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「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」

作者  園島義船



□ 第十一章 「スレイブ・ギアス」 編


639話 ー 651話





639話 「お風呂談話」


 その夜、アンシュラオンたちはキャンプの外に出て野営をした。

 普通ならば一緒に過ごすことで一体感や連帯感を培おうとするが、あまりに両者の性質が異なるためにあえて別行動にしたのだ。

 一方は男臭い軍隊。他方は女性をはべらせる自由人。

 そんな相反する者たちが同一の場所にいられるわけがない。規律にも影響するという理由でゼイヴァーも納得していた。

 それを如実に示すように、アンシュラオンは風呂を作って女性たちとまったり過ごしている。


「自然はいいねぇ。こうしてみんなと入れる風呂だと格別だ」


 いつ魔獣に襲われるかもしれぬ場所で、のんびり風呂に入る。

 それができること自体が異常なのであるが、すでに周囲の者たちは慣れきっている。


「その戦艦というものは、武装商船とは異なるのですか?」


 湯の温かさで火照ったホロロが、アンシュラオンに身を寄せる。

 すでに事は終えており、身体中から力が抜けているので、いつもより穏やかな表情をしている。

 相変わらず色気の点においては飛び抜けた魅力を持つ女性である。彼女を気に入ったのは、それが少し姉に似ていたせいもあるだろうか。


「武装商船はあくまで民間船だけど、戦艦は本当に戦うためだけに造られた兵器だ。戦闘力が違うね。あの時は通常弾だったから対応は簡単だった。でも、あの精度でもっと強い砲弾を撃ち込まれると防ぐのは大変かも。特に動けない拠点を潰すにはもってこいの兵器だよ。普通の人は都市や街に定住するものだからね。グラス・ギースとの交渉においても役立っていたはずだ」


 巡洋艦クラスとはいえ戦艦は戦艦だ。

 ひたすら遠くから主砲を叩き込めば、防護結界を貫いて都市部に攻撃することも可能となる。今のDBDの現状を考えると弾数的に難しいが威圧にはなっている。

 城壁に絶対の信頼を置いている彼らも、あえて戦艦と戦いたいとは思わないだろうし、この荒野を航行する手段としても重要な足となる。


「その前文明の財宝は本当にあるのでしょうか?」

「さて、どうだろう。あったら面白いよね。グラス・ギースという『証拠』がある以上、可能性はゼロじゃないと思う。手付かずならばオレたちが最初の発見者になって、それを自由にすることができるのは楽しいね。でも、それだけを当てにするのは危険だ。ひとまずそこは忘れたほうがいいかもね」

「DBDの状況を考えますと、この荒野に国を作るのは難しいように思えます。特に財政的な問題が大きいです。本国からの補給もないようですし…」

「そうだね。まさに着の身着のままでやってきたようなものだしね。ただ唯一、それを打開する手段もまた戦艦にあるんだ。戦艦には【西側の技術】があるからね」

「それはどのようなものなのでしょう? 戦艦が【量産】できるようなものですか?」

「ほぉ、面白い発想をするね」

「それほど優れたものならば、アンシュラオン様にこそ相応しいと思われます」

「なるほど、量産…あるいは複製か。いつかはそういったことができるのかもしれない。ただし、まずは何事も最初の一歩が必要になる。戦艦にあるもの、それは―――『溶鉱炉』だ」

「以前、おっしゃっておられましたね。金属を生み出すのに必要な施設と記憶しております」

「その通りだ。多くの鉱物はそれ単体では脆いし、加工も難しい。中に不純物が含まれているからだ。混ぜて合金にするにせよ、一度純粋な鉱物資源を取り出さないといけない。それを可能にするのが高炉だよ」


※溶鉱炉=高炉


「ハピ・クジュネにもあると聞いたことがございます。あそこは鍛冶師も多くおりますし、製鉄技術も進んでいると」

「アズ・アクスの包丁はオレも使っていたし、作った鍛冶師の腕も良さそうだった。それは認めるよ。でも、レベルと規模が違うんだ。DBDは西側でも有名な鉱物産地らしい。あんな魔剣を打てるくらいの鍛冶師がいるんだから、その技術体系は数段上にいると思っていいだろうね。なにせおっさんたちの高炉は、二百メートル以上は軽くあるみたいだからね」

「そんなに巨大なのですか?」

「高炉兼補助エンジンにもなっているらしい。戦艦も普通の船と同じく風のジュエルで浮くけど、万が一の場合にハイブリッドにしてあるってさ。まあ、戦艦としては珍しい部類らしいけどね。別の見方をすれば、DBDが長期間少ない数で大軍と渡り合えたのも、移動拠点に生産設備があったからだろうね」

「そんなものをよく持ち出せましたね。監視はかなり厳しかったと思われますが…」

「そのあたりは若干気になるけどね。協力してくれる不穏分子が多いのか、根本的に侵略統治が進んでないのか、戦後のゴタゴタに乗じただけか。または何か目的があってあえて見逃したのか。知らない国だから状況もわからないし、推測も難しいや」

「そもそも信用できるのでしょうか。所詮は彼らも西側の人間です。こちらを利用することしか考えていないのではありませんか?」

「こっちの人は西側に良いイメージはないよね。どんどん犯罪者を送り込んでくるし、入植して好き勝手やるし、ただの侵略者でしかない。気に入らないのは当然だ。でも、追い詰められている相手に恩を売るのは悪いことじゃない。通常より何倍も安く買うことができるからね。もし支払いが滞ったら、欲しいもんだけぶんどって縁を切ればいいさ。それくらいが気楽でいい」

「戦艦は見つけられるのでしょうか?」

「オレが来たから準備が進められるってさ。このキャンプは新兵が多いから防備に難点がある。オレがここにいるだけで捜索隊を編成する余裕が生まれるみたいだ。一応出発は五日後の朝に決めて、それまでには目星は付けるらしいよ」

「戦艦が戻ったあとの計画はあるのですか?」

「少なくともおっさんは本気だよ。こっちで材料を手に入れて、戦艦の設備で武器や銃火器、あるいは売り物用の資源を生み出すつもりだ。東側は術式で強化した自然素材が主流だけど、しっかりと安定した鋼鉄が普及すれば一気に技術改革が起こるはずだ。それを目当てに人が集まり、資金が集まり、村や街となって開拓への力となっていく。その窓口としてグラス・ギースを利用しようとしている」

「表向きはグラス・ギースがやっていることにするのですね。隠れ蓑というわけですか」

「でも、旧態依然とした都市の風潮に難儀しているようだ。裏に傀儡士やグマシカがいるんだから、そう簡単にはいかない。やつらは逆に目立つことを嫌うからね。すでに西側より優れた技術を独占しているから必要ないんだ。ただし、それは一般人には公開されないから、グラス・ギースは発展しないままになる」

「公開しないのは、自分たちが支配者のままでいたいからでしょうか?」

「それもあるけど単純に危険だからだろうね。エメラーダも同じようなことを言っていたけど、本来遺跡は封じておくべきものだ。たぶんグラス・ギースの遺跡も前文明に近いものじゃないかな。一度滅びたのならば理由があるんだ。それだけ危ないものが眠っている可能性もあるからね」

「それも彼らの傲慢ですね。都市に還元されないのならば意味はありません。彼らが独占し続ける理由もないのですから」

「その通りだ。それならそれでさっさと封印してしまえばいいんだよ。でも、人間は一度知ったら忘れることはできない。オレができることは、せいぜいソブカが勝つためにサポートするくらいさ。あいつなら上手く面倒事も捌けるだろう。オレがDBDに接触したことはいつか伝わるし、それによってまた動きも出るだろうね」

「さすがはアンシュラオン様。こちらのカードを増やすのですね」

「どっちが勝っても利益になる。傀儡士が勝てばグラス・ギースはそのまま閉鎖的だ。それならオレは、あっちを見捨ててDBDと動けばいい。もしソブカが勝てばグラス・ギースと経済的に協力関係が築けるが、DBDがオレに付いていれば譲歩する案件が増えるだろう」

「もしや、こうなることを予期されておられたのですか?」

「多少はね。ガンプドルフたちが西側で何かしているという噂はあった。領主城の一件からまったく姿を見ないのも不自然だし、交渉に難儀していると考えるべきだ。もし遭遇したら様子をうかがおうくらいは思っていたよ。まあ、こんなに早く接触するとは予想外だけど、今のところは上々の出来かな。早くスレイブ・ギアスを作りたいからね」

「私はあなた様にどこまでも付いていきます。ああ、早く私の首に従属の証が欲しいです。はぁ…はぁ、想像するだけで興奮いたします」


 目が潤い、声にも艶が増す。

 自分が支配されることを考えるだけで「達して」しまうようだ。


「はいはーい、私もですー! 私もどこまでも付いていきますよー!」

「ありがとう、小百合さん」


 ちなみに小百合も事が終わったあとなので上機嫌だ。

 彼女もホロロと序列は同じであるものの、一番最初にしてあげたことで優劣をあえてしっかりとつけた。

 近年では、すべてを平等にしろとか言う連中もよく見かけるが、正しい理由で上下関係をしっかり作ることこそ平和と安定につながるものだ。

 みんなで一緒にお風呂に入り、しっかりと満足させる。

 そうした肌と肌の触れ合いもあったせいか、小百合とホロロとの間にも絆が生まれたようだ。すぐ隣にいても、両者ともに自然体だ。


「ところで、その戦艦救出作戦には私たちも付いていくのですか?」

「未知数の荒野だからね。まず間違いなく危険はあると思う。かといって、ここに置いていくわけにもいかないし、一緒に行くことになりそうかな」

「アンシュラオン様と一緒なら、何も怖いものはありません! 小百合も根性見せますよ! 銃だって撃っちゃいます! 刀もあれば振り回します!!」

「う、うん。あまり無茶しないでね。危なくなったら逃げていいんだよ。まあ、おっさんたちも本気でいくだろうから戦力は出し惜しみしないはずだ。たどり着くまでは守ってくれるだろうね。問題はその先かな。一応オレは後方待機で、退路を守る役目をしようと思ってる。そのほうがみんなを守れるからね。前衛はおっさんがいれば十分だろうし」

「うーん、それにしてもDBDですか。そんなに軍事のイメージはなかったんですけどね」

「そうなの?」

「はい。聖剣があるだけの国…といっては失礼ですけど、それを見世物にして人材を集めていた国です。もともとの国力が高いわけではなかったですから、かなり無理をしているんじゃないかと思います。正直、ルシア帝国とやりあえる国ではありませんね」

「レマールとはどうなの?」

「レマールからは離れているので、そんなに詳しくはありませんが…よく宝石とかは輸入していたみたいです。どちらかといえば『燃料石』の印象のほうが強いですかね」


 術式やジュエルで何でもやっているように見えるが、それはアンシュラオンに金があって高級ホテルに暮らしていたからだ。

 多くの平均的な庶民は地球同様、普通に燃料を使って生活している。火のジュエルもライターのように着火に使うくらいで、それでずっと調理するわけではない。

 その中で重要なのが『燃料石』と呼ばれるものだ。

 当然ながら燃料の種類によってさまざまなものがあるが、主に鉱物由来のエネルギー源全般をそう呼んでいる。

 これも性質を宿した小さな魔石といえるかもしれないが、加工しないとまともに使えないクズジュエルの集まりである。

 たとえば発火性のある石ならば、細かく砕いて木材と一緒に固めることで、固形燃料として重宝されている。これはグラス・ギースでも売っているものだ。

 このほかに化石燃料もあり、海底油田の開発を行っている国も存在している。ルシア帝国はそういった資源開発にも力を入れており、技術を輸出して金を稼いでいるわけだ。


「あとはアフラライトが有名ですね。DBD産は質が良いらしいです」

「それも燃料石?」

「はい。小さなものでも異様に発熱性、発火性が強く、薬品と混ぜて精製すると莫大なエネルギーを生み出す液体燃料になるそうです。ただ、管理が難しいのと火力が強すぎるので、今のところは戦艦に使用されるくらいのようです。レマールでは大型戦艦も多いので、かなり輸入していたと聞いています」

「大型戦艦か。レマール軍は水軍もあって強いみたいな話を聞いたけど?」

「そうみたいですね。演習をやっているのは知っていましたけど、最後に戦争をしたのはだいぶ前みたいですから、みんな意識せずに普通に暮らしていました」

「軍事が強ければ、中は平和か。逆に意識しないくらい安全だったんだね。改めて軍備の重要性を感じるな」

「私から見れば、ルシア帝国の狙いはやっぱり鉱物資源、それも燃料資源じゃないかと思います。ルシア軍の主力は大型戦艦ですから、それを大量に作って動かすには資源が必要ですからね」

「なるほど。南への足がかりを作るには、どのみちDBDを制圧するしかなかったんだね。そう考えると聖剣はおまけか」

「箔は付きますよね。聖剣って名前がすでにカッコイイですし。ルシアはまだ成り上がりの国家ですから、そういうものが欲しいのかもしれません」


(そんなに重要な場所なら本国の解放は、ほぼ絶望的だな。おっさんも本音ではそれを理解しているからこそ、一発逆転の博打で東大陸に来たんだ。さて、どうなるかな。上手くいけばいいけど)



「………」

「サリータさん、どうしたんですか!!?」

「うにゃっ!! さ、小百合先輩! む、胸を揉まないでください!」

「いいじゃないですか。もう知らない仲じゃないんですから。ふふふっ!! 裸の付き合いは大切ですよぉー!」

「あっ、ああ!! お、女同士でなんて…! ああああ!」


 アンシュラオンが今後のことを考えていると、小百合がぼーっとしていたサリータに襲いかかっていた。

 もちろんサリータにもしてあげたので余韻に浸っていたのだろうが、その中に少しだけ影が差しているのを見て取ったのだ。


(小百合さんは暴走しちゃうこともあるけど、よく周りを見てるよな。逆にホロロさんは立場上、距離を取らないといけないこともあるから、ここはほんと助かるね)


「サリータ、何か悩み事でもあるのか?」

「い、いえ、そのようなことは」

「隠し事をしても駄目ですよ! こちょこちょこちょ!!」

「あっ、ああ!! そ、そこは!!」

「ほらほら、全部話してすっきりしましょう!」

「うううううっ!! お、お許しをぉおおお!」


 小百合にくすぐられても必死に耐える。

 そこまで言いたくないことなのかと勘ぐるが、なにせ犬だ。キャンプでの様子を見ていればすぐにわかる。


(おおかた自分の非力さを嘆いていたんだろう。あそこにいた騎士たちは全員、サリータより強いからね。逆に現役の軍人で弱いやつを探すほうが難しい。ほとんどが武人だしな)


 新兵とはいえDBDの騎士だ。

 ゼイヴァーやバルドロスはゴリゴリの武闘派だし、下の連中も腕が立つ者が多い。

 アンシュラオンが戦った二人の男もブルーハンターとしてやっていけるくらいの力量はあるだろう。

 その中でサリータが受ける好奇の視線は、あまり気持ちがよいものでないのは確かだ。

 だからこそ彼女に対しては、人一倍「かまってあげる」必要がある。


「サリータ、明日は合同訓練があるからな。お前も参加しろ」

「合同訓練…? 彼らとですか?」

「そうだ。出立するまで時間がある。その間に互いの力を少しでもわかっていたほうがいい。いい勉強になるはずだ」

「サナ様も参加されるのですか?」

「もちろんだ。ホロロさんたちにも本格的に銃火器の使い方を覚えてもらうつもりだ。そしてサリータ、お前は連中に交じって訓練をしてもらう。そのために防具も一式用意してもらう予定だ」

「は、はい。わかりました」

「不安か?」

「いえ、そんなことはありません!」

「盾の使い方も教えてもらえるように手配してある。学びが多い修行になるはずだ。気合を入れろよ」

「…はい。がんばります!」

「大丈夫だとは思うが、なめられないように注意しろ。ただでさえ女だからと侮られるからな。そうそう、もし絡まれたときのために『秘策』を与えてやろう。これにはみんなの協力も必要だ。やってくれるな?」

「はいはい! 何でもしますよー!」

「では、教えよう。ごにょごにょごにょ―――」

「ふんふん、なるほどですー!」

「ええ? 私もやるんですか!?」

「セノアさんも協力してくださいね!! 一緒にやりましょう!」


 ということで、女性たちは夜遅くまで盛り上がっていた。

 小百合が加わったせいか、夜の風呂はほぼ女子会になっているが、彼女たちが楽しいのならば満足である。





640話 「キャンプの朝」


 翌朝。

 キャンプの一日は忙しい。

 夜が完全に明けきる前には哨戒任務に出ていった兵士たちが帰還し、入れ替わるように別の部隊が哨戒に出る。

 この周辺は比較的安全とはいえ、どこから魔獣が出てくるかわからない。キャンプの安全確保には細心の注意が必要となる。

 それから一時間。

 遠くの木々がうっすらと朝日を浴びて白む頃には、キャンプから煙が上がる。

 これは何か異変があったわけではなく、単純に【食事】の準備だ。

 軍人だからといって食事が貧相なわけではない。グラス・ギースとの交流のおかげで食材は最低限あるし、周辺の森からも食べられそうなものを見つけている。

 なにせ彼らの任務は、「いかにこの土地で一般人が快適に生活できるようにするか」なのだ。食材の調査は必須である。

 ただし、率先して味見しなければならないという「罰ゲーム」もある。


「またこれか…」


 黒い割烹着《かっぽうぎ》を着た若い男が、調理台の上に乗った大きな物体にため息をつく。

 往々にして味が良い果実類は数が少ない。魔獣たちも好んで食べるため、彼らと取り合いをしなければならず、結局のところ軍人に回されるのは「外れ」の食材ばかりである。

 この食材もまさにそういった類のもので、数はそれなりに採れるが味は美味しくないパターンだ。ネタに困るとだいたいこれが回されてくる。

 だが、それも仕方ない。

 現状のDBDは調査するだけで精一杯。戦艦さえも行方不明になる惨状だ。食べ物があるだけでも感謝すべきだろう。


「なにこれ?」

「名前はまだ無いんだが、水気がなくてボソボソしているんだ。食べられなくはないけど…人気がないのも当然だよな」

「森で採れるの?」

「ああ、大きな木があって、その周囲にたくさん出来ているんだ。魔獣も食べないみたいだから数は確保できそうだが、肝心の味がな…変な苦みもあるし……って、うわわっ!」

「ん? どうしたの?」

「ど、どうしてここにいるんだ……じゃなくて、いるんですか!?」


 そこにいたのはアンシュラオン。

 当たり前のように背後にいるから怖い。


「キャンプは自由に出入りしていいって言われたからね」

「で、でも、門は開いてなかったはずですけど…」

「うん、飛び越えてきたんだ」

「と、飛び越えて!? け、警報装置があったはずですが…」

「駄目だよ。あんな簡単な術式じゃ。改竄《かいざん》されちゃうよ」



 ジリリリリリリッ!!



―――「うわっ!? なんだ!!」

―――「敵襲か!?」



 ちょうどその時、門を開いた兵士たちが突然の警報に驚く声が聴こえた。

 当然、犯人はこの男だ。


「ちょっと術式をいじくって、門から出る時に鳴るようにしといたよ」

「えええええ!? こ、困りますよ!! なんでそんなことをしたんですか!?」

「うーん、暇だったから?」

「理由が酷い!?」

「まあまあ、それはいいとして調理に励もう。君が今日の料理当番かね?」

「は、はい、そうであります!」


 調理当番の男は、まだまだ若い兵士だった。

 こういう仕事はいつだって下っ端の役目だ。わざわざ騎士がやるものではない。

 とはいえアンシュラオンに対して敬語で話していることからも、ガンプドルフの命令はしっかりと伝わっていることがわかる。


「で、この食材を使えと命令があったんだね」

「そ、そうです」

「いつもこれ、どうやって食べているの?」

「いろいろと試しているのですが、焼いて調味料をかければ、なんとか食べられなくはないという感じでしょうか…」

「『毒』は抜いてる?」

「ど、毒!? 毒なんてあるんですか!?」

「ふーん、その様子を見ると毒素は弱いのかな? それともキャンプの連中に武人が多いから大丈夫なのかな? といっても一般人が食べたらお腹を壊すくらいの事態にはなりそうだ。味も悪くなるから毒は取ったほうがよさそうだね。この芽のところに毒があるから軽く火で炙るといい」

「助かります! それにしても、この食材をご存知だったとは驚きました。東側では有名なものなのですか?」

「いや、そんなことはないだろうね。グラス・ギースでは見たこともなかったし、このあたりにしかないんじゃない?」

「それをご存知とは博識でありますな」

「まあね。そこで相談だ。今回の食事、オレたちに任せてみないか?」

「え? そ、それはその……」

「わかっている。よそ者のオレたちなんか信じられないよね。特に食事は一番危険だ。だから信頼できる者だけに任せる。そうだよね?」

「は、はい」

「では、どうだろう。これならばいいだろうか。その料理を作るのは―――小百合さんだ!!」

「―――!!!!!」

「君も昨日、あの場にいたね。あの艶やかな黒い髪に明るい笑顔。実に素敵な女性だ。お嫁さんにしたら最高だろうね。いやいや、もちろん彼女はオレの従者で君たちが触れられる存在ではない。がしかし、わずかながらでも幸せをお裾分けすることはできる。君は汗臭い男が作った料理より、女性が作った料理を食べたいとは思わないかい?」

「そ、それは!!!」

「彼女はハローワークの職員でもある。その信頼性は抜群だ。ああ、そうそう。オレのメイドたちにも手伝わせるつもりだ」

「め、メイド!!?」

「そうだ、メイドだ。君の国にはメイドはいるのか?」

「い、いるとは思いますが…お金持ちでないと……」

「東大陸の女性もいいぞぉ。西側のように変に垢抜けていない。素朴で従順で明るくて、言うことは何でも聞いてくれる。君も欲しいとは思わないかね? んん?」

「じ、自分はそのような邪なことは…」

「いいんだ。オレにだけは本音を教えてくれ。大丈夫。ガンプドルフの許可は取ってある。これも調査なんだよ。あくまで調査だ。では、もう一度訊こう。メイドが欲しくはないのかな?」

「うう、わ、私はその、いつか騎士になるために努力しているわけでありまして、真面目な生活をその……」

「メイドが欲しいかね?」

「欲しい…デス!!」


 血の涙を流しながら答える。男は正直だ。


「君がちょっとこちらに配慮してくれれば、そういったこともオレが面倒を見てあげるよ。まあ、今回は家庭の味を楽しみたまえ。では、代わりに作ってもいいかな?」

「はっ! 閣下にはアンシュラオン様には最大限の配慮をしろと命令されております! どうぞどうぞ!! いくらでも雑務をお申し付けください!!」

「うむ、君は出世するタイプだね。これからの活躍に期待するよ」


 と、あっさりと懐柔に成功。


(何事も足元を疎かにしてはいけない。まずは小さなところから始めよう。こういう雑用係から味方に引き入れるのがいいんだ。将来に希望がないから目先の賄賂にすぐに飛びつく。DBDにいても出世なんてできないんだから、オレに味方したほうが得なのは明白だ)


 あまりおおっぴらには言えないが、この状況では心が揺らいでいる者も一定数いるだろう。

 そうした不安に付け込み、しっかりと利益を与えることでこちら側に引き込む。

 それは目先の利益でいいのだ。そのほうが目標ができて努力のしがいもある。


(男たちを懐柔するには、まずは食だな。世のお母さんたちの知恵を借りるとしよう)




 アンシュラオンは、女性たちをキャンプに呼び寄せる。

 サリータが食材の出し入れを手伝い、サナとラノアが下ごしらえをし、セノアはその手助けをする。

 そして、小百合とホロロが調理を担当。

 アンシュラオンは直接手は出さず、食材の特徴や調理法を教えるにとどめる。あくまで女性たちにやらせるからいいのだ。


(アクアカの実は、水気がまったく無いサトイモみたいな感じだな。毒さえ取り除けば中身も多いし悪くない食材だ。あとはグラス・ギースから持ってきた小麦粉や調味料と混ぜ合わせて、油を多めにして焼いてみるか。米を混ぜるのもいいかもしれないな)


 さきほどの実は、アクアカという植物に出来る果実の一種だ。

 味は淡白で無いに等しいので、逆に自由に味付けすることができるのも魅力だ。上手く栽培ができれば主食になりうる可能性を秘めている。

 当然こうした情報は、アンシュラオンの『情報公開』を使って調べたものだ。

 今では物質でも簡単に目利きができるので、荒野においてこの男ほど頼りになる者はいない。

 ちなみに『鑑定』の術符でもある程度はわかるのだが、この術式は「登録されたデータから読み込む」のが特徴だ。

 たとえば最近では、カメラで写した画像から植物の種類を当てるアプリなどがあるが、情報が登録されていなければ何かはわからない。

 鑑定も同じで、今まで鑑定されたデータが蓄積され、そこから似たものを表示している。であれば、今まで鑑定されていなければ元のデータが存在せず、誰かがデータベースを構築するまでは何も出ないことになる。

 そういった情報を管理している世界術式協会が存在しており、アンシュラオンが加盟したジュエル協会が新発見のジュエルの報告を求めたのはそのためである。

 一方のアンシュラオンの『情報公開』は、【世界の記憶】から情報を引き出すものだ。この植物が大地に存在する以上、少なくとも星はその存在を知っているわけであるから、データは必ず存在するというわけだ。

 やはりこの能力こそ最大のチートスキル。そもそもの能力の次元が異なるのである。


 それによって―――料理が完成


 メインはアクアカの実と小麦粉を混ぜて焼いたものと、すでに用意されていたパンを用意。そこに食べられそうな野菜を選んでシチューも作る。

 最後にアクアカの実を潰して作った丸い塊と、ミルクに砂糖を入れたタピオカミルク風のデザートを作る。ついでに卵と砂糖と薄力粉(に似た粉)を使って簡単に作れるロールケーキも用意。

 このあたりのメニューはホテルにあったものを参考にしているが、シチューなどはホロロの実家のものに似せているので家庭の味といえるだろう。(小百合のものは海鮮がないと作れない)


 そして、完成した料理をメイドが運ぶ。


 ホロロの姿勢良く慣れた手付きで配膳する様子は、まるで自分が高級ホテルにいるような気分にさせる。実際に勤めていたのだから錯覚ではない。

 セノアが初々しく運ぶ様子には、自分の子供を見るかのような温かい視線と、少女と女性の中間の時期だけが醸し出す独特な魅力に見入る視線が交じる。

 ラノアに至っては、かなりおぼつかない様子なので、庇護欲から思わず助けてしまう者が続出。

 小百合はもちろん大人気。明るい声を聴きながらご飯が運ばれるとなれば、こんなに嬉しいことはないだろう。

 いつもならば食事を後回しにしている者も、小百合が呼びに行くことで頬を緩ませながら喜んで参加する。

 こうしてあっという間にテーブルは、大人数の男たちに占拠されることになった。


「むぅ、これがあのまずい実なのか? 手を加えているとはいえ、なかなかの味だ」

「うまい!! 小百合さん、美味いです!! これが愛情一杯の手料理!!」

「ど、どうも、恐縮です!! ああ、美人さんだなぁ…。メイド…いいなぁ」

「ありがとう、お嬢さん。国に残してきた娘を思い出すよ」

「お嬢ちゃんも食べるかい。これ、美味いよ」

「甘い…甘い。甘味なんて好きじゃなかったけど、これはいけるな」


 それぞれが料理を堪能し、交流している様子が見て取れる。

 軍人にとって食事は生命保持に必要な『任務』だ。栄養が摂れれば味付けはどんなものでもよく、こんな非常時で文句を言う者もいない。

 がしかし、食事は『娯楽』でもある。

 同じ材料を使うのならば美味しいほうがいい。温かいほうがいい。楽しい会話をしながら食べるほうがいい。女性が作ってくれたほうが男は嬉しい。

 そんな当たり前の状況がここでは珍しく、貴重である。



「盛況だな、少年」


 そこにガンプドルフもやってきた。


「おっさんも食べる?」

「あとで味見をさせていただこう」

「食料の確保だけじゃなくて、味もしっかりと調えたほうがいいよ。専門の料理人はいないの?」

「先発隊にはいたのだが魔獣の襲撃で死んでしまった。さすがに機密があるから現地で人員補充はできなかったのだ」

「経験豊富なおっさんに言うのも失礼だけどさ、余裕がなくなると下への配慮が足りなくなる。細かいところで不満を感じている連中もいるはずだよ」

「…たしかにな」

「そこでオレの出番ってわけだ。おっさんみたいに責任重大じゃないから気楽にいろいろとやれる。そっちから下っ端の雑用係を何人か回してくれれば、今後も料理はオレたちが担当してもいいよ」

「うむ、これほど活気付いた食事風景を久々に見た。任せるとしようか。だが、いいのか? こういうことは嫌ではないか?」

「こっちにはこっちの目的があるからね。そのための布石だよ」

「…怖いな。何か要求してくれたほうが落ち着く」

「じゃあ、ゼイヴァーさんをあとで貸してね」

「ゼイヴァーを?」

「サナと戦わせたら面白いかなって」

「…なるほど。そうやって鍛えてきたわけか。スパルタだな」

「それくらいしないと強さなんて手に入らないよ。厳しい環境下でこそ人は強くなるしね。で、盾の講師は見つかった?」

「ああ、彼女のほうだな。すでに用意してある。あとで紹介しよう」

「ちなみにサリータはまだ戦気が使えないからね。そこんところ、よろしく」

「…それは……大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないから苦しんでいるんだよ。そっちの兵士って全員が戦気を使えるの?」

「七割はな」

「使えないのもいるんだね」

「軍属とはいえ全員が戦闘要員ではない。向き不向きがある。…死ねばおのずと減っていくものだからな。そうやって徴兵を続けていれば一般兵士も増えるのは仕方ないことだ」

「それならちょうどいいかな。サリータ用の相手も見つけやすい」

「………」

「今思ったことを正直に言ってみて」

「…いや、君ほどの武人があのような未熟者…と言っては失礼だが、彼女のような者をどうして身内に入れているのか不思議でな。もっと良い人材もいるだろう」

「うん、ほかにもいるにはいるよ。でも、サリータも強くする」

「趣味なのか? それとも目的があるのか?」

「両方だね。考えてもみなよ。強い武人だって最初から強かったわけじゃない。誰にだって可能性はあるんだ。そしてオレはサナを強くした実績もある。なら、サリータだってできるはずだ。この【本当の価値】をおっさんならわかるはずだよ」


 ガンプドルフたちは【兵力の補充】ができない。本国からの支援がないからだ。

 機密も多く、東側の人間をおいそれと使うことはできないのだ。ガンプドルフも言ったが兵士は死ねば減っていく。どうあがいてもゼロに近づく未来しかない。

 だから、現調達で使える兵が欲しい。

 しかしながら強い武人はそう簡単にはいない。DBDに匹敵する戦力は北部には存在しないのだ。グラス・ギースは派閥でがんじがらめで、まったく当てにはできないし、こちらの弱みを見せたくはない。

 そんな時、アンシュラオンが常々考えてきた『スレイブ強化計画』が成功すればどうなるだろうか。

 現地で強い武人を育成でき、しかもギアスで縛れるのならば、これ以上の兵隊は存在しないのだ。


「オレはオレ自身の【軍】を作るよ。まだまだ先になるだろうけど、見込みはあるはずだ。だからサリータだけじゃない。他の女性の育成もオレにとっては重要な仕事なんだ。すべてはサナのために、ね。それ以外にも男には薬物を使った実験もしている。なかなか効果が出ているみたいだよ」

「…少年は怖ろしいことを考える」

「そういう意味でも、おっさんはオレに協力するしかない。いずれそっち側の戦力には限界がくるから、どのみちこっちに頼るしかなくなる。今のうちに貢いでいたほうが得するよ」

「少年が味方でよかったよ」

「ただ、見返りが不確定だから気楽にやらせてもらうつもり。手は抜かないけど、結果が出ないからといって恨まないでよ」

「もちろんだ。だが、期待はさせてもらう」

「おっさんと同じ分くらいは働くさ」

「十分だ。君が動きやすいように臨時で階級も与える。私と同じ『聖剣長』でいいか?」

「それは反発が起こる。その一個下でいい」

「いいのか? 対等ではないぞ?」

「実質的に対等ならば問題ないよ。その分だけ配慮してもらうけどね」

「わかった。好きなようにやってくれ」

「そんじゃ、食後の訓練の時によろしく頼むよ」

「ああ、任せてくれ」


 ガンプドルフに近い者は、彼に笑顔が戻ってきたことに気づくだろう。

 調査で部下が死んだり、思っていた以上に東大陸が悲惨な場所だったり、交渉が上手く進まなかったり、果ては戦艦が行方不明になったりと踏んだり蹴ったりの状態だったのだ。

 この中で一番強く、責任もあるがゆえに彼は孤独だった。

 だが、アンシュラオンがいれば独りではない。その安心感が一番ありがたいのだ。


(まだ誰もが半信半疑だろう。まだわからぬだろう。しかし、一緒にいれば嫌でもわかるようになる。彼にはすべてを前向きに変える力がある。マイナスをプラスにする力がある。誰が最初にそれに気付くかな)





641話 「サリータの軍隊式特訓 その1」


 二時間後。

 キャンプから三百メートルほど移動した森の中に、戦艦調査隊と周辺哨戒隊および、キャンプ防衛隊以外の『全兵士』が集まっていた。

 その数は、およそ百名。キャンプの半数である。

 ここで【騎士】と【兵士】の違いについて述べておこう。

 『騎士』とは、国家への忠誠を誓い、正式に叙任式を経て得た身分の総称である。

 大まかにいえばガンプドルフも騎士だし、ゼイヴァーもバルドロスも騎士だ。その中で階級によって上下関係が築かれているにすぎない。

 では『兵士』とは何かといえば、それ以外の者全員を指す。叙任式を受けていない軍属の者たちのことである。

 簡単にいえば騎士と呼ばれる部類の者たちは、エリートコースのキャリア組と思えばいいだろう。その他の者たちはノンキャリアの道を歩むので、よほどの武勲を挙げねば出世は難しい。


 この両者の最大の違いは、【戦闘教育の差】にある。


 地位とか給料とか年金とかさまざまな違いはあるものの、やはりこの一言に尽きるだろう。

 騎士になる、あるいは騎士になることが確定している場合、その者は年齢にかかわらず戦闘教育を受ける義務が発生する。

 良家や名門の家柄ともなれば、幼い頃から師範や家庭教師が付き、優れた戦闘技術を叩き込まれることになる。

 こうした訓練を受けたか受けないかの違いは思った以上に大きい。それは幼い頃から姉や陽禅公に鍛えられたアンシュラオンを見ればよくわかる。

 一方の兵士は、いってしまえば『元民間人』である。

 戦闘技術を学ぶには自らの意思で道場に通ったり、個別に家庭教師を雇わねばならない。

 ハンターや傭兵でもなければ、他人と本気で殴りあうこともないだろう。普通に暮らしている者たちにとって護身術以外の戦闘訓練は必要ないため、おのずとここで差が生まれてしまうのだ。

 DBDは戦争当初こそ騎士団だけで戦っていたが、次第に騎士の数が減り、徴兵をするしかなくなった。その対象は元傭兵や元ハンター以外にも、一般人から義勇兵を募っていたくらい切羽詰っていた。

 その結果、ガンプドルフが連れてきた兵たちも全員が騎士ではなく、大半の者が兵士の扱いになり、戦闘経験もまちまちという状況にあった。

 そのため比較的安全な魔獣の狩場キャンプでは、周辺の安全確保を兼ねて魔獣(または盗賊団等)を狩りながら兵の訓練を行っているのだ。

 すでに述べたように、ガンプドルフたちは戦力が補充できない。今この場にいる兵士がいかに未熟であっても貴重な戦力であることには変わりない。



「これより訓練を始める。第一と第二部隊は、この場にて白兵戦闘の訓練。第三部隊は西の安全確保。第四部隊は南の安全確保。四時間後に再集結。第三隊はゼイヴァー、第四隊はバルドロスが指揮を執る。第一と第二は私が担当だ」


 ガンプドルフが兵士たちの前に立つだけで、彼らの顔つきが精悍なものとなる。

 DBDの兵にとってこの男は、紛れもなく英雄である。しかも叩き上げの軍人なので、新兵たちの苦労もよく知っているから人望もある。

 おのずと部隊全体の士気も上がるというものだ。


(へぇ、これが本物の司令官ってやつか。オレとは次元が違うな)


 アンシュラオンは安定の統率Fであるから、比べるのはガンプドルフに失礼だろうが、彼の統率の値は「SS」であり、極めて高いといえる。

 統率の値はそのまま全ステータスに補正効果を与える。他の統率系スキルとも重複するため、下手をすれば性能が二倍になることもありえる。

 実際にガンプドルフには『集団統率』と『上級戦闘指揮』のスキルがあり、彼が指揮を執れば、たかが新兵でも並の騎士にまで能力を上げられるのは大きい。

 もちろん最初から優れていたわけではない。ルシアとの長い戦争によって培われた努力の結晶だ。


「今回は特別に、二人の人物を訓練に加えることとする。サナとケサセリアの両名だ」


 その場には、サナとサリータの姿もあった。

 サナの装備はいつも通りだが、サリータだけはDBDの騎士が使う鎧に身を包んでいた。


―――――――――――――――――――――――
名前 :クリスタルナイトアーマー(重装)

種類 :鎧
希少度:C
評価 :C

概要 :純度の高いクリスタルを加工し、練成強化した重鎧。見た目以上に軽く、高い強度を誇るために多くの一般騎士に愛用されている。

効果 :防御D+1.3倍、物理耐性
必要値:


【詳細】

耐久 :B/B
魔力 :C/C
伝導率:C/C
属性 :無
適合型:物質
硬度 :C

備考 :
―――――――――――――――――――――――


 クリスタル本来の色は無色あるいは白濁色だが、戦場で使用するためにボトルグリーンに統一されている。

 説明文にある通り、騎士にとってはありふれた装備であるも、一般兵士には腕利きにしか与えられない上等なものである。

 また、サナの完全武装が準装ならば、この鎧は大型の重装。前衛に立ち、敵の攻撃を真正面から受けて立つ重装甲兵が身に付けるものだ。

 ガンプドルフに頼んで用意してもらった最初の一つは、サリータ用の装備であった。

 能力的にこれより上の鎧は着れないため、このあたりが妥当といえる。


「彼女たちには便宜的に階級を与える。サナを百光長、ケサセリアを十光長。協力者であるアンシュラオンは『輝光長《きこうちょう》』とする。彼らから命令があれば通常の体制と同じように従うように。異論のある者はいるか?」

「………」

「よし、サナは第三部隊、ケサセリアは第一部隊に入れ。隊に入ったからには他の兵と同じ待遇で扱うこととする。覚悟はいいな!!」

「…こくり」

「はい!!」

「準備ができ次第、第三、第四部隊は出立!! 何が起こるかわからん。指揮官は危険だと判断したら即座に撤退せよ。だが、敵にキャンプの場所は悟らせるな。死んでも阻止しろ」



 サリータは第一部隊なので、ここでサナとは別行動となる。


「サナ様、ご無事で」

「…こくり。ぽんぽん」

「そうですね。自分のほうが大変かもしれませんね。がんばります!」

「…ぐっ!」


 サナを励まそうとしたが、逆にサナに心配される始末だ。

 だが、これが現実である。


(自分はサナ様の従者として、お守りする盾として相応しい力を身に付けねばならない。そのために師匠はこの鎧を与えたのだろう。…この中で強くなるために!)


 サナは体格的に合わなかった可能性もあるが、自分に周囲と同じ武具を与えたのは意図的だと理解している。

 そのことに若干の戸惑いはある。なぜ自分だけ、と考えることもある。

 しかし、アンシュラオンは何かを期待しているのだ。不器用な自分は、ただただその期待に応えるために努力するだけでいい。



―――サナたちが出立



 二つの部隊、部隊長のゼイヴァーとバルドロスを加えた五十二名が荒野に旅立つ。

 魔獣の狩場を境にして、魔獣のレベルは一段階も二段階も上昇する。

 ここから先は第三級の討滅級魔獣が出て当たり前の世界。訓練も命がけになるだろう。

 そんな場所にサナが行くのだ。当然ながらアンシュラオンも同行すると思いきや、彼はこの場に残っていた。


「師匠は行かれないのですか?」

「もちろん行きたい気持ちはあるが、オレはここに残るよ」

「サナ様はお一人で大丈夫でしょうか?」

「ゼイヴァーがいる。あいつに任せておけば問題はない」


 サナはゼイヴァーの部隊に組み込まれることになったが、これはあとで模擬線をやるので時間を合わせるためと、彼と一緒ならばサナを最優先で守ってくれるからだ。

 ゼイヴァーを観察していたところ、フェミニスト発言はポーズではなく【真性】であることがわかった。だからこそ周囲の者たちも彼の前では下手なことはできないのだ。

 実力も申し分ない猛者である。サナを任せても大丈夫だろう。

 万一にそなえて命気を与えてあるが、その場合に怖いのは青雷狼の暴走なので、逆に周囲の兵士たちの安全が気がかりだ。


(オレも少し周辺を探らないとな。危険な魔獣や敵性勢力がいないか、モスマウスたちを放っておこう。少し遠出をさせる部隊も作って戦艦の足取りも追ってみるか。自動操作にすれば五百キロ以上は索敵できるはずだしな)


 アンシュラオンの遠隔操作が優れているところは、特殊アルゴリズムによる自律モードが搭載されていることだ。

 エネルギーを補充しなければ、そのうち力尽きて消滅するだろうが、最低でも情報を管理する隊長だけが生き残ればいいので、使い捨ての道具としてはなかなか優秀である。

 ガンプドルフが見せた地図が本物であるかを確認するためにも、こうした作業は必要となる。

 一つ注意が必要なのは、ハローワークが出している地図は【縮小地図】である点だ。

 体感した火怨山の大きさに比べて、グラス・ギースやブシル村との間の距離に差があるので、そこまで正確な地図ではないと思っていたほうがいい。

 そういった面も含めて、自分なりに測定したほうがよいと考えている。


「オレやサナの心配をする必要はない。それよりはお前の訓練のほうが大事だ」

「は、はい!」

「お前にはサナの盾になってもらう必要がある。ただの身代わりじゃないぞ。サナのレベルに近づき、【戦友】の一人として共に戦えるようになれ」

「せ、せんゆうっ!! 自分がでありますか!?」

「当然だ。何のためにお前がいるんだ。いいか、これからオレは大きな事業に取り組む。もしかしたら何十年もかかるかもしれないものだ。どう考えても、今以上の大きな困難が待ち構えているだろう。その時、サナを守るのはお前だ!!」

「―――っ!!」

「オレだっていつでも助けられるわけじゃない。お前には強くなってもらうぞ」

「し、師匠……あ、ありがとうございます! がんばります!!」

「安心しろ。そのための講師も呼んである」

「講師!?」


 アンシュラオンが手招きをすると、一人の男がやってきた。

 彼もサリータと同じクリスタルナイトアーマーに身を包んでおり、手には身体全体を覆うほど大きな盾を持っている。


「どこかで見覚えが……あっ、あのときの!」

「ユーリー・ハンクス十光長だ。オレがボコボコにした人だよ」


 運悪くアンシュラオンと遭遇したばかりに、術の実験台にされた大盾の男である。

 彼は騎士で、小隊長クラスの十光長の階級であったようだ。階級のわりにはしぶとく、腕は良いと判断できる。


「身体は大丈夫かい?」

「問題ありません」

「今日は彼に盾の技術を教えてもらうといい。今現在、キャンプにいる中では一番の使い手らしい。おっさんからの推薦さ。オレも実力は保証する」

「ケサセリアだ、よろしく頼む!」


 一応臨時階級とはいえ、サリータと同じ十光長だ。

 ため口でいいだろうと手を差し伸べるが―――


「………」

「よ、よろしく?」

「………」


 ハンクスは黙ってサリータを見つめている。

 そして、彼女を無視してアンシュラオンに向き直る。


「どれくらいに仕上げればよろしいのでしょうか?」

「多くは望まない。型を教えてくれればいい」

「それでは死にます」

「え?」


 その言葉に驚いたのは、もちろんサリータである。いきなり死ぬとは穏やかではない。

 だが、彼は嘘を言っているわけでも、けなしているわけでもない。すべては経験則によって導かれた答えである。


「この先に彼女を連れていくおつもりならば、必ず死にます。私とて、このキャンプで待機を命じられるほどの場所です。彼女の腕では初遭遇で死にます」


 なぜ、ハンクスが東側の哨戒任務を行っていたのか。

 なぜ、ガンプドルフが緊急事態でもなかなか兵を動かさないのか。

 理由はとても簡単だ。半端な力の持ち主では、すぐに死んでしまうからである。

 ハンクスもその一人。騎士として一人前の力を持っている彼でも、この荒野では虫一匹と大差ない。


「命をかける価値があるのですか?」

「ある。まだ眠っているだけだ」

「眠ったまま死ぬ者など何百と見てきました」

「サリータは普通の女じゃない。選ばれた存在だ。お前ならわかるはずだ。選ばれた者と選ばれなかった者の歴然たる差をね。彼女は必ず目覚める。オレがそうすると決めたからだ」

「………」

「サリータが十光長になったように、暫定的とはいえオレはお前の上官だ。命令だ。やってくれ」

「…わかりました。少々厳しくなりますが?」

「かまわない。どうせ死にはしないからね。そのことも一番よく知っているはずだろう?」

「たしかに」

「サリータ、賦気を施しておく。常に全力で挑め」

「は、はい! 師匠!」


(よくわからないが、師匠が見守っていてくれるのだ! ならば、その期待を裏切るわけにはいかない!)


 こうしてサリータの特訓が始まる。





642話 「サリータの軍隊式特訓 その2」


 サリータに賦気を施した数分後、白兵戦訓練が始まった。

 まずは全員そろって準備運動。定められた細かい動きや大きな動きを繰り返し、身体を環境に馴染ませていく。

 よくサッカー選手がトレーニングで、他のチームメイトと一緒に身体を動かしている光景を見るだろう。あれと似たようなものだ。

 それが終わると、軽いぶつかり合いを伴った組み手が始まる。

 これは単純に身体をぶつけ合って衝撃に慣れることが目的だ。

 それぞれ体格も能力も違う者たちが、遠慮なく身体を打ち付けあうのだから、軽い者にとっては不利だろう。

 しかしながら、戦場ではどんな相手と戦うかは選べない。自分より大きな敵と戦うことも多々あるだろう。また、身体の大きな者も小さな相手と対峙する感覚を養うことができる。

 アンシュラオンのように小柄なのに強い武人もいるのだ。普段から慣れておけば、多少ながら【生き延びる確率】も上がる。


 こうした訓練にサリータも交じっている。


 参加が初めての彼女には事前に訓練メニューを教えていたものの、相変わらずの不器用さで実にぎこちない動きをしている。

 準備運動では一人だけ明らかに遅れていたし、ぶつかり合いでも相手との呼吸が合わずに顔面を強打していたりもした。

 周囲も彼女が新参者であることは知っているので、ある程度合わせてくれているのがわかる。

 アンシュラオンもその様子をつぶさに観察していた。


(まだ『お客さん』だな。しかも女性だから周囲のほうが戸惑っている)


 それでも嫌な顔をされないのは、アンシュラオンが昨日から仕込んだ計略のおかげだ。

 小百合やホロロたちを使って女性に対する評価を上げていたからこそ、サリータも邪魔者扱いされないのだ。


「DBDには女性の騎士はいないの?」


 指揮官として帯同しているガンプドルフに話しかける。

 彼は忙しいので普通ならば通常訓練には参加しないが、アンシュラオンがいるからこそ一緒にいるのだ。(アンシュラオンが暴れたら誰も止められないため)


「もちろんいるぞ。光と火の聖剣長の二人は女だ」

「ゴリラみたいな女?」

「ははは、そんなことを言ったら本当にボコボコにされるな。光のシントピアは国内最高の美女とも呼ばれているやつだが、真面目で気難しくて誰も近寄れない雰囲気をまとっている。火のアラージャは豪胆なやつだ。力こそがすべてだと言って憚らない暴れ牛だな。あの二人を慕って女性騎士団も作られたことはあるが、やはり女騎士の割合は多くはない」

「そりゃそうだね。女性の本質は母性だ。戦いとは正反対だもの」

「しかし、戦力にならないわけではない。あくまで私の印象だが、女性騎士の数こそ少ないがその反面、大成することも多いように感じられるのだ」

「女性のほうが才能があるってこと?」

「そもそも数が少ないから才能ある者しか生き残れない可能性もある。武人の世界も男はたしかに多いが、強い者は全体の一割以下だろう。結局は同じなのかもしれんな」

「差がないってだけで十分だね。どうせ使うんだったら、オレは女性のほうがいいかな。可愛いくて綺麗で柔らかくて、いい匂いがするほうが楽しいもんね」

「少年は自由でいいな」

「おっさんだって自由になれるんだよ。ここは東大陸だ。西側じゃない。ハーレムを作るなら手伝ってあげるよ」

「ふっ、そんな平穏な日々がやってくることを祈っているさ。それにしても、ケサセリアを育てるのは大変そうだな」

「大変だよ。才能がないやつを抱えるのはストレスが溜まる。頭が悪いから覚えも悪い。何をやらせても最初は失敗ばかりで散々さ。でも、それでオレも悩む。何度も悩む。どうすれば彼女は強くなれるのかって考える。それってさ、一番楽しいことじゃない? なんでもすべて上手くいくより面白いよね」

「苦しみも喜びか。産みの苦しみがなければ、その先にある喜びもたいしたことはない。まるで今の我々そのものだな」

「オレは感動を味わいたいんだよ。それと同じ感動を彼女にも味わってもらいたい。そのためならば苦労は買ってでもするさ。オレと彼女はもう『一心同体』だからね」


 サリータ当人は気付いていないかもしれないが、彼女もサナと同じくすでにアンシュラオンと深く繋がっているのだ。

 こうしてサリータが苦労している瞬間をアンシュラオンも共有している。

 彼女の苦しみ、嘆き、負けん気、気合、闘志、そのすべてを同様に味わっているのだ。



 訓練が始まって、三十分。


 軍は規律で動く。命令で動く。

 全員で同じ動きを繰り返し、一つの目標に向かっていく。

 それは朝起きる時間から始まり、同じ料理を食べ、同じことを考え、同じように戦うことで独特の一体感が生まれていく。

 軍隊の強さとは、そうした画一性にこそある。


(くっ、出遅れる。周りのほうが動きがいい。負けるものか!)


 サリータも彼らの連動の中に割り込んでいく。

 頭ではなく身体に刻みつけて、全体のリズムの一つとして組み込まれようとしていく。

 呼吸が増えていく。心拍数が上昇していく。汗が滲んでいく。

 だが、それと同時に身体が火照って血液が巡り、力を与えていく。

 もともと何かを考えるのは苦手な『体育会系』の女性だ。身体で覚えたほうが呑み込みは早いのだ。

 そうしていつしか他の兵士と遜色ない動きを見せていく。


(体力はそこそこあるな)


 講師のハンクスも、サリータをカバーしながら様子をうかがう。

 まだまだ動きは悪いが、必死に兵士たちにくらいつこうとしている。


 それを支えているのは―――体力


 アンシュラオンは白樹の館を作っている間も、彼女にはずっと走り込みをさせていた。吐いたり痙攣して倒れたりすることは日常茶飯事。それでもやめさせることはなかった。

 荒野でも同様にひたすら走らせた。走らせまくった。ただただ走らせた。

 そんな鍛錬を彼女も不安に感じていたかもしれない。なぜ師匠は自分に技を教えてくれないのか、と。

 その意味が、これからわかる。


「はぁはぁ…!! ふー、ふー…」

「よし、個人訓練に移れ!! 手を抜くなよ!! 慢心した者がいたら私自ら叩きのめすからな!!」


 サリータの息が少し切れかかったとき、ガンプドルフから命令が発せられる。


「休憩はなし…か」

「ケサセリア十光長。盾を持て」


 ハンクスがDBDで使われている大盾を持ってきた。

 こちらもクリスタルで作られているが、さらにその上から銃耐性のある鉱物でコーティングされている強固なものだ。

 先日ハンクスが使っていた仕込み盾とは違い、こちらは単なる硬い盾である。


 が―――重い


「くっ!! いつも使っているものより数倍重い…!」


 持った瞬間に身体が沈み込むような重さを感じる。

 サリータが今まで使っていたものも十分重かったが、こちらは『厚み』が二倍はある。

 なにせ西側の戦場は、砲撃が絶え間なく飛び交う世界だ。さすがに戦艦の砲撃を受ければ吹っ飛ぶが、歩兵が使うバズーカやミサイルランチャー、砦に設置された砲台の攻撃くらいは耐えて当たり前である。

 近年では優れた武人が少ないため、単純に防具も重く『太く』硬く作らねば役に立たないのだ。


「強大な力を受け止めるのならば、それ相応の力が必要だ。盾の重量も助けになる。…構えろ」

「っ―――」


 ゴォオオオオオオンッ!!!


 サリータが盾を構えた瞬間、ハンクスも同じ大盾を持って突っ込んできた。

 その激しい衝撃でサリータが吹っ飛び、盾の下敷きになる。あまりの重さに呼吸が止まりそうだ。


「がはっ!! ぐううっ!! げほっ!!」

「盾の使い方が甘い」

「くっ…うおおおっ!! はぁはぁ!!」

「さっさと立ち上がれ。もう一度行く」

「っ―――!」


 ドンッ!!

 なんとか立ち上がった瞬間、ハンクスの強力な押し込みが炸裂。

 またもやサリータが吹っ飛び、盾の下敷きになる。


「早く立て。立てないのならば死ぬだけだ」

「っ!!」


 倒れているサリータに向かって、ハンクスがウォーハンマーを叩きつける。

 サリータは盾で防御するが―――ゴォンッ!!


「かはっ!!」


 鈍い衝撃が盾越しに伝わってくる。腕どころか身体全体が痺れるようだ。

 こうしたハンマーは、硬い鎧の上からでもダメージが与えられる有効な武器なので、西側でも使われている基本兵装となる。


「寝ている間にも砲弾はどんどん飛んでくる。そうやって死んでいった連中を数多く見てきた。死にたくなければさっさと起きろ」

「くうっ! うおおおっ!!」

「いくぞ」


 再び立ち上がるが―――ドゴンッ!!


 あっけなく吹っ飛ばされて、再度大地に叩きつけられる。


 その後、何度やってもハンクスの攻撃を受けきれない。

 相手はこちらに合わせて戦気を使っておらず、同じ鎧、同じ盾を使っているので武具の優劣もない。


(強い…!! 体格と腕力が違う!!)


 ハンクスの体格は中肉中背で、武人としてそこまで大きくはない。

 が、皮膚の下にはぎっちりと『叩かれた筋肉』が詰まっており、腕も太い。毎日のように大きな盾を振り回している証拠だ。


 筋肉量。


 男女の違いのもっとも代表的な例が、まさにこれだろう。

 筋肉の質には大きな違いはないらしいが、男性ホルモンのおかげで男のほうが筋肉が付きやすい構造をしている。

 体格にしても男性のほうが大きいのは致し方なく、その点においても女性は不利な状況にある。

 その理由は、女性は子供を作れるという機能的、種族的『優位性』を確立しているがゆえに、戦う必要性が少ないことが挙げられる。

 戦って死ぬのは兵隊の役目。女王を守る働き蟻のごとく、男の代わりなどはいくらでもいるのである。

 そこをあえて女性に強さを求めること自体が、なかなか尖った要求といえる。

 ただし、この問題は男女に限ったことではない。


「相手が魔獣ならば、こんなことはいつだってありえる。人間の筋力など所詮は魔獣たちには遠く及ばない。だが、それでも我らは諦めることはしない」


 ハンクスの目に、強い覚悟が満ちる。

 アンシュラオンと戦った時に、絶対に退かないと決めた強い想いだ。

 彼の後ろには、国がある。そこに住んでいる人々の生活がかかっている。大事な仲間がいる。家族がいる。愛する故郷が待っている。

 だからこそ、死んでも退かない。

 そういった心の強さこそが、アンシュラオンにあそこまで食い下がれた最大の要因である。

 それを見て、サリータも大切なことを思い出す。


(そうだ。自分はけっして引いてはならない! もし後ろに手負いのサナ様がいたらどうする? 後ろに無力なセノアやラノアがいたら!? 自分は盾であり、害悪から守る防波堤なのだ!! もう負けない!! 気持ちでは負けない!! サナ様の戦友になるのだ!! なりたいのだ!!! なってみせる!!)


 サリータが立ち上がる。

 その目には、先ほどとはまったく違う力強い輝きがあった。


「ぬんっ!!!」


 盾を地面に突き立て、前方からの攻撃にそなえる。

 そこにハンクスが盾をぶつける!!

 ガンッ! ガリリリリッ


「うおおおおおおおおっ!!」


 全体重をかけて、必死の想いを乗せて、その一撃を受け止める。

 押されても、足が引きずられても諦めない。前に前に気持ちを押し出す。

 後ろにサナの目があることを意識して。

 彼女のために命をかけると決めたのだ。守ると決めたのだ。白い少年に託されたのだ。


 ならば、絶対に止める!!!


 ガガガガガッ ピタ



「と、止め―――た!? 止まった!!」



 ついにサリータが、ハンクスの攻撃を止めることに成功。

 盾と盾が重なり合い、力が拮抗している。


(そうか。力の方向が重要なのだ。盾の構造を理解して、一番安定している部分を相手の力の中心にぶつけてやる。そうすれば大きな力の差は生まれない)


 ごくごく当たり前だが、何事にも力を加えるポイント、力点が存在する。

 武器を使えば今度は作用点となり、扱い方によって打撃や斬撃の威力にも変化と優劣が生まれていく。

 受け止めるのが目的なのだから、力の方向、点を意識することは自然なことだ。

 サリータは今までこれを『勘』と『感覚』でやってきたが、改めて考えながら戦う大切さを知ったのである。

 一時期『ID野球』が日本野球界を席巻した時代があったが、知識として活用しなければ良い結果を出し続けることはできない。

 それを学んだことは非常に大きな収穫である。


 ただし、その盾はいつまでも密着しているとは限らない。

 再び前から激突してくるとは限らない。

 ぐいっとハンクスが盾を横に回転させ、体重移動を伴いながら押し込むと―――崩れる


「あっ!!」

「油断するな。警戒を解くな」


 ドンッ ごろごろ

 吹き飛ばされ、サリータが大地に転がった。

 たしかに力と力が真正面からぶつかるのならば、単純な計算式でよいかもしれないが、力は常に向きを変える。質を変化させる。

 そこも意識しないと攻撃を止めることはできない。いつだって盾の中心部に相手の攻撃がくるとは限らないのだから。


「盾も剣と同じ身体の一部だ。自在に操れるようになれ」

「は、はい…!!」


 その後も何十、何百と盾同士が激突する音が響いた。

 大半はサリータが無様に転がる光景を映し出していたが、真正面からの攻撃には耐えられるようになっていた。


 それを支えるのが―――またもや体力


(もし師匠の走り込みがなければ耐えられなかった。呼吸ができなくなって心臓が止まっていたかもしれないし、足が震えて盾すら持てなかっただろう。こうやって立ち上がるだけでも体力を使うのだ。ぶつかるともなれば、すごい消耗度だ。だが、耐えられる! まだまだ身体が動くぞ!)


 前衛の重装甲兵の最大の売りは、その【耐久力】にこそある。

 強固な鎧や盾で攻撃を受け止めて、背後の仲間が攻撃しやすいように守る。ただでさえ重量のある武具を身に付けるのだ。その疲労度は後衛の比ではない。

 これはずっとアンシュラオンがサリータに求めていた役割だ。そのためにずっと体力の強化を図っていた。

 耐久力と持続力こそサナにもっとも足りない要素だからだ。

 『部隊』としてアーパム商会を見た際、最大の弱点を埋めるための鍵がまさにサリータにある。





643話 「サリータの軍隊式特訓 その3『盾の技』」


 ぶつかるたびにサリータの動きがよくなっていく。

 叩かれれば叩かれるほど、さらに強靭になっていく。

 何よりも【気迫】に溢れている。

 心が具現化しやすい世界において精神力ほど重要なものはない。


 うっすらとサリータの周囲に『モヤ』のようなものが発生。


 武人の体組織は一般人のものとは規格が違う。因子が覚醒するたびに身体全体が作り変えられ、燃焼させることで莫大なエネルギーを発するようになる。

 賦気によってアンシュラオンから分けられた生体磁気が活性化し、彼女の身体が急速に熱を帯びている。

 こうして激しい激突を繰り返すことで一般人の体組織が壊れ、武人としての筋肉が培われていく。だから次第に力負けしなくなっていったのだ。


(これが『選ばれた者』…か。優れた武人に師事するメリットがここにある。あの男、やはり【化け物】だ)


 長年の研究によって、武人の成長に関するレポートも数多く出ているが、大多数の論者は古くから伝わる『師弟関係』を推奨している。

 その最大の理由が、技術の継承および『能力と気質の伝播』である。

 技術の継承は門外不出の奥義を除けば、普通の組織でも可能だ。しかし、気質の伝播あるいは伝承だけはどうしようもない。直接当人から受けるしかないのだ。


―――それこそが賦気《ふき》


 アンシュラオンがやっている賦気には、陽禅公やパミエルキから受けた気質が残っている。アンシュラオンを通じて、今まで受けた歴代の気質が伝播するわけだ。

 もちろん気質はそれぞれ違うため完全に同じものにはならないが、優れた武人から受け継ぐ優れた気質は、それだけで各国王族が秘蔵する血統遺伝に匹敵する。

 その意味で、サリータは選ばれたのだ。

 覇王陽禅公の弟子であるアンシュラオンの弟子という【覇王の系譜】。もっと辿れば【大陸王の系譜】である。

 その力を受けた者がどうなるか。それはすでにサナが証明しているだろう。


「はぁはぁ…!」

「疲れたか?」

「まだいけます!」


 そして、サリータ自身に才能がないわけではない。あくまでアンシュラオンの基準では無いように見えるが、けっしてそんなことはない。

 彼女が持っている『熱血』スキルはダメージを受けるほどに体力が上昇していくので、長期間の戦いや特訓には向いている。今もこれだけぶつかっているにもかかわらず、体力にはまだ余裕がある。

 知力にマイナス補正がかかるデメリットも、軍隊方式という何も考えなくてよい鍛錬法によって相殺されているわけだ。


 ただし、ここからは少し難易度が上がる。


「これより【盾の技】を教える」


 サリータに変化の兆しが見えてきたところで新しい課題に移る。

 これまでは彼女の体力、気力、順応性を見てきたのだ。それと同時に可能性を見極めてきた。

 アンシュラオンの言う通り、見込みはあると判断した結果だ。


「まずはこれだ」


 ハンクスが盾に『剣気』をまとわせる。

 剣気は戦気よりも攻撃的な気質で、主に刀剣類などの武器を使って発動させる強力な力だ。

 媒体を通せば発生できるため、盾でも同じように剣気をまとわせることができる。そこに差はない。

 実際に剣気をまとった盾は、赤く力強い光を放っていた。

 剣王技、戦盾《いくさたて》。

 以前、ザ・ハン第一警備小隊のウォナーが使っていた因子レベル1の技である。

 剣気をまとっているため、このまま殴るだけで相手にダメージを与えることができる。

 仮に剣気が出せずとも戦気を使えば盾は著しく強化されるため、普通に防御するにせよ使って損はない技である。


「相手を押し込むときは『戦盾』が基本の技となる。防御しながら攻撃も同時に行えるからだ。剣ほど攻撃力はないが盾使いには必須の技だ」

「自分はまだ戦気は…」

「そんなことは関係ない」

「っ!」

「そうあるべき、使えて当たり前と思って盾を扱うのだ。我々には盾しか頼るものはない。ならば必死にすがるしかない。誰もがこの盾に命を託すしかない。いつでも気持ちは乗せておけ」

「盾に命を…」


 ハンクスも武器類を扱う才能に乏しく、盾しか誇れるものがなかった。

 だから、すがった。頼った。頼りきった。依存した。


「剣士だろうが戦士だろうが関係ない。戦い抜く覚悟次第だ。それがあれば盾は力を貸してくれる」


 それがいつしか信頼に変わっていく。信頼されることに変わっていく。

 盾は道具にすぎないが、剣士にとっては命と同じである。その域にまで精神が高められると、不思議なことに道具が非常に馴染んでくるのだ。

 原理的にいえば、何度も媒体にオーラを通すことで『自分色に染まる』わけだ。伝導率のパターンが自分の戦気や剣気の形にセットされるわけである。

 これは武人でなくとも同じ。鞄、ペン、お茶碗、服等々、いつも使っている道具は一般人でも手に馴染む。


「型を覚えて頭の中でイメージを続けろ。自分が本当に戦気や剣気を発している気持ちになり、力の流れを実際に想像してみろ。努力を続ける者だけが結果を得ることができる。お前は…恵まれているのだからな」


(いつも師匠に言われていることと同じだ。…師匠の言っていたことはすべて正しいのだ。だが、身近すぎて理解できなかった。自分はなんと愚かなのだ!!)


 自分はアンシュラオンとは違うと思っていた。サナとは違うと思い込んでいた。だからアドバイスを受けても実感がなかったのだ。

 だが、ハンクスの教えは、すでに何百回と師から聞いていたことだ。ハンクスよりも遥かに遥かに優れた武人から、何度も何度も丁寧に教えられていたことだ。

 ちらっとアンシュラオンを見れば、静かにこの特訓を見守ってくれている。

 DBDの聖剣長と対等に話し合える人物が、自分などに貴重な時間を使ってくれている。


 それが―――嬉しい!!


(真剣に学ぼう!! 一秒たりとも無駄にはできん!!)


 サリータは戦盾の型を何度も練習する。

 戦盾自体はどんな角度や持ち方をしても発動できるが、しっかりと一番安定するポジションに盾を固定し、気のイメージを繰り返す。

 たしかにまだ何も出ない。が、当人がどうイメージをしているかは、見ている側にはすぐにわかる。

 体内から体外へ、体外から盾へ、細胞の活性化から盾の表面まで、流れるように気を通すイメージを固めていく。


「ふぅ…ふぅっ!!」


 たったそれだけで身体から汗が噴き出していく。

 それでいい。それが正しい。意識と肉体が一体となり、燃焼し、エネルギーが捻出されている証拠だ。

 細胞が活性化を始め、急速な体温の上昇によって、ジュウウウと今まで以上の湯気が発生している。


(オレには聴こえる。雛鳥が殻をつついている音がね。いい音色だ。サナとはまた違う美しい音がする。これが師匠というものの醍醐味かな)


 アンシュラオンも、サリータの予兆をダイレクトに感じていた。

 サナのような何でも吸収する底無しの黒とは違う、純粋で清らかでまっすぐな波動だ。

 それが少しずつ外に出てきている。自らの意思で出ようとしている。




「次に戦盾の派生技をいくつか教える。どれも重要なものだ。覚えておけ」


 基本の型で進歩が見られたところで、一通りの技を見せることにする。

 『拡盾《かくたて》』。

 戦盾にまとわせた剣気を拡大し、広い範囲を防御する技。

 たとえばマシンガンを持った相手が後衛を狙った際、咄嗟にこれを出して弾丸を防ぐことに使える。魔獣ならば範囲が広いブレス攻撃に対応することも可能である。

 『強盾《きょうたて》』。

 戦盾にまとわせた剣気を強化し、盾正面の攻撃に対してより強い防御で迎え撃つ技。

 普通の銃弾くらいならば軽々と戦盾で防げるが、戦車の砲撃や術式弾が飛んできた際には、これでないと防げないことが多い。

 『柔盾《やわらたて》』。

 戦盾にまとわせた剣気をあえて柔らかくして、強い攻撃を受け流す技。

 盾だからといって正面から受ける必要はない。損耗を防ぐためにいなす技も必要となる。

 それらの応用技として、全方位を防御する『円拡盾《えんかくたて》』『円強盾《えんきょうたて》』『円柔盾《えんやわらたて》』がある。

 当たり前だが、敵は盾以外の箇所を狙ってくる傾向にあるし、集団戦闘においては至る所から銃弾が飛んでくるものだ。それを防ぐ技である。

 ただしその分だけ消耗が激しく、使っている間は動けないので、あまり多用してもいられない。

 さらに上位の技として、より広範囲を防御する『陣盾《じんたて》』という技がある。部隊そのものを覆うものなので一般人を守る際にも重宝する。

 これらはすべて防御の技だが、盾には違う側面もある。


「次に【攻撃の技】を教える」

「攻撃ですか? 突進以外にもあるのでしょうか?」

「当然だ。盾は防御しながら攻撃できる非常に優秀な【武器】だ。それを忘れるな」


 ハンクスが、近くにあった木に盾を密着させた瞬間―――

 ババババババンッ!!

 激しい振動と衝撃波が発生し、幹が削れるように粉々に吹き飛ぶ。


「す、すごい!!」


 『衝盾《しょうたて》』。

 展開した剣気を震わせて衝撃波を生み出す因子レベル1の技だ。

 これは前方扇型に放出されるので、敵が複数近寄ってきたときに弾き飛ばすことも可能だ。あるいはタイミングよく使えば、相手の強い攻撃を迎撃相殺することもできる。

 応用すれば好きな範囲に放出できるため、使い方次第では広範囲の防御にも使えるだろう。


「相手が盾に無警戒のときは、こんな技もある」


 ハンクスが盾を裏返し、鋭く突き出すと、ザクっと先端が岩に刺さる。

 だが、そこで動きは止まらない。そのままかち上げるように振り抜くことで、岩の大部分が抉られてしまった。

 『突盾《つきたて》』。

 盾の先端に剣気を集中させて刃として攻撃する技だ。

 下から突き上げることが多いため相手にとって見えにくく、基本技ながら盾の重みも加わることで致命傷を与えやすい。盾自体の幅が広くて太いので、こうやって抉り取ることも可能だ。

 これは相手が、盾は防御するだけのもの、と知識不足の際にはより効果的となる。


「軽装の相手に有効な技もある」


 ズズズズッ

 ハンクスの盾の表面に太い針、棘がいくつも生まれる。

 それを勢いよく木の幹に叩き付けると、穴だらけ。

 『棘盾《とげたて》』。

 盾の表面に剣気で凹凸、スパイクを作って攻撃する技となる。

 単純にスパイクシールドを使えば誰でも可能だが、剣気で作れば破損の心配もなく、他の技を使う際の邪魔にもならない。

 これを使って重装甲兵の重さで突っ込めば、軽装にとどまらず準装の相手にも大きなダメージを与えることができるだろう。棘の長さを伸ばせば串刺しにもできる。

 その棘を放出すれば、因子レベル2の『棘飛盾《きょくひたて》』となる。防御しながら中距離にも対応できるため、普通に銃を撃つより安全である。


「相手を殺さずに拘束したい場合、この技を使え」


 『鎖盾《くさりたて》』。

 盾に触れた者を戦気で作った鎖で拘束してしまう技だ。これを剣気に変えれば、拘束と同時に逃げようとする相手をズタズタにできる。

 犯罪者やテロ組織の制圧などには、こうした技もよく使われる。


「私が使えるのはこの範囲だ。しかし、基本は『戦盾』にある。それを使いこなして応用することがすべてだ。無理に技を使うよりも基本の戦盾を使えるように努力しろ。強い相手には、どうせそれしかできない」


 ハンクスがアンシュラオンと戦った際、防御以外の行動が取れなかった。

 あの時はひたすら前面に防御を集中しなければ、術式を受けた段階で盾ごと貫かれていたに違いない。だからこそ角度を変えた水刃砲に手も足もでなかったのだ。

 仮に円強盾で周囲を覆ったとしても力が分散されるだけで、それだけで防ぐことはできない。結局は同じ末路を辿っただろう。

 であれば、素直に前面に力を集中させるほうが生存率が上がるのだ。実際にアンシュラオンの術式を防いだことは事実。ハンクスに才能はないが、代わりに技術を磨いて対抗した。それがすごいのである。



「盾は強い。何度でも言うぞ。盾は最強の武具だ! 因子レベル3以上にはさらに強大な防御の技がある。因子レベル6以上ともなれば、一時的に絶対防御を付与する技もあると聞く。それがあれば戦艦の主砲さえ怖れることはない。そして神の領域、因子レベル8以上ともなれば、もはや想像を絶する世界が待っているだろう」



(なんと多様な……こんな可能性が盾にはあるのか!!)


 サリータにとっては、まさに目から鱗。

 今までは防御するか突進するかしかできなかった盾が、これほどの攻防力を秘めているとは思わなかったのだ。


「では、これらの型を反復練習する。死ぬ気でやれ」

「はい!」


 ハンクスはサリータに盾の持ち方から動かし方、固定の仕方、視線の置き所からすべてを教えていく。

 こうした型を学ぶうちに、あらゆる技に『想定された場面』があることがわかった。

 すべての技は、特定の状況を打破するために生まれたものだ。

 アンシュラオンが使う修殺だって、戦士が中距離で戦うために編み出された技であり、意表をつく目的以外で近距離であえて使う者はいない。

 虎破にしても隙が大きいため、使う場面は相手がバランスを崩した際を想定している。

 盾技も同じ。あらゆる局面に対応するために編み出された『極意』なのだ。



 結果として―――【集団戦術】を学ぶことになる。



 後衛を守るためにはどこにいて、どうすればいいのか。何を気をつけるのか。何に注目するのか。隣にいる仲間を信じること。怖れないこと。時には後退もすること。

 こうした知識がサリータの世界を押し広げてくれる。


(これが軍隊!!? なんとわかりやすい!)


 手っ取り早く強くなるためには、どうすればよいのだろうか?

 そう、誰かに基本を教わることだ。

 騎士の戦い方は我流ではない。各国騎士団、各部隊によって差はあるものの、戦い方の【マニュアル】が存在する。

 それは今まで人類が積み重ねてきた武術のあり方だ。伝えることで土台とし、未来を生きる者たちがさらに上を目指すことを目的としたものである。

 アルバイトがマニュアルを読んで動けば、バイト先で早い段階で戦力になるだろう。流れがわかり、しかもコツが書いてあるのだから、不器用な人間でも反復すれば上達するのが自然だ。

 これはアンシュラオンがサナにやらせている『陽禅流鍛練法』とは真逆のやり方であった。

 されど【一定のラインまで】は、両者のたどり着く場所は同じ。方向性の違いにすぎない。

 だからこそ、気づく。


(ああ、そうか。そうなのだ! だから師匠は何も教えなかったのだ)


 アンシュラオンは覇王の弟子で、武を体現するほどの猛者だ。

 がしかし、盾は完全に専門外。真正面から敵と戦うことも専門外。

 いくらあの男とて、ここまで分野が違うと教えることは不可能だ。生半可に教えて変な癖がついたら困る。

 だから、いつかそれを教えてくれる者に出会うまで、下地を作ることだけに専念していた。

 戦闘経験を積ませ、痛みや恐怖に打ち勝つ心を鍛えた。サナのために死ぬ「覚悟の下地」を作った。絶対に走り負けない体力を培った。これらがなければ何も学べなかっただろう。

 その愛情に気づいた瞬間、涙が止まらなくなった。




「師匠、自分は…!! 師匠ぅうううううううう!! うおおおおおおーーーんっ!!」





「少年、なにやら泣いているようだが…ケサセリアは大丈夫か?」

「いいのいいの。ああいう子だから。それにしてもDBDの盾の技術もいい感じだね」

「盾を作って売るのだ。扱う技術がなければ、どこをどう作ってよいのかわからぬだろう」

「なるほど、道理だ。で、盾って実際どうなの?」

「強いぞ、盾は。私もすごい使い手と戦ったことがあるが、満足にダメージを与えられなかった。持久戦に持ち込まれると攻撃型の武人は不利となる。敵に仲間がいる場合は特に厄介だな」

「へぇ、いいね。たしかに姉ちゃんが盾とか使ったら反則だよな…」

「ハンクスに任せておけば大丈夫だ。あの男は教えることに向いている教練部隊の一員だからな。必ず結果を出してくれる」

「不愛想だけど、それがいいんだろうね。彼女には合ってるよ。結果が出るのが楽しみだ」

「午後からは模擬戦でよいのだな?」

「うん、よろしく」


 こうしてサリータの特訓は進んでいく。

 雛鳥の目覚めは近い。





644話 「『魔人機』と『WG』」


「第三、第四隊、帰還いたしました」


 昼過ぎ、ゼイヴァーとバルドロスたちの部隊が帰還。

 西に向かったゼイヴァー率いる第三部隊は、予定通りに遭遇した魔獣を倒して無事に戻った。

 サナも無事だ。今回はそこまで強い相手には出会わず、軽い戦闘で終わったようである。

 ただし、南に向かったバルドロスの第四部隊は、やや強力な魔獣に出会ってしまい、一名が重傷、三名が負傷する結果になった。

 バルドロス自身も万全ではないため即座に撤退を開始。早めの帰還となった。

 こうして怪我人が出たときは、いつもならば応急処置をして自然回復を待つしかないが―――


「はい、治ったよ」

「い、一瞬で元通りとは……」


 アンシュラオンの術式治療によって修復。酷い複雑骨折も復元してみせる。


(いやー、ここなら実験台に事欠かないな。今こそ医者になればよかった)


 命気を使えば似たような結果にはなるが、あえて術の実験に勤しむ。

 「一万時間の法則」ともいわれるように何事も場数が重要だ。同じ術式でも使えば使うほど理解が進んで精度が上がっていくものだ。

 毎日のように怪我をしてくれるので、軍隊は実に貴重な修練の場所であった。


「これは術式だな!? 少年、いつの間にこんな力を!!」

「近い、近いっ!! つい最近だよ。言ったでしょ。術も使えるってさ。街の錬金術師に教えてもらっているんだ」

「錬金術師か…。私も捜したが会うことはできなかったな」

「会わないほうがいいと思うよ。かなり危ない人だし」

「うむ…そうか。残念だ。それにしても才能が桁違いだ。また惚れ直したぞ」

「というか軍医はいないの? 最低限の薬はあるみたいだけど、医者っぽいのはいないよね」

「自力で治すのも訓練…と言いたいところだが、軍医は戦艦に乗せている。備え付けの治療術具も戦艦にあるからな。ここでの本格的な治療は難しい状況だ」


 ゼイヴァーと出会った時に「今は治療も難しい」と言っていたのは、こういう事情があったためだ。

 彼らの頼みの綱は、いつどこにいても戦艦なのだ。改めて戦艦の重要性がわかる事案である。


「そこまで戦艦の価値が高いなら、やっぱりおっさんが向こう側にいるべきだよね。このキャンプの重要性もわかるけどさ」

「もっともな意見だな。…ふむ、そうだったか。少年にはまだ見せていなかったな。案内しよう」

「…え? なに?」

「こちらに面白いものがある。来てくれ」




 ガンプドルフがアンシュラオンを連れて、岸壁のほうに移動。


「あそこにある。見えるか?」


 ガンプドルフが崖下の岩を指差す。

 ぱっと見ると岩だが、若干周囲とズレがあることがわかる。


「擬態かな? 何か大きなものがあるね」

「さすがだな。では、お披露目といこうか」



「これこそが―――私の【相棒】だ」



 ガンプドルフが保護カバーを外すと、下から【黄金色の機体】が現れた。

 その姿は、まさに大きな人。全長およそ十二メートルはあろうかという巨大な【人型の機械】であった。


「これは…神機《しんき》?」

「神機を知っているのか?」

「うん、野良神機は見たことあるよ。火怨山にもいたしね。姉ちゃんが倒したのは大きな蛇みたいなやつだったけど」

「それはおそらく『竜界』出身の神機だな。竜神機はかなりレアな部類だ」

「いろいろあるんだね。じゃあ、それも神機なの?」

「あれは神機ではない。そのレプリカの【魔人機《まじんき》】と呼ばれるものだ」

「魔人機? …どこかで聞いたことあるかも。ああ、マザーが何か言っていたかな。見た目は神機と大差ないよね。だからレプリカか」

「今のところ世界中で千機程度しか現存していないからな。それなりに珍しいものだ」

「現存? 変な言い方だね。レプリカならば作れるんでしょう?」

「そう簡単にはいかない。この魔人機、通称『MG』の製造はWG《ウルフ・ガーディアン》という組織が独占しているのだ。彼らは製造した魔人機を世界各国に無償で贈与し、パワーバランスを維持しようとしている」

「なにその組織、やばくない? 絶対データ収集が目的でしょ。戦乱をばらまく死の武器商人と一緒だ」

「言いたいことはわかる。だが、弱国にとってみれば貴重な戦力なのだ。我々が侵略に抵抗できたのも魔人機があってこそだ」

「DBDには何機あるの?」

「それぞれの聖剣長用に一機ずつ魔人機があり、王家専用にも神機が一機ある。計七機だな。その神機もWGから供給されたものだ」

「各国に配っているなら敵も持っていたってことだよね?」

「その通りだ。ルシアは侵略を進めるごとに植民地から魔人機を回収している。そのため数は向こうのほうが多いが、すべての戦力をこちらに回せるわけではないからな。重要な局面で投入する決戦兵器に近いだろう」

「魔人機は戦艦より強い?」

「乗り手にもよるが、最低でも戦艦と同等以上の力は持っている。この魔人機の最大の長所は、『オーラ増幅式ジュエル・モーター』を搭載していることだ。乗り手の戦気を増幅し、機体の駆動力に変換する。そして、そのまま武装にも伝達することができる」

「それって…すごくない?」

「ああ、すごい。だから貴重なのだ」


 戦車の説明でも少し述べたが、通常兵器の多くは戦気をまとわせることができない。(銃弾くらいならば可能だが、砲弾となると非常に難しい)

 厳密にいえば、多大な戦気を生み出して『放出維持』することができれば可能ではある。アンシュラオンもやろうと思えばできる。

 だが、強力な武人はそれ単体が優れた兵器だ。特殊な場合を除いて、そのような使い方はしない。

 そういった通常兵器は、あくまで普通の兵士が扱うために用意されたものだからだ。

 では、強い武人には何が用意されるのだろうか?


 答えが―――魔人機


 この兵器は、通常兵器とは根本的に質が異なる。

 まさに武人が全能力を発揮するために設計されており、装甲や武装のほぼすべてに戦気を利用することができる。

 それによって『同じ機体でも乗り手によって出力が変化する』ことが、最大の長所であり短所であるといえる。

 優れた武人ならば、まさに自分が巨大化したように振る舞うことができるが、弱い武人は性能をまったく発揮しきれない宝の持ち腐れとなってしまう。

 ただし、もともと製造数が少ないため、弱い武人の手に渡ることは極めて稀だ。国家においては国家最強の騎士、傭兵団においても最高レベルの者たちに限られる。

 なぜならば仮に弱い者たちが持ったとしても、すぐに奪われるからだ。そうやって自然に強い者の手に渡るようになっているのである。

 この仕組みを生み出したのは、【WG《ウルフ・ガーディアン》】という組織だ。


「現状では魔人機の製造や修理はWGにしかできない。なかなか手間のかかる兵器ではあるな」

「WGって何者? 技術の独占は簡単にできることじゃないよね」

「…わからん。正体不明だ」

「はぁ? そんな連中に従ってるの?」

「一応、魔人機を譲渡する名目は『人類の可能性を高めるため』となっているが…まあ、さすがに信じるのは難しいな」

「そりゃそうだよ。そんな怪しい組織、誰かは調べるよね。何か情報はないの?」

「WGの機密はどうしても出てこない。秘密主義を徹底しているようだ」

「それでも受け渡しの時に会ったりするでしょ?」

「もちろん下請けは存在する。世界地図でも見せたように、世界の右上にある島国、【グレート・ガーデン〈偉大なる箱庭〉】は技術大国として知られている。かの国の技術者が関係していることは間違いないと思うが…」

「そこまでわかっていて調べられないとなると、何か理由がありそうだね」

「うむ。昔、とある国家が秘密裏に下請けの人間を拉致して情報を訊き出そうとしたが、何一つ情報は得られなかったという。しかもその後、あらゆる国際機関がその国から撤収し、国家は衰退して滅びた。それを怖れて手が出せないのだろう」

「WGからの報復ってこと?」

「おそらくはな。WGは一部の神機の製造も行っていると聞く。その強大な力を発揮すれば、国の一つくらいは壊滅させられるだろうが、彼らが直接的な暴力を振るったことはない。だが、もっとも恐ろしいことは、その『影響力』だ。ハローワークすら彼らの影響下にあると言ってもいい。ハローワークがなければどうなる?」

「雇用の管理と捻出ができない…ってのもあるけど、それは何とかなるとして、一番は【銀行】かな? 送金もできないし、信用もなくなる。金の動きがなくなれば商人が来なくなって経済が回らず、自給自足ができなければ食べる物にも困るようになる」

「そうだ。ハローワークの存在は思った以上に大きい。世界のすべての金はダマスカスに集まっているが、ハローワークの組織を通じて流通している。どんな大国であろうが彼らを敵に回すことはできないのだ」

「待って。その話って重要じゃない? 裏側では全部が繋がってるってこと?」

「…そういうことになるな。そもそもハローワークが出来たのは、大陸王が世界を統一してからといわれている。全世界に人材と資金を流通させるために作られた組織がハローワークなのだ」


(だからハローワークか!! オレとしたことが、こんな簡単なことを失念していた。この世界の人間が、ハローワークなんてセンスのある名前を使うわけがない。日本にあるのをそのまま流用したんだ)


 ハローワーク。この名前を考えた人間は天才だ。これが欧米だったらワーカホリックになりそうな名前だから禁止ね、とか言われそうだ。

 当然、これも大陸王が異邦人であることを示している。「面倒だからハローワークでいいんじゃね?」という安直な雰囲気が感じられる。

 これによって、なぜハローワークが全世界にあるのか、なぜグラス・ギースのような辺境都市にもあるのか、その理由が解明される。

 だからこそ、きな臭い。

 世界最高の軍事技術を持つWG、下請けの技術大国、それを支えるハローワークと世界中央銀行。明らかに【グル】である。

 その構造を作ったのが大陸王というのならば、なおさら説得力がある。


「ここまでいくと世界を支配していると言っても過言じゃないよね。金と武力の両方を持っているんだからさ」

「しかしながらWGは何もしない。単純に神機や魔人機の製造や改修を続けるだけだ」

「何がなんでも戦争をさせたいんだろうね。やばい組織確定だ」

「そうであっても、利用できるのならばするしかない」

「でもさ、神機も製造できることには違和感を覚えるね。オレが出会った神機は野良神機だけだけど、明らかに異常な存在だったよ。あれって【生きている】んだよね?」

「私も詳しくは知らぬが、そのようだな。機械生命体の一種ともいえるのかもしれん。ただし、【適合者】がいてこそ完全体になる。だからこそ野良神機は【適合者】を捜してさまよっているらしいな。一万年以上前に存在した前文明のものだとは聞くが…」

「そもそもそれがおかしいよね。前文明の技術はすべて失われたはずなのに、どうして彼らだけが持っているんだろうね」

「…その通りだな。解析して多少の復元は可能でも、神機の製造ができる国家は世界に一つたりとも存在しない。だが、それができてしまうのがWGなのだ」

「………」


(それで納得するのはおかしいでしょ。ガンプドルフは、どうしてこの異常性に気づかないのかな? いや、気づいてはいるんだ。でも、それが当たり前になりすぎて感覚が麻痺しているのか。WG…か。エメラーダに近い臭いがするぞ。世界の根幹に近い連中だ)


 ガンプドルフは与えられる側だ。言い換えれば『支配される側』の人間である。

 これだけ強くとも世界の構造の中からは逸脱することができない。所詮は、ただの人間である。

 しかしアンシュラオンのような『例外』は、即座に危険性を感じ取ることができる。今まで外界と接しなかったがゆえに客観的に世界を俯瞰しているからだ。

 そして、この技術体系は『彼ら』とも共通する。


(機械の身体。適合者。…まるでマングラスの技術そのものじゃないか。やはり遺跡の一部は前文明の技術力が継承されていると見るべきだな)


 どこかで聞いたことがあると思えば、それこそ傀儡士そのものである。

 機械の身体に擬似エメラルド、あるいは賢者の石そのもの。思えば地下闘技場の通路にも神機を模した石像が並んでいた。

 具体的にどの文明があれを作ったのかはわからないが、最終的には一万年以上前の『前文明』に行き着く。


(だが、グラス・ギースの地下のものは、あくまで全体の一部にすぎない。オレたちが目指しているのは、その大本山である『首都』だ。どうせ奪うのならば本物の技術のほうがいいよな。よし、希望が見えてきたぞ。もしグラス・ギースで失敗しても問題はない。両方を同時に進めればいいだけだ)


 本物の神機とレプリカの魔人機。オリジナルの日本産とパチモンの海外産。どちらがいいかといわれれば、当然ながら本物のほうがいいに決まっている。


「で、これを見せた理由は? くれるの?」

「欲しいのか?」

「うーん、いいや。邪魔そうだし」

「こんな貴重なものに対して、あんまりだな」

「理由は輸送船と同じさ。置き場所に困るし、目立つ。これ目当てにいろいろな連中が集まってくるよね。そんなの面倒だし、防犯対策をするのも手間だ。やっぱり邪魔だよ。おっさんだって扱いに困ることがあるんじゃない?」

「そうだな。聖剣同様、簡単には使えないものだ。もともと搭乗者の認証が必要だから少年にあげるのは難しい。国の財産でもあるしな。まあ、少年がソフィア様と結婚すれば、君のものにはなるがな」

「そこで色気を出さないでよ。…なるほどね。これが戦艦とおっさんが別行動をしている理由か」


 DBDには、戦艦と魔人機という強力な兵器が二つある。

 二つ揃えば一番だが、二つ同時に失うことは避けねばならない。

 そのうえで、さらに分ける理由がある。


「私の愛機、ゴールドナイト99-092、『ゴールドミーゼイア〈黄金の研篝矢《けんこうや》〉』は【太陽光エネルギー】で動くことが可能なのだ」

「へぇ、太陽光で充電できるんだ。すごいね。西側ではそれが普通なの?」

「この点に関しては、ゴールドナイトが異端だな。他の魔人機はアフラライトと呼ばれる燃料石から精製できる液体燃料を使っている」

「アフラライト、小百合さんから聞いた戦艦用の燃料石か。魔人機にも流用できるんだね」

「わが国からも産出していた希少なものだ。とはいっても現在の用途は限られているため、そこまで値が張るものではない。ただし、この大地では希少価値はさらに高まるはずだ。この荒野では、さすがにアフラライトまでは用意できない。だからまだ東側西部には魔人機を配備できていないのだ」

「じゃあ、ますますこの機体の価値が高まるってことだ。おっさんの奥の手だね」

「ミーゼイアは戦艦よりも貴重だ。できれば万全の状態で動かしたい。今こうして悠長に時間を費やしているのも、その準備期間ともいえる。急いて事を仕損じる真似だけは避けたいからな」

「戦力としてはどれくらい期待していいの?」

「全出力を出せば、撃滅級魔獣が出ても単機で足止めくらいはできるだろう」

「いいね。期待しちゃうよ」


 第一級の撃滅級魔獣は、もはや都市が消え去るレベルに凶悪だ。アンシュラオンでも工夫しないと勝てない相手である。

 それと真正面から張り合えると豪語するのだから、魔人機は武人にとっての拠り所であることがうかがえる。


「やっぱりWG以外に複製はできないの? 分解すれば中がわかるんじゃない?」

「戦力に余裕がある国では、そういうケースもあるようだ。譲渡されたあとは自由だからな。独自に解析して研究をしている機関もある。その結果として、まだまだ遠く及ばないものの簡易タイプの類似品は作られている。大半は土木作業が精一杯の紛い物だがな」

「技術は簡単に盗めないか。どっかに【機械の天才】はいないもんかね。それにしても『魔人』ねぇ。名前の由来とかはあるの?」

「【偉大なる者】の一人に『魔人』と呼ばれている御方がいるらしい。あまり有名ではないため、知っている者のほうが少ないがな」

「偉大なる者の名前は、師匠から聞いているよ。女神様の伴侶たちだよね」

「そういわれているな。全員で何人いるのか伝承や神話によって異なる。これも詳細は不明だが、人はいつでも強力な存在に憧れる者だ。そこから名を拝借したのだろうというのが通説だ」

「ふーん、なるほどね」


(魔人と称されるのならば無関係じゃないよね。そもそも魔人因子自体、それを参考にして作った可能性もある。いろいろややこしいよ、まったくもって。ともかく、オレも姉ちゃんも魔人なんてものに興味はない。それだけは確かだ)


 パミエルキほどの存在が、災厄の魔人に気づいていないわけがない。

 そうにもかかわらず火怨山での日々で、彼女がそれに言及したこともなければ、特別な興味を示したこともない。

 彼女の興味は【最愛の弟】にしかないのだ。


「もう、しょうがないなぁ、姉ちゃんは。オレのことが好きすぎるんだよなぁ。そりゃオレも姉ちゃんは大好きだけどさ。まったくなんて乳だ…けしからん!!」

「少年は…いつも幸せそうでいいな」





645話 「サナ VS ゼイヴァー その1」


(情報をアップデートしよう。ルシア帝国の狙いは複合的なものだ。オレたちにとっては聖剣やら鉱山資源は重要な話だが、そこが目的地じゃない。DBDを足がかりにして狙うのは『世界の根幹』だ)


 現在でこそダマスカス共和国は世界経済の中心だが、建国してからそう時間が経っていない。

 あれはあくまで中継地。西と東の中間にあることから便利であったことと、特殊な『遺物』が発掘されたことで発展していった国である。

 すでにダマスカスの影響力は強く、ルシア帝国が入り込む余地はない。

 であれば、狙いどころは―――西の中心地

 DBDを通り過ぎ、海沿いに南東にずっと向かうと、ハペルモン共和国という『人工国家』が存在する。

 人工国家の定義は人によって異なるかもしれないが、意図的に作り上げたという意味で、紛れもなくハペルモンは人工国家である。

 誰が作ったかといえば、最近よく話題に出る【大陸王】。


 彼がハペルモンを作った理由が―――『国際金融市場』


 大陸王が世界中にばら撒いた大陸通貨をまとめ、管理する機関である。

 ダマスカスが金自体を管理するのならば、ハペルモンは世界中の投資が集まる場所だ。当然、胴元が儲けるシステムが導入されているだろう。

 そこを抑えることが、彼らの当面の目標だと思われる。

 ハローワークの本店もそこにあるらしいので、世界を支配したいのならば確実に制圧したい場所だ。


(そう上手くいくかはわからないがな。少なくとも連中はやる気だってことだ。…しかし、大陸王のやり方は面白い。世界を変えることは難しいが、新しく作ることは実は簡単なのかもしれない。最初から壊れているのならば、なおさらだ)


 社会が完成してしまうと、地盤が頑強になって簡単には崩せなくなる。

 たとえば現在の日本社会を一部の人間が壊そうとしても、警察組織や機動隊、自衛隊、さらにその上の特殊部隊などが出動して排除するだろう。

 ルシア帝国が歩んでいるのは、そんな厳しい道だ。だからこそ強硬手段も辞さない。

 一方、最初の枠組みを作るのは難しくはない。何も制限がないのだから統一した人間の好きにできる。

 その状況は、今のアンシュラオンに酷似している。

 荒野には、誰もいない。ルールを押し付ける『人間はいない』。




  ∞†∞†∞



 多少の休憩を挟み、今度は『模擬戦』の時間だ。

 対戦形式は一対一で、勝った側は負けるか棄権するまで続ける連戦方式となっている。

 これも連戦が続く戦場を意識してのことだ。一人倒したからといって休めるわけではないからだ。

 一度模擬戦が始まれば、誰もが手を止めて戦いを注視する。

 武人の世界は多様だ。さまざまな戦いを観戦することで知識やアイデアを得ることができ、それが生死をかけた一瞬の攻防で役立つ。



―――模擬戦、開始



 相撲やプロレスのように、最初に戦うのは末端の兵士たちからだ。

 武器や防具は基本的に自由だが、特に今は武具の損耗を避けるために模擬戦用の刃の無いものを使う場合が多い。防具も練習用のものである。

 それでも模擬戦はかなり激しかった。

 最初に戦った幾人かは、倒れ込んでしばらく動けなくなるほどだ。

 アンシュラオンもその様子を見学。


(一般的な訓練といったところか。地下闘技場よりはましだな)


 兵士たちも本気で倒すつもりで戦っている。その点は評価できるだろう。

 また、当たり前に聴こえるが、死なないことがメリットにもなっている。

 陽禅公が提唱する負けたら死ぬ鍛錬法は、やはり常人には厳しい。一般人には反復で学ぶ『訓練』のほうが効果的だ。

 それはサリータを見ればよくわかる。


「次、ケサセリア十光長、ヴァージ一光長《いっこうちょう》」


 模擬戦にはサリータも参加。こんな絶好の機会を逃す手はない。

 相手のヴァージという一光長は、まだ青年の兵士で戦気が使えないようだ。

 これはアンシュラオンが、事前にそうしてくれとガンプドルフに依頼していたことである。


 結果―――勝利


 相手の攻撃をしっかりと盾で防ぎ、突進で相手を押し切った。

 今回は盾の扱いに慣れさせるために、あえて他の武器は持たせていない。それだけでもかなり不利な状況だが、しっかりと勝ってみせる。

 サリータも嬉しそうだ。が、表情には出さず無表情を演じている。

 彼女以外は全員男であるため、なめられないようにしているのだろう。


(サリータは不器用だ。サナと同じやり方では成長できない。こういった成功体験も必要だ)


 地下闘技場がそうだったように、サナは負け続けても長くは引きずらない。

 その場で多少の感情の発露があるくらいで、次からは平然と相手を殺すために行動できる。

 それができないサリータには、厳しい訓練が成長に役立った証が必要なのだ。それが自信になる。


 こうして末端の二人の兵士に勝つことができたが、さすがにそれが限界。所詮その兵士たちは見習いにすぎない。

 次に出てきた兵士は【戦気の使い手】。

 戦気を使えば攻防力は格段に上がる。相手は刃の無い普通サイズの剣を使っているのに、一撃受けるごとに大盾が大きく抉れていく。

 ハンクスの動きに慣れていたからこそ、かろうじて防ぐことはできたものの、やはり大きなハンデを背負っていた。

 盾が破損して、どうしようもなくなったところで万事休す。負けとなる。


(あー、手加減されちゃったな。意図的に相手は盾を破壊しにきた。そりゃ女性陣を敵に回したくないよな。オレでもああするよ)


 通常の戦いならば盾以外を狙ってくるが、明らかに相手は盾を狙っていた。

 盾しか武装がないことは二戦を見てわかっていたし、女性に大きな傷を付けてしまったら、他の女性陣からも反感を買うかもしれない。そういった配慮である。

 逆に、相手がそんな配慮ができるほど余裕があった証拠だ。

 動きにしても戦気をまとえば身体能力が三倍以上にはなるため、強引に攻め立てることもできたが、あえてしなかったのだ。

 つまりは、手加減された。

 今しがた得た成功体験が、あっという間に崩れ去る厳しい世界に彼女は足を踏み入れたのである。


(いいんだ。負けてもいい。所詮は【練習】なんだからさ。今は覚悟だけじゃ勝てない世界をたくさん味わえばいい。…こう考えると訓練もいいよな。やっぱりうちの師匠ってどうかしてるよ)


 と陽禅公批判をしながら模擬戦をぼけっと見ていた。

 兵士の力量は、半数がブルーハンター級。半分はレッドハンター以下といったところだろうか。

 それを見て感じたことがある。


(西側の人間は根本的に強いな。すでに体系化されているせいもあって、誰もが強くなれる土壌が出来ているんだ。西側を怖れる理由がわかるよ。ラブヘイア級は稀でも、シーバン級ならありふれているんだからさ)


 そこらじゅうにブルーハンターがいる。それだけでグラス・ギースの戦力を遥かに上回る。

 しかも、彼らはただの兵士。まだまだ見習いだ。

 では、騎士になればどうなるのか。それはこれからわかる。



―――がやがやがや



 周りの兵士が急にざわつき始める。

 だんだんと状況がわかるにつれて、兵士たちの視線が二人に集約されていく。



「次! ゼイヴァー百光長、サナ百光長!!」



 サナとゼイヴァーとの試合である。

 今回のスペシャルマッチにしてメインマッチは、この二人。

 ゼイヴァーの実力は兵士ならば誰もが知っているが、それに十歳ちょっとの少女が立ち向かうのだ。興味を抱かないわけがない。


(懐かしいな。地下闘技場でもこんな感じだったっけ)


 サナは革鎧を着込み、刃がない模擬刀を持っている。

 対するゼイヴァーは、インナーシャツ一枚に、手には一本の『棍』を持っていた。

 シャツは単純に鎧の下に着ていたもので、何の効果もない普通の肌着だ。持っている棍も一応武器だが、言ってしまえばただの『長いだけの木の棒』だ。

 サナは刃が無いとはいえ金属製なので、武器の質の差は明白である。

 それを見て普通ならば違和感を覚えるのだろうが、他の兵士たちはごくごく当たり前のように受け入れている。


(たいした自信だな。これはつまり『サナの攻撃は受けない』という意思表示でもある。さぁ、どうなるかな。イケメン君の実力拝見といくか)


 ちなみにゼイヴァーはフルフェイスの兜を脱いで素顔になっている。

 予想通り、金髪のイケメンである。

 特にこの世界ではイケメンだから強いというわけでもなく、かといって弱いわけでもない。

 ソイドダディーもイケメンではないが強く、アーブスラットも昔は美男子というわけではない。普通の顔である。

 地球と比べると誰もが美男美女に見えるのだから、どちらでもよい要素だ。



「模擬戦、開始!!」



 開始の掛け声とともに、サナが飛び出す。

 刀を構えたまま低い姿勢で間合いを詰める。その際もしっかりとフェイントを入れて相手の軸をずらそうとする。

 このあたりは地下闘技場で鍛えた成果が出ている。魔石なしの動きもすでにブルーハンターの領域である。そこらの武人では簡単に対応できない。

 だが、ゼイヴァーはその場からまったく動かず棍を構えるだけだ。

 構え方は槍と同じ。特におかしいところはない。

 先に間合いに入ったのは、もちろんゼイヴァーのほう。

 長い間合いを持つのが槍(棍)の特徴なので、まずは横薙ぎ一閃。鋭い一撃がサナに迫る。

 サナはタイミングよく刀を棍に擦り当てて防ぎ、そのまま潜り抜ける。身体が小さく小回りの利く彼女だからこその動きだ。

 だが、サナがさらに前に出ようとした瞬間、返す棍が襲いかかり、弾き飛ばす。

 返す棍の威力はさほど高くはなかったため、サナが鎧を着ていたこともあってダメージは軽微。

 再び突進を試みる。

 それをゼイヴァーは薙ぎ払いを中心にいなしていく。サナは掻い潜ろうとするも、一撃目は可能でも二撃目で必ず捉えられる。

 その光景はまるで、野犬を軽く棒であしらう牧場主の姿であった。

 アンシュラオンから見ても、その棍捌きは見事である。


(棍の扱いにミスがない。正確に同じ動作を繰り返している。体力もあるから何度やってもブレがない。まさに軍人だな。しかもあえて一撃目をかわさせることで、二撃目を当てやすい場所に誘い込んでいる。完全に主導権を向こうに取られたな)


 もしこれが槍ならば、すでにサナの身体は無事では済まなかっただろう。

 だが逆にサナが突っ込むのも、棍が武器だと理解しているからこその戦い方である。



「…じー」


 サナがゼイヴァーと周囲を観察。打開策を探る。

 この模擬戦で認められているのは手持ちの武器だけ。それが銃(模擬弾)でも斧でもかまわないが一つだけ(盾は除く)に限られるため、現在は刀しか攻撃手段がない。

 彼女が得意とするのは、すべての環境をフルに活用した局地戦だ。そこに魔石が加わるからこそバルドロスを追い詰められたのである。

 それがない今、頼れるのは自らの剣技のみ。

 サナが前に出る。

 そこにゼイヴァーの棍が迫るが、今度は逃げない。

 刀の芯で打ち払う。

 ガンッ!!


 鉄と木がぶつかる鈍い音が響き―――棍を弾く


 サナは棍の初撃が誘導するものだと気づいていた。

 だからこそ同じことを繰り返すふりをして、刀の『芯』で思いきりぶっ叩いたのだ。

 相手の攻撃の質を見切る観察眼と、的確に芯を当てる技術。どれも地下闘技場で得たものだ。

 サナはそのまま一気に間合いを詰めて剣撃。

 ゼイヴァーは棍を引いてガード。刀を受け止める。

 さすがに大人と子供の体格差がある。攻撃は完全に止められた。

 が、ここから刀は変化。

 棍の表面を滑らせて、武器を持っているゼイヴァーの手を狙う。

 これが鎧ならば篭手も付けているので防御可能だが、今は剥き出しの素手のままだ。

 そう。槍や棍はリーチの長さは優れているが、マタゾーもやられたように、こうして武器を持っている手を狙われやすいのが短所だ。

 サナがこの点を狙ったのはさすがである。少しでも相手の力を削ぐための戦術を考えた結果なのだろう。

 だがしかし、この弱点を一番よく知っている者は誰だろう?


 当然―――ゼイヴァー自身


 ゼイヴァーは狙われた片手を離して回避。

 サナは片手持ちになって不安定になったところを攻め立てようとする。

 しかし


 手が―――伸びた


 伸ばされたのは、今しがた棍を離したゼイヴァーの手。


 その手が、サナの鎧を掴んで―――引っ張る!!


 ぐいっ!! ぐらっ


「…っ!!」


 思った以上に強い力で引かれたため、サナが大きくバランスを崩す。

 その間にゼイヴァーは棍をサナに押し付けながら動きを封じつつ、今度は突き放して間合いを広げた。

 再び棍の間合いを作られる。

 サナはまだバランスを崩したままで動けない。

 そこに突きの連打。


 トトトトンッ


 非常に綺麗でリズミカルな音を立てて棍がサナに命中していく。

 棍の先端は丸く整えられており、直接刺さることはない。

 だが、当然ながら戦気をまとっているので、その一撃は強烈。

 サナは次々と命中する棍の衝撃に押されて防御する暇もない。

 ただし、そのすべての攻撃は鎧の一番硬い部分を狙って放たれているので、致命傷を受けてはいなかった。


 これはつまり―――手加減


 最初に述べたように、軽々と野良犬をあしらっているわけだ。

 サリータに続いて、サナも手加減されている。

 これが西側の騎士の実力である。





646話 「サナ VS ゼイヴァー その2」


 サナはゼイヴァーの突きに圧される。

 痛みもなく裂傷もないが、衝撃だけは確実に中にまで伝わるので、次第に体力が奪われて身体がだるくなっていく。

 彼は他の騎士以上に生粋のフェミニストなので、女性を傷つけることを好まない。こうやって動けなくして勝つことを想定しているのだろう。

 そうやって男女で対応を分けること自体が差別じゃないのか、というツッコミは置いておいて、完全に手加減されているのがわかる。

 だが、サナにはまだ手段が残されている。


 魔石を―――発動!!


 雷撃は反則になる可能性があるため、セクトアンク戦でもやった身体能力だけを引き出す『段階使用』を選択。

 それによって能力が向上。

 これでもう負けない。強引に押し切れる。

 そう思ってサナも攻撃を仕掛けるが―――


 カカカカンッ


「―――っ!!」


 鋭いゼイヴァーの棍先が、的確にサナの鎧をリズミカルに叩く。

 どんなに速度を上げようが、左右に振ろうが、フェイントをかけようが、ゼイヴァーはまったく動揺せず、淡々と攻撃を当ててくる。

 何も変わっていない。結果はまったく同じだ。

 被弾覚悟で強引に接近して一撃を繰り出すも―――手が伸びる


 ぐいっ ドンッ


 またもやあっさりと離され、棍の間合いを作られて突きを受ける。

 中距離でも駄目。近づいても駄目。サナは何もできていない。

 いったい何が起きているのかといえば、見たままだ。


(さすがおっさんの部下だ。今初めて使った動きじゃない。手馴れている様子だ。いつもこれを想定して鍛錬している証拠だな。しかもゼイヴァーはやや細身だが、皮膚の下には強靭な筋肉が詰まっている。腕力も相当なものだ)


 ガンプドルフが蹴りを使ったのを覚えているだろうか。それなりに戦士因子が覚醒している武人ならば、剣士であっても体術を使えるのだ。

 ゼイヴァーにも戦士の因子があり、なおかつ修練によって才能を伸ばしていた。

 そして、その腕力も戦士並み。ソイドビッグ程度ならばねじ伏せられるだろう。

 もう一つ付け加えれば、彼はまだ『剣気』を出していない。普通の戦気で抑えている。

 棍自体が木の棒のため伝導率がかなり低いせいもあるだろうが、それでも使うことはできるはずだ。あえてそうしないのは、想定以上のダメージを与えてしまう可能性があるからだ。

 彼は武具に頼らずとも、魔石で身体強化をしたサナより強いことを証明している。


(ゼイヴァーの強さの本質は『安定感』にある。同じ槍でもマタゾーとは根本的に違うタイプの武人だ)


 マタゾーは、一点を貫く技術に長けていた。だからこそ彼の長所は『突き』にこそある反面、槍の間合いが必要になる弱点があった。

 一方のゼイヴァーの一撃一撃はマタゾーに及ばないものの、払う技術、突く技術、防御の技術、身体の使い方、どれも隙がない。

 アンシュラオンが雇った戦罪者は、裸でポン刀だったり手が異様に大きかったりと、やたらと歪だった。それはバランスよくすべてを鍛えるのではなく、自己の長所だけを伸ばそうとした結果である。

 されど軍隊においては平均的な力が求められる。いかなる戦場でも安定したほうが役立つからだ。

 そのおかげでゼイヴァーは、実に穴の無い武人に育った。

 マタゾーとは違い、近距離に持ち込まれても対応できるのは大きなアドバンテージとなる。


(ゼイヴァーは百光長はどれも同じレベルとは言っていたが、実際はバルドロスより強そうだ。といっても、バルドロスも本調子ではなかったし、それだけでは測れないか。…DBDの騎士は強いな。出会った時に持っていた武器を使えば今より強くなるんだしな)


 さすがルシア帝国とガチで戦争していた連中だ。兵士の質も高いし、騎士はさらに上のレベルにある。

 あくまで現段階ではあるが、圧倒的にゼイヴァーのほうが【完成度が高い】。

 普通にやればサナが勝つことはありえない。




 当然、対戦しているゼイヴァーも実力差を感じている。


(閣下の命令で戦ってはいるが、まさに大人と子供だ。まだまだ若い。若すぎる。こんな少女を戦わせるとは…納得がいかない。女性は守らねばならないものなのだ。そうだ…私は強くなければいけない。すべての女性を守れるほどに、もっともっと強くならねばならない)


 ハンクスがそうであるように、ゼイヴァーの戦気にも『覚悟』が宿っていた。

 彼の戦気は、静かに燃える闘志の如く。

 猛々しくはないが、その奥底には芯のある強烈な熱量が見え隠れしている。

 女性は弱い。だから守らねばならない。

 そんな当たり前でありながらも若干偏屈な感情が、彼をここまで強くしている。

 たしかに彼の言う通りだ。女性は基本的には弱い。単純な戦闘能力ならば男のほうが有利だ。

 そう、普通の女性ならば。



 だがしかし彼女は―――普通ではない!!



 防戦一方の何もできない状態であっても、サナの目には『知性』が宿っていた。

 どんなに攻撃されても打開策を探り続ける力が、今の彼女にはある。

 棍に圧されながらも、刀の先端を地面に打ち付けると―――爆発


 ボンッ ザァァアアッ


 地面が大きく抉れたことで、土砂とも呼べる大量の土がゼイヴァーに降り注ぐ。

 剣応打《けんおうだ》。ジュンユウが使った剣王技で、剣気を剣先に集めて物理属性を与える技である。

 その性質を利用して土を斬るのではなく、ゴルフのバンカーのように一緒に巻き上げたのだ。

 サナの得意な戦場は局地戦。周囲に使える環境がないのならば、自ら作り出してしまえばいい。それだけのことだ。

 土砂によって、ゼイヴァーの視界が一時的に塞がる。


「…しゅっ」


 そこにサナの中距離攻撃、剣衝が襲いかかる。


(この程度の目くらまし。目を瞑っていても防げますよ)


 ゼイヴァーは剣衝を軽々と弾いて霧散。

 なぜサナがあまり剣衝を使わないかといえば、現在の剣気量では威力が乏しいからである。

 もともと戦気量が多いわけでもないので、それならば移動と直接斬撃に力を割いたほうが効率が良いのだ。

 では、あえてサナが非効率な真似をしたのならば、そこには意味がある。


 ブワワワッ!!


 ゼイヴァーの周囲が―――【闇】に染まる


「なっ…!」


 イカスミで一瞬にして海水が黒に染まるように、視界すべてが完全に闇に包まれた。これは明らかに土によるものではない。

 であれば【技】。


(これは『暗衝波《あんしょうは》』!! 今の土はこれを隠すためのものか!)


 ヤキチが使っていた闇属性の剣衝であり、相手の視界を奪うための技だ。(そのまま直撃してもダメージは剣衝と同じ)

 サナが土をあえて使ったのは、自分の剣衝が暗衝波だと悟らせないためである。

 熟練した武人ならば、太刀筋と戦気の色合いを見ただけで発動した瞬間に技を見破ってしまうからだ。

 ゼイヴァーも暗衝波は知っているため、もし見えていればかわすことを優先しただろう。最低でも体重移動はしていたはずだ。

 彼のミスは、女性だからと侮っていたこと。

 サリータと同じだと思っていたことだ。


 その油断を、サナは見逃さない!!


 素早い動きで接近するとゼイヴァーに剛斬を繰り出す。両手で刀を握った全力の一撃だ。

 ゼイヴァーは暗闇の中でも太刀筋を感じ、咄嗟に反応。棍でガードする。

 虚をつかれた一撃であるが、それでも防ぐのはさすがである。風の流れや戦気の気配を掴んでいる証拠だ。

 されど接近したサナの怖さは、こんなものではとどまらない。


 そこに―――拳!!


 刀と棍が密着した状態から片手だけを離し、サナが虎破を突き出す。

 しかも狙ったのは股間。べつに意図したわけではないが、身長差があったため角度的にそこが狙いやすかったにすぎない。


「っ!!」


 ゼイヴァーも男だ。嫌な予感がしたのだろう。本能的にかわすことに成功。(一応肉体操作でガードしているが、心情として理解できる)

 女性が護身術を習う際、必ず金的攻撃を教えられるというが、フェミニストの急所を狙うとはなんとも皮肉である。

 そして、大事な部分を守った代償として完全なる隙を晒す。

 腰を引いて屈んだところに、サナの虎破がクリーンヒット!!

 バキャッ!! ミシミシッ


「ぬぐっ!!」


 拳は顔面に当たり、頬骨が軋む音が響く。


(これが子供のパワーなのか!? 信じられない!!)


 まるで同体格の大人の武人に殴られたような衝撃が走る。

 それもそのはず。サナの戦士因子は2であり、しかも【劣化していない】。

 いくら子供であっても純粋な戦士因子2のパワーは、劣化している倍のレベルの剣士と変わらない。


(目が…見えない! 見失った!)


 暗闇に加えて顔面への強打。ショックとダメージで視界が遮断される。

 ここが勝負所。

 サナはゼイヴァーの真後ろに回り込むと、下からアッパーカットのように強引に刀を振り上げる。

 暗殺剣、卑転《ひてん》。これまたヤキチが使っていた技である。

 それを完全コピーしつつ、同じ闇属性を持つがゆえに自分のものとして百パーセントの力で使いこなす。

 視界を塞がれた状態から、普通ならありえない角度からの一撃。

 正道で敵わないのならば『詭道』で挑むしかない。これもまた武人の戦い方だ。

 タイミングばっちりの虚をついた攻撃である。これは防げない。


 サナの刀がゼイヴァーに―――


 スカッ


 当たらない。

 たしかに防げない攻撃である。

 しかし、かわせないとは言っていない。


 その時、すでにゼイヴァーは【宙】にいた。


 サナが卑転を放った瞬間には棍を使って跳躍し、暗衝波の空間から離脱。

 そこから棍がしなるような軌道を描き、サナの背中に激突!!


「…かふっ……!」


 衝撃の強さにサナの呼吸が止まる。

 剣王技、撓芯打《とうしんだ》。

 マタゾーが使っていた三蛇勢の下位かつ、棍版といったところだろうか。棍をしならせて軌道を変化させつつ、剣応打と同じく打撃属性の剣気を叩きつける技だ。

 卑転の最大の弱点は打ち終わりにある。どうしても動作が大きくなり、隙ができるため防御に難があるのだ。

 当たれば強い大きな振りも外れれば欠点であり、空気の流れで場所も特定されてしまうわけだ。

 それでもサナはまだ動けた。

 着地したゼイヴァーに殴りかかる。

 が、このレベル帯になると、一度使った技は相手に対応されて当然となる。

 ゼイヴァーは拳を棍で受け流すと、左手を伸ばして再び鎧を掴み―――大地に押し付ける!!

 どんっ ごりりりっ


「…っ」

「動かないでください。これ以上は無理です」

「…っ……っ」


 サナは話も聞かずにジタバタするが、技を使わない状態ではゼイヴァーの腕力のほうが上であった。




「そこまで。ゼイヴァーの勝利だ」




 ガンプドルフが戦いを止めた。

 結果はゼイヴァーの勝利で終わる。

 裁定に文句はない。実際に実力差はかなりあったといえる。雷撃無しでよくここまで戦ったというべきだろうか。


(順当な勝利…サナにとっては敗北か。だが、今の戦いを見ればわかるように、これがのちの糧になる。練習ではいくら負けてもいい。本番で勝てば問題ない)


 ここも地下闘技場と同じ考え方でよいだろう。

 残念ながら団体戦では全敗したが、いったいそれがなんだというのだ。その後の戦いでバルドロスを圧し込む布石になったではないか。前者は練習。後者は本番だ。

 武人にとって本質を見極めることも大事な資質である。

 だがしかし、それをもっとも知る者から、やや変なクレームが入った。


「閣下、今の勝負は私の負けです」


 勝者であるはずのゼイヴァーが、なぜかそんなことを言い出す。


「誰がどう見てもお前の勝ちだ。どこに不満がある?」

「こんな幼い少女相手に本気になってしまいました。最後の一撃は思わず手が出てしまったのです。大人の男として恥ずべき振る舞いです」

「戦場において、大人も子供も男も女も関係ない。互いに戦い、結果が出た。それだけだ」

「いいえ、違います。私はこの勝負で一撃ももらうつもりはなかったのです。ですから、この頬が敗北の証です」


 ゼイヴァーの頬は、サナのクリーンヒットを受けて赤く腫れていた。もしかしたら骨にヒビが入ったかもしれない。

 これは完全に油断であるし、その一撃によって彼の本気を引き出したのだ。


「油断したのはお前のミスだ。反省すればいい。だが、勝ったのはお前だ」

「私は女性を…殴ってしまったのです。やはり私の負けです」

「ゼイヴァー、いいかげんにしろ」

「これは閣下であっても譲ることはできません!!」

「まったく…お前というやつは…。まあいい、戦場では迷うなよ。何事も強いやつだけが選ぶことができる。負けたらすべてが終わりだ。わかっているな?」

「もちろんです。そして、罪は償わねばなりません」


 ドゴッ!

 何を思ったのか、サナに殴られて腫れている頬に対して、さらに自分で拳を叩き込む。

 それによって怪我は悪化。かろうじて耐えていた骨も完全に砕けた。

 だが、当人はそれで満足したようで、すたすたと元の場所に戻ってニコニコしている。


(いやー、引くわぁー。フェミもそこまでいけばすごいよな。ラブヘイア並みにヤバイやつだったのか…!!)


 アンシュラオンも思わずドン引きである。

 たしかに女性を大切にすることは重要だが、女だからといってすべてが正しいわけではない。シャイナを見てもわかるように、女だって普通に犯罪を犯すものだ。

 駄目なものは駄目。良いものは良い。そこに男女の差はない。

 アンシュラオンも女性を守る理念を抱いているが、さすがにここまではいかないし、いきたくもない。



「ねぇ、あの人、大丈夫なの?」


 ヤバイやつリストに入ってしまったため、素性をガンプドルフに確認。


「ゼイヴァーか? …言いたいことはわかるが、当人の中に流儀があるのだから仕方がない」

「何か理由でもあるの? それとも最初からヤバイの?」

「最初からではない。…戦後からだ。あいつは家族を戦争で失っている。女性が多い家庭だったらしくてな。父親が死んでからは、男はあいつ一人だったらしい。それだけならばまだよかったのだろうが…」


 戦後、ルシアの駐屯軍が町の女性に暴行を加えようとしたところ、ゼイヴァーはその連中を殴り殺した。

 普通に殴り殺すのではない。徹底的に存在を消すかのように叩き潰した。文字通り、ミンチにしたのだ。現場検証をした者に訊いたところ、骨と皮がかろうじて残っていたくらいだったというから壮絶だ。

 事件を起こしたのはルシア騎士ではなく、雑兵として扱っていた傭兵団だったらしいが、それでもルシアの兵だ。捕まり、牢獄に入れられた。

 強い武人はルシアにとっても貴重な存在である。たびたび不問にする代わりにルシア軍に入ることを勧められたが、彼が頷くことはなかった。

 見せしめの意味もあったのだろう。それによって『死刑』が決まった。


「処刑される前に私の部下が収容所を襲撃し、助け出したのだ。だが、その頃にはすでにやつは、ああいった考えに染まっていた。間違ってはいないし悪いとは言わないが…困ったものだ」

「実戦で邪魔にならない?」

「自分より強い相手ならば女でも問題ないようだ。が、積極的に戦おうとはしないだろうな。そもそも女の武人は少ない。無理にあいつが戦う必要はないし、見た通り能力はかなり高い。少なくとも魔獣との戦いでは大丈夫だ。そこは保証しよう」

「まあ、強いのならいいか。こっちが使い場所を見定めればいいしね」


(ここにいる連中は、多かれ少なかれルシアに恨みを抱いている者たちなんだな。そりゃそうだよね。恨みの感情…か。サナはそれも吸い取るのかな? オレとしては冒険の楽しさを味わってほしいんだけどな)


 怒りと恨みは似ているが、また若干違うものである。

 それがサナにどういった影響を与えるのかはわからない。





646話 「サナ VS ゼイヴァー その2」


 サナはゼイヴァーの突きに圧される。

 痛みもなく裂傷もないが、衝撃だけは確実に中にまで伝わるので、次第に体力が奪われて身体がだるくなっていく。

 彼は他の騎士以上に生粋のフェミニストなので、女性を傷つけることを好まない。こうやって動けなくして勝つことを想定しているのだろう。

 そうやって男女で対応を分けること自体が差別じゃないのか、というツッコミは置いておいて、完全に手加減されているのがわかる。

 だが、サナにはまだ手段が残されている。


 魔石を―――発動!!


 雷撃は反則になる可能性があるため、セクトアンク戦でもやった身体能力だけを引き出す『段階使用』を選択。

 それによって能力が向上。

 これでもう負けない。強引に押し切れる。

 そう思ってサナも攻撃を仕掛けるが―――


 カカカカンッ


「―――っ!!」


 鋭いゼイヴァーの棍先が、的確にサナの鎧をリズミカルに叩く。

 どんなに速度を上げようが、左右に振ろうが、フェイントをかけようが、ゼイヴァーはまったく動揺せず、淡々と攻撃を当ててくる。

 何も変わっていない。結果はまったく同じだ。

 被弾覚悟で強引に接近して一撃を繰り出すも―――手が伸びる


 ぐいっ ドンッ


 またもやあっさりと離され、棍の間合いを作られて突きを受ける。

 中距離でも駄目。近づいても駄目。サナは何もできていない。

 いったい何が起きているのかといえば、見たままだ。


(さすがおっさんの部下だ。今初めて使った動きじゃない。手馴れている様子だ。いつもこれを想定して鍛錬している証拠だな。しかもゼイヴァーはやや細身だが、皮膚の下には強靭な筋肉が詰まっている。腕力も相当なものだ)


 ガンプドルフが蹴りを使ったのを覚えているだろうか。それなりに戦士因子が覚醒している武人ならば、剣士であっても体術を使えるのだ。

 ゼイヴァーにも戦士の因子があり、なおかつ修練によって才能を伸ばしていた。

 そして、その腕力も戦士並み。ソイドビッグ程度ならばねじ伏せられるだろう。

 もう一つ付け加えれば、彼はまだ『剣気』を出していない。普通の戦気で抑えている。

 棍自体が木の棒のため伝導率がかなり低いせいもあるだろうが、それでも使うことはできるはずだ。あえてそうしないのは、想定以上のダメージを与えてしまう可能性があるからだ。

 彼は武具に頼らずとも、魔石で身体強化をしたサナより強いことを証明している。


(ゼイヴァーの強さの本質は『安定感』にある。同じ槍でもマタゾーとは根本的に違うタイプの武人だ)


 マタゾーは、一点を貫く技術に長けていた。だからこそ彼の長所は『突き』にこそある反面、槍の間合いが必要になる弱点があった。

 一方のゼイヴァーの一撃一撃はマタゾーに及ばないものの、払う技術、突く技術、防御の技術、身体の使い方、どれも隙がない。

 アンシュラオンが雇った戦罪者は、裸でポン刀だったり手が異様に大きかったりと、やたらと歪だった。それはバランスよくすべてを鍛えるのではなく、自己の長所だけを伸ばそうとした結果である。

 されど軍隊においては平均的な力が求められる。いかなる戦場でも安定したほうが役立つからだ。

 そのおかげでゼイヴァーは、実に穴の無い武人に育った。

 マタゾーとは違い、近距離に持ち込まれても対応できるのは大きなアドバンテージとなる。


(ゼイヴァーは百光長はどれも同じレベルとは言っていたが、実際はバルドロスより強そうだ。といっても、バルドロスも本調子ではなかったし、それだけでは測れないか。…DBDの騎士は強いな。出会った時に持っていた武器を使えば今より強くなるんだしな)


 さすがルシア帝国とガチで戦争していた連中だ。兵士の質も高いし、騎士はさらに上のレベルにある。

 あくまで現段階ではあるが、圧倒的にゼイヴァーのほうが【完成度が高い】。

 普通にやればサナが勝つことはありえない。




 当然、対戦しているゼイヴァーも実力差を感じている。


(閣下の命令で戦ってはいるが、まさに大人と子供だ。まだまだ若い。若すぎる。こんな少女を戦わせるとは…納得がいかない。女性は守らねばならないものなのだ。そうだ…私は強くなければいけない。すべての女性を守れるほどに、もっともっと強くならねばならない)


 ハンクスがそうであるように、ゼイヴァーの戦気にも『覚悟』が宿っていた。

 彼の戦気は、静かに燃える闘志の如く。

 猛々しくはないが、その奥底には芯のある強烈な熱量が見え隠れしている。

 女性は弱い。だから守らねばならない。

 そんな当たり前でありながらも若干偏屈な感情が、彼をここまで強くしている。

 たしかに彼の言う通りだ。女性は基本的には弱い。単純な戦闘能力ならば男のほうが有利だ。

 そう、普通の女性ならば。



 だがしかし彼女は―――普通ではない!!



 防戦一方の何もできない状態であっても、サナの目には『知性』が宿っていた。

 どんなに攻撃されても打開策を探り続ける力が、今の彼女にはある。

 棍に圧されながらも、刀の先端を地面に打ち付けると―――爆発


 ボンッ ザァァアアッ


 地面が大きく抉れたことで、土砂とも呼べる大量の土がゼイヴァーに降り注ぐ。

 剣応打《けんおうだ》。ジュンユウが使った剣王技で、剣気を剣先に集めて物理属性を与える技である。

 その性質を利用して土を斬るのではなく、ゴルフのバンカーのように一緒に巻き上げたのだ。

 サナの得意な戦場は局地戦。周囲に使える環境がないのならば、自ら作り出してしまえばいい。それだけのことだ。

 土砂によって、ゼイヴァーの視界が一時的に塞がる。


「…しゅっ」


 そこにサナの中距離攻撃、剣衝が襲いかかる。


(この程度の目くらまし。目を瞑っていても防げますよ)


 ゼイヴァーは剣衝を軽々と弾いて霧散。

 なぜサナがあまり剣衝を使わないかといえば、現在の剣気量では威力が乏しいからである。

 もともと戦気量が多いわけでもないので、それならば移動と直接斬撃に力を割いたほうが効率が良いのだ。

 では、あえてサナが非効率な真似をしたのならば、そこには意味がある。


 ブワワワッ!!


 ゼイヴァーの周囲が―――【闇】に染まる


「なっ…!」


 イカスミで一瞬にして海水が黒に染まるように、視界すべてが完全に闇に包まれた。これは明らかに土によるものではない。

 であれば【技】。


(これは『暗衝波《あんしょうは》』!! 今の土はこれを隠すためのものか!)


 ヤキチが使っていた闇属性の剣衝であり、相手の視界を奪うための技だ。(そのまま直撃してもダメージは剣衝と同じ)

 サナが土をあえて使ったのは、自分の剣衝が暗衝波だと悟らせないためである。

 熟練した武人ならば、太刀筋と戦気の色合いを見ただけで発動した瞬間に技を見破ってしまうからだ。

 ゼイヴァーも暗衝波は知っているため、もし見えていればかわすことを優先しただろう。最低でも体重移動はしていたはずだ。

 彼のミスは、女性だからと侮っていたこと。

 サリータと同じだと思っていたことだ。


 その油断を、サナは見逃さない!!


 素早い動きで接近するとゼイヴァーに剛斬を繰り出す。両手で刀を握った全力の一撃だ。

 ゼイヴァーは暗闇の中でも太刀筋を感じ、咄嗟に反応。棍でガードする。

 虚をつかれた一撃であるが、それでも防ぐのはさすがである。風の流れや戦気の気配を掴んでいる証拠だ。

 されど接近したサナの怖さは、こんなものではとどまらない。


 そこに―――拳!!


 刀と棍が密着した状態から片手だけを離し、サナが虎破を突き出す。

 しかも狙ったのは股間。べつに意図したわけではないが、身長差があったため角度的にそこが狙いやすかったにすぎない。


「っ!!」


 ゼイヴァーも男だ。嫌な予感がしたのだろう。本能的にかわすことに成功。(一応肉体操作でガードしているが、心情として理解できる)

 女性が護身術を習う際、必ず金的攻撃を教えられるというが、フェミニストの急所を狙うとはなんとも皮肉である。

 そして、大事な部分を守った代償として完全なる隙を晒す。

 腰を引いて屈んだところに、サナの虎破がクリーンヒット!!

 バキャッ!! ミシミシッ


「ぬぐっ!!」


 拳は顔面に当たり、頬骨が軋む音が響く。


(これが子供のパワーなのか!? 信じられない!!)


 まるで同体格の大人の武人に殴られたような衝撃が走る。

 それもそのはず。サナの戦士因子は2であり、しかも【劣化していない】。

 いくら子供であっても純粋な戦士因子2のパワーは、劣化している倍のレベルの剣士と変わらない。


(目が…見えない! 見失った!)


 暗闇に加えて顔面への強打。ショックとダメージで視界が遮断される。

 ここが勝負所。

 サナはゼイヴァーの真後ろに回り込むと、下からアッパーカットのように強引に刀を振り上げる。

 暗殺剣、卑転《ひてん》。これまたヤキチが使っていた技である。

 それを完全コピーしつつ、同じ闇属性を持つがゆえに自分のものとして百パーセントの力で使いこなす。

 視界を塞がれた状態から、普通ならありえない角度からの一撃。

 正道で敵わないのならば『詭道』で挑むしかない。これもまた武人の戦い方だ。

 タイミングばっちりの虚をついた攻撃である。これは防げない。


 サナの刀がゼイヴァーに―――


 スカッ


 当たらない。

 たしかに防げない攻撃である。

 しかし、かわせないとは言っていない。


 その時、すでにゼイヴァーは【宙】にいた。


 サナが卑転を放った瞬間には棍を使って跳躍し、暗衝波の空間から離脱。

 そこから棍がしなるような軌道を描き、サナの背中に激突!!


「…かふっ……!」


 衝撃の強さにサナの呼吸が止まる。

 剣王技、撓芯打《とうしんだ》。

 マタゾーが使っていた三蛇勢の下位かつ、棍版といったところだろうか。棍をしならせて軌道を変化させつつ、剣応打と同じく打撃属性の剣気を叩きつける技だ。

 卑転の最大の弱点は打ち終わりにある。どうしても動作が大きくなり、隙ができるため防御に難があるのだ。

 当たれば強い大きな振りも外れれば欠点であり、空気の流れで場所も特定されてしまうわけだ。

 それでもサナはまだ動けた。

 着地したゼイヴァーに殴りかかる。

 が、このレベル帯になると、一度使った技は相手に対応されて当然となる。

 ゼイヴァーは拳を棍で受け流すと、左手を伸ばして再び鎧を掴み―――大地に押し付ける!!

 どんっ ごりりりっ


「…っ」

「動かないでください。これ以上は無理です」

「…っ……っ」


 サナは話も聞かずにジタバタするが、技を使わない状態ではゼイヴァーの腕力のほうが上であった。




「そこまで。ゼイヴァーの勝利だ」




 ガンプドルフが戦いを止めた。

 結果はゼイヴァーの勝利で終わる。

 裁定に文句はない。実際に実力差はかなりあったといえる。雷撃無しでよくここまで戦ったというべきだろうか。


(順当な勝利…サナにとっては敗北か。だが、今の戦いを見ればわかるように、これがのちの糧になる。練習ではいくら負けてもいい。本番で勝てば問題ない)


 ここも地下闘技場と同じ考え方でよいだろう。

 残念ながら団体戦では全敗したが、いったいそれがなんだというのだ。その後の戦いでバルドロスを圧し込む布石になったではないか。前者は練習。後者は本番だ。

 武人にとって本質を見極めることも大事な資質である。

 だがしかし、それをもっとも知る者から、やや変なクレームが入った。


「閣下、今の勝負は私の負けです」


 勝者であるはずのゼイヴァーが、なぜかそんなことを言い出す。


「誰がどう見てもお前の勝ちだ。どこに不満がある?」

「こんな幼い少女相手に本気になってしまいました。最後の一撃は思わず手が出てしまったのです。大人の男として恥ずべき振る舞いです」

「戦場において、大人も子供も男も女も関係ない。互いに戦い、結果が出た。それだけだ」

「いいえ、違います。私はこの勝負で一撃ももらうつもりはなかったのです。ですから、この頬が敗北の証です」


 ゼイヴァーの頬は、サナのクリーンヒットを受けて赤く腫れていた。もしかしたら骨にヒビが入ったかもしれない。

 これは完全に油断であるし、その一撃によって彼の本気を引き出したのだ。


「油断したのはお前のミスだ。反省すればいい。だが、勝ったのはお前だ」

「私は女性を…殴ってしまったのです。やはり私の負けです」

「ゼイヴァー、いいかげんにしろ」

「これは閣下であっても譲ることはできません!!」

「まったく…お前というやつは…。まあいい、戦場では迷うなよ。何事も強いやつだけが選ぶことができる。負けたらすべてが終わりだ。わかっているな?」

「もちろんです。そして、罪は償わねばなりません」


 ドゴッ!

 何を思ったのか、サナに殴られて腫れている頬に対して、さらに自分で拳を叩き込む。

 それによって怪我は悪化。かろうじて耐えていた骨も完全に砕けた。

 だが、当人はそれで満足したようで、すたすたと元の場所に戻ってニコニコしている。


(いやー、引くわぁー。フェミもそこまでいけばすごいよな。ラブヘイア並みにヤバイやつだったのか…!!)


 アンシュラオンも思わずドン引きである。

 たしかに女性を大切にすることは重要だが、女だからといってすべてが正しいわけではない。シャイナを見てもわかるように、女だって普通に犯罪を犯すものだ。

 駄目なものは駄目。良いものは良い。そこに男女の差はない。

 アンシュラオンも女性を守る理念を抱いているが、さすがにここまではいかないし、いきたくもない。



「ねぇ、あの人、大丈夫なの?」


 ヤバイやつリストに入ってしまったため、素性をガンプドルフに確認。


「ゼイヴァーか? …言いたいことはわかるが、当人の中に流儀があるのだから仕方がない」

「何か理由でもあるの? それとも最初からヤバイの?」

「最初からではない。…戦後からだ。あいつは家族を戦争で失っている。女性が多い家庭だったらしくてな。父親が死んでからは、男はあいつ一人だったらしい。それだけならばまだよかったのだろうが…」


 戦後、ルシアの駐屯軍が町の女性に暴行を加えようとしたところ、ゼイヴァーはその連中を殴り殺した。

 普通に殴り殺すのではない。徹底的に存在を消すかのように叩き潰した。文字通り、ミンチにしたのだ。現場検証をした者に訊いたところ、骨と皮がかろうじて残っていたくらいだったというから壮絶だ。

 事件を起こしたのはルシア騎士ではなく、雑兵として扱っていた傭兵団だったらしいが、それでもルシアの兵だ。捕まり、牢獄に入れられた。

 強い武人はルシアにとっても貴重な存在である。たびたび不問にする代わりにルシア軍に入ることを勧められたが、彼が頷くことはなかった。

 見せしめの意味もあったのだろう。それによって『死刑』が決まった。


「処刑される前に私の部下が収容所を襲撃し、助け出したのだ。だが、その頃にはすでにやつは、ああいった考えに染まっていた。間違ってはいないし悪いとは言わないが…困ったものだ」

「実戦で邪魔にならない?」

「自分より強い相手ならば女でも問題ないようだ。が、積極的に戦おうとはしないだろうな。そもそも女の武人は少ない。無理にあいつが戦う必要はないし、見た通り能力はかなり高い。少なくとも魔獣との戦いでは大丈夫だ。そこは保証しよう」

「まあ、強いのならいいか。こっちが使い場所を見定めればいいしね」


(ここにいる連中は、多かれ少なかれルシアに恨みを抱いている者たちなんだな。そりゃそうだよね。恨みの感情…か。サナはそれも吸い取るのかな? オレとしては冒険の楽しさを味わってほしいんだけどな)


 怒りと恨みは似ているが、また若干違うものである。

 それがサナにどういった影響を与えるのかはわからない。





648話 「新たな武装 その2」


「続いて予備の剣とダガーだ。サブウェポンも戦闘では重要だ。予備の剣は普通の汎用強化タイプだが、ダガーは術式付きのものを作っておいた。これで戦術の幅が広がるはずだ」


 環境を生かすサナの戦闘スタイルでは、武器の多様性が強さに直結する。

 メイン武器のほかに使い捨てが可能なサブ武器があると、不利な状況での選択肢も増えてくる。

 こちらもDBDの備品にあったショートソードとコンバットナイフを錬成強化したものとなる。

 なぜDBD製ばかりを強化しているのかといわれれば、やはり素材の質が良いからだ。

 兵士たちが使う下位武器にしても、バランバランで売っているものと比べると数段上である。このあたりは、さすが鉱物の国といえるだろう。

 軍隊用なので下手に癖がついていないことも重要だ。

 以前第一警備商隊から奪った『蛇双ニビルヘイス』という武器があったが、なかなか癖が強いものかつ、すでに術式が付与されているものは【追加で錬成強化できない】ことが多い。

 データ上でも『錬成強化可能』という文字が消えているので、一度錬成強化したものは上乗せして強化できない縛りがあるようだ。


(この法則からすると、仮に優れた新しい武器を作る場合、方法は二つある。一つは術式加工されていない武器を選んで錬成強化する方法。もう一つは、素材から厳選して一から作る方法だ)


 このどちらをやるにしても『優れた鍛冶師』が必要となる。

 素材が優れた武器をそのままにしておくことも少ない。ガンプドルフの魔剣のように錬成をする前提で作ることが大半だろう。

 二つ目は言わずもがな。素材を集めても作れる人間がいなければ意味がない。

 三つ目として、すでに錬成強化したものから術式を取り除いて再利用、という手段もあるにはあるが、かなりの確率で武器が破損してしまう。

 実際、サリータのボムハンマーを作る際、風のジュエルをコピーするために突扇斧《とっせんぷ》を分解してみたが、見事に壊れてしまった。

 分解などの工作は好きだが、直すことは苦手。人間の身体は直せるのに物となると難しいとは、なんともこの男らしいともいえる。

 よほど単純な仕組みか、サナに渡した水刃命気刀のように、素の武器にジュエルを取り付けるのが精一杯といったところだ。


(戦艦に高炉があるということは、当然ながら鍛冶師もいるだろう。ぜひ会ってみたいものだな。アズ・アクスのほうも気になるし、武器の確保は今後の課題だよな。まあ、デアンカ・ギースのジュエルのほうは違う使い道もあるけどな)


 初期に手に入れたデアンカ・ギースのジュエルは、そのまま残っている。

 ちなみにデータはこんな感じだ。


―――――――――――――――――――――――
名前 :デアンカ・ハートナイト〈象蚯蚓《ゾウミミズ》の心結晶〉

種類 :魔獣鉱物
希少度:S
評価 :A

概要 :四大悪獣デアンカ・ギース〈草原悪獣の象蚯蚓《ゾウミミズ》〉の心臓が死後硬直によって結晶化し、原石となったもの。殺された恨みと人間への憎しみで汚染されている。

効果 :災厄の呪縛


【詳細】

耐久 :S/S
魔力 :B/B
伝導率:B/B
属性 :毒
適合型:攻撃
硬度 :A

備考 :錬成強化可能
―――――――――――――――――――――――


(このままの状態だと、ただの呪われた石だな。サナに使わなくてよかったよ。しかし、強力な原石であることには変わりない。これで武器を作れば呪いの剣とかも作れるのかな? それはそれで役立ちそうだ。心臓が大きい分だけたくさんあるし、いろいろな用途がある。これを【欲しがる者】もいるしな)


 さすがに女性たちにこんな危ないものは使えない。がしかし、これを欲する者に心当たりが一人だけいる。

 時期が来たら与えてみることにしよう。とても楽しみである。


 話は戻って、サナへの武器の支給を続けよう。


「お前のレベルになるとクロスボウはそろそろきつい。そっちはセノアたちにあげて、サリータのピストルのように取り回しの良いものに交換しよう。DBDの備品にハンドガンがあったから、それを改良して使いやすくしておいた。三丁渡すから弾ごとに使い分けるといい」

「…こくり! ぐりぐり、がちゃがちゃ」

「あとは防御面だな。鎖陣羽織を金属で補強しつつ、各所に取り付けたジュエルで『耐力壁』と『耐銃壁』、『若癒』と『発芽光』を展開できるようにしておいた」


 まず、通常の陣羽織を錬成して【強靭鎖陣羽織】に強化。『物理耐性』と『銃耐性』を付与する。

 これはグランハムが使っていた『反靭強装の術衣』を参考にしたものだ。ジュエルの力を使っているので損耗すれば使えないが、出陣のたびに取り換えればよいので問題はない。

 回復用として『若癒』も付けた。『発芽光』もグランハムが使ったもので、一定期間の継続回復を促すものである。

 グラス・ギースでは貴重品であるも、術式がわかってしまえば複製はたやすい。すでに修得済みである。

 サナには命気も施しているものの、場合によっては援護できないこともあるだろう。そのための保険である。


「そして、もっとも大事なことが【術式防御】だ。オレもエメラーダに痛い目に遭わされたからね。これに関しては別途強めのものを用意している。一時的に【低位術式を無効化する結界】を張る腕輪だ。ついでに『無限盾』も展開するから物理面でも使える。これは全員分用意してあるよ」


 アンシュラオンが取り出したのは、四つジュエルが付いた腕輪である。

 これには二つのジュエルを使った『低位術式無効』と、物理障壁を生み出す『無限盾』の効果がある。残り一つのジュエルは予備バッテリーなので、複数回使うことが可能となっている。

 『低位術式無効』は、ラーバンサーの『低級技無効化』スキルを考察して術式に転用したものである。

 彼のスキルは自身の周囲に特殊な結界、低級技に反応する『分解素』を放出するものであると思われる。これは戦気を構成する生体磁気と普遍的流動体を分離させる効果がある。

 技は戦気によって生まれているので、戦気そのものを分解すれば技が成立しなくなって消失する、といった現象だ。

 つまりは一種の【戦気阻害術】ともいえる。だから技でない攻撃は普通にダメージを受けてしまうのだ。

 それを参考にして、術式を感知したら侵入して分解する術式を構築してみた。簡単にいえば『対術式ウィルス』である。

 術式も目には見えない緻密な計算式によって構成されているため、それが狂えば事象そのものが発動しなくなる。プラスをマイナスにするだけでも、計算は真逆の答えを導き出すのである。

 もちろん、これによって自身の術も掻き消さないように、外部から迫る術式に対して自動的に発動するようにしてある。


(魔獣はあまり術式攻撃をしてこないが、それに似た攻撃をしてくるものもいるし、人が増えれば知らないところで術で攻撃を受ける可能性もある。術式を学び、そうした危険性を認識した今、無防備でいるのはあまりに危険だ。対策は必要だろう)


 術式攻撃に対して、人はあまりに弱い。

 アンシュラオンですら術中にはまったのだ。注意は必要だ。特に人を操る精神術式だけは絶対に阻止しなければならない。

 スレイブ・ギアスが完成すれば、こういった憂慮もなくなるのだが、それまでの繋ぎとしても重要な措置である。


「そうだな。実験してみようか。サリータ、付けてみろ」

「はい!」

「そのまま動くなよ」


 アンシュラオンが水刃砲を使用。

 鋭い水刃が一直線にサリータに向かった瞬間、腕輪が輝き―――霧散

 何の衝撃もない。簡単に消え去ってしまう。


「す、すごいですね。師匠の術にも対抗できるとは…」

「術そのものを無効にするものだからな。魔力値による威力補正は関係ないんだ。オレの術でもサナの術符でも同じ結果になるから意味がある。ついでに物理防御も試してみよう」


 次に軽く石を投げてみる。

 軽くといってもアンシュラオンが投げれば剛速球並みだが、それが―――バリンバリン。展開された無限盾によって相殺された。


「『無限盾』については、それなりの速度で動くものに対して発動する。仮に爆弾とかが至近距離で爆発しても、それに反応できるだけの展開速度はあるはずだ。まあ、『無限盾』という名称のわりには、実際のところ使える盾は五枚程度だが、ブースター用ジュエルも付けてあるから、その倍の耐久値はあると思っていいだろう。こっちについては自動発動のオンオフもスイッチで可能だから、不便だったら切ってもいいぞ。ただし、切っていいのはサナとサリータ限定だ」


 たとえばサリータが激突の訓練中に使ってしまうと、勢いよく向かってきた相手に対して『無限盾』が発動してしまうだろう。

 実戦ならばそれで優位に立てるが、普段からそれでは不便である。そのための機能だ。

 それ以外のメイドたちは、まだ自分で身を守れないのでデフォルト推奨である。


(本当はホロロさんが持っている『剛徹守護の腕輪』もコピーしたかったが、中位術式はまだ難しい。可能ではあるが不安定だと、いざという場合に怖いからね)



「二人はこんなものかな。次は小百合さんたちだね」

「わーい、待ってました!!」

「といっても小百合さんたちは武人じゃないからね。身を守る護身用のものが中心かな。主に銃火器なのは今までと同じだね。ただ、いろいろと楽しめるように用意してみたよ。小百合さんには特別にこれだ」


 まず、多少の剣術の心得がある小百合には、護身用に一本の刀を手渡す。

 戦闘用の太刀という大きさではなく、脇差に近い長さの刀だ。


「なんかDBDには刀があまりなくて選択の余地がなかったんだよね。使えそうかな?」

「普通は剣のほうが多いですからね。…はい、十分使えそうです! 素材も悪くありませんね。私の身体にはぴったりです」


 さすがサムライの国からやってきた女性だ。刀を見る目がある。


「サナと同じく術式強化してあるけど、あくまで護身用ね。軽く振ってみて」

「はい! では、さっそく―――」


 小百合が刀を抜き、振る。

 その姿は思っていた以上に凛としていた。

 そして、振り下ろされた刃が―――加速

 ブワンッ!!

 大気を切り裂く鋭い一撃が繰り出された。


「これは…! 軽いですね! ほとんど抵抗を感じませんでした!」

「サナとは違って風の術式を施してみたよ。原理的にはサリータのボムハンマーと同じだけど、直接刃に風をまとうから大気の抵抗をなくしてくれるんだ。遠くから振れば『風鎌牙』が発生するから便利だ」


 小百合は武人ではないし、女性のため、どうしても身体能力に劣る面がある。

 それを補うために風で刀を振りやすくしているのだ。ラブヘイアの剣技を見ればわかるように、およそ五割り増しで素早い一撃を繰り出すことができる。

 速度はそのまま威力にも反映されるので、小百合でもそこらの一般傭兵程度ならば倒せる一撃を繰り出すことができる。

 そう思ったのも、予想以上に小百合の剣術がしっかりしていたからだ。


「正直、小百合さんを侮っていたかも。しっかりとした剣術が使えるんだね」

「そんなことはありませんよ。ただの道場剣術です。レマールでは学校の必修科目になっているので、男女問わずやらされるだけです。まあ、私は就学前に移住してきたので、お父さんから教えてもらったんですけどね」

「道場の有用性ってすごいね。義務教育の偉大さを思い知る」


(あまり気にしたことはなかったけど、因子がなくても強くはなれるんだよね。もちろん戦士因子があれば身体が強靭になるし、剣士因子があれば剣気が出せて剣王技も使える。でも、因子があるからといって、すべて活用できるわけじゃない。因子が高くても剣術を知らなければ役立たないしな。オレみたいにさ)


 ついつい「因子の高さ=強さ」と考えてしまうし、それはある意味で正しいのだが、因子が2の武人が因子4の武人に勝つこともざらにある。

 因子レベル4の技は強いが、それが限界値だった場合は使用にも多大な負担がかかる。アンシュラオンが因子レベル8の技を使うのと同じだ。

 また、仮に術式武器で因子レベル4と同等の技が出せるのならば、あえて消耗が激しい技を使う理由がなくなる。だからこそ術式武器は強いのだ。

 ちなみに命気結晶で補強をしないのは、命気が『水属性』だからだ。

 その特異性からついつい忘れてしまうが、あれは水の最上位属性である。同じ水特化のサナの刀ならば相性は良いが、小百合の刀にやってしまうと刀身が硬くなる代わりに重くなり、せっかくの風の特徴が失われてしまう。

 直接斬撃の耐久値よりも、彼女の場合は援護のほうが多いことを想定し、今回は風の強化だけにしてあるというわけだ。


「一応接近戦は最後の手段として、普段は銃を使ってね」

「ありがとうございます!」

「あとは服を強化しておいたよ」


 小百合にダガーとハンドガンも渡す。この二つは、ほぼサナにあげたものと同種のものである。

 服はハローワークの制服を錬成強化したものを用意。これは単にハローワークの制服を強化したかっただけである。

 勤務中でも何があるかわからない。そういった面を考慮してのことだ。


「ホロロさんにも銃を渡すね。ちょっと大きいけど、使いこなせるようになってね」

「ありがたく頂戴いたします」


 ホロロには狙撃も可能なアサルトライフル銃。

 これによって『兆視暗眼奇《ちょうしあんがんき》』による索敵と同時に排除までできるようになる。もし接近された場合にそなえて、同じくハンドガンとダガーも渡しておく。

 メイド服も戦闘用のものを用意。

 以前ファテロナが使っていたものに似ている、というよりは、メイド服の外観を維持したまま強化すれば、おのずとそうなるのだろう。

 さらにその上から着れる『耐火強化コート』を用意。


「これは大量に買った安物のコートを錬成強化したものだ。安物とはいってもナイフでの攻撃くらいなら十分耐えることができるし、耐火も付けたから火事くらいの火の中なら問題なく活動できるだろう。汚れたり破れたりしたら捨てて、新しいのをすぐに着れるのがメリットだね」


 本当は安全面を考慮して、女性たちにガチガチの鎧を着させたいところだが、それではやはり動きにくいし無駄に体力も使ってしまう。
 
 それならば避難のために動きやすいもののほうが便利と考えたのだ。

 今回渡したものはこちらとなる。


―――――――――――――――――――――――
名前 :強化ショートソード

種類 :剣
希少度:E
評価 :E

概要 :通常のショートソードを錬成強化したもの

効果 :攻撃E+1.2倍


【詳細】

耐久 :E/E
魔力 :E/E
伝導率:E/E
属性 :無
適合型:物質
硬度 :E

備考 :
―――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――
名前 :術式ダガー(火)

種類 :短剣
希少度:D
評価 :E

概要 :通常のダガーに火の術式を組み込んだもの。刺した部位を焼くことができる。

効果 :攻撃F+1.2倍+攻撃F(火の追加ダメージ)


【詳細】

耐久 :F/F
魔力 :E/E
伝導率:E/E
属性 :火
適合型:魔力
硬度 :F

備考 :
―――――――――――――――――――――――

※火のほかに水、雷のダガーを用意。省略。

―――――――――――――――――――――――
名前 :ハンドガン〈WP65〉

種類 :銃
希少度:E
評価 :E

概要 :非回転式の通常のハンドガン。ガンマーハンマ社製。型番WP65。

効果 :攻撃F〜(弾丸の質と種類によって攻撃力は変化)


【詳細】

耐久 :E/E
魔力 :F/F
伝導率:F/F
属性 :無
適合型:物質
硬度 :E

備考 :
―――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――
名前 :強靭鎖陣羽織

種類 :鎧
希少度:C
評価 :C

概要 :鎖陣羽織を錬成強化したもの。衝撃に合わせて『耐力壁』と『耐銃壁』、『若癒』『発芽光』を自動展開する。

効果 :防御D+1.3倍、物理耐性、銃耐性、自己修復(制限付き)


【詳細】

耐久 :C/C
魔力 :D/D
伝導率:D/D
属性 :無
適合型:物質
硬度 :D

備考 :
―――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――
名前 :術式護衛刀・風式

種類 :刀
希少度:C
評価 :D

概要 :風の術式で錬成強化された護衛刀。風による剣速上昇効果があり、女性でも扱いやすくなっている。そのまま放てば『風鎌牙』が発動する。

効果 :攻撃D+1.2倍


【詳細】

耐久 :D/D
魔力 :D/D
伝導率:C/C
属性 :無、風
適合型:魔力
硬度 :C

備考 :
―――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――
名前 :アサルトライフル〈AP5〉

種類 :銃
希少度:D
評価 :D

概要 :狙撃も可能なスコープ付き軍用アサルトライフル。ガンマーハンマ社製。型番AP5。

効果 :攻撃F〜(弾丸の質と種類によって攻撃力は変化)、命中+1


【詳細】

耐久 :E/E
魔力 :E/E
伝導率:F/F
属性 :無
適合型:物質
硬度 :E

備考 :
―――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――
名前 :強化ハローワーク制服(女性用)

種類 :服
希少度:D
評価 :D

概要 :ハローワークの制服を錬成強化したもの。衝撃に合わせて『耐力壁』と『耐銃壁』、『若癒』と『発芽光』を自動展開する。丈夫で軽いのが特徴。即死耐性の護符付き。

効果 :防御E+1.2倍、物理耐性、銃耐性、即死耐性、自己修復(制限付き)


【詳細】

耐久 :D/D
魔力 :D/D
伝導率:E/E
属性 :無
適合型:物質
硬度 :E

備考 :ハローワーク職員女性専用
―――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――
名前 :強化メイド服(アーパム商会専用)

種類 :服
希少度:C
評価 :D

概要 :アンシュラオンがメイド服を錬成強化したもの。衝撃に合わせて『耐力壁』と『耐銃壁』、『若癒』と『発芽光』を自動展開する。丈夫で軽いのが特徴。メイド服への並々ならぬ情熱が注がれているため、見た目以上に防御力は高い。即死耐性の護符付き。

効果 :防御E+1.2倍、物理耐性、銃耐性、即死耐性、自己修復(制限付き)


【詳細】

耐久 :D/D
魔力 :D/D
伝導率:E/E
属性 :無
適合型:物質
硬度 :E

備考 :メイド女性専用
―――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――
名前 :耐火強化コート(軽装)

種類 :服
希少度:E
評価 :E

概要 :通常の安物のコートを錬成強化したもの。服の上から着込むことができるため、安価で使い捨てが可能な消耗品。火に強い。

効果 :防御F+1.0倍、火耐性


【詳細】

耐久 :E/E
魔力 :F/F
伝導率:F/F
属性 :無
適合型:物質
硬度 :F

備考 :
―――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――
名前 :対術式二重防護輪

種類 :腕輪
希少度:B
評価 :C

概要 :自動速度感知機能によって『低位術式無効』の結界と『無限盾』を同時起動する腕輪。予備バッテリー付き。『無限盾』はスイッチによるオンオフが可能。

効果 :低位術式無効、小型障壁、BP+50


【詳細】

耐久 :E/E
魔力 :E/E
伝導率:E/E
属性 :無
適合型:魔力
硬度 :E

備考 :
―――――――――――――――――――――――





649話 「新たな武装 その3」


「次はセノアとラノアだな」

「は、はい」

「あーい」

「君たちはすでに述べた通り、術式の扱いに慣れてもらおうと思う。普通の装備も与えるが、できるだけ術を使って対処するようにするんだよ。術符ではなく直接術式でね。そうすれば、いざというときに役立つ。そのためにこれをあげよう」


 アンシュラオンが十五センチ大の丸い球を差し出す。

 少し白濁しているが、おおむね透明なものだ。


「これは水晶球ですか?」

「ただの水晶じゃないよ。『魔力珠《まりょくじゅ》』とも呼ばれる【魔力ブースター】だ。エメラーダからもらったものを君たち用に錬成強化したものだね。オレはもともと精神力が高いからこういうものは必要ないし、二人にあげるよ」


 術者が術を使えばBP(精神)を消費する。これは技も同じだ。

 連発して使うには、武人ならば練気でBPを補充する必要があるが、武人でない術者にはそれができない。(ファテロナ等のハイブリッドならば可能)

 そのために開発されたものが、この魔力珠である。

 見た目は水晶玉だが、その内部は術式に反応する【魔素】で満たされている。

 魔素とは、言ってしまえば術士版の戦気のようなものだ。普遍的流動体を使って生み出しているので、ほぼ戦気と構成要素は同じである。

 異なるのは、その使い道。

 戦気が技を使うことに特化した化合物であるのに対し、魔素は術を使うことに特化している。

 術を実行するのはあくまで術者当人であるのだが、魔素は術者の精神を媒介することで演算処理の助けを行ってくれることが、大きな特徴といえる。

 少したとえは悪いが、大量の計算をする際に「筆算」でやるか「計算機」でやるかの違いに似ている。

 あるいはCPUに塗るグリスといってもよいだろうか。武器に設定されている『伝導率』に似た要素となるわけだ。これが優れていればいるほど、計算速度が上昇する。

 さらに魔素には、演算結果を一時的に蓄積する機能があり、同じ術式を発動させる場合の簡易化に加え、それに伴う精神の疲労を軽減させる効果もある。

 通常の魔素は術の発動時に自動的に生成されて消費するのだが、それを人工的に集めたものが魔力珠となる。


 つまりは、まさにブースター。


 さきほど与えた腕輪にもあったが、予備のエネルギータンクであり、演算処理を手伝ってくれる計算機でもある。

 これがあると無いとでは術者の性能に大きな差が出てくる。

 ただし、アンシュラオンのように化け物級の演算処理能力を持つ場合は、自前に生み出す魔素があまりに大きく質が良いため、こういう下級のブースターを仲介させるとマイナスの結果になってしまうので注意が必要だ。

 もともと優れた映像処理能力を持つCPUに、低出力のビデオカードを差すと性能が悪くなるのと一緒である。

 それを知っているエメラーダも、弟子の弟子(ロゼ姉妹)に渡すために用意してくれたものだ。


「さあ、起動してごらん。すでに生体認証は終わっているから、触ってあげれば動くはずさ」

「は、はい。こう…かな? うわ、浮きましたっ!?」

「そういう仕様みたいだね。オレとしては無駄に力を使うから必要ないと思うけど、発動中に落としたら困るから、それはそれでいいのかも。魔力珠から『管《くだ》』が出ているのが見える?」

「は、はい。ちょっと気持ち悪いですが…」

「それは一般人には見えない術糸だ。君たちが念話で使っているものが『無線』だとすれば、それは『糸電話』と同じようなものだね。オレが君たちに作った専用回線と同じ仕組みさ。その管を通じて精神に介入して、処理を助けてくれるんだ」

「は、はぁ。すごいんですね…」

「『核剛金《かくごうきん》』の術式は、もう覚えたかな? 昨晩、本で勉強してたよね」

「はい。でも、まだ上手く発動できなくて…」

「試しに、この石に術をかけてごらん」

「は、はい」


 セノアは情報術式の勉強をしているものの、まだまだ始めたばかりなので、ようやく算数を覚え始めた小学生と同じ状況だ。

 軽い足し算くらいならばよいが、核剛金などの強化系術式は、相手の情報を読み取る力も必要となるので難しい。


(ご主人様が見ているんだから、しっかりしないと…)


 石をじっと見つめ、数値を読み取る。

 肉眼を使うのではなく『術者の眼』を使って見るのだ。

 上手く集中できないと他の数値が見えるし、交じり合って読み取れないこともある。そもそも調子が悪いと見えないこともあるのだ。だからこそ術は難しい。

 しかし、魔力珠が光ると―――鮮明

 近眼の子が眼鏡をかけた時のように、一気に視界がクリアになって細かいところまでよく見えるようになった。


(はっきり見える。これなら…数値をいじって……)


 だいぶ前にも述べたが、この術は原子と原子を繋ぎ止める結晶構造を強化する術式である。

 べつにセノアが、その一つ一つを操作して強固にしているわけではない。

 核剛金という『すでに作られたプログラム』を走らせているのだ。それ以外の処理は基礎エンジンたる星のシステムがやってくれるように出来ている。

 術士がやることは、魔素の生成とプログラムの起動コードを覚えることだ。魔力珠は、それをサポートしてくれる心強い味方である。

 魔力珠の力を借りて、術式が完成。


「で、できた…! できました…よね?」

「うん、しっかり『堅く』なっているね。どうだい、よく見えたかい?」

「はい! こんなにはっきり見えたのは初めてです!」

「この魔力珠は補助輪みたいなものだ。慣れていけばブースター無しでも術が素早く使えるようになるだろう。まあ、そうなったらもっと強いブースターを使うことになるから、このままずっとお世話になるとは思うけどね。でも、今の核剛金だけで、君は一生職に困らないんだよ?」

「え? 今ので…ですか?」

「そうそう、マキさんとかはわざわざ買っていたくらいだ。その一回で五十万だよ」

「ええええええええええええ!!?」


 泡を吹いて倒れそうなくらい驚いた。

 唾《つば》が飛んだが、少女の唾は売れるともいうので問題はない。


「ね、これだけで暮らせるでしょ? 術符より安くしたら大繁盛さ。そうだ、一般街に買った土地の一角で術式屋でも開いてみるかい? グラス・ギースなら怖いお兄さんも来ないからね。むしろ泣きながら常連客になってくれるよ」

「むりむりむり、無理ですぅううう!」

「そう? いい訓練になりそうなんだけど…そうなるとコッペパンが廃業になっちゃうかな? と、それはいいとして、核剛金以外にも『原常環《げんじょうかん》』と『接留止《せつりゅうし》』といった基本術式が登録されているから、細かい雑用とかでも役立つはずだよ」

「そっちのほうが落ち着きます…」


(すごい才能を持っているのに、もったいないなぁ。これが一般人の感覚ともいえるけどね。謙虚なのはいいことだが、やはり自信を与えたいよね)


 彼女にはこれだけでも十分だろうが、より自信を与えるために見栄えする術式も用意してある。


「『若癒』の術式も組み込んである。今日から傷の手当を手伝ってくれ」

「若癒…ですか? ご主人様がやっているやつですよね?」

「そうだね。ここには実験台がたくさんいるから、やればやるほど上手くなっていくはずだ。さすがに切断とかは難しいけど、魔力珠を使えば擦り傷や切り傷くらいならば治せるはずだよ」

「で、でも、今日からですか!?」

「実践して学ぶほうが早い。失敗してもオレがサポートするから安心してくれ。君がこの術式を自由に使えるようになれば、困っている誰かを助けることができる。とても良いことだろう? 身内が怪我をしても対応できるんだ」

「わ、わかりました…それなら…がんばれそうです」

「よしよし、いい子だ。そしてもう一つ、攻撃術式を教えよう」

「攻撃?」

「あそこの的を見ててね」


 アンシュラオンが掌を向けると、小さな粒子が煌きながら的に向かっていき、激突。

 細かい穴をあける。

 以前アンシュラオンがモヒカンにやった空点衝に似ているが、こちらは純粋な術式による攻撃である。


「これが『魔力弾』だ。攻撃術式の多くは元素術式による属性攻撃が中心だが、この魔力弾は殴る蹴るといった通常攻撃に該当するものだ。情報術士の一般的な攻撃手段と思ってくれればいい。これの長所は構造が簡単ゆえに、いろいろとカスタマイズできるところだ。たとえば、より大きなエネルギーを与えてあげれば―――」


 掌に、スイカくらいの大きさの魔力弾が生まれる。

 さらに力を注ぐと、二メートルくらいにまで大きくなった。

 球でなくてもいい。立方体にしたり長細くしたり、さまざまな形になる。


「こんなふうに威力や形を変えることができるんだ。原理的には、暫定的な物質の『殻』を構築する感じだね。この世界では、物質を生成する際に外郭のデータを作るから、それを応用したテクニックといえる」


 この外郭を生み出しているのも魔素である。

 さらに内部に魔素を注入することで質量を与え、固形として維持しているわけだ。

 攻撃に使わずとも、土台にしたり、壁にしたりすることもできる。


「無限盾も、これを応用した術式だ。それはあとで教えるとして、まずは普通の魔力弾として使ってみよう」


 魔力弾は、この物質を高速で射出することで破壊力を生み出している。

 それだけだと物理攻撃になってしまうが、中身は魔素なので、殻が壊れて衝撃が伝わる時にはしっかりと術式攻撃となっている。(逆に物質性を高めると強固な物体として活用できる)

 問題は、どうやって撃ち出すかだ。

 射出の方法には複数のやり方があるが、ここでは一番簡単な『反発式』を使うことにする。


「反発式は、撃ち出す魔力弾のほかに、もう一つ射出用のものを逆側に作る。それを圧縮崩壊させて、反発するエネルギーを使って指向性を与えるんだ。言ってしまえば『術式事故』を意図的に起こして、空間が元に戻る際の反発力を利用するってことだね」

「……は、はい。なるほど…」

「…うん、ややこしいよね。そっちの作業は魔力珠が代理でやってくれるから、セノアは撃ち出したい弾の大きさや形を作ればいいよ。ただ、原理を覚えておくのも大切なことだ。慣れれば無意識のうちにできるようになる。さあ、まずはやってみよう」

「わかりました。や、やってみます!」


 セノアは魔力弾のイメージを思い浮かべる。

 弾という名前から素直に丸い形を作り出したのは、彼女の素直さゆえだろうか。

 実はこれも普通の人間にはできないことなので、この段階で彼女に才能があることがわかる。


「形を作ったら、発射という命令を魔力珠に伝えるんだ」

「は、はい! 魔力珠さん、お願いします!」


 セノアが魔力珠に命令を発し、弾が飛ぶ。

 トトトトンッ

 魔力弾が的に命中。

 まだ彼女のBPの少なさや術式の不安定さから、銃弾というほどの威力はなく、命中率も良いとはいえない。いくつか外してしまう。

 しかしながら、金属の的に窪みができていることから、まともに受ければ大人でも失神するレベルの衝撃はあるようだ。

 地球でも強力な空気銃で木の板くらいは貫通できるので、それに近い威力だ。初めてにしては、なかなかよい。


「で、できた。できました!」

「そうだ。君は出来る子だよ。よしよし」

「…は、はい…」


 頭を優しく撫でてあげると、恥ずかしそうにうつむく。

 しかし、その表情には充実感が見て取れる。


(セノアは褒めて伸ばしてあげるのが一番いいな。もっともっと褒めて自信をつけさせよう)


 そのほかに『無限盾』の練習もさせる。

 これも魔力弾の応用であり、魔力珠のサポートがあれば発動は容易だ。

 物理障壁は何かと便利である。これを使えるだけでも有益な存在となれるだろう。




「じゃあ、次はラノアだ。ラノアもお姉ちゃんと同じように専用のブースターを用意したよ。動かせるかい?」

「うん」


 セノアを見ていたせいもあり、あっさりと起動に成功。

 彼女は姉よりも術糸(念糸)の扱いにも長けていることがわかる。


「ラノアはオレと同じ操作系が得意みたいだ。念糸の扱い方には二種類ある。一つは物質の操作。単純に物に念糸を張り付けて、その力で動かすんだ。これに念糸を接続してごらん」

「わかったー」


 アンシュラオンが生み出した魔力弾に、ラノアが念糸を結合する。


「動かせるかい?」

「うん!」


 魔力弾がくるくる回ったり、上下に動いたりする。

 それを操作しているのは、もちろんラノアだ。


「くるくるくるー」

「いいぞ、クルマでの訓練が役立っているな。これが『念動力』ってやつだ。今作ったものは質量が軽いから簡単に動かせるけど、当然ながら重ければ重いほど大変になる。生体磁気が少ないセノアにはまだ難しいかもしれないね。それでも覚えておくと、のちのち便利になるよ」


 よく地球でも念動力が話題になる。念力やサイコキネシスといったものだ。

 あれは実際のところ、こうやってエネルギーの糸あるいは紐を生み出して持ち上げるだけなので、はっきり言えば力技に等しい。

 これも生体磁気と普遍的流動体の化合物である魔素によって作られたものである。

 現状のラノアの体力や精神力を考えれば、動かせるのは椅子などの家具くらいなものだろう。

 だが、念糸の可能性はこんなものではない。


「念糸の本領はどこにあるかといえば―――【精神操作】だ。では、こいつで試そうか。昨日、捕まえたんだ」


 アンシュラオンが、一匹のウサギに似た魔獣を連れてくる。

 中型犬くらいの大きさなので地球のものとは違うが、かなり温和な性格のようで、捕まえてもあまり抵抗しない不思議な魔獣である。

 というより、一日の大半を寝ているようなので、いつも眠たそうにしているのが特徴だ。実際、名前も『夢兎』である。

 能力も見たが、とても弱くて危険なスキルもなかったため、実験にぴったりだと捕獲してみた。

 そのウサギの前足に念糸を接続。


「まずは、さっきやったように物理的に束縛して自由に動かす」


 ぐいぐい

 ウサギの前足が引っ張られて、アンシュラオンの思った通りに動く。

 よく猫動画を見ていると、飼い主が抱きかかえた猫の手を持って遊んでいる光景が見られるだろう。あれと同じである。

 念糸を操作したい部位に接続すれば、力が強いほうが強制的に動かすことができるという極めて当たり前の話だ。

 が、ここからさらに先に進むと、途端に凶悪な話になっていく。


「続いて、念糸を【精神と結合】する。肉体じゃなくて、このウサギの幽的神経に結合するんだ」


 肉体の構造の話でも出たが、肉体を操っているのは脳や神経であるが、その裏側には意識の本体である霊体が存在している。肉体は表現媒体であり、霊体の道具だ。

 その両者の中間には、半物質で出来た幽的な媒体が存在し、これを仲介することで霊体が物的身体を動かす仕組みになっている。

 そこに他者が念糸を差し込んで、横から別の命令を出して伝達ルートを乗っ取るのである。

 こうした場合も、ウサギは思い通りに動く。結果は同じだ。

 しかし、神経を乗っ取っているので物理的な力は必要ない。命令を出してやれば、ウサギ自身の筋肉で簡単に動いてくれる。


「これを脳神経で行うと、一時的に相手を完全に乗っ取ることができる。オレがエメラーダにやられたものと原理は同じだよ」


 精神術式。

 スレイブ・ギアスを筆頭に、もっとも危険とされている術式体系である。





650話 「新たな武装 その4」


 念糸を使った精神操作を精神術式と呼ぶ。

 精神操作にはいくつかやり方があり、もっとも強いものが今アンシュラオンがやっている『直接結合』だ。

 直接結合はLAN接続と同じで、もっとも回線が安定し、なおかつ効果も強力なものが多い。

 エメラーダが使った『百式悪鬼奈落』も、この原理を使って脳神経に幻覚を送り込むことで成立している。

 因子レベルが高ければ高いほど、より相手の精神と強く結びつくことができ、その効果もより増していくことになる。

 また、因子レベル6以上の精神術式となると、幽的半物質体を超えて霊体そのものに影響を与えるようになる。

 エメラーダの『嘯魂弄靂《しょうこんろうれき》』がその一つで、霊体の潜在意識に侵入して前世の記憶すら見ることができる。

 もし抵抗できなければ、完全に彼女の傀儡人形にされていたことだろう。そうなれば、現在の記憶を操作して偽りの人生を過ごさせることも可能だ。

 ただし、エメラーダが逆侵入で大損害を受けたように、やはり危険かつ高度なので使い手は少ない。術のエキスパートといわれる支配者の中でさえ、ごくごく一部の者に限られる。

 これと比べてスレイブ・ギアスは、ジュエルを媒介して特定の命令を送り続けることで、潜在意識に一定のパターンを刻みつけるものである。

 一度パターンを作ると『自発的』に行うようになるのが、前者の直接結合と圧倒的に異なる点である。そのため精神術式の中では、比較的穏便な手法といえるだろう。

 しかし、人間の潜在意識は強力だ。一度パターン化してしまえば、こちらが何もしなくても従うようになる。

 こうしたことを踏まえ、ラノアにはある種の期待を込めている。


(この才能を伸ばしていけば、大勢の人間を操ることができるかもしれない。もしくは魔獣や特殊な機械の操作もできる可能性がある。ギアスの側面と両方から探っていきたいものだな)


 いちいちギアスを付けるのは手間だ。直接操作したほうが早いこともあるだろう。

 マングラスが機械人形を操作しているのを見てから、こうした可能性についてはずっと考えてきた。

 ラノア単体は弱くても、上手く神経装置を組み込めるのならば、人形の力だけで動くことができるはずだ。

 それもまたマングラスを潰す目的の一つだ。こうした楽しみがあるのは実に嬉しいことである。


「さっそくウサギで練習してみよう。念糸を出して」

「あい」

「そうだな。最初は手足だよな。逃げられたときに捕まえることもできるしね。後ろ足に付けてごらん。できるかな?」

「んー、こう?」

「きゅ?」


 夢兎も自分の身体の中に異物が侵入する違和感があるのだろう。首を傾げる。

 これが人間ならば気持ち悪さで暴れそうなものだが、温和で眠そうなウサギはそれ以上の抵抗はしない。


 ラノアの念糸が―――接続


「よし、いいぞ。自分の足を動かすように神経に命令を与えるんだ」

「んーー」


 ビクククッ

 ウサギの足が痙攣するように動く。


「もう少しゆっくり、大きく動かしてごらん」

「んーー」


 バッタンバッタン

 今度は大きく揺れ動きすぎて、ウサギが上下に揺さぶられる。


「うーん、まだ難しいかな? 自分の身体も意識して動かすことはあまりないからね」


 人間の身体は精神によって動かされるが、その大半は(精神領域の)潜在意識が代理で動作を担当している。

 たとえば目に物が入りそうになった時、反射で瞼が閉じられるだろう。食事をしている際、歩いている際、アスリート以外の素人がわざわざ神経そのものを意識することはあまりない。

 それと同じで、他人の精神を操作することは、まさに操り糸を使って人形を動かすことに似ている。そのための練習が必要になるのだ。


「そのウサギはあげるから、念糸を使って定期的に遊んであげるんだよ。この子も喜ぶからね。食料は適当に草や野菜の残りでもあげていればいいかな?」

「うん、わかった! いーこ、いーこ!」


 もともとヌイグルミ好きな少女だ。動物も好きなのだろう。すでに抱きかかえて可愛がっている。

 とはいえ魔獣だ。やはり危ない。

 と思うかもしれないが、このウサギにはすでに『スレイブ・ギアス』を施してある。


(付けたギアスは二つ。人間とは違って同意を得られないのが最大の短所だが、逆に思いきることができた。今回付けたギアスは、【脳に直接植え込んで】みた)


 さらりととんでもないことを言ったが、事実である。

 スレイブ・ギアスの長所は『同意を得る』点にこそある。

 これは短所にもなりえるので、より強力な媒体を求めているわけだが、同意があることで効果が増すのは間違いない。施すほうも気分がいい。

 がしかし、魔獣や敵対者となれば不可能だ。

 友好的な魔獣ならば犬のように懐く可能性もあるが、意思疎通が難しい相手も多い。しかも魔獣になると霊体が存在しないものが大半だ。

 これは死後の話になるのでややこしいが、動物の魂は基本的には大きな魂の群れに吸収され、全体として大きな意識体を構成する。人も同じだが、人間の場合は個々に霊体があり意識が残っているのが最大の違いである。

 動物の人生は、まさに一回きり。転生はしない。

 となれば幽的物質も希薄で、潜在意識に訴えかけるのも難しいことがある。

 そうした場合は昔から人類が考えていたように、直接脳神経をいじるのがもっとも効率的な手法といえる。

 幸いながらアンシュラオンには回復術式と命気があるので、傷はいくらでも治せる。開頭手術もそこまで難しくはない。

 使っているのはスレイブ商用の汎用タイプのジュエルだが、この程度のウサギならば十分対応できるだろう。


(問題はどこに付けるかで多少迷った。にわか知識で前頭葉あたりに突き刺してみたが…今のところは大丈夫そうだな)


 前頭葉は思考や感情、運動を司る生物にとって一番重要な部位である。人間と比べて動物はその部位が小さいため、感情表現や知力があまり発達しないのだ。だからこそ小さい力で操ることができる。

 ひとまず人間に対しての攻撃性を抑える術式を構築してみた。攻撃性が高まったら強制的に鎮静作用のある魔素を注入し、おとなしくさせる仕組みだ。

 これが上手くいけば、今度は特定の人物に対してだけ従うような術式を試してみたい。


(しかし、これは完全なる『魔獣支配』ではない。ジングラスの魔獣と比べると不安定だよな。うーん、生まれた時から洗脳するのが秘訣かも。刷り込みとジュエルの併用かな?)


 ギロードも他の魔獣も産まれた時から一緒に生活しているようなので、当然ながら秘法も使っているだろうが、そういった『絆』も重要な要素だと思われる。

 だが、絆などまったく気にしないこの男には、強制支配のほうが向いているのかもしれない。



 そして、元素術式の才能がある彼女には、攻撃の術式も授けておく。


「ラノアは雷の属性を持っているから、まずはそっちも伸ばしていこう。練習技の『雷玉《かみなりだま》』と、ちょっと強力だけど『雷貫惇』も登録しておいた。使えるかな? まずは雷玉を出してごらん。こんな感じでね」


 アンシュラオンがお手本で雷玉を出す。

 これは水玉とか風玉とかと一緒で、静電気の塊みたいなものだ。


「んと…こう?」


 雷はバチバチと弾けるのでまとめるのが難しい類なのだが、ラノアが掌の上に意識を集中すると―――小さな玉が生まれた


(いい感受性だ。魔力珠がサポートしているとはいえ、完全に感覚を掴んでいる。サナほどじゃないが、この子も見たものを吸収する能力に優れているな)


 セノアが努力を続けて成長する秀才型ならば、ラノアは感覚に優れた天才型である。

 両者共に長短あるので姉妹で刺激し合ってくれれば最高だ。


「いいぞ! 小さいけど、ちゃんとできているな! これを続ければ術式の扱いにも慣れていくし、精神力も高まっていくはずだ」

「うん!」

「雷貫惇は…ちょっと激しいけど、オレがサポートして一回やってみよう。ラノアに接続して…っと、よし。掌を的に向けてみるんだよ」

「わかった」


 ラノアが的に手を向け、アンシュラオンが専用回線で術を発動。

 この専用回線もある種の神経操作であるが、当人同意のもとでやるから反動も少なく、当人への負担もない。

 雷貫惇が―――発動

 さきほどより強い雷が一点に集中し、指向性を与えられて的に突き刺さる。

 ラノアの魔力を使っているので威力はあまりないものの、雷貫惇自体が強い術式なので的を見事に貫通する。

 これだけ見るとセノアが習った魔力弾より元素術式のほうが強いように思えるが、その分だけ消耗が激しい。


「ふぃ…」


 ラノアから一気に力が抜けていくのがわかる。

 計算式は慣れれば惰性でもできるが、絵や精密な形を描く動作には集中力が必要なのだ。

 集中力自体に大人や子供による差はないとされるものの、それまでに培った精神力や思考力、物事の判断力などが大きく影響を及ぼす。

 強い欲求もその一つだ。何か目的や目標があれば人はがんばれるが、ラノア自体にはまだそういった我欲がない。これも成長するにつれて伸びていく要素であろうか。


「これは少し疲れちゃうな。いざというときにだけ使って、普段は無理しなくていいからね。その代わり、術符はいくらでも使っていいから、感覚を常に養っておくんだよ」

「うん、わかったー」

「あとは火の術式も少し登録しておいた。得意属性じゃないから難しいだろうけど、使えると便利だから練習しておくんだよ」


 それ以外にも『火玉《ひだま》』『火痰煩《かたんはん》』といった下級の術式を教える。

 一般的に属性は一種類に絞るのが基本である。なぜかといえば、得意属性以外のものは因子の劣化のように全体的に力が落ちる。

 たとえば水や火のように相反する属性の場合、そもそも発動しないこともあるのだ。

 ただし、反発しない水や雷、火や雷といったものならば、効果が落ちても発動自体はできる。

 アンシュラオンが炊事のために仕方なく火を使う、という理由から火属性を覚醒させたように、メイドの生活全般でも役立つ能力となるだろう。

 こうしてセノアとラノアの強化も順調に進んでいく。


―――――――――――――――――――――――
名前 :強化魔力珠〈セノア専用〉

種類 :術具
希少度:C
評価 :D

概要 :一般的に使用される魔力ブースターをセノア用に改良したもの。演算処理を助けてくれ、精神を安定させる。『核剛金』『原常環』『接留止』『魔力弾』『無限盾』のサポートが可能。

効果 :魔力D、BP+200、因子拡張+2(覚醒限界値による制限あり)


【詳細】

耐久 :E/E
魔力 :D/D
伝導率:D/D
属性 :無
適合型:魔力
硬度 :E

備考 :セノア専用
―――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――
名前 :強化魔力珠〈ラノア専用〉

種類 :術具
希少度:C
評価 :D

概要 :一般的に使用される魔力ブースターをラノア用に改良したもの。感受性を高め、念糸の強化や精霊への干渉が容易になる。『雷玉』『雷貫惇』『火玉』『火痰煩』のサポートが可能。

効果 :魔力D、BP+200、因子拡張+2(覚醒限界値による制限あり)


【詳細】

耐久 :E/E
魔力 :D/D
伝導率:D/D
属性 :火、雷
適合型:魔力
硬度 :E

備考 :ラノア専用
―――――――――――――――――――――――


 と、終わるのはまだ早い。


「ああ、そうそう。もう一つあるんだ。ちょっと待っててね」


 少し待っていると、アンシュラオンがクルマを運んできた。

 昨晩、クルマはキャンプ内のガレージに移動され、何やら改修を受けていたようだ。

 そのため女性たちは野営することになったが、もともとキャンプ用品は積んであるので問題はない。(おっぱいの妖精の加護もある)

 で、問題のクルマだ。


「迷ったんだけど、もういいかなと思ってこうしてみた」


 そこにあったのは赤いクルマだが、明らかに今までとフォルムが変わっていた。


 真っ先に目に付くのは―――【砲台】


 クルマの屋根に台座と一緒に大きな砲が取り付けられている。


「戦車の主砲があったからさ。もらっちゃった」


 もらっちゃった、てへっ♪

 ではない。これではもう完全に某戦車RPGそのものだ。むしろそれに合わせた感がなくもない。


「ただし、実際の戦車の砲弾を使うのは補充の観点からも大変だし、運ぶのも手間だ。だから砲が撃ち出すのは『石弾』になっている。石ならそこらでいくらでも手に入るからね」


 普通は砲弾を撃ち出すが、この『術式反発キャノン砲』が撃ち出すのは『石』。

 しかし、たかが石と侮ることなかれ。撃ち出す原理はただの風力ではなく、雷も併用した【属性反発式】である。

 これはトロッコの一件を思い出すとわかりやすい。あれに内蔵した実験用のジェットブースターがあっただろう。それを高出力のまま複数搭載しているのだ。

 よって、砲身を通れるものならば、たいていのものを超加速して撃ち出すことができる。

 また、地球の戦車の砲身と比べて、この世界の口径は二倍近くある。

 戦艦や施設は術式で強化されているため、それをぶち抜くために大型化する必要があったのだろう。そういう理由もあって、すべてのサイズが大きいのだ。


「では、主砲を試してみよう。まずはそうだな。やっぱりホロロさんかな」

「かしこまりました」

「弾も一緒に置いてあるから、その蓋を開けて入れてみて。少し重いのが欠点だけどね」

「大丈夫です。転がせば普通に入れられそうです」

「できれば二人でやるのがいいかも。砲手と装填を別々にしたほうがよさそうだ」

「はいはいー、私がやります!」

「ありがとう、小百合さん。それじゃ、お願いね」


 ホロロが台座に座り、小百合が石弾を入れる。

 この石弾はアンシュラオンが掘り出して研磨したため、パチンコの弾のようにツルツルだ。

 弾倉もパチンコの台のように角度を付けて吸い込む形にしており、中に入れてしまえばコロコロ勝手に転がっていき勝手に装填される。女性に優しい仕様である。

 そして、ハンドルで狙いを付けてボタンを押せば、発射。

 ジュルル バチンッ!!

 風と雷の術式が反発してレールガンのように滑らかに射出され、命中。


 バゴーーンッ!!


 的を破壊しつつ、固定していた鉄の棒もひん曲がる。

 威力は見たまんま。小型の投石器よりも遥かに威力があり、命中率もかなりのものだ。


「この重さなら二百メートルくらいは射程範囲だと思うけど、魔獣相手だったらもっと近寄らないと駄目かも。それでも硬い相手には衝撃しか与えないから『通常弾』は注意が必要だよ」


 アンシュラオンは今、通常弾は、と言った。

 であれば、通常ではない弾があるということだ。


「次にその赤い弾を入れてみて」


 新たに的をセットし、赤い弾丸を込める。

 発射―――命中

 ここまでの流れは同じだ。

 が、見た目ですでにわかっていたかもしれないが、爆発。


 ボォーーーンッ! ボォオオオ


 着弾した的を破壊しつつ、燃やす。


「火のジュエルを使った【燃焼弾】だよ。いわゆる『焼夷弾』だね」


 大納魔射津と違って爆風でダメージを与えるものというよりは、火の継続ダメージを目的とした術式の『火痰煩』に近いものだ。

 着弾時に火が散らばるように、あえて壊れやすく作っている。そのせいもあって飛距離は多少落ちるが、火に弱い植物や獣系のモンスターには有効である。


「続いて黄色いやつをお願いね。ああ、着弾時は危ないから、至近距離の場合は直視しないかゴーグルを付けてね」


 今度は黄色い弾丸を発射。

 こちらは着弾時すると同時に、バチバチッと周囲に雷撃と強い光を放つ。

 【雷撃閃光弾〈サンダースタン弾〉】。

 雷の感電と閃光による強烈な刺激で相手をショック状態にするものだ。こちらは魔獣だけではなく対人用にも使える武装となる。


「近寄る敵がいたら、そこの『副砲』を使ってね」


 取り付けた武装はまだある。

 クルマの屋根にはもう一つ台座があり、そちらにも砲が設置されていた。

 こちらは専用の木製の筒を入れて発射するようだ。筒は重くないので女性でも簡単に装填できる。

 的に向かって撃ってみると、木製の筒は途中で破壊され、そこからいくつもの弾が飛び出て―――ドガガガガッ!

 的の至る所が細かく破損。


「それは手作りの『ショットガン』だ。射程は三十メートル以内かな。エジルジャガー程度の魔獣なら十分倒せる威力があるけど、前方一帯に放射されるから味方がいるときは気をつけてね。この弾は木製銃でも使えるように調整中だ」


 銃を女性や子供が扱うと、どうしても命中率が下がってしまう傾向にある。

 それを改善するためには、手っ取り早く散弾にしてしまうほうが楽だ。


「あとはクルマに装甲タイルを張り付けて、少しくらいの銃撃にも耐えられるようにしてみた。魔獣相手だと気休めだけどね。うんまあ…不恰好になったけど仕方ないよね。身を守るためだ。我慢しよう」


 こうしてダビアからもらったクルマを魔改造してしまう。譲ってもらった時の面影は、ほぼない。

 こんなに改造するのならば戦車そのものでもよいと考えるかもしれないが、そこは機動性の問題である。

 どうせ強い魔獣や優れた武人には通じないのだから、場合によっては武器を捨てて逃げてしまったほうが得策なことも多いだろう。

 そのためにあくまでクルマの状態として強化したのだ。


―――――――――――――――――――――――
名前 :術式反発キャノン砲〈改造戦車砲〉

種類 :砲
希少度:B
評価 :C

概要 :風と雷の術式反発を利用して物質を放出する特殊砲。最大三発同時装填可能。戦車砲なので戦気強化は難しい(できなくはない)

効果 :攻撃B(通常石弾使用時)


【詳細】

耐久 :C/C
魔力 :F/F
伝導率:F/F
属性 :無
適合型:物質
硬度 :C

備考 :
―――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――
名前 :散弾砲〈単発式〉

種類 :砲
希少度:D
評価 :E

概要 :散弾を発射する副砲。単発式

効果 :攻撃E(通常石散弾)


【詳細】

耐久 :E/E
魔力 :F/F
伝導率:F/F
属性 :無
適合型:物質
硬度 :E

備考 :
―――――――――――――――――――――――





651話 「DBD流、剣技の習得」


 これで一通りの武具の紹介が終わる。

 改めて与えた武装を見てみよう。


 サナには、水刃命気刀、強化ショートソード、術式ダガー三本、ハンドガン三丁、強靭鎖陣羽織。

 術符や大納魔射津は常時持っているので、基本的な戦いはそのままに全体的にパワーアップといったところだろうか。


 サリータには、ボムハンマー〈爆破杭槌〉、ピストルグレネードランチャー〈単発式爆破銃〉、術式ダガー。

 鎧と盾はDBD製なので、現在手に入る防具の中では良質なほうだ。その防御力を生かしつつ単発攻撃を強化した。


 小百合には、術式護衛刀・風式、ハンドガン、術式ダガー、 強化ハローワーク制服。

 彼女にライフルを持たせなかったのは、身軽にさまざまな場所でサポートしてもらいたいからだ。もともと働き者で面倒見が良いので、フットワークを生かして立ち回ってもらいたいものである。


 ホロロには、アサルトライフル〈AP5〉、ハンドガン、術式ダガー、強化メイド服。(+兆視暗眼奇《ちょうしあんがんき》+剛徹守護の腕輪)

 彼女の役割はクルマにおける司令塔で、周辺監視と狙撃、クルマでの砲撃等々、実に多忙な役割を果たす。そのために他者より多くの術具を与えているし、これからも与える予定だ。


 セノアには、専用強化魔力珠、ハンドガン、クロスボウ(爆発矢)、術式ダガー、強化メイド服。

 情報術式が使えるようになったため、道具や簡単な武具の補修や、ちょっとした怪我を治す救護班としても使える。ホロロが忙しいときは物理障壁を張りつつ、クルマの運転までできるようになれば一人前だ。


 ラノアには、専用強化魔力珠、クロスボウ、術式ダガー、強化メイド服。

 彼女はこの中で一番幼いため、現状ではあまり過度な期待はしていない。その代わり才能はかなり高く、今後の成長に期待だ。


 クルマには、術式反発キャノン砲〈改造戦車砲〉と散弾砲を設置。

 最悪台座を捨てて、そのままクルマで逃げることも可能である。


 追加された武装は以上である。


 これに加えて『対術式二重防護輪』は全員に配られ、術式ダガーも基本的に全員が持ち歩くことになった。

 ラノアには暴発を考えて銃は持たせないが、サナが使っていたクロスボウを継承させる。(爆発矢はセノアが使う)

 これが街での活動ならば十分な武装だろう。少しチンピラに絡まれたくらいならば彼女たちだけで十分排除できる。低級の傭兵くらいでも問題ない。サナがいれば上級傭兵でも倒せるだろう。

 だが、荒野では所詮、気休め。

 いくら良い装備を使っても人間そのものの力が成長しなければ、この厳しい荒野で生き残ることは難しい。

 まだまだ強化は始まったばかり。目的を達するためには、もっともっと強くならねばならない。

 また、少し余談であるが、銃そのものの『錬成』はあまり意味がない。

 主たる攻撃は弾丸そのものが担うため、弾丸を術式強化するのが一般的である。

 クロスライルのように銃で近接戦闘もこなすのならば、銃そのものの素材を良くして核剛金等で強化するくらいであろうか。それ以外は部品を換えたり機構を新しくしたりして対応する。

 よって、サナたちに与えた銃は、それ単体ではすでに完成品となる。より強い銃や砲が欲しければ、新しく作るしかないだろう。




  ∞†∞†∞



 サナたちが新武装の練習を開始して二時間後。

 本日の訓練が始まる。

 サリータはいつも通り、DBD側の訓練に合流。今回は一人だけの参加なので寂しいかもしれないが、そこは我慢してがんばってもらいたいものである。

 では、サナはどうしているかといえば、アンシュラオンと一緒に【剣技の練習】だ。ついでに暇だった小百合も付いてきたので、三人での参加である。

 技を教えてくれるのは、これまた遭遇戦でアンシュラオンが半殺しにした長剣の男、モーリス・グレツキ十光長。

 十光長レベルだが、彼も教えることに長けた教練部隊の一員である。


(よく軍曹とかが新兵を鍛えている光景を見るが、まさにあんな感じだよな。軍歴は長いわりに出世していないけど経験豊富だってやつだ)


 彼らの最大の役割は、兵士たちの教導。

 その中から素養のある者を見い出し、騎士に推薦する。つまりは彼らの才能を見る目こそが、DBDそのものを強くしているといえるだろう。

 アンシュラオンと遭遇した時のように、敵が強い場合は自らを犠牲として新兵を逃がすことも役目だ。すでに才能の限界まで鍛えている彼らより、まだ才能が目覚めていない若者を優先するのは当然である。


「本日はよろしくお願いいたします」


 グレツキがアンシュラオンに頭を下げて挨拶する。

 グレツキも口数が多いほうではないが、相棒のハンクスほどぶっきらぼうではないようだ。かなり丁寧に接してくれる。

 アンシュラオンがいることに加え、昨日のゼイヴァー戦でサナの強さを実際に見ているから敬意の感情が湧いたのだろう。

 サナは魔石無しでも、彼にはギリギリ勝てると思われる。

 ただしハンクス同様、グレツキが見せた『覚悟』は武人の力を底上げする。低出力のアンシュラオンを少しだけ足止めできるくらいの力はあるのだ。

 その意味ではサナは苦戦するだろう。十光長といっても侮れないのがDBDの強さである。


「それじゃ、剣技をいろいろ教えてもらおうかな。この子は本当の基礎しか知らないから、下から順番に相性が良さそうなのをお願い。オレはそうだな、基礎まではサナと一緒に学ぶけど、【アレ】を覚えたいな。アレ!」

「は、はい。アレ…ですか」

「そうそう、アレ! アレはいいよね!! 楽しみにしてたんだ! よろしく頼むよ!!」

「わ、わかりました。尽力します」


 まったくもって伝わっていないが、上官からそう言われたらイエス以外の言葉は出してはいけない。それもまた軍隊である。


「小百合もアレが知りたいです!!」

「あ、アレ!?」


 しかし、女性が言うとなぜかエロティックに感じるのは、我々の心が貧しいせいだろうか。グレツキにも自重してもらいたいものである。(彼は未婚)



 訓練、開始。



 まずは基礎から。

 剣の持ち方はそれぞれ好みがあるが、ひとまず基本となる形を学ぶ。

 片手剣の持ち方、片手盾を持つ場合の構え方、両手剣の扱い方、防御の姿勢、構え等々、DBD流剣術の型を教えてもらう。

 一番感心したのが、グレツキがこれら多様な型を見事に使いこなす点である。


「すごいね。よくこんなに覚えられるもんだ」

「それが教練部隊の役割です。いつ誰がどの聖剣に選ばれるかわかりませんから、すべてに対応できるようにしておかねばなりません」

「聖剣って形が違うんだっけ?」

「はい。六種類の聖剣はそれぞれタイプが異なります」


 刀身が大きい順にいえば、

 火の大剣、光の両手剣、水の長刀、雷の長剣、闇の刀、風の双剣。

 となる。


「攻撃の火の聖剣。防御の光の聖剣。斬撃の水の聖剣、万能の雷の聖剣、流転の闇の聖剣、速度の風の聖剣となっております」

「刀は二種類もあるんだね。こっちの武器庫に刀が少ないのって、おっさんが長剣の使い手だからなの?」

「その通りです。部下も聖剣長に合わせた武装になることが多いのです。むろん兵種によって武装は異なりますし、個々人でカスタマイズも可能です」

「なかなか興味深いね。まあ、軍隊で使うなら万能型が無難かな」

「我々の艦隊は、いかなる戦場でも安定した戦いができるのが強みですから、他の艦隊の救援に向かうことも多かったものです」


 DBDは、三つの国からの攻撃を各二艦隊で受け持っていた。

 ただし、この二つの艦隊は戦況によって入れ替わることがあり、臨機応変に立ち回っていた。

 たとえば火は攻撃特化だが、その分だけ防御が薄くなるため光の艦隊が援護に行くことも多かった。

 その中でもっとも安定した能力を持つのが、雷の艦隊である。

 ガンプドルフ率いる雷の艦隊は、普段の彼の様子を見ればわかるように、いつも苦労している印象である。万能であることは素晴らしいが、逆に言えば長所がないので戦いが長引く傾向にある。

 それを粘り強く勝ってきたからこそ、アンシュラオンに対しても我慢強く接することができるのだろう。逆境が人を培うのだ。


「とりあえずオレは、おっさんと同じ長剣の型で教えてもらおうかな。サナはそうだな…長刀ってわけじゃないから…普通の刀かな。聖剣だと闇になるのかな? 大丈夫そう?」

「問題ありません」




 細かいやり取りは省略するが、ここでアンシュラオンたちはいくつかの技を習得するに至る。

 特にリクエストして教えてもらった【アレ】が、これ。

 アンシュラオンが剣を叩きつけるように振り抜くと同時に―――落雷一閃

 ドーーーーンッ バリバリバリッ

 強烈な一撃が大地を焦がす。


「よし、おっさんの技を覚えたぞー! これがやりたかったんだ! カッコイイよね!!」


 以前ガンプドルフが使ってきた『剣雷震《けんらいしん》』という因子レベル3の剣王技だ。

 あの時は上空で使ってきたが、べつに対空専門の技というわけではない。普通に振りかぶって上段から叩き落せば技は成立する。

 単体攻撃力の高さに加えて、感電の追加効果があるのも雷属性の長所だ。

 雷神掌よりも間合いが長いので、こちらのほうが使いやすいかもしれない。

 次に、同じく格好よさそうという理由から『不知火《しらぬい》』を覚える。こちらは火をまとった剣で二連撃を加える因子レベル3の剣王技だ。

 当然火属性なので、斬った相手に火傷の追加ダメージが発生する。弱い皮膚を持つ生物に対して有用だ。

 それ以外にもいくつか『ノリで』覚えたが、その様子を見ていたグレツキは次第に無口になっていった。

 そして、ポツリ。



「属性……関係ないんですね」



 属性を持たなくても技の会得は可能だ。誰でも『型』を学び、最低限の因子と戦気や剣気があれば修得はできる。

 がしかし、ラノアのところでも話したが、同じ属性を持っていたほうが技の威力は格段に上がる。

 たとえば同じ剣雷震でも、アンシュラオンが使うよりガンプドルフが使ったほうが、同属性補正が加わって威力の倍率は高くなる。

 どうせ覚えるのならば、自分が得意とする属性を学んだほうがいいだろう。

 されど術同様、アンシュラオンは全属性が劣化しない。

 属性に関しても現在は偏っているが、パミエルキがほぼ全種類の属性(岩等を除く)を扱えていたように、弟もその気になれば全属性の修得が可能である。

 あまり話題にされないが、アンシュラオンに『対属性修得』というスキルがあるのを覚えているだろうか。

 これは火や水、雷や風といった属性反発する対属性を、まったく反発させることなく扱えるスキルである。劣化もしないし、体内での逆流もない。だから熱爆球と水連球を同時に扱っていたのだ。

 今回覚えた火属性の不知火も、水と遜色なく扱うことができる。地味だが、これは実に貴重で有用なスキルである。

 言ってしまえば、『デルタ・ブライト〈完全なる光〉』を補佐するスキルといえる。より効果を発揮するための潤滑油みたいなもの。セットで使うと、よりお得だ。

 よって、アンシュラオンは好きな技を好きなだけ覚えられる。

 こんな有様なのだから、グレツキが半ば諦めの境地に達するのも致し方がない。


 が、雷と火を選んだことには明確な理由がある。


(今回は火と雷をメインで学ぼう。べつに水系の技に困っているわけじゃないしね。そっちは覇王技と術でなんとかできるし、剣は苦手な分野を伸ばしていくべきだ。特に火はバリエーションが少ないし、雷もあまり得意ってわけじゃないんだよね)


 アンシュラオンが現在保有している属性は、六属性の中では『光』『火』『水』の三つである。

 その中で水だけが異様に進化しているのは、日々の姉の暴力、パミエルキの攻撃に耐えるためだ。水は最上級の命気まで使えるので、もう十分強い。

 その反面、火はまだまだ成長の要素を残しているし、光に至っては一部の覇王技の強化に使う程度で、ほぼ眠っている状態だ。


 実は―――まだまだ成長期


 こんなに強いにもかかわらず、発展途上。これが怖ろしいのだ。


(剣なら剣気も出せるし、技自体が攻撃力に優れているものが多い。今後のことを考えると攻撃力の強化は必須だ)


 ついついアンシュラオンが強いから、『戦士=攻撃力』のイメージがあるかもしれないが、本来は攻撃に関しては剣士のほうが数段上となる。

 もし自分と同レベル帯の剣士が相手となれば、防御主体で立ち回ることになるはずだ。その際、攻撃は手数重視になって致命傷を与えるのが難しくなる。

 そうした際、剣技を覚えておくと便利だ。

 魔獣と戦うのならば、なおさらである。実際にデアンカ・ギースと戦った時は、包丁の剣気が大いに役立っていた。

 あれくらいの耐久力となると、打撃だけではダメージを与えにくいのである。(相手の性能が物理に強かったせいもある)

 こうしてアンシュラオンは、グレツキから火と雷の技を中心に技を教えてもらう。



 そして、サナも技を習得。

 自分は半分趣味なので、むしろこちらがメインだ。


「どうだ? 上手く使えそうか?」

「…こくり」


 サナは『闇属性』を持っているため属性で迷うことはない。

 多様性は武具や道具で補い、彼女自身は素直に長所を伸ばすべきだろう。

 ここではゼイヴァー戦で使った暗衝波に加え、その近接バージョンの『暗剣葬《あんけんそう》』を習得。どちらも因子レベル1の技だ。

 次の因子レベル2では、十字に切り裂く『黒十斬《こくじゅうざん》』と突き技の『黒矛葬《こくむそう》』を覚える。

 この二つは攻撃時に闇を放出することで剣筋を隠しつつ、ダメージを与えた部位の回復を遅くさせる効果がある。闇が侵食して細胞増殖を阻害するのだ。

 ただし、アーブスラットのような癌細胞ではないので、一定時間が過ぎたら消失する程度のものだ。


 グレツキいわく―――



「闇属性の技は、単純な攻撃倍率では他の属性に劣りますが、攻撃時に相手を妨害するものが多いです。使い手も少ないことから警戒も緩く、その分だけ相手の虚をつけるのです。防御にも優れておりますので非常に強力です」



 ここで属性ごとの特徴をおさらいしておこう。


 火は『破壊』に優れ、水は『技』に優れ、風は『速度』に優れ、雷は『威力』に優れる。


 広域破壊や殲滅力では火は最強で、破壊にもっとも向いている。ただし細かい調整が難しく暴発することも多い。

 パミエルキやマキが得意とする属性だ。どちらも苛烈な攻撃を好むのでわかりやすいだろう。(一応ビッグも火)

 水は技の精度を重視し、流れる動きで的確に相手の弱点を突く技が多い。命中精度も高く、水なので安全性も高く安定している。ただし、威力自体は高くない。

 いわずもがな、我らが主人公アンシュラオンがもっとも得意とする属性である。

 風はもっとも素早く、切れ味にも優れ、火とは違う意味で複数を攻撃できるが、水同様一撃一撃は軽いので連続攻撃がメインとなる。

 風といえばラブヘイアが目立っているが、陽禅公の主属性も風である。プライリーラやアーブスラットもこちらが主属性となる。

 雷は単体威力で火を圧倒する力を持つが、技の性質上、どうしても力が分散しやすく難しい属性といえる。また、一撃が強いので消耗も激しい。

 ガンプドルフやゼブラエス、マタゾーなどが該当する。


 残り二つは、他の四属性と比べて所有者が少ないといわれている『光と闇』だ。


 光は、その名の通り輝きを意味するもので、太陽であり正の力を持つ。

 術ならばある程度は想像しやすいだろうが、これが技となる場合は『放出系』が主な攻撃手段となり、自己強化や守備技が多いのも特徴である。

 そして、サナやヤキチが持っている闇。

 闇は大地の力を示し、すべてを内包して抱くものである。

 それ自体は優しく愛情深いが、技となると相手を惑わすものが多くなる。

 相手の長所を打ち消す妨害効果にも長けており、属性の打ち消しや無効化、吸収といった特殊な技能も多く見られる。

 その結果、攻撃すればするほど防御の面でも優位に立てる。

 光が自己強化の物理的な防御だとすれば、闇は相手の力を削ぐことでミスを誘い、戦術的な意味で防御力を高める属性であるといえる。


(これだけ聞くと弱そうに思えるが、実はサナとの相性は相当いい。サナは魔石で雷の力を使うことができるから、闇と雷といった強烈な組み合わせが使えるんだ)


 雷の長所は、一撃必殺の威力にある。

 そこに闇が加わればどうなるか?

 相手が闇の攻撃で戸惑っている無防備なところに、必殺の一撃を叩き込めるのである。これは実に怖ろしいコンボだ。

 たとえば初見の相手に最大限の効果を発揮する。何も情報を知らないのだから対処が難しく、完封で勝つことも可能になる。

 まさにバルドロス戦そのものだ。格上の相手にも金星を挙げやすいのである。


(サナは防御も難点だが、先制攻撃で相手を弱らせることができれば、その点もある程度はカバーできる。視界の妨害だけでもかなり使えるだろう)


 武人とはいえ、ほとんどの人間は視界の情報に頼っている。

 波動円も精度が低ければ、刹那のタイミングで戦う高速戦闘では不利だ。

 まだまだ身体能力の低いサナにとって、闇は素晴らしい属性といえるだろう。


(その一方でセクトアンクがやったように、対策を練られると若干弱い傾向にあるけどね。それは仕方ない。どの属性もそれぞれ長短がある。大切なことは、お互いに補い合うことだ。戦力はサナだけじゃないからな。そういったところで女性たちには、さらに強くなってもらわないと困る)


 ちらっと小百合の様子をうかがうと、彼女もグレツキから『型』を教わっていた。

 剣技に限らず技の習得には『型』が必要だ。特定の動きで特定の気の流れを経由することで、世界に記録された『技』というデータベースに該当するものが選択され、事象として発現する。

 世界が技だと認めれば、その範囲の中で技は成立する。未熟な者はかろうじて成立することもあるだろうし、熟練した者は許容範囲内でカスタマイズして使う。

 大事なことは、その型をよく知っているかどうかであり、教えるのが上手い人間というのは型をより多く、より正確に知るものを指す。

 その意味で、グレツキは優秀な指導員である。

 技自体は発動しないものの、小百合も物珍しそうに剣技を覚えている。学校の道場では技までは教えてくれないので楽しそうだ。


(小百合さんは武人ではないが…それは今この瞬間に限ってのことだ。サナのように開花する可能性もあるよな。そうなるとホロロさんも鍛えたほうがいいのかな? …強いメイドか。そそるな。でも、それ以外の雑務もあるし…やっぱり魔石による強化が先かな。銃や道具で強化したばかりだもんなぁ)


 サナの魔石一つ取ってみても、あるとないとでは雲泥の差である。むしろ一般人であっても魔石が扱えれば、それだけでそこらの武人など簡単に蹴散らせるだろう。

 自衛という目的を達するために、今はスレイブ・ギアスの試作を急ぐべきである。

 こうして午前中は、新武装と剣技の練習で終わった。





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