜! って、サナちゃんも引っ張ってる!!」

「…ぐいぐい」

「ほら、サナも散歩がしたいって言っているだろう。早く来い」

「うう、人間扱いされたい…」


 サナに引っ張られ、シャイナも観念する。そのまま馬車に連行である。

 その間、遠くからこちらの様子をうかがっている患者たちが、手をすり合わせて念仏のようなものを唱えていた。

 気になったのでシャイナに訊いてみる。


「なんだ、あれは? あいつら、何をしているんだ?」

「なんだか呪文を唱えると先生に治療してもらえるとか聞きました」

「意味がわからん。誰が言い出したんだ」

「治療してもらった人が言っていたみたいですよ。ほら、治療の後、感謝の祈りみたいなことをしていたおばあちゃんがいたじゃないですか。たぶん、あの人だと思うんですけど…」

「…本当にだんだん教祖みたいになっていくな。…今度お布施でも徴収するか」


 お経に見守られながら、ゴールデン・シャイーナを回収する。


(ヒーラーを崇めるってのは、地球でもここでも一緒か。まったく、無知とは面倒なことだな)


 地球でも、単なるヒーラーを超常現象と勘違いして崇めている者たちがいた。どこの世界でも未知の医療は誤解されるらしい。

 こうなれば仕方ないので、そのうち一人一千万のお布施ノルマを課そうと誓うのであった。






「犬は乗る前に足を拭いてください。最低限のマナーですよ」

「なんですか、この人!?」


 シャイナが馬車に乗ると、ホロロが冷たい口調で言い放った。


「この前、会っただろう。オレのメイドのホロロさんだよ」

「そ、それは…覚えていますけど。なんか目が冷たい」

「売人なんだからしょうがないだろう。ホロロさんは麻薬が嫌いなんだ。ほら、ちゃんと拭け」

「そこを抉らないでくださいよ。って、本当に拭くんですね…。うう、人間としての誇りが失われていく…」

「ホワイト様、窓を開けてもよろしいですか?」

「いいよ」

「…まったく…犬臭い」


 ハンカチで鼻を押さえた。


「この人、明らかに邪険にしてますけど!? これってイジメですよね!?」

「いや、お前…本当に臭いぞ」

「ええええええええっ!?」

「土臭いのか? なんだ、この臭いは?」

「それは自然の匂いですよ!」

「違うな。もっと悪い意味でだ」

「悪い意味で!?」


 シャイナからは、なんとなく悪い意味での土の匂いがする。

 普通、土の匂いと聞くと良い意味の場合が多いが、悪い意味なのはレアである。


「使っている石鹸が悪いのです。おそらく一番安い粗悪なものを使っているのでしょう。あれは違う匂いで誤魔化すようなものですから。それに服も臭います。毎日洗濯をしていないようですから、汗と混じって酷い臭いです」


 即座にシャイナの臭いの原因を特定。

 さすがホロロである。伊達に長年ホテルに勤めてはいない。


「お前、あれからちゃんと風呂に入っているのか?」

「は、入っていますよ。…二日に一回くらい」

「子供か、お前は。毎日入れ」

「だ、だって、水代も高いですし…」

「それでも水で身体を拭くくらいはできるでしょう。このような犬女がホワイト様のスレイブ候補とは…品格が疑われます。まずその臭いをどうにかしてください」

「先生ーー!! この人、本当に嫌なんですけど!?」

「うーん、事実だしなぁ」

「庇ってくださいよ!!」


 馬車なので二人の距離は必然的に縮まるが、心の距離は相当開いているようだ。

 個人的には同じく股を広げる者同士なので仲良くしてほしいのだが、そうもいかないらしい。


(ホロロさんがシャイナを嫌いなのは勘付いていたが……露骨だな。これが女の戦いというやつか)


 ホロロが麻薬嫌いなのもあってか、売人であるシャイナを嫌うのは当然のことである。

 それは最初に出会った時、リンダを尋問した時に勘付いていたことだ。

 しかも自分が神聖視するホワイトのスレイブになると聞いて、相当意識しているようだ。


「しかし、ホロロさんの言うことも、もっともだぞ。またそんなボロボロのシャツを着おって。ズボンも酷いな。センスの欠片もない」

「うう、先生まで苛める…。だって、これしか持ってないし…」

「オレの犬なら、もっとしっかりとしろ。ほんと、ちょうどよかったよ。これから行くところで好きなだけ揃えればいい」

「へ? これからどこに行くんですか?」

「買い物だ」

「買い物…ですか? 何か買うんですか?」

「服とか小物を少しな。お前のも買ってやるからついてこい」

「ホワイト様、やはり置いていきましょう。臭くて耐えられません」

「本当にこの人と一緒に行くんですか!? 私こそ耐えられないですよ!!」

「やれやれ…困ったな」


 馬車の中では、二人が楽しそうにじゃれあっている。

 スレイブが増えていけばこういうことも増えるだろうから、今から慣れておかねばならないだろう。

 その練習としては悪くない光景であった。


「よろしければお茶をどうぞ」

「あっ、どうも。もしかして、いい人…」

「あっ、申し訳ありません。がたっ」

「あっつーーーーーー!!! なにするんですか!? わざと、わざとですよね!?」

「いえ、不幸な事故です」

「最初に謝ってからやったじゃないですか! 確信犯ですよ!! 先生も見ましたよね!?」

「ははははは」

「なんで笑っているんですか!?」



 そんな感じで馬車は進む。




126話 「他人の金でする買い物は最高だな! 前編」


「しゅっしゅっ」

「…あの…露骨に周囲に香水を振りまかないでください」

「いえ、臭かったもので。失礼いたしました」

「せめて臭いはやめてください!」


 相変わらずシャイナはホロロから攻撃を受けている。


「諦めろ。お前も清潔になるしかないぞ」

「先生まで…! うえーーん!」

「…ぐいぐい」

「え? サナちゃん…慰めてくれるの?」

「…ぶしゅっ」

「ぎゃーーー! 目に入ったーーー!」


 サナがホロロの香水をシャイナにぶっかける。

 なるほど。周囲に振りまくより直接かけたほうがいいに決まっている。さすがである。

 振り向かせた瞬間にぶっかけたので、見事目に命中。


「ぎゃー! 目が痛いよー!」


 ごろごろごろー


「こら、室内で暴れるな」

「ぎゃー、胸も揉まれたー!」

「騒がしいやつだな。…おっと、あそこにいるのは…。また停めてもらえる?」


 歓楽街に入って少しした場所で、再びアンシュラオンが何かを発見。

 道を歩いていた三人の女性に声をかける。


「やっ、こんなところで会うとは奇遇だね」

「あっ、ホワイトさんだ」


 そこにいたのは、化粧が薄めのニャンプルたち。

 いつもアンシュラオンの相手をしている巨乳のニャンプル、うっかりシャイナのファーストキスを奪ってしまったキャピット、サナの相手をしてくれていたペルカの三人だ。

 三人とも源氏名なので本名は知らないが、何度も店に行っているので顔はよく覚えていた。

 今は化粧も薄めかつ、着ている服も普段着なのでプライベートなのだろう。それでもさすがはホステス。服はかなり高そうで派手だ。


「今日は休み?」

「夜からなんですよー」

「ああ、そうか。酒場だもんね」

「ホワイトさんはお出かけですか?」

「これから買い物にね。あっ、そうだ。もしよかったら一緒に来るかい? 何でもおごるよ」

「え? いいんですか?」

「もちろんだよ。好きな服やバッグをいくらでも買ってあげよう。金が使いきれなくて困っているからね」

「やったー! 行きますー!」

「じゃあ、三人とも乗ってよ」

「失礼しまーす」


 三人はまったく躊躇なく乗る。こういうことに慣れているのだろう。


「ほらシャイナ、さっさと座れって。いくら大型馬車でも足元に転がっていたら邪魔だぞ」

「あうう…」

「あれ? なんか臭いません?」

「うっ!!」


 乗ってきたニャンプルたちが、再びシャイナの心を抉る。

 さすがに事情も知らない同性に言われると、それが真実であることがわかる。


「心が痛い…痛いです…」

「…ぐいぐい」

「うう、サナちゃん…慰めてくれるの…」

「…ぶしゅっ」

「ぎゃーーー! 目がぁーーー!」


 デジャブ。






 馬車はそのまま進み、歓楽街の北側に到着。

 一つの大きな建物の前で停まる。


「ほら、みんな、好きなものを買いなさい」

「ねえねえ、何でもいいんですかー?」

「うむ、全部プレゼントしてあげるから遠慮したら損だぞ」

「うわぁ〜、すごい〜〜!」

「先生って、最高! 素敵!」

「やったー! ありがとう♪」


 アンシュラオンの頬、仮面にキスをしてから、女の子たちが次々と建物の中に入っていく。


「え? え? えええ?」


 それを挙動不審な様子で見送っている者がいた。

 この場にはそぐわない格好をしている女性、シャイナである。


「どうした、シャイナ? お前も早く行って楽しんでこい」

「え? いや、でも…その……え?」

「ほんと要領が悪いやつだな。こういうときは自分の好きなものを問答無用でカゴにつっこむんだ。あとはあの子らみたいに適当に愛想よくしながら、お会計の時だけ静かにしていればいいんだよ」

「で、でも、ここって…えと、た、高いお店…ですよね?」

「そうだ。上級街で一番高い店だな」


 商業街にはいろいろな店があるが、基本的には他の都市から輸入された高級品を扱う店が多い。

 残念ながらグラス・ギースの産業力は他の都市に比べると劣っているので、自前でたいしたものは作れないのだ。

 魔獣の素材を他の都市に輸出し、彼らが仕立てたものを逆輸入するという形式も珍しくない。その場合、輸入品という扱いになる。

 その中でも最高級品ばかりを扱うのが、今アンシュラオンたちがいる【高級ショッピングモール】である。

 ハローワークよりも大きな建物の中に高級品だけを扱う店が多数入っており、ここに来るだけでたいていのものは手に入る。

 つまるところは、【デパート】だ。

 ここはグラス・ギース最大のデパートであり、この都市で一番高いものを取り扱っている店である。


 そして今日の目的は―――【金を使う】こと。



「お前の好きなものを何でも買えばいい。金はこちらが払う。使えば使うほどいいぞ」

「え? な、なんで…ですか? お金を貯めるのは好きだけど、支払うことは嫌がるケチな先生が…?」

「なんだその評価は。オレは金をケチったことはないぞ。無駄なものは好きじゃないけどな」

「じゃあこれは…無駄じゃないんですか?」

「そういうことだな。お前は気にせず買い物を楽しめばいいだけだ」


 アンシュラオンが欲しいものは特にないので、こういうときは若い女の子の出番である。

 お金を使うことに飢えている人間を連れてくれば、あっという間に高額の買い物をしてくれるだろう。

 貢いでもらうことに慣れているホステスたちの動きは素早い。確認を取るや否や、我先にと各店に飛び込んでいった。さすがのしたたかさである。

 しかし、真面目かつ慣れていないシャイナは、どうしていいのかわからずに動きが止まっている。

 そこでようやく出た言葉が、これ。


「え、えと…えと…その、悪いですよ!!」

「何が悪い?」

「労働の対価以外に何かをもらうなんて、おかしいです!」

「さっきの女の子たちの姿を見ていなかったのか? ああいう生き方もあるんだぞ」

「それがおかしいんです! ふ、ふふ…不潔です!」

「その言葉は正しいのか?」

「だ、だって、先生のことです! 何かイヤラシイ下心があるに決まっていますよ!」

「べつにあの子たちは、たまたま見かけたから連れてきただけだぞ。他意はない」

「本当ですか? これを餌に何か考えているんじゃ…」

「人を疑うとは罪深い犬だな。そう考える気持ちもわからんではないが、あの子たちに興味はないぞ」


 彼女たちとはお店だけの関係である。買ってあげるからやらせろ、なんてことは言わない。

 そんなことをしなくても、アンシュラオンにはいくらでもそういう女性がいるからだ。

 むしろ、放っておくと大量のお姉さんに襲われかねない。

 仮面を被ってからは多少抑制されたので楽になったが、外したら今まで通りの状態になってしまう。その気になれば、いくらでも好きにできるわけだ。


「そういうわけだから、さっさと行ってこい」

「で、でも…本当に?」


(なんて要領の悪い女だ。そういった経験がないからしょうがないか。かといって、ホステスたちみたいになってもらっても困るけどな…。しかし、このままでは日が暮れてしまう)


「ホロロさん、シャイナの買い物に付き合ってあげて」

「かしこまりました」

「えー!? この人と行くんですか!?」

「文句を言うな。まずは服だ。ガテン系じゃないんだ。その格好はないだろう。周囲を見てみろ」

「うう、お金持ちの視線が痛い…! と、溶ける! 溶けちゃう!!」


 ランニングシャツにジーパンのような格好は、どこぞの工事現場に行くのならばよいが、ここでは完全に浮いている。

 おかげで周囲のブルジョワな人々から哀れみの視線が向けられていた。


 チャリン

 デパートの入り口でシャイナが頭を抱えていたら、誰かが硬貨を投げてくれた。

 チャリン チャリン チャリン
 チャリン チャリン チャリン


「かわいそうに…」

「これでカンパンでも買いなさい」

「これをやるから犯罪行為に走るんじゃないぞ」

「姉ちゃん、いい乳してんなー」

「ふんっ、若い娘が身売りとは…この都市も腐ったもんだ」


 チャリン チャリン チャリン
 チャリン チャリン チャリン

 シャイナの前に、いつしか大量の硬貨が投げ入れられる。まるで正月の賽銭箱状態だ。


「え…? あの…え? 何これ?」

「完全に乞食だと思われているな」

「…乞食?」

「物乞いのことだ。ほれ、あそこにいるようなやつらだ」


 視線の向こうには、木箱を置いてしゃがみ込んでいる人々がいる。

 その木箱の中に硬貨が投下され、そのたびに物乞いたちが頭を下げる。


「えと…あれは…?」

「うむ、【乞食ビジネス】だな」

「乞食…ビジネス? 普通の乞食じゃないんですか?」

「気になったので調べてみたが、あいつらは労働者らしい。あれが仕事なんだ」


 本物の乞食だと上級街に滞在ができないので、アンシュラオンもおかしいなとは思っていたのだ。

 そこで眉毛じいさんに訊いてみたところ、彼らはちゃんとした労働者として入ってきているようだ。

 その仕事が、あれ。

 汚い身なりで同情を引いて、お金を恵んでもらうお仕事である。

 「ああならないでよかった」と労働者たちの気持ちを盛り上げる効果があるし、金持ちは恵むという行為によって自分たちの中の罪悪感を解消することができる。

 よって、これも立派な都市貢献のお仕事なのだ。だからこそ上級街での活動が認められているし、ある意味でなくてはならない業種である。


「…つまりは…えと…」

「お前もあれと同じだと思われたらしい」


 普通の格好をしていたら乞食と間違えられた。


「やめてーーー! これ以上、苦しめないでーー! 投げないで! 投げないでくださいーーーーー!」


 慌ててデパート内部に逃げ込む。


「うう…わかりました。買います…。買ってください…」

「ようやく現状を理解したようだな」

「世の中って…冷たい…」

「お前が臭いんだ」

「あううう……もう言い返せない……」


 容赦ない視線に、ついに犬が屈服。

 最初からそうしていればいいのに、面倒な女である。


「じゃあ、ホロロさん。嫌かもしれないけど、この犬をお願いね」

「かしこまりました。ご希望はございますか?」

「うーん、ドレスってのも似合わないな。動きやすそうなままで、少しオシャレにしてくれればいいよ。下着も何着か買ってね。それとお風呂用品とかも一式そろえてあげて。香水とかもあればお願い」

「かしこまりました」

「そうそう、ホロロさんも自分の買い物をお願いね。そうだな、ホロロさんはもう少しミニスカートの服も欲しいな。さわさわ」

「あっ…」


 尻を触る。

 今のホロロはホテルの制服なので丈の長いスカートをはいているが、個人的に楽しむのならば短いものがいい。

 当然だが、三十近くになれば若い頃のようなファッションはしないものだ。服装も少しずつ落ち着いてくるものである。

 しかし、アンシュラオンにとっては三十は若い。

 もっと自信を持ってもらいたいという願望から、ホロロの服もそろえようと思っていた。


「胸を強調するような服も買っておいてね。あとで楽しむから」

「はぁはぁ、かしこまりました!」

「ちょっと、あとで何をするつもりですか! セクハラですよ!」

「当人が望んでいる場合はセクハラじゃないぞ」

「その通りです。いつでも…奪ってくださいませ…!」

「ここは公衆の面前ですよ! 自重してください!」

「わかった。わかった。早く行けって」

「それでは、行ってまいります」

「うん、時間と金はいくらでも使っていいからね」

「かしこまりました」

「や、やっぱり私は…」

「きっ!」

「ひっ!」


 ホロロの厳しい視線にシャイナがびびる。


「よいですか。ホワイト様がおっしゃったことは絶対です。逆らうなど、あってはなりません。では、行きますよ」

「この人、目が怖いですよーーーー!」

「ほら、ただでさえ惨めなのですから、せめてしゃきっと歩きなさい」

「ひゃっ! 引っ張らないでください!? って、惨めじゃないです〜〜〜〜!」


 その姿は、万引きをして警備員に連行される労働者の図。いや、ドッグトレーナーに引っ張られる頭の悪い犬だろうか。

 当人同士は嫌だろうが、案外いい組み合わせである。


(まあ、ぐだぐだの馴れ合いより、そういう関係も面白いよな。ともかくホロロさんのおかげで助かった。あんなのと付き合っていたら大変だし、女の買い物は長いからな…身がもたない)


 女性の買い物に付き合うと面倒くさいことを知っているので、全部ホロロに任せてしまった。

 サナのように何も言わないならば、こちらが主導権を握って楽しめるが、普通の女性だと大変なのは地球時代で身にしみたことである。




127話 「他人の金でする買い物は最高だな! 後編」


 そして、邪魔者がいなくなったので、アンシュラオンも心晴れやかに動き出す。


「サナ、こっちはこっちで買い物をしような。サナの新しい服も欲しいし、オレもスーツが欲しい。これからいろいろと必要になるからな」

「…こくり」


 ホロロとシャイナを見送ったアンシュラオンは、サナの服を物色しようと動き出す。


「この店なんかよさそうだな…」


 この店舗内にもいくつかの服飾屋があるので、彼女たちとは違う方面のお店に入る。


 その店は子供服が多く展示してあり―――大半が【ロリータ服】。


「うわー、これは可愛いぞ! ほら、合わせてみよう!」

「…こくり」

「おおおおお! やっぱり似合うなー!! か、可愛い〜〜!」


 前にもこんな光景を見たような気がする。

 サナが子供ということもあり、見るものは基本的にロリータ服なのは前と変わらない。

 安物のロリータ服からイタ嬢が着るような高級ロリータ服になるだけだ。

 イタ嬢がこっち系の服にはまっているおかげで、高級街でも同じような服が売られている。


「不思議だ。イタ嬢が着ると全部が駄目に見えるのに、サナが着ると全部が可愛く見える。…やはり中身だな。うん」


 サナに合わせると全部が可愛く見える。

 うん、親馬鹿ならぬ兄馬鹿だから仕方ない。もともとサナ自体が好みなので、何を着せても可愛いのだ。


「これとこれと…これ!」


 そして、カゴに大量の服を投げ入れる。もう値段も見ない。

 ついでに可愛い下着もいくつか投げ入れて、ここは終了である。




「次はオレだな。えっと、紳士服売り場は…」


 次に向かったのは、スーツなどを取り扱う紳士服売り場。それは三階にあった。


「いらっしゃいませ」


 アンシュラオンたちを従業員のお姉さんが笑顔で出迎えてくれる。

 仮面をしているのに驚いた様子はない。金持ちには変わり者が多いのだろう。普段から接していれば慣れるものだ。


「スーツを見繕ってもらおうかな。一番高い生地のやつね。色は白で」

「かしこまりました。では、こちらにどうぞ」


 お姉さんに誘導され、いろいろなスーツがある場所に行く。

 そこには白いスーツもしっかりとあった。


「白もけっこうあるんだね」

「はい。結婚式でも使われますし、ホストの方々もいらっしゃいますから」

「ああ、歓楽街があるもんね。マフィアたちは?」

「白を好む人もいらっしゃいますが…最近ではあまり売れ筋ではありませんね」

「まったく、あいつらも腑抜けたもんだね。ヤクザは白スーツって決まっているのに」


 そんなことはまったくないが、アンシュラオンの知識では「ヤクザ = 白スーツ」である。

 加えて自分はホワイトなので、ここはやはり白を選ぶべきだろう。


「予備も含めて四着くらいもらおうかな」

「はい。サイズを測らせていただきますね」

「そうだね。モミモミ」

「あっ、お客様…!」

「うーん、83? モミモミ、モミモミ」

「あっ、その…あはぁっ…」

「ああ、気にしないで続けて。さわさわ、モミモミ」

「いえその…私のサイズでは…あはっ!!」


 もはや条件反射のように身体を触る。

 相手も金持ちであることがわかるので何も言えない。完全なパワハラ&セクハラである。

 それでもお姉さんはがんばって計測を続行。さすがプロである。この程度ではめげない。


「あっ…そこはっ…」

「モミモミ」

「くっ…ふっ……肩幅は……あっ」

「モミモミ」

「股下……あああ!」


 身体を触っていたこともあって、計測にけっこう時間がかかったが、無事服の注文が終わった。

 白スーツに合うように、赤白シャツ、紅白ネクタイも買っておいた。


(なんだか、おめでたい感じの色になっちゃったな。それはそれで目立つからいいか)


 白スーツに赤ネクタイなど、演歌歌手くらいでしかお目にかからないが、目立つという意味では最高の色合いだろう。

 実際におめでたいのは事実なので、自信を持って着ることにする。


「はぁはぁ…では…あっ……二時間後に…カウンターのほうにお届け……いたします」

「わかったよ。ありがとう」


 散々セクハラをしてアンシュラオンの買い物も終了。






 その三時間後、デパート内の喫茶店でサナを休ませていると、買い物を終えたニャンプルたちが戻ってきた。


「はー、楽しかったー」

「いっぱい買ったねー」

「まだ欲しかったー」


 袋とバッグを一杯にさせ、さらに包装された箱をいくつも持っている。

 アニメなどで見る光景だが、実際にやってくれると迫力のある光景だ。よくあんなに持てるものだと感心すらする。


「やあ、楽しんでくれたようだね」

「はーい♪ 最高でしたー」

「請求書はもらったかな?」

「はーい、こちらでーす」

「うむうむ、実にいいよ。これくらい使ってもらわないと困る」


 アンシュラオンは、女の子たちが持ってきた【請求書】に大満足である。

 歯止めを失った女性の力、ここにあり。

 合計金額は三百万ほど。容赦なく使ってくれたので、こっちも大助かりだ。


「あの、本当に大丈夫ですか?」

「オレを誰だと思っているのかな? 安いもんだよ」

「うわー、さすがホワイトさん! 憧れちゃうなー!」

「ほんと、ほんと。素敵です〜」

「そうだろう、そうだろう。偉大なホワイト様を褒め称えなさい。さて、君たちはこれから出勤だろう。酒場までの馬車を表に停めてあるから、それで行くといい」

「何から何までありがとうございまーす!」

「いやいや、使いきれないくらい金があるからね。気にしないでいいよ。また店に行ったときはよろしく」

「はーい! たくさんサービスしちゃいますよ!!」

「ありがとう。じいさんにもよろしくね」


 ホステスの女の子たちが帰っていく。

 他人の金で思う存分買い物ができたので、非常にすっきりした顔だ。あの中の半分くらいは換金されそうだが、それはそれで彼女たちの自由である。


(下手に遠慮がないから気持ちいいよ。これが貢ぐって気分かな。普段から眉毛じいさんには迷惑をかけているから、従業員のストレスくらいはこっちで面倒をみないとな。おっと、じいさんに酒でも買っていくか)


 下心があって貢ぐと見返りを求めてしまうが、アンシュラオンにはまったくないので楽しいだけだ。

 自分の目的も果たせて女の子も喜ぶ。実に素晴らしい。

 ついでに思い出したので、眉毛じいさんへのお土産として高級酒を何本か見繕っておいた。

 これでアンシュラオン自身の用事は終わりである。




 それからしばらくして、ようやくホロロとシャイナが戻ってくる。

 ホロロはホテルの制服のままだが、その手にはいくつか紙袋を持っている。ちゃんと買い物をしたようだ。


 で、肝心のシャイナであるが―――


「なんで胸元と股間を隠している」

「だ、だって! 短い! 見える!」

「お前のさっきのシャツだって相当なもんだったぞ」

「あれはああいうものなんです!」

「それだってそういうものだろうが」


 シャイナは、胸元が開いた丈の短めのカジュアルなワンピースを着ていたが、ここに売っているものが安いわけがない。

 素材自体が高いうえに、随所にジュエルが散りばめられている高級品だ。

 腕や足にもアクセサリーが付けられ、動きやすい服装ながらもオシャレ要素もある。日本の大学生ならば十分合格点をあげられる格好だ。

 ただ、彼女にとっては着慣れないものなので、さっきから胸元や下腹部を押さえている。


「へ、変ですよ、こんなの! ひ、ひらひらして…すーすーします!」

「そうやって隠していると逆に気になるぞ」

「うう、でも…!」

「似合っているじゃないか。もともと女としての素材はいいんだ。それなりの服を着れば、なかなか悪くないぞ」

「えっ? そ、そうです…か?」


 褒められたせいか、少し頬を赤くする。やはりシャイナも女の子である。興味はあったのだろう。


「犬としては上等になった。散歩をしていても、なんとかサナとは釣り合うな」

「犬!?」

「あっ、心の声が出た」


 うっかり本音が出てしまったが、似合っていることはたしかだ。問題ないだろう。


「請求書はもらってきた?」

「こちらに控えてあります」


 ホロロが手渡す。


「どれどれ…ふむ。服の予備も買ったし、下着も買った。ちゃんと生活用品も買ったか。よかった、よかった。これからはちゃんと臭いにも気をつけろよ」

「うう、わかりました…」

「お前も何か食べていけ。タダ飯だぞ」

「は、はい! やったー!」


 それから軽い食事を取らせるが―――


「はしたない。フォークの持ち方が違います! びしっ」

「いたーい! この人、怖いんですけど!?」

「犬食いするお前が悪い。せっかくだ。マナーを教えてもらえ」

「気になって味がわからない…」


 と、相変わらずの調子でホロロとじゃれあっていた。

 見ているほうはだんだん面白くなっていくので、それなりに楽しいものである。




 そして、請求書を持って入り口のカウンターまで行く。


 最終的に―――【八百万】という額に達した。


 ちなみにアンシュラオンとサナの服が四百万だったので、ホロロとシャイナが使った額は、たかだか百万にすぎなかった。

 しかしながらシャイナが必死に貯めた金額と同程度だったので、彼女にしてみれば驚愕の買い物体験であったのは間違いないだろう。

 その証拠に、大丈夫だと言っているのに常時怯えていた。


「せ、先生、これって本当に自腹じゃないですよね? ねっ、ねっ? 本当ですよね!?」

「当たり前だ。お前に払える額じゃないだろうに」

「そ、そうですよね。うん、そうだわ。そうよね。うんうん。貧乏な私に払える額じゃないですもんね! 私、犬ですし、お金なんてないですから!」

「受け入れるのはいいが、自分で言っていて哀しくならないか? あっ、これよろしく」


 アンシュラオンが精算カウンターに請求書を出す。

 こうしたデパートでは、買い物の精算を入り口で一括で行うのだ。

 海外から来る客は、基本的に金を使うためにやってきている。その狂った金銭感覚を利用して、大量に買わせようとする魂胆である。

 クレジットカードのように、あとで払うと思うと金銭感覚が鈍りやすくなるのと同じだ。

 実際、旅行に行く人はケチケチしないものだ。これだけ使おうと思って貯めていることが多いので、五十万なら五十万と使い切ってしまうことが多い。

 しかし、アンシュラオンは、ただここに狂った買い物をしに来たわけではない。


 カウンターのお姉さんに、大切なことを伝える。


「これ、『ソイド商会』に送っておいて。利用者名は『ホワイト』で」

「はい、かしこまりました。市民証の確認をしてもよろしいでしょうか?」

「はい、どうぞ」


 ホテルが発行している「ホワイト医師」としての市民証を出す。

 それを照合。磁気情報のように、ジュエルとジュエルを重ねるだけで一瞬で照合できるので非常に便利である。


「照合完了しました。ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

「うん、ありがとさん。それじゃ、行くぞ」


 都市では、こうして市民証を利用した買い物も可能となっている。

 ただし、請求書が決済されるまでは東門から出ることはできなくなり、都市外には出られない。

 が、特に出る用事もないので問題はない。


「お客様のお帰り〜〜〜」


 扉の前には従業員一同がお辞儀をしながら見送ってくれる。

 高い買い物をした客なので誰もが満面の笑顔である。

 仮面のホワイト医師の情報を知っている者もいるので、あれが噂のホワイトか、という視線すらも感じる。




「あー、金を使うってのは面白いもんだな」


 外に出て、ひと伸び。

 昼前から動き出したので、日が少しずつ落ち始めていた。

 その落ちゆく太陽をバックに、シャイナが慌てて近寄ってきた。顔は真っ青だ。


「せ、先生! さっきのって…!! そそそ、そいっ! そいっ、そいっ!!」

「新しいツッコミを開発するんじゃない」

「そいそいっ…ソイド商会って……!!」

「そうだ。そのために来たんだ。目的は達成されたな」

「だだだ、大丈夫なんですかぁあああ!?」


 なにやらシャイナのツッコミが新しくなってきている。

 単調なツッコミでは自分の立ち位置が危ういと思ったのかもしれない。彼女も日々精進している証拠だ。喜ばしいことである。


「大丈夫だよ。オレとやつらは協力関係にある。払ってくれるさ。いや、払うしかない」


 ビッグを服従させているのだ。経費として出してくれるだろう。

 せっかくホワイトと契約したばかりなのだ。その旨みを考えれば多少の無茶だって利く。


「他人の金で買い物ってのは最高だ。お前もそう思うだろう?」

「うっ、急に吐き気が! さっき食べたものが出そうです!」

「絶対に出すなよ。無料は無料だ。もらえるものは全部もらう。それがオレの流儀だ。お前も倣えよ」

「ううう…胃が小さくなりそう…おえっ」


 シャイナはまだ売人である。

 その組織の金で買い物をしたと思うと、なおさら不安に思うのは仕方がない。


「では、これで今日のお前の仕事は終わりだ。またな」

「これで!? お金を使っただけですよ!!」

「一応言っておくが、売人は続けろよ」

「そこは『もう続けなくていい』って言うところじゃないんですか!?」

「いきなりやめたら怪しいだろう。表向きオレは、お前が売人であることは知らないんだ。今日はたまたま他の女の子と一緒におごってやったにすぎない。それだけだ」


 下手に動いて予定が狂っては困る。

 動きがあるまでは、リンダも含めていつも通りに動いてもらう必要がある。


「私、耐えられるかな…。顔でバレちゃうんじゃないですか?」

「お前はいつも挙動不審だから問題ない。それでも疑われたら生理だとでも言っておけばいい。あっ、お前は歩いて帰れよ」

「さっきの子たちと扱いが違う!? 先生〜、私にも優しくしてくださいよぉ〜!」

「甘えるな。これ以上お前に付き合うと、価値を認めることになるしな。それと今後もし誰かに絡まれたら、『ソイド商会を敵に回す気か?』と逆に脅せ。それでチンピラも逃げる。もう一蓮托生なんだ。騒動が終わるまでやり通せ」

「げふぅっ! うう…また胃が痛くなってきました…」

「メンタルが弱い犬だな」

「先生が強すぎるんですよ…」



 上級街での買い物は、これで終了。




128話 「イタ嬢と友情の白い粉」


 アンシュラオンとサナとホロロは、白い馬車で次の目的地に向かうため、今度は西門に向かう。

 その際に、商業街の入り口あたりにある馬車乗り場を通る。

 この馬車乗り場も、一般街にある馬車組合が経営しているものだ。

 上級街ということで観光用の大型馬車が多い…と思いきや、意外と普通の馬車が多く停まっていた。

 これは、上級街には労働者が大勢いるためである。

 上級市民が第二城壁内部に出ることはあまりない。以前、アンシュラオンが金をばら撒いた時のように、せいぜい西門の近くに住んでいる管理職の市民たちが外に出る程度であり、北東に住む本物の上級市民はあまり動かないのだ。

 よって馬車の大半は下町以上に労働者寄りという、実に不可思議な現象が起こっている。

 そういうわけなので観光用馬車の数はあまり多くないのだが、一台だけ他と違う毛色の馬車が停まっているのを発見。大型で無駄に立派な馬車である。


「あっ、停めて。ホロロさんはここで待っててね」

「かしこまりました」


 そこで再びアンシュラオンが馬車を停める。

 普段ならばまったく興味がないものだが、今回ばかりは価値がある。

 サナを連れて馬車を降りて、たまたま見かけた【その人物】と接触。


「よぉ、イタ嬢」

「…は?」


 いきなり名前を呼ばれたので、その少女、イタ嬢は間抜けな声を上げて振り返る。

 冷静に考えると少女の名前はベルロアナなので、イタ嬢で振り向くのはおかしい。明らかにイタイ自覚がある証拠である。


「変わってないなー。まあ、まだそんなに経っていないし、それも当然かな」


 そこにいたのは―――イタ嬢ことベルロアナ・ディングラス。


 他の馬車とは違う明らかにVIP用の馬車の前に彼女がいたので、声をかけたのだ。

 改めて観察しても、その姿に変化はない。相変わらずのツインテールの金髪娘である。シャイナも同じ金髪だが、こうして見比べるとイタ嬢のほうが強い色合いだ。


「いやー、久しぶりだな。懐かしいな」


 そのイタ嬢は、頭に「?」を浮かべながらホワイトを見る。


「えと? あれ…? 誰ですの?」


 どうやら仮面を被っているのでわからないようだ。不思議そうにこちらを見ている。


(本気でわからないらしいな。いくら人間の顔が情報の塊とはいえ、あんな目に遭ったのに忘れるとは…。オレもべつに会いたくなかったけど、会ったなら利用しておこう)


 完全に想定外の出会いだが、イタ嬢を利用する計画も考えていたので、まさにちょうどよいタイミングである。

 これぞ女神様の思し召しというやつだろう。


「もうボケたのか? オレだよ、オレ!」

「だから、誰ですの!?」

「だから、オレだよ、オレ。なあ、わかるだろう? あんなに親しくした仲じゃないか。ほら、オレ、オレ!」

「オレオレって言われても、誰かわかりませんわよ!!」

「金を貸したじゃないか。三十万円」

「え? そうでしたの? いやでも…あなたに会ったことなんて…」

「忘れたの? オレたち【友達】じゃないか!!」

「と、トモダチーーー!?」


 すごい驚いた。言葉がカタカナになるほどに。

 彼女にとって友達とは、とても重要なキーワードなのだ。これを使わない手はない。


「そうだよ。オレたちは友達だろう? だからお前を信じて三十万を貸したんだよ。でも、あれから全然音沙汰がないし…。友達だからさ、催促するのも悪いし…そのままにしておいたんだけど…。いや、いいんだ。たまたま会ったから思い出しただけで、『友達』のお前にお金を返してなんて言えないしさ。なかったことにするよ。それが『友情』だもんな!!」

「そそそ、そんな!! 何を言ってらっしゃるの! 友達なればこそではありませんか!!! か、返します! すぐに返しますわ!! ふぁ、ファテロナ!! 財布を!! 三十万をぉおおお!!」

「はい、お嬢様。三十万です」


 お付きとして一緒にいたファテロナが、財布から金を出す。

 ささっと三十万出すあたり、さすが領主の娘である。


「ほっ、持ち合わせがあってよかったですわ。これで返せ…」

「よろしいのですか?」


 ほっとした顔のイタ嬢に、ファテロナがぼそっと言う。


「…え? 何が…?」

「『友達』に三十万を借りておきながら、忘れるという重大なミスを犯したお嬢様が、そのまま三十万を返すだけでよろしいのでしょうか?」

「そ、そうなの?」

「はい。人間としても問題ですが、友達なのです。ト・モ・ダ・チ!!ですよ? いいですか、友達という関係は意外と簡単に壊れてしまうものです。その大半がお金が原因なのです」


 ファテロナの言うことは事実である。

 友達の間で金の貸し借りをすれば、後々大きな問題に発展しかねない。ちゃんと返してもらえればいいが、貸している間もヤキモキしてしまうものだ。

 それがもし持ち逃げや忘れるようなことがあれば、もう友達なんて概念は一瞬で破壊されてしまうだろう。

 金は人を狂わせる。トラブルの元なのだ。

 だが、イタ嬢はそれを知らない。


「え!? そうなの!? し、知らなかったですわ。だって、わたくしは友達がいな……じゃなくて、少なかったですもの!」

「それは仕方ありません。お嬢様がお嬢様ゆえに、世間とは距離がありますから。ですが、ここで失敗すれば取り返しがつきませんよ!!! 断言しましょう!!!」


 ぐ〜〜〜〜っと、縮こまり。



「このままでは―――友達を失いますよぉおおおおおお!!」



 がばっと跳ね上がって宣言。

 相変わらず無駄の多い動きである。暗殺者なのに。


「え、ええええええ―――!!! 本当ですのーーーー!?」

「いつもお嬢様をからかう私ですが、こればかりは本当です。そうですよね?」

「うん、間違いないね。オレも何度もそれで友達を失ったよ。主に借りた側だったけど」

「…こくり、こくり」


 ファテロナに問われ、アンシュラオンは頷く。ついでにサナも頷く。


「そ、そんな!! こうしてはいられませんわ!! ファテロナ! 早くお金を下ろしてきて!! 金額は任せるわ!」

「かしこまりました!」


 そして、ファテロナはイタ嬢を放置したまま消えていった。


(いいのか? あの人、護衛だろう? オレの正体は知っているだろうに…ほんとドSな人だよな)


 ファテロナは間違いなく、こちらの正体に気がついている。それでいて置いていくのだから筋金入りである。

 そもそも仮面が変わった以外、声も背丈も何一つ同じだ。気がつかないイタ嬢のほうがおかしい。


「ちらちら…そわそわ」


 現に今も、目の前の仮面男が誰だったかを思い出そうと必死だ。

 何度か問いかけようとするも、誰もが経験する「名前を訊けない状態」に陥っている。

 うっかり名前を間違えれば、友達との間に大きな亀裂を生んでしまう。

 それだけはわかるので、なんとか思い出そうとしているのだが、まったく思い出せないのだろう。


 その姿が―――面白すぎる。


(イタ嬢をからかうのって最高だな。なんだこいつ。おもしれー。マジもんだもんな。もっとイジってやるか)



「ねえ」

「ひゃっ、な、なんですの!?」

「クイナちゃんは元気?」

「え、ええ、元気ですわよ」

「それはよかった。お父さんは? まだ生きてる?」


 非常に失礼な言い方である。これもわざとであるが、当然ながらイタ嬢は気がつかない。


「ええ、お父様も元気ですわ。…お知り合いでしたっけ?」

「うん。一度商談で会ったんだ。その時は交渉決裂したけどね。君のお父さん、けっこう頑固で心が狭くて頭の悪い人だからさ、苦労したよ」

「そ、そうでしたの。その際は、お父様が申し訳ありませんわ」

「いやいや、間が悪かったからね。お互い様だよ。あっ、そうそう。君にプレゼントがあるんだ」

「えっ!? わ、わたくしにですか?」

「そうなんだよ! ああ、でも、ごめんね、突然だったから包装とかしていないんだけど…これを受け取ってほしいんだ」


 アンシュラオンが懐から【白い粉】を出して、渡す。


「これは…なんですの? 粉?」

「これはね、美容にとってもいい粉なんだ。毎晩、寝る前に水で溶かしてお肌に塗ると、それだけで肌がピチピチになるんだ。最初は少しアレルギー反応で赤くなるかもしれないけれど、続けていれば大丈夫。すぐにモチモチ肌になるよ」

「それはすごいですわね。化粧品…でしょうか?」

「そうそう、そんなもん。あっ、それとこれは【友情の証】で君だけにあげるものだから、けっしてクイナちゃんとかには使わせたらいけないよ」

「ゆ、友情の証ーーーー!!!」

「友の情と書いて友情。友達だからさ。特別なんだ。…約束してくれる?」

「あぅあぅっ…はっ!! わ、わかりましたわ!! 絶対に守ります! だって、友達ですものね!!」

「そうだよ! わかってくれて嬉しいよ!!! 友達だもんね!!」


 イタ嬢に白い粉を渡し終えると、ファテロナが戻ってきた。その手には紙袋がある。


「お嬢様、お待たせいたしました」

「ありがとう、ファテロナ! 助かりましたわ!」

「…おや、お嬢様。その手にあるものは…」

「ああ、これ? これはこの方からもらったものよ。友情の証として、ですわ!! あっ、大切なものだから、あなたにもあげませんわよ!」

「これは…なるほど。ずいぶんと良いものをもらわれましたね」

「え? 知っているの?」

「どのように使うかはお聞きになりましたか?」

「水で溶かして肌に塗るらしいですわよ。それでお肌がモチモチになるという話ですわ!」

「…それはよい使い方ですね。ぜひ毎日使ってくださいませ」

「もちろんですわ! と、これ…けっこう重いですわね」

「はい。お嬢様の今月のお小遣いを全部、千五百万ほど下ろしてまいりました」

「千五百万!? それはさすがに…」

「いけませんでしたか? ですが、友達なのですよ。それくらいしなければ…友達を失いますよ!!!」

「ひゃっ!! うう、にゅぅううう!!」


 イタ嬢が友達と金の間で葛藤している。


「うう、お嬢様。それが成長なのですよ…」


 と、ファテロナは涙を流しているが、口元はにや〜と笑っているので、すべてわかってやっているのだろう。


(ファテロナさんは相変わらずだな。しかし、毎月のお小遣いが千五百万だと! こいつ、なんてブルジョワなんだ! 許せんな! 全部没収してやる!)


「いや…そんなにもらうのは悪いよ」

「え? そ、そうです…の?」

「うん。オレが貸したのは三十万だしさ。普通に考えておかしいよな」

「そ、そうです…わね。さすがにこの値段は…」

「あー、あの時に三十万を貸さなければ、株が急騰して借金も返せたのにな。あれがなければ父さんが死ぬこともなかったのに…人生ってのはままならないものだよね」

「えっ!? 借金!? お父様が死んだ!?」

「うん。生命保険のためにね。自殺したんだ。でも、君が困っていたから、その決断は後悔していないよ。だって、友達だもんな」

「と、友達!!」

「友達が困っていたら身を削ってでもお金をあげる。そんなものは当然だよな。いや、いいんだ。べつにこんなことを言うために会いたかったわけじゃないんだ。君に会えて嬉しかったよ。プレゼントも渡せたし。…それじゃ、またね」


 割り切っていると言いながら、肩を落としてしょんぼりした雰囲気で歩き出す。


「黒姫、今日もご飯のおかずは、たくわん一切れだけど…こんなお兄ちゃんを許してくれるか?」

「…こくり」

「お前を売らないでいるだけで精一杯なんだ。ごめんな。苦労をかけるな…」

「…ふるふる」

「うう、なんていい妹なんだ。明日はお兄ちゃんの腎臓を売って、少しはましなものを食べさせてやるからな」

「…こくり」


 ものすごくヘビーな話をしている。


「よろしいのですか?」

「へっ!?」

「このままだと、もう終わりですよ。彼とは友達でなくなるどころか、お嬢様は『人間のクズ!!』になってしまいますよ。ただのクズではありません。発音はクドゥッ!!です」

「うっ!!」


 クズとクドゥッの違いがいまいちわからないが、それはイタ嬢の心に突き刺さったようだ。

 慌てて追いかける。


「お、お待ちなさい!!」

「なに?」

「こ、これを!! わたくしの一ヶ月のお小遣いを全部、あなたに差し上げますわ!!」

「えっ!? そんなの悪いよ」

「わ、悪くなんてありませんわ! 悪いのはわたくしですもの!!! そう、わたくしが悪いのです!」

「うん、そうだけど…悪いよ」


 イタ嬢が悪いことは否定しない。


「い、いいのです!! と、友達ですもの!!!」

「うん、わかった。ありがとう」

「いいのですよ! 全然気にしなくて!!」

「うん、気にしないことにするよ。友達のために身を削るなんて当たり前だもんね。しないほうがクズなんだし。それじゃ、またね」

「は、はい! ま、また!! あ、あの…あなたのお名前…」

「何? ベルロアナ!!」

「い、いや、何でもありませんわ!! ではまた!!!」


 最後にさりげなく名前を訊こうとしたイタ嬢に対し、弾む明るい声で相手の名前を先に呼ぶ。

 最高に親しみを込めた声の前に、「ところで、あなたのお名前は?」などとは絶対に言うことはできないだろう。

 これが人生経験の違いである。ちょろいものだ。


(千五百万か。悪くないが、あいつのせいで一億近い損失を出したんだ。その分を考えれば、まだまだ足りないよな。サナは本来三百万だったんだからさ。まあ、その分は自分の身体で稼いでもらおうか。くくく…楽しみだ)


 ここで重要なのは彼女に白い粉を渡せたことだ。

 まったくの偶然であったが、これで計画がさらに進むことになる。




129話 「スレイブ館へ、ダイナミック討ち入り訪問を敢行してみた」


 イタ嬢に白い粉を渡し、さらに軍資金をぶんどった後、西門に到着。

 市民証を見せると衛兵がチェック。


「確認いたしました。では、どうぞ。まだ東門からは出られないのでお気をつけください」


 ジュエルが緑っぽく光っているのが「決済中」の状態を示しているので、これが青になるまでは外に出られないが、それだけを言われただけで、ほぼ素通りである。


(オレが最初に来た時とは、えらい違いだな。やはり上級街の客ってのはすごいんだな)


 サナを助けに初めて訪れた時は、ガンプドルフたちが来ていたこともあって警備が厳重だった。

 いくら中級市民とて簡単に入れるような状態ではなかったが、今はこんなにもあっさりである。

 ただし、もともと外に出る人間に対しては、警備が甘いことも考慮する必要があるだろう。

 西門は簡単でも、窃盗や傷害などの犯罪を犯した人間が外に出ないために、東門ではそれなりにチェックがあるからだ。

 そのためにマキのような強い武人が配置されている。彼女の前では一般人であれ武人であれ、強行突破するのは難しいに違いない。




 西門を抜けて中級街に出ると、そのまま下級街に向かって移動。

 すでに日は落ちており、街並みは夜のものに変化しつつある。

 仕事を早く切り上げた人々が酒場に繰り出す姿も見受けられた。その光景に懐かしさを感じる。


(上級街の店ばかりでは飽きる。安い店も恋しいな)


 高いバーもいいが、安い居酒屋が恋しくなる感覚だ。

 今はホワイトという目立つ容姿なので、気軽に下級街にある酒場には行けない。

 行ってもいいのだが、ハローワーク関係の人間と出会う可能性がある。彼らならば仮面ありでも正体を見破ってしまうかもしれない。

 特にラブヘイアは危険だ。彼ならば髪の毛の匂いだけで人物を特定できる。

 それを思えば、実はなかなかレアなスキルなのかもしれない。当人はまったくその有用性に気がつかないだろうが。

 あんな変態に出会うのも嫌だし、この計画を邪魔をされるのも嫌である。安い居酒屋に行くのは、この仕事が終わるまではお預けだ。


(それにしても、ラブヘイアを見かけないな。オレは上級街に住んでいるし、久しくハローワークにも行っていない。あいつはあまり金持ちではなかったようだし、上級街に用事があるわけもないだろう。会わないのが当然だな。まあ、会いたくないわけだが)


 一応ポイントを山分けしたので、彼も中級市民になっている可能性がある。もし以前から貯めていれば、上級市民になることもできるかもしれない。

 ただ、あれ以来一度も出会っていないので、ちゃんとブラックハンターに昇格したのかも謎である。

 彼のことを思い出したのは懐かしいからではない。今アンシュラオンが求めているものが、あれくらい腕の立つ人間である、ということだ。

 ビッグからの情報提供を受け、当初の予定とは少しばかり違ってきたところがある。最初は誰の手も借りないつもりだったが、それだけでは幾多の組織と渡り合えない。

 事はすでにソイドファミリーだけにとどまらないのだ。

 そのために今進めている計画があり、それには人材が必要であった。


(今回の計画に必要な人材は、そこそこ腕が立つ必要がある。しかし、内容が内容だから傭兵に頼むわけにはいかないし、強すぎてもいけない。ラブヘイアだとビッグに勝っちゃうし…それは困る。ギリギリ負けるくらいの中途半端な実力者が欲しいんだが…逆に難しいな)


 ラブヘイアならば、ソイドビッグにも軽々勝てるだろう。

 アンシュラオンとガンプドルフは桁違いなので例外だとしても、あの男が公式ハンターで一番強いというのは間違いない事実だ。

 経験値の差、技量の差で、間違いなくラブヘイアのほうが上だ。素質も彼のほうが数段上である。

 多少長引くだろうが、終わってみればラブヘイアの圧勝、という形になっているに違いない。あの男に人が斬れれば、であるが。

 しかし、そこまで強いと今度は違う問題が出てきてしまう。それ以前に、ラブヘイアには適さない仕事だ。


(オレが欲しいのは、もっと闇側の人間だ。そういうときは、やはりここが役立つ)



 着いた場所は―――スレイブ館「八百人」。


 表社会も裏社会も、人材が欲しいときに役立つスレイブ商会である。


「ホロロさんはここで待っててね。また呼ぶから」

「はい」


 サナを連れて馬車から出る。

 しかし、入ろうとした時に、ふと止まる。


(ふむ…普通に入るのはつまらんな。どうせあの男のことだ。だらけているに違いない)


 前々から思っていたが、モヒカンはアクシデントに弱い気がする。少し脅されただけで屈すのも気になるところだ。

 よって、普通に入るのはやめた。


(あいつの対応を見るために抜き打ちテストをやるか)


 学校でやらされる抜き打ちテストや、職場で行われる抜き打ち査察などなど、世の中には突然起こることがたくさんある。

 いつもやられる側で不満が溜まっていたのだ。そう、一度自分がやる側になりたいと思っていた。

 やるなら今しかない。主人として下々の生活を正すのは、もはや責務であるのだから。


「くらえ、モヒカン!!」


 おもむろにアンシュラオンが石を拾い―――投げつける。


 ヒューーンッ バリンッ

 石が窓ガラスに当たって割れた。


「わっ!? 何事っすか!?」


 モヒカンの驚いた声が聴こえる。どうやら中にいるようだ。

 しかし、それ以後何も起こらない。


(おっ、外に出てこないな。警戒しているってことか? たしかに敵意を持った相手が外にいるのは確実だ。悪い判断ではないが…そのまま留まるのは危険だぞ)


 じっと様子をうかがっているようだが、その場からは動いていない。

 アンシュラオンはモヒカンの位置を波動円で確認すると、今度は指からマシンガンのように小さな戦気弾を発射。

 覇王技、空点衝(くうてんしょう)。

 指から戦気をレーザーのように放出する基礎中の基礎の技で、他の放出技を学ぶ前に必ず修得するものである。

 普通の武人ではさしたる威力にもならないが、アンシュラオンが使えばマシンガン以上の威力になる。当たれば人体くらい簡単に貫通するだろう。

 しかも両手の十本の指から同時に発射するのは、まさに達人の技である。


 バンバンバンバンバンッ ドガドガドガドガドガッ


 何十発の弾丸が扉やら窓やらを破壊していく。


「ぎゃーーー! 銃撃っす!!! 助けてくれっすーーー!」


 モヒカンはひたすら逃げ惑う。

 こちらも意図的に当たらないようにしているが、まったく対応できていない様子が、ありありと伝わってくる。ただ怯えるだけだ。


(さっさと逃げないからだ。これはマイナス査定だな)


「討ち入りじゃーーーーー!!」


 アンシュラオンが扉を蹴破って入り、再び戦弾を乱射。


 バンバンバンバンバンッ ドガドガドガドガドガッ
 バンバンバンバンバンッ ドガドガドガドガドガッ
 バンバンバンバンバンッ ドガドガドガドガドガッ


「ぎゃっーーー!! 殺されるっすーーー!」


 モヒカンは本当に討ち入りが始まったのかと思い、身体を丸めて必死に戦弾から身を守る。

 しかし、無防備な背中が丸見えである。甲羅を背負っているわけではないので、まったく防御になっていない。


(うーむ、身を丸めるより大の字になって寝たほうが安全かもしれんな。…まあ、怖いだろうけど)


 よく「身を丸めろ!」と言うが、銃弾の場合は寝転がったほうが当たりにくいかもしれない。

 跳弾して当たったら涙目であるが。


「金を出せ! 女を出せ!! 今すぐ出さないと殺すぞ!」

「ひー、命だけはお助けっすー!!」

「このモヒカン野郎が!」

「ぎゃっ!」


 モヒカンを蹴っぱぐリ、それから近くにあったホウキの棒で尻をつついて、それを銃身だと思わせる。


「変な真似をしたら、お前の尻の穴が増えるぞ! わかったな!」

「ひ、ひぃっ! 撃たないでくださいっす!!」

「お前のところにいる【白スレイブ】を全部よこせ!」

「はひっ!? な、何のことっすか!?」

「しらばっくれるな。ネタは上がっているんだぞ!」


 バンッ

 壁に戦弾で穴をあける。


「ひっ、ひぃっ! わ、わかったっす! 渡すっす!」

「それと、お前の背後にいる人物についても吐いてもらおうか。誰の支配下にいる?」

「っ!! そ、そんな男はいないっす!!」

「おや? オレは男なんて一言も言っていないぞ。どうやら男のようだな」

「ひぁっ!? し、しまったっす! こ、これ以上は絶対に言えないっす!」

「ここで殺されたいのか! 吐け!!」

「い、いやっす!! もっと酷い目に遭うっす!」

「ここで死んだら終わりだろう!」

「ち、違うっす! もっと酷くなるっす! ガクガクガクッ! 絶対に逆らったらいけないっす!! ブルブルブル!」

「吐け!」

「それだけは無理っす!! そんなことしたら都市全部が消えるっす!!」

「おい」

「ぎゃっ」


 丸まっているモヒカンを、足で押してひっくり返す。


「撃たないでほしいっす! その情報以外ならば、何でも渡すっす!!!」

「おい、こら」

「ぎゃっ、踏まれたっす!」

「そろそろ気がつけ。オレだ」

「ひー、ひー……って、え? だ、旦那!?」


 そして、ようやく相手がアンシュラオンであると気がつく。


「だ、旦那…これはいったい…え? 何がどうなっているっすか!?」

「退屈していると思ってな。ダイナミック討ち入り訪問をしてみた」

「なんすか、それ?」

「討ち入りを装ったドッキリみたいなものだ」

「じゃあ…今のは…」

「うむ、余興だ」

「ひ、酷いっす! 本気で焦ったっす!!! あー、扉も窓も壁も滅茶苦茶っすよーーー! なんでこんなことするっすか!!」

「理由はない」


 理由などない!!

 強いて言えば面白そうだったからである。


「それよりモヒカン、討ち入りに対して弱すぎるぞ。こんなんじゃ、あっという間に制圧されてしまうだろうが。どうして屈強な兵士を扉の前におかない!! この馬鹿者が! ばしっ」

「いたっ! そんな…! 表通りで討ち入りなんて普通はありえないっすよ!」

「敵がどこに潜んでいるかわからないだろうが。常に最大限の警戒をしておけ!」

「うう、それじゃ客が寄り付かなくなるっす…」

「お前みたいなモヒカンより接客用のスレイブでも使えばいいだろうが。わざわざ店に出る必要はないだろうに。女のほうが人当たりがいいんじゃないのか?」

「それだと相手に甘く見られるっす」

「それも一理あるか。…と、そうじゃない。オレのことを吐かなかったのは立派だが、白スレイブを渡すな。あれはオレの財産でもある」

「でも、渡さなかったら殺されていたっす…」

「ふん、まあいいだろう。白スレイブはまた集めればいいしな。今回は許してやろう。だが、自衛のことは考えておけよ」

「うう…わかったっす…」

「ここは物が散乱していて、ゆっくり話もできない。裏に行くぞ」

「壊したのは旦那っすけど……ああ、また直さないと…」


 その後、通報を受けた衛士が見に来たが、「モヒカンが世紀末ごっこをやっていた」で済ませた。

 モヒカンの受難は続く。




130話 「裏スレイブ」


 一度外に出て、馬車からホロロを連れてくる。

 それからモヒカンと四人で裏の店に向かった。


「しかしまあ、こんな美人さんがいたっすね」

「オレのメイドだ。そのうちスレイブになる予定だ」


 モヒカンがホロロをじろじろ見る。

 一方のホロロはそんな視線にもまったく動じず、静かにアンシュラオンの後ろをついてくる。

 こんな怪しげな場所に来ても表情を変えないのは見事である。


「力と金があれば人生楽しそうっすね…」

「お前だって、そこそこ稼いでいるだろう?」

「七割以上は持っていかれるっすからね。経費を引いたら、ほとんど残らないっすよ」

「そんなに取られるのか?」

「都市の税金とみかじめ料で25%、スレイブ商会本部に50%、残るのは25%っす。その中でやりくりするっす」

「みかじめ料…か。お前はどこの派閥に入れているんだ?」

「うちは人材派遣なんで、マングラス系列っすね」

「マングラス…都市のマンパワーを担っているグラス・マンサーか」


 マングラスはラングラスと同じく四大市民の一人で、都市内部での人材の流れを管理している。

 その範囲は都市に出入りするすべての人間に及ぶので、マングラス一派の許可を得ないと、この都市では人を雇えないし労働者として働くこともできない。

 シャイナの持っている労働許可証や、アンシュラオンが持っている市民証も管理対象であるため、非常に重要な役割を担っている人物である。


(領主がスレイブ館で好き勝手できるのもマングラスがいるからか。逆にマングラスがいなければ好きにできないということだ。…マングラスか。邪魔だな。間接的にサナの横取りに関係していたようなもんだし、そいつがいると人材を好きにできない。くく、今回の一件で力を削いでやろう。待っているがいい)


 悪い顔をしながら、ほくそ笑む。今からやつらの泣き叫ぶ顔が楽しみである。


「ところでソイドファミリーの若頭はどうなったっすか?」

「一応引き入れた」

「さすがっすねー」

「危うく殺すところだった。あと一分遅かったら死んでいただろうな。喚く豚は苦手だよ」

「さすがっすね…ほんと。怖ろしい限りっす」

「ただ、まだ足りないパーツが多い。そのためにここに来た」


 モヒカンに高い茶を出させ、アンシュラオンたちが椅子に座る。

 今やすっかり馴染んでしまった裏店だが、久しく来ていないと懐かしく感じるものだ。

 ここでは仮面は必要ないので、すぱっと脱ぐ。やはり被らないほうが気持ちいい。サナのも取ってあげる。


「で、今度は何を用意するっすか? またラブスレイブっすか?」

「いや、今度は真逆だ。お前に用意してもらいたいものは―――【男】だ」

「えええ!!!?」

「なんだその反応は?」

「い、いや、旦那の口からそんな言葉を聞くとは思わず…。ど、どうしたっすか? 熱でもあるっすか? はっ、駄目っすよ! 殺さないでくださいっす!!!」

「何を言っているんだ、お前は?」

「殺しの練習台とかじゃないっすか?」

「そんなもんならわざわざスレイブでなくても、これからたくさん出来るぞ。裏の人間を相当殺すことになるからな」

「それはそれで怖いっす!! 聞きたくなかったっす!」


 モヒカンは耳を塞ぐが、すでに一蓮托生なので従うしかない。

 相変わらず哀れな男である。


「男は男でも、戦闘に特化したやつらだ」

「…なるほど。戦闘用スレイブってことでいいっすか?」


 それならば、とモヒカンは頷く。

 彼は領主にも戦闘用スレイブを提供しているので、そういうことにも精通している。

 ただし、アンシュラオンが求めるものは、単なる戦闘用スレイブではない。


「他にも条件はある。そうだな…ガラが悪くてイカつくて、すぐ人を殺したくなるような狂人がいい。体格はバラバラでいいが、それなりに腕の立つ連中がいいな。あと、いつでも死ぬ覚悟を決めているようなやつだ」

「どういう条件っすか!? 鉄砲玉っすか!?」

「そうだ。そういった連中が欲しい」


 それは完全に鉄砲玉。ガラが悪くて腕が立ち、目的のために死ねる連中。

 性格は問わない。殺人狂でも変質者でも大丈夫。いや、むしろそのほうがいい。

 アンシュラオンの求めている人材は、まさにそういった社会の落伍者どもである。


「だが、ファテロナさんみたいに強すぎるのは駄目だ。イタ嬢の七騎士だったか? あれくらいがいいかな」

「まあ、あの人は特別っすからね。集めたくても集められないっすね。お嬢さんの騎士くらいなら大丈夫だと思うっす」

「そうか。しかし、一番大事なのは死すらも厭わない点だ。ここが最重要だ」

「死ぬ予定があるっすか?」

「そうだ。【確実に死ぬ】。オレの計画と心中してもらうが、それでもいいというやつらだ。その代わりオレは、そいつらに戦いの場を提供してやる。だから戦闘狂みたいなやつが欲しいんだ」


 おそらく、ではなく、確実に死ぬ。ここが重要だ。


「どうだ、そういうやつらは集められるか?」

「劣等スレイブのほうがいいっすか?」

「等級は問わんが、強制ではなくできれば自分の意思で許諾するやつらがいいな。そのほうが面白い」


 アンシュラオンが提示した人材は、能力の観点から言えば、比較的難しい条件ではない。

 しかし、最後の一つが加わるだけで、ぐっと厳しくなる。

 誰が好んで死ぬことが確定している職場に行くだろうか。普通に考えれば、そんな人間はいない。


 と、思うのが一般人の考え。


 ここは一般の人間が来る場所ではない。

 その証拠に、モヒカンも静かに話を聞いている。彼もまた裏の人間なので、そういった話は普通に通るのだ。

 そして、一つの言葉がもたらされる。


「そうなると【裏スレイブ】っすね」

「裏スレイブ? なんだそれは?」

「旦那の言ったようなスレイブのことっす。血に飢えていたり、抗争が好きだったり、自分が死ぬ場所を探しているようなやつらっすね。そういったスレイブを裏スレイブと呼ぶっす。鉄砲玉とかに使うっす」


 人種が多様ならば、物の考え方も多様である。

 武人が闘争を好むように、生まれ持って争い事を好む者たちもいる。彼らにとって自分の命は安っぽいものであり、またそうあることを望んでいる。

 正気の人間から見れば、自殺志願者にさえ見える彼らであるが、そうした人材は需要も多い。

 危険な作業はもちろん、裏社会の鉄砲玉やボディーガードなどに使われ、毎年大勢のスレイブが死んでいく。


 だが、それこそが彼らの望み。


 充実した一瞬の生を味わうためだけに彼らは生きている。そのため、自分を楽しませてくれる主人を求めるのだ。


―――裏スレイブ


 それはまさにアンシュラオンが望んだ人材である。


「素晴らしい。そんな人材がいると思っていたぞ。で、用意できるか?」

「何人くらい必要っすか?」

「そうだな…十数人くらいいれば足りるかな」

「了解っす。数日もらえれば用意してみせるっす」

「ここにはいないのか?」

「うちはどちらかというと一般とラブスレイブ、それと白をメインにしているっす。抗争向けは裏専門のスレイブ商がいるっすね。そこと交渉して見繕ってみるっす」


 モヒカンの八百人は表通りにあることからもわかるように、客もスレイブも基本的には【表】のものを扱っている。

 表側だからといって人材の質が悪いわけではない。イタ嬢のスレイブであるファテロナや七騎士たちも、この表のカテゴリーに入る。


 そして八百人の売りは―――やはり白スレイブ。


 白スレイブをこれだけ扱っている店は、この地方ではここしかないくらい充実している。辺境になればなるほど、危ないことも平気でできるからだ。

 一方、裏側に属する抗争用の裏スレイブの数は少ない。得意としているジャンルが違うからだ。

 それでもいざ必要となれば、他のスレイブ商人から買い取る形で用意することができる。スレイブ商同士、ネットワークはしっかりと構築されているのだ。


「この街には、もう一つスレイブ商があるっす。そこで裏を扱っているっす」

「そうなのか? どこにある?」

「店舗はないっす。完全地下商で、スレイブ商人でないと入れない場所で管理しているっす」

「なるほど。それだけヤバイ代物を扱っているということだな」

「そうっす。だから任せてほしいっす。どうしてもというなら、なんとか入れるように都合をつけてみるっすが…」

「いや、そこまでは必要ない。どうせ死ぬやつらだからな。ただ、お前が見て『これは相当ヤバイ』と思うような連中を選べ。殺人狂でもいいし人体収集家でもいいし、ヤク中のクズでもいい。もう駄目さ満載のやつらを所望する」

「了解っす。そんなやつらなら、いくらでもいるっす」

「…それはそれで問題だがな」


 残念ながらこの未開の地には、そんな輩が溢れかえっている。

 そもそもグラス・ギースという最北端の都市に流れ着くあたり、もはや人生に希望も未来もないのだ。

 アンシュラオンが求めるような人材も、あっという間に集まるだろう。彼らが求めるのは一瞬の享楽なのだから。


「では、任せる。とりあえず金を渡しておこう。足りなかったらまた言え」


 ちょうどイタ嬢から巻き上げた金があったので紙袋ごと置く。

 ただ、モヒカンは少し悩み、なかなか受け取らない。


「どうした? いらないのか?」

「いや、もしかしたら金はいらないかもしれないっす。裏スレイブはすぐ死ぬような連中っすから、金を必要としないことが多いっす」

「それもそうだな。そいつに家族がいれば別かもしれんが…オレが求めているのとは少し違うな」

「その代わり、主人を選ぶ【面談】が必要になるかもしれないっす」

「ほぉ、逆面接か? それは面白い」


 普通、雇う側がスレイブを面接するものである。どんな職業でもそうだろう。

 しかし、生徒が学校の先生を品定めするように、部下が上司の採点をするように、彼らは自分の主を自ら決める。

 だからこそ死ぬことも厭わないのだ。それは金で判断するようなことではない。


「いいだろう。面談だろうが面接だろうがやってやる。集めたら一度連絡しろ。それと、とりあえず金は持っていけ。金はあって困らないからな。どうせスレイブ商との交渉で使うだろう。余ったらお前の懐に入れておけ」

「そういうことなら、ありがたくもらうっす! 徹底的に値切ってやるっす!」

「現金なやつめ。…しかし、男と契約するのは嫌だな。虫唾が走る。オレが直接契約しないといけないのか?」

「そうっすね…。旦那はそういう人っすからね。それなら【代理契約】ってのがあるっす」

「代理? 代理で契約できるのか?」

「できるっすね。あくまで出向という形にするっす。たとえば自分が契約者になって、『旦那の下で言うことを聞いて働け』という指示を出すっす。所有権は自分っすが、貸し出すことができるっす」

「ギアスもかけられるのか? たとえばオレとサナについては完全黙秘する、とかも」

「そう契約すればいいっす。死ぬことも条件に含めれば死んでも大丈夫っす。こっちが物的損失を被るだけっすから」


 これは代理契約という、一つの裏技でもある。

 地球でも出向や派遣というものはあったし、ネットサービスを利用する場合、企業が名義や手続きを代行してくれるものもある。

 自分は企業と代理契約をするだけでいいので、煩雑なことを全部お任せできるのはメリットだ。

 当然、デメリットもある。普通にやれば高くつくし、秘密を共有することになるのでリスクは増えるだろう。

 しかし、金に余裕があり、なおかつスレイブ館をすでに支配しているアンシュラオンにはメリットしかない。


「では、それで頼む。誰でもいいから代理で雇わせろ」

「了解したっす」

「ホワイト様、その役目は私にお任せ願えませんか?」


 ずっと黙っていたホロロが口を開く。


「ホロロさんが?」

「私はホワイト様のためならば何でもいたします。今後、こういったことも増えるでしょうし、雑事でメイドを使うのは一般的なことです」

「うーん、しかし…オレの女が男と契約か…。いや、だからこそか」


(オレのスレイブたちは他者を支配する。その意味においては不浄ではない。単なる使役だ。マキさんが衛士をこき使うのと同じだな)


「…わかった。その時は任せるよ」

「ありがとうございます」

「でも、オレはホロロさんが嫌うことだってやる男だ。麻薬だってそうだ。利用できるものは利用するよ。だから、いつも期待に応えられるわけじゃない。それでもいいの?」


 あえて訊かなかったことだが、この機会に訊ねてみる。


「シャイナのことも嫌っていたようだし…」

「あれはホワイト様に相応しくないと思っただけです。しかし、それも出すぎたこと。私はあなた様にすべてを捧げます。あなた様が何をなさろうと、それに対してすべてを投げ打ってでも従います」

「そう言ってくれると嬉しいな。ホロロさんと出会えてよかったよ」

「私もです…」


 ホロロは熱がこもった目でアンシュラオンを見つめる。

 崇拝、魅了、恋慕、支配、さまざまな感情が入り混じったものである。

 どちらにせよホロロが自分に逆らうことはないだろう。


(現実的な問題として、オレ個人が契約できるスレイブ数には限度がある。百人程度ならばできそうだが、千人、万人となると難しい。今回のことは、今後に向けてのいい実験になりそうだな)


 通常の組織形態のように、自分の配下の幹部が、さらに下の部下たちを管理する方式のほうが楽に決まっている。

 その意味でも、今回はよいテストケースになりそうである。




131話 「白スレイブの中から影武者探し 前編」


「モヒカン、白スレイブを二人ばかり用意してもらうぞ」

「白スレイブってことは…子供のスレイブっすね」

「そうだ。少し裏でも動きたいからな。【影武者】として使おうと思っている」


(ホワイトとしてのオレは目立つ。素顔でも目立つみたいだけど、仮面を被っているからなおさらだ)


 今では白い馬車が通れば「ホワイトが乗っているに違いない」と思われるようにさえなった。

 こうなると下手なことはできない。どこにいても動きがバレてしまうからだ。

 だが、これは好都合でもある。


(ならば、それを逆手に取ればいいだけだ。仮面と白い馬車だけで、オレとサナだと誤認させることができる。これから裏で暗躍する必要があるから、影武者は必須だ)


 影武者がいれば秘密裏に行動できる機会も増える。リスクも軽減できるだろう。

 狙われても実力で排除できるが、その裏側を洗うのにも利用できるし、影武者の採用はメリットが大きい。

 あとは手間の問題だが、それくらいは必要経費だと割り切る。


「影武者となると、旦那のは男っすか?」

「…そうなるな。今回は男のスレイブに縁があるようだ。不本意極まりないがな。まあ、そのほうが死んでもいいから気楽か」

「ギアスはどうするっすか? まだ準備ができていないと言っていたっすが…」

「ギアスはかけない。だから素の状態で扱いやすそうなやつを選ぶ。仮面を被せればわからないから、顔より体格が似ているやつを優先して選ぶつもりだ」

「了解っす。案内するっす」

「ホロロさんも来る?」

「はい」


 ギアスの話をした時に目を光らせていたので、ホロロも誘うことにした。

 何をしても認めるだろうが、今までの貢献度を考えれば、ギアスをかける順番としてはホロロを先にしたほうがいいだろう。

 これも最低限の報酬というものだ。


(うーん、上に立つ人間も大変だな…。実際に一夫多妻制は大変だと聞くし、ギアスを付けるまでは苦労しそうだ)


 アンシュラオンは慎重な性格なので、ギアスを付けるまでは完全に安心することはできない。

 ならば、日頃から相手にメリットを与えて手懐けるべきだろう。

 ホロロが忠実だからと甘えていてはいけない。人間の不満は、いつどこで溜まるかわからないからだ。


(人間が一番扱いにくい…か。いつの時代も人を上手く操った人間が勝利するものだ。ただ、オレはそういうのは面倒だから、ギアスの精度を上げるほうに力を注ぎたいもんだな)


 この世でもっとも難しいことは、人間を掌握することである。大統領であれ社長であれ、常に部下には苦労するものだ。

 それを唯一解決する手段が―――ギアス。

 完璧ではないが、使いこなせば今までの問題点をすべて解決する最高の手段になるだろう。

 それまでは油断してはいけないと、改めて肝に銘ずるのであった。






 アンシュラオンは、久々に裏店の商品スペースに向かう。

 普段雑談しているのはスタッフルームなので、最初にサナを見た日以来、ここには入っていなかったのだ。

 そこは相変わらず薄暗く、微妙に危険な雰囲気を醸し出している。


(やはり酒場とは違う雰囲気だな。非合法な感じがすごくいい)


 久々に感じるスレイブ館の闇の部分の香りが、ひどく自分に馴染む。

 アンシュラオンも闇の濃い人間なので、裏社会の人間や組織と出会っても違和感を感じないが、ここまでしっくりくるものはここしかない。

 スレイブという存在こそ、自分の求めていたもの。絶対服従の自分の所有物。


(いいな。スレイブはいいぞぉ。素晴らしいものだ。いやはや、最高だな)


 必要だとわかっていても手間がかかるので、影武者探しには乗り気でなかったが、スレイブというものにはいつだって心が躍るものだ。

 再びスレイブ熱が盛り上がってきて、やる気が増大する。


「旦那と同じくらいというと…このあたりっすかね」


 モヒカンが案内したのは、十二〜十五歳程度の男の子のスレイブが生活している部屋が居並ぶエリア。

 ここも最初に来た時にざっと見たくらいで、ほぼ素通りした場所であるので、初めて見るような感覚である。

 ペットショップでいつも猫ばかり見ていた人間が、たまには違う動物を見ようと思って、「こんなのもいたのか」と物珍しそうにする様子に似ている。


「ふむ。では、見てみようか」


 アンシュラオンが、各部屋の男の子を見定める。

 ざっと見回して、まず思ったことがこれ。


「数が少ないな」


 その場にいた白スレイブは、五人ほどしかいなかった。これだと選択肢がかなり限られる。


「しょうがないっすね。年齢的にギリギリっすから。普通はその前に買われていくっす」


 白スレイブとして成り立つのは、せいぜい十五歳くらいまでである。

 それ以上になると精神が発達してしまうので、契約をすり抜けることができなくなり、白として売ることはできなくなる。


「育ちすぎた場合はどうなる? ラブスレイブだったか?」

「そういう場合もあるっすが、男は普通のスレイブになるっすね。ただ、もともとの質がいいんで等級は高く設定するっすけど」

「…なるほどな。しかし…ううむ。男か…。ここまで育つと本当に男って感じだな…気色悪い」

「でも、影武者っすよ? しょうがないっすよ」

「それはそうなんだが…男かぁ」


 まだ少年の面影はあるが、この年頃になると男性的な側面が多く出てきて、顔立ちもだいぶ変わっている。

 いくらこの世界がアニメ調の容姿とはいえ、男は男である。そこに激しい嫌悪感を抱いてしまう。


「なあ、どうして男ってこんなに気持ち悪いんだ?」

「そんなこと言われても困るっす。それが性ってもんっすよ」

「そりゃそうなんだが…オレには理解できんな」


 これが生まれ持った性の違いというものである。

 女性から見れば男の子は「可愛い」、男は「格好いい」のかもしれないが、同性が見ればキモイだけだ。


 何度も我慢しようとするが―――限界。


 まったく抵抗するそぶりもなく屈服する。


「やっぱり駄目だ。受け付けない。生理的に無理」

「さすが旦那っすけど…男だって使えるっすよ。むしろ男のほうが役立つことも多いっす。それとも代理契約にするっすか?」

「そうしたいところだが、影武者となるとオレ個人が契約しないと安心はできない。しかし、男は駄目だ!! 男の娘でも駄目だ!!」


 その筋の世界では「男の娘」というジャンルもあるが、アンシュラオンはそれも駄目である。

 男である段階で駄目なのだ。性差別だろうとなんだろうと駄目なものは駄目である。

 というより、男は「娘」を付けても男だ。もともと付いているのだから、何をやっても変わらない。


「オレは男と契約するために生まれてきたんじゃない!! 女の子とイチャラブするために生まれてきたんだ!! 男なんて反吐が出る!!」

「はぁ…やっぱりそうなったっすか」

「なんだその溜息は」

「最初から無理だと思っていたっす。しょうがないっすから、女の子のほうにするっすよ。仮面を被せたらわからないっすし、胸はどうとでもなるっすからね」

「そう思っていたなら最初から案内しろ」

「男を見せろって言ったのは旦那っすけど…」

「うるさい。口答えするな! ばしっ!」

「いたっ!」


 横暴さ、極まれり。




 今度は女の子のスペースに向かう。

 向かったのは、同じく十二歳程度からのエリアだ。


「前はあまり気にならなかったが、年齢で分けているんだな」

「そうっすね。基本的にそうしているっす。客の大半は年齢を指定してくることが多いっすからね」

「たしかに重要な要素だな」


 ちらりと隣のサナを見る。

 サナはじっと周囲を見ているが、そこに感慨やら嫌悪といった感情はないらしい。

 単なる建造物であり、単なる生物としか見ていない。


(サナにとっては、ここは何の意味もない場所か。同属意識とかもないんだろうな。それはそれでいいことだが)


 サナはもうスレイブではない。アンシュラオンの妹だ。

 彼女の特異な性格のおかげで、「私は元白スレイブだ」という負い目がないことは非常にありがたい。

 ギアスがあったとしても、普通の精神ならばトラウマである。それを払拭するのは一生無理かもしれないのだから。


「ん? 前と少し配置が変わっているな」

「はいっす。何人か売れて、また新しく入ったっす」

「買ったのは領主…イタ嬢か?」

「お嬢さんはあれから来てないっすね。多いときは月一回のペースで来ていたものっすが…前のがトラウマになったっすかね。常連客を失ったっす」

「安心しろ。お前に渡した千五百万は、あいつからぶんどった金だ。売り上げは減っていないぞ」

「ぶっ!! どういう事情っすか!?」

「もらったんだ。友達のふりをして」


 微妙な言い回しである。たぶん世間一般の概念からして、もらったとは言わない。


「あとで揉めないでくださいっすよ…」

「今までの慰謝料だ。それより女の子を見せろ。オレと似た体格の子はいるのか?」

「そうっすね…。子供は女の子のほうが成長が早いっすから、旦那と同じくらいの背丈の子もいるっすよ。というか旦那は二十歳を超えているっすよね?」

「そうだ。たぶん二十三くらいだと思うが…お前の言いたいことはわかる。なぜか背は伸びないんだ」


 アンシュラオンの身長は、ある一定の時期から伸びていない。

 武人の血が強いと、身体がもっとも活発な状態で維持されるようになり、劣化という意味で歳を取らなくなる。

 つまるところ今の状態が、もっとも力を発揮できる体格なのだろう。


(べつに不便じゃないし、これでいいかな。大きいと私生活では邪魔だしね。ゼブ兄とかは大変そうだよ)


 ゼブラエスの身長は二メートル以上はあるので、普通のベッドでははみ出してしまうに違いない。ガチムチなので服だって大変そうだ。

 ただしビッグのように横にも太いわけではなく、全体的にすらりとしながらもガチムチで、スピードとパワーのバランスが最高に良い武人として完成された体格をしている。

 基本的に男が嫌いなアンシュラオンも、ゼブラエスには同じ男として惚れ惚れすることがある。

 男ならば、誰もが一度はああいう肉体を手に入れたいと思うだろう。顔もイケメンであるし。

 ただ、小回りが利く小さな体型も悪くない。戦気の扱いを覚えれば戦硬気で代用もできるので、そうなると大きさはデメリットにもなる。

 積極的に格闘攻撃をするタイプではないアンシュラオンにとって、今の体格は最高なのだ。無駄が一切ない理想形態である。

 なので、これ以上の身長増加はありえない。一生少年のままかもしれない。


(今はこの身体がありがたいかな。似た体格の子なら、いくらでもいるしね)


「とりあえず見て回るぞ」

「ご自由にどうぞっす」




132話 「白スレイブの中から影武者探し 後編」


 アンシュラオンは、少女たちを見て回る。

 このエリアにいる少女の数は八人なので、さして時間がかかるわけではないが、自分の身代わりだと思うと迷ってしまう。

 ざっと外見だけを見た印象が、これ。


(うーん…あまりぱっとしないな。まあ、いたいけな女の子なんだからしょうがないか。戦闘用スレイブじゃないしな)


 あくまで遠くから見てホワイトだと思わせればいいので、細かいところはどうでもいい。


 問題は、雰囲気。


 当然ながら、アンシュラオンのような威圧感を放つ者はいない。そもそもそんな人物はこの街にいないので、求めるのは酷だろう。

 こんな男が山ほどいたら、そこはもう完全なる世紀末である。


(見た目は…もちろん可愛い。どの子もそれなりに可愛いが…サナには及ばないな。サナと比べるほうがかわいそうだけど…。さて、どうするか。どれも似たようなものなら能力を見て決めようか)


 見た目はどの子も大差ないので、今度は能力で判断することにした。

 どうせ手に入れるのならば、それなりに使えるほうがいいに決まっている。

 情報公開を使用して見て回る。


―――――――――――――――――――――――
名前 :アリア・ナ

レベル:1/30
HP :30/30
BP :0/0

統率:F   体力:F
知力:F   精神:F
魔力:F   攻撃:F
魅力:D   防御:F
工作:F   命中:F
隠密:F   回避:F

【覚醒値】
戦士:0/0 剣士:0/0 術士:0/0

☆総合:評価外

異名:
種族:人間
属性:
異能:
―――――――――――――――――――――――


(アリア・ナ…一般人だな)


 さすがに可愛いので魅力はDだが、特に異名もない一般人の少女である。

 取り立てて何かに長けているわけでもない。


(まあ、言ってしまえばサナもそうだから、その点に関して文句を言うのもかわいそうだな)


―――――――――――――――――――――――
名前 :エステル・ラト

レベル:1/40
HP :40/40
BP :0/0

統率:F   体力:F
知力:F   精神:F
魔力:F   攻撃:F
魅力:C   防御:F
工作:F   命中:F
隠密:F   回避:F

【覚醒値】
戦士:0/0 剣士:0/0 術士:0/0

☆総合:評価外

異名:
種族:人間
属性:
異能:信仰心
―――――――――――――――――――――――


(エステル・ラト…一般人か。『信仰心』というスキルがあるが…これは何だ? まあ、信心深いとかそういうことかな?)


 『信仰心』スキルは精神耐性の一種であり、特定の精神攻撃に対する防御機能を持っている。また、特定の環境下で精神の値にプラス補正が付くスキルである。

 ただし、信仰というものはある種の「精神汚染」でもあるので、何を信じているかによって新しい概念を許容しづらくなり、成長が遅くなる面もある。

 一般的にこの世界の人間は「女神信仰」が基本なので、特に表示がなければ女神に対する信仰心なのだろう。

 その場合、特にデメリットはない。単純に忍耐強くなるスキルとでも思っておけばいい。

 それを加味したとしても彼女は一般人だろう。アンシュラオンが言ったように、ただの信心深い少女だ。


(そういえば、名前についても少し調べたんだった。この二人は同じタイプ…【一体型】かな)


 ホロロにもさりげなく訊いたので、この世界の名前の作り方も知ることができた。


 まず、姓名が分かれているタイプの【分離型】。

 小百合・ミナミノも、マキ・キシィルナもそのタイプで、地球でも一般的にあった名前の表記である。

 ミドルネームがあれば、何かしらの身分を表すものという点も似ているので、さほど困惑せずに見ることができるだろう。

 ベルロアナ・ディングラスのように、長く続く家の出身者に多い名前である。普通の家柄でも、長く続いていれば姓が独立してくっついてくる。

 一番多いタイプなので、六割から七割の人間が、この分離型だと思っていいだろう。


 次に【単一型】。

 アンシュラオンやゼブラエスのように、名前しか表示されないタイプである。この場合、これ一つで姓名を兼ねているので、それ以上言いようがない。

 名前自体に大きな意味がある場合、単一型になることが多いらしい。

 たとえば、歴史に名前を遺す英雄は単一型が多い傾向にあるらしく、特殊な人間に多いとされている。

 また、姓名がありふれていて一族間で区別が付きにくい場合、統合して一つにしてしまうらしい。

 これも一例だが、日本人で一番多い苗字である「佐藤」かつ、名前がありふれている「太郎」などの場合、自分でリメイクして「サタロウ」と名乗ってしまうことがあるようだ。

 べつにそれは何でもよく「サロウ」でもいいし、「サロー」でもいい。思いきって「サ・ロウ」にしたっていい。

 つまりは名前が気に入らないから変えちゃった、という感じである。その名前が定着すれば、情報公開でもそれしか表示されないようになる。


 最後に【一体型】である。

 一見すると分離型に見えるが、その二つで一つの名前になっているタイプだ。アリア・ナもエステル・ラトも、「ナ」と「ラト」は苗字ではなく、名前の一部である。

 これはサナもそうで、サナ・パムで一つの名前になっている。面倒なので、普段はサナと呼んでいるにすぎない。

 よって、単一型の亜種みたいな感じだが、こうした名前になっている人間は【地方部族】に多いようだ。

 その地域だけに伝わっている特殊な文字や読み方を組み込み、独特の韻を作って意味を成しているという。

 だから馴染みのない印象を受けるし、最初は苗字なのかなと思ってしまうこともしばしばある。


(見分け方は難しいんだよな…。これも地球と大差ないな)


 地球でも名前に関しては各国各地方で違うので、この世界でも事情は同じようだ。

 こうなると単一型のほうが楽なので、自分がそうであってよかったと思う。呼ぶ側も、いちいち名前で呼ぼうか苗字で呼ぼうかと迷わずに済む。

 唯一の欠点は、同じ名前の人間がいた場合、非常に紛らわしいという点。それはどうしようもないので、改名するのが嫌ならば一号二号と呼ぶしかないだろう。


 と、完全に意識が離れてしまったので、改めて見て回る。


―――――――――――――――――――――――
名前 :ジェニファー・フロックマイ

レベル:1/30
HP :30/30
BP :0/0

統率:F   体力:F
知力:F   精神:F
魔力:F   攻撃:F
魅力:D   防御:F
工作:F   命中:F
隠密:F   回避:F

【覚醒値】
戦士:0/0 剣士:0/0 術士:0/0

☆総合:評価外

異名:心に傷を負った愛多き少女
種族:人間
属性:
異能:慈愛、傷心
―――――――――――――――――――――――


(ふむ…やはり心に傷を負った子もいるんだな。そりゃそうだよなぁ)


 さまざまな事情でここにやってくるので、彼女たちの中にはつらい記憶を持っている子もいる。

 幼少期に受けた傷は簡単には癒えず、下手をすれば人格形成に大きな悪影響を与えてしまうだろう。

 その意味でも、サナが特殊でよかったと思う。


(ただ、この子は『慈愛』というスキルがある。優しい子だということかな。幸せになれることを祈っているよ)


 男と違って女には最大限の優しさを持つので、こうしたことを思ったりもする。

 『慈愛』は加護系スキルで、与えた愛情の分だけ一定期間魅力が上昇し、周囲から守られやすくなるというスキルだ。

 彼女が傷心に負けず他者に愛を与え続ければ、きっと素晴らしい人生が待っていることだろう。


 そして、中にはこんな少女もいた。


―――――――――――――――――――――――
名前 :フェンティーヌ

レベル:1/40
HP :40/40
BP :0/0

統率:F   体力:F
知力:F   精神:F
魔力:F   攻撃:F
魅力:C   防御:F
工作:F   命中:F
隠密:F   回避:F

【覚醒値】
戦士:0/0 剣士:0/0 術士:0/0

☆総合:評価外

異名:男性不信の美しき愛玩少女
種族:人間
属性:
異能:男性魅了、男性不信、復讐心
―――――――――――――――――――――――


(ほぉ、この子は美しいな。見た瞬間、違うことがわかる)


 アンシュラオンでも、その美しさに目を見張る。

 さきほどは「威圧感」や「風格」といった要素で少女を見ていたので、あまり大差はないと思ったが、単純に少女として見て回ると美しさが際立っていた。

 サナとはまた違う独特の美貌を持っており、将来は間違いなく美女になることがわかる容姿だ。

 人形のような美しさ、と言えばわかるだろうか。一瞬、作り物かと思うほどの美を持っている。

 しかも、どことなく妙に人を惹きつける力を感じる。その理由はすでにわかっていた。


(『男性魅了』…か。オレの『姉魅了』に近いスキルのようだな。なるほど、こういう感じか)


 スキルの力によって男性を魅了してしまうようだ。さきほどの感覚もこれによるものだろう。

 ただし、アンシュラオンに対しての効果はさほどではない。おそらく魅力の数値が関係しているのだろう。

 彼女はC。Aの自分にはまったく及ばない。だから効果があまりないのだ。


(だが、大人になって魅力が上がれば魔女になるかもな。それが幸せかどうかはわからない。すでに幸せではないようだしな)


 最初は「なぜこんなに美しい少女が売れ残っているのか?」と疑問を抱いたものだ。

 しかし、その美しい外見に反して、心は怒りや憎しみに染まっていることが雰囲気から察せられた。


(幼いうちに能力が出ると不幸になるな。特に武力がなければ、大人の男に襲われることもあるだろう。ここにいるのだから処女なのだろうが…女性を傷つけるのは性行為だけではない。痛々しいものだな)


 何があったのかはわからないが、今のアンシュラオンに彼女は魅力的には映らない。

 魅力がCにとどまっているのは、彼女が持っているマイナススキルも影響しているのだろう。せっかくの美貌が台無しである。


(オレだったら癒してあげられるか? いや、傲慢だな。シャイナ一人救うのにも苦労しているやつが、他人の人生を背負えるわけがない。せいぜい目的に沿った利益のある女性でないと、オレには背負えないだろうな…)


 その少女に価値があると思えるから、何とか付き合うことができる。デメリットにも耐えられる。

 しかし、ただの偽善からでは長続きはしない。そんな偽物の愛では少女の傷を抉るだけだ。それこそ最低である。

 そもそも影武者を探しているのだ。あまり女性としての魅力が高くないほうがいい。どちらかというと中性的なほうがいいだろう。




(この子は…平凡だな。この子もそうだ。こっちも一般人…か)


 それから三人を続けて見るが、誰もが一般人であった。目を引くような子はいない。

 さすがに焦ったので、モヒカンに訊いてみる。


「なぁ、能力測定ってのはどうやっているんだ? 力を持った子は特別扱いしているんだろう?」

「そうっすね。明らかにそうとわかれば違う場所に入れているっすが…白スレイブの中で特別な子は、今のところ見当たらないっすね」

「調べる装置はないのか? ほれ、ハローワークのハンター測定で血液検査があったじゃないか。あんな感じのはあるだろう?」

「それは使っているっす」

「…なるほど。使ってもいなかった、ということか」

「残念ながら、その通りっす」


(調べていたのは血液中の生体磁気だったか? だとすれば、わかるのは【現状】での力にすぎない。子供なんだ。この歳で力を発揮している人間のほうが少ないだろうな)


 子供の頃から因子が覚醒している人間は、そう多くはない。いくら才能があっても、あのパッチテストだけで調べられるとは思えない。

 ただ、こうして情報公開で見ても、どれもぱっとしないので、あながち間違っているとは言えないが。


 そして、何気なく最後の少女を、ふと見た時である。


「なんだ、やっぱり駄目か…どうしようかな……」


 最後も凡人であった。どうやらここにいるのは、特筆すべき能力を持たない少女だったようだ。


 が―――何かが引っかかった。


 脳裏に少しだけ何か違和感が残ったので、再び最後の少女を見る。


(ん? ちょっと待てよ…ん? 気のせいか? いやいや、ちゃんと見よう。見るだけならタダだしな)




133話 「普通という名の少女 前編」


―――――――――――――――――――――――
名前 :セノア・ロゼ

レベル:1/50
HP :50/50
BP :10/10

統率:F   体力:F
知力:F   精神:F
魔力:F   攻撃:F
魅力:C   防御:F
工作:F   命中:F
隠密:F   回避:F

【覚醒値】
戦士:0/0 剣士:0/0 術士:0/3

☆総合:評価外

異名:求められるままに生きる少女
種族:人間
属性:水
異能:念話、恭順姿勢
―――――――――――――――――――――――


(おおっ!! この子…術士の覚醒限界が3だぞ! 一瞬、0に見えちゃったけど、3だよな? あっぶねー、見落とすところだったじゃないか)


 人間の思い込みは怖いもので、「どうせ0だろう?」とか思っていると、3とか6、8、9などが0に見えてしまうことがある。

 目が悪くなった晩年などは、デジタル時計を見間違えることもあるくらいだ。

 しかも七人続けて0が続いていたので、うっかり見落とすところであった。注意しなくてはならない。

 今度は何度見ても3なので、これで間違いはないのだろう。そもそも情報公開は間違えない。間違えるのは自分である。


(3…か。覚醒限界だけがすべてじゃないが、仮に3まで覚醒したとすれば一流の術士になれるかもしれないレベルだ。間違いなく才能はあるな)


 戦士や剣士もそうだが、3もあれば一般的なレベルで一流と呼ばれる領域に入ることができる。

 それ以上となると、もう達人や武芸者の領域に入ってしまうので、数は激減することになる。

 ガンプドルフなどは因子レベル5の技を使っていたが、そこまでいけばまさに【英雄】、超一流の武人である。

 アンシュラオンのように8以上に至ると、もはや伝説級の使い手という扱いになる。世界で数えるほどしかいない超人だ。

 なので、3もあれば十分。

 アンシュラオンだって、普段使う技の多くは因子レベルが3以下のものばかりである。BP消費も少なく使い勝手がよく、発動時間も短いので便利なのだ。

 実力が上がれば技の威力も相乗して上がるので、下位の技でも常人の上位レベルの技となることも大きな理由だ。


「どうしたっすか?」


 じっと見ていたのでモヒカンが話しかけてきた。興味があると思ったのだろうし、実際に興味はある。


「この子は?」

「ああ、新しく入ってきた子っすね。気に入ったっすか?」

「まあな。どんな子だ?」

「おとなしい子っすね。特に問題がないから扱いやすいっす」

「だろうな」

「へ?」

「いや、こっちの話だ」


(『恭順姿勢』というスキルがある。当人と話せばすぐわかるだろうが、そういう性格なんだろうな。利口ともいうが。それより『念話』が気になる。文字通り、テレパシーというやつか?)


 精神感応とも呼ばれるものであるが、一般的に心の中で会話ができるものを指す。

 情報公開が中途半端なところは、推測はできるが詳細がわからないところだ。あくまで「たぶんそうだろう」としかわからない。


(気になる。距離はどうなんだ? 誰とでもできるのか? うん、この子がいいな。というか、この子しかいないんだが…)


 結局、気になったのは一人だけである。消去法でも一人しかいないし、自分から選ぶとしてもこの子しかいない。

 サナのように劇的ではないが、そこに迷いがなかったのは好材料である。

 何より「おとなしくて扱いやすい」というのが絶対的に気に入った。そういう人材を欲していたのだ。加えて能力もあるのならば願ったり叶ったりだ。


 改めてその少女、セノア・ロゼなる少女がいる部屋の前に立つ。


「会うぞ」

「了解っす。これがこの子の詳細資料っす」

「うむ、どれどれ……ん? 買取希望額が五百万だと? おい、サナより高いじゃないか。サナのほうが可愛いだろう。それに普通、子供のほうが高くなるんじゃないのか?」

「そ、それは…その……なんと言ったらいいっすかね。旦那の言う通り、年齢が低いほうが高いっすけど…この子はその……健康体なんで……申し訳ないっす!」


 サナは「言葉を話せない」という最大の欠陥があったので、あの容姿かつ子供であっても値が付かなかった。

 一方、セノアはサナより年上だが、極めて健康体である。その差は大きい。


「ふん、俗人にサナの価値などわかるわけがないか。お前たちが見た目だけで判断していることなど、当の昔にわかっていることだ。いちいち怯えるな」

「だって、下手なこと言ったら怒るっす」

「まあな」


 怒るのである。付き合うほうも命がけだ。

 モヒカンなら殺されはしないだろうが、尻の穴が増えることになるだろう。言葉を選ぶのは当然だ。


「まあいい。開けろ」

「了解っす」


 モヒカンが名札の場所に仕掛けられた術式を解除すると、少女の姿がさらにはっきり見えた。

 小豆(あずき)色の髪の毛に緋色の瞳をした、まだあどけない発育途上の少女である。


(体格は、ほぼ同じか。顔色もいい。健康状態がいいという話は嘘ではないようだな。モヒカンが言ったのは言葉を話せるという意味だろうが、健康なのはよいことだ)


 モヒカンから渡された資料によると、年齢は十二程度。小学六年生か中学一年生といったところ。

 一番重要な体格は、ほぼ同じ。小学生の頃、身長が男子より高い子はけっこういたもので、ああいったタイプである。

 顔立ちもそれくらいで、まだ大人になりきれていない少女特有の愛らしさを滲ませている。


 顔は、可愛い。


 大人になれば清楚な感じになりそうなスマートさも感じさせ、今後の成長を楽しみにさせる。

 さきほどの『男性魅了』を持っていたフェンティーヌよりは数段劣るが、一番のポイントは癖がない点だろう。

 すべてがすっきりしているので独特の癖が何もない。これも影武者向きである。


(目はオレに少し似た色だな。髪の毛は…全然違うな。色は最悪、脱色すればいいだろう)


 少女を観察。こうして見るとまったく自分と似ていないが、まだ何も手を加えていないので当然だろう。

 髪の毛はロングのストレート。これは切れば問題ない。


「………」


 アンシュラオンが眺めている間も、セノアは沈黙を保っていた。

 すでに術式は解除してあるので、気がついていないわけではない。単純に何を言っていいのかわからないので、こちらが動くのを待っているのだろう。

 その様子は、まるで命令を待っている犬にも見える。


「ふっ…」

「あっ…」


 アンシュラオンが軽く笑うと、少女がびくっと身体を震わせた。

 やはり緊張しているようだ。まずは緊張をほぐしたほうがいいだろう。


「ああ、いや、驚かせちゃったかな。べつに君を笑ったわけじゃない。ちょっと飼い犬のことを思い出しただけだよ」

「…は、はい」

「オレの名前はアンシュラオン。君の名前を訊いてもいいかな?」

「あ、はい。…セノア・ロゼといいます」

「セノア・ロゼか。いい名前だ。まるで花のようだ」

「あ、ありがとうございます」


(よかった。ちゃんと通じた。サナの時は無反応だったから、ちょっと怖かったんだよな…)


 再び隣にいるサナを見る。

 サナは何を言っても反応しなかったので、最初は自分の対応が悪かったのかと思ったくらいだ。

 一方、緊張はしているものの、セノアの受け答えはしっかりしている。


「犬は好きかな?」

「は、はい。犬…可愛いです。犬を飼っておられる…のですか?」

「ゴールデン・シャイーナっていう犬をね。世界で一頭しかいない珍しい犬なんだけど、これがワンワンうるさくてね。君とは大違いだ」

「初めて聞きました。ゴールデン…金色ですか?」

「そうだね。ちょっと薄めの金色かな。今度、君も触ってみるといい。噛まれないように注意は必要だけどね」

「噛むのは…怖いです」

「大丈夫。吠えたら尻でも引っぱたいてやればいいさ」

「それはその…かわいそうです」

「君は優しいんだね。まあ、女の子ってのは基本的にそういうものだしね。好意的だよ」

「…は、はい」


 アンシュラオンに好意的と言われたせいか、少しだけ恥ずかしそうに俯く。

 まだ十二歳なのだ。こうして面と向かって話すのは恥ずかしい年頃かもしれない。

 しかも自分は美形である。年上から見れば愛らしいのだろうが、年下から見れば「超イケてる年上男子」である。

 これが漫画なら、キラキラのスクリーントーンを貼られるくらいに輝いていることだろう。


(なんだか逆に新鮮だな。これが【普通】ってやつなのかな。…うんうん、悪くないぞ。セノアは普通のいい子だ)


 普通、とは難しい言葉だ。何をもって普通と言えばいいのか非常に難しい。


 しかし、少女から感じた印象はまさに―――普通。


 歳のわりに会話もこなせるようだが、この世界では結婚していてもおかしくない年齢なので、これくらい話せても不思議ではないだろう。

 あまり意識したことはなかったが、こうした普通の女の子と話すのは初めてである。

 ロリ子ちゃんはもう少ししっかりした印象があったので、彼女は独立した女性という感じだ。既婚者であるし。


 ちゃんと会話ができるようなので、もう少し切り込んでみる。


「さて、君は今の自分の状況を理解しているかな?」

「…はい。あなたが…ご主人様ですか?」

「話は聞いているようだね。助かるよ。一応、そのつもりでいる」

「どうぞよろしくお願いいたします」

「君はスレイブになることに違和感はないのかな?」

「ありません」

「即答だね。…普通は嫌だと思うけど」

「そのほうが…安全ですから」

「なるほど、模範的な回答だ」


(普通のスレイブはこんな感じなのか? それともスキルのせいか?)


 彼女からは反抗心というものをまったく感じない。自分の境遇もすべて受け入れているようだ。

 彼女の首にもギアスがはめられており、「この場所が快適」「買われることは幸せ」という認識が印象付けられているのだから、それ自体はそうおかしくはない。

 ただ、今までこうした年下女性のほうが少なかったので、逆にアンシュラオンが面食らうという奇妙なことになっていた。


「あ、あの…い、いけなかったでしょうか?」

「ん? 何が?」

「その…お気に召さなかったなら……申し訳ありません」


 セノアは、少しおどおどしながら答える。

 自分の受け答えが相手の気に障ったならば、買い取ってもらえない可能性があるのだ。

 一番最悪なのは、買い取ったあとに虐待されることである。それを怖れてのことだろうか。

 改めてスレイブの立場の低さを思い出す。


「君には絶対服従をしてもらう。オレの命令は絶対だ。しかし、君に自分の意見を強要しようとは思わない。その違いがわかるかな?」

「…その…私には……」

「オレのものには違いないが、自分なりの意見を持ってもいい、ということさ。それに対してオレが戒めることはしない。君は人形じゃないからね。命令によって望まないことが起こるかもしれないが、起こった事象に対してどうリアクションするかは、君の自由だ。ちょっと難しい言い方だったかな。要するに、命令以外は君にも自由が与えられるということだ。これならわかるかな?」

「は、はい。ありがとうございます」


 少しだけ緊張がほぐれたのがわかった。少なくとも自分を痛めつけて楽しむ趣味はない、ということが少女にとっては一番の安心材料だったのだろうから。


(張り合いはないな。シャイナに慣れすぎたかな?)


 シャイナはすぐに噛み付いてくるので、それと比べるとスカスカした印象を受けてしまうが、これが普通の子供の反応なのだ。




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