102話 「ゴールデン・シャイーナをお風呂で徹底的に洗う!!」
「な、何をする気ですか!」
じりじりと迫ってくるアンシュラオンに、シャイナが下がる。
だが当然、この部屋に逃げ場などはない。
ちょっと前に行けばリンダが崩れ落ちているし、隣では同じようにホロロがぐったりしている。部屋がカオスすぎる。
「お前みたいな負け犬に相応しいことをしてやろうと思ってな。これも飼い主の義務というやつだ」
「私は飼われていません!」
「ソイドファミリーに飼われているじゃないか。そんな自覚もないのか?」
「そ、それは…」
「このワンコロが! 拾ってもらった恩を忘れて他人に尻尾を振りやがって! さっさと服を脱げっ!」
「きゃっーーー! 何するんですか!! あー、脱がされるーーー!」
問答無用でシャイナをひん剥く。
大きな胸がぽろんと飛び出たことに驚く暇もなく、一気にズボンまで下ろされ、そのままパンティーまで引っこ抜かれた。
「ん? 尻尾がないぞ? どこに隠した!!」
「あるわけないでしょう!! 人を何だと思っているんですか!」
「うん、犬」
「犬!?」
うん、犬。
「しかし…その格好は逆に駄目じゃないか? 尻が丸見えだぞ」
「先生のせいでしょうが!」
シャイナは胸と股間を隠しながら、こちらに背中を向けている。
だが、尻が丸見えだし、ちょっと前屈みになれば大切な部分が見えてしまいそうだ。
ちなみに尻尾はないが、アンシュラオンには尻尾があるようにさえ見える。うん、幻覚であるが。
「人を裸にして何を…はっ! まさか! ついに本性を現しましたね! エロ! 先生のエロ!!」
「いや、さっきから出してるけどな。というかお前、臭いな」
「乙女への言葉じゃない!? 臭いは絶対に言っちゃいけない単語ですよ!」
「ほんと、野良犬を拾う気分だよ。風呂だ、風呂。サナ、こいつを風呂に入れるぞ」
「…こくり」
「ああ、待って!!! 引っ張らないで!! 見えちゃう!!」
「オレがお前の裸程度で動揺すると思うのか。さっさと手をどけろ!」
「ひゃっ! 見られた!!」
シャイナの手を引っ張り、強引にどけさせる。
いろいろと丸見えになるが、いまさら女体など珍しいものでもない。
「人間なんだ。ついているものは同じだろう。お前だって治療中に患者の裸を見ていたはずだぞ」
「そ、そうですけど! は、恥ずかしいものは恥ずかしいですよ!」
「しょうがないな。じゃあ、オレも脱ぐからおあいこだ」
「ひゃーーー! なんで脱ぐんですかーー!」
「お前は風呂に服で入るのか? 脱ぐに決まっているだろう」
「駄目駄目駄目! あーー! 脱いだーー!」
「人が脱ぐときまで騒ぐな」
仲良く裸になったので、そのまま風呂場に引っ張り込む。
「うわっ、ここがお風呂場!? 私の部屋より大きい…」
さすがホテルの風呂場である。やたら広い。
哀しいことに自分が住んでいる部屋よりも大きい。突然、お金持ちが憎くなった。
「格差社会って間違っていると思いません?」
「くだらんことを言うな。この負け犬が!!」
「容赦なく心を抉られた!!」
「そこに立て。お前の汚れを全部洗ってやる」
「先生、もしかして……私のことを……慰めて……」
「この生乳モンスターが! たっぷり揉んでやるからな! ぐへへ!!」
「絶対に違う! ただの欲望だ!!」
(うーん、こうして見ると…乳に関してはマキさんと互角だな。大きさは負けるが、形と柔らかさでは相当なものだ。姉ちゃんには負けるけどな)
乳の部分は十分合格点をあげたい。だが、やはり磨かれていない原石である。まだまだ粗さが目立つ。
だが、だからこそアンシュラオンの興味をそそるのだろう。今のシャイナは、まさに拾われたばかりの野良犬と同じだからだ。
それを自分が洗って磨こうと思うのは自然な欲求だろう。一説では欲望ともいうが。
まずはボディソープをたっぷりと手につけ―――胸を掴む。
「ぎゃっーーー! 胸がーーー!」
「お前な、仮にも乙女を自称するやつが、なんだその発言は。もっといじらしい言葉は出せないのか」
「だ、だって! こんな思いきり掴まれるなんて初めてで…」
「うむ、初めてという言葉はいいな。お前の心はどっぷり汚れているが、身体までは汚れきっていない。そこが一番の評価ポイントだ」
「私の長所って、そんなところしかないんですか!?」
「それが一番いいところだ。ほら、洗うぞ。むにむにっ、むにむにっ!」
「あおっ! ほぐううっ!!! うぃっひーーーー!」
「おい、なんだその声は。もっと艶っぽい声を出せ。生まれて初めて聞いたぞ、そんな声」
「だ、だってぇえ!! うううっ!! うひいいいいい!!」
「感度がいいのか悪いのかわからんやつめ…」
シャイナの生乳を揉みまくる。
そこは長年マッサージをやっているアンシュラオンである。一流の指使いによって、シャイナにも強い快感を与えていく。
そんなシャイナの目に、裸になっているアンシュラオンの姿が目に入る。
(あっ、裸…見ちゃった。髪の毛が水に濡れて…綺麗。肌も真っ白。本当にホワイトなのね。あれだけ好き勝手やっているのに、どうしてこんなに白いのかしら…)
アンシュラオンは白い。
さきほどまでリンダを追い詰めていた時は悪魔のような姿だったが、それでも白さは変わらない。
(あんなに簡単に病気や怪我を治せるんですもの。この人にとっては…人間なんて小さな存在なのかもしれない。先生って…本当に……何なんだろう…)
「なんだ?」
「いや、あの……肌が白いなぁ…って」
「チ〇ポも白いぞ」
「ぎゃっーーー! なんで出すんですか!!」
突然のセクハラ。
「裸になっているんだ。しょうがないだろう」
「そ、そうですけど…! 少しは隠してくださいよ!」
「そう言われると反抗したくなる。伸びろ、如意棒!」
「ひゃっ! 当たってる! 何か当たってる!!」
「馬鹿者。当てたのだ!」
「なんで自慢げに言うんですか!!」
アンシュラオンの如意棒は、見事に大きくなっている。
武人は肉体の力を引き出して戦うので、熟練すればあらゆる肉体機能を操作できるようになる。こうして血流を操作して棒を伸ばすことも容易だ。
その自分のイチモツを見て、ふと気がつく。
(ん? そういえばオレ…久しく【出していない】かもしれない。姉ちゃんとやった以来か)
すっかり忘れていたが、出したのは姉とした時以来である。
デアンカ・ギースとガンプドルフとの戦いによって闘争本能を満たし、サナを手に入れた満足感とお世話に夢中で、そういうことはまったく忘れていたのだ。
(歳を取ると、そこまで出すことにこだわらなくなるんだよな。心の満足感のほうが大事になる)
若い頃は自分のことばかり考えて、出すことに集中してしまうものだ。若気の至りである。
が、身体が若いが心はおじいちゃんのアンシュラオンにとっては、充足感や満足感のほうが大事だ。
さきほどリンダを支配した時にもゾクゾクしたし、十分欲求は満たされているといえる。
だが、心配だ。
(ちゃんと出るのか? 大丈夫なのか? 大丈夫だとは知っていても…この身体になって、こんなに長く出さなかったことはない。考えれば考えるほど心配だ! やばいぞ! 大丈夫なのか!!)
「しゃ、シャイナ!! 手を出せ!!」
「へ?」
「お手だ! お手をしろ!! 手の平は上に向けてな!」
「お、お手? こ、こうですか?」
シャイナが手の平を出す。
そこに―――発射。
「あっ、出た」
「え?」
それは「出た」というレベルを超えている。擬音で言えばこうだ。
ドビューーーーードクドクドクドクドクドクッ!!
ドクンドクンドクンッ ドクンドクンドクンッ
ドクンドクンドクンッ ドクンドクンドクンッ
ドローーーー ドバドバドバッ ドロドロドローー
シャイナの手から溢れかえるほどの量が出ている。さっきのボディソープの数倍以上の量だ。さすがの精力である。
「え? これ? え?」
「ふー、普通に出てよかったよ」
「これ…なん…ですか?」
「うん、白くどろっとしたもの」
「白くどろっと……白くどろ……っ!?」
最初、それが何かがわからなかったシャイナが―――理解。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「いやー、すまんすまん。こんなに出るとは。じゃあ、ついでにこれも塗ってやろう」
「ひゃっーー!! 汚されるーーー!」
「何を言っている。真っ黒なお前を白くしてやろうというのだ。ありがとうと言え!」
「それはおかしいでしょう! って、黒姫ちゃん!? そこはっ! あはっ!」
「…ぐにぐに。ぐにぐに」
気がつけば、サナも一生懸命洗おうとしている。いつ脱いだのか、彼女も裸になっていた。
そのサナは、シャイナの尻をがっつり掴んで洗っている。
兄の姿を真似してか、まったく遠慮せずぐにぐにと力を入れて捏ねている。
「おっ、サナが自分から服を脱ぐなんて初めてかもしれないな。すごいぞ、サナ!」
「…こくり。ずぶっ」
「あひっ! 入った!」
サナの指がうっかり後ろの穴に入る。ボディソープでぬるぬるなので、つるっと入ってしまった。
だが、さすがサナである。そんなことも気にせず洗い続けている。
その姿は、犬を洗っている飼い主の光景。サナにもシャイナが犬に見えている可能性がある。
しかし、乙女が『入った!』とかいう発言である。まったく色気がない。
「うーん、ゴールデン・シャイーナ」
「…? なんですか、それ?」
「オレの国にさ、ゴールデン・レトリーバーという犬がいるんだ。黄金の毛並みの犬なんだが、お前の髪の毛も金色だろう?」
「そうですね」
「だから、ゴールデン・シャイーナだ」
「…??? どういう意味ですか?」
「犬種名だ。どうだ、いいだろう? 最初、ゴールデン・シャイナーと迷ったが、それだと必殺技やヒーロー物っぽくなるんで、こっちがいいと思ったんだ」
「くらえ! ゴールデン・シャイナー」「変身! ゴールデン・シャイナー!」というのを想像してしまい、最終的にゴールデン・シャイーナに落ち着いた。
だが当然、シャイナには何のことか理解できないようだ。
そうして呆然としている間も洗浄は進む。
「あっ! そ、そこは駄目ええ!」
「遠慮するな。気持ちよくなれば、いろいろとすっきりするもんだ」
アンシュラオンが股間に手を引っ付け、必殺の命気振動で敏感なところを刺激。
ブルブルブルブルッ ブルブルブルブルッ
ブルブルブルブルッ ブルブルブルブルッ
ブルブルブルブルッ ブルブルブルブルッ
その動きこそ、まさにゴールデンフィンガーである。
シャイナの脳が、一瞬で快楽のことしか考えられなくなる。
「あっ、あっ!! ほんとに駄目!! あっ! こ、こんなの! こんなの、初めてだからぁあああ! あはあ!!」
ガクガクと痙攣して―――達する。
しかし、こんなものでは終わらない。
「うーん、まだまだ臭いが取れんな。負け犬の性根と粉の臭いが染み付いているんだ。サナ、次は湯船で徹底的に洗うぞ」
「…こくり、ぎゅっ」
サナが拳を握って意思表示。やる気満々だ。
シャイナのことになるとやる気を見せるので、彼女も犬が欲しかったのかもしれない。
(子供はペットと一緒に育てたほうが情操教育にもよいというからな。その意味ではゴールデン・シャイーナは役立つな。ワンワンうるさいが、サナのためならば飼ってもいいかな)
そんなことを思われているとも知らず、その後シャイナは五回洗われた。
そのたびにイカされるので、最後のほうはぐったりしていたものだ。
しかし―――すっきりもした。
(ああ…なんかすべてが…馬鹿らしくなっちゃったなぁ。先生と一緒にいると……真面目に生きるのが…馬鹿らしいわ)
「シャイナ、喉が渇いただろう。これを飲め」
「あっ、どうも。…先生、優しいときもあるんですね。ごくごく、あっ、美味しい」
「そうか。よかった」
「これ、何ですか?」
「うん、この湯船にも使っている命気水だが…お前用に特別にブレンドしたものだ」
「ブレンド? 何をですか?」
「うん、これ」
白くどろっとしたものを出す。
「え? それ…え? これに…入って…え?」
「特別サービスだ。たっぷり飲んでおけ。お前の中も洗浄できるぞ」
シャイナが今飲んだ水には、そこそこ入れておいた。
発射する時に糖分を多めに入れておいたので甘い。まあ、カルピスみたいなものである。
「ううっ…ううっ……うううっ!!」
「どうした? そんなに嬉しいか? じゃあ、もっと入れてやろう。どろどろ」
「ううううううっ!!」
「先生の馬鹿ぁああああああああ! 変態ぃいいいい! 飲んじゃったじゃないですかぁあああああああああああああ!!!」
「馬鹿だな。飲ませたんだ。ニヤニヤ、美味しかったか?」
「うえーーーーん、身体の中まで汚されたーーー!!」
ともあれゴールデン・シャイーナは、真っ白に洗浄完了である。
103話 「ソイドファミリー 前編」
グラス・ギースの上級街は、四つの地域に分かれている。
一つは、西門を出た瞬間から広がる、一番大きな南西の商業街。
特別な品を入荷している高級品店はもちろん、飲食店や酒場などが居並ぶ歓楽街もあるので、上級街で一番栄えている場所であるといえる。
南東にはホテル街。ここもアンシュラオンが滞在しているので馴染みの場所である。
久しく閑散としていたが、ホワイト先生の噂を聞きつけた住民がやってくることが増え、病気が治ったお祝いとして記念に泊まっていく者も出てきたようだ。
もちろん一泊十数万という高級ホテルは無理だが、一万や二万くらいの宿泊でも数が増えれば大きな利益となる。その意味でも、ホワイト先生は大活躍である。
三つ目は、北西にある工業街。ここでは上級街で使う道具や食料品の製造を主に行っている。
そして、最後が北東の【上級住宅街】である。
労働者を含め、普段商業街や工業街で働いている者たちの家は、アンシュラオンが領主城に行く前に見たように、西門に近いエリアに存在している。
距離があるので、毎日働くには近くに住んだほうが楽だからだ。管理職は社宅も用意されているので、同じ都市の中で単身赴任をしている者もいる。
それとは違い、この上級住宅街に住む人間は【本当の上級市民たち】であるといえる。
彼らはグラス・ギースに長く住む者たちであり、前身であるグラス・タウンが生まれた時代から都市に貢献している一族の子孫でもある。
領主との接点が多い古参の者たちであり、彼らの意向が都市運営にも反映される実力者たちである。
ただし、それは【裏の世界】において。
都市運営においては光と影の部分が存在する。
対外的な表の仕事をするのが領主だとすれば、裏側の闇の部分を管理して維持するのが古参の者たち、通称【グラス・マンサー〈相互の都影に暮らす者〉】である。
彼ら自身は上級街から出ることはないので、その存在を知らない人間も多いことだろう。しかし、知らずのうちに彼らの影響を受けているはずだ。
この都市に流通する物資のほぼすべては、彼らの支配下にある業者によって管理されており、街のどこに何があり誰が住んでいるのかも、ほぼ把握しているからだ。
何気なく食べている朝食も、ある意味においては彼らによって管理されて与えられたものである。トイレに使うサンドシェーカーも、彼らが製造するか仕入れて売っているものだ。
それだけ聞けば嫌な印象を抱くだろうが、彼らは都市が正常に運営されるように尽力している「影の功労者」ともいえる。
彼らが扱う【麻薬】も、必要だからこそ用意されているものだ。
医療技術が十分ではないこの都市、いや、この東大陸において鎮痛剤となる麻薬は必需品である。
患者が最後に頼るのは、いつだって麻薬だ。その痛みから少しでも逃れられるのならば、これほど慈悲深い商売もないだろう。
地球においても、最後はやはり医療麻薬という鎮痛剤に頼る。
痛みに耐えることが偉いわけではない。消せる痛みならば、そのほうがよいに決まっている。それによって穏やかな余生を送れ、より生産的な行動に時間を費やせる。
そのためグラス・ギースにおいても、密かに麻薬は栽培され続けている。
特に魔獣との戦いが多かった何百年も昔は必需品であった。
魔獣との戦いは命がけであり、修復不可能なダメージを負う者も大勢いた。彼らが安らかに逝くために使用されていたのだ。
現在はそれが病に変わりつつあるが、その効用と需要は変わらない。都市が年老いて、弱っていけばいくほどに逆に売り上げは増していく。
その麻薬を管理している者こそ、グラス・マンサーの一人である、ツーバ・ラングラス。
領主のディングラス一族を代々支えてきた【四大市民】の一角であるラングラス家の家長として、麻薬を含む医療品の製造販売に携わる男である。
すでに齢九十の老齢なので、ツーバ自体が表立って業務に携わることはなく、ほぼすべての事業を配下の組織に任せているのが実情だ。
そして、その麻薬部門を担当する組織が「ソイド商会」、通称【ソイドファミリー】と呼ばれる者たちである。
商会といっても堅気連中ではないので、ほぼヤクザやマフィアのような存在だと思っていいだろう。普通の商人が管理する商会とは程遠い者たちだ。
しかし、構成員は三十人程度であるが、その数で麻薬の製造販売を一手に引き受けていることからも有能な組織であることがうかがえる。
その頂点に君臨するのが、ソイドファミリーの長であるソイドダディー。
ソフトモヒカンの頭とイカつい顔に加え、筋骨隆々な身体に魔獣の革鎧を着込んでいるので、それだけ見れば世紀末に出てきてもおかしくないほど濃いキャラをしている。
このキャラ設定は単純に武闘派であることも起因しているが、他の組織になめられないための「イメージ戦略」でもある。
組を維持するのも大変なのだ。涙ぐましい努力が必要となる。
そんな彼は今、重大な問題を抱えていた。
「皆も知っていると思うが、売り上げが急激に減った。すでに四割減だ」
彼が今いる場所は、工業街の倉庫区の郊外にある彼ら専用の倉庫の中。
この倉庫は彼らの根城でもあり、実際に構成員が暮らしている家でもある。
殺風景な倉庫とは違って中はかなり改造されており、普通の家とあまり変わらない造りになっているので、快適さは変わらない。
暑い夏などには外で水浴びだってする。完全な我が家である。
ダディーがいる倉庫は、ファミリーの中で本当の家族だけが暮らすことを許された特別な場所で、目の前にいる者たちも血がつながった実の家族だ。
「困ったものねぇ。おじいさんには何て言ったの?」
ダディーの発言に応じたのは、隣に座っていた四十代くらいの女性。
顔は四十代にしては若々しく、胸元が大きく開いたボディコン・ドレスに身を包んでいることからも、その美貌がいまだ現役であることを示している。
さらに毛皮のコートも着て優雅に座っている姿は、どこぞの大物女優か高級ホステスを彷彿とさせる。
彼女の名前は、ソイドマミー。文字通りにダディーの妻である。
「オヤジにはまだ伝えていない。こんなこと言えるかよ」
「いつまでも隠しきれる状況じゃないでしょう。私の祖父ながら、なかなかにキレる人だもの。すぐにバレるわ」
「わかっている。オヤジをのけ者にしているわけじゃねえ。ただ、世話になったからな。逆に言えないんだよ。申し訳なくてな」
ソイドマミーはツーバ・ラングラスの孫娘。そのことからもソイドファミリーが、ラングラス家と深いつながりにあることは明白である。
ダディーはツーバのことをオヤジと呼び、慕っていた。ラングラス一派の組長は誰もがツーバをオヤジと呼ぶが、彼の場合、それは単に組織体系だけの問題ではない。
彼がストリートファイトと魔獣狩りに明け暮れていた荒れた少年時代、ツーバに拾われた過去があるからだ。
両親を魔獣に殺されて自暴自棄になっていた彼を拾い、実の父親のように接してくれたのがツーバ。
自分の力を存分に生かす場所をくれ、目に入れても痛くないほど溺愛していた孫娘まで嫁にくれた恩人である。
そんな彼に対して、売り上げが激減したなどと言えるわけがない。麻薬の売り上げは、都市運営においても重要な資金となるのだ。
(今は寝たきりのオヤジに、これ以上の心労をかけるわけにはいかない。申し訳ないし、まだ長生きしてほしいと思っている。まだまだ恩を返しきれていないからな…)
自分を組織の長にしてくれて、今でも信頼してくれるオヤジだ。最近では身体も弱っているので、あまり刺激を与えたくない。
しかし、いつまでも隠しきれるわけではない。金がなければすぐにバレてしまい、ツーバの顔に泥を塗ってしまう。
自分たちの問題だけならばいいが、四大市民としての権威に傷が付くのは問題だ。発言力の低下を招くことになる。
そうなればラングラスが率いる組織全体が弱体化し、他のグラス・マンサーの勢力が幅を利かせることになってしまう。
そんな状況を、他の同勢力の組長が黙って見ているわけもない。同じ派閥内でも売り上げによって権威に差が出てくるのだ。
(イニジャーンが文句を言うのはもちろんだが、ソブカのクソガキがまた図に乗る。早めになんとかしねぇとな)
ソイド商会と同じくラングラス一派である、大型医療機器を担当するイイシ商会の組長イニジャーン、麻薬以外の医薬品を担当するキブカ商会の組長ソブカ。どちらも売り上げで競っている相手である。
このことを知れば、彼らが黙っているわけがない。他人に興味が薄いソブカはともかく、イニジャーンは昔かたぎの男だ。ツーバの面子を潰すことは絶対に認めないだろう。
ただでさえ、ツーバの孫娘を嫁にもらっているのだ。それだけで贔屓と考える者たちもいる。その口を塞ぐために懸命に麻薬販売に尽力し、今の地位を保っているのだ。
よって、この状況はまずい。ひどくまずい。
「それで原因は? 流通が仕事のマミーなら、とっくに調べがついているはずだろう?」
テーブルの対面に座っていた若い男が訊ねる。年齢は二十代半ばだろうか。
顔はダディーによく似ており、身体にも逞しい筋肉がついているので、瓜二つとまではいかないが、明らかに血縁者であることがわかる外見だ。
彼の名は、ソイドビッグ。ダディーの息子、長男である。
普段は部下相手に威圧的な振る舞いを演じているが、ここは家族だけの会議の場なので、いつも通りの軽い口調でしゃべっている。
これを部下が見たら、いつも凶暴な熊が親熊に出会って急に甘え出すのと同じような違和感を覚えるだろう。
見た目がゴツいので、そのギャップがすごいのだ。だが、それが家族というものである。
「もちろんよ。ホワイトって名前を知っているかしら?」
「ホワイト? 誰? 初めて聞くな」
「あんたね、こんな城壁に囲まれた街なんだから、それくらい知らなくてどうするのさ。父ちゃんみたいに身体ばっかり大きくなってさ。頭のほうも働かしなさいな」
「しょうがないだろう。ずっと栽培のほうで忙しかったんだから。第一城壁の中のことまで知らないって」
長男のビッグは、麻薬の栽培を担当している。
この第一城壁内にも栽培場所は存在しているが、需要が増えるにつれて確保が間に合わなくなり、第三城壁内の敷地に新しい栽培畑を作っているのだ。
アンシュラオンは気づかなかったが、初めて都市に入った時に見た畑の中には、麻薬も含まれていたのだ。
あまりに当たり前に存在しているので逆に気づかない。それだけ日常のものなのである。
そして、第一城壁内と第三城壁内は、もはや別の都市。
往復だけでも片道百キロという距離を移動しなくてはならないので、一度出てしまえば上級街の話などは伝わってこない。
昨晩収穫を終えてようやく戻ってきたら、なにやら家族が深刻な表情を浮かべていたので、一番びっくりしているのは彼に違いない。
「兄さん、ホワイトってのは医者のことだよ」
困惑している長男に話しかけたのは、次男のソイドリトル。
次男は長男とは違い母親似であり、全体的にすらっとした痩せ気味の二十歳前後の青年である。武の心得はなく、父親や兄と違って荒事は得意としていない。
目の前に父と兄という大きな体躯の男たちがいるせいか、小学生が交じっているかのような印象さえ受ける。
ただ、その代わりとして頭脳はそこそこ優秀で、ソイドファミリーの経営にも携わることを許された人材でもある。
その弟の発言に、兄は首を傾げる。
「医者? そんな名前の医者がいたのか?」
「外から来た医者らしいよ。それが凄腕で、どんな病気でも治すんだ」
「どんな病気でもって…末期患者は?」
「当然、治す」
「…シロは使うのか?」
「使わない。病気が治れば痛みもなくなるからね」
「それはまずいじゃないか! 一大事だ!」
ここでようやくビッグは状況を察する。
ちなみに彼らは麻薬のことを「シロ」という隠語で呼ぶ。ホワイトも白なので、なんとも奇妙な一致である。
104話 「ソイドファミリー 中編」
「その医者のせいで売り上げが減って、倉庫の中は在庫で一杯さ」
「減っているのはどの種類だ?」
「そうだね…一番影響を受けているのが『コシノシン』かな。それ以下のやつは使用目的が少し違うからね」
「一番の売れ筋じゃないか! 最悪だ!」
「そうだよ。だから困っているんだ」
リトルが、自分たちの家である倉庫にも積まれた大量の在庫を見て、うんざりとした表情を浮かべる。
次男のリトルは、麻薬の製造を担当していた。
稲穂に似た植物である「コシシケ」を砕いて乾燥させると、不純物を含んだ劣等麻薬「コッコシ粉」が作れる。
そのまま吸い込んでも効果はあるが、さらに煮出して精製していくと純度が高まり、三等麻薬「コーシン粉」が生まれる。
それをさらに特殊な水や酢酸などに浸して合成していくと、二等麻薬である「コシノシン」が出来る。
力士の四股名のような名前になっているが、コシシケの芯の部分という意味の造語である。
リトルはさらにそれを化合した一等麻薬「コシノシンシン」を開発中である。これもコシシケの真芯という意味の造語だ。
が、これはまだ完成していないので、現状ではコシノシンが最高の医療麻薬であり、値段も高いため一番の売れ筋となっていた。
それが売り上げ半減に迫る勢いで―――急降下。
つまりは、それだけ使用者が減っているということだ。
「特に金持ちの上級市民の客が減ったのが痛い。彼らは一番の顧客だったからね」
コシノシンは高いので、金がある上級市民や商人たちがターゲットとなっている。
彼らは金に糸目をつけず、在庫が少ないと見るや買い占めることもしていた。それをまた転売しようとする者さえいるほど、麻薬は大人気だったのだ。
しかし、金があるということは、ホワイトに頼んで治してもらうことができるということ。
ホロロの母親の話が伝わり、それに釣られてまた違う患者が治り、可能性を求めて金持ちがやってきて、それが治ればさらに口コミで患者が殺到するようになる。
金持ち同士の口コミネットワークを甘く見てはならない。瞬く間に噂となり、ホワイトが治した患者はすでに二千人を超えている。
一回の診察で百人くらいは治療するので、二十日もやればそれくらいは軽くいくわけだ。
当然全員が末期患者ではないが、痛みが強い病も治しているので、結果的にコシノシンの需要が減ることになる。
「ほんと参ってる。なんとかしないとな…。今じゃ工場のほうも六割稼動だよ。ちょっと前までは夜中もフル稼働だったのにさ」
「だが、どんな病気でも治すなんて胡散臭い。本当に治しているのか? 前にもいただろう。詐欺師みたいな医者がさ」
「それが本当らしいんだよ。実際にさじを投げた医者に調べさせたけど、完治しているって驚いていたくらいだものね」
「本当なのか? 信じられないな」
ドンッ!! バキッ!
「真実はどっちでもかまわない。重要なのは、売り上げが落ちていること、客が減っている事実だ! 早急に解決しないとまずいんだ! もっと真剣になれ!」
「うひっ!」
二人の呑気な会話に少し苛立ったのか、ダディーがテーブルを叩く。
家族の手前、そこまで怒っているわけではないのだが、その風貌がやたらと迫力があるので、二人の息子、特にリトルは縮こまってしまった。
しかも馬鹿力で叩いたので、テーブルの一部が壊れている。さすが武闘派である。
それから一度咳払いをして、静かに語り出す。
「オヤジに知られるわけにはいかない。これ以上の心労は命に関わるからな。その前に手を打つ必要がある」
「ひいじいちゃん、もう歳だもんね…」
リトルも自分を可愛がってくれる曽祖父のことは心配している。
大きな病はないというが、年々身体の痛みは増していくということなので、もしかしたら未知の病にかかっている可能性はある。
彼が開発しているコシノシンシンも、曽祖父の痛みを緩和させるために製造を思い至ったものだ。
彼らにとって麻薬とは堕落の象徴ではなく、鎮痛剤の意味合いが非常に色濃いのである。
ただ当然、精製前のコッコシ粉、コーシン粉も販売しているので、普通の麻薬も取り扱っていることになる。
彼らからすれば、コシノシンの製造過程で生まれる【残りカス】を、安い値段で売りさばいているだけの感覚である。
『訳あり商品』という名目で、割れた煎餅やカステラの端っこが安く売られるのと同じだ。コシノシンを作れば必然的に出てくるものである。
麻薬を売っているのは事実。それによって中毒者が増えるのも事実。
それを黙認しているので、彼らが中毒者を生み出す原因になっていることも間違いないのである。
こうしてしばらく麻薬の売り上げの話題が進む。
顧客を増やす方法、経費を減らす方法、製造量の調整などなど、事務的な話が続く。
そんな中、ソイドビッグが妙にそわそわとしている。
かなり我慢はしたが、耐えきれずに「その話題」を出した。
「ねえ、ダディー。ところでリンダは? 見かけなかったけど、どこにいるか知ってる?」
「大切な話をしているんだぞ。女の話をしている場合か」
「【結婚相手】のことを話すのは、仕事と同じくらい大切なことだろう? いつも家族の絆は大切だって言っているじゃないか」
「まだ認めたわけじゃない」
「なんでだよ! リンダはいい子だ! ファミリーに入る資格はあるはずだよ!」
ソイドファミリーは家族間の絆が強いことで有名である。
そのことから家族意識が強いエジルジャガーになぞらえて、ソイドジャガーと呼ばれることもあるくらいだ。
構成員も血はつながっていないものの、家族の盃(さかずき)を交わすことが義務付けられているので、もはや家族同然である。
リンダも盃を交わしている大切な家族である。しかし、ファミリーの中核に入るとなれば話は別だ。
ダディーは二人の交際は認めているが、結婚までは認めていなかった。それが歯がゆい。
「ダディー、何が駄目なんだよ? ちゃんと言ってくれよ」
「あの娘は裏に染まりきっていない」
「誰だって最初はそうじゃないか。そのうち慣れるよ」
「お前と結婚したら、それこそ表には戻れなくなるんだぞ。そのことを考えているのか?」
「それはリンダも覚悟の上だって」
「女を妻にするってことは、もっと大きなことなんだ。そこには責任がある。一生守ってやらないといけないんだ」
「それは…わかっているよ。でも、二人で決めたんだ。これからの人生を一緒に歩もうってさ。へへ、結婚指輪まで買ってるんだ。俺は本気だよ」
ビッグは、その顔に似合わない照れた表情を浮かべながら、リングケースを取り出す。
そこには――― 一対の指輪。
質素ながらも静かに末永く光るといわれる銀錬(ぎんれん)の指輪である。
鉄鋼資源があまりないグラス・ギースでは技術があまり伸びていないので、わざわざハピ・クジュネの職人に作ってもらった逸品だ。
そこには永遠の愛を誓った言葉が刻まれていた。
―――「いかなる時も互いを愛し、けっして見捨てない」
と。
家族にとって見捨てないことは何よりも大事だ。それを誓った文言である。
「そうか…そこまでの覚悟か」
「そうだよ。納得してくれた?」
「お前の人生だ。相手も自由に決めればいい。しかし、ファミリーを背負うのならば事業も背負うということ。あの娘が役に立つかどうかを試しているところだ」
「どういうこと? いないことと関係あるの?」
「件のホワイトという医者を探らせている。あの娘はまだ素人っぽさが抜けていないが、それを利用した諜報活動に向いている。今回の一件に相応しいと思ってな」
「そりゃリンダは密偵として育てられたから、そっちは得意だろうけど…心配だな」
「私はそんなやわに鍛えたつもりはないよ。大丈夫、安心しなよ」
「そうだね。マミー仕込みの技があるから大丈夫だよね」
リンダは五年前、他組織傘下の娼婦館に売られそうになっているところをマミーに助けられ、組に入った経緯がある。
息子の嫁にするつもりなどはまったくなく、単純に仕事の際に若い女がいたほうが話題になる、という軽いノリで助けたにすぎない。
戦闘の素養はまったくなかったが、密偵としてはなかなかの見込みがあり、今ではその素人っぽさも相まって、かなり使える人材となっている。
普通にやっていれば、彼女の素性がバレることはないだろう。
それが普通の相手で、普通のやり方だったならば、だが。
「これで役立つことを証明できれば…」
「認めてくれるってこと!?」
「その可能性があるってことだ。あまり期待するな」
「そんな!!」
「ふふ、そんなことを言っているけど、ダディーはちゃんとあなたたちのことを認めているのよ。リンダにも、この仕事が終わったら結婚してもいいって言っていたもの」
「お、おい! それは秘密にしろって…!!」
「本当かい、ダディー!! 嬉しいよ!! さすがダディーだ!!」
「…しょうがないな。ちゃんと仕事が終わってからだぞ」
「わかっているよ!! うおお、やる気が出てきたぞ!」
ビッグは、バンバンと大興奮で机を叩く。そのたびに痩せ細っている次男のリトルが揺れているが、お構いなしだ。
愛の前にすべては無力。彼は目の前の愛しか見えていない。
そう、リンダの婚約者は―――ソイドビッグ。
アンシュラオンもこのことは知っている。その後、リンダから直接聞いているからだ。
そんなこととも知らず、ビッグはやる気を見せていた。この仕事が終われば、ようやく一緒になれるのだ。やる気が出ないわけがない。
リンダがアンシュラオンの罠に引っかかったのも、功を焦ったからにほかならない。
早く認めてもらおうと、使えそうな情報に安易に飛びついたのだ。それが彼女の運命を大きく変えてしまうとは、まさに災難でしかない。
「いつもみたいに脅しをかければいい。力づくで治療をやめさせればいいんだ。簡単じゃないか」
ビッグが提案したのは、ごくごく平凡な手。されど平凡だからこそ確実な一手でもある。
脅迫は彼らにとって日常のものなので、彼がそう提案したのも自然なことだ。
しかし、ダディーが難色を示した。
「それは難しい問題だ」
「なにさ、ダディー。らしくないな。いつもだったら即決だろう?」
「お前が戻る前に、その手は打った」
「そうなんだ。さすがダディー、動きが早い。じゃあ、問題はもう解決しちゃったのかな?」
「…そうではない。いつものやり方で軽く接触してみたが…シンパチとハッサンが半殺しにされた」
ダディーが苦々しい表情を浮かべる。彼にとっても想定外だったことがうかがえた。
「シンパチとハッサンが? あいつらはそれなりの腕だ。俺には及ばないけど、そこらのゴロツキに負けるようなやつらじゃない。もともとハンターだったのを拾ったんだ。魔獣だって狩れるやつらだよ」
二人は元ハンター。街で犯罪行為を行ったため、ハローワークで依頼が受けられなくなって困っていたところを拾ったのだ。
それ以後はすっかりと裏社会にも馴染み、ソイドファミリーの戦闘構成員としてがんばってくれている。
アンシュラオンが情報公開で見た通り、まさにレッドハンターの実力を持った者たちである。エジルジャガーならば、彼らでも狩れるくらいに強い。
それが、半殺し。
ほぼ再起不能なレベルまでボコボコにされていたのだ。
105話 「ソイドファミリー 後編 その1」
「何かの間違いじゃないの? 違う組織と揉めたとかのほうが現実味があるよ」
「一緒に同じ店で監視していたゲラジも見ている。間違いない事実だ。ホワイトという男は…強いぞ。医者だと思っていると痛い目に遭う。そういうタイプの男だ」
「ダディーらしくないな。ダディーなら相手がブルーハンターだって、なんとかなるじゃないか。対人戦闘なら、ブラックとだっていけるかもしれない。俺もいるし、怖がることはないよ」
ダディーは強い。若いころは魔獣相手に戦っていたこともあるし、何より対人戦闘に長けた武人である。
ストリートファイトで負けなしだったのだ。ツーバも、彼の腕っ節の強さに惹かれたところはあるだろう。
どの組織も強い武人を欲しがる。最後に物を言うのは武力だからだ。
結束の強い城塞都市ではなかなかないが、裏組織同士で本格的な抗争になれば、ソイドファミリーも前面に出るだろう。
長い歴史の中では、数度そういった時代があったのも事実。その際は都市の存続に関わる大きな損害を出している。
そうならないように各自の組織が自重し、自分の問題はできるだけ自分たちで解決するようにしてきた。
なればこそダディーは、ホワイトに対しても強い態度に出なくてはならない。この問題はソイド商会が解決しなくてはならないのだ。
たとえ暴力を使って脅しても、である。
では、そんなダディーの動きがなぜ鈍いのかといえば、それなりの理由があるからだ。
「俺も腕っ節には自信がある。普通の相手ならば負けるつもりはない。しかし、そのホワイトという医者は、仮面に加えて白い服を着ているという」
「…? それがどうしたの? 医者なら白い服は当然だと思うけど…というか仮面!? 変わってるな。変態じゃないか?」
ビッグは、なかなかよいことを言うものだ。顔のわりに常識人である。
だが、その容姿こそが、彼らが戸惑う理由でもあるのだ。
「もう一ヶ月以上も前だが、領主城で騒動が起こったことは知っているな」
「もちろん。こっちの業界じゃ有名だからね」
「…仮面に白装束。その犯人も同じような容姿だ。オヤジからは、その男を見つけても手を出さないようにと言われている。かなりの危険人物らしい。領主の娘も危なかったという話だ」
「領主の娘…あの変わった子か。でも、その犯人も命知らずだよね。そんなことをすれば都市全部が敵になるのに」
「それだけ自負があるのだろう。現に娘の親衛隊も、ほぼ全滅だったそうだからな。お前にそれが真似できるか?」
「無理無理。親衛隊長のメイドにだって勝てないよ」
「それ以前に、城に忍び込むことすら難しいだろうな」
裏の業界では、領主城での一件はすでに広まっていた。領主が隠そうとしたが、やはり限界があるものだ。
何よりファテロナ自らが流しているので、瞬く間に情報は拡散していった。
イタ嬢関連の情報は、ほぼ彼女が流しているのである。理由は簡単。イタ嬢の反応を見て楽しむためである。
その犯人は、ディングラス一族であろうと関係なく牙を剥く。娘のベルロアナが誘拐されそうになったことも有名な話だ。
グラス・マンサーたちにとって、一番怖れているのがそういった存在。権威や古きものさえ気にせず、圧倒的な暴力を振るう者たち。
それはアンシュラオンに限ったことではない。彼らは常に、そうした外敵と戦っているのだ。
このあたりは魔獣が共通の外敵になっているので目立たないが、他の地方では人間同士の奪い合いもある。
都市同士で戦い合い、奪い合うことも珍しくはないのだ。
グラス・マンサーたちが、こうして裏組織を使って実行力を持つのも、外部からグラス・ギースを牛耳ろうとする者たちを防ぐためである。
それこそがマフィアの本来の存在価値である。空港の病原菌検査のように、海外の犯罪組織の暗躍を水際で防ぐことが彼らの役割なのだ。
その人物も、おそらく外から来た存在だろう。グラス・ギースとしては見過ごしてはおけない。
ただ、ソイドファミリーは領主【軍】ではない。
「俺たちは軍人じゃない。あの剣豪で有名な魔剣使いでさえ苦戦するような相手と戦うわけにはいかない。知っているか? あの魔剣使いたちは、たった六人で西側の大国の侵攻を防いでいる本物の英雄たちだ。そんな化け物が苦戦する相手ならば、それこそ本物の化け物だ。手は出せない」
「その話は聞いたけど…まさか疑ってるの? その犯人とホワイトって医者が同一人物だって? ないない。そりゃないよ。だって、医者だろう? 全然関係ないじゃんか」
「たしかに考えすぎかもしれん。しかし、出現した時期は一致する。簡単に切り捨てられる情報じゃない」
「考えすぎだと思うけどな…」
「いいかビッグ、失敗したら終わりなんだ。組織の頭の決断には、部下の命もかかっていることを忘れるな。次にファミリーを継ぐのはお前なんだ。今のうちに慎重さも学んでおけ」
「…わかったよ」
ダディーが動かない理由は、領主城の一件と結びつけているからである。
実は大正解なのだが、そもそもその情報の信憑性が微妙なところなので、逆に動きにくくなっているのである。
こうした噂はよくあるものだ。その多くがグラス・ギースの結束を揺るがそうとする、外側からの圧力である。
鵜呑みにするわけにもいかないが、実際に領主の動きを見ていると頷ける部分もあり、無視するわけにもいかない。
そこで様子見として、二人の構成員をぶつけてみた結果が、アレである。
もし本当に同一人物ならば、それこそ一大事だ。
一通り課題が出揃ったのを見計らい、マミーがダディーに決断を迫る。
「どっちにしても放っておくわけにはいかないでしょう? 売り上げが減っている以上、こっちは死活問題なのよ。おじいさんの権威にも影響が出るわ。接触は必至よ。それも早いうちにね」
「…そうだな。一度話し合いをする必要はあるだろう。問題は、そのアプローチの方法だ」
相手の正体が何であれ、話し合いは必須である。
内容は当然、治療行為を控えてほしいというものだ。あるいは麻薬を併用するなどの妥協案もある。
ただ、その内容は決まっているが、ダディーが迷っているのはアプローチの方法である。
「相手が短気な人間の可能性もある。じっくりと情報を精査しながら関わったほうがいいかもしれんな…」
「ダディー、そのことだけど、一つ情報があるんだ」
リトルが、待っていたとばかりに笑う。
ここまで引っ張ったのは、その情報に大きな価値があるからだ。ダディーが警戒したことでさらに価値が大きくなったので、リトルとしては最高の展開である。
「なんだ、リトル。何か知っているのか?」
「実は、そのホワイトという男なんだけど、こっちと接触を持ちたいらしいんだ」
「なんだと、本当か!!」
「ああ、本当だよ。間違いない。ついさっき手に入った情報だよ」
「その情報はどこで手に入った? リンダか?」
「いいや、僕がよく行く店があってね。そこの女の子からの情報なんだ」
その発言に、隣にいたビッグが溜息をつく。
「そんな女の話が信用できるのか? もし偽情報だったら危険だぞ」
それは単に商売女なんて信用できるのか?
という意味合いだったが―――
「ニャンプルちゃんを馬鹿にするなぁああーーーー!!」
バンッ バンバンバンッ!!!
リトルが机をバンバン叩く。
普段は気弱な彼が、このように激しい感情を表に出すことは稀である。しかも目が血走っている。
「ニャンプルちゃんは、僕の恋人なんだ! お金を払えば恋人になってくれるんだよ!! い、いいだろう! はぁはぁ、僕の嫁なんだよ!! お金を出せばハッスルだってできるんだ! リンダにだって負けない女の子なんだよ!! お金を出している間はね!! マネーぉおお! マニーおおぉおをを! 払っている間はねええぇえ!」
「あっ、いや…その……」
「商売女と情報は関係ないだろうぉおおおおお! それが正しいかどうかじゃないの!? ねえ、そうだろう!! 僕の嫁だよ!! 信じないのぉおおお!?」
身を乗り出して歯を剥き出しにする様子は、威嚇するジャガーに似ている。
やはり彼もソイドダディーの血を色濃く継いでいるようだ。
「…お、おう、わかった。し、信じるよ。疑ってすまなかったな…」
「はぁはぁ、わかればいいけどね。そりゃまあ、リンダとは違うよ。結婚とかそういうものじゃないし、僕だって理解しているよ。でも、彼女は信用できる。できるんだ!! やーはー!!」
「…そ、そうだな。信用できる…な……」
その剣幕に、兄であるビッグでさえ恐れおののく。
正しくは、その「痛々しさ」に恐怖したわけだが。イタ嬢並みの痛さである。
106話 「ソイドファミリー 後編 その2」
その異様な様子に、ビッグが小声でダディーに話しかける。
「リトルのやつ、大丈夫なの? ちょっとストレス溜まってない? というか、シロはやっていないはずだよね?」
「やっていないはずだが…普段はずっと工場に篭りっぱなしだ。もしかしたらシロの残りカスを吸気して、知らない間に中毒になっている可能性もある。換気は徹底させたほうがよさそうだな…」
ソイドファミリーは麻薬を扱っているが、自分たちに対しての使用は禁止されている。単純に業務に支障が出るためだ。
当然リトルも麻薬をやっていないはずだが、密閉された工場だと吸い込んでしまうのかもしれない。彼が痩せているのも、そうした影響だとすると危険である。
それ以上に、彼の女性観が少々危うい。兄のビッグはそこが心配だった。
「うーん、あいつももっと普通にしていればいいのに、妙に奥手なんだよな…。オレみたいに恋人でも作れば、ちょっとは落ち着くと思うんだけど…」
「まあ、そう言うな。あいつにもいろいろとあるんだ」
「いろいろって?」
「いろいろはいろいろだ。男は、そういう悩みを自分で解決することで強くなる。時間が必要な問題だ」
「ふーん。それもそうだね」
(ファミリー間が親密ってのも難しいもんだ。数が増えれば、こうした問題も増えるか…)
ダディーは、リトルもリンダのことが好きだったことを知っている。ビッグとリンダの結婚話が出て一番動揺しているのはリトルだろう。
もともとファミリーの結束が強い彼らは、外から女性を迎え入れることが少ない。となると、必然的に女性不足になるわけだ。
その貴重な女性であるリンダを長男のビッグが取ってしまった以上、リトルとしては手を出すわけにはいかない。
そうしたストレスが彼を店に通わせ、女性観が歪んでいく要因になっているのだろう。
しかし、彼の容姿はビッグよりも良いので、他の組織間でのお見合いの申し出だってある。そこに踏み切れないのは、単純に彼自身の性格の弱さが原因だ。
恋人は欲しいが、結婚する勇気まではない。常々ダディーが妻の大切さを説いているので、逆に怖くなるのだ。
なんとも難しい話であるが、今は仕事の話のほうが優先。
ダディーは話を続ける。
「リトルの話が本当だとすれば、相手もこちらと話がしたいようだ。これは好都合か…」
「お待ちなよ。どうしてホワイトは、こっちのことを知っているんだい? おかしいじゃないか。知っているってことは素性が割れているってことだ。どこで情報が漏れたんだい?」
そこに疑問を持ったのはマミー。
流通担当で多くの人間と出会っている彼女は、その不自然さをいち早く発見する。
「…たしかにな。シンパチたちは素性を隠して接触させた。リンダもバレていないはずだ。ならば、どこでそれを知ったのかは気になる」
「物事に絶対なんてないわ。どこかで漏れたのかもしれないね。それならば安易な接触は危険かもしれないよ」
「うむ…」
接触はしなければいけないが、もし相手がこちらの状況をすべて知っていた場合、罠の危険性もある。
医者一人が何かをするとは思えないが、それをネタに交渉を有利にしようとしてくるかもしれない。
ダディーの脳裏に「危険」の二文字が走るが―――
「そのカラクリも簡単だよ。【女】がいるんだ」
それに素早く答えたのはリトル。これまた自信満々である。
「…女?」
「そう、女。名前は忘れたけど、ホワイトの助手に女がいるって話があったじゃないか。その女、うちの売人の一人なんだよ。僕の部下のオヅソンに訊いたけど、間違いないって話だね」
「売人がホワイトの助手? どういうことだ? お前が手を回したのか?」
「そんな危ない真似はしないって。よくわからないけど、その女自身が近づいたみたいなんだ。まあ、医者の女になって貢がせれば、売人なんてするよりも金になるからね。悪い考えじゃないとは思うよ。まあ、それでもこっちからは逃げられないけどね。ケケケ」
(リトルのやつ、やっぱり歪んでるな…)
その意見には頷けるが、ビッグはリトルの考え方に卑しいものを感じる。このあたりが、いまいち弟を好きになりきれない原因なのかもしれない。
ただ、リトルの発想がアンシュラオン寄りなので、もしかしたら若干ながら気が合うかもしれない。
逆に言えば、ビッグはアンシュラオンと相性は悪そうである、ともいえるが。
「その女がバラしたのか? 末端の売人程度が、こちらの動きを悟れるとは思わないが…。リンダはもちろん、シンパチの顔も知らないはずだぞ」
「たしかにそうだけど、医者から訊かれれば麻薬の話くらいはするさ。自分の飼い主がうちらだってことくらいは理解しているだろうしね。それでこっちに興味を持ったのかもしれない。ホワイトはかなりのブラックのようだし、医者とうちらがグルになるってのは、普通に考えてもメリットになると思ったんだろうさ」
「ホワイトなのにブラックか。なんとも皮肉だな」
地球でもこの星でも、癒着こそが最大の利益となる。
警察と犯罪組織、医者と製薬会社等々、あらゆるつながりの中で金が生まれる仕組みである。
「信じてよ、ダディー。情報は間違いないよ。どうせ接触するんだろう? 相手から来たなら好都合じゃないか」
「…ふむ。相手が接触を求めているのに断れば、心証が悪くなる。話もややこしくなるか。…わかった。お前のルートで話を進めてくれ。マイナスにはならないだろう」
「うん、任せてよ」
「ただし、交渉をするのはビッグ、お前だ」
「え? この流れだとリトルだろう? 手柄を横取りするのは趣味じゃないな」
「これは組織全体の利益の話だ。リトルの手柄は当然認めている。しかし、それもまた役割の一つだ。一人ひとりが全体のために、全体が一人のために尽くす。それがファミリーってもんだ。そうだな、リトル?」
「…うん、そうだね」
リトルは頷きながらも若干うな垂れている。
父親の話は正論だが、正論だからこそ悔しさもあるのだろう。
しかし、それを知りつつもダディーはビッグを指名する。
「ビッグ、お前は俺に似て腕力は強い。若い頃に瓜二つだ。だが、それだけでは人も組織も動かない。単細胞なだけじゃ、組織を維持できないんだ。俺にそれを教えてくれたのがオヤジだった。ならば、今度は俺がお前に教える番だ。この仕事はお前がやれ。学ぶことも多いぞ」
「ホワイトと交渉をしろってこと?」
「そうだ。接待方式でな」
組織の接触方法には二通りある。
一つは最初にやった脅し、脅迫。当人への暴力や関係者の誘拐なども含めた手段。
もう一つが接待。歓待して親密になり、ずるずると関係を持たせ、逃げられなくする方法である。
前者のほうが楽だが、恨みを買う可能性もある。後者は金や手間がかかるが、傲慢あるいは気弱な人間には有効である。
ビッグに命じたのは後者。得意の腕力を使わない方法。これは彼が苦手としているものだ。
「向いてないって! どうせならマミーのほうがいいよ! そのほうが角も立たないし…」
「あら、リンダと一緒に仕事ができるのよ。それは幸せなことじゃないの?」
「そ、それはそうだけど…苦手だよ」
「だから意味がある。リンダと一緒に結果を出してみろ。そうすれば、組織内でお前たちを祝福しない者などいなくなる。他の組織にも、なめられないで済むんだ」
「…そうだね。たしかにそうだ。でも、リトルに悪いよ」
「兄さん、僕は大丈夫だよ。僕にはニャンプルちゃんがいるし、兄さんはリンダのことを考えてあげるべきだ。僕はリーダーの器じゃない。ここで兄さんが地盤を固めるほうが、ファミリーにとって利益になる」
「リトル…お前…。ありがとう。わかったよ。俺がその医者と話をつける」
「うむ、任せたぞ。だが、独りで抱え込むなよ。もし上手くいかなかったら遠慮なく相談するんだぞ」
「わかったよ、ダディー」
そうして今日の会議は終わった。
上手くまとまったように見えたが、彼らには大きな誤算が一つだけあった。
ホワイトなる人物が異様に支配欲が強く、少しでも逆らう存在を許しておかない魔人であった、ということだ。
ソイドファミリーはまだ、ホワイトと【戦争状態】にあるとは認識していない。それが彼らの人生を大きく変えていくことになる。
特に、ソイドビッグとリンダの運命を。
107話 「シャイナの気持ち 前編」
今日もアンシュラオンは仮面を被って、サナと一緒に医者の仕事に向かう。
しかし、そこには若干の疲れが見られた。身体的ではない。【精神的】なものだ。
(…だるい。そろそろ引きこもりたい)
怠け癖である。
このアンシュラオンという男、地球時代でもけっこうな引きこもりであった。
社交的でないわけではなかった。むしろ明るく社交的であり、機微に長け、上手く場を制御する力を持っていたものだ。
が、興味がないことには「飽き」が付きまとうものであり、一度そうなるとやる気が減退する。
ホテルを借りるために仕方なく働いているが、本当なら毎日ごろごろして過ごしたい欲求が襲ってきているのだ。
サナと一緒に毎日ごろごろ。
それはもう可愛い猫と一緒に、ぐーたらする生活である。
こんな幸せはない! 断言してもいい!
しかし、問題もある。
(ホテル生活もいいけど、やっぱり全部を借り切ったのはやりすぎだったか…。でもなぁ、他人に干渉されるような場所だと落ち着かないし、あれくらいのものでないと満足できないよな。金はなんとかなるけど、うーん、自分だけのもの…か)
上級街と中級街の一軒家を除き、このグラス・ギースでは賃貸が一般的である。
多くの人間は安宿を借りており、自分の家を持っている人間は少ない。実際のところ一軒家も社宅が多いので、全部自分のものかと問われると微妙なところだ。
アンシュラオンが欲しいのは、あくまで自分が気ままに暮らせる場所である。
仮に安定した金を得ても、ずっとホテル暮らしというのは飽きてしまう。ホテルそのものを買い取らない限り、自分のものにはならないからだ。
支配欲が異様に強いので、すべてが自分の思い通りにならないと嫌なのである。
賃貸が嫌になって、男が一軒家を持ちたがる心境と同じである。男は誰しも、一国の城主になりたいものなのだ。
さらに、もう一つの事情もある。
(グラス・ギース自体が領主のものだ。いくら自分の場所を作っても、あいつがまたちょっかいをかけてくれば面倒なことになる。それなら城壁の外に出て、好きな場所に拠点を作ってもいいが…サナはまだ幼い。荒野でいちから作るのは難しいな…)
前にマキや領主が言っていたように、ここは領主の個人都市なのだ。自分の家を持とうと、あの男の土地を借りていることには違いがない。
それに満足できるかといえば―――できない。
そうなると選択肢は一つしかない。外、荒野だ。荒野ならば誰の物でもない。自由にできる。
荒野に自分の居場所を作ってもいいのだが、さすがにそれは面倒くさいし、今はサナがいるので難しい。
となれば多少の問題はあれど、やはり都市の中で暮らすほうが現実的だろう。
すると結局、領主の話に戻る。
「はぁ、領主はやっぱり殺したほうがいいかな…」
「なに物騒な話をしているんですか!?」
「あっ、ゴールデン・シャイーナだ」
「その呼び方はやめてください!!」
俯いていた顔を上げると、そこにはシャイナ(ゴールデン・シャイーナ)の呆れた顔があった。
考え事をしていたら、知らずのうちに診察所に着いていたようだ。
「昼間から恐ろしいことを言わないでくださいよ!」
「そのほうが平和になるかなと思って」
「殺してどうするんですか?」
「オレが領主になろうかな。そうすれば、みんな幸せだ」
「その自信が恐ろしい!? 絶対になれないですよ!」
「なぜだ? オレに支配されたら幸せなはずだ。税金だけで食っていけるんだぞ。最高じゃないか」
「最高なのは先生だけです! 払うほうは大変ですよ」
「教祖と同じシステムだ。すべての人間は、オレに貢ぐために生きているんだ。オレのために働け」
「はいはい。そんな妄想は置いておいて、がんばってお仕事してくださいね。見てください。今日も盛況ですよ」
目の前には患者の行列。今日もホワイト診察所は大盛況である。
「タダで治療してもらおうと思っているゲスどもが見える。死ねばいいのに」
「先生は歪みすぎです。自分が一番ゲスなんですから、お仲間だと思って優しくしてあげてくださいね」
「雇い主にそんなことを言うとは…クビだ!!! お前はクビだ! 嫌なら股を開け!!」
「はいはい、セクハラですからね。早く入ってください」
「オレは先生だぞ!! 偉いんだ! 敬え!」
「はいはい」
「ゴールデン・シャイーナのくせに生意気だ!!」
「はいはい、悪かったですね。どうせ生意気ですよ」
アンシュラオンの主張は完全無視で、小屋の中に入れられていく。シャイナの勝ちである。
それから彼女はテキパキと準備を進める。といっても、やることは簡単な掃除と人員整理くらいであるが、いつも通りの明るい態度だ。
そんな助手を、アンシュラオンは不思議そうにじっと見る。
(もう来ないかと思ったら普通に毎回来るな。それどころか上手くあしらわれているような気がする。股も開かないくせに生意気だ)
あれだけのことがあったのだから、シャイナはもう来ないと思っていた。常人からすれば、かなりの恐怖であっただろう。来ないのが普通である。
しかし、あれから一週間経っても、彼女はこうして診察所に通い続けている。
(妙にすっきりした顔をして…。はっ、まさか!? 哀しみを男に慰めてもらったとかじゃないだろうな! 許さん、許さんぞ! オレの近くに、オレ以外の男の臭いをさせる女がいてたまるか! 矯正してやる! 修正してやる!!)
「けしからん!! 見せろ!! パンツの中を見せろ!!」
「きゃーー! 先生がおかしくなった!! うわー、見られたー!!!」
「な、なんだと! まだ処女膜が健在だ! どういうことだ!? 最初の性交では破れなかったのか!?」
「何の話をしているんですか!!」
「だから、性交の話だ!!」
「言いきった!!」
「処女膜があるなんておかしい。なんでお前はここにいる!」
「言っている意味がわからないです! 性交をしていませんから膜はありますよ! それに助手ですから、いて当然です!」
「お前は助手じゃない! 性奴隷だ!」
「何かに引っかかりそう!?」
その表現はいろいろと危険かもしれないが、潔く貫く。この男には何も怖れるものはないのである。
「なぜだ! なぜここにいる! 処女のままで! はっ、金か! 金が目的か! 卑しいやつめ!! オレから金をむしり取ろうとしているな! 浅ましいやつ!」
「違いますよ! どうしてそんな発想しかないんですか!!」
「金か性、それか物。それ以外に人間が動く理由があるのか? まあ、自己満足という線もあるがな」
最悪の発想である。
それから溜息をついて、シャイナが仕方なく話し始める。
「先生が駄目な人ってのは、この前のことでよくわかりました。いや、もっと前からわかってますけどね。全部が駄目すぎます」
「勝手に駄目人間にするな」
「でも、駄目な人でしょう?」
「その自覚は少しはあるが、よく見てみろ。目の前にもっと駄目なやつらが山ほどいる。愚者どもばかりだ」
「そんなのは程度の違いですよ」
「程度の違いは大切だ。馬鹿と天才くらい違う。そして、オレは後者だ!」
「もう、また屁理屈ばかり言う。先生は駄目な人だから、せめて私が近くにいないといけないと思ったんです」
「お前こそ典型的な駄目女の思考じゃないか。意味不明な理由で売人をやりおって」
「先生よりはちゃんとした理由だと思いますよ。このご時勢で、立派な孝行娘の部類に入ると思います」
「駄目な父親なんて捨てろ。それで終わりだろう」
「先生とは違いますから」
「それはもういい。だが、お前の苦悩ももうすぐ終わる。邪魔だから、それまでどこかに隠れていろ」
「それが嘘っぽいんですよね。先生のことです。何か企んでいるに決まっています」
「根拠があるのか? 言いがかりなら性奴隷にするぞ」
とんでもない発言。
「では伺いますが、どうしてソイドファミリーを潰そうと思ったんですか?」
「オレに敵対したからだ」
「それだけですか?」
「不満か?」
「直接的な被害は少ないと思いますけど。それだけで面倒がり屋の先生が動くなんて、ちょっと考えられません」
「じゃあ、お前のためだ。哀れな助手のために上司が一肌脱ぐ。素晴らしい男じゃないか。感動だね」
「それは明らかに嘘っぽいです。じゃあって言ってるし」
「助手の心配をして何が悪い。こう見えてもオレは正義の使者なんだ。悪を許してはおけん。だから潰すと決めたんだ。そう、正義の味方だからな」
「それは絶対に嘘です!」
「断言しやがったな!?」
シャイナのためというのは本当だ。そのために動いていることも事実。
しかしシャイナには、どうしてもそれだけが理由とは思えない。
そこで、ふと思い当たることがある。
「もしかして…相手から【財産を奪おう】とか考えていませんか? 酒場で財布を奪ったのを思い出して確信したんです。理由はたぶんこれだ、って」
アンシュラオンは正義の味方ではない。シャイナに情が移ったとしても、それだけでこれほどの面倒なことをするわけがない。
となれば、目的は【金】。
さきほど彼自身が言ったように、女か金、物でしか彼は動かない。麻薬が必要とは思えず、リンダに対してもそっけなかったことを思えば、やはり金に行き着く。
「どうですか? 違いますか?」
「……金? 何のことだ?」
目を逸らした。正確には、首を横に向けた。
確定である。
「やっぱり狙ってるじゃないですか!! どうせ売上金を巻き上げようと思っているんでしょう! それでだらけて暮らすつもりですね!」
「馬鹿を抜かすな!」
「違うんですか?」
「その程度で満足すると思っているのか! あいつらの麻薬製造技術と販売ルートを全部いただくのだ!! それで一生遊んで暮らす!!」
「もっと酷かった!! 中身が入れ替わるだけじゃないですか!?」
「うるさい! 当然の報酬だ! 何が悪い! 正義の味方をやるにも金がかかるのだ。ヒーロー物が次々と新兵器を生み出せるのは、誰かから金を巻き上げているからだ」
公的機関であることをいいことに、次々と思いつきで新兵器を開発するのがヒーロー物の特徴だ。その金は国民の血税であることを忘れてはいけない。
税が駄目ならば、次は悪党側から奪えばいい。悪さして儲けた金が、じゃぶじゃぶあるに違いない。それをごっそりいただく。
これだから正義の味方はやめられないのだ。
「やっぱり先生は打算的です!」
「ふん、それもオレの勝手だ」
「先生には私が必要です。放っておくと危険すぎます」
「なんだと! シャイナ犬のくせに生意気だ! けしからん乳をしおって! モミモミ!!」
「あうっ!! この程度じゃ諦めませんからね!」
「じゃあ、尻の穴を攻める!!」
「ぎゃーー! やめてください!! 変態行為ですよ!!」
「嫌なら、さっさと諦めろ!」
「諦めません!!」
セクハラにも耐える今日のシャイナは、いつもと違う。やたら粘る。
だからやり方を変える。
「ならば、これを見ろ!」
「キャッーー! なんでパンツを下ろすんですか!!」
「オレのゾウさんを愛でるがいい。嫌なら帰れ!」
「馬鹿なことをしていないで、早くしまってください!!」
奇行、再び。
遠くで子供が見ていたので、仕方なくズボンを上げる。第三者からは、ただの露出狂にしか見えない。
108話 「シャイナの気持ち 後編」
(まったく、しつこいやつだ。こいつが近くにいると面倒なのに…。自分が売人だという自覚がまったく足りないんだよな。危害が及ぶかもしれないとは思わないのか?)
シャイナは麻薬の売人である。当人にその自覚が足りないことのほうが、よほど危ないことだ。
ソイドファミリーは、シャイナのことも知っているに違いない。となれば、彼女を人質に取るという選択肢もあるのだ。
しかし、やはり犬である。
風呂場で洗ってやったことで、すっかりと懐いてしまった。恩を返そうとする気構えは立派だが、番犬ではないので特に役には立たない。むしろ邪魔である。
(今になってシャイナを遠ざけたら、それこそ弱味を見せることになるな…。それだけ可愛がっている存在だということを教えることになるし、相手を無駄に警戒させるかもしれない。…となれば、しょうがない。このままの状態でいるほうが安全か)
仕方ないのでシャイナのことは諦めることにする。
彼女自身が選んだのだから、いちいち自分が何かを言うこともないだろう。
「お前がそうしたいなら、このまま助手としてやっていればいい。しかし、お前が何を悟ったかは知らないが、オレはオレの好きにやる。邪魔するやつは殺してでもな。お前はそれをもう知っているはずだ」
「先生が極悪非道ってのは理解しました。でも、殺す人より救う人のほうが多いでしょう? 今まで見た限りでは、明らかに救った人のほうが多いですよ」
「統計的に見れば、それはそうだな。…というか、その考え方も危ないぞ」
どこぞのダークヒーローの台詞っぽい。
だが、アンシュラオンはダークヒーローでさえないので、その結果もたまたまでしかない。
自分の欲求を満たすために行動していたら、結果的にそうなっただけだ。
「オレに何を期待している? その乳を使って誘惑するつもりか? いいぞ。いくらでもこい!」
「もうっ、すぐそう構えるんですから。そういう人ほど、心を許した人にはべったりするんですよね」
「オレは誰にも心を許さん。自分の物以外にはな。なっ、サナ」
「…こくり」
「どうだ! すごいだろう!」
「それを肯定されて嬉しいんですか?」
サナにまで頷かれた。
「お前もどうせ金が目的だろうに。卑しいやつめ」
「お金で苦労してますからね。卑しくて結構です。もともと売人の娘ですから」
「ずいぶん開き直ったもんだな。同じくらい股も開けばいいものを。…ところで、お前の父親ってのは、どんなやつだった?」
「そりゃ駄目な人ですよ。麻薬と酒に溺れて、お母さんに逃げられるような人ですから」
「クズだな」
「思いきりディスられた!?」
「お前は自分の父親を治療するためにオレのところに来た。仮にだ。お前がその技術を得たとしたら、父親を治すか?」
「治します」
「そんなクズを治療したところで意味はないだろう。結局、それは心の問題だ。クズはクズのまま。また溺れるだけだ」
「それでも人は成長しますよ。ほんのちょっとずつでも」
「そんなクズでもお前の父親というわけか」
「そういうことです」
(家族…か。オレには縁遠い言葉かもしれんな)
もともと他人に気を許さない性格である。家族であっても最後のところでは壁を作るので、最終的なところで打ち解けあうことはできない。
しかし人は、常に近しいものを求める。
地上の人間にとっては、血のつながった家族こそが一番近しい存在である。情を抱くのは自然なことだろう。
アンシュラオンも姉を求めていたし、サナを妹にしたことからも、【家族愛】というものを欲している自覚はある。
パミエルキの性格さえなんとかなれば、喜び勇んで姉と一緒にいたはずだ。仮に弱々しい姉だったら、守ってあげたいとも願っていた。
駄目な姉ならば、支えることで自分の価値を見いだすこともあっただろう。だからシャイナの気持ちもわからないではない。
「父親を助けたいか?」
「…できれば、ですけどね」
「助けてやらんこともない」
「えー、本当ですかー?」
「せっかくの好意を疑うな。オレほどの偉人になれば、クズ一人くらい助けられる」
「どうやってですか? さっきはもう駄目だから見捨てろ、って言ったじゃないですか」
「確保してから治療をして身体を治し、仕事を与えて給料をやって、正しい生活を教える」
「うわっ、思ったよりもまともですね。でも、また麻薬を求めたら?」
「そのたびに罰として尿路結石を生み出す」
「それは…地獄ですね」
男性がもっとも怖れるという、いわゆる「尿管結石」である。
命気はどんな病でも治せるが、それを使えばどんなものでも生み出すことができる。尿管に結石を生み出すことくらいたやすい。
その激痛には耐えられないだろう。麻薬どころではない。逆にその痛みを緩和させるために求めるかもしれないが、そんな余裕すらないと思われる。
電気ショックより恐ろしい更生計画であるが、クズを助けるにはこれくらいは必要だ。
「あの…本当に助けてくれます?」
「そうやってオレを利用するつもりか? このメス犬め!」
「汚い言葉で罵られた!? 自分から言い出したのに!」
「助けてやってもいい。が、一つ条件がある。対価を払え」
「お金はないですよ。知ってるじゃないですか」
「お前には払えるものがある」
「何ですか? はっ、まさか…」
アンシュラオンの目が、胸と股間を舐めるように往復する。明らかにエロオヤジの目線である。
「まさか、私の身体…」
「お前の身も心も、すべてオレに捧げろ。【スレイブ犬】になって死ぬまで尽くせ。オレを崇め、服従しろ! 当然、触りたい放題、やりたい放題だ!!」
「もっと酷かった!!」
条件がかなりシビアである。
「えと…それはその…。あれ? その前に、私には興味がないって言ってませんでした?」
「そのままのお前ならな。スレイブ犬になったお前ならば興味がある。言っただろう? 自分の所有物以外に興味はないとな。だから所有物になれば興味は出る」
「それはさすがに…病みすぎですね」
「オレのスレイブになれば幸せ満載だぞ。首輪と尻尾をつけて、毎日後ろから突いてやろう。お前が使っていい言葉は『わんわん』と『きゃんきゃん』、あとは『イ、イグゥウウッ』だけだ」
「ますますなりたくなくなりましたよ…」
「まあ、焦らず考えろ。強要はしない。しても意味がないしな。それは実験でも証明されている」
リンダでも失敗したので、あの方法には無理があることがわかった。やるならば、心を折ったあとに同意させてからギアスをかけることだろう。
ただ、やはり手元に置く人間は厳選しなければならない。そのやり方ではリスクが残る。
(最悪、奴隷なら精神術式でも作れる。だが、何が起こるかわからないから、サナの近くに置くには自分から従うようなやつじゃないと駄目だ。危なくてしょうがない)
パミエルキほどの使い手ならば、相手を強制的に使役することも容易だろうが、今のアンシュラオンには難しいことである。
また、スレイブ・ギアスも万能ではない。壊れたり外れたりすれば、その影響下から抜け出てしまう可能性も否定できない。
それではサナの安全が保障されない。万一もあってはならないのだ。
ならば話は簡単。最初からこちらに好意を持っていたり、忠誠を誓っている女性をスレイブにすればよいのだ。
精神術式も、その型に合っているほうがハマりやすいのは道理である。最初から忠誠心があれば、服従の効果も倍増するだろう。
それが長い時間をかけて染み込めば、ジュエルなしでも完全なる支配が可能となる。
あるいは恩を売って、それに報いさせるという形式も悪くない。人間の魂には他人に与えようとする習性があるので、返さないと悪いと思わせることができる。
その心理を利用すれば、比較的抵抗することなく支配できるだろう。
これはよく詐欺や押し売りで使われる手段なので、気をつけねばならないが、自分がやる側ならば問題ない。
彼女の中でどんな区切りがあったのかは知らないが、今は敵意や困惑は消えており、どちらかというと好感のほうが強い状況のようだ。
これならばスレイブにしても大丈夫そうである。
(しかし、女心というのはわからん。どうしてそうなるんだ? 普通、巻き込まれないように離れるものだと思うが…オレの考えが間違っているのか? それとも利益があると思ったか? ううむ、理解できん。いや、やはり快楽が効いたのかもしれん。女なんて快楽を与えてやれば簡単に落ちるしな)
昔からアンシュラオンは女心が理解できなかった。それは多くの男性もそうなので、よほどモテたい人間以外は理解しようともしないだろう。
よって、なぜシャイナが自分に好意を持つのかがわからない。単純に演技や罠なのではないかと疑ってしまうほど心が荒んでいる。
最終的には、命気振動でイカせたことで好感度が上がったと結論付けた。
「身体が目当てか! 卑しいメス犬だ!!」
「急になんですか!?」
「いいだろう。毎日楽しませてやる。くくく」
「絶対に何か勘違いしてますよ…」
(先生って、今までどうやって生きてきたんだろう。こんな人格破綻者を放っておいたら、どうなるかわからないわ。私が傍にいないと、もっと駄目になる)
実際は、アンシュラオンのそういう痛々しい姿こそが、逆にシャイナの心を惹きつけることになっていたりもする。
思えば駄目な父親を見捨てられないような女性である。人々を救える偉大な能力を持っていながらも、人格的には最低のアンシュラオンに対して、母性本能が刺激されるのは自然なことだろう。
シャイナは、悪い男に引っかかると泥沼になるタイプの女である。それは間違いない。
変な男に人生を壊されるより、自分の物を大切にするアンシュラオンのスレイブになったほうが安全なのは事実。
当人はそれに気がついていないが、本能は自然と自分を取り巻く危ない状況を察しているのだろう。
犬は強いものに従うもの。アンシュラオンが強いことを本能で知っているのだ。
ただし、まだ最後の踏ん切りはついていない。
それが父親の一件なのだろう。加えて、あんな破廉恥なことを言われたら、よほどのM体質の女性以外は躊躇うのが当然だが。
「…じー」
サナも、そんなシャイナを観察していた。
サナは女心を示さないというより、通常の人間の反応をしないので、彼女にとっても「普通の女性」は珍しく勉強になるのかもしれない。
「黒姫ちゃん……いや、サナちゃんか。この前はありがとうね。おかげで救われた気がしたわ」
「…こくり」
「お前の罪はまったく消えていないぞ。スレイブになって奉仕して初めて救われる」
「先生は黙っていてください!」
「くくく、今はそう吠えているがいい。首輪を付ける日が楽しみでならん。たっぷりなぶってやるからなぁ」
変態としか思えない発言である。今日も絶好調だ。
「よし、今日もそれなりに稼ぐか」
そして、今日も再び治療を始める。
シャイナの影響もあってか、少しは男にも優しくなったりもしていた。
いつもなら腕を折って追い払うところを、小指一本で済ませるなど、実に良心的な対応であったという。
そして、異変はその二日後に起こった。
109話 「オレは甘い、とてもあまーい菓子が好きでなぁ」
「先生、まずはこちらをお納めください」
その日、そんなことを言い出すスーツ姿の男が診察所にやってきた。サラリーマンのようなスーツではなく、完全に【真っ黒】のものだ。
男だったので最初は断ろうとしたアンシュラオンに対して、いきなり【菓子折り】を渡してきた。
アンシュラオンは、その菓子折りを軽く叩いて、男を見下す。
「ほぉ、菓子か。言っておくが、オレは甘い、とてもあまーい菓子でないと受けつけんぞ。パラパラしていて、それを束ねて女の尻を引っぱたくといい音がするような、あまーい菓子でないとな」
「ご安心ください。きっとご満足いただける菓子だと思います」
「自信があるようだな。ふむ、では見てやろう」
菓子折りを開けると、まずは普通の菓子が入っていた。これも上級街で売っている高級菓子の一つなので、それだけでもそこそこの値段だ。
「…じー」
サナの視線がお菓子に集中する。
やはり女の子というか、彼女はお菓子が好きなので「早く食べたい」という無言のプレッシャーが背中にかかる。
が、まだ男が目の前にいるので我慢させ、さらにごそごそと中を探る。
菓子をどけ、二重になっていた底を外すと―――
そこに見えたのは―――札束。
それも五つの束、五百万という大金である。
シャイナが札束を視界に収め、驚きの表情を浮かべた。
なにせ目の前には、自分の借金の総額がいとも簡単に並んでいるのだ。物欲しそうな視線を感じるも、当然ながら無視。
その束を軽く手に取り、アンシュラオンはニヤリと笑う。
「なるほど、実に甘そうだな。…気に入った。ぜひもらおう」
「お気に召してくださったようで嬉しい限りです」
「シャイナ、これをやろう」
「えっ!? あっ、お菓子ですか」
金をやるとでも思ったのだろうか。図々しい女である。
「食べてみろ」
「いいんですか? うわー、これすごーい。はむっ…柔らかい!! 甘い!! 美味しい、美味しいですよ! うう、お金の味がする!!」
「美味いか?」
「はい! こんなの初めて食べました!」
「手の痺れはないか? 味覚は問題ないか?」
「??? 大丈夫ですけど…もぐもぐ」
「ふむ…」
アンシュラオンが、じっとシャイナを観察。
(毒はないようだな。サナにあげても大丈夫そうだ。まあ、最悪は命気水槽で浄化するからいいけどな)
ゴールデン・シャイーナに毒見をさせて安全を確認したので、サナにもお菓子を渡す。
「…はむはむ」
サナも美味しそうに食べ始めた。シャイナとは違って、小さくもくもく食べるのが超絶に可愛い。
それから再び男に向かう。
「いいものをもらった。なかなか見所がある男のようだ。それで、この私に何か用かな?」
「実は、先生に折り入ってお話がありまして…」
「ほぉ、どのような用件かな? これだけもらったんだ。どんな病気でも治してあげるよ」
「ありがとうございます。ここでは何ですから、ぜひとも我々が主宰する【パーティー】に来ていただければと思っておりますが…いかがでしょうか?」
「我々…か。なるほど。これも言っておくが、酒と料理があるだけのパーティーに興味はない。女だ。女を用意しておけ! 年齢は三十歳前後で従順な性格のやつだ! 胸は大きいほどいいが、太っていては駄目だ。髪の色は問わんが、長髪で、目は少しつり上がっているほうがいいな。それと色気があって妖艶な感じがするほうが好みだ。わかったな」
かなり要望が細かい。
姉であるパミエルキの外見に近ければ近いほど、アンシュラオンの好みになるので、この注文も当然のことだろうか。
「三十歳前後…ですか。もっと若くなくてよろしいのですか?」
「オレはお姉さんが好みだ。覚えておけ」
「わかりました。喜んでご用意いたします」
「うむ、いい返事だ! 誰かに見習ってもらいたいくらいだ。それで、パーティーはいつだ?」
「先生がお望みならば、いつでも。いかなるご要望にも応えられるように、すでに準備は整っております」
「いい心がけだな。ふむ…では、明日がいいかな。明日の仕事終わりに迎えに来い。五時前には終わる。この子も連れていくが問題ないか?」
「問題ございません。歓迎いたします」
「わかった。ならば、こちらも何の問題もない。楽しみにしているぞ」
「ありがとうございます。ぜひお伺いいたします。では、今日はここで失礼いたします」
そう言って男は出ていった。やはり治療が目的ではなかったようだ。
それを見ていたシャイナが、心底呆れた声を出す。
「先生、それは何ですか?」
「甘い菓子だ。お前も食べただろう?」
「食べましたよ。すごい美味しかったです」
「お前たちは菓子を食べればいい。オレが食べるのは、こちらのほうだ。くくく、医者が儲かるというのは本当だな」
札束を握り締めて、満面の笑みになる。
「知っていますか? 甘いものには罠があるんですよ」
「そんなことを言って、お前も金が欲しいんだろう?」
「…そりゃ少しは」
「嘘だな。滅茶苦茶欲しいはずだ。金の亡者め!!」
「先生にだけは言われたくないですよ!! 潰すって言ったくせに!!」
「甘い汁を吸ってからでもいいだろう」
「絶対罠ですよ!!」
「甘い罠なら大歓迎だ。働かずに金が手に入るなら最高じゃないか。…ところで、あいつの顔は知っているか?」
「…いいえ。私は末端なんで、上の人の顔は知りません」
「だろうな。使い捨ての売人ならば当然だ」
「じゃあ、何で訊いたんですか」
「お前が知らないということは、上の人間だということだ」
「あっ、なるほど…って、それはそれで寂しいですけど」
シャイナのような末端の人間は、何かあったらすぐに切り捨てるのが彼らのやり方だ。
だから当然、上とは接触できない。ソイドファミリーの構成員の顔も、誰一人として知らないだろう。
だが、アンシュラオンはその男を知っていた。
名前はジェイ。【ある男】の側近である。
(リンダに提供させた写真の中にいたな。ということは、今回オレを招いてくれたのは…【やつ】か。くくく、これはまた面白くなってきたな。それならばオレも、相応のプレゼントを用意してやらないとな)
こちらは相手の情報を得ている。すでに今回のホストが誰であるかもわかっていた。これは大きなアドバンテージである。
せっかく接待してくれるのだ。ならば、そのお返しくらいはしてあげないと悪いだろう。
が、悪巧みをしているアンシュラオンとは違い、一方のシャイナはそれに不満げである。
「やっぱりやめたほうがいいと思います。あいつらはドス黒くて、汚くて、人を不幸にして儲けている最低の人たちです」
「儲かるならいいじゃないか」
「まさかの肯定!?」
「あいつらを肯定するということは、売人のお前も肯定してやったんだぞ。ありがとうと言え」
「そこは否定してほしいんですよ。『なにやってんだ、目を覚ませ!』とか言って」
目を覚ませ! オレが守ってやる!!!
というのは女性の憧れだろう。だが、目の前の男にそんな期待はできない。
「あーあ、先生にもそんなことが言える倫理観があればな…」
「それくらいオレだって言えるぞ」
「本当ですか?」
「なにやってんだ、目を覚ませ! モミモミ、ズブズブッ、ドックン」
「擬音がおかしい!! 先生こそ目を覚ましてください!!」
「オレはいつだって真面目だ!!」
「ええーーー!?」
常時シラフでこれである。
「あいつらが真っ黒かどうかはどうでもいい。オレにメリットがあるかどうかが重要だ。そしてやつらは金を提供し、さらにパーティーに招いてくれるそうだ。しかも労せず年上女性を集めてくれるのだから、最高じゃないか」
「先生って、年上好きなんですね…」
「それがどうした?」
「べつにいいですけど…個人の趣味ですし」
「言い方が気に入らんな。なんだ、構ってほしいのか。スレイブになればいつでも構ってやるぞ。首輪を付けてな」
「嫌ですよ!」
「この話は、まずはお前の父親を確保してからだな。その恩は高くつくぞ? くくく、身体で払ってもらうからな。あー、楽しみだ!」
「もうっ、そういうところがなければ、少しは見直せるのに!」
「お前に見直されるほど落ちぶれてはいないぞ。で、父親は収監されていると言っていたな」
「…はい。もうかれこれ三年近く入っています。その間、顔も見ていません」
「面会には行かないのか? それとも会いたくないのか?」
「特別な場所みたいで面会はできないらしいんです。距離もありますし…簡単には行けません」
「では、囚われている具体的な場所はわからないか。そうなると、そういった連中が集まっているエリアがあるんだろうな。そこを狙い撃ちできれば楽だが…」
本当の意味でシャイナを助けるには、父親を確保しなければならない。
実は死んでいたというパターンが一番楽なので、ソイドファミリーからそういった情報を訊き出せれば最高だが、生きていると話が面倒になる。
(生きている場合は、忍び込んで連れ去ることになるが…そうすると警戒されるな。ソイドファミリーは、そこそこ人数がいる。それらを一人でも逃すと余計な混乱を招くことになる。できればすべてを一気に、相手に悟らせないように抹殺を遂行したい。裏側に隠れているやつも含めてな)
アンシュラオンの目的は、敵を殺すことだけではない。
排除しつつ、その旨みを全部奪い取ることだ。
ソイドファミリーを全滅させ、裏側にいるやつを締め上げて利権を奪う。なおかつシャイナの父親を奪還し、あわよくばシャイナをスレイブにする。
最後の一つはともかく、壊滅、親玉脅迫、父親奪還の三つは、ほぼ同時にこなす必要がある。
アンシュラオンは一人なので、さすがに同時には行えない。ならば一つ一つやるしかなく、その間は相手に悟られないというのが重要な点だ。
情報が外に漏れてしまえば、利権を奪ってもルートを切られてしまうかもしれない。それでは金にならない。
できれば裏側の親玉を脅して傀儡にして、ソイドファミリーの代わりにアンシュラオンが生み出した組織を実行組織とするのがベストだろう。
裏の親玉が健在だとわかれば、取引先も警戒はしないはずだ。単にソイドファミリーを切り捨てたのだと思ってくれるかもしれない。
そのためにもソイドファミリー全員の抹殺は絶対条件で、リンダと婚約者以外は確実に殺さねばならない。
父親奪還が上手くいっても、それを悟られれば警戒レベルがぐんと上がる。そのあたりが実に難しい。
一番やってはいけないのは、中途半端に攻撃して逃がすこと。魔獣が巣穴に逃げると厄介なのと同じく、探し出すのが大変になってしまう。それだけは避けねばならない。
この難しいミッションを成功させるためには、さすがに単独では無理だ。
普通ならば、こういうときに頼れる仲間を使って〜というパターンになるが、アンシュラオンに仲間はいない。
すぐに浮かぶのが傭兵であるが、今回は裏側の仕事なので難しいだろう。
(ラブヘイアは髪の毛を餌にすれば何でもやりそうだが…駄目だ。あんな変態とは二度と会いたくない。マキさんは…正義感が強いからな。父親奪還くらいには使えそうだが、その後の処理に関わらせるのは危うい。スレイブにしてからじゃないと駄目だな。ソイドファミリーを潰すほうも、あの剣士のおっさんくらい強いやつがいれば話は別だが…普通のやつじゃ返り討ちだ。そう考えると、今のところ使える人材がいないな。やっぱり自分独りでやるしかないか)
やはり同時に三つを行うのは不可能なようだ。
頼れる仲間と一緒に同時に三つの拠点を襲う、というのは憧れるが、他人を信じないアンシュラオンには難しい話だ。
だが、【秘策】はある。
上手くいけば、三つをほぼ同時に行うことができるだろう。少なくとも相手に気づかれずに、一つ一つを実行することができるはずだ。
(すべてはやつらとの話がついてからだな。それも含めて楽しみだよ。くくく)
ついにソイドファミリーとの接触が始まる。
110話 「ソイドビッグの接待奮闘記 前編」
そして翌日、診察が終わって人がいなくなった頃、迎えの馬車がやってきた。
かなりの高級馬車のようで、逞しい四頭の馬が個室付きの荷台を引っ張っていた。
ソイドファミリーが所有する【接待用馬車】だ。
個室の扉には彼らの家紋であるジャガーが描かれているので、一目でそれがどこの組織のものかがわかる。
場合によっては素性がバレては困ることもあるので、普段は何も描かれていない馬車を使うことが多い。襲撃されては困るからだ。
が、あえてこれを使うということは、その組が威信をかけて客を接待し、最後まで守り抜くという覚悟を示す意味もある。
その証拠に、馬車の周囲には明らかに堅気ではない者たちが四名ほどおり、その誰もがレッドハンター級の猛者である。
それを確認したアンシュラオンが笑う。
(くくく、楽しみだ。どうやら本気で接待してくれるようだな。しかし、シャイナがいるとまた面倒だ。こいつは倫理がどうとかうるさいし、一緒にいたらお姉さんと楽しめない。置いていこう)
こちらに向けられるシャイナの視線を感じ、即座に決断。
きゃんきゃん吠えるだけの犬など、接待の場に連れていけるわけがない。
「シャイナ、お前は家に帰っていろ。オレはこの子と一緒に行ってくる」
「先生はいいですけど、サナちゃんまで悪の道に引っ張り込まないでください!」
「サナにはいろいろな経験が必要だ。それに、常時近くに置いておかないと危ないからな。離れるつもりはない」
「まだ子供ですよ! 歪む! サナちゃんが歪んじゃう!」
「この子は、お前とは出来が違うのだよ。ワンコロめ! サナに軟弱な思想を与えるな!! しっ、しっ! オレはこの子を最高の女に育てる! 最高の力と財と権力を与えるのだ!! すべてはそのための【餌】だ!!」
「ほんと…先生って最低の人ですよね」
「ありがとう」
「褒めてないですから!!」
「だが、いろいろな経験が必要なのは事実だ。悪を知らなければ正義を知ることもできないからな」
「その本心は?」
「くれると言うのだ。もらえるものは全部もらう。当然だろう」
清々しいまでの言い分。
一円でも得になるのならば、アンシュラオンは躊躇うことはないだろう。
「それじゃ、またな。戸締りはちゃんとしておけよ」
「本当に置いていく気ですね…」
「オレがお姉さんと楽しんでいる姿を見て、お前は楽しいか?」
「楽しくないですよ」
「じゃあ、帰れ。あっ、そうそう。孤独でかわいそうなお前にチップをやろう。ほら、ズボンを脱いで股を広げろ」
「どういうチップの渡し方ですか!?」
「股間に入れるのが礼節だ。父親に習わなかったのか?」
「習いませんでした!!」
「常識を知らないと困るぞ」
「そんな常識必要ありません! って、常識じゃないです!」
アンシュラオンにとっては、パンティーに万札を捻じ込むのが礼儀。常識である。
「もうお前にはやらん! やるもんか! 欲しかったら穴を出せ!! 捻じ込んでやる!」
「嫌ですよ! 早く行ってください!」
「冗談の通じないやつだな。…まあ、本気だったけど。それじゃサナ、こんなつまらないやつは置いて、さっさと行こうな」
「…こくり」
仮面のサナの手を取って高級馬車に乗り込むと、まったく後ろを振り返らずに行ってしまった。
その光景に再び呆れるシャイナ。
「どこまで堕落するんだろう…あの人。もうっ!」
石を蹴り飛ばして、寂しく帰宅するのであった。
ただ、シャイナは帰ったほうがいいだろう。もともと呼ばれていないし、これから先は相当に真っ黒な世界だ。
アンシュラオンのような悪党でなければ、行かないほうが身のためである。
アンシュラオンを乗せた馬車は、上級街の大きな店に止まる。
高級酒場であるパックンドックンのさらに先かつ、ランクもさらに上がった最高級クラブが居並ぶエリアだ。
普段はクラブとして経営しているが、裏の組織が特別な客を接待するための場所としても有名である。
その場合、普通の客は入れず完全に貸切の密室状態となる。非合法な取引なども行われるので、それを知っている人間は誰も寄り付かない。
目印が、店の前に陣取っている【完全武装】の男たち。
まるでハンターが魔獣相手に装備するような頑強な鎧を全身に着込み、衛士が使う銃を持って武装しているので、一目でヤバイ連中だとわかる。
顔は見えないので誰かわからないが、アンシュラオンが情報公開で調べた結果、ソイドファミリーの下級構成員であることがわかった。
彼らには三段階の序列が存在し、組長のダディーを含めた幹部四人をトップに、レッドハンター級の戦闘構成員が続き、次にまだ若くて実績も少ない者、という構成になっている。
目の前にいるのは、その一番下の下級構成員である。名前もリンダの情報と一致している。こうした現場に出すことで経験を積ませているのだろう。
(周囲には衛士もいるか。やはりグルだな。まったくもって病んだ都市だよ)
店の周囲には衛士たちもいるようで、半径五十メートル以内に一般人が入らないように交通整理をしている姿が見える。
これは領主も公認なのである。
当然、いちいち組織のやり方に口出しなどはしないだろうが、衛士と裏の組織は持ちつ持たれつの関係にあることがうかがえる。
仮に招待客が逃げ出しても、周辺で確保されるようになっているのだ。
そう、たしかに接待は接待であるが、「断ることができない強制接待」なのである。
一度裏側の連中に目を付けられると抜け出せないという、よい見本であろうか。
しかし、準備万端であるのは彼らだけではない。
(プレゼントの用意もできている。こちらも準備は万端だ)
実はアンシュラオンが、今日という日を指定したのには理由がある。
そうでなければ、わざわざ連日で仕事をしたりはしないだろう。
それは【プレゼント】を用意するため。
せっかく長い付き合いになるのだから、こちらからも相手に贈り物をするのは礼儀だろう。それでこそ良い関係が築けるのだ。
(麻薬を楽しむようなクズなら、きっと喜んでくれるだろう。うんうん、相手の喜ぶ顔が待っていると思うとサプライズも楽しいもんだな)
当然、その内容はまだ秘密だが、ぜひ期待してもらいたい。
アンシュラオンが馬車から降りると、昨日菓子折りを持ってきた男、ジェイがやってくる。
「先生、今日は我々の主宰するパーティーにお越しいただき、誠にありがとうございます。本日はぜひとも…」
「前置きはいい。さっさと案内しろ。女はどこだ! 酒はどこだ! 早く接待しろ!!」
「は、はい。君たち、先生のお相手をして!」
「はい、喜んで」
店の前で出迎えたのは、アンシュラオンの要求通りの三十歳前後の女性。どの女性も色気のある美人である。
「先生、どうぞこちらへ」
優雅な手つきで腕を取る。その仕草も自然で無駄がない。
「うむ。もっと胸を押し付けなさい」
「うふふ、先生ったら。これでどうですか?」
「もっと! 潰れるほどに!!」
「こうですか? ぎゅっ」
「うむ、満足だ!! さあ、行こう!」
(やっぱりギャルより、こっちのほうがいいな。若い子は可愛いけど、まだまだ熟れていないしな。妹とかならいいけどさ)
若い子は肌にハリがあっていいが、その代わり柔らかさが足りないことがある。これはやはり年齢を重ねてこそ生まれるものなのだ。
ただ、嫌いというわけではないので、サナのように妹枠として楽しむのが一番よいだろう。
(ホステスたちは、密偵や忍者とかじゃないみたいだな)
こういう場合、万一にそなえて女の中に忍者か暗殺者を紛れ込ませるものである。リンダを使ったのだ。女がいないとは思えない。
ファミリーの中だけでは難しくとも、組織で雇っている者たちもいるだろう。そうした人間から選べば、三十前後の美女という制約はあっても、なんとか見つけられるはずである。
が、そうした様子はない。足運びは優雅だが、武人や忍びのものではない。
(とりあえず店の中で襲うということはないようだ。一度ボコッたから懲りたかな?)
どうやらソイドファミリーは、ホワイト医師を本当に客として迎え入れるようだ。
相手としては、チンピラの一件は自分たちとは関係ないことになっているので、その対応に不自然な点はまったくない。
あくまでホワイトが自ら接触し、相手が応えた形である。そこで襲っては面子が潰れることになるだろう。
それならばそれで楽しめばよいことである。
ホステスたちに引かれて、店に入る。
店は高級クラブらしく、実に豪華な造りをしている。壁も床もソファーも全体的に黒で統一されており、非常に優雅で落ち着きがある。
パックンドックンも悪くないが、あちらはやはり酒場の印象が強く、酒を楽しむ場所という感じだ。
一方のこちらは、雰囲気を味わいながら女性を楽しむことをメインにしている。なかなか男心をくすぐるものだ。
案内されたのは、完全個室の大きな部屋。
一般の客が入ることができる場所とは完全に区切られているVIPルームである。
ひときわ立派なソファーに案内されて座ると、ホステスたちが優雅な動きで、アンシュラオンとサナを取り囲む。
「お飲み物はどういたします?」
「うむ、オレには一番強い酒を。この子にはジュースを頼む」
飲み物が用意され、ここでようやくくつろぐことができる。
まずは用意された酒を一気飲みである。
「がぶがぶがぶっ! うん、美味い! おかわりだ」
「あら、先生ってお強いのね。それにそのお歳でお医者さんなんて、とてもすごいですわ」
「うむ、そうだろう、そうだろう。君も診察してあげよう。モミモミ」
「あっ、そこは…」
当然のように乳を揉む。
「んん? 私は医者だよ。安心したまえ。下心などないのだ。これは診察だよ。さあみんな、胸を出しなさい! ポロンと! 遠慮なく!」
「んふふ。じゃあ、先生に診てもらおうかしら」
「先生、これでよろしいですか?」
「うむ、いいよ! 実にいい!!」
高級ホステスたちは、少し恥じらいながらも胸を出す。
その素直な態度に大満足である。
「では、じっとして、けっして動かないように。どれどれ…うむ! これはいい乳だ! まだハリを残しながら熟しつつある。こっちは…うむ! 君もいい乳だ! この柔らかさは相当な鍛練を積まねば得ることはできないな。では君は…ほぅ、これはいい。とてももっちりしていて、吸い付きながらも手に後味が残らない。これは名乳だよ、ちみぃ」
おっぱい博士の診断によって、どれも一級品の乳であることが判明。
(くっ、さすがにレベルが高いな。これではマキさんはともかく、小百合さんは危ないかもしれん。ホロロさんとシャイナというライバルが出てきた以上、乳の強化が必要だ。今度、たくさん揉んで鍛えておこう)
あくまで乳の話である。
それ以外の要素では小百合は十二分に合格点なので、そこだけで判断したくないと思いつつ、やはり強化指定箇所に認定する。
最近はあまり会えない状況が続いているが、今度たっぷりと揉むことに決めたのである。
「では、次は股間のチェックかな。ああ、安心しなさい。これは全部医療だよ、ちみぃ。女性にとって大切な部分だからね。綿密に調べないといけないんだ。だから動いてはいけないよ。ぐいっ」
「あんっ」
「こらこら、声が出てはいけないなぁ。我慢するように」
「はい、申し訳ありません。うふふ」
当然、相手も理解しているので、その声には柔らかい笑みが含まれている。
騒ぎすぎず、しかし男心をくすぐる反応はする。これぞ高級ホステスのテクニックである。
(いいね、いいね!! これだよ、これ。こういう感じで楽しみたいんだ! いやー、最高! 接待って最高!!)
それが楽しくて、アンシュラオンは夢中になる。演技ではない。本気で楽しむ。
イタ嬢がカードゲームでクイナの接待を受けていた際、「イタ嬢は接待で楽しむような程度の低いやつだ」と罵っていた気がするが、そんなことはすっかり忘れているに違いない。
最高の接待を受けて楽しんでいる姿は、完全に同類。いや、内容を考えれば、それ以下である。
「ここは? ここはどうかな?」
「んふっ…んっ…はっ……」
「こっちはどうかな?」
「あはっ…んん…あっ、先生、だめぇ…」
「おっと、指が入りそうだ。いかんなぁ、少し濡れているなぁ。これは中も調べないといけないかな? ぐへへへ。今度は入り口のチェックを行う!!」
「あっ、入り口は…あっ!!」
「なんたる感度だ!! これはいかんよ、ちみぃ!! くっ、久々にオレのマイボーイも疼いてきたじゃないか! さすがだ! さすがの色気だ!! 素晴らしい!!」
美と色に特化した女性たちなので、シャイナではまったく反応しなかったボーイが若干疼く。
(これは何人かお持ち帰りしたいな。いいよね? いいよな? うん、いいはずだ。だって、接待だもんな!!! オレが主役で王様なんだ! 王様の命令は絶対だもんな!!)
「ビバッ! 素晴らしい!!!」
111話 「ソイドビッグの接待奮闘記 後編」
(あれが…ホワイトか?)
そんなお姉さんたちを相手にして楽しんでいるホワイト医師を、奥から見ている男がいた。
ソイドファミリーの幹部であり、ソイドダディーの長男であるソイドビッグである。
今は倉庫にいたときのようにラフな格好ではなく、他の構成員と同じように黒いスーツを着ている。
ただし普通のものではなく、いつ戦闘が起こってもいいように魔獣の素材で強化したスーツを着ているため、ただでさえ大きい身体がさらに大きく見える。
彼は組織ではナンバー3という地位にいるので、かなりの大物がやってきたことになる。
それだけソイドファミリーが、ホワイト医師を重要視しているということだ。
しかし、想像していたものとはまったく違う姿に、驚きを隠せない。
(俺には、ただの女好きにしか見えないな。しかもあの背丈、まるで少年のようだ。あんな男が、どんな病でも治す名医なのか? ううむ。直接見て、ますます信じられなくなったな。そもそもなぜ仮面をしているんだ? 怪しすぎるだろうが)
ビッグの顔はかなり困惑しており、自分の目を疑うように何度もホワイトを見ては首を傾げていた。
この男、案外まともな神経をしている。
まさにその通り。あの姿を見て、医者だと思うほうがおかしい。ビッグの判断は正しいの一言だ。
「あれが医者か? 本当に名医か? 間違いないか?」
自分の目が間違っていないか、隣に控えていた側近であるジェイに問いかける。
ちなみに部下に話しかけるときは威厳を保つために、家族で話しているような言葉遣いはしない。
しっかりと低く威圧的な声で話す。これもまたケジメである。
「は、はい。間違いありません。あの人物で合っています」
ジェイも会うのは二度目だが、まったく慣れていない様子で答える。
彼も商売柄、いろいろな人間と出会ってきたはずだが、その中でも相当奇異な部類に入るのは間違いない。
「そうか。合っている…のか。それにしてはあまりにも…なんというか…遠慮がないな。医者とは、ああいう生き物だったか?」
「医者にもいろいろとおりますので…」
「俺が言うのもなんだが、今の医療界は腐ってるな。医療事故が増えるわけだ」
ラングラス一派には【医師連合】と呼ばれる組織が存在する。医者が組員というわけではなく、医者を登録させて管理している組織である。
医療品を取り扱うラングラス一派と医者とは、当然ながら密接な関係にある。
医師連合は医者を管理し、登録した人間にだけ医療品を卸すという形式を取っているので、グラス・ギースにいるほぼ全員の医者を手中に収めていることになる。
その中には癒着を受け入れる者も多く、麻薬の売り上げの半分は彼らの処方によるものだ。
ただ、どの医者も最初は体裁を保つもの。それが擬態であっても、まずはお堅いイメージで接するものである。
それが最初から―――欲望丸出し。
まったく自分を偽らないで楽しんでいるホワイト医師は、とても珍しい存在である。
たしかにそういった者も存在はしている。ただし、そういった輩の大半は「クズ」と呼ばれるような人間たちばかりだ。
医者を名乗って金儲けをすることしか考えない、社会の害悪である。
されど、ホワイト医師は名医である。そこが彼らとの絶対的な差であろうか。
(本当に医者なのか? どう見てもただのエロオヤジ…エロ少年にしか見えないが…。いや、実力があれば問題ない。あれだけ奔放なら、こちらの要求も素直に受け入れるかもしれない。苦手だが、リンダのためにも交渉はまとめないといけない)
ビッグの得意分野は、どちらかというと暴力関係である。ダディーが出ると面倒になる暴力沙汰を代理でこなすことも、大切な仕事の一つだ。
普段の交渉はマミーなどの担当なので、あまりこういったやり方は得意ではない。
だが、リンダとの結婚がかかっているので必死にもなる。
(これは仕事だ。できるだけ我慢しよう。それも勉強。リトルが得た情報を、俺が失敗で終わらせるわけにはいかないしな)
心を一度落ち着けてから、側近を引き連れてゆっくりと歩み出す。
それに気がついたホステスたちが道を作り、ホワイトの対面に案内する。
「んー、なんだ? 今、いいところだったのに…」
ホワイトは、ホステスが離れたことに不快感を露わにする。
(そういえば、男嫌いという情報だったな。ここまで露骨か)
リンダからの情報で、極度の男嫌いということはわかっている。
というよりも、その情報を得たのでリンダを送り込んだと言ったほうが正しい。
こちらもあまり近寄りたくはないが、これも仕事。半ば強引に話を通す。
まずはジェイを介してホワイトに紹介させる。
「先生、お楽しみのところ申し訳ありません。こちらが我々の直属のボスとなります、ソイドビッグ様です」
「初めまして。ソイドファミリー若頭、ソイドビッグと申します。どうぞビッグとお呼びください」
上の組織の人間とも会うので、最低限の礼儀は心得ている。
ビッグができる最大限の礼節で接するが―――
「は? ピッグ? 豚か? ははは、名前の通りに豚っぽい顔をしているな。よろしくな豚君。オレはホワイトだ。ホワイト様か先生と呼べ」
「ぐっ…!!」
「せ、先生、その…それは……さすがに……」
ジェイが青ざめた顔でビッグの顔色をうかがう。
しかし、招待した客に面と向かって「それは失礼でしょう」とは言えず、なんとも微妙な空気が流れる。
それを察したホステスの間にも緊張が走ったのがわかった。マフィアの若頭に無礼を働けばどうなるか、誰でもわかることだからだ。
だが、ホワイト医師の態度はまったく変わらない。
「なんだ? 文句があるのか? オレは客だぞ!!」
「しかし、こちらは…」
「いや、いい。…先生が呼びやすいほうでかまいません。どうぞお好きにお呼びください」
「そうか、そうか。じゃあ、よろしくな、豚君」
「…ぬぐっ!」
まさかのホワイト医師の発言に思わずブチ切れそうになるが、凄まじい忍耐力を発揮して耐える。
自分でも沸点が低いという自覚はあるので、ここで耐えられたのは奇跡に近いだろう。一瞬浮かんだリンダの顔のおかげで助かった。
だが、簡単に収まるような怒りではない。
(なんだ、この失礼なやつは! ぶん殴ったほうが早いんじゃないのか!? くそっ!! ニヤけやがって! 仮面があるからわからない、とでも思っているのか!!)
やはり人間の態度は、雰囲気からでもわかるものである。
ホワイトは―――笑っている。
仮面の中で、ニタニタと笑っているのだ。今の言葉も、わざとであることが簡単にわかる。
唯一わからないのは、なぜ彼がこのような行動に出るのか、ということ。このような横柄な態度を取るメリットがあるのかが、まったくわからない。
しかし、単なるそういう性格の男、という可能性もある。
今までの情報を考えてみれば、それこそが真実なのかもしれない。医者なのに男を毛嫌いすること。極度の女好きであること。貧乏人が嫌いなこと。自らこちらにコンタクトを取ったこと。
すべてが医者らしくなく、ホワイトどころか、むしろブラック。
(我慢! 今は我慢だ! こいつは、こういうやつなんだ。そんなことでいちいち腹を立てていたら、ダディーの期待に応えることなんてできない! 殴りたいが、我慢だ)
自身に宿る暴力性が顔を覗かせるも、ダディーの言葉を思い出して踏みとどまる。
組織の長ともなれば、こういった機会は多くなる。安易な挑発に乗ることは組織全体を危機に陥れるのだ。
ビッグは、営業用のスマイルを必死に作る。
「それで、仕事のお話をしたいのですが…よろしいでしょうか?」
「女がいない場で話なんてできるか。ほら、こっちに来なさい」
「えっ、あの…」
「…先生の言う通りにしろ」
「は、はい!」
再びホワイトがホステスを呼び戻す。そして、命令。
「じゃあ、オレの膝の上に乗れ」
「は、はい。こうですか?」
「そうだ。またがって、がばっと胸を顔に押し付けて! そうそう、いい感じだ。それじゃ、豚君。仕事の話をしようか」
「その格好…で、ですか?」
女性を抱いたハッスル状態で仕事の話。新しいスタイルである。地球ではすでに流行っているかもしれない。
「聞かれたところで問題はあるまい? どうせいつかはわかることだ。気になるなら、後で口止めでもしておけばいい。お得意だろう? そういうものは」
「…わかりました。先生がそれでよろしければ」
「うむ、オレはこのほうが落ち着く。はぐっ!」
「んふっ!」
「うむ。いい噛み応えだ。素晴らしい」
お姉さんの乳に軽く噛み付く。相変わらずのフリーダムである。
もう呆れることすら諦め、ビッグはそのままで話を続けることにする。早く終わらせたいという気持ちのほうが勝ったようである。
「先生、お話というのはですね、実はその…」
「お前のところで扱っている麻薬の話だろう?」
「ご存知ですか」
「そりゃな。ソイドファミリーといえば麻薬だ。知らないやつはいない(嘘)」
じいさんから聞いた情報を、あたかも最初から知っていましたよ的な雰囲気で話す。
「で、なんだ。オレが治療しすぎたから売り上げでも減ったか?」
「…正直に申し上げれば、その通りです」
ビッグの顔に、少しばかり緊張の色が滲む。
(この男、クズを装っているが切れ者か? 今までのはフリなのか? 今、女の胸を楽しそうに揉んでいることも!)
いいえ、心の底から楽しんでいます。
そうしてホワイト医師の様子をうかがっていると、相手のほうから先手を打ってきた。
ホワイトが手の平を上に向けて、人差し指と親指で丸をつくる。日本では金を意味するジェスチャーだ。
ちなみに欧米などでは、親指で人差し指と中指をこすり合わせるのが、お金のジェスチャーらしい。日本は硬貨で、欧米は札のイメージだ。
「?」
(やっぱりわからないか。ジェスチャーは難しいな)
やはりジェスチャーは通じなかったようで、ビッグはそれを不思議そうに見ていた。
だが、相手に通じるかどうかは関係ない。こちらの意思を強く示すために使ったものである。
「―――金だ」
「は?」
「金をよこせ。一日計算でどれくらい出せる?」
「あ、ああ、そういうことですか。ご希望額を伺っても?」
それはビッグも想定内だったのだろう。少しだけ戸惑ったが、当初の予定通りの流れになったと安堵していた。
「そうだな…一日百万もあればいいか。あまり欲をかくのも悪いからな。その程度の【小銭】で手を打ってやろう」
「百万…ですか。一ヶ月で約三千万と考えてよろしいですか?」
「そうだな。それくらいでいいだろう」
(毎月三千万か。大きく出やがって)
その額にビッグは内心、舌打ちする。
グラス・ギースの住民の平均月収が四万とすれば、百万円は大金である。日本だとそれが五倍なので、毎日五百万という感覚になる。
それが一ヶ月となれば、十日で五千万。一ヶ月で一億五千万となると思えば、かなりの額である。
ただこれはホテルの滞在維持費でもあるため、アンシュラオンからすれば遠慮した金額だともいえる。最低限の額だ。
ビッグは一度、熱した頭を冷やす。これは逆にチャンスでもあるからだ。
(相手から要求してきたんだ。値段はともかく、これは助かった。ダディーの面子を潰さないで済む)
父親のダディーからは、絶対に手を出さないことが条件とされていた。組織を継ぐ者としての忍耐力を試されているのだ。
現在、それは順調にこなせており、基本的に短気なビッグにしては、快挙ともいえるほど我慢できている。
あと少しの辛抱である。この交渉さえ終わってしまえば、気に入らないホワイト医師と会うこともないのだから。
いや、また会う日もあるかもしれないが、その場合は違う顔で接することになるだろう。
(一度癒着を始めれば、もう抜け出せなくなる。いい気になっているのも今のうちだ。そのうち弱味を握って、値段を引き下げてやる。その時は覚悟しろよ)
その時こそビッグの本来の顔、暴力的な素顔を見せる時である。この鬱憤はその際に晴らせばいい、と心を静める。
感情を押し殺した声で、再度確認。
「その金額をお支払いすれば、治療をやめてくださると?」
「それどころか麻薬を取り扱ってやってもいいぞ。オレが勧めれば、患者は喜んで買うだろうからな」
「それはありがたいことです。本当によろしいのですか?」
「当然、その場合は何割かマージンをもらうぞ」
「それはもちろんです」
「がははは! 任せておけ! 儲けさせてやるさ!! ふんふんふんっ!」
「あっ、あっ!! 先生ったら激しすぎる!!」
「はははは! 愉快だな!! 今日はいい日だ! 楽しいぞ!」
(この男、ただのクズだ)
ビッグは、ハッスルダンスでお姉さんを突き上げて楽しむホワイトを、そう評する。
極めて正しい評価だと思う。誰も反論しないだろう。
(月三千万はかなりの額だが、十分元は取れる。今は逆らわずに機嫌を取っておくか。まずは話をまとめることを優先する)
「わかりました。ぜひそれでお願いいたします」
「じゃあ、つまらん話は終わりだな。お前も楽しむといい」
「そうしたいところですが、私は仕事がありまして…。ぜひ先生は、このまま引き続きお楽しみください」
「んん、そうかぁ? まあ、オレもお前と一緒にいたいわけじゃないからな。仕事の話が終わったなら、それでいい。金の件は頼むぞ」
「はい。先生のほうもよろしくお願いいたします」
「任せておけ。ちょろいもんだ」
こうして交渉は成立した。
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