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「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」

作者  園島義船



□ 第十一章 「スレイブ・ギアス」 編


662話 ー 672話





662話 「サリータと殿下 その1」


「…ふぅ」


 サリータがコテージから出てくると、そこにはサナ、ホロロ、小百合、ラノア、セノアの五人が待っていた。

 まずは小百合が駆け寄って、右手を高く上げる。


「サリータさん、ハイタッチ!!」

「あっ…は、はい!!」

「いぇーいっ!!」


 パチンッ!!


「ほらほら、みなさんも!!」


 それを契機に、次々とサリータとハイタッチを交わす女性陣。

 誰もがサリータを助けたことを誇りに思っているし、女性だけでやっつけた連帯感も感じていた。

 ハイタッチにも思わず力が入る。


「あの…その、これでよかったのでしょうか? なんだか申し訳なくて…」

「もし負い目を感じているのならば、私が危険なときに助けてくれればよいのです。あなたは私よりも強いのですから」

「ホロロ先輩…」

「そうですよ。みんなで勝ち取った勝利なのです。素直に喜んでいいのです!」

「小百合先輩…」

「サリータさん、私もやりましたよ!!」

「ああ、セノア! 見ていたよ! すごいじゃないか! 守ってくれてありがとう」

「私にはあれくらいしかできなくて…でも、サリータさんは格好よかったです!」

「ラーちゃんもがんばったよ! ゆめたろーもがんばった」

「ラノアもありがとう! 夢太郎もありがとう!」

「…ぐっ!」

「サナ様…! ありがとうございます!」


 サリータ自身に思うところはあったが、みんなと一緒に戦った充実感はたしかにあった。


(自分は幸せ者だ。これだけの人たちに愛されれば、それだけで十分ではないか。みんなのために強くなる努力をすればいい。努力し続ければいいのだ。自分にはそれしかできないのだから)


 落ち込んでいた気持ちが軽くなっていく。

 独りになると陰鬱な感情が湧くのは、人間ならば致し方がないことだ。

 ならば、こうしていつも誰かと一緒にいればいい。守るべき相手が見えるので迷っている暇もなくなる。


「それで、何か言われました?」


 小百合が、今しがたサリータが出てきたコテージを見る。

 他のコテージよりもやや大きく、一目で本営だとわかる造りをしていた。

 中には当然、このキャンプの司令官がいる。


「いえ、特には。普通に事情を訊かれただけです」

「それならいいですけど。さっきアンシュラオン様も呼ばれていたので、話し合いは終わっていると思っていいですかね」

「我々は身を守っただけです。とやかく言われる筋合いはないでしょう」

「そうですよ。サリータさんは悪くありません! 向こうがちょっかいをかけてきたんですから!」


 ホロロとセノアも自分がやられたのと同じように憤る。

 アンシュラオンが望んだ通り、より強い親近感と連帯感が生まれた証拠だ。


「これでもし相手にお咎めなしだったら、暴動を起こしましょう!! ゼイヴァーさんを巻き込めば可能だと思います!」

「そ、そこまで大事にしなくても…あの人が出てくるとややこしいですし…」

「サリータさん、声を大きくして抗議しないといけないときもあるんですよ! 我々の総意を伝えないと!」

「それはそうですが…従者の方も被害に遭っていますし…」

「彼が被害に遭ったのではありません。私たちが狙ったのです!」


 小百合の言葉にどういう違いがあるかはともかく、相手側は一人が重傷、一人が軽傷。対するこちらに怪我人はいない。

 そのあたりも考慮すれば、ひとまず『お互い様』で済ますことが可能な状況ともいえる。

 ただし、譲れない点もある。


「しかし、サナ様を侮辱したことは許せません。私たちはともかく、サナ様への謝罪は必要でしょう」

「ホロロさんの言う通りです! そこだけは許せませんね!」

「とはいえ、彼の性格を考えれば難しいかもしれません。性格は簡単に直らないものですから。かといって、こちらから襲撃しては悪い印象を与えます」

「では、今回の一件を言いふらしましょう。どうせ放っておいても噂は広まるでしょうが、女性に言いがかりをつけて迫ったあげく、逆に負けたことを強調して彼の評判を貶めるのです」

「それがいいかもしれません。もともと評判は悪いですが、さらに悪くなればDBD内でも立場が危うくなるでしょう。場合によっては内部対立が進んで、誰かから嫌がらせを受ける可能性もあります。それが結果的に報復になります」

「私たち自身が手を下せないのは悔しいですけど、彼にはお似合いかもしれませんね。ふふふ」

「そうですね。ふふふ」


(うわぁ、怖いよぉ)


 相変わらず小百合とホロロの会話は怖い。セノアも縮こまるしかない。

 だが、この作戦は悪くはない。

 今回の一件が殿下絡みと判明した瞬間、ガンプドルフが浮かべた苦い表情を見れば、リッタスが周りからどう思われているかがすぐにわかる。

 被害者である小百合たちが直接話すことで、より悪い印象を与えることができるはずだ。

 なかなかに卑劣な手段だが、普段から問題を起こしているリッタスにも責任がある。

 このように、女性を怒らせると怖いのである。世の男性諸君も、彼の二の舞にならないように気をつけてほしいものである。




(うんうん、いいなぁ。これこそ家族の在り方だ。素晴らしい)


 そして、その様子をストーカーことアンシュラオンが見守っていた。

 女性たちが集まって抱き合っている姿は、見ているだけで心が動かされるものがある。

 なんて素晴らしい。こんな男臭い場所に生まれた楽園といえるだろう。(話し合っている内容はえげつないが)


(今はあえて話しかけないほうがいいよね。女性たちだけで気持ちを高めてほしいし。…それより問題はあっちか)


 少しだけコテージに聞き耳を立てると、二人の話し声が聴こえた。

 一人はガンプドルフ。もう一人はバルドロスだ。

 サリータの聴取が終わったので、今度は殿下側の聴取が行われているのだ。

 しかし彼女と違ってDBDの騎士同士であるため、雰囲気はまったく違う重苦しいものであった。

 ガンプドルフの珍しく苛立った声が聴こえてくる。


「私が何のためにここまでの犠牲を払っているのか、貴殿にはわかっていたとは思うが? ヘビタイトアーマーの対価がこれでは、あまりに報われないだろうに」

「誠に申し訳ない。殿下から目を離したわしに全責任がありましょう」

「あなたを責めても問題の解決にはならない。幸いながら今回は、彼の逆鱗に触れることにはならなかったが…どれだけ危険なことかわかっておられるのか? 私はもう火の中に手を突っ込みたくはないのだ。こちらの苦労もわかってほしい」

「かの御仁も若者ならば、殿下もまた血気盛んな若者なのです。時には感情が制御できないことがありましょう。殿下も負傷なされた。どうか今回は、これで手打ちにしていただけないだろうか」

「もう何度目になるのか…。いつまでもそれでは部下たちの感情を抑えることはできない。せめて上級騎士と同じ基準で罰は与えさせてもらう。示しがつかないからな」

「………」

「わかっている。そんな顔をしないでくれ。貴殿にも言い分はあるだろう。彼を無理やり同行させたのは私たちの都合だ。だが、選択肢は与えたはずだ。それに乗ったのも彼の選択ではないのか?」

「その通り、殿下の選択です。なればこそ、期待に応えようとしておられるとは思われぬか?」

「望まれぬ方向でがんばられてもな…。申し訳ないが、彼には武人としての才覚はない。あっても一般騎士止まりだろう。それは貴殿が一番おわかりではないのか?」

「…左様。殿下にそれを望むのは酷でありましょうな。しかし、『象徴』が自ら戦わねば誰も付いてはこないものですぞ」

「象徴は聖剣で十分。わざわざ王室の人間が戦う必要性はない。そのための軍隊であり、聖剣長であろう」

「戦に負けた日から『聖剣の神話』は崩れました。言わぬだけで、心の中では誰もが知っているはず。聖剣長自身が、それをもっともご存知でありましょう」

「…だからこそ、あの少年の助力が必要なのだ。覇王の弟子である彼がな。彼の強さは貴殿も見ただろう。大きな力となってくれるはずだ」

「名だけでは人は付いてはこない。力だけでも付いてはこない。強大な力に負けた聖剣長が、同じく強大な力を欲するのはわかりますが、我らに必要なものは『自己犠牲の心』ではないのですかな。それが無ければ、ただの打算だけの関係になってしまいます」

「これ以上の犠牲など、私は御免こうむる」

「それは重々承知しております。ですが、今の時勢だからこそ、若者たちを引っ張る者が必要のはずです。誰もが怖れている。怖がっている。おそらく殿下が一番怖がっておられる。それでも立ち向かえる【勇気】を持っていることは貴重な資質でしょう」

「蛮勇も受け入れろと言いたいのか?」

「聖剣長が彼を受け入れたように。彼も清廉ではございますまいて」

「………」

「聖剣長は、他の宮家をこちらに呼ぶおつもりなのですかな?」

「…なぜ、そう思う?」

「個人的に縁あるとはいえ、マッケンドー家は弱小宮家。普段ならば名前すら出てこないほど下位の家柄です。それは騎士たちの態度を見ても明らか。名も力も弱ければ、到底まとめることはできませぬ。であれば、それも当然の選択でありましょう」

「私は私なりに敬意を払っているつもりだ。彼は間違いなく殿下である。だからこそ軍紀違反も見逃してきた。それでは不満か?」

「いいえ、十分配慮してくださっているのは殿下もわかっておられる。しかし、話せぬ機密があってもそれを咎めず、ここまで付いてきた殿下の心中も察してくだされ。利用するのは結構。されど、殿下の心まで殺すことは守護騎士としては見過ごせませぬな」

「………」

「殿下のことはわしが何とかします。それを認めてくだされば、そちらの件には口出しはいたしませぬ」

「…わかった。しかし、死んでもらっては困るし、無駄に部隊に犠牲が出るのも困る。戦艦捜索作戦においては兵士たちと行動を共にしてもらう。それでいいか? 貴殿もそちらに回ってくれてかまわない」

「問題ありませぬ」

「では、話は終わりだ。戻っていい」

「殿下の主張が間違いではないことも、お忘れなきように」

「………」


 ガンプドルフのほうが階級では圧倒的に上だが、バルドロスも宮家の守護騎士という身分がある。

 以前話した『権威と権力の違い』であり、両者それぞれの立場が浮き彫りになった会話といえるだろう。

 ガンプドルフもDBD再興のために宮家を利用しているし、リッタスたちも、のし上がるために利用している。普通にやっていては上位宮家には勝てないからだ。

 そのうえで最重要機密であるソフィア王女の一件もあり、ガンプドルフ側には負い目も存在しているという、かなりややこしい状況である。

 そこを突かれれば、どうしてもリッタスの処分には踏み切れない。かといって処分しなければ、他の騎士たちから不満が出る。完全に板挟みだ。


(相変わらず、おっさんも大変だなぁ)


 と、ある意味では今回の元凶でもある男が、他人事のように心で呟く。

 ちなみにガンプドルフは、真っ先にアンシュラオンに対して詫びを入れている。

 問題はサナへの侮辱の点だが、直接罵倒されたわけでもないので許すことにした。


(さすがにオレの目の前でサナを侮辱したら、それなりの代償を支払わせたかもしれないけど…サナへの愛情の深さは他人には理解できないだろう。ゴミに何を言われても気にならないな。しかしまあリッタスってやつは、なかなかたいした男だよ。さすがのオレでも少女の悪口は言えないよ。しかもデリケートな部分だしな)


 サナに敵意を向けた連中は今までにも幾人かいたが、ここまで正直に物を言われたのは初めてだ。

 逆にびっくりしたせいか、怒りもあまり湧いてこなかったのだ。アンシュラオンを驚かせるとは、リッタスはなかなかの逸材だ。悪い意味でだが。


(まあ、これだけじゃ済まないだろうな。だが、それでいい。こうしてちょっかいを出すやつがいたほうが、内向的になりやすいサリータには良い影響を与えるはずだ。今回もサナのために予想以上の力を出してくれたしな。今後に期待しようか)


 そう言って、ストーカーは再び暗闇に消えるのであった。




  ∞†∞†∞



 翌日。

 サリータが訓練前の準備をしていた時である。


「お前ぇええええええええ!!」

「ん?」


 何やら叫び声が聴こえたので視線を向けると、見覚えのある顔が走ってきた。

 リッタス・マッケンドー。殿下と呼ばれる人物である。

 そして目の前にやってくるや否や、激しい剣幕で怒鳴り散らす。


「何を吹聴してくれた!!」

「は?」

「しらばっくれるな!! 私の名誉を傷つけただろう!!」

「悪いが、何を言っているのかまったくわからない。というか、昨日あんなにボコボコにされたのにもう治ったのだな。案外タフな男だ」

「治ってなどいない! おかげで前歯が二本も無くなったのだぞ!」

「…ぷっ、間抜けな顔だな」

「笑うな! 誰のせいだと思っている! お前たちがあの男に…ゼイヴァー百光長に余計なことを言うから…!」

「もしかしてゼイヴァー百光長に殴られたのか?」

「そうだ! あの男は狂っている! あいつには私の立場や身分など、どうでもいいのだ!」


 さすがゼイヴァーだ。宮家であっても遠慮なく殴る狂人である。

 そのおかげでリッタスの前歯二本が見事に無くなっており、彼が荒い呼吸をするごとにヒューヒューと音が抜けるのが、さらに間抜けだ。

 だが、殺す一歩手前まで殴ったにもかかわらず、一晩でここまで回復したことは驚きであった。

 いくら若癒の術符を使ったとはいえ、サリータの言う通り、もともとタフな男なのかもしれない。ミエルアイブといい、馬鹿ほどしぶといのは、もはや世界の常識なのであろうか。


「それにしても、昨日の今日でよくも顔が出せるな。恥ずかしくないのか?」

「それだ、その件だ!! 誰が好き好んでお前たちに会いに来るものか! 文句があるからやってきたのだ!! お前たち、言いふらしたであろう!!」

「言いふらす? 何をだ?」

「しらばっくれるな! 私が女に負けたと、女たちが言い回っていたはずだぞ!」

「…んん? 自分は知らないが…?」


 実はこの件、サリータには内緒で進められていた。

 サリータは表裏がない性格のため、こうした陰惨なやり口は合わないだろうと判断されてのことだ。

 その分だけ小百合とホロロが怖い存在といえるが、女性の職場での陰口などは日常茶飯事。彼女たちも大なり小なり、そうした厳しい現実社会で生きてきたのだ。必然的に耐性はできるものである。

 言われたら言い返す。それもまた女の戦い方だろう。


「しかし、事実以外の何物でもないな。男なのだろう? 潔く負けたことを受け入れろ」

「二人がかり…いや、ほかにもいたはずだ! 集団で攻めるとは卑怯だぞ!」

「実際に戦ったのは自分だけだ。セノアは何もしていない。それともお前は、あんな小さな子供一人を戦力に加えるのか? それこそ恥だろうに」

「そ、それは…」


 ここがポイントである。

 外から見れば、サリータとリッタスのタイマン勝負に見えるのだ。

 術式自体は素養がないと見えないので、そこらの騎士程度がセノアの無限盾を簡単に視認することはできない。

 そうした点も考慮して、彼女は物質性が希薄な盾を生み出している。このあたり、セノアもたいしたものである。(見えると警戒されるためでもある)

 そんな状況なのだ。複数でボコられたといくら主張しても、それ自体が見苦しい言い訳に感じられるだろう。

 ホロロの銃声は若干アウトだが、それもまたメイドがやったこと。強い騎士ならば、それくらいのハンデはさしたるものではない。

 そもそも普段からの信用がないので何を言っても無駄だ。

 しかし、複数で攻撃されたことも事実なので、リッタスとしても怒りは収まらない。


「開き直るとは、なんて卑劣な女だ!! お前のようなやつは許してはおけん!」

「お前にお前と呼ばれる筋合いはない。自分はサリータ・ケサセリアだ。…で、お前の名前は何だったか?」

「お前こそお前と言っているではないか!! 私はリッタス・マッケンドーだ!!」

「男のくせに馬鹿みたいに騒ぐな。また歯が抜けるぞ」

「歯くらいまた生える!!」

「生えるのはすごいと思うが…やれやれだ。自分も頭が悪いほうだが、お前はそれ以上だな」


 まともに付き合うのも嫌なので、サリータが興味なさそうに横を向くと、二人の兵士がこちらを見ていた。

 ただし、見ているのはサリータではなくリッタスのほう。


「おい、聞いたか? あいつ、女に負けたんだってよ」

「本当かよ? なさけないやつだな。まあ、どうせ『お客さん』だし、これでおとなしくなってくれれば助かるよ」

「そうそう。変にでしゃばられても困るよな。家柄で騎士になっただけで実力があるわけじゃないしな」

「家柄っていっても、あれだろ? お飾りみたいなもんだろう? 百十五位じゃな…」

「まあな。おっと、この距離じゃ聴こえるかもしれない。あっちに行こうぜ」


 聴こえるかもしれないと言いつつ、リッタスをガン見しながら言っていたので、聴かれてもべつにいいと思っている節もある。

 これがどういう意味を持つかといえば―――


「お前、嫌われているのだな」

「嫌われていて悪いか!!」

「お前のほうこそ、そこまで開き直れるのならばたいしたものだ。だが、二度と近寄るな。そして、その前にサナ様への謝罪を忘れるなよ! あの言動だけは許せんからな」

「それこそ事実だろう。私は嘘は言っていない」

「…また殴られたいようだな。次は歯だけじゃ済まないぞ!」

「やれるものならやって―――はっ!?」


 リッタスがサリータに突っかかろうとしたが、視線を感じて止まる。

 そこには―――皿を持ったセノア


「はぁはぁ…はぁはぁ……やらないと…私がやらないと…はぁはぁ!」

「おい、あそこのメイドを止めろ!! あいつも何かやばいぞ!」

「彼女は聖剣長から、このキャンプで自由に動くことを許されている。お前がどうこう命令できる立場ではないぞ。お飾りの殿下程度ではな」

「くっ…! お飾りにお飾りと言われるとは…! 末代までの恥だ!」

「そんな家、お前の代で終わらせるのだな。そのほうが迷惑にならなくていい」

「そこまで言われたら、もう許せん!! 勝負だ! 勝負しろ!! 今度は一対一で戦え!!」

「女に対して再戦を挑むほうが恥なのではないのか?」

「お前をもう女とは思わない! 勝負だ!」

「言っていることが滅茶苦茶だな。これ以上面倒を起こせば、お前だってただでは済まないだろうに」

「面倒は面倒でも騎士同士の勝負だ。誰にも文句は言わせん」

「いいだろう。受けて立つ。だが、負けたらサナ様に謝罪しろ。こちらもこのまま済ますつもりはないからな」

「土下座でもなんでもしてやる! 血が出るほど頭をこすりつけてな!!」

「その言葉、忘れるなよ」


 こうしてサリータとリッタスの一騎討ちが成立した。




663話 「サリータと殿下 その2『決闘』」


「師匠、申し訳ありません」

「どうして謝るんだ?」

「いえ、あんな安っぽい挑発に乗ってしまって…」

「サリータ、お前は何のために戦うんだ?」

「サナ様の名誉のためです」

「ならば、それでいい。サナのために勝て。オレから言えることはそれだけだ。観客の目の前ではっきりと証明してみせろ」

「はい! 必ず勝ちます!」


 今回の勝負は彼女自身が望んだことである。ならばアンシュラオンにそれを拒む理由はない。

 周囲を見渡すと、両者が【決闘】を行うという噂を聞きつけて、思った以上のギャラリーが集まった。

 半分は色物同士の面白勝負を期待してのことだが、それだけ注目されているともいえる。


「サリータさん、大丈夫ですかね?」


 戦いの準備をしているサリータを見ながら、セノアが不安そうに聞いてくる。


「心配かい?」

「いつも私たちのために危ない目に遭っていますし…」

「あれが彼女の役割だよ。君がメイドで術士であるように、彼女はみんなの盾になるのが役目だ。そして、今回はサナの名誉のために戦ってくれる。オレは彼女を信頼しているよ。セノアだってそうだろう?」

「も、もちろんです! サリータさんは素敵な女性ですし、勝つに決まっています! …ところで、模擬戦と決闘は違うのでしょうか?」

「模擬戦はあくまで練習だね。だから刃がない武器を使う。でも、決闘は真剣勝負なんだ。武器も普通に使うから死人が出ることもあるらしい」

「そ、そんな…! 明日は出立なんですよね? こんなときに決闘なんてやっている場合なんですか?」

「だからこそだよ。大事な作戦中に不和が原因で事故が起きたら、それこそ目も当てられない。わだかまりは今のうちに捨てたほうがいい」

「負けたほうに恨まれたりするんじゃないですか?」

「そりゃ人間だからね。そういうこともあるだろう。ただし、そもそも決闘自体が騎士同士の意地の張り合いだ。変に逆恨みすれば、今回みたいに言いふらされたりするから、少なくとも負けた側はおとなしくするみたいだね。野良の武人と違って組織に属している騎士は、恥や外聞を気にするのさ。グラス・ギースのマフィアもそうだったけどね」


(そしてこれは『最下位』を決定するための戦いでもある。負けた側はこのキャンプでの完全なる異物となるだろう)


 どんな組織や集団、あるいは社会であっても必ず『最下層』は存在する。

 それが子供や女性ならば誰も気にしないが、サリータのように男に交じって戦う者や、リッタスのような複雑な環境下にある者の場合、往々にして厄介者扱いされることが多い。

 昨日まで、それはサリータだった。

 ガンプドルフの命令があるので言動には出さないが、あまり良い印象がなかったのは事実だろう。バルドロスが擁護していたように、リッタスの言っていたことは事実でもあるのだ。

 だが、その流れが昨日の一件で変わった。

 ただでさえ問題を起こしていたリッタスに対して、騎士たちの視線がさらに厳しくなったのだ。やはり女性に負けたという点が致命的である。(女性陣全体を敵に回していることも大きい)

 そのおかげでサリータに対する視線も和らいでいるが、まだどちらに傾くかはわからない。それをはっきり決めるための戦いなのだ。

 つまりこの戦いに負けたほうが、ヘイトを一身に集めることになるわけだ。どちらも負けるわけにはいかない。


「か、勝てますよね? 殿下って人はあまり強くなかったですし…」

「能力だけならリッタスのほうが強いよ」

「え!? だ、だって、あんなに簡単に倒せましたよ!?」

「侮っていたところに不意打ちだからね。誰だって準備ができていない時に畳み掛けられたら負けるもんだ。しかも仮にも騎士だ。逆に剣を持ったから逡巡したんだろうね」


 女性が相手。しかも非武装の民間人であるセノアまで見てしまったことで、こんな相手に力を振るっていいのかと迷ったのだ。

 だが、能力はリッタスのほうが上。ガンプドルフに才能がないと一蹴されても、それは強者から見ての評価だ。西側の一般騎士の実力は、グラス・ギースの上位の武人に相当する。


「あの殿下は馬鹿だけど、努力はしている。努力した人間を女神様は見放さない。それなりの結果をもって応える。これは絶対の法則だよ」

「じゃ、じゃあ…サリータさんは……」

「サリータだって努力しているだろう? オレが彼女に君たちを任せているのは、一番適任だと思っているからだ。よく見ていてごらん。その意味がわかると思うよ。だから信じてあげてくれ」

「…はい、信じます!」


 リアリストのアンシュラオンらしからぬ発言であるが、こと戦闘に関する分析力はトップクラスである。

 溺愛するサナの戦いでさえ冷静に見ているのだから、サリータの戦いはもっと冷静に状況を分析できている。


(贔屓目に見て、五分五分かな。相手だって本気だしな)


 少し離れた場所にいる相手サイドを見ると、エノスとバルドロスがリッタスに助言している姿が見受けられる。三者とも、かなり真面目な表情だ。

 それだけ騎士にとって決闘が重要なことがうかがえる。

 面倒を起こすなと釘を刺したばかりのガンプドルフでさえ、こういうやり方をされると文句も言えないようで、じっと進行を注視している。



「マッケンドー特別百光長、ケサセリア十光長、前へ!」



 多くの観客がいる中、両者が対峙。


「殿下、がんばれー!」

「殿下! いけー!」

「いけ殿下!!!」

「イカ殿下!!」

「死ね殿下!!」


 周囲から明らかなる野次が飛ぶ。どう考えても煽っているようにしか聴こえない。

 雰囲気が地下闘技場に似ているが、男たちが集まればどこでも同じような状況になる。身分の違いなど所詮はその程度のものだ。

 ちなみに、ここでリッタスの階級が百光長であることが判明。ただし、『特別』が付けられているので、あからさまに特別待遇であることを示している。

 これはDBD内で不当に攻撃されないための措置であるが、逆効果になっているような気がしないでもない。


「くそ、あいつら! どさくさに紛れて!!」

「殿下、落ち着いてください! 勝てばよいのです!」

「わかっている。私は勝つ! 勝てばよいのだ…勝てば!! 勝てばすべてが変わる!」


 こうして見ると、リッタスとエノス、バルドロスの三人だけが他とは違う枠組みに感じられる。やはり宮家は特別なのだろう。

 さすがにサリータも、この様子には同情する。

 自分はよそ者だが、彼らはDBD人なのだ。その中で孤立するのはつらいだろう。


(だが、この場で結果を出さなければ、私も何も変わらない。―――勝つ! それしかないのだ! 勝ってみせる!!)


 自分を信じてくれるアンシュラオンのために。サナのために。応援してくれる仲間のためにも絶対に負けられない。




―――勝負、開始




 サリータは基本通り、しっかりと盾を構えて防御の姿勢。

 対するリッタスは、片手剣と盾というオーソドックスなスタイルだ。

 これはガンプドルフが率いる雷艦隊の基本兵装であり、彼自身もアンシュラオンとの戦いで披露した防御重視のスタイルである。

 地下闘技場でいえば、クロスライルに殺されてしまったニットローに近い。

 唯一の違いは、盾がカイトシールドではなく、しっかりとした長方形であること。受け流すのではなく、押し返すこともできる強い盾を装備している。

 鎧はサリータと違ってやや軽めなので、カテゴリーでは『軽装兵』に該当するだろう。ただし、騎士の鎧なので防御力はそれなりに高い。


 まず最初に仕掛けたのは、リッタス。


 ブーンッ ガンッ

 少し腰を落として慎重に近寄ると、あえてシールドに一発剣を当てる。

 剣は弾かれたが、それによってサリータの防御力を調べたのだろう。その証拠に叩いた瞬間には後ろに下がっていた。

 それに対して「へっぴり腰め!」と野次が飛ぶが、当人の顔色はまったく変わらない。

 単になじられるのに慣れていることもあるのだろうが、その顔はひどく真剣であり、まっすぐにこちらを注視している。野次など気にしていない。

 サリータも盾の隙間からリッタスの表情を見て、印象が少し変わる。


(この男、案外まともなのかもしれないな。あくまで剣に対してはだが)


 サリータも外野の声など気にせず、まずはひたすら防御を固める。

 この様子を見て、リッタスは正面からの突破は難しいと考えたのだろう。

 前に突っかけながらも無理に攻めず、左右に振ってこちらの隙を作ろうとしてくる。

 サリータは足をしっかりと地面に密着させ、身体ごと回転し、常に盾を相手の正面に据える。

 もし訓練を受ける前ならば身体がブレてしまい、無防備な部位を晒したかもしれないが、今は完璧に対応している。

 単純にDBD騎士の動きに慣れてきたこともあるが、そもそもリッタスの動きがあまり良くないことも要因だ。

 見た目は回復したようだが、まだダメージは残っているのだろう。

 それに加え、他の騎士と比べると動きがたどたどしい。微妙な差だが、訓練で多くの騎士や兵士を見ていたからこそわかる違いがある。


(そういえば、あいつが騎士になったのは東大陸に来てからだったな。それまでは一般市民と変わらぬ生活を送っていたと聞く。戦闘経験もあまりないのかもしれない。それなら…『釣って』みるか)


 サリータが、前に出る。

 盾を使っての突撃。一気に間合いを詰めてシールドを突き出す。


「二度はくらわん!」


 リッタスは盾の突進を回避。

 最初から腰を落とした受身の態勢であったのと、昨日一度もらっていることから警戒していたのだろう。ほぼ完璧にかわす。

 そして、剣のカウンター。

 空いたサリータの左側面に回り込んで、突きを繰り出す。

 サリータは防御。鎧の性能で弾き返す。


「ちっ、硬いな! 鎧に助けられたな!!」


(逆に言えば、お前の攻撃力が低いのだ!)


 サリータも心の中で言い返す。

 今までの騎士ならば、この攻撃で鎧を大きく抉ることもできただろう。だが、リッタスの攻撃力ではそれができないことが判明する。

 その後もサリータは盾での攻撃を続け、それをよけたリッタスが空いた場所に剣で攻撃する戦いが続く。

 現状、サリータのダメージは、ほぼない。

 ナイトアーマーの防御力はD、およそ200だ。あまり高い数字ではないが、重鎧ならではの『耐久B』が売りである。

 この耐久が高いと損耗度も抑えられるため、より長く、より多くの攻撃を受けることができる。

 これを利用して耐えているわけだが、より強い攻撃を受ければ一撃で破壊されるものなので、やはりリッタスの攻撃が弱いことが要因だ。

 このことから両者の性能に大きな差がないことがわかる。

 サリータは重装甲兵特有の堅牢さをもって勝負し、軽装兵であるリッタスは手数と安定度で勝負する形となる。


 では、これ以外に両者の差を分けるものがあるとすれば―――


 グラッ

 サリータが突進をした際、大きくバランスを崩した。


「『体力の差』が出たな! それが女の限界だ!!」


 リッタスはここで勝負に出る。

 このまま戦っていても埒が明かないため、思いきって前に出たのだ。

 今まで攻撃が通らなかったのは軽く当てていたからでもある。全力でいけば鎧の上からでもダメージを与えられる自信があった。

 リッタスの剣が、大きく振るわれる。

 狙いはサリータの肩。いくら女性を蔑視しているとはいえ、さすがに頭を狙うことはしなかったようだ。いや、蔑視しているからこそ狙わなかったのかもしれない。

 女性愛護主義者と女性差別主義者が、まったく同じ行動を取るとは、これまた皮肉なものだ。中身は同じなのかもしれない。


 だが、それは彼女を侮りすぎである。


 サリータは盾の向きを変えると―――剣を迎撃

 両手で盾を掴み、身体全体で振り回すように剣にぶち当てる!!


「なっ!!」


 突然予想外の斜め下から盾が飛んできたため、まったく反応できなかった。

 剣が、腕ごと大きく弾かれる。

 よく剣を手放さなかったと褒めたいところだが、それは衝撃すべてを腕が背負うことを意味した。

 その間に晒した隙は、大きい。


「うおおおおおおおお!!!」


 サリータの突進。

 盾を構える暇も惜しみ、身体ごと相手に突っ込むいつものスタイル。昨日もリッタスにお見舞いしたものだ。

 ただし、今回は加速力が違う。

 すべての力を足だけに集中し、一気に解き放った突進には、いつも以上にキレがあった。

 彼女の突進には『二種類』ある。

 一つは守りながら相手を押し返すもの。これは護衛の任務で使う『防御型の突進』だ。ソブカを守っていたときに繰り出したのも、こちらである。

 もう一つは相手を【制圧】するためのもの。

 後者の場合、護衛対象を狙う相手の射線を気にしなくていいので、すべての力を推進力だけに集約できるのだ。



 全身の力を込めた体当たりが―――激突



「ご―――ばっ!!」


 全身の骨が軋み、歪み、圧縮される感覚がリッタスを襲う。

 直後、そのすべてから解放されるが、それと同時に激しい衝撃が全身を貫き、激震となって世界を揺らす。

 まるで交通事故。

 十メートル以上は吹き飛んだだろうか。大地に強く叩きつけられ、転がって転がって、止まったと思ったら血反吐を撒き散らす。

 見れば、彼の鎧は大きくひしゃげていた。

 いくら軽鎧とはいえ、一応は同じ素材を使ったナイトアーマーである。それをここまで破損させるのだから、今の一撃の衝撃がいかに大きかったかがうかがえる。


(な―――んだ……今のは……!! 昨日とは…違う……!)


 あまりの威力の違いに困惑を隠せないリッタス。

 目の前が白くチカチカして、意識が飛びそうになっている。

 まだ盾を間に挟んだから無事だったが、それがなければ一発KOだった可能性すらある。


 これには周囲も驚きだ。誰もが予想外の威力に野次ることも忘れてしまっていた。

 だが、それを見ていたアンシュラオンには、最初から結果がわかっていた。


(オレはね、彼女の突進に惚れたんだ。もちろん仲間にしたのは成り行きだよ。全然そんなつもりはなかった。でも、気に入らない相手をサナの護衛に付けたりはしないさ)


 初めてサリータと出会った時、彼女は迷いのない突進を見せていた。

 サリータの思いきりの良さは、見ていて清々しい。

 特に【覚悟を決めた時】、強い意思が宿ったときの突進は、美しい。

 あの頃の彼女は無知で、まだ何も知らなかった。だからこそ思う存分、全力を出せていたのだ。

 しかし、アンシュラオンの強さを知って完全に萎縮してしまった。守ることへの責任感や守れないことへの無力感が、知らずのうちに彼女を縛っていた。

 それも仕方がない。彼女が対峙した相手は、アンシュラオンやJBといった超絶級の化け物ばかりなのだ。そこらのブルーハンターでさえ足元にも及ばないのだから自信を失って当然だ。

 それが同じレベルの相手と接することで、少しずつ解放されていく。

 頭で考えずとも身体を動かすうちに慣れていく。自信に変わっていく。


(サリータ、君は強いよ。同じレベル帯の相手には絶対に負けないはずだ。だからもっと自信を持つんだ)


 忘れていけないのは、彼女の土俵は「対人戦」である。

 もともと要人警護で暴漢を打ち倒す役目を負っていたのだ。相手を殺すのではなく、『倒す』能力に関しては長けているのである。





664話 「自分を信じる覚悟」


 サリータの強烈な体当たりが炸裂。

 会心の当たりになったのは、たまたまではない。

 ふらついていたのは『釣り』だった。

 自分を侮っている相手にわざと隙を見せることで、攻撃を単調にさせたのだ。

 リッタスはまだ半年程度の戦闘経験値しかないが、サリータは十五歳で傭兵になってから十年以上のキャリアがある。

 軍人と傭兵の実情はかなり異なるものの、やはりこれだけの経験の差は如実に出てしまうものだ。ちょっとしたところの差が、こうした大きな結果の違いを生み出す。

 その一撃を見て、女性陣も大盛り上がりだ。


「サリータさん、すごい!!」

「…こくりこくり!! …ぐっ!!」

「サリータさぁああああーーーんっ!! がんばれぇえええええ! 遠慮なく叩き潰しちゃってくださーーい!」

「おねーたん!! がんばーー」


 小百合もサナも、セノアもラノアも大興奮。

 ホロロも口には出さないが、じっと戦いを見つめている。心の中では応援していることだろう。

 それに触発され、周囲の男たちもサリータを応援し始める。


「お嬢さん…じゃなくて、ケサセリアさん、やっちまええええ!」

「サリータさん、がんばれぇええええ!」

「あっ、お前!! 名前で呼んだな!? ずるいぞ!」

「いや、だってよ。そっちのほうが可愛くないか?」

「それは俺も思ってた。名前のほうがいいよな」

「俺、昨日…彼女が泣いてるのを見て、ぐっときちまったんだよな。改めて見ると、すごい美人だよな」

「あー、わかる。すらっとしている長身美人っていいよな」

「そうそう。ああいう嫁さんもいいよな。夫婦で騎士か…憧れるぜ」

「昼間は仲間として、夜は夫婦としてか。…いいな。燃える」

「貴様ら…!! 死にたいらしいなっ!!!」

「げぇええええ! ゼイヴァー百光長!!!!」


 と、彼らが殴られるのはよいとして、サリータも解放される感覚を味わっていた。


(身体が軽い。盾も思った以上に動いてくれる。なぜだ? 昨日まではまったく駄目だったのに、どうして今日になって動きがいい? 自分にはわからない。わからないが…師匠たちの熱い気持ちは伝わってくる! それが勇気をくれる!)


 世の中に偶然はない。身体が軽いのは今まで培った体力のおかげであるし、ようやく重い鎧に馴染んできたからだ。

 盾も昨日リッタスを吹っ飛ばしたことで、相手を倒す感覚が戻ってきたからにほかならない。

 実戦では実力以上のことはできない、というのならば、今の彼女の動きは紛れもなく実力通りといえるはずだ。

 ただし、それは相手も同じ。


「くっ…油断した。だが、負けない…! 私は…負けられない!!」


 リッタスが立ち上がる。

 かなりのダメージを受けているはずだが、もともとがタフな身体をしている。これくらいではまだ倒れない。

 彼も日々の鍛錬では一切手を抜いていない。身体を何度も何度も痛めつけることで武人としての力を引き出していったのだ。

 その目には、強い意思の力が宿っていた。


 身体から―――【戦気】


 リッタスの鎧の表面に揺らめく炎が見える。

 そう、彼もまた戦気が扱えるのだ。そうでなければキャンプ外に出る許可は与えられないはずだ。それでもワガママと捉えられ、渋々出されている許可である。

 そもそもお飾りなのだから適当に匿っておけば済む話だ。所詮は種馬。王室の保険にすぎない。誰もがそう思っているし、実際に口に出す者も多い。

 しかし、彼はそれを断固拒否!



「国は私が守る!! 二度とあのような惨めな目には遭わせない!! 遭わせてたまるか!!」



 防衛戦となったためDBDの都市部にも多くの被害が出ている。

 その中には数多くの犠牲者がいた。ゼイヴァーの家族も死んだし、よく挨拶をしてくれていた気の好い老夫婦も死んだ。花をくれた愛らしい少女も死んだ。いつも家の前で遊んでいた活発な少年も死んだ。

 一般人として暮らしていた自分の両親も、瓦礫に埋もれて死んでしまった。

 怒り、怒り、怒り!!

 自分への無力さに対する怒りが、彼に戦気を与えたのである。


「勝って証明する!! 私は戦えるのだと!」


 リッタスがサリータに突進。剣を振る。

 ザギィィンンッ!!

 サリータは盾で攻撃を防ぐも、明らかに今までと音が違う。

 戦気によってリッタスの動きが良くなったこともあるが、剣に赤く鋭い輝きが宿っていた。


―――剣気


 戦気の五割増しのエネルギーを秘めた攻撃的気質である。これをもってすれば、サリータの盾を傷つけることも可能となる。

 ここからリッタスの反撃と猛攻が始まった。

 技を出すまでには至らないものの、剣気の攻撃力に任せて強引に剣を振ってくる。

 こうなるとサリータは防御に徹するしかない。いくら重鎧でも斬られてしまう可能性があるからだ。

 その盾にも少しずつ傷が入っていく。

 模擬戦で盾を破壊されたように、剣気を受け続けるだけでも不利になっていく。


「あああ、サリータさんが!! 銃を使ってください! 銃を!!」

「小百合さん、サリータは銃を持ってないよ。ここにあるし」

「じゃあ、どうすればいいんですか!! はっ、そうです! あの爆破杭でグサっとやっちゃいましょう!! グサッとボンで勝利です!」

「いやぁ…死んじゃうんじゃないかなぁ、さすがに。というか、杭もここに置いていってるけどね」

「なんで置いていったんですか!? 決闘は何でもありですよね!? サリータさん、今届けますからね!! 投げた杭が空中で合体して、そのまま―――」

「待って待って! 大丈夫だから落ち着いて! 投げても絶対に空中合体しないから!」

「でも、サリータさんは戦気が出せないんですよね? これって絶対に不利じゃないですか!」

「たしかにオレは常々、戦気の重要性を説いている。あると無いとでは雲泥の差だからね」

「それを埋めるのが武器の優劣じゃないんですか?」

「その通りだ。でも、彼女は自らの意思でこれを置いていった。周囲の評判を気にしたり、ましてやハンデを与えたからじゃない。今の装備で勝てると思ったからだよ」

「どういうことですか? 圧されていますよ?」

「戦気はとても便利だ。使えないより使えたほうが断然いい。でも、戦気が出せるせいで起こる『デメリット』もあるんだ」

「それはいったいなんですか!? サリータさんは勝てるんですよね!!」

「大丈夫。彼女はちゃんと見えているよ」


(オレは戦いの前に五分五分だと思っていたけど、刻一刻と戦況は変わるもんだ。今の彼女は安心して見ていられる)


 そのアンシュラオンの言葉通り、サリータは落ち着いていた。


(なぜだ? あまり怖くないぞ。迫力が師匠とはまるで違う。サナ様のような速さもないし、あの触手男のような力強さもない。ハンクス十光長のような深みもない)


 今までサリータが対峙してきた相手と比べると、あまりに稚拙で弱々しい。そんなことは当たり前なのだが、強者と対峙する価値がここにある。

 リッタスの戦気は、とりあえず出せるだけのものだ。剣気も強化には役立っているものの、まだまだ揺らぎが多くて威力が不安定である。

 アンシュラオンのように膨大な量もなく、サナのように綺麗でもなく、ただただ【雑】な剣気でしかない。

 しかもそのせいで、彼には最大の『デメリット』が襲いかかっていた。


「はぁはぁっ!! ―――はぁはぁっ!!」


 呼吸が荒い。むさぼるように激しく吸って吐いてを繰り返している。

 そのせいで鬼の形相になっているが、これは単純に余裕がないのである。


 最大の欠点は―――スタミナ


 戦気の材料は自身の『生体磁気』と『神の粒子』だ。

 生体磁気は細胞のエネルギーそのものなので、使えば使うほど疲れていく。そこに神の粒子と結合する際の『精神的疲労』も加わる。

 一般人ならば、全力疾走しながら針の穴に糸を通し続けるようなものだ。集中力が途切れれば戦気は霧散してしまうのだから、一瞬たりとも気が抜けない。

 慣れない者が使うと体力も精神力もガリガリ削られていき、次第に呼吸すら難しくなる。その呼吸の乱れにより戦気の維持がさらに難しくなる悪循環に陥る。

 無理な背伸びをした結果、リッタスは自分で自分を追い込んでしまった。

 サリータの体力を侮った彼が、自らの体力の無さに苦しめられることも皮肉でしかない。

 されど、それを呼び込んだのはサリータ自身だ。彼女の一撃が戦気を使うことを余儀なくさせたのだ。


 だからこその―――勝機!!


(攻撃は受けても問題ない。引きつけて引きつけて―――)


 リッタスの猛攻で鎧も削られ、少しずつダメージを受けてきている。

 だが、相手の消耗のほうが早く、次第に大振りが増えていく。

 ブンッ スカッ

 そして、ついにサリータでもかわせるほどになった時―――


「今だ!!」


 盾を押し出して相手の視界を覆い、死角からボムハンマーが襲う!!


「っ!!」


 リッタスは無意識のうちに盾を出して防御。

 するも、すでに消耗が激しく反応しきれない。

 しかもハンマーは、風の噴射によって一気に加速。

 盾ごと腕を吹き飛ばし―――顔面に直撃!!!


 ドッゴーーーーンッ!!


「―――っ!!」


 鈍器として扱っても鎧を破壊できる代物だ。

 それが顔面にヒットすれば、いくら戦気で覆っていたとしても無駄。

 リッタス程度の戦気の質ではまったく役立たず。

 がくん ドサッ

 その場で真下に崩れ落ちるように倒れる。


「やった!!」


 思わずサリータが喜びの声を上げる。

 すべてがサリータの予定通りに動いたのだ。嬉しくないわけがない。

 実はこの勝負は、始まる前の『情報戦』によって大方の趨勢が決まっていた。


―――「あの殿下は騎士になってから日が浅いみたいですよ! 経験なら断然サリータさんのほうが上ですね! フェイントとかにも引っかかるんじゃないですかね?」


―――「戦気も長時間は出せないみたいですね。昨日のダメージも残っているでしょうから、おそらく最初は様子見で使ってこないでしょう。そこを狙ってみてはどうでしょう」


―――「私も聞いてきました! 攻撃に集中すると盾を引く癖があるみたいですね。夢中になって忘れちゃうんでしょうか? それって狙い目ですよね?」


 小百合が、ホロロが、セノアが、この短時間で必死になって情報を集めてきてくれた。だからこその勝利である。


(みんな、ありがとう。自分はもう頼ることを恥だとは思わない。誰もがサナ様のために戦う仲間なのだから)


 みんなで団結して敵に立ち向かうことは、けっして悪いことではない。

 プロボクサーだって事前に相手を研究し、コーチから助言をもらうではないか。何ら恥じることではないのだ。


 されど、それもまた相手も―――同じ



「ぐうっ―――おおおおっ!!」



 ここでリッタスが驚異の粘りを見せる。

 すでに顔面は痛々しいほどに潰れ、口すら閉じられないほどにダメージを負っているにもかかわらず、倒れたまま剣を振る。


 足を―――斬る!!


 重装の全身鎧はもちろん足もカバーしているが、どうしても可動域を確保する都合上、脆い部分が存在する。

 そこを狙って剣が飛んできた。剣気も乗っているので装甲を貫き、アキレス腱を損傷させる。

 これはアンシュラオンがルアンに教えた戦い方でもある。それを実践された形になってしまった。


「っ!! しまった! まだ動けたのか!!」

「油断…したな! これは模擬戦ではない…ぞ!!」

「殿下! そのまま押し込めば倒せますぞ!」

「わかって…いる!!」


 リッタスが起き上がりながらも、再び倒れこむようにタックルを仕掛ける。

 本来ならば鎧の重さもあって耐えられるが、足を切られたことで踏ん張りが利かない。

 バランスを崩し、逆に鎧の重さが邪魔をして倒れてしまう。

 そこにリッタスが馬乗りになり、剣を突き立てようとするが、サリータもハンマーを使って押しのける。

 こうしてその場はなんとか凌いだものの、極めて不利なハンデを背負うことになってしまった。

 まさにサリータの油断から生じたミスである。


(バルドロスの指示か。さすがに相手も熟練の武人だな。サリータが『生死をかけた真剣勝負』の場数が少ないことを見抜いている。その一瞬をつかれたな)


 こちらに女性陣のサポートがあるのならば、相手側にはバルドロスが付いている。

 熟練した武人は常時、相手がどんな戦い方をするのかを観察しているものだ。そこから経歴を割り出し、癖や欠点を洞察するのである。

 たとえばヤキチがクロスライルを見た瞬間、無頼者だとわかったのもそのためだ。サリータもまた訓練で動きを見られているので、どんなタイプかはバルドロスには一目瞭然だっただろう。

 そして、サリータの大きな弱点は、殺した人間の少なさにある。

 彼女がグラス・ギースに来てから殺したのは、魔獣を除けばホテル脱出の際の裏スレイブくらいだ。あの時も守るために致し方なく殺したのであって、殺したくて殺したのではない。

 殺した数によって武人は強くなる。そこに『覚悟』が宿るようになるからだ。

 アンシュラオンがサナに大量のマフィアの構成員を殺させていたのは、この一瞬の凄みを与えるためでもあった。


「俺は…負けぬ!! こんな場所で…負けては…いけないんだ!! 私が戦って…勝ち取る!! この剣で…!!」


 リッタスの目に『覚悟』が宿る。

 ガンプドルフやハンクスたちDBDの騎士に共通する、祖国を守るための強い意思だ。

 彼自身が騎士になったのはつい最近であるも、本物の戦争〈大量殺戮〉を体験した人間は、その目の色が常人とは異なる。

 『殺す覚悟』を決めたリッタスが、剣を振る!!

 サリータは防御。なんとかいなす。

 だが、執拗にリッタスが迫ってくるため回避が間に合わず、両者がもつれる形で倒れこむ。

 重装甲兵は盾を前に押し出すからこそ真価を発揮するのであって、後退しながらでは持ち味が半減してしまう。

 リッタスが狙うのは、やはり足。

 サリータの足を掴んで離さない。


「くっ!! 離せ!」

「逃がさん!! 負けるくらいならば……殺す!!」


 もう男女がどうやらの話ではない。ひたすら勝つための意思を燃やしている。

 だが、もちろんサリータも殺されるつもりはない。

 無事なほうの足でリッタスの顔面を蹴る。

 がしかし、そこに普段から殺し慣れている者と、そうでない者の違いがある。

 リッタスはよけるどころか顔面を自ら差し出すように前に進む。足蹴りは彼の鼻を潰し、首の骨にダメージを与えるが、殺すには至らない。


 その間に剣を―――突き立てる!!


 剣先はサリータの横腹に突き刺さった。

 間合いが近すぎるせいで完全には力が入らなかった一撃だが、出血を伴う怪我を負う。

 ダメージがあるにもかかわらず、彼の覚悟によって剣気が強さを増しているのだ。

 サリータは脇を庇いながらも盾を押し付けることで、かろうじて剣を防いで立ち上がる。

 が、相手もまた立ち上がる。

 瀕死のように見えるが、目から光は消えていない。


「はぁはぁ…俺は……殿下だ!! 象徴が負けることは…許されないんだ!! あいつらみたいに…のうのうと……諦めて…たまるか! 売国奴の卑しい女どもに…屈するものか!!」


 彼の言葉が誰を指しているのかはわからないが、強靭な精神が身体を支えている。

 剣を構え、刺し違えてでも倒そうとしてくる。

 その迫力にサリータが気圧される。


(なんて執念だ…! こいつ、本当に死んでもいいと思っているのか!?)


 死んでも殺す。常々アンシュラオンが言っていることだ。

 それが武人の生き方なのだと。殺す覚悟なのだと。

 それに異存はない。そうすることでサナのように強くなれるのならば、何一つ間違っていないのだろう。


「はぁはぁ―――はぁはぁっ!」


 サリータの呼吸が荒くなる。

 ここで彼女は生死を強く意識したのだ。

 これは決闘であり、どんなに着飾っても殺し合いであると悟った。

 そして、それと同時に目が『赤』に染まっていく。

 昨日リッタスを殺そうとした時のように、自身もまた殺意の塊になっていく。殺さねば殺されてしまうからだ。


(殺す…!! 殺される前に…こいつを殺―――っ!!)


 だが、そこで意識を取り戻す。

 何かが違うと頭の中で誰かが囁いたのだ。

 おそらくは直感。ただの勘だ。だが、どうしてもそれが正しいように思えてならない。


(…違う!! そうではない!! 自分も死を怖れない! だが、それは殺すための力ではない!! 守る―――ためだ!!)


 師であるアンシュラオンには申し訳ないが、これが自分の矜持。

 誰かを守るために傭兵になったのだから、こればかりは譲れないのだ。

 しかし、こんな自分を拾ってくれた恩義もある。師のほうが正しいのかもしれない。

 彼は凄まじく強いし、サナを育てた実績もある。同じように戦ったほうがいいのかもしれない。そんな思いも生じる。


(師匠、自分はどうすれば…)


「………」


 アンシュラオンのほうに視線を向けると、彼は何も言わずに見ていた。

 ただ見ているだけではない。



―――【信じている】



 理由はわからないが、彼は自分が強くなることを信じて疑っていない。

 それがなぜかはわからない。なぜかと問う必要もない。

 根拠の無い自信に関して、この男の右に出る者はいないからだ。


「…ぶんぶんっ!! …ぶんぶんっ!!」


 サナも刀を振って応援している。

 自分を信じてくれている。


「サリータさぁあああああああああんっ!!!」


 小百合が、セノアが叫んでいる。ラノアだって小さな身体を思いきり動かしている。あのホロロだって一瞬たりとも目を離さない。

 だって、信じているから。

 信じることに理由はいらない。金もいらない。されど一番難しいことだ。

 その気持ちを惜しげもなく与えてくれる『仲間』がいる。

 ならば、十分!!!

 もう十分!! これで十分!!!



「私は…!! みんなが信じてくれる自分を―――信じる!!!」



 サリータの瞳に、赤く、それでいながらも強い『覚悟』が宿った。

 ハンクスとの訓練の際にも覚悟はあったが、今はその比ではない。

 自分を信じてくれている人を、信じる気持ち!!

 それすなわち、自分を信じることである!!!




「くううううううう―――ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」




 魂が、燃える!!!

 すべてのマイナスがプラスに変換され、彼女の中に愛が満ちる!!

 アンシュラオンからの愛、サナからの愛。仲間からの愛。

 それ以上、何を求める必要があるのか!!!

 サリータの体表から大量のモヤが噴き出すと―――カチッと点火!!

 ボッ!! オオオオオオオオオオオオオオ!


 身体が―――燃える!!!!


 まるでガスが爆発するように次々とモヤが燃えていく!!

 爆発していく! 燃焼していく!!

 今の彼女の心のあり方を示すように、真っ赤に燃え盛る!!!


「なっ…にっ……【戦気】…だと!」


 誰が見ても、それは戦気だった。

 しかもサリータの気持ちを代弁するかの如く、大きく激しく強いものである。

 リッタスもあまりの迫力に気圧される。

 それも仕方がない。自分の数倍以上の戦気を彼女は放出しているのだ。



「これが自分の、ありったけだああああああああああ!!」



 サリータが盾を構えて突っ走る。

 足の痛みなど、今の瞬間に消し飛んでしまった。損傷したアキレス腱が、戦気によって向上した肉体機能によって修復されたのだ。

 強引に筋組織が伸び、新たな腱となって身体を支える。覚悟を体現するのに相応しい道具が用意される。

 これが武人という存在。戦うために身体を変化させる者たちである。

 彼女は大地を踏みしめ、全身で気持ちを表現するように駆ける。


 その姿は―――あまりに美しい


 完全に迷いがなくなった突進は、文句のつけようもない一直線。

 まるでサナの直進のように一本道に突き進み、反射で振り下ろしたリッタスの剣を


―――バリンッ!!


 叩き割る!!!



「馬鹿な!! どうして俺は―――っ!!??」



 その言葉は最後まで続かなかった。

 直後、サリータの盾が彼の覚悟を完全に断ち切ったからだ。

 意思に勝るものがあるとすれば意思だけ。

 リッタスの意思は執念とも呼べるほど強いものだったが、凄惨な戦争を体験したがゆえの力だった。そこにネガティブな感情があったのは間違いない。

 それでは届かない。

 けっしてポジティブが絶対的に良いわけではないものの、サリータという女性が前向きになった時の『気持ち良さ』には到底及ばなかった。

 リッタスが宙に舞う。

 衝撃が強すぎて、痛みはもう感じない。

 ただ全身から力が抜けていく感覚しかない。


(あいつ…こんなに……美人だった……のか。女の…くせに…)


 薄れゆく意識の中、リッタスが見た彼女は美しかった。

 兜が外れ、銀色の髪と汗が風に舞う。

 午前中にだけ降り注ぐ爽やかな太陽の光が、彼女の戦気を照らして輝かせていた。

 大きく力強く、正々堂々とまっすぐ清らかな炎。

 それが彼女の想い。彼女の美。


(甘い……やつ…だ)


 そして、意識を失った。

 死んではいない。サリータがあえて頭を狙わなかったからだ。

 甘いと言われても仕方がない。しかしながら、それも彼女の矜持である。





665話 「サリータの変化」


「申し訳ありませんでした。いかなる罰も受ける所存です」


 リッタスが、サナに向かって土下座をしている。

 しかも宣言していた通り、頭を地面にこすり付けて…いや、叩き付けている。

 額には血が滲むが、まったく気にしたそぶりはない。何度も何度も叩きつける。


「サナ様、どうされますか?」


 見届け人はサリータだ。

 彼女が決闘でもぎ取ったのだから、この役だけは絶対に譲れない。


「…じー」

「………」


 サナが、じっとリッタスを見つめる。


「…ぽんぽん」


 そして、近寄って頭を軽く撫でる。もういいよ、というように。


「サナ様、よろしいのですか? なんなら罰を与えることもできますが?」

「…ふるふる」

「わかりました。さすがサナ様、なんとお優しい…。おい、サナ様はお許しくださるそうだ。お前も感謝しろよ」

「…ふん、これで終わりか? なら、もう戻るぞ」

「お前な…自分が言うのも変だが、恥というものを知らないのか?」

「謝れと言われたから謝っただけだ。文句はなかろう?」

「それはそうだが…すごいな」


 決闘が行われた夜、回復したリッタスが土下座をしに来た。

 この短期間で治るほうもすごいが、あまりに潔い土下座を見せたことも驚きだ。


「頭を下げるだけならば安いものだ。いくらだって下げてやる。失うものなど何もない」

「だが、お前の評価は下がったのではないのか?」

「それこそくだらない。べつにこのキャンプの連中に好かれたいわけではないからな。国全体の問題なのだ。どうでもいいことだ」

「このキャンプの騎士にさえ支持されないやつが、どうやって国をまとめるんだ?」

「いちいちうるさいやつだ! お前には関係のないことだ!」

「その通りだが…今後は邪魔するなよ。気安く話しかけるのも禁止だ」

「ふん、誰がお前などに。お前こそ、あまり調子に乗るなよ。私に勝ったからといって、それで実力が上がるわけじゃない。油断していると死ぬぞ」

「心配してくれるのか? 明日は雨かもしれんな」

「馬鹿馬鹿しい。こんな荒野に雨が降るものか。それで降るのならば、それこそいくらでも心配してやる。お前が女であることには変わりがない。それを忘れるな」


 そう捨て台詞を残し、リッタスは去っていった。


「女…か」

「あの人、まったく変わりませんね。ホロロさんの言う通り、人間の性格なんて簡単に変わりませんもんね」


 小百合が塩を撒く。

 さりげなくやっていることだが、こういった小さなことにも日本文化が浸透していることがわかって面白い。


「それはそうと、早く始めましょう! 私たちが嫌な気持ちになることなんてないですしね! ぱーっと楽しみましょう!」


 キャンプ外にあるクルマの外では、お菓子や飲み物を用意して簡易パーティーの準備が整っていた。

 何のお祝いかといえば、もちろん―――


「サリータさん、おめでとうございます!!」

「おめでとうございます」

「おめでとうございます! やりましたね!」

「おめでとー」

「…ぱちぱちぱち」

「いやぁ…その、なんと言いますか……ありがとうございます」


 サリータも恥ずかしそうにしながらも、まんざらでもない様子だ。

 決闘で勝ったこともそうだが、彼女が初めて戦気を出せたお祝いをしているのだ。

 ますます女子会の様相が強まるが、そもそも女性ばかりを集めているので、そうなるのも自然であろう。


「戦気って出すのが難しいんですよね? サリータさん、すごいです!」

「本当に長らくお待たせして申し訳ありません…」

「そんなことないですよ! 出せるだけですごいんですから! サナ様、そうですよね?」

「…こくり!」


 サナもサリータが戦気を出せるようになって嬉しそうだ。

 もしかしたら、この中で一番嬉しいのは彼女なのかもしれない。

 少しずつサナの中に喜びの感情が育ってきているようで、アンシュラオンも嬉しい限りである。


「サリータもついに戦気が出せるようになったか。これでスタートラインだな」

「はい!! ですが、師匠……自分はその……」

「お前はお前の信じたやり方で強くなればいい。たとえばだ、オレより強いやつが甘いことを言うのならば、そのほうが正しいことを意味する。結局のところ、強いやつが正しいんだ。出会った頃にも言ったかもしれないが、まずは強くなれ。強くなってから考えろ。そこに答えがある」


 サリータが相手を殺したくないのならば、そうすればいい。

 自分の命令以外のところでは彼女の好きにやっていいのだ。


「強くなれば、ある程度は自分の思い通りに生きることができる。その自由を力で勝ち取ればいい。この調子でがんばるんだぞ」

「師匠……はい! ありがとうございます!」

「じゃあ、戦気を出してごらん。自分で意識して出せないと意味がないからな」

「は、はい!! ええと…たしかこうやって……んんんんっ!」

「力みすぎだ。筋力で出すんじゃないぞ。心を燃やすんだ」

「…ど、どうやるんでしたっけ?」

「一度できれば二度目は簡単なはずだが……逆に訊くが、何がきっかけだった? それを思い出せ。どんな状況が自分にとって一番力が湧くかを考えろ」

「自分にとって一番力が湧く状況…」


 ちらっとサナを見る。

 彼女のつぶらな瞳が、じっとこちらを見つめ返す。

 そのたびに身体が震え、熱くなるようだ。

 面倒を見て鍛えてくれるのはアンシュラオンだが、自分を選んでくれたのはサナなのだ。

 昼間の決闘の時だって、守ろうという気持ちが強さに直結したはずだ。


(サナ様をお守りする。サナ様とともに戦う。それが私の使命だ。そして、望み。守る…守る時、私は強くなれる)


 ボボッ ボッ

 サリータから戦気が溢れ出る。


「わっ、出ましたよ! 触っても大丈夫ですか?」


 小百合が興味津々に手を伸ばす。

 たしかに一般人からすれば珍しいものだろうが、シャイナの一件を忘れてはならない。


「オレくらいになれば戦気の質を変えることもできるけど、まだサリータには難しいね。触らないほうがいいかも。指紋が消えちゃうからね」

「そうですか。残念です」

「戦気に触れられるのは、その戦気と同質以上の力を持つ者だけなんだ」


 その反面、アンシュラオンは平然と触る。

 自分も戦気を出せば相殺できるし、サリータ程度の戦気では出さなくてもダメージは負わないかもしれない。

 そのまま身体中をチェック。

 いろいろなところを触って確認する。


「あっ、あっ…く、くすぐったいです」

「うむ、もっと見たいな。服を脱ぎなさい」

「えっ!?」

「べつにいやらしい目的じゃないぞ。毎日風呂に一緒に入っているだろう。何を恥ずかしがる」

「そ、そうですよね……あふっ!」

「こら、我慢しなさい。いやらしい目的じゃないぞ」

「は、はい」


 あえて二回言うのが怪しいが、顔つきは真剣である。

 まあ、真剣な顔をしながら卑猥なことを平然とするので、なんとも評価は難しいが。

 ともあれサリータが全裸になり、アンシュラオンが身体を触る。


「ふむ…なるほど」

「ど、どうでしょう? 何かおかしなところはありましたか?」

「問題はない。『気孔』も開いているし、しっかりとした戦気だ」

「きこう?」

「植物の気孔じゃないぞ。【戦気孔《せんきこう》】のことだ。一度戦気を放出すると身体中の気の流れが良くなって、こうした孔《あな》が出来るんだ。目に見えない細胞レベルのものだけどな。汗腺《かんせん》みたいなものかな?」

「戦気は汗と同じなのですか?」

「そうだ。武人だけが流す汗さ。そこから生体磁気が出て……と、お前にそんなことを言っても仕方ないな。まずは戦気を出す感覚を忘れないように、日々サナと特訓を命ずる。移動中とか暇な時も常に戦気を出すんだよ」

「普通に出せばよいのですか?」

「何もないところならば普通に出してもいいが、戦気は攻撃的な気質だ。周りに物があると壊す可能性があるし、うっかり小百合さんたちが触ったら怪我をする。できるだけ中で燃やすんだ」

「な、なか?」

「こうだ」

「―――っ!! あ、あつい!!」


 サリータの手を自分の胸に押し当てる。

 そこはまるでマグマのように熱かった。


「わかるか? オレは今、体内で戦気を燃やしている。オレも暇な時はずっとこうやっているんだ」

「今までもそうされていたのですね」

「そうだ。これが武人の世界だ」


 誰もが疑問に思っていたはずだ。アンシュラオンはどうやって修行しているのだろうか、と。

 あまりに強すぎるため修練の相手もいない。それにもかかわらず、いつも臨戦態勢でかげりが見えない。

 その理由が、『体内発気』である。

 練気で作った戦気を体内で循環させる鍛錬法だが、外に放出するのと内側で出すのとでは難度が違う。

 たとえば、それは『感情』に似ているかもしれない。

 怒りで感情を表に出すのは簡単だが、中でじっと耐えるのは難しい。感情を制御する意思力が必要となるからだ。

 体内発気も同じで、アンシュラオンはあの激しい全力の戦気を体内で燃やして制御している。外からは何も変わっていなくても中ではマグマが渦巻いているのだ。

 そして、最終的には外に放出する前に自ら滅して消し去る。出した戦気と同等の力をぶつけて相殺するわけだ。


「体内発気は高度な技だ。お前が完璧にできるとは思えないし、慣れない者が処理を間違えると体内で戦気が暴走して危険な状態になる。危ないと思ったら外に放出してかまわないぞ」

「………」

「どうした? 聞いているのか?」

「…っ! は、はい! も、もちろんであります!!」

「ん? 妙に肌が赤いな? 初めて戦気を出したあとは細胞が異常に活性化するから、そのせいかな?」

「……はぁはぁ…はぁはぁ」

「熱が出ているなら少し休むか?」

「い、いいえ! だ、大丈夫……です……はぁはぁ」

「そうか? それならいいが…汗も出ているし、妙に感覚が鋭いな」

「…ふぅー、ふーーっ!」


 アンシュラオンが触るたびにサリータがこわばる。

 それに伴って汗が噴き出て、ついには涙さえ出てくる。

 幸いながら身長差があるので、アンシュラオンはその表情の変化には気づいていなかった。


(な、なんだ。身体が…熱い。師匠が触ったところから…何か熱くて…気持ちいいものが溢れ出ているような……それが自分の……自分のぉぉぉ……はぁああ!!)


 潤んだ目。紅潮する肌。乳首まで立ち始める。


(し、師匠……あ、アンシュラオン様……ああ、なんて綺麗で…強くて……逞しい。この御方に触れられるだけで、自分は……私は……心が……とろけ……る)


「……すき」

「え?」

「っ!! い、いえ!! な、ななななな、何でもあり、ありません!!」

「んんん? 何か変だぞ。本当に大丈夫か?」

「は、はい……………スキ」


 サリータの心が妙にふわふわして、とろとろになって、くすぐったい気持ちになる。


 まるで―――【恋】


 乙女が誰かに恋するように、アンシュラオンのことばかり考えてしまう。そのたびに貫かれるような快感が走るのだ。

 当然、それに一番驚いて戸惑っているのは彼女自身である。


(ま、まさか…! お、乙女でもあるまいし…! 二十六歳にもなって…! でも、ああ……好き……好き。好きが……止まら……ない……。愛されたい……愛したい……抱かれたい……うううううっ! なんてはしたない…でも、好き)


 好き!(ハート目)

 サリータも日々アンシュラオンと性交しているので、こういった気持ちがないわけではない。

 がしかし、今までは師匠と弟子という関係が前面に出ていたし、何よりも力に差がありすぎた。

 それが戦気を出せることによって武人として覚醒。まだまだ大きな差はあるものの、同じ土俵に立ったことで彼の大きさが実感できるようになったのだ。

 プライリーラもそうだったが、武人の女性は強い武人の男と惹かれ合う。

 因子が覚醒している者同士、より感覚も合い、肉体強度的にも釣り合うからだろう。

 その結果、彼女の女性の部分がより表面化してきて―――『姉魅了』が発動!

 思えばサリータも一応は年上である。姉魅了が発動してしかるべきなのだが、ここにきてまさかの魅了。

 戦気もそうだが、女心という意味でも大器晩成型なのかもしれない。


「よし、服を着ていいぞ」

「…あっ…はぃ……」


(…って、何を期待しているのだ!! 駄目だ駄目だ駄目だ!! これは駄目だ! たしかに戦気の修行は必要かもしれない。この気持ちを紛らわすためにも…どこかで発散しなくては!)


 なんとか平静を保ちながら服を着る。

 すでに小百合やホロロという妻がいるのだから、自分はあくまで一人の武人としてサナに尽くすべきだ。

 それでも日々愛してくれるのだから、それだけでも十分。それで満足できる。

 今のところは。


「し、師匠。さっそく鍛錬を……したいです」

「うん、意欲があってよろしい。サナ、面倒を見てあげてくれ。お前のほうが先輩だからな」

「…こくり!! ぐいぐいっ!」

「あっ、サナ様…!」

「サナも体内発気を練習中だ。魔獣が出ていない間は一緒に修練すればいい。サナ、危なくなったらサリータを止めるんだぞ。わかったな?」

「…こくりこくり!!」


 サナが興奮して何度も引っ張っている様子は、彼女の愛情を深く感じさせる。


(ああ、サナ様は本当に私を待っていてくださったのだ。それだけで泣けてくる…)


「サナ様…ううっ……ありがとう……ございます」

「…なでなで」


 その様子にアンシュラオンも感じ入るものがあった。

 まるで最初に出会った時のような二人のやり取りに、思わず心が温かくなる。

 足手まといのサリータが戦気を覚える。ここまでが一つの目標だったからだ。

 しかし、ある【異変】についても感づいていた。


(山を降りて半年ちょい。いろいろな人間に出会って、さまざまな実験をした。ただの子供だったサナが、こんなにも強くなれた。そのことは嬉しいが、ずっと疑問に思っていたこともある。そしてエメラーダに出会って知識を得たことで、オレの中で仮説が確信に変わった。もしかしたら…近いうちに『そうなる』のかもしれないな)


 サリータが笑っている。戦気を使えたと喜んでいる。

 彼女は努力をしてきたので、その結果が出ることは嬉しいに決まっている。

 だが、まだ気づいていない。

 魅了以外にも、彼女の中でもう一つの変化が生まれていることを。





666話 「戦艦捜索作戦、開始」


 あっという間に出立の日がやってきた。

 キャンプの大半が片付けられ、最低限の設備だけを残してトラクターに詰め込まれる。

 あとに残ったものは、ほとんど何もない平地である。

 そこでガンプドルフが残る者たちと別れの挨拶をしていた。


「閣下、御武運を」

「ああ、必ず戻ってくる。それまでここを頼むぞ」

「はっ!」


 残る隊はハンクスやグレツキ等、教練部隊のメンバーとまだ若い兵士たちを含めて三十名だ。

 もし捜索隊に何かあれば、彼らは孤立無援で取り残されることになる。

 そうなればもうDBDは終わり。苦労すれば本国に戻ることも可能だろうが、現実問題として、この東の大地で生きていくことになるはずだ。

 生活の糧を稼ぐためにハンターや傭兵になる者もいるだろう。そのために教練部隊が必要となるわけだ。

 当然、ソフィア王女がやってくる計画も同時に終わる。せいぜい王室はルシア帝国の『二等市民』、それ以下の人々は労働者の『三等市民』として厳しい現実を生きていくことになるだろう。

 だからこそ、この作戦は絶対に失敗できないのである。



―――出立



 総勢百七十名以上による移動が始まった。

 その全部隊の様相はこうなっている。

 まずは最前列に熟練した『偵察哨戒部隊』を配置。

 彼らは優れた騎士なので単純に索敵だけではなく、あらゆる状況に対応できる猛者たちが厳選されている。

 続いて左右に少し膨らむ形で、ゼイヴァーが率いる遊撃部隊を配置。

 偵察部隊だけで対応できない場合に援護したり、何かあった際は単独で行動できる機動力のある部隊だ。

 中央部分やや後ろには、ガンプドルフが率いる『主力部隊』がいる。

 多くが重装甲兵で構成されており、強敵が出現した際は前衛に躍り出て壁になる屈強な騎士たちである。

 その後ろにはキャンプ用の軍用トラクターが十台以上並ぶ『補給部隊』が続く。武器弾薬、生活物資等、行軍にはなくてはならない重要な存在だ。

 そのトラクターに囲まれるように、ガンプドルフの魔人機が積まれた専用トラクターもある。すでにエネルギーの充填は完了しているため、いざとなれば出撃することもあるだろう。

 補給部隊の後ろには、兵士たちが続く。

 彼らは予備兵力として順次投入されるが、まだ実力的には未熟なために補給部隊の護衛が最優先任務となる。

 そこに騎士であるバルドロスやリッタス、エノスも配置されている。

 リッタスの一連の行動はガンプドルフの予想外だったが、ちょうどよい口実が出来たため一番安全な場所に配置したというわけだ。

 兵士たちの後方には、傭兵団に扮した際に使っていた商用の中型輸送船がある。こちらも補給物資を載せているが、宿舎代わりにもなるので移動中の寝床として使うことが可能だ。

 最悪、部隊に何かしらの危機が迫ったときは、この輸送船だけで逃げることになるかもしれない。ただし武器は貧弱。改造して主砲を取り付けてあるが、戦艦のものと比べれば玩具のようなものだ。


 そしてアンシュラオンたちは、その輸送船よりも後ろの『最後尾』にいた。


 この隊列にまったく似合わぬ赤いクルマに乗り、悠然と荒野を走っている。

 すでに宣言していた通り、殿《しんがり》を買って出たのだ。退路を確保するのが役目である。

 しかし、たったそれだけで部隊全体に安心感を与えることになる。最後列に一番強い者がいるのだから安心して戦うことができるのだ。

 アンシュラオンとしても女性たちを連れているので、ここが一番落ち着ける場所だろうか。


「これがDBDの全戦力ですか。…少ないですね」


 小百合が最後尾から陣容を見て、素直な感想を述べる。

 こうして大きな荒野に出てみると、たかだか二百人弱程度など豆粒のようなもの。そこらの商隊と大差ない規模だ。


「その通りだね。おっさんたちの戦力は、はっきり言って少ない。普通に考えれば自殺行為だ。自分で言うのもなんだけど、オレがいなかったらと思うとぞっとする」

「最後尾を任されるということは、それだけ信頼されている証拠ですね!」

「もちろんそうだけど…逆に言えば、後ろの負担が全部オレにのしかかることになるんだよね。まあ、最前列よりましだけどさ」

「そういえば、あの殿下も来たんですね。てっきり残ると思っていました。キャンプのほうが安全ですよね?」

「何事もなければね。キャンプはキャンプで戦力が残っていないから、何か予想外のことがあったら対応できない可能性がある。あの近くにも強い魔獣はいるからね。それだったらおっさんやオレがいる本隊にいたほうが安全かもしれない」

「それもそうですね。アンシュラオン様の傍が一番ですもんね」

「それにもし本隊が全滅した場合、自分だけで生きていかねばならない。あいつの性格上、それには耐えられないだろうね」

「適応障害でコミュ障だからですか? あの様子ではグラス・ギースで上手くやっていけるようには思えませんしね」

「…き、厳しいね。あいつもそれなりに背負っているものがあるってことだよ。戦争で負けた国なんてそんなもんさ。だから常に勝ち続けないといけないんだ」


 普段ならばリッタスのような相手には厳しいアンシュラオンだが、DBDの惨状を思えば理解できる面もある。

 また、彼自身はサリータの強化にも役立っている。戦気を解放できたのも彼がいたからこそだ。そういう意味で貴重な人材だ。

 使える人材には甘い。それもこの男の特徴である。


「それで、どこに向かっているんですか?」

「地図を見ながら説明するよ」


 アンシュラオンがDBD製の地図を広げる。





「魔獣の狩場がここね。グラス・ギースから西に五百キロの位置にある。おっさんたちがどうしてここにいたかといえば、西方攻略の拠点だったからだ。当初、戦艦もこの周囲の岩陰に隠れていたんだ」

「アンシュラオン様がデアンカ・ギースを倒したあとのことですね」

「そうだ。もしオレが倒していなかったら、DBDはあいつとの戦闘に巻き込まれたかもしれない。おっさんがいれば倒せただろうけど、けっこう損害が出たと思うよ。それを怖れて違う場所を拠点にしたかもしれないけどね」

「それも不思議なんですよね。どうしてデアンカ・ギースが狩場付近にいたのでしょう。幾度か目撃例はありましたが、この周辺ではなかったはずです」

「うーん、今になって思えば、オレもそこは少し気になるね。というのも、雷の谷でバッデル・ギース〈雷谷の大猩亀《オオザルガメ》〉が確認されている。かなり離れた場所だよね? そこで思い出したんだけど、プライリーラが四大悪獣は東西南北に散っているようなことを言っていたんだ」

「目撃データからすれば、そうなりますね。ゼゼント・ギース〈火山悪獣の食蟻虎《アリクイトラ》〉はグラス・ギースから東で確認されることが多いそうですし」

「だからもともとデアンカ・ギースは、魔獣の狩場付近にはいなかったはずなんだ。狩場に生息していた魔獣のレベルとは違いすぎるからね。それが半年前に突如として出現した。オレは当初、餌場の問題と思ったんだけど、おっさんの地図を見て考えが変わった。たぶんデアンカ・ギースは【生存競争に負けたんだ】よ」

「え? 四大悪獣がですが?」

「オレの予想だとデアンカ・ギースの生息地は、ここより南にある『底無し砂漠』だったはずだ。あいつの地中移動には適した場所だし、砂の中を泳ぐ大型魚もいるみたいだから餌にも困らない。そんな快適な場所をわざわざ捨てる意味がない。だったら追い出されたと考えるほうが自然かな。あるいは突然、環境の大きな変化が起きたか。そのどちらかだね」

「つまりアンシュラオン様は、四大悪獣以上の存在がいる、とおっしゃりたいわけですか?」

「その通り。DBDの調査からすると危険な地域も多いようだ。あれ以上の魔獣がいてもおかしくはない」

「そんなところにこの程度の戦力で挑むのですね。…大丈夫でしょうか?」

「安心して。小百合さんたちはオレが守るよ。ただ、おっさんたち全員を守れるとは思えない。そこだけは覚悟してほしいんだ。顔見知りも死ぬかもしれない」


 小百合たちは、食事や家事で彼らと交流を図っていた。

 その中には好意を向けてくれる者も大勢いた。実際に話し、笑顔を向けられた相手が死んでしまう。そのショックは慣れていないと思ったより大きいものだ。

 それを心配しての発言だったが、小百合は笑う。


「わかりました。私たちが考えることは、まずは自分たちの安全ということですね。心得ております」

「呑み込みが早くて助かるよ」

「私もこの『家族』の一員ですからね!!」

「少し怖がらせちゃったけど、それが現状なんだ。で、話は戻って肝心の戦艦の行方だけど、消去法として南はない。底無し砂漠になんて行ったら、その段階でアウトだ。それ以前に戦艦は『とある作戦』を遂行中だったからね」


 DBDにとって戦艦は奥の手であり、貴重な戦力である。

 では、なぜその戦艦が単独行動をしていたかといえば、当然ながら理由があった。


「本国の状況を考えると、DBDはそろそろ本格的に動かないといけない時期なんだ。王女をこちらに連れてくる必要があるからだね。王女が暮らすのが魔獣の狩場では微妙だし、それだけではグラス・ギースに主導権を奪われる。だから『新しい拠点』を作る必要があったんだ。開拓するための資源も見つけないといけないしね。そのために移動していたのさ」

「では、戦艦はその作戦中にいなくなったんですか?」

「そうらしい。最低でも二日に一回定時連絡があるから、消息を絶つ四十八時間前までの位置はある程度わかっている。それはこの魔獣の狩場から西やや上、西北西に向かった地点だ。この先に魔獣の壁が薄い地点があるよね。そこの突破を狙ったのさ」

「この先には…森みたいなものがありますね。そこが目的地でしょうか?」

「以前調査隊が調べた際、その森は比較的安全な場所だったらしい。拠点にするには悪くない…というか、そこ以外にまともな拠点が作れないよね。ここから南西の方角はあまりに危険だし、それを攻略するための前哨基地は必要だ。先に安全な上のルートを確立しておきたい狙いもあったんだろう」

「戦艦を投入して、この付近にいる魔獣たちを排除し、安全な交通ルートを作る計画ですね」

「さすが小百合さん。戦艦の戦闘力をよく理解している」

「最強の兵器ですからね。巡洋艦でもかなりの戦力になるはずです」

「聞いた話だと巡洋艦ナージェイミアの主砲ならば、もし四大悪獣と遭遇しても撃退は可能みたいだね」


 この時代の戦艦は、戦争の主役として大型化されていることが多い。

 巡洋艦ナージェイミアも多分に漏れず、大型の『三連主砲』を搭載している。仮に装甲の厚い大型魔獣であっても、これ一発で2000、三発で6000くらいはHPを削れると想定していい。

 デアンカ・ギースにアンシュラオンの修殺・旋で300程度のダメージしか入らなかったことを思えば、いかに戦艦の主砲が強いかがわかるだろう。(低出力かつ物理耐性があったせいもある)


「戦艦は貴重だけど、戦力不足のDBDには遊ばせておく余裕はない。この地図の情報は以前のものだから、実際に西側に移動しつつ魔獣の様子を探って、その中で突破できそうな場所を探す。そのうえで可能ならば西の森を拠点として制圧するか、あるいは北西にある『食人森』の水場を押さえるのが目的だったんだ」

「西の森はともかく、食人森の間はけっこう距離がありますね。もしそこに何かいたら…」

「まだどちらに行ったかまではわからないんだ。最後の連絡があったのは魔獣の壁の手前あたりだったらしい。それからもう一週間以上経っているし、無事であるとは思えないな。問題は何かしらの事情で、大きく離れた場所に移動していた場合だ。こうなると捜索は容易じゃない」

「定時連絡は、こちらからは送れないのですか?」

「こっちにも長距離用の通信機はあるみたいだけど、送っても反応はないらしいよ」

「故障でしょうか?」

「楽観的に考えれば機器の故障。少し悪く考えれば不測の事態に陥っていて連絡できない。最悪はすでに戦艦ごと壊されている、かな。ただ、普通の故障ならばすでに戻ってきているはずだよね」

「では、私たちが向かっているのは、その連絡が途絶えた地点なのですね」

「そうだね。実際に行って捜索してみないとわからないことも多い。数日前に偵察部隊が先行して調査しているらしいから、まずは彼らとの合流が優先だね。まあ、気楽に行こう。考えていても仕方ないさ。それより道中はセノアたちの面倒を見てあげてね。子供だし、けっこう怖がりだからさ」

「はい、お任せください!」


 と、小百合にはそう言ったものの―――


(厳しい戦いになるかもしれないな。何人死ぬかな)


 モグマウスで周辺地域を調べた結果、予想通りに大量の魔獣が確認されている。

 アンシュラオン一人ならば問題はない。しかし、今回は『群れ全体』で動くのだ。そうなると被害をすべて抑えることは難しい。


(DBDは戦力の補充ができない。消耗をどれだけ抑えるかがポイントだな。それもまた戦艦がどうなっているかが重要だ。もしあっちが全滅していれば…この作戦自体が無意味になる。だけど放ってもおけない。難儀だなぁ)


 キャンプでの雰囲気は、アンシュラオンが来たことで少しばかり明るくなった。

 しかし、いざ荒野に出てみれば厳しい現実が突きつけられる。

 地図で見ればすぐ近くでも、その間には無限とも思える長い距離があるのだ。

 起伏も一定ではない。何も描かれていない場所にも山や谷がゴロゴロしている。魔獣の質も進めば進むほど上がっていく。

 そんな中、たかだか二百人にも満たない人間たちが移動している。

 肉食獣が跋扈する広大なサバンナで、無防備な『肉』が歩いているようなものだ。この大地において人間はその程度の存在でしかない。







667話 「荒野の洗礼」


 捜索隊は荒野を進む。

 目的地は最後に連絡があった戦艦消失地点。そこで先行して調査を続けている部隊との合流だ。

 しかし、その道程は長い。

 直線距離ならば五百キロ程度だが、そのまま直進するほど愚かなことはない。

 場所によっては起伏が激しくて迂回しなくてはならないことも多く、無理して進めば事故の危険もある。そうなると時間のロスになってしまうため輸送船が十分通れそうな道を再度選ぶ必要がある。

 この程度ならば、さして問題はない。時間をかければよいだけだ。

 それよりも一層警戒すべきは、当然ながら【魔獣】である。

 移動中に何度か大きな魔獣の群れと遭遇したが、偵察部隊が優秀だったこともあり、その大半は先に発見することができた。

 現状では少しでも戦力を温存したい思惑もあるため、これらの群れとは極力接触を避けた。

 時間がかかっても迂回し、それができないときは数時間でも待つ。夜になれば人間の視野が狭くなるので移動を断念し、静かに音を立てずに日が昇るのを待った。

 このペースでは武人の足でも七日から十日はかかるかもしれない。


(慎重だな。しかし、これくらいでいい。おっさんは賢明だ)


 その様子を見ていたアンシュラオンも、ガンプドルフを称賛する。

 荒野では蛮勇は褒められない。そんなことをしたら一瞬ですべてを失うからだ。

 実際、時折『残骸』のようなものを見かける。

 ロマンを求めた冒険者か、お宝目当てのイクターか、より強い魔獣を求めたハンターかはわからない。死ねば誰もが骸になり、朽ち果てるしかない。

 死体は喰われ、残るのは壊れた武器防具、あるいは馬車やクルマの残骸だけだ。荒野にはそんなものがゴロゴロ落ちている。自分もいつこうなるかわからないのだ。

 それを知っているDBD一向は、常に緊張感に満ちていた。無駄口も叩かないし、ひたすら体力を温存させながら黙々と移動している。

 これと比べると、むしろグラス・ギースで暮らしている者たちのほうがお気楽だと思えてくる。

 アンシュラオンがグラス・ギースに来てから遭遇した魔獣は、デアンカ・ギースを除けば雑魚ばかり。食物連鎖の最下層にいるような低級魔獣である。

 その理由は、やはり遺跡の存在であろう。

 エメラーダがメラキとして管理人に着任してからは魔獣避けの結界を張っていたし、五英雄たちも積極的に周辺の治安維持に力を入れてきた。

 今現在アンシュラオンが暮らしている大樹も、元はといえば風龍馬の寝床の一つだったので、そうした【聖獣】の力も借りて、あの場所は人が住めるようになった。

 だがしかし、あれだけの時間をかけてもグラス・ギース周辺の整備が精一杯だったのだ。

 であれば、こんな辺鄙な荒野ではどうなるだろうか。

 順調に思えた行軍も、一瞬にして危機に陥ることがあるものだ。



「魔獣確認!! 数五十……七十……百を超えています!! 飛行型の群れです!」



 偵察哨戒部隊が、魔獣を発見。

 全長四メートル大、羽を広げれば倍以上はありそうな巨大な『鳥』の群れが近づいてくる。

 その数はおよそ百。かなりの多さである。


「行軍停止! 音を立てるなよ!」


 ガンプドルフは接触回避を選択。

 即座に止まり、魔獣をやり過ごそうとする。今まではこれで十分回避できていたからだ。

 しかし、それは相手の魔獣が好戦的ではなかったことと、数の多さでこちらが勝っていたことが要因だ。よほどの魔獣でなければ、いくら人間といってもこれだけの数の群れに向かってはこないだろう。

 では、相手が好戦的ならばどうだろうか。

 鳥の群れが動きを変え、こちらに向かってくる。さすがに空を飛んでいるだけあり、簡単に発見されてしまったようだ。


「このまま行ってくれよ…」


 そう考えたくもなるのが人情だが、現実は厳しい。

 鳥の群れが真上に来た直後、何かが落ちてきた。


「うわっ、汚ぇっ! 糞を落としやがった!」


 びちゃっと大きな水っぽい塊が、一人の兵士にぶっかかった。

 野鳥の糞をくらった経験がある人にはわかると思うが、少し水っぽいべちゃっとした糞である。なかなか落ちにくいので、服や帽子にかかると最悪の気分になる。

 この場合もそれくらいで済めばまだよかったのだが―――ボンッ!

 糞が膨張したと思った直後、兵士の肩が吹っ飛んだ。

 鎧を着ていたにもかかわらず、あっさりと肩の肉ごと弾け飛ぶ。


「ぐあぁあっ!! 肩が…!!」

「なんだこれは!! 爆発するぞ!!」

「うわっ! こっちにもかかって―――ぎゃぁあっ!!」


 糞が次々と爆発。

 兵士だけではなくトラクターにも降りかかり、あちこちで被害が出る。


「交戦に入る!! 砲撃で迎撃しつつ積荷を優先的に守れ! 重装甲兵は盾で防御だ!! 怪我を負った者たちは輸送船に担ぎ込め!!」


 こうなったら戦うしかない。ガンプドルフが指示を出す。

 重装甲兵たちは大盾を真上に構えて『拡盾』を展開。何人かは『陣盾』を使用し、より広範囲を守る。

 その間にも鳥たちは旋回して再び接近。糞爆撃を開始。

 今度は騎士たちによって多くの爆撃が防がれた。それなりの威力があるが、ひとまずは防げるようで一安心だ。

 などと思ってはいけない。

 今度は鳥が輸送船に狙いを付け、集中爆撃を開始。

 今しがた兵士が運ばれたように、輸送船は『病院船』にもなる貴重な存在だ。

 だが、その意識を感じ取った鳥たちが、そこを弱点だと見抜いたのだ。

 輸送船は騎士たちと距離が離れているうえに、大きいがゆえに守りにくい。戦艦のように防護障壁もないので爆撃が集中すると非常に危険だ。


「あいつら!! そんな知能があるのか!!」


 そう叫ぶ騎士の気持ちもわかる。

 しかしながら、これが厳しい生存競争を生き抜いている荒野の魔獣の本能である。

 肉食獣が狙うのは群れで一番弱い相手だ。そんな魔獣には人情も騎士道も存在しない。ただただ相手を喰らう衝動しかない。


「う、うわぁあ! 来る!!」


 輸送船の近くにいた兵士たちが、迫り来る鳥に恐れおののく。

 いきなりの奇襲にパニックに陥っているのだろう。彼らはまだ実戦経験に乏しい。それが空の上からの攻撃ならば無理もない。

 が、相手はそんなことはお構いなしに爆撃を開始。


 まさに白い死の雨。


 たとえるのも嫌になるほどの大量の糞が投下される。

 肩が吹き飛んだ兵士を見ていた者たちは、自分もそうなると思ったに違いない。

 だが直後、それらの糞は一瞬にして消し飛ぶ。

 放出された凄まじい戦気が次々と爆発して、数羽の鳥ごと糞を掻き消したのだ。

 覇王技、烈迫断掌である。


「ったく、いきなりこれか」


 輸送船の上には、いつの間にかアンシュラオンがいた。

 こんなものを放っておけば被害は拡大し、クルマもやられてしまう。

 クルマにとって一番の敵は鳥の糞だ。到底容認などはできない。

 水泥壁を張って輸送船ごと広域防御。糞爆撃を防ぐ。


「た、助かった…」


 兵士たちは、ほっと安堵。

 きっと生きた心地がしなかっただろう。

 だが、アンシュラオンの顔は渋い。


(騎士と兵士の力の差がありすぎる。前と後ろが別の部隊のようだ。反撃もまともにできないのか)


 旧サリータ相手ならば圧倒できた兵士たちも、魔獣が相手ではこのざまだ。

 一方のガンプドルフ率いる騎士たちは動きがいい。これくらいの戦いならば慣れているのだろう。

 ただ、それに当てはまらない者もいる。


「落ちてきたぞ!! とどめを刺してやる!!」


 ギリギリ範囲から逃れていた一匹が、ふらふらと落ちてきた。

 片翼がもげ、すでに半死半生といったところだ。

 それを見つけたリッタスが意気揚々と向かっていき、剣を突き刺す!


「どうだ!! やったぞ! …ん? 何か膨らんで―――」

「っ…! 殿下!!」


 バルドロスがリッタスを押しのけた瞬間―――ボォオオンッ!

 糞爆撃以上の激しい爆発が起こり、鳥が粉々に砕ける。

 それと同時に高速で吹き飛んだ骨やら肉片やらが周囲に突き刺さり、巻き添えをくらった兵士たちが転げ回る。

 幸いながらリッタスはバルドロスに守られて無事であるが、くらった連中から野次が飛ぶ。


「クソ殿下!! 何してくれる!!」

「う、うるさい! 敵が目の前にいるのだから攻撃するのが当然だろう!」

「いきなり攻撃する馬鹿がいるか! ふざけんな!」

「お前たちこそ、ふざけるな! 戦いもせずに逃げるだけか!! 臆病者は下がっていろ!!」

「な、なんだと!?」


(あいつ、何やってんだ? また騒動を起こしてるぞ。だが、この状況で戦う意思を失わなかったのはたいしたもんだ)


 兵士たちの誰もが怖れる中、真っ先に攻撃を仕掛けたのだ。

 糞が爆発するのだから体内で爆破成分を分泌しているはずだ。誘爆する危険性に思い至らなかったのは問題だが、今回は勇気と褒め称えておくべきだろうか。


―――――――――――――――――――――――
名前 :ボーミンシーファ〈糞爆禿鷲〉

レベル:70/85
HP :1780/1780
BP :700/700

統率:B   体力: D
知力:D   精神: D
魔力:D   攻撃: D
魅力:F   防御: D
工作:D   命中: B
隠密:F   回避: B

☆総合: 第三級 討滅級魔獣

異名:荒野の糞落とし
種族:魔獣
属性:飛行
異能:集団統率、長距離移動、広域探知、糞爆撃、自爆、捕食
―――――――――――――――――――――――


(飛行タイプか。能力値はそこまで高くはないが、それだけでも厄介な相手だな。なにせこっちは飛べないからな)


 この世界には『人間は飛行禁止』という【女神の規制】が存在する。

 そのため道具を使って飛ぼうとしても途中で推進力を失ってしまうのだ。一方、魔獣に関しては当てはまらないため、彼らは地上百五十メートル以上でも飛行が可能だ。

 今もアンシュラオンの攻撃を受けて警戒したのか、上空高く舞い上がっている。

 こうなると騎士たちも銃撃や砲撃で対応するしかないが、この距離となると射程上では有効範囲でも、相手が相手ゆえに満足にダメージを与えられない。

 どうやら彼らの腹は分厚い皮膚で覆われているようで、それが防壁になっているようである。

 当然、敵は爆撃を継続している。次々と落とされる糞爆撃の対処もしなければいけない。やはり空は人間に厳しい。

 しかし、その中で三人ばかり的確に対応している者がいた。


「うろたえるな!! 攻撃を続けろ!! 一匹ずつ狙って確実に落とすのだ!!」


 一人はガンプドルフ。

 彼は雷衝をいくつも放ってボーミンシーファを感電させ、落下させることに集中している。

 攻撃の威力よりも射程の長さ、持続力と感電力をより強化した雷衝なので、これだけ離れていても十分に対応できるのだ。

 落ちてきたボーミンシーファは騎士たちが砲撃で排除。しっかり盾も使って自爆の被害を防いでいる。

 もう一人は、ゼイヴァー。

 こちらはなかなか面白い方法だ。彼は他の遊撃部隊の騎士と一緒に跳び、空中でその騎士を踏み台にして二段跳躍。

 某ゲームの乗り物生物を彷彿とさせるが、高さを稼ぐには悪くない方法だ。

 そこから槍を投げつけ、比較的低空にいたボーミンシーファに突き刺す。槍には鎖が付いており、それを辿って登り相手に飛び乗る。

 鳥は飛んでいるからこそ強い。なまじ大きな鳥だからこそ真上に乗れるわけだが、そうなればもう脅威ではない。

 翼を突き刺して地上に落とす。それと同時に跳躍し、他のボーミンシーファに飛び移り、また突き刺して落とすを繰り返す。

 その機動力は見事としか言いようがなかった。まさに宙を駆ける竜騎士の如くだ。

 三人目は、バルドロス。

 彼はジェメッカ・ジンカイト〈土宿の一擲《いってき》〉を発動。

 最初は土塊を投げていたが、だんだん面倒になってきたのか戦法を変更。

 大地に手を置くと、どんどん土が盛り上がって彼自身を押し上げ、あっという間にボーミンシーファに接近。

 ここまでくれば外しはしない。ボウリングの玉大に固めた土を渾身の投擲。戦気をまとっているので、いとも容易く翼を貫通。ゼイヴァー同様、次々と落とすことに成功。

 どうやら彼のジュエルは大地を固めるだけではなく、それを利用して地面を操作することも可能なようだ。

 一部分の地面が盛り上がった結果、逆に周りの土は減っているので、他の土を固めて強引に押し上げているのだろう。


(おっさんめ、絶対に土木工事用に連れてきただろう)


 バルドロスがいれば大きな土木工事で絶対役立つに違いない。リッタスのほうがオマケではないかと疑うレベルで有用だ。

 有能な騎士もいるので前は大丈夫だろう。問題は後衛部隊である。

 それに関してガンプドルフからの指示はない。後ろにアンシュラオンがいるので丸投げ…もとい一任してくれているようだ。


(自由にやらせてくれるのはいいけど、面倒なものを押し付けられたな)


 輸送船は水泥壁で防御していて無事だが、周りにいる戦力は兵士たちだけ。

 前方の騎士たちと比べると明らかに戦力不足だ。


「サリータ、拡盾でクルマを守れ! セノアも無限盾で援護だ。ホロロさんと小百合さんは落ちてきた敵を攻撃。必ずサリータの盾に隠れながらやるんだ。ラノアは二人が対応できない場合に雷貫惇で攻撃。サリータ、やれるな?」

「はい、師匠!」


 すでに因子が覚醒した彼女は盾技が使える。

 ハンクスとの練習には意味があった。すべての修行は未来のためにあるからだ。

 今の彼女の戦気量ならば爆撃から十分に車を守れるだろう。


「サナはこっちに来るんだ。まずは敵を落とすぞ」

「…こくり」


 サナが輸送船の上まで駆け上がってくる。


「ゼイヴァーが面白いことをやっていた。オレたちも真似しよう。オレが投げるからサナが攻撃するんだ」

「…こくり」

「じゃあ、いくぞ!!」


 アンシュラオンがサナを抱えて跳躍。

 さらに空中で魔力弾で足場を生み出し、魔素の破裂によって自身を押し上げる。

 普段は戦気の爆発を利用して空中を移動するが、今は術式も使えるので戦いのバリエーションが増えたのだ。


 そしてボーミンシーファの群れに向かって―――サナを投げる


 サナは一直線にボーミンシーファに飛んでいき、刀をぶっ刺す!

 続いてゼイヴァーのように身体の真上に移動し、今度は胴体に刀を刺して放電。

 ボーミンシーファは感電。痙攣して地面に落ちていく。


「サナ!」


 アンシュラオンは魔力弾で作った足場から『魔力鞭』を伸ばしてサナを掴まえ


 そのまま次の標的に―――投げる!!


 引っ張った際に鞭を破裂させて推進力に変えている。これも魔力弾の射出を利用したテクニックだ。

 勢いよく飛んでいったサナは、また別の個体に刀を刺して感電させて落とし、再びアンシュラオンが空中で拾って投げるを繰り返す。空が飛べないのならば、こうして工夫して戦えばよいだけだ。

 時々変な動きをする個体がいたらアンシュラオンが魔力ミサイル弾で迎撃。

 激しい衝撃に誘爆してその場で即死する個体もいれば、落下するものもいる。

 落ちればそれをホロロたちが攻撃。さっそくクルマに取り付けた術式反発キャノン砲が炸裂。

 彼らが強いのは腹部のみ。頭部に命中させれば、骨が砕けて死んでいく。

 当然、爆発する個体もあるが―――


「はあぁあああああ!!」


 サリータが拡盾で防御。

 盾にまとわせた『剣気』がビームシールドのように広がり、禿鷲の肉や骨をすべて防御しつつ同時に粉砕する。


「サリータさん、上からも来ますよ!!」

「わかりました! 防御します!」


 今度は空から降ってきた爆撃を『強盾』で防御。

 糞は爆発するが、強化された盾はびくともしない。


(いい感じだ。サリータは体力があるし戦気量もサナより多い。鍛錬は嘘をつかないな。立派な戦力だ)


 サリータの戦気量は、サナのおよそ二倍である。

 これは単純に彼女のほうが肉体的に完成しているため、それだけ生体磁気が多いことを意味する。それを防御だけに割り当てているのだから硬くて当然だ。

 また、剣士因子も1になっているため剣気が放出できることも大きい。


―――――――――――――――――――――――
名前 :サリータ・ケサセリア

レベル:30/75
HP :750/750
BP :380/380

統率:E   体力: D
知力:E   精神: D
魔力:E   攻撃: E
魅力:D   防御: D
工作:E   命中: E
隠密:E   回避: F

【覚醒値】
戦士:1/2 剣士:1/2 術士:0/0

☆総合:第八階級 上堵《じょうど》級 戦士

異名:アーパム商会の大盾
種族:人間
属性:
異能:炎の体育会系、絶対忠誠心、熱血、護衛、覚悟完了、中級盾技術、物理耐性、即死無効
―――――――――――――――――――――――


(オレが感じていたサリータへの期待感は正しかった。能力もそうだがスキルも強化されている)


 まず目に付くのが『炎の体育会系』だ。一番最初に来ていることからも今までとは様相が異なる。

 おそらく体育会系のデメリットが取り除かれた純粋なパワーアップスキルだと思われる。

 詳細は不明だが、相手が強ければ強いほど能力を発揮する『天才』スキルに近いものだろう。無条件で発動しないことから天才のほうが格が上だろうが、デメリットがなくなっただけでも十分ありがたい。

 それ以外にも『覚悟完了』、『即死無効』が追加され、低級盾技術が『中級盾技術』になった。

 能力数値が一気に上昇したように見えるが、これが本来のサリータの数値だったということだ。

 アンシュラオンが今まで与え続けた賦気が芽を出し、戦気の解放を契機に表に噴き出したのである。これこそが【選ばれた者】の証だ。

 そして一番気になるのは―――


(レベル上限と因子限界が上昇している。サナと同じ現象だ)


 サリータにもサナと同じ現象が見られた。予想はしていたが、実際にそうなるといろいろと考えることも出てくる。

 しかし、力は力だ。あって困ることはない。

 今では黒鮭《こっかい》傭兵団のゲイルと同等以上の力を持つに至ったことは、素直に喜ぶべきだろう。

 アンシュラオンならば、落ちこぼれだって強くすることができる。それがわかっただけでも大きな価値がある。


 こうしてさりげなくアンシュラオンとサナの初連携攻撃を披露しつつ、魔獣を撃退することに成功。

 それ自体は良かったのだが、残ったのは魔獣の死骸と負傷した兵士たち、破壊された数台のトラクターの残骸だけ。

 まだ存在を明るみにできないDBDにとって、魔獣素材は利用しづらい微妙な資源だ。

 ハローワークでは買い取ってもらえるだろうが、いきなり大量の素材を持っていけば周囲に怪しまれる。せいぜい硬質化した心臓をアンシュラオンが引き取るくらいが関の山だろう。

 それより今は少しでも損害を減らしたいのが本音。まったくもってマイナスでしかない交戦である。

 これが洗礼。

 出立してすぐに荒野の怖ろしさを痛感することになった。





668話 「怨嗟の大地」


「このままだとまずいよね」


 夜、焚き火の前。

 アンシュラオンが集めたボーミンシーファの心臓結晶を袋に入れながら、ガンプドルフに話しかける。


「兵士たちのことか?」

「やっぱり気づいているんだね」

「うむ…」

「まあ、しょうがないとは思うよ。この緊急事態だもの。弱かろうと少しでも人手は必要だ。ただ、おっさんたちにとっては人間こそが最大の資源でもあるよね。現状では代わりはいないわけだからさ」


 ボーミンシーファの襲撃で兵士たちにも被害が出たが、アンシュラオンが治療したおかげで死者は出なかった。

 だが、それだけだ。現状維持ができただけで次はどうなるかわからない。

 それだけの危険があると知りながらも連れてきたのは、やはり人間がいないと何もできないからだ。

 クルマを動かすのも人間。弾薬を運ぶのも人間。指示するのも人間。

 人間がいなければこの荒野では何一つできない。そう考えると人間こそが最大の資源でもあるわけだ。


「オレが来る前、おっさんはどれくらい生き残ればいいと思っていた?」

「最悪は…十数人だ」

「やっぱりおっさんは冷静だね。それでいてリアリストだ。オレと似ている」

「西方に行けば行くほど魔獣は強くなる。そんなことはもう嫌というほどわかっているのだ。それでも行かねばならない。覚悟はできている」

「なら、その兵士たちの命はオレに預けてくれないかな? どうせ捨てるはずだったんだ。もらってもいいよね?」

「どうするつもりだ?」

「昼間の体たらくを見て確信した。このままだと全滅すらありえる。どうせ死ぬにしても悔いは残したくないだろうからね。使えるように鍛えるだけだよ」

「では、任せる」

「そんなに簡単に決めていいの?」

「君はすでに我々の訓練方法を見た。そのうえで自分でやりたいと言うのだ。勝算があるのだろう?」

「まあね。軍隊式訓練法は悪くはないよ。少しずつ強くなるためには役立つ。でも、短期間に限界を超えて強くなることは難しい。今求められているのは急激な進歩だ。それはオレのほうが専門かもね」

「ケサセリアのようにか。…見違えたな。たった数日だぞ? 信じられない」

「その数日に命をかけられれば人は強くなる。あれでも壊れないように事前にしっかりと準備を重ねたんだ。だから綺麗に芽吹いた。でも、兵士たちにそんな時間はない。もっと荒療治でいくよ。師匠はもっと厳しかったしね」

「それが陽禅公のやり方ならば受け入れよう。すべて任せる」

「戦艦が見つかるまでには最低限仕上げてみせるよ」

「すまないな。助かる。ところで、その心臓は使えるのか?」

「うーん、微妙。スレイブ・ギアスには使えそうもないや。ただ、別の用途には使えなくはないかな」


 アンシュラオンがジュエルの欠片を指で砕き、粉にして焚き火に投げ込む。

 すると、粉がボボンッと破裂して火が大きくなった。


「あの鳥は体内で爆破物質を生成する能力があった。この心臓だけでもこれだけ燃え上がるんだから、きっと血液そのものに同じような性質があったんだろうね」

「ふむ、火薬のようなものか。だが、取れた量はそこまで多くはないのだろう? 倒す手間を考えると効率は悪いか」

「たしかにね。たったこれだけのために飛行型魔獣を倒すのは手間がかかりすぎる。普通に火薬を作ったほうが楽だとは思うよ。ただ、この荒野ではそんな贅沢も言っていられない。使えるものは全部使う覚悟でいないと物資不足になる」

「すでにトラクターを三台失っているからな。爆破された物資も半分は使えない。常に物資は不足しているな。少年の言う通り、魔獣の素材もしっかりと利用する時期が来たのかもしれん」

「オレが興味あるのはスレイブ・ギアスか能力強化の魔石、それと武器防具に使えるものなんだけど、本当に開拓するならこういう地味な魔獣素材も売り物にしないと駄目かもしれないね。一応綺麗に残っていた羽も取ってきたけど、今のところは羽毛布団にするか断熱材にするかくらいしか使い道が浮かばない。このクチバシも飾り物にするしかなさそうだよ」


 ボーミンシーファは討滅級魔獣とはいえ、その素材がすべて有用とは限らない。

 逆に強いからこそ倒す手間がかかり、メリットがあまりないのだ。珍しい魔獣の部位やら剥製やらを集めている好事家でもいない限り、用途は限られるだろう。

 だが、そのまま捨てるのはもったいない。少なくとも工芸品として売りに出して金を稼ぐべきだ。


「とはいえ我々は軍人だ。そういったものは専門ではない。やはり東大陸の人間を雇うべきなのかもしれんな」

「それも候補の一つだね。でも、もっといい方法があるよ」

「それは?」

「ハローワークの【誘致】」

「…なっ」

「おっさんたちが魔獣の素材を売りづらい最大の理由が、グラス・ギースのハローワークを経由しないといけないことでしょ? たぶん他の都市の支店を使っても同じだよね。ならばいっそのこと、ここに誘致してしまうのが一番だ。それならば気兼ねなく使える。魔獣だってたくさんいるんだ。ハンターだって集まるよ」

「それは…そうだが、どうやるのだ?」

「小百合さんの上司とかに交渉して、本店に連絡してもらう手もある。こちらからアクションを起こせば話くらいは聞いてもらえると思うよ。相手にもメリットがあるはずだからね」

「ふむ…ハローワークか。盲点だったな。だが、あれだけの組織が簡単に動くかどうか…」

「これからここに国を作ろうって人間が、それくらいで動じてどうするのさ。ハローワークは経済を生み出すうえで必須の存在だ。オレたちは世界の根幹を敵に回してはいけない。味方に引き入れることを考えるべきだ」


 当たり前だが、アンシュラオンたちは世界をどうこうしようとは思っていない。

 世界のシステムを改革する! などという大それた目的ならばいざ知らず、未開の地を開拓するためには今あるシステムに乗っかる必要がある。

 その中で貨幣流通という大きな役割を担っているハローワークは、一番最初に味方に付けねばならない組織であろう。


「しかし、今すぐにというわけにはいかないのだろう?」

「そうだね。誘致するにはそれなりの魅力が必要なはずだ。どこでもいいってわけじゃない。グラス・ギースにあってブシル村にはなかったから、最低でも街と呼べるくらいの規模は必要になる。まずは『交易所』を作って魔獣素材を売買させるんだ。そこで実績を作ればいい」

「ふむ、仮にハンターが手配できずとも、兵士たちの訓練がてらにやらせてもいいし、他の資源もそこで売買することもできるか」

「おっさんが考えていた通り、最初はグラス・ギースもある程度巻き込む必要があるけど、最終的には独立する方向がいいね。重要なことは三つ。素材を独自に加工する技術力の確保、卸売りができる魔獣素材専門の商人の確保、最後に品質の良い素材の確保だ。商人はオレがやってもいいかもね」

「では、最低でも独自の素材加工技術と素材集めが重要になるな。つまりは、もっと綺麗に倒せと言いたいのだろう?」

「そういうことだね。さすがに今回の魔獣は難しかったけど、余裕があるときは素材の品質にも気を配るべきだ。もちろん戦艦が見つかったあとでいいけどね。下手に余裕を見せて死んだら馬鹿丸出しだ。あくまで未来の話だよ」

「未来…か。そうだな。我々には未来がある。輝ける未来だ」

「いつだって最初は何もないところから始まるんだ。荒野は厳しいけど、手付かずの資源が眠っているはずだ。それを手に入れてからが勝負だよ。こんなところでつまずいている暇はないからね」

「ああ、わかっているさ」

「ともかく何か見つけたらオレのところまで持ってきてね。鑑定するからさ」


 こうしてあえて未来の話をするのは、アンシュラオンなりの気遣いでもあるし、それがやり遂げるための力になるからだ。

 今のDBDに必要なのは希望と未来である。状況が厳しい時ほど忍耐が試されるものだ。

 そしてさりげなく自分を仲介させて貴重な素材を手に入れる目的もある。


(実際グラス・ギースでもそこまでたいしたものはなかったし、魔獣素材は未開発の分野のはずだ。ボーミンシーファは微妙だったけど、基本的に魔獣のレベルが上がるほど素材も質が上がるのは道理だろう。貴重なものを安売りするほど馬鹿なことはない。まずはオレがチェックしないとな)


 ガンプドルフは所詮、軍人だ。うっかり貴重な素材やアイテムを安値で売りかねない。

 だからまずは自分のところに素材を持ってこさせて、重要そうなものをあらかじめ確保する必要がある。そのうえで不要なものを売って利益にするのがベストだ。

 アンシュラオンも商人としては駆け出しだが、『情報公開』もあるので彼よりはましだろう。


(でも、オレは自分のことで手一杯だから、やはり専門の職人は必要だよな)


 DBDにいるのは鍛冶師だけだ。それはそれで重要だが、一般人は基本的に普通の生活を送るものだ。それに対応したさまざまな分野の職人が必要となる。

 結局のところ、大事なものは『人』なのである。

 人を管理することがどれほど重要かはマングラスによって証明されている。


(もしマングラスの力を手に入れたとしても、グラス・ギースから人を大量に引っ張ってくるわけにはいかない。下手をするとスパイも交じっているかもしれないしな。できれば違うところから持ってきたいが…そんな簡単に人が手に入るわけじゃないし、問題は山積みか)


 ソフィア王女たちがどれくらいの規模で入植するかも問題だ。

 多ければ軋轢が生まれるし、少なすぎても経済基盤が生み出せない。




  ∞†∞†∞



 翌日。

 一向は荒野を移動する。目的地はまだまだ先だ。

 まずは戦艦が通ったであろう道をトレースすることが重要だ。そこで何があったのかを想像することができるからだ。

 部隊は西に進路を取り、五十キロほど進む。

 昨日のことがあったため警戒しつつも、いつまでもこんな場所にはいられない。それなりに速度を上げたことも奏功し、着実に移動距離は伸びた。



 がしかし、あるラインを超えた瞬間―――



「―――っ!!」



 ゾワリ

 アンシュラオンの肌が粟立つ。


(なんだ…今の感覚は? 肌がざわつく)


 今さっき過ぎ去った地点から完全に世界が分かれた。

 見た目は同じ荒れ果てた荒野にもかかわらず、まるで薄紫のフィルターを通したような異様に暗い世界になったのだ。

 周りを見るが誰もが淡々と歩いている。特に気にした様子はない。


(気づいていない? こんなに異様なのにか? …違う。見えないんだ。これは―――【術式】だ!!)


 アンシュラオンは普段は色彩によって術式を見るようにしている。そのほうが綺麗だし感覚で理解できるからだ。

 であれば、今見えるドス黒い色彩は何なのだろう。息苦しく、首を締め付けるような激しい負の思念に満ちている。


(まさか術式攻撃? だが、特定の人間に対して攻撃している様子はない。どこだ…どこにある? ……下? 大地……全体か!?)


 術式の発生源を探すと、自分たちの真下からもっとも強い波動を感じる。

 しかしながら、その場所にあるのではなく、大地全体がドス黒い色彩、【超広域術式】によって干渉されていることがわかる。


(嘘だろう!! なんだこの広域術式は!!! どこまで続いているんだ!? この荒野全部を…覆っているのか? いったい何千キロあると思っている? 化け物だ…ありえない。こんな術式、人間には使えないって! 誰がいったい何のためにこんなものを…)


 アンシュラオンにそう言わしめるほどの超高等術式が展開されている。

 おそらくエメラーダが百人いても絶対に不可能。姉でさえ単独では不可能かもしれない。そんなものが現実に荒野にあるのだから驚くのも仕方ない。

 幸いながら人間に対して直接作用する類のものではないようだ。苦しんで倒れるような者はいない。

 しかし、その効果はもっと危険なものであった。



「魔獣襲撃!! 数多数!!」



 偵察部隊が戻った途端、大声で叫ぶ。

 その緊迫した様子から、今までとは状況が異なることが一瞬で伝わる。


(こんな時にか。いや、こんな時だからだな。あまりに高等すぎてオレにも術式が解読できないけど、たぶんこれは……)


「ちょっと見てくる。警戒態勢を取っておいて」


 ホロロたちにそう伝えるとアンシュラオンが輸送船の上まで駆け上がる。ここが一番高い場所なので遠くがよく見通せるのだ。

 すると隊列の数キロ先、丘陵地帯を勢いよく駆け下りてくる集団が見えた。

 見た目は二足歩行で走る大きなトカゲだが、首がやたら長く、足も長いために歩幅が大きく、かなりの速度でこちらに向かっている。


―――――――――――――――――――――――
名前 :ガリムリプス〈首長牙小竜〉

レベル:80/85
HP :2520/2520
BP :580/580

統率:C   体力: C
知力:E   精神: E
魔力:E   攻撃: C
魅力:E   防御: E
工作:E   命中: D
隠密:E   回避: D

☆総合:第三級 討滅級魔獣

異名:荒野のハイエナ
種族:魔獣
属性:火
異能:火炎ブレス、滅多噛み、囲い込み、人間憎悪
―――――――――――――――――――――――


(トカゲ…というよりは小さな恐竜だな。レベルも高いしHPも高い。たしかに魔獣のランクは確実に上がっているな)


 性能としては、ジングラスが保有しているローダ・リザラヴァン〈土炎変色蜥蜴〉に匹敵する。

 リザラヴァンのほうが隠密に関する強力なスキルがあったため厄介な相手だったが、こちらは数が問題だ。

 向かってくるガリムリプスの数は、およそ二百に近い。

 こんなものに襲われたら、そこらの傭兵団など一瞬で壊滅だ。ゲイルの黒鮭傭兵団でも同様の結果に終わるだろう。

 しかし、こちらは本物の騎士団。しかもルシア帝国と戦っていたバリバリの将軍がいる。


「主力部隊を出す!! 重装甲兵は前に出て攻撃を受け止めろ!! その間にゼイヴァーの遊撃隊は回り込んで数を減らせ! まずは私が斬り込む!! 後衛は砲撃で援護しろ!!」


 ガンプドルフは『トールガイアの剣〈雷霊の怒り〉』を握り、単独で走り込む。

 トールガイアはアンシュラオンとの戦いで多少削れたが、シャクティマの力と自己修復機能によって復元されている。一度本格的に叩き直す必要はあるだろうが、この作戦中くらいはもつだろう。

 それに合わせて騎士たちが援護砲撃を開始。すでにトラクターの上で準備されていた迫撃砲と輸送船の主砲も発射。

 相手は集団で固まっているので、そこにガンガン砲弾をぶち込んでいく。

 ただし相手もかなり強力な魔獣だ。砲撃で何匹か吹っ飛んだが、それでもなお、こちらに向かってくる勢いは衰えない。


「蹴散らす!!」


 そこにガンプドルフの強烈な一撃が炸裂。

 先頭にいたガリムリプスを切り裂きつつ、さらに雷の波動が群れを貫く。

 剣王技、雷王・帯迅烈波《たいじんれっぱ》。

 剣にまとった帯気を集め、斬撃と一緒に叩きつける技である。帯衝劉刃をいくつも集約し、より貫通力を増した技といえばわかりやすいか。

 因子レベル5で使える大技であり、直線上の敵を粉砕する広範囲技でもある。


「ギギギギギギャッ!?!」


 それによって十数匹が剣圧で死亡。

 その他多数のガリムリプスが感電して動きが止まる。


「閣下に続け!! 一匹たりとも通すな!!」


 続いてフルアーマーを着込んだ屈強な重装甲兵が突進していく。

 盾で押し出したり、ハンマーで殴ったり、至近距離から砲撃を浴びせたり、剣で斬ったりと攻撃方法はさまざまだが、彼らの役割は足止めである。

 ガリムリプスは火炎ブレスを吐き、長い首を使って死角から噛み付いたりするが誰一人として下がる者はいない。

 どんなに傷ついても、けっして退かない。それが彼らの仕事だ。

 そうして足を止めたところに、左右に散ったゼイヴァーの遊撃隊が襲いかかる。

 ゼイヴァーが槍を一閃。

 鋭い突きがガリムリプスの頭部を的確に狙い、ガンプドルフが使った雅龍閃の槍版、槍龍閃《そうりゅうせん》をお見舞いする。


 その一撃を受けただけで―――破砕


 頭が完全に吹っ飛ぶ威力だ。それでも死なないガリムリプスは爪で引っかこうとしてくるから怖ろしい。

 だが、部下の騎士が二人がかりで攻撃し、とどめを刺す。

 あとはその繰り返し。

 槍で突いたり、時には薙ぎ払ったり、槍を自在に操って一匹ずつ確実に仕留めていった。


(前の戦力だけで大丈夫そうだ。おっさんもいるし、ゼイヴァーも強い。多少ダメージを受けている騎士もいるけど、最初の一撃でほぼ制した。正面からの戦いならばDBDは強い)


 今回は前回と違って正面からの迎撃だ。

 もともと前面には強力な戦力を配置しているので、最大戦力同士がぶつかった結果が出ているわけだ。

 何よりもガンプドルフの一撃が戦況を有利にしている。

 あれで完全に敵の勢いを削ぎ、流れをこちらに引き寄せたのだ。

 彼自身も勇猛な将なので、ばっさばっさと切り倒しているし、仮に一撃で倒せなくても後続の騎士たちがしっかりと倒しきる。

 ゼイヴァーのように最初の一撃で敵の戦闘力を一気に削っておけば、後に続く騎士たちの負担が大きく減らせるのだ。だからこそ大将自らが先陣を切ったのである。

 また、ガンプドルフの剣技も冴えに冴え渡っている。実は強くなったのはアンシュラオンだけではない。彼もまたあの死闘によって力を伸ばしていた。

 今のガンプドルフは絶好調。抜群のキレで魔獣を叩き斬っている。

 こうして前は万全のはずだった。


 だがしかし―――魔獣たちもけっして引かない


 どんなに傷つけられても、血走った目からは【殺意】が消えない。

 その執念は異常とも呼べるもので、ガンプドルフに切り落とされた首でさえ、近くにいた騎士の足に噛み付く!


「ぐっ!! まだ死なないのか!! 死ね! 死ね!!」


 騎士は大型のメイスで頭を破壊。

 それでようやく動かなくなったが、死んだ魔獣の瞳はいまだ赤いままで憎しみの視線を向けていた。

 その現象は他の場所でも起こっており、先手を打って有利になったにもかかわらず騎士たちは苦戦を強いられる。


(おかしい。明らかに異常だ。魔獣は自分の生存を第一に考える。人間みたいに他の何かのために死ぬなんてありえないんだ。やはり―――術式の影響か)



―――〈殺せ! 殺せ! 人間を殺せ!!! 皆殺しにしろ!〉



 呪詛にも近い強烈な波動が魔獣の精神に干渉していた。

 そして、これはアンシュラオンがよく知るタイプの術式。

 【精神術式】であった。





669話 「憎悪と兵士と」


 人間も死に物狂いならば、魔獣も死に物狂いの異質な戦いが繰り広げられる。

 なぜならば、これは『生存をかけた戦いではない』からだ。

 人間側はそうでも、魔獣は大地から溢れる術式によって精神を支配され、死んでも人間を排除しようと向かってくる。生存第一の生物としてあるまじき行為である。

 問題は、それを可能にさせてしまう強制力のほうだ。


(おっさんたちが苦労した理由がこれか。ただでさえ強い魔獣が、がむしゃらに攻撃してくるんだ。厄介極まりない。デアンカ・ギースだって逃げようとしたくらいだしな。…ってことは、やっぱり限定範囲の術式か?)


 精神術式には、当事者にかけるものと範囲に設置するものの二種類が存在する。

 サナのスレイブ・ギアスは前者のもので、どこにいようが当人だけに作用する。一方の範囲型は設置された場所だけに作用するものだ。

 魔獣の狩場付近に出現したデアンカ・ギースは逃げようとしたので、この術式の影響下にはなかったと思われる。


(完全な直線ではないようだが、さっき通った場所から西側だけに影響を与えているんだ。最悪は東側に逃げれば追ってこないかもしれない。ただ、こっちは戦艦を捜しに行かないといけないし、魔獣が襲ってくるといって諦められる状況でもない。どのみち倒していくしかないな。だが、この術式を【設置した誰か】の存在も無視はできない)


 術式は自然に生まれるものではない。誰かが意図的に作る必要がある。

 しかも『人間憎悪』を植えつけるえげつない代物である。長年人間が荒野を開拓できなかった理由の一つがこれだろう。

 では、誰がこんなものを設置したのかは、まったくもって謎である。


(人間を立ち入らせたくないって意思がひしひしと伝わってくるな。前文明が滅びる前からあったものか、滅びたあとに誰かが作ったのか。どっちにしろ人間の仕業とは思えない。それとも昔の技術は今よりも上だったのか? …駄目だな。話が大きすぎて現状では答えは出ない)



「魔獣だ!! 違う群れだ!!」



 アンシュラオンが思案している暇もなく、偵察部隊が再度叫ぶ。

 前方のガリムリプスに加え、右側面からも魔獣の群れが走ってくるのが見えた。

 平べったい大きな頭部に八本の角が生えた四足魔獣で、こちらも恐竜のような外見をしている。


―――――――――――――――――――――――
名前 :ドドサウルス〈八角小竜〉

レベル:73/85
HP :3200/3200
BP :780/780

統率:D   体力: A
知力:E   精神: E
魔力:D   攻撃: D
魅力:E   防御: C
工作:E   命中: E
隠密:E   回避: E

☆総合: 第三級 討滅級魔獣

異名:八本角自慢
種族:魔獣
属性:岩
異能:集団突撃、突き刺し頭突き、草食、人間憎悪
―――――――――――――――――――――――


 だが、これで終わらない。


「左側からも来るぞ!!」


 さらに左側面から魔獣の群れ。

 尻尾がやたら肥大化した大きな鶏のようなものが走ってきた。


―――――――――――――――――――――――
名前 :ガモーフサウルス〈尾呈拳鳥竜〉

レベル:83/90
HP :2800/2800
BP :670/670

統率:E   体力: C
知力:E   精神: D
魔力:D   攻撃: B
魅力:E   防御: E
工作:E   命中: E
隠密:E   回避: D

☆総合: 第三級 討滅級魔獣

異名:荒野の尻尾自慢
種族:魔獣
属性:土
異能:尻尾攻撃、尻尾捕縛、尻尾叩きつけ、人間憎悪
―――――――――――――――――――――――


 強さ的にはガリムリプスと変わらないので、この周辺の魔獣のレベル帯がこのあたりなのだろう。

 ただし、本来ならばこの三種の魔獣は互いに縄張りを持ち、遭遇すれば対立する関係にあるはずだ。それが今は人間だけを敵と認識して迫ってくることが問題である。

 さすがに背後からは来ないようだが、三方面からの挟撃は現状ではかなりつらい。


(右翼の角魔獣は八十匹。左翼の尻尾魔獣は六十匹くらいか。数が少なめなのが救いだな。だが、思いきり後方に向かってくるな。この術式は連携しろとでも命令しているのか?)


 彼らは前方の戦いを無視して、一直線に補給部隊に向かって動いている。

 そこはまだ若い兵士たちの持ち場である。相手にするには荷が重い。


(さて、黙って見ているわけにもいかない。さっそくやるか)



 アンシュラオンは輸送船の上で立ち上がると―――



「バルドロス!! 左翼に防塁を築いて魔獣の侵攻を防げ!! 補給部隊には絶対に近づけさせるな!!」

「っ…承知!」


 バルドロスが瞬時に動くと、両手を地面に付けて魔石を発動。

 補給部隊および輸送船の前に土塁が築かれる。外側から土を持ってきたため、その部分が下がって堀も生まれて一石二鳥だ。


「バルドロスはそのまま死守! 銃を装備している兵士は、土塁を盾にしながら応戦しろ! サナ、お前も左翼の援護だ。無理をしないで掻き回すことだけ考えればいい」

「…こくり」

「サリータ、来い!! お前はオレと一緒に右だ」

「はい、師匠!」

「ホロロさんたちもこっちに来るんだ」


 アンシュラオンの声はよく通る。

 ガリムリプスとの混戦に陥っている前方の部隊まで、一言一句はっきりと聞き取れるのがさすがである。


(少年、動くか。こうして共に戦う日が来るとは心躍るものだ。君の声は私に勇気と希望を与えてくれる)


「ここは私の部隊だけで十分だ! ゼイヴァーは左翼防衛にあたれ!!」


 ガンプドルフもそれに呼応。

 これによって左翼はバルドロスとゼイヴァー隊に加え、サナが担当することになる。

 こちらの人数はやや少ないものの、強い騎士とサナがいれば十分対応が可能だろう。

 残った右翼を担当するのはアンシュラオンとサリータと『兵士たち』。

 アンシュラオンは輸送船のてっぺんから駆け下りると、補給部隊の前まで一気に跳躍。


「わっ!?」


 いきなり目の前にアンシュラオンが降ってきたので、若い兵士が目を丸くする。

 だが、いちいち彼のリアクションにかまっている暇はない。


「残った全兵士に告げる!! 右翼はオレたちで対応する! 準備を急げ!」

「わ、我々だけで…ありますか!?」

「当然だ。何のためにここにいる! 戦うためだろうが!! 命を張って戦うんだよ! わかったか!」

「は、はい!」

「盾持ちは集まれ!! 命令だ! 早くしろ!!」


 即席の階級であるが、まるで本物の上官がそこにいるかのように、兵士たちは命令に従ってしっかりと動く。

 瞬く間に兵士たちは集結。迎撃態勢を取る。


(統制がとれている兵士もスレイブと変わらないな。オレも軍隊のほうが合うのかもな)


 その間にホロロが運転するクルマも到着。

 サリータも完全装備で出てくる。今回はしっかりと爆破杭も装着済みだ。


「ホロロさんと小百合さんはクルマの主砲で牽制。効くかどうかはともかく、ひたすら撃ち続けて。残弾はすべて使ってもいいからね」

「かしこまりました」

「セノアは代わりに運転を頼む。ただし、治療班として動いてもらうかもしれないから準備しておいてくれ。その場合はラノアに運転を任せる。緊急時以外は動く必要はない。落ち着いて行動するんだ」

「は、はい! わかりました!」

「うん、がんばる!」

「師匠、自分は!」

「当然、戦闘に加わってもらうぞ。あいつらと一緒に壁役だ」

「はい!!」

「今から直接オレが指導する。しっかりと動きに付いてこい!」

「し、師匠が直接…!! 光栄であります!!」


(つ、ついに師匠が…!! 認められた…のだ!)


 今までアンシュラオンは、サリータを直接指導することはなかった。その理由はすでに述べた通り、彼女の才能を正しく伸ばすためである。

 そのうえで今回から直々に指導するというのだから、サリータの感動もひとしおであろう。

 つまりは戦力としてしっかりと数えられている証拠だ。武人としての人生がここからスタートするのである。



「よし、壁役は大きく前進!! 前に出ろ!!」

「ま、まさか…あれと戦うの…か?」


 ドドドドドドッ!

 兵士たちの目が、猛烈な勢いで突っ込んでくるドドサウルス〈八角小竜〉の群れを捉える。

 大きい。とても大きい。小竜というわりに象くらい大きい。

 皮膚は鎧のように硬く、角は強靭で、クルマくらいならば一撃で破壊しそうな頑強な魔獣である。

 三十人は左翼の攻撃に回ってしまったので、こちらの兵士はおよそ四十人。

 当然全員が盾の扱いに長けているわけではなく、身体を張って壁になることしかできない【雑兵】である。

 そこにサリータが加わっても、さほど戦力は変わらない。こちらの総合力に比べて魔獣のレベルが高すぎるのだ。

 一瞬で蹴散らされる未来が脳裏にちらついて離れない。


「はぁはぁ…はぁはぁ。こ、こんなの無理だ…! き、騎士じゃないんだ。無理に決まってる……」

「し、死ぬ……死んじまう…」

「戦う前から何を怖気づいているか!! この戦いには国の命運がかかっているんだぞ!! よそ者ばかりが目立ってどうする!」

「そ、そんなこと言われてもよ……」

「ええい、私が手本を見せてやる!!」

「殿下、お下がりください!! バルドロス様もおられないのですよ!」

「お前は黙っていろ! 前に出ない者が、どうして誇り高く生きられる!? 誇りを忘れたら終わりだ!! 私は戦うぞ!」


 エノスの制止も無視して最前列で盾を構えているのは、リッタス。

 重装甲兵ではないのに前に出てくるとは、さすがにやる気が違う。

 だが、彼がどんなに叱咤激励しても兵士たちの怯えは止まらない。


「やってやる、やってやるぞ……死んでたまるか…!」


 そう言っているリッタスも、あまりの魔獣の迫力に足が震えている。

 まだ距離はあるのに凄まじい威圧感がひしひしと伝わってくるのだ。

 その理由は、魔獣の目にある。

 彼らの目に宿るのは【憎悪】。人間に対する強烈な憎しみだ。

 それを感じ取った兵士たちは気持ちで負けてしまっていた。


 だが、だがしかし、それでもしかしながら!!


 この男が―――いる!!


 すぅううううと息を吸い込み―――



「全員、気合を―――」





「入れろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」





 ビリビリビリビリィイイイイイイッ!!!



「―――っ!!!!!!」



 声で、大地が震えた。

 身体の芯を直接殴られたような衝撃が兵士たちを貫く。


「怖れるな! 下を向くな! 前だけを見ろ!! あんな雑魚にお前たちが負けるものか!!! 何のために毎日訓練をしている!! もっと前だ!! 前に出ろ! この愚図どもが! 一度で理解しろ! 手間をかけさせるな!」

「は、はい!!!」


 弾かれるように兵士たちが前に出る。

 何も考えている暇はない。ただただ声に実体があるように『物理的に』押されたのだ。

 そして、命気剣を取り出すと一閃!!

 ずばっと大地が斬られ、兵士たちの後ろに一本の線が生まれる。


「この線から一歩でも退いたやつは、この作戦中に飯が食えると思うな! 焼いた石でもかじらせてやるから覚悟しておけ! 美味いぞぉ、歯が欠けるほどにな!!」

「ひ、ひぇっ」


 何かよくわからない罰を設けるが、この男のことだ。本当にやらせるに違いない。

 と、それはいいとして明らかに無謀である。無理だ。

 そんなことをしても絶対に止めることなどできない。誰だってそう思う。


「よく聞け! ここからの戦いは気合で負けたやつから死んでいく! 今の自分たちの足を見てみろ! 震えているやつはどこの臆病者だ! 素敵な未来が勝手に向こうからやってくるなどと思うなよ! 戦え!! 奪え!! 敵を殺して勝ち取れ! あいつらは敵だ! 敵は殺せ! 死にたくないのならば手を血で染めろ!」


 アンシュラオンから激しい波動が迸る。

 戦気のように赤くありながらも、純粋なまでに白い力だ。

 まだ何も記されていない真っ白な世界が、ここにある。


 それは―――未来


 誰も先がわからない無限の可能性を秘めた『ドキドキ』に満ちている。

 その力は大地から発せられる術式すら押しのけ、兵士たちを包み込む。

 足の震えが止まっていく。手に力が入っていく。思考がはっきりしていく。

 心臓は高鳴っているが、今までのような恐怖心はすっかりと消えていた。


(なんだこの感覚は…! あの男の力なのか!?)


 それにはリッタスも驚愕の眼差しを向ける。

 どこの馬の骨とも知れない男と称したアンシュラオンが、今は世界の中心にいるかのように思えてくる。

 この男だけは、こんな状況にあっても一向に負けるとは思っていない。

 わかるのだ。今この場にいる全員が彼の力に支配されているからこそ、その本気度が伝わってくる。


「来るぞ! 構えろ!!」


 そうしている間にも魔獣は接近。

 もう目と鼻の先まで迫り―――



「全員、突撃ぃいいいいいいいいいいい!!」



 アンシュラオンの号令が発せられた。

 相変わらずの突撃指示である。

 作戦もくそもない。あるのは神風特攻一択だ。


「うわぁあああああああああ!!」


 兵士たちは、もうやけくそ気味に盾を押し出して突っ込む。

 潰されることを想像してしまい、目を閉じている者さえいた。

 彼らを責めてはいけない。訓練した兵士だって怖いのだ。しかも統率Fのアンシュラオンに率いられるなど何の罰ゲームだろうか。



―――接触!!



 兵士と魔獣の全面衝突が始まった。

 次の瞬間に視界に映ったものは、当然ながら『吹っ飛ぶ兵士たち』であった。

 盾がひしゃげ、角が鎧に突き刺さって悶絶する暇もない。

 大きな恐竜と激突したのだ。その衝撃で飛ばされる者が続出。


「がはっ…! げぼっ!!」

「う、腕……が……!」


 戦気をまとっていてもこれだけのダメージを受ける。

 全力で突っ込んできた魔獣と人間には根本的な力の差があるのだ。

 だが、そんなことは最初からわかっていたこと。即座にアンシュラオンの怒号が響く。


「何をしている! さっさと立ち上がれ!! もう一度だ!!」

「はぁはぁ…!!」

「遅い! 早くしろ!」

「ぎゃぁああっ!! 熱い!!」


 アンシュラオンが水流波動で強制的に倒れた兵士たちを叩き起こす。

 水気は攻撃的な気質のため、常人でいえば源泉から吹き上がった熱湯に晒されるようなもの。熱くてしょうがない。

 ただし同時に魔獣たちも水気で吹き飛ばされ、二百メートルほど戻される。

 かなり乱暴に飛ばしたが強靭な身体の魔獣である。すぐに立ち上がると憎悪の視線を向けて突っ走ってきた。

 彼らはすでに術式によって正気を失っているため、目の前に人間がいる限り戦いをやめないのだ。


「ふんっ、魔獣のほうが立派な心構えじゃないか。それに比べて、お前たちはなんだ!! たかが腕一本で騒ぐな!!」

「い、いや…む、胸も…」

「胸も同じだ! 穴があいたくらいで騒ぐな!」

「っ!!」

「お前たちは武人だ! 戦うために生きている存在だ! 騎士団などというぬるま湯に浸かって忘れているようだが、武人は死に物狂いで戦ってこそ強くなる生き物だ! さあ、行け! いくらでも治してやるから全員一度死んでこい! 一度で駄目なら二度死ね!! 二度で駄目なら三度死んでこい! 死ぬまで戦い続けろ!」

「な、なんなんだ……この人は…」


 そう言いたくなる気持ちも理解できる。

 が、魔獣は待ってはくれない。突っ込んでくる。

 目の前に自分の命を狙っている相手がいるのだから、もう考えている暇はない。


「う、うぁあああああああ!!」


 致し方なく兵士たちも応戦するが――― ドーーーーンッ!!

 再び吹っ飛ばされる。

 その当たり方は、兵士同士がぶつかる軍隊方式とは意味合いが違う。

 筋肉の繊維が強引に引きちぎられ、容赦ない衝撃で骨が粉々に砕ける。ついでに角も突き刺さるものだから、このまま即死してもおかしくはない。


「全然駄目だ! もう一度だ! 立て!!」


 しかしながら、そこでアンシュラオンが術式を展開。

 その『陣』の上にいる兵士たちの傷が急速に復元されていく。

 広域設置型の回復術式、『華癒発命陣《かゆはつめいじん》』。

 回復の若癒と継続回復の発芽光の両方を同時に展開する、因子レベル4で使える術式である。しかもアンシュラオンの演算処理が極めて高いために、傷の回復具合は異様に早い。

 回復してもそのまま寝ていることもできるのだが、魔獣が躊躇なく踏み潰していくため、兵士たちは嫌でも立ち上がることしかできない。


「行け!! ぶち当たってこい!!」

「ち、ちくしょうぉおおおおおおおおおおお!」


 そうして向かっていっては、また吹っ飛ばされる。

 顔面がぐちゃぐちゃになった兵士もいたが、即死でないのならば問題はない。

 即座に修復され、まだ完全に馴染んでいない肉体で再び突っ込む。

 地獄とは、まさにこのこと。延々と神風特攻が繰り返される。

 だが、それでいい。

 武人は戦えば戦うほど強くなっていく。それはサナですでに証明されていることだ。

 そうして三十分ほど交戦し続けた結果、兵士たちに変化が表れ始めた。





670話 「サナの武、その完成形」


「だらっしゃああぁあああ!! やってやんよ!!」


 戦闘を開始してから三十分。

 兵士たちがプロレスラーのような声を上げ、魔獣たちに突進。

 ドドサウルスは頭部に八本の角があることもあり、前面に対して極めて強い力を持っている。

 そこに突撃するのだから、ごくごく当たり前の結果―――ブスブスッ!

 全員が串刺しになる。


「痛ぇえええな、こんちくしょうううううう! 押せ、押せ、押せぇえええええ!!」


 しかし、骨が砕け、角が刺さりながらも兵士たちは止まらない。

 魔獣も抵抗し、首を振って引き剥がそうとするも、必死にしがみついて動きを封じる。


「このやろぉおおお!! この! このっ!!」

「頭を叩いても駄目だ! 硬すぎる! 横っ腹を狙え!」


 ドドサウルスは頭部が硬い反面、腹の部分は比較的柔らかい。

 そこに向かって剣を突き刺す。が、軽く切り裂く程度しか通らない。

 柔らかいとはいっても魔獣自体が硬いため、彼らの剣気をもってしてもたいしたダメージにはならないのだ。

 その間もドドサウルスは暴れ続け、角が刺さった兵士たちは肉が引き千切れていく。


「だったらなんだってんだよぉおおおおお!!」


 それでも彼らの戦意は―――消えない!

 必死にしがみつき抵抗する。


「横からも来るぞ!!」

「あれは俺らに任せろ!!」


 他の個体が横から迫ってきたが、何人かの兵士が玉砕覚悟で突っ込み、自らを盾にして突進を止める。


「うああああああああ!! ぎゃあああああ!」

「お、お前ら!!」

「は、早く!! 一匹ずつ殺していけ!! そうしないと終わらないんだよ! こんな地獄、早く終わらせないと死んじまう! いや、死なないから困っているんだからよ!!」

「ちっくしょぅうううう! いってぇえええ! くそおおおおお!!」

「頼む! 俺たちが犠牲になっている間に…! 早く殺せぇえええ!」


 まさに魂の叫びである。

 アンシュラオンの術式によって常時回復が行われる結果、彼らは大きなダメージを受けても即死でなければ死なない。

 自ら死にたいと思う者は少ないだろうが、終わらない苦しみもまた地獄だ。

 そもそもなぜ右翼を激戦区に選んだのか。それはドドサウルスの攻撃力が三種の中でもっとも低かったからだ。

 これならば即死しないだろう、という確信をもって、あえて兵士たちに突撃させているわけだ。

 ただし死なないだけで見ての通り、一匹倒すだけでも地獄絵図。ひたすらに身体が傷つき、心も疲弊してボロボロになっていく。


 しかし、それがいい。(笑顔)


 アンシュラオンが言ったように武人は戦ってこそ真価を発揮する。

 まさに死に物狂いで戦っている彼らは、知らない間に底力が引き出されているし、けっして諦めない心が生まれている。

 死なないので諦められない、というのが正しい表現かもしれないが、どのみち相手を殺すまで終わらないのである。どうせやることは同じだ。些細な違いだろう。


「爆弾だ! 爆弾持ってこい!」

「どうするんだ!? そのまま投げても通じないぞ!」

「いいんだ! 貸せ!」


 兵士の一人がDP1を手に取ると、さきほど腹を傷つけたドドサウルスに向かっていき、転がりながらもその裂傷部分にDP1を突っ込んだ。

 その時に踏まれて兵士は胸部が陥没。血反吐を撒き散らすが、押し入れた手からは力を抜かない。


―――爆発


 ボンッという音とともにドドサウルスの腹が一部欠損する。

 魔獣の筋肉は人間より強靭だが、それでも内部で爆発すればただでは済まない。

 もちろん兵士の腕も吹っ飛ぶ。


「だっしゃぁあああ!! どうだこの野郎!! 痛ぇな! こんちくしょう! どんどんこい! もっとやってやるぜ!」


 もはや腕が吹っ飛んだところで関係ない。痛みもだんだん感じなくなる。

 精神が高揚しすぎて感覚が麻痺してきているのだ。いわゆるランナーズハイと同じ現象で、快楽物質が生成されて好戦的になっていく。


「たまんねぇな! 戦いはよ!!」

「ガンガンこい!! こらああああ!」

「ぶっ殺す!!」


 その目はある種の『狂気』に満たされており、腕の欠損どころか死すらまったく怖れなくなる。

 それによって予想外のことが発生。


「グルッ!?」


 魔獣が怯んだ。

 突進をやめ、戸惑うそぶりを見せる。

 『人間憎悪』という精神術式に支配されている彼らが、人間の狂気を見て逆に気圧されたのだ。

 人間の言葉に訳すと「なにこいつら、やばすぎっ!?」だろうか。

 たしかに何度も何度も立ち上がって殺そうとしてくる姿は異常だ。なぜならば魔獣の第一目標は生存にこそあり、無駄な戦いを好まないからである。

 それを強制的に支配しているのだから、どこかでほつれが生じるのは致し方ないことであろう。死んでも相手を殺そうとするのは、子を守る親を除いては人間しかいないのだから。


「一気にやっちまえええええ!」


 そこからは血みどろの戦いであった。

 どんなに傷ついても兵士たちは立ち上がり、集団で一匹を囲って攻撃を続ける。

 一人ひとりの攻撃は微々たるダメージしか与えないが、それでも積み重なれば次第に相手の動きは鈍くなる。

 他の個体から攻撃を受けても怯まない。逆に爆弾をもって玉砕しにいくものだから、ますますカオスな状況に拍車をかけていく。

 はっきり言えば『泥沼』である。

 作戦も何もないため、こうなることは最初からわかっていた。

 普通ならば愚策、凡将と揶揄されそうなものだが、これでいい。これしかできないのだから、それを続ければよい。


(うんうん、素晴らしい。ようやく戦う武人の目になってきた! やっぱり指揮官が優秀だと違うよな)


 その光景にアンシュラオンも大満足だ。

 たった三十分で役立たずの兵士が『武人』になったのだ。たしかにすごい。

 されど彼らは優れた資質を持った武人ではないので、普通の騎士団にいれば絶対にできない戦いだ。特に損害を怖れるDBDならば絶対に不可能だろう。

 これは破天荒かつ、高い回復能力を持つアンシュラオンだからこそできる芸当なのだ。こんな馬鹿なやり方をいったい誰が真似できようか。

 だが、回復術式は傷の再生には長けているが、生体磁気の回復までは行わない。

 細胞から力がどんどん失われ、限界値にまで達した兵士たちが後方に運び込まれる。


「…悪魔だ……悪魔より……おそろしい……げぼっ」

「もう嫌だ……しんどい……」

「大丈夫ですか!? 今助けますからね!」


 回収された兵士たちを命気風呂に突っ込むのが、セノアの仕事。

 だんだん手が足りなくなり、援軍として救護班を手伝っているのだ。

 そして命気風呂でエネルギーが補充されたら、また戦場に叩き出される。


「がんばってくださいね!!」

「ありがとう、お嬢ちゃん! だっしゃぁああああ!!! やってやるぜええええええ!」

「いってらっしゃい!!」


 小さな女の子を見せることで庇護欲を煽り、彼らのやる気を引き出す目的もある。

 元一般人の兵士なんぞ、そこらの傭兵と大差はない。女の子が見ていると思えば格好を付けたがる馬鹿である。



 こうして戦況は少しばかり盛り返すが、兵士たちだけで倒せるほど甘くはない。

 当然、アンシュラオンも動き出す。


「いいか、サリータ。これからオレはサナの動きを再現する。それにしっかりとついてこい」

「サナ様の…ですか?」

「そうだ。先日も言ったように、お前に求められるのはサナとの【連携】だ。今回はその練習だと思え」


 サナはそれなりに強くなっているが、単体ではどうしても不利な局面が増える。

 それをカバーできるのがサリータという存在。もともとそのためにDBDの訓練に参加させていたのだ。

 こうして武人として覚醒した今こそ、その時である。


「いくぞ! オレの動きに合わせてカバーしろ!」

「はい!!」


 アンシュラオンが突っ込むと、『命気刀』を一閃。

 ずばっとドドサウルスの首を切り落とす。

 あれだけ兵士たちが苦戦した魔獣でも、この男にかかれば一撃である。

 今回はサナの戦いを真似るために刀にしているのもポイントだ。斬撃に限れば刀がもっとも優れているとわかる。

 しかし、次々と魔獣はやってくる。

 なにせ八十匹もいるのだ。兵士たちが受け持っているのは、その一部にすぎない。

 横から一匹のドドサウルスが突進。アンシュラオンを狙う。


「カバーだ!」

「はいい!!」


 サリータがアンシュラオンのカバーに入り、まともに魔獣の激突を受ける。

 当たった瞬間にミシミシと腕が軋む音がする。


「ううう…退くもの―――かああああああああああ!!」


 ドンッッ!!

 戦気を大量に放出するも、結局吹っ飛ばされたのはサリータのほうだった。

 当たり前だがパワーが違いすぎる。ドドサウルスは以前戦ったワイルダーインパスとは階級が違うので、その膂力も段違いであった。

 されど、気持ちは乗った。力は乗った。

 その結果は、実る。


「ブゥウウウウッ!!」


 ドドサウルスが首を振って動きを止めた。

 見れば、その角の一本にヒビが入っている。サリータが意図的にその箇所を狙ったのである。

 いくら小さな力でもピンポイントで狙えば、一点に衝撃が集まることになる。激突の力が全部角に集まった結果、ヒビが入ったのだ。

 その衝撃の大きさは、サリータの盾に入った亀裂を見ればわかるだろう。

 ボーミンシーファの糞爆発でもびくともしなかった盾が、この魔獣の頭突きで一部破損している。剣気で強化してもこれだけの衝撃なのだから、兵士たちの惨状も頷ける。

 だが、彼女は『選ばれた存在』だ。

 盾はともかく腕の傷は命気で即座に修復していく。


(命気のノリがいい。オレの気質に馴染んでいるな。風呂も役立つもんだ)


 べつに遊ぶためだけに命気風呂をやっているわけではない。あれによって全員が命気を存分に吸収する場を提供しているのだ。

 毎日アンシュラオンの気質に触れ、吸収する。

 サナはさらにスキルによって純度を上げているが、サリータも少しずつ『近づいている』のは間違いない。


「いいぞ、サリータ! 盾は壊れてもいい。いくらでも取り替えてついてこい!!」

「はい、師匠!!!」


 アンシュラオンが敵を切り裂き、動きが止まった背後をサリータが埋める。

 そのたびにサリータが吹っ飛ばされるが、角を狙った防御はなかなかに効果的で、敵の動きを止めることに成功しているようだ。

 転んでも倒れても何度でも立ち上がる。

 立ち上がるたびに、その目には力が宿っていく。力強さが増していく。

 そこには荒野で生き抜く覚悟を決めた『人間の力』が宿っていた。


 しかし、ここから一気にギアが上がる。


 アンシュラオンが素早い直線の動きで接近し、剣を一閃。

 次の瞬間には、すでに違う敵に切り込んでおり、さらに次の瞬間にはもういない。

 その動きは、まさにサナと同じ。

 彼女が魔石を使った時のフルパワーの動きを完全に再現していた。しかも雷気を放出して髪の毛を逆立てるほどの再現率だ(まったく必要はない演出である)


 それにサリータが―――ついていけない!!


(速い!! まったく追いつけない!!)


 群れの数が減ったことで一匹一匹の距離が遠くなったせいもあるが、そんなことは関係ない。

 最初からスピードが違いすぎるのだ。一歩や二歩の遅れではなく、十数メートルの距離が一瞬にして開く。


「遅い!! 斬り終えた瞬間は無防備になる。その時のお前の役目は、サナの背後を守ることだ!」

「は、はい!!」

「同じ動きをするな! 直線のスピードでサナに勝てるわけがないだろう! 役割を考えろ!! 一生追いつけないぞ!」

「申し訳ありません!!!」

「謝っている暇があったら足を動かせ! 頭を回転させろ! ほら、後ろ!」

「っ!!」


 サリータの背後からドドサウルスの突進。

 反応が遅れて防御できない。鋭い角が鎧を貫通して左肩を砕く。


「ぐっ!!」

「痛がっている暇があるなら、すぐさま反撃しろ!! 何のための武器だ! ほら、ハンマー!!」

「っ―――うおおおおお!」


 ここでサリータが、思い出したかのようにボムハンマーを振る。

 風の力によって加速された一撃が、ドドサウルスの頭に直撃!!

 杭は微妙に全部刺さらなかったものの、中ほどまで食い込んだために爆破に成功。

 それで怯んだところにアンシュラオンのとどめ。命気刀で両断する。


「まだまだいくぞ。這いずってでも走れ!」

「は、はい!!」


 アンシュラオンは一切手加減をしない。サナの動きを再現し続ける。

 それどころか、もっともっとギアを上げて速くなる。

 一瞬で相手に接近する直線の機動力はさらに磨きがかかり、魔石を使ったガンプドルフの速度と同等になる。

 叩き込む刃も鋭く、強く、一撃で敵を両断する。

 これだけの速度で勢いを加えているのだから当然だが、鍛えられた腕力によって刀身が深々と入り込み、簡単に致命傷を与えることができるのだ。

 もし相手が全身鎧を着ていたとしても、ガンプドルフほどの猛者でない限りは、一刀両断は間違いない。それだけの威力である。

 仮に敵がこちらの動きを予測しても無駄。待ち構えても無駄。

 アンシュラオンは直進しつつ相手の視線を誘導してから、ぶつかる寸前で左足を大地に叩きつけ、速度はそのままに直角に跳ぶように曲がる。

 ジュンユウ戦で見せた直角に曲がる移動術だ。こうなると野球の高速フォークボールのように相手からは消えたように映る。

 もし相手が動かなければ、そのまま斬ればいいし、間合いを外してもいい。どのタイミングでも使えるのが強みなので、カウンター潰しにもってこいの技である。

 今のサナがこれを全力でやると足が折れてしまうが、アンシュラオンはまったくブレない。鍛えられた筋肉と靱帯、足腰の強さで完全に支えきる。


 そこから再び右足を大地に叩きつけ、速度を落とさないままに刀を―――横一閃!


 ドドサウルスが真っ二つに切り裂かれ、絶命。

 もう皮膚が硬いとか角が硬いとかいうレベルを超えている。圧倒的なまでの速度と力強い腕力から放たれる一撃は、問答無用に敵を切り裂く。

 そして、次の瞬間には違う相手に向かっているのだ。その間にもいくつものフェイントを加えて敵陣を翻弄している。

 時には左手から『雷爪』を出し、二匹同時に切り刻む。ここではあえて殺さずに感電させることで動きを止め、群れ全体の勢いを削ぐのが目的だ。

 速度、パワー、判断力。どれをとっても超一流。

 こんなもの、止められるわけがない!



 まさに―――【迅雷】!!



 戦場を駆け巡る雷狼そのものである。

 そこらの武人では、もはや目で追うこともできない。ただ雷が疾《はし》っているようにしか見えていないだろう。


(ああ、見える! 師匠と重なって…これが【サナ様の完成形】!)


 サリータの瞳が、その姿にサナの幻影を重ねる。

 だが、子供の姿ではない。愛らしくも小さい姿ではない。

 しっかりと健康に成長し、『大人の女性』と呼ぶに相応しい身体付きになっている。

 鍛えられた肉体は雷の動きにも十分耐え、刀を振るって敵陣を切り裂いていく。

 その姿はあまりに美しく、見る者を魅了してやまない【黒い雷狼】。

 このまま鍛錬を積んでいけば二十年後、いや、天才で早熟の彼女ならば五年から十年もあれば到達できる領域かもしれない。

 才能の塊。溢れ出る力。珠玉の美。

 なんと呼んでもかまわない。誰もが羨む存在が目の前にいる。戦場を駆けている。

 そのことに感動を隠しきれない。思わず涙が出てくる。





671話 「師匠と弟子」


 アンシュラオンの動きは、完成されたサナそのもの。

 この状態でスキルやら武具やら、さまざまな別の要素が加わるが、これが彼女の基本の動きとなる。

 ここまで強いのならば誰の助けもいらないように思えるだろう。

 しかし、どんなに素早くてもどんなに攻撃力が高くても、一人では限界がある。

 魔獣の群れがアンシュラオンに殺到。

 完成されたサナの動きで敵を両断するが、何匹も連続で突進されてスペースを埋められると、持ち味の素早さが生かせなくなってくる。

 敵を斬ったあとも死骸が消えるわけではないので、魔獣が大きければ大きいほど、そうした障害物も邪魔になってくる。

 仕方なく上空に退避するも、ドドサウルスが仲間の死骸を踏み台にして追撃。空中で激突する。

 突進系の魔獣は直線には強い。こうして勢いよく予想外の行動をすることもあるのだ。

 アンシュラオンはガード。

 大きな質量を完全に受けきり、なんなく着地する。さすがの肉体強度だ。

 が、これがサナだったらどうだろう?

 仮に大人になったサナであっても、その身体の強さはアンシュラオンには及ばないはずだ。これで勢いを潰されれば一気に形勢逆転もありえる。

 魔獣でなくても脅威は同じ。人間ならば力だけではなく知恵を使って、別の角度から攻めてくるはずだ。意図的に消耗戦を仕掛けるかもしれない。

 天才型の優れたドリブラーが、ラフプレーによって簡単に潰され、最悪は怪我を負わされて再起不能にされてしまうように、輝きが強いがゆえにサナも狙われてしまうだろう。

 凡人にとって、天才はあまりに眩しい。

 その眩しさに耐えられない卑しい人間は、何が何でも彼女の存在を消そうとしてくるはずだ。世の中の大半が凡人なのだから仕方がない。

 彼らは天才がいたら困るのだ。自分たちが弱者であり、支配される側の存在だと認めることが怖いからである。

 なればこそ【盾】が必要。


(守らねばならない…! 自分が! 命をかけて!)


 サナを守れるのは、自分しかいない。

 某サッカー監督も言っていたが、誰よりも汗を流して走り、身体を張って敵を食い止めて天才が自由に輝ける場を作る者、『水を運ぶ選手』がチームには必要なのである。

 地味な役割でかまわない。評価されなくてもかまわない。サナが才能を発揮できるのならば、それでいい。

 それこそがサリータ・ケサセリアの【使命】であると、二度と消えないように心に刻み付ける。

 その瞬間から、サリータの戦気の色が変わる。鮮やかさが増していく。

 魂の炎が、心に宿した想いが、彼女を強くする。


(いい色だ。どうやら理解したようだな。実際に見せたほうが早いからな)


 アンシュラオンがあえて速度を上げていたのは、今の映像をサリータの心に焼き付けるためである。

 彼女は残念ながら頭があまりよろしくないので、こうやって実戦で身体に叩き込んだほうが覚えが早い。

 なぜ自分が必要なのか、もし自分が役目を果たさねばどうなるのか、そのイメージを植えつけたのである。

 目的を果たしたので、一度サリータのもとに戻る。


「今見せたのが未来のサナの動きだ。当然だが、今はまだ絶対に追いつけない。しかし、自分がやるべきことのイメージはできたな?」

「はい!」

「よし、ならば次は現状のサナの動きに戻す。攻撃力も下げるぞ。しっかりとついてこい!」

「はいぃい!」


 アンシュラオンがドドサウルスに斬りかかる。

 子供のサナに合わせて力を弱く設定したため、首を狙っても切り落とすまでには至らない。ザクッと大きく傷つけて終わりだ。

 このドドサウルスは、最下層のレベル帯であっても『竜種』である。ドラゴンワンドホーゼリア〈両腕風龍馬〉の『龍種』と類似のカテゴリーに存在している強い魔獣といえる。

 データ上でも体力が「A」であるので、ダメージに対する耐久力が相当に高いのだ。サナがこの魔獣を倒すのに、最低でも五回以上は斬る必要があるだろう。


「サリータ、カバーだ!!」


 斬り終わりにサリータがカバーに入る。

 しかし、遅い。

 斬られて怒り狂ったドドサウルスの角が、アンシュラオンに突き刺さる。


「遅い! サナの防御力だったら今の一撃でも貫通だ! サナを殺す気か!!」

「申し訳ありません!!」

「謝ればいいって問題じゃない! 実際にやってみせろ!!」

「はい!!」

「前ばかり見るな!! もう一匹来るぞ!」

「えっ―――がはっ!!」


 もう一匹のドドサウルスが突進。サリータを吹き飛ばす。

 こうして戦場で目立つと敵視を集めることになり、攻撃が集中してくる。

 特にサナは雷で光っているので標的にされやすい傾向にある。

 サリータに突っ込んできたドドサウルスは、アンシュラオンが雷滅禽爪《らいめつきんそう》を使って切り裂き、蹴り飛ばす。

 ちなみにアンシュラオンも雷属性を持つに至ったので、雷技の性能がかなり上がっていた。本家の雷狼にも引けを取らないはずだ。


「壁が飛ばされてどうする!! 踏ん張って耐えろ!!」

「ぐっ…は、はい!!」

「はいはいと適当に返事だけすればいいと思うな!! 行動で示せ!」

「はい! 申し訳ありません!!」

「身体を動かしながら頭も使え! こら、なにやってんだ! 全然動きが合ってないじゃないか! 同じ動きをするなと言っただろう!!」

「は、はいい!!」

「何度サナを殺す気だ! 追いついてさえいないじゃないか! もうバテたのか! 子供の遊戯じゃないんだ! 気合を入れろ! これは殺し合いだぞ!」

「はぁはぁ…!! 申し訳ありません!」

「遅い、遅い、遅い!」

「はいいい!」


 アンシュラオンの言動がいつもより厳しく感じられるのは、これが実戦だからだ。

 そして、サリータを【弟子】として扱っているからである。

 それはサリータ当人が一番よく感じていた。


(なんだ、この感じは! 師匠から…アンシュラオン様から熱いものが自分の中に……うううううう! 入ってくるうううう!!! ああああああ!!)


 けっして卑猥な言動ではないのだが、罵詈雑言にも似た叱咤激励を受けるたびに、たしかに身体の中に熱い衝動が湧き上がる。

 そのすべてが自分を想っているから。

 愛が込められているからこそ、厳しい言葉でも心を打ち奮わすのである。

 それに加えて、もともと彼女には体育会系特有のそういった性癖…もとい習慣がある。ビシバシ鍛えるほうが向いているのだ。

 事実、アンシュラオンは【優しい】。

 従来の陽禅流鍛錬法ならば、ただ巣穴にぶち込むだけ。ソイドビッグにやったように丁寧に教えたりしない。

 それがサリータに対しては、動きを調整して導こうとしている。これでもだいぶ手加減しているのだ。相変わらず女性には甘い男である。


 ただし、やはり追いつけない。


 期待に応えたいものの、サナを模した速度に完全に置いていかれる。

 それも仕方がない。そもそもの速度に圧倒的な差がある。

 しかもサリータは重装備。軽装あるいは準装のサナに速度で勝つことは不可能だ。


(どうすればいいのだ! 何が足りない! どこを見ればいい!?)


 周囲の魔獣の距離はバラバラ。近いものもいれば遠いものもいる。

 アンシュラオンの行動に規則性はなく、その瞬間瞬間で隙を晒した相手から攻撃しているようだ。

 それはわかる。理屈はわかる。

 しかし、あまりに速くて対応できない。思考も脚力もまったく及ばない。

 戦場では消耗度も激しい。あれだけ毎日走っているのに、すでに息が上がり始める。


(はぁはぁ…無理…なのか。自分では無理なのか? 才能が違いすぎるのか!?)


 と、【言い訳】を探しそうになる。


(駄目だ! 何を泣き言を言っている!!!!! 馬鹿か私は!! 師匠はそんなことは百も承知だ。そのうえで要求しているのだ! 自分にはできると知っているからだ! 何か、何か…! 何かないのか…! 何かヒントは…)


 アンシュラオンは馬鹿なことはしても、無駄なことはしない合理主義者だ。

 サナとサリータの性質と能力の違いなど、とっくに理解している。

 ならば絶対に間に合う方法があるのだ。しかも彼女に合わせた簡単な方法が。

 その時である。



「…チラ」



「―――っ!!」


 戦場が真っ白に染まり、時が止まった気がした。

 兵士たちが必死に戦い、飛ばされ、重傷を負っている。

 魔獣にも損害が出ている。それでも血走った目で暴れ狂っている。

 砲弾や銃弾が飛び交い、人間も魔獣もお互いに血が飛び散る。



 そんな弱肉強食の世界で―――【目が合う】



 アンシュラオンと、目が合う!!

 そして直後、その視線の先にいたドドサウルスに斬りかかる。

 次も、目が合った。

 今回も視線が動いた先、右背後にいたドドサウルスを狙って動く。

 たしかに規則性はない。刹那で動きを不規則に変化させるからこそ、サナの動きは相手にも読まれないのだ。

 だからといって無差別に標的を選んでいるわけではない。



 アイ―――コンタクト!!



 戦場でいちいち声を出していれば相手に丸聞こえになる。

 魔獣といえども音には敏感だ。すぐに察知されて警戒される。

 ならば目で合図すればいい。目で合図するしかない。

 言葉を発せないサナにとっては最初からこれしかないのだ。

 これで謎が解けた。


(そうだった…のか!! そうだ!! サナ様も目で合図をしてくれていた!)


 この荒野に出てから数度となくサナと一緒に魔獣を倒している。

 その都度サナは、サリータに視線を送ってから行動をしていた。たまに目が合うこともあったが意味はわからなかった。

 ついこの前までの彼女は、サナが動きについてこられない自分に呆れているとか、何か不満があるのかもしれないといった悪感情ばかり気にしていた。

 萎縮していた。自信がなかった。

 否。

 それは大きな思い違いだ!!



(サナ様は一緒に戦おうとしてくれていたのだ!! こんな自分を仲間だと思って…信じてくれていた……!! 信じてくれていたぁあああああああ!! 追いつく! 絶対にぃいいいいいいい!)



「サリータぁああああ!! 気合を入れろぉおおおお!!」

「はい! 師匠ぉおおおおお!!」


 弟子は、師匠を追いかける。

 今度は目の動きを見逃さない。アンシュラオンが見た先の相手をしっかりと確認し、多少の被弾は気にせずに最短距離で向かう。

 その間にアンシュラオンは、雷の動きで敵陣を縫うように動きながら標的に到着。剣で切り裂く。

 グググッ ドンッ!!

 サリータが足に力を入れ、ダッシュ!

 もう何も考えない。迷わない。走り方に一切の無駄を入れない。

 彼女らしく、がむしゃらに。ただ目の前に突進。


 間に―――合う!!


 斬り終わりにカバーに入ったサリータが、ドドサウルスの反撃を盾で防ぐ。

 ドンッ!! ズザザザッ!!

 押される。やはり強い魔獣だ。一撃一撃がトラクターと正面衝突するレベルである。

 しかし、止める。

 かろうじて体勢を維持し、踏ん張る! 身を挺して守る!


(力が湧いてくる! サナ様の未来を守るためならば、どんな泥臭い役割だってこなしてみせる! 信じてくれる人のためにならば、死ねる!)


 サリータの心が燃える。戦気が燃えている。

 まさに戦いの本能が具現化したような真っ赤な炎が全身を包んでいた。

 より力強く、真っ直ぐに、愚直に、ただただ強く、硬く!


「戦盾! 押し込め!」

「はいいい!!」


 アンシュラオンの言葉に身体が勝手に動き、盾に剣気がまとわりつく。

 それによって―――ジュウウウ!!


「ギュウウウウウッ!!?」


 ドドサウルスの皮膚に、はっきりと盾の跡を焼き付ける。

 戦盾は防御と攻撃を両立したものなので、押し付けるだけでもダメージを与えるわけだ。吹き飛ばされなければ、こうして反撃も可能なのである。

 そこにアンシュラオンの追撃。根元から角を切り落とし、目を抉る。

 それと同時に頭部を蹴って空中に離脱。


「拡盾!!」

「はいいいいっ!!」


 魔獣は暴れるが、サリータが拡盾を使って離脱したアンシュラオンを守る。

 アンシュラオンは着地。十分な余裕を持って体勢を整え、刀を構えて突撃。

 二度三度切りつけながら最後に心臓を貫く。それで絶命。

 だが、相手はまだいる。真後ろに殺意。


「後ろ!!」

「はいいい!!」


 急激な方向転換に、ギチギチッと靱帯に負荷がかかるのがわかる。

 しかし、もともと身体が頑丈なサリータは、その程度ではびくともしない。

 強引に身体を捻り、後ろから来たドドサウルスを迎え撃つ!!



―――激突!!



「何度ぶつかったと思っている! 押し負けるものかあああああああ!!」


 ハンクスとの特訓で嫌というほど転がされたが、次第に慣れていった。

 この魔獣に対しても最初は遅れを取ったが、その重さと行動パターンに身体が慣れていけば、もう負けない!

 『炎の体育会系』と『熱血』スキルによって、叩かれれば叩かれるほど彼女の力は上昇していく。

 能力値は補正を受け続け、上昇し続け、ついに―――


 ズズズズッ ピタ


 ドドサウルスの突進をサリータが止める。

 今度は完全に受け止めたおかげで、相手は死に体になっている。

 そこにアンシュラオンが滑り込み、足を切断。

 がくんとドドサウルスの身体が沈み込む。


「ボムハンマー!!」

「はいいいい!!」


 相手に隙ができたら、ボムハンマー。

 合言葉のように何度も言われたことで、反射となって身体が勝手に動く。

 相手の鼻っ面に杭を叩き込み、爆破。

 からのアンシュラオンの輪切り! 真っ二つ!

 サナなら最低五回は斬らねば倒せないことをすっかり忘れ、一撃で倒す。実に大雑把な男である。

 だが、それだけサリータが『ノっている』証拠だ。

 アンシュラオンが思わず力を入れてしまうほど、彼女が動きについてきているのだ。その成長が嬉しくて興奮が止まらない。


「いいぞ、サリータ! 動きが合ってきた。一気に蹴散らす!! 遅れるなよ!」

「はい! 師匠!!」


 師匠と弟子は、戦場を駆け巡る。

 師匠が弟子を鍛えるのは当然だが、弟子も師匠を鍛えていく。


(楽しい。楽しいんだ! 自分が鍛えた子と一緒に戦うことは、本当に楽しい!)


 独占欲の強い男である。

 どんなに頭が悪くても、どんなに才能がなくても、自分が育てた弟子は可愛い。

 いったい誰がこんな荒野での戦いで心を躍らせるだろうか。血みどろの生存競争を行っている最中であるにもかかわらず、意気揚々と戦っているではないか。

 それが戦場全体に伝播し、奇妙な高揚感を生み出していった。

 そのドキドキが加速することにより、呪詛とも呼べるような術式が侵食される。薄れていく。打ち勝っていく。

 今、この場はアンシュラオンが制していた。





672話 「マイナス×マイナス」


「主砲を発射して援護します」

「ガンガンいっちゃいましょう!」


 戦っているのはアンシュラオンたちだけではない。

 兵士の動きに合わせて、ホロロたちもクルマの主砲で援護開始。

 術式反発キャノン砲に石弾をセットし、発射。

 バシュンッ ドゴーーンッ

 属性反発によって高速で射出された弾が、ドドサウルスにヒット。

 初弾は胴体に当たり、そこそこ大きな窪みを生み出す。

 一応ダメージは与えているのでそのまま数発放つが、頑強な魔獣なので致命傷には至らないようだ。


「通常弾では効果は薄いですね。前回使わなかった『雷撃閃光弾』を試してみましょう」

「はいはーい! 装填しまーっす!!」


 続いて黄色い弾、サンダースタン弾を発射。

 ドーンッ バチバチバチッ

 今度は敵に当たった瞬間、閃光と雷撃が周囲に撒き散らされる。


「ブブブブウッッ!!」


 これは効いた。感電して明らかに動きが鈍っている。

 閃光弾自体はマングラスの兵士たちも使っていたが、アンシュラオンが作ったものは雷撃も同時に放つのがポイントだ。

 生物にとって電撃がいかに有効かを思い知る。皮膚が絶縁体の魔獣以外ならば一定の効果が挙げられるだろう。


「今はこちらのほうがよさそうですね。雷撃閃光弾を中心に援護しましょう」

「兵士さんたちが邪魔ですね。射線をずらしましょう。ラノアちゃん、ちょっと右に移動できますか?」

「あーい、えーと、こうかな?」

「いい感じですよ! その調子です!」

「えへへ♪」


 夢太郎を助手席に置いて、ラノアもクルマの運転をしっかりこなす。

 もともとハンドルで簡単に操作できるものなので、これくらいの前後移動ならば彼女でも十分可能だ。

 その後はホロロの目の良さを利用し、危ないところを中心に雷撃閃光弾を撃ち込み、群れの突撃を防いでいく。

 ついでに燃焼弾のテストもしてみるが、ドドサウルスの皮膚にはいまいちであった。

 ただ、前述したように雷撃閃光弾は十分通用するため、敵に合わせて使い分けられればクルマも戦力になることがわかる。

 アンシュラオンとサリータによって次々と駆逐され、右翼の戦いはほぼ決着がついているのだが、一応この男のことも紹介しておこう。


「よそ者に負けていられるかぁああああ!!」


 リッタスが猛然と一匹のドドサウルスに突っ込んでいき、反撃のドゴン!!

 綺麗に吹っ飛ばされ、大地に転がる。


「がはっ!! げほっ!!」


 アンシュラオンたちのおかげで群れ全体の動きが止まっているとはいえ、こんな頑強な魔獣の一撃を受けたのだ。骨に亀裂くらいは入っただろう。

 しかし、立ち上がる。


「負ける…か!! 負けるものか!!! うおおおおおおお!」


 そう叫んで、またドン。飛ばされる。

 が、また起きて叫んで突っ込んで、飛ばされる。

 そして、また起きて叫んで飛ばされる。

 そんなことを繰り返すうちに身体はズタボロ、装備も傷だらけになる。

 予想通りの結果に特に語ることはない。まったくもって平常運転である。


「で、殿下! ご無事ですか!?」

「エノス、下がっていろ。はぁはぁ…お前まで命をかけることはない」

「わたくしは従者ですよ! 死ぬまでついていきますからね!」

「…勝手にしろ! うおおおおおおお!!」


 リッタスが再び魔獣に向かっていき、期待を裏切らない吹っ飛びを見せる。

 ついでにエノスも飛ばされ、仲良く大怪我を負った。

 付き合わされているほうは大変だが、彼も彼なりに従者としての矜持がある。これくらいは覚悟の上なのだろう。

 これだけならば特筆すべき点はなく、兵士と同じだ。

 だがしかし、彼にもアンシュラオンとは違う意味で人を動かす力があった。


「イカ殿下に負けていられるか!!!」

「あいつにだけは遅れちゃいけない!」

「いくぞ! 根性見せてやるぜえええええ!」


 心が折れそうになっていた兵士たちも立ち上がり、再びドドサウルスに突撃していく。

 その一撃一撃は効果が薄いものの――引っ張り上げる

 アンシュラオンのように先頭からではなく、最底辺から押し上げる形で兵士たちを鼓舞していた。

 凡人は才能が上の人間に嫉妬はすれど、それで焦りはしない。差がありすぎるからだ。

 されど一方で、下だと思っていた相手に追いつかれそうになると突然動き出す。自尊心が刺激されるからだろう。

 どんな方向からにせよ部隊の力になるのならば、それは『才能』といえる。


「くそぉおおっ! どわっ!?」


 リッタスが突っ込もうとした瞬間、目の前のドドサウルスが爆発。

 破片が飛び散り、リッタスも被弾する。

 次の瞬間、ドドサウルスが両断。

 果物に刃物を入れるように、真っ二つに分かれる。


「な、なんだ! 何が起こった…!」

「よぉ、マッケンドー」

「ま、またお前か!」

「またとはなんだ。がんばって戦ってやっているんだぞ。ありがたく思えよ」


 分かれた魔獣の先にはアンシュラオン。

 どうやらサリータの爆破杭の残弾が尽き、ピストルグレネードランチャーの実験を行っていたらしい。その跳弾がリッタスにヒットしたのだ。

 しっかりと腕やら足に食い込んでいるので普通ならば転げ回るところだが、何度も倒されているがゆえに感覚が麻痺しているのだろう。そこにはまったく言及しない。


「それにしても苦戦しているようじゃないか、百十五位」

「くっ…順位で呼ぶな! そんなもの、あとからいくらでも変えてやる!」

「それは同感だな。他人からの評価など、勝った者ならばいくらでも変えることができる。だが、お前には力がない」

「私にも武器があれば…! 聖剣があれば…!」

「そんな哀れなお前に戦う力をくれてやろうか? べつに嫌ならいいんだが…」

「よこせ! 今すぐよこせ! 何でもいいからよこせ!」

「即答か。いいぞ、気に入った!」


 普通は「お前の力など借りるか!」と言うところだが、リッタスは力に貪欲だ。そこがどこかルアンを彷彿させて面白い。


「盾と剣を出せ」

「…こうか?」

「じっとしていろ」


 アンシュラオンがリッタスの剣と盾に手をかざすと激しく発光。強烈な波動を放つ。


「な、なんだこれは!!」

「お前も見ていただろう? 『双因剣』さ」

「なっ…他人に付与できるのか!?」

「オレが使っていたものよりレベルは低いがな。この程度ならば楽勝だ」


 双因剣の『遠隔付与』である。

 剣気を維持する能力が高ければ、それ自体はとどめることができる。問題は術のほうだが、こちらもアンシュラオンの演算処理能力によってカバーする。

 ガンプドルフ戦でやった因子レベル4はまだ難しいが、レベル1程度ならば十分可能である。その実験を兼ねての提案であった。


「聖剣には遥かに劣るが、それならば少しは戦えるはずだ。それで相手の足を止めろ」

「…なぜ私に? お前の妹を侮辱した男だぞ」

「少しでも戦力が必要なんだ。そんなことにかまっていられるか。それより利益を上げるために死ぬ気で戦え」

「商人みたいな発想だな。覇王の弟子とは思えん」

「好きでなったわけじゃないからな。商人くらいのほうが気楽さ。だが、お前は力が欲しいんだろう? 所詮人間なんて俗物さ。そういった悪い部分を利用するのも『王の度量』だぞ。じゃあな、がんばれよ」


 それだけ言うとアンシュラオンは、さっさと先に行ってしまう。

 取り残されたリッタスであったが、剣に宿る力の強さがわからないわけではない。


(覇王の弟子、アンシュラオン…か。俗物で傲慢ではあるが…思ったより欲がない。あれだけの実力があれば、わざわざ火中の栗を拾う必要もないだろうに。たかが女のために…か)


 アンシュラオンの後ろには、サリータが付いて回る。

 世界で数人しかいない覇王の弟子というステータスを持つ男が、たかが女性一人を鍛えるために貴重な時間を使っている。

 酔狂である。無頓着である。自由奔放である。

 それが、眩しい。

 自分もあんなふうに生きてみたいと思わせる。

 何よりアンシュラオンは、自分を『王』と呼んだ。少なくとも血の価値は認めているようであった。


(殿下…か。似合わぬ肩書きを背負わされたものだ。だが、迷っている暇はない。私は戦うと決めたのだ!)


「いくぞ、エノス! ついてこい!」

「はい、お供いたします!」

「うおおおおおおおお!」


 リッタスが振るう剣が、ドドサウルスの皮膚を貫く!!

 今までの苦戦が嘘のように、軽く振るだけで致命傷を与えられるのだ。

 盾も同じ。突進したほうの角が消失してしまうほどのエネルギーを放つ。


「私は負けぬ!! 何を利用しても勝つ!!」


 兵士たちはリッタスに押し上げられ、最終的にアンシュラオンが定めた線から下がった者は一人もいなかった。

 強制的にとはいえ、彼らが前に前にと進んでいた証である。




 こうして次々と魔獣を潰していき、ついに敵を全滅させるに至る。

 終わった頃には、全員ボロボロ。

 回復術式さえ間に合わず、手足が折れている連中もいれば、目が潰れている兵士もいる。

 だが、なぜか心地よい。



「勝ったぞぉおおおおおおおぉおおおおおお!!」



「「「「 おおおおおおおお!! 」」」」



 アンシュラオンの勝ち鬨《どき》に、ボロボロの兵士たちが一緒に叫ぶ。

 思えばこの男の統率Fが一番問題だったのかもしれないが、もうそんなことはどうだっていい。

 身体が熱くてしょうがない。叫びたくてしょうがない。

 戦って勝つ。勝ちたいから戦う。どんなに痛くても知ったことではない。勝つためならば何を犠牲にしても戦う。

 傷がなんだというのだ。腕を失ったからなんだというのだ。目が見えないからなんだというのだ!!!

 俺たちは勝った!!

 ただそれだけが重要なのである。


(なんという戦いをするのだ。布陣も隊列もあったものではない。ただがむしゃらに戦い、傷ついても気にせず戦い続けただけではないか。…だが、勝った。経験の浅い兵士たちでは到底勝ち目のない相手に…勝ってしまった)


 バルドロスもアンシュラオンの戦い方に驚きを隠せない。

 何か作戦があると思いきや、ただ突撃させるだけなのだから当然の感想だ。

 戦罪者を率いていた時から、まるで変わっていない。無能な指揮官でもできる神風特攻である。

 しかしながら、なぜか勝ってしまう。勝ちたいと思わせる何かが、あの少年の声には宿っている。

 彼の戦いが、それに必死についていく弟子の姿が、部隊全員に伝播して奮い立たせたのだ。

 バルドロスの心が、何かに満たされた気がした。

 熱せられたドロリとしたものが、喉から入って心臓に絡み付いて離れない。

 うっかりと熱いお茶をがぶ飲みしてしまった時の、あの強烈な熱さが心の中心部を焦がす。


(戦いたい…戦いたい! 次はわしも戦うぞ! そうか…これこそ!! これこそ閣下が求めていたものか!! 純粋な闘争への憧れを与えてくれる存在! 白い太陽!!)



「はははははははははは!!!! あははははははははははっ!!」



 この日、バルドロスは笑った。

 心の底から笑った。

 兵士たちも傷つきながら笑っていた。

 常にマイナスの感情で戦っていた彼らに、アンシュラオンというマイナスが乗算されて、結果としてプラスに転じる。

 逆に微妙に優秀な指揮官であったら、ここまでの成果は出せないだろう。損害が少しばかり減る程度で結局はマイナスのままだ。

 飛び抜けてマイナスの破天荒な男がいるからこそ、この勝利を掴めたのだ。


「あいつら、何を笑っているんだ? 気でも狂ったか?」


 当のアンシュラオンは、その様子を気味悪がっていたという。

 男が笑っている姿を見ても何も楽しくないと思う男。そんな男だからこそ、この荒野には相応しいのである。

 そして、バルドロスがこうして笑っているということは、左翼も片がついたことを意味する。

 サナが縦横無尽に駆け巡り、ゼイヴァーがそれをサポートする形で敵陣を掻き回す。

 ゼイヴァーは優れた武人なので、直線の速度はサナには敵わずとも、経験の豊富さで絶妙のエスコートをみせたようだ。

 ただ、サナにそんな気遣いはわからないので、思いきり顔面を踏み台にして跳躍したり、かなり好き勝手やっていたらしい。

 が、そんなことをされても笑顔のゼイヴァー。清々しいまでの変態である。

 当然、ガンプドルフたちもガリムリプスの群れを撃破成功。

 彼らが前面に集中できたのも、左右を守ったアンシュラオンのおかげである。もし英雄が独りだったならば部隊を分けねばならなかった。

 その場合は激しい乱戦に突入し、混乱した兵士からも大勢の死者を出していたはずだ。

 間違いなくアンシュラオンが彼らの命を救ったのである。


「よーし、お前ら! 素材を拾ってこい! 角は絶対見逃すな!」

「ええええええ!? 今からですか!?」

「当たり前だ! 貴重な資金源だぞ! オレのな!」

「鬼だ!!」

「うるさい! さっさと行け! 角を持ってきたやつだけ傷を治してやるからな! 早くしろ! この愚図ども!」


 と、綺麗に終わりたいところだったが、ボロボロの兵士たちを蹴飛ばして素材回収に行かせるあたり、さすがの鬼畜である。





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