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「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」

作者  園島義船



□ 第十一章 「スレイブ・ギアス」 編


615話 ー 最新話




615話 「拠点探し その1『新たなる一歩』」


「んー! いい天気だ!!」


 アンシュラオンが、太陽を浴びて身体を伸ばす。

 白い服に白い髪の毛、白い肌。

 相変わらずの真っ白なので、強い日光に晒されるとかすんでしまいそうになるが、強い存在感だけは隠しようもなく鳥の一匹さえ彼には近寄らない。(もともと結界があるので鳥類はあまり来ないが)

 その隣には、自分とは正反対の真っ黒な服を着たサナがいた。


「少女服は最高だな!」


 ここ最近は戦闘を重視した黒装束や、鉄陣羽織等の準装が多かったが、久々にヒラヒラのフリルが付いたロリータ服を着ている。

 腰には革ベルトで刀を差しており、いざというときにも即座に対応が可能となっていた。

 最初は違和感があったが、今では刀がよく似合う。

 強くなってもサナの可愛さは何も変わらない。いや、強くなったことで愛らしさに磨きがかかったようでもある。


「随分と長居しちゃったな。もう一ヶ月か」


 二週間程度を考えていたルセーナ農場での滞在も、気づけば追加で二週間も延長してしまっていた。

 延長の意味は特にない。単純に目的を達成した充実感で、だらけていただけだ。

 もともとサナを手に入れてからも、ホテルでだらだら〜っと暮らしていた男だ。基本はニート根性なのである。


 そう、一ヶ月。


 ソイドファミリーを殲滅し、ソブカが下克上を果たしてから二週間が経っていた。

 ソブカはまだラングラスの長になったことを公表していない。名目上は復帰したツーバが率いていることになっている。

 いきなり分家が本家になると言われても混乱が起こるため、今は内部での地盤固めを優先しているのだろう。

 そのことは彼自身の問題なので自分には関係ない。


 大切なことは、これで一旦【契約満了】ということだ。


(ソブカはラングラス内で実権を握ることに成功した。あいつがどこまで求めるかはともかく、少なくともラングラスにはなれたから十分だろう。その見返りにオレは金をもらう。まさにウィンウィンだね)


 先日、ファレアスティが物凄く嫌そうな顔をして会いに来た。

 せめて愛想笑いくらいしてもいいのに、と思ったが、ひとまず手付け金として【二億円】持ってきたので気にしないでおく。

 この金は、毎月ソブカが自分に支払う「みかじめ料」だ。

 アンシュラオンとソブカの関係は、あくまで金による繋がりにすぎない。

 もし自分が他の誰かと新たに契約したら困るため、【ソブカの敵に加担しない契約】を新たに結んだのである。

 それだけで年間二十四億円。日本円でいえば百億近い値段にもなり、実にウハウハといえる。

 ファレアスティが自ら会いに来たことも他者への当てつけ。すでに隠す必要もないので、この行為自体が他派閥への牽制となる。

 これに加えて、『麻薬工場の利権』はすべて自分のものだ。

 すでに工場は再稼動しており、順調にコシノシンを生産している。


(幹部の二人の洗脳も成功したみたいだし、このまま金を生み出してくれるとありがたいものだ)


 尺の都合で省略したが、ソイドマミーとソイドリトルは生きている。

 あの後倉庫内では、リトルはマミーを守ろうと果敢にも向かってきたが、サナに首の骨を折られて瀕死に陥る。

 リトルの命を交渉材料にしつつソイドマミーを捕縛。スレイブ・ギアスの実験台にし、支配下に置くことに成功する。

 自己流なので多少上手くいかない部分があったが、ひとまず言うことは聞くので成功と呼んでも差し支えないだろう。


(いろいろ実験したおかげで、スレイブ・ギアスに対しても目処が立ってきたな。マザーの力を借りれば、さらに安定しそうだ。そろそろ本格的に研究してみるか)


 マミーの洗脳も、マザーがいればもっと上手くやれた自信はある。

 今後の目標は、サナ以外の女性にスレイブ・ギアスを付けることだ。

 ホロロたちがあまりに従順なので忘れそうだが、まだ彼女たちはギアスを付けていない一般人なのだ。

 魔人の影響力だけでも人を支配下に置くことは可能だが、サナを見てもわかるようにジュエルの効果は無視できない。

 自分が所有する特別な女性に相応しい、特別なギアスを見つけねばならないのだ。

 そこで問題となるのが【金《かね》】。


(女を養うには金がかかる。不思議なことに、いくらあっても不足するんだよなぁ…)


 独りで暮らすのならば、多少の不自由などは気にしないものだ。それこそ手取り月十数万でも食費を切り詰めれば生きていける。

 が、女性がいると話は大きく異なる。

 月給百万あろうとも、それに見合った生活になってしまうのだ。

 ケチれば女性は不満を感じ、その荒ぶる野性を解き放つ。そんな修羅場の世帯では、幸せなど永遠に手に入るわけがない。

 哀しいかな。結局、金がなければ生きてはいけず、オスはメスのために金を稼がねばならないのだ。

 たとえば、こうだ。


(サナの服は最高級の素材で特注したいな。色も黒を基調にしつつ、いろいろなバリエーションが欲しいぞ。普段着用、外出用、遠出用、みせびらかし用、最低でも二十着以上は必要だ。シャンプーも物足りない。あんな安物じゃ髪の毛が傷んでしまうぞ。西側諸国から輸入したもののほうがいいのかな? グラス・ギースの経済状態はまだまだ悪いからな…)


 という具合に、これだけで五百万は軽く飛ぶだろう。

 発展途上国で日本の最先端技術が使われた製品を求めるのと同じく、グラス・ギースではおのずと高級品の値段が割り増しになってしまう。

 サナの武器まで新調し始めたら、それこそ数千万は消えるはずだ。

 そして当然、女性は一人ではない。

 これからも増えることを考えたら、月二億(+麻薬代)でもギリギリやっていけるかどうかなのだ。



「アンシュラオン様、準備が整いました」


 そんなことを考えていると、ホロロがやってきた。

 その隣には一緒に頭を下げているメイドの二人、セノアとラノアもいる。

 だいぶメイドにも慣れたようで、仕草もそれなりに様になっていた。


(メイド服もホテルのものだから、もっと良いものに新調したいな。安全面を考えると戦闘用のメイド服も欲しいよね)


 メイドとはいえ、自分が扱うメイドは特別でなければいけない。

 このグラス・ギースで最高のメイドであるためには、中身だけは駄目である。

 その後ろにいるサリータも、まだ使い古された軽鎧を着ているので貧乏臭い。今後は装備の側面にも金をかけたいものだ。


「よし、みんなそろったな。今日は馬車で移動するぞ」


 農場の外にアンシュラオンの身内が集合する。

 そこには一台の白い大型馬車があった。

 数十人は乗れそうな大きなタイプで、装飾品もしっかりしているので高級馬車といえるだろう。


「師匠、どこに向かうのですか?」

「うむ、よい質問だ。ここも安全になったし、そろそろ独立しようと思っているんだ」

「独立でありますか?」

「前に少し言っていたと思うが、オレたちの【新しい拠点】を見つけるつもりだ。今日はその下見だな」

「拠点? ホテルでしょうか?」

「ああいう場所も嫌いじゃないけど、やっぱり落ち着かないよな。防衛面でも問題が多いし。それは身にしみただろう?」

「たしかに逃げ場がありませんでした。脱出の際は不利ですね」

「本物の金持ちっていうのは、逆に普通の場所に暮らしているもんさ。ああいうホテルに暮らす成金にはなりたくないもんだよ」


 ↑ 安直に高級ホテルに滞在しまくっていた男の台詞


「ところでシャイナの姿が見えませんが、また寝坊でしょうか? 叩き起こしてきます!」

「ああ、シャイナは置いておくから放っておいていいぞ」

「え? 今回の下見には連れていかない、ということですか?」

「そうじゃない。ここで一度、本格的に別れるつもりだ。身内は身内だが一緒には暮らさない」

「えええええええええっ!?」

「なんだサリータ、寂しいのか?」

「い、いえ、そうではありませんが…共に戦った仲間でもありますので…」

「もともと裏の世界とは無縁のやつだったんだ。馬鹿で間抜けで、とことんお人好しの人間は、オレたちとは一緒にいないほうがいい。住む世界が違うからな。あいつはあいつなりに違う道で役立とうと努力している最中だ。その邪魔をしたくない」

「そう…ですか」

「同じグラス・ギースの中にいるんだ。そんなに離れるわけじゃないさ。いつでも会える」

「…はい」


 サリータが目に見えて落ち込んでしまった。

 シャイナが抜けるとサリータが序列最下位になってしまうが、単純に後輩がいなくなった寂しさを感じているのだろう。仲間想いの女性である。


「サナもそれでいいか?」

「…こくり」


 サナも近くでシャイナの変化を見てきたため、あっさりと了承。

 どんなに親しいペットであっても、時には別れねばならないこともあるものだ。


(オレたちがいると甘えるからな。バイラルに徹底的に鍛えてもらうとしよう。まあ、こういう関係も悪くないか。スレイブにすることだけがすべてじゃない。…オレも大人になったもんだよ)


 今までは女性全員をスレイブにするつもりだったが、シャイナに至っては完全にタイミングを逸したこともあってか、その必要性を感じなかったのが本音だ。

 スレイブになれば、良くも悪くも主人に依存してしまう。そういう目的のために作られたのだから当然ともいえる。

 サリータのように自分で努力できる人間であればよいが、シャイナの場合は甘えてしまうタイプだ。それではせっかくのチャンスを失うかもしれない。

 これも一つの区切り。

 互いに新しい道への第一歩となる。


「じゃ、リリカナさん、よろしくね」

「はい! このたびはご指名、ありがとうございます!」


 御者台には日焼け肌に栗色の髪の女性、リリカナがいた。

 ホワイト時代によく利用していた御者だが、ハングラスに雇われた狐面に襲撃されて馬車を破壊されてから、しばらく休業していたようである。


「いやー、馬車を直したのはいいものの、なかなかお客さんがいなくて困っていたんですよね! 維持費も馬鹿にならなくて…ほら、ホテル街も立ち入り禁止になったでしょう? あれじゃ商売上がったりですよ!」

「それは大変だったね。でも、いきなり立ち入り禁止は酷いよね」

「本当ですよ! 偉い人たちの考えることはよくわかりませんね。ちょっと前までお得意様がいたんですけど、いつの間にか消えちゃいましたし……そうそう、お客さんと同じくらいの背丈でしたね」

「奇遇なこともあるもんだね」

「ほんと、偶然ってすごいですね。あはははは!」

「これから長い付き合いになるだろうから、気軽にアンシュラオンって呼んでね」

「アンシュラオンさん、ですね。わかりました! 私はリリカナです! よろしくお願いします!」


(最初は疑ったけど…この人、本当にわかってないんだよね。能天気というか天然というか…それはそれですごいな)


 リリカナを呼んだのは、ちょっとした罪悪感があったからだ。

 あれだけの悪事を重ねた悪党が、こんな小さなことを贖罪したいと思うとは不思議だが、一般人に迷惑をかけたことは気にしていたのだ。

 だが、彼女はまったく気づかない。

 こんなに似ているにもかかわらず、声さえも同じにもかかわらず、巷で流れている「ホワイトは死んだ」という噂を鵜呑みにしている。

 メディアが露骨な情報操作をしても、そこしか情報源がない高齢者はやすやすと信じてしまう光景に似ているだろうか。

 知らないことは怖いことだと改めて痛感するが、利権に関わらない一般人にとってはそんなものなのかもしれない。




 アンシュラオン一向は、馬車に乗って東門に向かう。

 さすが新調しただけあって馬力もかなりのものだ。すいすいと他の馬車を抜きながら三時間程度で到着。

 窓から門の近くを見ると、そこには長蛇の列があった。


「おせーよ! まだかよ!!」

「何時間待たせるんだよ!」

「うるせぇな! こっちは二日待ってんだ! 静かにしろ!!」

「あぁん! んだこら、やるのかてめぇ!!」

「んぁ? なんだぁ、こら!! やってやるよ!!」


 かなりの時間、並んでいるのだろう。

 不満が頂点に達した短気な男たちが、あちこちで喧嘩を始めている。

 それもまた見世物になって賭け事が始まる光景も相変わらずだ。

 ただし列はいつも以上に長く、なかなか進んでいないことは事実であった。


「混んでるね」

「あー、そうでした。検問が厳しくなったみたいで、通るまでに時間かかるんですよね」

「そうなんだ。ある意味ではこれが普通だけどね」


 今までのグラス・ギースがゆるゆるだっただけで、どこの誰かも知らない人間を入れるのだからチェックが厳しいのが普通であろう。

 これは治安維持を担当しているマングラスの方針である。

 少しでも違和感のある人物は、オビトメが十数分間かけてチェックするので、それが続くとどんどん渋滞していくのだ。

 通常はチェックの甘い商人に対しても行われる措置のため、東門は常に混雑している状況に陥っていた。


「けっこう待つかもしれないですね…」

「ああ、大丈夫、大丈夫。そのまま来客用のところに行ってよ」

「ええと…あそこは領主様に会いに来た要人さんとかが並ぶところですが…」

「知ってるよ。大丈夫だから行ってみなよ」

「はい、わかりました」


 リリカナは雇われ御者なので、多少疑問に思ったが言う通りに馬車を動かす。

 東門にはいくつか種類があり、長蛇の列が並んでいるところは昔アンシュラオンが並んだ一般用の通り道である。

 それとは別に商業用の通路があり、さらにもう一つ、要人用の通路がある。

 ここはガンプドルフ等の外部からやってきた来賓が通る場所で、軽いチェックだけで済むことが多いが、当然ながら一般人はまず近寄らないところだ。

 そこに白い馬車が近づくと、門から妙な緊張感が伝わってきた。

 それとは対照的にアンシュラオンは、窓から乗り出して手を振る。


「やっほー! マキさん!」

「あら、アンシュラオン君じゃない!」


 そこにはなぜかマキがいた。

 職務には真面目な彼女が、やることもなさそうに突っ立っていた。

 なかなか珍しい光景である。


「マキさんって、あっちが担当じゃなかった?」

「変なフードの連中がやってきて左遷されたのよ。まあ、青劉隊ってマングラスのカスどもなんだけどね。変質者の仲間のくせに偉そうにしちゃってさ」

「カスって……よほどストレス溜まっているんだね」

「ええ、暇すぎて何かを殴ってないと頭がおかしくなるほどよ!」


 ボゴーンッ!

 マキが八つ当たりで壁を殴ると、大きな音を立てて一瞬だけ門が揺れる。

 その音が鳴るたびに、喧嘩をしていた男連中の動きも止まっていた。

 壁にはいくつもの拳打の跡が残っているので、本当に暇そうである。


「それだけ暇なら、オレの家が出来たら遊びに来てよ!」

「え? 家を建てるの!?」

「これから土地を見に行くんだ。マキさんとオレ(たち)の家だよ!!」

「っ!! あ、アンシュラオン君…そんなに私とのことを…! 一生付いていくわ!!」

「うぐっ! 壊れる! 馬車が壊れるって!」


 武人のマキが窓越しに抱きついたため、それだけで馬車が大きく傾く。

 ドアが割れそうになったのを見てリリカナが青ざめるが、注意したらもっと酷い目に遭うと思ったのか必死に耐えていた。


「ここを通りたいんだけど、責任者ってマキさん?」

「残念ながら違うわ。私は変なやつらが来たら追い返すだけの役目。責任者は門の中にいるわ」

「じゃあ、そいつと話つけてくるね」

「大丈夫? 相手はマングラスよ。アンシュラオン君の敵よね?」

「オレの敵は私腹を肥やす上層部の連中だけだよ」

「私も力になってあげたいけど…」

「マキさんがここにいるだけで、マングラスの悪行を抑えることになるんだ。もっと自信を持ってよ!」

「アンシュラオン君…あなたって本当に素敵な人ね。そして勇気がある人よ! それに比べて、なんで私は衛士隊にいるのかしら…」

「マキさんが悪いんじゃない。領主が悪いんだよ」

「…そうね。そうなんだわ。マングラスと手を組んだ領主が悪いのよ!」

「そうそう。あいつらによって都市が牛耳られているんだから、マキさんは悪くないんだよ」

「ありがとう。君のおかげで目が覚めたわ!」

「うんうん、それはよかったよ」


 マキとはこの一ヶ月の間に一度会っているので、ある程度の事情は伝えてある。

 もちろん都合の悪いことは全部「マングラスor領主=悪」ということで片付けているが。

 ただ、実際に治安維持部隊が出てきて衛士隊の権威が下がったこともあり、それらの言葉には説得力があったようだ。


「ああ、そうだったわ。あなたに頼まれていた金髪の子、解放されたわ」

「へー、あの子が。どうりでいないと思ったよ。でも、よく衛士隊が解放したね」

「収監砦が壊れちゃったし、軽い罪の人たちは解放されたのよ。解放というか、【都市からの追放】なんだけどね。追放になると第三城壁内にも滞在できないの」

「要するに世話するのも面倒だから荒野に追い出した、ってことね」

「そうなるわね…。娘さんも一緒だったから心配だけど…」

「生きていればチャンスはあるよ。がんばってほしいものだね」

「そうね。無事だっただけでもよかったわね」


 これまたすっかり忘れていると思うが、シャイナの代わりに捕まったマドカのことである。

 もともと麻薬の不法所持という軽めの罪だったこともあり、ホワイトが死んだ今、もはや利用価値はなくなっていたのだ。


(子持ちの女が生きるには荒野は大変か。わざわざ殺す必要もなさそうだ。麻薬が没収されたのは損益だけど、しょうがないかな)


 都市にいるのならば排除対象だったが、追放されたのならばあえて追うこともない。

 自分の生活で必死だろうし、シャイナを売ったのは彼女のほうだ。自業自得といえる。

 工場に残っていたらサナに殺されていたので、むしろ感謝してほしいものである。

 ちなみにマドカが入手した麻薬は、かつてカスオが隠したものの一部なので回収したかったが、工場を制圧した今となってはたいした量ではないのでかまわないだろう。



「じゃあ、門を開けてもらえるかな。誠意をもって話し合えば通じるさ」

「気をつけてね。いざとなれば私も参戦するわ」

「ありがとう、マキさん! でも、たぶん大丈夫だよ」


 ゴゴゴゴッ

 マキが門を開けると、そこには一人の大男がいた。

 彼はセイリュウとも話をしていたマショウケツという人物だ。

 青劉隊の証である青い装束で頭まですっぽり覆っているので、顔は見えない。

 が、明らかにその表情は強張っていた。


「やぁ、初めまして」


 バリンッ


「…ひぃ」


 馬車から降りたアンシュラオンがマショウケツに近寄った瞬間、大男のわりには、あまりにか細い声がフードから漏れた。

 それも仕方ない。

 彼の近くには結界が張られており、普通の人間はもとより、武人でも簡単には近寄れないようにしてあったからだ。

 だが、アンシュラオンに『人が張った結界』などが通用するわけがない。


「通っていいよね?」

「…は、はい」

「これからもフリーパスでいいよね?」

「…は、はい。お願いしますから、もう近寄らないでください…」

「なんだよ。大きいわりにビビりだな。えいっ!」

「あうぅっ! ご、ごめんなさい…」


 バンッとアンシュラオンがマショウケツの脛を軽く蹴ると、哀れな声を出してうずくまる。

 そのまま震えて縮こまってしまい、動かなくなってしまった。嵐が過ぎ去るのを待つ小動物のようだ。


「これからはオレが通るときは事前に開けておけよ。門の周囲を監視しているなら楽勝だよな?」

「…は、はい。わ、わかりました」

「暇なら、ちょっと遊んでやってもいいけど?」

「お、お許しを…」

「つまらないな。まあいいか。通っていいってー! 忙しいし、さっさと次に行こう!」


 あまりに無抵抗だったので興味を失ったアンシュラオンは、さっさと馬車に乗って行ってしまった。

 たしかにマショウケツはなさけないが、あの男への対応としてはもっとも賢いものといえる。

 平伏して逆らわない。これが一番なのだ。


「うう、結界が効かないなんて、あの人おかしいよ。もう関わりたくない…。オビトメ、大丈夫かな?」


 ちなみに一般通路で術式検査をしていたオビトメだが、アンシュラオンが近寄ってきた気配だけで失神。

 嘔吐までしたので、喉が詰まって窒息しそうになったそうだ。

 ただ通るだけで青劉隊が怯えるとは、歩く災害の名は伊達ではない。




616話 「新しい拠点 その2『アーパム商会設立』」



「小百合さん、元気にしてた?」

「―――っ!! アンシュラオン様!! 会いたかった!!」


 ドゴンッ


「いたーい!」


 我慢しきれずに飛び込んだので、受付の窓に頭をぶつける。


「興奮しすぎだって!」

「だって、全然会いに来てくれないじゃないですか!!」

「それはその…忙しくて…」

「忙しい!! 妻に対する言い訳ランキング、第二位の言葉ですよ!!」

「第一位は?」

「疲れているから勘弁して、です」

「どこでそんな情報を得てくるの?」

「職場で既婚者のイチャラブ話をよく聞くのです。あっ、この前離婚したので最近は静かですけどね。いい気味です」

「そ、そうなんだ」

「このまま私が三十路になったらどうするんですかーーー!! 早くー! 早く寿退社したいです!!」

「い、いや、その…時期ってものがあるからさ。もう少し待ってよ」

「いいんです。小百合はアンシュラオン様にすべてを捧げていますから。股間の記憶があれば生きていけます!!」

「声が大きいよ!!」


 だんだん小百合が壊れていくので本題にいこう。


「そろそろ家を買おうと思うんだ」

「マイスウィィィィィィットハウス!! 小百合との家ですね!!」

「ま、間違ってはいないかな。それで、まずは土地を探そうかなーと」

「わかりました! すぐに不動産屋を手配します!! では、行ってきます!!」

「あっ、小百合さん!!」


 止める間もなく、凄まじい勢いでハローワークを出て行った。

 その際に一般人を三人吹っ飛ばしたのも見えたが、気にしないでおこう。

 『結婚』、『マイホーム』という言葉は、女性をこれほどやる気にさせるものなのか。

 自身の生活がかかったときの女性のパワーは怖ろしいものである。



 数分後。



「ひぃひぃ、ふぅふぅっ! は、初めまして…ふぅふぅ、ディンフロン商会のアランモスと申します。ふぅふぅ」

「汗すごいけど、大丈夫?」

「これくらいは…はぁはぁ。大丈夫です。本気で走らないと刺されそうでしたので。あのような目のミナミノさんは初めて拝見しました。本当に殺されるかと思いましたよ」

「なにか…ごめん」


 やってきたのは不動産業を営む、ディンフロン商会の営業部長のアランモス。

 発言だけ見ると肥満に思えるかもしれないが、やや腹が出ているものの普通の体型の中年男性である。

 汗の理由は、小百合に急かされて全力で走ってきたからだ。

 最近は少し涼しくなってきたのだが、おかげでシャツは汗だくである。


(ディンフロン商会、か。領主の系列だな)


 不動産は領主の権益なので名前の通り、ディングラス家が経営する商会である。

 といっても領主が直接関与するわけではないため、普通の不動産屋だと思えば問題ない。


「土地をお探しだとか?」

「独立して家を建てようと思ってね。そこそこ大きいものを予定しているよ」

「それは素晴らしい! ぜひともお力になりたいものです。アンシュラオンさんは中級市民と伺っておりますので、中級街をご所望でしょうか?」

「中級街だけにこだわるわけじゃないから、それ以外の空き地も見せてもらえるかな? 急いでないからじっくり見たいね」

「わかりました。お任せください。ディンフロン商会の名にかけて素晴らしい土地を探してみせましょう!」

「ところで個人で買える土地には制限があるの? 買えない場所とかある?」

「そうですね…だいたいの場所は開放されておりますが、機密上どうしても一般の方には販売できない場所もあります。大きな土地となりますと、なおさらその傾向が強いかもしれません」

「そりゃそうだね。派閥間の争いが強いから、いいところは押さえられちゃうよね。どこか空いていればいいけど…うちは大所帯だから難しいかな」

「では、【商会】を作ってみてはどうでしょう? アンシュラオンさんほどの方ならば、簡単な手続きですぐに作れますよ。税金対策にもなりますし」


 ちらり、とアランモスが入り口で待っているホロロを見て提案する。

 彼はすでに駐車場にある白い大型馬車も確認しているので、自分がメイド持ちの金持ちということは一目でわかっただろう。

 商売をしている人間は、相手が金を持っているかどうかはすぐにわかるものなのだ。


(商会…か。何でも個人でやるより組織にしたほうが、節税に関しては楽ではあるな。前のは潰すために作ったけど、今度作るやつは普通に経営していくことなる。異世界で商売も悪くない。これも新しい一歩だと思えば楽しいかな)


 『ホワイト商会』は、あくまで他派閥の力を削ぎ、最後は潰れて終わるために作ったものだ。

 当然、愛着もまったくない。あんな汗臭い商会は二度と御免だ。

 だが、これからは自分たちの身内を食べさせていかねばならないし、だらだら何もしないで暮らすのは飽きてくるだろう。

 自分はともかく、他の者たちにやることを与えたいものである。

 また、どうせ監視対象になっているのだから商会という立場で動いたほうが楽だ。

 もし他の都市に行くことがあっても身分証明証代わりになるので、作っておいたほうがメリットは大きい。


「わかった。作ってくるから少し待ってもらえる?」

「もちろんです。私も休みたいと思っておりました」

「ホロロさん、扇いであげてよ」

「かしこまりました」

「こんな美人さんに扇いでもらえるとは、幸せですなぁ」


 こういう気遣いをするのも金持ちの嗜みである。(半分は見せつけ)




「小百合さん、商会を作れるかな? そのほうが得みたいだね」

「わかりました! では、こちらの書類にご記入ください」

「名前か。どうしようかな…」

「アンシュラオンと小百合の素敵な―――」

「『アーパム商会』でいいや」

「ずこーーー!」

「小百合さん、さすがにそれは長すぎるし無理があるって…」

「そうですよね。失礼いたしました」


(アーパム商会か。サナのために作るようなものだしな。これでいいだろう)


 小百合が暴走しそうになったので、咄嗟に思いついた名前を記入する。

 名前は単純に自分とサナの名前を繋げたものだ。面白みはないがストレートで悪くはない。


「ええと、商会のメンバーは…オレとサナとホロロさんと…あっ、あの子たちは市民権持ってないのか。ねえ、商会員になるのに市民権はなくても大丈夫だったっけ?」

「中級市民のアンシュラオン様が作った商会の従業員ならば、加入している間は庇護下に入るため『下級市民権』までは得ることができます」

「オレが身元保証人になるから、その下のランクまでは保証されるわけだね。なるほど。各派閥の商会で働きたい連中が多いわけだ」

「やはり都市内部では暮らしやすくなりますね。最近では都市に入るのも大変ですから、市民権があれば通行も楽になるはずです」

「オレはどっちでもいいけど、サリータたちだけで動く場合もあるからね。これは助かるかも。そういえば前にパーティーを作ったけど、商会やりながらハンターの仕事もできるのかな?」

「特に問題ありません」

「両方同時に動くこともできるの? 積荷を守るための自衛行動を自分がハンターとして請け負うとか」

「商会自体で戦力を持つのはよくあることですし、紐付けしてやっているところも多いですね。それを経費として算出して節税します」

「そのあたりは緩くていいね。両方好きに使い分ければいいのか。これも助かるな」


 今後は荒野での活動も増えるので、ハンターとしての仕事も両立できるのならば非常にありがたい。

 グラス・ギースに限らず、ペーパーカンパニーであっても作っておいたほうが得であることがわかる。

 それにしても―――


(やばい。前にも商会の説明を聞いた気がするが…全然覚えてない。あのときはソブカに丸投げしたからな。他人に押し付けるのと自分がやるのは違うもんだな)


 ホワイト商会を作った時に一通りの説明は聞いた気がするが、これっぽっちも覚えていない。

 他人から物をもらうと雑に扱うのと同じ心理だろうか。


「事業内容はどういたしますか?」

「それについては考えていたものがあるんだ。【ジュエルの取り扱い】にしようかなって」

「ジュエル…鉱物ですか?」

「グラス・ギースの鉱物資源の取り扱いって、どうなっているの?」

「現在はハングラスが独占して【輸入】しております」

「輸入…か。どうしてハングラスは自前で調達しないの?」

「詳しい事情はわかりませんが、鉱山の探索に危険が付きまといますので輸入したほうが安く上がるようですね」

「第一警備商隊とかいたけど、あいつらがいても駄目だったの?」

「少し遠出すると魔獣も強力になりますし、彼らは交通ルート間の護衛が主な任務だったようです。もし遠出して大型魔獣と遭遇したら輸送船くらい簡単に沈んでしまいますからね。前に試したことはあるようですが、魔獣と遭遇して何度も全滅したそうです」

「なるほどね」


(グランハムでも厳しかったか。まあ、あの程度の実力じゃ無理もないかな)


 都市内部での戦いが続いたので感覚が麻痺しそうだが、いくら対人戦闘で強く見えても、マキでさえ外に出れば簡単に命を失う危険性がある地域だ。

 以前ラブヘイアと行った『魔獣の狩場』も、普通ならば三日はかけて慎重に接近するらしい。そんな状態で鉱山の探索などできるはずもない。

 そうでなければもっと開発が進められており、辺境の地とは呼ばれていないだろう。

 資源はあるかもしれない。が、危険すぎて誰も開発できない。それが北部の事情なのだ。


「ジュエルを管理する場合、ハングラスと関わるってこと?」

「拠点をグラス・ギースに置くのならば、そうなりますね」

「それは興味深いね。アーパム商会が、ハングラス派閥になるってことだよね?」

「一応そういう扱いになります。直営だと『ハン』の文字が与えられますが、相当なコネクションがないと無理ですね」

「名前が組織内部での序列にもなっているんだね。それは問題ないかな。あくまで外郭団体程度の扱いでいいしね」

「また、ジュエルの取り扱いには『免許』が必要となります。こちらはダマスカスの『国際ジュエル協会』への申請となりますので、グラス・ギースとは関係ありません」

「そこに加入すると何かあるの?」

「特殊なジュエルを入手した際、発見の届出が求められます。その代わり申請すれば、向こうが保有している膨大なジュエルデータの閲覧が可能となります」

「秘匿した時の罰則は?」

「特にありませんが、露見した場合は心象が悪くなるかもしれません。ジュエリストの認定を牛耳っている組織ですからね」


 ダマスカスの国際ジュエル協会は、【ジュエリスト認定】の権限を唯一持っている国際組織である。

 ジュエリストの公式認定を受けた者は社会的に大きなステータスを得ることになり、各国各機関から有能な人材と認識されるようになる。

 ジュエリストの存在価値はサナを見ればわかるように、極めて大きなものだ。

 より多くのジュエリストを手元に置くことができれば、他国に圧力をかけることができ、それだけで防衛手段となりえるので引く手あまたとなる。

 ただし、これらはあくまで対外的で社会的なステータスのため、そういったものを必要としなければまったく気にする必要はない。

 現にテロリストだからといって、認定されない世界最強のジュエリストも存在している。(未来の話)


「まあ、無理に逆らうこともないか。利用できるものは利用しよう。ジュエルについてはわからないことも多いから、データが欲しいしね。じゃあ、そっちも申請しておいてもらえるかな?」

「わかりました。一週間ほどで登録証が届くと思いますので、お知らせいたしますね」


 どうせここは辺境の地。

 いくらでも誤魔化すことはできるし、適当に珍しい魔獣の心臓を見繕って送っておけば、対価として貴重なジュエルデータを閲覧できる。

 正直、メリットのほうが遥かに大きいのだ。

 それより重要なことは、ハングラスと関わる点である。


(ハングラスか。地下ではお世話になったし、嫌いじゃないんだよね。それに、戦力が低下しているんだ。オレの力は欲しいはずだ。…金の匂いがするね)


 自分でハングラスの商隊を潰しておいて、今度は自身の戦力を売り込む。

 なんともあくどいが、より強い者にはいくらでも需要があるのが現実だ。

 現在のハングラスの立場を考えると、自衛手段は喉から手が出るほど欲しいに違いない。

 ソブカとの密約があるものの、ラングラスと敵対しなければよいだけのこと。そう難しい問題ではないはずだ。

 これはぜひとも一度、話し合いの場を設けたいものである。


「ところで商売品の追加はできるのかな? 業務内容に変更があった場合だね」

「売り物といっても、それぞれですからね。途中から増えても手続きは不要です。たとえば服飾で登録しておいて、兼業で八百屋をやる人もいますよ。あまり大きくやりすぎると派閥から是正勧告が来るので、そこで修正すれば大事にはなりません」

「そのあたりはどこも同じか。助かるよ」


 日本でも最初に申請した業務内容とは違っても問題ないケースが多い。

 これも言葉のマジックだが「ジュエルの卸売りや『その他』の仕入れ『等』」と書いておけば、それ以外はすべて『その他』『等』に含めてしまえばいいのである。

 とりあえず税金さえ払えば文句は言われないのは、どこの世界でも同じようだ。


「では、事務所が決まりましたら、追加情報として登録しますので教えてくださいね」

「わかったよ」

「一番に教えてくださいね」

「う、うん」


 念を押された。


(少し予定が早まったけど、新しい生活の基盤は作れそうだ。スレイブ調達はモヒカンに押し付けて、これからはまっとうな商売人にでもなるかな。オレは自由だ!! うおおおおおお!)


 こうして『アーパム商会』が設立されることになった。

 今後はこの商会が、自身の生活の中心になっていくに違いない。




617話 「新しい拠点 その3『お菓子と大樹と日陰と』」


「はい、これあげるね」

「これは?」

「商会の身分証。持ってるだけで下級市民と同じ権限が与えられるから、移動するときは無くさないように首からかけておくといいよ」

「これで下級市民と同じ…なのですか?」

「そうだよ。まあ、グラス・ギース程度の都市じゃ、下級市民権の価値なんてたかが知れてるけどさ、無いよりあったほうが便利だよね。それと『アーパム商会』は『白の27』と紐付けておいたから、変なやつに絡まれたらその名前を出してね」

「は、はい! わかりました! 大事にします!」


 アンシュラオンがあげた商会員用の身分証をセノアがまじまじと見つめる。

 自分にとってはさしたる価値もないものだが、モヒカンに捕まってスレイブにされてしまった移民の彼女にしてみれば、下級市民権でも夢のまた夢なのだろう。

 それをぱっと欲しいときに手に入れてしまう主人が、ますますよくわからなくなったに違いない。


「これで自分も商隊員なのですね!」

「そうだ。サリータの場合は警備員も兼ねているけどな」

「光栄であります!」


 サリータに渡したときも妙に感動していた。

 彼女は傭兵の仕事で商隊の警備を請け負っていたこともあるが、今度は自分がそちら側に立つとは思ってもいなかったのだろう。

 誰だって他人に雇われる人生は嫌なものだ。自分の富を自分で守るのならばやる気も出る。

 思ったより商会を作ったことが好評だったので、アンシュラオンも嬉しくなってしまう。


(それにしても『白の27』…か。もっといい名前を付ければよかったよな。まっ、なんでもいいか。オレがデアンカ・ギースを倒したことはハンターならば知っているし、小百合さんにもさりげなく宣伝しておくように言ったから、アーパム商会を敵に回したらどうなるかはすぐにわかるだろう)


 今まではハンターとしての知名度など、まったく気にしていなかった。

 しかし、この都市にとって四大悪獣は災厄の象徴であるため、それを倒したとなれば本物の【英雄】といえる。

 当人は裏社会での金儲けに必死だったが、収監砦の門番でさえ知っていたように『悪獣殺し』は表の世界では大きな話題であった。

 現にアランモスも「あなたがあの…! どうりで存在感が違うと思いましたよ。いやぁ、うちの娘がファンなんですよ。ぜひともサインをお願いいたします」と感動していたものだ。


(素直に好意を向けられるのって、なんか新鮮だな。お日様の下はあったかいなー。ほんと、裏社会と比べると雲泥の差だね)


 なにが悲しくてエセ医者の「ホワイト」を名乗らねばならなかったのだろう。

 そうだ。自分はあの悪獣を倒した英雄なのだ。

 使えるものは使う。今後はシャイナ同様、太陽の下で名誉ある人生を送りたいものである。


「それじゃ、近場から順番に見て回ろうかな」


 そうしてサナたち全員に商会証を渡したあと、さっそく不動産を見て回ることにする。




 まず最初に見たのは、ハローワークから北に行った物件だ。

 周りは各商会の工場や倉庫が多く、港町でよく見られる工業地帯に似ているかもしれない。


(ジュエルの卸売りをするのならば便利ではある。ただ、前にハングラスの倉庫を襲ったこともあるから、なんとなく居づらい雰囲気はあるな。殺風景だし、ここに暮らしても楽しいとは思えない)


 ここは軽く見ただけで、ほぼ素通り。

 今後の事業拡大を見越してあくまで確認しただけ、といった感じだ。


 次は南に下り、ハローワークを越えて「一般街」に入る。

 一般街に入ると途端に景色は変わった。労働者から買い出しの主婦まで多様な人々が入り交じり、町全体に活気が見えてきた。

 ここは一般街と呼ばれるように普通の町の光景、商店街が並ぶ都市の中心地ともいえる場所だ。

 東門に近いことからも保存が利く携帯食料店や、キャンプ用品店、裏側に行けば武器屋の「バランバラン」等、荒野で生き抜くための店も多く見受けられる。

 そして、一般の人々が増えるため『恒例のアレ』も発生。


「そこのお嬢さん、お菓子はどうだい?」

「可愛い子たちが一杯だね! どうだい、おひとつ!!」

「そんな安物を売りつけるんじゃないよ! こっちの高級なお菓子をどうぞ!」

「はんっ! 見てくれだけで菓子の良し悪しが決まるわけじゃないわ! 味で勝負よ! うちは手作りだからね! さあ、どうかしら?」


 馬車の周囲に、カゴに食べ物を入れた女性たちが集まってきた。


(ああ、懐かしいな)


 もうすっかり忘れていると思うが、サナを領主から取り戻した頃、こうして馬車を使って都市を回ったことがある。

 そのときも同じようにお菓子や果物を持った女性たちが集まり、売り子をしていたものだ。

 都市内部で抗争が起きて街でドンパチやることがあっても、一般人は生活して生きていかねばならない。

 彼女たちからは逞しさと、上級街には無い人々の温もりが感じられた。


「あの、どうしましょう? スピードを上げますか? 観光馬車ではないので付き合う必要はありませんが…」

「いやいや、ゆっくり走ってあげてよ。本当にゆっくりね」

「大丈夫ですか? けっこうしつこいですよ?」

「それがいいんだよ。この子たちにも普通の生き方の良さを教えてあげたいんだ。人と触れ合うことは本当に大事だからね。そうそう、窓と天井も開けていいよ。盛大に迎え入れてあげよう」

「わかりました! ありがとうございます!」


 リリカナも労働者だ。同じ労働者の売り子たちの気持ちもよくわかるので、心情的にはそうしたかったのだろう。

 アンシュラオンが許可を出すと、彼女は笑顔で馬車の窓を開けていく。

 さすが金をかけて改造しただけあり、馬車の天井はスライドしてオープン仕様にもできるため、せっかく晴れているのだからと一度止めて開いてみた。

 その隙を周囲の売り子が見逃すはずもなく、あっという間に囲まれてしまう。

 目の前には大量のカゴ、カゴカゴカゴ。


「お嬢さん、これなんかどうだい? 手作りのパンだよ。たっぷりお肉も入ってるからね。噛み締めると、じゅわーって肉汁が出て最高だよ!」

「こっちは出来立てのアップルパイだよ! 食べたら甘酸っぱい味が広がるからオススメだね!」

「このフルーツは森の中でしか採れない貴重なものなんだよ! 夫が命がけで採ってきたんだ! ぜひ食べてみておくれよ!!」

「す、すみません! そ、その…私はメイドなので…お金がなくて…」

「あっ、そうだった。はい、【お小遣い】の十万円」


 アンシュラオンが囲まれて困っているセノアに金を渡す。

 着飾ることは何もない。懐からお札を十枚取り出して手渡しだ。


「え…? これ全部…ですか?」

「ごめんよ、忘れてた。子供にはお小遣いが必要だよね。給料とは別に払うから好きに使いなよ」

「え? 給料? え? お小遣い十万円?」

「十万円じゃたいしたものは買えないだろうけど、値段についてはあとでまた考えるよ。とりあえずここはそれで何か買ってごらん。全部使ってもいいよ。またあげるから」

「じゅ、十万円なんて大金……ど、どうやって全部…」

「ギラッ!! お嬢ちゃん、これなんてどうだい! このあまーいお菓子は最高だよ!!」

「いやいやいやいやいや、こっちの果物なんて本当に珍しくて美味しいんだよ! グラス・ギースじゃまず手に入らないね!!」

「何言ってんのさ! 私のパンが最高に決まってるだろう! ほら、ほら! 食べてごらんよ!」

「えええ! えええええええ!?? こ、困ります、困りますうううう!」

「ほらほら、いいから口に入れて! 突っ込んじまいな!」

「うぐうううっ! うまーーーーーー!」


 目の前でアンシュラオンが十万円を「お小遣い」として渡したため、明らかに場の空気が変わった。

 十万といえば庶民には大金だ。一般男性の二か月分の給料に匹敵する。

 それをぽんと渡してしまうほどの金持ちを逃すはずが―――ない!

 セノアは売り子のおばちゃ…ご婦人たちのパワーに圧倒され、次から次へと食べ物を買わされる羽目になっていた。(口にパンを突っ込まれていた)


「ははは、これも経験だね。じゃあ、ラノアにもお小遣いをあげようかな」

「んー、おかね?」

「そうだよ。これを使って買い物するんだ。何でも好きなものを買ってごらん」

「んー、ねーねーとおんなじのでいい」

「うーん、そっか。まだ自分で決めるのは難しいかな。サナ、一緒に見てやってくれ」

「…こくり」


 サナにも同じく十万円を渡し、ラノアの世話を任せる。


(子供はこういう場を通じて社会性を学んでいくんだよ。それをさらりと促せるオレって教養があるよな)


 と、自画自賛していたのだが、この時はすっかりと忘れていた。

 サナが『大のお菓子好き』であることを。

 以前も彼女は菓子を好み、あげればあげただけ食べるという暴挙に出ていたものだ。

 そこにお金という「自由」を与えればどうなるのか。


 十数分後、アンシュラオンの目の前には【菓子の山】が生まれていた。


 サナとラノアの二十万円が、すべて菓子になったのだ。安物の菓子からグラス・ギースでは高級品として扱われている高級菓子まで、ほぼすべてを買い占めてしまう。

 普段売り子として働いているおばちゃんに加え、何やら金持ちが路上で買い物をしていると聞きつけた周囲の店からも出張販売が行われたため、予想以上の菓子が集まったようである。

 中には菓子のオマケと称してアクセサリー等の雑貨も交じっていたので、どさくさに紛れていろいろと売りつけられたようだ。

 だが、サナの目には菓子しか映っていないので全部受け入れてしまう。


(二十万全部…お菓子か。気持ちはわかるし、オレが自由に使えと言ったから何も言えないが……子供は際限がないんだな。次からは気をつけよう)


 子供は与えただけ食べてしまう。

 特にサナはその傾向が強いので注意が必要だ。

 結局ここで買ったものは馬車に載せきれなかったため、台車を使って牽引することになった。

 思わぬ買い物ではあったが、グラス・ギースにおける経済状況がそれなりに回復していることがわかる一幕でもあり、まずは一安心といったところだろうか。

 仮初の安定ではあっても、市井《しせい》の人々にとっては経済が回ることが最重要なのである。

 ちなみにサリータだが、「あんた胸が小さいね。これを食べれば大きくなるよ」などと「豊胸フルーツ」を勧められてショックを受けていた。

 たしかにコラーゲンを多く含む果物は美容に良いと聞くし、胸の大きな女性が多い国でよく食べられている特定のフルーツもあるらしいが、おっぱい博士としては胸の大きさがすべてではないと断言したい!!


(女性の胸は、胸であるだけで美しい。そこに貴賎などはないのだ!!)


 おっぱいはおっぱいであるだけで美しい。

 真実はいつも一つ!!



 で、肝心の物件は一般街の大通りにある空き地だった。

 道に面した商店街の空き店舗の一つで、大きさはなかなかのものだ。そこそこ広い日本のスーパーがそのまま入りそうなくらいの敷地である。

 隣には花屋と食堂が営業中だった。昼時のためか、食堂には多くの人が吸い込まれていく。

 東門のある一般街の大通りは、人通りもよく、何よりハローワークに近いという最大のメリットがある。

 東門からすぐに外に出られるので、商人にとっては立地も悪くないだろう。


「けっこう広めの敷地だね。もともとは何だったの?」

「大きな雑貨店でしたね。一般生活で使う燃料ジュエルや日用品を扱っておりましたが、ここ二ヶ月は赤字続きで負債を返済するために店仕舞いしてしまいました」

「建物も壊すんだね」

「耐用年数に近づいていましたので一緒に解体したようですね」

「グラス・ギースの建築様式は、骨組みを作ったあとに石や木材で補強して、術式で強化するやり方だよね。何年くらいもつの?」

「安全性を考えれば十年か二十年くらいでしょうか。ただし、衝撃には脆いですからね。よく壊れます」

「やっぱり鉄を使った技術は導入されないのかな?」

「そうですね…すぐ壊れて建て直したほうが経済が回る事情もありますので、西側の技術が入るのはまだまだ先になりそうですね。…これは内密の話ですが、ハングラスでは製鉄技術の研究を進めているそうです」

「へぇ、重い腰を上げたかな」


 今まで製鉄技術に関してグラス・ギースは明らかに遅れていた。

 人間が立ち入れる区域で採れる資源が、主に木材と岩石といったものなので、それをいかに活用するかに重きが置かれていたからだ。

 が、ここにきて製鉄を考えるようになったのは、DBD(六奏聖剣王国)からの兵器供与があったからだろう。

 衛士隊が入手した戦車などが最たる例で、彼らが提供するものの大半が鉄を使ったものであるため、修理の際にはどうしても製鉄技術が必要になる。

 今は輸入に頼っているようだが高くつくため、早い段階で自前の技術が欲しいのが本音なのだ。


「順調なの?」

「鉄の種類にもいろいろありますから難航しているようです。素材の厳選から始めないといけませんからね」


 アランモスが言っている鉄の種類とは、鉄や鋼の違いを示す炭素の含有量といったものではなく、一般的に「石以外のもの」を鉄と呼んでいることに注意が必要だ。

 この世界には「術式」という要素があり、素材自体を容易に強化したり弱体化させることができる。

 普通の状態で弱くても術式強化すれば、下手な鋼より硬くなるものも存在するため、そういった相性も重要な問題となるのだ。

 何よりもすでに述べた通り、鉱山自体の発見管理が極めて難しいので最初から難題だらけである。それで上手くいくほうが珍しいだろう。


「物によっては高炉も必要になるしね。技術的にも難しそうだ」

「そのあたりはハピ・クジュネの武器職人が得意なので、招致するのが一番だと思いますが…」

「なかなか辺境の地に来てくれる職人はいないか。メリットがないからね」

「そうですね。向こうも輸出が減ってしまうと利益が減りますし、わざわざ技術供与することはしないでしょう。おっと、すみません。物件の話でしたね」

「話題を振ったのはこっちだからね。気にしないでいいよ。うちの子らも楽しそうに見ているからね」


 サリータやセノアたちも敷地を見て、興味津々といった様子である。

 アンシュラオンが近寄ると、頬を赤らめて興奮した様子で話しかけてきた。

 特にセノアが顕著で声も弾んでいる。


「ここにお店を開くのですか?」

「将来的にそうなれば楽しそうだね。まあ、今は売るものがないからね。ここを買っても生かしきれるかどうか…」

「いい場所ですよね。みんな楽しそうにしています。お花屋さんも綺麗ですし…お店かぁ…楽しみです!」

「…アランモスさん、ここっていくらなの?」

「ここは大通りで立地も良いので、四千万円となっております」


(四千万か。たいした額ではないが…どうしようかな。商品がないのに先に店の敷地を買うのはリスキーなんだけど、なんだかセノアたちは嬉しそうだな)


 スレイブとして買われた以上、何があっても文句はないだろうが、いきなりホテルで人殺しを経験させられたりと少女にしては散々な扱いである。

 見れば、たまに商会身分証に触れたり眺めたりして、そのたびにニコニコしているではないか。

 普通の女の子であるセノアが、こんな素の感情を見せるのは珍しいことだ。


(そうだよな。女の子にとっては安定が一番の幸せだもんな。お花屋さんとかに憧れるもんだよな)


「サナはどうだい? ここが気に入ったか?」

「…こくり」


 サナはセノアと反対側、『食堂』を見ながら頷く。

 たしかに食事処が近くにあるのは従業員にとっては嬉しいものだ。

 が、サナが食べ物ばかりに興味を示すのは少し怖い。ここはセノアと同じく花屋を見てほしかったところだ。


(もっと女の子らしいものに興味を示してもらいたいが…しょうがない。さて、これから金なんていくらでも手に入る。このために汚ない裏社会の連中とも付き合ったんだ。店の一つや二つくらい気前良く買ってやるか)


「ここ、買うよ。しばらく更地のままにしとくけど、そのうち店を建てるからさ。それまで管理をよろしくね」

「お買い上げ、ありがとうございます!」

「ここはあくまで店舗として使うから、居住スペースは別のほうがよさそうだね。人通りが多くて落ち着かないかな」

「では、次の場所に参りましょう」



 次に見て回ったのは、下級街の一画。

 以前戦罪者たちを集める時にも通ったが、下級街には上層、中層、下層が存在する。

 貧困区の下層は論外なのでアランモスも最初から除外したため、今回紹介された場所は上層寄りの敷地だった。

 こちらも建物を解体したばかりの更地で、綺麗にぽっかりと大きな空き地が広がっている。


「へぇ、こんな場所があったんだね」

「商店街にも近くて治安も悪くありません。それでいて比較的静かな場所ですよ」

「もともとは何だったの?」

「こちらはジングラス系列の商会が保有するアパートでしたね。商会が潰れたので売りに出されました」

「ジングラスか。あの派閥の経営は大丈夫なのかな?」

「特に目立った悪い噂は聞きませんが…あそこも輸入が多いですからね。最近食料品の物価も値上がってきましたし、対外的には苦戦しているのかもしれません」


 ジングラスとハングラスは、アンシュラオンたちによって大打撃を受けた派閥である。

 さきほどの雑貨店もハングラスに手数料を支払っていた店だ。

 マングラスを表舞台に引き出すために意図的にソブカに狙われたのが災いし、両陣営とも経営状況はかなり悪いらしい。

 そして、そこを安く買い叩くのは、元凶となった男。

 なんとも皮肉、というよりは、弱肉強食の世界を如実に映し出しているともいえる。


(といっても、今ここを買う理由はないな。従業員やスレイブが山ほど増えれば考えなくもないが、住む場所としてはあまり好ましくはない。下層に行けばマフィアの事務所もあるしな)


 ということで、今回は見送りである。

 今後さらに経営が悪化して潰れる商会も出てくるだろうから、その時を狙えばいいだろう。

 その後も数件見て回るが、あまり大差はなかった。

 下級街の利点は、スレイブ館に近いことだろうか。徒歩で簡単に行くことができる。

 大通りからは定期馬車も出ているので、一般街のハローワークにも行きやすいことも利点だ。

 が、それだけである。

 おそらく都市で一番活気はあるが、活気があるだけ騒動も多い。ラノアのように小さな子供がいる場合は、あまり好ましい住処とはいえないだろう。


 次に向かったのは中級街。

 中級街に入れば、この都市では高級住宅と呼んでも差し支えない一般家屋が並んでいる。小百合の家(社宅)もその一つだ。

 中級街は基本的に中級市民が住む場所であるため、すべてにおいて今までの場所よりグレードが高い。

 建物は見た瞬間から豪華で最低でも二階建てになっているし、庭付きの屋敷と呼べるような家が多く見られる。

 大通りの店の数は少な目だが、高級感が増して厳選された印象を受けるので悪くはない。

 下級街同様に定期馬車も出ているため、足に関してもさして不便さは感じない。ここに居を構えるのは悪くない判断だ。

 ただし、中級街ともなると各派閥の有力者たちが居を構えており、プライリーラのように上級街に本邸を持っていながら別邸を持つ者もいる。

 商会資格を取ったので、そういった場所にも割り込めるのだが、できればグラス・ギースの派閥とはあまり関わりたくないのが本音だ。

 あくまでまったりと好き勝手に商売をやりたいのである。


(ふむ、土地を探すのも大変だな。どうせ暮らすのならばゆっくりしたいよなぁ。そういえば、ずっと気になっていたことがあるんだよね。訊いてみようか)


「ねぇ、この壁の向こう側にある『樹』って何?」

「樹ですか?」

「第二城壁の外側に張り付くようにして【大樹】があるよね。あれって何なの?」


 地図でいうと、ちょうど西門からまっすぐ西に進み、第二城壁の向こう側に張り付くようにして巨大な樹が存在する。

 しかし上部は、城壁と同じ高さあたりで切り裂かれたように割れており、枝葉もあまり付いていないので、大樹というより【大木】に近いだろうか。

 以前グラス・ギースを探索していたときに発見してから、ずっと気になっていたのである。


「ああ、あれですか。大災厄まではこの都市の【守り樹】として普通に立っていたらしいのですが、災厄時に破壊されてしまったようですね」

「四大悪獣に壊されたの?」

「昔のことなので記録はありませんが、おそらくそうなのでしょうね。その後に城壁を造ったそうですが、あの樹の高さに合わせたみたいです。本来はもっと高い樹だったようですね」


(プライリーラの馬とかが暮らすにはいい場所かもね。昔は放し飼いだったのかも)


「あの樹って、所有者はいるの?」

「所有者はおりません。強いて言えば領主様ですが、おそらく存在も忘れていると思われます」

「守り樹だったんでしょ? そんな扱いでいいの?」

「守り樹であったことも忘れられているくらいですからね。私も訊かれるまでは忘れておりました」

「じゃあ、あそこの土地は売りに出されているのかな?」

「少々お待ちください。ええと、第三城壁内部の…E8エリアは…ああ、ありますね。売りに出されております」

「そこの土地を買うと大樹も付いてくるの?」

「付くと申しますか、うちでは城壁の一部と認識していますね」

「面している城壁の一部も自由にしていいの?」

「特に決まりはありませんね。どのみち城壁上部には結界がありますから、みなさん好きに使っているようですよ」

「それはいいね。で、いくら?」

「あの周囲五百メートルで、五百万となっております」

「安いね」

「何もありませんからね」

「さらに三千万足すから、このあたり一帯ももらおうかな。ほら、こことここも」


 アンシュラオンが、アランモスが持っていた地図を見ながら場所を指定していく。


「は、はぁ…よろしいのですか? 多少の緑はありますが、耕作地にも向かないただの荒地ですが…」

「いいのいいの。そういう辺鄙なところも欲しいじゃん。別荘っていうのかな。金持ちの道楽だよ」

「なるほど。そういうものも悪くはありませんね」

「ついでに訊くけど、ここは空いてるのかな? 反対側のさ、ここ」

「え? そこは空いておりますが…特に何もない場所ですよ? 常時日陰ですし、人気もまったくありません」

「人気がないってことは安いってことだよね。ちょっと見に行ってみようか。ここから近いしね」


 アンシュラオン一向は、今度は大樹の裏側である第二城壁内部に移動する。

 そこは周囲に森があるものの、ぽっかりと空き地が生まれている場所だった。

 空き地といっても大きな工場が出来そうなくらいの大きさはあるのだが、アランモスが言っていたように完全に日陰となっていた。

 日が昇るのは、せいぜい太陽が真上に来るときくらいだろう。それも一時間も経たずに城壁の影に飲まれてしまうに違いない。

 本当に隅の隅、といった不毛の土地である。

 だが、それを見たアンシュラオンは―――


「いいね。実にいい。ここを買うよ」

「は、はぁ…お気に召されたのならば嬉しいのですが…候補地になっていなかったものでして値段が決まっておらず…」

「えーと、さっきまでの二つで七千五百万円だったね。全部まとめて一億出すから、あそこの森ごともらっていい?」

「ここは人気がないのでもっと安くても…」

「まぁまぁまぁまぁ、いいじゃない。ほら、残りはとっといて。お金はあって困らないからね」

「ああ、でもその…」

「これからもよろしくってことでさ。ね? ポケットにしまっちゃいなよ。ほらほら。領主なんかに仕えていても楽しいことないでしょ? これくらいの役得がないとさ。ほらほらほらー!」

「ああああ、そんなに捻じ込まれたら!! 惚れてまうやろーーー!! これからもよろしくお願いいたします!!」


 アランモス、陥落。

 金はいい。金があればたいていのことはできてしまう。

 純粋な暴力ほど崇高ではないが、金はお互いが笑顔になるから好きだ。

 ということで、今回アンシュラオンが買った土地はこの三つとなった。






618話 「新しい拠点 その4『目覚めし大樹』」


 アンシュラオンが買った土地は、三つ。

 一つは店舗用の空き地で、一般街の大通りの一画。

 こちらはまだ店を建てていないどころか、まだ商品すらないため、とりあえず買っただけのものだ。

 もしジュエルの安定供給が可能となれば他の品物も含めて、大型ホームセンターのような店となる予定だ。

 それはいい。この土地を買った判断は悪くない。

 問題はそれ以外の二つだ。


「よし、上手くいったな。あそこが手に入るとはラッキーだ」


 土地を買った翌日。

 馬車で第三城壁内部を移動中にもアンシュラオンは、満足そうに頷いていた。

 この笑みから察するに衝動買いではなく、意図的にあの場所を狙っていたことがうかがえる。


「アンシュラオン様、なぜあの土地を選ばれたのですか?」


 ここでホロロが、不可思議な表情を浮かべている他の者たちの代理として質問してきた。

 誰もが疑問でありながらも、なかなか言い出せなかったのだ。

 また、アンシュラオンが説明したそうな顔をしていたのを見逃さなかった。

 こういった主人の欲求をさりげなく満たせるからこそ、彼女は非力でありながらも一番信頼されるのである。

 そして、あの場所を選んだ理由が明かされる。


「まず最初に買った土地だが、店舗の場所はどこでもよかったんだ。手続きとかもあるし、ハローワークに近い場所なら問題はない。立地もいいし、周囲の店も繁盛していたから相乗効果もありそうだ。あそこは良い場所だよ」


 店自体は、正直どうでもよかった。

 アーパム商会はあくまで管理用であって、自分が欲しいものだけ用意できれば役割は果たせるからだ。

 ただし、余興として店を開くのも悪くはない。セノアが欲しがっていたこともあり、それもいいと思って買っただけだ。


「みんなが気になっているのは、あの日陰の土地だよね。べつにあそこに住むわけじゃないから安心していいよ。そうだな…『事務所』って感じかな。あそこが対外的なアーパム商会の窓口になるんだ」


 商会を作った以上、他の商会と話し合うこともあるだろう。また、在庫管理といった事務作業を行うスペースがほしい。

 一般街の店舗に併設してもよいのだが、中級街に居を構えること自体が中級市民である証拠であり、信頼につながるだろう。

 かといって中心部では他派閥もいるので、あの隅っこがちょうどよいのだ。


「オレたちが実際に住むのは第三城壁内部。つまりは、あの『大樹』があるところだね」

「あそこに住む場合、街までかなりの距離がありますね」

「そうだね。普通に行けば一般街まで六十キロ以上、事務所まで行くなら百キロ以上はあるよね。障害物や建造物があるから、もっと長いかもしれないな」

「ということは、誰かが事務所に寝泊りするのでしょうか? 一日で往復するには大変な距離ですし…」

「いやいや、そんなことはしないよ。オレたちは基本的にいつも一緒だ。そうでないと安全が確保できないし、寂しいだろう? そこはオレに考えがあるから楽しみにしておいてくれ。それよりは【位置】が重要だ。地図を見てみようか」


 アンシュラオンがグラス・ギースの地図を広げる。

 こちらは一般人が入手可能な簡易なものではなく、不動産屋が持っている詳細な地図である。

 防衛上、都市の区画図は重要なものなので、一部の人間にしか手に入らないのだ。(アランモスを買収した結果である)


「サリータ、どうしてここを選んだかわかるか?」

「えっ? あっ…ええと……農場に近いからですか?」

「なるほど。だいぶ距離があるが、同じ第三城壁内部にあるから近いには近いな。シャイナが住んでいるしバイラルもいるから、近ければ守りやすい面はあるだろう。だが、今回は違う理由だ。オレたち自身のことを考えれば、ここがベストだとわかるはずだ。位置をよく見てみるんだ。ここから一番近い場所はどこだ?」

「うーん…」

「言い方を変えようか。もし敵が攻めてきた場合、どこから逃げる?」

「敵ですか?」

「仮定の話さ。もしグラス・ギースが攻められたとき、軍隊でも魔獣の群れでもいいが、そうしたときはどこから逃げるのが妥当だ?」

「城塞都市ですから、逃げるには門を通るしかないですね」

「そうだな。あくまで城壁を登らないという前提で話せば、そうなる。じゃあ、どこの門から逃げる?」

「南門は遠いですから…【北西門】ですか?」

「正解だ。第三城壁内部において外に出る門は二つしかない。オレたちの住んでいる場所から一番近いのは当然、北西門となるな。北西門は貿易用の出入り口ではあるが、実際のところあまり使われていない。多くの商人は南門を使っているからな。なぜならば、輸入品の大半が南側の都市からやってくるからだ」

「単純に東門に近いという理由もありそうです」

「ああ、商人にとっては時間も重要になる。北西門を使っているのは北からやってくる商人くらいなものだが、そこまで数は多くないんだ。オレも北のほうから来たが、かろうじて村と呼べるような集落が複数あるくらいだった。村からの輸入品は木材とか珍しい果実とか、そういったものだな。それでも安全性を考慮するのならば、迂回して南門から入ったほうが安全だ。交通ルートに接するからな」

「北西門は微妙に荒野に接していますね。魔獣が出る可能性も高そうです」

「そうだ。リスクが高い場所には人は寄り付かないのが道理だ。では話を戻すが、この都市が攻められた場合、それを事前に察知したのならば、グラス・ギースはどのような戦術を取ると思う?」

「城塞都市ですし、門を閉めて守るのでしょうか? あまりそういった現場を見たことがないので想像するしかありませんが…」

「門は閉めるだろうな。しかし、最初に閉めるのは【東門】と【北西門】だ」

「え? 南門は閉めないのですか?」

「大型魔獣が来たら閉めるだろうが、普通の外敵だったら南門は閉めない。篭城するだけでは城塞都市に勝ち目はないからだ。交通ルートを押さえられたら終わりだ」


 篭城とは、援軍が来る前提で使われる戦術だ。

 ただむやみに閉じ篭っているだけでは自滅するしかない。

 戦国時代の日本でも、篭城している間に援軍を要請しに行くのが普通である。(来ないと悲惨だが)

 だが、グラス・ギースは単に篭城するだけではない。


「はっきり言ってグラス・ギースは【攻撃型の城塞都市】なんだ。砦が南門に集中しているのがわかるか? これは戦艦や輸送船、あるいは大型魔獣の突進を受け止めるために造られたものではあるが、そのまま南門で敵を迎え撃つことも想定しているんだ」


 グラス・ギースの地図を見ると、カタツムリの殻のように渦巻きになっていることがわかるだろう。

 地図上の黒い場所は『堀』なので、大勢の敵が一気に攻められないようにしてある。これは日本の城と同じく内部に敵を誘い込んで迎撃するためだ。


「南門から突入した敵は東門を目指す。都市への入り口がそこしかないからだ。それを南側の砦が防衛するが、そのまま突破されても東側の砦から衛士たちがやってきて食い止める。そして、西砦からの援軍が到着するまで耐える仕組みになっているようだ」

「敵が北西門から攻撃する可能性はないのでしょうか?」

「たしかにそれはある。挟まれることを嫌って、部隊を二手に分けて攻撃する可能性もあるな。ただその場合でも向かってくるのは主戦力ではないだろうし、もし主戦力であれば、それはそれでオレたちは南門を目指して逃げればいいだけだ。むしろ、そっちのほうがありがたいよな」

「どちらにせよ敵が来たら衛士隊が対応する、というわけですね。しかし、それならば第二城壁内部のほうが安全ではないのでしょうか?」

「ホテルの件を忘れたか? 逃げ道がないのはつらいぞ。一見すれば閉じられた第二城壁内部が安全に見えるが、最悪の場合、領主は第二城壁内部を見捨てて戦場にするはずだ。障害物が多い第二城壁内部こそ、一番迎撃しやすいエリアなんだ」


 建物の影に隠れて襲いかかる。または逃げ込む。

 市街地でゲリラ戦を仕掛けて敵を混乱に陥れることも、グラス・ギースは想定しているように見える。

 そして第一城壁内の衛士たちが、最後の砦である西門に全兵力を投入して攻撃を凌ぐのだ。


「グラス・ギースには十万人以上の人間がいる。それも甘い統計で、実際は二十万人に近いらしい。それだけの人数がパニックになって東門に集中すれば、一般人同士の共倒れは必至だな。であれば皮肉だが、できるだけ都市内部で暮らさないほうが安全といえる。もちろんそこまで敵が侵攻してくる可能性は低いだろうし、第三城壁内部のほうが日常的なトラブルが多いから、一般人が暮らすのならば中のほうがいいとは思うけどな」

「私たちはグラス・ギースに固執する必要はない。ここが重要ですね」


 ここでホロロが補足。

 一般の人間とアンシュラオンが違うのは、何度も言っているようにこの部分なのだ。


「そうだ。領主を助ける理由もないし、共倒れになるなんて御免だ。まあ、金づるのラングラスがピンチなら助けてやってもいいが、まずはオレたちの安全確保が最優先となる。もしグラス・ギースが襲われたときは北西門から脱出。その前提で考えると、この立地は悪くない。近くに森もあるし、逃げ込んでチャンスをうかがえる。待ち伏せもしやすいだろう」

「出口が近いのは安心しますね」

「ああ、何かあったらまずは都市から離れたほうがいい。仮にグラス・ギースを陥落させられるくらいの戦力が投入されれば、オレもそこまで余裕があるかわからない。日常的な面では魔獣が北西門から紛れ込む可能性もあるが、グラス・ギースの周囲にいる魔獣はハンターが常時監視しているからな。そこまで怖れることはないだろう。むろん逃げるルートは事前に複数作っておくよ」


 アンシュラオンの話を聞いて、皆の表情が困惑から安堵へと変わる。

 主人がいつも自分たちの身の安全を考えてくれていることは、従う者からすれば非常に重要な要素である。

 雇われた会社の社長が間抜けで、借金を背負って潰れる程度ならばよいが、荒野では命がかかっているのだ。常に身を案じるべきである。

 なるほど。場所はいい。意図はわかった。

 であれば今度は、実際どのような住み心地なのか、という点に興味が移る。



 馬車が農場を通り過ぎ、問題の大樹に到着。


 南北の少し離れたところに森が見えるが、ここだけぽっかりと五百メートル四方に荒地が広がっている。

 そこにはしなびながらも城壁にへばりついている大樹があった。裏側の三割は壁と一体化していると言ってもよいだろう。

 大樹の高さは城壁とほぼ同じなので、約五十メートル程度だ。

 だが、アンシュラオンがもっと気になったのは、その【直径】。


(でかいよな。どう見ても直径が百メートル以上ある。百五十メートルくらいか? こんな樹、地球ではお目にかかれないよ)


 オリンピックで使われるスタジアムのトラックと、ほぼ同じ長さと思えばわかりやすい。

 地球ではメキシコにある巨木の直径が約六十メートルなので、もはや比べるまでもないほど大きな樹だ。

 火怨山ではもっと大きな樹もあったので個人的に驚きはないが、荒野にぽつんと巨木があれば気になるものだろう。

 もし途中で折れていなければ、おそらく全高は今の三倍以上はあったに違いない。守り樹になるのも頷ける。

 しかしながら災厄時に破壊され、人々が混乱の中で存在を忘れてしまった悲しい樹でもあるのだ。


「さて、どんなもんかな」


 アンシュラオンが樹に近寄り、触ってみる。

 表面はつるっとしており、廊下に触れたような感覚だ。

 ぐっと指を押し込んでみたが、まったくびくともしない。


「おっ、なかなか堅いな。サリータ、ちょっと斧で叩いてみな」

「よろしいのですか?」

「もうオレのものだ。かまわないさ。全力でいけよ」

「わかりました! では、えーーーい!」


 ブーンッ! ガゴンッ!

 サリータが術式斧の突扇斧《とっせんぷ》で力一杯叩きつけたが、刃は樹皮に食い込むこともなく弾かれた。

 まさか樹木に弾かれるとは思っていなかったサリータは、まともに反動を受けてひっくり返る。


「いつつ!! なんですか、この感触は!? 手が…痺れて……いたた! うわっ、傷一つ付いていません!」

「ふむ、サリータ程度の攻撃では無傷か」


 サリータは戦気こそ使っていないが、一般成人男性よりも力は強い。

 その腕力で思いきり武器を叩きつけても無傷であれば、魔獣の攻撃にもそれなりに耐えることができるだろう。


「今度はサナがやってごらん。剣気を出してやるんだぞ」

「…こくり」


 サナが剣気を放出した刀を構え、振り抜く。

 ガシュンッ

 刃は樹皮を傷つけたが、軽く跡筋が残っただけで切れてはいない。


「今度は魔石を使ってごらん」

「…こくり」


 バチバチとサナが魔石を解放。

 雷爪を展開して、樹皮に叩きつける。

 ズバンッ

 多少抉れたものの、竹刀で樹を叩いた程度の損傷しか生まれていない。


「思った以上だな。こいつはいいぞ」


 サナの一撃は、レイオンでも大ダメージを受けるほどだ。

 それを受けても無事ならば、強度としては文句なく合格といえる。

 だが、サナは悔しかったのか何度も雷爪を叩きつけていた。(途中で力尽きてやめた)


「あの…この樹の近くに家を建てるのでしょうか?」


 セノアが周囲を見回しながら訊ねる。

 彼女にとっては樹の強度よりも住む家のほうが大事なのだろう。極めて普通の感覚だ。

 完全な空き地になっているので、たしかに家は建てやすそうではある。

 しかし、そう考えている段階でアンシュラオンの意図を理解していない。


「家はもうあるよ」

「ある? どこにですか?」

「これさ、これ」


 コンコンッと、拳で大樹を叩く。

 しばらくその意味がわからず、セノアがじっと枯れ木を見つめていたが、やはりわからずに首を傾げていた。

 アンシュラオンは、そんなセノアの表情に苦笑。


「さすがに荒野に暮らしていると、『木の中に住む』っていう概念が無いかな」


 アンシュラオンが戦気をまとわせた手を、ずぶりと木の中に突き入れる。


「ちょっと固めの粘土くらいか? 意外と掘りやすいな」


 さきほどサリータが簡単に弾かれた木を貫き、いとも簡単に木を掘り進めていく。

 ざくざくざくっ

 アンシュラオンが一回手を掻くだけで、地上から高さ二メートルほどの空間が一気に削れていく。

 そのたびに膨大な量の木屑が生まれていくが、当人は気にせず進んでいき、あっという間に姿が見えなくなる。


「おーい、どうした? 付いてきていいんだぞー」

「…こくり」

「は、はい!!」


 呆気に取られていたサリータたちも、サナがすたすた木の中に入っていくのを見て、慌てて付いていく。

 サリータにとっては強固でも、アンシュラオンからすればたいしたものではない。改めて主人の強さを痛感するのであった。



 そうしてしばらく進んでいくと、幹の中央部分に到達。


(幹の部分は、ほぼ死んでいる。活力が皆無だ。だがしかし、【根】はまだ生きている)


 よく根腐れで木が枯れる、という話を聞く。根が呼吸できなくなって死んでしまい、結果的に木全体が枯れる現象だ。

 ただ、この大樹の根は生きていた。

 あまりに弱々しく、生きているのが不思議なほどだが、奥底に生命の温もりを感じる。

 まだ大樹が生きている一つの要因には、遺跡から染み出した『水』の影響があるかもしれない。

 マングラスが管理する『生命の水』のかすかな波動が、この大樹の命を繋ぎ止めていたのだ。


(放っておけば完全に死んでしまうだろう。守り樹と呼ばれ、人々から崇敬されていた面影なんてまるでない。歴史の中に埋もれてしまった過去の栄光を見るようで切ないな。だが、オレがお前を見つけた。オレだけはお前を見ていたんだ。お前もオレのものになれ。オレは自分の所有物を見捨てない)


 アンシュラオンが木の根の一部に手を置くと、命気を放出。

 命気は大地に染み入り、根に広がる。

 少し吸わせた程度では大樹は何も変わらない。

 もっともっと出す。


 出す、出す、出す、出す、出す。

 吸う、吸う、吸う、吸う、吸う。


 与えれば与えるだけ吸っていく。

 この感覚は黒雷狼に似ていた。

 ちゅーちゅーと赤子が母乳を吸っている光景が目に浮かぶようだ。

 一度枯れた幹は二度と戻らない。死んでしまった部分は蘇らない。

 しかし、根が生きていれば倒れることはない。

 命気を与えたことで根に活力が戻ったことを確信する。


(根がしっかりしていれば地盤も強くなる。これだけ大きな樹なんだ。根も相当広がっているんだろうな。オレも植物は好きだから長生きしてほしいもんだ)


 守り樹の根は、南北に広がった森にまで広がっていると思われた。

 日本でも木を神聖なものとして扱うのは、その根ががっしりと大地を支えることで、地震から家屋を守ることにもつながるからだ。

 この守り樹も同じ。

 しっかりと大きな根が残っていれば、城壁が吹っ飛んでも樹自体が倒れることはないだろう。

 【彼】は多くの人々から忘れられたが、もっと強大な一人の男に救われた。

 きっとこれからは自分が住む場所を支えてくれるに違いない。


 アンシュラオンは根を強化すると、さらに掘り進む。

 が、その途中、セノアが声を上げた。


「ひゃっ! 何か動いています!?」

「ん? なんだ、このでかい芋虫は?」


 枯れた樹の中に空洞があり、そこに六十センチ程度の大きさの『芋虫』がいた。

 その口には強靭な大顎(牙)が付いており、がっしりと樹に噛み付いている。

 どうやらこの空洞は、この幼虫が自ら噛み砕いて掘ったものと推測できる。


「へぇ、この幹を壊せるだけの力はあるみたいだな。はは、なんか可愛いぞ。ほら、見てみろよ」

「ひぃいいいっ!! さ、さわって大丈夫ですか!?」

「セノアは虫が苦手か? 成虫はともかく、幼虫なら可愛いと思うけどな」

「し、師匠、さすがに魔獣にそういう感情は…」

「こいつって魔獣なのかな? おっ、口から糸を吐いたぞ。おお、出る出る。すごいぞ。どんどん出る」

「ひぃいいいいいいい!」


 口から出た糸を手で引っ張ると、引っ張れば引っ張るだけ出てきた。

 子供の頃は大きな蜘蛛がそこらじゅうにおり、よくこうやって糸を引っ張って遊んだものである。


(火怨山には虫型魔獣もたくさんいたけど…女の子は苦手かもな。じゃあ、姉ちゃんはなんなんだって話になるが、あの人は規格外だから女じゃないのかもしれないな…。サリータも若干苦手そうにしているから、やっぱり女の子なんだよな。サナやホロロさん、ラノアは平気そうだ。これはメンタルの違いかな?)


 サナは特に感情を示さず、遠慮なく幼虫の柔らかい腹を触っている。ラノアも不思議そうに見ているくらいだ。

 今後のことを考えれば虫への耐性も付けておきたいものであるが、まずはこれが何かを調べよう。


―――――――――――――――――――――――
名前 :バイネスパピー〈古樹翼糸虫〉

レベル:20/90
HP :300/300
BP :100/100

統率:E   体力: D
知力:E   精神: F
魔力:D   攻撃: F
魅力:D   防御: E
工作:F   命中: F
隠密:F   回避: F

☆総合: 第四級 根絶級魔獣

異名:お隠れ大樹の紡ぎ幼虫
種族:魔獣
属性:土、樹
異能:樹木強化、繭化、糸吐き
―――――――――――――――――――――――


(うーん、特に害はなさそうだな。むしろ『樹木強化』というスキルがあるから、この大樹が今まで生き延びていたのはこいつのおかげかな。虫と樹も共生関係にあるんだ。自然ってのはすごいもんだよ)


 このバイネスパピーは、食した部分の幹の内部を糸で補強する習性があるようだ。

 この樹はすでに枯れてしまっているが、今まで壊れたり砕けたりしなかったのは、彼らが中から支えていたからであろう。


(魔獣は人間と違って有益な存在が多い。この糸も何かに使えるかもしれないし、まずはこのままにしておこう。それより普通に魔獣が住んでいるほうが問題な気もするが…まあいいか。ずっと前からいるのかもしれないしね)


 さりげなく第三城壁内部に魔獣、しかも根絶級魔獣が入り込んでいたりする。

 昼間は門を開けているので魔獣が入らないわけではないが、ハンターが見回っていることもあり、基本的に侵入はほぼ皆無だ。

 となれば、かなり前から大樹の中に潜んでいた可能性も考えられる。もしかしたら災厄後、城壁が建造される前に入り込んだのかもしれない。

 とりあえず無害なので放置。

 今のアンシュラオンの目的は、大樹ではないからだ。


 ガッ


 そしてついに大樹を貫通し、城壁にまで至る。

 そこからは少し真下に向かって掘り進め、ある程度到達したところで止まる。


「ここまで来たら、少し音が出ても大丈夫かな。ふんっ!」


 掌を城壁に当てて、発気。


 ビシッ ビシシシッ ボシュンッ


 発せられた衝撃が浸透し、破壊された城壁が細かい塵となって霧散。

 大樹の時と同じく、これを繰り返しながら城壁の内部に入っていくと、綺麗な円状のトンネルが生まれていった。


「グラス・ギースの城壁は、表面からおよそ五百メートルまではただの岩石だが、場所によっては空洞があったりする。これは城壁自体を『砦』として扱うためだ。だが、これもあまり使われてはいないようだな。そもそもの問題として、城壁をここまで破壊できる人間が少ないからだ」


 グラス・ギースの城壁は、狭いところでも二千五百メートルの『厚さ』を誇っている。領主城の北側などは六キロに及ぶほどだ。

 こうなれば、もはや城壁というよりも大きな岸壁だ。それを破壊することは戦車を使ったとしても極めて困難。戦艦の通常砲撃でも厳しいだろう。

 それゆえに城壁は強固な砦として扱うことができる。結界が張られている位置にもよるが、第三城壁内部に誘い込んだ敵を城壁の上から攻撃することも可能だ。

 ただし、衛士隊の銃火器の貧弱さを考えれば、あまり現実的な戦術ではない。城壁の内部を使うにしても、だいたいは武器や備品の管理に扱うくらいである。

 誰が造ったのかは知らないが、グラス・ギースの城壁は上手く設計されている。されてはいるが、それを扱いきれてないだけだ。

 なんという宝の持ち腐れ。

 もったいないので自分が使ってあげよう。あげるべきだ。

 特に自分は自力で岩を破壊できるので、内部を自在に加工することができる。


「さて、もうわかったかな。オレがこのまま掘り進めれば、どこに到着する?」

「これはまさか…ホテル脱出の時と同じ…」

「そうだ。城壁を貫通させれば、およそ二キロ半で第二城壁内部にたどり着くことができる。そして出た先には、オレたちの事務所がある」


 一般人ならば百キロ以上の道程を移動しなければならないが、こうやって城壁に穴をあけてしまえば、直線距離にして二キロ半程度。

 足腰が鍛えられたこの都市の人間ならば、徒歩でも楽々行ける距離となる。


「城壁の中に新しく部屋を作れば、商品の管理にも金がかからないで済む。かなり広いからな。まず保管場所に困ることはないだろう」

「師匠、あの…そんなに簡単に穴をあけてもよいのでしょうか? グラス・ギースは城塞都市なので、穴から敵が入り込む可能性も…」

「普段は閉じておくから大丈夫さ。どうせ誰も城壁に穴があるなんて思わないだろうしな」

「そ、そうです…ね。城壁に穴があるなんて想像しません…ね」

「この都市の連中は、どうやら城壁無敵神話を信じているらしい。逆にその自信がどこからくるのか知りたいよ。ここの壁は第三階級の討滅級までならば対応可能だが、肝心の悪獣レベルに通用するとは思えない。おそらくは時間を稼いでいる間に地下に逃げることを想定しているんだ。最初から地上は捨て駒というわけだな」


 住人が城壁無敵神話を信じていれば、パニックになって逃げ出すことはないだろう。

 そして、彼らが悪獣の犠牲になっている間に領主たち首脳陣は逃げる。もし意図的に誇張しているのならば、なかなかにあくどいやり口である。

 実際はその間に戦獣乙女やマングラスたちが迎撃準備を整えるのだろうが、犠牲が出ることを想定しているのは間違いない。


「ならば、こちらも遠慮することはない。オレたちの大切なものを守るために必要なら、穴くらいあけてもいいだろう。そのほうが多くの人を助けることができるかもしれないぞ」

「なるほど! さすが師匠です! 尊敬します!」


 一般市民を助けるとは一言も言っていない。

 単純に自分の資産や、小百合たちを逃がすのに便利だから穴をあけたにすぎない。


(まあ、気に入ったやつなら助けてやってもいいけどね。滅多にいないよね、そんなやつ。術具屋の子や武器屋のおっさんくらいかな?)


「今日の穴堀りはここまでだな。さすがに城壁を貫通させると周囲にバレるから、続きは向こう側の事務所の工事が始まってからにしよう。それじゃ、一度戻って【間取り】を考えようか」

「間取り…でありますか?」

「設計図がないと何もできないからね。アランモスさんに一般的な家屋の見取り図をいくつか用意してもらっているから、それを基礎にして間取りを決めよう。そうだな。この作業はホロロさんたちに任せるよ。セノアとラノア、サナも加わって意見を出し合ってくれ」

「かしこまりました」

「オレとサリータは、外に出て『境界標』を打ちにいくぞ。どこからが私有地かはっきりさせないと、知らないやつらが好き勝手入ってくるかもしれないからな。ちゃんと決めておいたほうがいい。ここは何も目印がないからな」

「はい、お手伝いいたします!!」




 こうして役割分担が決まれば行動は早い。


 まずは近くの森から木をいくつか伐採してきて、それを使って簡単な小屋を作る。

 大樹を居住空間として改造するまでは、しばらくはここが自分たちの住処となるので、ある程度大きめにして隙間はしっかりと命気水晶で固める。

 適当に作った小屋ではあるも、命気水晶自体が強固なので、まず倒壊する心配はないだろう。

 その中でホロロたちが間取りを考える。

 アンシュラオンは住居にあまり興味がないし、メイドであるホロロたちが使いやすいほうがよいと思って提案しただけにすぎない。

 が、これが思わぬ白熱を見せる。

 やはり女性は自分の住処にはこだわるものだ。寝室はもちろん、台所や入浴施設の場所等々、ホロロとセノアの間でかなりの議論が交わされたようである。

 互いに譲らない場所については、サナが決断することで丸く収まる。

 そういう意図でサナを配置したわけではないのだが、結果的には上手くいったようだ。

 一方の外での作業は、とても快適で順調であった。


「ええと、そのあたりかな」

「ここですか?」

「もうちょい先でもいいかも」

「このあたりでしょうか?」

「もっと行ってもいいんじゃないか?」

「地図を見ると、このあたりのような…」

「まぁまぁ、大丈夫だろう。もうちょい勝負してみよう」


 サリータが地図を見ながら杭を打とうとするのだが、そのたびにアンシュラオンが先のほうを指示する。


(こんなもん、だいたいでいいのさ。どうせ土地なんて余りまくっているんだ。少しくらい延長してもいいだろう)


 大樹のある城壁を中心として直径一キロが買ったエリアであるが、少し少しと言いながら結局、百メートル近くオーバーしていた。

 といっても市民の大半は賃貸契約なので、こうして丸々買い上げるブルジョワは極めて少なく、人気のない土地はかなり余っているのが現状である。

 また、領主がその気になればいつでも取り上げることができるため、真面目にルールを守るのも馬鹿らしい。これくらいは許容範囲のはずだ。


「あとは杭同士を縄で結ぶぞ」


 こちらもアランモスからもらった長い縄を使って、明確な境界線を生み出す。

 こうしてみると、かなり広い土地である。

 さすがに大量の家畜を飼うことは無理だろうが、小さな牧場くらいは作れそうだ。


(森もあるし、畑を作ってみるのもいいかもな。ただ、耕作地には向かない土壌だとか言ってたな。誰も手を付けていないところをみると、本当に普通の植物じゃ駄目なんだろうな。何か適したものがあればいいが…)


 ルセーナ農場では小麦が生産されているので、乾燥に強い麦類ならば栽培が可能なことは証明されている。

 しかしながらこの一帯は災厄時の影響が強いのか、大地は乾燥しヒビ割れ、見ただけで活力がないことがわかる。

 単に外から水を持ってくればいい、という話ではないのだ。大地から生命力が抜けている状態では、何も育つことができないのである。

 大災厄が起こる前は、この都市も緑に覆われた美しい都市だったらしい。それがこの有様ならば、その衝撃がいかに強かったかがうかがえる。


「少しずつ整えていこう。焦ることはないさ。これから始まるんだしな」


 今日の作業は、これで終わり。

 日が暮れてからは狭い小屋の中で、みんなで一緒に眠った。

 ホロロもホテル勤めではあったが元は下級市民だったこともあり、こうした生活空間にも慣れているようで特に不満はないようだ。

 セノアもホテル生活よりはこちらのほうが馴染むらしく、普段以上に寝つきがよかったので安心したものである。

 誰もがわくわくしていた。

 命の危険に晒されながらも、アンシュラオンといるとなぜか心が躍るのだ。

 それこそ圧倒的な魅力が成せる業。

 この男が単なるゲスでクズでない証なのだ。

 それはすぐに証明されることになる。



 翌日。



 大樹に大きな変化が起こっていた。

 すでに枯れた場所は戻らない。幹は枯れたまま変化はない。

 がしかし、根元からは大量の枝が伸び、枝先は緑の輝きに満ちていた。

 まだ生まれたばかりの初々しい葉っぱ。弱々しい産声。

 だが、生きている。

 その姿は、死んだ老人の中から赤子が出てきたような、人々の心を魅了する、とてもとても神秘的な光景だった。



 命気を吸った大樹が―――目覚めた



 新たなる主人を迎えたことで、彼も新しい活力を得たのである。

 それを見たアンシュラオンはテンションが上がって、やる気満々!!


「よーーーし!! 今日は間取り図に沿って大樹の中を掘り進めるぞ!! 自分たちの家は自分で作るんだ!! いくぞ、サナ!! DIYってやつを教えてやる!」

「…こくり。ぐっ!!」


 意気揚々と白い少年と黒い少女が、大樹の幹を削っていく。

 少年は素手で乱雑に。少女は刀で乱暴に。

 ちょっとしたズレも気にしない。間違いも気にしない。

 なにせ当人そのものが日々間違いを犯し続け、報いを受けたり与えたりしながら、それでもなお楽しんで前に進んでいるのだ。

 やること為すことが、すべて奇想天外。破天荒。

 だからこそ一緒にいて飽きない。

 壁で太陽が見えないのならば、太陽が出る場所まで昇ればいい。

 いや、その必要もない。

 彼こそが太陽。彼がいる場所が常に光り輝くのだから。



 こうして三日が経過し、【白樹の館】が完成したのであった。




619話 「白樹の館」


 グラス・ギース第二城壁と、ほぼ合体している大樹を改造したアンシュラオンの新拠点、【白樹《はくじゅ》の館】。

 べつに外観が白いわけではないが、持ち主の容姿が白に染まっていることもあり、いつしかそう呼ばれることになる場所である。

 アンシュラオンの命気と活力により、大樹は新しい生命を宿した。

 壁に枝葉がまとわりつき、気づけば小さな虫や鳥も集まってきている。

 何気ない光景に思えるかもしれないが、グラス・ギースにおいては極めて貴重な現象といえる。

 土地が汚染された場所では虫がいなくなる。地球でも放射能汚染された大地では、まず虫が消えるのだ。

 虫が消えれば大地は循環を止め、次第に疲弊して何も育たなくなる。まさに虫も寄り付かない死の大地になる。

 グラス・ギースの土地も災厄によって生命を失い、満足に農作物が育たなくなっていた。だからこそ他の都市からの輸入に頼っていた。

 それが、わずかではあっても改善の兆しが見えた。

 この『希望』に気づいた人間は、そう多くはないだろう。

 いつだってこの男は何もない場所から動き出す。

 スレイブという最下層の存在に目を付け、彼女たちを引っ張っていく。

 ラングラスという落ちぶれた派閥に組し、再度のチャンスを与える。

 そもそもグラス・ギース自体が忘れられた辺境の都市なのだ。

 アンシュラオンのいる場所からすべてが生まれていく。

 のちに最強の覇王でありながらも歴史から消された『欠番覇王』の伝説は、ここから本格的に始まるのであった。




「まー、こんなもんか!! 細かいところは素人だからしょうがないよな! 十分十分! これでいいよ!」


 拠点改造から三日。

 間取り図に沿って大樹の幹を掘り進めた結果、一応ながら居住空間と呼べるものが完成した。

 切りすぎたところは命気で接着もできるので、少しずつ修正して素人ながら悪くない出来に仕上がった。

 外から見ると大樹の形を残しつつも各場所に窓があり、ファンタジーならばエルフが住んでいそうだ。


(樹の匂いがいいよな。なんか火怨山を思い出すよ。あそこの家もオレが作り直したりしたし、建築って難しいけど面白いよな。まあ、主に壊すのは姉ちゃんとかゼブ兄だけどね)


 家でゴロゴロしていると、たまに巨大な戦弾が飛んできたりして破壊されることがよくあった。

 壊した当人たちは野宿でもまったく困らない頑強な者たちなので、家がなくてもあまり気にしないから困ったものだ。そのためいつも自分が直していたものである。

 幸いながら、ここにはそんな化け物たちはいない。まず壊れる心配はないだろう。


 では、軽く間取りの説明だ。


 まず樹の根元部分はあまりいじらず、地上部分に門付きの階段を作り、上った先の高さ五メートル程の箇所が入り口となっている。

 玄関周辺は少し削って床と手すりを作り、一定のスペースを生み出す。

 このあたりは高床式ログハウスを想像してくれればわかりやすいだろう。造りはほぼ同じで、規模が違うので高くなっているだけだ。

 こうして高さを設けたのは地盤をしっかりさせるためと、『敵からの攻撃』を想定してのことである。

 そう、この白樹の館は『防衛を想定』した造りになっているのだ。

 門は今後強化するし結界も張る予定なので、そこで敵を食い止めている間に上から銃撃、といったことも考えている。

 それ以前に大樹の周囲も厳重に管理防衛する予定なので、この館まで攻め入れる者がどれだけいるかは疑問であるが。


 内部の話に移ろう。

 玄関から中に入ると、大きなエントランスがある。

 一般的な館にあるものと同じだが階段は一箇所しかないので、迎撃する際は周囲から迎撃がしやすい構造になっている。

 まだ素の木材の状態であるため防備は薄いが、そのうち何かで補強する予定だ。

 本格的な居住空間は、この階段上からである。

 ただしホテルと違い、料理場や使用人部屋が並んでいるわけではない。

 むしろメイドたちの部屋は最上部にある。これは城壁があるため、万一の際は上に逃げられるからだ。

 ならば何があるかといえば、この階の部屋は倉庫として使うことが決まっている。

 主に農具や迎撃用の武器、冒険中に手に入れた珍しい物を飾る部屋になるだろう。

 特筆すべき点は、その中の一つに『アンシュラオンの別室』があることだ。

 来客用の客間と呼んでもよいのだが、アンシュラオンが独りでだらけるためのスペースでもある。

 これは防衛面でも極めて重要な要素だ。

 玄関開けたら、いきなりラスボス。

 他の防衛設備などいらないレベルで凶悪である。


 白樹の館は、五階層で構成されている。


 一階のエリアは、エントランスと倉庫および来客スペース。

 二階は、体育館レベルの大きな部屋が三つ。周囲を命気結晶で覆えば、室内でもさまざまな鍛錬が可能となる『訓練場』でもある。

 訓練場には小さな部屋もいくつか併設したので、そこで寝泊りするくらいはできるだろう。

 逆に外でやると危険な鍛錬などは、ここで試すのもいい。

 三階からはようやく居住スペースとなり、十二の部屋が用意されている。

 ここに住むのは主に戦闘力に優れた女性、おそらくはマキやサリータの部屋となる予定だ。

 下で何かあれば、彼女たちが即座に対応することもできるからだ。

 四階も同じく十二の部屋が用意されており、アンシュラオンとサナの部屋がある階でもある。

 サナとは同じ部屋でもいいのだが、やはり女性として成長してもらいたいこともあり自分の部屋を与えてみた。

 もちろん部屋は廊下を挟んで対面なので、会おうと思えばすぐに会える。

 四階は主要メンバーが集まる階層であり、マザーやホロロの部屋もここに設置されている。

 五階は、メイドの部屋および食堂やお風呂場等、生活で必要なスペースが設けられている。セノアとラノアの部屋もここに用意されることになるだろう。

 この樹は耐燃性にも優れているものの、火を使って煙が出ることを考えると上のほうが良い、という判断からだ。

 これらに加え、屋上も存在している。

 破裂したように割れていた樹の上部を綺麗にならして平坦にし、ホテルのように太陽を好きなだけ満喫できるようにしたのだ。

 今は日向ぼっこや洗濯物を干すくらいしか使い道がないが、そのうちプールなども作ってみたいものである。

 また、大樹の中にいたバイネスパピー〈古樹翼糸虫〉だが、彼らの生活スペースもしっかり残してある。

 どれくらい必要か不明だったため相当アバウトだが、大樹の一部は先住者である彼らに渡し、共存の道を選んだ。

 そのバイネスパピーだが、時折屋上にやってきては枝に掴まり、じっと日光を浴びている光景がよく見られるようになった。

 しかも形状が若干変化している気がする。

 芋虫というより毛虫みたいに体毛が増え、大きさも肥大化している気もするが、無害なので放置することにしている。

 ラノアなどは、たまに大樹の木屑で作った固形燃料を食べさせて餌付けしているようなので、もともと温和な魔獣であることがうかがえる。


 こうして内部は最低限整えたが、今は人数も少ないため全員が四階で暮らすことになっていた。

 休憩スペースや簡易調理場などは各階にも設置されているため、どの階に住んでいても不便がないような造りにしてあるが、できるだけ近くにいたいものである。


 そして一番重要な点は―――


(城壁が使いたい放題なのは嬉しいな。いくらでも拡張できるぞ)


 大樹の一部は城壁と重なっているため、裏側と接している城壁は好きに使っていいのである。

 この城壁だが、造られてから一度も外敵の攻撃を受けておらず、衛士隊も常駐するようなことはしていない。その発想もない。

 よって使いたい放題であり、城壁に穴をあけようが上で騒ごうが、まったく気にする者はいない。

 城壁を掘っていると、以前領主城の宝物庫で見つけた結界宝珠の予備など、過去の遺物を発見することが稀にあるが、そういったものもすべて自分のものにできる。



 四日目。



 白樹の館が最低限出来たので、今度は中級街側の工事が始まった。

 建てるものは普通の家屋。アーパム商会の事務所なので多少大きなものだが、ちょっと豪華なプレハブ程度だ。

 あまり大きなものを建てると目立つし、何かあると思われてしまう。出来たばかりの商会ならば、これくらいが妥当であろう。

 事務所の建設を請け負ったのはゴウダ・ノブ。

 以前にホワイト商会の事務所を建てた腕利きの大工である。

 彼は面会時にアンシュラオンがホワイトであることを悟ったようであったが、深く追求することはなかった。

 というよりは、実際に会った人間ならばわからないほうがおかしいので、彼の反応のほうが普通といえる。

 あえてゴウダに依頼したことには理由がある。

 まずは単純に腕が良いこと。たまたま知り合ったが、彼以上の大工はグラス・ギースにはいないと聞いている。(領主は別の専属大工を使っているらしいが、腕の程は微妙らしい)

 二つ目は下級街の業者に依頼することで、商会としての実績作りをするためだ。

 アーパム商会が正規の商会であり、富を都市に落とすことを示すのが狙いだ。

 どこの世界の都市もそうだが、自分たちの利益になるのならば誰でも歓迎されるものだ。地方が企業の誘致に必死なのも頷ける。

 もう一つは、またもや『細工』を頼むためである。

 今回は事務所ほど大掛かりではなく、城壁にあけた『トンネル』へ行き来するための扉と道を整備、舗装してもらうためである。(トンネル内部ではなく、そこまでに至る通路)

 事務所の工事が始まった段階で、大樹から城壁まではほぼ貫通していた。

 自分が命気等で舗装してもいいのだが、建築に精通した者ならば小屋を造る段階で怪しい仕様に気づいてしまうだろう。

 どうせ怪しまれるのならば、いっそのこと信頼できる(懐柔した)者に任せるほうが安心と考えてのことだ。

 当然全部を話したわけではないが、アンシュラオンは城壁の一部を掘ったことを正直に伝えた。職人に嘘をつくのは逆効果だと知っているからだ。

 それが実ったのかゴウダは快諾し、何も言わずに作業に取り掛かってくれた。

 参加した他の大工連中も、以前ホワイト商会の事務所を建てた者たちだけで構成されている気の配りようだ。

 彼らの顔には信頼の二文字がしっかりと見て取れる。

 うっかり『先生』と呼んでしまうことも、その信頼の表れであろうか。

 ホワイトはマフィアから憎まれていたが、一般市民からは親しまれていたことも事実である。

 そうでなければ、あんなカルト団体まがいの信者など生まれないだろう。

 その意味では、ゴウダもアンシュラオン信者なのだ。

 こうして事務所は一週間で完成することになった。



 その間にアンシュラオンがやっていたことがある。

 まずは白樹の館から地下トンネルに移動する特別通路を設置した。

 この通路には二階から降りねば行けない造りにしてある。多少面倒だが安全面を考慮してのことだ。

 多少長めの階段を下りて地下に降りると、そこには大きな『扉』が用意されていた。

 扉は木製だが、もともとは大樹の素材で出来ており、さらに核剛金で強化されているため強度は文句なしである。

 ここには割符結界を張って、対となる鍵を持っていなければ開かない仕組みにしてある。

 鍵は三つ。普段はアンシュラオンとホロロが持ち、一つは予備として白樹館の秘密部屋に隠した。

 アンシュラオンはその気になれば自力で破壊できるため、主にメイド用といったところだろうか。

 その扉を開けて進むと、三十メートル四方の大きな部屋があり、その部屋にも大小さまざまな小部屋が用意されていた。

 単純に倉庫として使うこともできるし、いざというときは避難する可能性もあるため、さまざまな備蓄品を置くために利用できるだろう。

 その先からようやく長いトンネルが始まっているのだ。

 そして、そこにアンシュラオンとサリータがいた。


「これで動くはずだが…」

「これは…トロッコでしょうか?」

「そうだ。トンネルに線路を作ってみたんだ。やはり毎日のことだから歩くのは大変だろう。場合によっては往復する必要もあるし、緊急の際にも使えるようにしたいんだ」

「なるほど。セノアたちが移動するときは便利そうですね」


 ゴウダが持ってきた木材を使って線路を作り、命気で補強。

 あえて木材を使ったのは誰でも修理や補修を可能にするためだ。

 今は自分が全部やっているが、人手が増えてきたら任せることも多くなるだろう。そのときに備えてのことである。


 「よし、乗ってみるか」


 アンシュラオンとサリータは、線路に設置したトロッコに乗る。

 ロックを外すと何もしないでトロッコが動き出した。

 これはトンネルを掘る際に『傾斜』を設けたからだ。

 トロッコは単に箱型ではなく、立ちながらハンドルを握るタイプのもので、これを前後に動かすことで車輪を加速させることができるようにしてある。

 同様にロックブレーキも準備してあるので、線路の途中で止まることも容易だ。

 こちらも素人が作ったものなので多少ガコガコしていたが、その都度削ったり補強したりして修正し、なんとか使えることが確認される。

 トンネル内は真っ暗なので、ゆっくり移動しながらサリータには光源ジュエルを配置してもらう。

 街でよく使われている一般的な外灯用のもので、値段もそこまで高くはない。トンネル内がわずかに見えればよいため、出力を弱めれば長持ちもすると聞いている。

 移動中は時々降りて、トンネルの脇に穴を作る作業も行った。

 それなりに大きく削ることもあるが、小さな窪みもいくつか作ってみる。


「師匠、それは何でしょう?」

「これから作る倉庫の目印でもあるけど、いざというときに隠れる場所だな。光の加減で暗くなるところを狙って配置してあるから、隠れれば簡単には見つからないだろう。まあ、波動円を使われると厳しいが、じっとしていればよほどの使い手でなければ大丈夫だ」

「師匠は、いつもセノアたちのことを考えておられるのですね」

「オレの可愛い子供たちだからな。大事にするのは当然だ。そして、お前のこともいつも考えているぞ」

「それは…嬉しいです! えへへ」


 サリータも戦士である前に女性である。こうして主人に愛情を向けられると嬉しいものである。


(シャイナがいないせいもあるだろうが、素に近い表情をするようになったな。後輩がいると見栄を張るものだからね。まあ、多少の寂しさはあるけど、このほうがいいだろう)


 シャイナがいないと馬鹿なことも起こらないのでつまらないが、それはそれで普通の状態に戻っただけなのかもしれない。

 これからはシャイナ無しの生活にも慣れていかねばならないだろう。


 と、思っていた矢先である。


 トロッコで反対側に到着し、扉を開いて事務所側に出てみる。

 事務所は壁と合体しているので、こうした出入りは誰にも見られずに行うことができる。

 が、事務所から出たところに―――



「お待ちしておりました!! あなたの小百合です!」



 小百合がいた。


「え? 小百合さん? 今の時間ってまだ仕事中じゃ…」

「有給を取りました!! 今日はお休みです!」

「そうなんだ。いつもがんばって働いているからね。休んでもいいよね。…で、その荷物は?」


 小百合がいるのは不思議ではない。

 事務所の土地を買った際には一番に知らせているので、場所はすでに知っているだろうし、彼女の家もここからかなり近い。

 がしかし、なぜか彼女は台車に大量の荷物を載せているではないか。

 若干嫌な予感がしたので訊いてみると―――



「本日、社宅を出てきました!!」



 笑顔でそう言った。


「えええええ!? ハローワークの社宅を!?」

「はい!! もうあなただけの小百合ですよ!!」

「いやあの…けっこういい物件だったんじゃ?」

「女の独り身で住むには広すぎますし、ただ寂しいだけです! 家賃は安いですけど、これからは無料になりますから、そっちのほうがいいです!」

「これからってことは…つまり?」

「やだなー、マイスウィイイイイイイトホゥウウウムッ!!! ですよ! スウィイイイイイイットッ!!! ホーーーム!! あっち側に作っているんですよね?」

「う、うん…知ってるんだね」

「もちのロンです!!」

「古い!! もう死語だよ、それ! って、どうして知ってるの?」

「お父さんがよく使っていました!」


 昭和の文化が異世界で生きているとは、まったくもって不思議なものである。


(小百合さんの故郷は、日本文化がかなり浸透しているみたいだしな。誰かが使ったのが広まったんだろうが…変なものが伝わっていそうで怖いな。それよりもう社宅を出たのか。早い。早すぎるよ…)


「小百合さん、まだあっちの家は装飾もないし補強作業も残ってるし、かなり不便だよ? だからまだ教えなかったんだけど…」

「水臭いことを言わないでください! それもまたスィイイイイイイイトホゥウゥウムッ!の醍醐味です! 一緒に作業を手伝わせてください!」


 スイートホームの言い方で、猛烈なやる気がうかがえる。

 ここはもう逆らわないほうがいいだろう。


「そ、それじゃ、せっかくだし一緒に行ってみようか」

「よろしくお願いします!!」

「小百合先輩、歓迎いたします!」

「サリータさん、可愛い!! ぎゅっ!! これからは一緒に生活ですね!」

「はい! 嬉しいです!」


(小百合さんの序列はホロロさんと同じかな。なんか同列ばかりになってきたけど、一夫多妻制ってこれが難しいんだよな…。スレイブ・ギアスの導入を急がねば。何かトラブルがあってからじゃ困るぞ)


 この問題を唯一解決できるものがあるとすれば、まさに自分が望んでいたスレイブ・ギアスそのものだ。

 今までは争い事に首を突っ込んでいたので気にならなかったが、これからは最優先課題となる。忘れては身を滅ぼすかもしれないと戒めるのであった。



 小百合はバイクを持っているので、それは事務所側に置くことにする。

 まだスペースは余っているし、来客用の駐車場も作る予定なので問題はないだろう。バイク通いならば通勤にも支障は出ない。


「わー! すごいですね! トロッコですか!!! 新鮮です!」


 小百合を事務所の隠し通路から城壁の中に案内。

 彼女には概要を伝えてあるので、それについての驚きはないが、トロッコ自体は珍しいのだろう。じろじろと見ていた。


「ちょうどいいや。小百合さんの荷物を載せて、ちゃんと移動できるか見てみようか」

「いいですね! 楽しみです!」

「師匠、帰りはどうするのですか? 傾斜があると戻るときは大変そうですが…」

「安心しろ。それも考えてある」


 小百合の荷物をトロッコに載せると、トロッコの後部を指し示す。

 そこには二つの排気口のようなものが付いていた。


「これは…?」

「これってバイクと同じ仕組みのやつですね。風のジュエルの力で動かすのです」

「さすが小百合さん。すごいね」


 坂の上に住んでいる人は、行きは楽ちんでも帰りは地獄、といった経験を毎日のようにしていることだろう。

 ただ、最近では電動自転車も流行っているので、技術の力でカバーすることは可能だ。

 そして導入したのが、小百合のバイクを参考にして作った風力移動である。

 機構は単純。風のジュエルを組み込んで一定方向に放出するだけだ。


「それじゃ、試してみよう!!」


 三人はトロッコに乗り、風のジュエルを起動。

 ハンドル近くにボタンがあり、それを押すだけで加速が可能だ。


 トロッコは順調に移動を開始。


 ハローワークの社宅は家具の大半が備え付けで、小百合が持ってきたものはそう多くはない。

 とはいえ、女性は荷物が多いのが特徴でもあるので、やたら重いトランクがあったりと重量はそれなりのものだ。

 しかし、トロッコは問題なく進む。パワーを上げればもっと速くなるかもしれない。

 今の時速は二十キロくらい。これならば移動時間は十分以内で収まるだろう。

 あまりスピードが速すぎてもホロロたちには危ないので、これくらいが妥当といえる。


(うん、快適だな。これなら大量の鉱物を運んでも動きそうだ。もしかしたらもっと重い商品を扱うかもしれないから、これくらいのパワーはないとな)


「アンシュラオン様、これはもしかして『リミッター解除ボタン』ですか?」

「そうだね。前に輸送船に乗ったときに見かけたから付けてみたんだ。【緊急用ブースター】ってやつだね」


 小百合が違うスイッチを発見。

 これはプライリーラからもらった輸送船にも付いていたもので、雷と風のジュエルを反発させて、より強いエネルギーを生み出すものだ。


「では、これを使えばもっと速く移動できるのですね!」

「あくまで緊急用だけどね。まだ試したことないからどうなるか―――」

「えい!! ぽちっ!!」

「え?」

「さあ、マイスィイイイイイイトホゥウウウウムッへ!! レッツゴオオオオオオオオオ!!」


 何を思ったか、小百合がブースターのスイッチをオン。

 緊急用なので誤って押さないように木製のカバーで覆っていたのだが、それを破壊してまでオンにする。


 次の瞬間―――超加速


 トロッコの前輪が持ち上がり、後輪だけで線路を突き進む。


「あーーーーーーっ!!!」


 その速度と衝撃でサリータが落下。

 線路に頭を強打したのが見えたが、そのまま闇の中に置いていかれて見えなくなった。


「サリーーーーーーータァアアアアアア!」

「いけえええええええええええ!!」


 後輩が落下したことにも気付かず、小百合は速度に大歓喜。

 一秒でも早くマイホームにたどり着きたい欲求が、彼女を狂気に駆り立てる。

 だが、あくまでテスト用で付けた機能だ。まったく準備が整っていないこともあり、これには大きな欠陥があった。


 ブレーキが―――無い


 ただ単に加速させることしか考えていなかったため、止める手段がまったくなかったのだ。

 付属のロックブレーキなど、まったく役に立たず一瞬で破壊。

 そのままトロッコは白樹の館まで一気に到達したが、車庫を突破して浮き上がり、扉に激突。


 ドゴーーーーーンッ バギャンッ


 衝撃によって半壊。

 小百合も吹っ飛ばされたが、アンシュラオンが空中で保護して着地する。


「はぁはぁっ! はーーー! 着いたのですか!? ここが私のマイホーム!?」

「着いたけど…小百合さんの荷物も吹っ飛んじゃったね」

「も、申し訳ありません! つい嬉しくて興奮してしまって…! ああ、トロッコも壊れてしまいました! なんとお詫びすればよいのか…!」

「気にしないでいいよ。いい実験になったもの。ほんと、ホロロさんたちが乗っている時でなくてよかった。速度を落とせるように調整しないと駄目だね。それに線路もトロッコも複数あったほうがいいよね」


 失敗は成功の母である。

 小百合の暴走のおかげでトロッコの致命的欠陥にも気付いたので、むしろありがたいといえるだろう。

 誰も怪我をしなくてほっとしていたが、サリータが落とされたことはすっかり忘れていた。(その後、自力で戻ってきて泣いていた)




「わー、すごいです! 天然の家って感じがしますね! 思ったより日も入ってきますし、いいですねー!!」

「…こくり」

「サナ様もお元気そうで何よりです! これからもよろしくお願いいたします!」

「…こくり。ぐっ」


 さっそく小百合を部屋に案内する。

 小百合の部屋はサナの部屋の隣に用意したため、日当たりも良いのが特徴だ。

 大樹の中を掘り進めて部屋を作ったのだから、当然ながら表側の外縁部分のほうに日が当たる造りになっている。

 屋上の一部を開けて内部にも光を取り入れるように吹き抜けは用意してあるものの、やはり外縁のほうが日当たりは良いのだ。

 そういった環境が整った部屋は全部、女性に与えてしまっていた。


(女性には豊かさが必要だ。女性が満足することが男の満足につながる。オレはべつに日が当たらなくてもいいしね)


 よく結婚した男が妻のわがままに悩まされるが、女性とはそもそもそういう存在だ。むしろそれに応えてやるのが男の甲斐性である。

 世の中を平和にしたいのならば、まずは女性を満足させるべきだ。

 これが自分の矜持であり、今まで人間社会を見てきて出した結論である。

 なぜならば、生命を宿せるのは女性だけなのだ。この事実はどうあがいても受け入れるしかない。

 女性を支配しつつも、女性に一番配慮する。

 どっちが支配されているのかわからない構図だが、お互いが納得しているのならば問題はない。

 そして、その中でも小百合は重要な存在だった。

 サナの隣の部屋といった待遇を見るだけで、彼女の評価が高いことがわかるだろう。


(サナの周囲には信頼できる者を置きたい。部屋割りもそれを考えているんだよな)


 小百合は戦闘力が皆無の完全な事務系だが、何よりも明るい性格が魅力的だ。いるだけで周囲に花が咲くようである。

 今も彼女は、サナを抱っこして窓から外を眺めている最中だ。

 サナも小百合が来てからはずっと傍にいるので、関係は良好といえる。

 シャイナがいなくなった代わりに小百合が来てくれたことは、サナの教育上にも大きなプラス材料になるだろう。

 ちなみにもう片方の隣の部屋には、マザーが入る予定である。

 サナの魔石に異常が出た時、仮に黒雷狼が暴走するようなことがあっても、彼女が近くにいれば抑えることができるという判断からだ


 こうして小百合も白樹の館で暮らすことになった。





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