31話 「どうしてあなたは髪の毛を愛するのか? なぜなのか? 僕には理解できない。したいとも思わない」
改めてその男、エンヴィス・ラブヘイアを見る。
深い草色の髪を肩口まで伸ばし、綺麗に整えている。目の色は青。顔立ちは悪くはない。
美男子ではないが標準以上の顔はしているだろうから、女性にモテようと思えば何とかなるだろう。
合コンに行くときに、とりあえず『あいつが来るから』とか言って餌にされるくらいの顔はしている。
着ている濃いモスグリーンのロングコートには、所々に鉄鎖が入っているようで、たまにチャリチャリと音がしていた。
腰にはロングソードと予備の短刀。武器に特別な力はなさそうだが、使い込んでいる様子がうかがえる。
また、特に臭いというわけでもないので、傭兵のわりにはなかなか小奇麗にしているように見えた。
だが変態である。
これが重要である。
こいつは変態だ。
しかし、傭兵は強ければ許される。それもまた重要な要素だ。
「で、お前は強いのか?」
「青毛級狩人(ブルーハンター)のライセンスを持っています」
「青毛級(ブルー)。オレの白牙級(ホワイト)の二個下の第四階級か」
下から数えて無足級(ノンカラー)、赤鱗級(レッド)、そして青毛級(ブルー)。計算では、第四級の根絶級魔獣を倒せるレベルにある。
根絶級は『街に近寄った場合、根絶すべき危険な獣』なので、それくらいの敵は倒せるということだ。
だが当然、こんな変態のことをアンシュラオンは信用しない。
遠慮なく自分で調べてみた。
―――――――――――――――――――――――
名前 :エンヴィス・ラブヘイア
レベル:22/50
HP :110/680(殴られたから減ってる)
BP :120/210
統率:F 体力: D
知力:F 精神: E
魔力:D 攻撃: D
魅力:F 防御: D
工作:D 命中: D
隠密:C 回避: E
【覚醒値】
戦士:0/3 剣士:1/3 術士:0/0
☆総合:第九階級 中鳴(ちゅうめい)級 剣士
異名:危険な毛髪男
種族:人間
属性:風
異能:毛髪診断、毛髪収集癖、孤独の剣士、広域剣術強化、毒耐性
―――――――――――――――――――――――
(ほぉ、剣士因子が1か。つまりこいつは、れっきとした武人だということだ)
剣士因子が1あれば立派な武人である。
この0と1との間には、計り知れない差があるからだ。
0でも戦気を出せる人間はいるが、1になれば【技】を修得できる。これが最大のメリットとなる。
ラブヘイアは剣士なので、おそらく剣王技(ソードスキル)を修得しているものと思われる。
ちなみに剣王技は、普通に『けんおうわざ』と呼んでもかまわない。覇王技は、ロードスキルあるいは『はおうわざ』。魔王技は、マスタースキルあるいは『まおうわざ』である。特に決まりはない。
ただ、覚えられる技には因子レベルが関係しているので、因子レベル2の技は、どんなに強くても1の人間には覚えられない制限がある。
(1あれば使えるな。知力と魅力はカスだが、魔力、工作、体力、攻撃、防御、命中がD。Dってのは一人前のレベルを指すから、総合的に考えれば、それなりに体力があって、そこそこ器用で使える剣士といったところか)
それに加えて、隠密がCである。
完全に変質ストーカーとしか思えないが、このCがあったからこそ、考えに没頭していたアンシュラオンも気がつくのが遅れたのだ。
もちろん敵意があれば一瞬でわかるが、まさか髪の毛を嗅ぐとは思わなかった。
(しかし…毛髪診断って何だ? 初めて見たぞ。名前から察するに、そのままの意味か?)
そもそも珍しいから異能なのだ。初めて見るものがあっても仕方ない。
これは当人に聞いてみる。
「お前は、髪の毛から何かを調べられるのか?」
「おおお、それに気が付かれるとは、さすが私の…」
「次の言葉を言ったらお前を丸刈りにする。永久脱毛だ。転職先は僧侶かボディビルダーだけとなる」
「…では、なんとお呼びすれば?」
「普通にアンシュラオンでいい。で、どうなんだ? 何かわかるのか?」
「はい。相手の本当の美しさがわかります」
「美しさ?」
「どんなに偽っていても美は隠しきれません。ああ、あなたほどの美しい髪の毛には初めて出会いました!! もう私は虜です」
「…ひぃっ」
本気でつらい。やめたい。こいつの能力も使えない。無意味だ。
「お前はいつも単独で動いているのか?」
「はい。あまり組んでくれる人がおりませんので、独りで魔獣を狩ることが多いのです」
「うん、当然だな」
「それに気が付かれるとはさすが…」
「うん、誰でもわかることだぞ。自覚しろ、そろそろな。しないと近いうちに闇討ちに遭うぞ」
「はぁ…理不尽な世の中です」
「正しい世の中だ。少なくともこれに関してはな」
(スキルの『孤独の剣士』は何だろうな? スキルの詳細までわかればいいんだが、さすがにそこまで便利じゃないか。こういった感じのスキルは、能力に影響を与えるものが多いのはわかっているんだが…)
ちなみに孤独の剣士は、単独で戦闘に入ると攻撃の能力値に1.3倍の補正が入る強力なスキルである。
ただし、常に寂しいので精神の値が落ちるというマイナス効果もある。
(広域剣術強化ってのは、たぶん広域技に補正がかかるんだろうな。…あとは毒耐性。両方ともあって損はないスキルだ。はぁ、変態でなければ少しは使えるやつなんだろうが…変態か。それならそれで利用するか。非常に苦渋の決断だが仕方ない。収集癖があるならば、この手が通じるかな?)
「じゃあ、取り分は10:0でいいな」
「気のせいでなければ、下がっているような…。むしろゼロになっています。さすがにそれは…」
「髪の毛が欲しくはないか? 白くて綺麗で良い匂いがする、この世界でもっとも上等な髪の毛を」
これ見よがしに自分の髪の毛を触る。
「っ!! そ、それはまさか…! 私の目の前にある…至高の!」
「死ぬほど嫌だが、本当に嫌だが、泣きたいほど嫌だが、報酬としてお前にオレの髪の毛をひと房やろう。これくらいだぞ。これくらいだからな!!」
軽く握ったくらいの量だ。
モコモコしているので、ちょっとくらいなくなっても問題ない。この一ヶ月で少し伸びたし。
「そのようなご褒美、よろしいのですか!? はぁはぁ、ごくり! じゅるり!」
「ご、ご褒美…。ぐっ、そう…だ。ご褒美だ。それとも髪の毛は無しで、報酬の折半がいいか? オレはむしろ、そのほうがいいような気がしてきたが。…今後のお互いのためにも…いやむしろオレのために」
「そのようなこと!! ぜひとも髪の毛を頂戴したいと思います!! なんなら追加料金を払ってもいいです!! ぜひともお願いいたします!!」
土下座した。
「そう…か。なら、それで…いいか。お前がいいなら…な」
「ありがたき幸せ!! ぐへへ、じゅるる、はぁはぁ」
(ちくしょう。何か失った気分だ。スレイブって、こんなにつらい人生を歩んでいるんだなぁ。こんな変態が雇い主だったら、オレ、死を選ぶわ)
人生において、金よりも大切なことがあると知った瞬間である。
人間の誇りとかプライドは、やはり重要であると。
それから準備を整え、門に戻る。
「お姉さん!」
「あらあら、見つかったのかしら?」
「うん、あの人と一緒に外に行くんだけど…」
「あら、大人の人が一緒なのね。誰なの?」
「護衛で雇ったんだ。でもね、ちょっと変な人なの。僕の髪の毛を触って、匂いを嗅いで、よだれを垂らしてはぁはぁするんだ。大人って、みんなああいうことするの?」
「…へぇ。そうなの。少し待っててね。そこのあなた、ちょっとこっちに」
「え? 私ですか?」
お姉さんは、ラブヘイアを裏に連れて行く。
「この変態が!!! 恥を知りなさい!!」
ガス、ドゴッ!
「はぐっ!? ぶはっ!! な、なぜいきなり!? なんですかこの仕打ちは!?」
「人間のクズが! あんたみたいなやつがいるから、ここの治安が荒れるのよ! あの子に何かしたら、ただじゃおかないからね!!」
「いやもう、ただで済んでは…ぐはっ、うぼっ! ひぎゃっ! ひでぶっ!」
ガス、ボス、バキ、ドカ、グシャ!!
五分後、いくつかの罵声と打撃音が聴こえ、ボロボロになったラブヘイアが放り出された。
顔面の半分が崩壊している。
「お姉さん、どうしたの? 何かあったの?」
「ううん、大丈夫よ。もう何も心配いらないわ」
「そうなの?」
「うん、そうよ。もしあいつが何かしたら、また教えてね。今度は二度と立てないようにするから」
「ほんと!? ありがとう! それとね、これもあの人が壊しちゃったんだ」
「あらあら、リングにヒビが…。いいのよ、ちゃんとあの人に請求しておくから。君は悪くないわ」
「よかった。お姉さん、大好き!」
「んふふ、気をつけて行ってきてね」
リングは、ラブヘイアを殴った時に亀裂が入ったようである。
リングが戦気を吸収したおかげで彼は死なずに済んだのだろう。
ならば修理代金の支払いくらいは安いものだ。自分の命の代金なのだから。
「あの、どうして殴られたのでしょう? なにかすごい罵倒されたのですが…意味がわからないです」
「意味がわからないのはお前の存在自体だろうが。全部自業自得だ。さっさと行くぞ」
「は、はい…。やはり理不尽な世の中です…」
「極めて正当な世の中だ」
こうして不本意ながら、変態との共同作業が始まる。
32話 「変態と魔獣の狩場へ出立」
アンシュラオンはラブヘイアと外に出る。
「このへんにはどんな魔獣がいるんだ?」
「第六級の駆除級魔獣では、ヘビーポンプとワイルダーインパスが多く、第五級の抹殺級魔獣ではエジルジャガー、グランタートルでしょうか」
ヘビーポンプは、身体に巻き付いたポンプのようなものから火炎を放射する蛇型魔獣。
毒の代わりに火を吹くと思えばわかりやすいだろう。油や燃料などを好むので露店や工場地帯を襲ったりする。
ワイルダーインパスは荒野に出現するバッファローに似ているが、角が大きく攻撃的で人間をよく襲う。百頭以上の群れになると抹殺級魔獣にランクアップする。
エジルジャガーは、ワイルダーインパスを食料にする肉食獣だが、これまた人間を襲う。知能が高いので、行商人の馬車などを襲い食料を奪っていくこともある。
グランタートルは亀型の魔獣だが、やたらでかい。進路をまっすぐに進むので、外壁や家などがあっても破壊して止まらない。
グラビガーロン〈たゆたいし超重力の虚龍〉の遠い親戚だと思えばいいだろうか。戦闘力はペットの亀とゴジラくらい違うが。
「それで、一匹あたりの値段は? 魔獣討伐はどういう仕組みなんだ?」
「魔獣討伐申請の場合、種類と駆除数に応じて街から一定額の報奨金が支払われます」
「素材は別扱いなのか?」
「はい。その報奨金とは別に素材はハンターのものです。報奨金と素材を売った値段が報酬となるわけです」
「なるほどな。素材だけだと倒し方によっては金にならないこともある。それに弱いやつだと素材を傷つけるのを気にして負けてしまうかもしれない。そういったものに対する保険か。それで、各魔獣の値段のほうは?」
「一般的に素材込みで、エジルジャガーで十万、グランタートルなら二十万くらいです。素材が悪いとその七割弱になりますね」
「ふむ、たかが抹殺級でもそこそこにはなるか」
「ですが、抹殺級自体がこの近辺ではそこまで見かける魔獣ではありません。その下となる駆除級魔獣のワイルダーインパスは安いですし、ヘビーポンプはそれ自体が産業廃棄物になるので、あまり値は…」
「どれもクズ値ってことか。一日でどれくらい狩ったことがある?」
「最高でワイルダーインパスが二十、それを追っていたエジルジャガーが六くらいでしょうか」
「全然足りないな」
「そうですか…。暮らすには十分なのですが…」
仮にこれが八十万になり、半額税金になっても四十万の収益だ。個人が一日で稼ぐ金とすればかなりの額だろう。
毎日こんなおいしい獲物と遭遇するわけではないが、二ヶ月に一度大きな当たりがあれば、毎日ぐーたらしても十分やっていける。
が、アンシュラオンが求めるのは、そんな小物ではない。
「今日と明日の昼までに最低六百万以上稼ぐぞ。それは理解しておけ」
「ろ、六百! そんな大金をどうするのですか?」
「大金? ふん、あの子の値段だとすれば大金とも思えないな。安い。安すぎる。お前は自分が愛する女神がその値段で売りに出されていたら、どう思う?」
「安いですね!! 借金してでも買います!」
「だろう? 安いんだよ。人の命なんてもんはな。だが、オレがそれを高めてやる。だから六百万だ。それでもはした金だがな」
あの少女にどれだけの価値があるかと問われると、アンシュラオンも答えられない。
だが決めたのだ。買うと決めた。自分のものにすると決めた。
ならば、それがすべてだ。
「第四級の根絶級魔獣は、いくらだ?」
「一匹あたり、百万以上はしますね」
「お前は青毛級狩人(ブルーハンター)だったな。狩ったことがあるのだろう? いくらだった」
「私のときは百二十万くらいでした」
「第三級の討滅級魔獣は?」
「そこまでくると…最低でも一千万は超えるのでは? 私は見たこともありませんが…」
「ところで、それくらいの額を軽く払ってもらえるのか? あの都市はそんなに金があるのか? たしかに多少栄えてはいるようだが、少し疑問に思ってな」
「それは問題ありません。半分以上はハローワークが出しているはずです」
金がない都市への救済措置として、ハローワークが積極的に援助を行っている。
それゆえにハローワークでは、都市の行政代行という役割が与えられているのである。ハローワーク側としても大きなメリットとなる。
「それならば安心だ。ふむ、一千万か。ならば第一目標は討滅級魔獣。続いて根絶級魔獣とする。雑魚は相手にするな。時間の無駄だ」
「で、ですが、高いということはそれだけ強いということです」
「何をびびっている。お前だって第四級の根絶級魔獣を倒したはずだ。ブルーハンターには根絶級を倒さないとなれないのだろう?」
「倒しましたが、それでも相当苦戦をしました。あの時、どれほどの苦痛を味わったか…。おかげでまた髪の毛パワーを補充しなければならなくなり…」
「お前の変態的な性癖のことなど誰も聞いていない。オレの髪の毛が欲しいのだろう? 最初に言っておくが、戦闘面でオレはお前を必要としていない。それは理解したな?」
「はい。身にしみております」
「お前が動物程度の恐怖心を持っていてよかったよ。殴っても理解しない本当の馬鹿ってのがいるもんだしな」
アンシュラオンの拳を受けて実力差を理解したのだ。
相当手加減したうえにリングもはめていたが、それをくらっても死ななかったことは評価できるし、こうして実力差を知るだけでもたいしたものだ。
だが、まったくもって論外。アンシュラオンに比べれば赤子以下だろう。期待するわけがない。
「ここで待っていてもいいぞ。その場合は髪の毛はやらんが」
「いえ!! この命に代えてもお供いたします!! ぜひ、ぜひ、お連れください!」
「…待っていてくれても…いいのだぞ。本当に」
「ご心配には及びません! この剣にかけて誓います!!」
「…そう…か。残念だ」
心の底から置いていきたいのだが、この男に活躍させないと後でまた面倒になりそうだ。
なので、本当に嫌々だが連れていくことにする。
「根絶級魔獣以上はどこにいる? やはり北の大森林か?」
「そうですが、距離がありますので近場のほうがよろしいでしょう。アンシュラオン殿の願いは、明日の夕方までに戻ること。ならばあと二十七時間と少々ですから、往復時間を考えてその範囲内ということになります」
「あてがありそうだな」
「ここから西に五百キロほど行くと【魔獣の狩場】という場所があります。そこに最近、大物が出るという話があるのです」
「西…。地図ではかすかに森のようなものがあるが…」
「森もありますが大部分は草原ですね。そこに草食系の魔獣が出るのですが、それを目当てに肉食魔獣が集まります。そして、それを目当てに…」
「より上位の魔獣が出るか?」
「その通りです。あそこは手付かずの魔獣の楽園と言ってもよいでしょう。調査団によって第三級の討滅級魔獣の存在も確認されております」
「食物連鎖の過程で大物が出るようになった、ということか。ならば、なぜ積極的に狩りに行かない? 他のハンターも知っているのだろう?」
「地図の通り、あそこは警戒区域にかかっています。この警戒区域というのはあくまで目安でして、赤いラインを超えて強い魔獣が出ることもあるので、普通はかなり距離を取った場所で狩りをします。討滅級魔獣もあくまで確認されているというだけで、倒しに行く者などそうはいませんし…」
「ハローワークのハンターで一番強いのは誰だ? そいつなら討滅級くらい倒せるだろう?」
「………私です」
一瞬、間を置いてからラブヘイアが申し訳なさそうに答えた。
その答えにアンシュラオンの目が点になる。
「…は? 冗談はよせ。お前はブルーだろう。ブラックくらいいるはずだ」
第三階級の黒爪級狩人(ブラックハンター)は、同じく魔獣第三級の討滅級魔獣を狩れる者に与えられる称号だ。
つまり、このブラックハンターがいないということは、討滅級魔獣クラスの敵が出たら対応できないことを意味する。
「それがその…事実なのです。この周辺で駆除をしているのは、それを目当てに大きな魔獣が近寄らないようにですから」
「治安の維持というより、さらに大きな災厄を招かないためか?」
「そうなります。街の周辺に根絶級魔獣が出ただけでも大騒ぎですから」
「なんてこった…あまりに弱すぎる。この都市の防衛力は大丈夫なんだろうな? 心配になってきたそ…」
「アンシュラオン殿が来たので街もハローワークも助かっていると思います。第二階級のホワイトハンターですからね。偉大なことです」
「たかだかホワイト一人が珍しいか。受付のお姉さんが騒ぐわけだ。まあ、それはいい。それで、その魔獣の狩場に行けば大物がいるんだな?」
「この周辺よりは確実に割が良いと思われます」
「よし、そこに行くぞ」
「あの、やはり近場で済ますということも…」
「どっちなんだ、お前は。当たりが大きいほうを選ぶに決まっているだろう。さあ、行くぞ」
アンシュラオンが大きな荷台を持ち上げる。
馬のついていない荷車といえばわかりやすいだろうか。ただし、その大きさはやたら大きく、幅十メートル、長さ三十メートルはある。
「ところで、これは…?」
「倒した魔獣を載せる荷台だ。素材を持ち帰るのだろう?」
「は、はい。そうですが…大きすぎませんか?」
「討滅級魔獣はどれも大きいぞ。小さいものでも八メートル以上はざらだからな。剥ぎ取るからそのまま載せるわけじゃないだろうが、それでも何十匹にもなればひと山にはなるだろう。本当はもっと大きいのがいいんだが、倉庫のおっさんがこれが一番大きいというからな…我慢している。最悪は荷台にくっつけて引きずってくればいいし、足りなかったらその場の材料で作ってもいいだろう」
(本気で狩るおつもりだ…)
ラブヘイアはアンシュラオンが本気であることを知った。
しかも一匹ではない。確実に数十匹を想定している。
「よし、行くぞ」
「は、はい。生きて帰れるようにがんばります…」
「お前なんか死んでもいいけど一応は守ってやる。気が向いたらな。だから安心しろ」
「いえあの…あまり安心できないのですが…気が向かなかったら死ぬのでしょうか…?」
そんなラブヘイアの不安をよそに、アンシュラオンは魔獣狩りに出発である。
33話 「ラブヘイアの実力テスト」
アンシュラオンたちは移動を開始。
(狩場までは、およそ五百キロ。今が13時過ぎくらいだから、夕方前には着きたいものだな)
「ラブヘイア、時速何キロくらいで走れる?」
「そうですね…百キロくらいなら」
「ほぉ、なかなか速いな」
「速度には少し自信がありますから」
「では、しっかりとついてこい」
そうしてアンシュラオンは加速。時速百キロで移動する。
多少地図が詳細になったとはいえ、実際の道はデコボコで起伏もあるので、時速百キロだからといって一時間で百キロメートル進むわけではないが、計算上では五時間で到着ということになる。
(…案外ちゃんとついてきているな。こいつがハンターで一番強いと聞いたときはショックだったが、それなりに実力はあるじゃないか)
時速百キロは武人にとってさして速いわけではない。
速い武人となれば百メートルを一秒くらいで普通に走るし、銃弾を軽くよけるだけの脚力があるのだから瞬発力だけならばさらに速い。
が、ここで重要なのは【持久力】。いかに走り続ける体力があるのかが重要だ。
それから二時間、時速百キロで走り続ける。
「ラブヘイア、問題ないか?」
「はい。まだ余裕はあります」
軽く身体が熱くなってきた、という感じだろうか。少し火照っているが、まだまだ問題ない様子である。
「思ったより体力があるな」
「アンシュラオン殿もさすがです。まったく疲れた様子がありません」
「当たり前だ。この速度では軽いジョギングにすらならないからな。しかもほぼ平坦だ。山や森のように走りにくいわけでもない」
火怨山は深い渓谷だらけなので、そんな最悪な足場を魔獣と戦いながらも駆け抜けねばならない。
それと比べればこの程度の場所は、綺麗に舗装された道路を走るようなもの。苦にはならない。
「ちなみに最高速度はどれくらいでしょう?」
「さあ? 計ったことなどないからな。この三倍くらいは普通に出るが…わざわざ爆走する理由もないだろう」
「…そうですか。訊いたのはよかったのかよくなかったのか…自信をなくします」
「お前が師匠のところに行ったら、その日に死ぬな。それは保証してやる」
いきなり第三級の討滅級魔獣がうじゃうじゃいる森に放り込まれる。
そこは第二級の殲滅級魔獣も出る場所なので、ラブヘイアなら即日殺されて終わりだろう。
人にはそれぞれの才能に応じて適した場所があるという証拠である。
「これ以上の速度は出せるか?」
「もう少し上げられますが、さすがに体力的には厳しいです。着いた頃には倒れそうです。普通は何日かかけて警戒しながら行く場所ですし…」
「お前はいるだけでもいいんだが、自衛できるくらいの体力は残したいな。あまり関わりたくないし」
「あの、できれば心の声で言ってください。心にグサグサ突き刺さります」
「変態なのに繊細なんだな。どっちかにしろ」
「変態と繊細は別問題だと思うのですが…」
(このままだと日が暮れそうだな…。ラブヘイアを荷台に乗せて少しスピードを上げるか? 二百キロくらい出せばすぐに……と、あれは?)
アンシュラオンの前方に魔獣が見えた。
ワイルダーインパスの群れが砂埃を巻き上げながら走っている。
(たまに見かける角が大きいバッファローだな。あれってどれくらいの強さだ?)
―――――――――――――――――――――――
名前 :ワイルダーインパス 〈暴土牛(ぼうどぎゅう)〉
レベル:10/20
HP :180/180
BP :30/30
統率:F 体力: D
知力:F 精神: E
魔力:F 攻撃: E
魅力:F 防御: E
工作:F 命中: E
隠密:F 回避: F
☆総合: 第六級 駆除級魔獣
異名:牛突猛進の土牛
種族:魔獣
属性:土
異能:集団突撃
―――――――――――――――――――――――
(ふむ、はっきり言って雑魚だな。だが、数は多い。三十はいるかな? たしか数が増えれば階級も上がったはずだ。それに雑魚とはいえ一般人にとっては脅威となる魔獣。…ちょっと試してみるか)
「ラブヘイア、あいつらを始末してみせろ」
「やはり近場で狩られますか? あれだけの群れはなかなか見かけません」
「お前の腕を見たいだけだ。実際にどれくらいやれるかわからなければ、今後どう扱っていいかわからないからな。お前の命にかかわることだ。雑魚相手でも真剣に戦え」
「なるほど。…わかりました。やりましょう」
「一人でやれるか?」
「もちろんです。アンシュラオン殿に私の腕をお見せいたします」
ラブヘイアは頷き、躊躇なく剣を抜いた。
こうして素直に言うことを聞くのは、アンシュラオンが雇い主であるということもそうだがホワイトハンターであることも大きい。
二つも上となればもう別格である。ハンター業がそれなりに長いラブヘイアにとっては、それだけで尊敬の対象なのである。
ついでに髪の毛も尊敬対象であるが。
(さて、どれくらいのものかな。おっ、いきなり技を使うつもりか。相手はまだ気がついていない。悪くない判断だ)
ラブヘイアは気配を殺して群れの後方に移動し、ロングソードに剣気をまとわせる。
剣気は【風気(ふうき)】に変質し―――斬るように放出。
三つに分かれた剣気が群れの後方から迫り、そのままの勢いで六匹のワイルダーインパスを切り裂いた。
(風衝(ふうしょう)・三閃か。三つ出せるとはやるな。あいつの能力値からすれば過剰だから、おそらく『広域剣術強化』スキルの効果だろう)
剣にまとわせた剣気を、刃の勢いとともに繰り出す遠距離攻撃を【剣衝(けんしょう)】と呼ぶ。
剣圧の威力をそのまま繰り出せるので非常に使い勝手がよく、剣士が間合いを測る際にもよく使う技の一つだ。
その剣気を風気に変えたものを風衝(ふうしょう)と呼ぶ。雷に変えれば雷衝であり、水に変えれば水衝である。
(風系か。そういえば、こいつの属性は風だったな)
風の属性は総じて速い。通常の1.5倍の速度を生み出せる。
速度が上がれば命中率も上がるので、牽制したり間合いを広げたりと使い道は多いだろう。
その反面、通常よりも威力が三割程度軽減するというデメリットもあるので、どちらかというと手数が重視される属性である。
(今ので相手が気が付いたな。さあ、向かってくるぞ。あいつらのスキルはたしか…)
集団突撃。
敵と認識した相手に対して数の力で押し寄せてくる。その迫力はかなりのものである。
闘牛士でさえ一匹の暴れ牛に殺されることがあるのだ。それが何十匹も襲ってくれば、どれだけの威圧感があるのか想像に難くないだろう。
だが、ラブヘイアは動じない。即座に移動を開始し、相手の死角へと回り続ける。
相手が一匹ならばすぐに進路を変更できるが、集団だとどうしても動きが鈍くなる。その習性を利用して巻き込むように移動。
それから風衝を連続して叩き込む。今度は三つに分けずに一発一発確実に当てて数を減らしていく。
(いい判断だ。あんな相手に無理に突っかかる必要はない。乱戦になれば不意打ちをくらう可能性もあるからな。フットワークも軽いし、剣の威力もなかなか悪くない。あいつ、知力がFのわりに頭を使うな。やっぱり知力が低いのは変態だからなんだろう。戦闘においてはちゃんと考えているぞ)
変態は害悪しかもたらさないことが立証された。
ラブヘイアは無理に突っ込まない。常に安全な場所と距離を保ちつつ、相手だけにダメージを与える戦術を採用していた。
その動きは熟練したハンターのもの。
生活のために常に魔獣と戦い続け、効率的な戦い方を自然と身につけていった者の実力である。
彼らはけっして無理をしない。無理をして怪我をすれば、それだけマイナスになってしまうからだ。まさにハンターである。
そうして確実に数を減らし、十数分でワイルダーインパスは全滅。
「ふぅ…終わりました」
多少呼吸が荒いが、まだまだ余力は残っているようだ。
相手が弱いことに加えてラブヘイアが強いのだ。ブルーハンターの名は伊達ではない。
時間は多少ロスしたが貴重な実力テストになった。
「思ったより使えそうで安心したぞ。剣技は他に何が使える?」
「風威斬(ふういざん)は使えます」
風威斬は、風気を飛ばさずに剣にまとわせて、斬撃と一緒に切り刻む技だ。
風衝の威力をすべて剣にとどめるので一撃の威力は数段上がる。剣速も上昇し、当たれば風による追加ダメージも発生する。
風衝と風威斬はセットで覚えるものなので、まさに基本通りである。
「基本に忠実なようで何よりだ。技は誰かに習ったのか?」
「南のほうの道場で型を習いました。あとは自己流です」
「そうか。ちょっとオレに風威斬を放ってみろ」
「は? 剣で…ですか?」
「当然だ。そもそも剣がないと使えない技だろうが。さっさとこい」
アンシュラオンが手招きをしている。
「その…危ないのでは?」
「馬鹿が。お前程度の剣で傷つくと思うか? さっさとやれ」
「は、はい!! では…!」
ラブヘイアの剣に風気が満ち、刀身の周囲に風が吹き荒れる。
これに触れただけで一般人ならば簡単に指が吹っ飛ぶだろう。寸止めでも腕ごと持っていかれるに違いない。
「はああああああ!」
ラブヘイアは剣を振り下ろし―――止める。
アンシュラオンの頭から三十センチの場所で動きを止めた。
彼が止めたのではない。寸止めではない。
アンシュラオンの指が止めたのだ。人差し指と中指で、真剣白刃取りのようにぴったりと止めている。
流れる風の奔流がアンシュラオンの白い髪の毛を揺らすも、それは単なる扇風機にすら及ばない。
(動かない…!)
たかが指で挟まれているだけなのに、溶接でもされてしまったかのように剣はぴくりとも動かない。
試しに全力で引っ張ってみたが結果は何一つ変わらなかった。ただ疲れただけだ。
アンシュラオンは指を離して剣を解放。剣が一気に軽くなった。
「はぁはぁ…!」
「まあ、こんなものか。討滅級魔獣だったら皮膚に傷をつけるくらいはできそうだな。一応合格だが、間違っても魔獣の正面になんて立つなよ。お前程度なら一瞬で殺されるぞ。囮くらいには使ってやるから、それで満足しておけ」
「………」
「どうした? また髪の毛に欲情していたら殴るぞ」
「改めて素晴らしいと思いまし―――ぐべっ!」
顎を指で弾いた。
ラブヘイアの頭が面白いように後方に吹っ飛び、それに一瞬遅れて身体も吹っ飛ぶ。
数十メートル吹っ飛んで岩に当たって止まった。それから血塗れになりながらも、よろよろと戻ってくる。
ゴキブリ並みにしぶとい。
「ち、違います…! 単純に強さに対して…です」
「本当か? まったく思わなかったか? 風に揺れる髪の毛が素晴らしいとかは?」
「……まさかそんな」
ちょっと間があった。
「本当にか? 嘘をついていたら髪の毛の話は無しだぞ」
「思いました!! すごく思いまし―――たばっ!?」
再び制裁。
「近寄るな!! お前は半径五メートル以内に近寄るな!」
「そ、そんな! 三メートル以内ならば、その美しい匂いがわかるのに!」
「やっぱり十メートル以内には近寄るな!!」
変態は変態だが、少しは使える変態なので安心はした。
そして、ワイルダーインパスは回収せずに放置。
ラブヘイアは名残惜しそうだったが、あんな小物を運ぶだけでも手間である。加えて、あれで満足しないようにとの戒めだ。
(オレの目標はあくまで大物。雑魚に興味はない)
いざ魔獣の狩場へ!
34話 「狩りの仕込み、恐怖の叫び」
魔獣の狩場に着いたのは、それから一時間半後。
途中からラブヘイアを荷台に乗せて走ることにしたので、多少ながら時間の短縮にはなった。
まだ日は落ちておらず、太陽の輝きが周囲をくっきり照らしている。
(けっこう日が長いから暗くなるまではまだ時間があるな。問題は大物が昼行性か夜行性かってことだが…種族によってだいぶ違うしな。ひとまず地形と生態系を確認しておくか)
まず目に入ったのが草原。
ラブヘイアが言っていたように森もある広大なもので、荒野から一転して緑の大地が広がっていた。
北側には山のような岩石地帯が広がっている。草木はあまり生えておらず、岩によってさまざまな起伏が作られている。
そのさらに西側には地盤の緩い砂地のような場所が広がっており、時々地面が動いているので何かの大型魔獣がいる可能性が高い。
(弱そうな草食魔獣は草原や森にいて、それを狙う肉食魔獣は岩石地帯にいる。砂地にはさらに肉食獣を獲物とする大型魔獣がいそうだ。ラブヘイアの情報通りだな)
食物連鎖の最下層である草食魔獣にとってはなかなか生きづらい場所だが、豊かな食料がある場所なので、群れに多少の犠牲が出ても出向く価値はあるのだろう。
彼らは繁殖力が高いので多少食べられても子孫を残していける。それもまた自然を生きる能力の一つである。
「どういたしますか?」
「大物がいそうなのは砂地だ。だが、まだ隠れているな」
「我々が行けば出てくるでしょうか?」
「どうかな。意外なようだが魔獣のレベルが上がると慎重になるものだ。獲物以外が近寄っても反応しないこともある。一度巣穴に逃げ込まれると引きずり出すのは面倒だ。相手が好戦的なら別だが…雰囲気的には微妙だな」
今までの体験から魔獣には二通りいる。
一つ目は、人間が怖れるような好戦的なタイプ。こちらは自分より大きな相手にも積極的に向かっていく。
二つ目は、慎重で待ち伏せして獲物を狩るためだけに行動するタイプ。巣穴を持つ種族に多く、危なくなると逃げる。
「あの様子だと待ち伏せタイプの可能性がある。迂闊に動くよりは餌を用意しよう。まずは右手側の岩石地帯を掻き回して肉食獣を砂地に追い出す。そうすれば自分から出てくるだろう。そこを叩く」
「なるほど、見事な作戦です」
「よほど珍しいタイプでもない限り魔獣狩りは簡単だ。餌があれば食いつくからな。まあ、殲滅級になると一気に雰囲気が変わるから討滅級までの話なんだがな。それまでは普通の獣と大差はない」
「慣れているのですね」
「慣れるしかなかったからな…。オレはこの位置から西に少しずつ押し上げていくから、お前は北側から肉食獣を追い込め。ひたすら風衝でも放って、できるだけ隠れながら遠くから攻撃するんだ。そうすればやつらはパニックになって西側に逃げるしかない。タイミングはオレが仕掛けてからだ」
「わかりました」
「よし、いくぞ!」
アンシュラオンが岩石地帯に移動し、周囲を観察。
岩場には所々に肉食獣の影がある。狩りに行っていない魔獣たちは午後のお休みタイムのようだ。
―――――――――――――――――――――――
名前 :エジルジャガー 〈草原猫虎〉
レベル:18/30
HP :350/350
BP :80/80
統率:D 体力: E
知力:F 精神: E
魔力:F 攻撃: C
魅力:F 防御: E
工作:F 命中: D
隠密:E 回避: E
☆総合: 第五級 抹殺級魔獣
異名:荒野のやんちゃ猫虎
種族:魔獣
属性:風
異能:家族想い、噛み砕き
―――――――――――――――――――――――
エジルジャガーはまさにジャガーの親類であるが、大きさは二メートル半を超えるので地球にいるものより大きく、さらに凶暴である。
さきほど倒したワイルダーインパスを主食にするくらいなので、あれを簡単に倒せるくらいの戦闘力を有していることになる。
狩りは四匹から六匹による家族単位での群れで行う。子供はどんなに大きくなっても、自分が子供を作るまでは親と一緒に生活する習性がある。
「あれがエジルジャガーか。そういえば前に見かけたな。だが、あいつらも雑魚だ。あんなものを狩って持っていったら逆にホワイトハンターの恥だな。さて、追い立てたいが…どうするか。おっ、いい岩があるじゃないか」
近くにあった十メートルくらいの大きさの岩。それに手を突っ込み持ち上げる。
「さあ、お昼寝タイムのところ悪いが、起きてもらうとしようか。狩りの始まりだ!」
その岩を―――投げる。
ヒューーーーン ボンッ
巨大な岩がまるで野球ボールのように飛んでいき、岩山の上部に直撃。
その衝撃で岩山に亀裂が入り、大きな山崩れが発生。上空から大小の岩が大量に降り注いだ。
「―――!?!?!」
それに驚いたのがエジルジャガーたち。
危機察知能力の高い彼らは即座に逃げ始める。突然岩場が崩れたのだから当然の反応だ。
「よしよし、西側に逃げろ。…ん? 反応の鈍いやつらがいるな。まったく、まだ目が覚めていないようだな。野生動物あるまじき反応だ。しょうがないな。オレが行くか」
お昼寝タイムだったせいか、まだ半分眠そうなやつらがいる。
アンシュラオンは岩場を移動して近場に降り立つと、そこにいたエジルジャガー五匹の視線がアンシュラオンにじっと向けられた。
まだパニックなのか、「なにこいつ?」という視線である。
「おい、お前らが慌てて逃げないと意味がないだろう。もっと必死になって逃げろ。びびって逃げろ。恐怖におののいて逃げろ。死に物狂いで逃げろ」
当然、人間語を理解できるわけがないエジルジャガーなので、その言葉に従うわけもない。
ただ、アンシュラオンから発せられる敵意や侮蔑の視線によって、目の前の存在が敵であることは理解したようだ。
五匹は威嚇を開始。
「ぐるるるっ!」
「なんだ、その目は? まさかオレと戦うつもりか? ははは、これは面白い。お前らの危機センサーは完全に狂ってるな。いいぞ、これはこれで本当に愉快だ」
階級が上がれば上がるほど、魔獣はアンシュラオンを避けるようになる。危険だとわかるからだ。ヤバイとわかるからだ。
だが、あまりに弱すぎる彼らは、目の前の相手の力量がわからない。
火怨山ではあまり見られないその反応が新鮮で、アンシュラオンは愉快な気持ちになる。
「だがな、違うぞ。それは違う。お前たちの役目は逃げることだ。餌になることだ。オレに殺されることじゃない。…が、少しばかりの調教は必要だな。さあ、こいよ。その牙は飾りか? ほらほら、こいよ」
アンシュラオンが挑発するように石を投げつける。
それは明らかな敵対行動であり、しかも相手を馬鹿にした行動。それが理解できないほどエジルジャガーは知能が低くない。
「グオオオ!」
一匹がアンシュラオンに飛びかかった。まだ若いオスのようだ。
「威勢がいいじゃないか。その気持ちは買うよ」
その飛び込みを軽くよけ、エジルジャガーはアンシュラオンの後方に着地。
そのまま振り返ってまた飛び込む―――はずのエジルジャガーが倒れた。
いや、正確には倒れたのではない。バランスを崩してうずくまったのだ。
その理由は簡単。
「おいおい、忘れ物だぞ。商売道具を忘れていっちゃ困るな。お前たちにとってこれは大切なものなんだろう? 返してやるよ」
どちゃっ
液体が混じった固形物が落ちる音がした。
それは、【足】。
今飛びかかってきたエジルジャガーの前足である。すれ違いざまに引きちぎったのだ。
「っ―――!?!?!!」
足がなくなったエジルジャガーはパニック。自分が攻撃を仕掛けたはずなのに、なぜか自分の足がなくなっている。
理解できなかった。
何もかもが理解できない。痛みすら感じられないほど困惑している。
「引きちぎられたこともわからなかったのか? それをお前たちが理解する必要はない。何度も言っているが、お前たちの役目は逃げることだ。…ああ、しまったな。足がなければ逃げられないか。じゃあ、お前はいらないな」
ようやく状況を理解し、足を引きずりながら逃げようとするエジルジャガーに、アンシュラオンはわざとゆっくり近寄っていく。
歩いているはずなのに獣より速いその姿は、彼にはどのように映っただろう。
アンシュラオンは追いついたエジルジャガーの眼前に立ち、軽く手を動かす。
当人は何が起こったのか理解できなかっただろう。しかし、理解できずとも結果は訪れる。
突如、血飛沫が舞い―――四肢がもがれた。
ずるり、ぼとぼと。
残りの三本の足が大地に落ちる。
ようやく、ようやく、それに気がついた当事者が叫びを上げた。それは純粋なる恐怖の声だ。
「ニギャオオオオオオオオオオオ!!」
「ははは、いい声を出せるじゃないか。そうそう、そうじゃないとな。なら、まだ生かしておくか」
アンシュラオンが、胴体と頭だけになったエジルジャガーの首根っこを掴んで持ち上げる。
それを他の四匹に見せ付けた。
「逃げろ。逃げないとお前たちもこうなるぞ」
「ぐるる…がるる…」
「ほぉ、さすがに『家族想い』だな。まだがんばるか? こいつはお前の家族なのか? どうだ? お別れは済んだか? じゃあ、死ね」
一瞬で間合いを詰めたアンシュラオンの拳が、眼前のエジルジャガーの顔面を破壊。粉々に砕けた頭部は、それが頭であったことすら認識不可能なほどに消失。
どさり、と頭のなくなった身体が崩れ落ちた。
それでようやく他の三匹は状況を理解したのだ。
逃げた。
あの家族想いで有名なエジルジャガーが、真っ先に逃げるという選択肢を取った。
魔獣の専門家が見たら腰を抜かすほど驚くに違いない。彼らはけっして家族を殺した人間を許さないからだ。死ぬまで追う。殺すまで追う。
そんなスキルの効果すら無視するほど、目の前の存在は恐怖の対象だったのだ。動物の生存本能がスキルに勝った瞬間である。
「そうだ、逃げろ。もっと逃げろ。ほら、お前も泣け」
「ニギャオオオ!! ギャオッ! ギャッ!! ギャッオオ!! ギャッオオーーーーンッ!!」
傷口に手を突っ込み、強引に泣かせる。
その声は岩山に響き渡り、瞬く間に恐怖という感情が周囲の場を包んだ。
アンシュラオンには何を言っているか理解できなかったが、エジルジャガーはこう言っていた。
「痛い痛い!! 逃げろ! 逃げろ!! 殺されるぞ!! みんな逃げろ!!」
35話 「出現、四大悪獣デアンカ・ギース」
四肢をもいだエジルジャガーは大いに役に立った。
これを持って岩山を移動するだけで周囲の肉食動物は一斉に逃げ出していく。
たまに立ち向かってくるものもいたが、即座に排除。むしろ新しい泣き声要員にされて、恐怖が拡散する手助けをすることになる。
数匹は傷つけたあとにあえて逃がして「東側にヤバイのがいる」という情報を仲間内に流させる。
「お前はお役御免だな。楽にしてやろう」
バチュンッ、という音とともにエジルジャガーが消失した。
戦気を放出して全身を一瞬で焼き尽くしたのだ。痛みを感じる暇もなかっただろう。
四肢をもぐのは残虐な行為であったが、アンシュラオンにとっては効率的かどうかだけの話である。
こうでもしなければ家族想いのエジルジャガーは逃げることはなかったので、これが一番効率的なやり方だと思ったにすぎない。
善悪すら超越し、アンシュラオンはただただ純粋であった。その白さが、すべてを惹き付ける。
(おっ、ラブヘイアも動き出したか)
そのタイミングに合わせてラブヘイアが北側から攻撃を仕掛ける。
彼の攻撃はたいしたことがなかったが、一度パニックに陥った魔獣たちには理解できない。まだ危険なやつがいたのかと焦りながら、西の砂地に逃げ込んでいく。
普段、彼らはそこには近寄らない。当然だ。自分の天敵がいるのだ。それでも一緒にいるのは自分たちの餌も近くにいるからである。
ただ、今の彼らに正常な思考力というものはない。
ただただ恐怖の対象から逃げることしか頭にないので、死地に自ら飛び込む。
たまに南側の草原地帯に逃げようとする魔獣もいたが、それも確実にアンシュラオンが殺していったことで、その血の臭いが抑止となり、多くの肉食魔獣は西の砂地に逃げることになった。
それに混乱したのは砂地も同じ。
突如として獲物が大量にやってきたのだ。たとえるならば、なぜか浜辺に打ち上げられたアジやイワシの大群と同じ。
理由はわからずとも、獲物が自らやってくれば獲りに行きたくなるのが生物の心情である。それは人間も魔獣も同じだ。
どばっ、と大きく砂が盛り上がったのと同時に、陸上イカのような魔獣が出現。触手を使ってエジルジャガーたちを捕食していく。
その様子を見た同類のイカたちも次々と姿を見せ、その場はまさに入れ食いパニックと化した。
―――――――――――――――――――――――
名前 :ハブスモーキー 〈砂喰鳥賊〉
レベル:42/50
HP :980/980
BP :280/280
統率:E 体力: D
知力:F 精神: E
魔力:E 攻撃: D
魅力:F 防御: D
工作:D 命中: D
隠密:D 回避: E
☆総合: 第四級 根絶級魔獣
異名:砂地の肉喰い鳥賊(イカ)
種族:魔獣
属性:土
異能:粘膜防御、腐食墨
―――――――――――――――――――――――
ハブスモーキーと呼ばれる第四級の根絶級魔獣である。
体長は二十メートル近くあり、大型魔獣に分類されている。よくテレビで話題になる大型のダイオウイカの地上版、といえば少しはわかりやすいだろうか。
エジルジャガーと階級は同じだが、これはあくまで人間がそう付けただけであるので同格とは限らない。
同じ階級でも生態や戦闘力がまったく異なることなど、往々にしてよくあることである。
このハブスモーキーの好物は、エジルジャガーのような肉食獣である。突然の大漁に嬉しそうに食べまくっている。
「大漁、大漁。撒き餌は成功だな」
「アンシュラオン殿! …これはまたすごい光景ですね」
そこにラブヘイアが合流。
さすがの彼もこの光景には驚いているようだ。
「ラブヘイア、お前もそれなりに役に立ったな。おかげで今日はいい釣り日になりそうだ」
「このようなことが起きるとは…。ハブスモーキーの群れなど初めて見ました。通常は一匹見かけるかどうかですから…」
「あのイカだが、どの部位が高く売れる?」
「ハブスモーキーは頭の奥に玉のようなものがありまして、それが比較的高く売れるようです」
「玉? ジュエルなのか?」
「術式には使われない鑑賞用として女性に人気があるようです。品質にもよりますが、一つあたり三十万以上で売れるようです」
「真珠のようなものかな? 売れるなら問題ないな。それ以外はどうだ?」
「あとは足などが各十万くらいで売れます」
「イカだから百万か。いや、触腕はどうなんだ? あれも足に含めて換算してくれるのか? どちらにせよ八十万以上か」
「あれだけいれば足だけでも相当な額になります」
「一つ気になっているんだが、あのぬらぬらと光っているのは粘膜じゃないのか?」
データを見た時から気になっていたが、ハブスモーキーの体表にぬらぬらとした粘液が張り付いている。
スキルの名称から考えて防護膜なのだろうが、見た目も相まって非常に気持ち悪い。
「そのようですね…」
「そのようですね、じゃない。あんな気持ち悪いものに触るのは御免だな。オレが倒すからお前は足を切ってもらおうか」
「そ、それは…! 私も嫌なのですが…」
「じゃあ、お前が倒すか?」
「それは無理です…」
「決まりだな。さっさと仕留めてお前が部位を回収だ。連れてきてよかったよ」
「できれば戦力としてお役に立ちたかったです…」
「お前の安全のためだ(嘘)」
女の子の身体がぬるぬるならば大歓迎だが、魔獣がぬめっているのは最悪だ。
「もう動かれます?」
「もう少し待つ。あれだけいればすぐに逃げたりはしないだろう。生物は腹が膨れれば動きも鈍くなるしな。あんな馬鹿食いしていれば簡単に巣穴にも戻れなくなる。目の前の欲につられるとは馬鹿なやつらだよ。…それにだ」
アンシュラオンは、視線を強める。
「あれは所詮、根絶級なのだろう? ならば、それを狙ってさらに上級の獲物が来るかもしれない。それを狙うのも面白い」
「しょ、正気ですか!? あれでも十分な魔獣ですよ!」
「ブルーのお前たちにとっては、だろう? オレはホワイトだぞ」
「そうですが…、あれほどのものでも満足なさらないとは…」
「逆に訊くが、お前には欲がないのか? このまま生きていてもお前に明るい未来はあるのか?」
「…どういう意味でしょう?」
「どうせ手に入れた金を毛髪収集にでも使っているのだろう。下手をすれば今回のように髪の毛を報酬にすらしかねない。ならば、さほど金も残っていまい。正直生活もカツカツなんじゃないのか?」
「ど、どうしてそれを!」
「お前の行動を見ていればわかる」
「さすがアンシュラオン殿です…。お恥ずかしい限りですが、まったくその通りです。私は髪の毛がないと生きていけず…」
(えー!? 本当だったのか。自分で言っておきながら、かなり引くな。マジもんだよ。本当の変態だよ!)
ラブヘイアをさらに軽蔑しつつも、一応はパートナーである。背負った以上、この男のことも考えてやるのが漢というものだ。
「今回、金以外のものはお前にやろう。それは【名声】だ。あれにつられて討滅級が出てきて倒せば、お前はブラックハンターの名をもらえる」
「仮にそうなってもアンシュラオン殿の功績で…」
「一緒にコンビを組んでやっているんだ。お前の功績でもある。まあ、ハローワークのお姉さんにはオレがホワイトだとわかっているから誤魔化せないかもしれんが、対外的にはお前が主軸で戦ったことにしておくつもりだ。あまり目立ちたくないしな」
「しかしそれは実力に見合わないものでは? 正直、私にブラックの資格があるとは思えません」
「…そうだな。たしかにお前の言う通りだろう。だが、仕事は増えるぞ。仕事が増えれば金もチャンスも手に入る。実力なんてものは、そこで必死であがいて身につければいい。順序が逆だと思うか? そう思うならばそれもまた人生だ。お前の好きにすればいい」
新卒の若造がいきなり重役に任命されたとて、それがまっとうできるとは限らない。実力不足や期待に潰されて消えていく者もいる。
しかし、そうでない者もいる。そこでチャンスを生かす人間もいる。そこで実力を身につけてのし上がる者もいる。
どちらも間違いではない。どちらを選ぶか、である。
「どうする? オレはどちらでもかまわん。ただ、思ったより実入りがありそうだ。これを全部もらってはさすがに気が引ける。せめて名声くらいはくれてやろうと思っただけだ。あとは自分で選べ」
「………」
ラブヘイアは黙って考えている。
(実力に見合わないランクに行くのは嫌か? まあ、死ぬ可能性も高まるしな。思ったより謙虚…)
「アンシュラオン殿の髪に直接鼻をつけて吸えれば本望―――」
「ここで戦死扱いにしてもいいんだぞ!! あの魔獣に殺されたとか言えばいいしな!! もっと頭を使え!! 本当に馬鹿か、お前は!!」
違った。ただの変態だった。
「…わかりました。ありがたく頂戴いたします」
「そうするといい。仕事が増えて金が入れば、良い武具だって手に入るだろう。武器だって力の一つだしな―――と、何か様子がおかしいぞ?」
変態が落ち着いたのを見計らった頃、それは出現。
密集したハブスモーキー三匹に、地中から伸びた太い触手のようなものが張り付く。
一本、二本、三本と増え、さらにハブスモーキーを締め付けていく。
あの魔獣自体二十メートルはあるが、それを遥かに超えるであろう大きな魔獣の一部が地中から姿を見せ―――
「ギャフフフフフウウウウウぉオオオオオオオオおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
大きな口で捕まえたイカをかじり出した。
ハブスモーキーが生きたまま噛み千切られ、悲鳴を上げる。
「へぇ、面白そうなやつが出てきたぞ。根絶級のハブスモーキーを食べるってことはそれ以上、討滅級の魔獣かな」
そんな呑気に状況を楽しんでいたアンシュラオンの隣で、「ひぃっ」という声が漏れた。
「なんだ、ラブヘイア。またびびったのか? まったくお前は臆病なやつ…」
「ちちち、違います!!! 違うのです!!」
「何が違う。お前が変態であるという事実が違うのならば大歓迎なんだが…」
「そ、そうではないのです! あああ、あれは! ま、まさか!! あれは…!!」
「そんなにびびるやつか? たしかに触手は大きそうだが…」
「びびって当然です! あれはおそらく…デアンカ・ギース! 第二級の【殲滅級魔獣】です!!!」
「ほぉ、第三級の討滅級魔獣が出てくるかと思ったら、第二級魔獣のお出ましか。これはラッキーだな。最高の展開だ」
「ラッキーなどと! 危険すぎます! あれはこのあたり一帯を支配している超危険種です!」
「さらにそそられる」
「そんなレベルではありません! あれは【大災厄】においてグラス・ギースを破壊した魔獣の一匹なのですよ!!」
デアンカ・ギース〈草原悪獣の象蚯蚓(ゾウミミズ)〉。
ギース〈災い〉の名前を冠する魔獣であり、何百年も前からこの地に生息する【四大悪獣】の一匹である。
この地域が、なぜ人が寄り付かない場所なのか。火怨山に生息する魔獣も当然そうだが、この地にも強大な魔獣がいるからである。
彼らは非常に縄張り意識が強く、近寄るものは何であろうと排除する。戦艦でさえ、あの魔獣ならば撃沈できるほどの力がある。
実際、通りかかる輸送船を襲った事例はいくつもあり、それゆえに西地方は無人となっている。航路も存在しない完全な荒野なのである。
そして、このデアンカ・ギースは大災厄の時に出現した魔獣といわれており、当時グラス・タウンと呼ばれていたグラス・ギースを蹂躙した存在でもある。
その周辺一帯の何万という人々を食い殺し、殺戮の限りを尽くした最凶最悪の魔獣としてハローワークでは【超危険種】として認識されている。
―――――――――――――――――――――――
名前 :デアンカ・ギース 〈草原悪獣の象蚯蚓(ゾウミミズ)〉
レベル:150/150
HP :28900/ 28900
BP :5620/ 5620
統率:F 体力: AA
知力:C 精神: S
魔力:B 攻撃: S
魅力:F 防御: B
工作:B 命中: A
隠密:A 回避: F
☆総合: 第二級 殲滅級魔獣
異名:災厄四大悪獣の象蚯蚓(ゾウミミズ)
種族:魔獣、鬼
属性:土、風、毒
異能:地中移動、拘束、触手乱舞、奥の手、物理耐性、術耐性、即死無効、毒無効、精神耐性、自己修復、自動充填
―――――――――――――――――――――――
(たしかに他の魔獣とは桁が違う。…これは面白くなってきたぞ)
アンシュラオンの前に巨大な敵が現れた。
闘争本能が疼き出す。
36話 「白き英雄の側面 前編」
「お前の言う通り、相当な大物だな」
「はい。凶悪な悪魔です。まさかデアンカ・ギースがこのような場所にいるとは…」
「よく見かけるのか?」
「そんなことはありません。この魔獣の狩場に現れることなど初めてです。本来はもっと南西の大地にいると言われています」
「では、食糧不足か何かで移動してきたかな。基本的に魔獣が縄張りを移動するのは、食糧に困るか強敵が現れた時だけだ。このあたりにあいつに匹敵する魔獣はいるのか?」
「そのような話は聞きません。同じ四大悪獣が三体おりますが、あの四体は同種の存在らしいので互いに戦うことはないと記録されています。グラス・ギース周辺を襲った際も共闘のようなことをしていたようですし」
「食糧で決まりだな。こちらのほうが豊かなのだろう。それとも食い尽くしたかな」
「とても危険なことです。街まで五百キロしかありません。何かの拍子で向かってくれば…グラス・ギースは全滅です」
「そのために城壁を造ったんじゃないのか?」
「そうですが…はたしてあの悪獣に通じるかどうか。実際に見て確信しました。あれを相手に城壁は無力です。時間は稼げても長くはもたないでしょう」
(たしかに強さのレベルが違うな。そこらの魔獣くらいなら大丈夫かもしれんが、あのクラスが相手だと都市レベルでは対抗できないか)
魔獣のデータを見てもわかるように、普通の人間とは桁違いの数値である。一般人などゴミ屑以下であろう。
(HPも高いな。魔獣は総じてHPに高い傾向にあるが、殲滅級の中でも体力があるほうだな。まあ、撃滅級になれば五万超えも珍しくはないが…あいつは『自己修復』スキル持ち。こっちのほうが手間だ)
『自己修復』スキルは一定時間経過するとHPが一割自動回復する能力だ。単純にHPが高いより、こちらのほうが面倒なことが多い。
姉の持つ『完全自己修復』に至っては三割回復するというチートスキルである。姉のHPを考えると毎回三万以上回復するのだから最悪のスキルだ。
が、このスキルは特定の技で停止させることができる。技の中には『防御機能破壊』というものがあるので、それを使えば一定時間無効化も可能だ。
「一応確認しておくが、あれは金になるのか? 倒しても金にならなければ意味がないぞ」
「…まさかとは思いますが戦うおつもりでは?」
「お前の回答次第だな。最初に言っておくが、オレはお前とは違う。殲滅級を倒せるホワイトハンターだ。それを認識したうえで正直に答えろよ」
「………」
ラブヘイアはさすがに迷っているようだ。
敵があまりに強すぎる反面、それが街に行けばどれだけの被害になるかも考えていることがわかる。
(こいつは慎重だし、そこそこ思慮深い。オレと違って性格も案外素直だ。変態でなければ少しは好きになってもいいやつなんだが……いかんせん度胸がない。才能としてはかなりのものを持っているが、そのせいで成長が止まっている)
ラブヘイアの才能値は、実は相当に優秀である。
戦士と剣士の覚醒限界が3なので、それをフルに覚醒させればかなりの使い手になるだろう。名崙(めいろん)級剣士だって夢ではない。
それを阻害しているのが、ある意味で長所でもある思慮深さである。考えすぎてチャンスを潰しているのだ。
(死んだら終わりだから当然だけどな。それでもオレと組んだからには雑魚のままで終わらせはしない。きっかけくらいは与えてやるか)
「ラブヘイア、ハンターとは何だ?」
「…ハンター…ですか?」
「そうだ。オレはガキの頃から魔獣と戦っているが、それはハンターとしてではない。ただ生きるためであり、文字通り【喰う】ためにやってきたことだ。そこには矜持も信念もない。ただ相手を殺し、奪うためだけの野獣と同じ生き方だ。では、ハンターとは何だ? オレとは違うのか?」
「ハンター…」
「お前たちはなぜ戦う? 生活のためか? だったら無理に危険を冒す必要はないだろう。儲かるだけならば商人だっていいはずだ。そこに何を求める?」
「私は…武人として……いや、そうではありません。人それぞれに考えはありますが、私は…この力を少しでも役立てたいと思ったのです」
「なぜだ? なぜ役立てたい?」
「自然な…心の欲求だと思います。やむにやまれず湧き出る何か…でしょうか」
「武人の闘争本能を満たすためではなく、か?」
「時々、私も血に飢えることはあります。激しい戦いを求めるのが武人の性だということも知っています。しかし、それならば軍にでも志願すればいいこと。どこかの私設軍や傭兵になってもいい。それをしないのは…」
ラブヘイアはデアンカ・ギースを見つめる。
禍々しく恐ろしい存在であるが、どこか心を惹き付ける。人間社会に生きていては絶対に見つけることができない宝石がそこにはあった。
「人々の役に立ちながら…まだ見ぬ世界を探している。宝石を探している。初めて見る美しいものに心ときめく瞬間を渇望しているのです」
「あれを見て興奮するか? 街の周辺では絶対に見られないものだろう。お前の中に熱いものは込み上がっているか?」
「…はい。怖くて怖くてしょうがないです。ですが、それ以上に…心が震えます。あれは美しいものです」
暴力の権化、力の権化。圧倒的な存在に憧れるのは人間としての性である。
ラブヘイアの心は渇望している。求めている。より強いものを。
ならば、アンシュラオンがやれることは一つ。
「エンヴィス・ラブヘイア!!!!」
「は、はいっ!」
「ならば見せてやろう! お前の心に刻んでやろう! お前が求める力というものがどんなものなのか。そこに答えがあるとは限らない。だが、感じろ。お前自身の心で感じ取れ! 野獣と野獣の戦いの中から光を見つけろ!!」
アンシュラオンが歩を進める。
あの巨大な生物、デアンカ・ギースへと。
「お、お待ちください! あの魔獣は…」
「あの魔獣がいくらになるかなんてことは関係ない。お前に見せてやると言っているんだ。それに値など付けられるものか」
「っ! 私のために戦われるおつもりなのですか!? な、なぜ…」
「馬鹿なことを言うな。ラブヘイア、お前も来るんだ。お前も戦え」
「わ、私が…!? そんなことは―――」
「無理などと言うな!!!!!!!」
「っ―――!!」
アンシュラオンから強い光が発せられた。
淡くも強く、白く輝く光が周囲に満ちていく。
(この光は…なんだ? な、なんと美しい…)
「オレはそこまでたいした男じゃないが、これだけは言える。最初から諦めるやつに未来なんてない。覚悟を決めないやつに先なんてない。お前は一生クズで変態のまま終わるつもりか! くすぶって生きていくつもりか! 燃やせ!! お前の中の可能性を燃やせ!!」
アンシュラオンから戦気が湧き上がる。武人の闘争本能の結晶であり、可能性という塊である。
独り、大地を駆ける。
近づくほどに相手の大きさが鮮明になっていった。
幅六十メートル、長さ百五十メートル以上の化け物。
しかもそれは本体の大きさであり、そこから六つのミミズのような太い触手が生えている。それを含めれば長さは二百メートルを遥かに超える超大魔獣である。
デアンカ・ギース〈草原悪獣の象蚯蚓(ゾウミミズ)〉の名前の通り、本体の顔は象の頭部に似ている。
ただ、身体はぎゅっとしまった筋肉の塊であり、皮膚すらなく中身が丸見えのグロテスクな外観である。
そう、まるでミミズのような色合い。あの肉々しい暗い赤ピンクの色合いをしている。あの触手も筋肉の塊であり、それが硬質化したものだと考えられる。
そして、そこから繰り出される一撃は―――
―――簡単に真っ二つ
食べやすいようにハブスモーキーを叩き切った。
あのぬめぬめして剣でさえ滑るような魔獣を簡単に圧し潰したのだ。その威力は、遠くにいても揺れを感じるほどだ。
「魔獣ってのはこれくらいでないとな。ようやく久々にまともなやつに出会えたぞ」
第一級の撃滅級魔獣を相手にしていたアンシュラオンにとって、これくらいの魔獣は当たり前。
むしろ、ここ一ヶ月で出会った魔獣のほうがあまりに弱々しく、おかしく思えたくらいだ。
火怨山には、こんなものがごろごろいる。山が動いたと思ったらそれが魔獣だった、ということもざらだ。
ただ、油断はできない。
魔獣の強さは階級で示されるようなものではない。場合によってはランクの低い魔獣のほうが厄介なことがあるからだ。
「ほら、こっちを向け。お前のお食事タイムは終わりだぞ」
アンシュラオンが拳を繰り出すと拳圧がうねりとなって飛んでいく。通常の修殺とは違い、弾丸のように高速回転がかかっている。
拳圧を戦気と一緒に打ち出す覇王技の修殺(しゅさつ)に回転を加えたもので、これを修殺・旋と呼ぶ。貫通力が増し、射程も威力も数段上となっている上位技だ。
それが―――頭部に直撃
デアンカ・ギースのゾウのような顔の額に当たり、巨体が一瞬揺らいだ。
衝撃に驚いたのか動きを止める。
「………」
見る。
真っ赤な瞳が、アンシュラオンを捉えた。
その瞳には強い【不快感】が宿っている。
「ははは、そりゃムカつくよな。オレが飼っていた犬もさ、すごいおとなしくて従順だったけど、餌を食べている時にちょっかいを出すとものすごく怒ったんだよ。動物ってのは餌に対しての執着が半端ない。だからお前は今、すごくムカついたはずだ。邪魔をしたオレにな」
生物を怒らせるにはどうするか。当然、嫌なことをするのだ。
縄張りを荒らすのも効果的だが、一番は楽しい時間を邪魔すること。人間だって性行為の最中に邪魔をされたら強い不快感を抱くだろう。
それと同じく、魔獣にとっては食事中が最大の快楽を味わう瞬間なのである。
それを邪魔すれば、デアンカ・ギースは怒る。
「さすがに体力があるな。今ので300くらいしか減ってないが、少しは痛かったか? ちくっとしたか? そうだ。オレは敵だ。放っておいたらどんどん嫌がらせをするぞ。さあ、こいよ」
デアンカ・ギースはハブスモーキーを捨て、アンシュラオンに向く。すでに餌は確保したので、それを邪魔する敵を排除しようと思ったのだ。
だが、動かない。
怒っていないわけではない。そういう【性格】なのだ。
待ち伏せ型だと思われるデアンカ・ギースは、自らの領域を守る色合いが強い魔獣である。縄張り意識が強いことからもそれが推測できる。
そして、今の一撃を受けて警戒を強めている。相手の力量を測っているのだ。
これは今までの魔獣にはない特性である。相手の力量も考えずに襲いかかってきたエジルジャガーとは、生物としての格が違う証拠だ。
「案外臆病だな。だからこそお前は今まで生きてこられたか。しかし、それも今日までだ。放っておけば、こうだぞ」
アンシュラオンが再び修殺。
その目標は―――ハブスモーキー。
激しいうなりを上げて拳圧が迫り、餌として確保していた魔獣が砕け散る。さらに回転は続き、粉々になって周囲に爆散した。
「ギイイイイイイイイ!!!」
それにはさすがに激怒。
邪魔をされるだけではなく獲物の横取り。これが一番腹立たしいからだ。
「ははは、本気で怒ったか!! ムカついたか! お前が来ないならハブスモーキーを全滅させてやる。それだけじゃない。お前に付きまとって餓死するまで獲物を横取りし続けてやるぞ!! どうする! お前はそれでもこないのか!! この臆病者が!!」
「ギッギッギッ!!」
「怒れよ。ムカついただろう。さっさと―――」
―――アンシュラオンが消えた
これは移動したのではない。恐るべき勢いで繰り出された触手が伸び、アンシュラオンがいた場所を薙ぎ払ったのだ。
数十メートルは余分に距離を取っていたのだが、あの触手はさらに伸びた。全身がしなやかな筋肉でできているので、それを鞭のようにして射程を伸ばしたのだ。
その攻撃範囲は本体から三百メートル以上かつ―――速度は超高速。
弾丸以上の速度で放たれた触手の一撃が、半径二十メートルの大地ごと大きく抉り取った。凄まじい攻撃力である。
「アンシュラオン殿!!」
遠くから見ていてもあれが危険であることがわかる。ラブヘイアは動けない。あまりにレベルが違うからだ。
甘かった。相手は強すぎる。魔獣を侮っていた。
そんな考えがラブヘイアによぎる。
が、アンシュラオンは―――笑った。
37話 「白き英雄の側面 中編」
「…いてぇな。久々に血を流したぞ」
触手によって吹き飛ばされて岩盤に叩きつけられたが、しっかりと生きている。
衝撃で少しばかり額を切ったものの、それ以上でも以下でもない。
戦気を使えば肉体をさらに強化できる。触手の攻撃で圧されたが、戦気を貫通したわけではない。防御機能は維持されていた。
「っ! アンシュラオン殿! ご無事で!!」
「この程度で死ぬか。お前は近寄るな。即死するぞ」
デアンカ・ギースの攻撃力は高い。スピードもあるので避けるのは至難だ。
おそらく王竜(おうりゅう)級の武人でも数発くらえば死ぬレベルである。
アンシュラオンだからこの程度なのだ。ラブヘイアならば、かすっただけで死亡確定である。
「なかなかいいパンチを持っている。耐久力もあるからタフそうだ。これから弱点を探しながら、しばらく打ち合う。お前は絶対に不用意に近寄るなよ。最低でも三百メートル以上は離れろ」
「う、打ち合う!? あれとですか!?」
「いちいちうるさい。黙って従え」
「は、はい! わ、私はどうすれば…やはり後方で見ていたほうが…」
「ラブヘイア、なさけないことを言うな。オレが見せてやると言っているんだ。こんな幸運は滅多にないぞ。オレは気まぐれで横暴だからな。お前のために何かしてやることなど、おそらくこれが最初で最後だ。だから任せておけ」
「アンシュラオン殿…」
「オレが打ち合っている間、お前は適当に風衝で攻撃をして注意を逸らせ」
「私の攻撃などが通じるのでしょうか?」
「目とか耳とか、相手が嫌がりそうなところを攻撃すればいい。人間だって小蝿がうろちょろしていたら気になるだろう。あれと同じだ」
(小蝿程度にもなるのだろうか…?)
正直あれだけの相手に小蝿だと認識してもらえれば、それだけで自信がつきそうである。それほどの敵だ。
(だが、アンシュラオン殿が私のために動いてくれる。こんな感動はない)
「やりすぎるなよ。敵意を感じたらすぐに逃げろ」
「わ、わかりました!」
「殴られたら殴り返す! これがオレの流儀だぞ!!」
アンシュラオンが、再びデアンカ・ギースの前に歩み寄る。
やはり待ち伏せタイプのようで、自分から積極的には近寄ってこない。しかし、一歩でも間合いに入れば再び攻撃を仕掛けてくるだろう。
その証拠に触手を持ち上げ、いつでも放てる格好になっている。
「やる気になったようだな。そうだ。それでこそ戦う価値がある。はっ―――!!」
「―――っ!!」
アンシュラオンが前方に殺気を放つ。
少し離れた場所にいたラブヘイアですら、思わず恐慌状態に陥りそうになるほど強烈なものだ。
デアンカ・ギースは精神耐性を持っているので恐怖状態にはならない。が、それによって本能が刺激される。
触手が伸びた。
凄まじい勢いで触手が放たれる。その一撃は砲撃に匹敵する恐るべきもの。
だが、早い。まだタイミングが早い。アンシュラオンの殺気によって刺激されたがゆえの反応でしかない。
アンシュラオンは十分な余裕をもってガード。右手で触手を流しながら、そのまま駆け抜けて距離を詰める。
挑むのは、超接近戦。
(どうせ間合いが変化するなら超接近戦のほうがいい。あの防御力と耐久力だと遠距離では少し厳しいしな)
戦士にも遠距離攻撃はあるが、剣士のものと比べるとやや弱い。それ以上の攻撃となると溜めが必要なので、あの速度では途中で迎撃されてしまう。
となれば、選択肢は戦士の本領である接近戦。それも触手が伸びきる前の領域。
実に恐ろしい間合いである。一歩間違えれば致命傷を受けるような距離。ヒリついて、ビリビリして、チリチリする距離。
その距離こそ戦士の独壇場である。
「グガァオオオオオオオオオオオォォオ!!!」
デアンカ・ギースから繰り出されるのは、六本の太い触手。それがあらゆる角度から襲いかかってくる。
すべてが高速で放たれるが、アンシュラオンは六本すべてに対応。
触手が伸びきるその前に―――叩き落す。
両腕両足で四本を迎撃し、他の二本は寸前に戦気壁を使って防御。これを【六面迎舞(ろくめんげいぶ)】と呼ぶ。
前面百八十度の上下左右を六面に分割し、絶対防御を完成させる武技である。圧倒的な攻撃力でガードを打ち破れない限り、前面からではほぼ打開する術はない。
デアンカ・ギースの攻撃力は高く、防御しても衝撃は受けるので飛ばされる。
その状態で次の触手がすぐに襲いかかってくるので、アンシュラオンは常時宙に浮いたような状況が生まれる。
それでもダメージはない。
すべての戦気を防御に回しているため、今の彼は非常に強固な壁になっているのと同じだ。
見切っている。
最初にくらった一撃から速度を計算し、それを基準に対応を決めている。そして、最初の一撃こそが最速であったと知る。
(あれがあいつの全力だったのかな? 殲滅級にしちゃ速いけど、こうして距離を詰めていれば問題はなさそうだ。それにしても楽しいじゃないか。一ヶ月ぶりの運動は最高だ!!)
久々に筋肉が躍動している感覚がある。運動不足で凝り固まっていたものが、少しずつほぐされていく快感。
それと同時に、じわじわと燃えていく血。武人の闘争本能が少しずつ目覚めていく。
(なんと…なんと荘厳で美しい。これが本当に人間の戦いなのか…!)
ラブヘイアは、その光景に見惚れていた。
自分ならば最初の一撃で即死。死体すら残らないで消え去っていたはずだ。
その攻撃を雨のように受けても、アンシュラオンはまったく変わらない。むしろ楽しそうに戦っている。
防御するたびに流れる白い髪の毛が、落ちゆく夕焼けの光で黄金色にキラキラと輝く。
戦気が燃えている。赤く燃えている。今、彼は燃えている。
(もっと見ていたいが…アンシュラオン殿が私のために戦ってくれるのならば、それに応えねばなるまい! たかが小蝿であろうとも、少しは役立ってみせる!)
「はあああ! 風衝!!」
ラブヘイアは言われた通りに遠くから風衝を放つ。
風衝がカマイタチのように走り、本体に直撃。アンシュラオンの修殺では揺れ動いた魔獣も、彼の風衝程度ではビクともしない。
「駄目…か? 私程度では、やはり駄目…」
「ラブヘイア!! 続けろ!! お前のくそ弱い風衝くらいで、あいつが反応すると思っていたのか! 何を一発で諦めている!! 放って放って放ち続けろ!!!」
「は、はい!!」
ラブヘイアはさらに風衝を続けて放つ。
これも言われた通り、目や大きな耳の穴など、自分がやられたら嫌だと思うことをひたすら続ける。
多くは触手の衝撃波でふっとばされる風衝だが―――その中の一発が目元にかすった。
それは粘膜すら傷つけたか怪しいほどの、とてもとても小さな一撃。人間にしてみれば虫の一撃。
が、【不快】である。
「ギイイイ!! グギイィイイイイイイイイ!!!」
全力で殺しにいっているのに、なぜか死なないアンシュラオン。こんな小さな生き物が自分の攻撃を防いでいる事実。
それに焦っていたところに、背後から「痒い攻撃」をされたのだ。
人が真剣に何かをやっているときに羽筆でくすぐられた気分。イラッとする気分。
デアンカ・ギースがラブヘイアに注意を向けた―――その瞬間。
「余所見をするなよ。寂しいじゃないか」
アンシュラオンの手から一筋の光が伸びた。
光は向かってきた触手、今までと違い少しばかり速度が落ちたものにぶつかり、食い込み、抉り―――切り裂く。
デアンカ・ギースの太い触手が、ぼとりと落ちた。
「ギぉぉアアオオアオアオアオアオアオアオアオアオアオオア!」
ぼとり、という表現は正しくないかもしれない。
巨大な鉄筋コンクリートがビルの屋上から落下したような、ドスーーーーーンッという音を立てて、大地に落下。
その衝撃で大地に大きな亀裂が入った。それだけでいかに質量があったかを思い知らされる。
「やる気のない攻撃を見せればどうなるか、よくわかったようだな。これが支払った代償だ」
アンシュラオンの手刀から鋭い戦気が放たれていた。
戦気術、戦刃(せんじん)。戦気を刃に変質させる技で、打撃ではなく斬撃で攻撃する技だ。
弾力に優れていた触手は打撃に強い耐性がある。それを見切ったアンシュラオンが斬撃に切り替えたのだ。
ただ、隙が欲しかった。
あの触手乱舞はかなりの圧力であり、アンシュラオンでも簡単に打開することはできない。
その隙をラブヘイアが作ったのである。
「ナイスだ、ラブヘイア。よくやったな。これはお前の功績だぞ」
「は、はい! 勿体ないお言葉…光栄の極みです!」
「弱い者には弱い者なりの戦い方がある。無駄なものなどはない。オレだって最初はレベル1だったんだ。オレほどとは言わんが、お前には才能がある。それを伸ばしていけば名有りの剣士になれるはずだ。諦めるな。あとはそれだけだ」
「…はい!」
(なんだこの熱い気持ちは…! 心が燃え上がる熱いもので満たされる!!)
アンシュラオンが放つ光。彼から発せられる何かがラブヘイアを包んでいく。
今まで鬱屈していた気持ちが上昇していく。
今日もいつもと同じだと思っていた日常が、少しずつ変容していく。
この白き英雄が自分の前に現れた瞬間から、ラブヘイアの人生も大きく変わっていくのである。
38話 「白き英雄の側面 後編」
「ギギイィイイオオオオオオオオオオオォオォ!」
デアンカ・ギースが怒り狂ったように攻撃を開始。さきほどよりも速い触手乱舞が飛び交う。
今の彼は、もうアンシュラオンしか見ていない。
アンシュラオンは触手を再び迎撃。今度は余裕をもって対処していく。
「五つになって、ずいぶんと楽になったな。お前も軽くなっただろう? 安心しろ。これから一つ一つ切り落としてやるからな」
今までも無理をすれば攻略できた攻撃である。それをしなかったのは単純に面倒だったからであり、ラブヘイアを戦いに参加させるためだ。
ただ、それも終わりである。
「ラブヘイア、これからこいつを仕留める。お前は下がっていろ。だが、殲滅級以上の魔獣は必ず奥の手を持っている。追い詰めれば何かやってくるぞ。なるべく距離を取って隠れていろ」
「はい!」
(触手が再生を始めている。早めに畳みかけるか)
ジュオオという音がして、今切った触手が少しずつ再生を始めていた。『自己修復』スキルである。
その速度は一割ずつなので遅いが、この魔獣の戦闘力を考えれば厄介な能力である。
普通の軍隊がようやく一本切ったとしても、またすぐに再生を開始するのだから最悪の状況だ。
が、アンシュラオンは普通の軍隊以上の力を持っている。触手を防御しつつ、曲芸のように回転しながら腰から包丁を抜く。
それを一閃。
今まさに襲いかかろうとしていた触手に食い込み―――切断。
包丁から伸ばされた剣気がたやすく触手を切り落とす。
「ギッ、ギッ、ギッ、ギッ!!」
その光景にさらに怒り狂うデアンカ・ギース。身体の色がさらに赤くなっているのは気のせいではないだろう。
「普段は慎重なのに怒るとキレるタイプか? そんなにカッカすると危ないぜ」
デアンカ・ギースの攻撃が大振りになっていくのがわかった。感情の赴くままに振っている。
この魔獣はかなり頭が良い部類で、常に慎重なのが売りであったが、それが崩れれば―――
三本目を、切り裂く。ボトリ、ドスーーーーンッ!
四本目を、切り裂く。ボトリ、ドスーーーーンッ!
五本目を、切り裂く。ボトリ、ドスーーーーンッ!
「悪い。なんか違う生き物みたいになっちまったな。ただの気持ち悪いゾウの中身みたいだ」
触手を落としたせいか奇妙な姿になってしまった。
はっきり言って、キモい。
皮を剥いだゾウの胴体のような猟奇的な光景にさえ見える。
「ギきぃぃいいぃぃっぃいぃイイッィィイィイイッィィイイィl」
これにはさすがのデアンカ・ギースもパニックに陥る。
なぜ、この小さな存在は死なないのか。
なぜ、こんなに全力で攻撃しても反撃してくるのか。
なぜ、届かないのか。
なぜ、なぜ、なぜ。
それが極限にまで高まった時、彼は選択。
「ギョギョギョギョゴゴギョゴギョゴゴゴ」
奇怪な声を上げ、デアンカ・ギースが【地中】に潜ろうとする。胴体を回転させて、ぐねぐねと入り込む。
『地中移動』のスキルである。デアンカ・ギースが移動しても誰にも気がつかれないのは、普段はこうして地中で暮らしているからだ。
そして、獲物がいそうな場所にまで来たら静かに待つ。それが彼の狩りのやり方である。
逃げればいい。あんなものを相手にする理由はない。【命令】もされていない。自分はただ、ここに来れば多くの獲物が手に入ると思っただけだ。
それがなんだ、これは。ただの大損だ。さっさと逃げるに限る。
デアンカ・ギースは傲慢な性格ではない。どちらが強いかなどに興味はない。怒ったのは縄張りを守るためでしかなかったにすぎない。
だから逃げる。
が、これも相手が悪すぎた。
「ごめんな。それは予想していたよ。ずるいよな、お前のデータを知っているってのはさ」
アンシュラオンは掌に水気を集めると、それを放出。
濁流がデアンカ・ギースが入ろうとしている穴に激突し、隙間から入り込んでいく。
―――激痛
「グゴオゴッゴガオギャオオ―――!!!!」
身体か焼ける痛みに、デアンカ・ギースが悶える。
水覇(すいは)・硫槽波(りゅうそうは)。
水気を酸性に変化させて対象に叩きつける技である。受けるだけでも水流でダメージを負うが、酸による追加ダメージが厄介である。
しかもアンシュラオンのものは量が違う。
普通は大量の硫酸をぶっかけられるぐらいのものだが、彼が放つものは巨大な穴全部を硫酸の海に変える。
デアンカ・ギースが掘っても掘っても硫酸しか出てこない。染み込んで、先回りして、世界のすべてを満たすからだ。
どんどん注がれる酸の雨に、たまらずデアンカ・ギースは地上に逃げ出す。
そこを、追撃。
一気に接近して本体に一撃を見舞う。
「雷神掌(らいじんしょう)!!」
掌底と同時に激しい雷光が走った。衝撃がデアンカ・ギースの全身を貫く。
覇王技、雷神掌。戦気を雷気に変えて敵に叩きつける技である。発勁の一種で接近するまでが大変だが、与えるダメージは大きい。
さらに感電の追加ダメージ。相手はスタンして動けなくなる。
「ギイッ…イィ……」
それでも四大悪獣の名は伊達ではなかった。
非常に動きが鈍ったが、まだ触手を動かして逃げようとしている。
「さすが巨体だな。やっぱり頭が弱点なのかな?」
ビクビクと半痙攣しているデアンカ・ギースを観察しながら、弱点を探す。
当然だが、頭が弱点の魔獣は多い。脳を破壊してしまえば生物としては終わりだ。
ただ、魔獣の中には脳が複数あったり、心臓がいくつもあるタイプがいるので油断はできない。
そして、デアンカ・ギースにもこうなった場合の『奥の手』がある。
「ゲベォォオゴオゴオオオオオオオオ!!」
観察しているアンシュラオンに対し、突如口から大量のヘドロを吐き出した。
これは、地中を移動するときに掘った土を体内に蓄えておき、排出する行為でもある。
ただしその排出速度は、まさに弾丸。
デアンカ・ギースはこれをジェットエンジンのように吐き出して、すでに掘った穴の中においては高速地中移動をすることができるのだ。
それを利用した奥の手。さらに口の中で細かく拡散させることで、大量のヘドロがショットガンのように襲いかかってくる。
中身もただのヘドロではない。体内で溶かす際に【毒性】が含まれるのである。
対象者にとっては毒のヘドロであり、汚染されるだけで命にかかわる凶悪な攻撃だ。まさにデアンカ・ギースの奥の手に相応しい。
アンシュラオンは、その奔流に呑まれる。
大地が吹き飛びながらヘドロに置き換わり、いつしか大きな山が生まれた。
周囲には鼻をつくような痛みを伴う刺激臭が漂う。その臭いにあてられるだけで周辺の生物が死んでいく。
「ぐっ…このようなものが…」
ラブヘイアも遠くにいたが、臭いだけで毒に侵される。頭痛と目眩がして、ふらふらと膝をつく。
彼には毒耐性があったのでこの程度で済んだが、本来ならば即座に意識を失っていただろう。それは死を意味する。
「ギッギッギイイ! ギッギッ!」
デアンカ・ギースは知性ある魔獣である。おそらく人間の子供以上の知能はあるだろう。
その知能は、勝ったと思っている。
敵対する存在を屠ったと。倒したと。
普通ならばそう思ってもいいだろう。それが普通の相手ならば。
ヘドロの山から―――光の刃が伸びた。
十メートル、三十メートル、五十メートル、百メートル、二百メートル、ついに三百メートルに到達。
「グゴバッ―――!?」
それが悦びに打ち震えていたデアンカ・ギースの口に突き刺さる。
「楽しかったか? 勝利を確信した時ってのは最高の気分だよな。でもな、おかげで汚いお口が開きっぱなしだよ!」
ヘドロの山からアンシュラオンが飛び出す。手の包丁からは剣気が伸びていた。剣硬気である。
そのまま押し込んで―――
―――上に切り裂く
口が裂け、鼻が裂け、額が裂ける。
―――下に切り裂く
顎が裂け、胸が裂け、胴体が裂ける。
そこから左右に切り裂き、体内をぐちゃぐちゃにしていく。
「ギッギッ……ギッ」
「すぐに逃げるべきだったな。それとも吐いた気持ち悪さで動けなかったか? それはわかるな。胃酸で食道が焼かれて痛いもんな。だから奥の手なんだよな」
アンシュラオンはこの瞬間を待っていた。
あれだけ優勢であっても油断はしていない。最後の最後、相手が完全に死ぬまで油断はしないと教えられたからだ。
一回の油断ですべてが終わることを知っているから。
そして、笑う。
「オレはこの瞬間が好きでな。何より一番楽しいのは、勝ったと思った相手をさらに圧倒的な力で踏みにじることだよ。お前にはわからないだろうな。そういう人間的な楽しみはさ」
剣硬気をさらに伸ばして、デアンカ・ギースを岩盤に釘付けにする。
それから包丁を放して上空に手を伸ばした。
「久々の戦いだ! 観客もいるから全力を見せてやる!! 爆発集気!!!」
アンシュラオンの身体に激しい戦気が満ちていく。全身が赤く輝き、燃えていく。その激しい揺らめきで大地が揺れる。
地震。
大気が震え、世界が揺れていく。すでに薄暗くなった世界に光が激しく灯されていく。
それは白き力。アンシュラオンが持つ破壊の力。
直視するだけで目が灼けるほど大量の戦気が両手に集まった。
「オレが放てる最強の技で倒してやるよ! 覇王流星掌!!」
両手に集まった巨大な戦気を上空に放出。地表数千メートルにまで上昇すると、狙いを定めて一気に急降下していく。
それは流星の煌き。
一発が十数メートルはある巨大な戦気の塊が、数百という流星群を生み出して襲いかかっていく。
なんと美麗な光景だろう。夜を切り裂く流星の輝きに、多くの恋人たちは酔いしれるに違いない。「ほら、見てごらん。天から舞い降りた祝福の輝きだよ」と。
されど、それはこの世でもっとも残酷な光であった。
流星光弾は、ヘドロを吐き出して細くなったデアンカ・ギースを蹂躙していく。切り刻み、潰し、破砕し、叩き割り、折り曲げ、引き抜き、すり下ろす。
数十発で相手が死んだにもかかわらず、さらに攻撃は降り注ぎ続け、直径七百メートルの範囲を完全に破壊し尽した。
残ったのは、肉の残骸だけ。
かつて、デアンカ・ギースと呼ばれていたものの成れの果てだけ。
「ふぅ…久々に全力を出したらちょっと疲れた。少しやりすぎたかな。完全にオーバーキルだったしな」
覇王流星掌は、戦士因子8でようやく使えるようになる最高位の技である。
素のままで使っても8000は軽く減らしただろうし、爆発集気を使って戦気を凝縮したので16000以上というダメージを与えたはずである。
すでに弱っていた相手に使うには明らかに過剰な攻撃であった。
ちなみに流星を彗星に変えれば覇王彗星掌という技になる。流星が一つに重なるので、さらに単体に強ダメージを与える。
ただ、地中に逃げた場合を考えて周囲一帯を破壊しておいた。それだけのことである。
(今、私は【英雄】を見ている)
ラブヘイアが見たものは、とてもとても美しい子供の姿をしている。
男とは思えないほど、整った顔立ち、美しい顔。
流れる白い髪は、まるで天使の羽のように神々しい。
赤い目は、まっすぐに相手を見据え、引くことを知らない野生の輝き。
その美しさを持ちつつ、ひどく粗暴で凶暴な一面を持つ。子供が持つ残忍さを宿しながら、大人のように理性的で、時には女性のように優しく穏やかで、それでもやはり男の強さを持つ。
英雄。
人によっては悪魔とも呼べそうな存在だが、ラブヘイアにとっては白く輝く英雄そのものである。
その姿に、涙を流した。
美しさに、感動した。
強さに、ひれ伏した。
これがアンシュラオン。
後に欠番覇王となり、最強の【白き魔人】となる男の若き姿である。
「ああ、なんと…美しい…。あなたは私が求めた……最高の………がくっ」
そして、ラブヘイアは意識を失った。顔面から落ちたので、かなり危険な倒れ方である。
「え? …なんで急に倒れたんだ? 変態だから…か?」
その姿に呆然とするアンシュラオンであった。いきなり倒れるとかなり怖い。
39話 「やりすぎた結果の後始末」
「あー、今日は帰れそうもないな」
空に輝く光の海を見上げながら、アンシュラオンはぼやく。
眼前に広がるのは肉の山、ミンチとなったデアンカ・ギースの成れの果てである。
さすがに強靭な肉体をしているだけあって、覇王流星掌をくらっても現存している部位はある。そこから素材を探しているのだ。
「ラブヘイアも倒れちまったし、自分で探すしかないんだよな…」
ラブヘイアはそこらへんに適当に転がしてある。おそらく毒にやられたのだろう。
といっても直接受けたわけではなく、当人も毒耐性を持っているので大丈夫だと判断し、特に何か治療をしたわけではない。
たぶん死なないだろうという程度の認識であり、かなりずさんな対応ではあるが、そこまでして男かつ変態の面倒をみる理由はない。
「死んだら見込みがなかった、というだけの話だしな。それよりどこが売れそうな部位なのか、まったくわからん。んー、ハブスモーキーの足が売れるならこいつの足も…って、もうぐちゃぐちゃだな」
切り落とした触手も半分以上はミンチである。こうなると、どの部位かもわからない。
仕方ないので触手だと思われる部分を荷台に放り投げていくが、いかんせん巨大である。すぐに荷台が埋まっていく。
「先に新しい荷台を作るか…。これ、絶対に足りないしな」
そこらにある岩を剣気でスライスして、平べったい石の土台を作る。その両端に穴をあけ、なんかよくわからない触手の筋のようなもの(スジ肉的なもの)を通してロープにする。
地面にこすりながら引っ張っていけばいいので、余計なタイヤはつけない。要するに載せられればなんでもいいのだ。
それを五台作るだけで、いつしか空は完全に闇に包まれていた。
それから再び素材集めに戻る。
「目玉、見っけ! まだ残っているとは頑丈だな」
やたら大きな目玉を発見。大きさはアンシュラオンの身長以上ある立派なものだ。何に使えるかは不明だが、とりあえずゲットである。
それから肉の海を漁っていると、ひと際大きな塊を発見した。
「おっ! 心臓じゃないか、これ? ダビアにも確認したからジュエルなんだよな」
中央付近に、これまた巨大な心臓を発見した。大きさは五メートルくらいあり、さまざまなところが結晶化して赤く輝いている。
たとえるならば、巨大なアメジストドームのようなもの。多少空洞のところもあるが、ぎっしりと固まっている部分も見受けられる。
「この世界はジュエル文化だしな。これは売れるだろう。持って帰ろうっと」
ヒューーーー、ゴンッ
ぽいっと荷台に投げる。が、丸かったのでゴロゴロ転がっていき、寝ていたラブヘイアにぶつかって止まる。
「う、ううっ……重い……臭い…」
「えっと、あとは……もうよくわからないから、適当にガンガン投げていくか」
面倒くさくなったので、そんなラブヘイアを無視して次々と素材を投げ入れていく。
デアンカ・ギースが売れなかったときのために、食い散らかされたハブスモーキーからも素材を剥いでおく。
たしかに頭のところに玉があった。睾丸とかだったら嫌だが、金になるなら仕方ない。足も切り取って一緒に投げ入れておく。
「ふー、少し休むか。あー、今日はがんばったなー」
体力的にはあまり疲れていないが、気持ちが一杯で充足感と疲労感が訪れていた。
(火怨山での生活とはまったく違う。同じ魔獣を倒しているのに、こっちのほうが達成感がある。何か特定の目的があるからだな。人間は野獣とは違う。ただ破壊するだけの生活じゃ、いつか限界がやってくる。…いい機会だったのかもしれないな)
火怨山での戦いは、常に生き残ることが重視されている。それが日常になって楽勝になると、今度は姉やゼブラエスとの模擬戦が主体となる。
それもまた楽しいものだが、正直に言えば目的がなかった。
姉とイチャラブするのが目的だったので、ある意味においてはすでに達成されているものであったが、それだけの生活にも少し飽きがきていたのかもしれない。
今は自分の目的のために行動するのが楽しい。初めて明確な目的ができたからだ。
(サナ・パム…か。可愛い子だったな。あれがオレのものになる。想像するだけで楽しみだな)
ともすればペットのようなものかもしれない。白スレイブなんて、どう言い繕っても所詮はそんなものだろう。
だが、それでも問題ない。自分にとって初めての【所有物】が生まれるのだ。それが重要だ。
(サナは大切に育てよう。たくさん愛情を注いで、綺麗にしてあげて、いつかオレの子を産んでもらおう。まだ幼いから無理をさせず、少しずつ教育して……おお、いいな。ドキドキしてきたぞ。あの子にもドキドキワクワクするような世界を見せてやりたいな)
考えれば考えるほど楽しみが生まれてくる。
以前の生活では子供がいなかったアンシュラオンにとって、誰かを育てるという行動には惹かれるものがある。
それが実際には大変な苦労が伴うものだとしても、むしろそれを味わってみたい。今ならばそれができる自信もある。
アンシュラオンは自分の物は、とてもとても大切にするタイプである。
誰もが簡単に使い捨てにする安い道具でさえ、完全に壊れる、これはもう駄目だ、というレベルまで手入れをして使っていた。
100円の爪切りでも、どんなに切れなくても、自分で買ったものだからと六年くらいは普通に使う男であった。
だから見捨てないし、捨てない。自分の物は、どんなに劣悪でも改善しようとするし、良くしようと心がける。
そんな自分に買われるサナは幸せだ。本気でそう思ってもいる。
(オレの家族になるんだ。サナを幸せにしよう。…少し慣れたら他のスレイブも買うか。今のところ性欲は湧かないからラブスレイブは後でいいかな。オレだけのスレイブ集団を作るってのも面白い。育成ゲームと同じようなもんだしな。…と、ふぁぁ、少し寝るか)
闘争本能が満たされたので眠くなる。
武人にとって闘争本能とは、食欲や性欲と同義のものである。満たされれば強い満足感を得られる。戦うことで進化する生物だからだ。
まさに動物。野獣と同じ。
だが、この時こそ至福である。身体が自然とまどろみの中に引き込まれていった。
「アンシュラオン殿……死にそうです」
「自業自得だ」
「うう…昨日は共同作業をした仲ではありませんか…」
「気色悪いことを言うな! お前はほとんど役立たなかっただろうが!」
「酷いです…がんばったのに…」
翌日、肩を押さえて呻くラブヘイアがいた。
明け方、ラブヘイアがアンシュラオンの髪の毛の匂いを嗅ごうとしていた気配で目が覚めた。
そこで肩を蹴っぱぐった時に脱臼したのだ。すでにはまっているが、痛みが残っているようだ。
つまり自業自得である。何一つ同情の余地はない。
「お前な、そのうち殺されるぞ」
「髪の毛のためならば本望です」
「死ぬのは勝手だけどな。オレを巻き込むなよ。ほら、お前も回収を手伝え」
「はい。すごく…生臭いです」
一晩経ち、周囲には腐敗臭が満ち始めていた。
あまりにも量が多かったので、取りきれない部分は放置となっている。それが腐ってきたのだろう。
そして、カラスに似た鳥たちが群がって肉をついばんでいる。知らない間に蛆が湧いているところもある。ただし、大きさはやたらでかいが。
(自然は見事だな。まるで無駄がない。星のシステムを管理している女神様が、いかに大変かがわかるよ)
すべての生物には役割が設定されている。蛆は腐敗した肉を食べてくれるし、その蝿は違う生物の食糧にもなる。
この世界は摂理によって完璧に制御されている。微生物に至るまで完全な法則の中にあるのだ。
改めて女神の偉大さ、全宇宙の生命を維持している霊の力に驚く。
「こっちのは冷凍してあるが大丈夫か?」
「おお、アンシュラオン殿は凍気を使えるのですね!?」
「水属性が得意だからな」
「それは便利ですね。私も水を使いたいものです」
「人それぞれの生まれ持った体質もあるしな。お前は風を伸ばしていけばいい」
(こういうのって性格も関係しているからな。覚えたくて覚えられるものじゃないし)
属性は誰にでも使えるものではなく、当人の性格上の気質に寄るところが大きい。
今までの経験からいえば、芯が強い熱いやつは火、独特な感性を持つやつが風、人情味のあるやつが雷等々、それなりの相性があるようだ。
アンシュラオンが得意とするのは水であり、水は知性的な人間に多い気質である。
凍気は水を得意とする人間が到達できる上位属性で、文字通り凍結能力のある気質である。
ダビアのクルマが襲われた際にも使ったが、こうして冷凍保存にも使える便利な気質なので重宝する。
ただ、戦気で化合すると攻撃的な気質になるので、デアンカ・ギース以外の肉に使うと粉々になってしまった。よって、他の肉はそのままだ。
(今思うと、姉ちゃんに用意していたジュースの氷も凍気で作ったよな。あの人、あれを普通に飲んでいたが…大丈夫だったのか? むしろ美味そうに飲んでいたな…)
水気実験によって、あれは相当危険なものであることがわかった。となれば凍気もまた同じである。
それをまったく気にせず飲むという段階で、姉はやはり恐ろしい存在である。
「昨日はああ言ったが、デアンカ・ギースは金になるのか? 一応素材を積んでみたが…ここまでやって無駄だったらさすがに泣くぞ」
「あの時は言い出せなかったのですが、デアンカ・ギースには特別な懸賞金がかけられています。値段の詳細はわかりませんが、少なくとも数千万はすると思います」
「それはウォンテッドモンスター…指名手配とかそういうものか?」
「そうですね。四大悪獣といえばグラス・ギースにとっては悪夢みたいなものですから、それを討伐したとなればそれなりの褒賞も出るはずです」
「それなら安心だな。だが、こんなにミンチにしてしまって、オレたちがデアンカ・ギースを倒したと証明できるか? 何の肉かもすでに判別できないぞ」
やりすぎた、と終わった後に後悔する。よくあることである。
たまに美術家が明らかに変なものを作るが、やりすぎた結果なのだろう。気持ちはわかる。
「残骸の一部からでも登録されている魔獣なら照会ができます。魔獣の生体磁気もそれぞれ波長が違いますからね。このあたりにいる魔獣や四大悪獣のような昔からいる魔獣は登録されているはずです」
「そっか。それなら安心だな。じゃあ、戻るか」
「あの…また荷台に乗るのでしょうか? …肉が…ありますが」
乗る = ぐちゃ、ぬちゃっ、うっ、冷た生臭い
「乗りたいのなら乗ってもいいが、目的のものは手に入ったんだ。急ぐ旅でもない。夕方くらいまでに戻ればいいだろう。帰りの道中、少し鍛えてやるからお前も走って帰れ。それも鍛錬だ」
「あ、ありがとうございます!!」
(帰ろう。サナが待っているあの街に!)
40話 「魔剣士の厄日」
アンシュラオンが去った数時間後、昼前の魔獣の狩場。
北側から接近してきた輸送船三隻が慎重に接近し、砂煙を上げながら止まる。
これは民間で使われている一般的な船であり、ダビアのクルマと同じくホバー機能を使って動くものだ。
このあたりではそう多く見られないものだが、ハピ・クジュネから来る商人も使っているので、それがここに現れたからといって珍しいことではない。
ただし、輸送船から出てきた人間は、おおよそ商人とは思えない者たち。装備こそ傭兵風だが、動きが違う。明らかに訓練された者たちであった。
その中でも貫禄のある男、おそらく隊長であろう者が周囲を見回す。
「ここが魔獣の狩場か。…思ったより殺伐としているな。聞いていた話では、もう少し賑やかだということだったが…」
目の前で動いている者はほぼ皆無。人間はもちろん魔獣でさえ動いていない。
そう、動いていない。
たしかにいるにはいるが、草食魔獣は倒れたまま動かない。死んでいるようだ。
「外傷はないな。…毒あるいは感染症か?」
男が臭いを嗅いで確かめる。たしかに少しだけ異臭がするが、すでに刺激臭と呼べるものではない。
一晩かけて多くの毒素は風で拡散してしまったようだ。
「閣下、こちらへ」
「何か見つかったか?」
「魔獣の死骸が散乱しています。かなり大型の魔獣の死骸もありますが、ここと違って損壊が激しいものばかりです」
「わかった。今行く」
誘導され、西の砂地側に移動。
副官のメーネザーの言う通り、損壊した大型の魔獣の死骸が散らばっている。東同様、動くものはいない。
「凄惨、という言葉はまさにこれだな」
「魔獣同士の戦いでしょうか?」
「魔獣が殺戮を楽しむとは、あまり聞いたことがないな」
「中にはそういった凶暴な存在もいるという話です。ここは東大陸、その辺境です。未知の生物がいる可能性もあります」
「これほどの破壊を好む魔獣がいたら、我々の任務も相当苦しくなりそうだな」
「閣下が怖れるような相手などおられるのですか?」
「怖い相手などたくさんいる。ルシアの雪騎将(せっきしょう)とかな」
「それはまた…笑えない冗談ですね」
「それとメーネザー、今の我々は【傭兵団】だ。閣下ではなく団長と呼べ」
「はっ、失礼いたしました!」
「…そこから変えないと駄目だな」
敬礼をするメーネザーにその男、ガンプドルフは苦笑いである。
(傭兵か。この格好にも違和感があるが致し方がない。ただでさえ目立つのだ。余計な連中に目を付けられないようにしないとな)
ガンプドルフの装備は、今はとても簡素なものである。
本来身につけているフルプレートは目立つので、道着の上から所々を鉄で覆った革鎧をまとい、具足もそこらで売っているものを履いている。
一見すれば安そうに見える外見だが、中はジュエルによって強化されており、それそのものが術具といってもよいほど豪華なものに置き換えられているので、戦闘になっても問題はない。
しかし、この惨状を見ると少しばかり不安にもなる。
(戦闘があったのは間違いない。大きな魔獣が暴れたという可能性が一番高いが、それならば相手がいないと成立しない。魔獣単体が無秩序に暴れるという現象はあまり聞かないしな。強い魔獣にちょっかいを出した違う魔獣がいるはずだ。少なくとも敵と認識するほどの、な)
荒々しく伸びた煤けた梅幸茶(ばいこうちゃ)色の髪の毛を、強引にバックにした髪形は、どこかライオンのたてがみを彷彿させる。
その髪の毛に負けない迫力ある滅紫(けしむらさき)の瞳が、荒れ果てた大地を見つめる。
「周辺を探索する。注意を怠るなよ」
「了解しました」
(…なんだあれは?)
探索が始まって数分。
岩山に上って周囲を観察していたガンプドルフは、大地が大きく破壊され、そこだけクレーターとなっている地点を発見する。
明らかに異常現象の痕跡である。
岩山を移動してさらに接近すると、その光景の異常さがさらに際立つ。周囲は完全に破壊され、その中央には何かの残骸だけが残されている。
(魔獣の死骸…か? 相当傷んでいる、というよりは粉々にされたという感じだな。となれば、やはり攻撃跡なのか?)
昨日までデアンカ・ギースと呼ばれていたもの、その肉片である。
持ちきれずに放置された肉にはすでに大量の虫が湧いており、鳥型の魔獣もついばみに来ている。
魔獣が死んでから一日も経たず、それは自然の中に還ろうとしていた。自然の逞しさを痛感する。
「メーネザー、来てみろ。すごいぞ、これは」
「この痕跡は…何か巨大なものでも落ちたのでしょうか?」
「そうかもしれん。…が、これは技だな」
「技…とは?」
「戦気の痕跡がある。人間がやったという意味だ」
戦気には独特の破壊跡が残る。
アンシュラオンが使った覇王流星掌は、放出系の戦気弾の系統に入るので、特に強い痕跡が残るのだ。
それを見逃さないガンプドルフもさすがである。
「そんな! これほどのクレーターですよ! 不可能です!」
「生身ならば驚愕の一言だが、神機に乗っていればこれくらいは可能だろう。私のミーゼイアでもやろうと思えばできるが…、ここまで広域な攻撃となるとやはり難しいか。どちらにせよ魔獣に対しては過剰な威力だ」
「それほどの魔獣だったのでしょうか。ここまでしなければ倒せないほどの…」
「それはありえる。かなりの大きさの魔獣だったのだろう。しかし問題は、これだけのことができる武人が、すぐ近くに存在しているということだ」
「っ! 警戒を強めます!」
「ああ。だが、絶対に戦闘はするな。お前たちでは万一にも勝ち目はないぞ。問題が起こったら、できるだけ話し合いで片をつける。話が通じれば…だが」
(最悪の状況だな。今回は訓練のつもりだったから若手の騎士ばかりだ。いや、そもそも兵がどれだけいても意味はない。この力は、もはや通常の武人の領域を遥かに超えている。私でも対応できるかどうか…)
単なる野良神機の暴走という可能性もある。その場合、これによって力を失ってくれていれば非常にありがたい。
されど、いまだ健在ならば最悪の状況である。少なくとも交戦は避けねばならない。
(我々は戦いに来たわけではない。それは最後の手段だ。できれば平和的に事を進めたい。あのようなことは最低限にとどめねばな)
砲撃で炎上するクルマを思い出す。
幸いながらあの後は特にトラブルもなかったが、犠牲は少ないほうがよいに決まっている。
「閣……団長、訓練はいかがいたしましょう? 撤収しますか?」
「手ぶらで帰るのは癪だ。領主に大見得を切って出てきたのだぞ。何かしら手土産がなければ、こちらの戦力を誇示できん」
「あの領主は信用できるのでしょうか? あまり好ましいタイプではありませんが…」
「好き嫌いで政治は動かんよ。我々は土地と物資、彼らは防衛のための戦力。互いにメリットがあるのだから多少のマイナス要素は妥協せねばな」
「はっ。では、予定通りに魔獣狩りを行います」
「魔獣は人間とは違う動きをする。若いやつらには良い訓練になるだろう」
「【魔人甲冑】はどういたしますか?」
「使うさ。使えるものは何でも使う。我々に残された数少ない戦力だからな」
輸送船の中では、部下たちが【魔人甲冑】、通称MA、マジンアーマーを用意している。
この時代は、まだ魔人機(まじんき)というものが本格的に量産されていないので、あるとすればナイトシリーズのようなオーバーギアか、WG(ウルフ・ガーディアン)が各国に配給したフレームから組み上げたものに限られる。
中には地盤工事や発掘作業の際に遺跡が見つかり、そこで新しいフレームが見つかることもあるとはいえ、魔人機の絶対数は多いとはいえない。
せいぜい象徴機を含め、小国で数機〜、中規模国家で数十〜、大国で〜数百といった程度であろう。
それ以外は神機に頼るしかない。公認神機の乗り手はあらかた決まっているので、野良神機を捕まえるのが一番簡単な手段となる。
それでも野良神機を捕らえるのは物理的に非常に困難であり、捕獲部隊が全滅することもしばしばであるから、神機の数もそう多くはないのが現状だ。
魔人機が強力な兵器であるのは事実であるが、数がなければ性能をすべて発揮するのは難しい。MGとはいえ、戦艦の集中攻撃を受ければ無事ではすまない。
よって、この時代の主流は、いまだ戦艦。
そして、【歩兵】である。
砲撃戦をしながら相手の艦に乗り込んで制圧する白兵戦術が、極めて重要な意味を持っている。これは後年でも同じで、やはり武人とは歩兵でこそ価値を発揮するものなのだ。
ただ、強い武人は少ない。
アンシュラオンのような存在が、そこらに湧いているわけではない。あれは稀有な例であり、ほとんどはラブヘイアのような【普通の武人】である。
そこで考えられたのが【パワードスーツ】。
生存率を上げ、一般的な武人でも強力な戦力になれるように開発された、機械甲冑である。
この数百年以上後には、「人間のMG化」という新しいコンセプトが生まれるわけだが、現在のコンセプトは【MGの人間化】である。
魔人機を小型化してパワードスーツとして着込む発想。そこから発展したものがこの魔人甲冑、MAである。
もちろん、まだMG生産技術は本格的に流通していないので、オーバーギアを参考にしながら自己流で甲冑の強化を図っている最中である。
あくまで甲冑なので魔人機よりも製造がたやすく、装備の自由度が高いので、使い方次第によっては大きな戦力になると期待されている。
「魔人甲冑か。本格導入できれば盛り返せるかもしれんが…」
「他国でも開発が進んでいるという話です。ルシア製のは相当な出力と聞きます」
「仕方がない。もともとルシアから来た技術だからな。それにしても近年のルシアの軍事化は、あまりに異常だ。際限がない。やつらは本当に西側の覇権を握るつもりかもしれん」
「噂によれば、技術開発の担当者に新参者が就任したとか。凄腕の錬金術師と聞いています。魔人甲冑もそこから出た技術のようです。独自にMGを開発しているという話もあります」
「また噂か。正確な情報が掴めない段階で我々は遅れを取っている。服従派のやつらは、すでに衛星国家であることを受け入れているし…もう手遅れだろう。こちらの計画を進めるしかない」
「となれば、動くのは早いほうがよいでしょうな」
「そうだな。やつらの地盤が固まる前に、あの御方だけでも逃がさねばなるまい。そう思ってやってきたわけだが…前途多難だな」
目の前に広がるのは、破壊の痕跡。
改めて東大陸の混沌さを思い知った感覚である。
(いかに前途が多難であっても進まねばならない。もう後戻りはできないからな…)
振り返り、準備をしている部下に命令を出す。
「魔人甲冑の起動実験をする! 周囲の警戒は最大にしておけ。手に負えないものが出てきたら私に連絡だ。ミーゼイアも出す。荒地用に換装は終わっているな?」
「はっ! 魔人甲冑を出せ!」
命令を受けて数機の魔人甲冑が姿を見せる。
MGに若干似ているが、やはり甲冑と呼ぶのが相応しいフォルムである。また、武装がゴテゴテしているので、やたら四角いロボット然としている。
現在は性能を重視しているので外観にまで手が回らないのである。
そのせいか―――少しよろけて転んだ。
「何をやっている! しっかりせんか! それでも名誉ある騎士か!」
「申し訳ありません、副長!」
メーネザーの怒号に若手の騎士が必死に操作を行っているが、まだまだ実戦で使えるかどうか未知数な動きである。
(メーネザー、お前もだぞ。普通に騎士とか言っているしな。それでは偽装した意味がなかろうに…。早く現状に慣れてもらわねばな…)
「ミーゼイア、出ます」
それから、ガンプドルフのミーゼイア、ゴールドナイト99-092、ゴールドミーゼイア〈黄金の研篝矢(けんこうや)〉が姿を見せる。
魔人甲冑とは明らかに異なる存在であり、大きさも十二メートル以上はある巨大な人型のロボットである。
これこそ魔人機。人間が持つ最大戦力の一つである。
(ああ、私のミーゼイアがあんな色になるとはな……無残だ)
黄金の機体は目立つので、その上から黄土色のスプレーで塗装しているのだ。これならば荒野でも目立つことはない。
ないのだが、魔人機自体が希少なので、そもそも存在しているだけで相当目立つ。
(本当は出したくないが、しっかり調整して、いつでも動かせるようにしておくべきだろうな。なにせここには、大型魔獣を圧倒的な力で殺せる何者かがいるのだ。警戒しておいて損はない)
そして、再び荒れ果てた魔獣の狩場に視線を移す。
(こんな場所で訓練ができるか怪しいが、やらないわけにもいくまい。交渉があるから夜までには戻らねばならないし……今日は厄日かもしれん)
彼らはその後、デアンカ・ギースが傷つけてボロボロになったハブスモーキーを数匹と、怯えきったエジルジャガーを十数匹狩るのが精一杯だった。
アンシュラオンの戦いの余波で、多くの魔獣が奥地に逃げてしまったからだ。
やはり今日は厄日であったと魔剣士は嘆く。
|