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「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」

作者  園島義船



□ 第十一章 「スレイブ・ギアス」 編


631話 ー 638話





631話 「魔剣士の現状 その1『再会』」


 アンシュラオンたちは、魔獣の狩場の最南西部に移動。

 この大自然は人間が立ち入るのも困難な場所だ。当然ながら悪路であり、強引に通ったためにクルマもかなり傷ついて汚れてしまった。

 ダビアが見たら泣きそうだが、こうなってはもう致し方ない。荒野に出る以上、これくらいの損傷は覚悟しなければならないだろう。

 そして、森の中にぽっかり開いた盆地に、ひっそりとゼイヴァーたちのキャンプが存在した。

 遠くから見ても森にしか見えず、近づいても盆地なので視認しづらい絶妙な場所である。

 ならした地面の上には軍事用のコテージが数十と張られ、その周囲に鉄条網が張られている。これは地球にあるものとほぼ同じで、軍事基地の周囲に張られているものを想像すればよいだろう。

 ただし、ここは魔獣が跋扈する大地。通常の鉄条網など役に立つはずもない。

 そのために至る所には、数十センチ大の円形状の物体がぶら下がっていた。


「ゼイヴァーさん、あれは何? あの円盤みたいなの」

「あれは簡易衝撃爆弾の『DP1《ディーピーワン》』と呼ばれるものです」

「爆弾か。大納魔射津とは違うの?」

「術具の大納魔射津は術式爆弾ですが、こちらは純粋な反応爆弾であることが大きな違いです」

「術式を使っていないってこと?」

「使っているのは薬品と火薬です。衝撃を加えると術式の有無にかかわらず爆発します」


 大きく分類すれば、すべてのものが術式とも呼べるのだが、一般的に術具と呼ばれるものは「事象の保存と任意使用」を目的に作られている。

 そのために発動には安全装置である「術者による起動命令」が必要なのに対し、こちらのDP1は衝撃を与えると否応なしに爆発してしまう。

 つまりは普通の爆弾である。

 特にDP1は小さな衝撃でも爆発してしまうので注意が必要だ。


「危険物だから管理は大変そうだね」

「その分だけ威力が高いのです。このあたりの魔獣は強固なので、これくらいの防備は最低限必要となります。また、術具よりも安く仕入れることができますし、調整は末端の兵士でも可能なので便利です。たまに事故はありますが、多くは不注意によるものです」

「さっきはオレの術に驚いていたけど、術者の数って軍隊でも少ないのかな?」

「ええ、少ないですね。そもそも彼らが戦場に出ることはありませんので、大半は医療部隊として参加します。それ以外となりますと術具の管理ですね。符術士ならば術符の生産もしますが、あくまで後方支援となります。そのため術士自体を必要としない部隊も多いのです」

「武人や術符、銃火器があれば事足りる、か」


(この世界では、普通のファンタジーのように魔法使いが活躍はしない。たとえばエメラーダは強力な術者だが、彼女が銃弾飛び交う戦場で役立つのは難しいだろう。局所的に戦況を打開することはできそうだが、おそらく彼女自身も無事では済まないはずだ。それならば兵士に術具を持たせたほうが建設的だろうな。そして、これだけ武器が進歩しているのならば、一般の軍隊ではそれすらも必要ない)


 ゼイヴァーが持っているような優れた武具、強力な爆弾や迫撃砲のような武装。一般兵に至っても最低でも銃は持っているだろうから、まず術士の出番はない。

 それを示すように、鉄条網の奥には『鋼鉄の塊』も見えた。


「戦車もけっこうあるね。あれで戦うの?」

「あれは単なる『壁』です。取引用に置いてあるだけですね」

「その言い方だと、戦車でも戦力にはならないってことだ。まあ、衛士隊の戦車を見た限りでは、武人相手にたいして役立っていなかったからね」

「はい。低級の魔獣には使えますが、それ以上となると壁にしかなりません。特にこのような歪な地形となりますと、ほぼ無力です。相手は人間ではありませんからね…」


 戦車は鉄条網の裏側に、まさに壁の用途として配置されていた。

 陸上戦では怖れられる鋼鉄の怪物であるものの、あくまで人間にとっての脅威でしかない。

 このような起伏の激しい地形や大型魔獣が山ほどいる荒野では、あんな豆鉄砲に意味はないのだろう。

 なぜならば戦車の砲弾は『戦気での強化ができない』からだ。これがもっとも重要な欠点である。

 クロスライルを見てわかるように、普通の銃弾でも戦気で強化すればミサイル並みの破壊力を有することができる。それを高速で移動しながら小さな消費で発射できるのだ。

 それと比べると戦車は圧倒的に見劣りする。かといって、一般兵が扱うのならば優れた武器であることには変わりない。

 このことから戦車を仕入れているグラス・ギースの防衛戦略も垣間見える。


(領主はもう魔獣のことなんて考えていないんだな。怖いのは魔獣よりも人間か。他の都市からの防衛に専念しているのだろう。内部があれじゃ、それも仕方ない。他派閥の鎮圧すらままならないしな)


 災厄魔獣用に生み出した城壁であるが、もう三百年以上も大きな被害が出ていない。そうなれば怖いのは同じ人間である。

 特に衛士隊は戦力が整っていない。最弱と呼ばれたラングラスの工場制圧にも苦戦するくらいだ。まずは対人兵器を求めるのは自然の流れだろう。

 グラス・ギースも侵略される危険性を常に感じている。ソブカが急いで改革を進めているのも危機感があるからにほかならない。



「では、案内します。どうぞこちらへ」

「クルマはどうすればいい?」

「私が先導いたしますので、そのまま一緒にお通りください」


 ゼイヴァーが先頭を歩き、門番をしていた兵士たちに見えるように槍を大きく振った。

 すると、しばらく前からこちらを警戒していた門兵が、安堵の表情を浮かべてやってくる。


「百光長、ご無事で!」

「客人を通す。聖剣の名において無礼は許されないと知れ。周知を徹底するのだ」

「はっ!!」


 門番はゼイヴァーが教えてくれた騎士の敬礼をし、閉ざされていた門を開く。

 クルマがゆっくりと中に入っていく。

 窓越しにキャンプの中を覗くと武装した数十人の騎士たちの姿が見えた。誰もが重武装で、いつでも戦闘ができる準備が整っている。

 その光景を見て、アンシュラオンは感心する。


「なかなか良い警備体制だ。気に入った」

「あの鉄条網ですか?」

「いいや、『覚悟』がだ」

「覚悟?」


 アンシュラオンの言葉にサリータが首を傾げる。


「場合によっては、ゼイヴァーさんごと攻撃する準備があったってことさ。だからギリギリまで警戒していたんだ」

「え? 彼は味方…ですよね?」

「ああ、味方だ。だが、味方が今も味方とは限らない。こんな派手なクルマも一緒ならなおさらさ」


 ゼイヴァーが合図をするまで周囲が警戒を解かなかったのは、最悪の事態を想定してのことだろう。

 いや、今なお彼らは完全に警戒を解いていない。各々の武具をしっかりと握ってこちらを注視している。

 敵に捕まって利用されることもあるのだ。そのために彼らにはいくつかの合図が決められているようだ。

 今の合図は「安全」を示すもの。これが「危険」の場合は、躊躇なく一斉攻撃を仕掛けてきたことだろう。


「なんと…! 味方ごと殺すのですか」

「不思議か?」

「私が知っている傭兵団では、そのようなことはありませんでした」

「軍人と傭兵は存在そのものが違う。背負っているものが違うんだ。だから味方さえも殺せる覚悟がある。傭兵の場合は金や信頼で繋がることが多いし、よほどのミスがなければ同じことはできないだろう。国家の後ろ盾がないから、そんなことをすればすぐに瓦解してしまう」

「…軍人は厳しいのですね」

「時にはそういった判断も必要だ。それはオレたちでも変わらないよ。ここではグラス・ギースとは違った体験ができるかもしれないね。さて、そろそろ降りるとしようか」


 アンシュラオンが最初にクルマから降り立ち、キャンプ内部を眺める。

 小さくとも軍事拠点の一つであり隠密行動をする都合上、派手な色のものは一切存在しない。味気ないモスグリーンの軍事用コテージが並ぶだけだ。

 コテージはトラクターに牽引されているようで、いざというときは即座に撤収できる準備があるように見える。


(即席の軍事キャンプといったところか。しかし、ここだけ見れば地球とほぼ技術レベルが変わらないな。設備の質も引けをとらない。まったくもって軍事に力が入っている星だよ)


 ここの写真を地球人に見せても、まさか異世界とは思わないだろう。それだけ軍事技術に関しては進歩しているのだ。

 そこに武人や術式という要素が加わるため、さらに戦闘面では特化しているといえる。

 アンシュラオンの容姿に関しても幾人が怪訝な表情を浮かべているものの、それだけの情報で侮ったりはしていない。

 むしろ降り立った瞬間の気配や雰囲気を敏感に感じ取り、肝を冷やしている者さえいる。

 その者たちは確実に『強者』を知っている証拠だ。武人の質も悪くないように見える。

 そこまではいいだろう。

 アンシュラオンから見ても評価に値する軍事施設だ。

 しかしながらクルマからホロロたちが降りると、キャンプからの視線が異様な熱を帯びたのがわかった。

 ある種の動揺と『衝動』を必死に抑えようとしていることがすぐにわかる。


「統制が取れた軍隊で安心したよ。ね、ゼイヴァーさん」

「ぐっ…お前たち! 恥をかかせるな!! あとで死ぬほど鍛錬させてやるからな!!」

「仕方ないよ。男だもの。美しい女性を見て何も感じないほうが怖いからね。あまり責めないであげてね」

「ぬぐうう……なさけない!!」

「かといって視姦も困るよ。注意してね」

「当然です!!」


 女性に興味があるのは正常な男の証拠だ。

 それによって図らずとも「ゲイはいない」というゼイヴァーの言葉が証明されることになってしまったのは皮肉だろうか。

 そしてそれから数分後、アンシュラオンはガンプドルフと再会するのであった。




  ∞†∞†∞




「やあ、久しぶりだね」

「やはり君か…少年!!」


 アンシュラオンがコテージ内で待っていると、ガンプドルフがやってきた。

 こんな威風堂々とした武人を忘れるわけがない。久しぶりに会うにもかかわらず、記憶と完全に一致する姿で再会を果たす。

 そして出会った早々、ガンプドルフはアンシュラオンに詰め寄った。


「なに? 近いって」

「少年、また会いたかったぞ!! よくぞ来てくれた!!」

「熱量がすごい! なんでいきなりそんな感じなのさ」

「ずっと君のことを考えていた。忘れたことなど一日たりともない!」

「えぇ…!? なんかおっさんにそう言われると最悪の気分なんだけど」

「つれないな。剣を交えた日から友ではないか!」

「いやいや、その理論はおかしいって。近い近い。まずは離れてよ」

「うむ、少し興奮してしまった。すまんな。君と話せる機会ができて嬉しいのだ」


 ガンプドルフは一度離れて椅子に座りなおす。


「さて、何から話せばよいのか…多すぎて迷うくらいだ」

「じゃあ、先にオレの用件を言ってもいい?」

「かまわないぞ。何でも言ってくれ」

「地形データ、ちょうだい」

「…ん? 地形データ?」

「おっさんたちが調べ上げた全地形データだよ。ゼイヴァーさんと話はついているから安心して」

「そんな話は聞いていないが…」

「約束、守らないの? 約束は大切だよね。人としてさ」

「むっ…」


 サナを真似て、相手をじっと見つめる。

 が、彼女の純真無垢な瞳と違って穢れた色をしている。

 責任者に会わせろと言いつつ、その前に既成事実を作って追い込む。まったくもって卑劣である。

 執着心が強く、約束や契約事にはうるさいので粗末にできないのも問題だ。


「地形データを欲しがっているということは、ここから先の探索をするつもりか?」

「そうだよ」

「目的は?」

「スレイブ・ギアスの媒体となる石が欲しいのさ。魔石の部類だね」

「スレイブ・ギアス? …なるほど。だからか。ちなみにあのスレイブの少女だが…」

「もうスレイブじゃない。オレの妹のサナだよ。そこは重要だから間違えないでね」

「…そうだったな。君の女性への愛着はすごかったな。それで彼女の強さはいったい何事なのだ? 危うくうちの部将が一人討ち取られるところだった」

「ふふふ、驚いた? びっくりした?」

「それはもう驚愕だ。目玉が飛び出るかと思ったぞ。あの時は無力な少女だったはずだ」

「そうだね。本当に普通の子供だった。でも、オレが少しずつ鍛えたんだ」

「才能があったのか?」

「強くなったなら、そういうことじゃないのかな」

「ふむ…信じがたいが事実ならば受け入れるしかないか。それより彼女は『ジュエリスト』ではないのか? それも知っているのか?」

「もちろん。魔石もオレが用意したものだからね」

「魔石を君が? どこで手に入れたのだ? 買ったのか?」

「あれは魔獣の心臓が結晶化したものだよ。ただ、サナとの相性が良かったんだろうね。力になってくれているよ」

「魔獣魔石か…。しかし、普通に結晶化しただけのものでは、ジュエルとして高い機能は発揮しない。あそこまで個性が出ている魔石は簡単には手に入らないはずだ」

「何か条件があるの?」

「通常、掘り出した鉱物は原石でしかない。その力を引き出すには適切な環境下でのカッティングと術式による保護、場合によっては同系統の魔石による強化措置が必要になる」

「グラス・ギースの職人にカッティングはしてもらったよ」

「魔石専門の職業があるのだ。普通の宝石とは異なるものだ。こちらの調査によれば、グラス・ギースに魔石の専門家はいなかったはずだが…」

「じゃあ、スレイブ・ギアスの媒体にしたから力が発揮されたのかな」

「可能性がありそうなのはそこだな。だが、少年は規格外だ。常識では考えられない事象が起こっても驚きはしない」

「なんだか、みんなオレを変人扱いするよね」

「それだけの力があるからだな。力ある者は磁石と同じだ。で、君が求めているのは同じような魔石なのか?」

「それもあるけど、今欲しいのは通常の鉱物かな。魔獣だと供給が安定しないし、いつまでも数の弱点が補えない。汎用的に使える質の良い媒体が欲しいのさ。このあたりに鉱山でもないかと調べに来たところに、おっさんたちと遭遇したってわけさ」

「納得した。そのために地形データが欲しいのだな。それならば力になれるだろう」

「即答していいの?」

「やはり私と君は出会う運命にあったのだ!!」

「どわっ! なんだよ、いきなり」

「今度は私が驚かせる番だな。何を隠そう、我々は『鉱夫』なのだ」

「こうふ?」

「ゼイヴァーの階級は聞いたか?」

「うん、なかなか珍しい階級だよね。百光長《ひゃくこうちょう》とかさ」

「外部の者がいるときは一般的なものを代用するが、我々の中ではそういう呼び方をしている。そして、当初は『光』ではなく『鉱』だったのだ。時代が進み、それでは格好が付かないので表記を変えたにすぎない」

「鉱は、石とか金属とかのこと?」

「うむ。我々の国の主産業は『鉱業』なのだ。一般的な鉱物も採掘できるが、良質かつ貴重なものが大量に採れる。そこでより多く、より質の良いものを手に入れた者に称号と階級を与えたのが始まりのようだ。ゼイヴァーの槍と鎧も自国で製造したものだ」

「大量の地下資源があるってことだね。それだけで勝ち組だ」

「…そうだな。それによって我々は力を得た。しかし、だからこそ狙われたのだ。君に隠しても仕方ない。最初に君が指摘したように我々は【西側の人間】だ。あの時、領主城には交渉のために赴いていたのだ」

「そのあたりの事情は裏社会の情報網で聞いたよ。衛士隊に武器を売っていたんでしょ」

「彼らに売ったのは旧型の戦車と銃だけだがな。たいしたものではないが、東大陸ではまだ使えるものだろう」

「領主との交渉はどうなったの? もう終わった?」

「継続停滞中だ。続けてはいるが、話はあまり進んでいない。領主としては我々に常駐して戦力になってほしいようだが、あまり公に動ける立場ではない。いくら最北部の外れとはいっても、人の出入りはあるからな。それに内紛に加担すれば泥沼になる。今は様子見だ」

「内部闘争の件は知っているんだね」

「あれだけ派手にやればな。都市から出ていく人間の口は軽い」

「そりゃそうか。それでえーと、何だっけ? おっさんの国の名前。DBなんとか……」

「『ディスオルメン=バイジャ・オークスメントソード〈称えよ、祖を守護せし聖なる六振りの剣を〉』。それが正式名称だ。が、長すぎるので『六奏聖剣王国』や『DBD』と呼ばれることも多い」

「その国は西側のどのへんにあるの?」

「西側大陸の北のほうだな。まさにこの場所から海を越えて西にずっと進んだ場所にある。山の割合のほうが多いが、平地もある自然豊かな美しい国だ」

「そんな遠くからわざわざ来たんだね。そっちの目的は入植?」

「その予定ではある」

「予定…ね。何やら事情がありそうなのは気付いているけど、巻き込まれそうな気がするからあえて訊かないよ」

「そう言うな、少年! 我らと共に歩いていこうではないか!」

「どうしてそうなるのさ! なんの縁もゆかりもないじゃんか」

「縁がなければそもそも出会わないとは思わないか。私は君と出会った。そして、君は私と出会った。これこそ運命だ!!」

「いや、まったく思わないけど…」

「今ここで二人は再会した! それが証拠だ!」


(まずいな、情熱タイプだ)


 ガンプドルフとゆっくり話すのは初めてだが、最初の段階で妙に熱い。

 こういう言い回しをする連中は情熱家で直進的で、だいたい失敗する者が多いのだ。そのわりに人望はあり、何かと人を巻き込むタイプでもある。


「私と君はお互いに協力関係にあったほうがよい。そうではないか? メリットはあるはずだ」

「そっちが地形データを持っていて、鉱物にも詳しいならありがたいけど…領主はどうするのさ? オレは領主が嫌いだよ」

「あまり良い出会いではなかったからな…」

「むしろ最悪だったけどね。あれで好きになるほうがおかしいでしょ」

「そのわりに領主には危害を加えていないのだな。君の性格なら殺すこともありえたと思うが」

「どんな馬鹿でも領主は領主だ。あいつがいなくなればすっきりするけど、血統主義の強いグラス・ギースは揺れるだろうね。それで拠点としての力を失うほうがまずい。やるなら勝手に内ゲバでもしてすげ替えればいいのさ。手を引いているおっさんと同じ理由だね」

「なるほど、賢い選択だ。領主と和解するつもりはあるのか?」

「無理だね。イタ嬢も好きじゃないしね」

「そうか。ならばこちらも答えをはっきりさせよう。領主とは良好な関係を築きたいが、どちらを選択するかと問われれば、迷わず君をとるぞ」

「へぇ、その理由は?」

「比べるまでもない。私は君の力を知っている。優れた武力だけではなく『王の資質』がある者を軽視することは絶対にできない」

「王? 何の話?」

「君は自分のことを何も知らないのだな」

「…そのことは最近、強く感じているよ」

「私にはわかるぞ。君が『王』であること。王だからこそ、あの少女…君の妹を導けていることをな。あの時、君の【王気《おうき》】が彼女の心を照らした。まさに太陽の力でこじ開けたのだ」

「王気? 知らない気質だ。何それ?」

「王だけが放つことができる最上位の気質だ。その力は場所も空間も、時間すら越えて影響力を与えるという伝説の力だ」

「さすがに無理がない?」

「実在するのだから仕方ない。実際、君から放出されていたのを私が見ている」

「見間違いじゃないの?」

「それはありえない。私にはわかるのだ。君が選ばれた人間だということがね」

「うーん、そうだとしても今のオレにはあまり興味がない話だね。意識して使えないんじゃ勝手が悪い」

「力ある者は、それを自由にする権利も持っているものだ。我々にとっては、君が資質ある者であることが何よりも重要だ」

「だから協力関係を結びたい、か。理屈は通るけど、絶対厄介なことに巻き込まれるよね。まずはおっさんたちの目的を教えてもらわないと交渉もできない。こっちも守るものがあるからね」

「少年が連れていた女性たちのことか?」

「そうだ。全部オレのものだ。だからこそ守る義務がある」

「彼女たちは幸運だな。まさに選ばれた従者たちだ」

「ははは、『普通の少女』にはまだわかってもらえてないけどね」

「無理もない。少年は一般人の理解を超えているからな。産まれたばかりの赤子が親の職業や生計まで考えないのと一緒だ。いずれ成長すれば、その大きさを理解できるようになるものだ。わからぬのも子供の特権だと思えば焦ることもない」


(なんだろう。安心する。この居心地の良さは何だ?)


 アンシュラオンもまた、ガンプドルフに対して妙な親近感を抱いていた。

 どんな言葉を発しても、すんなりと理解してもらえることが心地よい。

 相性の良さに加えて、ガンプドルフが放つ『強者の態度』が安心感を与えるのかもしれない。

 なぜならば彼もまた同じ土俵におり、強者の悩みや苦労も手に取るようにわかるからだ。

 少なくとも今まで出会った者たちとは格が違う。得てきた経験も誓った覚悟も違う。

 まさに将軍の器といえる。





632話 「魔剣士の現状 その2『魔剣、見分』」



「とりあえず、おっさんたちのことをもっと知りたいな」

「我々の国のことはどれくらい知っている?」

「そんなに多くはないね。おっさんたちが戦争していた話と、そこで負けて流れてきたってのは聞いたよ。それ以外はあまり興味がなかったからスルーだったかな。といっても、ほかにたいした情報はなかったと思うよ」

「うむ、そうか。では、正式に名乗ろう。私は六奏聖剣王国、第五艦隊司令官、聖剣長のベイロス・ガンプドルフだ」

「ややこしいね」

「軍属など堅苦しいものだ。多くの者たちがそう呼んでいるのだから、国名もDBDでかまわない。こちらもそのほうが都合がよい。もし誰かに聞かれても適当に誤魔化せるからな」

「じゃあ、オレも名乗ろうかな。名前はアンシュラオン。一時期はホワイトという偽名でグラス・ギースにいたけど、あれはもう終わりにしたよ。だから、ただのアンシュラオンさ。それ以上でも以下でもない、普通の一般人だね」

「どこかに所属はしていないのだな?」

「自分で商会は作ったよ。一応は社長か会長かな? でも、特に支援を受けていたり取引している相手はいないね。作ったばかりだし」

「それは素晴らしい。完全にノーマークということだ」

「多少暴れちゃったから清らかじゃないけどね」

「それでも十分だ。我々にとっては西側諸国の息がかかっていなければよいのだからな」

「それにしても、そっちは艦隊司令官か。かなり地位が高いんじゃない? 『提督閣下』だよね」

「そうだな。軍部では最高位の『聖剣長』の地位を王より拝命している。光栄なことだ」

「国名にも聖なる剣とあるけど、何か関係あるの?」

「大いにある。聖剣王国は鉱業で栄えた国だが、もっとも優れている点は【聖剣の素材となる特殊な鉱石】が採れることなのだ。それゆえに昔から優秀な【鍛冶師】も輩出している。採掘するだけではなく直接作ったほうが儲かるからな」

「ますます興味深いね。でも、オレの気のせいかな。モヒカンがおっさんのことを『魔剣士』とか呼んでいたけど…聖剣の間違い?」

「間違い…と言いたいところだが、断言しきれない点もある。私が君と勝負した時、この剣を抜かなかっただろう? それが理由だ」

「抜けない事情があるの?」

「うむ……」

「そこまで言ったなら最後まで言おうよ。友達でしょ? 聖剣や魔剣には興味があったんだ。詳しく話を聞かせてよ」


 こういうときだけ友達を持ち出す。まったくもって悪質だ。

 そう言われては仕方ないので、ガンプドルフは金色の剣を取り出してテーブルに置く。


「ほー、これが魔剣ね。触っても大丈夫?」

「触れぬほうがよいだろう。君なら大丈夫だとは思うが、万一のこともある」

「仕掛け付きか。そりゃそうだね」

「私には聖剣の詳細について語れぬ誓約がある。がしかし、見る分には自由だ。君にはどう見えるかな?」

「………」


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名前 :雷宝聖剣

種類 :剣
希少度:A
評価 :A

概要 :伝説の名工十師が一人、セレテューヌス作。聖剣王国の国宝六聖剣の一振り。

効果 :攻撃A+1.5倍
必要値:魔力B、体力B、精神B


【詳細】

耐久 :B/B
魔力 :A/A
伝導率:B/B
属性 :雷
適合型:汎用
硬度 :B

備考 :
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(いい剣だ。そこらで売っているものとは別物だな)


 見た目は金色なので若干悪趣味にも思えるが、柄も鞘も最上級の素材で最高級の装飾と仕上げがなされている。

 これだけでも小百合が持ってきた刀の数十倍の値段は軽く付くだろう。

 性能面も悪くはない。十分業物だといえる。

 比較するために、バランバランで買った安物の剣を見てみよう。


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名前 :ショートソード

種類 :剣
希少度:F
評価 :F

概要 :一般的なショートソード

効果 :攻撃F+1.1倍


【詳細】

耐久 :F/F
魔力 :F/F
伝導率:F/F
属性 :無
適合型:物質
硬度 :E

備考 :錬成強化可能
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 となっている。

 攻撃Fとは、そのままの状態の武器を使った基礎攻撃力となる。

 仮にショートソード自体の攻撃力が「50」だとすれば、素の攻撃が「20」の人物が使っても「50に近い」数字を叩き出すことができる。

 使う当人の腕力や扱い方によって、実際に与えるダメージは大幅に変化していくが、普通に使えば最低でもこれくらいは出る、ということだ。

 その次にある「1.1倍」とは、放出できる剣気の増幅量を意味している。

 すでに散々述べているが、剣気とは武器を持ったときにしか発動できない『戦気の特殊形態』だ。

 なぜこのようなものが存在するのかといえば、物質を経由・触媒にすることで戦気を強化しているからだ。

 武器の利点は、元の攻撃力に加えて剣気で強化したダメージも加算されることにある。

 もし素の剣気量が「50」だとすれば、媒介時に増幅されて1.1倍の「55」の剣気を生み出すことができ、それを剣のもともとの「50」に加算して、合計105の力にすることができる仕組みである。(刃で斬った場合)

 言ってしまえば、これもまた魔石と同じ原理だ。それゆえに武器が優れていれば戦気や剣気の強化率も高くなり、より強い力が放出できるようになる。

 アンシュラオンも包丁による剣硬気でデアンカ・ギースの触手を切り落としたが、あの場合の包丁はあくまで『剣気の媒介』であり、強化された剣気の数値が直接のダメージとなったパターンだ。

 そもそも剣気自体、戦気のおよそ1.5倍の出力になるのだ。そこからさらに武器の倍率が適用されるのだから、実に攻撃的な気質といえる。(それだけ消耗は大きい)

 このあたりはややこしい計算になるので、シンプルに数値は大きければ大きいほどよい、と考えればよい。


 で、肝心のガンプドルフの魔剣だ。


 攻撃がAで、剣気強化が1.5倍。

 これを普通に扱うだけで「攻撃力A」という破格の力を得られることを思えば、紛れもなく優れた名剣といえるだろう。

 剣気強化が1.5倍なのも非常に優れている。こちらも剣気量がA、700だと仮定すれば1050。それが素の700に上乗せされ、期待値は1750もの攻撃力となる。

 なかなかの逸品だ。悪くない。そこらの武人や傭兵など一撃死であろう。

 しかし、これが魔剣や聖剣と呼ばれるものかといえば、やや物足りない。

 特殊な能力もなく、これくらいの切れ味ならば世界中に何万本とあるはずだ。

 クロスライルが持っていた聖剣は、攻撃力こそ高くはなかったが、対象を凍結させたり爆破させたりと強力な能力を持っていたのだ。

 ソブカの火聯も準魔剣ではあるが、斬った相手を激しく燃やすという追加効果は非常に強力である。実際の切れ味以上の力を持つことが、こうした特殊剣の持ち味ともいえる。

 であれば、かの有名な魔剣士が持つものが、この程度であるはずがない。


(なにせ国名にもなるくらいだ。『偽装』してある可能性が高い。もっとよく【視る】んだ。細かい術式のもっと奥底まで。エメラーダとの特訓を思い出せ。必ず裏側に本質が隠れている。今のオレならば暴ける!)


 現在のアンシュラオンの『情報公開』は、時間をかければ真実を暴くことができる。

 相手が次々と妨害工作を仕掛ける状態ならばともかく、ただ黙ってそこにいるだけの物質ならば見破れるはずだ。

 一つ一つ薄皮を剥がすように『擬態』を削り取っていき、慎重に目を凝らして丁寧に術式を解析していくと、ついには真の姿が見えた。

 そしてそれは、予想を超えた恐るべきものであった。


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名前 :バンシャム・グラムシャクト〈雷妖王《らいようおう》の気まぐれ〉

種類 :剣
希少度:SS
評価 :SS

概要 :伝説の名工十師が一人、セレテューヌス作。聖剣王国の国宝六聖剣の一振り。持ち主に『雷妖王の加護』を与える非常に強力な剣であるが、死ぬまで手放すことができなくなる呪いの剣。使うと剣人格である「雷妖王シャクティマ」が具現化し、一定期間憑依される。

効果 :攻撃SS+2.5倍、剣人格具現化、BP攻撃転換、HP二倍、雷吸収、中型障壁、自己修復、自動充填、魔力+2、雷+2、使用者強制支配


【詳細】

耐久 :SS/SS
魔力 :SS/SS
伝導率:SS/SS
属性 :雷、帯、界
適合型:精神
硬度 :SS

備考 :ガンプドルフ専用
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「嘘だろ!? やっべーーーーー!!」


 思わず声に出してしまう「ヤバさ」である。

 これはやばい。本当に危ないものだ。


「おっさん、これチートだろう!?」

「どれくらいと見た?」

「どれくらいってレベルじゃないね。やばいぐらい強い剣であることと、雷妖王がうんたらってのはわかったよ」

「なっ! そこまでわかったのか!? 『鑑定』を使ったのか? そんな様子はなかったが…」

「まあ、なんていうのかな。優れた人間には真実を見抜く目があるのさ」

「ふむ…何かの特殊能力か。少年、私に黙っている力があるだろう?」

「そもそもちゃんと会話するのは、これが初めてでしょ。黙ってるもなにもないって」

「…わかった。私も知っていることはすべて語ろう。だから君も言える範囲でよいから教えてくれないか。かなり破廉恥な発言であることはわかっているつもりだが、そのほうがよさそうだ」

「誓約があるんじゃないの? 騎士の誓いを破っていいの?」

「今はそんなことを言っている場合ではない。少年との信頼関係を築くことを優先したい。どうだろうか?」


(すごいな。一瞬で見破られた。ガンプドルフに看破系の異能はないから、単純に経験則によって導き出した答えか。本当に知勇併せ持つ将軍レベルなんだな)


 いつもならば誤魔化せるが、場数の違うガンプドルフは騙されない。

 長年の経験によって、それが術式か特異能力かがわかるのだろう。それだけでも恐ろしい洞察力である。

 そして、魔剣の価値を見抜いたとはいえ素性も知れない怪しい少年に対して、騎士の命ともいうべき誓約を破る決断も即座にしている。

 この臨機応変で柔軟な思考も司令官にとっては必須の能力だ。彼が有能な将であることがうかがえる。


(国宝の聖剣を任せられるほどだ。オレが思っているより強い権限を持っているっぽいな。ならば妥協する価値はありそうだ)


「その代わり、そっちも知っていることは全部教えてよ?」

「むろんだ。信頼してくれ!」

「なら言うけど、オレは物や人の能力が、ある程度ならわかるのさ」

「鑑定のようだが…少し違うか。もしや人間の情報も得られるのか?」

「ちょっとした基本情報くらいだけどね。偽装されていても、今ならば時間をかければ見破れるようになってきたよ。だからこの剣のこともわかったのさ」

「…怖ろしい能力だ。スパイも見破れるではないか」

「そうなるね。実際に見つけてるよ。特に組織に属する連中ならすぐにわかる。異名もわかっちゃうしね」

「となれば、有用性は増すばかりだな。素晴らしい!! 天は二物を与えたのか!!」

「便利なものは危険でもある。扱いは難しいよ。情報だけに囚われると、それこそ真実が見えなくなるからね」

「それがわかっているのならば強力な武器になろう」

「オレが隠していることは、これくらいかな」

「しかし、信用してくれと言ったのは私だが、思った以上に優れた力だ。…なんとも気まずいな。見合う対価を出せるかどうか…」

「べつにいつかは知られることだし、対策されたら打開できるくらいにならないといけない。むしろ修行のためにはそのほうがいいから教えたんだ」

「それだけの力を持ちながら傲慢にはならぬのだな。その歳でその落ち着きは見事なものだ」

「幸か不幸か、自分よりも何倍も強い人を知っているからね」

「それは以前話していた君の姉か?」

「そうだよ。あんなの見てたら価値基準が狂って、頭がおかしくなる。傲慢になんてなれないよ。一応忠告するけど、もし興味が湧いても会いたいとか絶対思わないほうがいいよ。破滅の道を歩みたくなければね。たぶん捕まって洗脳されて『奴隷』か『傀儡』にされるのが落ちさ」

「…怖いな。肝に銘じよう」

「剣に話を戻すけど、あの時にこれを使われたら激戦だったね。勝てたかどうかわからないよ」

「さて、どうだかな。良くて相打ちだと考えていた」

「その可能性もあったかもね」


 アンシュラオンにそう言わしめるほどの性能である。

 まず「攻撃力SS」の段階で凶悪だし、剣気倍率が驚異の「2.5倍」だ。

 何度も例を出して申し訳ないが、仮に剣気量が同レベルのSS、「1500」とすると2.5倍で「3750」。剣自体の攻撃力を足せば5000を超える。

 単純に振るって5000。

 ならば、ここに技の倍率が加わればどうなるか。

 二倍率の技ならば「10000」。三倍率ならば「15000」。

 もちろん直撃すればであるし、相手もかわすなり防御するなりするだろうから単純な数値ではない。が、これだけで馬鹿みたいなパワーである。

 さらにスキルも強力なものが勢ぞろい。強化値こそ限定的だが、総合的に見てサナの魔石を数段上回る代物だ。

 そう、魔石。

 これも同じ魔石。


「君のことだからもう気づいていると思うが、この剣はそれ自体が『魔石』なのだ。言い換えれば、我々の国は【魔石の産地】でもある。それを武器や防具に磨き上げて売っているわけだ。そして、その中で最高品質の鉱物を最高の鍛冶師が打ったものが『聖剣』となる」

「聖剣が作れる。魅力的な言葉だね」

「うむ、それこそがわが国の最大の長所といえる。この聖剣は、まさに『本物』なのだ」

「本物? どういう意味?」

「実のところ、厳密な意味での聖剣を作るのは困難だ。幾多の優れた鍛冶師が何万何十万と挑戦してきたが、聖剣に近いものは作れても本物の聖剣のレベルには達しないことが極めて多い」

「でも、これは本物なんでしょう?」

「そうだ。数少ない本物の一つだ。セレテューヌス師が考案した特殊な製法によって、聖剣と呼べるレベルの逸品に仕上げたのだ」

「特殊な製法……まさか『剣人格』ってのが関係してる? 雷妖王ってやつ」

「その通りだ。この聖剣が魔剣と呼ばれるのも剣自体に人格があるからだ。彼女が編み出した製法は、上位精霊と契約して剣の守護者になってもらうことだった。聖剣を使うと私は雷妖王に憑依される代わりに、強力な加護を受けることができる」

「おっさんが怖れるくらいだ。かなり危険?」

「危険だ。性格も好戦的になるし、自分では力を制御できない。周囲一帯を破壊し尽してしまうほどに強力だ」

「さすがに味方は斬らないよね?」

「当然味方を狙いはしないが…一撃が強すぎるから巻き添えをくらうかもしれん」

「まったく制御できないの?」

「そもそも制御するように作られていないのだ。大量破壊兵器に近い」

「なるほどね、それじゃ安易には使えないね」


 ガンプドルフが簡単に魔剣を使わない理由が、ここにある。

 周りが敵に囲まれた場所ならば遠慮なく使えるのだろうが、味方まで巻き込む可能性があれば躊躇うのは当然だ。

 領主城での戦いでも使わなかったのは、あまりに被害が大きくなるからだろう。人質のイタ嬢まで吹き飛んだらグラス・ギースとの決裂は確定的。破滅だ。

 また、使っても勝てるかどうかわからない状況に加え、相手が求めていたのが「単なるスレイブ一人」ともなれば、さらに使うのは難しい。

 だからガンプドルフは、ひたすら言葉による説得を試みていたのである。


(うーん、かなり危ない武器みたいだ。あの時にこれを使って戦われていたら、オレは逃げていた可能性もあるな。本気で戦えば勝てなくはないだろうが、少なくとも地上の武人に対する評価は変わっていただろう)


 実はガンプドルフとの戦いが、アンシュラオンの未来を決めていたのだ。

 もし激戦の末にガンプドルフを倒したとしても、思わぬ強敵に驚いて自分から裏社会に関わろうとはしなかったに違いない。

 つまりはガンプドルフが下界の武人の基準になっていた、ということだ。

 だが、彼は西側の軍人ならば誰もが知る超一流の剣豪の一人であり、艦隊を率いる司令官だ。普通の武人とは条件が違いすぎる。出会うこと自体が極めて稀だ。

 そんな人物と出会うとは、たしかに彼の言う通り、運命なのかもしれない。


「他の魔剣も似たような感じ?」

「制約があるからこそ強い力を得られる。多少違いはあるが似たようなものだ。どれも特徴的で尖った性能をしている」

「たとえ自由にならなくても強力な武器は貴重だね。相手が知るだけで牽制になる。それが全部で六振りあるの? 国名に六振りってあるよね」

「長い歴史の中でそれ以外にも作られているが、国宝となっているものは六振りだけだ。その六本に選ばれた者、六人が聖剣長に任命されて艦隊司令官となる。通常の任命と順序は逆だが、実力がなければ選ばれないのは確かだ。司令官に向いているかどうかは各人の資質次第だが…」

「ほかの五人はどんな人なの?」

「そうだな―――」


・光の聖剣に選ばれし、光天吏《こうてんり》のシントピア。

 DBD最強の艦隊を率いる聖剣長筆頭。堅実かつ強固な戦い方で敵の大軍を撤退に追い込んだ名将。

・闇の聖剣に選ばれし、闇銘師《あんめいし》のマガー・マカ。

 のらりくらりと敵を翻弄し、奇策をもちいて最小限の損害で敵艦隊を退けた知将。

・火の聖剣に選ばれし、火領緋《かりょうひ》のアラージャ。

 突撃艦隊を指揮し、圧倒的な火力で敵陣を叩き潰した烈火の如き猛将。

・水の聖剣に選ばれし、水藍瑚《すいらんこ》のカラー・ザ・ナイル。

 もっとも剣才に溢れ、数多くの敵将を討ち取った勇将。

・風の聖剣に選ばれし、風慈傑《ふうじけつ》のプロフラス

 潜入部隊を率い、情報操作と破壊工作によって敵を内部から崩壊させ、敵味方問わず民間人をもっとも保護した徳将。

 そして、最後の一人。

・雷の聖剣に選ばれし、雷範剄《らいはんけい》のガンプドルフ

 いかなるときも諦めず、部下を鼓舞しながら粘り強く戦い、勝利を収めてきた剛将。


「どいつもこいつも個性的な連中であり、時には反発しあうこともあるが、私がもっとも信頼すべき『同胞』であり『戦友』たちだ」


 彼らを語るガンプドルフの表情には、自信と誇りに満ちていた。

 生死を分かち合った『戦友』ともなれば、多少の好みの違いなどはどうでもよくなる。その存在が、その生き方そのものが混じり合い、自分自身と重なっていくのだ。


「その五人も強いんだね」

「ああ、強いぞ。我々は全員が集まったときが一番強い。君でも苦労する相手となろう」

「それは楽しみだ。五人もこっちに来ているの?」

「…いや、来ているのは私だけだ。他の者は本国にいる。私だけがなんとかこの大地、『見捨てられた荒野』にたどり着いたのだ」

「いろいろと事情がありそうだね。戦争のこと?」

「…ああ」

「負けたんでしょ?」

「…そうだ。我々は負けた。負けたのだ。悔しいが、それは事実として受け入れねばならない。数が違いすぎた。今にして思えば、よく四年間も持ちこたえたものだ」

「DBDの人口と軍部はどれくらいの規模なの?」

「人口は約三百万。そのうちの三十万人が軍人だ。それを六つの艦隊に分けて運用していた」

「一割は多いね。十人に一人が軍人なんて相当なものだよ」

「最初からそうだったわけではない。必要に迫られて徴兵を行ったせいもある。ここに新兵が多いのもそれが理由だ。元は義勇兵だった者も大勢いる」

「対する敵の兵数は?」

「十倍近くはいたな。最低でも二百五十万以上はいたはずだ」

「どんだけの比率だよ。おかしいでしょ」

「四年間の総数だ。多くもなるさ。それに三つの国に同時に攻められたのだ。我々は部隊を分けて戦うしかなかったのも痛手だ。個では対抗できたが、次第に物量に押されて疲弊していった」

「戦いは数…か。数の不利はオレも身にしみているところさ。で、敵はどこの国?」

「わが国は四つの国に囲まれている。東の傭兵国家アン・ゼクター、西のノーベンビル帝国、南のタルヌス神狼国、北のモンパール王国だ。交戦状態になったのは、北と東と西、アン・ゼクター、ノーベンビル、モンパールだ」

「三ヶ国から攻められるのは少し異常だね。なかなか隣接した国家がこうも集中攻撃はしない」

「すべての国が積極的に戦争に参加したわけではない。アン・ゼクター以外の国家は、あまり兵の練度も高くなく脅威ではないからな。やつらはあくまで飼い犬にすぎない。黒幕は、その裏にいる『ルシア帝国』だ」

「ルシア…少し聞いたことがあるような……」

「最初は小さな国だったそうだが、すでに十八以上の国家や自治領区を併呑して巨大な帝国になっている。西側大陸の最北東部は、すでにやつらの支配下だ。ルシアは南下を続け、凄まじい勢いで今もなお支配地域を拡大している」

「そんなにおおっぴらに勢力を拡大していたら、他の国とか反発するんじゃない? 同盟とかも組んだりするよね」

「やつらの巧妙なところは、けっして力だけで支配しないことだ。現に北のモンパール王国は、王族の地位と安全を保証する代わりに、ほぼ全面的に降伏している状態だ。まったく血を流さずに支配下に置いているのだ。そして、そういう連中に対しては、やつらは【富と力と技術】を与える」

「力はまだわかるけど、ルシアは富と技術がある国なの?」

「我々も詳しいことはわからないが、突然やつらは優れた技術をもちいて開発を始めた。巨大な帝都を生み出し、同様に優れた兵器を生み出した。ルシアの戦艦を見れば、その違いがすぐにわかる。そうした技術を輸出することで富を得ているのだ」

「怪しいよね。明らかにおかしい」

「やつらは何かを見つけたのかもしれない。あるいは誰かの協力を得たのか。どちらにせよ、そこからルシアは一気に勢力を拡大していった。その中で一番厄介なのが、雪の地に住む武人たちだ」

「強いの?」

「強い。ルシアの強兵の大半は、雪の武人たちなのだ」


 ルシア帝国の周囲は、雪と氷山に覆われた西大陸の僻地である。

 資源も乏しく、おおよそ発展など見込めないと誰もが思っていた。当のルシア帝国もそう思っていたはずだ。

 しかしながら、そこに住む武人たちは強かった。厳しい自然の中で暮らす中で、彼らが身に付けた能力は、武人として極めて優秀なものばかりである。

 ルシアは発展した技術を使い、彼らを友人として迎えたり、あるいは恫喝して引き入れたり、飴と鞭を使いながら吸収していった。

 もともとルシアの王、初代ルシア天帝《てんてい》は賢王と呼ばれ、周辺の部族を愛情と礼節をもって迎え入れていた過去がある。

 その恩義に報いるため、中には積極的に協力を申し出る民族や部族もおり、戦力はどんどん増していった。


「モンパールも最低限の兵は出したが、あくまでその雪の武人『雪騎将《せっきしょう》』が率いるルシア軍が主力部隊だった。名目上は友好国の救援としてな」

「ということは他の二つの国も、同じようにルシア帝国の思惑で動いていたんだね」

「それぞれメリットは異なるが、その通りだ」

「確実に計画された戦争だ。そうなると相手からのちょっかいが多かっただろうね。まずは経済封鎖、それから隣国内でのDBD人の大量殺害とか、目に余る挑発があったはずだ」

「詳しいな、少年」

「オレの国でも似たようなことがあっただけさ。悪党の常套手段だね」


 アンシュラオンの推測通り、ルシア帝国は隣接する四つの国に手を回し、DBDへの経済封鎖を画策した。

 唯一南のタルヌス神狼国は参加しなかったものの、表立って抵抗することはせずに傍観するしかなかった。

 DBDも数年は耐えたが、同国人の救出のために部隊を派遣したことを武力介入と判断し、公然とルシア帝国が参加する形で交戦状態に突入。約四年に渡る戦いが始まった。

 結果、敗北。

 数多くの死者が出た戦争として西側ではそれなりに有名になる。魔剣士の勇猛さも、これがきっかけで広まったといえるだろう。


「おっさんの気持ちは少しはわかるよ。だが、同情はしない。負けは負けだ。負けたほうが弱かった。それだけだ。外交も戦争なんだ。その段階で負けていたのさ」

「…クールだな。割り切れないこともある」


 ガンプドルフから強い戦気が溢れ出る。ごくごくわずかな量だが、その質はあまりに濃厚。激しい怒りの波動だ。

 その気配の強さに、コテージからかなり離れていた兵士たちも思わず硬直したほどである。

 されど、アンシュラオンはその戦気を静かに受け止める。


「怒りはオレにぶつけるものじゃない。そいつらに返すものだ。その様子だと、まだまだ諦めていないんでしょ?」

「むろんだ」

「うん、おっさんがここに来た理由はわかった。他の五人が来ない…いや、来られない理由もね。ここまでの情報から推測すると、相手の狙いはDBDの鉱山資源だろう。そして当然ながら、その結晶たる聖剣も含まれているよね」

「それは間違いない。聖剣にも品質や階級はあるが、わが国のものは極めて貴重だからな」

「皮肉にも、戦争でそれを証明してしまったね。だから他の五人は来られないし、あえて戦争で殺さなかった可能性もある。逆にその状況下で、おっさんがどうやって脱出できたのか不思議だよ」

「いろいろな犠牲を払ったのだ。多くの想いと部下を犠牲にした。だから私は絶対に諦めてはならない」

「それがおっさんの覚悟か。どうりで強いわけだ。しかし、そこまでルシア帝国が勢力を拡大する理由がわからないな。いや、覇権主義に道理もクソもないのは知っているけど…」

「君は力だけではなく高い知性を持っている。ぜひその力を我々に貸してほしい!」

「重いね。今のオレには、特にね」

「我々にできることは何でもする」

「そんなこと言われても…」


(薄々予想していたけど、ほぼ『詰んでいる』状態だな。思った以上に酷いかもしれない)


 戦争で負けた以上、DBD内部は混乱と混沌のさなかにあるだろう。

 資源は当然ながら、女性や子供たちもどうなっているかわからない。戦後の日本の惨状を鑑みれば容易に想像できるはずだ。

 そんな中、魔剣士の一人であるガンプドルフが抜け出せば、さらに警戒は厳しくなる。侵略目的の一つである魔剣が一本無くなった。これだけで大騒ぎだ。

 だからこそ、気になる。





633話 「魔剣士の現状 その3『侵略のやり方』」


「その戦争はいつの話?」

「二年半前だ」

「おっさんがここに来たのは最近?」

「私自身がやってきたのは君と出会った少し前のことだ。当然ながら、それ以前から調査と折衝は進めていた」

「なんでこんな場所に来たの? もっといい場所はなかったの?」

「未開の地を探せば、手付かずの大地はそれなりにある。南大陸に行く手もあった。しかしながら、我々の目的はあくまで【再興】にある。ただ生き延びるためだけに逃げるわけではない。そうなれば『かつての文明が栄えた大地である東大陸』が最有力だ。ただし、南部はすでに他の勢力に押さえられているので、この北部しか残っていなかったのだ」


(嘘は言っていない。ダビアから聞いた情報と一致する。もしDBDが敵側への『反抗』を考えているのならば、まず間違いなく入植している西側勢力からも厄介者扱いされるはずだ。しかも魔剣士のおっさんまでいる情報が伝われば、こちらに兵を派遣してくる可能性も高い。これは本当に厄介だぞ)


 入植している西側諸国も巻き込まれることを嫌うだろうし、入植に反対する現地勢力からしても、同様に戦乱の種になることは避けたいはずだ。

 ガンプドルフたちは、どこに行っても厄介者。

 こうなるとグラス・ギースもかなり危ない橋を渡っているが、だからこそ交渉で強気に出ているのだろう。

 そんな時に出会ったアンシュラオンだからこそ、ガンプドルフが必死になるのも頷ける。少なく見積もっても魔剣士二人分以上の活躍は見込めるからだ。


「おっさんがオレに求めているのは、主に戦闘面だよね?」

「君の才覚はそれだけにとどまらないが、当面はその分野で頼りたい」

「ゼイヴァーさんも開拓にはかなり苦労していると言っていた。魔獣に慣れていないと勝手が違うからね。それも仕方ない。その点に関しては協力は可能だと思うよ。大半の魔獣ならば対応できる自信がある」

「それはありがたい!」

「ただし、過度な期待はしないでよ。今やっているのは確認作業さ。まず知りたいのは、おっさんたちの全戦力だね。他言しないから素直に言ってみて。このキャンプに二百人いると聞いているけど、それ以外は? 戦艦もあるでしょ?」

「戦艦側には約三百人いる。あちらはこのキャンプと違い、経験豊かな騎士も多い」

「それだけ? ほかにはいない?」

「残念ながらそうだ。こちらに渡っている全兵力は、およそ五百人だ」

「…はっきり言うけど、全然足りないね。正気の沙汰じゃない。開拓するには軍人だけじゃ駄目だ。数多くの業種の人材が必要になる。労働力だって最低でも万単位じゃないと難しい」

「わかっている。わかっているが諦めはしない」

「仮にできたとしても何百年もかかる」

「それでも諦めはしない」

「やれやれ、そうだよな。そりゃ、それだけの覚悟があるよな。ったく、オレより遥かに無茶苦茶だ」

「それにしても戦艦のことまでよく知っているな。ゼイヴァーが言ったのか?」

「いや、その戦艦は知っているからね」

「ん?」

「おっさんさ、戦艦に乗ってここに来た?」

「あ、ああ、乗っていたが…?」

「そうかそうか。それなら話は早いね。オレと出会うちょっと前にさ、荒野でクルマに砲撃しなかった? グラス・ギースよりもっと北のほうで」

「………」

「………」

「まさかとは思うが…」

「そう。あれってオレのクルマだったんだよね」

「………」

「………」

「本当なのか?」

「うん」


 じっと見つめ合う二人であるが、反応はそれぞれ違うものだった。


「やはり運命だな!!」

「違うでしょ、その反応!! その方向に持っていくのやめてよ」

「そうか…そこまでの縁があったか!!」

「いや、縁は縁でも因縁だからね。これ普通に考えて、誰がどう見てもそうでしょうに。誤魔化しは通じないよ」

「しかし、君は私に対して敵意はないように感じるが?」

「もともと危ない場所を走っていたんだ。危険は承知の上さ。防げないほうが悪いんだからしょうがない。といっても相応の賠償はしてもらうつもりだよ。そこは譲らないからね」


 その一件で地形データをもらおうとしているにもかかわらず、さりげなく別件のように扱うテクニックを披露。

 DBDの惨状を知りながらも、そこは妥協しない安定のスタイルだ。

 だが、一見すれば無遠慮で辛辣な言葉の中に【強さ】が滲み出ていることをガンプドルフは感じ取る。

 アンシュラオンが何度も言う「防げないほうが悪い」「やられるほうが悪い」という言葉は、「ならばそうしないようにすればいい」とも言い換えられるからだ。

 嘆くのでもなく、恨むのでもなく、『徹底的にやり返す』。

 殴られたのならば、しっかりとケジメをつければいい。それがアンシュラオンが信じる『平等』の価値観なのだろう。


「逞しいな、少年。まさに荒野の申し子だ。君はいったい何者なのだ? どこで何をすれば、それだけ強くなれる?」

「山育ちの田舎者さ。火怨山は知ってる?」

「人が立ち入れぬ魔境と聞いている。実際、戦艦からでは全貌を確認することもできなかった。あまりに巨大だ」

「近寄らないほうがいいだろうね。たぶん危険度は荒野の比じゃないよ。あそこじゃ四大悪獣なんて食物連鎖の最下層にもなれないからね」

「では、君の言う山とは…」

「うん、あそこだよ」


 火怨山の外周は、まるで城壁のように高い山脈によって覆われている。

 その山々は雲すら軽く貫くため、空を飛ぶか山を登らない限り、外側から中を観察することは不可能である。

 なにせアンシュラオンが住んでいた場所は、雲の上。本当の火怨山は、そこから始まると言っても過言ではない。

 されど迂闊に近寄れば、第一級の撃滅級魔獣に襲われて全滅するに違いない。

 火怨山の周辺は飛行型魔獣も多く、【近寄る弱者】を徹底的に襲う習性がある。

 それはまるで、試練。

 その程度の困難も超えられないようならば、入る資格はないといわんばかりに厳しい。


「そもそもの話なのだが、あそこに人がいるのか?」

「オレを含めて四人だったね。さすがにあの環境下で、ほかに人間がいるとは思えないし…たぶんそれで全員だったはずだよ」

「四人! そんなにいたのか!?」

「おかげで外の世界の知識がほとんどないんだ。その反応が正しいのかどうかもわからないよ」

「一人は君の姉だろうが…他の二人は何者なのだ?」

「そういえば、ゼブ兄って何者なんだろうね。素性は知らないなぁ。オレより強いのは間違いないけどね」

「君より…強いのか。どれくらいの力量だ?」

「オレの三倍くらい? 悪知恵で出し抜いたことはあるけど、本気の組み手では一度も勝ったことないんだよね。あっちはガチムチだし、勝てるわけないよ。無理無理、あんなの無理」

「…なるほど」


 伝家の宝刀「なるほど」である。それ以外に言葉が出てこないのだ。

 ちなみにアンシュラオンは、幼少時にパミエルキに翼竜に乗せられて楽々やってきたが、ゼブラエスは自分の力で登ってきたらしい。

 それを考えると彼の才能と実力が、弟子になる前から飛び抜けていたことがわかるだろう。極めて特殊な事例だと思ったほうがよい。


「で、では…最後の一人は? その人物も君より強いのか?」

「もちろんもちろん、あのじいさんは姉ちゃんの次に凶悪だよ。まともに打ち合えたこともないって。一発たまたま当てると、大人げもなくガチで反撃するからね。性格はほんと最悪。でも、教えるのは上手かったかな。やっぱりすごいよ」

「教える? まさか君の師匠なのか?」

「うん、隠してもしょうがないから言うけど、陽禅公って名前のハゲじじいだね。知ってる?」

「なっ…!! 陽禅公!? 覇王ではないか!」

「やっぱり有名なんだね」

「武人で知らぬ者はいない!! 覇王こそ最強の武人だからな!!」

「自称だから確証はないけど、本物だとは思うよ。姉ちゃんと少しでも張り合える人間が、ほかにもたくさんいたら怖いしね」

「ん? その言い方だと、君の姉のほうが覇王より強いように聞こえるが?」

「うん」

「即答…か」

「あのじいさん、『まだまだ半分の力しか出しておらんぞ、ほっほっほ』とか言ってても、誰がどう見てもガチで負けてるよ。顔だって毎回ボコボコだしね。教わって三年も経たずに姉ちゃんのほうが強くなっちゃったよ。だから現在の『地上最強』は、たぶんオレの姉ちゃんさ」

「うむ…そうか。君が言うのだから事実なのだろうな…」

「そのあたりは気にしないほうがいいよ。頭が痛くなるだけだしね」

「…たしかにな。すると君たちは【覇王の弟子】なのだな?」

「そういうことになるね。特にメリットはないけどね」

「そんなことはない。覇王の弟子ともなれば【次期覇王候補】だ。よほどの特例でもない限り、覇王は必ず弟子の中から選ばれる仕組みになっているからな」

「弟子を取らないで死ぬこともあるんじゃない?」

「若くして死んだ場合はそうなるだろうが、今までそうした事例はない。そんなに簡単に死んだら覇王の価値がない。最強の武人は病気にもならないからな」

「ああ、それもそうか。事故とかありえないもんね…」


 弟子のゼブラエスでさえ、最強の魔獣と噂される【天災級】の天竜と戦っても死ななかったのだ。そんな存在が病気になるとは考えられない。

 なぜならば覇王とは、戦士因子をもっとも覚醒させた存在なのだ。肉体的に超絶級に健康であることを意味する。

 たしかに強い武人だけが罹る病もあるにはあるが、真の意味で戦士因子を覚醒させれば病気すら跳ね除けてしまうのだ。


「なるほど…そうか。君の強さの理由がわかって安堵したよ。君と出会った直後、東大陸にはこんな猛者が山ほどいるのかと肝を冷やしたものだからな。そうか、覇王の弟子か。そうかそうか! よかった…!!」

「話は少し脱線しちゃったけどさ、オレなんかより師匠を頼ったほうがいいんじゃないかな。話が大きすぎるよ」

「………」

「所詮オレは一個人にすぎない。国と国の戦争に関与できるレベルじゃないって。責任も取れないだろうしね。でも、覇王なら違う。あのじいさんがそんなに偉そうには見えないけど、おっさんの様子を見る限り、世間では多少の威光があるみたいだ」

「………」

「だったら、そっちのほうがいいよね。普通に頼んでも駄目だろうから、オレが口添えしてあげるよ。もし駄目でも、真面目なゼブ兄なら聞いてくれるかもしれな―――」

「少年、君に頼みがある」

「へ? 頼み? だから口添えはオレが…」

「その話ではない。もっと重要な話だ」

「もっと重要?」

「君にしか頼めないことだ。聞いてくれるか?」

「…怪しいな。まずは聞くだけ聞くよ。いい? 聞くだけだよ」

「ああ、それだけでもいい。実は―――」


(なんだ? 頼み? 変な頼みじゃないだろうな)


 自分としてもかなり協力的に会話を進めていたはずだ。そのうえでこちらに頼みがあるとなると、さらに厄介な問題の予感がする。


 その予感は―――的中





「ぜひとも―――【結婚】してくれ!!!」





「は?」

「君は素晴らしい! 予想以上の逸材だ! ぜひ結婚してくれ!!!」

「結婚? オレが?」

「そうだ! 君しかいない!! いないのだ!! 頼む! 結婚してくれ!! 若く美しく、力があり知識と知性もある! そして覇王の弟子!! これ以上の人物はいない!!」

「…は?」

「君はまるで太陽だ! 夜の闇の中でも輝きを失わない生命の光そのものだ!! なんと、なんと素晴らしい!! ますます気に入った!!!」

「なに…言ってんの? 正気?」

「ああ、正気で本気だ!! 私は本気だぞ!! くううう! これほど興奮が抑えきれないとは!! このようなことは人生で二回目!! 初めて聖剣を与えられた時以来だぞぉおおおおおおお!!」

「………」


 ガンプドルフが頬を紅潮させながら身を悶えさせている。

 おっさんが、頬を紅潮させながら身を悶えさせている。

 おそらく四十は軽く超えるであろう濃ゆいオッサンが、熱い視線と口調で迫ってくる。

 少年に、迫ってくる。

 若く美しい少年に、濃ゆいオッサンが、迫って―――




―――くるぅううううううう!!




―――くるぅううううううう!!(エコー)

―――くるぅううううううう!!(エコー)

―――くるぅううううううう!!(エコー)




「―――っ!!!!!!」




 ゾワゾワッ

 ゾワゾワッ ゾワゾワッ

 ゾワゾワッ ゾワゾワッ ゾワゾワッ


 肌が粟立ち、全身の毛が逆立つのを感じる。

 これだけは絶対に許されない。これだけは魂そのものが拒否している。


 がしっ!


 そうしてガンプドルフが勢いのままに、アンシュラオンの肩を掴んだ瞬間―――



「死ね!!!」



 ドゴンッ!!!


「ぐあっ!!」


 アンシュラオンの拳が、ガンプドルフの胸を打ち抜く。

 その衝撃で吹っ飛び、コテージの壁をぶち抜いて外に転がっていった。


「閣下!!!?」

「ぐうう……だ、大丈夫だ。そのままでいろ。なんでもない!」

「し、しかし…そ、そのお怪我は…!」

「大丈夫。大丈夫だ。げぼぉおっ…だ、大丈夫だ!! いいか、絶対に入ってきてはならぬぞ!! 大事な対談だからな!! ごぼぉぉおおっ!!」

「は、はい!!」


 見れば胸が陥没し、吐血までしているが、なぜかその顔は満面の笑みだから怖い。

 なんとか自力で立ち上がり、よたよたとまたコテージの中に戻っていく姿も、周囲の兵士たちからすれば恐怖そのものに違いない。

 だが、アンシュラオンもまた同様に恐怖を感じていた。


「ひぃいいい! 気持ちわる!! きしょくわる!!! 殴った拳もきもちわる!!」

「しょ、少年、死ぬところだったぞ…」

「本気で殴ったんだから当然だ!! というか、戻ってくるな!! ゲイは死ね!!! 早く死ね!! いや、オレが殺してやる!!」

「ご、誤解だ。違うのだ!! つい興奮してしまって…」

「興奮!?!!! 何が違うんだ! ゲイがいないというから安心していたのに、おっさんがゲイだったのか!! 絶対許さん!!」

「お、落ち着いてくれ!! 言葉が足りなかったのは謝る。結婚相手は私ではない!!」

「本当か!!?」

「本当だ! 頼む! 私の言葉を聞いてくれないか!! 頼むぅううげぼおおっ!」


 土下座しながら血を吐き出すガンプドルフ。

 本気で殴っても普通に動けるのだから、やはりこの男は強いのだ。

 しかも気づけば、魔剣がガンプドルフの手元にあるではないか。

 実はこの魔剣、彼が吹っ飛んだ瞬間に一緒に『付いていった』のだ。まるで磁石で引っ付いているように。

 さすが呪いの剣である。概要にあった通り、捨てようとしても手放せないのだろう。


(ちっ、魔剣を振り回されると面倒か。サナだけならばともかく、小百合さんたちがいる中じゃ不利だしな)


 あまりに必死なので致し方なく話を聞くことにする。聞かないと永遠とこのやり取りが続くと思ったからだ。

 一応この男は魔剣士であり、魔剣込みならアンシュラオンに近い実力を持つ豪傑なのである。

 普段は自分が圧倒的な暴力を使って交渉を有利に進めるが、今回は逆の形になってしまうとは因果なものだ。

 しかし、だからこそ対談をする価値があるともいえる。


「で、どういうことなのさ。ちゃんと説明してくれない? 本当にゲイじゃないんだろうね?」

「結婚相手は女性だ。君に伝えることはすべて真実だと誓う。それが誠意の証だ。それしか我々にはできないからな」

「仮に本当だとしても、女ってだけじゃ最低条件をクリアしただけじゃん。結婚相手はどこの誰なのさ?」



「それは…わが国の―――【王女】だ」



「王女? ああ、DBDは王国か。ならいてもいいのか。うーん、お姫様ねぇ。あまり興味がないな」

「高貴な女性に興味はないか?」

「まったくないね。オレは誰かが作った立場や身分なんて気にしない。イタ嬢だって、ただの痛いやつだしね。オレが愛するのはサナだけさ」

「だが、彼女は妹だ」

「妹とだって結婚できるよね? 姉ともさ」

「…そ、そうか。…そうかも…しれないな。しかし、君は多くの女性を愛することができる男だ。その中に王女が加わってもよいのではないかな? 今君は、身分は気にしないと言った。であれば、王女かどうかも関係ないはずだ」

「…うーむ、一理ある。逆にそこを気にするのなら、自分自身の言葉を否定することになるもんね。一本取られたな」

「話を聞いてもらえるか?」

「どうせ面倒くさい話なんでしょ? わかってるよ。とりあえず聞くよ。そうしないと話が進まないからね」

「うむ…助かる」


(あとで実はこうでした、なんて言われても困る。訊き出せる時に聞いておいたほうがいいよね)


 ほかにもいろいろと訊きたいことはあるが、ガンプドルフの話も気になる。

 今は少しでも情報を集めておいたほうがよいだろう。

 そして案の定、ガンプドルフはさらなる厄介な現状を話し出す。


「王室は今、深刻な状況に陥っているのだ。【大統領】に狙われているからな」

「んん? 大統領? DBDは共和制じゃなくて、王制だよね?」

「もともとは王制だったが、聖剣を国宝としてからは共和国に変えたのだ。だが、王室は【権威】としてしっかりと残っている。だからこそ聖剣長を任命するのは王の役割となっている」

「そうなると聖剣も権威の象徴の一つなんだね。王室の象徴ともいえる」

「そうだ。聖剣を持つ者は大統領に従う義務はない。あくまで王室に従っている」

「でも、聖剣長は軍部のトップでしょ。軍事は切り離されているってことだね」

「大統領の役割は一般的な政《まつりごと》に限られる。そこまでの権限はない。国の根幹は、あくまで王にある。その中で国民にも権利を与えるために共和制を導入しているのだ。国を作るのは、あくまで国民一人ひとりだからな」


(なかなかややこしいが、日本と似たような感じだな)


 たとえば日本国憲法では、内閣総理大臣を任命するのは「象徴たる天皇」になっている。

 これは『権威』と『権力』を分けることで、安定した政治を行うためでもあり、権威を守ることにも繋がる。それと同時に主権が国民にあることを示すためだ。

 これがDBDの場合、王が聖剣長という『権威の代理人』を任命することで、権力の監視役として配置することができる。

 日本の例でいえば、天皇に任命された自衛隊が、内閣政府を監視するようなものだろう。


「我々の国のシステムは上手くいっていた。王族は基本的に政治には関与せず、軍備の維持と他国との交流に努めていればよかった。それにも聖剣が役立っている。この聖剣があることで、人々は安心して仕事にまい進できた。大統領との関係も明確に役割が区切られていたこともあり、すべては良好だった。彼そのものに野心はなかったはずだが…」

「戦争でその構造に異変が生じた…か。環境が変われば人も変わるしね」

「そうだ。戦争で負けたことで売国奴どもが力を増している。その中心が大統領派閥となり、今の『服従派』となった。やつらは侵略者に媚びへつらい、言われるがままに国の資源を…いや、すべてを安値で売り飛ばしている。その中には王室も含まれているのだ」

「ルシア帝国は、大統領を懐柔しているってことだね。戦後は一部の者たちに特権を与え、自国民を統治させる。植民地政策では一般的な手法といえるね。それによって国内で争わせるんだ」


 そのままの状態だと、侵略者であるルシアに憎しみが集中し、一致団結される恐れがある。

 それでは統治は上手くいかない。目的はあくまで資源なのだ。それが手に入らねば意味はないし、一般国民という労働力も使いにくくなる。

 がしかし、同じDBD人の中に協力者を作ればどうだろうか。

 彼らに特権階級という【微々たるメリット】を与えることで、勝手に敵視を集めてくれて、なおかつ管理までしてくれるのだから安いものである。

 これらの手法は、地球でもよく行われることである。内戦が続いている国の大半が、こうした『人為的敵対関係』によって生まれている。


「聖剣が欲しいなら、なおさら王室は邪魔だよね。軍部の頂点でもあるわけで、絶対にそのままにはできない。でも逆に、どうしてルシアは王室側を懐柔しなかったのかな。オレならばそうするけど…」

「そのほうが楽だったのだろう。聖剣の加護を謳って抗戦を続けていた我々は、格好の標的でもあったからな。国民の間で不満が溜まっていたのは事実だ。選挙で選ばれる大統領のほうが操りやすい」

「大衆は馬鹿だからね。すぐに騙される。頭が悪すぎて何が起きているのか理解できないのさ。それだけならばまだいいけど、守ってくれていた者たちさえ罵倒する。まったくもって愚かな連中さ」

「…悪くは言いたくはない。それだけ犠牲が大きかったのだ。彼らの家族も大勢死んだ」

「人間なんてそんなものさ。自分の生活の心配しかしない。あんな馬鹿たちを守る騎士も大変だね」

「少年は人々が嫌いか?」

「比率の問題だよ。この世には良いやつもいれば悪いやつもいるが、それは全体の二割程度にすぎない。残り八割は、中途半端に駄目なやつで構成されている。人が大勢集まれば、どうしたって質は下がるものさ。その意味で、その他大勢の大衆は嫌いだね。おっさんだって好きじゃないでしょ?」

「たとえそうでも見捨てるわけにはいかない。国の存在意義は人々を守ることだ。どのような者とて国民ならば守らねばならない」

「おっさんの国は、人々に自由がある良い国なんだね。だから共和制というシステムをあえて導入した。でも、それは弱点にもなる。人々を手足として扱う専制国家のルシア帝国には通じない道理だ」

「ルシアのほうが正しいというのか?」

「規模と軍事力の話だね。どっちにも長短はあるけど、今回は手段を選ばない相手のほうが強かったにすぎない。ただ、個人的には独裁国家のほうが上手く回ると思うよ。トップが優れているなら、ね。実際、彼らのやり口は巧妙だ。このままだと呑み込まれるね」


(愚かな民衆に力を与えてはいけない。まるでそう言いたげな手法だな。なかなかの皮肉だ。聞いている限り、ルシアの権力体制はかなり強固と見るべきだろう。この世界には武人がいるから、トップが優秀で長寿ならば、そういう統治形態も悪くはない)


 アンシュラオンが求める世界も、独裁者による統治が前提である。

 そうでなければスレイブなど求めないだろう。思想的にはルシア帝国に近いといえる。





634話 「魔剣士の現状 その4『聖剣の作り手』」


「システムの話は一度置いておこう。システム自体に罪はない。それを扱う人間に問題がある。それがすべてさ」


 よく民主主義が一番良いという「思い込み」があるが、一概にそう言い切れるものではない。

 無知無能な大衆によって選ばれた議員や行政官たちが腐敗すれば、おのずと国は乱れるものである。

 逆に独裁の共産主義であろうが、そのトップが正しく公正に仕事をしたのならば、一時的とはいえ貧困がない社会が生まれるだろう。(多くはそうならないが)


「あくまで抵抗するつもり?」

「当然だ。相手が悪意をもって攻撃してくる以上、どのみち戦いは避けられない。君も自分の国がそうなったら同じように思うはずだ」

「そうだね。やられたらやり返さないとフェアじゃない。ただ、オレにはもう一つ疑問があるんだよね。どうしてルシアはDBDに武力侵攻したんだろう。他の国みたいに懐柔する手段もあった」

「うむ…それについては我々の間でも疑問だった。わが国はたしかに聖剣という特異性はあるが国自体は小さく、国力が高いとはいえない。経済規模もモンパールとさして変わらないだろう」

「相手は最初から好戦的だった? 裏工作とかはなかった?」

「議会の切り崩しはあったとは思うが、そこまで大きなものはなかったと記憶している。とはいえ私は軍属だ。政治に精通しているわけではない」

「これだけの強硬手段を使っているのならば、何かしらの理由があるはずだよ。その戦争でルシアにだって大きな損害は出たはずだ。オレが支配する側なら自分たちの軍隊は使わない。植民地から兵を出させる」

「…たしかにルシアの基本戦略は、植民地から兵を集めて使役するものだ。距離的な問題もあるし、そのほうが合理的だ」

「でも、彼らはあえて自分たちの軍を動かした。聞いている限り、おっさんたちの国は良くも悪くも聖剣しかないみたいだ。明らかに聖剣絡みだよね。ちょっと聞くけどさ、国宝の聖剣が作られたのはいつ?」

「およそ千三百年前だ。ダマスカス共和国が建国される前、世界中の鍛冶師が聖剣を作ろうと躍起になっていた時代がある。彼女はその頃の人物だ」

「随分と古いね。逆にいえばそれ以来、聖剣は作られていないんだよね? 少なくとも国宝に勝るような剣は出ていない?」

「そうだ。セレテューヌス師があまりに偉大であったことと、一度国宝に指定した以上、簡単には変えられない事情もある。が、能力的に勝るもの自体が出来ていないはずだ」

「まあ、これだけの性能だ。簡単に上回るものがあったら怖いよね。他の五本の聖剣も持ち主にしか使えない? もし持ち主が死んだらどうなるの?」

「剣人格の精霊に選ばれる必要があるため、所有や使用は持ち主だけに限られる。死亡した場合は所有者はいなくなるが、やはり認められる必要がある。認められなければ安置しておくしかない」

「それって他の国の人間でも認められる?」

「認められた事例はあるが、主にわが国の人間が選ばれる傾向にある」

「うん、なるほどね」

「何か気づいたのか?」

「オレがルシアだったら正直言って、そんな使いづらい聖剣はいらないかな。だって、使うにはおっさんたちを懐柔する必要があるんでしょ? それだけでも面倒だし、継承が確定的じゃないなら戦力としては微妙だ。利用価値はあるけど、今後恒久的に使うには向いてないよね。だからさ、【狙い目】が違うと思うんだ」


 ルシアの狙いは国宝である聖剣。

 誰もがそう思っているし、ガンプドルフもそう考えている。

 もちろんDBDを長く支配し、完全に乗っ取ってしまえばそれも可能だ。長期的戦略としては、そういう意図もあるだろう。

 だが、本当の狙いはおそらく違う。

 ルシア帝国がやたら急いで勢力を拡大している以上、悠長に何百年も待つことはしないはずだ。

 ならば―――


「オレは【聖剣の製造方法】を狙っているような気がする」

「聖剣を作ることは極めて難しい。知っても簡単には出来ないから価値がある」

「近いものならば作れるんだよね? 使いにくい最上級の聖剣が六本より、誰でも使える準聖剣を百本用意できるほうが大国としては有益だよ。その過程でたまたま本当の聖剣が出来ちゃうかもしれないしね。そこは偶然でもいいんだ。おっさんも言っていたじゃないか。数の暴力に負けたってさ」

「道理ではあるが…それが我々の国に攻め入った理由か? 懐柔策でもできるのではないか?」

「そこが謎だよね。こういう場合、結果から原因を探せばいい。どうして彼らがそんなことをしているのか、一つずつ紐解けばわかる。オレが思うに、王室には何か【秘密】があるんじゃない? 普通にやっても暴けない何かがさ」

「…秘密くらい、どこの王室にもあるだろうな」

「オレに何か隠してないかな?」

「…いろいろと話していないこともあるにはあるが、私の人生もそれなりに長い。隠し事はたくさんあるぞ?」

「じゃあ、『王女の秘密』を教えて」

「………」


 ここで「王族」ではなく「王女」限定にしたことに意味がある。

 より明確に、より的確に急所を狙った攻撃だ。

 その証拠にガンプドルフから冷や汗が流れる。この歴戦の将が本気で焦っているのだから、まさにビンゴだろう。


「オレの信頼が欲しいんでしょ? そこを隠すのはどうなのかなぁ?」

「少年、どこまで見えているのだ? それも君の能力なのか?」

「単純な客観的思考力だよ。普通に考えてみなよ。いきなりオレと王女様が結婚するなんておかしいよね? しかも相手側はオレを知らない。どうしておっさんに結婚相手を決める権限があるのかな。仮に聖剣長が婚姻相手を選ぶのが国の慣習だとしても、常識的に考えておかしいよ。そこには必ず意味があるはずだ」

「あ、愛に立場や身分は関係ないからな…。君もそう言ったであろう?」

「これから質問をするから全部正しく答えてね。もし一つでも嘘が交じっていたら、おっさんとの交渉はここで終わりだ」

「む、むぅ…」

「王女は全員で【何人】いるの? オレと結婚する王女の王位継承権と順位は?」


 ガンプドルフは『王女』とだけ言ったのであって、その他の情報はまったく話されていない。これから話すつもりだったのかもしれないが、この様子だと怪しいものだ。

 勘違いしてはいけない。ガンプドルフは国を背負っているのだ。そのためならば人が乗っているクルマを砲撃することもできる。

 もしダビアだけならば、おそらく死んでいた。国のためならば無関係の人間でも殺せる覚悟がある。彼にとってこの対談は命がけなのだ。

 また、その答えによって「本気度」がわかる。彼の言葉がどれだけ重く、どれだけ本音なのかもわかるだろう。


「けっして君を騙そうとか、やり込めようとしているわけではない。それはわかってほしい」

「こういうやり取りは慣れているよ。おっさんなんてソブカに比べれば、まだまだ楽なほうさ。根が正直なんだろうね」

「………」

「で、王女の順位は?」

「聖剣王国、第一王女であられるソフィア・ディスオート殿下。それが君の相手だ。公式では第三王位継承権を持っている」

「へぇ、第一王女ね。思ったより上だね。てっきり三女や四女あたりかと思った」

「王女の人数だが…わが国はソフィア殿下を含め、優先権がある女性だけで十五人はいる」

「十五? 多くない? 側室がたくさんいるのかな?」

「ああ、多いな。しかし側室はいない。単純に数多くの『王族の家庭』が存在するのだ。その家庭ごとに順位が定められている」

「ふーん、なかなか面白いシステムだね」


 日本でいえば、皇室の宮家に近いシステムだろうか。

 一つの夫婦が三人産めば、その三人がまた三人ずつ作って九人となる。こうやって意図的に各家庭で子供を多く作っていくことで、どんどん勝手に増えていく仕組みだ。

 一人でたくさんの女性を抱える側室システムと比べると、より健康的に数を増やすことができる。

 そして、このシステムの最大の目的は―――


「それって『血の保存』が目的なんだよね? いや、『因子』と言ったほうがいいのかな?」

「うむ、西側大陸は貴族主義が多いと聞いているかもしれないが、その本質は優秀な血統を遺すためだ。他の国の王族や貴族の大半が『特殊な能力』の持ち主なのだ」


(師匠に聞いていた話と同じだ。これは本当だろうな)


 地球で血統主義といえば、どことなく悪いイメージが湧くだろう。

 所詮は権力者が自分の子供を後継者にして、権力の保存を図っているだけと思われる。実際、その通りであることが多い。

 だがしかし、この星では違う。血そのものに力がある。文字通り特殊な力が宿っているのだ。だからこそ守る価値がある。


「でもさ、オレが師匠から聞いた話だと、近親婚みたいに血を濃くしたほうがいいみたいだよね。その場合、そんなに増やしちゃうと血が薄くならない?」

「その通りだ。【血の国】であるルシアなどは純粋な血統遺伝を最優先にしており、近親婚も多いというが、我々の国では外部から血を入れることも珍しくはない。その意味では薄まっているだろうな」

「ふーん、それを承知でやっているなら何か違う目的がありそうだよね。数を増やす理由か……単純に予備や『目くらまし』なのかな。もしくは男のほうの因子を奪う能力とか? それならおっさんの提案の理由がわかる」

「………」

「ほら、目を逸らさない!! 何を企んでいるのさ。全部吐いて! オレの結婚の話なんでしょ! 重要な問題なんだからね!!」

「うぐううっ、首を絞めないでくれ……ここまできたら全部話す」

「ったく、隠そうとしたくせに」

「これは聖剣の能力以上の最重要国家機密だ。私も国が戦争で負けるまで知らされていなかったのだ」

「聖剣長のおっさんにすら秘密だったってことか。気になるな」

「すまんが完全防護結界を張らせてくれ。話はそれからだ」


 一応コテージには機密保護用の結界が張られているのだが、あくまで防音程度のものなので精度はあまり高くない。

 だが、これからする話は絶対に他人に聴かれては困るものだ。ガンプドルフが緑色のジュエルを四つ取り出し、コテージの四隅に置いて結界を発動する。


(ふむ、物理的な保護に加えて防音と消音と暗号化かな? かなり高レベルの術式だ。オレでもまだよくわからない式が見える)


 今のアンシュラオンのレベルでは解析できないほどの高位術式だ。間違いなくエメラーダ級の術者が作った最高品質の術具である。

 グラス・ギースに張られている結界の上位版といったところだろうか。


 結界が完成し、ガンプドルフの表情も一段と引き締まる。


「君の推察はだいたい当たっているが、少しだけ噛み合っていない。むしろ話を聞いただけでここまで理解するほうが怖ろしいな」

「じゃあ、近からずも遠からずなんだね。実際はどうなの?」

「王室を狙う理由は、君が言ったように【聖剣の作り方】だと思われる。それに気づいたのは、やつらの我々への態度だ。聖剣については訊かれたし勧誘も受けたが、危ない橋を渡ってまで求めるそぶりはなかった。最初は暴発を恐れ、刺激しないためかと思ったのだが…」

「やっぱり本命は王室ってことか。でも、手をこまねいているように見える。やり方が回りくどい」

「君が言った『目くらまし』が効いているからだ。やつらは【本物の血】が誰かわからないのだ」

「ん? 王族は全員、王家の血が流れているんでしょ? それとも血の濃さの問題?」

「実は、誰が一番血が濃いのかわからないのだ。あまりに増やしすぎた結果、特定が困難な状況に陥っている」

「それって…問題じゃないの? 王位継承権とかに関わるよね」

「我々にも誰がもっとも優れているのかわからないのだから、相手もわかるわけがない。さきほど王位継承権の順位を述べたが、年齢を考慮して王が適当に決めているだけだ」

「目くらましというより、もう目隠しじゃんか。自分でもわからなくなったら無意味だよ。そんなのどうやって見つければ―――あっ!」

「気づいたようだな」

「聖剣―――か!!」


 どうして聖剣長が王女の結婚相手を決められるのか。

 その答えが、ここにある。


「もう一つ重大な事実を教えよう。ソフィア・ディスオート殿下のお名前は、あくまで幼名にすぎない。今現在はソフィア・セレテューヌス殿下だ」

「っ!! それって聖剣を作った人!?」

「伝説の名工十師の一人、セレテューヌス師はもちろん鍛冶師だった。しかし、彼女が聖剣を作った日から特別な存在となった。これだけの力だ。国が彼女の力を保護しようと考えるのも当然だ」

「もしかして王室に加えたの? 嫁入りとか?」

「そうだ。しかも最上級の扱いとしてだ。いや、もっと正確に述べれば、彼女自身が【王】になったのだ。当人は嫌がったそうだが、当時の王が泣きながら懇願したという記録があるくらいだ。相当粘ったのだろうな」

「女性が王になれるの?」

「特に問題はないだろう?」


(ああ、そうか。女神様を信仰しているくらいだしね。そこはいいのか)


「君の言いたいこともわかる。国を導くには強い力も必要だ。子孫を遺す意味でも男のほうが有利だからな」

「女王だと、どうしても子供が少なくなるからね。納得だ」

「セレテューヌス師は女性だった。それが原因かはわからないが、女性にしか能力が顕現しないのだ。だからわが国では、王女のほうが王よりも実権がある。表向きは男性の王が頂点にいるが、あくまで対外的なものだ」

「そのあたりも隠れ蓑になっているのか。…なるほど、たしか聖剣が国宝になってからDBDは共和制を取り入れたんだよね。つまりは、そこですべてが変わったんだね」

「王室の概念すらも変わった瞬間だ。それより以後は、彼女の血筋を遺すことだけにすべてを費やした。だからソフィア様の本当の名は、セレテューヌスなのだ」


 聖剣王国という国名も、聖剣を象徴として付けられたものだ。

 DBDは、それまでの体制をすべて塗り替えてしまった。それだけ聖剣に価値があり、そのおかげでただの鉱山国家から脱却できるからだ。

 聖剣の噂を聞いた鍛冶師が世界中から集まり、鉱業もさらに活性化し、自身で武具を生産して輸出できるようになった。経済も安定し、国力も増していった。

 王室自身も聖剣のおかげで「実態ある象徴」を手に入れることができ、権威を俗世より切り離すことで血を遺すことに集中できる。

 共和制を取り入れたのは、まさにこうした事情からなのだ。


「…正直、驚いた」

「私も同様に驚いたよ」


(いやいや、オレのほうが驚きだよ。普通はそんなことありえない。少なくとも地球の概念じゃ絶対に無理だ。それをやれてしまうのが、この世界の凄さだよね)


 さきほども述べたが、この星では血の意味が異なる。単なる血脈ではなく、そこに宿された『能力』が重要なのだ。

 それゆえに今まで王族であったとしても、それ以上の能力者が出てくれば王族になれる。いや、王に成り代わることができる。

 しかもセレテューヌスが簒奪したのならばともかく、相手側がお願いして王になってもらうなど地球では絶対にありえない。

 清々しいまでの実力血統主義。それがこの星のあり方なのだろう。


「さすがに頭が混乱してきたな。整理すると、王室の本当の役割はセレテューヌスの血を守り、隠すこと。だから血をたくさん遺して王女も増やして、もし今回みたいに侵略されても誰が本当の継承者かわからなくする、で合ってる?」

「合っている」

「そこで聖剣が出てくるということは、それが本物を見つけるための手段なの?」

「まさにその通りだ! セレテューヌス師が独自に使った製法は『彼女特有の能力』なのだ。それゆえに彼女が作った聖剣だけが、彼女の血を見極めることができる!」

「これはオレも少し興奮してきたぞ。面白い話だ!」

「そして、君がもっとも興味を惹かれる話をしよう。薄々感づいているだろうが、血に能力が保存されているということは―――」



―――「王族には【聖剣を作る能力】がある!!」



「!!」


 アンシュラオンに衝撃が走った。

 ただの政略結婚、自分の強さに媚びへつらうだけのものならば興味はなかったが、これだけ話が進めば違う感情も芽生える。

 もし聖剣が作れるのならば、その有用性は計り知れない。一国どころでは済まない力を手に入れることになるからだ。


(サナに聖剣を与えることも可能になる。今は普通の無銘の刀を使ってあれだ。聖剣を使えば、少なくともプライリーラに匹敵する強さを得られる。これは興味深いな)


 サナは発達途上であり、まだまだ弱い。さらにいつかは成長も頭打ちになるかもしれない。

 その場合にそなえて強い武具を手に入れることも念頭にあった。それも今後の課題の一つであり、楽しみでもある。

 聖剣を作っても認められるかはまだわからないが、選択肢としてはかなり面白いだろう。

 しかしながら気になることもある。


「上手い話には裏がある。もし王族に聖剣を作れる能力があるなら、どうしてこんなに長い間、新しい聖剣が生まれていないの? それとも作ったけど隠してあるの?」

「私が知る限り、新しい聖剣は存在しない。王室が鍛冶師に勲章を贈ることはあるものの、直接関わったことはないはずだ」

「本当に作れるのかな?」

「そう思うのは当然だな。私もいまだに疑問ではある」

「その情報は、誰から教えてもらったの?」

「戦後、王と謁見した際に聞かされた」

「直接聞いたのなら信憑性は高いけど…正しい情報かは怪しいよね。それもルシアに対する撹乱かもしれないし」

「その可能性は否定できない。だが、私の聖剣はソフィア殿下を選んだ。わかるのだ。感覚的にそれが正しいと」

「セレテューヌスの血が混じっているのは間違いないんだね」

「それは間違いない。剣が教えてくれる」

「………」

「………」

「…ねぇ今、『私の聖剣は』って言った?」

「少年…」


 どこまで鋭いのだ、と続くのだろうが、さきほどから興奮と同時に嫌な予感もしていたのだ。

 なぜならば聖剣は六本ある。ガンプドルフはその中の一振りの所有者にすぎない。


「他の五人も、それぞれ選ぶんだね。結果、六人の継承【候補】者が生まれる」

「…そう……なるな」

「おそらくだけど、そうなったら争うよね。身内で争うのが一番怖いし、ルシアがそれを狙っているとしたら?」

「………」

「おっさん、そりゃないよ」

「すまない…。だが、これしか方法がないのだ」

「だからってオレを巻き込まないでよ。絶対揉めるじゃん。ルシアとの戦争だけでも危ないのにさ。で、おっさんの狙いは何?」

「簡単な話だ。聖剣の保護には力が必要だ。王族の血の保存も含めてな」

「知っていて、あえて罠に乗ったんだね」

「時間が経てば手遅れになる。もはや国内では、いくら待ってもチャンスはないのだ。わが国単体でルシアに対抗することは不可能だ。戦力を蓄えても簡単に潰されてしまう。ならば外に出るしかない」

「おっさんたちが、どうしてこんな場所に来たのか。その理由も少しわかったよ。相手が簡単には追ってこられない場所を選んだってことだね。こんな魔獣だらけの場所じゃ、自分から命を捨てるようなものだしね。でも同時に、おっさんたちも大きな賭けに出ている」

「国の象徴が穢されれば、わが国は終わりだ。身体は穢されても生きていけるが、心が死んでしまえば生きてはいけない」


 国が滅びる時は、人々が虐殺された時ではない。

 その志、想いや文化、【精神性】が死んだ時だ。

 人や物はそのままでも、その国がその国ではなくなる。これこそ真の滅びである。

 それを支えているのが【象徴】なのだ。


「一応訊いておくけど、オレと王女が結婚したらどうするつもり?」

「君が新たな王となり、わが聖剣王国は再生を果たす! 子供が生まれれば、なおよしだ!! 強者の子は強者として生まれるはずだ!!」

「ええええええ!? ちょっとちょっと、なに勝手な妄想を垂れ流してるのさ!! やめてよ!」

「頼む、少年!!」

「いやいやいや、おかしいでしょ。そもそもまだ、えーと…ソフィアだっけ? その人が本物かどうかわからないんでしょ?」

「この際、本物かどうかは関係ない!」

「言い切ったよ!! それじゃ根底が崩れるじゃんか!」

「王女である以上、セレテューヌス師の血は受け継いでいる。ならばいつか子孫の中から血の覚醒者が現れるかもしれない。それでも十分なのだ」

「存続のほうが重要ってことか。そのために王女に男を選ぶ権利を捨ててもらうんだね」

「………」

「ごめんごめん。あまり苛めるのもかわいそうだ。でもさ、そもそも連れ出せるの? まだこっちには来ていないんだよね?」

「それは任せてほしい。最後の希望として、この大地には必ず連れてくる」

「まあ、ルシアの出方次第だけど可能性はあるか。ほかにもいろいろ裏がありそうだしね…。これも一応訊いておくけど、そのお姫様って何歳?」

「今年で三十歳のはずだ。顔立ちは間違いなく美人だ。機密上、写真はないがそこは保証する」

「うんまあ…年齢的には問題ないけど…納得されるとは思えないなぁ。味方からも不満が出そうだ」


 王室が権威であるのならば、結婚相手はかなり厳選されるはずだ。

 日本とて皇族の結婚ともなれば、大衆は連日連夜の大騒ぎである。ガンプドルフが言ったように権威は国の根幹に関わるからだ。

 そこに謎の少年が出てくるのだから揉めるのは間違いない。

 しかし、この話が出た『キーワード』を思い出す。


「あっ、だから『覇王の弟子』か!! 覇王のネームバリューを利用する気だな!!」

「…気づいてしまったか」

「そりゃ気づくよ! やめてよ、オレは目立ちたくないんだからさ」

「すまない!! だが、これはまさに僥倖《ぎょうこう》なのだ。これほどの条件は、そう簡単にはそろわない!」

「ねぇ、少し落ち着こうよ。話が飛躍しすぎだってば。今はまだお互いの自己紹介が済んだ段階だ。どう考えても早すぎだって」

「…うむ、それもそうか。私も気が急いてしまった。すまない」

「わかってくれればいいよ」

「遅くとも一年以内には連れてきたい。その時に頼む」




「何もわかってなーーーーーーーい!!」




 駄目だ。完全に話を聞いていない。

 ついついアンシュラオンが、つっこんでしまうほどだ。





635話 「魔剣士の現状 その5『サナの寿命』」


「ちょっと待って! 少し時間をちょうだい。考えるから」

「わかった。安物しかないが茶でも出そう。すっかり忘れていたからな」


 ガンプドルフも少し興奮していたため、一度間を設ける。

 その間に思考速度を最大にして現状を把握する。


(思っていた以上に闇が深い! 問題はオレが加担しようがしなかろうが、おっさんたちは混乱を招くってことだ。グラス・ギースは大丈夫か? 西側の争いに巻き込まれたら、あんな城塞都市なんてすぐに陥落だぞ)


 ルシアの思惑がどうあれ、ガンプドルフの意思は固い。

 それだけならばなんてことはないが、彼は魔剣を操る剛将だ。どんな手段を使っても王女をこちら側に連れてくるだろう。最悪はルシアと事を構えてでも。

 ガンプドルフにとって王女は国の象徴。絶対に守らねばならないと考えているからだ。


(王女は聖剣を作れる可能性がある能力を『宿している』。ただし、現状では確定的ではない。しかも各聖剣長は、それぞれ王女を選ぶ権利がある。そうなれば内部で混乱が生じるだろう。…それがルシアの狙いか? 争わせて本物を見つけようという魂胆か? その可能性はある。あるが…まだ別の可能性はある。他の聖剣長が【同じ王女を選ぶ】こともあるからな)


 ガンプドルフはソフィアを選んだが、他の魔剣士も同様にソフィアを選ぶ可能性がある。

 こうなれば内部での争いは軽微なものとなるだろうが、今度は逆の展開が待っている。そんなソフィアをルシアが放っておくはずがないのだ。

 だが、ガンプドルフたちも馬鹿ではない。相手側の思惑も見抜いているはずだ。そのあたりで駆け引きがある。


(となれば、あえて別々の王女を選ぶかもしれない。おっさんはけっこう正直だから上手く隠せないだろうけど、他の聖剣長も同じとは限らない。それとは別パターンで、他の聖剣長が選んだ相手が本物だという可能性もある。その場合、こちら側に追っ手はかからないかもしれない。オレが望むのは、こっちの状況だな。変に西側の争いに巻き込まれなくて済むし、『聖剣の種子』を手に入れることもできる)


 なぜガンプドルフは、アンシュラオンに王女を与えようとしているのか。

 もちろん王女の保護を目的としているだろうが、もう一つの思惑があるはずだ。


 それは―――『情報公開』



(おっさんはオレの能力と経歴を知って、突然この話を振ってきた。覇王の弟子にどれだけの価値があるか知らないが、情報公開の重要性ならば理解できる。その王女様の能力を『探れ』と言っているんだ。本当に聖剣を作る力があるのか、オレならばスキルで判断することができる。もし本物ならばオレを抱き込む交渉材料にもなるし、仮になくてもオレは自分の女を見捨てないと知っているから、彼女の安全に繋がると考えたのだろう)


 アンシュラオンの性格上、もし本当に聖剣が作れる女性がいたら是が非でも引き入れたいと思うはずだ。

 まだ会うのは二回目にもかかわらず、ガンプドルフはこちらの性格をよく見抜いている。

 ただの白スレイブだったサナに、あれだけの執着を見せたことも判断材料になっているのだろう。

 実際、王女は欲しい。

 スレイブの選定基準は主に従順性で決めているが、シャイナのような問題児の面倒も見ていたし、レアな能力の持ち主だと興奮するのも事実だ。

 今後はただ従順なだけではなく、他の者たちを強化できる人材も積極的に入れていきたいものである。


(さて、もう一度整理してみよう。オレがおっさんに協力するメリットはあるのかな? まず目先のものとしては、スレイブ・ギアスの材料集めに役立つこと。鉱業が盛んな国からやってきたんだから石の種類にも詳しいだろう。どれがギアスに向いているかも知っているはずだ)


 聖剣だけではなくゼイヴァーのバトルスーツも自前のものだ。質もかなり良いし、鍛冶レベルもかなり高いと思われる。

 地形データを含め、武具の製造においても非常に頼れる存在となるだろう。スレイブ・ギアスが最優先課題である以上、この要素は極めて大きい。


(第二に、おっさんたちから『剣技を学べる』こと。本場の剣豪から技が学べるとなれば、これほど素晴らしい経験はない。一気に穴を埋めることができるようになるだろう。また、他にも優れた部下がいるからサナの強化にも役立つ。つまりは、軍隊を『手駒』にできるということだ)


 今現在ガンプドルフが率いている者たちは『残党』でしかないが、やはり本物の軍隊であり騎士団である。

 そこから学べるものは希少だし、グラス・ギースしか知らない自分にとっては、彼らが持つ軍事知識は貴重である。今後は自衛のためにも、もっと知識を増やさねばならない。

 アンシュラオンが王女と結婚することになれば、彼らの上に立つことができる。それはガンプドルフを部下にできることを意味している。

 もちろん魔剣士を簡単に制御はできないが、状況次第では強力な味方を得ることにもなる。

 姉のこともあるし、救済者たちのこともある。前回は上手く凌げたが、JBレベルの武人が十人単位で投入されたらどうなるかわからない。

 そこでガンプドルフやゼイヴァー、バルドロスといった人材がいれば、十分撃破も可能であろうと思われる。しかも男なので使い捨てが可能だ。


(そして、肝心の王女だ。DBDは王女のほうが偉いらしいが、オレが王女をスレイブにしてしまえば問題ない。そのためのスレイブ・ギアスだからな。そうだ。簡単なことだ。精神の数値が高くても支配できるようになればいいんだよ。そのためにエメラーダに術式を習っているんだ)


 ラブスレイブたち、リンダ、ソイドマミー等々、いろいろな女性たちに実験を繰り返したのも、すべては安定したスレイブ・ギアスの開発のためだ。

 自分が成長すれば、ギアスで縛れる相手も増えていくはずだ。また、それが上手くいかずとも『姉魅了』効果で操ってしまえばいい。


(問題はデメリットのほうだ。最悪はおっさんたちがルシアを含めた西側勢力と揉めて、こっちに引き連れてくる可能性がある。その場合、勝てるか? そういえばガンプドルフは、単身で相手の将を討ち取ったとか言っていたな。となると、おっさんでも倒せる相手と想定して…それが数人いるとして…軍隊の規模にもよるが……まあ、いけるか)


 普通に戦えば面倒な相手かもしれないが、ここは東の大地。危険な大型魔獣が大量にいる悪夢の世界だ。

 幸いなことにアンシュラオンは魔獣には精通している。バルドロスを撃退したサナがやったように、上手く魔獣を利用すれば強国相手でも対応は可能だろう。

 そもそも西大陸の国が東大陸に侵攻するのは地理的に難しい。兵站の問題もある。だからこそ入植という手段を選んでいるのだが、それに抵抗する勢力も多く存在している。

 仮にルシアがこちらに兵を送ったとしても、西側の敵性国家がそのまま見過ごすとは思えないし、おのずと寡兵になるはずだ。そうなれば撃退は難しくはない。

 火怨山の魔獣をけしかける手もある。やり方はいくらでもあるのだ。


(あとはDBD国内の問題に足を突っ込むリスクだな。どんな規模の国でも面倒なことに巻き込まれるのは嫌なものだ。ただし、このままの状態ならばDBDがルシアの植民地になるのは時間の問題だ。どのみち西側の領土は捨てねばならないだろう。とすれば、そこから逃れた者たち、難民が大勢こちらに流れてくるはずだ。その時までにオレが王女を手に入れていれば、多くの労働力を手に入れることができる)


 面倒事は誰もが嫌がるが、だからこそ得られるものも大きくなる。

 あとは背負うかどうかの話だ。それだけのものを手にすれば、ずっと背負いたくなかった大きな責任を負うことを意味する。


(いや、今はそこまで考える必要はないな。おっさんが失敗して現地で死ぬ可能性だってあるし、そもそも王女を連れ出せるかも怪しい。そのときは何も問題はない。面倒そうならオレが違う場所に逃げてしまう手もある。南には他の西側勢力もいるし、状況によっては荒野にこだわることもない。世界中に国はあるんだ。どこかで暮らせばいいよね)



 ある程度の方針が固まり、改めてガンプドルフを見る。


「段階的契約にするのはどうかな。仮定や推測が多すぎて不確定なことが多い。だから物事がおっさんの予定通りに動けば、オレもそれに沿って協力する形にしたい。おっさんもそのほうが気楽でしょ?」

「君がそれで納得できるのならば、こちらに文句はない。十分ありがたい申し出だ」

「ただし、一つ決めておかないといけないことがある。オレは他人を簡単には信用しない。信用するのは【スレイブ】だけだ。組織が大きくなればなるほどさまざまな勢力が生まれ、いつしか裏切り者が出てくることで内部崩壊する。唯一それを防ぐことができるものが、スレイブ・ギアスだ」

「君がスレイブ・ギアスを求める理由がそれか?」

「他人を信頼する気持ちを馬鹿にしているわけじゃない。わかりあえる可能性があることも知っているよ。でも、それも結局は似た者同士でしか起こらないことだ。反発する人間が出てくれば排除するしかなくなる」

「スレイブならば最初から反乱を考えることもない、か。だが、スレイブ・ギアスも完璧ではなかろう。あれはあくまで一定の精神作用を促すにすぎない」

「だからこそオレは、日々ギアスの研究をしているんだ。少しでも精度を高め、より強力で安定したものを生み出すためにね。オレが言いたいのは、オレと関わる以上、この要素を受け入れるしかないってことさ。それだけは譲れないよ」

「我々にも付けろと?」

「どうせ精神が強い人間には通じないから、少なくともおっさんたちに強要はしない。それ以外の民間人には付けるかもしれないけどね。当然、王女にも付ける」

「ふむ……」

「どうする? おっさんがオレを王にしたいのならば、これが前提条件となるよ」


 ルシアに抵抗するために、アンシュラオンに象徴が穢される。

 どちらにしてもDBDという国は一度亡くなるのだ。それを受け入れる覚悟があるかどうかである。

 ガンプドルフは少しだけ思案したが、答えはすぐに出る。


「いいだろう。君がスレイブ・ギアスを信頼するのならば、我々もそれに対して不満を抱くことはしない」

「そんなに簡単に決めていいの? ゼイヴァーさんとか嫌そうにしてたけど」

「あいつは少し過剰だからな。あれが西側の男の一般的な価値観とは思わないほうがいい。たしかに東大陸には劣悪な文化が残っているが、西大陸とてルシアのように植民地政策を進める連中もいる。中身はさして変わらないものだ。それに、スレイブ・ギアスには限界がある」


 スレイブ・ギアスの大きな問題点は、二つある。

 一つはさきほども述べた通り、これが精神術式である以上、抵抗力が強い相手には通じないことだ。

 それゆえに子供限定の白スレイブという存在がいるのだ。精神が定まる前の真っ白な状態でしか上手く発動できない欠点がある。

 もう一つは、単純に【支配数に制限】があることだ。


「なぜスレイブによる国家が生まれないのか、考えたことはあるか?」

「【主人が術式に耐え切れない】から、だろうね」

「その通りだ。精神術式を施した者と施された者は繋がっている。常時とはいわずとも、術式が効果を発揮する際には主人の精神を経由する。私が知っている限りでは、一般人がスレイブ契約が可能なのは、せいぜい数人が限界だ。優れた術者でも百人前後までと聞いている」

「しかも、ギアスを受けた相手の抵抗力が高ければ高いほど、その負荷も強くなるんだよね」

「さすがに詳しいな。それを知っていながら君はスレイブを欲しているのだな」

「そうだよ。少なくとも身近に置く者たちはスレイブにできるし、オレの出力ならば数百人は軽いだろうね」

「私が提案を受けた理由も、そこにある。君がそれくらいで満足するのならば、私から言うことは何もない。その程度ならば安いものだし、王女をスレイブにしたいのならばしてみればいい。できるのならばな」

「へぇ、それって挑戦状?」

「私がただの女を君に推薦すると思うか?」

「なるほどね。そっちも勝算があるってことか」

「もしあの御方を君が支配できるのならば、我々もおのずと君の支配下に入ることになるだろう。こちらも都合の良いことばかりを言う立場にはない。これも君との勝負と考えている」

「オレも馴れ合いより、取引や契約のほうが性に合っている。お互いのやり方に不干渉でありつつ、基本は協力する形でいいかな?」

「そうだな。少しずつ時間をかけてわかりあったほうがいい。最初から束縛されるより、お互いの距離感を探っていくほうが賢明だろう。もし部下が君に不快なことをしたら教えてくれ。私から正式に謝罪と賠償を行うつもりだ」

「おっさんも大変だね」

「それが指揮官というものだ」



 こうしてDBD勢力との基本姿勢が定まる。

 お互いに利用できるところは利用し、上手く計画が進めば段階的に関係を深めていくことになった。

 あとは何があっても敵対しない。これも重要な要素だ。

 実際にガンプドルフも、その点には細心の注意を払っている。


(少年の気質を考えると、少しでも失礼なことがあったら感情で動く可能性が高い。理性的で理知的ではあるが、彼は意図的にリミッターを外している節がある。領主の二の舞だけにはなりたくないものだ)


 アンシュラオンは、一度嫌いになった人物を好きになることはない。

 一方で気に入った相手には好意的に接し、ちょっとやそっとのことでは嫌いにはならない。敵に厳しく味方に甘いタイプの典型だ。

 それがわかっていれば対処は簡単だ。アンシュラオンのやり方には口出しせず、怒っている時は刺激しないように配慮すればいい。

 性格的には、頑固な光の聖剣を持つシントピア、わがままで奔放的な火の聖剣を持つアラージャの二人の性質に近いだろうか。そういった個性的な面子と一緒に戦ってきたガンプドルフには、扱い方がある程度わかるのも強みだ。

 ただし、もしアンシュラオンの怒りを買えば、部下であっても厳しい処分を下さねばならないだろう。それだけ譲歩しても、目の前の少年には計り知れない価値があるのだ。


「ねぇ、どうしてオレを選んだの? 師匠じゃ駄目だったのかな? さすがに子作りはわからないけど、覇王なら名前だけで他国への牽制になるんじゃない?」

「たしかに陽禅公は覇王だが、評判が悪く人間としては評価されていない。さすがに王女の伴侶となるのだ。誰でもよいわけではないさ」

「オレだって素行は悪いと思うよ」

「陽禅公ほどではない。君がグラス・ギースでやっていたことなど、まったくたいしたものではない」

「そんなに酷いの?」

「陽禅公は才能豊かだったが若い頃はかなりの問題児で、都市への略奪なども頻繁に行っていたそうだ。数多くの金品や女性たちを奪い、毎日豪遊していたという。遊びで都市が破壊された事例がいくつもある【賞金首】だった」

「山賊かよ、あのじじい! ほとんど戦罪者と変わらないぞ! でも、それだけ聞くと、オレとそんなに変わらないように思えるけど…」

「それこそ規模が違う。抵抗する治安部隊や騎士団をことごとく潰して回った結果、多くの国々が国力を失い、他国に侵略されるきっかけを作ってしまった。噂によれば、ルシア帝国も被害に遭ったと聞く。ともすればやつらの侵略行為は、その防衛策の軍拡から始まったかもしれないのだ」

「師匠は三百歳以上のはずだから…年代的には合致しているのか…。さすがに噂だと思いたいけどね…」

「ついに見かねた全世界の騎士団から精鋭が派遣されたが、それも潜り抜け、最終的には『剣王』や『魔王』も出動する事態になったと聞いている。『剣王評議会』でも問題になっていたそうだからな。世界最高戦力が投入されたため、さすがの彼も捕縛された。しかし、処刑されそうになったところを先代の覇王が身元保証人になり、弟子にしたそうだ」

「ただのクズじゃん。それでいいの? 殺したほうがよかったんじゃない?」

「一応君の師匠の話なのだが…辛辣だな。逆にそれだけの集団でも簡単に倒せないことが恐ろしいのだ。覇王も強い弟子を欲していたからな。互いの利害が一致したのだろう。その後、覇王になってからは改心して人助けもしていたそうだが、わざわざそのような悪名高い人物を選ばずとも君がいる!! 覇王の弟子ならば十分な名声となる!」

「今になって免許皆伝が疎ましい!! 面倒だから、そこは秘密にしてよ!」

「国家の情報収集能力を甘く見てはいかん。いつかは知れ渡るものだ。このままの状態でも、いつしか君の正体に気づく者が出てくるぞ。そうなればさまざまな連中が群がってくるだろうな」

「現に今、おっさんに群がられているところだけどね」

「国家から身を守るためには、同じく国家を生み出すのが一番だ。君は国が欲しくはないか? 誰からも指図されない君だけの国だ」

「そりゃあればいいけど、大きなものになればなるほど管理が大変だ。今のオレは十人にも満たない女にさえ四苦八苦している。現実的とは思えないね」

「違う。君が本気になれば何千何万…いや、何百何千万……否! 億単位の人間さえ導くことができる! スレイブ・ギアスなど使わずとも、君にはできるのだ!」

「さすがに言いすぎじゃないの?」

「君はまだ『王』が何であるかを理解していない。王とは生まれながらに王なのだ。事実、私はグラス・ギースで君の王の片鱗を垣間見た! 君は王になる資格がある男だ!!」

「近い近い、熱いって!」

「私は君を高く評価している。それこそ国の象徴を預けるほどにだ。自分を過小評価しないでほしい。才能ある者は才能を生かしてこそ輝くはずだ」

「うーん、言いたいことはわかるし、評価してくれるのは嬉しいけどね。オレって意外と無欲だからなぁ」


 ん? ソブカの計画に加担し、毎月二億を要求している人間が無欲?

 なかなか粋なジョークである。その図太さはぜひ見習いたいものだ。

 がしかし、そんなものさえ瑣末な問題となるのが『国家』である。

 一都市のグラス・ギースでさえ、全派閥の経済規模は百億を超える。各組織においては高額であっても、全体から見れば二億など微々たるものだ。

 だからこそガンプドルフは国を語る。


「国を持ち、強くするということは、この世でもっとも強い力を得ることだ。君が本当に欲しいものは、まさにそれではないのか?」

「オレが?」

「そうだ。君は領主を嫌った。自分の上に誰かが立つことを嫌った。スレイブを欲するのも常に自分が上にありたい欲求からだろう。それは自然な欲求だ。なんら恥らうことはない。普通の人間ならば文句を垂れながらも嫌々一般生活を送るだろうが、君は違う。力がある。それを成せる魅力がある。だからきっと、いつか我慢できなくなる。そういう日がやってくる」





―――「君は国が欲しくなる。その器があるからだ」





(オレの国…か)


 ガンプドルフの言葉が、アンシュラオンの胸を焦がす。

 自分の夢は、サナにすべてを与えてあげることだ。

 すべてのスレイブの頂点に立つ【女帝】にしてあげることだ。

 そして、それには【国】が必要だ。国のない王など恥ずかしいだけだろう。


(サナを女帝にして、オレは神になる。そのために国は必要だ。誰にも穢されていなければ、もっといい。つまらない既得権益もなく、改革をする必要もなく、新たにオレ自身が作れれば一番いいに決まっている。そう、誰の所有権もまだ存在していない、この荒野ならばオレの好きにできる)


 アンシュラオンがこうして遠出しているのも、土地を手に入れるためでもある。

 当然国を作るかどうかまで考えていないが、鉱物等の財産を増やすことが土地を増やすことならば、おのずと自分の『領土』が増えていくだろう。

 その集合体が、いずれ自治領となり、国と呼ばれるまでになる。

 そうなればガンプドルフと目的は同じだ。


(だが、オレが目指すのはおっさんが無理だと思っている『スレイブ帝国』だ。あえて言わなかったが、オレは何万人という人間をスレイブにする【計画】を練っている)


 ガンプドルフはアンシュラオンという男を甘く見ている。スレイブへの愛情と執着を、まだ軽く見積もっていたのだ。

 最初は漠然とした考えでサナを女帝にしようと思っていたが、術式を学んでさらに細かいことがわかるようになってきた。


 特殊な方法を使えば―――可能


 エメラーダとの対談で得た知識を得て、さらに可能性が見えてきたところである。


(エメラーダ曰く、オレの封印が全部解除されれば、それだけで数万人は軽く制御できるだけの力が出るらしい。しかし、それでも足りない。国は最低でも数十万単位、DBDだって百万単位だ。それだけの人間を支配するためには個人では無理だ。実現させるためにはいくつか方法はあるが…現状ではどれも難しい。その打開策を探すための旅でもあるからな)


 一番手っ取り早いものは、できる限り良質のジュエルを媒体にすることだ。

 それによって伝導率も上がり、より素早く効率的に術式が展開され、主人の負担も軽く済む。

 たとえばサナが持っている魔石を全員が使えるのならば、さらに数倍以上の人数を使役できるだろう。

 もう一つは、いくつかの基点となるジュエルを配置し、負担を分担させる方法だ。ホロロに裏スレイブの代理契約を試させたのも、そういった実験の一端である。

 ただしこの場合、基点となる幹部クラスにもそれなりの力が求められる。それら全員がエンジャミナ級ならばまだしも、普通の人間には耐えることはできないだろう。


 もう一つが、人以外の基点を使う方法。


 電波の基地局のように【エリアごとに分担管理】するものだ。

 近くに基地局がなければ送受信できないが、一度構築してしまえば各エリアごとで安定した術式が展開できる。

 これはエメラーダが言っていた『言論統制〈スペル・ギアス〉』で使われている「世界規模のギアス」の簡易版とも呼べるものになる。

 後日しつこく問い詰めた結果、そういった世界規模のギアスは「天竜」が関わっていることがわかった。

 六匹の天空竜は世界中を六つに分けた各エリアを縄張りとしており、普段は群れて動くことはない。その理由は、今述べたように『世界を管理』しているからだ。


(ゼブ兄すら敵わない存在を六匹も媒介しているなら、そりゃ世界規模のギアスもかけられるよな。さすがにそんな大物は手に入らないけど…可能性は見えた。魔獣でもいいってことなんだよね)


 ここで重要なことは、人でなくても媒介者になりうる点だ。

 強力な魔獣がいる東大陸ならば、その負担に耐えられる魔獣もいるはずである。あるいは強力なジュエル核でもよいのかもしれない。

 これを思いついたのもマングラスの賢者の石を見てからだ。あれそのものが力の源泉となって『箱舟』を動かしている。そういったものがたくさんあれば、自分の計画も夢ではない。

 これはまだ現実的ではないためガンプドルフには言わないし、あえて他人に言うものではない。ひっそりと進めるから悟られないで済む。

 ちなみにガンプドルフが、一般人が契約できるのは数人が限界と言っているが、これは何も特殊な道具を用意しないで精神術式を展開させる場合である。

 だからこそアンシュラオンは、スレイブ商が使っている術具を「天才が作った」と評したのだ。あれは術式を体系化し自動化させることで、誰でも数多くのスレイブとの契約を可能とするものなのだ。

 ただし、その分だけ出力が弱められている。その欠点こそが抵抗力の高い相手には効果がない、という最大のデメリットでもあるわけだ。


 こうしてスレイブ・ギアスの研究は着実に進んでいる。

 しかしながら、どうしても避けられない問題があった。

 それをガンプドルフが指摘する。


「君がもし国を欲する場合、あまり時間をかけられないかもしれない。最初からすべてを作り上げるには君の……いや、【妹の寿命】が足りなくなる」

「………」

「君は優れた武人だ。もしかしたら何百年も歳を取らない可能性もある。しかしながら妹はそうはいくまい。彼女には時間制限がある。普通の人間がゆえにな」


 そう。


 サナには―――寿命がある!!


 実に当たり前のことだが、アンシュラオンにとっては非常に重要な問題だ。それゆえに、あまり考えないようにしていたことでもある。

 まだまだ始まったばかりのサナとの生活なのだ。しかもまだ子供。彼女が死ぬ時のことを考えたくないのは当然だ。

 だがしかし、本当に彼女を頂点に押し上げたいのならば、無視できない問題ともいえる。

 だからこそ―――


「サナは死なない。オレが生かす。どんな手段を使ってもだ。だからマングラスの知識を奪わねばならない」

「それはどのような手段なのだ? まっとうな力なのか?」

「人を生かす力にまっとうも不当もない。どんな力も同じ力だ」

「それは違うぞ、少年。人が触れてはいけないものもある。君だってそれはわかっているはずだ」

「サナが死ぬなんて言うな!! 思いたくもない!」

「…愛が深すぎると傷も深くなる。終わりを考えるのは悪いことではない。親は子が生まれた時から大人になった時のことを考える。その子の人生を考えて行動するはずだ。それが本当の愛ではないのか?」

「………」

「少年、人の世で暮らせ!! 人の世で生きろ!! 人には寿命があってよいのだ! だから想いを繋いでいけるのだ! 我々を利用しろ! 君の妹のために!!」

「…くそ……っ! 卑怯だぞ、ガンプドルフ。オレがサナに弱いことを知っていて、それを言うなんてね」

「…すまない。気分が良い話ではないな。だが、我々と同じ過ちを犯してほしくはないのだ。君にとっては火中の栗かもしれないが、必ず力になると約束しよう。君のやりたいことのために尽力すると誓う」

「もし他の聖剣長が反対したら?」

「…私の命は君にやろう。少なくとも私とこの聖剣は君の味方だ。ソフィア様を選んだのがこの剣ならば、君を選んだのは私なのだ。その責任は取る」

「…そっか。ま、そこまで言うならオレも少しは覚悟を決めるよ。サナにすべてを捧げると決めているからね。絶対に志半ばで寿命で死なせるようなことはしない。そう、絶対にだ…」


 人は鏡をいつも見ているわけではない。

 だからこそ気づかない。

 その表情は、姉のパミエルキによく似ていた。

 愛する者のためならば世界すら滅ぼしかねない、災厄の魔人の顔に。





636話 「魔剣士の現状 その6『世界地図』」


 アンシュラオンには、サナの寿命という制限時間がある。

 それがいつになるかはわからない。すでに武人としての才能が覚醒しているので百年かもしれない。あるいは百五十年かもしれない。

 だが、自分よりは確実に早く死ぬ。


(わかっている。知っている。…それでも胸が痛いんだ)


 生命に終わりはない。霊の世界を知っている自分ならば、よくわかる。

 しかし地上に生きる以上、愛が深すぎる以上、サナともっと一緒にいたいと思うのは当たり前だ。

 誰だって終わりを考えると寂しい。

 まだ若い両親を見た時、年老いて寝たきりになると想像すると哀しいだろう。ペットを飼う時、いつかは死んでしまうと思うと心苦しいだろう。

 だからこそ悔いを残してはいけない。


(オレはサナのために国を創る。スレイブとしてすべてを奪われていたサナに、逆にすべてを与えてやる。そのためならば何でもする。邪魔するものがいたらすべて殺す。そう、サナだけがオレのすべてだ。たとえ姉ちゃんが相手でも譲れない)


 サナが頂点に立つ国を創る。

 当初漠然と描いていた画が、今まさに現実の計画になった瞬間である。

 そうなると、より具体的なロードマップが必要となる。


(サナが年老いてから与えるのでは意味がない。若く美しい花の時代に人生の豊かさをすべて味わってほしい。となれば、ひとまず【二十年以内】ってところか)


 国を生み出す方法はいくつかある。

 一番早いのが、すでに存在している国を乗っ取ることだ。

 これは小国でもかまわないが、他国の人間までギアスで縛れないので簒奪者への目は厳しくなるだろう。それを口実に攻め込まれると繁栄どころではない。


(やはり現状では『西方開拓』に乗るしかない。DBDの色は混じるが、最終的にオレ色に染めてしまえばいい。それ以外の勢力も吸収できるものはしていかないとな。たかだかDBDくらいでごちゃごちゃ考えることもない。サナはすべてを統治するんだ。元騎士団だろうが傭兵だろうが賞金首だろうが、すべてを力に変えてしまえばいい)


 覚悟が決まれば、今まで危惧していたDBDに関わるリスクも軽く感じるから不思議だ。


「サナを出しに使ったんだ。おっさんにも死ぬ気でやってもらうよ」

「当然のことだ。もとより命など惜しんではいない」

「反対さ。ここまで責任がある以上、他のものを犠牲にしても生きなきゃいけない。結局おっさんが死んだら、DBD内でオレの味方はいなくなるからね。そうなれば、ここでの協定だって無駄になるかもしれない。これはあくまでオレとおっさんの契約なんだからさ」

「…そうだな。巻き込んだ手前、簡単には死ねないな」

「実務的な話に戻ろう。おっさんたちの目的は、この東大陸北部西方の『不毛の大地』に入植…いや、ルシアに対抗できるだけの国を生み出すこと。その認識でいい?」

「私の都合で聖剣王国の再興という言葉を使っているが、実質はもう違う国になってしまうだろう。我々も他の者たちと同じく東大陸に亡命したようなものだからな。無理に西側の都合は押し付けないつもりだ」

「もし本国を解放できたら戻るの?」

「…そうしたいところだが地理的な問題もある。ルシア帝国の増長を止めることは難しいかもしれない。私としては象徴と文化が残れば十分だと考えている。より多くの人々の尊厳も含めてな」

「わかった。そっちが屈辱を受け入れる代わりに、オレは常に主導権争いで勝たないといけないね。ある程度は意識して動かないと駄目そうだ」

「そのあたりは任せる。君の好きなようにしてくれ。私もできうる限りはフォローする」

「ほどほどでいいよ。あまり肩入れすると他人から嫉妬されるかもしれない。聖剣長という肩書きは、オレが思っているより地位が高そうだしね」

「覇王の弟子よりは低いさ。それをどう扱うかは君次第だ」

「侮られるのは嫌いだけど、あえて自慢する気もないかな。それよりは今できることに集中すべきだろうね」

「では、当面の君が求めるものは何だ? 地形データと鉱物でいいのか? ほかにも欲しいものがあれば何でも用意しよう。我々で可能なことならばな」

「せっかくだ、戦闘訓練を行いたい。ここには強そうな連中もいるしね。それと、妹に剣技を教えてやってよ。オレもそうだけど、そろそろ本格的に習いたいんだよね」

「少年もということは…まさか剣の資質まであるのか?」

「そういう体質みたいでね。戦士が本職だけど、剣も術もいけるよ」

「三つの因子を使えるのか? …さすがは覇王の弟子か。あの時は手加減をしていたのだな」

「それはお互い様でしょ。そっちも聖剣は使わなかったんだからさ」

「私のは武具だが、君のものは才能だ。比べるのは失礼だろう。剣技については了承した。私に教えられることはすべて教えよう。私以外にも教練に適した者もいる。彼らも自由に使ってかまわない」

「助かるよ。あとは武具の提供もしてほしいかな」

「ほぉ、装備か。何がいい? 剣か? 銃か? 全身鎧もあるぞ。だが、少年のサイズでは少し大きいかもしれんな」

「オレじゃないよ。女性たちに与えるんだ。だからそんなにすごいものじゃなくてもいい」

「ふむ、なるほどな。そのあたりも自由に使ってくれ。ほかにはどうだ?」

「いろいろあるけど、とりあえずはそれだけかな。地形データはもらうけどね」

「その件で伝えねばならないことがある。非常に言いにくいことだが、実は―――」





―――「戦艦との連絡が途絶えた」





「え? どういうこと?」

「四日前、巡洋艦ナージェイミアが消息を絶った。我々が保有する唯一の戦艦だ。君のクルマを破壊した艦といえばわかってもらえるか」

「それって…まずくない?」

「ああ、最悪だ。この大地において戦艦は貴重な『拠点』となる。我々の東大陸における本拠地はこのキャンプではなく、ナージェイミアなのだ。君が欲している詳細な地形データもそこに記録されている」

「おっさん、また厄介事を隠していたな。どこまで災難なんだよ」

「私とて好きでこうなっているのではない。運が悪いのだろうな…」

「悪いにも程がある。ここで戦艦を失ったら終わりだ。開拓作業にも大幅な遅れが出る」


 ガンプドルフがどれほど苦労して戦艦を持ち出してきたのか、今までの話を聞いていれば誰でも想像できるだろう。

 東大陸で寄る辺なき彼らにとって唯一の希望であり、生命線なのだ。

 また、他の勢力と交渉する際には威圧にもなる。ああいった見た目のインパクトはとても大事だ。

 それが失われたら、ただでさえ難しい彼らの計画がさらに困難になってしまう。


「すぐに探したほうがいいんじゃ…って、もうやってるか」

「いや、我々はまだ動けていない状態だ。捜索部隊も編成できていない」

「どうして? かなり緊迫した状況でしょ?」

「まだ戦艦の居場所を完全に特定できていないのだ。迂闊に動き回って【全滅】することだけは避けねばならない。なぜ我々が戦力を二つに分けているのか。それは戦力の最低限の維持が目的だ。失敗は許されないからな。それに、そう簡単に落ちてもらっては困る。最低限独自で対応できるだけの戦力は与えてあるのだ」

「戦艦側には経験豊かな騎士もいるって言っていたね」

「ああ、副官のメーネザーが指揮を執っている。優秀な男だ。戦艦も単体で拠点としての機能がある。よほどのことがなければ対処可能だろう」

「消えてから四日…か。こっちは新兵が多いみたいだから、焦って動くとたしかに危ないかもね」

「だからこそ君が来てくれたことは、女神の助けとしか思えないのだ。荒野では何が起こるかわからない。早く見つけるに越したことはないからな」

「で、目星は付いているの?」

「ちょうどいい。詳細なデータはないが簡易地図ならばある。まずはここから西方がどうなっているのか教えよう。我々がなぜここまで苦戦しているかがわかるはずだ」


 ガンプドルフは、ハローワークの地図を基にして作った西方地図を広げる。





 それを覗き込んだアンシュラオンであったが、表情は渋い。


「これは…なんと感想を述べればいいのかわからないね。大事なところがまったく見えないよ」

「そう言うな。これでも二年以上かけて調べたデータなのだ。数多くの犠牲を払って得たものだ」


 地図を見れば、赤い部分はだいぶ削れている。

 が、その大部分は外郭をなぞったようなもので、肝心の中心部は表示されていない。

 だがこれこそが、この大地が人が立ち入れぬ場所であることを示してもいるのだ。

 それをこれからガンプドルフが説明してくれる。



「今から二年前、国の滅亡を危惧した我々は調査隊を東大陸に送った。西大陸から出発して『中央大洋』を渡り、島国であるロイゼン神聖王国とダマスカス共和国を経由しながら、人目につかないように東大陸西海岸から上陸した」

「中央大洋?」

「…そうだったな。少年は【世界地図】を見たことがあるか?」

「んー、ないかも」

「では、そちらも見せよう。かなり大雑把なものだが位置関係はわかるだろう」



 ガンプドルフが世界地図を取り出し、テーブルに広げる。





(これが…世界か)


 アンシュラオンは、初めて見る世界地図に興味を抱く。

 今まではグラス・ギース近辺の地図しか見たことがなかったが、世界は―――広かった。


(たしか火怨山だけで一万キロくらいの距離があったはずだ。それでも全体の一部でしかないのか。やはり大きな星だよ、ここは)


「ルシア帝国がここ、我々の国がこのあたりだ」

「侵略されそうな場所にあるね。陸続きのど真ん中はつらそうだ」

「地理的にはあまり好ましくはないが、それだけ良い鉱山があるのは強みだったのだ。今述べたように、我々はこの中央大洋を突っ切ってやってきた。西大陸と東大陸、南西大陸と南大陸で囲まれた海をそう呼んでいる」

「かなりの距離だね。ルシアからの追っ手はなかった?」

「ルシアといえど、わが国より南に対する影響力は大きくはない。一部の艦隊は海を移動して侵略を開始しているようだが、西側すべてを抱き込むことは難しい。数千年以上の伝統のある国も多いから、ぽっと出の国には簡単には従わないだろう。我々もそういった反ルシアの国々を利用して脱出を可能にしたのだ」

「このロイゼンって国は、たしかカーリス教の本山があるところだっけ?」

「よく知っているな。ロイゼン神聖王国はカーリスを国教とする宗教国家だ。シルバーナイツ〈白銀騎士団〉と呼ばれる騎士団も強力で、ルシアに劣らない強国といえるだろう」

「ルシアとの関係はどうなの?」

「ロイゼンは表面的であれ、カーリスが説く道徳や平等を重んじる国だ。植民地を広げるルシアのことはよく思ってはいないだろう。警戒を強めているはずだ」

「でも、ここまでルシアが勢力を拡大しているってことは、ロイゼンはあまり抑止力にはなっていないんだね。やっぱり大陸が違うせいかな。せいぜい海上防衛くらい?」

「うむ、その通りだ。ルシアとロイゼンは近い。突発的な衝突が起これば、両者ともに甚大な被害を受ける。そのあたりはデリケートなところだ。それゆえに海上封鎖程度にとどめているようだ。さすがにルシアがカーリスを蔑ろにすれば厳しい態度に出るだろうが、ルシアも馬鹿ではない。カーリス教徒には気を遣っている」

「ルシアに宗教の自由はあるの?」

「特に制限している話は聞いていないな。そんなことをすればルシアは西側すべての国家を敵に回す。そこまで馬鹿ではないだろう」


(ダビアの話だと、人種よりも思想が大事にされる世界だ。宗教を禁じることは思った以上に罪深いことなのかもしれないな。かといってカーリス教や救済者たちの思想が良いとは思えないけどね)


 主義主張の違い程度ならばまだしも、こと宗教においては地球以上にデリケートな可能性がある。

 なにせ女神の存在がはっきりと認識される世界なのだ。それを否定することは誰にもできない。あとはその扱い方の差だ。

 カーリスは女神そのものに加え、女神の意思を伝える『神託の巫女』である『聖女』に対して強い信仰心を抱いている。

 宗教は怖い。少しでも否定しようものならば、(ホワイト教の信者のように)暴力をもって反撃してくるだろう。

 逆に否定さえしなければ、彼らは基本的に温和である。自分が正しいと思っているから満たされるのだ。


「ロイゼンの姿勢はわかったよ。何もしないよりましだね。それだけでも防波堤にはなる。でも、ルシアは『西大洋』から回り込んで東大陸にも来られるし、万全とは言いがたいね」

「西大洋から東大陸には行けないぞ」

「…え? だって世界は丸いんだから、地図の西はこっちの東側に繋がっているんだよね?」

「いや、この地図は見たままだ。上下左右の先には【巨大な狭間】が存在していて通ることはできないのだ」

「どういうこと!? 穴があいているってこと?」

「私もじかに見たことはないが、見渡す限りの奈落のようなものがあり、海水すらそこで切れているらしい。空は飛べぬから、誰もそこを通ることはできないのだ。それゆえに【世界の果て】と呼ばれている」

「何それ? どうなってるの?」

「わからないのだ。前文明による破壊の痕跡だとか、あるいは最初からこうだったとか、またはこの世界は隔離されているだとか、さまざまな説はあるが、どれが正しいか立証されたことはない。よって、我々にとってはこれが世界のすべてだ」

「…面白いし興味深いけど、規模が大きすぎて想像することしかできないね。でも、空が飛べないことと関係がありそうだよね」

「もし空が飛べるのならばわかるのだろう。しかし、そういった分野は探検家に任せるしかない。我々は目先のことで常に精一杯だ」

「まあ、そうだよね。考えても仕方ないか」


 と言いつつ、そのことに強い違和感を覚える。


(まさかこれも『世界規模のギアス』なのか? 可能性は大いにあるな)


 天竜の話を聞いてしまうと、これが偶然とは思えない。

 彼らが世界を管理しやすいように、こうやって移動を制限している可能性すらあるわけだ。

 人が空を飛べないことも陽禅公いわく「女神様の慈悲」らしいので、意図的に封印されていると考えるべきだろう。

 それでも軽く地球の八倍以上の面積はあるので、人が暮らすには十分すぎるスペースである。


「それにしても星の概念を知っているとは驚いた」

「師匠に聞いたのさ。意外と物知りだよ、あのじいさん」

「なるほど。君が博識なのも陽禅公のおかげか。たしかに現覇王は知能も高いと聞いているからな」


(そうだった。この星では、星を星として認識していない人も多いんだよね。まあ、他の惑星に興味がないと宇宙について考えないか。闘争と生存に必死で、その余裕もないんだろう)


「ダマスカスはハローワークで銀行口座が作れる国だよね?」

「世界中の資金が集まる場所といわれている。その性質から完全中立国として、どの国も手出しができない状況にある。我々も少し前まではダマスカスを一時的な拠点にしていたものだ。金さえあれば素性は問わないから便利だ」

「金は天下の回り物か。ダマスカスはここからけっこう近いね」

「地図ではそう見えるが、そう簡単にはいかないぞ。東大陸の西の海がどうなっているか知っているか?」

「いいや、海の情報はまったく知らないや」

「西の海、それも火怨山に近い海流は非常に激しく、通常の船では航行すらできない状況にある。強烈な嵐も発生するため、軍艦を使っても場合によっては沈没する可能性があるほどだ。だから我々は当初、潜水艇を使って上陸を試みたが、海中に生息していた大型魔獣に攻撃されて撤退を余儀なくされた」

「へぇ、潜水艇もあるんだ。すごいな」

「わが国は海に面していないため水軍がない。あくまでダマスカス経由の裏ルートで調達したものだ。有名なレマール水軍ならば、何十艇も持っているのだろうがな」

「小百合さんの母国か。水軍が強いんだね」

「場所はここだな。西大陸の中央東に位置する伝統ある中堅国家だ。私個人は行ったことはないが、水の都は実に美しいと評判だ。騎士団もおそらく西側勢力で最強クラスだろう。あそこには我々よりも優れた剣士が何人もいる」

「へぇ、おっさんよりも強いんだ」

「レマール王家は代々優れた剣士の血筋で、現在も『剣聖』を輩出している名門だ。門下の騎士たちも相当な手練れたちばかりと聞く」

「剣聖なんているんだ。剣王とは違うの?」

「剣聖は剣王評議会によって認められれば何人でもなれるが、剣王は一人だけだ。逆にいえば、剣王は剣聖の中から選ばれることが多い。ある意味で剣王候補とも呼べるかもしれないな。我々の中ではシントピアも剣聖候補に挙がっている」

「すごいね。そんなに優れた剣士だったんだ」

「そうともいえない。おそらくはルシアに対する牽制だろう。負けた側に剣聖の称号を与えることでルシアを遠回しに非難しているのだ」

「そのあたりも政治なんだね」

「それも仕方ない。覇王とて世界に影響を与える人物だ。陽禅公のように火怨山に閉じこもらない限りは政治に影響を与える。唯一関わらないのは魔王だけだ」

「魔王か。名前は師匠から聞いているよ。この魔王城ってところにいるんだよね? へー、本当に世界の真ん中だ」

「おそらくはな。しかし、実際に魔王城に行っても誰も入れないから確認するすべがない。城は見えているのだが、どうも実体ではないようだ。魔王は術士の頂点に立つ人物だからな。何か結界を張っているのだろう」

「魔王は支配者〈マスター〉を使役しているんだっけ? 支配者って何者なの? 強力な術を使う種族なんだよね?」

「そのあたりもよくわからないのだ。人間にとって有益な支配者もいれば、やたら攻撃的で害悪となる者もいる。魔王が管理しているという噂はあれど、実態はやはりわからない」

「今の魔王って誰なの?」

「わからない。…そんな目で見るな。本当にわからないのだ」

「魔王についてだけ情報が少なくない?」

「うむ…そうだな。あまり人の世に関わることはしないせいだろうか。接点がないから情報も少ないのは仕方がない。ただし、世界を守護する三王の一人であるのは間違いない。世界にとって必要な存在だということだ」

「ふーん、まあいっか。どうせ関わることもないだろうしね。話は戻るけど、西の海が荒れていても上陸はできたんでしょう? どうやったの?」

「何度も調査しているうちに、海流が緩やかになる時期があることがわかった。その時は海の魔獣も繁殖期を迎えるようで、餌が豊富な場所に狩りに行くようなのだ。その隙を狙ってやってきた」

「どこに上陸したの?」

「結局海流の影響で流されてしまい、西海岸の中央あたりにたどり着いた。そして上陸して数時間後、偵察隊が非常に強力な魔獣の群れに遭遇した。すべてが大型の魔獣で、なすすべなく蹂躙された。地図の白黒で表示されている部分がそれだ」

「ちらほら見える…というか、海岸沿いから中心に近づこうとすると全部だよね」

「そうだ。このあたりで遭遇する魔獣とはレベルが違う。最低でも第三級の討滅級魔獣から、強いものは第二級の殲滅級魔獣までいる。まさに魔獣の巣窟だ」


 殲滅級魔獣はハローワークの規定では、軍隊でさえ対応が難しいとされている魔獣全般を指す。

 実際にガンプドルフの部隊も甚大な被害を受けて後退を余儀なくされたのだから、その力の強大さがわかるだろう。





637話 「魔剣士の現状 その7『王気、少年の心をもって』」


「調査隊はそこで二ヶ月の足止めを受けた。どのルートを通っても魔獣と遭遇するからだ。しかも執拗に追ってくるので視認した瞬間には撤退するしかなかった。だが、我々も遊びで来ているわけではない。時間がないため損害を覚悟で強行突破を目論んだ」

「必死に逃げながら先に進んだんだね」

「身も蓋もないが、その通りだ。地図の西側に突破した形跡があるだろう。ここだ」

「相当進んだね。かなり犠牲が出たでしょ」

「ああ、本当にな。私が信頼していた部下も大勢死んだ。…その当時の我々は、まだ東大陸の怖ろしさを理解していなかったのだ。その結果、ここが一番大きな犠牲が出た局面だった」


 聖剣長全員が国内にいる場合ならば他の者への監視は緩くなり、百光長レベルの騎士ならば比較的容易に外に出られた。

 そのため調査隊には一定数の部将も含まれていたのだが、そのほぼすべてが戦死する大惨事となってしまう。

 この一報を受けた時、さすがのガンプドルフも強いショックを受けて自己を責めたものだ。


「それでも国の命運がかかっている。調査隊はさらに進んだ。しかし、この先にもさらなる悪夢が待っていた。この【水色の部分】が見えるか?」


 彼らが魔獣たちを振り切り、その先で見たものは―――


「これは【氷山】だ」

「は? 氷? 荒野で?」

「そこはすべてが凍りついた大地だったのだ。険しい氷山が幾重にも連なり、人どころか魔獣さえも簡単には立ち入れぬ場所だったそうだ。ここでも実際に入った部下が死んだ。触れた瞬間にその者たちも凍り、粉々になってしまったという…」

「明らかに普通の氷じゃないね。…まさか術式?」

「あるいは特殊な氷を操っている魔獣がいるのかもしれない。どちらにせよ先には進めなかった。あまりに被害が出たため、ここで調査隊は一度ダマスカスにまで撤退することになった。その後に再度協議した結果、それ以後は外周の調査に専念することにしたのだ。これ以上の犠牲は払えなかったからだ」

「ただでさえ貴重な人員だもんね。不慣れな土地だし仕方ない」

「再び上陸した調査隊は大型魔獣を避けて、比較的安全なルートを探しながら北上した。そこには【巨大な谷】が広がっていた。底も見通せないほどの極めて深い谷が、長さ何百キロにもわたって存在していたのだ」

「この灰色は穴なんだね。亀裂みたいな感じ?」

「そのほうが適切かもしれない。私も見たが、強大な力で無理やり地面を引き裂いたようだったよ。かつての『大災厄』で生まれたものかもしれんな」

「戦気術で強引に空中を駆けても無理?」

「戦艦の高感度ソナーでも観測したが、一番幅が狭いところで五十キロメートル以上はありそうだった。空でも飛ばぬ限りは無理だろう。いや、仮に空を飛べても『毒素』でやられるかもしれんな。谷からは常に有害物質が放出されているらしく、虫を含めて生物は一匹たりともいなかった」

「毒まであるのか。最悪だね。毒が効かないオレなら突破もできそうだけど…独りで渡っても意味ないよね」

「そういうことだ。あくまで一般人も通れるルートでなくてはならない。毒素の元凶を突き止めて浄化しない限り、あの場所に近寄るのは危険だろう。そして、それを避けるように移動した先、この【黄色の部分】が見えるか?」

「ああ、この上の部分ね。ちょうど氷の部分の北にあたるのかな?」

「そこも谷だが底が見えて一見通れそうに思えた。毒素もかなり薄まっていたので期待したものの、実際は二十四時間【雷が轟く暗黒の谷】だった。凄まじい雷撃の嵐で近寄るだけで機器がダウンするほどだ。当然ながら立ち入れる場所ではないため、そのルートも断念することになった。また、そこでバッデル・ギース〈雷谷の大猩亀《オオザルカメ》〉を発見した」

「バッデル・ギース…四大悪獣の一匹か。名前にも雷谷ってあるし、いてもおかしくはないよね。どんな魔獣だった? 倒せそう?」

「見た目は甲羅を身にまとった巨大な猿だ。一般の都市からすれば脅威ではあるのだろうが、殲滅級の魔獣とはいえ我々の戦力ならば十分倒せるレベルではある。問題は魔獣単体ではなく環境条件だ。私個人は聖剣を使えば雷に絶対の耐性を得られるが、雷に弱い戦艦が入ることができないのは痛い。深手を負わせても奥に逃げられたら追うのが大変だ」

「デアンカ・ギースも地中に逃げたし、魔獣は常に自分に有利な場所を選ぶもんだ。倒すならおびき寄せてからだろうね。それにしても、なんだか思っていたより酷くない?」

「ああ、酷い。酷すぎる」

「西大陸の自然もこんな感じ?」

「もしそうならば西大陸は発展していない。ここがあまりに異常なのだ」

「そりゃそうか。火怨山もこんなに変じゃなかったしね」

「だが、まだまだ困難は続く」

「聞いているだけでつらくなるよ。で、そこから右に行くと…これは森かな。ここなら通れそうじゃない?」

「地図ではそう見えるが、非常に濃い森林地帯が広がっていた。そこは亜熱帯に近い気候で、生えている植物もツタのようなものが多く、人が立ち入ることも難しい場所だった。調査に入った者が、ものの数秒で食虫植物…いや、食人植物に食われてしまったからな…」

「今度は植物か。植物までも人間に敵対的なんだなぁ。でも、谷よりはましに聞こえるね。最悪焼き払って進むこともできそうだ」

「その通りだ。あまり現実的ではないが戦艦の主砲で森ごと破壊する手もある。大きな湖も確認しているので拠点候補の一つにはなっていた」

「そこを最初の拠点にしなかったのは安全面からかな?」

「うむ、周囲の地形を見てもわかると思うが、そこは火怨山の麓の森にも近い。そちらも調査したが南の森よりも魔獣の質が高かった。…少年、本当に火怨山で暮らしていたのか?」

「うん、そうだよ。サナの魔石も麓の森の魔獣から奪ったんだ。あのあたりの魔獣はあまり強くなかった気がしたけどね。真後ろまで近寄っても気づかないレベルの雑魚ばかりだよ」

「…君とは魔獣に対する認識がだいぶ違うようだな。さすがだ。だが、一般人からすれば危険な魔獣たちには変わりない。我々はそこを無理に攻略するのではなく、さらに安全なルートを見つけるためにそのまま東に向かった。すると、ここでも強力な魔獣と遭遇した」

「うーん、局地的に変な場所があって、その隙間を魔獣が埋めている感じがするよね。まあ、特異な環境条件からあぶれた魔獣同士が、残った生息域をめぐって生存競争を繰り広げるのが自然の流れなんだけどね」

「しかも西方の魔獣は、明らかに人に対して敵意を持っている。魔獣が人を恨むことはあるのか?」

「知能が高い魔獣なら普通にあるけど、遭遇する魔獣全部がそうなんでしょう? 種類や種族も違うだろうし、普段人間が立ち寄らない場所なんだから、ちょっとありえないかな。常時人を餌にしているわけでもなさそうだしね」

「では、周囲の環境の影響を受けている可能性は?」

「それはあるね。魔獣は特に大地と密接に関わっているから影響を受けやすいんだ。でもそうなると西方一帯が、全部人を排除する性質を帯びていることになるけどね」

「それはそれで頭が痛い話だな。話を戻すが、調査隊はそこも避け、森や岩山を避けるように移動してグラス・ギースの真上にまで至った。私が戦艦でやってきた時もこのルートを使っている」

「なるほど。そこでオレと出会ったってことか。なんで戦艦があんな場所にいるのか不思議だったけど、これで謎が解けたよ」


 アンシュラオンが出会ったのは約半年前のことだが、それ以前からルートの調査は行っていたのだ。すべては戦艦を安全に移動させるために、である。

 彼らの身の上を考えれば、存在を公にするわけにはいかなかった。少なくとも戦艦の存在だけは秘めておかねばならない。

 それゆえに目撃者は全員排除する必要があった。

 それを徹底した結果、戦艦は守られたのだ。


(たしかにグラス・ギースではDBDの噂は流れていたが、戦艦に関しては一度も聞かなかったな。そりゃ戦艦ともなれば見過ごしてはおけない勢力もあるだろう。場合によっては奪おうと思う連中まで出てくるかもしれない。東側でまだほかに戦艦を見ていないことを考えると、これこそが西側の技術の結晶なんだろうね。隠すのも当然だ)


「それで、次はどうしたの?」

「調査隊は、ここで一度二手に分かれた。グラス・ギースと接触しながら西方を探る部隊。もう一つはハピ・クジュネから海峡を移動して北部南方を探る部隊だ」

「ハピ・クジュネにも行ったんだね。どんな場所だった?」

「海に面している都市ゆえに豊かだそうだ。こう言っては悪いが、経済規模はグラス・ギースとは比べ物にならないだろう」

「なんなら、そっちと交渉すればよかったのに。あんな領主より何十倍もよかったんじゃない?」

「豊かだが地理に問題がある。南部に近く、多くの者が交易で訪れる都市では情報が漏れる可能性が高くなる。また、防衛するにしても我々は海上での戦いには慣れていない。すでに海の魔獣にやられた経験もあったため、あまり海辺には寄りたくないのだ」

「ハピ・クジュネにも軍隊はあるの?」

「自衛軍は持っているようだが傭兵の数も多かったと聞く。内情はグラス・ギースとそう変わらない。規模が違うだけだ」

「あっ、そっか。だからいろいろな都市にハローワークがあるんだ。そこが斡旋を勝手にやってくれるから勝手に傭兵も集まってくる。それ自体が自衛なのか」

「そういうことだ。我々の国にもハローワークはある。どちらにせよ海に面した都市は有利な点が多い。生活用水に困ることはないからな」

「海の幸か。いいなー、一度行ってみたいな」

「では、先にハピ・クジュネの調査隊の話をしよう。交通ルートが確立されていたため都市には比較的安全に着けたようだ。着いたあとは漁業組合と交渉し、大きな船を借りて海岸沿いに調査を進めた。上陸はせず海上から偵察するレベルだがな」

「海峡に魔獣は出ないの? 船に乗ってて攻撃されない?」

「海中に水棲魔獣はいるが、海上にまで出没するものは少ないようだ。漁をしていて網が破られる程度の被害らしい。よほど沖に出なければ安全と聞いている」

「西の海との落差がすごくない? 平和すぎでしょ」

「西に近づけば近づくほど魔獣が凶暴になるようだ。実際、そこから海峡を南下していったが、その先の陸地で明らかに危険な魔獣の存在が確認されている。幸いながら海上では襲われることはなかったが、上陸していたら同じ結果になっていただろうな」

「地図を見ると、そのまま南から西に行ったみたいだね。この緑色のは何? どうせまた危ない場所なんじゃないの?」

「それは【嵐の台地】だ。地形は山脈ほど険しくはないが、人など簡単に吹き飛ぶほどの強風でまったく進めない。強引に進めば細切れになるレベルだという。たとえるのならば、風鎌牙が常時渦巻いているような場所だ」

「氷の山脈、毒と雷の谷、食人植物の森、嵐の台地。踏んだり蹴ったりだ」

「もう一つオマケに『底無し砂漠』もある。この魔獣の狩場から南に移動すればすぐに見えてくるさ」

「流砂みたいな感じ?」

「ああ、砂で足が取られるうえに、どこまでも沈み込む。流砂の中には落ちてきた獲物を喰らうワーム型の魔獣も大量にいるから最悪だ。そこは私も実際に見てきたから危険性は理解している」





 こうしてガンプドルフから散々な結果を聞かされる。

 サナの国を創ると息巻いたはよいが、いきなり先制パンチをくらった気分だ。


(オレが想定していたのは、そこそこ強い魔獣がいる普通の荒野だ。だが、この情報が正しいとすれば、そんな簡単な話じゃないことがわかる。自然現象だけはどうにもできないしな。…これはもう無理か?)


 ただでさえDBD自体が地雷なのに、さらに真上から爆撃されたようなものである。

 アンシュラオンも明らかに異常な状態に諦めたくなったが、肝心のガンプドルフの目が死んでいないことに気づく。

 そこには単に必死とかがむしゃらではない『正気』が宿っていた。


「これだけの状況でも勝ち目があるって顔をしているね。いくら追い詰められていてもさ、普通なら違うところに行くよね。でも、おっさんはあえてここを選んだ。その理由は何?」

「少年は東大陸のことはどれだけ知っている?」

「ほとんど知らないかな。直近では三百年以上前に大災厄があったこと。それと遺跡が多いとは聞いているよ。グラス・ギース自体も遺跡の上に建てられたみたいだしね。おっさんは詳しいの?」

「いや、私も似たようなものだ。もともと西側の人間は東大陸にあまり興味がないのが実情だろう。入植にもさして期待しておらず、もし何か見つかれば儲けものくらいにしか考えていないはずだ。あちら側からすれば、ここは【流刑地】でしかないしな」

「こんな荒野じゃ当然かな。入植を任されるのも左遷された連中が多いらしいね。だからやる気もあまり無い」


 このあたりはダビアから聞いた情報だ。

 東大陸の西部一帯はほぼ荒野であり、そこに送られる者たちも大半が『労働者』である。西大陸にいても身分の格差や貧困によって居心地が悪い者を選び、または募集し、僻地である入植地に送り込む。

 当然、それを監督する者たちにとっても『左遷』と同義である。中央で要職の席が埋まってしまったから閑職に回されたのだ。

 稀に有力者が理想を叶えるために未開拓地を確保することもあるが、だいたいは資金不足で途上で終わるため、荒れ果てたまま放置されることが多い。

 南部の開拓が始まってしばらく経つのに、いまだに混沌としているのはこういった事情もある。


「だが、チャンスがないわけではない。我々も東大陸に出向く以上は最低限調べてきた。ここがかつての【文明の中心地】であったことは知っているか?」

「遺跡があるなら文明があった証拠だよね。救済者とかいう組織も遺跡を盗掘して貴重なアイテムを奪っているみたいだし、そうした昔の宝物があるかもってこと?」

「うむ、前文明の情報は現代にはまったく残っていないが、遺跡からは現在の技術以上のものが出てくることが多い。むしろ聖剣や魔剣といったものの大半は、その時代に生み出されたものなのだ。それを模倣して、新たに聖剣を作っているのが現代の名工たちだ」

「模倣さえ難しいってことは、前文明の技術は失われているの? 西側の技術は前の文明からのものじゃないの?」

「まったく違うものだ。西側文明の技術は、主に【大陸王】が世界を統一した時から発展してきた【新しい技術体系】となる。前文明の技術は、ほぼ完全に消失しているため、残っているものは発掘される遺物に限られている。むろん現在の技術には遺物を解析したデータも加えられているが、前文明にはまだまだ遠く及んでいないのが実状だ」

「見つけて自前で解析して真似るしか方法がないのか。技術体系が違うなら、なおさら難しいよね。というか大陸王って誰?」

「そんなに博識なのに知らないとは…少年の知識は偏っているな。大陸通貨に顔が描かれているだろう?」

「ああ、あのおっさんか。女なら見るけど、男をまじまじと見る趣味はないんだ」

「あの顔が本物かどうかはわからないがな。大陸王は、およそ七千年前に世界を統一した【覇王】だ」

「え? 覇王なの?」

「そうだ。彼こそ【初代覇王】だ」



 大陸王は、覇王。


 それ以前からも戦士因子を最大限にまで覚醒させた者はいたかもしれないが、覇王という名が使われ始めたのは大陸王からである。

 なぜならば【覇道】を実際に成し得たからだ。


「大陸王が真に偉大だったのは、ただ世界を統一したからだけではない。共通言語から技術体系まで、すべてを新しいものにしてしまったのだ。それまでは文明レベルも低く言語もバラバラで、銃さえも満足に存在しない世界だったというからな。その功績は大きい」

「前文明ってのはいつの話なの?」

「それも詳しいことはわかっていないが、発掘された遺物を調べた結果、最低でも一万年以上前には滅んでいたそうだ」

「大陸王の統一が七千年前なら、前文明との間におよそ三千年の空白があるよね。三千年は人類史にとってそれなりに長い年月だ。それまでずっと混沌としていたのは不思議だね。一つの文明ができてもおかしくはなさそうだけど…」

「逆に大陸王が凄すぎたのかもしれん。新しい技術体系など簡単には作れないからな。さすがの大陸王も普及させるまでには百年以上かかったそうだが、今でも残っているとはすごいものだ。今我々が話している言葉もそうなのだからな」

「…言葉…か」


(進化の世界においては時折、時代を急速に進める『きっかけ』が起こるもんだ。たとえば地球の文明だって、ある時を境に急激に進化していった。産業革命なんかもそうだし、パソコンや通信技術の異様な発展もそうだ。今まで原始的だったのが、たかだか数十年で生き方そのものが変わってしまうほどに進化する。この世界においては、それが大陸王の出現だったんだな。ということは―――)


 アンシュラオンの中に一つの確信が芽生えた。



 大陸王は―――【異邦人】



 の可能性が極めて高い。

 なぜならば、下界に来てからずっと不思議だった答えに繋がるからだ。


(しかも大陸王は元日本人の可能性が高い。だから日本語が通じるんだ!! 多少の違いはあるが、ほぼ日本語と漢字がそのまま使える世界なんておかしいからね。カンマの使い方もどう考えても『円』だよ)


 特に記載はしなかったが、大陸通貨におけるカンマは『四桁』である。

 つまりは一万円の場合、「1,0000」と表記されている。

 三桁に慣れた現代人には逆に見づらいかもしれないが、円ならばこちらのほうが見やすいのだ。

 たとえば今の一万もそうだし、百万は「100,0000」、一千万は「1000,0000」一億は「1,0000,0000」だ。

 単純に下四桁を切ってしまえば、そのままが万の数字として数えることができる。日本語は「万進法」を使っているから、そもそも四桁で示すのが普通なのだ。


 そして何より【言語】である。


 この世界に転生して言葉に困らなかったのは、大陸語が日本語だったからだ。地域によって訛りはあるが基本は標準日本語そのものである。

 文字も同じく日本語だ。漢字と平仮名、そして『片仮名』。

 片仮名はそもそも日本で作られたもののようで、他の国ではまずお目にかからないものだ。それによって片仮名で書いておくと、外人には偽造されにくいという話もあるくらいだ。

 異邦人に日本人が多い理由も、そのほうが馴染みやすいからだろう。どちらが先かはわからないが、これで辻褄が合う。

 ちなみに大陸暦の始まりは、すべての技術体系と言語が完成し、普及してから始まったものなので、実質的な世界統一との間に数百年の時間のズレがある。


「大陸王がすごいことはわかったけど、今の状況とどう関係があるの? わざわざそんな話をするということは何かあるんでしょ? おっさんが目星を付けた何かがさ」

「あくまで噂だが、東大陸北部に―――【首都】があったそうだ」

「首都? 大陸王の?」



―――「いや、【前文明の大首都】だ」



「前文明の…まさか中心地ってそういう意味?」

「そこでは全世界最高の技術と人材と物が集まっていた。高度な技術によって造られた煌びやかな建造物。その中に飾られた数々の美術品や財宝の山。当然、聖剣だって大量にあったはずだ。外を守るは整然と居並ぶ守護者の巨人や使役された強力な魔獣たち。空も彼らに支配され、数多くの竜が飛び回っていたという。それだけに飽き足らず、前文明の【超越者】たちは生死すら自在に操り、自由に身体を入れ替えて永遠の命を手に入れたそうだ。まあ、滅びてしまったので永遠ではなかったようだがな」

「…おっさんは、それを信じているの? けっこう眉唾ものじゃない?」

「すべて噂話。おとぎ話だ。どこまで本当かはわからん。だが、今の時代でも地下から彼らの遺物が発見されているのだ。ロマンがあるとは思わないか?」

「滅びたなら誤っていたということだ。結局その文明のあり方は、女神様の御心ではなかったということじゃないかな」

「少年は女神信仰者か?」

「いいや、単に女性の味方なだけさ。いかなるときもオレは女神様を助けるつもりなんだ。困ってる良い女は助ける。それが流儀さ」

「そこまでいけば立派だな。見習いたいものだ。しかし、少年もこの異常な西方の状況を見ておかしいと思ったはずだ。普通ならばありえないが、もし本当にこの大地に前文明の首都があったならばどうだろうか」

「この異常な自然環境は、その結果によって生まれたものだってこと?」

「そう考えるのが道理だ。前提が合っているのならばな」

「………」


(ガンプドルフが藁にもすがりたい気持ちでいるのはたしかだ。そういう時、人間は宗教にはまりやすい。根も葉もない自分に都合の良い噂を信じたり、期待してしまう。しかし、それを差し引いてもなお異常な気象は事実だ。だってこの地図、明らかにおかしいもんね)


 どう見ても、西方の中心部に向かうにつれて環境が厳しくなっている。

 火怨山においてもアンシュラオンが住んでいた場所は、まさに山の中心部分であったため、その周囲の魔獣のレベルも桁違いだった。

 天竜もたまに飛来していたことから、もしかしたら火怨山には強い魔獣を引き寄せる何かがあったのかもしれない。

 それと同じく西方のどこか、ガンプドルフの話が本当ならば『大首都』に何かあるのは間違いない。それならばすべてが納得できる。

 が、あくまですべて噂である。

 そこらの少年少女が失われた文明に憧れるのならばともかく、目の前の男は軍人かつ司令官だ。そんな夢を見ている余裕はない。


「言いたいことはわかるよ。味方を動かすためにはロマンが必要なんでしょ?」

「…そこまで見抜かれているのか」

「おっさんがいくら聖剣長だといっても、国がなくなったら地位にも価値がなくなる。ただの強い武人でしかない。国家が強いのは『生活の保証と安心』があるからだ。今のおっさんにはそれを与えることができない。だからそんな話にもすがらないといけないんだ」

「…その通りだ」


 ガンプドルフは国家の重要性を説いた。

 だからこそ亡命状態にある自分の無力さを痛感していることだろう。

 できるかどうかもわからない開拓に多くの部下を巻き込んでいる。すでに犠牲者も数多く出て後戻りはできない。

 だが、部下だって人間だ。愛国心だけでは生きてはいけない。何かしらの成果が必要だ。そこに至るまでの希望が必要だ。


「おっさんは夢にすがらないといけない。それだけ苦しい状況なんだね」

「わかっている。無謀な賭けだとわかっているのだ。だが、私はそれでも―――」




「いいじゃん」




「―――うぇ?」

「ロマン、いいじゃん」

「え……ぁ……ぁあ……?」


 ガンプドルフほどの人物が、素っ頓狂な声を出してアンシュラオンを凝視している。

 自分で言っていても苦しい話だ。否定されることはあれ、肯定されるとは思いもしなかったのだろう。

 だが、白い少年は屈託のない笑顔を浮かべている。


「なにを呆けてるのさ。おっさんのしけたツラを見ても楽しくもなんともないよ。ほら、しっかりしな。将軍なんでしょ。いつだって自信ありげにしていなきゃ周りが不安になるよ」

「その…少年、いいのか?」

「ん? ロマンの話? もちろんだよ。だって、楽しいじゃないか!! そりゃ噂だよ。そんな眉唾もんの話を信じるほうがどうかしている。でも、それが本当に噂かどうかを知るには調べないといけない。オレはさ、今すごい―――」





―――「ワクワクしてるぞぉおおおおおおおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」





 ビィイイイイイイイッンン!!


 せっかくの完全防音なので叫んでみた。

 もちろん外には声は聴こえないが、目の前にいるガンプドルフが震えるほどの大声だ。ただでさえ声が大きいのだから、これは相当な音量に違いない。

 だがしかし、興奮が止まらない!!



「そうだよ、オレはこういうものを求めてたんだよな!! せっかくこんな場所に来たんだから、冒険とロマンがないとつまらないって!! オレがまだ見たことないものがそこにあるかもしれない! ないかもしれない? だからどうした!! いいじゃないか、やってやろうぜ!! オレの妹だぞ!! 特別なんだぞ!! だったら普通の場所で満足するわけないだろう!! 誰も成し遂げていないことをしてやるんだあああああああああああああ!!」



 今、ワクワクしている。

 今、ドキドキしている。

 ガンプドルフの話を聞いた瞬間から、無性に冒険したい欲求に駆られてしまっている。


「しょ、少年……」

「そうだ。オレは少年だ!! 少年なら夢を見たっていい! そうだろう!! あれが駄目だとか、これをしちゃいけないとか、そんなのくそったれだ!! 馬鹿が言う台詞だ! 何もしないやつが自己弁護するための言葉だ!! おっさんだってワクワクするだろう!? 今はおっさんだけど昔は少年だったんだぞ!!」

「っ!!」

「自分で言ったんだから、最初から諦めるなよ!!」


 ドンッ

 アンシュラオンが、ガンプドルフの胸を叩く。

 それは文字通りの張り手。遠慮なく全力で叩いたので、再び骨が折れそうなほどの衝撃が走る。


「オレが協力してやるから財宝を見つけてやろうよ。ああ、もちろん全部オレがもらうけどね!! どうせ王女と結婚したら全部オレのものなんだからさ、いいよね? うん、わかった、ありがとう!! じゃ、そういうことで!! ひゃっほー!! 楽しみだなぁあああ!!」


 ガンプドルフが悶えている間に既成事実を作ってしまう。さすがの悪党だ。自分のことしか考えていない。


 が―――熱い!!


 叩かれた場所からエネルギーが身体全体に行き渡る。

 心臓が熱い。心が熱い。魂が燃えるようだ。


 その瞬間、意識が少年時代に戻った気がした。


 DBDでは年に一度、聖剣がお披露目される時期があった。まだ所有者が決まっていない聖剣を公表することで、聖剣に認められる者がいないかを探す行事でもある。

 少年の頃、それを見て「いつか自分も聖剣に選ばれるのだ」と憧れた。

 鉱夫だった父親からは反対されたが、強引に騎士になった。

 騎士になり少しずつ頭角を現したものの、聖剣には選ばれなかった。

 いくつもの季節が流れ、少年は大人になり、中年になった。まだ聖剣には選ばれない。

 その頃、光の聖剣をまだ子供だったシントピアが受け継ぎ話題になった。

 天才少女が現れた。聖剣王国の希望だ。未来は明るい、と人々は騒ぐ。

 正直、挫折しそうになった。自分には才能がないのかもしれないと、うな垂れた。

 だが、諦めなかった。諦められなかった。


 そこには夢とロマンが―――あったから!


 いつか見た夢を追いかけて死に物狂いで鍛錬し、あがき、苦しみ、どんな場面でも諦めなかった。諦めるわけにはいかなかった。

 上官には煙たがられたが、部下は自分を信頼してくれた。

 そんな自分が聖剣長になれたのは、まさに奇跡でしかなかった。

 顔に壮年のシワが少し刻まれた頃、聖剣のお披露目の行事。

 これが最後のチャンスと子供たちを押しのけて最前列で祈った。頭を床に叩きつけて請い願った。周りの親衛隊に呆れられ、止められたが、それでもやめなかった。

 必死だった。夢中だった。その瞳には聖剣しか映っていなかった。

 それを面白いと思ったのかもしれない。雷妖王はガンプドルフを選んだ。

 哀れみで得たようなチャンス。一興で得た力。それが自分の誇り。精一杯の成果。

 だが、後悔したことはない。


(いつだってなさけないな、私は。いつも醜態を晒して生きている。だが、だが、それがどうした!! この胸の熱い想いはいつになっても変わらない!! 彼がそれを思い出させてくれた!)


 目の前の少年は、「強い魔獣を支配したいなー」とか「その力を使ってスレイブ・ギアスを強化しよう」とか「財宝に埋もれて泳ぎたい」とか欲望まみれのことを言っているが、何一つ負い目も感じず思うがままに生きている。(見ているほうは恥ずかしいが)

 しかしながら、その姿が、声が、情熱が、いつだって他人を惹きつける。

 それでいいのだと教えてくれる。それが正しいと後押ししてくれる。


(彼と一緒にいると何でもできてしまうような気がする。そうだ。そうなのだ。私はこの力に惹かれたのだ。私の迷いは―――晴れた!!)


 ガンプドルフは、この瞬間にすべてをアンシュラオンに託した。

 その結果何があっても恨まないし、自分もすべてをかけて挑む、と。

 実際のところ、ガンプドルフも現状に絶望していた。

 誰だってこんな最悪の状況を見れば逃げたくなる。だが、彼にはできなかった。もう戻る場所も時間もないのだ。そうやって自分を奮い立たせても、所詮独りではどうにもならない現実が立ち塞がる。

 だからこそアンシュラオンの手が、光が、『王気』が必要だったのだ。



 王気を持つ者こそ―――【王】!!



 人々に勇気と希望を与え、どんな劣悪な環境さえも覆してしまう最強の力を持つ者なのだ。

 それができるのならば、悪人だろうが小悪党だろうが関係ない。十分命を託すだけの価値がある。


 この瞬間、歴史は動いた。


 今、『国』への小さな小さな産声が上がったのだ。





638話 「会談後」


「お帰りなさいませ」


 アンシュラオンがコテージから出ると、ホロロが出迎えてくれる。

 彼女はいつどこだろうが、メイドであることを忘れない。


「メイドだ…こんな場所にメイドがいるなんて…」


 そんな姿に周囲の兵士たちも動揺を隠せない。

 そもそもメイドなどという存在は、一般人ではなかなかお目にかかれないものだ。兵士や騎士とて身分が低ければ、生活水準は一般家庭と大差ないものである。

 せいぜい使用人のおばさんが家事をしてくれる程度。このようなメイドは西側でもそこまで多くはない。


「異常はない? 何かちょっかいかけられていない?」

「問題ございません。みなさん、丁重に扱ってくれています」


 ホロロの後ろにはセノアとラノア、その護衛としてサリータもいた。

 それを遠巻きに兵士たちが物珍しそうに見ている状態だ。やはり違和感のほうが強いらしい。

 だが、サナと小百合の姿が見えない。


「サナは何してるの?」

「小百合様のところにおられます。あちらです」


 アンシュラオンが視線を向けると、少し離れた場所にサナと小百合の姿が見えた。

 なぜかそこでは多くの兵士たちが集まり、妙な熱気に包まれていた。


「はいはい、次の方どうぞ!!」

「は、はい! こんな汚いので申し訳ありません…」

「大丈夫ですよ! ついでに洗濯もしちゃいますからね! あっ、ここもほつれてますね! こっちは穴もあいてます。んー、同じ色の端切れがあればいいんですけど…」

「こちらにありますです! はい!」

「ありがとうございます! じゃあ、すぐにやっちゃいますね! 小百合にお任せあれ!」

「い、急がなくても大丈夫であります! ごゆっくりどうぞ!」

「おい、お前だけ幸せな時間を長く味わおうたって、そうはさせんぞ!」

「なんだと! ミナミノさんを急かせるつもりか! なんて失礼なやつ!」

「お前の臭い服なんぞを渡すほうが数百倍失礼だ!」

「そうだそうだ!!」

「み、ミナミノさん、俺…あなたのことが…」

「なっ! この馬鹿!! 何を言い出す!! 出会って二時間も経っていないだろうに!」

「一目惚れに時間なんて関係ない!!」

「お前のは欲望だろうが! このやろう!!」

「いてっ!? なにしやがる!! やるってのか!」

「おお、やってやる!!」

「貴様らぁああああああ! そこで何をしている!!」

「げぇえええ!!! ゼイヴァー百光長!?!」

「貴様ら、恥を知らんのか!! よもや邪なことを考えていたのではないだろうな!! 閣下の命令を忘れたのか!! 命令違反には、死あるのみだ!!」

「ぎええええ! 違うんです!! これはミナミノさんのほうから…!!」

「女性のせいにするとは不届き千万!! 問答無用!!」

「ぐえっ!!」

「ぎゃぁああああ!!」

「ふんふんふーん♪」


 兵士たちがゼイヴァーにボコボコにされている隣で、バッグから自前の裁縫道具を取り出し、平然と服を修繕する小百合の姿がシュールである。

 しかし、殴られようが蹴られようが、その場からけっして動かない彼らの熱意のほうがすごい。

 その様子にアンシュラオンも困惑する。


「…あれは何をしているの?」

「花嫁修業とおっしゃっておられました」

「花嫁修業って…ここで? たしかに男物の衣服はたくさんありそうだけど…いや、男のしかないけども…」

「さすが小百合様です。ああすることで兵士の皆様方からの信頼を勝ち取ることに成功しています。それがアンシュラオン様への信頼につながるのですね。見習いたいものです」

「たぶん、そんなことはまったく考えていないと思うよ…」


 小百合は感情と欲求に素直な女性であり、なおかつラノアとは違う意味で天然が入っている。単純に世話を焼きたがる性質なのだろう。

 そして、それこそが女性に飢えた騎士たちを魅了している。

 性的なものというより、彼らは【家庭】に飢えていた。

 遠い西の地から、こんな不毛な土地にわざわざやってきたのだ。独身男性だろうが既婚者だろうが、家庭の温もりを欲するのは自然なことだ。

 こうして知らずのうちに小百合を守る会が設立しているとは、当人は夢にも思わないだろう。


(まあ、これは好都合だ。ガンプドルフとも話し合ったが、これからはDBDの騎士たちの信頼も勝ち取らないといけない。そこで役立つのが『女性』だ。ここに存在せず、彼らが一番求めるものをオレは持っている。面倒だけど利益のためだし、がんばるとするかな)


 当然、小百合たちへの手出しは許さないが、それ以外の女性ならばいくらでも都合はつく。

 こういうときのためにモヒカンなどという小悪党を支配しているのだ。ラブスレイブはもちろん、恋人・嫁用のスレイブは好きなだけ用意できる。

 しかも相手が騎士ともなれば、むしろ女性側も勝ち組ではないだろうか。変なマフィアに囲われるよりは何倍もましだ。

 そして自分たちもスレイブの嫁を持っているのだから、スレイブへの認識を改めるしかない。まさに悪魔の計画である。

 いわゆるハニートラップに近い。あるいは慰安所か。どちらにしても意識改革に役立つ。


(このあたりはゆっくりやろう。ゼイヴァーみたいなやつもいるから急いでやると逆効果になるかもしれない。くくく、だがどうせ我慢できなくなる。それが男というものだからな。さて、サナは…と)


 サナも小百合の明るい雰囲気に惹かれて、興味深そうに裁縫を眺めていた。

 周囲の者たちの中には、ロリータドレスに着替えたサナに熱い視線を向ける者もいる。ロリコンかはわからないが超絶美少女なので仕方がない。

 ただ、彼女に注目するのは、それだけが理由ではない。


「………」


 大きな体躯、長い白髪と白髭の老人、バルドロス百光長がサナの近くに立っていた。

 半開きになったシャツの下には包帯が巻かれて松葉杖も使っているが、その目は強い活力に満ちている。

 彼をこんな姿にしたのは、紛れもなくこの黒い少女なのだ。その情報はすでに広まっているため自然と視線も集まるのである。


「………」

「…じー」


 サナも視線に気づき、じっと老人を見つめ返す。

 敵意はないので反応はしていないが、いつでも動けるように準備していることがわかる。

 バルドロスも、そんなサナの様子を観察している。


(間合いに入ってから臨戦態勢になるまで多少もたついたな。波動円は使っていない。感覚だけで捉えているのか。戦っている最中は獣のような動きをしていたが…今は普通の少女だ。やはりあれは魔石の力なのか?)


「そう構えるな。戦うつもりはない」

「…じー」

「覚えておらぬか? ついさきほど戦っていた者だ」

「…くんくん、じー。…こくり」


 サナはいちいち戦っていた相手の顔など覚えていないようで、匂いのほうで理解したようだ。

 魔石が有用なのはいいが、ますます犬化しているのが心配ではある。


「小さいな。思っていた以上に子供よ。そんな小さな身体でわしを倒すか。末恐ろしいな」

「…じー」

「…ん? もしや言葉が出ないのか? 喉でも傷ついたか?」

「その子はまだ言葉をしゃべられないんだよ」

「っ…!」


 老兵の真後ろにアンシュラオン。

 ただ静かに立っているだけだが、それだけで冷や汗が垂れた。

 まったく気配に気付かなかったからだ。もし少年がその気ならば簡単に殺されていただろう。


「へー、あんたがサナと戦ったバルドロス百光長だね。老化しているけど悪くない。いい武人だ」

「むぅ…」


 今しがたサナの技量を測っていた老兵だが、今度はアンシュラオンに測られてしまうというお返し付き。

 こういったところにも「やられたらやり返す」流儀が見て取れる。

 ただし、正当な評価は下す。


「普通に戦っていたらサナが負けてたね。貫禄が違う」

「負けは負けよ」

「それはそうだけど、素の力じゃあんたのほうが強いよ。まだ身体が環境に慣れていないんじゃないの? 筋肉が固いし、怪我の治りも悪そうだ。ゼイヴァーさんの言っていた通り、ブランクがまだありそうだね」

「言い訳はせぬ。準備が足りなかったのは己の未熟ゆえだ」

「堅物だね。嫌いじゃないよ、そういう武人はさ。今度サナとまた戦ってよ」

「この子は何歳なのだ?」

「十歳半くらい? 推定だけどね」

「幼い。あまりに幼い。年齢以上に幼く見える」

「そうだよ。小さくて可愛いんだ!! あーん! サナちゃん、かわいぃいいいいいいい!」


 アンシュラオンが、サナをぎゅっと抱きしめる。

 抱き上げて、なでなでして、ちゅっちゅして、ぺろぺろして、匂いを嗅ぎまくる。

 これが成人男性ならば即通報案件だが、サナはまったく嫌そうな顔はしない。すでにこれが当たり前になっているからだ。


(ガンプドルフが変なこと言うから、ますますサナが心配になるじゃないか! ああ、やっぱりサナは可愛いなぁ。最高だ。この子に勝る子はいないよな!)


「ああ、サナ…サナ。オレの可愛いサナ。お兄ちゃんがお前にすべてを与えてやるからな…なでなで。もうちょっと待ってくれな」

「…? …こくり」


 よくわからないが、とりあえず頷くサナ。そんな様子もまた可愛い。

 と、完全にバルドロスを置いていってしまっているので、ここで正気に戻る。

 そして、自慢するようにサナを見せつける。


「改めて会って驚いたでしょ」

「うむ…貴殿とは逆の意味で驚いた」


 バルドロスが言った「幼い」の中には、武人としての成熟度も含まれている。

 武人とは、戦いの経験値が意識せずとも自然と滲み出るものだ。だからアンシュラオンの見た目は若くても、その内面の深さに誰もが驚く。

 一方でサナは、まったくの逆。

 中身は『スカスカ』なのだ。まったく深みは感じない。だが、強いという矛盾。そこに熟練の武人だからこその違和感を抱く。


「あの戦い方は貴殿が教えたのか?」

「そうだよ。自分が有利となって、逆に相手が不利になるフィールドを生み出すのは戦いの基本だ。それが実践できたのなら価値ある戦いだったね。五回に一度しか勝てなくても、その一回を引き寄せられれば勝者になれる」


 アンシュラオンはサナを鍛えているが、どうしても子供ゆえのハンデが生まれる。こればかりはどうしようもない。

 そこを埋めるための手段が、『かりそめの強さ』を与えることだ。

 中身は成熟していないのに表面上は強いというチグハグさ。子供が銃を持って大人を殺しているような恐怖心と危うさを感じさせる。

 だが、それも戦いである。


「紙一重ですべてが決まってしまう。儚いものだ」

「戦いに疲れたの?」

「そう見えるか?」

「剣士のおっさん…ガンプドルフから少し聞いたよ。あんたたちは激しい戦いを生き抜いたんでしょ。そのあとに来る強い反動は誰にだって避けられない。それが負けたものなら特にね。すべてのピースがあんたの悪いほうに向かったんだ」

「………」

「でも、意識して引き寄せられる結果もある。オレがサナに教えたいのは、そういうことさ。そしてそれは、そっちに足りなかったものでもある」

「努力を惜しむな、ということか」

「努力を信じろ、ってこともね」

「努力しても…届かないことはある。想いが届かないときはどうする?」

「それは単純に始める前の準備が足りなかったのさ。準備期間を選べないこともあるけど事前に兆候はあったはずだ。何事も適切な対応を取らなかったために起こることだからね。それだけの軍事力があったなら、防衛戦になる前に手は打てたはずだよね」

「命令がなければ騎士は動けんのだ」

「なら、上層部が悪かったってことだ。心当たりはあるんじゃない? どこの組織も馬鹿が上にいると大変だ。オレなら先にそいつを潰すけどね」

「………」

「まあ、しばらくは一緒にいるつもりだから適当によろしく。サナ、小百合さんは任せるよ。夕飯までには戻っておいで」

「…こくり」

「それじゃ、オレは西側の技術でも見て回るか。あの戦車の主砲、欲しいなぁ…クルマに付けられないかな。武器も何かいいのがあればいいけど」


 そう言って、ふらふらと歩いていった。

 その後ろにメイド三人と女性の傭兵をはべらせて。


(あの少年が閣下が話していた男。…まだ掴めんな。私の感性が鈍っているのか、閣下に見る目があるのか。あるいは閣下も疲れておられるのか。わしには何もわからん)


 老兵は敗戦に疲れきっていた。

 まだ彼には希望は見えない。





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