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「欠番覇王の異世界スレイブサーガ」

作者  園島義船



□ 第四章 「裏社会抗争」 編 第二幕 『激動の白』


231話 ー 240話




231話 「殿、お風呂場で盛大にやらかす、の巻」


 ガクンガクン、ビクンビクン

 恍惚な表情を浮かべながら、サリータが痙攣して沈んでいく。


(まったく、胸だけでイクとはなさけない。…と、ここの女性は感じやすいんだよな。敏感なのはいいことだが…やや過敏じゃないか? それともこれが普通で、男も早漏なのか? ううむ、ちゃんとした性生活を送れているのか心配になるな)


 ずっと思っていたことであるが、外界の女性はあまりにも早く達しすぎる。

 アンシュラオンが軽く命気でマッサージするだけで簡単にイッてしまうのだ。感じてくれるのは嬉しいが、それはそれで困ったものである。

 と、当人はそう思っているが、これも仕方がないことである。

 すでに述べたように戦気術をほぼ完璧に操れるアンシュラオンは、気の流れを操作することで相手の肉体を支配することができる。

 本人にその意識はないが、相手を気持ちよくさせようとすると無意識のうちに操作をしているのだ。

 まさに媚薬によって身体が敏感になっているのと同じなので、それをやられたら常人はたまったものではない。


 さらに、これも当人がまったくあずかり知らぬことであるが、『魔人の因子』は『人間の因子を支配』する特性を持っている。


 近づいたり関わったりするだけで下位の存在を自然と支配下に置くことができるので、これは実に怖ろしい能力である。

 アンシュラオンの場合はそれが女性に顕著に表れており、『姉魅了』スキルも魔人因子が表面化したものの一つだ。

 好意を抱けば魅了され、敵対すれば恐怖する。存在自体に戦国大名とそこらの村人くらいの差があるので、リンダを見ればわかるように、自分を支配するべき相手にたてつく恐怖が自然と湧き上がってくるというわけだ。

 この因子を持っているのは、この世で二人だけ。アンシュラオンと姉のパミエルキのみである。

 パミエルキがアンシュラオンに執着するのは、同じ魔人因子を持つ唯一の存在だからだ。まさに自分の半身。愛さないほうがおかしい。

 というわけなので、アンシュラオンに触れられた女性は性的な意味でも敏感になる。


「うーん、しょうがない。じゃあホロロさん、代わりで申し訳ないけどいいかな?」

「はい。喜んで」

「続きをやるぞー。しっかり見ているように! さっきと比べて胸がけっこう大きいが、みんなも大人になったらこれに近づくから安心してくれ」

「ラーちゃんもこうなるのー?」

「おお、ラノアは大きくなるぞ! オレが断言しよう! 大きくなったら揉んであげるからな」

「うん!」


 ラノアの胸を揉むのは非常に楽しみだ。

 子供は常に成長という無限の可能性を秘めている。育成が大好きな自分にとっては、それだけで楽しみが増えるというものだ。



 サリータをホロロに取り替え、引き続き性教育を続ける。


「おさらいだ。まずは胸の周囲をじっくりと慣らす。さわーり、さわーり」

「ふぅうう…ふぅううう!」

「乳首が立ってきたら、軽く撫でるように優しく刺激する」

「あっ、あっあっ…うふっ…あはっ」

「それから少しずつリズムを出して揉んでいく。もみもみ、もみもみ。うむ、逸品だな。手にいい感じで収まる胸が最高だ。もみもみ、柔らかさもちょうどいい」

「あっ、ほ、ホワイト様…あっ…あんっ!」

「おっ、いい声だな。そんな声を出されるとやる気になってしまうぞ。もみもみ、もみもみ、もみもみ」

「うっ…くっ…んふぅ……んぁっ…!」


(ああ、幸せだなぁ。こうして自分の女を好きにできるのは最高だよ。姉ちゃんを思い出…さないように気をつけよう)


 ついつい理想の女性像(性格以外)である姉を思い出すが、今はこうしていろいろな女性の胸を堪能できる状態であることを喜ぶべきだろう。

 のんびり風呂に入りながら胸を揉む。最高である。こんな贅沢はほかにない。


(オレもようやくここまで来たんだ。もっともっとスレイブを増やして、好きなだけ好きなことをしてやりたいもんだな。マキさんを手に入れたら、あの素晴らしい胸を楽しもう。小百合さんを手に入れたら、少し小ぶりだけど綺麗な胸を楽しんで、違う女性を手に入れたら胸を触って…)


 結局、胸を揉むのである。


「くうっ…ぁああああ! ふっ…はあ!! あぁー、あぁーっ!!」

「せ、先生…! ちょっと揉みすぎじゃないですか!?」

「ん? あっ、つい妄想に入り込んで夢中でやりすぎちゃった。ホロロさん、大丈夫?」

「はひっ…はっ、はっ…はー!」


 シャイナの言葉で我に返ると、ホロロの顔はすでに紅潮を通り越して完全に真っ赤になり、締まりのないだらしないものになっていた。

 すでに何回も達してしまったのだろう。いつもの凛々しく強い目は虚ろで、口も半開きになってよだれを垂らしている。どうやら少しやりすぎたようだ。


「ほ、ホロロさんが…こんなになるなんて…」

「…じー」

「ごくり」


 いつものイメージとは違う姿にセノアたちも驚いている。


 そう、彼女たちは今、女性が一番美しくなる瞬間を見ているのだ。


 十代で蕾が花となり、二十代の後半で熟れ始め、女性として一番の盛りになっていく。そして、快感に押し流されて恍惚としている時こそ一番美しい瞬間だ。

 桜は散る瞬間が一番美しい。綺麗なものが咲き乱れ、崩れていく時こそもっとも輝くのである。つまりはイキ顔にそれが表れている。

 さらに周囲が命気水蒸気で光り輝いているので、「ここは桃源郷か!?」と疑うほど淫靡な雰囲気もベリーグッドだ。

 言ってしまえば、ラブホテルのミラーボールで気分を高めるのに似ている。雰囲気は重要な要素である。


「はぁはぁ…ご主人様ぁ、はぁぁ…ちゅっちゅっ…んべっ、どうか…このまま…最後まで…」


 興奮したホロロはアンシュラオンの手を取り、夢中で指を舐める。

 目の前に子供たちがいることすら忘れ、快楽に溺れているらしい。


「えー、どうしようかなー」

「お、お願いします…。もう我慢できなくてぇ…」

「ホロロさんは甘えん坊だね。もっと舐めたら考えてあげるよ」

「はい…甘えん坊です…んっ、ちゅっ、べろべろ、んべぇ」


 ぢゅっぢゅと指を根元まで咥えて舐める。その姿はまさに「メス」であった。


(んー、どうしようかな。なんだかホロロさんも限界みたいだし…まあいいか。最後までしても)


 最初はマキからと思っていたが、状況が変化していくにつれてホロロも不安が増していくことだろう。

 冷静で気丈に見えても一般人の女性である。あまりストレスを溜めるのはよくないだろうと判断。

 当人も最初の頃からそれを望んでいたので、今まで尽くしてくれたことへのご褒美として、最後までしてあげることにした。


(オレも女性とするのは姉ちゃん以来だよな。ふむ、言われてみれば、この身体になってから他の女性の中を知らない。この世界の女性はどうなっているんだろう? …気になる)


 そう思うとアンシュラオンも少し興味が湧いてきた。

 それに呼応して如意棒も大きくなる。久々にやる気である。


「これが男の如意棒である。よく見るように」

「きゃっ」

「こら、セノア。それは失礼だろう。もっとちゃんと見なさい」

「あっ、申し訳ありません! …じー、ごくり」

「見慣れないと変な形をしていると思うが、これもちゃんと計算されて作られているんだ。肉体ってのはすごいものだよな。で、こっちが女性のものね」

「きゃっ!」

「いやいや、君にもついてるじゃん。同じものだよ」


 セノアが食いついたところで、ホロロを抱き上げて下の部分を見せてあげる。

 特に女性は鏡で確認しない限り、自分のものをまじまじと見つめる機会もないだろう。他人のものを見るのも一つの学びである。

 言っておくが、これは『性教育』だ。

 それを忘れてはいけない。カテゴリーは「教育」で登録してある。間違えてはいけない。勘違いもしてはいけない。教育があってこそ社会は正しく回るのだ。


「こっちも濡らさないとね…って、もうヌルヌルだよ。これって命気じゃないよね。ホロロさんはエッチだなぁ」

「ふひっ…!」


 アンシュラオンがホロロの股間に手を伸ばすと、もう完全に準備万端であった。

 軽く触れただけで指が吸い込まれそうだ。非常に柔らかい。


「そんなに欲しかったの?」

「くうっ…は、はい…! 考えるだけでもう…はぁはぁ、いつでも大丈夫ですからぁ…お願いします」

「うむ! エロメイドは大歓迎だ! じゃあ、腰を上げてね」

「は、はい…」


 ホロロを縁に少し座らせて結合部が見えるようにする。なぜならば、これは性教育だからだ!!


「ちょ、ちょっと!! まさか本当にするんですか!?」

「なんだシャイナ、羨ましいのか?」

「ち、違いますよ! だって、みんなの目の前ですし、子供だっているんですよ!! ほら、見ちゃ駄目よ!」


 シャイナが慌ててサナとロゼ姉妹の目を隠す。

 が、両手を使っているため自分はガン見である。


「子供には性教育が必要だと言っただろう。子供の作り方を言葉で説明しても効果は薄い。お前だって言葉に窮していたはずだ。言葉なんて所詮はそんなもんだ。だから童貞と処女間でトラブルが多くなるんだよ。それよりは直接見せて教えたほうがいい。百聞は一見にしかずだ。これも清い一般生活を送るための生活の知恵の一部だ」


 悪いものではないのだから、ちゃんと教育をするべきだ、というのがアンシュラオンの考えである。詐欺被害防止と同じく、仕組みを知らないより知っているほうがいいに決まっている。

 だが、この馬鹿犬はまだ抵抗を続ける。


「そ、そうだ! こ、子供は、と、鳥が…パンパンドリが連れてくるんですよ!」

「なんだパンパンドリって? むしろ卑猥な名前になってるじゃないか」

「違いますよ! そっちの意味じゃないです!」


 パンパンドリとは、お腹がパンパンの鳥のことである。

 シャイナが言ったのは日本で言うところの「赤ちゃんはコウノトリが連れてくる」という言い回しのこの世界バージョンだ。

 お腹がパンパンなので、それが妊婦を想像させたのだろう。意味は同じようなものだ。

 だが、頭が腐っているアンシュラオンには、もっと卑猥な意味に聴こえたようだ。


「わかったよ。オレもパンパンするよ。それでいいだろう?」

「違う、違う! 駄目ですって―――」

「あはっ…!! ああああ! 入る、入って…ああああ!!」


 ズブンッ


「あっーーーーーーーー! 入れたーーーー!」

「いちいち騒ぐな。ここは入れるためにあるんだ」


 犬など無視して、あっさりと入れる。そのために存在する器官なのだから当然だ。


(うむ、姉ちゃんとはまた違った感覚だな。地球の時だって人それぞれ違ったし…当たり前だよな。男だって長さも形もそれぞれ違うしな。ホロロさんのは…柔らかいな。ねっとりしている。それにかなり熱いな。風呂で体温が上がっているからかな?)


 処女特有の少し硬い感覚はあったが、命気が加わることでローションのような働きをして、とてもすんなりと入ることができた。


「うううう、あぐあぐっ…はあぁああ!! これは…ぁああ!!」

「痛い?」

「だ、大丈夫…です…ぅううう!! はっはっ、あーーーーー!」


 膜が破られた痛みもなさそうである。出血も命気が吸収するので外にはまったく見られない。それよりは快楽のほうが強いらしく、引きつったように感じている。

 中の具合だが、姉と比べると劣るのは仕方ないが、ホロロのものはホロロのもので素晴らしい。特に温度という点では安心感と高揚感を与えてくれる。

 最初は風呂の温度のせいかと思ったが、彼女の体温が他人より少し高いことが原因のようだ。快感と熱はリンクしているので、なかなかの逸品である。

 また、こうしていると支配している感が相当強いので、それだけでなかなか興奮してくるものだ。


「くううっ…あああ―――!!!」


 感触を分析している間に―――ホロロが達する。


「もうイッたの? 大丈夫?」

「だい…じょう……ぶうううううっ!! はああ!! ですぅうっ! はぁああ!」

「ずっとイッている気がするけど、ホロロさんも敏感だなー。でも、いつもとは違う雰囲気の可愛らしい顔が見られて楽しいけどねー」

「はぁあ! 見たら…だめっ…ですぅっ!! あはああ!!」

「ホロロさんは可愛いなー。ほれほーーーれ、どこまで我慢できるかなー。油断していると、またすぐイッちゃうよ」

「ああはあああ!!」


 アンシュラオンが危惧していた通り、ホロロは入れた瞬間からずっと達している。


 入れて―――達する。

 抜いて―――達する。


 これではパンパンどころの騒ぎではない。入れているだけでずっと痙攣、という漫画のような現象が続いている。

 女性は男性とは違って段階的に感度が上がるので、ある程度の回数まで達することはできるのだが、アンシュラオンの因子が影響を与えるためにイキっぱなしである。

 とっくに限界は超えているのだろうが、それでも必死に耐えてしがみついてくる。それがまた可愛い。


「はっ、はっはっ…!!」

「オレが出すまで我慢できる?」

「は…はい! がまがま、がまん…しっ…ああああ! おはぁあああ!」

「ひぃいいい! せ、先生、これ放送できないですよ! カット、カット、絶対カットですよ!!」

「なんだ放送って?」


 シャイナが何かに気を遣っているようだが、男たるもの、怖れてはいけない時がある。

 アンシュラオンは迷わず進むことにする。

 もともと地球にいた頃から性的なことに躊躇がない人間だったので、やりたいときにやりたいことをやるのが信条である。突きたい時に突くのだ。


(といっても普通にやったらホロロさんがダウンしちゃうから、オレが少し身体を操作して…すぐに出すようにするか。姉ちゃんと違って普通の人は身体が脆いからな。最初の一回で壊れたら嫌だし、優しくしよう)


 そして、数回前後運動をしたあたりで―――発射。



 ドクドクドクドクドクドクドクッ

 ドッピュンドックン ビュルルルーードクンッ

 ビュッビュッビュッビュ ビュルックーンッ


 ドクドクドクドクドクドクドクッ

 ドッピュンドックン ビュルルルーードクンッ

 ビュッビュッビュッビュ ビュルックーンッ



「あっ、すげー出た」





「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!! ひーーー、ひーーーー!! あううう―――がくっ」



 姉としていた頃とは違い、自分が主導権を握ってやっていたので、その快感があったのかもしれない。

 ついついうっかり大量に出してしまい、そのたびにホロロが達していく。


「ぎゃーーー、出てる、出てる!!! 溢れてるじゃないですかあああ! 白いのが出てるーー!」

「今師匠が楽しんでおられるところだろう! 静かにしろ! あっ、す、すごい…ごくり」


 と、その光景を復活したサリータも食い入るように見ていた。目がかなり真剣だ。


「…じー」

「…???」


 シャイナも夢中で見入っているので、手の目隠しが外れてサナとラノアもばっちり見ていた。

 サナは相変わらず観察するように、ラノアは何が起きているのかよくわかっていないように、首を傾げながら見ていた。


「ああ…あぅううう…」


 姉のセノアは、顔を真っ赤にして目を逸らしている。

 ロリ子ちゃんのようにセノアの年代で結婚する者もいる地域だ。妹よりもはっきりと状況を認識していることがうかがえる。


「ふー、出た出た。ホロロさん、生きてる?」

「っ…っっ………ひくっ……あぐっ…はひっはひっ…っっ…」

「うーん、ちょっとやりすぎたかな。でも、当人が望んだことだし、べつにいいよね。モミモミ」


 と言いつつ、さらに胸を揉む。

 素晴らしい実演ができて満足である。




232話 「殿、ゴールデン・シャイーナを成敗致す、の巻」


 ずるり

 ごぽごぽ ごぽごぽ どろり ぼちゃぼちゃ


 ずぼっと如意棒を抜くと、ごぼごぼと大量の白い液体が中から出てきた。


(ふー、そこそこ出たかな。思えばシャイナと風呂に入った時以来だから、久々の放出だな)


 さすがの精力なので、ホロロの子宮に収まりきらない大量の白くてどろっとしたものがこぼれ落ちてくる。

 水気風呂に浮かぶその姿は、まさにホイップクリーム。クリームサイダーに似ている。


「っ…っっ…はっ………びくびく」


 出すほうはいいが、そんな大量のクリームの放出をくらった女性は、たまったものではない。

 ホロロは完全に達して半ば失神しており、これも漫画でしか見ないようなイキ顔になっている。

 アンシュラオンが出すまで何十回もイッたので、その段階で限界を超えていたのだろう。


(ふーむ、やはり普通の一般女性ではオレの精液に耐えられないな。本当ならもっと出したいところを抑えているくらいだしさ。姉ちゃんならいくら出してもまったく問題ないし、逆に吸い取られるくらいだったけど…こんなに違うんだな)


 このことから、いかにパミエルキが怖ろしいかがわかる。

 アンシュラオンが全力で叩きつけてもケロッとしているし、むしろ搾り取ろうとしてくる。まさに底なしだ。

 これでやはり姉がおかしかったことが証明される。完全に規格外である。


「ちょっと、どうするんですか、これ! あわわ、ホロロさんがもうぐしゃぐしゃだ!」


 シャイナがホロロを揺するが反応がない。下半身はもう完全にぐちゃぐちゃという惨状である。


「ぐしゃぐしゃとか言うな。逆にエロいだろう」

「うわっ、汚い! 白いものが手についたぁ!」

「なんだその態度は。お前は一度飲んで喜んでいたじゃないか。どうだ? 美味かっただろう」

「喜んでないですよ! 飲みたくて飲んだわけじゃないです!! こんなの美味しいわけがないです!」

「じゃあ、ホロロさんにも訊いてみよう。手にとって…口に入れて。ホロロさん、美味しい?」

「っっ…っ……はべぇ」

「ぎゃー、なにしてんですかーー!!」


 失神しているホロロの口にクリームを入れてみたが、意識が虚ろなので口からどろっと出てきた。うん、エロい。やってよかった。

 殿、鬼畜でござる!



(ホロロさんはこれで処女ではなくなった。誰かに奪われる危険性はなくなったわけだ。…なんだろう。すごい安心感だ。それと同時に不安だな。他の女がもし誰かに襲われて処女でなくなれば…と思うとな。そんなことは絶対に許せんが、相手を殺したって傷物になったことは変わらない事実だ。だが、処女でなければ事故だったと思えばいい。そう、処女でなければいいのだ)


 ホロロの処女を奪ったことで支配欲が刺激され、相手を屈服させる快感と同時に不安も込み上げる。

 この素晴らしい感覚を他人に与えるわけにはいかない。万が一にも誰かに奪われるわけにはいかない。そう強く思ったわけである。

 そして、現状で一番危ないのが、目の前の馬鹿犬だ。


「ふむ」

「…なんですか? じろじろと見たりして」


(こいつを放っておくと危なくてしょうがない。ならばいっそ…。うん、そうだな。どうせもうホロロさんがこうなった以上、後には引けないしな。よし、決めた)


「シャイナ、股を開け」

「…へ? な、なんでですか?」

「お前の膜も破っておいてやる。そうすれば安心だ」

「え? …え? えええええええええ!?」

「会うたびに貞操の心配をしなくてはならないなんて、面倒臭くてしょうがない。だが、処女でなくなれば最悪の事態は防げる。そうだろう?」

「そ、そうだろうって…その……え!?」

「そうだよな。なんで今まで遠慮していたんだろう。べつに自分のスレイブじゃなくても、オレはもうこいつの飼い主なんだ。だったら何をしたっていいんだよ。そうそう、どうしてこんなやつに気を遣わないといけないんだ。あーあ、オレってお人好しだな。うん、決めた。ほら、出せ。さっさと出せ! ご主人様に対して喜んで股を開け!!」

「ちょっとーーー! だ、駄目ですよ!! な、なんでいきなりそんな! 断固拒否します!」

「お前にそんな権利はない!!!」

「ええーーーー!?」


 犬に抵抗する権利などないのだ。ワン権など存在しない!!

 だが、往生際の悪いゴールデン・シャイーナは必死に抵抗する。


「先生は今出したばかりでしょう!? そ、その、男の人はあまり連続では出さないって…」

「昔だって若い頃は三発連続くらいはいけたぞ? 今のオレなら連続で120回はいける」

「出しすぎですよ!? どこから出てくるんですか!」

「ここからだ!」

「きゃっ! 見せなくていいですよ!」

「馬鹿者が! オレのタマタマを崇拝しろ!! 愛でて崇めろ!!」

「言っている意味がわかりません!」

「オレだってわかるか!!!」

「ええええーーーー!?」


 殿、ご乱心!!!



(あの頃は若かった。120発出したもんな。まあ、本当はもっといけるが…できれば半分くらいが適量だよな)


 思い出す。姉に搾られていた頃を。

 60回くらいまでは最高に気持ちいいが、それを超えるとさすがにしんどくなる。100回を超えたあたりで意味がわからなくなる。

 パミエルキがじっくりねっとり絡むのでこの回数だが、単純にパンパンばかりしていたら、この倍以上は出していただろう。

 あの頃を思えば、この程度はまったく問題ないということだ。


「ほら、やるぞ」

「だ、駄目ですって! みんなが見てるじゃないですか! 絶対に駄目ですよ! せ、せめて二人きりで…!」

「それは無理だ。オレはサナと一瞬たりとも離れるつもりはないから、最低でも一人は見ていることになる。どのみち見られるのならば、一人でも四人でも変わらないだろう」

「か、変わりますよ! 全然違います!」

「サナ、ラノア、こいつの両手を押さえておけ」

「…こくり」

「こ、こう?」

「そうそう。しっかりな。遠慮はいらんぞ。犬がシャンプーを嫌がるのと同じだ。そうしてあげたほうが犬のためなんだから、心を鬼にしてやるんだ」

「わかったー」

「いや、ちょっ!? ちがっ! だ、駄目だって! は、放し…うきゃんっ!」

「なんだその声は」

「先生がくすぐったからですよ!」

「お前が抵抗するからだ」

「普通しますよ! うきゃんっ!」


 サナとラノアがシャイナの両手をそれぞれ掴む。

 サナは腕力が向上してきたので単独で簡単に押さえ込めるし、抵抗するそぶりを見せるたびにアンシュラオンがくすぐるので、ラノアのほうも問題ないようだ。

 サリータにやらせなかったのは、犬のしつけは主人側の人間の責務だからだ。飼い主のサナはもちろん、そのうち散歩を担当するかもしれないラノアも一緒に経験させておきたかった。

 がしっと捕まえ、これでばっちりホールドが完成。

 ゴールデン・シャイーナ、ついに年貢の納め時である。


「待って待って待って! これはさすがに駄目です! 引っかかりますって!!」

「お前は何の心配をしているんだ」

「苦情が来ますよ! 怒られますよ!」

「だからどうした!!」

「ええええ!?」

「今まで何回怒られてきたと思っている! いまさら怖くないわ! どうだ、すごいだろう!」

「何の自慢にもなりませんよ!?」

「ふんっ! けしからん胸をしおって! ぱちんっ! ぱちんっ! なんだこれは! 中身は生クリームか!」

「きゃんっ! 胸を叩かないでくださいよ!」

「くくく! このワンコロが! 他人にばかり尻尾を振りやがって! ひぃひぃ言わせてやるからな!!」

「急に先生が壊れた!? いったいいつの話ですか!?」


 うっかりシャイナと出会った頃を思い出し、その憤りが復活してしまった。


(思えばけしからんやつだ。身勝手な理由でオレに近づき、この騒動の発端を作ったんだからな。お仕置きだな。成敗してくれる!!)


「誰が主人か、はっきりさせてやるからな。この胸め! なんだこれは! こんなに柔らかくて何がしたいんだ! このこの!」

「あっ、あっ!! ちょっっ…おはほおおお! だめだめだめ、それだめ!!」


 おっぱいを掴んで軽く動かすだけで、スライムのようにぶるんぶるん激しく揺れる。

 なんだこれは。まったく抵抗というものがない。けしからん!!

 いつもふらふらしているシャイナの人生を象徴しているようで、なぜか腹が立ってきた。


「乳はあとでたっぷり弄んでやろう。それよりさっさと目的を果たそう。ぐいっ」

「あっ!! そこは…あああ!」

「ふむ、上が柔らかいくせに下はまだ固いんだよな。さわーり、さわーり、ぐにぐに」

「あああああっ! そこは…本当に…あああ! ふひぃいいい!!」

「さすが年中発情期のメス犬だな。こんなに濡らして、はしたないやつめ!」

「違いますって! 先生が触るから!」

「触ってすぐ出るとはけしからん! オナニー慣れしている証拠だな!」


 シャイナの下腹部は、すでにたっぷり濡れていた。ホロロとの情事を見ていて興奮したのだろう。イヤらしいメス犬だ。

 ならば遠慮はいらぬ!!


「いけ、如意棒! ぶっ刺してやれ!」

「ちょっとまっ…ああぁあ! 本当に…あひいいいいい! ふとっ! ぐいぐい大きいのが壁を押してくるうう!! がばって広げて先っぽがぬるって入ってぇええ!」

「お前の台詞が一番危ないじゃないか!!」


 シャイナの解説が一番危ない。


 これ以上野放しにすると危険なので、さっさと―――イン


 にゅるにゅるにゅる ずぶぶっ

 こちらも命気風呂のおかげでローション効果が発生しているので、ほとんど抵抗らしいものはなかった。簡単にずぶっと入っていく。

 本当は入る過程を楽しんでもいいのだが、シャイナの発言が怖いので一気にもっていった。

 こつんと最深部にまで入り、ひとまず味わう。


(うむ、【若い】な。ホロロさんより確実に若い。命気のおかげで簡単に入ったが、かなり抵抗感がある。眉毛じいさんならば好みかもしれんが、もう少しって感じか。あと十年は熟れないとオレ好みにはならないな)


 たとえるのならば、噛むと少し硬いシャリシャリとした林檎がいいか、少し柔らかくてフガフガしたものがいいかの違いだ。

 あまり硬すぎると美味しいと思えないし、フガフガでも弾力が物足りなくて美味しくはない。その中間を絶妙に併せ持ったものが名器なのだろう。

 シャイナのものは、まだまだ固めだ。ただ、光るものは感じる。


(ふむ、改めて触ってみると、こいつの身体ってやたら柔らかいな。全体的にぐにゃぐにゃしておる。胸があれだけ柔らかいんだ。ほぐしていけば…かなり化けるかもしれんな)


 処女なので馴染まないのは仕方ない。何度かやっていけば新しい発見もあるだろう。

 ともかく、これで処女ではなくなった。ひと安心である。


 が、ここでまさかの事態が発生。


「ひいいっ! ひぐうう! おぐうううっ! いっぐうぅううううっ!! んごんんはぁあぎもぢぢいっぢぢぢぢいぢぢぢぢあはぁああああんっ!」

「っ―――!?! おい、やめろ! なんだそのハード系エロゲーみたいな声は!!」

「だってぇえ…せ、先生…がぁあ! おほおおお! こんなの無理ぃいい! んぼぢぢぢぢぢぢいいいいい!」


(こいつ、やばいな!! こんな特技を隠し持っていたとは!! やられた!!!)


 そのあまりの常軌を逸した状態に、さすがのアンシュラオンも怯む。完全に予想外だ。


 いわゆるハード系エロゲーの喘ぎ声である。


 普通のエロゲーのような「あはーん、お兄ちゃんの気持ちいいよぉ」とは違い、「んほぉおおおおっ、おっおっおっほおおおおおお! お兄ちゃん、んほぉおおおっ、ぎもぢぃいいいい!」みたいな喘ぎ声のパターンだ。

 ハード系自体はいいのだが、この声は逆に萎えるのでアンシュラオンはあまり好きではない。

 その声をシャイナが持っていようとは、いったい誰が想像できただろうか。前回手でやった時は大丈夫だったのに、いきなり才能が開花してしまったようだ。


「…じー」

「ドキドキ」


 その異常な様子をサナとラノアも観察している。これは実にまずい。


(くっ、このままでは子供に悪影響を与えてしまう! 二人がハード系を真似したらどうするんだ! サナとラノアには正しい道を歩んでほしいのに!)


 正しい道 = 普通系のエロゲー


「ひいいいいいい! 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理」

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!」

「それは違いますよ!? おほっ! おほぉおおおおおおお! んぎぎぃいいいいい!!」

「くそっ! その声はやめろ! さっさとイケ!!」

「おぐうううっ!! イッでるぅううう、いっでまずぅうううう!! あああ、まだいぐぐぐうぐぐうぐ!! んんごんぐいぃいいいいんんぐううううううううう!」


 シャイナも一般人なので挿入している間中、ほぼずっとイキっぱなしだ。



 それに合わせて、アンシュラオンも急いで―――発射。



 ドクドクドクドクドクドクドクッ
 ドクドクドクドクドクドクドクッ

 ドップンドップン ドプドプドプドプ

 びゅるるるるるっ どっくんどっくん ドクドクドクッ

 びゅるん どっくん どぶどぶどぶどぶどぶどぶっ


「多い!! さっきより多っ…おほっ、おっほおおおおおおおお! もうらめぇえ…―――がく」


 がくがくと痙攣して、シャイナが失神。ようやく静かになった。


(くそ、焦ったからホロロさんの時よりたくさん出してしまった。シャイナのくせに生意気だぞ! こいつめ!! このワンコロが!!)


 ドブドブドブドブドブッ

 ドブドブドブドブドブッ


 生意気だったので、追加でさらに子宮に叩き込んでおいた。

 これで完全にゴールデン・シャイーナは沈黙。強敵ではないが、まさかの難敵ではあった。


(あの声はまずいな。サナに悪影響を与える可能性がある。次は口を塞がないと駄目だ。使えない才能ばかり持ちおって。…怖ろしいやつめ)


 と、ほっとしたのも束の間。


 すでに悪影響は出ていた。


 その光景を見ていたセノアが、凍りついた表情で怯えた声を発する。


「あわわ…あううう…ひぃいい」

「っ!? せ、セノア、これは違うんだ! こいつが特別なだけなんだ! 誤解するんじゃないぞ!」

「っ…!」


 くるり ぽろん

 慌てて振り向いたアンシュラオンのイチモツが、セノアと「こんにちは」。

 「やあ、ボクの名前はアンシュラオンJr。よろしくね! ちょっと白い汁が付着しているけど…どうだい? トレンディだろう? 今、あの馬鹿犬を成敗したところだからご機嫌なんだ! いやっふー! 心の底から叫ぶっていいよね! ボクは自由だ!! 世界は美しい!!! ぬるぬるどっくんどくん! FU〜〜〜〜! いぇええーーーい!」と、ふざけたことを言い出す。


(くおおお、鎮まれ!! 戻れジュニア!! 今はお前の出番じゃない!!)


 命令され、一気に萎むマイボーイ。しかし、セノアは凍り付いている。

 猛々しくそそり立ち、今しがたメス犬を成敗した竹竿が天を向く時、世界は大いなる進歩を遂げつつも慟哭し、少女の脳裏にトラウマという名の雷が落ちる。

 セノアの頭の中は、まさに世紀末状態。激しいショックを受けている。

 まだ幼い少女には刺激が強すぎたのだ。シャイナにも相当の責任があるが、結局はすべて自業自得。殿のはっちゃけすぎである。




233話 「殿、反省して真面目に性教育をする、の巻」


 殿がはっちゃけたことにより、セノアに悪いイメージを与えてしまった。

 すべて自分のせいなので仕方ないことだが、今後を考えるとこのままではあまりよくないだろう。なんとかイメージ回復が必要である。


(性に対して忌避感を持たれると困る。性は楽しくて素晴らしいものだと理解してもらわねば…ん? サリータがすごいこっちを見ているな)


 何か使えるものがないかと周囲を見回すと、サリータが湯船の中で正座してこちらを凝視していることがわかった。

 しかも何かを期待するような目で見てくる。その姿はまさに餌を前にしてお座りしている犬そのものだ。


(なんで見てるんだ? …ああ、そうか。ホロロさんとシャイナをやったから次は自分だと思っているんだな。まあ、精力的にはまったく問題がないし、このままやってもいいんだが…ふむ、サリータか。逆に残しておいてよかったかもしれないな)


 自分と比べてサリータはセノアと距離が少しばかり近い。その彼女を上手く扱えばセノアの印象も良くできるかもしれない。


「サリータ、お前もやりたいか?」

「っ!! は、はい! よろしければ!」


 やはりそうだったようだ。プライリーラも結婚適齢期を過ぎて獰猛になっていたが、サリータも二十六歳なのでとっくに過ぎている。自分でも処女であることを気にしているのだろう。

 個人的には処女であることは素晴らしいと思うが、男がチェリーであることを気にするように女性も気にするものだ。仕方のない面はある。


「わかった。いいだろう。こっちに来なさい」

「は、はい! よろしくお願いいたします! うう、ようやくこの日が…! こんな自分にも春が来た!」

「ただし、これは子供たちへの性教育の一環だからな。そういう要素も加えるぞ。それでもいいか?」

「はい、問題ありません!」

「うむ。ではまず、オレのものをしっかりと見てもらおうか」


 アンシュラオンが浴槽の縁に座り、サリータの前にジュニアをぽろんと出す。

 一度縮めた状態にしてあるので大きさは普通である。


「これが男性器だ。人それぞれ違うが、お前たちはオレのものだけを覚えればいい。ほら、好きに触ってみなさい」

「し、失礼します! …あっ、思ったより柔らかい…です」

「いろいろと触って観察してみなさい。セノアもよく見るように」

「は、はい…」


 セノアもサリータと一緒に観察する。まだ顔が引きつっているので悪いイメージは残ったままなのだろう。


 それを見て―――反省。


 いつも好き勝手やっているが、自分のものになった少女を怖がらせるのはよろしくない。殿、さすがに猛省でざる。


(さっきのはよくなかった。よくわからないと男が女を苛めているようにも見えるしな。まずは男性が怖くないことを教えよう。もちろんオレという存在だけ怖くないと思えばいい。他の男はすべてゴミだと教えよう)


 処女を集めるということは、彼女たちが味わう男性器は自分のものだけになるということ。

 真っ白な花を自分だけの色に染める。考えれば考えるほど良いものだ。素晴らしい。ビバッ!

 自分が関わる以上、彼女たちには性を大いに楽しんでもらいたい。間違ってもトラウマを植え付けるわけにはいかない。ここは焦らずじっくりいこうと決意する。


「はぁはぁ…」


 サリータは初めて触るので、とても慎重に恐々と撫でている。気持ちいいというより、まだこそばゆい。


「そんなに怖がることはない。ほら、もっと遠慮なく触っていいぞ。オレの場合、万力で挟まれても大丈夫だしな。むしろ万力を壊す自信があるくらいだ」

「はい…はぁはぁ…こんなにじっくり触るのなんて…初めてで…」

「機構は簡単だ。刺激を与えれば大きくなって出すだけだ。ただ、人間の場合はそこに楽しむ要素がある。これが動物と人間の大きな違いだ。だが、楽しむといっても、その根底にあるのは【愛】だ」

「愛…ですか?」

「そうだ、セノア。男女の存在を結びつけるのは、愛だ。君だって両親の愛情が結びついて生まれたんだ。人間はすべて愛によって創られているんだよ」


 すべてを結びつけるのは愛である。愛があるから両者は近づき、一緒になる。

 たしかに条件を整えれば肉体を生み出すことはできるので、望まない状況で作られることもあるだろう。

 しかし、誰かに劣情を抱くことでさえ、大きな愛という枠組みの一つなのだ。そこに愛を試す要素がある。愛をさらに大きくするために。


「こうしてサリータが興奮すること、セノアがいろいろな感情を抱くことも、お互いが男と女だからだ。女が女の身体を見て興奮したりはしないだろう? 稀にいるが、それは特殊な事例で普通は異性に興味を持つものだ。さっきも言ったが、互いに違う要素を与え合うことが目的だからだ。つまり『愛とは与えること』なんだよ」

「与えること…」

「そうだ。それが自己犠牲と呼ばれるものだ」


 愛の定義は無限にある。人それぞれ違うだろうし、それぞれが正しい。

 ただ、星の頂点である女神を見ていれば推測は可能だ。彼女の愛こそ、無償の愛であり無限の愛。ただただ愛するということ。親が子供に感じる愛情である。

 進化とは愛を知ることだ。愛を多く学べば女神に近づくことができる。絶対神に近づくことができる。そのために人間は創られのだから嫌でも愛を学ぶように出来ている。

 男女が存在するのは、互いの「遺伝子を与え合う」という地上で最高の自己犠牲によって愛を知るためだ。これが一つの大きなシステムになっているので、無視することはできない。


「すべてに愛がある。学びがある。だからこそ性とは尊いのだ。さて、それを知ったうえで機能を見ていこうな。サリータ、大きくするから好きに触っていいぞ」

「わ、わかりました。はぁはぁ…」


 むくむく

 サリータが少し興奮しながら、大きくなったジュニアを触っていく。

 恐る恐る竿を触り、ゆっくり動かしていく。


「そうだ。竿は皮ごと動かせばいいし。玉も軽く触ってみればいい。…うむ、いいぞ」

「はぁはぁ…ごしごし」

「では、一度出すか」

「え?」


 ビュクッ ドクンドクンッ

 自分で肉体を操作して放出。白い液体が勢いよく飛び、サリータの首筋から胸にかかる。

 量を抑えたので一般的な男性のものとほぼ同じように出た。


「あつっ…」

「体内から出るからな。熱いんだ」

「…これが男性のもの…ぷるぷるしていますね。ゼリーみたいです」

「似たようなものだな。精子の保護膜みたいなものだし、カエルの卵と大差はないさ。まあ、機能としてはこんなものだ。生理現象だし、セノアも怖くはないだろう?」

「…は、はい。た、たぶん…」


 こうして見るのは初めてなので多少驚いているようだが、ただ白くてどろっとしたものが出るだけであり、機能としてはたいしたことはない。

 こういう形態をしているのも、子宮に着床させるのに都合がいいからだ。ただそれだけである。


「ここまでは普通の機能の紹介だ。たしかに出せば多少気持ちいいが、所詮それまでだ。すでに述べたように、ここまでならば動物と同じだな。だが人間は、この行為に愛情を加えることができる。こうして抱きしめて、優しく愛でることができるんだ」

「あっ、師匠…」

「こら、こういうときは普通に呼ぶんだ」

「は、はい、アンシュラオン様…」


(おっ、いいじゃないか。やっぱりこっちの呼び方のほうがいいよな。ぐっとくるものがある。ちょっとサリータが可愛く見えてきたぞ)


 師匠と呼ばれるとつらいものがあるが、様付けで呼ばれるとまったく雰囲気が違う。

 このままメイド服でも着せれば、カッコイイ系メイドとして活躍してくれそうだ。サリータが妙に可愛らしく見えてきて気分が盛り上がる。


「これ以後の行為は人それぞれで違う。どれも正解で、どれも間違っていない。ただし、そこに愛が込められていることが重要だ。オレは自分のスレイブは心から愛する男だ。だからサリータのことも愛しているぞ。おーおー、オレのものだ。可愛いなぁ。なでなで」

「あっ…はぁっ…そんなふうにされると…あはっ」


 ただ頭を撫でられているだけなのにサリータに快感が走る。

 心が、その手から溢れる愛情を感じているのだ。愛は与える者と与えられる者双方に快楽を与える。


「さわさわ、ぺろぺろ。ほら、ベロを出しなさい」

「は、はいぃ…んっんくっ…はぁっ!」


 アンシュラオンがサリータを触りながらキスをする。舌を出させて舐める。


「あっ、そういえばキスをするのって姉ちゃんとサナ以外では初めてだったな」

「は、初めて…! アンシュラオン様の初めて!」

「まあ、二人とはやっているけどな。姉と妹は別とすれば他人では初めてだな」

「はぁはぁ…じ、自分も…初めてで…はぁはぁ…嬉しいです」

「そうか。オレも嬉しいぞ。みんなにも言っておくが、オレはお前たちを心から愛している。もし誰かが怪我をして女性としての機能を失っても、けっして見捨てることはない。顔が焼けても足がなくなっても、どんな病気になっても一緒に生きていく。オレのものはオレが最後まで責任を持って愛する。それを否定することは自分を愛さないことになるからな。だからまず、それを心に刻んでくれ」


 アンシュラオンの愛は女神とは違う。自己犠牲とは正反対の、相手を支配して自分のものにする【支配的愛情】である。

 だがこれも愛情には変わりない。どんな形をしていても愛は愛として尊く、美しいものだ。何も愛さない人間よりは遥かに上等である。

 愛の反対は無関心とよく言うが、それは事実であろう。何かを求めるという行為そのものが愛から生まれているからだ。

 だから、アンシュラオンとサリータの中で愛情の価値観がずれていても、お互いを求める行為そのものには神秘的な雰囲気が生まれる。その根幹には与え合い、結びつく愛があるからだ。

 それがセノアにもよくわかる。


(はぁはぁ、サリータさんが…嬉しそう。ご主人様もすごい可愛がっているのがわかるし…。さっきよりは…怖くないかな? お父さんとお母さんも…ああやって私たちを作ったんだし…そうよね。怖くない。怖くない)


「よしよし、さっきは胸をやったから今度は下だな」


 ホロロ同様、がばっと持ち上げてサリータの女性器が露わになる。


「あっ! はぁはぁ…は、恥ずかしいです…」

「大丈夫。綺麗だから。オレに選ばれたのだから、もっと自分に自信を持つんだ。君は美しいよ」

「っ…は、はい」


 アンシュラオンはわがままな男だ。どんな理由があっても、完全に好みでない女性を選んだりはしない。

 選ばれるということ自体、サリータが一定以上の水準であることを示している。

 それは単なる見た目という意味合いもあるが、全体的な雰囲気が一番重要だ。惹き付ける何かを持っているかどうか、である。


「下も優しく触るぞ。さわーり、さわーり」

「ふっ!! ふーーー!! ううう!! はぁああ!」

「つらかったらオレの腕を握っていろ」

「は、はい!」

「ゆっくりゆっくり丁寧に。労わるように。さわーり、さわーり」

「ううう…はぁあ!」

「…ごくり、はぁはぁ」


 その様子をセノアが凝視している。心なしか息遣いも荒い。

 アンシュラオンはサリータの身体を押さえながらも、けっして急がす強くせず、丹念に丁寧に女性器を愛でる。

 そこには女性に対する敬意と愛情があった。姉に仕込まれた「女性への奉仕」を体現しているのである。

 それも一種の自己犠牲であり、男性の荒々しさを極限まで抑えたものであった。だからセノアも怖くない。


「んくっ―――はっ!」


 ビクビクビクッ プシャー

 サリータが達し、同時に潮を吹く。


「ほら、女性も男と同じようなものだろう? まあ、意味合いはちょっと違うけどさ。肉体のすべてに意味がある。愛し合うようにすべてが創られているんだ」

「はっはっ…!」

「よしよし、準備はOKだな。どうせすぐにイッちゃうし、このまま入れるぞ」

「は、はい……はっ! はぁああ!! んくっ!!」


 セノアに見せるようにゆっくりと挿入していく。

 半分まで入れたところでサリータが一度達したが、ゆっくりなのでプルプル震えるくらいで収まっている。


「くぅっ…ふっ…ふぅうう……」


(ふむ、サリータは意外と大声は出さないな。シャイナとは大違いだ。あいつのは周囲に迷惑と混乱をもたらすからな…困ったものだ)


 半人前とはいえサリータは武人なので、身体への刺激に多少慣れているところはある。

 そのおかげか相当手加減していれば普通に交わることが可能なようだ。これも一つの発見である。


(セノアもしっかり見ているし…もう大丈夫かな? じゃあ、オレも普通に楽しもう。サリータはサリータで可愛いもんだな)


 むにむにと胸を堪能する。

 おっぱい査定では多少厳しめに評価したが、こうして交わりながら触るとまた印象も違うものだ。

 身体全体が敏感になっているので面白いように胸が弾ける。小さいほうが感度はいいとよく言うが、サリータもそれに該当しているようだ。


(おっぱい査定に『感度』の項目も追加せねばな。それならばサリータも総合値では高評価になりそうだ)


「ふっふっふっ! くううう! あ、アンシュラオン様ぁああああ!! あっ、もうっ!! だ、駄目! くうううう!」

「好きなだけイッていいからな。サリータが楽しんでくれるのがオレの幸せだ。何度でもイッてくれ」

「くううう! あああ! あふううううううう!」

「イクときはイクって言うんだぞ。こりこり」

「あっ、そこはっ!!! はあぁあ! いくいく…イクウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!」


 ビクビク ガクガクッ

 最後にアンシュラオンが肉芽を触ったことで―――サリータが達する。

 激しく痙攣し、顔を真っ赤にさせて震えている。それを主人として優しく抱きしめる。



 そして、こちらも―――発射。



 ドクドクドクドクドクッ どっくんどっくん


 適量に抑えた白くてどろっとしたものが注がれる。


「うくっ―――ふぅうう!」


 じんわりとした熱が子宮に溜まり、サリータはさらに快感に打ち震える。

 これでサリータにも自分の味を染み込ませることができた。支配完了である。



(ふぅ、これで三人とも終わったな。よかったよかった、ひと安心だ。性的に襲われても最悪の事態だけは避けられるな)


 当然そんな事態は許さないが、何事にも想定外というものがある。処女はできるだけ早く奪っておいたほうがいいのかもしれない。


「ほぅ…」

「セノア、どうだった?」

「は、はひっ!? えと…その……すごかった…です」

「怖くはなかっただろう?」

「は、はい。ご主人様がサリータさんを愛しているのがよくわかって…大丈夫でした」

「そうかそうか。それじゃ、セノアも一回経験しておくか」

「…え? …え!?」


 ひょいっとセノアを持ち上げて膝に乗せる。


「大丈夫、安心しなよ。軽くイカせるだけだからさ」

「えと! 私! でもその…べつにやりたいわけじゃ…」

「食わず嫌いと同じなんだよ。経験してこそわかることもある。デメリットもないし、軽くやってみよう。さわーり、さわーり」

「ふひっ!? にゅにゅっ!」


 再びレアな声を出しながらアンシュラオンに触られる。

 が、服を脱がされた時とはまったく違うことに驚く。


(な、なにこれ!? 熱くてぞわぞわしたものが…這ってきて…あわわわわっ!! こ、こんなの違う! 自分で触るのと全然違って…)


「ふにゅうううううううううっ!!」


 ビクビクビクッ


「あれ? もうイッちゃったか。やっぱり敏感だなぁ」


 軽く撫でただけなのに簡単に達してしまった。やはり一般人の女性は感度がいいらしい。


「はぁはぁ…はーーー」

「ちゅっ、ちゅっ、セノアもいい子、いい子」

「にゅっにゅう…」


(温かい…。ご主人様の温もりが伝わって…安心する。はぁあ…ずっとこうしていたい)


 アンシュラオンの強い力、絶対的な力が、セノアの中にあった恐怖の一部を抉り取る。

 あんなに深くこびりついていたものが、こうもあっさりと抉り取られる。それだけ白き魔人の力が強大だということだ。


 いきなり始まった性教育だが、殿の暴走がありながらもなんとか乗り切った。

 女の子成分をたっぷり吸えて、アンシュラオンも満足である。




234話 「ルアンという素材 前編」


 風呂場でのバカ殿騒ぎを終え、アンシュラオンはホテルの通路を歩いていた。

 隣にはサナ、後ろにはホロロが付き従っている。


「ホロロさん、大丈夫? 無理しなくてもいいよ」

「お気遣い、ありがとうございます。もう大丈夫です」

「本当? 股は痛くない?」

「違和感は少しありますが、これも愛された証。素敵な感触ですから…ぽっ」


 ホロロが頬を赤らめる。その顔は充実感に満ちており、今まで以上にやる気が漲っていた。

 アンシュラオンが下界に降りてから初めて交わった女性ということにも、当人は相当な満足感を得ているようである。

 風呂場でのはっちゃけぶりに一時は反省したものの、改めてやってよかったと思う。


(オレも久々にリフレッシュできたな。やはり自分のスレイブたちに囲まれて過ごす時間は最高だ。できれば一日最低八時間はイチャラブにあてたいものだな)


 身体からは石鹸の匂いと同時に、女性たちの香りが漂ってくる。実に心地よい。心に爽やかな風が吹くようだ。何度嗅いでも飽きない。

 その時間を一般人が労働している時間帯に味わうという、実にブルジョワ的に使っていることも素晴らしい。まさに勝ち組である。

 しかし、ある程度出したとはいえ、まだまだ満足はできない。今回は主に肉体的な部分の話だ。


(正直、物足りないな。肉体操作で出しても気持ちいいことはいいんだが…解放感がなぁ…まったく足りないよな。姉ちゃんのときは思う存分出せたし、遠慮なんてしなくてよかったからな。だが、普通の女性は乱暴に扱うと壊れてしまう。あれで限界だとすれば…オレが満足するには数百人は必要だろうな)


 相手がパミエルキならば、それこそ思いきりパンパンして好きなだけドクドクして、場合によっては叩きつけて、強く引っ張って、噛み付いて、引き裂くこともある。

 それでも姉はまったく動じない。そんな行動で彼女に傷を負わせることはできないので、アンシュラオンが何をしても無駄なのだ。

 ただ、今思えばそれが快感であったことも事実。

 全力で欲求を叩きつけられるというのは、気持ちよくてスッキリする行為だ。姉に支配されているストレスも、それで発散されていたと知る。


 しかしながら、今相手をしているのは普通の女性。


 パミエルキと比べればサリータも一般女性の範疇に入る。ファレアスティやベ・ヴェルだってそうだろう。それこそプライリーラでさえ、ただの一般人に該当する。

 もしさっきのような絡みだけとなると、数百人を相手にしてもパミエルキの半分にも満たない。これは実に困ったことだ。


(人数が多くなるのは仕方ない。少しずつ増やしていけば、本格的に後宮やハーレムのようなものも作る日が来るだろう。それはそれでいいんだが…この街に来てから手加減ばかりだ。力を半分も出していない。それにちょっと疲れているところはあるよな)


 なかなか面白い人間もいるし、そこそこ楽しめているが、時々全力を出したくなることもある。しかし、ここでそんなことをしたら、とんでもないことになるだろう。都市に壊滅的なダメージを与えてしまう。

 何よりも相手がいない。せいぜいガンプドルフ程度だろうが、彼を殺すような戦いをしても楽しいかは不明だ。


(あのおっさん、何か背負っている感じだったしな。ああいうのは面倒だ。もっとこう単純な戦いでいいんだ。ただただ力と力をぶつけあうような純粋な力同士の戦いを楽しみたいが…ここは火怨山じゃない。しばらくはお預けだな)


 火怨山では、あの化け物三人と毎日鍛練をしていたのだ。あの日々は全力しか出した記憶がない。出さねば殺されそうになるからだ。

 今はそれとは一変。まるで正反対。よちよち歩きの幼児と戯れる日々である。

 そのせいで身体が時々運動不足を訴えてくるが、違う欲求を満たすことで耐えている状態である。


(まあいい。今はスレイブが順調に集まってきているし、支配欲求という意味では満たされている。都市が安定したら殲滅級か撃滅級でも狩りにいけばいいだろう。どうせジュエルも必要だしな)




 アンシュラオンはエレベーターを降り、ホロロと一緒に一つ下の階、二十四階のエリアに足を踏み入れる。

 ホテルの二十四階はもともと無人のフロアだったが、現在はアンシュラオンが上の階同様に借り切っている。

 ここも万一の場合、戦場になるかもしれない。それに備えていろいろと準備が必要だからだ。

 加えて、もう一つの【預かり物】が保管されている場所でもある。


(さて、あいつはどうしているかな。オレがわざわざ会いに行ってやるんだ。少しくらい期待させてもらおうか)


 一番奥の部屋に向かい、波動円で中に人がいることを確認すると―――扉を開けた。



 バッターーーーンッ



「どわっ!!!」


 ドスーンッ

 ノックもなしに勢いよく開けたので、中にいた者は慌てふためき、バランスを崩してベッドから落下。

 ドガッと床に頭を打ち付けた。


「なんだ? そんなに慌てて。どうせオナニーでもしてたんだろう。犬っころのくせにイカ臭いやつだ」

「だ…誰がそんなことをするか!!」

「嘘をつけ。お前の年頃なんてエロいことしか考えてなかったぞ。その有り余る性欲を女にぶつけようと画策していたんだろう。油断も隙もないやつだ。これだからガキは困る」

「いきなりの誹謗中傷はやめろ! お前とは違うんだよ! 一緒にするな!」

「じゃあ、なんでそんなに慌てた?」

「いきなり開けられたら普通はびっくりするだろう!」

「オレはしない。勇者だからな」

「僕はするんだよ!」


 アンシュラオンはべつにオナニーを見られたところで動じはしない。

 ワイングラスを持ち、優雅に「何か用かね?」とジュニアを向けながら訊くだろう。勇者である。


「相変わらず口の減らないガキだな。まあ、元気そうで何よりだ」


 アンシュラオンは床に無様に倒れている少年、ルアンを見つめる。

 マングラスの監査官であるレブファトの一人息子だ。賭けに負けたので、今はアンシュラオンの支配下にある。

 彼はあれ以後、このホテルの二十四階で待機させていた。


「ホロロさんから聞いたぞ。ちゃんとこの階から出ていないらしいな」

「お前がそう言ったんだろう…って、ええ!? だ、誰!?」


 ルアンはアンシュラオンの顔を見て戸惑っている。

 目の前にいるのは自分とそう大差のない少年(中身は大人)だったからだ。


「何を驚いて…と、そうか。仮面なしは初めてだったか。そうだ。これが素顔だ」

「………」

「おい、感想はないのか?」

「…くっ…なんだよ! ブサイクとか顔に傷があるとかを想像していたのに…卑怯だぞ!」

「訳がわからないことを言いやがって。なんだ、嫉妬か? すまないなぁ、負け犬君。どんどん惨めにさせちゃって。これが格差社会ってやつだよ。とことん底辺を味わうんだな」

「そっちこそ相変わらず性格は最悪だな…」


 強いのに美形なのは、たしかに卑怯である。

 ルアンも普通に見られる顔をしているが、アンシュラオンと比べると月とスッポン、天と地だ。激しい格差社会に泣けてくる。世の中は理不尽だ。

 だが、それも弱いことが悪いのだろう。どんなにブサイクで醜くても強ければ認められるのだから。


 ここに来たのはルアンの様子を見ることも理由の一つだが、もう一つの用事があるからだ。

 その一つが、これ。


「それで、【トレーニング】のほうはどうした? サボってオナニーでもしていたんじゃないだろうな」

「だからどうしてそうなるんだ! そんなのするか!」

「それは嘘だな」

「な、なんでだよ!」

「こんな何もない場所で男がすることと言ったら妄想くらいしかない。おおかたホロロさんをネタにして、イヤらしいことでも考えていたんだろう!」

「なっ!!」

「ん? なんだその反応は? まさか本当にそうだったのか?」


 一般論で述べただけだが、ルアンの反応がシャイナを彷彿とさせる。実に怪しい。

 十二、十三歳の頃などエロいことしか考えていないもの。鉛筆が転がっても「勃つ」と言われるくらいだ。授業中の勃起など珍しくもない。

 そのうえホテル内で接触しているのはホロロだけだ。身近な若い女性に興奮してしまうのは男として当然の反応だろう。


「ホロロさん、オカズにされていたらしいね」

「なるほど、そうでしたか。それは思い至りませんでした。まさかこのような少年が私に欲情するとは思いませんでしたので。申し訳ありません」

「いいよ、いいよ。こいつの数少ない癒しだからね。妄想まで奪ってしまったら生きていく気力もなくなるだろう。しょうがないな。妄想だけに限って、ホロロさんをネタにする許可を与えてやろう。気持ち悪いだろうけど我慢してね」

「ホワイト様のご命令ならば喜んで。ルアン、たっぷり妄想しなさい。気持ち悪いですが我慢いたします。偉大なるホワイト様に感謝することです」


 動揺したルアンにホロロが冷笑を浮かべる。

 年頃の少年は綺麗なお姉さんに憧れるものだ。こんな冷ややかな視線を浴びせられたら、かなりのダメージだろう。正直、立ち直れない。


「なななな…!! あなたまでそんなことを! するわけないだろう! というか気持ち悪いって言うなよ!?」

「気持ち悪いに決まっているだろう。自分に置き換えてみろ。気色悪い根暗オタクに欲情たっぷりの目で見られたら、お前だって気持ち悪いだろうが」

「だから勝手に決め付けるな!」

「遠慮するな。オレがお前みたいなクソガキに許可するなんて、本当に特別なことだぞ。ありがたく受け取っておけ」

「くううう! そうやってまた僕を貶めるつもりかよ!」

「被害妄想もたいがいにしておけ。言っただろう。お前が考えることは強くなることだけだ。そんなものは何の役にも立たん。さっさと捨てるんだな」


 怒りや憎しみなどのマイナス感情は役立つことがある。が、その中でも被害妄想だけは役立たない。これだけはまったくの無価値だ。

 自分の弱さや不甲斐なさを何かのせいにしても、一銭の得どころか何億円もの借金しか生まない。それはマイナスではなく『ネガティブ』だからだ。


「で、オレの言いつけたトレーニングはやっていたか?」

「それしかやることがないからな。やっていたよ」

「ほぅ、全部か?」

「…そうだよ」

「身体を見せろ。服を脱げ」

「な、なんだよ! 何する気だ!」

「変なことを考えるな。誰が好き好んで男の裸を見たがる。証拠を見たいだけだ。ほら、さっさと見せろ。げしげしっ」

「いたっ! 蹴るなよ!」


 蹴られたルアンが渋々服を脱ぐ。

 身体つきは普通の少年と同じだ。太ってもいないし痩せてもいない。

 ただし、まだ幼いながらも、そこにはしっかりとした【修行】の痕跡があった。


「…ふむ、どうやら本当にやっていたようだな。オーバーワークで筋組織がかなり傷んでいる。これだと筋肉痛が酷くて眠れないだろう?」

「お前がやれって言ったんだろう。どんなにきつくたってやるさ」

「真面目だなぁ、お前は」

「まさか嘘とか冗談だったとか言うなよ。必死でやったんだぞ!」

「そんなことは見ればわかる。毎日走って、筋トレして、がむしゃらに棒を振っていた筋肉だ。身体は嘘をつかないからな。オレの言葉も嘘ではない。お前を強くしてやる。そのためのメニューだ」


 ルアンには、言うことを聞けば強くしてやるという約束をしている。

 これはそのための修行だ。敵が襲ってこない限りはまったくやることがないので、一日中トレーニングに費やせる理想の環境である。

 しかも娯楽が何一つないため、無心になって集中することができる。ただひたすらに言われた通りにやっていたのだろう。さすが真面目君である。


 ただし、現在の彼は明らかにオーバーワーク。


 本当に言いつけ通り、休む暇もなく身体を痛めつけていたのだろう。筋組織がかなり傷んでいるし、肩の腱には一部断裂も見られる。

 痛くても苦しくても、感情の赴くままに身体を酷使した当然の結果が訪れている。

 もし現代科学の信奉者が聞けば「そんなんじゃ筋肉なんて付かないよ。もっと合理的にやらないとね」とか言いそうなほど傷んでいる。

 それは事実だろう。人間には超回復が必要で、筋肉にも休む時間を与えねばならない。


 が、そんなものは―――弱者の理論。


 所詮一般人の理屈であり、武人の世界では通用しない。




235話 「ルアンという素材 後編」


「はっきり言うぞ。お前は弱い。どれくらい弱いかというと、蛆虫くらい弱い」

「そもそも蛆虫って戦闘力あるのか?」

「面白い切り返しをするな。焼いて食べると甘くて美味しいらしいがな。そんな甘甘の蛆虫君が強くなるためには、どうすればいいかわかるか?」

「…ハエになる?」

「頭がいいのか馬鹿かわからんな」

「蛆虫にたとえるからだろう!」

「お前はハエ程度で満足できるのか? 求めている強さはそんなものではあるまい。ならば、お前に必要なのは『一日三十時間』の鍛練だ」

「三十時間!? そんなの不可能だろう! 一日は二十四時間だぞ!」

「時間的にはな。だが、これは【質】の話だ。濃密な一時間は怠惰な一年に勝る。それは理解できるな?」

「…ああ、あの時の一瞬は、今までの人生をすべてぶち壊すくらいの衝撃だったからな…」


 アンシュラオンが家にやってきた日、ルアンの世界は一瞬で崩れてしまった。

 十二年という歳月がこうも簡単に壊れる。それだけ激しく濃い中身が存在したというわけだ。


「それと同じだ。オレが課したトレーニングは、一般人からすれば逆効果のバッドトレーニングだろう。しかし、お前が本当に強くなりたいのならば、これを続けるしかない。ひたすら身体を痛めつけて、筋肉が痩せ細るまで負荷を与え続けるんだ」

「それで強くなれるのか?」

「なれる。オレが手助けをすればな」


 弱い人間が本当に強くなるためには、常人が思いもしないような特訓が必要となる。

 一見すれば矛盾するトレーニングであっても、アンシュラオンにはこれがある。


 ごぽごぽっ


 命気を放出して―――ルアンを癒す。


 身体全体に命気が絡みつき、皮膚から体内に侵入していく。そして、一気に身体全体に広がった。


「うっ…くっ!」


 まるで全身をふくよかな女性に抱かれているような至福の瞬間が訪れる。

 傷んだ身体、その細胞一つ一つに染み渡るように浸透して修復していく。


「うくうう! うっ!」

「変な声を出すな。気色悪い」

「しょ、しょうがないだろう! お前はいつも突然なんだよ! いったい何をしたんだ!?」

「これは命気と呼ばれる技だ。気絶していたから知らないだろうが、お前に使うのは二度目だな。傷を癒すための術だと思えばいい。身体の調子はどうだ?」

「…痛く…ない? 身体も…軽い。…すごい! どうなっているんだ!?」

「お前の腹の傷も治したんだ。これくらいはできる。…力が漲る感覚はあるか?」

「…ある、かな。うん、ある。絶好調って感じだ」


 試しに身体を動かしてみるが、明らかに動きがよかった。これほど調子がいい時も珍しいくらいに。

 アンシュラオンは、その様子を観察しながら頷く。


(ふむ、散々筋肉を痛めつけただけあって吸収率が高いな。ある意味ではサナよりも吸っているかもしれないぞ)


 ただ細胞を修復するのではない。その隙間から少しずつアンシュラオンの生体磁気を送り込んでいるのだ。

 傷んだ細胞は、まるでスポンジのように与えられた養分を吸い、急速に回復しつつ新しい力を取り込み『進化』していく。


 結果―――『前より強靭』になる。


 本当に少しずつであるが、細胞を作り変える作業に似ている。脆弱な一般人の細胞から、武人の細胞へと進化を促しているのだ。

 これは賦気に近いやり方であり、サナにも実践している技である。

 当然才能や資質、肉体の強さによって結果はまちまちだが、続ければ確実に強くなるだろう。


 この結果を受けて、ルアンは目を丸くする。


「本当に医者なんだな」

「まあな。偽物だけどな」

「どっちなんだよ!? …なぁ、これで今までのトレーニングが無駄になるってことはないよな? なんだか軽くて心配で…」

「ならば試してみるか? ほれ」


 そう言って、アンシュラオンは手を出す。


「手…? 握手か?」

「気持ち悪いことを言うな。オレの手を殴ってみろ。思いきりな」

「それならそうと言えよ! お前の手なら、いくらでも殴ってやる! うおおおおおお!」


 両親を脅した憎きホワイトの手である。殴ることにまったく躊躇いがない。

 ルアンは軽く助走をつけながら振りかぶると、思いきり拳を叩きつけた。


 ブーーンッ バシッ


 構えられた掌にナックルが当たり、そのまま押そうとして―――折れる。


 グギッ



「ぎゃぁあああああああああ!!」



 たかだかルアン程度の拳で、アンシュラオンの手を一ミリでも動かせるわけがないのだ。

 鉄壁を殴りつけたようなもの。当然、拳と手首を痛める。

 普通は自分から手を引いてあげて「お前も強くなったな」とか言ってあげるものであるが、この男にそんな度量はない。


「いってぇええええ! 手がぁあああ! 手首がぁああ!」

「ゲラゲラゲラ! 馬鹿め、引っかかったな」

「くうううう! いてて…わざとやったのか! なんて性悪なやつだ!」

「簡単に騙されるほうが悪い。まだお人好しなところは変わっていないようだな。相手の言葉を簡単に信じるもんじゃない」

「なっ! まさかトレーニングも!!」

「そっちは本当だ。前より筋力は上がっているぞ。走り込みも欠かさなかったようだな。足腰もしっかりしている。そこは評価してやろう」

「う、うん」

「なんだその『お子ちゃま』みたいな返事は」

「な、なんだよ! 褒められたからって懐柔されたりしないぞ!」

「お前に好かれるメリットを感じないな。もっと厳しいトレーニングを用意してやるから覚悟しておけ」

「望むところだ! 絶対にお前より強くなってやるからな!!!」


(ルアンのやつ、相変わらずの性格だな。弱い犬ほどよく咆える。しかし、その根性も相変わらずだ。オレが出したトレーニングを完璧にやりやがった。こいつのレベルだとかなり厳しいんだが…もしオレだったら投げ出していたな。ズルや手抜きをしたかもしれん。たいしたもんだよ)


 アンシュラオンが出した課題は、寝ている間以外は一日中身体を動かすようなメニューだ。まともにやれば常人では耐えられない。

 だが、ルアンは持ち前の根性で乗り切った。

 筋肉が断裂した激痛の中でも身体を動かし、痛くて眠れなくても我慢して、ただひたすらに修行に打ち込んだ。

 それしかやることがないとはいえ簡単にできることではない。


 それを可能にさせるのは―――【怒り】。


 不当な暴力や不条理に対する強烈な怒りに違いない。それが彼を突き動かすのだ。


(ルアン…か。面白い素材だが…)


―――――――――――――――――――――――
名前 :ルーアノーン

レベル:1/50
HP :60/60
BP :20/20

統率:F   体力:F
知力:F   精神:E
魔力:F   攻撃:F
魅力:E   防御:F
工作:F   命中:F
隠密:F   回避:F

【覚醒値】
戦士:0/0 剣士:0/0 術士:0/0

☆総合:評価外

異名:正義と力を求めし才能無き愚直な少年
種族:人間
属性:
異能:正義感、根性、力への渇望、黒姫への恐怖心
―――――――――――――――――――――――


(特に変わってないな。この短期間で劇的に変化するわけもない。修行なんて何十年もかけて行うものだしな)


 すでにルアンの情報はサナと戦う前から得ていたが、特に変化はない。

 『正義感』と『根性』は最初からあったので、せいぜいスキルが二つ増えたくらいだ。

 最後のスキル『黒姫への恐怖心』は、おそらくサナに負けたことで生まれたものだろう。

 今もサナはアンシュラオンの隣にいるが、ルアンはあまり見ないようにしている。性的な意識過剰からくるものではなく、勝負に負けたことで植え付けられた恐怖心である。

 セノアやリンダを見ていてもトラウマの払拭は難しいし、それが子供の頃のものならばさらに難しい。

 下手に興味を持たれてサナのストーカーになられても困るので、これは良い傾向だろうか。


(『根性』はいいが…やはり大きな才能はない。そうでいながら『力への渇望』を持つか。求める者が総じて資質を持っているわけではない。…現実は厳しいな)


 正直、ルアンには才能がない。

 『力への渇望』を持ちながら可能性がないとは、これほど残酷なことはないだろう。

 特に武人の世界では因子レベルがないと技すら使えないので、0のルアンには致命的だ。

 しかし、少年はそれでも力を求めるのだろう。求めるのならば与えねばならない。それが彼との約束、契約なのだから。



「ルアン、強くなりたいか?」

「当然だろう」

「何度も言うが、お前に才能はない。そのお前が強くなるためには大きなリスクを背負う必要がある。それでもやるのか? 口うるさく言う意味はわかるな? 本当にリスクがあるからだぞ」

「弱ければ何も手にできない。何も守れない。安全だと思って穴倉に閉じこもっていても、いつかこじ開けられて、もっと強いやつに殺される! そうだろう!?」

「その通りだ。若いうちにそれを知ったお前は真理を悟ったと同じだ。正義には力が必要だ。自分の道理を通したいのならば押し通す実力が求められる。それを知っているようで知らなかった男は、死んだよ」

「お前が…殺したのか?」

「そうだ。敵だったからな。だからこそお前が持つに相応しいだろう。オレとの約束を守ったんだ。まずはこれをくれてやる」


 アンシュラオンは、赤い革鞘に美しい装飾が施された一本のダガーを取り出す。

 グランハムが持っていた術具だ。彼はサブ兵装として装備していたが、このダガーもかなりの上物であった。


「…赤い。綺麗だ」

「抜いてみろ」

「…ごくり」


 スルリ ギラッ

 ルアンが恐る恐る抜くと、赤い刀身が姿を見せた。照明に当てるとオレンジ色にも見える。


(刃物…か。怖い…怖いけど、これは【力】だ。自分と自分の大切なものを守るための力なんだ。受け入れるんだ)


 一瞬、自分の腹に突き刺さったダガーを思い出したが、勇気を振り絞って恐怖を抑え込む。


(やはりメンタルは強いな。心の弱いやつならば、しばらくはトラウマだ。戦場帰りの兵士がPTSDになるようにな。心が強いことは武人の一つの素養だ。この点は優れているんだが…)


 ルアンの葛藤はアンシュラオンにはお見通しだ。

 彼に足りないのは心の要素よりも、実際の強さの面である。だからこれを渡したのだ。


「鑑定させたが、これは『猩紅《しょうこう》の小太刀』と呼ばれるものだった。こいつには面白い能力があってな。刀身を触ってみろ」

「…ん? こうか?」

「柄を持っている手から刀身に力を流し込むイメージを固めてみろ。刀身を指でしっかりと押さえてな」

「んと…んっ…こう…かな?」


 ルアンが意識を集中させると術具が発動し―――熱くなる。

 ジュウッ

 熱された刀身が、ルアンの指を焼いた。


「…え?」


 あまりに熱いと感覚が鈍くなり、その一瞬はよくわからないものだ。


 だが一秒後、骨肉にまで熱が達して―――気付く。


「あっちぃいいいいいいいいいいい!!! あちあちっ! ふーー、ふーーー!!」

「ゲラゲラゲラゲラっ!! 何やってんだよ! あははははは!」

「お前が触れって言ったんだろう!? あつっ! あっちっ! 熱いってレベルじゃないぞ! もう感覚がないくらい熱いっ!! あー! 指紋が消えてる!!」

「術具だからな。それくらいの力はある。そのダガー…正確には小太刀だが、そいつの能力は刀身を熱くして切れ味を高めるというものだ。触れただけでその熱さだからな。押し付ければ、お前でも鉄くらいは斬れるぞ」


 たとえばカッターを熱してから消しゴムを切ると、とても簡単に切ることができる。それの強力版だと思えばいい。

 昔はロボットアニメでヒートソードなどがあり憧れたものだが、今では百円ショップでもヒート式カッターは売っており、工作で活躍してくれる。

 原理は簡単。されどなかなかに使えるアイデアである。多少時間はかかっても、鍔迫り合いになれば相手の武器を切断することも可能だ。

 鑑定では、これ一本で二千万円である。グランハムが持っていただけあって高級品だ。


「どうだ? 良い物だぞ。嬉しいだろう」

「渡すなら普通に渡せよ!」

「それが物をもらう人間の態度か? まあいい。お前はそういうやつだからな。まったく、親の教育が悪いと子供はいい迷惑だよな」

「お前にだけは言われたくない…つっ…なんだ? 急に目眩が…」

「言い忘れたが、その術具は持ち主の生体磁気を吸収して動力にしている。お前の磁気量では常時発動は無理だろうな。実際に使う時だけにしておけ」

「それも最初に言ってくれよ…」

「何事も経験して学ぶんだ。誰かに言われたことなんて、すぐに忘れるからな。目で見て、肌で感じて、肉で味わって、魂で受け取るんだ。それでこそ強くなれる」

「なんだか先生みたいだな」

「自覚してなかったのか? 一応、お前はオレの弟子扱いだぞ。まあ、弟子見習いってところだろうがな。オレが男を弟子にするなど普通ならばありえないことだ。もっと喜べ」

「それが嬉しいのかどうかもわからないよ。くそっ、悪党の弟子になるなんて…最悪だ」

「どう思おうと自由だ。好きにしろ。やることは変わらん」


 ルアンはまだ知らないし、知る由もないだろう。

 陽禅公の弟子であるアンシュラオンに習うということは、【覇王の系譜】に名を連ねる可能性があるということを。

 しかも男の弟子など貴重にも程がある。本当の幸運というものは、一見すると凶報に思えるものである。これもまた皮肉なものだ。




236話 「這いつくばって、噛み付いて、あがいて殺せ 前編」


「あとはこれだ。どこでもいいから巻いておけ。拳の保護のために手に巻いてもいいぞ」

「布…? 包帯?」

「本当は服だったんだが、腕以外は消し飛ばしたんで残っているのがそれだけだったんだ。どうやら効果は残っているようだから、巻いているだけでも価値はあるぞ」

「こわっ!? なんだよそのエピソードは!! 死人の物まで奪うなよ!」

「その小太刀だってそうだろうが」

「うげっ! そう思うと…なんだかきついな…」

「気にするな。道具は道具だ。良いも悪いもない。放っておいても無価値だから遠慮なく使え」


 これもまたグランハムが着ていた『反靭強装の術衣』の一部、両袖の部分である。

 物理、銃、術耐性の基本三属性をカバーしているので、装備するだけでダメージが半分になるという素晴らしいものだ。

 布になってしまったので範囲は狭いものの、まだ小さいルアンの身体ならば、いろいろなところに巻くこともできる。

 腹に巻けばヤキチよろしく強化サラシとして、手に巻けばボクシングのバンテージのように拳の保護も可能だ。

 見ると、ルアンはさっそく右手と腹に巻いていた。腹は以前刺された場所であるし、右拳は今しがた痛めたばかりである。


(学習能力は高いな。知識がなくてお人好しだから馬鹿ではあるんだが、頭はそこそこいいからな。こういったところは見所がある)


 いわゆる「あいつは頭がいいけど馬鹿だ」というタイプである。

 ただ、こうしてすぐに過去の経験を糧にするところは素晴らしい。一度犯したミスはしないという決意の表れだ。それだけ強くなることに真剣なのである。


「お前がオレの役に立てば、こうして手に入れた装備を渡してやろう。弱いやつが強くなるためには装備を整えるのが一番手っ取り早いからな」

「たしかにこれはすごいよ。お腹に刺さったら…溶けちゃうな。触れただけでも危ないし」

「では、さっそく訓練に入る」

「え? 今から?」

「当たり前だ。オレという存在がここにいる時間を無駄にするな。独りで鍛錬するよりも遥かに濃密な時間を過ごせるんだからな」


 パチンッ

 アンシュラオンが指を慣らすと周囲にあった家具が全部消えた。戦気で消失させたのだ。


 それから命気を薄く床と壁に展開させ―――結晶化。


 部屋が一瞬でクリスタルに覆われた世界へと変貌する。

 ドンドンッ

 アンシュラオンが軽く叩いてみるが、命気のコーティングが施された壁はびくともしない。


「ふむ、この硬さなら問題ないな。ヤキチが暴れても傷一つ付かないだろう」


 うっすらと展開させたので部屋の景観は損なわれていないが、そこだけ世界から隔離されたような異質な空間にも見える。

 実際、この部屋を壊せる人間はそうそういないだろう。

 命気結晶の硬さは相当なもので、作った分は自分で解除できるから簡単に処分できるものの、他人が作った結晶ならば壊すだけでもひと苦労だ。

 とはいえ、一応確認のためにダガーを取り出して思いきり振ってみる。ちなみにダガーは、以前ルアンに貸し与えたものである。

 シュンッ バキンッ

 斬りつけたナイフの刃が、根元からバキンと割れた。


「うむ、やはり問題ないな。結果的に無駄な確認だったけど…心配性だからな。二回試さないと気が済まないもんだ。これで安心。準備OKだ」

「………」

「ん? どうした? さっきから反応が微妙に薄いぞ。弟子ならば『師匠、さすがです!』とか言えよ。…とまあ、お前に言われても気持ち悪いだけか」


 ルアンは呆然とその光景を見ていた。

 弟子のサリータならば称賛の嵐だろうから少しだけ寂しい。

 しかし、黙っているからといって何も考えていないわけではない。ルアンの心の中では激しい感情が渦巻いていた。


(くそっ、なんだよ、これは! こんなことを簡単にできるなんて…こいつ、やっぱり異常だ! 僕がうっかり壁を叩いたときなんて凹みもしなかったのに…!)


 高級ホテルの壁なので、化合石材でがっしりと強化されている。ルアン程度が殴っても壊れることはない。

 せいぜい表面を覆っている木が少しダメージを受けるくらいだが、それでもダガーを使えば傷一つくらいは付けられただろう。


 目の前の男は、そのダガーすら簡単に壊れる壁を一瞬で生み出す。


 鍛練を始めたからこそわかる。これは異常だ。普通じゃない。

 初めて会った時は状況についていけなくて半ば混乱していたから気付かなかったが、今になって目の前の人物が怖ろしい存在であることがわかるのだ。


(でも、だからこそ…! こんなやつを野放しにしてはおけない! 僕が強くならないと…)


 ルアンの幸運は、出会った存在が単なる悪党ではなかったということだ。

 よく悪党に拾われて強くしてもらう、という話はあるが、それが覇王の系譜の悪党であるなど、宝くじで一等を当てるより何百倍も難しい確率なのだから。



 準備が整ったところで、改めて宣言。


「これより訓練を始める」

「訓練って…何をするんだ?」

「もちろん戦う」

「…お前とか?」

「いや、オレと戦ってもあまり意味がない。実力差がありすぎるし体格的な問題もある。仮にお前が悪と戦うとしてだ、相手はどんなやつだと思う?」

「白い服を着たやつ…いたっ!?」

「真面目に答えろ」

「いったぁあ…なんで石を投げたんだよ!? というか、どうして石があるんだ!?」

「投げるために常備しているのだ」


 自分がやられて地味にムカつくことは何かを考えた結果、「石を投げられること」という答えに行き着く。

 なので、相手に嫌がらせと制裁を加えるために石は常備してある。ポケット倉庫の間違った使い方の一例だ。術具屋のメーリッサもびっくりだ。


「ちゃんと答えろ。次はゴールデンボールを狙うぞ。どんな音がするかな? ニヤニヤ」

「わかったよ! 言うからそれはやめろ! …普通に考えたら…大きな男かな? 大人の男?」

「そうだな。我々がイメージする悪党は、たいていは大人の男だろう。しかも『ハゲ、デブ、モヒカン』の三大権威だ」

「なんでその三つなんだ!?」

「しょうがない。この三つが定番だ。受け入れるしかない」


 世紀末において、この三つは外せない。間違いない!


「オレのようなサイズの大人のほうが少ないだろう。たいていは身長が百七十センチ以上ある男が敵になる。しかも武人の因子が覚醒している場合、二メートル超えも珍しくはない」


 因子が覚醒しているから身長が高いというわけではまったくないが、パワー型の武人は身体が大きくなる傾向にある。

 ゼブラエスもそうだし、ソイドダディーやビッグもそうだ。傭兵の中にもそれくらいの人間は大勢いる。マサゴロウなどその極みで、三メートル近くあるので、もはや種族が違うのではないかと思えるくらいだ。

 アンシュラオンの見立てとしては、地球とは大気や重力が違うのも大きな要因だと思われる。

 地球でも酸素濃度や二酸化炭素濃度を上げると昆虫や植物が巨大化する。それと同じようなものがこの星の大気に含まれているのかもしれない。

 魔獣のような巨大な生物が存在する理由も、それならば頷けるものだ。

 よって、子供が戦う場合、そのほとんどが自分より大きな相手となる。


「オレと戦っても実際の戦いではまだ役立たない。まずは大きな相手と戦う訓練をする。そこで、しばらくはこれを使う」


 アンシュラオンはポケット倉庫から『鎧』を取り出した。

 全身鎧であるが、ところどころがボコボコになって破損している箇所もある。


「鎧? ずいぶんとボロボロだけど…」

「そうだな。これも死体から剥ぎ取ったものだし」

「だからそういうのはやめろよ!? どんだけ背徳的なんだ!?」

「道具を放置して錆びさせるほうが背徳的だろう。使えるものは何でも使うんだよ」

「…お前とは『徳』の価値観が違うってことがよくわかったよ…」


 アンシュラオンにとっての徳とは、すべてを有効利用することだ。

 逆に使えるのに使わない姿勢、もったいぶったり甘ったれた姿勢を罪や背徳と呼ぶ。実に合理主義者らしい考えである。

 この鎧も警備商隊の隊員が着ていたものを奪ったものだ。

 特に能力はないただの鎧であるが、金属製だったので何かに使えるかと思って剥ぎ取らせた。今回はそれを使う。


「お前がそれを着るのか?」

「違うな。そもそもサイズが合わないだろう。だからこうするんだ」


 アンシュラオンが鎧の中に戦気を送り込むと―――人型になる。

 以前領主城で使った分戦子という技である。


 ゴトゴトゴトッ ガシャンッ


 ルアンの目の前に、全身鎧の大男(中身は戦気で、表面を命気でコーティング)が生まれた。

 身長はおよそ百八十センチ。この世界の一般的な成人男性の身長であり、元の鎧の持ち主の身長でもある。

 試しに動かしてみると、ガシャガシャしながらも機敏に動く。その動きはプロボクサーのように素早い。


「な、なんだこれは…! どうなっているんだよ!?」

「こいつはオレが遠隔操作で動かせる人形だ。これがお前の相手だ。こいつと戦ってもらう」

「こんなのと…戦う?」

「生物ではないから気が楽だろう? 本当は誰か本物の人間を用意したほうがいいんだが…ホテルだしな。外に出たら適当な相手を見繕ってやるから、これで我慢しておけ。こっちは素手で戦うが、お前はさっき渡した小太刀を使え。それで対等…ではないが、大人相手に小太刀で戦う練習だからな。それでいいだろう」


 どんな道具でも使いこなさねば意味はない。

 ルアンにあげた猩紅の小太刀自体は上物だが、使う人間が弱ければ真価を発揮できないのだ。


「準備はいいな?」

「ま、待ってよ! あと十秒だけ心の準備を!」

「まったく、しょうがないな。十秒だけだぞ」

「う、うん」


(この小太刀ってのは、前に使ったダガーより少し長いな。僕が使うと剣みたいに感じる。重さはあまりないけど…これであの鎧に通じるのかな?)


 ルアンはその十秒の間に、もらった小太刀の感触を確かめる。

 刃物はこの前使ったので持つことに違和感はないが、そもそも素人の少年である。武器を持って戦うこと自体の経験が少ない。


「8…7…6…5…」


 アンシュラオンが残りの時間を数える。


 ドキドキッ バクバクバクッ


 その間も心臓は早鐘のように鳴り響き、否応なしに緊張感を高めていく。


(はぁはぁ…緊張してきたな。落ち着け。落ち着くんだ…これは訓練だ。前みたいな殺し合いじゃない。だから大丈夫だ)


「4…3…」


(あと三秒…。まずは相手の動きを見てから―――)


 と、残り三秒の時間が告げられた時である。



 目の前にいた鎧が動き―――腹を蹴る。



「えっ…」


 一瞬、何が起きたのかわからなかった。残り三秒という言葉に気を取られており、目の前で起こったことを認識できない。

 だが、起こったことは変わらない。

 開始三秒前に鎧人形が動き、間合いを詰め、その大きな足でルアンの腹を蹴っぱぐったのだ。


 ボスッ ミシイイイッ


 サッカーのトゥキックのように、つま先が上に向かって叩きつけられ、ルアンが宙に浮く。

 つまりは体重以上の圧力が、その一点に叩きつけられたのだ。


 ドガッ ヒューーンッ ドサッ


 そのまま天井にまで叩きつけられ、落下したルアンが床に激突。


「が―――はっ! げほっげほっ!! がぼっ…ぐえぇ」


 ルアンが吐血。

 凄まじい威力の一撃だったので内臓が破裂したかもしれない。腹が爆発したように痛い。


「ぐあぁあああああ! ああああああ!」


 あまりの痛みに、腹を押さえてのた打ち回る。

 その姿をアンシュラオンは冷めた目で見ていた。


「ルアン、さっさと立て。始まったばかりだぞ」

「がっ…なっ…なっにっ…をっ……まだ…がはっ…三秒……」

「もしかして鵜呑みにしたのか? 馬鹿が。襲ってくる相手がこっちの言い分なんて聞くか。オレだから七秒も待ってやったが、本物の敵ならば遠くから無言で銃を撃ってくる可能性だってあるんだぞ。甘えるなよ」

「そんっ…なっ…だって…くんれん……」

「命がけの戦いでないと訓練になどならないだろう。特にお前は弱いんだ。常に実戦だと思え」

「がっ!!」


 ドガッ

 寝転がっているルアンに鎧人形が追撃。足でさらに蹴り飛ばす。

 ドガドガッ ドスドスッ

 まるでリンチを加えるかのように蹴り上げて踏みつける。

 そこに相手を労わる気持ちなど微塵もない。暴漢が襲う時のように本当に殺すつもりで蹴っている。


 ドガドガッ ドスドスッ

 ガスガスッ バキバキッ


(ぐうううっ!! こ、殺される!! 本気で殺すつもりだ!! 訓練なんかじゃない! これは…あの時と同じだ!!)


 ルアンの脳裏をよぎったのは、サナとの戦い。

 あの時も相手は殺す気で向かってきた。彼女に殺気そのものはほとんどなかったが、躊躇なく思いきり攻撃してくる点は一緒だ。

 最初の一撃も腹に巻いた強化サラシがなければ死んでいたかもしれない。それほどの一撃である。


 ドガドガッ ドスドスッ

 ガスガスッ バキバキッ


 蹴りは相変わらず続き、次第に身体が傷ついていく。


 ドガッ ミシィッ パキッ


「くっ!!」


 激しい激痛。ついに腕の骨にヒビが入る。こうなると腕でガードしてもつらい。


(このままじゃ殺される!! どうする!? どうする!? …そうだ! 動け! 動け! 動くしかない!)


 寝転がったままでは一方的に攻撃されてしまう。このままでは死を待つばかりだ。

 ルアンは身体を転がしながら必死に逃れようとする。


 だが、相手は簡単に逃がしてはくれない。


 鎧人形は―――ジャンプ。


 転がっているルアンを踏みつけようと襲いかかった。




237話 「這いつくばって、噛み付いて、あがいて殺せ 後編」


 ドオオオンッ!


 跳躍した鎧人形が落下し、その頑強な両足で攻撃。

 これを受ければ人間など簡単に潰れてしまう。筋肉を潰し、骨を砕き、抉り取る。

 子供のルアンならば即死だってありえる一撃だ。


 肉が―――切り裂かれる。


 案の定ルアンの肉が引きちぎれ、ジュバッと血が滲んで服が赤に染まった。


「ぐっ…! いっつうう!」


 灼けるような痛みに顔をしかめる。

 肉が抉れるというのは相当痛い。これだけでも絶叫したくなる。

 しかし、叫んでも何も解決しないことを前の戦いで知っていた。だからこそ歯を食いしばって耐える。


 幸いなのは、抉れたのは―――太ももの一部。


 ごろごろ転がったおかげで危機一髪のところで急所への攻撃を免れたのだ。


(た、助かった! 間一髪だった! これも動いたからだ! 動いたから助かった! そうだ、動かないと何も始まらないんだ!)


 これは単なる「ラッキー」ではない。自ら招き、引き寄せた結果である。

 アンシュラオンとの出会いで学んだ一番のことは、動かねば何も起こらないということ。

 ただ黙っていてもやられるし、声だけ張り上げても潰される。実際に身体を動かさねば悪い事態は打開できないということだ。

 このまま転がっていても、こうして攻撃されて殺されるだけ。それならば戦うしかない。


 ルアンは勢いをつけて立ち上がる。


 が、すでに鎧人形は目の前にいた。ルアンの顔面目掛けて拳を振るう。


「くそっ!! 速い!! わっ!」


 ブーンッ バゴッ


 咄嗟にしゃがんだおかげで拳は空を切り、壁に当たる。

 壁は結晶化しているので傷つかないが、あまりの威力に自らの手がひしゃげた。

 ただ、それも内部から戦気が膨張することで整形され、再び元の形に戻る。

 金属の鎧がひしゃげる威力もすごいが、ひしゃげたものを内部から元に戻す力も凄まじい。


(ちくしょう! 本気じゃないか! あんなのくらったら顔が潰れるぞ!)


 青ざめながら視界に入ったアンシュラオンを見ると、何事もないような涼しい笑みを浮かべていた。

 これでニヤニヤしながら見ていれば思うところもあるが、極めて普通に見つめている。


 それに―――驚愕。


 彼にとって、これくらいの暴力は当たり前に存在するものなのだ。

 耐性のない人がスラム街の暴力を見れば嫌悪と驚愕を感じるものだが、そこに住む人間にしてみれば日常の光景だ。

 病院に入院すると重病患者ばかり見るので、いつしかそれが当たり前に感じるようなもの。違和感を違和感として理解できない状態になるのだ。

 それが怖ろしい。

 アンシュラオンがいる世界では暴力が当たり前にあり、自分もまたそこに入り込んでしまったことを痛感するからだ。


(でも、相手のほうからやってくる以上、それを防ぐだけの力がないといけない! 僕は強くなるんだ!! どんな手段を使っても!! あらがう力を手に入れる! …武器を…小太刀を!)


 視線は鎧人形から外さずに腰を探ると、幸いながらそこには小太刀があった。

 今自分が頼るべきは、この武器だけ。武器を使って相手を倒すことだけだ。


「はぁあああああああ!」


 ルアンは迷わずに鎧人形に切りかかる。

 相手は動かなかったので、さして苦労もなく胸部に当たる。


 ガキインッ


 が―――弾かれる。


「あっ!!」

「馬鹿者。何のために鎧を着ていると思っている。身を守るためだろう。わざわざ全身鎧を着るくらいだ。防御は鎧に任せて攻撃に集中するのが目的だ。こんな感じでな」


 弾かれて体勢が崩れたルアンに、鎧人形の前蹴り。

 押し出されるような蹴りが腹に当たり、吹っ飛ばされて壁に激突。


「がはっ! げほっ…!!」


 我慢していた痛みが再燃し、腹が焼けるように痛い。だが、その痛みに根性で耐えて、すぐさま立ち上がる。

 正直、吐きそうだ。内臓ごと吐いてしまいたくなる。それでも血反吐を飲み込み、耐え続ける。

 頭の中にモヤがかかったようで思考がはっきりしない。痛みで気が狂いそうだ。


 それを発散させるために、突っ込む。


「ふーーー! ふーーー! 殺す…殺す!! うおおおおおお!」

「愚か者。感情の爆発だけで勝てるか。それは才能があるやつだけの特権だ」


 才能があれば激情で覚醒することもあるが、残念ながらルアンは凡才である。

 よって、当然の結果が訪れる。


 ブーンッ バキッ


 真正面から向かってきたルアンを鎧人形がぶん殴る。

 容赦のない右フックが頬に激突し、頬骨に亀裂を入れるとともに脳を揺らす。


「ぐうっ…げぼっ!!」


 殴られたショックで歯が何本か折れ、口からボタボタとかなりの勢いで血が流れる。


―――ブツン


 視界がブラックアウト。意識が飛ぶ。

 持ち前の根性で耐えていたが、我慢の限界を肉体が超えてしまった瞬間である。


 フラフラッ ばたんっ


 ルアンが自ら吐いた血の上に倒れる。

 これは当然の結果。アンシュラオンが操る鎧人形など、この都市で倒せる者は存在しない。

 屈強な武人ならいざ知らず、ただの子供であるルアンが戦える相手ではない。

 しかし、そんなことはアンシュラオンにもわかっている。そんなことを確認したいわけではない。



(…暗い。真っ暗だ。…眠い。あぁ…眠いなぁ)


 意識が闇に沈む中、眠りへの誘惑が訪れる。このまま眠れたらどれだけ快感だろうか。

 だが、真っ暗な世界の中で唯一光るものがあった。公園での昼寝のように、それがあまりに眩しくて眠るに眠れない。


(なんで…こんなに邪魔ばかり…僕はただ…正義を…正しいことを貫きたいだけなのに…お前が来たから…お前がいたから…!!!)


 その光、【怒りの炎】が照らし出すのは―――真っ白な悪魔の姿。

 世界を破壊し、自分の大切なものをすべて奪い去る魔人であった。このまま寝てしまえば、また以前と何ら変わらない人生が続いてしまう。

 ただただ奪われるだけの日々、奪われていることすら気付かない世界に戻ってしまう。


 それだけは―――許せない。



(僕は…僕はっ―――寝ている暇などないんだ!!!! 動け、動けよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!)



「うううっ…ぐうっ……」


 ぐぐぐっ

 倒れたルアンの指が動き、少しずつ腕に力を込めていく。

 非常にゆっくりとした動きであるが、身体全体の力を使って起き上がろうとしているようだ。

 金縛りにあった時、身体が眠りに入って意識だけが覚醒している時、そこから動かすことは非常に困難だ。諦めたくなる。やめてしまいたくなる。

 だが、もどかしい気持ちを我慢しながら、必死になって最後まで動かすことをやめない人間だけが、その先のステージに行ける。


「そうだ、ルアン。それでいい」


 這いつくばって今にも死にそうな少年。才能も力もなく、あるのは根性だけ。

 それしか取り柄がないのならば、ひたすらそれに頼ればいい。持っているものを見いだし、力を引きずり出せばいい。


 ぐぐっ ぐぐぐぐっ!!


「うおおおおおおおお!!!」


 多少ふらつきながらもルアンは立ち上がる。その目には、まだまだ光があった。

 サナとの戦いの時も、戦う意思を最後まで捨てなかった。目には力と光があった。

 それしかないと言われればつらいところだが、何も無いよりはましである。


「どんな時でも戦う意思を忘れるな。弱いお前は、何があっても意思だけはなくしてはならない。この世界は意思が具現化しやすい空間だ。常に相手を殺すつもりでいろ。這いずってでも立ち上がれ。武器がなければ噛みつけ。そうやってあがいてあがいて最後には死んでも殺せ」

「はぁはぁ…!! ぐうう!!」

「意識をはっきり保て。朦朧とした時こそ冷静に考えろ」

「無茶を…言う…よな」

「無茶なんて言葉は無能な人間の言い訳だ。そうやって誤魔化して生きていくだけの人生だ。お前はそうなりたくないのだろう? シミトテッカーのようにはな」

「っ!! うおおおおおお!」

「馬鹿。正面から行くなと言っているだろう」

「いだっ!?」


 石を頭に投げつけて強引に止まらせる。

 鎧人形で殴ってもよかったが、もう一発入れると本当に死ぬかもしれないので石にしておいたのだ。これも師匠の優しさである。


「自分より大きな男に正面から向かっていくな。何のための体格差だ。前の戦いの時とは逆になったんだぞ。今のお前は非力な子供だ。ならばどうする?」

「どうする…どう…ううっ!」


 いくら考えても頭の中が曖昧で、世界がぐらぐら揺れるだけ。まるで呼吸ができない水の中にいるようだ。

 これでは打開策など浮かばない。


「ええい、くそっ!! はっきりしろ!!」


 ブスッ

 ルアンが自分の左腕に小太刀を刺す。

 加減ができなかったのでずっぷり刺さって痛いが、もともと骨に亀裂が入って動きにくい腕だ。どのみち必要ない。


(痛い。すっごく痛い…けど、少しは頭がはっきりしたぞ!!)


 まだ軽く世界が揺れているが、寝起き数分後くらいにまでは意識が回復。少しは考えられる状態が生まれた。

 そこで現状まで得た情報から、彼我の戦力差と特徴を見極めようとする。


(相手は全身鎧だ。特に胸部はがっちり守られている。普通に斬ったくらいじゃ駄目だ。じゃあ、この武器の能力を使うか? …いや、あれだけの硬さだ。押し付けて焼き切るまでに攻撃を受けてしまう。それ以前に相手の間合いに入らないといけない。力じゃ相手のほうが何倍も上だ。取っ組み合ったらすぐに殺される! どうする? どうすれば…あっ、そういえば…あの子はあの時…)


 ルアンの視界の中にいる黒髪の少女。今は仮面を脱いでいるので素顔でいる。

 改めて見ると驚くほど可愛い顔をしているが、見るたびに恐怖心が湧き上がるようだ。腹の底から嫌なものが込み上げる。

 しかし、その嫌な記憶にこそヒントがある。


(あの時、体格では僕のほうが上だった。でも負けてしまった。彼女の意外な行動が原因だったけど、その前の動きが重要だったんだ。そうだ。当たり前だ。真正面から大人と組み合っても負けるだけだ。なら、素早さを生かすしかない。捕まらないように身を低くして、どんな攻撃でもしっかり対応できるように膝を曲げて…)


 トットットッ

 ルアンが身体を揺らしながら小刻みにステップを踏む。

 腰を落として身体を屈め、小さくして、いつでもどの方向にも素早く動ける態勢を整える。

 そのルアンに向かって鎧人形が蹴りを放つ。

 シュッ

 相手の挙動を注視していたため、蹴りを回避成功。そのまま逃げるスペースがある左側に流れて、次の動きに備える。

 その動きを見て、アンシュラオンも頷く。


(そうだ。それでいい。小回りならば身体の小さいほうが有利だ。身体が大きくて素早い武人もいるし、レベル差が大きいと駄目だが、そこらの傭兵程度ならばそれで十分対応できる)


 身体が小さいほうが素早いのは、どこの世界でも同じことだ。

 アンシュラオンもパミエルキやゼブラエスと戦う際は、小回りを重視して戦う。

 単純な速度だけならば負けるが、前後左右の細かい動き、回転する動きなどは小さい自分のほうが上である。

 陽禅公も小柄なので、ひょいひょい相手の死角に移動してイヤらしく立ち回るものだ。

 鎧人形の動きはソイドファミリーのレッドハンター程度を想定しているので、これに対応できるのならば良い動きである。

 ただし、ルアンに直接教えることもないし、動きを褒めることもない。ただただ実戦で学ばせていく。

 身体に痛みを与え、それを回避するように考えさせる。そうしないと死んでしまうので嫌でもそうするのだ。すべてを実戦の中で修得していくやり方といえる。

 これこそアンシュラオンが受けた修練そのもの。ビッグも受けた『陽禅流鍛練法』である。

 命をかける必要があるが、その分だけ成長率が高いという最大のメリットがある。力を欲するルアンにとっては最適な修練だろう。むしろこれしか方法がない。



 それからもルアンは、小刻みに動くことで攻撃に対応を続ける。

 だが、逃げているだけでは勝てないことも知っていた。


(はぁはぁ、なんとか動きにはついていける。あとは攻撃だ。さっきのは失敗だった。よく考えていなかった。攻撃するのならば装甲の薄い部分。それと斬るのは駄目だ。腕力がないから弾かれるし、熱くなる効果を使えるのは一回か二回くらいだ。無理はできない。なら…攻撃する箇所は…)


 ルアンの目が、全身鎧をくまなく観察。

 頭や肩、胸、腰、足など、人体の急所部分はかなり頑強な造りになっているものの、人間の可動域に合わせているのでおのずと弱い部分は見えてくる。


(関節部分は脆そうだ。腕は…無理だ。あんなに素早く動く腕を捉えることなんてできない。じゃあ、足…か。人間は足を動かせないと移動ができない。僕も彼女に膝を蹴られた時、痺れたように動けなかった。膝、膝の裏、そこに…刺す!)


 ルアンが小太刀を右手で握り締め、脇をぎゅっと絞めて固定する。

 それは斬るための握りではなく『刺す』ためのもの。ドスを持つヤクザのような持ち方である。


(それが正解だ。あの武器の形状は、小太刀というよりダガーだ。あれが本当の小太刀っぽい形をしていたらコレクションに入れたかったが…やっぱりダガーだよな。ほんと、外人が作ったなんちゃって小太刀みたいだよ。ともかく子供の腕力で大人を攻撃するのならば刺すほうが確実だ)


「うおおおおお!」


 ルアンが突っ込んできた。再び真正面から向かってきている。

 鎧人形は迎撃。低く構えて向かってきたルアンに対して、蹴りで対応。


 顔面に向かって鎧人形の足裏が迫る。


 ズザザッ

 その蹴りがルアンの顔面を掠め、耳に命中。

 ジーンとした熱い痛みが走ったが、ルアンは無視。一切動じない。さらにそのまま加速する。

 最初から耳など捨てるつもりだったのだ。半分ちぎれかけているが、当人は前しか意識していない。凄まじい根性である。


 そして軸足に身体を絡ませるようにしがみつき、膝裏に小太刀を突き刺す。


「おおおおおおおおおおお!!」


 ガキインッ

 硬い感触が手に響く。滑り込みながら回り込んだので勢いが足りなかったのだ。

 だが、ここで小太刀の能力を発動。刀身が―――灼熱と化す。


 ジュウウウウッ


 真っ赤になった刀身が少しずつ鎧を侵食していく。その光景は『はんだごて』で、はんだを溶かすのに似ていた。

 熱が浸透するまでは反応がないが、溶けてしまえば一気に突き進む。

 さして力を入れていなくても、ぐいぐいと中に入り込んでいく。さすが高級術具。子供が使っても威力が高い。


 鎧人形は、足にしがみついたルアンを叩き潰そうと殴りかかるが、鎧の死角に隠れるようにしてかわしていく。

 身体が大きく、さらに鎧の可動域が決まっているため、なかなか上手く動けないのだ。

 当然、アンシュラオンが鎧の可動域を守って動かしているからであるが、実際の相手でも同じようになるだろう。

 だが、これで終わりではない。鎧人形は軸足を振り上げてルアンを壁に叩きつける。


 バンバンッ ガンガンッ バキッ


「ぐううっ!! 離すもんかあああああああ!! 貫けえええええ!!」


 壁に叩きつけられながらも小太刀を離さない。身体に痛みが走ろうが、実際に骨が折れようが戦う意思だけはなくさない。

 相手に突き刺すと決めたら突き刺すのだ。その意思がついに実る。


 小太刀が―――貫通。


 膝裏の装甲を貫通して中身にダメージを与える。

 もちろん中身は戦気なのでダメージなど受けないが、もし中に人間がいたら足が使えなくなっていただろう。


「や、やった!!!」

「馬鹿者。たかが足を貫いたくらいで喜ぶな」

「えっ―――がはっ!」


 油断して力を抜いたルアンの上に鎧人形が倒れてきて、下敷き。


「ぐえええええ!! お、重いぃいい…!!」

「足がやられたんだ。倒れてくる可能性もある。刺したらすぐに移動しろ」

「ががががっ―――がくっ」

「あっ、落ちた」


 そのままルアンは気を失ってしまった。血が混じった赤い泡を吹いて倒れている。

 内臓も損傷しているし、身体全体には打撲の傷痕。骨折した箇所もある。さすがに限界が来たのだろう。



「サナ、どうだった? ルアンは使えそうか?」

「…こくり」

「そうか。サナは優しいな。最後に気を抜いたからマイナスにしてやりたいところだが…サナに免じて許してやるか。まあ、子供のわりにはよくやったさ」


 アンシュラオンはボロ雑巾のようになったルアンを持ち上げる。


「ルアン、レブファトが施した英才教育など忘れさせてやる。雑草のようにゴミクズのように、惨めになりながらも下から這い上がってみせろ。ただ怒りと矜持だけを胸に秘めてエネルギーにしろ。どれだけ強くなれるのかオレに見せてみろ」


 こうして最初の稽古は終わった。

 だが、ルアンにとっての地獄はこれから始まるのだ。




238話 「凡才が天才に勝つために」


「うう…うっ…」

「目覚めたか」

「ここは…僕は…」

「ホテルだ。あれからまだ一時間も経っていない」

「………」


 ルアンが目を覚ます。

 まだ寝ぼけているのか、呆けた顔で周囲をきょろきょろしている。


「そういえば…鎧と戦っていたような…はっ!? そうだ! 僕は!!」


 慌てて顔を触るが、そこに怪我の痕跡はまったくない。それどころか肌はつやつやしており健康体そのものだ。


「傷は治しておいたぞ。ついでに虫歯も治しておいてやった。感謝しろ」

「…そうか。僕は…負けて…」

「負けたというか完敗だな。実際の戦いなら死んでいたぞ」

「しょうがないだろう…まだ子供なんだから」

「他人が言うのならばいいが、それを自分の言い訳にするな。お前は負けた。実戦なら死んでいた。それだけのことだ」

「………」


 これが本当の戦いならば、殺されるか捕縛されていただろう。

 その際に騒がないようにと両手足を切られていたかもしれない。そう思うと気絶した段階で、死はほぼ確定である。


 負けたのだ。


 それだけが事実である。いかなる言い訳も通じない。

 だが、これはわかっていたこと。それで「お前は弱い」で終わっては意味がない。本題はこれからだ。


「自分の実力は身にしみただろう。もちろんオレは修行に協力するが、このままやっていてもたいして強くはなれない。おそらく限界まで鍛えたとしても、せいぜいが『下の中の武人』に匹敵するかどうかのレベルだな」


 ルアンのレベル限界は50。これだけを見れば、それなりに高いほうだ。

 ただ、因子がないので単純に身体能力が向上するだけであり、武人として大成は望めない。

 それが一般人ならば問題ないが、彼の目的を考えると未来はかなり絶望的だ。


「下の中…か。ちなみにお前はどれくらいだ?」

「そうだな…今までの経験からすると『上の中』かな」

「あれ? それだと『上の上』がいるってことか?」

「当然だな。オレより強いやつはいる。数は少ないだろうがな」


 姉、陽禅公、ゼブラエスは間違いなく上の上だ。姉の場合は、下手をすれば『特上』かもしれないが。

 単純に武人の階級が十段階なので、第三階級にいるアンシュラオンは『上の下』か『上の中』に該当するだろう。

 そのあたりは多少盛って『上の中』と言っておく。戦闘経験値が高いので同じ階級の敵でも勝てる自信はある。


「お前の目標はオレを倒すことだ。そうだとするとまったくもって届かないし、お話にならない。同レベルになるだけでも六回は限界を突破しないといけない。漫画じゃないんだ。そんな簡単にできるわけがない」

「無理だって言いたいのか!? 僕は諦めないぞ!!」

「無理とは言わん。とてつもなく困難だが可能性はゼロじゃない。お前が望むのならば…だが」

「なんだか遠回しな言い方だな。そういえばリスクがあるとか言っていたけど…何か危ないやり方があるのか? お前でもあまり好まないような…そんな危ないものが」

「まあ、そういうことだな。あまり使用例がないんで危険なんだが…こういうものを手に入れた」


 アンシュラオンが【小瓶】を取り出す。

 指で掴めるくらい小さな、縦長の半透明の瓶だ。口はゴム状のもので完全に密閉されている。


「何これ?」

「【アンプル】だ」

「アンプル…って、注射とかの薬?」

「ほぅ、物知りだな。その通りだ。これは―――【薬】だ」


 アンシュラオンが持ってきたのは、薬。

 ひどく遠回しに何度も意思確認を行っていたので、その段階でまともなものではないことがわかる。

 事実、これは普通の薬ではない。風邪の予防で打つようなワクチンではないのだ。


「オレは医者だからな。いろいろと伝手がある。お前のためにわざわざ仕入れたものだ」

「ど、どんな効果があるんだ!? 強くなれるのか!?」

「ああ、強くなれる。生体磁気を活性化させて身体を強化するものだからな。そのほかにもいくつか薬を持ってきた。筋力強化、視力強化、聴力強化等々、それなりに便利なものだ」

「…これを使えば…ごくり、強く…なれる」

「使っただけでは一時的なものだ。使いながらも鍛練を続けねばならない。それも常人が諦めてしまうほどの苦痛の中でだ。お前がこのホテルでやっていたことを何度も何度も続けるんだ。薬はその補助だと思え」


 術と同じで薬の効果は時間経過で薄れていく。ただ、薬剤は身体に残るため、術より効果が持続しやすい傾向にある。

 たとえば高血圧の薬がなくなっても慌てることはない。体内に一週間くらいは残っているので、いきなり病状が悪化したりはしない。このように薬には持続力があるのだ。


 アンプルの名前は、【凛倣過《りんほうか》】。


 一時的に身体強化を促す強化術薬で、これを使えば少年でも大人を超える腕力を得ることができる。効果としては賦気に近い一時的なドーピングと思えばいいだろう。

 比較的古い薬でラングラス一派においてはさして珍しいものではないが、劇薬指定されているので外部への持ち出しは禁止されている。当然、他派閥への流通も認められていない。

 これがファレアスティが言っていた薬物の一つである。ソブカたちもいざというときは、この薬を使って戦力強化を図るだろう。これも彼らから仕入れたものである。

 その他、今言ったようなさまざまな薬剤を手に入れた。注射もあれば錠剤もあり、それらは数十種類に及ぶ。

 この薬物強化に加えて、激しい鍛練とアンシュラオンの命気強化を同時に行う。

 どちらか一つでは効果が出るまで時間がかかりすぎるし、そもそも才能のないルアンでは結果もたかが知れているだろう。

 しかし、この二つがミックスすることで強くなれる可能性は劇的に高まる。あくまで可能性だが、確率が高いほうがいいに決まっている。


 ただし、強い力には必ず『代償』が存在する。


「安易に喜ぶな。薬である以上、『副作用』がある」

「副作用って…何が起こる?」

「いろいろとあるな。肝障害やら高血圧やら心筋梗塞やら性機能の減衰あるいは機能不全。精神的なものならば、うつ病やら被害妄想とか幻覚とか……あと、ハゲるかもしれん」

「最悪じゃないか!! そんなの誰が使うんだ!!」

「しょうがない。もし副作用がなければ、もっと使われているはずだ。デメリットがあるからこそメリットがある。ギャンブルだってそうだろう? 元手を失う可能性を受け入れてこそ利益の可能性が生まれる。これはそういうものだ」

「ギャンブル…か」


 父親であるレブファトからは、賭博をするような人間にはなるなと言われていた。それで人生を駄目にした者を多く見てきたからこその言葉だ。

 それは正しい。まったくもって間違いではない。

 だが、貧乏な人間が一日で大金を手に入れるためには、一か八かの勝負を打たねばならないこともある。


 そこで多くの者が選ぶのが―――ギャンブル。


 賭けるしかないのだ。

 しかも金という曖昧なものではなく、自分の命という明確で確実なものを。


「…ごくり」


 アンプルを見つめ、ルアンが喉を鳴らす。

 あまりの緊張感に目が若干泳いでいる。副作用があると聞かされたら誰だってそうなるだろう。

 だが、ここには常識を超えた存在がいることを忘れてはいけない。

 アンシュラオンは、ルアンの様子を見ながら愉快そうに笑う。


「くくく、ルアン、お前は幸せ者だなぁ。散々脅かしておいてなんだが、オレという存在がいれば副作用の心配はいらない。なぜならばオレには命気がある。今もやったように癒しの力があるんだ。副作用が出たら治してやるさ」

「だったら最初から言えよ! びっくりしたな!」

「リスクがあるのは本当だ。なにせオレも初めてだからな。これを使って何が起こるかはわからない。オレの技と組み合わせてどうなるかも初めてやることだ。データがない以上、とんでもないことになる可能性だってあるんだ」

「…失敗するかもしれない…ってことか?」

「その可能性もゼロではない。強くなるかもしれんし廃人になるかもしれない。植物人間になる可能性だってある。だが、お前も痛感したはずだ。武具で強化はしてやるが、それを使いこなせねば意味はない。すべての戦いは最終的に自分の肉体能力に依存するということだ」


 グランハムが持っていた武器を使っても、ルアンは彼を超えることはできない。常人と武人の間にはそれだけの差が存在するのだ。

 伝説級の武具を装備したとて最後に物を言うのは自分の力である。それがルアンには圧倒的に足りない。その教訓を教えるための戦いでもあったのだ。


「はっきり言っておこう。オレがやろうとしていることは【人体実験】だ。はたして常人が武人を超えることができるのか。努力と薬でなんとかなるのか。いわば『武人という天才を、常人の努力家が超えられるのか?』ということだ」




―――「努力家は天才を超えられるのか?」



 まさにスポーツにおける永遠のテーマである。

 漫画では上手いこと話が進み、最後の最後に努力でなんとかなってしまうものだが、所詮は空想の世界だけの話だ。現実は厳しい。


「成功したやつは『自分には努力する才能があったんです』とか言うが、それは嘘だ。努力なんて誰だってやる。今のお前のように死に物狂いでな。だが、届かない。生まれ持った才能が違うからだ」


 たとえばゼブラエス。彼は天才でありながらトレーニング大好き人間である。

 それはもうひたすら鍛練を続ける。趣味なのだから、やりたいだけやる。休みの日だって、火怨山でも独りで黙々と鍛練を続けていたものだ。そうなったら努力だけでどうにかなるレベルを超えてしまう。

 もう一つたとえるならば、競走馬、サラブレッドなどがそうだ。強い馬を掛け合わせて才能のある馬を意図的に作り上げていく。

 陽禅公が「武人は血統遺伝を遺すために近親婚をしているところも多い」と言っていたが、優れた血筋を遺すために必死なのである。

 そんな連中が相手では、凡才に付け入る隙がまったくない。あまりに酷い話だ。


「お前も…そうなのか? 才能があるのか?」

「そうだ。根本的な才能が違う。オレはそれを知っているから、この身体を選んだ。…といっても薬の副作用みたいなものもあったけどな。人生は上手い話だけじゃないんだ…オレだって苦労しているんだぞ」


 副作用 = 姉


「お前はひどく平凡だ。生まれた時から障害を持っているようなもんだ。だが、才能がないからと諦めるような男でもない。ならば薬でも呪いのアイテムでも使って強くなればいい。この考えをどう思う? 邪道だと思うか?」

「…お父さんなら、きっとやめろって言うよ」

「だろうな。レブファトはそういう男だ。そして、この点に関してはオレも同意見だ。べつにお前が戦う必要はないしな。慎ましく生きればいいと思うぞ」

「正義を踏みにじられたままでか!? それで何も知らない家畜のように生きろっていうのか!! ただ搾取されるだけの存在になれと!! ふざけるな! そんなことは絶対に認めない!! お前の好きにはさせないからな!」

「…そうか。お前ならばそう言うと思ったよ。だが、気をつけろ。そう言って死んだやつは大勢いるぞ。その小太刀の持ち主だって、あっけなく死んだからな。だが、唯一違う点はオレが味方にいるということだ。これは最大で最高の違いだ。オレがいる限り、簡単に死なせはしない。…この薬は置いていく。使うかどうかは自分で決めろ。薬を使う際は一緒に置いていく水を飲んでから行うこと。それだけは守れよ」

「………」


 ルアンは、じっと薬を見つめている。

 その足はわずかに震えているので彼の中の倫理感が警告を発しているようだ。

 こうしたシグナルは極めて正しい。直感が危ないと叫ぶ時は、だいたいが正解である。

 しかし、それは常人の直感。それを超える存在になりたいのならば、どこかで決断しなくてはならない。




 その一線を―――越える決断を。




 ちなみに水は、命気水を薄めたものだ。薬の副作用を抑える効果があれば…いいなぁと思ってのことだ。

 サナはよく飲んでいるが、それだけで効果があるかはわからない。それもまた実験である。




「それと、これも置いていく」

「まだあるのか…って、仮面? 白服? なんだこれ?」

「オレがどうして仮面を被っていると思う? 実は命気を使うとな、呼吸器系に異常が出るんだ。この仮面を被らないと外の空気が吸いにくくなる」

「ん? どういうこと? それとこれと何の関係あるんだ?」

「つまり命気を受けたお前も仮面が必要になった、ということだ。オレがすぐにホテルに行かせたのはそのためでもあるんだ。この階から出るなと言ってあっただろう? それはそういう意味だ」

「なっ! そんなこと言ってなかったじゃないか!」

「今、初めて言ったしな。知らないのは当然だ」

「くっそーー! なにか騙された気分だ! じゃあ何か!? これからずっとお前と同じ仮面生活ってことなのか!? なんてこった!」

「強くなるためだ。それくらい受け入れろ。そのうち全身鎧でも用意してやるさ。今は用意している暇がないから、それを使っておけ。外に出る際は絶対に着用しろ。わかったな」

「くうう…変なことになってきたぞ…本当にこんなものを身につけるのか? うわ、だっさい」

「ダサいとか言うな」

「いてっ!? 石を投げるなよ!」

「オレだって好きで被っているわけじゃない。苦労を思い知れ」

「…わかったよ。そういう事情なら仕方ないな…」


 自分が一番嫌う者と同じ格好をする。それこそ皮肉である。

 が、当然ながら全部嘘だ。

 冷静に考えてみればわかるが、呼吸に服の色は関係ない。ただ、仮にそうつっこまれても「白い色のほうが皮膚呼吸がうんたら」と誤魔化すつもりでいるが。

 これでとりあえずの「新影武者」完成である。この二号は最悪死んでもいいので気が楽だ。


「じゃあな。オレの用事は終わりだ」

「お父さんとお母さんは無事なんだろうな?」

「特に訃報は聞いていないから無事だろうさ。便りがないのは元気な証拠ってやつだ」

「すごく心配だ…」

「子供は自分の心配だけしていればいいんだ。親と再会する前に薬で死んだら困るからな。焦って大量に服用するなよ。ほどほどにしておけ」


 バタン


 そう言ってアンシュラオンたちは出ていった。

 言いたいことだけ言って去っていくのは相変わらずのようだ。


 それからルアンは、改めて自分の目の前に置かれたものを見る。どれもが強くなるための道具だ。


「武具に…薬…か。これは僕が望んだ…力。あいつに追いついて…倒すための第一歩。…くっ、怖い。怖いけど…僕は……」


 普通ならばここで止まってしまう。やめてしまう。

 そのほうがいいに決まっている。誰に訊いてもそう答えるだろう。


 しかし、彼の中の正義感が、ズタボロにされた心が泣いている。


 もしここで諦めてしまったら、一生そのトラウマを背負って生きることになる。毎日寝る前に今日を悔いて生きることになる。

 それは父親と自分たちを裏切ったシミトテッカーと同じ生き方だ。それだけは絶対に嫌だった。


「やってやる! やってやるからな…!! 僕は強くなってやる!! どんな手段を使っても強くなって正義を守ってやる! それが正しいことなんだ!! 僕は…僕だけは絶対に諦めないからな…!」


 正義を求め、少年は力を渇望する。

 それがどんなに薄汚れた力であっても、正義のためと言い聞かせて修羅の道を歩む。




239話 「ハングラスの報復 前編」


 アンシュラオンはルアンの部屋を出て、ほくそ笑む。


(ルアンは間違いなく薬に手を出すだろう。当人の意思があれば堂々と人体実験ができる。はたして本当に強くなれるのか…。強くなれるのだったら、このノウハウは大きな財産になるだろう。女の子には危険だから、まったく同じ手口は使わないが…データが集まればいろいろと使い道はある)


 アンシュラオンは武人が強くなる方法は知っているが、一般人が強くなる方法には疎い。当人が生粋の武人なのだから仕方がない。

 しかしスレイブが増え始め、ソブカと付き合うようになり、一般人の強化という題材にも挑まねばならなくなった。

 彼らは自分と比べて極めて脆弱だ。何かあれば簡単に死んでしまう。有能な人材の場合は非常に困った問題である。

 もしルアンがこのやり方で強くなれるのだったら、男のスレイブを強化して兵隊にしてもいい。男の場合は副作用があっても使い捨てにできる駒なので問題ない。

 また、その中から副作用がない新しい強化方法が見つかれば、それを女の子スレイブに適用することもできる。

 サナはもちろん、ホロロも強化してあげたい。強ければ強いほど人生は明るくなるのだから。


(すべてはオレの計画のためだ。ルアンには実験台になってもらおう。その代わり、あいつの求める強さを与えてやればいい。これは【取引】だ。代償と同じ分だけのメリットを与えてやらないとな)


 賭けに勝ったのでルアンの身柄はアンシュラオンが管理しているが、これは対等な取引でもある。

 取引は相手が納得して行うものなので、失敗しても気分は害さないで済む。すべてはルアンが望んだことなのだ。

 彼が望めば、レブファトが役目を果たした際にはそのまま親元に帰すつもりでもいる。それまでのデータがあれば他の人間でも続きができるだろう。

 どちらにしても損にはならない。


「ホロロさん、ルアンのことは定期的に報告してもらえる? もし発作や異常が出たらすぐに教えてね」

「かしこまりました」

「でも、ホロロさんは上の階で忙しいし、薬の影響であいつがおかしくなるかもしれない。そうなると襲われる可能性も否定できないな…。おっ、そうだ。あいつはリンダにでも面倒をみさせてよ。リンダなら襲われてもいいしね。彼女は元気でやってる?」

「はい。ただ最近は、薬の副作用が少し出ておりまして、手の震えが止まらないときもあるようですが…」

「おー、そうかそうか。それは好都合だ。ルアンにはちゃんとリンダが薬漬けだってことも教えてあげてね」

「まだ子供です。圧力になりませんか?」


 これから薬を使う子供に対して、あえてリンダを当てる。

 なんとも奇妙な提案だが、そこには意図がある。


「いいんだよ。あいつは追い詰めたほうが力が出るタイプだ。サリータと同じ匂いがするしね」


 人にはそれぞれタイプが存在する。褒めて伸びるタイプ、叱って伸びるタイプ、放任して伸びるタイプ、まさに三者三様である。


 褒めて伸びるタイプの筆頭はサナだろうか。

 彼女は頭がいいので無理に追い詰める必要性はない。こちらの言うことをしっかり聞いて学び、着実に強くなっていく。素直なので叱るところがないともいえるだろう。

 ホロロもそうだろうし、おそらくセノアもこのタイプである。こういうタイプは逆に叱ると伸び悩むかもしれない。褒めて褒めて褒めまくるつもりだ。


 叱って伸びるのはサリータだ。むしろ叱られることに愛情と喜びを感じるので、どんどんスパルタで覚えさせるほうが向いている。

 ルアンもこのタイプ。理解力はあるが直情的なので、サリータ同様のやり方が合うだろう。

 意思が強すぎるので進む道を誤らないようにどんどん課題を押し付け、それに集中させてやるほうがいい。


 最後の放任タイプは、ラノアあたりが怪しい。

 かなり能天気な性格らしいので教えるだけ教えて、あのままフリーダムにやらせるのがいいと考えている。

 構ってアピールをしてきたらしっかり褒めて、あとはフリーにやらせるといった感じだ。

 シャイナもここ…というより、放置プレイばかりなので、結果的にこのカテゴリーに入れられているのが現状である。


(こっちでやることは全部終わったな。あとは相手がどう出るかだが…いくつか保険をかけて計画を進めればいいだろう)


 こうして一通りの準備は整った。

 ホテル側は、これで終了だ。




 アンシュラオンとサナは仮面を被り、ホテルの馬車乗り場に向かう。

 専用の白い馬車の前には、一人の女性がすでに待っていた。


「やっ、リリカナさん。もう日が暮れちゃったけど、これからよろしくね」

「はい! よろしくお願いいたします! いつもありがとうございます!」


 出迎えたのは、以前も白い馬車の御者をしてくれた日焼け肌に栗色の髪の女性。名前をリリカナという。

 念のために調べてみたが、ただの一般人であった。無害かつ無関係な人間。単なる労働者だ。


「お声は治ったんですね。よかったです!」

「ああ、ありがとう。医者の不養生とはよく言うけどね。まさか自分がなるとは思わなかったよ」

「仕方ありませんよ。誰だって病気になることはありますし」


 ロゼ姉妹が身代わりをしている間は、この白い馬車でよく移動をさせていた。

 その際、声が出ないという設定にしてあり、彼女たちには一言もしゃべらせていない。

 そもそもサナは前からしゃべらなかったので、セノアだけ喉の病気ということにしておいたのだ。

 ホロロが代理でしゃべっていたため、リリカナも特に不審には思わなかったようだ。


「はい。これが今日のチップね」

「ありがとうございます! って、ええええ! 札束ですよ!?」

「いいっていいって。いいことがあったんだ。お裾分けね」

「いいんですか? ありがとうございます! うわぁ! これで子供に新しい服を買ってやれます!」

「うんうん、それはよかった。そんなに喜んでもらえるとあげるほうも楽しいよ。これからもよろしくね」

「はい! こちらこそ!」


 リリカナに五十万を渡しておいた。相当な大金なので服以外にもいろいろと買ってあげられるだろう。商売道具である馬車の補強もできるに違いない。

 ただし、今回のものはただのチップではなく、【迷惑料】。

 これから起こることに対しての詫びとして事前に渡しておくものだ。当人はまったく知らないで喜んでいるが、それを含めたものである。


「まず事務所に寄ってね。それから一般街までよろしく。ああ、ゆっくりでいいよ。急いでいないから」

「了解です!」





 ガタゴト ガタゴト


 馬車が静かに事務所に向かっていく。

 隣にいるサナの様子をうかがうと、心なしか気分が良さそうだった。リフレッシュしたのは自分だけではないようだ。

 思えば彼女も子供なのでストレスを感じることは多かったのだろう。しゃべらないから意思表示しないだけであり、実際は疲れていてもおかしくない。


(そうだよな。サナだってあんな連中と一緒にいると心が荒むよな。ごめんな。もう少しの辛抱だからな)


 サナの髪の毛に触れると、手にしっとりと絡みつくような滑らかな感触が味わえる。

 同じ女性たちに一生懸命世話をしてもらったので、髪の毛の調子も抜群だ。サナのためにも行ってよかったと改めて思った。

 その様子に満足しながら、馬車は進んでいく。



 事務所に到着すると、そこには二台の馬車が待っていた。ハンベエと戦罪者四人も近くにいる。

 アンシュラオンは一度降りて合流。


「おや、いい匂いがしますね? いいなぁ、ホテルでお楽しみなんて。羨ましいですね」


 アンシュラオンから発せられる花のような香りにハンベエが気付く。石鹸と女性たちの匂いだ。

 一方、ここに漂う臭いは、それとは正反対のもの。

 アンシュラオンにとっては慣れたものだが、ホテルから出てきたばかりだったので、その対比に少しばかりむせ返りそうになる。


「やれやれ。せっかく洗い流してきたのに、着いた途端に血の臭いか。ここは荒んでるな」

「仕方ないです。そういう場所と人間ですからねぇ」

「それもそうだな。で、首尾は?」

「予定通り、火が灯りましたよ」

「そうか。あっちも上手くやっているようだな」


 ソブカたちとは安易に接触できないため、街中にあるさまざまなものでやり取りをしている。

 今回は館の灯りが増えるという比較的簡単なものであるが、よほど疑っていないと見破ることはできないだろう。

 実際、何も知らない構成員がうっかり灯りを付けてしまい、ついついやりすぎてしまったこともあったくらいだ。そういうアクシデントも楽しみながらアバウトにやっている。

 ただ、今回のものは側近しか入れない部屋の灯りなのでミスの心配はないはずだ。



 そしてこの合図は、作戦が【次の段階】に移行することを示していた。



(遊びも終わりか。もう少し緩く楽しみたかったが…いつまでもそれでは飽きてしまうしな。ホテル側の用事も片付いたし、悪くないタイミングだ。そろそろやるか)


「ヤキチたちに準備をさせておけ。明日の夜に一斉に潰す」

「ついにやりますか」

「ああ、敵も本気で動き出すだろうから気をつけろよ」

「それこそ私たちの望みですよ。今日はどうします? 予定通りですか?」

「ああ、ハングラスの倉庫に向かう。一応な」

「わかりました」


 ハンベエは館にいた戦罪者に伝言を残すと、準備していた者たちと馬車に乗り込む。



 ガタゴト ガタゴト

 白馬車と二台の馬車は、西門に移動。

 イタ嬢のおかげか、あるいは領主のいつもの無関心のせいなのかはわからないが、相変わらず検問なしの素通りである。

 今晩アンシュラオンが向かうのは、一般街にあるハングラスの倉庫。

 前も襲った場所だが、前回取り損ねた物資を頂戴しようという計画である。


 だがこれは―――フェイク。


 べつにいまさらハングラスから頂戴するものなどない。術具やジュエルはいくらあっても困らないが、取り立てて欲しいものは何一つない。

 西門を抜けて中級街の端に着くまでおよそ六キロメートル。その地域には森と未開発の荒地が広がっているだけである。


 その郊外、森の中を通っている時―――【魚】が餌に食いついた。


 ボンボンッ ドゴーーーンッ

 アンシュラオンが乗っていた馬車の前に爆炎が踊る。それは文字通り躍るといったもので、道を塞ぐようにとどまり続けていた。

 明らかに普通の炎ではなく【術式】によるものだ。

 馬たちも突然の炎に驚いて、足並みがまったくそろわない。それによって馬車は急停止。


「どわわっ!! 何事ですか!?」


 御者のリリカナが馬をなだめるが、言うことを聞かずに立ち往生する。

 馬は敏感で臆病な生き物だ。炎よりも、それを発した相手からの『敵意』に反応しているのだろう。


「リリカナさん、大丈夫?」

「は、はい。大丈夫ですが…何か飛んできたみたいで…!」

「うん、敵の攻撃だね」

「て、敵!?」

「まあ、いつものことさ。医者は恨まれる職業だしね。リリカナさんは危ないから中に入っていて。あとはこっちでやるよ」

「で、でも、お客様の安全を守るのも私の役目ですし…」

「ここで死んだら何の得にもならないよ。旦那さんと子供のためにも今は従ったほうがいいと思うな。それにほら、オレには護衛の傭兵連中もいるから大丈夫。問題はないさ」

「で、ですが…」

「大丈夫、大丈夫。ほらほら、入って」

「わ、わかりました! そうさせていただきます…」


 アンシュラオンは半ば強引にリリカナを中に押し入れる。

 怪我をしても治してあげられるが、無関係な人間なので極力被害を与えたくないとは思っている。

 これが男なら放っておくが、彼女はなかなか好意的だし嫌いではないタイプだ。巻き込まないほうがいいだろう。

 もともと囮役として抜擢されたので彼女の仕事はこれで終わりだ。その意味でもお疲れ様である。


(さて、この馬車を襲ったということは間違いなくオレの客だな。誰かと問う必要もない。当然【ハングラス】だよな)


 白馬車は各商会の家紋や商紋と同じようなもので、この目立つ馬車に乗っている者がいれば、それは十中八九、ホワイトであることを示す。

 それを狙うということは、標的は自分だということ。

 ただし、今まで相手側が積極的に仕掛けることはなかった。事務所にいる時もホテルにいる時も襲われることはない。

 各派閥が牽制しあっているからであり、様子見をしているからだ。自分だけ動いて痛い目に遭うのは避けたいと誰もが思っている。

 その中で唯一、アンシュラオンを積極的に狙う理由と資格を有する者がいる。


 それがゼイシル・ハングラス。


 倉庫を襲うという禁忌を犯しただけでなく、お抱えのグランハムと警備商隊を壊滅させた憎き相手である。

 面子のためにいつか襲ってくることは明白であり、今日のフェイク情報も彼らの動きを引き出すための餌であった。


(グラス・マンサーのゼイシルってやつは、かなり神経質で根に持つ男らしい。オレが二度目の襲撃を計画していると知ったら激怒は必至。必ず襲ってくると思っていたさ)


 ゼイシルが一度目の襲撃で激怒しているのは裏の情報屋と通じるモヒカンからも聞いた話であるし、襲撃の情報自体もファレアスティから示唆されていたため、なんら驚きはない。

 そして、予想通りに襲撃は決行されたわけだ。

 ここで仕掛けてきたのは、上級街で騒ぎを起こさないというルールに従ったからだろう。

 この森の中ならば多少大きなことをやっても都市に被害は与えない。カップルのデートスポットが消えるくらいだ。


(さて、まずはハングラスの部隊を潰して狼煙を上げてやるとするかな)




240話 「ハングラスの報復 後編」


 ドッゴーンッ ボォオオオオオッ


 リリカナが馬車内に入った瞬間、周囲から術の攻撃が始まった。

 さきほどと同じく火属性のもので、激しい炎が周囲に撒き散らされる。

 使われているのは因子レベル2の術式、火鞭膨《かべんぼう》。火を巨大な鞭状に変化させ、周囲一帯を薙ぎ払う広域技である。


(火の術式か。破壊力が高くて広域に広がるものが多いのが特徴だな。相手もなりふり構わなくなってきたというわけか)


 火属性の攻撃は今見ているように攻撃力も高いが、同じく高威力の雷術式と比べて範囲が広いのが特徴である。

 これを屋内で使うと部屋全体が包まれるので注意が必要だ。使った当人まで黒焦げでは泣くに泣けない。

 炎は馬車にも向かってきたが、アンシュラオンの戦気が迎撃。より強い力に衝突し、火は消える。

 だが、これは広範囲の術式である。周囲にも大きな影響を及ぼすのは間違いない。


 森が―――燃える。


 ボオオオオッ

 火は一気に広まり、アンシュラオンたちの馬車を囲むように広がっていった。


(火の広がりが速いな。油でも使ったか。まったく、貴重な資源だぞ。もっと大事にしろよな)


 グラス・ギース内部にある森は、この乾燥した大地においては貴重である。緑は人々の憩いの場にもなるし、最低限とはいえ実りを与えてくれる。

 その森を犠牲にしてまで攻撃を仕掛けるのだから、相手も相当な覚悟を持って臨んでいるのだろう。


 ドンドンッ ボッボッ

 それからも同じ火の術である『火痰煩《かたんはん》』などが飛んでくる。見た目はネバネバした火の塊だ。

 火痰煩は因子レベル1の術式で、粘着性の火が相手に絡みつくことによって継続ダメージを与えるものだ。

 焼夷弾やナパーム弾の炎に似ているので、受けた側はかなり嫌な術である。服に引火すれば常人では確実に焼死だろう。

 しかし、それも迎撃。すべて展開した戦気が消滅させる。馬車も無傷だ。


(ふむ、敵が出てこないな。このまま遠距離から攻撃を続けるつもりか? たいした攻撃じゃないが…うざいな)


 波動円を拡大して調べるが、半径二百メートル以内には誰もいないようだ。さらに拡大して調べると、ここから三百メートル先あたりにいくつかの反応があった。

 相手は遠距離からひたすら術攻撃を繰り返しているが、近寄ってくる気配がない。

 当然だが、術にも射程距離が存在する。火鞭膨は広域なのでがんばれば伸ばせるが、火痰煩などはそれほど長い距離に向いていない術だ。

 それでも無理に距離を伸ばす場合、術の威力を下げるしかなくなる。今降り注いでいる術も威力はそこまで高くはないので、距離重視の設定がなされているのだろう。

 この程度の攻撃で警備商隊を倒したホワイト商会を倒すなど不可能である。それは相手も承知のはずだ。


(敵は術士か? だとすれば遠距離に徹することも頷けるが、術式のレベルを考えると術符で十分間に合うものだ。それでも続けるとなると…もしかしたら人数は少ないのかもしれないな)


 大人数で来たのならば、警備商隊がやったように周囲を包囲すればいいだけだろう。

 ただ、それでも壊滅させてしまったので、相手が警戒して距離を取っている可能性も捨てきれない。

 たしかにこうして周囲を火で覆うだけでも脅威である。待ち伏せからの火攻め。戦術としては悪くないやり方だ。あくまで常人には、であるが。

 これが一般兵が多く含まれる領主軍ならば大きなダメージと混乱を与えただろうが、アンシュラオンを含めてここにいるメンバーは個に優れた者たち。これくらいでは動揺もしないしダメージも受けない。

 どちらにせよこのままでは話が進まないので、こちらから動くことにした。


「ハンベエ、お前の毒で敵をあぶり出せ」


 アンシュラオンと同じく馬車を降りて迎撃態勢を整えているハンベエに命じる。


「いいんですか? 派手にやっちゃいますよ?」

「かまわん。このあたりには一般人はいないはずだ。いたとしても運が悪かったということだ。遠慮なくやれ」

「ふふふ、ありがたいですねぇ」


 ハンベエは嬉しそうに懐からいくつか毒煙玉を取り出すと、周辺に投げつけた。

 ヒューーンッ ヒュンヒュンッ

 手首のスナップを利かせて投げた毒煙玉は、まっすぐに術が飛んできた方向に向かっていく。

 ただし、このままでは届かない。そこまで密集しているわけではないが周囲は木々に囲まれているので、近くの木にぶつかって破裂するのがおちだ。

 敵はそれも計算して距離を取って潜んでいるのだろう。実際、敵の術の大半は空から降り注ぐようにして放たれている。これも待ち伏せの利点。最初から攻めるポイントを決めているからこそできる攻撃だ。

 対するこちらは敵の場所はわかっても地形まではどうにもできない。不利な状況で戦うことを強いられる。


 ニュルニュルッ スルスル


 しかしハンベエが投げた毒玉は、まるで蛇のようにぐねぐね動きながら、木々の間をすり抜けて移動していく。

 軽く投げたように見えた毒玉も、重力に負けて落下するようなことにはならない。風に乗ったようにふわりと進んでいく。


(へぇ、遠隔操作か。こんなこともできたんだな)


 これは―――遠隔操作。


 ハンベエは毒玉を投げた際に自身の戦気で覆っており、それを操りながら奥へと誘導しているのだ。

 物質を戦気で覆うこと自体は難しくはないが、それを操作するのは『遠隔操作系』の武人でないと不可能である。

 飛ばした戦気の周囲を探知しつつ、木に当たらないように導く。それだけでも高等技術だ。

 しかも複数の玉を同時に操るのだから、かなりの腕前であることがわかる。


(ハンベエは遠隔操作系か。まあ、武人の一割は遠隔操作系って話だから、割合としては不思議じゃないな。オレや姉ちゃん、師匠もそうだし)


 アンシュラオンが手に入れた裏スレイブの中には、他に遠隔操作と思われる人材はいない。割合からすれば少ないくらいだろう。

 統計で全体の一割が該当するのならば、これまでにもっと多くの遠隔操作系と出会ってもよさそうなものである。

 が、そもそも自分の才能を自覚していない者も多いだろうし、戦気を操ること自体が相当難しいものだ。サリータのように戦気を扱えない人間も多い。


(となると、ほかにも眠っている逸材はいそうだな。ラブヘイアだって才能的には優れているし、ルアンも才能はなくても遠隔操作系の可能性だってある。なるほど、人材の確保と育成にはそういった楽しみもありそうだ)


 遠隔操作系だからといって強いとは限らない。

 ただ、ボクシングのサウスポーやサッカーのレフティのように、普通とは違う間合いを持っている者はそれだけで優位に立てるものだ。

 持って生まれた才覚なので後天的に身につくものではないことも重要だ。遠隔操作というだけで価値がある。


 ボンッ モクモクモクッ


 ハンベエの毒玉が、敵のいるあたりに命中。毒撒きに成功する。

 当人が派手にやると言っていたように、ここから見ても薄闇の空に灰色の煙が舞い上がっているのが見えた。

 かなりの量の毒が撒かれたようだ。相手はそのうち耐えかねて出てくるだろう。



 そう予想していたが―――術。



 再び周囲から術攻撃が放たれ、アンシュラオンたちに襲いかかる。

 それを迎撃しながら、ハンベエに文句を言う。


「おい、出てこないぞ」

「ですね。どうやら耐性を持っているか、術か道具で付与したかでしょう。攻撃が来るまで数秒の遅れがありましたから、おそらくは後者でしょうね」


 再度術の攻撃が来るまで数秒の時間がかかった。この間に毒に対する処置を行ったものと思われる。

 術は攻撃するものばかりではない。むしろ人間が扱える術式の中では攻撃以外のもののほうが多い。

 その中の一つに『消紋《しょうもん》』と呼ばれる防御術式が存在する。

 消紋系はその効果を打ち消すもので、『毒消紋』ならば毒になってから使えば毒素を消すことができ、毒になる前に使えば耐性を与えることができる。

 この反対に『化紋《かもん》』と呼ばれるものは、その状態を付与するものだ。たとえば『火化紋《ひかもん》』を使うと、武器などに火属性を与えることができる。

 ちなみにホロロにも消紋系の術符は渡してある。『物理無効』は物理攻撃しか防げないので、火消紋や雷消紋など相手が使ってきそうなものは一通り用意したものだ。


 敵が使ったのは、その毒消紋の可能性が高い。


 ハンベエの得意技は毒だ。ならば毒を封じてしまえばいい。こちらの情報が漏れているのならば、そう考えるのは自然なことだろう。

 警備商隊もやった遠距離からの術攻撃は、たしかにこちらに有効だった。前回は相手が守る側だったので接近しなければならなかったが、今回は逆の立場だ。守るものがないのならば近寄る必要性はない。

 ヤキチやマサゴロウ、さらに毒使いのハンベエがいた場合に備え、距離を取りながら毒対策もしてくる。あらゆる状況に対応できるように準備をしていることがうかがえる。


(なるほど。こう考えれば相手が姿を見せないことも納得だな。少しは考えているか。だが、まだまだ甘いな。オレが選んだ連中を甘く見すぎだ)


 毒を封じられたらハンベエは無力。


 と思う相手は、まだまだ彼の力を侮っている。


「クケケケ、私の毒をたかが消紋ごときで消せると思うとは愚かですねぇ。さあ、早く出てきてくださいよー。このまま毒で死にたくないでしょう? せめて私が見て楽しめるくらいの距離には出てきてほしいですね」


 ガサガサッ バタバタ ドスンッ

 アンシュラオンの研ぎ澄まされた聴覚が、離れた場所で何かが倒れたり落ちる音を捉える。

 ハンベエの毒にやられた敵が、次々と意識を失った音である。

 あの毒玉には、以前言っていたグバロパーン〈小竜噴毒蛇〉という魔獣の毒を使っている。西側では化学兵器の材料にもなる危険な毒物だ。

 このレベルになると普通の毒耐性程度では防ぐことはできない。せいぜい効果を薄めるくらいで『毒無効』スキルがなければ次第に衰弱していくだろう。

 なにせ彼の奥の手は『毒無効』すら貫通するほどなのだ。身体が強靭なのでそれで死ぬことはないだろうが、アンシュラオンとて油断はできない。

 今までハンベエを大きな戦闘に連れていかなかったことには理由がある。毒の効果が味方にも影響してしまうからだ。味方を巻き添えにしても気にしないような男だ。あまりに危険すぎる。

 が、こうして相手が離れていてくれるのならば遠慮なく使うことができる。敵が仕掛けた遠距離戦術が、逆に相手の首を絞める結果になるとは皮肉なものだ。


 それからしばし待つ。


 もし敵が出てこなければ、このまま毒攻撃を続ければいい。

 相手の火の術式はこちらにダメージを与えないが、毒攻撃はじわじわと相手に効いていく。すべては時間の問題である。


(相手が馬鹿だったら、これで全滅だな。つまらん終わり方だが、それならそれでもいいか。むさ苦しい連中にわざわざ会いたくもないしな)


 と思っていた時である。


 ザッザッ ガサガサッ


 森の中をこちらに向かって移動する気配を察知。波動円によって半径二百メートル以内に敵が入ったことを確認する。

 どうやら相手はただの馬鹿ではないようだ。こちらが毒を使えないエリアにまで接近することを選択したらしい。

 そして、炎の中を飛び越えて敵が出現。


 数は、六人。

 そのすべてが―――『お面《めん》』を被っていた。


 何かの魔獣をかたどったもののようだが、日本風に言えば「黒狐面」と呼ぶべきだろうか。

 よくお祭りなどで見かける狐面の黒色バージョンのようなものを被っている。こちらの仮面に合わせたわけではないだろうが、なかなか奇妙な連中だ。


「オヤジさん、こいつら請負の暗殺者集団みたいですねぇ」

「知っているのか?」

「ええ、裏スレイブなんてものをやっていると、それなりに同業者には詳しくなりますからね。その中には暗殺専門の輩がいましてね。黒い面を被る連中がいたと記憶しています」

「あんなお面を被るなんて変なやつらだな。どこかのカルト集団か?」

「それ、オヤジさんが言います?」


 自分たちだって仮面を被っているのだ。完全に似た者同士である。


(裏スレイブには裏スレイブか。当然の選択ではあるな)


 ハングラスが用意した駒は―――こちらと同じ裏スレイブ。

 
 もともと裏スレイブは抗争用の道具として用意されたものだ。グラス・マンサーが使うことに違和感はまったくない。

 ただし彼らは長期間のスレイブではなく、一回一回仕事を請け負うタイプの裏スレイブであり、ほぼ傭兵と同じ扱いを受けている。

 スレイブと傭兵の最大の相違はギアスであるが、仮にギアスがない場合は『命の価値』で違いが生まれる。傭兵よりスレイブのほうが安価。命の値段も安いというわけだ。

 契約上の問題でいえば、傭兵と違って損害保障をする必要がないので気軽に依頼できるメリットがあり、受ける側も仕事が増える。

 そして、その分だけ激闘が期待できる。

 立場的には傭兵とあまり変わらないが、彼らもまた命を捨てることを厭わない狂人だということだ。



「ホワイトぉおおお! 今日こそお前の命日じゃぁああぁぁあああ!!」


 その連中のほかに、何やら丸くてでかいやつが出てきた。

 ちょっとオブラートに包んでみたが、正直に一言でいえば【肥満体】である。着ている黒スーツもパンパンだ。

 こちらはお面を被っていないが、パンチパーマに色付きメガネかつ、ごてごてのヤクザ風の顔つきであったので明らかにマフィアだろう。

 ここまでステレオタイプのヤクザは、ヤキチ以来である。ある意味では爽快だ。


「誰だ、お前?」

「わしは…げほげほっ! ぐおええええ!! ゲロゲロッ!」

「うわっ、汚ぇ! いきなり吐くなよ!」

「うるさいわい! お前らが毒なんぞ…おぇええええ! 使うから…おお! じゃろうがぁああ! オロロロロ!」

「ゲロ吉が何の用だ?」

「誰がゲロ吉じゃ!?」

「何事も第一印象が大事なんだよ。今日からお前はゲロ吉だ」


 登場していきなり吐くとは、あだ名はもう「ゲロ吉」しか浮かばない。

 あだ名とは残酷だ。最初の出会いが不幸だったばかりに、一生その名で呼ばれることになる。


「で、あんた誰?」

「忘れたとは言わさんぞ! よくも兄貴をやってくれたな!」

「兄貴? お前…『厚い胸板の魔族』だな! 気色悪い! 近寄るな!!」

「違うわい!! どういう頭の構造しとんじゃ!」


 兄貴 = 超兄貴

 『厚い胸板の魔族』だけで話が通じることに驚愕である。疑惑はさらに深まる。


「兄貴は兄貴でも、グランハムの兄貴のことじゃ!」

「あっ、そっちか。ふーん、あいつの舎弟か」

「違うわい! 本物の兄じゃい!」

「ええぇ〜〜!? 嘘だわ〜〜。それ絶対嘘だわ〜! 全然似てないだろうが!」

「なんじゃ、その言い草は!? そっくりじゃろうが!」

「いやいやいや、ないないない。あいつはムカつくほど真面目なやつだったが、顔とかそこそこイケメンだったし体型は締まっていたぞ。お前のようなデブじゃない」

「デブとか言うな!? ぽっちゃりと言え!」

「出た! うざいタイプだ。デブをデブと言って何が悪い!! このデブが!! それでよく人前に出られたもんだなぁ! 死ね、デブ!」


 差別表現をまったく怖れない男。それがアンシュラオンである。


「ちくしょう、なんて野郎じゃ! 人の傷を抉るな!」

「いいか、デブなんてものは根性の問題なんだよ。遺伝子の欠損で生まれつきデブならしょうがないが、それ以後に太ったなら単なる過食だ。この根性なしが!!」

「これは個性―――いてっ! 石を投げるな!」

「現実を受け止められないやつへの制裁だ」


 冷静に考えるとアンシュラオンが制裁する権利などない。太っているのは相手の自由である。

 ともかく、また変なやつが出てきたことは間違いない。相変わらず泥臭い世界である。




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