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「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」

作者  園島義船



□ 第十一章 「スレイブ・ギアス」 編


652話 ー 661話





652話 「アンシュラオン VS ガンプドルフ その1」


 ガヤガヤガヤ


 昼過ぎ、急に騒がしくなる。

 地下闘技場では当然だったが、ここは軍隊である。私語などは慎むべきであり、うるさくしていたら殴られる世界だ。

 そんな中で、兵士だけではなく集められた騎士も周囲の者たちと会話するほど、これから起きることに興味津々であった。

 なぜならば、これから行われるのは―――




「ガンプドルフ聖剣長、アンシュラオン輝光長、前へ!」




 アンシュラオンとガンプドルフの特別対戦である。

 これだけで他の雑念がすべて掻き消えるほどのインパクトだ。

 当然ながらガンプドルフは強い。

 鍛錬する時も相手をするのはだいたい手練れ数人、最低でも百光長レベルの武人が三人いないと務まらない。

 彼が本気になって鍛錬するのならば、もっと強い武人が必要になる。

 なにせ聖剣長はDBDを代表する存在。守り神に匹敵する扱いなのだ。

 そこにふらっとやってきた少年が立ち向かうのだから、騎士たちが興味を抱くのは当たり前だ。

 しかし、両者が出てきて数秒で、これが何か『おかしい』ことに気づいた。


「なっ…! 閣下の装備を見ろ!」

「フルプレートの完全装備!!? しかも強敵相手用の盾持ちだ!!」

「あの剣はトールガイアの剣! ここで使うおつもりなのか?」

「信じられない…戦場でもあそこまでの武具は滅多に装備しないのに…」


 ガンプドルフのいでたちは、重装甲兵が身にまとうゴリゴリのフルプレート。

 視界の保持のために目元は少し開いているが、頭全体を覆うフルフェイスの完全防備である。

 もちろん聖剣長が扱うものなので、素材からしても超一級品の【術式防具】だ。

 そこに加えて左手には盾も持っており、右手のロングソードも普通のものではなく銘入りの術式武器である。

 この装備を身に付ける時は、まさに強敵と合間見える決戦場。戦艦に飛び移り、相手の将を討ち取る場合にだけ装備するものである。

 ガンプドルフが東大陸にやってきてから、これだけの武装をしたことは一度たりともない。その必要性がなかったからだ。

 騎士たちが驚くのも無理はない。


「すごい格好だね。本当に騎士なんだなぁ」


 対するアンシュラオンは、いつもの普段着。

 特に錬成もしていない普通の白い武術服だ。

 服を含めて戦気で覆ってしまえば破れることも少ないので、あまり錬成する意味がないのである。

 といっても実際のところは、自分に見合うだけの防具が存在しないことが最大の要因だ。

 火怨山ではどうせ姉に壊されるので、防具を着る習慣が身に付かなかったのである。


「君が相手だ。これくらいはしないと失礼だろう」

「そんなこと言って、前の仕返しを考えていたりして」

「ふふ、そうかもしれんな。今回は一味違うぞ」

「でもさ、これでもう装備が整っていなかった、という言い訳はできないよね?」

「ああ、これが私の【通常時】の最強装備だ」

「今回も聖剣は使わないか。まあ、こんなところで使えるわけもないよね。じゃあ、オレもハンデをあげるよ。今回は【攻撃に体術は使わない】。攻撃に関して殴る蹴る、その他覇王技は一切使わないよ。防御や受身ではもちろん使うけどね。剣と術だけで戦うと誓うよ」

「それは助かる。これで少し勝機が出てきた」


 アンシュラオンが手に持っているのは、剣。

 そう、今回はせっかく覚えた剣技を使って戦おう、というコンセプトなのだ。

 もしすべての力を使って戦えば、ガンプドルフの負けは確定している。ゼロと言ったらゼロだ。万に一つもないと断言しよう。

 しかし、剣と術だけならば、相手側にも勝機があるはずだ。


「………」


 そのアンシュラオンの台詞に対して、周囲は言葉が出ない。

 これをどう受け止めていいのかわからないのだ。

 普通ならば「うちの聖剣長をなめやがって!」とか言い出しそうなものだが、アンシュラオンの実力を当のガンプドルフが認めているため、文句や異論を挟む余地がないわけだ。

 ゼイヴァーやバルドロスも何も言わない。ただ黙って見ているだけだ。

 それゆえに最初は騒いでいた外野も、少しずつ静かになっていく。



 両者が、対峙。



 ガンプドルフは盾を前に、剣を少し引いた防御の構え。

 聖剣の形の違いのところでも述べたが、雷の聖剣は長剣、ロングソードである。

 長剣はこうやって盾と同時に扱うことができ、場合によっては両手で持つこともできる汎用性が強みだ。どの場面でも安定した力を発揮できる。

 ガンプドルフの戦闘スタイルが攻撃型剣士であることは間違いないが、やはりアンシュラオンの攻撃力を警戒して盾を持ち出した。

 彼は、本気。

 全力で挑む気なのは間違いない。

 アンシュラオンは、そんなガンプドルフを楽しそうに見つめる。


(これだけ上等な相手も久々だ。楽しみすぎるな。しかし、肝心のオレの剣を作るのを忘れていたとは…盲点だった。まったく気づかなかったよ)


 サナたちのことばかり考えていて、自分の武器を作っていなかったのだ。

 これも普段は剣を使わないので仕方ない。包丁をミャンメイにあげてから、すっかり持たないことに慣れてしまったのだ。

 対戦前に気付き、慌てて武器庫に置いてあったロングソードを錬成強化したのが、今持っている剣である。

 何の効果も付いていない少し丈夫なだけの剣にすぎない。

 とはいえ、これはこれで問題ない。


(変に癖がついていないほうが使いやすいこともある。特にガンプドルフが相手だと付け焼刃は通用しないからな。安定性に優れたほうがいいだろう)


 サナにただの強化剣を与えたのも、相手が特殊な属性や能力に対して対抗措置を持っている場合にそなえてである。

 何の変哲もない剣は、ただの鉄の塊。だからこそ、あらゆる状況で一定の力が出せるのだ。


「フレーー、フレーー!! アンシュラオン様!! レッツゴー、レッツゴー、アンシュラオン様!! イェーーーイッ!」


 小百合やホロロたちも、この戦いを見物している。

 ただ、一般人が近くにいると危ないので一角を防護結界で覆い、観客はやや上のほうから見下ろす形となっている。これならば多少遠くても、よく戦いが見えるだろう。


「それじゃ、やろうか」

「うむ」



 ここに審判はいない。



 両者の呼吸が合った瞬間―――立ち合う!!



 まず仕掛けたのは、意外にもアンシュラオンであった。

 いつもは防御しながら様子を見るが、ここぞとばかりに飛び出す。


(何も失うものはない。まずは挨拶代わりの一発だ!!)


 本気の戦気が展開され、一瞬で温度が上昇。

 激しい圧力で地面が焼け焦げると同時に、持っていた剣に力強い剣気が宿る。

 アンシュラオンの放つ剣気は、赤が少し混じった白い色合いである。鮮烈にして純真で、思わずため息が出そうなほどに美しい。

 剣を構え、一気に間合いを詰める。

 ガンプドルフもそれを正面から迎え撃つ。

 最初は盾を使うかと思いきや、彼も前に出て―――


 剣と剣が―――激突!


 さて、この結果はどうなるだろうか。

 力と力の勝負の場合、当然ながらパワーに優れるほうが勝つ。

 それによって打ち勝ったのは―――


「ぬぐううっ!!」


 ガキィィイイインッ!!


 ガンプドルフの剣が弾かれ、右手に強い衝撃が走る。気を抜けば剣を放してしまいそうだ。


 打ち勝ったのは、アンシュラオン。


 勢いそのままに追撃。横薙ぎの一撃を繰り出す。

 ガンプドルフは盾でガード。成功。

 激しい衝撃に襲われるが、展開した全力の防御の戦気で防ぎきる。

 今度のガンプドルフは、ひたすら防御の構え。

 そこに無造作にアンシュラオンの剣が叩きつけられる。

 ガシュンッ!! ガジュンッ!!

 白い剣気が盾を襲い、戦気を切り裂き、盾自体に大きな傷を付けていく。


(『オルゴロンの盾』でも防げないか。ここは防御しないと削られるな)


 ガンプドルフは剣で放出していた剣気を戻し、盾に剣気をまとわせる。

 両方に剣気を出すのが一番だが、強敵相手では消耗も気がかりだ。こうやって常に調整するのも強者の戦い方である。

 それによって多少ましになったものの、状況は変わらない。

 防戦が続く。


(今になって少年の怖ろしさがわかる。戦士の力を持った人間が、これだけの剣気を振り回すのだ。パワー、技術、素早さ、どれもこちらを上回っている!!)


 剣士の因子は、剣を操る能力や剣気の質に直結する。

 アンシュラオンは剣士因子「6」の剣気と、戦士因子「8」の身体能力と戦気を持っている。

 それぞれがまったく劣化しないので出力が桁違い。生粋の戦士の動きをする純粋剣士など、まさにチートである。

 一方のガンプドルフは戦士因子が「4」、剣士因子が「6」であり、それだけでも第五階級の王竜級の武人なのだが、剣士であるため実質的な戦士因子は2が精一杯だ。

 体格の優劣を差し引いても、アンシュラオンのほうが三倍以上の身体能力を有していることになる。まともに打ち合えば負けるのは自然なことだ。

 ただし、そんな力量差は承知の上の戦い。

 だからこそ準備してきた。


 盾が輝き、アンシュラオンの剣を弾く。


 そこにガンプドルフの反撃の一撃が襲う。


「おっと!!」


 アンシュラオンは後方に回転して回避。

 これを契機にしてガンプドルフが攻撃に転じる。

 アンシュラオンも剣で応戦するが、盾によって完全に防がれる。

 今まで効いていた攻撃がまったく通じなくなった。


―――――――――――――――――――――――
名前 :オルゴロンの盾

種類 :盾
希少度:A
評価 :A

概要 :希少金属オルゴジウムを加工し、名工ザンクルーシュが鍛えた丸盾。攻撃を受け流す効果に加え、任意で『物理無効』を付与できる。『自己修復』もあるのでメンテナンスも楽。

効果 :防御A+1.5倍、工作+1、受け流し、物理耐性、銃無効、自己修復
必要値:魔力C、工作C、体力B


【詳細】

耐久 :A/A
魔力 :A/A
伝導率:B/B
属性 :無
適合型:物質
硬度 :A

備考 :
―――――――――――――――――――――――


(ははは、そういう道具を持ち出してきたか。いいじゃん。これくらいしてもらわないとね)


 盾の異変は、戦っている当事者ならばすぐにわかる。

 今回は練習がてらに『情報公開』も使ったが、この感覚が『物理無効』であることは一瞬で見破っていた。

 なにせ火怨山では『物理無効』が当たり前だ。

 ただ一つ問題があるとすれば、いつもならば『水覇・波紋掌』や『打界震』等の覇王技で破壊するが、今はそれが使えない点だ。


(おっさんの剣技が鋭いから、まだ大技を出すタイミングじゃないな。なら、コツコツいくか)


 アンシュラオンが剣を引き、突きを放つ。


 剣先が盾に触れ―――共鳴


 からの、バリンッ!!

 オルゴロンの盾に付与されていた『物理無効』が破壊される。


(むっ、今のは『破防突《はぼうとつ》』か? だが、盾ではなく『物理無効』を破壊するとは…!)


 剣王技、破防突。

 この技には【盾破壊】効果があり、そこらで売っている盾ならば簡単に破壊できる便利な因子レベル2の技だ。

 それをさせないように盾使いは戦気を張ったり、攻撃を流したりする。新品の盾が壊された日には涙が止まらないからだ。

 が、アンシュラオンの一撃は盾を破壊するものではなかった。そもそも『物理無効』ならば盾自体にダメージを与えられない。

 ゆえに、狙いは別。

 盾に衝撃を与えることで、あえて術式を浮かび上がらせ、その間に【ハッキング】。術式を解体してしまう。

 物理無効は中位術式なので、アンシュラオンでも構築するのは大変だが、壊すことならばそこまで難しくはない。

 対術式二重防護輪に付与された『低位術式無効』のように、ちょっとした計算ミスを誘発させてやれば、術式は成立しなくなるからだ。

 されど、それをこの一瞬で成し得るのは、やはり驚異的。恐るべき演算速度である。

 そうなれば、再びアンシュラオンの攻勢。

 素早い動きで接近してから高速の斬撃。

 ガンプドルフは盾で防御する。が、次第に受け流すことも難しくなり、どんどん亀裂が入っていく。


「いいのか、おっさん。盾を壊しちゃうぞ。お高いんだろう?」

「それは困る。まだローンも終わっていないのだ。どうせ効かぬのならば、こうするだけだ」


 ガンプドルフは盾を投げ捨てる。

 オルゴロンの盾には『原常環』の術式が付与されているので、完全に破壊されなければ、そのうち蘇る。

 盾を捨てたガンプドルフは、両手で長剣を構え―――



「少年、剣で語り合おう!!」



 劣勢のまま突進。


「盾を持ち出したのはそっちのくせに。いいよ、受けて立つ!」


 ガンプドルフのやり方は、すでにわかっている。

 彼の従来の戦闘スタイルは、防御は鎧に任せ、ひたすら攻めるといった超攻撃的なものだ。

 だからこそ、あんなゴテゴテのフルプレートを着ている。

 初対戦時では普通の鎧しかなかったが、この全身鎧によって完全にガンプドルフの性能を引き出せるのだ。

 鋭い踏み込みから、剣閃が疾った。

 アンシュラオンは回避を選択。

 剣で受けてもいいが、さすがに普通の剣では心もとない。

 その証拠に


 大地が―――ズバァーーーーンッ!!


 両手持ちから放たれた上段斬りは、地面に激突。長い亀裂を生み出す。


 これで完全にガンプドルフが攻撃モードに移行。


 即座に追撃。

 鋭い踏み込みは雷気によって加速され、一瞬でアンシュラオンを間合いに入れる。

 雷光の突撃はサナが普段からやっているが、これくらいのことならばガンプドルフもできるのだ。

 しかも身体の強度も腕力も技量も、圧倒的にガンプドルフのほうが上。あっさりとサナを上回る速度を生み出す。

 当然そこから放たれる一撃は、すべてが一撃必殺だ。

 が、この高速戦闘は上位の武人にとっては、なんてことはない通常速度である。

 アンシュラオンは振り下ろされる剣の間合いを見切り、そこにカウンター。

 いつもの流れるような動きで放ったのは、力強い剣撃であった。


 剣王技、『不知火《しらぬい》』。


 グレツキに教えてもらったばかりの因子レベル3の技で、力強く強引な太刀筋の上下二連撃である。

 剣は火気で覆われており、普通ならば裂傷と火傷を負う危険な技だ。

 それをガンプドルフが一回剣を振り下ろす間に、胸に一撃、胴に一撃。二回切り裂く。

 だが、フルプレートは切り裂けない。

 完全に入った一撃だが、びくともしなかった。


(さっきの盾より硬いな。まったく剣が通らないぞ。ただの鎧じゃないってことか)


―――――――――――――――――――――――
名前 :ヘビタイト・フルプレートアーマー改(重装)

種類 :鎧
希少度:S
評価 :S

概要 :特殊金属ヘビレトタイトを加工し、名工ザンクルーシュが鍛えた逸品。聖剣王国の聖剣長専用に六つだけ作られた希少品。優れた防御力や特殊防御機能に加えて、自己修復能力も持つ。

効果 :防御S+2.0倍、魔力+1、体力+2、精神+1、物理耐性、銃耐性、術耐性、即死無効、中型物理障壁、自己修復、HP+3000。
必要値:魔力A、体力A、精神A


【詳細】

耐久 :S/S
魔力 :S/S
伝導率:A/A
属性 :無
適合型:物質
硬度 :S

備考 :ガンプドルフ専用
―――――――――――――――――――――――


(なるほど、基礎防御が『S』か。どうりで硬いわけだ。おっさんの戦気も上質だから、この剣で切り裂くのは難しいな)


 ヘビタイト・フルプレートアーマー改。

 ガンプドルフ用に作られた聖剣長専用の鎧で、高い防御力に加えて各種耐性および、損耗を自動修復する機能も持っている。

 たとえば体力の数値だけ見ても二段階向上するため、現在のガンプドルフの体力は「A]から+2されて「S]になっている。

 魔力も+1されれば、「AA」だ。ただしこれは、あくまで鎧だけの効果である。

 盾は捨てたが、なぜ捨てたかといえば盾自体には「工作+1」しか付いていないため、あまり能力向上にはならないからだ。

 こうした武具によって、ガンプドルフの性能値はアンシュラオンに近づいている。


 ガキンッ! ガキンッ!!


 アンシュラオンも応戦するのだが、物理障壁は貫けるものの、素の性能が違いすぎて鎧に剣が弾かれる。


 そこにガンプドルフの剣士とは思えない―――全力のぶちかまし!!


 剣を振り払ったアンシュラオンの隙をつき、身体ごとぶつかる。

 フルプレートを装備しているうえ雷気で加速しているので、当然ながらサナの体当たりなどよりも何倍も強い一撃だ。

 龍化していないレイオン程度ならば、これだけで一撃KOだろう。即死である。(いつも彼ばかりがたとえにされるが、手頃な戦士がいないせいである。ソイドビッグではさすがに説得力が足りない)

 が、アンシュラオンは、それをまともにくらうほど鈍重ではない。

 ふわり すとん

 鎧にへばりつくように身体全体で衝撃を吸収しながら、足をかけて後方に跳躍して着地。

 これだけの体当たりにもかかわらず、まったくダメージを受けない。

 攻撃に体術は使わないと言ったが、こうした受身は好きにできるのだ。

 そうして何事もなかったかのように剣を持って佇んでいる。


 その姿が―――あまりに美麗


 戦いにおける美が存在するとしたら、まさにこのような瞬間なのだろう。

 鍛えられた身体、磨かれた技術、それらに裏打ちされた自信と度胸。

 今、大勢の人々がアンシュラオンに魅了されていた。





653話 「アンシュラオン VS ガンプドルフ その2」


 ガンプドルフが突進してからの斬撃を繰り出す。

 アンシュラオンは回避。華麗にかわす。

 ガンプドルフの斬撃、アンシュラオンは回避。

 斬撃、回避、斬撃、回避、斬撃、回避、斬撃、回避。

 ことごとく当たらない。


(これが少年の本気の動きか! まるで当たる気がしない!)


 ガンプドルフとの初対戦は、ヘブ・リング〈低次の腕輪〉を付けての戦いだった。つまりは低出力モードだ。

 その段階ならばガンプドルフも動きについていけたが、本来の戦気を放出したアンシュラオンの性能は格段に上昇。

 直線の速度に加えて、しなやかな左右の動きを可能にする敏捷性がそなわっている。

 常時『無限抱擁』も展開しているので、不意の一撃にも完全に対応できる。来ることがわかっていれば対応は簡単だ。

 三百六十度、死角無し。

 相変わらず防御に関しては鉄壁に近い。サリータたち重装甲兵とは真逆のタイプの防御型の武人である。

 ただし、回避だけに徹しているわけではない。

 ガシュンッ!!

 ガンプドルフが斬撃を放つと同時に、必ずカウンターの一撃を当ててくる。

 強固な鎧に守られているので無事だが、あの当時の鎧だったならば一発受けるごとに深手を負っていただろう。


(おっさんは強い。踏み込みの速度と一撃の重みは、今までの中で最強なのは間違いない。ただ、クロスライルのような変則的な動きはないし、変なスキルもないからかわすのは難しくない)


 ガンプドルフは直線の動きには優れているが、そこからの変化がない。そこがサナとの大きな違いだ。

 ただ、あれだけの重装備をしていれば、それも無理な話。一撃の重みを重視するのならば、あれが正解といえる。

 特に描写はしていないが、互いの攻防においては数多くの駆け引きが行われているため、目には見えないところで高等技術の応酬がある。

 踏み込む速度も一定ではないし、間合いもその都度変化させている。一瞬でも判断が遅れれば、一発でHP2000くらいは簡単に吹き飛ぶ戦いだ。

 この圧力に軽々対応するアンシュラオンのほうがおかしいのだ。


(それにしても、硬い。硬すぎる。装備の差はどうしようもないな。でも、これがおっさんの力だ。それに意味がある)


 装備の重要性を改めて認識する戦いである。

 だが、これは卑怯でもなんでもない。

 ガンプドルフの素の戦闘力はクロスライルとそう変わらないが、DBD艦隊の司令官かつ聖剣を与えられるという高い『身分』と『立場』がある。

 それも立派な力の一つだ。力を得るだけの手段があることが重要なのだ。

 残念ながらアンシュラオンには、これだけの立派な武具を手に入れることはできない。それが自分が求めたこととはいえ、まだ無名の人間なので、せいぜいB級の武器を手に入れるのがやっとだ。

 だから対等。だからいい。

 身分や才能、財力、人脈を含めて両者は互角にあった。

 そして、英雄であるガンプドルフと並び立つということは―――



 アンシュラオンも―――【英雄】



 英雄をわざわざ数値で選ぶ必要はない。誰かが作ったルールや法律で決められるものではないのだ。

 見れば、すぐにわかる。

 【英雄の波動】を、これでもかと垂れ流しているからだ。

 何かが違う。無性に惹き付けられる。目が離せなくなる。そこには時代を切り開く力が眠っている。

 人々は英雄に憧れる。

 それが騎士たちならば、より一層恋焦がれるのは自然なことだ。


「…はぁ」


 戦いを見ていた騎士から、吐息がこぼれる。

 乙女でもない中年男性が、ときめく胸を押さえているのだ。

 男女問わず、大人も子供も関係なく、本物を見る目がある人間を魅了する。


(そうだ、少年! 君の力を見せ付けてやれ!! 武人には言葉よりも戦いで教えるほうが早いのだ! 私が見た君の輝きを部下たち全員に見せてくれ!)


 なぜガンプドルフがこんな戦いをしているかといえば、今後を見据えてのことだ。

 これから厳しい戦いが始まる。戦艦捜索作戦だけではなく、人知を超えた荒野での戦いが待っている。厳しく長い、つらい戦いだ。

 そのためには、どうしても力を一つにしなければならない。

 まだこの『白き太陽』の輝きを知らぬ者たちに希望を与えたいのだ。

 そのためならば、これらの武具が壊れてもかまわない。安いくらいである。



 というのは、ガンプドルフの事情。



(今のオレの剣技じゃ、手数だけでおっさんの防御を貫けない。踏み込みが速くて間合いも広いから、こっちが大技を出すチャンスがないんだよな。こういうところが丁寧で、地味にいやらしいんだよ。ここがクロスライルとの違いかな。あいつはスキル頼みだったけど、おっさんは技術で勝負している。うん、楽しいや)


 アンシュラオンも対戦の意義はわかっているが、そんなことより新しい戦い方を模索するのが楽しくてしょうがない。

 もともとフリーダムな男だ。これくらいでいいのだろう。

 では、この状況をどうやって打開するかだ。その方法はいくつかある。


(まず第一にダメージ覚悟で突っ込むのは愚策だ。闘人は…体術じゃないけど、ここで使うのは何か違うよな。となると、やっぱり【術】かな。何を使おうか。どうせなら意味があるものがいい。セノアは…おお、見てる見てる。しかしまあ、なんでいつも不安そうにしているんだろうね、あの子は。小百合さんみたいに楽しく見ていればいいのに)


 セノアは、ハラハラしながらこの戦いを見ていた。

 そして、いまさらながらに気づく。


(あれ? セノアって…オレの戦いを見たことなかったっけ? …無いかも。最初はずっと影武者やっていたし、ホテルにずっといたし、クロスライルとは地下で戦ったし、遭遇戦も違う場所だった。だからか!!)


 ちなみに小百合もアンシュラオンの戦いを見ていないが、ホワイトハンターであることと、実際にデアンカ・ギースを倒したことで実力はまったく疑っていない。

 そこに大きな違いがあるのだ。


(決めた。これにしよう。セノア、見てろよ。君に教えたものが強いんだって証明してあげよう)


 ここで選択したのは、『魔力弾』。

 午前にセノアに教えた攻撃術式だ。

 これは単なる質量攻撃だが、アンシュラオンが使うとこうなる。

 左手に、巨大な塊。

 一瞬にして三十メートル大の立方形を生み出すと、細かく分離して次々と射出。

 それはまるで、マシンガン。いや、戦艦に搭載された機関砲だ。

 米軍等の機関砲を見ればわかるが、もはや音が聴き取れないレベル。昆虫の羽音にすら感じられるほどの高速射撃である。

 それとまったく同じものが、ガンプドルフに炸裂。

 カカカカカカカンッ!!

 甲高い音をさせながら、鎧から煙が上がる。

 これは魔素を包んでいる物質の殻が鎧の表面に当たり、摩擦によって音と煙が発生しているのだ。

 ただし、中身は魔素なので【防御無視】。

 防御Sという優れた鎧でも関係ない。これに対抗するには増幅させた戦気で防ぐしかない。

 この鎧は防御の戦気を二倍にする効果があるので極めて強力だが、アンシュラオンの魔力もSである。手数で攻めているのでそれだけでは防げず、鎧に小さな傷が入っていく。

 これが術の怖さである。

 何気なくアンシュラオンが使うのでついつい失念するが、これだけの術式を使う者など戦場では滅多にいない。

 戦士が剣を持っているからチート、などと言ってしまったが、その戦士がさらに術を使えばもっとチートである。

 だが、魔力弾の凄さは、ここからだ。

 あまりの高速射撃に移動回避しようとしたガンプドルフを捉える。


「逃がさないよ!」


 アンシュラオンが、今度は魔力弾で『鞭』を生み出す。

 シュルルと不規則な動きで迫り、ガンプドルフの足に絡みつく。外郭の物質性を高めたのでまだ破裂はさせず、単なる鞭として使用。

 そうやって動きを制限させておいてから、破裂。地面も同時に吹き飛ばし、動きを一瞬とめる。

 そこに今度は、魔力弾で作った巨大ハンマーでぶん殴る!!

 このハンマー状の魔力弾は、直径が五十メートル以上あるので、もはや何かの巨大な塊としか言いようがない。

 そもそもの問題として、これを『弾』と呼んでいいのかは熟考の余地があるが、やっていることは魔力弾と同じ。その応用にすぎない。

 直撃。

 真上から押し潰すように叩きつける。

 そして、当たれば魔素による術式ダメージが発生。

 結局ダメージになるのは当たった部分周辺なので、大きくした分だけ無駄が多いが、これはあくまで牽制。

 爆散した魔素が大量だったため、ガンプドルフがよろける。

 そこに突進、ついにこの技を出す。


「いっけえぇええええええええ!!」


 ドバーーーンッ! バリバリバリッ!!

 アンシュラオンの剣雷震が炸裂。

 ずっとこれをやりたかったので感無量だ。

 ただし、ガンプドルフのダメージは軽微。感電もしていない。


(あー、やっぱり同じ属性だと打ち消しあっちゃうのか。雷耐性もあるし、しょうがない。何事も使いどころだな)


 その去り際に、異様に細いピアノ線のような魔力弾を『千本』作り、半分ずつ角度を変え、十字にして撃ち出す。

 その姿は、まるで『網戸』。

 しかし、普通の武人がこれを受けてしまえば、某映画のワンシーンのように細切れになってしまうに違いない。

 ガンプドルフは、剣で切り裂いて粉砕。事無きを得る。

 と安堵するのは早い。

 再び突進してきたアンシュラオンが左手に持っていたのは、【魔素で作った剣】。

 これも魔力弾であり、射出しないで手に持った状態である。


 その魔素剣、マジックソードで―――切り裂く!!


 バシュッ! ボンッ

 斬撃と一緒に剣が砕け、魔素の爆発によってガンプドルフに衝撃。

 防御が遅れ、かなりいいタイミングで入ってしまっため、鎧にもダメージが入る。


「最後にこれだぁああああああ!!」


 離れたアンシュラオンが、六発の長い物体を生み出す。

 そこには大量の魔素が込められており、自らの魔素を使って噴射移動!!

 バショォオオオオオオッーーンッ!

 六発の【ミサイル】がガンプドルフに向かっていく。

 ガンプドルフはぎょっとした目で視認したあと、回避運動を取る。

 が、なぜこの魔力ミサイル弾が『噴射式』なのかといえば、誘導するためである。

 六発がそれぞれ違う動きでガンプドルフを追尾し、三発は雷衝で破壊され、一発が外れたが、二発が至近距離で爆発。

 これにはさすがのガンプドルフも吹っ飛ぶ。

 魔力弾は純粋な防御無視の質量攻撃だ。こうして大量の魔素を注入してやれば、威力は大納魔射津の五倍以上にもなる。


(見ているか、セノア。基本の技は、使い方次第でいくらでも化けるんだよ。といっても、相手が悪いんだよな)


 吹っ飛ばされたガンプドルフは、すぐさま体勢を整えて受身。

 鎧に傷や小さな破損の痕跡はあるが、大きなダメージを与えるには至っていない。

 装備以前にガンプドルフが強いのが問題だ。爆発の瞬間に緊急回避を使ってダメージを軽減したのである。

 攻撃一辺倒ではない熟練した武人の凄みを感じさせる。


(これが違う相手だったら、今のでとっくに死んでるよ。これじゃあまり効いてないように見えるじゃないか。うちのメイドが自信を持てなかったら、どうしてくれるんだ!)


 なぜか非難されるガンプドルフ。

 だが実際、彼でなければすでに終わっている戦いである。



 当然、それを受けている当人は冷や汗の連続だ。


(なんだこれは…? 術でこのようなことができるのか!? これほどの術の使い手は見たことがない。素晴らしい、実に素晴らしい才能だ!!)


 正直、アンシュラオンが何をやっているのかすらわからない。

 物質性が高いので術式自体を見ることはできるが、今までこのような術を使う者はいなかった。

 そのアイデアや柔軟性が抜群。誰も考えないようなことを平然とやってのける。それこそ時代を切り開く英雄の力といえるだろう。


(…このままでは勝ち目はない。出し惜しみをしている場合ではないな)


 ガンプドルフが剣を構えると、刀身が激しく明滅。

 バチンバチンッと大気が弾ける【痛い音】が響く。


「はぁあ!!」


 多少距離はあるが、かまわずにガンプドルフが剣を振る。

 雷衝である。

 が、その雷の様子がだいぶ違う。雷気の性質である周囲への放電が少なく、より集約して光り輝いている。

 これは雷気ではない。


―――『帯気《たいき》』


 雷の上位属性である『帯気《たいき》』を使った因子レベル4の『帯衝劉刃《たいしょうりゅうば》』という技だ。

 雷衝の上位版だと思ってかまわないが、その威力は最低でも数倍に跳ね上がっているはずだ。

 アンシュラオンは水気を使って防御。放出された帯気の刃を受け流す。

 されど『雷気』は迸るだけの性質だが、上位属性の『帯気』はさらに【とどまる性質】を持っている。


 剣圧をかわしたあとも残った帯気が―――拡散


 迸り、アンシュラオンを追撃する。


―――――――――――――――――――――――
名前 :トールガイアの剣〈雷霊の怒り〉

種類 :剣
希少度:S
評価 :AA

概要 :伝説の名工十師が一人、セレテューヌス作。中位精霊を宿した剣で、雷の上位属性である『帯気』を扱うことができる。切れ味もよく、耐久性も高い名品。

効果 :攻撃力AA+1.8倍、帯気付与、雷攻撃威力向上、雷耐性、精霊の加護
必要値:魔力A、体力A、精神AA


【詳細】

耐久 :AA/AA
魔力 :AA/AA
伝導率:A/A
属性 :雷
適合型:魔力
硬度 :A

備考 :
―――――――――――――――――――――――


 ガンプドルフ自体は単体では雷気しか使えないが、術式武器である『トールガイアの剣〈雷霊の怒り〉』の力によって帯気を操ることができる。

 しかも武器が力を貸してくれるので、ほぼ消耗なしに使うことが可能だ。

 気軽に聖剣を使えない聖剣長のために通常時の装備として、こういった武器が与えられているというわけだ。

 この剣は、セレテューヌスが聖剣を作る前に練習として作った武具の一つである。

 聖剣と違うのは、剣人格が存在しないこと。

 中位精霊から力だけをもらい剣に注入したので、暴走する危険性もないが、逆に飛び抜けた性能もない汎用性の高い武器となった。

 作った当人としては出来損ないの失敗作だったようだが、誰がどう見ても一級品の剣だ。使わない手はない。

 グラス・ギースに赴いた際は、万一紛失でもしたら大問題なので携帯を躊躇うほどの逸品である。売れば軽く数十億の値が付くだろう。

 そして、それに見合う価値はある。

 帯気の刃がアンシュラオンの水気を貫き、身体に到達しようとする。





654話 「アンシュラオン VS ガンプドルフ その3」


(いい武器使ってるよなー! いいなー! オレもほしー! でも、ちょっとゴツいから似合わないか。オレはサナと同じ刀がいいな。元日本人だしね)


 普通ならばここでダメージを受けるのだが、この男の場合は違う。

 一瞬で周囲の温度が低下。

 雷が【氷】に覆われ、爆散。消失させる。

 帯気を見た瞬間には、すでに凍気の準備を終えていたのだ。同じ上位属性同士ならば力負けすることはない。

 帯気は下界では珍しいが、ゼブラエスが日常的に使うので見慣れたものだ。(だいたい彼は物理で殴るが)

 だが、ガンプドルフにとっても、これはまだ様子見。

 帯気であればアンシュラオン相手でも、それなりに通用するとわかればいい。


「トールガイア!! 怒《いか》れ!!」


 戦気をトールガイアに注ぐと、雷霊が本格的に目覚める。

 ジジジジジッ ドドドドンッ!!

 周囲に『帯気』が渦巻き、所々でうねり、炸裂していく。

 サナも魔石を解放すると周囲に雷が発生するが、それよりも遥かに強い力が大気を蹂躙する。

 雷気は常時力を発し続けなければ霧散してしまうが、帯気は一度放った力が空間に残り続けるのである。


 であれば、放出すればするほど―――雷が席巻!!


 ガンプドルフの半径二十メートルが帯気に覆われた。

 帯気自体が明滅し、静電気のようにバチバチと唸っているので、そこだけ太陽の光よりも煌々と強く輝いている。

 これで準備完了。


「いくぞ!! ここからが本番だ!!」


 ガンプドルフが再び、帯衝劉刃《たいしょうりゅうば》を放つ。

 今度は一発ではなく、三発放った。

 アンシュラオンは凍気で防御しながら、回避。

 そこにガンプドルフが一気に接近し、剣を振り下ろす!!

 アンシュラオンは回避。余裕をもってかわす。

 ガンプドルフの追撃、アンシュラオンの回避。追撃、回避。

 これはさきほど行われたやり取りだ。それ自体は何も変わっていない。

 だが、ガンプドルフが剣を振るえば振るうほど帯気は増え続け、気づけば戦いの場すべてが帯気に包まれていた。


 戦技結界術、【軌帯洸雷陣《きたいこうらいじん》】。


 帯気を周囲に展開することで相手の行動を封じる結界術である。

 ガンプドルフの戦術は、ただ鎧に防御を任せて突っ込むだけではない。

 それだけでは対応されてしまうため、以前も『張針円《ちょうしんえん》』という技を使っていたが、結界術も併用して敵の動きを制限するのだ。

 ここからがガンプドルフの本領発揮。

 すでに述べたように帯気はとどまり続け―――

 チッ バボンッ!!

 アンシュラオンが少しでもそれに触れると、帯気が爆発。

 激しい雷の力を放出してダメージを与えようとしてくる。


 まるで―――機雷


 その威力も雷気とは段違い。もし普通の武人がこの場に放り込まれたら、たった一発で爆散するほどの威力である。魔獣でもズタボロになるだろう。

 この中で無事なのは、同じ帯気を放出している技の使用者のみだ。(あるいは同じ帯気を出して対抗もできるが、元となった戦気が違うために反発する)

 さらに怖ろしいところは、それが【誘爆】する点。

 アンシュラオンが動くたびに、合わせるように帯気が爆発を続ける。

 いちいち防ぐだけでも大変だし、何よりも『動きの軌跡』が生まれてしまう。


(これならば少年の細かい動きも見える!)


 ガンプドルフがこの技を使ったのは、単純に相手の行動を阻害するためだが、最大の理由は動きを読みやすくするためだ。

 ゴルフでも風向きが完璧に目で把握できたとしたら、自由自在にボールを操ることができるに違いない。

 軌跡を追いながら突撃。

 アンシュラオンは回避運動を取る。

 が、帯気の爆発は凍気で遮断できるものの、これによって無駄な手間が一つ増えることになる。

 全身を凍気で覆えば帯気は完全に通さないが、攻撃に転じにくい。一部分だけ展開して防御するのが最適だが、そうすると背後も警戒する必要がある。


(あの武器のせいで帯気の威力が妙に高い。ゼブ兄ほどじゃないけど、オレの防御を貫通するだけのパワーがある。戦気の爆発で一気に吹き飛ばしてやってもいいんだけど…どっちにしてもおっさんには攻撃されちゃうよなぁ。覇王技が使えないのはストレスだな。でも、こういう特訓はサナにずっとやらせていたことだし、オレも甘んじて受け入れるか)


 こうなると攻撃と防御、どちらも中途半端になる。

 そのわずかな一瞬を、これほどの剣豪が見逃すはずがない。

 一気に間合いを詰めたガンプドルフの剛剣が襲いかかる。

 アンシュラオンは回避を諦めて剣でガードするも、やや体勢が不利。

 周囲の帯気が動きを阻害して、完全な迎撃態勢は取れなかったのだ。


「もらった!!」


 強引に―――叩きつける!


 鋭く重い剣撃が、アンシュラオンを圧し込む。

 その衝撃で周囲の地盤が圧迫され、ボゴンッと陥没。そこだけ盆地になってしまったかのように凹んでしまう。

 剣王技、『剣神叩《けんじんこう》』。

 ジュンユウが使った剣応打の上位版といったところだろうか。剣に打撃属性の剣気を集め、相手をぶっ叩く技である。

 ただし、剣先ではなく剣全体に展開するので、大きな棍棒でぶっ叩くようなもの。

 これを使ったのは、アンシュラオンの紙一重の回避を妨害するためである。

 まったくもってアンシュラオン対策。すばしっこくて回避が上手く、防御も固い男を叩くためだけに用意された布陣であった。

 その重みで、アンシュラオンの剣が軋む。


(重っ!! 頼むから折れるなよ!!)


 左腕の戦硬気で受けてもいいのだが、今回は剣がテーマだ。あくまで剣で対抗したい。

 だが、その結果として剣を庇うような戦いになり、どうしても受身になることがある。若干もどかしいが、ハンデをつけたくせに武器を用意しなかった自分が悪いのだ。

 なんとか衝撃を受け流し、ギリギリでガードに成功。

 心なしか剣が悲鳴を上げたような気がしないでもないが、鞭打って働かせることにする。


「これも防ぐか、少年!! だが、もう離さないぞ!」


 密着した状態で、ガンプドルフが左腕をアンシュラオンの右上腕部に押し付ける。

 アンシュラオンは剣でガードしているので動けない。

 そこに―――ガブッ!!

 篭手から出ていた五つの『爪』が噛み付いてきた。

 爪も剣気で強化されているため、防御の戦気を貫いて右腕の肉に強く食い込む。

 抉り込み、服に血が滲んだ。


(妙に爪が長いと思ったんだよなぁ。仕込み腕か)


 ガンプドルフは、ヘビタイト・フルプレートアーマー改の上から、さらに別の武器篭手を身に付けていた。

 『ゼントリィ・ドラグーン〈竜熱の求愛〉』。敵に喰らいついて拘束することができる特殊武装である。

 爪だけでも剣と同じ硬度があるので、剣気で強化すればそのまま切り裂くこともできる。

 ただし、仕掛けはこれだけではない。

 そうして噛み付いた瞬間に、『竜口』が開き―――


―――爆炎砲撃


 至近距離からの爆破攻撃である。

 密着しているので、さすがにこれはどうしようもない。

 ドンッ ビシャシャッ

 アンシュラオンの右腕上腕部が、焼け焦げ、爆発によって欠損。

 肉が抉れ、わずかに骨が見えた。

 ゼントリィ・ドラグーンは、使用者の戦気を火薬と化合し、特殊な爆炎に変える術式爆破武器でもある。接近しないと使えない分、威力が高い。


「ちっ、放せって」


 アンシュラオンは身体を捻って、強引に引き剥がそうとする。

 が―――ガコンッ

 先に外れたのは爪のほう。しかし、右腕から離れたのではなく、篭手から外れたのだ。

 そこにはワイヤーが伸びており、爪と繋がっていた。

 この爪はワイヤー式であり、最大で十メートルまで伸ばすことが可能となっている。一度捕まえた相手は絶対に逃がさないという、強い歪んだ愛を感じさせる。

 そして、これだけの間合いがあれば、互いに剣を振ることができる。


 どちらも対応するが―――制したのは、ガンプドルフ


 素早く切り払って突き飛ばし、自分の間合いを作った。

 アンシュラオンの右腕が欠損していたこともあるが、このあたりは熟練した剣士のほうが技術が上。卓越した技が光る。

 そのために日々、何十万回と切り返す鍛錬をしているのだ。そこの差が出たといえる。


「はぁあっ!!」


 そして、帯気をまとわせて威力も抜群の一撃。

 アンシュラオンは軌帯洸雷陣《きたいこうらいじん》とワイヤークローによって、またもや動きが阻害され―――

 ズバッッ!!

 ガンプドルフの一撃は、重く鋭い。アンシュラオンの防御でも簡単には防げない。

 腹が横一文字に切り裂かれ、大量の血が噴き出す。

 剣先は腹の中ほどまで食い込んでいるので、かなりの深手といえる。

 だが、これはアンシュラオンがあえて回避運動を取らず、前に出たからだ。

 その理由は、顔に掌。



―――爆風



 直後、ガンプドルフの顔面が爆炎に包まれる。

 放ったのは、特大の熱爆球。それによって視界を完全に塞ぐ。

 その間にアンシュラオンはワイヤークローを引きちぎり、拘束から逃れた。

 かなりしっかりと絡み付いており、簡単には外せなかったので、引きちぎったのは自分の肉のほうになってしまったが、今は抜け出すほうが優先。あえて腹を切らせたのもそのためである。

 あのまま接近されていたら体術が攻撃に使えない今、かなりの劣勢に陥っていただろう。



 一旦、離れて思案。



 もちろん傷は命気で即座に修復。綺麗に戻る。

 しかし、思った以上に手痛い一撃をくらったのは事実だ。


(なかなかやってくれるじゃないか。ああいう武器もあるんだな。いい勉強になったよ。しかし、剣技ではおっさんのほうが上か。ちょっとしたところで差が出るんだよな。やっぱり付け焼刃じゃ通じないところがある。そりゃそうだ。死に物狂いで戦ってきた武人なんだ。本気度が違う)


 ガンプドルフは、子供の頃から命がけで鍛錬を続けてきた。

 自身では才能がないと思っているが、仮にそれが事実だったとしても、あれだけの因子が覚醒しているのだ。血反吐を撒き散らす毎日を送っていたに違いない。

 すべては聖剣に認められるために。

 そして聖剣を手に入れたら、今度は強国ルシアとの戦争。自分よりも強い雪の国の武人と戦うのだ。毎日が命をかけた真剣勝負である。

 戦争が終わっても、今度は国を守るために未開の東大陸に乗り込む。彼の日々は常時、闘争によって彩られている。

 そんな男が、強くないわけがない。


 ガンプドルフの目に、【覚悟の色】が見える。


 ハンクスやグレツキ程度でさえ、あれだけの性能向上が見られたのだ。

 彼が一度覚悟を決めたら、とんでもなく強くなるのは当たり前だろう。


(やはり強い。背負っているものが違いすぎるからな。…悔しいなぁ。でも、嬉しくも感じるんだ。それだけ学ぶものがあるってことだからな)


 剣を学ぶためにあえて剣で戦っている。

 そして、ガンプドルフが強ければ強いほど、自分の剣技もまだまだ伸びることを示していた。それが嬉しいのだ。

 ただし、逆に剣だけでは勝てないことも証明されてしまう。

 自分が覚えている剣技は、すべてガンプドルフも知っているものだ。強烈な一撃を与えるためには相手の虚をつかねばならない。


(こうなると術メインで戦ったほうが効果的なのかな? でも、普通の術式だとダメージを与えられないんだよな…。あの鎧のせいだけじゃない。このレベル帯になると低位の術式は通用しないんだ。最低でも因子レベル4で勝負しないと駄目だ)


 ガンプドルフたちの防具には、だいたい『術耐性』が付与されている。

 これが地味にダメージカットしてくるので、術式でも効果的にダメージが与えられない状況にある。

 現に今しがた使った熱爆球を受けても、ガンプドルフは目元に軽い火傷を負った程度だ。かなりの魔素を込めたはずだが、術そのものの倍率が弱いのだ。

 発動が早い魔力弾も使い勝手はよいものの、結局のところ倍率が等倍なので効率が悪い。

 かといって大きな術の組み立てに入ると、相手はそうはさせまいと突進してくる。これではせっかくの術を生かしきれない。

 ちなみに、なぜ優れた防具の多くに術耐性が付与されているのかといえば、かつての【聖戦】の名残だといわれている。

 その聖戦には支配者〈マスター〉や眷属たちも大勢参戦しており、戦場では巨大な術が日常的に吹き荒れたという。そこで大勢の犠牲者が出たことで、防具に術耐性を付与することが義務付けられた。

 という話が一部で有力だが、この聖戦についてはどの公開記録にも残されていないので、本当にあったかはわからない。あくまで噂である。


(とりあえず試してみるかな。やれる範囲でやってみよう)


 大量の熱爆球を生み出すと、ガンプドルフに向かって放つ。

 思っていた通り、ガンプドルフは熱爆球を物ともせずに接近してくる。

 直撃しそうなものは軽く払うくらいで、あとは鎧の耐久力に任せて無視だ。帯気も邪魔してくるので熱爆球も威力が軽減されてしまっているようだ。

 そうして接近されれば、不利な状況で打ち合うしかない。

 剣で幾度か斬り合ってから再び間合いを取る。


(うーむ、駄目だな。使うにしても、さっきみたいにもっと至近距離じゃないと難しそうだ。だが、この状況で接近すると剣の勝負になっちゃうよな。また同じことの繰り返しだ。なら、どうすればいいんだろう。……ん? あれ? なんでオレは剣と術を別々に考えているんだ? そんな必要あるか?)


 今ここで、一つの『閃き』があった。

 考えてみればとても簡単な話なので、なぜ気づかなかったのか自分で自分が恥ずかしいレベルだ。


「おっさん、実験台になってもらうよ!」


 思いついたら即行動。

 アンシュラオンは剣を構え、ガンプドルフに突進。

 ガンプドルフも真正面から突っ込み、互いの剣が衝突!!

 相手の剣が重い強撃ならば、こちらは手数で勝負。

 猛烈な剣撃の嵐を見舞い、この剣豪と対等に渡り合う。

 やはり帯気が邪魔だが、もう無視でいい。自分の行動を邪魔する危ないものだけ凍気でカットして、あとはそのまま。戦気を貫くものはダメージを受け入れる。

 それよりは剣気を強化する必要がある。両者の剣士の因子レベルは同格なので、そうしないとトールガイアという一級品の剣には対抗できないからだ。

 剣の耐久度に関してはサナの刀を改造したのを思い出し、表面を命気で覆って補強することで強度を高めた。応急処置にすぎないが、一時的に渡り合えるのならば十分だろう。

 そして、アンシュラオンが剣で挑んだことには、当然ながら理由がある。


 背後に―――炎の塊


 剣で斬り合っている間に、アンシュラオンは自分の後ろで術式の演算処理を行っていた。炎は徐々に肥大化し、巨大になっていく。

 あえて背中にしたのは、せっかく組んでいる術式を破壊されないためである。

 だが、目の前で見ているガンプドルフはたまらない。

 剣で対等に戦っている間に、その後ろでとんでもないものが作られていくのだ。気が気ではない。


 炎の術式が、完成。


 見るからに猛々しく燃え盛る火炎が、アンシュラオンの後ろで輝いている。

 ガンプドルフは回避したいのだが、剣で斬り合っているので動けない。

 今アンシュラオンが放出している剣気はかなり強いので、大技を出すタイミングを与えると危険なのだ。この鎧もだいぶ傷んできている。直撃は避けたかった。

 しかし、術にも対応しなければいけない。あれは明らかに今までの術式とはレベルが違うからだ。

 結局どうすることもできず、動けない。


「はい、プレゼント。オマケ付きだよ」


 さらにオマケとして、剣撃の合間に水刃砲を放って目潰しも狙う。

 ガンプドルフは首を引っ込めてかわしたが、そのタイミングで炎の塊が頭上から降ってきた。


「ぐっ!!」

「隙を見せたら奪っちゃうよ」


 ガンプドルフは回避を選択しようとするが、その隙にアンシュラオンの剣が炸裂。

 剣硬気で伸ばされた剣気が、剣を持っている側の手、ガンプドルフの右腕を払う。

 たいしたダメージは与えないとわかっているが、あえてここを狙ったのは剣に注意を向かせるためである。トールガイアは強いが、武器を失うと帯気が使えなくなるため、どうしても剣を守りに入るのだ。

 予想通り、剣を落とすまいと力を入れたせいで回避が遅れる。

 一方のアンシュラオンは、剣硬気を伸ばしてギリギリのタイミングで脱出に成功。


 直後―――爆炎


 高さ十メートルにも吹き上がる巨大な火柱が出現した。

 術士因子4で使える『炎柱陣《えんちゅうじん》』という火の中位術式である。

 効果は見ての通り。炎の柱を生み出して敵を焼き尽くす技だ。この火に包まれたら討滅級魔獣でも丸焦げになるレベルの火力である。

 因子レベル4になると、さすがのアンシュラオンもまだ慣れてはおらず、術式を組む時間が必要になる。だが、待っていては相手に潰されてしまうので、戦いながら時間を稼いだのである。

 これはハンクスとの戦いで出た課題、『水刃砲を効率的に当てるにはどうすればいいか』を考えて得た答えの一つでもある。

 水刃砲は直線の動きが持ち味なので、曲げてしまうと威力が低くなる。かといって正面から使うと防御されてしまう。

 では、どうするか。

 あっ、そうか。


―――それなら接近して死角から放てばいいんだ


―――術も剣を扱いながら使えば妨害されないよね


 と気づいてしまった。

 結果は見事成功。

 強い術も使えたし、水刃砲も死角から放って威力十分だった。

 仮に術が防がれても、今のように剣で斬ればいい。どっちか当たればいいや戦法である。

 だが、これには大きな【矛盾】が存在している。


(普通はできんぞ、そんなことは!! それに今、同時に二種類の術を起動しただろう! 普通は一つずつだぞ! ルールはどこにいった!? 無いのか!? そんなルールは無かったのか!? 勝手にそう思った私が悪いのか!?)


 ガンプドルフも軽いパニックだ。しかし、これが常識である。

 まず普通の術者は術式の展開中は動けない。演算処理に集中しなければならないからだ。

 身体能力も低いため、相手に接近するなんてこともご法度。だからこそ術符や術式武具が流行ったのに、それを全否定してしまう。

 技は決められた動作が必要なので二種類同時発動は難しいが、術式は演算処理ができればいくつでも同時起動が可能だ。ガンプドルフも勉強になったに違いない。

 といっても、属性の異なる術を同時に操れる者は少ないので、対応は難しいだろう。しかも剣を使いながらなので、この攻撃は初見では防げない。

 まるで春の訪れのように、ここから一気にアンシュラオンの才能が覚醒していく。





655話 「ツインミユーズ・ドライブ〈双因子覚醒〉」


「うおおおおっ!!」


 ガンプドルフが転がるように炎から脱出。

 ブスブスと鎧の表面が焦げているが、中の肉体はしっかりと守ってくれていた。

 どんだけ強いんだ、この鎧は。と言いたくもなるが、だからこそ武人は強い武具を欲する。

 ソブカに雇われた傭兵たちが術式武具をもらって感謝するのは、こういう理由からだ。それが生存に繋がるからである。

 一方で、こうして実験台が頑強だからこそ、アンシュラオンのインスピレーションが刺激されていく。

 打開するにはどうすればいいのか、思考がフル回転するのだ。


(あと少し…少しだけ何か違う。これじゃ力が無駄に散らばっているだけのような気がする。もっと違うやり方があるはずだ。世界の法則は、おのずと効率と完全性を求めるんだ。もっと先があるに決まっている)


 術はたしかに有用で、剣での攻撃をサポートしてくれる。剣もまた牽制として役立っている。

 しかし、物足りない。

 どちらも単発では大きなダメージにならない。まだ歯車が噛み合っていない、何かもどかしい感覚が残っているのだ。


(あの鎧を切り裂くには、剣と術を同時に叩き込む必要がある。しかし、別々に展開するとどちらかが潰れてしまう。…そういえば、たしかこういう技があったな)


 ボォッとアンシュラオンの剣が燃える。

 『属性剣』。

 ファテロナが使っていた『化紋《かもん》』を使った属性付与の術である。これを使うと一時的に武器に属性を与えることができる。

 今は『火紋《ひもん》』を与えたので、剣が火属性になったのである。

 アンシュラオンは試しに属性剣を使って攻撃を開始。

 互いの剣が激突。

 ガンプドルフも術のダメージはあるが、まだまだ体力はあった。しかも今度は術をかなり警戒しているようで、一撃離脱戦法を取り始める。

 もともと一撃重視なので、ああいう戦い方もあるということだ。

 当然、属性剣もあまり役立たない。所詮『化紋』は低レベルの術式だからだ。


(違う。これじゃない。そうじゃないんだ。もっとこう、剣と一緒に強い術を叩き込む感覚が―――あっ! そうか…これならいけるか?)


 アンシュラオンが剣を構え、剣気を放出。

 そして、その【剣気の内部】に意識を集中させていく。


 炎が―――宿った


 剣気の上ではなく、中が炎で満たされていく。


(いける…のか? 剣気の中で術式を構築するように……反発させないように…一つに融合する感覚で、常時高速で術式を展開し続ける…)


 ここで重要なことは術式を展開し続けることだ。

 一発放って終わりでは、そこで燃え尽きてしまう。剣気と同じように常時放出し続け、それでいながら剣気と反発しないように調整する。

 アンシュラオンの演算処理が加速していく。

 0と1の数字で世界が満たされ、そこで構築された空間に、今度は強い元素の力が招かれる。


(そうだ、こい。火の精霊が好む空間を作るんだ。それを剣気の中で循環させる。放出と還元によって回転させていく感覚で…)


 剣士と術士の因子が、混じって一つの色になるように、パズルを一つずつ組み立てていく。

 カチッ

 しばらく試行錯誤していると、二つが綺麗にはまった。


「―――ッ!!」


 この時、アンシュラオンの中で激震が走った。

 いつもは漠然とした予感でしかなかった『デルタ・ブライト〈完全なる光〉』が、はっきりと動き出すのがわかった。


 ギギギギッ ギュルッ ギュルルルルッ!!


 剣士と術士の二つの因子が―――廻り出す!!


 回る、周る、廻る!!

 油を差したギアのように、ガソリンを補充したエンジンのように、最初は手間取ったものが一気に高速回転していく。


 光が、溢れる。



―――〈アンシュラオン〉



 声が聴こえた。

 その声はここにあるわけでも、現実の物的世界にもあるわけでもない。

 因子の中から声が聴こえるのだ。

 そして、肉眼では見えない【女性の姿が、視える】。

 彼女は赤い着物を身にまとい、大柄な体格で、それに見合うだけの大きな剣を持っていた。

 顔つきは穏やかながらも、その青い瞳には強い意思が宿り、見る者を慈愛と畏怖で包み込む。

 その両極端な性質が見事に絡み合い、アンシュラオンでさえ息を呑む美しさが生まれていた。


 女性が、剣を突き立てると―――海が生まれた


 巨大な海流の流れが、時には優しく、時には激しく蠢き、世界そのものを動かしていく。

 女性は、背筋が震えるような強く美しい声で自分を呼ぶ。



―――〈いまだ『盲目』の身でありながら【約束通り】、よくぞここまで来てくれましたね〉


(…約束? 何のこと? というか、お姉さんは誰? こんな美人、一度見たら忘れることはないと思うけど)


―――〈ふふふ、何も覚えていないのね。私はあなたと縁ある者。あとは自分で思い出してごらんなさい。本当は『私の旦那』がやってくるはずだったのだけれど、あの人はまだあなたには会えない。あなたの剣の因子が完全に覚醒した時、彼があなたに『神技』を授けます。その時まで待っていなさいな〉


(それはありがたいけど…今、戦闘中なんだよなぁ。まあ、止まっているみたいだからいいけどさ、けっこういっぱいいっぱいなんだよね。処理が追いつかなくて)


―――〈それはあなたの剣の因子が解放されていないからです。術の因子は解放されたようですが、剣の因子の流れが悪い。だからそこで詰まっているの〉


(え? そうなの? まさか、また『封印』ってやつ? それも姉ちゃんがやったの?)


―――〈これはそれ以外の要素。あなた自身が、あなたを封じたものです。あなたが忘れているだけ。その記憶も【黄昏《たそがれ》】の中に置いてきたのですよ。自分で自分を弱くするために、ね〉


(っ……どういう……普通は逆じゃない?)


―――〈アンシュラオン、可愛い子。あなたが私の子でなくても、この愛はいささかも衰えることはありません。なぜならば、すべての人間が私たちの子供。だからこそ、あなたの中にはさまざまな想いや願いが込められているのです。それを忘れないでください)


(オレは…オレだけのために生きる!! そう決めたんだ! いくらお姉さんでも、それだけは譲れないよ!)


―――〈それでかまいません。しかし、強くなることを怠ってはいけません。神技をもって『真の災厄』と『因果』に打ち勝つのです〉


(真の災厄? 今までのものは本当の災厄じゃないってことなの?)


―――〈それを語るのは私の役目ではありません。代わりに時代が、あなたを取り巻く環境が語ってくれるでしょう。そのためにすでに【宿命の螺旋】は動いています。あなたの前に現れる強き者たちすべてが、真のあなたを目覚めさせてくれます。私もその一人。さぁ、早く起きなさい。寝坊助は叩き起こされるのが世の常よ〉


(待って、まだ訊きたいことが―――)


―――〈マリスの輝きが、あなたを導きますように。マグリアーナの愛が、あなたを守りますように。そして私の渦が、あなたを激しく揺さぶりますように〉


(っ!!)



 女性が剣を、アンシュラオンに突き刺す。

 だが、痛みはない。

 それどころか―――



「うううっ…おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



 身体の中、気持ちの中、感情の中、精神の中、霊の中。

 あらゆるものが渦に巻き込まれ、加速していく。

 それに伴い、アンシュラオンの凄まじい戦気が爆発!!

 周囲の帯気をすべて吹き飛ばすほどの強烈な波動を生み出す。

 本来ならばガンプドルフは、このタイミングで攻撃を仕掛けるべきなのだが、動けない。

 その荒ぶる波動に気圧されているのだ。


 アンシュラオンの剣が―――激しく燃えているから!!


 属性剣でも同じ現象は起こるのだが、見た目は一緒でも中身がまるで違っていた。


(熱い…身体が熱い!! わかるぞ、因子が燃えている!! 今、オレの因子は急速に目覚めているんだ!! 剣の流れがわかる! 剣にかける想いが、オレを貫く!!)


 ガンプドルフという剣の達人を相手にして、剣の道筋を見た。

 今自分が超えるべき壁を認識したことで、因子の覚醒が始まったのだ。

 そして、女性によって【楔《くさび》】が一つ外された。

 半ば眠っていた剣の因子が、錆付いていたものが、今ようやくにして解放されたのだ。

 だから―――絶好調!!


(いける!! これならばいける!!)


 アンシュラオンが接近し―――【一閃】

 燃えた剣を振る。


「っ!」


 ガンプドルフは思わず引いた形で、剣でガードするも―――

 ザチュンッ!! ジュオッ


「なんと!! トールガイアが!!」


 受けた側には、明らかにこれが今までと違うことがわかる。

 その証拠にトールガイアの剣が『溶解』している。


「すげぇ!! これはすごいよ!! ありがとう、お姉さん!! オレはあなたが好きだ!!」


 アンシュラオンはかまわず剣を振りまくる。流れもくそもあったものではない。

 ただがむしゃらに、地下闘技場でのサナのように叩きつける。

 今ならば彼女の無邪気な気持ちもわかるのだ。だから自分も童心に返りたかったのかもしれない。

 叩きつけるたびにトールガイアの剣に傷が入り、ほんの少しずつだが溶けていく。

 ガンプドルフはショックのほうが強くて防戦一方。

 しかし、今起きていることはとんでもないことなのだ。すぐに対応できるわけがない。


(まさか…【剣で術式を発動】させている…のか!? 剣気の内部で術式を展開させて…!! 馬鹿な…これは、これは…!!)


 アンシュラオンは通常の斬撃と同時に【術そのもの】を叩き込んでいる。

 この違いがわかるだろうか?

 化紋はあくまで属性の付与。表面に火属性を付与するだけだ。簡単に言ってしまえば、一時的に術式武具を生み出すことに等しい。便利だが、それだけだ。

 しかしこれは、剣で斬りつけた場所に追加で炎柱陣を見舞っている。正しくいえば、剣用にカスタマイズした因子レベル4の『炎柱陣』が同時に発動している。


 これが結論。


 剣と一緒に術も使いたいなら、剣と一緒に叩き込んでしまえばいい。

 それならば剣の威力も上がってちょうどいいじゃないか。術だって至近距離で発動できるよね。

 それだけの発想である。

 だが、だがしかし!! それはまさに!!!


(これは!!! 【剣王】の奥義だ!!!)


 実はこの技、すでに歴代の剣王が開発しているものである。


 その技の名は、属性剣を超えた―――『双因剣《そういんけん》』


 二つの因子を完全に『同期』させた者だけが使える剣、という意味だ。

 世界最強の剣士である剣王の中には、術の才能を同時に併せ持つハイブリッドも少なくない。

 これは各因子の配列が正三角形ではなく、


 戦士――――――剣士―――術士


 となっているからだ。

 戦士の因子は身体能力の向上であるため、もっとも精神的な要素である術とは遠い場所にある。

 剣士は剣気を操る能力であるため、戦士よりは精神性が高い。それゆえに剣士には術の才能を併せ持つ者が多いのである。

 ファテロナが低因子でもあれだけの力を放つのは、やはりハイブリッド自体が【倍の効果】もたらすからだ。

 それをアンシュラオンは、因子レベル4で体現している。となれば、今この剣には因子レベル8に等しい力が宿っていることを意味する。

 これを


―――【ツインミユーズ・ドライブ〈双因子覚醒〉】


 と呼ぶ。


 間違いなく、剣王級の才覚。

 目の前の少年はその気になれば、剣王にさえなれてしまう才能がある!!

 覇王の弟子が剣王になる、といった世界初の珍事が発生するかもしれないのだ。世界中が大騒ぎになるだろう。

 ただし、この男はそれすら超える。


 目前に―――アンシュラオンの脚


 鋭い蹴りが目の前まで迫り…ながら、急激に速度を落として止まる。


(おっとっと!! 無防備だから、ついつい蹴りそうになっちゃったよ! 危ない危ない。調子に乗っちゃいけないな)


 驚愕していたガンプドルフに隙があったので癖で攻撃しそうになったが、なんとか未然で防ぎ、一旦離れて頭を切り替える。

 そう、現在のアンシュラオンは格闘を封印している。

 この状態で一番得意である覇王技が加わったらどうなってしまうのか。それを想像するだけで身震いするものだ。

 だが、それでこそアンシュラオン。

 ガンプドルフが惚れた逸材。


 心が―――燃え立つ!!



「君は素敵だな、少年!! 本当に太陽そのものだ!! だからこんなにも熱い!! 熱くて熱くてたまらない!! 私を熱く燃えさせてくれる!!」

「おっさんも出し惜しみはなしだ。全部をぶつけてきな!」

「ああ、そうさせてもらう!!」


 ガンプドルフは戦う相手に飢えていた。

 自分の全力を出せることを求めていた。

 この東大陸では責任ばかりを感じていて、武人として心から戦うことなどできない。

 自分と対等な者もおらず、常に湿った感情が渦巻いていた。

 それが急速に燃焼し、体温が上昇していくのを感じる。心が燃えているのだ。

 この太陽の前で、ナヨナヨした感情など、いらない!!


(力が漲ってくる! やる気が出てくる!! 私は武人だ!! どこまでいっても武人なのだ!! ルシアがなんだ!! 国の命運がなんだ!!! どんな困難にだって打ち勝てる!!)




「私はぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」




 ガンプドルフの右手が激しい輝きを放つ。

 彼が最後の最後まで取っておいたものは―――魔石!!



「雷剄の力、聖剣の資質―――シャクティマズ・グラズム〈雷範の結合者〉!!」



 サナの魔石同様、ガンプドルフ専用の魔石が発動。

 これは聖剣を起動させる前に適合者であることを示すため、各聖剣長それぞれに与えられている魔石である。

 言ってしまえば聖剣のセキュリティの一つなのだが、聖剣の素材の一部を使って作られたものであるため、それそのものが強力な媒体となる。

 そして、サナが魔石を使えばあれだけ強化されるのだから―――


「うおおおおおおおおおおおおお!!」


 ガンプドルフの戦気が増幅。

 残っていた周囲の帯気をすべて右手が吸収すると―――輝く

 それは雷が超圧縮したもので、もはや人間の手ではなかった。

 この圧力に耐えられるのは、雷に特化したトールガイアと聖剣のみ。


 雷手の力を吸ったトールガイアが―――圧縮された雷で光り輝く!!


 その姿は、まるで擬似聖剣に等しい。

 だが、これだけの力だ。当然デメリットも存在した。



―――〈つれないお誘いだね、ガンプドルフ。手だけなんてあんまりじゃないか。私を退屈させるつもりなのか?〉



 姿は見えないが、声だけははっきりと聴こえる。

 男か女かもわからない中性的な声だが、身体の芯に響くような力強さと妖艶さがあった。

 まさにエネルギーの塊が、音を通じて突き刺さるようだ。

 それこそ―――!!


「シャクティマ! 今は手だけを使う!!」


―――〈我慢しないで私を使えばいいのさ、ねぇ、弱い弱いガンプドルフ。また這いずっておくれよ。それを眺めるのが好きなのさ〉


「これから好きなだけ拝ませてやる! 嫌でもそのうちお前の出番が来るからな! だが、今は我慢しろ!」


―――〈まあいいよ。これもまた面白そうだからね。『女神の加護』と『精霊王の加護』、どっちが強いか試してごらん。私も興味がある〉


「女神だと? 何を知っている?」


―――〈知っているもなにも、今来たじゃないか。大海の女神がやってくるとは、なんて珍しい。まあ、あれは因子に記憶させた疑似人格のようだけどね。いいかい、ガンプドルフ。ここでの出会い、戦いのすべてが定められたものなんだ。でも、お前たち女神の子には『完全なる因子』が宿っている。どんな思惑だって打ち破れるのさ。人らしく、せいぜいあがいてみせるんだね〉


「むろんだ!! 言われるまでもない! 私の全力を、恋焦がれるようにぶつけるだけだ!!」


―――〈はははは、やはりお前は面白い。さあ、踊ってごらん。宿命の螺旋の中で踊り狂ってみせな〉


―――――――――――――――――――――――
名前 :シャクティマズ・グラズム〈雷範の結合者〉

種類 :魔石
希少度:SS
評価 :S

概要 :聖剣の一部を使って作られた魔石の一つ。聖剣を起動させる前の準備段階として使用するが、雷妖王の力が部分的に宿っているため、通常時でも使用は可能。雷妖王の手が具現化するSランクジュエル。

効果 :雷妖王の手、雷吸収、精神耐性、BP+2000、精神+2、命中+2、回避+2


【詳細】

耐久 :S/S
魔力 :S/S
伝導率:S/S
属性 :雷
適合型:魔力
硬度 :S

備考 :ガンプドルフ専用
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656話 「英雄、二人」


 互いが全力で剣を振る!!

 ガキンッ ガキンンンンンッ!!

 光と光が、ぶつかるたびに粒子が零れ、激しい火花と輝きを生む。

 双因剣によって術式の力を加えたロングソード。

 雷妖王の手によって雷が超圧縮された、光輝くトールガイア。

 この両者がまったくの同格として激突した結果―――


 パァアァァンッ!!
 パァアァァンッ!!
 パァアァァンッ!!


 甲高い金属音が、次第に破裂音のようになっていく。



――― 【ソードラップ〈剣の共鳴〉】



 両者の力がまったくの互角の時。

 戦いによってしかお互いを知ることができない武人たちが、剣を本気でぶつけ合う時。

 手が真っ赤になるほどの『ハイタッチ』を繰り広げる。

 戦気による打撃でも、剣気による斬撃でも同じような現象が起こる。理由はわからない。互いの魂が激突する音だといわれている。


(全力でぶっ叩いているのに応じてくる!! この感覚、懐かしい!! ガンプドルフ、あんたは面白いよ!!)


 アンシュラオンの全力に耐えられる武人など、今までは身内の三人しかいなかった。

 だが、ここにいる。

 新たに剣の道で本気で戦える相手が、ここにいる!!


(普通の剣を使って、完全武装した私と同じ力を引き出す!! アンシュラオン、君はなんてすごい男だ!!)


 出会った時の直感は、正しかった。

 彼こそ、この少年こそ、自分が求める、人々が求める輝きそのもの!

 目の前に太陽があるかの如く、魂の奥底が熱く揺さぶられるようだ。

 剣が衝突し、ラップが鳴るたびに熱き想いが湧き上がってくる。



 怖れるものなど―――何もない!!



 世界にはびこるネガティブな感情が、一瞬で蒸発する超温度!

 超加熱された両者の戦いが、ついにクライマックスに向けて動く!


 互いの剣撃は互角。

 これも『シャクティマズ・グラズム〈雷範の結合者〉』による身体強化が如実に出ており、命中と回避が劇的に向上していることが大きい。

 聖剣自体は強力な武具だが、相手に当てられなければ意味がない。それを補うためのものだからだ。

 しかし、戦士因子がより高いレベルにあるアンシュラオンのほうが、やはり有利。

 剣撃をすり抜け、一閃!

 ガシュンッ!!

 ガンプドルフの鎧が切り裂かれる。

 だが、さすがに聖剣長用の重装備。鎧に剣は入ったが、それでも強固な守りで最後まで抵抗する。

 ガンプドルフの反撃。

 今までよりも鋭い踏み込みで、高速で剣を振るう。

 アンシュラオンは剣で防御するが―――ズバッ!!

 剣圧を押さえきれず、左肩に裂傷を負う。

 剣士がなぜ怖れられるのかは、すでに述べた通り。その攻撃力が桁違いだからだ。

 今この両者は、互いに必殺の剣をもって対峙している。一撃でもまともに入れば、そこで勝負が決してしまう威力がある。


(攻撃力は互角にまで持ち込んだ。だが、防御面ではオレが不利だ。剣の踏み込みだと回避がどうしても遅れる。戦士とは間合いそのものが違いすぎるからな。そして、最後の最後まで、あの鎧が立ち塞がる。いいさ、それなら打ち破るだけだ! だが、オレのやり方でやらせてもらうよ)


 アンシュラオンの戦い方は、ガンプドルフとは違う。

 これだけの攻撃力を持っていても、本領は技とスピードなのだ。

 空間術式を使い、剣をもう一本出す。

 最後まで取っておいた予備の剣。

 これも単なる強化したロングソードだが、それでも頼りがいのある一本である。


(いいね、しっくり馴染む。右も左もない。オレにとっては、すべての身体の部位が武器だ)


 長剣の二刀流。

 クロスライルのように短い剣ならばたまにいるが、長い剣を普通に二刀で扱う者は少ない。どうしてもこの状態では技が出しにくいのだ。

 それをこの男は、平然とやってのける。

 両剣を意思そのものに変え、全身を一つの生命体として統括する。

 手で振るのではなく、身体をバネのように使って振るのだ。

 であれば、それはもう剣の竜巻。

 踊り子の情熱的な舞の如く、剣の嵐が吹き荒れ、ガンプドルフを圧し込む。

 手数が倍になったのだから当然だが、それを成し得てしまう身体能力と感性の鋭さ、発想の柔軟さが際立っている。

 そして、そうやって相手が受身に回ったところに―――


「くらぇえええええええ!!」


 【両手で剛斬】を叩きつけた。


「っ!!」


 ガンプドルフはガードするも、角度を若干変えた左手の剛斬が突破。鎧を切り裂く。

 今、何が起きたのか。これを常人が理解することはできないだろう。

 なにせアンシュラオンは、剣王技を両手で同時に繰り出したのだ。いくら基礎技の剛斬とはいえ、両手でやるのは奇想天外。荒唐無稽。道場でならば「そんなの無理無理」と笑われるほどだ。

 だが、やってのけた。

 さらに続けて両手で『不知火《しらぬい》』を発動。

 火の四連撃がガンプドルフを襲い、これまた二回鎧が切られる。

 両側から襲いかかってくるので、どうしても対応が間に合わないのだ。


(理論上は可能だ!! 可能だが、完全に両方の力のバランスが釣り合っていなければ不可能だ! しかも双因剣を両手で発動しているではないか!! 信じられない! 泣きそうだ!!)


 これは感動で泣きそう、という意味である。

 武人にも他者よりも秀でていたいという狭量なプライドはあるが、この少年の前ではあっさりと潰される。

 理論上はできる。因子レベルをそれぞれ二つに分けて別々に発動できるはずだ。

 しかし、あくまで理論上。

 術式のような演算処理ならばいざ知らず、身体の動きが伴う剣王技を同時に繰り出すには、完璧な肉体と因子コントロールに加え、戦気と剣気を両立させる完全なバランス感覚が必要だ。


「打ち合いたい!! 君と!!」


 そんな輝きをまとう少年と戦えることが、何よりも幸せ。

 それによって自身の力も、さらに向上していくことがわかるからだ。

 上がる、上がる、引き上げる。

 アンシュラオンが凄いところは他者に影響を与える点である。

 意識していなくても光には周囲を導き、成長を促す性質がある。


 それこそ、光の女神マリスの輝き。


 人々の霊の中に宿った、進化への希望である。

 ガンプドルフもその光に導かれ、限界を超えた動きを引き出す。

 アンシュラオンが高速の連撃をお見舞いすれば、今度はガンプドルフは鎧で受けながらも強烈な一撃を叩き込む。

 もうダメージは気にしない。

 鎧が傷つき、破損し、崩れ落ちてもいい。少しずつ剣が食い込み、血が滲むが、それすらも気持ちいい!!!

 その分だけ、叩きつける!!

 アンシュラオンも両剣で防御しなければ、そのまま貫かれてしまいそうな一撃を受ける。

 時には防御が間に合わず、鮮血が舞うが、当人は笑っていた。

 武人など、ただの戦闘狂。その中で生命を噛み締める変人だ。


 だが、それがいい。


 大地が揺れ、大気が震える。


 互いの力を確かめるように両者が全力で剣を振る姿は、まさに【戦場の華】を彷彿とさせた。

 集団戦闘をやっていても突出した者同士がぶつかれば、おのずとその場は二人になることがある。力が強すぎて他者が近寄れないからだ。

 誰もが魅入る。

 ゼイヴァーもバルドロスも目を離せない。サナも食い入るように見ている。他の騎士たちもあまりのレベルの高さに魂が抜かれたような顔をしている。

 それでもわかる。メイドだってわかる。子供だって理解する。



 今、歴史が紡がれているということを。



 誰かが著述する必要はない。人々の記憶に刻まれていく。

 記憶は伝播し、魂から魂へと引き継がれていく。親から子へ、子から孫へ伝えられる。

 憧れは永遠に消えない。だからこその英雄である。



「いくぞ! この瞬間のために編み出した必殺技を見せてやる!!」


※午前中に編み出した


 ここでアンシュラオンが仕掛ける。

 水連球と熱爆球が次々と襲いかかり、激しい爆発が起こる。属性反発を利用した大きな【目くらまし】だ。

 一時的に双因剣の威力を落としてでも、大技を出す隙を生み出したかったのだ。

 その爆発と同時にアンシュラオンの身体は宙にあり、すでに攻撃態勢。

 両手の剣を広げ、まるで『独楽《こま》』のように高速回転の斬撃。

 ガンプドルフが防御してもお構いなし。ガードの上からひたすら削っていく。

 多少型は違うが、これは『不知火』である。宙で放つようにカスタマイズしたバージョンと思えばいいだろう。これくらいならば技の範疇に入るわけだ。

 二回や三回くらいならば問題はない。それができる剣豪も多い。


 だが、なぜあえて予備の剣をここまで温存したのか、その理由がわかる。


 すでにその回数は十を超え、二十を超え、三十を超えて四十を超えて―――五十回を突破!!

 その間、アンシュラオンは一度も宙から降りていない。遠心力と身体の捻りと戦気の制御だけで回転を維持している。

 それどころか剣気を爆発させて加速力を増していき、もはや姿さえ目視できない超高速回転に入る。


(た、耐えられ……んっ!!)


 ガードを―――打ち破る!!


 絶え間なく繰り出される不知火の前に、トールガイアが弾かれ、鎧に剣が入っていく。

 ジュジュジュジュジュジュッ! バリンッ!

 あまりの熱量に耐え兼ねたヘビタイト・フルプレートアーマー改が、ついに悲鳴を上げて砕ける。

 徹底して手数。

 不知火は因子レベル3の中でも強力な技だ。それを何度も叩き込まれれば、この強靭な鎧とて耐えられるわけがない。


(これは…!! 何をしているのだ!! こんな技は知らないぞ!)


 それもそのはず。適当にアンシュラオンが作った技だからだ。

 なぜ『グランド・リズリーン〈偉大因子共鳴〉』が起きたのだろう。

 なぜ、わざわざ大海の女神がやってきたのだろう。

 ただアンシュラオンの因子を解放するためだけではない。


―――【新しい技】


 が生まれる瞬間を祝福しにきたからだ!!

 技があるのならば、以前に誰かが作ったものである。覇王技や剣王技が最初からあったわけではない。では、作れるということだ。

 しかしながら、それは簡単ではない。

 どんなに優れた型でも【世界から認められなければ】技には至らない。

 それに見合う才能と的確な技の流れを確立し、なおかつ【魅力】がなければ登録まではされない。


 それが今、至る。


 至高技、『不知火・空連美』。

 アンシュラオンが初めて作った技であり、しかも通常の技の粋を超えた【至高技】という奥義に認定される。

 かつてアンシュラオンも黒雷狼を封じた際に、天覇・天昇桜雪光帰《てんしょうおうせつこうき》という至高技を使ったが、自身で作ってしまうとは驚きだ。

 といってもアンシュラオン当人には、それが新しい技とはわからない。

 今後アンシュラオンの戦いを見た者たちが、後世に残すことで知られることになるだろう。


(このままでは…まずい!)


 不知火・空連美が、ガンプドルフを切り裂いていく。

 鎧はまだかろうじて生きている部分もあるが、それも攻撃を受け続ければ完全に破壊されてしまう。


(やったぞ! ついに鎧を打ち破った!! このまま格好よく決めてやる!!)


 と思った瞬間、一つだけ誤算があった。


 バキィンッ!!


 剣が―――折れた


「あっ」


 直接剣を叩き付ける技のため、物理的な損耗が激しかったのだ。

 双因剣とはいえ、芯はただのロングソード。折れるのは仕方がない。


(嘘だろ! ここで折れるかよぉおおおおおおお!!)


 何事も調子に乗るのはよろしくない。いい見本である。

 新しい技に夢中になって双因剣の制御が甘くなったのだ。そこから亀裂が入り、一瞬にしてへし折れる。

 そこを見逃すほど、ガンプドルフは甘くない。

 強引に振りほどき、縦の一閃。


「ぬんっ!!!」


 このチャンスを見逃してはいけない。深手覚悟で剣を振る。

 アンシュラオンの剣は最初に使っていた一本だけが折れたので、残った剣が回転してガンプドルフの左肩を破壊。

 が、同時にガンプドルフの一撃もアンシュラオンを―――切り裂く!!

 ズバジャッ!! バチィイイインッ!!

 こちらも左の肩口から剣が入り、胸までざっくりもっていかれる。

 さらに雷の追加ダメージが襲い、アンシュラオンが感電。


(ちっ、やられた!! 雷の威力もやばい! これがおっさんの魔石の力か!! サナの魔石とは次元が違う!)


 クロスライルのように神経を保護すればいい、という枠組みを超えている。

 斬った相手を問答無用で行動不能にさせる危険なものだ。

 これが『雷妖王の手』。雷の精霊王の力。

 敵の『雷無効』や『雷吸収』スキルすら貫通する能力があった。

 傷はいい。回復できる。


 が、この隙が問題。


 ここからが剣豪の本領発揮。

 ガンプドルフは練気も非常に上手い。即座に雷王・麒戎剣《きじょうけん》の態勢に入ると、迷わず力を練り込んで必殺剣を放った。


(少年とて、これはよけられまい! 命気の動きも把握済みだ!)


 さきほどの一撃を見舞った際、アンシュラオンは命気を使って身体を後ろに引っ張っていた。

 だからこそ本来は両断に近いダメージを与えられたのが、あの程度で済んだのだ。

 今度も同じように下がって対応するに違いない。それを読んでいるガンプドルフは、さらに前に出る準備があった。

 麒麟に似た雷獣が、アンシュラオンに襲いかかる!!



 それをアンシュラオンは―――よけない



(なぜよけない!!)


 アンシュラオンでも大きなダメージを受けるはずの一撃だ。雷の必殺剣の威力は伊達ではない。

 そんなことはアンシュラオンもわかっているはず。であれば、何かしらの理由がある。

 ガンプドルフの視線がその理由を探し、見つける。

 アンシュラオンは動けないが、代わりに折れた剣をこちらに向けていた。


(折れた剣で何を……まさか―――)


 その時にはすでに遅かった。


 剣気が―――伸びる!!


 剣硬気。剣気を伸ばす技のため、刀身が折れていても使える技だ。

 ジュンユウもなんとか使えた技だが、アンシュラオンのものは次元が違う。剣気の威力が彼の数百倍は強い。


 ガンプドルフを―――貫く!


 さらにこれで終わらない。

 伸びた剣硬気が、そのまま生きているかのように蠢き、ガンプドルフを宙に押し上げ、今度は地面に叩きつける!!


「ごふっ!!」


 ガンプドルフが吐血。

 そして、このタイミングで感電が治り、反撃開始。

 シュシュンッ!!

 アンシュラオンが剣を振ると、伸びた剣硬気が鞭のようにしなって襲いかかる。

 ガンプドルフは慌てて緊急回避で逃げ、間合いを取った。

 まさか相手が逃げることを想定していたら、自分のほうが逃げる羽目になるとは因果なものである。

 だが、アンシュラオンもやや危ないシーンではあった。


(ふー、あぶねー!! ただの剣硬気だったら、そのまま突っ込んできたよね。姉ちゃんがやっていたのを思い出してよかった)


 よくパミエルキは、剣硬気を鞭にして使っていたものだ。

 やたら輝いていたのであれは剣硬気ではなかったのかもしれないが、とりあえず似たようなことはできるようだ。

 これも剣の因子が解放された結果なのだろう。


「そらそら、お返しだ!!」


 鞭と化した剣気が大気を切り裂き、ガンプドルフを滅多打ちにする。

 さすがにそのまま使うよりも威力は落ちるが、軌道が変化するので避けるのが難しい。


(剣硬気にあのような使い方があるとは…!! おそらく私にはできないだろう。彼のセンスがあってこそか。だが、一撃の威力は落ちた!! 次で決める!!)


 ガンプドルフはもう限界に近い。

 魔石の力で耐えていても雷妖王の力は消耗も激しい。いつかは先に潰れる。

 ならば再び全力で向かっていくしかない。泥臭い戦いしかできない自分には、こういう生き方しかないのだ。

 ガンプドルフが剣を引き絞りつつ、一気に突撃。

 鞭で切り刻まれながらも耐え抜き、強烈な突きを繰り出す。

 剣王技、『雅龍閃《がりゅうせん》』。

 因子レベル3で使える突進力と貫通力の高い突きだ。


「へぇ、いいな。オレも使おう」


 だが、これだけ距離があればアンシュラオンが見切るのは容易い。

 剣で迎撃。

 逆に雅龍閃《がりゅうせん》を使ってガンプドルフに叩き込む。


(今見た技を!!! こうも簡単に真似るのか!!)


 コピーはサナの専売特許ではない。普通の技ならば、因子レベルがあって型と戦気の流れを見れば誰でも扱える。

 もともとアンシュラオンは、グレツキから一回技を見せてもらっただけで習得できているのだ。あとはその技が好きか嫌いかの問題だ。

 今もたまたま雅龍閃が格好よかったので、コピーしたにすぎない。

 強烈な突きが炸裂し、ガンプドルフの腹に穴があいた。

 臓器が破壊され、血が溢れる。


(かまわん! 来てくれたのならば好都合!! 私の狙いは―――)


 ガンプドルフは自身の剣の柄で、刺さった剣の腹を思いきり叩く!!

 バキンッ!!

 これでアンシュラオンの予備の剣も折れる。

 それでも剣硬気があるのは知っている。だが、身体を犠牲にすれば耐えられるし、この間合いならば「コレ」がある。


 バチィーーーンッ!!


 不意の【雷】が、アンシュラオンを襲った。

 その発生源はガンプドルフの剣ではなく、【黄色い鎧】。

 いつの間にか現在の鎧の上に別の鎧が展開されていた。

 以前使った【鎧気《がいき》術】で生み出す『雷鵺公《らいやこう》の鎧』である。

 この鎧にはサナと同じ雷のカウンターを放つ力がある。しかもトールガイアと魔石によって雷の力がさらに強化されるため、前よりも強烈な一撃となった。

 アンシュラオンは再度感電。動けなくなる。


「はぁあああああああ!!」


 ガンプドルフが爆発集気。


 からの―――渾身の一撃!!!


 さきほど放った雷王・麒戎剣は、爆発集気なしの低出力攻撃だったが、今回は最高威力の一撃だ。

 現状でガンプドルフが出せる最強の武器を使った最強の一撃。

 それを剣が折れたアンシュラオンに繰り出した。おそらく剣硬気では防げない。戦硬気でも腕ごと切り落とし、頭を破壊できるだろう。

 これらもすべて布石。

 雷剣だけに意識を集中させてから、最後に特殊な鎧を使って不意をつく。

 ガンプドルフの戦術のすべてが、この戦いに集約されていた。


 ドオーーーーーーーンッ!!!


 周囲一帯ごと破壊する強烈な雷撃が迸る。

 その瞬間は世界のすべてが黄色に染まり、何も見えなくなる。

 砂埃と帯気の炸裂で、この場には異様な状況が生まれていた。

 煙が晴れ、人々の目がアンシュラオンを映し出した時。


 そこに新たな力の存在を知る。



「強いね、おっさん。オレも本気で戦えて楽しかったよ。でも、また腕を折られちゃったな」



 雷王・麒戎剣を受けたアンシュラオンの右腕は、またもや折られてしまった。前回は左腕。今回は右腕である。

 だが、その一撃は頭にまで到達してはいない。

 アンシュラオンは動けなかったので、間違いなく剣は直撃していた。戦硬気でも防げないはずだった。

 しかし、身体が輝いている。



―――命気結晶



 麒戎剣を受けた右腕から右半身を命気で覆い、結晶化させて固めた。それによってダメージを大幅に軽減させたのだ。

 命気結晶の硬度は極めて高い。それを破壊できるガンプドルフの一撃は、まさに必殺の一撃であった。

 では、なぜ右半身だけ覆ったのか。

 アンシュラオンの左手には、太陽の光を受けて輝く一本の剣。


 命気を固めて生み出した―――【命気剣】が握られていた。


 あの瞬間に右半身で防御しつつ、左手で命気結晶を生み出して反撃したのだ。

 これができた要因に、感電が完全でなかったことが挙げられるだろう。

 一度目の感電で反省したアンシュラオンは、すでに対策として命気を体内で練っていた。これほどの雷撃をすべては防げないが、右半身を捨て駒にして雷をすべて請け負い、左腕を守ったのだ。

 また、あえて命気を外に放出し、ガンプドルフの目を誘導するテクニックまで使っている。

 相手も高等戦術ならば、こちらも高等戦術によって対抗。見事出し抜く。


「がふっ……見事…だ。このような隠し玉が…あったとは。君にはいつも…驚かされる」


 命気剣は、ガンプドルフの心臓を貫いていた。

 この心臓への一撃も何度も何度も剣を叩き付けて、ようやくにしてたどり着いた道筋だ。今までがあるから、今この瞬間も存在する。

 これが上位の武人同士の戦い。

 すべてに無駄はなく、より強い者だけが生き残る厳しい世界である。


「思い出したんだ。姉ちゃんがやっていたのを。あーあ、頼ってばかりだ。オレはずっと姉ちゃんの後ろを追いかけているんだな…」


 剣が無いのならば、作ればいい。

 パミエルキは普段剣を持っていないが、たまに剣技を使ったりもしていた。

 あれはどこから持ってきているのか不思議だったが、今思えば簡単な原理だったのだ。

 非常に硬く、伝導率も極めて高く、折れても何度でも再生させられ、武器にも防具にもなる最高の道具。

 それこそが命気剣であった。

 たしかにガンプドルフは戦術も多彩で強かったが、新しいものを生み出す力には勝てなかった。


「私の…負けだな。治療はして…くれるのだろう?」

「まあね。心臓にぶっ刺したのに死なないなら、そのままでも大丈夫だと思うけどね」

「いや…もう限界だ。今すぐにでも…倒れそうだ。歳は取りたくない…ものだ」

「まだまだ現役だよ。あと五十年はがんばってね」

「人使いが…荒いな。…善処しよう」




 こうして、勝負あり!!


 アンシュラオンの勝ちが決まる。

 人々の目は、もう彼しか映していなかった。

 それも当然。

 今ここに、DBDを導く新たな【英雄】が生まれたのである。





657話 「レベルアップ」


「さすがに…疲れた……な」


 キャンプに戻ると、ガンプドルフが倒れた。

 即座にコテージに運び込まれたので、アンシュラオンも一緒に付いていき、改めて診断する。


「だいぶ無理をしていたようだね。ミイラみたいに細胞がカラッカラだ」


 大きな傷はすでに回復術式で塞いでいるが、それだけで消費した生体磁気が戻るわけではない。

 それだけ死力を振り絞ったのである。


「やっぱり魔石のせいかな?」

「そうだ。無理やり強化するのだ。代償は仕方ない」


 シャクティマズ・グラズム〈雷範の結合者〉は、BP+2000という強力な効果があるが、あれは雷妖王からエネルギーを強制注入されているようなものだ。

 他人の力、それも精霊というカテゴリーの異なる力を受け入れるのだから、いくら媒体があっても細胞が傷つくのは仕方がない。


(そっか。サナはオレが命気を与えているから大丈夫なんだ。また一つ勉強になったな。『エル・ジュエラー』がもう一人いると比較できていいね)


 実はガンプドルフも『エル・ジュエラー』。魔石の力を九十パーセント以上引き出せる適合者である。

 ただし、サナとの最大の相違点は、アンシュラオンという庇護者がいるかどうか。この消耗度を見る限り、その差はかなり大きいようだ。


「魔石でこれなら聖剣を使ったらもっと危ないんだろうね。温存するわけだ。仕留め損なったら終わりだもんね」

「だからこそ我々の艦隊は粘り強さを重視している。仮に私が倒れても戦局が急激に悪くならないように耐えるのだ」

「なかなかのギャンブルだね。まあ、賭けられるものがあるだけましだけど」

「…少年は元気だな。ずるくないか?」

「本業は戦士だからね。回復力が自慢だよ。はい、命気風呂。おっさんも遠慮なく入るといい。そうだな…おっさんだと二時間もあれば戻るんじゃない? オレと相性良さそうだしね」

「本当に…君はすごい男だよ」


 ベッドからよろよろと立ち上がると、そのままドボン。

 服のまま命気風呂に突っ込むが、特に問題はない。服も綺麗になるので一石二鳥だろうか。


「ふぅ…これはいい。身体が…細胞が癒されていくのがわかる。命気はいいな。私も欲しい」

「ねぇ、オレが勝ってよかったの? 大丈夫?」

「あれ以上、手加減されても困る。これでいい。…心配するな。この程度で求心力は低下しないさ。聖剣王国にとって聖剣の存在は大きい。その神話が生きていれば問題はないのだ」


 アンシュラオンもハンデを負っていたが、ガンプドルフも聖剣を使っていなかった。

 あくまで騎士たちに力を見せ付けるのが目的である。これくらいが落としどころとしてちょうどよい。


「これで君も騎士たちから信頼されるだろう。少なくとも実力を疑う者はいないはずだ」

「両方の面子も考慮しないといけないなんて、提督閣下は大変だ」

「そうだな…これからも大変だ。三日後には捜索作戦が待っているからな」

「防具とか壊れちゃったけど、支障はない?」

「私にはまだ聖剣と魔人機がある。大丈夫だ。それに戦艦と合流できれば鍛冶師に直してもらえるからな。まだ予備の鉱石が残っていたはずだ。修理は可能だろう。…怒られるかもしれないがな」

「司令官なのに怒られるの? 相手は鍛冶師でしょ?」

「聖剣王国では優れた鍛冶師の地位は高い。そこらの上級軍人よりも上だ。特に今回同行してくれた職人は特別だからな。あくまで協力者という立場で接している」

「いいね。楽しみだ。オレの目的はスレイブ・ギアス用の鉱物だけど、良い武具にも興味がある。それがあればサナたちが強くなれるからね」

「君の剣はどうする? 作るか?」

「しばらくは命気で作った剣でいいよ。取り扱いも楽だしね」


 アンシュラオンが、あっさりと命気剣を生み出してみせる。


―――――――――――――――――――――――
名前 :命気剣

種類 :剣
希少度:AA
評価 :A

概要 :水の最上位属性である『命気』が結晶化して生まれた剣。

効果 :攻撃力B+1.5倍


【詳細】

耐久 :A/A
魔力 :A/A
伝導率:A/A
属性 :命
適合型:物質
硬度 :A

備考 :
―――――――――――――――――――――――


 命気剣のステータス自体は、トールガイアに比べると数段見劣りする。

 しかし、最大の長所は『いくらでも作れる』『好きに形を変えられる』といった汎用性と手軽さにある。自分の生体磁気から作れるのでお財布にも優しく、特段のメンテナンスも不要。

 管理や整備がずぼらな自分には、まさにうってつけの武器といえる。


「反りを入れれば刀にもなるし、伸ばせば槍にもできる。投げつけたまま回収しなくてもいいし、遠隔操作もしやすい。ね、便利でしょ? 物干し竿にもできるよ」

「まったくもって…規格外だな。恐れ入る」


 これに関連して、もう一つわかったことがある。


(剣用に作ると、また少し違った感じになるんだよな。剣として確立されるというか…これもデータ上のアイテムとしての違いかな)


 普通に回復用に命気を使うのと、結晶化させて使うものとは違いが生まれる。

 さらに同じ結晶化させたものでも、単に固めるものと剣にするものでは『カテゴリー』が異なっていることがわかる。

 剣として生み出すとデータ上でも『剣』となり、命気としての性質がやや失われるようだ。

 スラウキンに提供した命気結晶とは違う、という意味である。


(剣としての能力も高いってわけじゃないしね。あくまで繋ぎだな。やっぱり鍛冶師が芯をちゃんと作らないと駄目なんだなぁ。しっかりしてるよ、ほんと)


「周辺の警戒はオレがやっておくから、おっさんは出立まで休んでいるといい。それより作戦のほうが重要だしね。そっちの準備を万端にしておいてよ」

「わかった。たまには休んでもいいか。…この風呂は癖になりそうなほど心地よいしな……眠りそうだ」

「ゆっくり寝てもかまわないさ。いくら強い武人だって、常時気を張り詰めていたら駄目になる。休むことも仕事だね」

「ところで、グランド・リズリーン〈偉大因子共鳴〉が起きていたのか? シャクティマが『大海の女神』が来たと言っていたが…本当か?」

「そうみたいだけど…あのお姉さんって女神なの? たしかに海を作ってたな…。女神って二人だけじゃないんだね」

「我々人類を生み出したのは、光と闇の女神といわれている。だが、それ以外にも同格の女神は何人かいる。その一人が大海の女神…『紅御前《べにごぜん》』とも呼ばれる女性だ。初代剣聖の伴侶として有名だな」

「赤い着物を着ていたから紅御前なのかな?」

「世間一般では、かなり珍しい女神だ。出会った人間も数少ないという。どんな人物だった? 私も剣の使い手として興味がある」

「いや、すごかったよ。あれはすごい」

「そんなにか!?」

「うん、闇の女神様に匹敵すると思う」

「ふむふむ、なんと。さすがだな!」

「そうそう、めっちゃ―――【おっぱい】が大きかった」

「そうか! おっぱいが……ん? おっぱい?」

「うん、おっぱい」


 イエス! OPPAI !!

 FUUUUUUUUUUUUU!!!


「でも、体格も大きかったからね。闇の女神様とどちらが大きいかは、なかなか議論の余地があると思うんだ。そりゃ身体が大きければ、乳だって大きくなるもんだ。『ふくよかな女性の巨乳は本当に巨乳なのか問題』とも繋がるんだけどね。たしかにちょっと前までは、オレも否定派だったよ。でもまあ、海の女神様を見ると考え方も変えないといけないかなぁとも思う。結局はどれも素敵なおっぱいだし、実際に触る面積が大きいんだから、それも巨乳なんだよね。でも、業界では根強い反対派もいるし…難しい問題だ。こうやって二大巨頭が出てきちゃうと、また業界が荒れるよ」

「業界が…あるのだな」


 おっぱい業界の勢力は大きい。油断するな!

 ちなみに、おっぱいの妖精も所属しているのでよろしく。


「あっ、海の女神様は太ってなんかいないよ。ただ体格がいいってだけでね。そのうえで胸も大きいんだ。でも、やっぱり触ってみないと評価は難しいや。オレの予感だと、柔らかさでは闇の女神様のほうが上だと思う」

「うむ…その……そうか。そ、それで…剣のほうはどうなったのだ?」

「因子のほう? 一応解放されたみたいだよ」

「しかし、グランド・リズリーンが起きても我々には感知できなかった。普通ならば周囲も波動を感じるはずだ。そうなると少年の内部でだけ起きていた現象なのだろうな」

「それだけ秘匿性が高かったのかな? そういえば何か変なことも言っていたな。【オレ自身が因子を封印していた】、みたいな。おかしい話だよね。普通はそんなことしないし、意味がわからないよ」

「ふむ、自らで因子の封印か…。珍しいが、無いこともない」

「え? そうなの?」

「因子が高くても振り回されてしまうことがあるからな。実際、私も因子をすべて使えている感覚はない。雷王・麒戎剣が使えているのならば『5』はあるのだろうが…それ以上は安定して使える自信はない」

「そっか。変に因子が高くて暴走する可能性があるなら、いっそのこと減らす手もあるのか」

「因子の質の問題もあるだろう。無理やり覚醒させられた力と、自然に成長して身に付いたものとは質が異なる。たとえば『薬物』だな。薬を使えば因子を強制的に上げることはできるが、やはり邪法だ。一時的に効果はあっても普通に育った力よりは劣る」


 このあたりはサリータとベ・ヴェルの違いといえるだろう。

 サリータをアンシュラオンが時間をかけて育てているのは、そのほうが最終的に強くなるからだ。

 一方のベ・ヴェルは短期的には強くなれても、そこで打ち止めの可能性がある。しかも寿命を大きく削るので長生きもできないだろう。

 短期的に強くなるか、しっかり育てるか。求めるものの違いともいえる。


「そもそもさ、オレは能力を使って理解できるけど、おっさんたちってどうやって因子の情報を調べているの?」

「主に技だな。自分がどれくらいの技を修得できるかで調べることが可能だ。昔からある有名な技は、因子レベルごとに明確に分けられているのだ。それが言い伝えられて世界全土に広がり、書物にされている。道場にある秘伝書とかがそうだ」

「なるほどね。覚えられなければ才能がないってわかるのか。でも、相性とかもあるし、埋もれている人材も多そうだね」

「それも君ならば発見できるのだろうな。極めて優れた能力だ。使い方次第では、とんでもない軍団を生み出すことができるだろう」

「その教練には、おっさんたちの力が必要だけどね。役割分担ができていいんじゃない? 当たり前だけど、正統派の武術を習うのも効果的だね。特に普通の人間には有効的だ」

「役に立てたのならば何よりだ」

「ねぇ、【記憶】も…意図的に忘れさせることはできるの?」

「それも言われたのか?」

「うん」

「ふむ…それならば、むしろ少年のほうが詳しいのではないのか。そういった術式もあるのだろう?」

「まあ…ね。でも、自分でかければわかると思うんだよね。今は術士の因子も覚醒しているから調べたけど、そんな痕跡はなかったんだ」

「術の世界は奥深いものだ。我々にはわからないことが多い。ただ、紅御前が言うのならば嘘ではないだろう。気に留めておいたほうがいいかもしれん」

「言われた当人は、気になって忘れられないって」

「それもそうだな。君も災難では私に負けてはいないな。ははは」

「あまり同類にされたくはないけど、否定もできないよ。それじゃ、オレは行くね。ゆっくり休みなよ」

「少年、これからも頼む」

「確約はできないけどね。利益があるのならば一緒にいてもいいよ」

「そうなるように努力しよう」


 その後、珍しくガンプドルフは深い眠りに落ちた。

 この東大陸に来てから一度も気が休まることはなかったが、今ようやくにして久々の安らぎを得ることができたのだ。

 それもこれも、自分と同じ英雄がいるから。


(オレは責任がないだけ自由だ。少しは真面目に手伝ってやるか。結果が出ないとオレにも利益が出ないからね。一緒に行動している間は『仲間』だからな)


 ソブカと組んではいるが、あちらはあくまで商談相手にすぎない。利益が出なければ、あっさりと切り捨てるだけのクールな関係だ。

 一方のガンプドルフは、武人として自分と張り合えるだけの実力がある。

 やはりアンシュラオンも武人だ。闘いによって結びついたものは金に勝る。

 この瞬間、初めて下界で『仲間』と呼べる関係を築いたのであった。それもまた悪くないものである。




 アンシュラオンがコテージから出ると、サナたちが待っていた。


「どうだ、サナ! お兄ちゃんは強かっただろう!」

「…こくり!」


 サナが走りよってきたので抱き上げる。

 興奮していたのだろう。頬が少し赤くなっている。


(今までは乗り越える壁を用意して戦わせていたが、上級者の戦いを見せるのも勉強になるはずだ。目的地がはっきりするからな)


 今のサナのレベルでは、どこまで動きが見えたのかはわからないが、見たものは忘れない子だ。いつか役立つ時が来るはずだ。

 しかも英雄同士の戦いとなれば、滅多にお目にかかることはできない貴重な体験となる。

 あの熱量、あの激しい力のうねりを少しでも感じ取ってくれれば、それだけで十分であった。


「雷の使い方はガンプドルフのほうが数段上だ。サナもあれくらい強くなろうな。お前はまだまだ成長期だ。これからもっともっと強くなれる。さっき見たものも全部糧にするんだよ」

「…こくり」

「よしよし、いい子だ。セノアもちゃんと見ていたかい?」

「は、はい! す、すごかったです! 速すぎて、ほとんど見えませんでしたが……」

「それでも魔力弾は見えただろう? ああやって形を変えることで、いろいろな場面で使えるんだよ」

「え?」

「ほら、ハンマーみたいな形にもしたでしょ? ミサイルも使ったし」

「あ、あれって魔力弾だったんですか!? も、申し訳ありません! 気づきませんでした…!」

「うん、そっか…わからなかったか。まあ、説明もしていなかったし…しょうがないかな」


 残念。まったく気づいていなかったようだ。

 といっても、それが魔力弾だと知ることに意味がある。


「少しずつ理解していけばいいよ。オレも君たちが強くなるために努力するからさ。サリータも鎧の重要性はわかっただろう? 自分を鍛えることでさらに性能が引き出せる。あれだけ強固だと攻める側も苦労するんだ」

「は、はい! 勉強になりました! そ、その…レベルが高すぎて……わからないことも多かったですが…」

「それはサナだって同じだ。それでいい。いつか役立つ」

「はい…」

「それじゃ、これからサナとサリータは特訓だ。練習がてらにオレが相手をしてやろう」

「ありがとうございます!」

「…こくり!」


 こうして夜まで二人の鍛錬に付き合う。

 ガンプドルフは倒れたのに、この男はまだまだ元気。

 このあたりを考えると接戦に見えたあの戦いも、まだまだ大きな差があったと思うべきだろう。継戦能力の重要さを改めて知るものだ。



 しかし、それがよかった。



 因子レベルが―――上昇!!



―――――――――――――――――――――――
名前 :アンシュラオン

レベル:124/255
HP :8800/8800
BP :2430/2430

統率:F         体力: S
知力:C         精神: SSS
魔力:S         攻撃: S
魅力:AA(※SSS)  防御: SS
工作:B         命中: S
隠密:A         回避: S

※姉に対してのみ、魅了効果発動

【覚醒値】
戦士:8/10 剣士:8/10 術士:6/10

☆総合:第二階級 超零《ちょうれい》級 戦剣術士

異名:転生災難者
種族:人間
属性:光、火、炎、水、凍、命、雷、王
異能:デルタ・ブライト〈完全なる光〉、女神盟約、情報公開、記憶継承、錬成、対属性修得、物理耐性、銃耐性、術耐性、即死無効、毒無効、精神耐性、下級商人、扇動者、年下殺し(恋愛)、妹過保護習性、姉の愛情独り占め
―――――――――――――――――――――――


(念願のレベルアップだぁあああああああああああああ!!)


 思わず叫んでしまいたくなったが、ぐっとこらえて独りで噛み締めることにする。

 主な変更点はこちら。

 レベルが2上がり、124に。

 魅力が1上がり、AAに。

 いろいろいじっていたせいか、工作が1上がってBに。

 攻撃も1上がってSに。

 剣士の因子が6から8に、術士の因子が5から6に。

 階級が第三階級の『聖璽《せいじ》級』から第二階級の『超零《ちょうれい》級』に。

 そして、戦士から『戦剣術士』に。

 火と雷を多用した結果なのか、『炎』と『雷』属性を身に付けた。

 術士の因子を解放したので『錬成』を、商会を作ったおかげか『下級商人』をゲットしていた。


(『戦剣術士』…か。全部を使えるってことでいいんだよな? もっといい分類はなかったのか? いや、三つ使えるほうがレアだから仕方ないか)


 剣士因子は一気に8まで上昇。というよりは戦士が8なのだから、これが本来のアンシュラオンの資質なのだろう。今までが歪だったにすぎない。

 術もツインミユーズ・ドライブ〈双因子覚醒〉のおかげか、めでたく一つ上がっている。こちらはデルタ・ブライト〈完全なる光〉に内包された形になっているので、改めての表記はないようだ。

 その結果、ランクも上がる。

 第二階級の超零級とは、『聖魔すら超えた者』という意味がある。

 たとえば雷妖王は、精霊の中で上位の存在なので『聖なる守護者』と称することもできるだろう。魔は、邪悪なものではなく『支配者』のような人間を超える存在を指す。

 それら両者すら超える存在が、超零級。

 戦士因子だけでもこれだけ強いのに、双因剣も身に付けてしまった。一気に攻撃力が高まったので、今後は防御が固い相手でも有利に戦えるだろう。超零級は納得である。

 ただし、能力値に関しては言いたいことがある。


(どうして統率が上がらないんだ!! オレだってがんばっているのに!!)


 安定の統率Fである。

 これはもう上がらないんじゃないかと思えるほどに、まったくビクともしない。ガンプドルフの鎧より強固だ。


(というか、この数字って本当なのか? どうにも信じられないんだよな。姉ちゃんたちに比べると、なんかオレだけ弱い気がする…。まあ、レベルもまだ低いし、これからが成長期だよな。うん、きっとそうだ)


 身内三人組に関しては第一階級の神狼級なので、まだまだ差がある。

 比較対象が悪いせいもあるだろうが、能力値だけ見れば半分しか到達していないわけだ。

 しかも、ここからが大変だ。


(また封印が解除されて、一気にどばーっと強くなる! なんて展開は、あまり期待しないほうがいいな。それなら因子が解放された段階でもっと上までいっているし、強くなる努力を怠るなってお姉さんからも言われたしね。逆に言えば、ここからがスタートラインなんだろうな。…さすがに気が滅入るな)


 因子レベル8は、人間が到達できる最高峰といわれている。

 実際は9、10とあるわけだが、そこはもう神々の領域。選ばれた人間にしか到達できない世界である。

 そして、最低でも剣士因子は「10」にまでしないといけないらしい。紅御前の発言によって、それは確定している。

 ただ、上げ方に関してはもうわかっている。

 今回同様、死闘を演じるしかないのだ。


(オレの前に現れる強い者たち…か。まっ、環境が勝手に変わってくれるなら楽でいい。いちいち自分で何かしなくてもいいんだ。気楽にやるさ。オレはいつだって好きなように生きるだけだからな)


 ともあれ、レベルアップは嬉しいアンシュラオンであった。





658話 「チームワーク その1」


 翌日。

 ガンプドルフは回復し、慌しく出立の準備を進めていた。

 休めと言われても、それが簡単にできないのが司令官である。

 だが、今まで以上に気迫と自信に満ちた彼の姿は、部下たちのやる気を引き出す。

 昨日の戦いでアンシュラオンの力を見たことで希望が湧いたのだ。

 頼るべきものが聖剣以外にもある。そのことがいかに彼らを勇気付けるのか、当事者でなければわからないだろう。


 そして、それは訓練にも如実に表れる。


 サナは再びゼイヴァーと戦っていた。

 武器は模擬戦用のものだが、今回は新しい技を引っさげての再戦であるので善戦するかと思われた。

 が、すでにサナの力を認めているゼイヴァーには通じない。

 多少驚かせた場面はあったが、試合は終始ゼイヴァーのペースで動く。

 闇属性の攻撃は奇襲でこそ真価を発揮する。すでに特性を知っている相手には必然的に警戒され、一対一の何もないフィールドでは効果は薄かった。

 ここで魔石が使えれば一味違っただろうが、訓練ではそうもいかない。彼もまた作戦が近づいていることで本気モードであった。

 結果はサナの負け。

 連敗である。

 それでもゼイヴァーと戦えることは大きな財産となっているようで、少しずつ対応している場面も増えてきた。

 ただし、やはりDBDの騎士は強い。

 怪我が治ったバルドロスとも連続して模擬戦を開始。

 バルドロスはゼイヴァーのような細かく正確な動きはしないが、その分だけ読みの鋭さと範囲攻撃で応戦してくる。

 耐久力も桁違いであり、多少の被弾は物ともしない強靭さがあった。

 特に地面を使った攻撃は脅威で、足場を崩すことでサナの足回りを地味に潰していく。

 サナがゼイヴァーにやった土砂による目潰しも通じない。それどころか逆に同じことをされて動きを封じられる。当然、彼のほうが放つ土の量は多いので、魔石なしでも散弾と変わらない威力がある。

 結果、敗北。

 特殊な武器無し、魔石無しの現状では、彼らに勝つことは不可能に近かった。


 続いてサリータの模擬戦が始まる。

 前回と違うのは【武器】があること。杭無しかつ噴射機能無しのボムハンマーを持っている点である。

 これだけならばただの鈍器なので、刃の無い剣や斧とそう変わらない。

 初戦は、勝利。

 前回同様、義勇兵として集められた弱い相手だったので、勝つことはそう難しくなかった。

 が、次に出てきた兵士には負けてしまった。

 今回は盾を破壊されることはなかったが、逆に盾を気にするあまり動きが単調になってしまう。

 そうして左右に振られ、盾の制御が甘くなったところを狙われ、次第にダメージを負っていく。

 結局、そのまま不利な状況を挽回できずに終了。

 戦気が使えないので力負けするため、そこをカバーしようと体勢が前がかりになって動きが鈍くなるのだ。

 しかしながらハンクスが言ったように相手が魔獣だと思えば、いくら戦気が使えたとしても同じ状況に陥るだろう。

 それを見ていたアンシュラオン評が、こちら

 昨日の戦いで注目を浴びてしまったので、陰からこそっと見ていたのである。


(勝てたかは別として、もっと粘れた相手ではあったはずだ。技術の習熟度と筋力は仕方ないにしても、咄嗟の判断力や対応力が足りないんだ。あとはやっぱり【自信】かな。自信があるかどうかってのは対峙すればすぐにわかることだし、戦いではどうしても影響しちゃうんだよな)


 スポーツの試合でも、びくびくしていれば相手に付け込まれる場面が増える。

 肉体を操作するのは精神であり、感情が大きく関わってくるからだ。マイナスの感情がどうしても足を引っ張り、最初の判断が遅れるのだ。


(おっさんの影響もあって相手の士気も高い。こうなると手加減もしていられない。かまっている暇がないんだ。うーん、昨日の戦いはサリータには逆効果だったかもしれないな。逆にオレとの差が浮き彫りになっちゃったからな。彼女も真面目だからな…もっと気楽でいいのに)


 と思うのは、いつも好き勝手やっている人間だけであり、真面目な分だけ器用に生きられない者は意外と多い。

 サリータも完全にそのタイプだ。真面目で愚直。それだけが取り柄なので、人一倍苦しんでいる。


(さぁ、【そろそろ】かな。全体的に良い流れにあるような時こそ、何か問題が起こるもんだ。まあ、今回はオレは手を出さないけどね。おっさんの立場もあるし、何よりもやる気満々の女性たちを邪魔するのは怖い。ゆっくり見物といくかな)


 そう言って、またこっそり隠れる主人公であった。

 ほぼストーカーであるが、自覚はない。




  ∞†∞†∞



「くそっ!」


 負けたサリータが、キャンプの裏側で悔しがっていた。

 ハンクスの訓練を受けて少しは成長したと思っていたが、相手は毎日のようにここで鍛錬している連中だ。

 少し教わったからといって簡単に追いつけるわけがない。上達の兆しが見えたからこその悔しさがある。


「なさけない! これでは師匠に会わせる顔がない! どうすれば強くなれる! どうすれば…!」


 弱いのはわかっている。才能がないのは知っている。

 なにせ同時期に鍛錬を始めたサナに、すでにこれだけの差をつけられているのだ。

 今となっては彼女と腕力勝負をしようものならば、あっという間にひっくり返される始末である。

 戦術理解度でも足元にも及ばない。サナは記憶力だけならば、まさに天才なのだ。勉強だって国語以外は満点だ。(漢字は覚えられても、相手の感情を理解することができない)

 それだけならば、まだいい。サナはいいのだ。

 「さすが自分が仕える『姫』だ!」と感動すらしている。

 しかし、ホロロや小百合にまで微妙に立場を奪われていることが問題だ。

 ホロロは術具を使うとはいえ、ホテル脱出時に見せたような危ない場面での冷静な判断力を持っている。さらに最近では射撃の腕前も上がっているではないか。新しい武器にも簡単に順応している。

 アンシュラオンが彼女をメイド長にしていることには、はっきりとした理由がある。それだけの資質があるのだ。

 小百合は明るい性格だけではなく最低限の護身術も学んでいる。アンシュラオンから刀をもらうほど、さりげなく期待されている人物である。

 移住したとはいえ西側先進国のレマール人なので、親から高い教育を受けていることも要因だ。教育の高さはそのまま基本性能を押し上げるため、ここでも差が生まれつつある。

 そして、ロゼ姉妹も強敵となっている。

 彼女たちにも術士の才能がある。このままいけば、あっという間に戦闘面でも自分より使える存在となるだろう。


 彼女たちと自分の最大の相違点は、【戦闘要員】かそうでないか、である。


 べつに戦闘に参加しなくてもよい者と、そのためだけに用意された者の立場の差だ。

 ロゼ姉妹たちはメイドだけやっていても問題はないだろう。その愛らしさだけでも価値がある。


(何を考えているのだ……こんなことを思うこと自体、無礼だ。序列では自分は一番下。これは当然なのだ。師匠は才能を見る目があるからだ。だが、あまりになさけない。護衛として雇われておきながら、この有様とは…まるで役立たずだ)


 才能を考慮して序列が決められているということは、自分には才能がないことを意味する。

 このあたりが階級制度の残酷な点だが、あくまで『現状は』である。

 このシステムが正しく機能すれば、その順位は変動する可能性があるわけだ。階級があるからこそ、下からのし上がろうという気力が芽生えるものだ。

 だが、アンシュラオンの予想通り、サリータは昨日の戦いを見て【萎縮】していた。

 強いことは知っていたが、思えば彼女もアンシュラオンの戦いを見たのはヤドイガニ戦以来である。(だいぶ前だ!!)

 だからショックのほうが大きかった。


(一国の軍団長に勝ってしまう。しかも西側国家の軍なのだ。…師匠はすごい!! すごすぎて…【弟子】を名乗ることもおこがましい。恥ずかしくてしょうがない!!)


 あの戦いの直後、さりげなくアンシュラオンが『覇王の弟子』である情報が流された。

 流したのはもちろんガンプドルフ当人だが、それによって一夜にして騎士たちの目の色が変わった。

 それだけ覇王の名は世の中に影響力があるのだ。世界最強の【三王】の一角なのだから当然ともいえる。

 アンシュラオンは見事、それだけの価値を示した。

 自分たちには覇王の弟子が味方にいる、という心強さが、今日の訓練の張り切り具合に出ていたのである。(だからこそアンシュラオンも姿を隠していた。男の注目を浴びるなど真っ平御免だ)


 だが、これこそが最大の―――【棘】


 今度はサリータが『覇王の弟子の弟子』という、何やら面倒な肩書きを背負うことになってしまった。

 これは事実なので仕方ないものの、周りからの視線が痛いのも事実。

 いつも以上に落ち込んでいるのは、負けた時のなんともいえない奇妙な空気感が心を抉ったからだ。

 誰も何も言わないが、だからこそ痛い。


「私は…向いていないのか? 分不相応だったのではないのか…? 師匠に優しくされればされるほど……惨めになっていく…!」


 ついつい本音がこぼれてしまう。

 身体を張った自爆しか取り柄がないのならば、それこそ誰でもできるのだ。

 自分がいる必要はない。そんな気にさえなってくる。


 そんな時である。



―――「おい、うるさいぞ」



「…っ!」


 背後から声がしたので慌てて振り向くと、そこには朽葉《くちば》色の髪をした青年が立っていた。

 まだ若く、二十代半ば前といったところだろうか。目はやや垂れ目で、顔立ちも整っていないわけではないので、とりあえずギリギリ良い顔のラインに乗っている部類だ。

 鎧と剣に加えて小盾を持っているので、おそらく兵士の一人であろう。


(誰だ?)


 サリータは見覚えがなかったので、しばし青年の顔を見つめていた。

 しかし、青年のほうはすぐにこちらが誰かわかったのか、明らかに不機嫌な表情を浮かべる。


「なんだ、聖剣長が連れてきた男の連れの女か」


 青年はつまらなそうにそう言いながら座り込むと、剣を磨き始めた。

 誰もいなかったのでサリータは気付かなかったが、ここは武具の手入れをする工場《こうば》であったようだ。近くには小さな炉もある。

 本格的な鍛冶師は戦艦にいるが、別行動をしている状況では頼るわけにもいかない。そうしている間にも武器は刃こぼれし、防具は凹んでいく。

 それゆえにこのキャンプでは、自分の武具は自分で修理することが義務付けられている。どうしても壊れてしまったときだけ、新しい武器が支給されるのだ。


「………」

「………」


 コンコンコンッ ガンガンガンッ


「………」

「………」


 シュッ シュッ シュッ

 青年が武具の手入れをする音だけが響く中、そのまま時間が過ぎる。

 サリータも人前で愚痴るつもりなどはないが、移動する気も起きなかったのだ。

 その様子に苛立ったのか、青年が先につっかける。


「…なんだ、何か用か? 用がないのなら、さっさと立ち去れ。暇人が来るところではないぞ」

「自分も武器の手入れに来ただけだ。用がないわけではない」

「そうか。ならば好きにしろ」

「当然だ」


 サリータも鎧を脱ぐが、手入れの仕方がわかるわけでもないので、ただじっとするしかない。

 武器に至っては術式ハンマーである。これまた自分ではどうしようもない。

 やることといえば、傷が入った盾に補修剤を塗り込むことくらいだ。

 それをじっと見ていた青年が、またもや一言。


「不器用だな」

「なんだと?」

「自分の道具の手入れもできないのか。武具が泣いているぞ」

「そ、それは…まだ慣れていないからだ」

「そう言って、こないだ盾を壊したな。お前にとってはいくらでも代わりのある盾だろうが、ここでは盾一つだろうが貴重品だ。それを贅沢に壊してくれるものだ」

「くっ…あれは師匠が手に入れたものだ。お前にどうこう言われる筋合いはない」

「やはり女だな。与えられることが当然だと思っている。女が似合わない格好をして騎士気取りとは笑わせる」

「たしかに騎士とは違うが、これでも傭兵だ。戦うために来ている」

「勝てるのは、まだまだ未熟な兵士ばかりだろう。いいか、あいつらは【一般人】だぞ。まだ見習いの子供と同じだ。そんな相手にしか勝てないんじゃ、お前がいる価値などあるのか?」

「―――っ…!!!」

「おおかた、ここで泣いていたんだろう。女がしゃしゃり出るからそうなる」

「さっきからおんなおんなと、随分と言ってくれるな!!」

「女は女だろう。女など、家でおとなしく家事でもしていればいいんだ」


(なんだこいつは! 喧嘩を売っているのか!!)


 サリータもこう見えて傭兵である。アンシュラオンとはあまりに差がありすぎるので従順だが、それだけで傭兵稼業などやってはいられない。

 特に女傭兵などは目立つので、こうしてちょっかいを出されることもある。

 そんなときは、しっかりと言い返さないと駄目だ。

 日本は平和なのでへらへら笑っているだけでも大丈夫だが、自分の意見ははっきりと伝えないと「なめられる」。

 たとえ相手が言っていることが『事実』であっても、だ。





659話 「チームワーク その2」


「女だって戦える。現にDBDの聖剣長のうち二人は、女性だと聞いているぞ」

「あれは特別だ。あんな化け物と比べるほうがおかしい。ああいうのは『選ばれた』連中なんだよ。お前とは違う」

「それならば男だってそうだろう。お前はどうなんだ。その顔、相当腫れているじゃないか。お前も負けたのだろう?」


 最初は逆光でよく見えなかったが、青年の顔は腫れていた。

 どうやら彼も模擬戦に参加していたようで、鎧には傷、顔には打撃痕が残っている。なんとも生々しく痛々しい姿だ。


「私は男だ。殴られようが倒されようが、また立ち上がればいい」

「お前も選ばれなかったということではないか。それでよく偉そうに言えたものだな」

「私には戦う理由がある。お前のように囲われているだけの者とは違う」

「自分とて戦士だ!」

「聖剣長とあの男の戦いを見ただろうに。それでも同じことを言えるのか?」

「っ…! そ、それは…!」

「あんなやつがいるんだ。お前など、いてもいなくても同じだ。いや、いるほうが迷惑だ。ここの兵士たちに余計な感情を与える。苦しい中でギリギりで保っているんだよ。そんなところにお前らみたいな浮ついた連中がやってきたら、どうなる? 風紀も秩序もあったもんじゃない。たった数日でこの有様だ」


 青年の言うことも正しい。

 アンシュラオンたちがやってきたせいで、このキャンプの空気が変わってしまった。

 今までは緊迫した張り詰めた雰囲気だったものが、一気に瓦解していくのを感じる。

 それはそれで良いことなのだが、その緊張の糸がギリギリのラインで保たれていればどうなるか。一度切れたら戻らなくなるおそれがある。

 特に女性がいない環境下では性欲だって我慢しないといけない。戦いの疲れで無理やり発散しているだけであり、中には苦しんでいる者もいるのだ。

 誰もが強い武人ではない。人間であり、男である。


「キャンプの外で騒がれているだけでも迷惑だ。さっさと帰れ」

「お前にそんなことを言う権限などないだろう! 師匠はそちらのトップの要請でここにいるのだぞ!」

「だからいてやる、とでも言いたいのか? まあ、あの男はいいだろう。強いからな。だが、それ以上でも以下でもない。どこの馬の骨とも知れない男など、用心棒程度が関の山。所詮は相容れない存在だ」

「師匠は覇王の弟子だぞ!」

「それは聞いた。だが、【あの陽禅公】のだろう? 歴代覇王の中で最強といわれているが、素行は最低中の最低の人物だ。…ああ、そうだな。たしかに弟子だろう。素行の悪さは似ているのかもしれないな」

「なんだと! 師匠への無礼は許さんぞ!! そもそも何様だ、お前は! ただの兵士のくせに偉そうだぞ!」

「兵士ではない。騎士だ。そんなこともわからないのか?」

「…むっ、そういえば良い鎧を着ているな。では、お前は騎士なのか? あまり強そうには見えないが」

「大きなお世話だ。私はこれから王国を守っていかねばならない立場だ。だから強くならねばならない。だが、お前はべつに強くなる必要はないだろう。さっさと帰れ。女は邪魔だ!」

「さっきから好き放題言ってくれる!! 女性差別主義者か!」

「女は女だろう! 俺は女が嫌いなんだ! 女なんてやつはろくでもない連中だ!! 男を利用して、隠れ蓑にして、自分たちだけ利益を得ようとしやがる! 俺たちはお前たちの奴隷じゃない!!」

「何を言っている! 普通は男のほうが女を犠牲にしているだろうが!」

「はんっ、女のくせに女を理解していないな! だからこそ、たちが悪い! お前たちの本性は、ただの寄生虫だ! 寄生して吸い尽くすことしか考えていないだろうに! 現にお前がそうだ! 飼い主がいないと何もできないやつが、恥も知らずによくも吠える!」

「言わせておけば…!!」


 二人が睨み合い、一触即発の空気が生まれる。

 サリータも傭兵であるうえにアンシュラオンの身内だ。こんなところで引き下がるわけにはいかない。

 一方の青年も現場の人間としてはまともな意見なので、ここで引き下がるとは思えないが、そもそも女性を見下している節がある。

 ゼイヴァーのような偏向的な女性愛護主義者もいれば、こういった女性蔑視の考えの者もいる。なかなかどうして、DBD内も荒れているものである。

 ここまでならば、まだかろうじて止められる範疇だろう。軍隊や傭兵団ではよくある『些細な喧嘩』だ。

 しかしながら青年も模擬戦で負けたうえに、今までの不満が溜まって、むしゃくしゃしていたのだろう。

 ある言葉が衝突の発端となる。


「覇王の弟子…か。で、お前が覇王の弟子の弟子。笑わせるものだな。まあ、あの男は少し変わった趣味を持っているようだからな。お前のような弱いやつに加えて―――」




「あんな言葉の話せない―――【障害児】を囲っているなんてな」




「―――っ!!!」



「まったくもって変わり者だな。強ければ何をしても許される。それも世界の真実か。同意も賛同もできない趣味だがな」


 客観的に見れば、この発言は間違ってはいない。

 サナが言葉を話せないのは事実だ。それが精神性のものであれ、やはり障害は障害である。

 実際にモヒカンにも、それが理由で商品価値を下げられていた。べつにスレイブ商でなくても扱いは同じ。労働目的でどこぞの養子になっても、出来損ないの子供として軽く扱われていただろう。

 これが社会一般の認識といえる。

 だがしかし、当事者たちにとってみれば、あまり触れられたくない事実だ。

 アンシュラオンはあまり気にしていないものの、それを他人に言われるのは不愉快極まりない!!

 サリータの胸に、激しい怒りの感情が湧き上がる。


「その発言は…絶対に許せない!! サナ様は正常な女性だ!! お前に何がわかる!! 無礼な発言を取り消せ!!」

「怒るってことは自分たちでも自覚している証拠だろう。たしかにあの子供も強いが…百光長と同レベルならば代わりはいくらでもいる。お前と同じだな」

「自分のことはいい。お前の言う通りだ。だが、サナ様を…私の『主《あるじ》』を愚弄するな!!」

「ふん、やはり騎士気取りじゃないか。だが、ここは軍隊だ。お前たちみたいな連中と関わる余裕はないんだよ!」


 サリータはアンシュラオンのものだが、その彼から『サナに命を捧げろ』と言われている。

 よって、彼女にとっての主人はサナである。

 サナこそ、サリータのすべて。サナのことを考えない日はない。

 サナの役に立ちたい。サナのためにがんばりたい。そのためならば命も惜しくない。


 なぜならば、こんな自分を選んでくれたのは―――サナ!!!



「もう許さん!! 二度とそんな口が利けないようにしてやる!!」

「お前にやれるのか? いいぞ、やってみろ!! 女などに負けるものか!!」


 ここまで言ってしまえば、もう衝突は避けられない。



 両者が、対峙。



(サナ様を侮辱されて負けるわけにはいかない!! どんなことをしても絶対に勝つ!! そう、どんなことをしてもだ!)


「どうした、来ないのか?」

「………」

「達者なのは口だけか? それも女の―――」


 と、青年がサリータを挑発していた時である。



―――「きゃああああああ!」



 ガシャンッ


「え…?」


 突如背後で叫び声がすると同時に、何かが砕ける音がした。

 青年が思わず振り向くと、そこには『少女と割れた皿』があった。


(メイド…? 皿…?)


 そこにいたのは、セノア。

 なぜか彼女が、こんな場所で皿を落として悲鳴を上げたのだ。

 なんとも奇妙な光景だ。洋館物の小説の一節ならばありえるが、戦時キャンプにおいてはまったく似つかわしくない。

 その様子に完全に意識がもっていかれる青年。


「今だ!!」


 その隙を狙って、サリータが突っ込む。

 青年に―――体当たり!!


「ぶぇっ!!?」


 虚をつかれた青年は、まともにその一撃をくらって倒れる。

 普通ならばここで失神してしまうところだが、このあたりはさすが騎士。

 まだ意識が途切れることなく、起き上がる。


「ぐぬぬ! やったな…!」

「女に吹き飛ばされるとは無様だな! それでも男か!!」

「いきなり攻撃してくるほうが卑怯だろう!!」

「自分の油断を他人のせいにするのか? 文句があるなら、かかってこい! もしお前が勝てたら、おとなしく帰ってやる。それとも負けるのが怖いのか?」

「この女…後悔するなよ!!」


 お返しとばかりにサリータが挑発。

 彼もここまで言われたら、今まで女を軽視した発言をした手前、引き下がるわけにはいかない。

 青年もサリータに突っかかっていく。

 だが、彼には大きな誤算があった。

 ゴンッ!!


「がっ!?」


 前に大きく出ようとした瞬間、何かに頭をぶつけた。

 目の前には何もなかったはずなのに硬い感触が確かにある。


 それは―――『無限盾』


 肉眼では見えない物理障壁がサリータの前に展開され、青年の行動を阻害したのだ。

 まだまだ枚数は少なく発動も遅いが、紛れもなく術式である。

 では、誰がそれをやったのかといえば―――


「やった!! できた!!」


 ブースターを展開したセノアである。

 彼女は教わったばかりの無限盾を実戦で成功させる。


「なっ、あのメイド! 魔力珠だと…!? まさか術士…」

「うおおおお!」

「っ―――ぐえっ!!」


 再びサリータが青年に向かって突進。

 今度は盾を使っての強烈な一撃をお見舞いする。

 ドンッ ガラガラガラッ

 青年は吹っ飛び、壁に当たってさまざまな工具が頭に落下。


「ぬぐぐぐっ…! お前ら…!」


 特に戦気を出しているわけではないが、青年はまたもや耐える。

 まともに受けたわりには、なかなかタフな男である。


「そっちが武器を使うのならば遠慮はしないぞ!」


 今度は青年が剣を取る。

 といっても刃の無い模擬戦用のものだ。


「女相手に武器を使うなんて卑怯じゃないのか? 恥ずかしいやつ!」

「お前は盾を使っているだろうが!」

「男ならば武器なんて使わないで戦ってみせろ!」

「二人がかりで攻めているやつの台詞か!?」

「残念だな。二人じゃないぞ」

「なに?」


 ガンッ!!

 直後、青年が持っていた剣が弾き飛ばされる。

 まったく予想していない角度から強い力が加わったので、あっさりと落としてしまったのだ。


「な、なんだ!?」

「余所見をしていていいのか!!」

「ま、待て!! 卑怯だぞ! 何かやってるだろう―――ぐばっ!」


 サリータが青年に盾を強く押し当てる。

 青年はかろうじて飛ばされずに済んだが、それはあえてサリータがそうしたから。


 狙いはそのまま―――倒す!!


 盾を横に捻るように力を加え、足を引っ掛けながら押し倒す。ハンクスとの練習で学んだ技である。

 そして、全体重をかけて盾を上半身に押し付ける。


「ぐうううう、お、おもっ…!!」

「女性に対して重いとは失礼だ―――な!!!」


 バキッ!!!

 盾で青年の両肩を封じながら、空いた顔面に拳を叩き込む。

 青年にできることは、せいぜい首を動かしてダメージを軽減することだが、この体勢ではろくなことができるわけがない。

 そのまま、殴られる。


「ふんふんふんっ!!」

「ぐえっ! ぐあっ!! がはっ!!」


 ドガ バキッ グシャッ ドゴッ!!

 まるでマキに殴られるラブヘイアを思い出させる滅多打ちだ。

 その様子に刺激されたのかセノアも動く。


「はぁはぁ! そ、そうだ! あ、足を、足を潰さないと!」

「―――っ!?! ま、待て! 何をするつもりだ!!?」

「え、えーと、メモは…あった! 足を潰して逃げられないようにして、手の腱を切って武器を握れなくすれば無力化できる…っと」

「まてまてまて!! なんかすごいことを言って―――ごばっ!?」

「ふんふんふんっ!!」


 そうしている間もサリータの拳は止まらない。

 セノアも何やら不穏な発言をしているので、青年はさぞや怖いに違いない。

 ちなみにこれは、アンシュラオンから教わった敵を無力化させる方法であるが、「殺したくなければ両手足を潰すんだよ」という、さらに怖ろしいやり方である。

 普通の人間だと足を撃たれただけで、ショックや失血で死ぬリスクがある。逆に危ないので良い子は見習わないようにしよう。


「サナ様…!! サナ様を侮辱するな!! サナ様を…サナ様ぉおおおおおおお!!!」


 ドガ バキッ グシャッ ドゴッ!!


「ごっ…ぐばっ……がっ…っっ…」


 サリータは鎧を脱いではいるが、篭手は付いているので金属で殴っているようなものだ。

 青年の鼻が潰れ、歯が折れ、血が噴き出しているが、そんなこともお構いなしに殴り続ける。

 そこには絶対になめられない、という強い信念が感じられる。


 が、それ以上に―――ゾワリ



「死ね、死ね、死ねっ!!! 死ねぇえええええ!!」



 サリータの目が―――【赤く】光る。


 彼女の瞳の色はもともと『赤紫』であるも、今は完全に真っ赤に輝いている。

 当人は激しい感情の中で理解していない。自分の瞳の色など誰もが見えないのだから当然だ。

 それは、血の色。

 その瞬間の迫力は、普段の彼女からは想像できない異常なものであった。

 まるで殺意が具現化したように異様な気配を放つ。


 そう、サナの目が赤く光るように。


 強烈な殺意の前に青年は何もできない。

 押さえ付ける力も徐々に強くなり、ギシギシと骨が軋む音が聴こえる。

 殴る力もさらに増していき、青年の顔面が酷いことになっていく。


「死ね、死ね、サナ様に害なす者は―――死ねぇええええええ!!」


 殺すことへの抵抗がなくなっていく。

 むしろ、殺さないといけない気がしてくる。

 それが正しく、唯一の真理であるかのように思えてくる。

 だから、拳は止まらない。

 殴る、殴る、殴る、殴るぅうううううううう!!

 骨が砕ける音、歯が折れる音、肉が削げる音が聴こえても、殺意だけが高まっていく。

 それが何よりも快感。


(はぁはぁはぁ!!! なんだこの気分は!! 何がなんだかわからないが、今ならば何でもできそうな気がする!!)


 ゾワリ ゾワリ

 湧き上がってくる力に背筋が震える。

 ある種の全能感が、麻薬のように暴力を振るうことを肯定し、絶賛する。

 主のために。主に逆らう者を殺せと命じてくる。



「サナ様!! 私はぁぁあああ!!」



 そして、最後の一撃を繰り出そうと拳を振り上げた時―――ガシッ!

 誰かに腕を止められる。


「そこまでにしてもらえないだろうか」

「っ!!」

「それ以上やれば死んでしまう。そこらで許してやってほしい」

「…っ……っ!」


 視線を移すと、そこにはバルドロスがいた。

 それによって正気に戻る。


「はぁはぁ…自分はいったい……」

「すまなかったな」

「え?」

「嫌な予感はしていたのだが、それが的中してしまったようだ」


 どう見ても一方的に殴っていたのは彼女だが、バルドロスの口調にサリータを咎める様子はなかった。

 そして、倒れている青年を軽々と持ち上げて肩に担ぐ。


「非礼があれば詫びよう。すまなかった」

「あっ……い、いえ、あなたが謝ることでは…」

「『殿下』に関してはわしの管轄。無関係ではない」

「でん…か?」

「サリータさん、援軍はしっかりと潰しておきましたよ!! やりましたね!! …って、あれ? どうなったんですか?」


 そこに小百合がやってくる。

 手には縄が握られており、先を辿ると一人の見知らぬ青年が縛られ、がんじがらめにされているのが見えた。

 なんとも謎の光景であり、これだけ見ると状況がわからないだろう。

 安心してほしい。これから改めて詳しく語ろう。

 なぜならばこれは、女性たちの女性たちによる女性たちのための友情物語なのだから。





660話 「チームワーク その3」


 ここで順番に状況を説明しておこう。

 このキャンプに来た初日の夜、風呂で会話したことを覚えているだろうか。

 まずアンシュラオンがサリータにこう話した。


「おそらく、このままいくとお前は狙われることになる」

「自分が…ですか?」

「狙うといっても、そこまで悪質ではないだろう。お前も傭兵ならばわかると思うが、こんな男だらけの場所にいれば女の傭兵は悪目立ちする。ちょっかいを出されたこともあるだろう?」

「は、はい。その…セクハラされたりしますね」

「そういえば、初めて会った時にもそんなことを言っていたな。以前ならばしょうがないが、オレの身内になったからには許すわけにはいかない。わかるな?」

「はい、もちろんです!」

「もし絡まれたら徹底的にやり返すのが一番いい。手を出したことを永遠に後悔させるくらいに徹底的にだ。これが一番の抑止力になる『もっとも平和なやり方』だろう」


 人間社会において最大の平和的防衛策は、逆らう気力すら起きないほどに痛めつけることである。

 たとえば防衛するにしても敵の攻撃を待つより、圧倒的火力をもって敵のミサイル基地を事前に破壊したほうが安全だ。攻撃する相手がいなくなるのだから、それも当然といえる。

 むろん何の根拠もなくそれをやれば単なる暴力だが、反撃や潜在的脅威に対して行う場合は防衛である。そこははっきりと理解しておくべきだろう。


「だが、サリータ独りだけでがんばっても駄目だ」

「自分では勝てない…ということでしょうか?」

「それは違うぞ。仮にサナが同じことをしても独りじゃ効果が薄いんだ。こういうのは『集団』で襲わないといけない。マフィアの世界と同じだな。組織がバックにいると思えば、相手も迂闊には手を出さなくなる」

「はいはーい、私も手伝いますよ!! なんてたってサリータさんのためですからね!」

「ありがとう、小百合さん。ただ、これは小百合さんたちにも該当することなんだ。つまりはこの身内の中の誰か一人でも何かされたら、集団で報復する体制を整えるんだ」

「たしかに効果がありますね。私もハローワークが後ろにいるので、グラス・ギースでは誰も手を出してきませんでした! ほんと、こんないい女がいるのに!! でも、アンシュラオン様に出会えたので、すべて万々歳です!!」

「う、うん、そうだね。…ということで、みんなで協力して戦うんだ。オレがやってもいいけど、オレがいないところでも自分たちでやれるようになれば一番だよね」

「その通りです! 女の敵は女が倒すべきです! ね、そうですよね!」

「は、はぁ…恐縮です。ですが、やはり自分で対応できれば一番だと思いますが…」

「サリータ、それは思い違いですよ。私たちはアンシュラオン様のものです。それに手を出すことは、アンシュラオン様に仇なすことと同じです。あなた個人の問題ではなく、ご主人様の問題でもあるのです。粛清は当然のことです」

「な、なるほど…ホロロ先輩の言う通りかもしれません…」

「これも面子の問題ってやつだな。まあ、マフィア連中を散々潰したオレが言う台詞じゃないが、アーパム商会としても、なめられたらやり返すしかない。やり方は任せる。今回オレは手は出さないから、みんなで好きにやるといい」

「わかりました!! 小百合たちにお任せください!! 派手にやっても大丈夫ですよね?」

「ああ、そこは問題ないよ。おっさんの言質は取ってあるし、そもそもオレのものに手を出すようなやつは誰であっても許さないからね。好きなだけやっていい。殺すかどうかも任せるよ」

「それを聞いて安心しました! みんなでがんばりましょうね!」


 まずはこうしてアンシュラオンが注意喚起をし、すべてを女性たちに任せることにする。

 その理由は簡単だ。


(オレが全部をカバーしていくのは難しい。安全面だけならばまだしも、女性間の問題にまで口は出しにくいからね。彼女たちがお互いに争っているわけじゃないから焦る必要はないけど、今のうちに仲良くなってほしい。こういうときは『共通の敵を作る』のが一番だ)


 内部をまとめるために外部に敵を作る。これも外交戦略でもちいられる一般的手法である。

 今回はさらに男と女という枠組みで分かれているため、あえて自分が関与しないことで敵をより明確にできる。

 仮に彼女たちの犠牲になった者がいれば災難だが、最初から手を出さねばいいだけなので、馬鹿には相応しい末路となるのかもしれない。



 翌日。

 アンシュラオンの目論見通り、女性たちは自発的に話し合いを開始。

 より具体的な話も出てくる。


「サリータさんは自由に動いてくださいね。作戦の詳細は教えません」


 『作戦指揮官』である小百合が、サリータを指さす。


「ええ!? な、なぜでしょうか?」

「だって、サリータさんって嘘がつけないタイプですよね。それじゃ不自然になっちゃうじゃないですか。訓練にも支障が出ます。それに、そもそも絡まれない可能性だってありますよね?」

「そ、それは…はい。そうですね。今のところは視線が気になるくらいで、それ以上のことはありませんし…」

「ですから、合図だけ決めておきましょう。セノアさんがお皿を叩き割った時が作戦開始です!」

「どういう状況ですか!?」

「たぶんですけど集団で絡まれることはないと思うんです。いろいろと調べてみましたが、DBDの兵士の中に派閥やグループといったものはないらしく、あぶれた不良兵士もいないようなんです」

「あそこは軍隊です。司令官のガンプドルフ様がおられますし、軍紀違反には死刑も適用されると聞いております。相手はアンシュラオン様のお力を欲しておりますから、あえてそれを乱すようなことはしないでしょうね」


 ホロロも捕捉を入れる。


「といってもですよ、やっぱり男なんです。いきなりムラっとくる可能性も否定できません!! サリータさんは美人ですし、襲われるかもしれないのです!!」

「ええええ!?」

「なんですか、その驚いた顔は。こんなにも可愛くて綺麗なんですから、誰だって触りたくなっちゃいます!」

「あ、あの…小百合先輩……も、揉んでます…揉んでます……」

「ほら、こんな感じでうっかり触ってしまうかもしれないのです! 注意は必要ですよ!」


 一応述べておくが、小百合にそっちの気《け》はない。

 単純に可愛い後輩とスキンシップしたいだけなのだ。親愛の気持ちを伝えるボディタッチが多い女性、といった感じだろうか。


「なので、もし起こったとして単独犯なんじゃないかなーと考えられるわけです。もしほかに誰かいても、それは私たちが分断しますから安心してください」

「安心…と言われましても……」

「ともかく、セノアさんがお皿を持っていたら作戦を意識してくださいね。相手は男。遠慮は無用です。こちらもできる限りの援護はしますから、様子を見ながら戦ってください」

「は、はい…」

「いいですか、これはアンシュラオン様の面子の問題でもあるのですよ!! けっして自分だけで戦っているとは思わないようにしてくださいね!! 私たち全員の問題なのですから!!」

「わかりました…肝に銘じます」


 と言いつつ、サリータはあまり乗り気ではないようだ。

 これもすでに述べているが、彼女自身は自分が戦闘要員という自負、あるいは負い目が存在しているため、できれば自分独りでなんとかしたいと思っているわけだ。

 だがしかし、面子の話となれば仕方ない。渋々納得する。


(結局、なぜ皿を割るのかまでは教えてもらえなかったな…。だが、これは自分だけの問題ではないのだ。わきまえろ。わきまえるんだ…)


 と、サリータが知っているのはここまで。

 彼女は不器用なので、その場その場で対応することになった。

 実際にサナが侮辱されたのだから、小百合たちの言葉は正しかった。

 だからこそサリータもあえて自分独りでは無理はせず、仲間の援護を待って戦ったのだ。絶対に負けられない戦いになったからだ。



 翌日。


 新しい武装をもらい、練習したあと。

 サリータが個人訓練に赴いている間に女性陣が集まり、人知れず作戦会議を行っていた。

 メンバーは、サナ、小百合、ホロロ、ロゼ姉妹の五人だ。


「これが『リスト』です」


 最初に小百合が一枚の紙を差し出す。

 それを受け取り、一読したホロロが感嘆。


「…ここまで細かく。よくお調べになりましたね」

「ハローワークではこういう仕事も重要ですからね。荒くれ者たちを相手にしていますし、安全を確保するためにも素性を調べる癖がついているのです」

「さすが小百合様です。やはりあの行動は意図的でしたか」

「ホロロさんも独自に調べてくれていたのですよね。このメモ、助かります」

「私は少しばかりお話を伺っていただけです。たいしてお役に立てておりません」

「いえいえ、グラスハイランドに勤めていただけでもすごいです! あそこは普通の人は雇いませんからね。お客さんの本質を見極める目がなければ、VIPルームのメイドには選ばれませんって!」

「ふふふ、では、お互いに役立ったということで」

「そうですね。ふふ」


 二人が笑う。そこに互いを牽制する要素は何一つない。

 これも小百合の性格があってこそだが、彼女たちもまた『家族』なのである。

 ホロロも独自に調査した内容をメモとして提示し、リストと照合。

 このリストやメモには、事件を起こす可能性がある人物が明記されている。

 それによって【監視対象】が浮き彫りになる。


「この人物は酒癖が悪く、以前女性に対して絡んだ経歴があります。軽いナンパ程度で実害は少ないようですが、酔えばちょっかいをかける可能性があります」

「キャンプ内では飲酒は禁止となっているようですね」

「はい。ですが、絶対はありえません。グラス・ギースからの補給物資に紛れて酒を持ち込む者がいるかもしれません。人は誘惑に弱いものですからね。特に見知らぬ地に来てストレスも溜まっているでしょう。酒くらいは、と思っても不思議ではありません」

「そうですね。恐怖を酔いで誤魔化す方もおられますし…注意が必要でしょうか」

「次にこちらの人物は、女性の軍人にセクハラを働いた過去があるようです。その後に処罰は受けたようですが、戦後の混乱期に同じようなことをしていたと聞いています」

「まったくもって不浄で不潔な存在です。セクハラや淫猥な言動に対しては、手を切り落とすくらいは必要ですね」

「いいですね、そうしましょう!! 二度と手を出せないように―――と、洒落じゃないですよ!」

「ふふ、わかっております」

「では、制裁は手の切断、とします。死刑にされるよりはましでしょう」


(本気で言ってるのかなぁ……目は本気っぽいけど。小百合さん…もしかして、本当は一番怖い人なのかも)


 それを聞いていたセノアが、引きつった笑顔を浮かべる。

 どうも本気で言っていそうな気がするから怖い。


(でも、やっぱりすごい。私も一緒に兵士さんたちと話していたのに、こんな話は訊き出せなかったもの。何が違うんだろう?)


 こうした情報は、小百合やホロロが兵士や騎士たちから訊き出したものである。

 相手が女性なので、あまり免疫がない男は緊張してうっかり話すこともあるし、そうではない者も無力な者に対しては警戒が緩み、口が軽くなるものだ。

 小百合は持ち前の明るさと率直さ、ホロロはメイドらしい従順さと色気を使い、普段は表に出ない情報まで入手していた。

 その中には、【殿下】の情報もある。


「私が個人的に一番衝突の可能性があると考えているのが、この人物です。殿下と呼ばれているみたいですね」

「殿下…ですか? 殿下って…偉い人のことですよね?」


 セノアもそこは気になったのか、話に食いつく。


「DBDの情勢はアンシュラオン様から聞いた通りです。多くの王室関係者は国内から出ることはできません。上位の王位継承権を持つ者ならば、なおさらです」

「えーと、そうなると…あれ? あまり偉くないってことでしょうか? それでも殿下なんですね」

「はっきり言えば、そうですね。ずばり訊いちゃいましたよ! なんと、彼の順位は―――【百十五位】です!!」

「…え? 百……え?」

「間違ってはいませんよ。上から数えて百十五位です」

「あの……それって……意味あるんですか?」

「セノアさんもはっきり言っちゃいましたね!」

「い、いえ、びっくりしたもので…すみません!」

「いいんですよ、事実ですから。そして、どんなに低くても『殿下』なのも事実です。すでに多くの『宮家』が潰されているそうですから、実際はもう少し上でしょうね」

「そもそも聖剣長のガンプドルフ様が国外に出ただけでも一大事。連れてこられるのは、せいぜいその程度の人物なのでしょう。ただし、重要なのは【血】です」

「そこですね。アンシュラオン様からの情報から推察するに、彼は本命ではないのでしょう。あくまで【保険】であり【繋ぎ】だと思われます」

「ソフィア王女殿下が来られるまでの…ですね。あるいは来てからも何があるかわかりませんし、血の保存役といったところでしょう」

「王女殿下には来てもらいたくありませんが…こればかりはどうしようもありません。アンシュラオン様がお決めになられることですからね」

「私たちのような者が、ご寵愛を賜るだけでも畏れ多いことです。十分満足しております」

「ホロロさん、大事なことを忘れてはいけませんよ! 仮に王女殿下が来たとしても、私たちの立場は同じ『妻』です。先に【孕んだほうが勝ち】ですよ?」

「…さようでございますか。ふふ…それならば、まだまだ可能性はありますね」

「ですよねー。ふふふ」

「ふふふ」


(こ、こわいよぉ)


 三十路前の女性を侮ってはいけない。

 婚期には激しく敏感だし、こういう状況になればいかに主人の寵愛を受けるかで揉めるのが世の常。言ってしまえば【宮廷闘争】と同じだ。強大な権力を持った人間の周りでは、こうした女性たちの闘いがあるものなのだ。

 ただし、そこに陰惨ないじめや殺し合いは絶対に発生しない。

 そこがアンシュラオンが求める理想世界の在り方であり、スレイブ・ギアスの価値なのである。

 現在はまだギアスはかかっていないが、アンシュラオンによって絶対階級制度が作られている以上、それと同種の縛りがかかっていると思ってよい。

 そして、女性の最大の権利は、子供を宿せること。

 以前どこぞの政治家がこの手の発言で大炎上したことがあるが、生物学上の事実なので致し方がない。むしろ人類が存続して歴史を紡ぐ以上、最大のアドバンテージでもあるため、女性ならば利用しない手はない。

 アンシュラオン当人も、当然このことは知っている。

 だからこそ余計な混乱を招く前に女性たちを一致団結させるべく、『哀れなる子羊』を生贄に捧げねばならないのだ。

 これはサリータのためでもあるが、何よりも自身の保身のため。

 それが実にあの男らしくて『微笑ましい』ではないか。





661話 「チームワーク その4『女性たちの手で』」


 ここで『殿下』の存在が浮上。

 どこかで聞いたことがあると思った人も多いだろう。

 そう、この殿下なる人物は、サナとバルドロスとの戦いでも少しばかり登場している。

 グーリロック〈朽森掃食虫〉に殴られて、あっさりと気絶してしまったが、その隙をついてサナが猛攻を仕掛けられたので、こちら側としてはありがたい『救援』であった。

 ただし、今回は要注意人物である。


「私が怪しいと思ったのは、この殿下…リッタス・マッケンドーという人物は、かなり問題を起こしているからです。先日、サナ様が参加された合同訓練がありましたよね。あの時、バルドロス百光長の隊にいたようなのですが、魔獣を発見した途端、いきなり飛び出していったそうです」

「それは勇ましいことですね」

「それだけならばよいのですが、どうやら独断だったようですね。それによって魔獣との混戦になって怪我人が出ています。重傷者もおりまして、アンシュラオン様がいなければ危ない状態だったようです」

「カッとしやすい性格なのでしょうか? あるいは功を焦って?」

「両方かもしれませんね。普段から思い詰めたように激しい訓練をしているようですし…ご自分の立場を理解しているのでしょう。しかし、命令を無視する傾向にあるので周囲からは疎まれているようです」

「それらに関して処罰は受けているのですか?」

「やはり王室関係者ということで、表立って処分はできないみたいですね。そのあたりも反感を買う原因になっていそうです」

「なるほど。扱いに困る『厄介なお客様』といった様相ですね」

「それと、こちらのほうが重要かもしれませんが、どうやら女性に対して過度の嫌悪感を抱いているようです。独り言でも、たびたび女性への不満を口に出していると聞いています。そこまでいけば病的ですけど…」

「そういうお客様もいらっしゃいましたね。その方は同性愛者でしたが…。もし同性愛者でないのならば『女性恐怖症』という可能性もあるかもしれません。何かトラウマでもあるのでしょうか」

「それはありえますね。DBDの王室では女性が優遇されているそうですし、男性の継承権者は軽視されがちのようです。そのあたりがコンプレックスになっているおそれもあります」

「しかもガンプドルフ様が、アンシュラオン様にあのようなお話を持ちかければ…」

「ええ、暴発する可能性は高いです。ですが、あれはオフレコでのお話だったでしょうから、彼が知っているかまではわかりませんね」

「それでも王室の末端です。他者よりは内情に詳しいでしょう。こうやってガンプドルフ様が優遇する光景を見ていれば、雰囲気から感じるものがあるかもしれません」

「私もそう思います。一応殿下を最重要危険人物としつつ、他の人物も同時に警戒する方向でいきましょう。問題は、相手が強すぎる場合です。そのときはサナ様にお願いできますか?」

「…こくり! …ぐっ!」

「ありがとうございます! これで安心ですね。あと、アンシュラオン様からこちらを預かっております」


 小百合が小さな箱のようなものを取り出す。


「これは【通信機】です。人数分用意してあります」


 ゼイヴァーが持っていたものから技術を盗み、独自に改良した小型の通信機である。

 DBD製の通信機は、対となるジュエル同士でいくつかの信号を送受信するだけの簡易なものだったが、この通信機の特徴は距離が短い代わりに複数の相手と『会話』できる点だ。

 距離は約百メートルとかなり短いものの、直接意思疎通できることは大きい。こちらも原理はDBD製と似たようなもので、声の振動をジュエルに共鳴させ、同種のジュエルに受信させる構造となっている。

 送信者の切り替えもスイッチ一つでできるので便利だ。これからは集団行動も増えるため、こうした道具は必要になるだろう。


「通信機……これがあると私たちの能力は、もういらないんですか?」

「セノアさん、それは逆ですよ!」

「え? そうなんですか?」

「はい。この通信機は便利なのですが、高度な暗号化ができずに傍受される危険性があるらしいのです。距離も短いですし、作戦行動中は合図を送るくらいの意思疎通にしか使えません。その反面、セノアさんとラノアちゃんの念話は、距離も長めで傍受もしづらいのです」


 ここで気になるのが『念話』との違いである。

 今現在確認しているところでは、【念話に距離の制限はない】らしいことがわかっている。

 白樹の館に移ってからも試していたが、たとえばグラス・ギース程度の都市内部であれば能力の使用に問題はなかった。あくまで予想だが、百キロ圏内までは大丈夫だろう。

 といってもアンシュラオンに傍受されたように、こちらも術の素養がある人間には傍受が可能である。そのあたりはどの通信手段でも起こりえるので致し方がない欠点だ。

 ただし、通常のジュエル型通信機よりは傍受しづらいし、魔力珠によって術士の因子が+2された状態であるため、今までよりは数段傍受されにくい状態にあるといえる。

 今はアンシュラオンとの専用回線によってさりげなく暗号化処理も行われているため、傍受はより困難でもあった。


「何よりも『声を出さなくてもいい』のが最大のメリットです! 秘密の会話ができるのですから、これほど便利なこともありません!」

「そ、そうです…よね。私たちの能力は役立ちますよね。…よかった」

「ですので、セノアさんにはサリータさんを尾行してほしいのです。これはセノアさんにしかできないことですよ!」

「わ、私がですか?」

「そうですよ。はい、お皿」

「…本当に割るんですね」

「お皿を割ることで相手の注意を引き付ける目的もあります。遠慮なく割ってくださいね!」

「は、はい…」

「もしセノアさんが何か異変を感じ、危険だと判断したら即座にラノアちゃんに『念話』で連絡を送ってください。それを私がホロロさんたちに中継します。ラノアちゃんは、受信側としてならば大丈夫なのですよね?」

「はい、それは大丈夫です。ラーちゃん、お姉ちゃんの言葉をそのまま伝えればいいんだよ。わかった?」

「んー、わかった」


 ラノアはまだ子供なので、より詳しい状況を伝えるのに時間がかかってしまうが、セノアならば問題はない。ラノアは復唱すればよいだけだ。

 また、ラノア自身も頭が悪いわけではない。サナと一緒に勉強しているので、一通りの教育は受けている。

 彼女の場合は興味がある特定の分野だけ満点で、乗り気ではない分野は点数が悪いといった、まさに天才肌の人間の特徴がありのまま出ているようだ。

 ともあれ、受信役としては問題ないことがわかる。


「それは助かります。では、サリータさんの直接的な援護は、セノアさんとホロロさんにお任せいたしますね。私はラノアちゃんと一緒に近くで張っていますから、そこで援軍が来るのを防ぎます。サナ様も万一の場合にそなえて一緒に待機。これでよろしいですか?」

「…こくり」

「問題ありません」

「うん、わかったー」

「あ、あの…私も戦うの…ですよね?」

「はい、そうですよ! セノアさんには魔力珠があるじゃないですか! 術だって使えます!」

「そ、そうですけど…緊張しますね」

「セノア、私は少し見通しの良い場所で見張っています。このライフルで狙いやすいように相手を射線上に誘導することも意識しなさい」


 ホロロが背負ったライフルを見せる。

 銃での援護は殺傷力があるので危険だが、相手はDBDの兵士たちだ。頭部に直撃でもしない限り、これくらいで死ぬことはないだろう。

 それ以前にアンシュラオンから殺傷許可が出ているので、仮に死んでも特に問題はない。

 たとえ相手が殿下であろうと。


「サリータは不器用ですが、私たちの仲間です。あなたもそう思っているのでしょう?」

「もちろんです!! サリータさんのためなら…がんばれます!」

「よろしい。では、今日も張り込みとまいりましょうか。常に実戦を意識しなさい。気を抜いてはいけませんよ。すべてはご主人様のためです」


 その後、女性たちはアンシュラオンとガンプドルフの戦いを観戦。

 張り込みは続行されたが、その日は戦いの余韻もあってか特段何もなく終わる。



 翌日。

 サナが模擬戦から戻った時から張り込みが開始。

 サリータも模擬戦を終えて、キャンプの裏へ。


―――〈こちらセノア。サリータさんがキャンプの裏側に行きました〉

―――〈ホロロです。こちらも確認しています〉

―――〈あっ、誰かこちらに来るみたいです〉

―――〈小百合です。緊急連絡。『ターゲット1』がそちらに向かいました。セノアさんは『念話』に切り替えてください。今後の連絡はそちらでお願いします〉

―――〈わ、わかりました。監視を続けます〉


 この十数分後、サリータと殿下の対立が発生。

 それはセノアの『念話』によって即座に伝えられ、ラノアを介して小百合がホロロに連絡を入れる。


―――〈狙撃準備します〉

―――〈遠慮なく撃ってください。サリータさんが優勢なら武器を狙ってもいいかもしれません〉

―――〈そうですね。過剰にサリータを援護しないように気をつけます。これは彼女の戦いでもありますからね〉

―――〈ええ、彼女には自信を持ってもらわないと困りますね。…あっ、サナ様から通信が入りました〉

―――〈…コンコン……コン……コンコンコン〉

―――〈はい、わかりました。サナ様、ありがとうございます! 引き続き監視をお願いいたします!〉


 サナは言葉がしゃべられないため、通信にはモールス信号のような特殊な暗号で対話をしている。

 彼女は小百合が張っている場所よりもさらに前におり、強すぎる騎士がこちらに来ないようにしていた。殿下に続いて工場に人が来なかったのは、そのためだ。

 アンシュラオンのお気に入りのサナに威圧されれば、ガンプドルフ以外の騎士は驚いて逃げていくだろう。覇王の弟子であることがわかった以上、無礼な真似は絶対にできないからだ。

 そのサナから通信。

 誰か一人、こちらに向かってくるようだ。

 彼女があえて通したということは、その一人もターゲットである。


―――〈『ターゲット2』が来るみたいです。情報ではあまり強くないらしいので、私たちに任せてください〉

―――〈了解しました。こちらはサリータの援護に回りますので、通信を一旦切ります〉


 この後の展開は、すでに述べた通りだ。

 セノアが皿を割って注意を引き付け、術で援護する。

 殿下の剣を弾いたのは、ホロロの狙撃である。

 工場はもともと簡易なもので屋根も一部しかないため、狙撃ポイントに陣取った術具持ちのホロロにとってみれば、恰好の的でしかない。

 跳弾も計算して撃っているため、それによって周囲に影響はなかった。

 あちらの結果はすでに判明している。いちいち詳しく述べる必要もないだろう。

 よって、小百合側の視点で少し状況を述べよう。



 しばらく小百合とラノアが待っていると、その青年、『従者』がやってきた。

 年齢は殿下より若く、まだ二十歳になったばかりといったところだろうか。


「あれ? たしかこっちに来たような…。殿下…どこに行かれたのか…」


 青年は従者と呼ばれるように、いつも殿下と一緒にいることが確認されている。

 しかしながら、試合に負けて苛立っていた殿下に面倒がられ、置いていかれてしまったようである。


「ラノアちゃん、行きますよ。準備はいいですね?」

「うん。だいじょうぶ」


 そこに小百合たちが近づき―――


「あのー、少しいいですか?」

「えっ!?」


 小百合が声をかけると、従者は驚いた表情を浮かべる。

 物自体が全体的に大きな世界である。キャンプとはいっても死角になる部分が多くある。

 小百合たちはそこに潜んでいたので、どうやら気づかなかったようだ。逆に言えば、『その程度の人物』であるといえるが。


「エノス・マッケンドーさんですよね?」

「あっ…は、はい。あの…どうして私の名前を?」

「ああ、やっぱり! さっき『殿下』から言付けを頼まれまして。私は小百合・ミナミノと申します」

「そうでしたか。お名前は存じ上げております。アンシュラオン様の従者の方ですよね?」

「【妻】の一人です!」

「これは失礼をいたしました。わたくしはエノス・マッケンドーと申します。リッタス殿下の従者を務めさせていただいております。エノスとお呼びください」


 青年は、屈託のない笑顔で丁寧に挨拶をする。

 かなり人が好さそうな…というよりは、あまり世俗慣れしていない様子がうかがえる。


「エノスさんも殿下と同じ姓なのですね。ご兄弟ですか?」

「わたくしは養子です。血は繋がっておりません。わが国では、従者となる者を宮家の養子として迎え入れる風習があるのです」

「なるほどー! ということは、エノスさんも貴族なのですね!」

「いえいえ、貴族と呼べるほどたいしたものではありません。王宮に暮らす上位宮家以外は、ほとんど一般家庭と変わらない生活を送っております。わたくしも殿下も普通に街で暮らしておりましたよ。どうぞ普通に接してください」

「そうなんですか。でも、東大陸に来られるなんて大変ですよね。慣れない生活でご苦労されているのではありませんか?」

「これも名誉なことです。もしこのような状況でもなければ、マッケンドー家が選ばれることもありませんでした。ある意味ではチャンスでもあるのです。殿下も張り切っておられます」

「殿下のお噂は伺っております。とてもがんばっておられるようですね」

「はい。真面目な方ですから。ただ…従者の身としては、あまり無理をなさらないでほしいものです。やはり職業軍人ではありませんからね。本職の方々とは差がありすぎます」

「騎士扱いと伺っておりますが…普通に偉そうにしているだけじゃ駄目なんですか? 私だったらそうしますけど」

「ははは、殿下の性格では無理でしょうね。聖剣長殿に嘆願して、あえて騎士扱いにしてもらっているのです。強くあらねばならないと…そう悟られたのでしょう。わたくしも殿下に相応しい従者になれるように、もっと努力しなければなりません」

「バルドロス百光長ともお付き合いがおありなのですか?」

「はい、宮家には護衛騎士が付く習わしなのです。バルドロス様とは先々代からのお付き合いと聞いております。戦後に退役なされましたが、今回東大陸に赴くことが決定し、再びマッケンドー家の護衛騎士になっていただきました。いつもご苦労をおかけして申し訳なく思っております」


 これらの会話を見ても、エノスが駆け引きに疎いことがわかる。

 小百合が話しやすい雰囲気を整えているとはいえ、わざわざ自分が仕えている宮家の内情まで話す必要はないのだ。

 特に権威に関わる面で、相手に侮られるような言動は控えるべきであろう。

 と、なぜわざわざこんなことを述べたかといえば、この瞬間に小百合が『勝利』を確信したからだ。


「おっと、長話をしてしまいましたね。それで、言付けとは?」

「エノスさんが来たら、自分のところまで案内してほしいそうです。キャンプの外で鍛錬するからと」

「そうですか。では、案内を頼んでもよろしいでしょうか?」

「はい。こちらです」


 小百合とラノアが、エノスを連れて歩き出す。

 そして、完全に人の気配がない場所にまで来たところで―――


「キュキュッ」


 ラノアが連れていたウサギの『夢太郎』が突然飛び出し、物陰に隠れてしまった。


「ゆめたろー…出てこない」


 ラノアが引きずり出そうとするが、さらに奥のほうまで逃げてしまう。


「困りましたね…私でも届きそうにありません。この荷物がどけられればいいんですけど…」

「それでは、わたくしがお手伝いいたしましょう」

「いいんですか?」

「これでも男です。婦女子の方々よりは力がありますよ。お任せください」


 エノス自身は、女性に対して特別な嫌悪感は持ち合わせていないようだ。

 むしろ女性には優しく、それなりに免疫もあると思われる。


「あのー、殿下って女性との間に何かあったのですか?」

「え?」

「いえ、私と話した時に少し構えていた気がしましたので」

「あ、ああ…そうですか。それは失礼いたしました。私も理由はわからないのです。こちらに来るまでは、そんなことはなかったはずなのですが…ある日突然、女性に嫌悪感を感じるようになったようで…。申し訳ありません」

「いえいえ、気にしないでください。私は気にしておりませんから」

「本当に申し訳ありません。んしょっと…なかなか重いですね…」

「ええ、こちらこそ申し訳ありません」


 小百合がそっと完全無防備なエノスの背後に立ち


 刀を振り上げ―――ゴンッ!!!


「―――っ!?」


 容赦なく後頭部に叩きつける。

 鞘のまま殴ったので切れてはいないが、エノスがガクンと崩れ落ちる。

 そして、こちらを振り返り、困惑した目を向ける。


「ううっ……な……なにを―――ぐえっ!?」


 ゴンッ!!

 小百合が無言で再び殴りつける。

 それでもまだ意識が途切れないので

 ゴンッ!! ゴンッ!! ゴンッ!!


「がっ……っ…………………………がくっ」


 さらに三回殴ったところで、エノスが完全に失神。

 頭部からの出血は見られず、大きなコブが出来ていることがわかった。呼吸もしているので死んではいないようだ。


「ふー、さすが兵士と一緒に動いているだけはありますね。本気で殴ったのに、なかなかしぶとかったです。ああ、ラノアちゃんはブースターをしまっても大丈夫ですよ」

「…ビリビリさせなくてもいい?」

「もう気を失っていますから大丈夫でしょう。もし起きたらお願いしますね。では、さっさと縛ってしまいましょう」

「ゆめたろー、おいで」

「キュッ?」


 ラノアが呼ぶと夢太郎が戻ってきた。

 ウサギもラノアが念糸を使って操っていたので、これ自体がすべて罠だったというわけだ。


「いいですか、ラノアちゃん。相手がどんなにいい人でも、敵ならば手加減してはいけませんよ。そして、私たち身内以外は誰一人として信じてはいけません。わかりましたか? 今回は殺しませんでしたが、殺す必要があるときは遠慮なく殺していいですからね」

「あーい」

「うふふ、いい子ですね! さすがはアンシュラオン様のメイドです! 私も妻の一人として、もっともっと精進しないといけませんね!」


 大人から子供へ、アンシュラオンの哲学が伝えられていく。

 いつかきっとラノアも同じように敵を倒すだろう。それを見た子供も、それに倣うだろう。そうやってアーパム商会の力は強まっていくに違いない。

 その後、小百合がエノスを縄でぐるぐる巻きにして、サリータと合流。

 バルドロスが異変に気づいて向かってきたが、しっかりとサナが付いているので強敵対策も万全であった。

 それでも駄目ならば「きゃー、チカンです!」とでも叫べば、ゼイヴァーが鬼の形相でやってくるだろう。

 仮にあとで冤罪だとわかっても嘘ではない。この場合のチカンは「置換《ちかん》」のことである。置換を連呼しても罪になる法律はない。(もともと荒野に法律などないが)


 ひとまず、これが一部始終。


 女性たちが自らの手で尊厳を守った記念すべき瞬間であった。





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